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2021年12月

2021.12.31

田中啓文『元禄八犬伝 四 天から落ちてきた相撲取り』 さもしい小悪党、真剣に怒る!

 八犬伝をモチーフに、悪党の企てを痛快に粉砕する小悪党たちの大暴れを描いてきたこのシリーズもいよいよ第4弾。ついに八犬士も全員登場することになりますが――しかし描かれる物語は一筋縄ではいきません。親方! 空から相撲取りが! という怪事件から始まる物語のゆくえは?

 ある出来事がきっかけで、奉行所と結んだ商売敵の妨害によって潰れる寸前の本屋・文亀堂と、その息子の素人横綱・鎧竜と知り合った左母二郎。折しも大坂では大々的な賭け相撲興行の噂で持ちきり、その優勝候補がこの鎧竜だというのです。
 しかし左母二郎と相撲の縁はそれだけではありません。棲家に帰ってきた左母二郎ですが、その時発生した巨大な竜巻によって飛ばされてきた、どうみても相撲取りの男が天井をぶち抜いて落ちてきたではありませんか!

 意識は取り戻したものの、記憶喪失となっていた男を前に途方にくれる左母二郎一味。さらにそこに綱吉の娘・伏姫の手かがりを持って新たな八犬士・犬田小文吾がやって来ますが、相撲取り顔負けの巨体の持ち主の彼もまた、大の相撲好きだったのであります。
 記憶喪失の男の正体を探す中、あの賭け相撲を巡る陰謀の存在を知り、またもや一肌脱ぐことになった左母二郎ですが……

 という表題作「天から落ちてきた相撲取り」は、『力士探偵シャーロック山』を発表している作者らしいともいえなくもない、相撲を題材とした一編。登場する力士――じゃなかった犬士も当然犬田小文吾で、相撲取りというだけでなく、原典でも描かれていた一種の人の良さも変わらないのも楽しいところです。

 しかしそんなユニークな題材の一方で、描かれる悪事は洒落にならないのが本シリーズ。今回賭け相撲の背後で暗躍する悪人は、言ってみれば権力と結んで私するメディアと、「世直し」と言いつつ結局は自分と周囲の人間にとってのみ都合の良い世の中に変えようとしているだけの権力亡者であります。
(そして後者が「水戸黄門」の戯画として描かれるのには、本作の場合、大きな意味があると考えるべきでしょう)

 そんな庶民を踏みつけにしてのさばるそんな大悪党を前にした時に左母二郎が見せる感情――それは真剣な怒り。
 特にこのエピソードのラストで怒りを爆発させた左母二郎の姿は、見事にヒーローしている――と言ったら左母二郎は嫌がることでしょうが、しかし権力に一大痛打を与える彼の姿には、何とも溜飲が下がるとしか言いようがありません。


 さて、もう一編の「さらわれた少年犬士」では、いよいよ最後の犬士・犬江親兵衛が登場することになります。

 大坂城内で囁かれる奇怪な噂――本丸北の山里曲輪に夜ごと少女が現れ、鞠をつくというその噂に、それこそが自分たちが探し求める伏姫ではないかと飛びついた丶大法師。しかし大坂城内の警備は当然ながら厳重。そこで彼は八犬士に与えられた活動資金・一万両と引き換えに、、鴎尻の並四郎に山里曲輪潜入を依頼するのでした。

 しかしその一万両の手形を江戸から持ってくるはずの犬江親兵衛は、途中で怪しげな武士の集団によって囚われの身になり、八犬士の任務を明かせと責め問いにかけられることになります。
 一方その頃、赤穂浪士の決起のための武器の手配を命じられて悩む矢頭右衛門七の前に現れた商人・天野屋利兵衛は、資金も含めて援助を申し出るのですが……

 というこのエピソードでは、しばらくなりを潜めていた水戸光圀が怨霊の活動が本格化――徳川本家への逆恨みにも等しい怨念を晴らすため、水戸徳川家の人々を操って暗躍してきた怨霊が、新たな手段でもって太平の世を騒がさんとすることになります。
 しかしそれだけではありません。本作ではさらに意外な存在が登場――ある意味光圀どころではない怨念の出現により、物語の行く先は一層混沌としたものとなるのです。

 そしてそんな物語の中、いよいよ赤穂浪士たちの義挙が庶民の期待を集める様も描かれていくのですが、しかしそれを左母二郎が快く思うはずもありません。
 かねてより弟分のように接してきた右衛門七が死に向かって突き進んでいく――そして周囲がそれを持て囃す――のに一人背を向ける彼の姿は、やはり世の中の体制/大勢が美徳とする物語に背を向ける、小悪党ならではの心意気というべきでしょう。

 子供ながらやたらと豪快な親兵衛のキャラクターも妙に原典に忠実に感じられるのが楽しい本作ですが、彼をはじめとする八犬士が、そしてもちろん左母二郎たちがこの先何と出会い、何と戦うのか――いよいよ次巻は決戦、最終巻であります。


『元禄八犬伝 四 天から落ちてきた相撲取り』(田中啓文 集英社文庫) Amazon

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2021.12.30

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第6巻 決着、神異道術場外乱闘編!?

 いきなり始まった神異道術場外乱闘編もいよいよ佳境――住処と賞金を求めて道術バトルに参加した廣天たちが、ライバルたちと繰り広げる仁義なき戦いは続きます。残る相手はあと3組、いずれも一癖も二癖もある術使いとの対決の行方は、そして謎めいた主催者・商荘の秘密とは……

 過去のアレコレから解放され、一時の平穏を取り戻した廣天と仙木。しかし住んでいた墓陵が再開発で取り壊され、すったもんだの末、廣天たちは宋定伯や謎の医者ともども川に流され、豪商・商荘が顔役を務める里に辿り着くことになります。
 折しも商荘が道士たちを集めた術比べの大会を開催、優勝者には莫大な賞金と山がプレゼントされると知った廣天たち。しかし大会には見るからに只者ではない五人のライバルが……

 というわけで始まったこのバトル展開、前巻では子供ながら易断の名人の典風を廣天が、隠形の術を得意とする怪人・黄極君を宋定伯が、それぞれ口八丁手八丁で撃破。
 残るは三名、しかし相手の術の内容もその正体もわかぬまま対決することとなる廣天たちの運命は……


 と、これはまたえらいバトルもの的なノリとなってきた本作ですが、今回繰り広げられる三番勝負(と言っていいものか……)も、これまで同様、いやこれまで以上に一筋縄ではいかない展開となっております。

 残る三人との対決は……
・vs娟玉
 凶悪な山賊を一言でダウンさせる禁呪使いの美女・娟玉ですが、何故か宋定伯と医者を相手に恋バナを始めることに。しかしその相手が廣天だったために思わぬ惨劇に……
 唯一助かった仙木がこの窮地に挑む!
・vs娟玉
 不吉な未来を告げる黒ずくめの妖人・周南から、今日の正午に死ぬと予言されてしまった廣天。仲間たちに迷惑をかけまいと一人離れた廣天の向かう先は、そして周南の意外な正体とは!?
vs謎の人
 残る一人は何だかやたらと寡黙な長髪褐色のダンディ・謎の人。本作だと大体こういう人は全然普通の人だったりするのですが――山中で彼と対峙した廣天たちが知った、謎の人の周囲に漂う謎の気配の正体とは……

 と、あらすじを書いただけでは何が何だかわからないこのバトル(?)の数々ですが――もちろんそこで展開するのは、ゆるーくてすっとぼけた、そして実にテンポの良いギャグの連続。
 それでいてその題材となっているのはタイトルどおり「捜神記」に描かれた奇談・神異譚の数々なのですから、いつものことながら驚かされたり感心したり……

 もちろん本作はそういうコンセプトの作品なのですが、やはり毎度のことながら「こう来たか!?」と驚かされるのです。
(とはいえ、実はこの人物は「捜神記」中のこの人でした、というのはちょっとズルいという気がしないでもありません)

 ちなみに、何気ない描写がその後の伏線となっていることも少なくない本作ですが、今になって前巻を読み返してみると驚かされる場面が幾つもあったり……


 それはさておき、何とか勝者(?)が決まった大会ですが、それで全てが終わったわけではありません。この大会の主催者である商荘――大変な金持ちである上に爽やかな男前、そして里の人々からも慕われる大人物の彼には何やら不気味な影がつきまとっているのですから。

 何事か屈託を抱えているらしい彼の過去に何があったのか。禁足地である山に隠された不気味な像の正体は。そして何よりも姿を見せない(そしてやたら背が高い)彼の新妻とは何者なのか――その謎に、廣天は挑むことになります。
(何だかチラッと諸星大二郎作品に出てきそうなヤツが!)

 いよいよ大会最終日、商荘の前に現れた廣天は何を語るのか。いよいよ最後の魅し合いが始まります。


『千年狐 干宝「捜神記」より』第6巻(張六郎 KADOKAWA MFコミックスフラッパーシリーズ) Amazon

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2021.12.29

週刊朝日「2021年歴史・時代小説ベスト3」に参加したこと、そして気付いたこと

 年末恒例のランキング企画もいよいよこれがラスト――毎年恒例の「週刊朝日」の歴史・時代小説ベスト3が発表されました。今回も投票に参加させていただき、コメントが掲載されましたが、個人的に今年は特に印象に残る結果となりました。

 例年、文芸評論家や書評家、新聞・雑誌の書評担当者、編集者、書店員ら「本読みのプロ」が一人3作品ずつ推薦する形で実施されるこのランキング。一昨年まではベスト10までが選ばれていましたが、昨年よりベスト3+編集部が注目する4作品が選定される形式に変更となっています。

 私が投票者に加えていただいて早いもので5年ですが、今回の結果は――私が選んだ作品の中でベスト3はなし。その一方で、編集部注目の作品に2作品――『血と炎の京 私本・応仁の乱』(朝松健)と『阿修羅草紙』(武内涼)選ばれ、2作品ともコメントが掲載されました。
(コメントが2つ掲載されたのは多分私のみだと思います)

 実は私は一年前、このブログに以下のように書きました
「普段好き放題に作品を紹介している身にとって、その感覚がどれだけ世間に通じるかを確認する場にもなっている」と。
 しかし、今回の結果を見てみれば、ベストの順位というのはあくまでも結果――世間云々ではなく、大事なのは自分の感性を信じて胸を張り、好きなものを好きなように好きだと言うことであると、今更ながら気付きました。そしてそれこそが、自分が文章を書いている理由(の一つ)でもあると。

 まあ要するに開き直ったのですが、いずれにせよ、来年も自分の道を貫いていこうと決意を新たにした次第です。


 ――などという勝手な感慨はさておき、ベスト3も注目の作品も、実に納得の作品が並ぶ今回のランキング。併せて掲載されている、末國善己氏と大矢博子氏がそれぞれ4作品を選んだ「2021年歴史・時代小説総決算」も併せて、今年を振り返るものとして、納得の内容であります。
 (このランキングでこの2作品が選ばれるのかというのも含めて)ぜひ実際に誌上でご確認いただきたいと思います。


「週刊朝日」2022年1/7-1/14 合併号(朝日新聞出版) Amazon

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週刊朝日「2017年歴史・時代小説ベスト10」に参加しました
週刊朝日「2018年歴史・時代小説ベスト10」に参加しました
「歴史・時代小説ベスト10」に参加しました&今年もありがとうございました。
週刊朝日「2020年歴史・時代小説ベスト3」に参加しました

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2021.12.28

『半妖の夜叉姫』 第37話「是露の想い」

 怒りに駆られ暴走するとわに敢えて討たれ、りんもろとも死のうとする是露。そこに駆けつけたせつなは、りんが託した夢の胡蝶の中の記憶を見せる。せつなが自分を忘れ去っていた理由と彼女の苦しみを知ったとわと、彼女を「お姉ちゃん」と呼ぶせつな。二人は是露の無念を晴らそうとするが……

 いよいよ第二期の第一クールもこれでラスト、というわけで大盛り上がりとなった今回。登場人物の大半が泣き、観ているこちらも泣くという情緒揺さぶられまくりの回となりました。

 自分の中の孤独と悲しみを煽られて怒りのスーパーモード状態で暴走し、母の命と繋がっていることもお構いなしに是露を殺しにかかるとわ。理玖が割って入りますが、妖怪化したとわには適わず吹っ飛ばされます(第二期になってからこんな役回りの気が)。
 一方、是露の方も殺せ殺せといいつつ虹色真珠を全て自分に戻して全開状態。第一期でわりとあっさりと夜叉姫たちに殺されかけたのはやはり全開ではなかったためなのか、暗黒元気玉みたいなのを連射してとわを迎え撃ちます。

 一方、前回、時代樹に急ぐ殺生丸から振り落とされたところでもろはたちと出会った邪見。竹千代に乗って時代樹に急ぎますが、時代樹は何故か邪見を拒否――時代樹に飛び込もうとガンガン頭から突っ込んでは弾き飛ばされる邪見ですが、シーンが変わったら顔面ボッコボコになっているのはさすがに笑うしかありません。
 そんなところに出てきた殺生丸は、もろはに黒真珠を与え、その中に犬夜叉とかごめが封じられているとサラッと告げるのでした。

 さて時代樹周りは置いておいて、いよいよ決着が近づくとわと是露の死闘。とわの刃がついに是露を――というところで駆けつけたのは、もちろんせつな。しかし彼女を前にしても、りんの命を犠牲にしても、なおも是露を討とうと逸るとわですが――そこでせつなの平手が一閃! そこに前回是露に見せられたかなりフェイクに近い記憶を元に「私のことなんか忘れて楽しく生きてたくせに!」と噛みつくとわに対して、せつなが取り出したのは夢の胡蝶――せつなも後悔に苛まれていたこと、そしてあまりに過酷なその記憶をりんが封じていたことを知り、涙ながらにせつなを抱きしめるとわ。そしてあのクールだったせつなも涙を流しながら「お姉ちゃん」呼び――感動!! 君も泣け! と言わんばかりの展開にこちらも涙が……

 心のわだかまりも解け、そして自分が現代で愛に包まれていたことを思い出して、是露に恨みはなくなったと告げるとわ。おまけにとわの後ろに立って犬の大将(の霊?)にまで礼を言われて憎しみのやりばがなくなった是露は自害せんとするのですが――今こそ力を発揮するのは所縁の断ち切りであります。
 そう、せつなが斬ったのは是露と犬の大将の縁、いや是露の犬の大将への心残り――かつて四魂の玉の予言で犬の大将が命を落とすのを知っていたにもかかわらず(犬夜叉の母への妬心もあって)それを見過ごした是露は、自分が犬の大将を殺したも同然、いや自分が殺した! と思い込んできたのであります。

 その自責の念から解かれ、さらに犬の大将に優しい言葉をかけられた是露は、自らりんとの縁を手放し――あとわずかで呪いが完成するところで、りんは救われたのであります。
 そして半ば自決するような形で理玖の刃を受けた是露。もはや思い残すことはないということでしょうか――最期に彼女は、りおんが半妖の男に殺された記憶をとわとせつなに見せ、麒麟丸の中に残る半妖への敵意の源流を伝えて散るのでした。

 そして辺り一面に広がったのは、是露の満たされた想いを示すかのような一面の白い花……(しかしここ、七星の庭だったのでは)
 その是露の想いを受けたようにかすかに動く時の風車。その頃、りんを抱き留めた殺生丸は彼なりに滅茶苦茶喜色に溢れた優しい表情を見せます。

 一方、あくまでも時空を超えることに執着して阿久留を追いかけてきた麒麟丸は、いきなり黒真珠を与えられて戸惑うもろはの前に現れます。彼女もまた阿久留を見ることができることを知った麒麟丸は黒真珠を奪い取り、阿久留の風車と犬夜叉とかごめの命を引き換えだと悪役ムーブを……


 というわけでこれまで描かれてきた物語に一つの決着がついた今回。妖怪ながら人間と変わらぬ想いを持ちすぎた是露の想いが昇華された姿(そしてりんを抱きとめる殺生丸の姿)に、エンディング曲が重なっていく演出には、非常にグッとくるものがありました。

 しかしそんな姉や娘や分身の想いもよそに、どんどん暴走していく麒麟丸の行方は……
(そしてまたもやらかしたもろはの行方も……)


関連サイト
公式サイト

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『半妖の夜叉姫』 第18話「殺生丸と麒麟丸」
『半妖の夜叉姫』 第19話「愛矢姫の紅夜叉退治」
『半妖の夜叉姫』 第20話「半妖の隠れ里」
『半妖の夜叉姫』 第21話「虹色真珠の秘密」
『半妖の夜叉姫』 第22話「奪われた封印」
『半妖の夜叉姫』 第23話「三姫の逆襲」
『半妖の夜叉姫』 第24話「殺生丸の娘であるということ」
『半妖の夜叉姫』 第25話「天生牙を持つということ」
『半妖の夜叉姫』 第26話「海の妖霊」
『半妖の夜叉姫』 第27話「銀鱗の呪い」
『半妖の夜叉姫』 第28話「産霊山の結界」
『半妖の夜叉姫』 第29話「りおんという名の少女」
『半妖の夜叉姫』 第30話「退治屋翡翠」
『半妖の夜叉姫』 第31話「竹千代の依頼」
『半妖の夜叉姫』 第32話「七星の小銀河」
『半妖の夜叉姫』 第33話「魔夜中の訪問者」
『半妖の夜叉姫』 第34話「決戦の朔(前編)」
『半妖の夜叉姫』 第35話「決戦の朔(後編)」
『半妖の夜叉姫』 第36話「永遠にない場所」

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2021.12.27

宝塚歌劇『宝塚剣豪秘録 柳生忍法帖』(後編) 十兵衛とおゆらの関係、おゆらの変化の意味

 宝塚歌劇団によって舞台化された山田風太郎『柳生忍法帖』の(ライブビューイング)の紹介の後編であります。限られた時間の中で、原作のエッセンスを活かしつつ見事に舞台化してみせた本作。その中で最も印象に残るのは……

 本作において最も印象に残るのは、そして物語の中心にあったのは、礼真琴演じる柳生十兵衛と、舞空瞳演じるおゆらであったことは間違いないでしょう。

 柳生十兵衛は、豪快にして稚気溢れる、そしてどこか紳士的な心意気を忘れない剣侠児を見事に再現――登場時はちょっと若いかなという印象でしたが、鶴ヶ城でのあの大啖呵を気持ちよく見せてくれました。
 そしておゆら――ある意味作中で最も変貌を遂げる彼女を、この舞台では台詞はもちろんのこと、しかし何よりも特に目に現れる微妙な表情で示してみせたのが素晴らしい。(この演技を観ることができたのは、ライブビューイングならではの利点といえたかもしれません)

 そもそも本作のおゆらは、原作の彼女とは異なる点も多いキャラクターであります。その立ち位置こそ、銅伯の娘で明成の愛妾の妖艶な美女、と変わりませんが――前回紹介したあらすじで述べたように、江戸の時点で一種の銅伯の名代として登場するという変更点もありますが――むしろその内面において大きく異なると感じます。

 本作においては実は虹七郎と慕い合い、父によって明成の側に遣られる際に、連れて逃げてくれと願いながらも彼に裏切られていたおゆら。この点を踏まえれば、本作での彼女は、父と恋人に裏切られ、芦名家復興の道具として使われた存在なのであります
(おゆらを挟んで、十兵衛と虹七郎の対称性が強まっているのもなかなか面白い。そこまで強調はされませんでしたが……)

 それが奔放不羈な十兵衛と出会って、彼女がどう変わったか――それは悪女の深情けというものに留まらず、道具であった彼女が、十兵衛の自由な魂に触れて自分自身を取り戻した、自分自身を解放したというべきものだったのではないでしょうか(この辺りは本作オリジナルの末期の台詞に明確であります)。
 原作では自ら魔香に酔ってという描写もありましたが、本作においては彼女には魔香は効かないという設定であり、あくまで己の意思のみでもって十兵衛に恋した点に注目すべきでしょう。

 そんな原作とは少々、しかし明確に異なる彼女の設定と物語の中に、本作をいま、そして女性のみで構成された劇団で演じる意味がある――というのは、これはさすがに深読みが過ぎるかもしれません。
 しかし天海との対面のくだりで、これも原作にはない、千姫に自分がお家の道具として使われた過去を語らせる点も鑑みれば、これはこれで当たらずとも遠からずなのではないでしょうか。

 実は本作のラストの十兵衛の台詞は、原作のそれとほとんど同じであるようで――こちらの聞き間違えでなければ――微妙に異なるものであります。
 そして原作での台詞の根底にあるのが一種の義務感であったとすれば、本作のそれの根底にあったのは共感ではないでしょうか。

 実は十兵衛もまた、かつては縛られた境遇にあった者(本作においていかにも堅物そうな父の描写からわかるように、十兵衛は将軍家指南役という、ある意味非常にお固い役目につく宿命にあった人物であります)
 そんな彼だからこそ、おゆらの境遇を理解し、共感できたのではないか――そう感じた次第です。


 などとあれこれ妄想混じりに申し上げましたが、本作が一時間半強という時間内で、長大な原作を巧みに換骨奪胎し、豪華な衣装と歌と踊りで再生してみせた、ストレートに楽しい作品であったことは間違いありません。
 十兵衛と虹七郎の決着は原作の方がよかったな、とか、十兵衛のラス台詞前の実に格好良い台詞は残して欲しかったな、などと、厭な原作ファンとしては細かいところで色々と思う点はありますが、このような形で舞台化してくれただけでもう感謝感激というほかありません。

 ありがたいことにソフト化もされており、ぜひ原作読者はその内容を確かめていただきたいと思いますし、また舞台をご覧になった方には、ぜひ原作の方も手に取っていただきたい――そう強く願うところであります。


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2021.12.26

宝塚歌劇『宝塚剣豪秘録 柳生忍法帖』(前編) 驚きの、しかし納得の舞台化!

 本日東京公演千秋楽の宝塚歌劇『柳生忍法帖』をライブビューイングで観劇しました。原作は言わずと知れた山田風太郎の大長編、私のオールタイム・ベスト時代伝奇小説だったものが宝塚で!? と大いに気になっていたのですが、ようやく観ることができました。(以後、原作ファンの視点からの文章になるのをお許し下さい)

 会津四十万石の藩主でありながらも荒淫無道な加藤明成に見切りをつけ、一族で退転した堀主水。しかし彼らは明成子飼いの会津七本槍に捕らえられ、一族で生き延びたのは鎌倉東慶寺に逃れ、千姫に庇護された七人の女性のみという無惨な結末になるのでした。
 一族を辱め、なぶり殺しにした明成と七本槍に復讐を誓った七人の女性。その願いに応えるべく招請された沢庵和尚の依頼で、指南役を買って出た者こそ、柳生十兵衛であります。

 しかしそんな中、江戸で婚礼を上げる男女が何者かに拐われ、千姫の屋敷前に花婿のみが晒されるという事件が頻発することになります。加藤家の陰謀と見て、自ら花婿に扮する十兵衛ですが、はたして七本槍に拐われることに。
 そしてその前におゆらと名乗る美女が現れ、窮地に陥るのでした。

 辛くも堀の女性たちの機転で救われ、明成に痛打を与えた十兵衛。会津に逃げ帰る明成を沢庵とともに追う十兵衛と女性たちは、領内で女狩りを繰り返す七本槍を阻もうとするも、明成の腹心にして七本槍を束ねる魔人・芦名銅伯は、これに苛烈な反撃を加えることになります。
 やむなくただ一人鶴ヶ城に向かう十兵衛。その前に現れた銅伯と刃を交える十兵衛ですが、しかし……


 原作は分厚い文庫上下巻、せがわまさきによる漫画版『Y十M 柳生忍法帖』は全11巻と、まず大長編といってよい『柳生忍法帖』。
 そんな作品を舞台化するというだけでも驚きですが、上演時間はなんと一時間半強。歌や踊りもふんだんに入る舞台で、それはさすがに無理があるのでは――と思いきや、原作の要点要点を抑えることで舞台版の『柳生忍法帖』を作り上げているのには、感心かつ納得させられました。

 しかし原作ではっきりとカットされたのは、吉原での攻防と、会津から江戸へのお千絵らの脱出行のくだりくらいではないかという印象。後はエッセンスのみの部分も少なくないとはいえ、ほぼ全て取り入れられているのには驚かされます。
(ちなみにキャラクターたちも、ほとんど出番はないものの沢庵の七人の弟子や、ラストの柳門十哲まで、きっちり揃っているのも驚き)

 もちろんかなり慌ただしい点は否めず、また天海が死ぬわけにはいかない理由も、台詞を聞いているだけでは分かりづらい部分があったと感じます。
 しかし冒頭と柳生十兵衛見参のくだり、そして銅伯との最後の対決からラストまでは原作にほぼ忠実で、あの場面が、この台詞がこのような形で観られるとは! と原作ファンとしてはただただ感無量なのであります。


 尤も、原作で大きな割合を占めていた、会津七人衆と堀の女たちの一種のゲーム性溢れるバトルの要素がほとんど削られているのは、これは実にもったいないところでしょう。
 というよりも七人衆の技がほとんど再現されておらず、正直なところ誰が誰かわかりにくく――香炉銀四郎は顔に傷があるのでわかるのですが、司馬一眼房は隻眼ではないし、漆戸虹七郎は両腕ある――倒されたシチュエーションとタイミングで、ようやく誰かわかるというのは、ちょっと残念に感じた次第ではあります。
(それにしても原作では三匹の犬使いだった具足丈之進が、本作では同名の三人の少年を使役しているのは、これはこれでちょっとスゴい)

 とはいえ、七本槍の派手なビジュアルは実に鮮やかで――何よりもコスチュームにはそれぞれ原作でのキャラクターや使う技の意匠が込められているのが嬉しい。例えば銀四郎は霞網を思わせる襟巻きが、虹七郎の着物には花柄が、というのはニヤリとさせられるところであります。
 またビジュアルといえば、芦名銅伯も、長髪痩躯、年齢不詳の美丈夫――不老不死という点では共通の『バジリスク 甲賀忍法帖』での薬師寺天膳を彷彿とさせる――というアレンジが施されていたのには、なるほどこういう手があったか、と感じ入った次第です。


 さて、そんな本作において、しかし最も印象に残るのは――と、随分長くなってしまったため、大変恐縮ですが、続きはまた明日とさせていただきます。(本日分に全て書きたくはあったのですが……)


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2021.12.25

上田秀人『勘定侍 柳生真剣勝負 一 召喚』 柳生家の秘密兵器は大坂商人!?

 昨年から今年にかけて、長期シリーズの完結、新シリーズのスタートと大きな動きを見せている上田作品。そして本作もその一つ――大坂の大商人の孫として育てられた柳生宗矩の庶子が、柳生家の危機に引っ張り出されるという、空前絶後のユニークな物語の開幕篇であります。

 寛永十三年、惣目付としての活躍を賞された形で加増され、一万石の大名となった柳生宗矩。しかし大名を監察する惣目付が大名というのは問題がある――ということで惣目付の任を解かれ、柳生家は今度は監察を受ける身となります。
 惣目付時代の強引な働きで周囲から恨みを買っている宗矩ですが、旗本から大名家に移る際のあれこれの中で足を掬われるわけにはいかない。そこで宗矩が目をつけたのが、大坂で暮らすある若者でした。

 その若者とは、大坂一の唐物問屋・淡海屋七右衛門の孫・一夜――実は彼は、大坂の陣で宗矩が大坂を訪れた際に、淡海屋の娘と通じて生まれた子供。しかしそれ以来21年間、宗矩は全く彼に連絡もせず放置していたのであります。
 一方、七右衛門の薫陶を得て、若くしてめきめきと商才を発揮している一夜にとって、武士の世界など全く興味がない世界。しかし実父からの使者により、彼は強引に江戸に召還を受けることになります。

 宗矩の目的が、大名家となった柳生家から金が出ていくのを引き締め、そして入ってくる金を増やすことにあると知り、江戸への旅の途中に柳生の里に寄って実地見聞を行おうとする一夜。
 しかしそこで待ち受けていたのは、一夜の腕前を確かめ、特訓してやろうと手ぐすね引いていた長兄・柳生十兵衛で……


 文庫書き下ろしシリーズを5、6作同時進行し、ほぼ月刊ペースで発表してきた多作家の作者。そんな上田作品の特長の一つは、極めてユニークな――他の作家の作品ではなかなかお目にかかれないような――設定、特に主人公の設定にあると感じます。
 もちろん、全てが全てというわけではありませんが、主人公の職業(役目)、立ち位置などは非常に珍しいものばかり。当然ながら、その主人公が関わる物語も個性的なものになるわけなのです。

 そして本作の主人公・一夜が、その中でも一際ユニークな存在であることは間違いありません。剣豪主人公がほとんどだった作者の主人公の中では初といってよいほど腕前はからっきし、剣豪中の剣豪というべき柳生新陰流宗家の血を引きながらも、剣には、いや武士には全く興味がないのですから。

 というよりも彼は二重の理由で武士という存在を白眼視しているかのような青年。一つは生まれて以来宗矩に放置されていた故、そしてそれ以上に(というよりこちらが大きいのですが)、武士という存在が支配階層といいつつ、この先何も生み出すことができないどん詰りの存在であることを理解しているからにほかなりません。

 実はこの視点は上田作品にはお馴染みのものであり、主持ちの武士――というより役人や政治家――と商人の対峙というのも、上田作品で陰に陽に描かれてきた構図であります。
 これまでは基本的に主人公は武士であったために、商人はそれと敵対するもの(あるいは主人公を教導するもの)として描かれてきましたが、その立場が逆となったら――これが実に痛快、なのであります。

 支配階級だと、武力の持ち主だとふんぞり返る武士たちに恐れ知らずにツッコミを入れ、その世間知らずぶりを容赦なく剔抉する――そんな商人主人公である一夜。
 これまでの主人公の多くが、武家社会の枠にはめられて生きる――もちろんそこにまた我々を共感させる姿があるのですが――存在であったのに対し、どこまでも自分の才覚で道を切り開いていこうとする彼の姿は、新たな上田主人公像を感じさせてくれます。

 もちろんそれだけでなく、剣術はからっきしと言いつつ、とんでもない能力を持っていたりするのですが……


 しかも、彼の向かう先は前途多難であることは間違いありません。宗矩や十兵衛はともかく、左門は一夜に敵意を隠さず(将軍命の彼のキャラがコワい)、柳生家の中でもまだまだ彼は異分子であります。
 一方宗矩はといえば、かつての惣目付の同僚が足元を掬わんと虎視眈々と付け狙い、さらに家光からは無茶ぶりの密命を受ける始末。さらに家光の寵愛を巡り、堀田加賀守の嫉妬が左門に向けられ――と、柳生家の行く末は危険だらけであります。

 そんな中、(ようやく柳生の庄の十兵衛の下を逃げ出し)いよいよ江戸に向かう一夜の運命は――続巻も近日中にご紹介いたします。


『勘定侍 柳生真剣勝負 一 召喚』(上田秀人 小学館文庫) Amazon

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2021.12.24

野田サトル『ゴールデンカムイ』第28巻 「ノラ坊」と「菊田さん」――意外な前日譚!

 連載誌の方では最終章が最高潮、アニメ第4期も決定し、ノリにノッているとしかいいようがない『ゴールデンカムイ』。その最新巻では、最終章を目前に、思わぬ過去の物語が描かれることになります。不死身の杉元と彼を「ノラ坊」と呼ぶ菊田、両者の過去に何があったのか――思わぬ因縁が語られます。

 札幌ビール工場での大乱戦の末、鶴見に拉致され、アイヌの黄金を巡る血塗られた因縁を聞かされることとなったアシリパとソフィア。その中心に常にいたのが父であったことを知って衝撃を受けたアシリパは、ついに黄金の在り処を示すキーワードと思しき父のアイヌ名を鶴見に告げてしまい……

 という場面を受けて始まるこの巻ですが、ここで事態を大きく動かすこととなったのは、有古力松――鶴見派と土方派の間に挟まれた二重スパイであり、何よりもアイヌ、そしてアシリパの父の行動に巻き込まれて父を亡くした男であります。

 自らがアイヌであることについて、ある意味アシリパ以上に複雑な想いを抱く有古。その彼が取った行動は、その結果以上に重い意味を持つといえるかもしれません。
 そしてその先も衝撃の連続。連載時は読んでいてこれほど祈りを込めて次回を待ったことはない――というくらいに感情を動かされまくった展開ですが、このインパクトは改めて読んでみても変わりません。(この後の展開を知ればなおさら……)


 そして江渡貝が作った偽物人皮の判別方法も明らかとなり、いよいよ両派が黄金の在り処を求めて最後の謎解きに挑む中、杉元の夢の形を借りて、意外な過去の物語が描かれることとなります。
 この巻のメインとなるそれは、杉元と菊田の過去――それも、あの尾形の弟・花沢勇作に絡んだもの。花沢家を巡るある事情が、杉元たちを巻き込み、大騒動に発展するのです。

 故郷を飛び出し、当て所なく放浪を続けた(京都の優しいおじさんは誰? 誰なの?)末に、東京で士官候補生を相手に大乱闘を繰り広げたことをきっかけに菊田と出会った杉元。菊田から「ノラ坊」と呼ばれることになった杉元は、ある仕事を持ちかけられるのでした。

 それは花沢勇作の身代わりとしてお見合いに臨むこと――勇作を戦場で旗手にしまいとする母の差し金で、彼との結婚を狙う華族の娘・金子花枝子から勇作(のDT)を守るため、杉元は士官候補生のふりで帝国ホテルに向かうことになったのです。
 しかしそこに鶴見・宇佐美・月島・尾形が絡み、何故か杉元は全裸で大乱闘を繰り広げる羽目に……

 と、ある意味実に本作らしいスラップスティックな大騒動が展開するこの過去編。しかしそこで描かれるのは、杉元と菊田の因縁だけではなく、「いま」にまで繋がる様々な因縁の始まりなのです。

 何故鶴見一派はアイヌの黄金探しに本腰を入れることになったのか。菊田がスパイとして鶴見に近づくこととなったきっかけは。そしてこれまで故人として直接触れられることのなかった花沢勇作とはいかなる人物だったのか。何故菊田は鹵獲癖を持つに至ったのか、さらにはノラ坊は何故不死身の杉元となったのか……

 ここにあるのはプリクエルの醍醐味――ある程度独立した過去の物語を描きつつも、物語のミッシングリンクを埋め、現在描かれているものを掘り下げるというそれが、この展開では巧みになされているといえます。
 そしてそれと密接に絡みあいながら同時に描かれるのは、杉元の根幹にある情の一つであり、そして菊田という本作では数少ない「大人」の男の抱えたものであり――ここでも本作の水際立ったキャラクター描写は健在だと唸らされました。

 さらにいえば、今回非常に損な役回りの花枝子も、単なる賑やかしの愚かな人物に終わらせず、一個の人間として描くのには、大いに好感を抱いたところであります。
(そしていかなる時にも女性に対する礼儀を忘れない杉元の好漢っぷり!)


 そんな過去編を経て、ついに描かれる黄金の在り処。しかしその前に、この過去編を読んだからこそ、極めてショッキングな一つの結末が、待ち受けることになります。
 これも、時に極めて読者にとって残酷な展開を平然と描く本作ならではのものかもしれませんが――しかし悲しく辛いだけで終わらないのは、そこに志を受け継ぐ者、未来を託された者がいるからだと感じます。

 新たな因縁とともに、物語はいよいよ次巻より最終章に突入であります。


『ゴールデンカムイ』第28巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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 野田サトル『ゴールデンカムイ』第9巻 チームシャッフルと思わぬ恋バナと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻 蝮と雷が遺したもの
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第12巻 ドキッ! 男だらけの地獄絵図!?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第13巻 潜入、網走監獄! そして死闘の始まりへ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第14巻 網走監獄地獄変 そして新たに配置し直された役者たち
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第15巻 樺太編突入! ……でも変わらぬノリと味わい
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第16巻 人斬りとハラキリとテロリストと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第17巻 雪原の死闘と吹雪の中の出会いと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第18巻 ウラジオストクに交錯する過去と驚愕の真実!
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第19巻 氷原の出会いと別れ さらば革命の虎
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第20巻 折り返し地点、黄金争奪戦再開寸前?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第21巻 二人の隔たり、そして二人の新たなる旅立ち
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第22巻 原点回帰の黄金争奪戦再開
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第23巻 谷垣とインカラマッ 二人のドラマの果てに
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第24巻 海賊の理想 そして全ては札幌を目指す
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第25巻 殺人鬼の意外な正体!? そして全勢力激突寸前!
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第26巻 ほとんどトーナメントバトルの札幌決戦!
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第27巻 解かれゆく謎と因縁 そして鶴見の真意――?

 『ゴールデンカムイ公式ファンブック 探究者たちの記録』 濃すぎる作品の濃すぎるファンブック!

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2021.12.23

「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その三)

 「コミック乱ツインズ」誌、2022年1月号の紹介もこれでラスト。今回は『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』『ビジャの女王』『カムヤライド』の三作品の紹介です。

『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 土地は貧しい、海賊は襲ってくると城とは名ばかりの乙子城主となった直家。しかし家臣総出で土地開発したり、海賊退治したり絶食したりと、歴史シュミレーションゲームの序盤のような地味な努力を重ねた末、直家は城主として名を上げることになります。
(しかし弟でも何かあったら容赦しない直家スタイル)

 そして家中から評価されるようになった直家に対し、浦上宗景から下された密命は、同族である浮田国定の粛清――と、ここで初めてパリピの裏の顔を見せる宗景も印象に残りますが、面白いのは、その背景となるこの時代の備前国の特殊性でしょう。
 なるほど、こういう理由で直家の下剋上が成立したのか――というのはちょっと気が早いですが、本作の重要な背景事情となることは間違いありません。
(この辺りの地域毎の特殊性は、前作である『政宗さまと景綱くん』でも巧みに描かれていたのが印象に残っています)


『ビジャの女王』(森秀樹)
 いかにインド墨者といえども、確実な滅びを遅らせることができるだけでは――と思いきや、ブブのおかげで善戦レベルにまで持ち込んだビジャの街。ブブの活躍に、一部ではオッド姫の婿に――などという話も出ているようですが、その陰で宰相のジファルが陰険な動きを見せます。
 蒙古と内通し、ブブを引き渡すと告げるジファル。しかしそのタイミングと手段とは――って、あまりにもベタでストレートなやり口だった! しかしそれだけにこれは予見できなかったか、すんごい顔をして城壁から落ちるブブ。それでも辛うじて死は免れたものの、傷を負った状態でブブは蒙古兵に追われることになります。

 逃げてくるブブを救うために門を開けようとすれば、同時に蒙古軍がなだれ込んでくる――そのおそれから、結果としてブブを見殺しにするオッド姫。しかし死中に活あり、ブブがラジンに一騎打ちを申し込んだことによって、インド古武術カラリパヤットとブフ(蒙古相撲)が火花を散らすことに――!

 と、意表を突く展開の連続に唖然としっぱなしの今回。ブブもビジャも絶体絶命ですが、ブブには頼もしい相棒として今回登場しなかったアイツ、作品のリアリティレベルを超越しているアイツがいるので、まあ……


『カムヤライド』(久正人)
 ついに明かされてしまった地獄のような過去の真実――古事記をある意味忠実になぞることとなったオウスとオオウスの惨劇。これまで作中でほのめかされてきたその惨劇の末にオウスはその記憶と力を封印し、長らく忘れ去ることになったのですが――しかしそれは決して失われたわけではなかったのです。

 オシロワケとヤマトヒメの陰謀により、その力を育て覚醒させるため「命の危機」「危険な目」(を描く回想シーンで、緊縛が二回も出てくるのは……)に遭わせるべく熊襲平定に送られたオウスは、これまで描かれてきたように、確かにその果てに力に目覚めさせたのであります。
 しかしそれでも幻のオオウスの存在に縋ろうとするオウスに対し、ヤマトヒメが見せたもの、ヤマトオオクニタマの残骸の下から現れた聖遺物とは――いやはや、これはあまりにも非道い。前回の展開をある意味上回る、無惨極まりない真実を突きつけられたオウスの身に起きた変化とは……

 そして久々に登場し、ライド推も絶好調で国津神を封印するモンコ=カムヤライド。その彼とオウスの運命が再び、そして恐ろしい形で交錯する予感が今回描かれることになります。
 しかしかつてモンコは、王家の血などではなく、俺の知っているお前(オウス)を信じると語りました。その絆が今もオウスの中に残っていることを信じたいのですが……


「コミック乱ツインズ」2022年1月号(リイド社) Amazon

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2021.12.22

「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その二)

 次号は『暁の犬』が表紙で『侠客』が巻頭カラー、『煩悩寺おつとめ日鑑』が再登場するようです。 「コミック乱ツインズ」誌、2022年1月号の紹介の続きであります。今回は『勘定吟味役異聞』『かきすて!』の二作品を紹介いたします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 「暁光の断」編のラストとなる今回は、聡四郎の私(家庭)の面でも、公(任務)の面でも大きな動きのあった回となりました。

 余命幾ばくもない状態で妄執を燃やす柳沢吉保が仕掛けた最後の秘策――将軍継承の最有力候補である徳川吉宗の狙撃を、西田屋経由で紀伊国屋文左衛門から知らされた聡四郎。わざわざ自分の企みを知らせる紀文の真意を測れぬまま、聡四郎は吉宗に報告することになります。これに対し、銃であれば玉込め役の右に出る者はないと余裕の表情の吉宗ですが……
 一方、紅さんから父が会いたいと言っていると聞かされ、相模屋を訪れた聡四郎。そこで待っていたのは、紋付袴という、ある意味臨戦態勢の伝兵衛――本当に紅でよいのですかというその問いに、しかし堂々と胸を張って答えたことで、聡四郎はこのドキドキの瞬間をあっさりとクリアするのでした。(奇しくも同じ号で同じような顔合わせのあった『暁の犬』の佐内とはえらい違いですが……)

 そして吉宗の見送りに品川に向かった聡四郎ですが、そこで彼が見たものは、紀伊国屋の船――そこで相手の企みを察知して飛び出した聡四郎は、巧みに隠れていた刺客たちと激突、間に合わなかったかに見えた一人も、意外な(?)人物が覚悟を見せて滅茶苦茶格好良くブロック! かくて暗殺計画は未然に防がれた――と思いきや、ここから始まるのは怒涛の口封じラッシュ。陰謀というものの底なし沼ぶりを感じさせられた思いであります。

 そして吉宗からとんでもない礼をもらうこととなった聡四郎。まさかここでこの展開と繋がるとは――と、めでたいようで、よりのっぴきならないところに踏み込むこととなった聡四郎がどこに向かうのか。次回より新章突入であります。


『かきすて!』(艶々)
 ナツ・ゆき・はるの三人娘の江戸への道中を通じて、江戸時代の各地の性風俗を描いてきたシリーズ連載の本作ですが、江戸に到着してもまだ物語は続く様子。今回は、おはるに旅の途中でデキた恋人・清さんが不審な行動を取ったことをきっかけに、思わぬ事件(?)が描かれることとなります。

 突然おはると会わなくなった清さんが、江戸で評判の三味線の美人師匠・小若と歩いていたところを見かけた三人。早速彼を問い詰めるおはるとおゆきですが、ナツだけは小若が何者であるかを見抜いて……
 と、江戸時代のジェンダー事情に詳しい方であれば、あるいは小若という名前で気付くかもしれません。この小若は江戸時代の事件や噂の記録集である「藤岡屋日記」に登場する実在の人物。はたして「彼女」がいかなる理由でこの日記に、そして本作に採り上げられることになったのか――それは、ここでは伏せるとしましょう。しかし本作においては、ナツという無垢な――というより物事の本質を見抜く力を持つ娘の目を通して、実際に記録に残された小若を巡る理不尽を鋭くえぐり出すことになるのです。

 本作でこのような切り口の物語が描かれるとは――嬉しい驚きであります。


 次回でラストです。


「コミック乱ツインズ」2022年1月号(リイド社) Amazon

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2021.12.21

「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その一)

 もうそんな時期か!? と思ってしまいますが、号数の上では「コミック乱ツインズ」はもう1月号。創刊19周年記念号(プレゼント企画は「オリジナルお薬手帳」……)は、『軍鶏侍』の表紙、『暁の犬』が巻頭カラーであります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 敵味方数々の犠牲者を出し、いよいよ決戦が迫ることを感じさせる本作。味方の側に相次いで二胴による犠牲者が出たのに対し、はたして自分の剣で二胴を破ることができるのかと、思いつめる佐内ですが――そんな煮詰まった状態の佐内を追い詰めるように、思いも寄らぬ強敵が襲撃を仕掛けてくるではありませんか。

 それは満枝の父親・藤崎甚右衛門――いや、別に甚右衛門が実は敵側の剣の使い手というわけではなく(たぶん……)、娘が結婚前提でお付き合いしている(と仲立ちしたおばさんが言い張っている)若者と会いたいと、いきなり一席セッティングされてしまったのであります。
 確かに、こう、関係ないとはもう言えなくなってしまったわけですが、しかし命がけの戦いに臨もうと思い詰めまくっている時にこれは困る。いや、平和な現代人でも、いきなりこれは困ります。

 しかも会ってみれば甚右衛門さんは、佐内とはまったく別の世界に生きていることが一目瞭然の好人物。普段獣だ犬だ人斬りだと据わった目をしている佐内には、ある意味眩しすぎる相手であります。
 ただでさえ明日をも知れぬ生き方をしている自分に、降って湧いたように形となって現れた未来。ここで自分の父が何を思って生きていたのか、思わず考えてしまう佐内が実にリアルですが――命を捨てても相討ちがやっとの相手との対決を前に、心を乱されまくる佐内は、無事に未来を迎えることができるのか? むしろ彼の場合は、これくらい未来を背負ったほうが剣が安定するのではという気がしますが――さて。


『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 冒頭、真剣を手に対峙する二人の剣士――一人は力強く矢継ぎ早に剣を振るう若者、もう一人は巧みに体をさばき、的確な一撃を放つ中年。若侍の猛攻を巧みにいなした中年侍は不敵な笑みを浮かべ……

 と思いきや、これが軍鶏の擬人化だった! という意表を突いた始まりの今回。そもそも軍鶏侍の名前の由来(の一つ)である源太夫の軍鶏飼いですが、若軍鶏に自信も技も同時につけさせたい、それもできるだけ早く――という彼の悩みに、下男の権助が提案したのが「咬ませ」であります。
 つまりは咬ませ犬――闘犬の世界で老練な咬ませと若犬を戦わせ、若犬に経験を積ませるという方法であります。

 その提案を採用した源太夫が咬ませに選んだのは、既に盛りを過ぎたものの、全盛期は最強を歌われた名鶏・義経。咬ませにされるために二年間戦いから遠ざけられた義経は、ついに若鶏との対決を迎えるのですが……

 軍鶏侍ならぬ軍鶏が侍の今回ですが、その主役ともいうべきなのが、人間でいえば源太夫と同年代の義経。しかし今回描かれるのは、その義経が源太夫の思いつきによって生き方を変えられ翻弄される姿であります。
 もちろんそれは源太夫の若軍鶏を育成するという熱意の現れであることは間違いありません。しかし同時にそれは――咬ませとしての義経の戦いを目にした時の軍太夫のリアクションも含めて――ひどく傲慢で残酷なものでもあると感じられます。

 権助の言葉によってその誤りを悟った源太夫ですが、そこには義経に「そうであったかもしれない自分」を重ねた想いもあったのではないか――そう感じます。
 こういう形で『軍鶏侍』という物語を描けるのか、と感心させられた次第です。


 長くなりますので次回に続きます。(全三回)


「コミック乱ツインズ」2022年1月号(リイド社) Amazon

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2021.12.20

「鬼滅の刃」遊郭編 第三話「何者?」

 鬼の気配を感じて追いかけるも姿なき相手に翻弄される伊之助。一方、泣いていた禿を宥めていた善逸は、禿の主・蕨姫花魁が上弦の鬼だと直感する。はたして蕨姫は、江戸時代から吉原の闇に巣食う上弦ノ陸・堕姫だった。善逸を鬼殺隊と見抜いた堕姫は、無惨の障害となる者たちを皆殺しにせんとする……

○アバンタイトル
 いきなり画面に大きく「江戸・吉原」と場所が表示(今回多用される演出)されて、おそらくオリジナルで描かれる過去の物語。一人の遊女がある花魁の行跡を詰ってその部屋に入ったと思えば、一瞬後、部屋から出てきたのはその花魁のみ、遊女の姿は消え失せて――と、その場に一滴の血すら残されていないのが、何ともいえぬ凄みを感じさせます。
 しかしこの場面はモノクロで描かれるのですが、前回の嘘がつけないで変な顔になる炭治郎の演出を思い出させるのが何とも……

○荻本屋の鬼?
 アバンと重ね合わせるように描かれる大正の東京の吉原。鬼(?)が活動していたためすっかり勘違いしていましたが、いまは昼間だったことがこの描写からわかります(そしてすぐ後に酷い目に遭わされるおっさんの中に入る姿が)。
 ここでもちまえの皮膚感覚から謎の鬼の動きを察知し、威嚇する伊之助ですがこれは効果なし。そのまま天井や壁の向こう側を縫っていくかのように移動する相手を追う伊之助ですが、さしもの彼でも追いきれず、途中でぶつかったおっさんに顔面パンチを……(死ぬんじゃないかしら)

 ちなみにこのくだりの伊之助、猪突猛進とかガハハとか奇行がないので普通に口の悪い美少年に見えるのが面白い。また、敵を逃したシーンで襟をパタパタしてみせることで、文字通り肌感覚が使えない彼のもどかしさをさらりと描くのが巧みでした。

○善逸、上弦の鬼と遭う
 一方、京極屋の善逸は、自分の耳を使って情報収集中。善逸の場合、遊郭の「音」を集めるのはちょっとどうなのかしら――というのはさておき、そこで彼が耳にしたのは女の子の泣き声、すわ! とばかりに駆けつけれて、泣いていた一人の禿を一生懸命なだめようとする善逸ですが、その彼の後ろに立つ一人の花魁が……
 善逸の耳をして、声をかけられる直前まで全く気付かなかった相手は、人間ではなく鬼――いや上弦の鬼。しかし異常に口の悪い相手が泣いていた禿の耳を引きちぎれんばかりに掴んだ時――その腕を浮かんで手を離せというのが善逸という男であります。

 先に述べた通り、この時点で相手が上弦の鬼と気付いていたにもかかわらず、それでも少女のために阻もうとする――そんな彼だからこそ、ヘタレでも女好きでも皆が愛するのでしょう。もっとも、裏拳一発で吹き飛ばされて気絶KOなのですが……

○吉原に潜み続けるもの
 遡ること二日前、この花魁・蕨姫と対峙し、彼女の周囲で次々と人死にが起きることをなじる女将。それを鼻で笑い、ババア呼ばわりで睨めつける花魁に対し、女将は自分が子供の頃、吉原に昔から存在していた花魁「たち」、蕨姫と同様の特徴を持つ花魁たちと彼女の関係を問うのですが……。人間の間に潜む人外の存在を面と向かって問うのはやはりタブーというべきか、正体を現した蕨姫――上弦ノ陸・堕姫に空から投げ落とされて、女将は惨殺されるのでした。
 そして部屋に戻った堕姫を待っていたのは伊達男姿の無惨――先日の猗窩座へのパワハラが嘘のように彼女を優しく褒め、これからも期待していると語る無惨と、先程の傲岸不遜ぶりが嘘のように頬を染め、乙女のように無惨に対する堕姫。美男美女の美しい語らいのようですが、これほど悍ましいものもないというべきでしょうか。にしてもこの様々な顔を持つ女怪を完璧に演じているのはさすが沢城みゆきであります。

 そしていまに戻り、善逸を見て無惨の敵・鬼殺隊が現れたと喜ぶ堕姫。しかし(原作でもそうなんですが)禿がいるところで「皆殺して喰ってあげる」と嬉しそうにひとりごちるのはいかがなものか……(たぶんいつも言ってるんだろうなこういうこと)

○善逸への感謝、しかし……
 そして今回、Cパートはオリジナルの描写――気絶していた善逸が目覚めたところに、彼に助けられた禿をはじめ、なんかどっかで見たような感じの三人娘がやってきて感謝の言葉を告げます。考えてみれば女の子の前で寝ないで格好良いところを善逸が見せたのはこれが初めてかなあ、と感慨深く思っていたら――ヒッ!
 そういえば原作では堕姫に殴られて気絶した後、いつの間にか行方不明になってましたが……

 あと、今回は出番の少なかった炭治郎が、異常に滑らかに花を生けるのに驚きました。家事に慣れているというレベルではない。


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 「鬼滅の刃」遊郭編 第一話「音柱・宇髄天元」
 「鬼滅の刃」遊郭編 第二話「遊郭潜入」

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第9巻 吉原に舞う鬼と神!(と三人組)

 『鬼滅の刃』 第一話「残酷」
 『鬼滅の刃』 第二話「育手 鱗滝左近次」
 『鬼滅の刃』 第三話『錆兎と真菰』
 『鬼滅の刃』 第四話「最終選別」
 『鬼滅の刃』 第五話「己の鋼」
 『鬼滅の刃』 第六話「鬼を連れた剣士」
 『鬼滅の刃』 第七話「鬼舞辻無慘」
 『鬼滅の刃』 第八話「幻惑の血の香り」
 『鬼滅の刃』 第九話「手毬鬼と矢印鬼」
 『鬼滅の刃』 第十話「ずっと一緒にいる」
 『鬼滅の刃』 第十一話「鼓の屋敷」
 『鬼滅の刃』 第十二話「猪は牙を剥き 善逸は眠る」
 『鬼滅の刃』 第十三話「命より大事なもの」
 『鬼滅の刃』 第十四話「藤の花の家紋の家」
 『鬼滅の刃』 第十五話「那田蜘蛛山」
 『鬼滅の刃』 第十六話「自分ではない誰かを前へ」
 『鬼滅の刃』 第十七話「ひとつのことを極め抜け」
 『鬼滅の刃』 第十八話「偽物の絆」
 『鬼滅の刃』 第十九話「ヒノカミ」
 『鬼滅の刃』 第二十話「寄せ集めの家族」
 『鬼滅の刃』 第二十一話「隊律違反」
 『鬼滅の刃』 第二十二話「お館様」
 『鬼滅の刃』 第二十三話「柱合会議」
 『鬼滅の刃』 第二十四話「機能回復訓練」
 『鬼滅の刃』 第二十五話「継子・栗花落カナヲ」
 『鬼滅の刃』 第二十六話「新たなる任務」
 『鬼滅の刃 無限列車編』 第一話「炎柱・煉獄杏寿郎」

 『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』(その一) 真のクライマックスに燃える男!
 『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』(その二) 理不尽な結末の先の希望と人間肯定

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2021.12.19

『半妖の夜叉姫』 第36話「永遠にない場所」

 是露と七星の罠にはまり、心の中の孤独や悲しみの記憶を覗かれるとわ。その中の負の感情を暴き立てる是露に怒りを燃やしたとわは妖怪に変化し、襲いかかるが、それこそが是露の真の狙いだった。一方、りんの呪いが進行する中、殺生丸の言により母のもとに駆けつけたせつなにりんが語った言葉は……

 前回、是露と七星の罠にはまり、苦しむ姿が描かれたとわ。しかし何に苦しんでいたのかが描かれなかったため、彼女の怒りの理由がわからなかったのですが――その部分が今回描かれることになります。

○とわの記憶
 是露の術によって動きを封じられた末、七星の放った常世虫に取り憑かれ、己の中の孤独や悲しみの記憶を暴かれることとなったとわ。自分にそんなものはないと抗うとわですが、しかし彼女が過去に抱いた感情は、容赦なくえぐり出されていくこととなります。
 森を襲った火事でせつなの手を離してしまった悔恨、ただ一人現代に飛ばされてしまった心細さ、草太の娘となったものの消えない戸惑いと違和感、家族以外の周囲の人間との孤絶、そして再会したせつなが変貌していた悲しみ――これでもかと言わんばかりに曝け出されていくとわの中の想い。これまで常に明るく振る舞ってきたとわですが、草太というある意味最良の理解者と出会い、家族に恵まれた環境にあっても、どうしても拭えない想いがあったのですー

 そして是露がそれを論い、煽っていくのですが――これは是露の一種の詐術というべきでしょう。もちろん、とわが過去にこうした感情を抱いてきたのは事実としても、彼女の過去にあったのは、決してそれだけではないのですから。それ以外にあった楽しかった記憶、嬉しかった記憶、彼女を慈しみ愛してきた人々の存在――それらを無視してことさらに悲しみと孤独のみを拾い上げ、突きつけるのは、一種の洗脳というべきものと感じます。

○怒りのとわ 是露の真意
 しかしここまでとわが成すすべもなく苦しめられるだけだったのは、朔の日であったから――夜が明けて朔が終われば、彼女は決して術に囚われた存在ではありません。髪の色も元に戻り、怒りに燃えるとわという、前回ラストで描かれた場面に続くのは、久々の妖怪化した彼女の姿であります。
 と、ここにとわのハンドクリームのラベンダーの香りを追って、理玖とりおんが駆けつけるのですが――しかし怒りに燃えて暴走するとわは止まらない。問答無用で七星を一刀の下に叩き斬り、襲いかかるは是露のもと――しかしここで是露の恐るべき真意が明らかになります。それはここでとわの刃で命を落とすことにより、縁で繋がったりんの命をも奪い、間接的に母の命を奪ったという決して消えない心の傷をとわに与えることだったのであります。理玖が割って入ったものの、暴走状態のとわを止めることは容易ではなく……

○急ぐ殺生丸(置いてかれる邪見)
 そんな緊迫した状況とも知らず、北国からのんびり帰ってきた退治屋たち。そこに殺生丸の娘・せつなを狙って、見るからに雑魚い緑鬼たちが大量に襲いかかってくるのですが――そこに現れたのはなんと殺生丸。りんに対する是露の呪いがいよいよ進行したため、せつなの所縁の断ち切りの力を求めて急行してきた殺生丸は、せつなを時代樹に急がせると、自分は退治屋(というか琥珀)とともに、緑鬼たちを粉砕にかかるのでした。
 一方、言葉には出さないものの滅茶苦茶焦っていたと思しき殺生丸に振り落とされた邪見が落ちた先は、狸穴島からこれまたのんびり帰る途中のもろはの上。ここで邪見と出会ったことで、もろはもこの状況に巻き込まれていくことになるのでしょう。

○せつなが斬るべきもの
 時代樹の中に駆けつけたせつなが見たのもの――それは全身に銀の鱗が転移した、無残なりんの姿でした。りんも最後の願いなぞと言い出して、ヤバいムードが漂いますが(何しろ今この瞬間にも、とわが是露を殺しにかかっているので)、既に所縁の断ち切りの力を引き出せるようになったせつなは、ここで無数の赤い糸の中から是露とりんの縁を見つけ出し、一刀両断に――しようと思ったところで、娘を静止するりん。縁を斬っただけでは呪いは消えない、そのためには――というところで、次回に続きます。


 これまでしばらく三元中継だった物語が、一気に収束の気配を見せた今回。考えてみれば次回で一クール終了、これが前半の山場ということなのでしょう。しかし単にとわに対する憂さ晴らしにしか見えなかった是露のいたぶりに、こんな真意があったとは、さすがに驚きかされました(その割にはラストで虹色真珠を全て己に戻していましたが……)。

 しかし引っ張った割にはあっさりと退場することとなった七星、テンションが上がるといきなり能舞台を作り出して舞う(公家とは……)など、なかなか面白いキャラでした。合掌。


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公式サイト

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2021.12.18

栗城祥子『平賀源内の猫』 第9話「カランスからの手紙」

 「お江戸ねこぱんち」誌に連載されていた『平賀源内の猫』の続きが、webコミックとして発表されました。平賀源内と赤毛の少女・文緒、そして源内と暮らす猫・エレキテルのトリオが様々な事件を解決していく物語の、待望の新章であります。

 生まれついての赤い髪がもとで、父亡き後、継母や周囲の人々から疎まれてきた文緒。江戸に出て源内の家に住み込みで手伝いをすることとなった彼女は、博覧強記で意外と人情家の源内、帯電体質の猫・エレキテルとともに、様々な事件に巻き込まれて……

 という基本設定の本作、今回紹介する第9話のタイトルは「カランスからの手紙」。カランスとは聞き慣れない言葉ですが、これは人名――本作の少し前の時代のオランダ商館長であり医師だった人物であります。
 ある出来事がきっかけで知り合い、意気投合したカランスと手紙をやりとりしていた源内。そのカランスのための薬草摘みに向かう源内と同行した文緒は、源内の子供時代の話を聞くのですが――それをきっかけに自分の亡き父母のことを思い出そうとした文緒は、急に恐怖を覚えることになります。

 はたして文緒のその感情の理由は何なのか。一方、田沼意次は、異国と密かに手紙をやりとりする源内を警戒し、お庭番の倉地を動かして……


 冒頭で触れたように、元々は女性向け猫時代漫画誌である「お江戸ねこぱんち」に連載されていた本作。その特徴であり魅力は、同誌の作品の中ではかなり珍しく、史実を題材としていたこと――それだけでなく、その史実を他の史実と組み合わせ、意外でユニークな物語を描き出すことにあります。

 そして今回の史実における「史実」とは、言うまでもなくサブタイトルのカランスの存在です。作中で描かれる源内とカランスの初対面時のエピソード――カランスが持ち出した知恵の輪付きの金の入った袋を誰も開けられなかったのを、源内がたちどころに開けてみせたというのは、実はかの「蘭学事始」に記されたものであります。
 その後、源内とカランスが洋の東西を超えて博物学者同士意気投合したというのも史実ですが――非常に有名な書物に記載されながら、意外と知られていないエピソードをピックアップして、さらにそこからさらに二人が秘密のやりとりを、という飛躍のさせ方は、やはり本作ならではの味付けと感じます。

 しかし今回描かれるのはそれだけではありません。物語の発端として描かれていたにもかかわらず、ある意味既に所与のものとして特に疑問を抱くこともなかった設定――すなわち文緒の赤毛の由来が、さらには彼女のもう一つの特徴に隠されたあまりに意外な秘密に、今回光が当たることになるのです。
(特に後者は第1話にはっきりと描かれていたにもかかわらず、恥ずかしながら完全に忘れておりました……)

 実は今回は一話完結というよりも続きもの、さらにいえば大きな物語のプロローグという印象なのですが、ある意味本作らしからぬ不穏さを感じさせる展開に心騒がされます。

 そしてもう一つ――源内と母、文緒と実の父母という、親と子の関係が物語の根底で描かれているのも印象に残ります。本作の電子書籍化と同時にTwitter上で発表された作品『豆腐とこたつと江戸娘』ともども、そこには肉親の情に対する作者の眼差しが感じられるのです。


 何はともあれ、しばしの中断から復活することとなったこの『平賀源内の猫』。それだけでも嬉しいのですが、はたしてこの先物語がどのように展開するのか――そして如何なる史実と結びつくことになるのか、楽しみなことは幾つもあります。
 続くエピソードが、少しでも早く読めることを期待しているところです。


『平賀源内の猫』 第9話「カランスからの手紙」(栗城祥子 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon

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栗城祥子『平賀源内の猫』第1-2巻 少女と源内と猫を通じて描く史実の姿、人の姿

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2021.12.17

『この時代小説がすごい! 2022年版』 復活! そしてさらに充実の時代小説ベストランキング

 もう年の瀬、書店には各ジャンルのランキングガイドブックが並ぶ時期ですが――「この時代小説がすごい!」が帰ってきました。2016年度版から6年ぶりの復活となった今回は、今年のランキングだけでなく、21世紀ランキングまで掲載という充実の一冊であります。

 「書店員・書評家など、時代小説の目利きが選んだ、本当に面白い時代小説ランキング」を謳い文句に刊行されてきた「この時代小説がすごい!」。数年間連続して刊行された後、残念ながら2016年版を最後に刊行されていなかったのですが――今年、何の前触れもなく復活しました。
 私も刊行のたびに、ランキングへの投票と作品紹介と、色々書かせていただいてきたのですが、ありがたいことに今回もお声がけいただいております。(あまり分量は書いていませんが……)


 さて、「この時代小説がすごい!」の最大の特徴は、ランキングを「文庫書き下ろし」と「単行本」の二つに分けていること。
 ファンの方であればよくご存知かと思いますが、確かに同じ歴史時代小説でも、この両者は発行点数や内容、作者の顔ぶれ(さらにはおそらく読者層も)大きく異なるために、納得の区分であります。

 が、今回の最大の特徴は、それに加えて第三のランキング――「21世紀版文庫書き下ろしランキング」と銘打って、2001年~2021年の過去20年に発売された作品のベストランキングを掲載していることであります。
 正直なところ、最初に過去20年間のランキングを、と言われた時にはかなヒエッとなりましたが、文庫書き下ろしという限定があったためかある程度絞ることができ、なかなか面白い経験ができました。

 申し遅れましたが、今回もこれまで同様、各ランキングは第6位までを選んで投票するという形式。今年のランキングではそれぞれ19位まで、21世紀版では15位までの作品は、解説文付きで紹介されております。
 私は例によって好きなように偏ったランキングを投票させていただき、解説文の方は極めて真面目に(いつもと文体が違うので特にそう感じます)担当させていただいております。

 それはさておき、ランキングですが――これが(偏りまくった私の目から見ても)どれも納得の結果。なるほどこの作品があったか、この作品がこの順位かと、様々な驚きがありつつも、違和感なしというべきか――実にバランスのよいランキングと感じます。
 それでいて、私のような人間が大好きな作品もランクインしている(投票したのだからまあ当たり前なのですが)のも嬉しいところで、尖った作品もきっちり入っているのにご注目いただければと思います。

 特に文庫書き下ろしの第5位の作品は、投票したのが1位として投票した日下三蔵・末國善己・細谷正充の各氏、あと私のみ――正確には6位として投票した方が一人いらっしゃいますが――でこの順位という、色々な意味で実に興味深い結果となっています。
(ちなみに紹介文は私が担当しております。紹介できて嬉しかった)


 そしてバランスが良いという印象は、その他の特集記事にもあてはまります。
・「江戸を生きる女たち」(女性主人公という視点からのキャラクター紹介)
・「新進作家の注目作品・シリーズ徹底ガイド」(ランキング順位にかかわらない紹介)
・「直近直木賞受賞作家の歴史時代小説全リスト」(直近6期の受賞作家の作品紹介)
 これがまた内容的にも充実の、そしてチョイス等納得の記事揃いで、バランスが良いというより、もはや隙がないという言葉が適切に感じられるほどです。

 歴史時代小説シーンのいまを知るために最適――という表現を使っても、決して大げさではないと感じます。


 というわけで、自分も書いているというのを抜きにしても、この6年間の空白を埋めるかのように充実の一冊だった「この時代小説がすごい! 2022」。ぜひ来年も、そのまた来年も――と、刊行を続けてほしいガイドブックです。


『この時代小説がすごい! 2022年版』(「この時代小説がすごい!」編集部編 宝島社) Amazon

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「この時代小説がすごい! 文庫書き下ろし版」 文庫書き下ろし時代小説の現在と未来
「この時代小説がすごい! 2014年版」 単行本も加わって充実の時代小説ガイド
『この時代小説がすごい! 2015年版』と『本の雑誌』2015年1月号に執筆しました
『この時代小説がすごい! 2016年版』 ランキングに刮目せよ!

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2021.12.16

廣嶋玲子『妖怪の子、育てます』 第二部スタート! 弥助、「親」になる!?

 全十巻で大団円を迎えた『妖怪の子預かります』シリーズの第二部がいよいよ始まりました。前シリーズから数年後、妖怪の子預かり屋として、そして一人の「親」として奮闘する弥助と、その「子」千吉を中心に、にぎやかでおかしくも、恐ろしい物語が始まります。(『妖怪の子預かります』の結末に触れますので、ご注意下さい)

 幼い頃に母親を失い、かつて強大な力を誇っていた元妖怪・千弥に拾われ、育てられた弥助。ふとしためぐり合わせから妖怪の子預かり屋を営むことになった弥助は、大家のドラ息子の久蔵や、千弥と因縁浅からぬ東の妖怪奉行・月夜公と共に様々な事件を経験することになります。
 そんな中、ある邪悪の妖怪の呪いから弥助を救うために禁忌を破った千弥は、その代償として全ての記憶を失い、赤子として生まれ変わることに……

 という前作の結末の六年後から始まる本作。以来、男手一つで千吉と名付けた赤子を育ててきた弥助は、その傍らで妖怪の子預かり屋を続け、今では立派な青年に成長しています。
 前世の記憶を持たない千吉ですが、しかし弥助を慕う気持ちは相変わらず。もちろん弥助の方も千吉には甘く、丁度かつての千弥と弥助が入れ替わったような状態であります。

 化蛇族の姫と結ばれ、こちらも立派な大人となった久蔵の双子の娘・天音と銀音も、姉弟同然に育った千吉を引っ張り回す状態。そこに預かり屋を訪れる妖怪たちも加わって、弥助と千吉は騒々しい毎日を送ることに……


 というわけで、人間関係に大きな変化が生まれたものの、弥助と妖怪たちを中心とする騒動を描くという基本は変わらない形でスタートしたこの第二部。
 もちろん弥助はかつてのような守られるばかりの子供ではなく、これまでのように妖怪の子供たちと騒動を引き起こすこともなく――逆にまだまだ未熟な千吉を、保護者として見守ることになります。

 本書ではそんな弥助と千吉の日常(?)として、川から片手が流れてきたのをきっかけに妙な妖怪につきまとわれたり、化け雀の若様を預かってダイエットに奮闘したりと、様々な騒動が描かれるのですが――メインとなるのは、全体の6割近くを占める、奇怪な「神」との対決編であります。

 ある日、町に遊びに出かけた千吉と天音・銀音の姉妹。しかし千吉の眼の前で姉妹は不気味な黒い影に飲み込まれ、姿を消してしまったではありませんか。この一件を解決のため、人界を管轄する妖怪奉行所・西の天宮の奉行・犬神の朔ノ宮が捜索に当たるのですが、そこで思わぬ壁にぶつかることになります。

 二人を拐った黒い影の正体は、「虚神」――人間の強い想いによって生み出された神。こうした虚神はやがて力を蓄えると自らの存在を維持するために人を支配し、贄を集め出すようになるのであります。
 しかし今回双子を拐った虚神は、自分の周りに結界を張り巡らせ、朔ノ宮たちが動けば、それを察知した虚神によって、双子の身に危険が及ぶかもしれないというのです。

 かくして、双子を拐った者どもの村に忍び込み、虚神の核を壊すこととなった弥助と千吉。しかし異様な魔所と化した山中のその村で二人は離れ離れになってしまい……


 人が自分の欲望を叶えるために超自然的存在に頼り、そしてそこから得られるものを守るため、非人間的行為を行うようになる――それは、作者の『鵺の家』『狐霊の檻』などでも見られたシチュエーションであります。
 たとえそこから得られる利が一時のものであり、そして自分たち以外の者に害を為す――いや、自分たち以外の者を犠牲にするとわかっていても、その利にしがみつく者たち。そのおぞましく醜い(そして同時にやるせない)姿は、本作においても強烈な形で描かれることとなります。

 そしてそれの対極にあるのが、弥助の姿であることはいうまでもありません。たとえ人であろうと妖怪であろうと分け隔てることなく接し、大切なものを救うためであれば自らの命を賭ける――人間の善性の象徴というべき弥助の姿は、たとえ成長した今でも変わることはありません。いや、千吉の「親」となったことでより強まったその姿勢は、微笑ましくも何とも気持ちよく感じられるのです。


 何はともあれ、いよいよ始まったシリーズ第二部。朔ノ宮という気になる新キャラクターもさることながら、今はまだその力を発揮していない千吉がどのように育っていくのか、そんな千吉に弥助や月夜公がいかに接していくのか、気になること、そして楽しみなことは尽きません。
(にしても千吉に頼られた月夜公の嬉しそうな顔が目に浮かびます……大丈夫か本当に)


『妖怪の子、育てます』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon

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 廣嶋玲子『妖怪の子預かります 8 弥助、命を狙われる』 逆襲の女妖、そして千弥の選択の行方
 廣嶋玲子『妖怪の子預かります 9 妖たちの祝いの品は』 シリーズファン待望の短編集
 廣嶋玲子『妖怪の子預かります 10 千弥の秋、弥助の冬』 大団円 そして「子」は成長して――

 森野きこり『妖怪の子預かります』第1巻 違和感皆無の漫画版
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2021.12.15

安達智『あおのたつき』第7巻 廓番衆修験編完結 新たな始まりへ

 書籍版もヒット中の『あおのたつき』、電書版はいよいよクライマックス。神具の鍵を復活させるため、四人の宮司たちによる修験に挑むあおと楽丸の奮闘もいよいよラスト――あおの消滅がかかった恐るべき修験において、楽丸はあおの抱えたわだかまりを解くことができるのか?

 冥土の吉原薄神白狐社で、宮司の楽丸とともに迷える魂を救うあお。楽丸の鍵が破壊されてしまったことから、廓番衆による修験に挑んだ二人は、これまで怒丸、喜丸、哀ゐ丸の修験をクリアしてきました。
 しかし最後に残った恐丸の修験は、審判の深淵に放り込まれたあおを救うため、彼女のわだかまりを解くというもの。そこで楽丸は生前の姿に戻ったあお=濃紫と出会い、彼女の生前に起きた出来事を聞くのですが……

 というわけで前巻から引き続いて描かれる、ある意味これまでで最もキツいエピソードのあおの過去編。あおは何故冥界では子供の姿なのか。あれほど金に拘るのは何故なのか。そして何よりも、三浦屋で三本指に入る花魁だった濃紫があおとして冥界にやって来たのか――その理由が、このエピソードでは描かれてきました。

 まだ年端もいかぬうちに、母によって苦界に売り飛ばされたあお。彼女は、自分の借金を返すどころか、妹のコウの治療費の名目で母から金をさらに搾り取られる暮らしを送っていたのであります。
 そしてそのコウまでもが実は売り飛ばされていたと知ったあおは、足抜けをしてでも妹に会いに行こうとするのですが、しかし……

 という、もう天を仰ぎたくなるような状況だった生前のあおですが、彼女を待つのはさらなる地獄。辛うじて足抜けの罰は免れたものの位を落とされた彼女の前に現れたのは、間夫(を自称する)の暗権八――弱り目に祟り目というべきか、かねてから異常な執着を見せてきた権八によって、あおは奈落に突き落とされることになるのです。

 正直なところ、あおの「死」の真実は、想像していたようなドラマチックなものとは大きく異なるものではありました。しかしそれだからこそ、その無惨さと虚しさ、そして無念さは、一層胸に迫るものがあります。
 しかしあおの童女姿こそは、彼女のわだかまりであると同時に、彼女の本質であり。人間性の象徴であった――その事実は、一つの救いとも希望ともいうべきでしょう。

 そしてそんなあおのわだかまりを、過去を、知った上で正面から受け止め、そして寄り添うことを決めた楽丸の存在もまた、希望と感じます。そして、そんな楽丸が真に祓うべきわだかまりは何であったか――それが、この廓番衆修験編の締めくくりと、新たな物語の始まりにふさわしいものであることは間違いありません。


 さて、そして改めて宮司として/使用人として、冥界に彷徨う魂と向き合うことを誓った楽丸とあお。と、その矢先に現れたのは、生前は地本問屋・耕書堂の手代だったというのっぺらぼうの文七であります。
 天才と惚れ込んだ絵師・創次郎を世間に知らしめることができないうちに死んでしまい、耕書堂の先代・蔦屋重三郎に合わせる顔がない――という思いでのっぺらぼうとなった文七。彼を創次郎の夢枕に立たせることになった楽丸とあおですが……

 というわけで、久々の通常営業(?)となったこのエピソードで描かれるのは、世に受け容れられず、かといって自分のやり方を曲げることもできない絵師との対峙。
 しかし夢の中では無敵の怪物になっていた創次郎に自分の言葉を届かせるため、文七はビッグゲストを味方にして、思わぬやり方で挑むのですが――と、漫画ならではの形で賑やかに描きつつ、本作らしい人情話を見せてくれるのが巧みなエピソードであります。

 そして本当の姿と虚構の姿というこのエピソードの構図をなぞらえるようにして、あおの「素顔」が描かれるというのも、心憎い仕掛けというほかありません。


 また、番外編として収録されているのは、あおがまだ新造だったころについていた花魁とのエピソード。これがまあ実にしょうもないお話なのですが、もう絵の力で笑わされてしまうのがズルい――と思えばラストでヒヤッとさせられるのも巧みな掌編であります。

 そしてもう一編、単行本限定の「はなとみつる」は、いきなり現代が舞台!? と驚けば、第1話に登場した冨岡ときよ花の現代での姿を描いた物語であります。
 あとがきでは現パロと評されていますが、個人的には、二人が現代に生まれ変わって幸せに暮らしているものだと思いたい――そんな日常の一コマです。


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2021.12.14

「鬼滅の刃」遊郭編 第二話「遊郭潜入」

 音柱・宇髄天元の命令で、消息を絶った彼の三人の妻の行方を探すこととなった炭治郎・善逸・伊之助。無理やり女装させられた末にそれぞれ別々の見世に潜入することになった三人は、これまでの日常とは全く異なる世界に戸惑うが……

 ある意味、無限列車編のエピローグ&遊郭編のプロローグというべき内容だった前回を受けて、いよいよ本編突入という印象の今回。ここからはほぼ全てのシーンが吉原を舞台に描かれることになります。

○アバンタイトル
 遊郭に向かう前に、三人に向かって派手に「俺は神だ!!」宣言をブチかます宇髄。この場面、無駄にキラキラしながら動きまくる派手柱が実にそれらしい上に、三人三様のリアクションもキャラが出ていて実に楽しい場面。同じ柱でも煉獄と宇髄の違いが明確に現れていて(まあ、目を見開いてうまいうまいと大量の弁当を食べるのも大概ですが)、掴みとしてはバッチリでしょう。

○吉原下見
 ここから今回のアニメオリジナルシーン――派手柱と三人組は吉原の下見に向かうことになります。人力車で見て回るだけのはずが、人混みにテンションが上がった伊之助、雰囲気にのぼせ上がった善逸がフラフラ歩き出し、炭治郎が止めようとして――と、勝手な行動を取る三人に、引率の先生状態の宇髄も一苦労であります。ただ、四人とも隠密行動のはずなのに、思い切りいつもの姿なのが違和感があるところで――後の展開からすれば仕方ないのですが、オリジナルは難しい……
(ここで宇髄の口から吉原の説明が入るのはよいアレンジですが)

○煉獄の嫁
 すったもんだの末、藤の家の家紋の家で今後の指示を出す宇髄。ここで「俺の嫁を探せ」という指示に善逸激昂――と、漫画で読んだ時は何とも思わなかったのですが、確かに声がつくとこれ、宇髄が結婚相手を探しているようにも聞こえるのが可笑しい。そこからさらに嫁三人いるのを知って――と、今回善逸がフル回転の上に、いちいち同じレベルで宇髄がツッコむので実に賑やかです。

○遊郭潜入大作戦
 というわけで三人組が女装して、三人の嫁がいる見世にそれぞれ潜入するという漫画みたいな作戦が始まったわけですが――ヤケクソのように白粉と頬紅・口紅を塗りたくった姿は控えめに言ってもとんでもねえビジュアル(漫画で読んでいた時は白粉塗っていたと思わなかったのでこれまたえらいインパクト)。
 嫁からの手紙に「来る時は極力目立たぬように」とあるのにコレなのは、派手柱的にはこれでも地味なのか、宇髄の変装の腕が実はアレなのか、はたまた三人組は囮扱いなのか……(たぶん最初のやつだと思うのですが)

○三人三様
 そして宇髄に二束三文で売っ払われた三人。炭治郎はその持ち前の勤勉さから下働きとして気に入られ、伊之助は素材だけはいいので歓迎され、善逸は――その音感から三味線の名手(妙に滑らかに動く演奏シーン)として周囲を驚かせることに。皆それぞれの特技(?)を活かして潜入に成功という印象ですが、善逸のみは既に自分が何のために潜入したのか忘れて、花魁になって宇髄を見返すのが目的に……
 しかし花魁から宇髄の嫁の一人・須磨を探している理由を聞かれて炭治郎が不自然にごまかすシーン、何故に無声映画風の演出なのか。

○そして次回へ
 そんなドタバタが繰り広げられる同じ見世で、不気味な帯に拘束された宇髄の嫁の一人・まきを。彼女を詰問する唇の正体は、そしていまだ異変に気付かない宇髄の参戦は――というところで次回に続きます。
 予想通り前回のEDはOPだったため、今回初お目見えのEDは、夜の闇から一転して朝日の下へと舞台が移り、空を無数に舞う帯が印象的ですが、それが象徴するものははたして……


 というわけで遊郭編本編に突入した今回ですが、基本的には三人組と派手柱が騒ぎまくるギャグ回という印象。その一方で舞台となる吉原の描写は、光と闇の作画が巧みで、華やかさの陰に鬼が潜む本作の吉原に相応しいものと感じます。
 光ある所闇がある、ではなく、光あるところ以外全て闇の吉原のビジュアルも、この先楽しみにしたいところです。


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 「鬼滅の刃」遊郭編 第一話「音柱・宇髄天元」

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第9巻 吉原に舞う鬼と神!(と三人組)

 『鬼滅の刃』 第一話「残酷」
 『鬼滅の刃』 第二話「育手 鱗滝左近次」
 『鬼滅の刃』 第三話『錆兎と真菰』
 『鬼滅の刃』 第四話「最終選別」
 『鬼滅の刃』 第五話「己の鋼」
 『鬼滅の刃』 第六話「鬼を連れた剣士」
 『鬼滅の刃』 第七話「鬼舞辻無慘」
 『鬼滅の刃』 第八話「幻惑の血の香り」
 『鬼滅の刃』 第九話「手毬鬼と矢印鬼」
 『鬼滅の刃』 第十話「ずっと一緒にいる」
 『鬼滅の刃』 第十一話「鼓の屋敷」
 『鬼滅の刃』 第十二話「猪は牙を剥き 善逸は眠る」
 『鬼滅の刃』 第十三話「命より大事なもの」
 『鬼滅の刃』 第十四話「藤の花の家紋の家」
 『鬼滅の刃』 第十五話「那田蜘蛛山」
 『鬼滅の刃』 第十六話「自分ではない誰かを前へ」
 『鬼滅の刃』 第十七話「ひとつのことを極め抜け」
 『鬼滅の刃』 第十八話「偽物の絆」
 『鬼滅の刃』 第十九話「ヒノカミ」
 『鬼滅の刃』 第二十話「寄せ集めの家族」
 『鬼滅の刃』 第二十一話「隊律違反」
 『鬼滅の刃』 第二十二話「お館様」
 『鬼滅の刃』 第二十三話「柱合会議」
 『鬼滅の刃』 第二十四話「機能回復訓練」
 『鬼滅の刃』 第二十五話「継子・栗花落カナヲ」
 『鬼滅の刃』 第二十六話「新たなる任務」
 『鬼滅の刃 無限列車編』 第一話「炎柱・煉獄杏寿郎」

 『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』(その一) 真のクライマックスに燃える男!
 『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』(その二) 理不尽な結末の先の希望と人間肯定

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2021.12.13

2022年1月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 ついに2021年も終わり、2022年も目前。今年は公私にわたって色々ありましたが、来年は良いことばかりあってほしいものです。まずは面白い本から――というわけで、2022年最初の月、1月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 まず文庫小説で気になるのは、『いい湯じゃのう 一 お庭番とくノ一』(風野真知雄 PHP研究所PHP文芸文庫)。タイトルだけでは何だかわかりませんが、徳川吉宗を中心とした時代ミステリ&活劇の模様。風野作品で吉宗というと、大抵悪役の印象ですが――さて。同じ風野真知雄作品では、『那須与一の馬 奇剣三社流 望月竜之進』(光文社文庫)も刊行されます。
 また新刊では、久々にシリーズ登場の『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 凍月の眠り』(平谷美樹 大和書房だいわ文庫)が何より楽しみなところです。その他、『惣目付臨検仕る 3 謀叛(仮)』(上田秀人 光文社文庫)
、『連理の宝 Cocoon外伝』(夏原エヰジ 講談社文庫)、『満鉄探偵 欧亜急行の殺人』(山本巧次 PHP研究所PHP文芸文庫)が注目でしょうか。

 一方、文庫化・復刊では、まず何よりも『空貝 村上水軍の神姫』(赤神諒 講談社文庫)と『雑賀のいくさ姫』(天野純希 講談社文庫)の戦国美少女活劇(?)二作に注目。どちらも力一杯お薦めできる作品です。
 その他、『宿神』第1巻・第2巻(夢枕獏 徳間文庫)、『ちえもん』(松尾清貴 小学館文庫)、『白霧学舎 探偵小説倶楽部』(岡田秀文 光文社文庫)と個性的な作品が並びます。


 一方、漫画の方ではなんといってもあまりに豪華なコラボレーションに誰もが仰天した『~異伝・絵本草子~ 半妖の夜叉姫』第1巻(椎名高志&高橋留美子ほか 小学館少年サンデーコミックス〔スペシャル〕)。本家(?)の『MAO』第11巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス)も発売です。

 その他注目は、第1巻も好評だった『あおのたつき』第2巻(安達智 コアミックスゼノンコミックス BD)をはじめ、『逃げ上手の若君』第4巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス)、『ワールド イズ ダンシング』第3巻(三原和人 講談社モーニングKC)、『猫奥』第4巻(山村東 講談社モーニングKC)、『星のとりで~箱館新戦記~』第6巻(碧也ぴんく 新書館ウィングス・コミックス)などなど。

 なお、『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島』第5巻(北崎拓 少年画報社YKコミックス)と『フェンリル』第4巻(大西実生子&赤松中学 スクウェア・エニックスビッグガンガンコミックス)は、おしくもこの巻で完結です(『ますらお』はまあ予定通りでしょうか)。


 1月は文庫小説と漫画、どちらもそれなりの点数が発売されそうで、嬉しい限りです。


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2021.12.12

『半妖の夜叉姫』 第35話「決戦の朔(後編)」

 狸穴将監との決戦に向け、城に忍び込み、弓矢を奪還するもろは。そこで竹千代の弟・菊之助と出会ったもろはは、二人で満月狸との対決に向かう。その頃、深い眠りに落ちていたせつなを守るために雪入道を迎え撃つ退治屋の面々。そして是露の罠に落ちたとわは、七星の妖術に苦しむことに……

○城への潜入
 朔の晩には城を守る目玉が機能しないと知り、潜入を図るもろはたち。その頃、狸穴将監はベロンベロンに酔ってご機嫌で城に戻ってきたのですが――明日には完全に狸平家が自分のものになるとはいえ、いくら何でもこれは油断し過ぎで、これは八衛門狸が化けているのでは? と思った後にやってきたもう一人の将監。しかもこの将監、もろはを連れています。さっきは意気揚々とハンググライダーで潜入したもろはですが、まあこの子の場合あっさりと掴まってもおかしくないよな――と思っていたら、こちらの将監は「バカモンそれが偽物だ!」と定番の台詞を吐き始めます。いよいよ心配になってきましたが、こちらの将監が八衛門、そしてもろはは竹千代が化けたものだったので一安心です。

○もろはと菊之助と満月狸
 その陽動を受け、奪われた弓矢を求めて一人先に城内に潜入していたもろはは、菊之助と遭遇。竹千代に詫びたいとむしろ殊勝な態度を見せる彼を連れ出そうとするもろはですが、その部屋には、かごめに封印された満月狸の衝立があったではありませんか。その魔力に金縛りにあったもろはですが、そこに駆けつけたタカマルが衝立に後ろから蹴りを入れて伏せてしまうという、何とも単純な方法で窮地を脱出。そして駆けつけた将監の前でハンググライダーで脱出――と思いきやそれはタカマルによる偽装、もろはと菊之助は満月狸が封印された塔へ急ぎます。
 それにしても今回のもろは、次々と繰り出す陽動がなかなか見事で、結構クレバーな――と思っていたら、満月狸に真正面から弓矢を向けるのは流石に吃驚。満月狸は狸穴島の守護神ということでかごめは封印で止めておいたのに、この子はやっぱり……。そして問答無用の一撃は満月狸を粉砕するのでした。

○将監との決戦
 そこに現れた怒り心頭の将監と対峙するもろは。城の狸たちに将監の悪事を暴露した八衛門も竹千代も駆けつけ、いよいよ決戦ですが――タカマルが持ってきた、かつて将監の天地返しを破った時のことを書いた弥勒の手紙を、まだもろはは読んでいません(これはまあ、バカ丁寧に時候の挨拶から始める弥勒が悪い)。それでもぶっつけ本番で将監に挑むもろはは、助っ人を申し出た竹千代をプロンプター代わりに手紙を読みながら将監と戦うという前代未聞の状況でバトルに突入。色々な意味で大丈夫か? という感じで始まった勝負ですが、もろは将監の天地返しを真似しての天地返し返しで見事将監を粉砕、本番に強いところをみせるのでした。

○大団円
 そしてついに竹千代のもとに返ってきた狸平家。しかし自分は賞金稼ぎでビッグになると言い出した竹千代は菊之助に家督を任せると宣言、それを聞いたもろはも賞金稼ぎが性に合っているので借金完済はしないと、竹千代が差し出した礼金を断ります。借金に縛られなければ自分の存在を確かめることができないとか、100万Gの男みたいで心配ですが……

○せつなの書き置き
 その頃、初めての朔で爆睡していたせつなに迫るのは、殺生丸の娘を付け狙う妖怪・雪入道と手下たち。しかしせつなが予言能力者のようなノリで撃退法の書き置きを残していたため、退治屋たちにあくびまじりに粉砕され、村の人たちを喜ばせる結果に終わるのでした。

○とわの悲しみ
 ほかの二人がギャグ調だった分、シリアスを一手に引き受ける羽目になったのがとわ。是露の術で七星の庭に囚われたとわは、七星が操る常世の虫に憑かれ、心の奥底の悲しみを暴かれることに――といってもその悲しみが何なのか描かれないのでいまいち伝わってこないのですが、ほとんど拷問のような状態でもがき苦しむ様は、作品始まってのピンチかもしれません。それでも絶対涙を流さないと歯を食いしばるとわですが、ようやく朔が終わった時には滅茶苦茶目に涙を溜めていて――というところで次回に続きます。


 冷静に見なくても万事が出たとこ勝負だった満月狸・将監との決戦。これがほかの二人だったらちょっとどうかと思いますが、まあもろはだから――で納得してしまうのはさすがというか何というか。しかし結局今回ももろははパワーアップできず……
 まあ、実力差を機転でどうにかするタイプだと思うことにします。


関連サイト
公式サイト

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『半妖の夜叉姫』 第29話「りおんという名の少女」
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『半妖の夜叉姫』 第31話「竹千代の依頼」
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『半妖の夜叉姫』 第33話「魔夜中の訪問者」
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2021.12.11

夢枕獏『陰陽師 水龍ノ巻』 異色作揃いの一冊!? 晴明以上の博雅の力

 二年半ぶりに登場の陰陽師シリーズの新刊は、異色の作品が数多く収録された一冊。博雅の力が発揮されたと思えば、蝉丸の過去にまつわる奇譚、そして陰鬱な滅びの物語が――と、バラエティに富んだ内容であります。

 月の美しい晩、名笛・葉二を吹きながらそぞろ歩いていた博雅。興がのっていつもは吹かない難曲を吹いた博雅ですが、その前に唐風の姿をした人ならざる美女が現れます。
 その曲の由来を尋ねられ、かつて朱雀門の鬼が吹いていたものを覚えたと答えた博雅。それに対して美女が語る曲の真実とは……

 この冒頭に収められた「麩枕」は、ある意味博雅を象徴するアイテムというべき、葉二を巡る物語。朱雀門の鬼と笛を吹きあった末に互いの笛を取り替え、この葉二を手に入れた――その「史実」はこれまでもシリーズ中で何度も触れられましたが、今回描かれるのはその葉二の由来、そして朱雀門の鬼の正体であります。
 あまりこういう形で過去に描かれた内容が掘り下げられるとは思わなかっただけに、嬉しい驚きの一編なのですが――そうしたイベント性に留まらないスケールの大きさ、そしてその果てに待つ何とも世の無常を感じさせる、そしてそれだからこその優しさが胸を打つ名品です。

 そして「麩枕」に続く収録作は以下のとおり――
 夜道で行き逢った者が青疱瘡にかかる怪異の謎を解く「野僮游光」
 愛憎の末に奇怪な鬼の面が顔に張り付いてしまった女を巡る哀しい奇譚「いそざき」
 人が詠んだ歌をくれといい、肯えば歌に使われた言葉ごと持っていってしまう鬼と博雅が対峙する「読人しらず」
 蘆屋道満が藤原兼家にかけたに呪いのからくりを描く「腐草螢と為る」
 涸れてしまった大内裏の井戸を巡り、鞠の上手が怪異に見舞われる「跳ねる劫かき踊る針」
 無数の死をもたらす伝染病・赤舞瘡に冒された都で、周囲から隔絶された館に籠もった右大臣・満長の辿る運命を描く「秘帖・陰陽師 赤死病の仮面」
 唐からもたらされた伝説の秘舞「蘇莫者」を巡り、蝉丸の秘められた過去と、音楽の名手・敦実親王の思惑が絡み合う中編「蘇莫者」
 と、全8編が収録されています。

 もちろん「野僮游光」のようにシリーズのこれまでのスタイルに極めて忠実な作品も収録されているものの、その一方で冒頭に挙げた「麩枕」のように、定番から少し外してみせた作品も多い印象の本書。
 たとえば「いそざき」と「腐草螢と為る」は、どちらも晴明が怪異の解決を依頼される物語ですが、いささかひねった結末を迎える物語であります。

 また「読人しらず」は、人が詠んだ歌を譲ってもらおうとする――代価は払うのですが、譲った者はその歌で使った言葉が口から出なくなってしまうという影響が出る――鬼という、何ともユニークで雅やかな怪異が登場する一編。
 それだけでも楽しいのですが、その怪異と対峙する博雅の言葉が、いかにも博雅らしく真っ直ぐで熱い、そして芸術を愛する者ならではの熱弁で――もうこちらも鬼同様にただ圧倒され、そして感動するほかない逸品です。

 そして巻末の中編「蘇莫者」は、シリーズのサブレギュラーである蝉丸の過去が明かされるという、これまたイベント性の強い物語。しかしそれだけでなく、秘曲・秘舞に強い執着を抱き、しかし天賦の才には及ばぬ哀しい魂を描く物語でもあります。
 言うまでもなくその天賦の才とは博雅を指すのですが――そのある意味晴明以上の博雅の力が描かれる物語でもあります。

 こうしてみれば本書においては、要所要所で博雅の力が示される構成になってる感があります。これまで好漢という側面が強調されてきた博雅ですが――もちろんその側面はそのままに――彼の力が物語を動かし、いや時には引き起こしていく、その様に、本書では強い印象が残った次第です。


 そして「秘帖・陰陽師 赤死病の仮面」は、晴明も博雅も登場しない、いやそれどころかこの世界の物語でもない、一種の戯画的物語。正直なところ、内容的にはポーの作品そのままなのですが、このタイミングで発表された意図は明確でしょう。
 『大江戸火龍改』のあとがきと共に読んだ時、作者の想いがより強く感じられるように思える一編です。


『陰陽師 水龍ノ巻』(夢枕獏 文藝春秋) Amazon

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2021.12.10

奈々巻かなこ『神域のシャラソウジュ 少年平家物語』第3巻 そして少年は当たり前の滅びに抗う

 平家を守る神人として育てられた少年・千珠丸と、平清盛の娘であり安徳天皇の母となった徳子、そして源氏の神人・遮那王を軸に描く異形の平家物語もついに完結。千珠丸に見放された平家が滅びに向かう中、徳子の運命は、そして少年たちの想いの行方は……

 いつからか平清盛の下にあって、平家に幸運と守護を与えてきた神人・千珠丸。いつまでも変わらぬ少年の姿を持つ千珠丸は、清盛の娘・徳子と心を通わせますが、彼女は清盛の命で高倉天皇に入内し、安徳天皇を授かることになります。
 一方、源氏方の神人である遮那王と出会い、神人とは神への生贄だったと聞かされて清盛らへの不信感を募らせる千珠丸。それでも遮那王の攻撃から清盛を守った千珠丸は、平家の前から姿を消し……

 という展開を受けたこの第3巻では、冒頭から清盛がこの世を去り、いよいよ平家は滅びに向かって突き進んでいくことになります。

 今や源氏の守り神として連戦連勝を重ねる遮那王と、疫神を操り高倉院や清盛の命を奪った静――二人の神人の力により次々と人物を失い、戦いに敗れていく平家。
 そして、まだ年端もいかぬ安徳天皇と共に彦島まで落ち延びてきた徳子の前に、数年ぶりに千珠丸が現れるのですが――彼が語るのは、失われていた記憶、すなわち自分と静が神人となった際の出来事だったのです。

 厳島の神の怒りに触れた重盛の身代わりとして、自分たちが清盛によって生贄に捧げられ、その末に神人として生まれ変わったことを知った千珠丸。自分の家族のように思ってきた清盛たちに裏切られていたことを知った彼にとって、もはや平家に味方する理由はありません。
 しかしそんな彼にとって唯一心残りとなる存在が徳子であります。千珠丸は、安徳帝も連れて逃げようと彼女に訴えるのですが……


 もはや全てを失った千珠丸に唯一残された、徳子への想い。しかし徳子は家のため、家の人々のため逃げることを拒絶します。かくて徳子のために壇ノ浦に参戦する千珠丸と、彼を嬉々として迎え撃つ遮那王。
 己の過去を思い出した代わりに、神人としての自分の居場所を失った千珠丸と、忌み嫌っていた源氏の神人として、自分の居場所を得た遮那王――ある意味、二人の立ち位置は逆転してしまったといえるかもしれません。

 しかし立場の逆転こそあれ、二人の姿は、あくまでも人間に――自分が何者であるか、何者になれるのか、何者にならなければいけないのかわからない少年のそれに他ならないと感じられます。(遮那王(と静)が、自分たちの行為は「正当」だと語るのは、それ自身が心の揺れの現れでしょう)
 そしてその一方で、自分自身が平家の娘であること、そして一人の子の母であることを受け容れ、それに殉じようとする徳子は、既に大人になっているのでしょう。

 この三人の、少年と大人の心の心のすれ違いと、壇ノ浦の戦いが二重写しとなって描かれるクライマックスはまさに圧巻――登場する平家の人々の個性が巧みに描かれていることもあり、このような描き方があったか! と唸らされました。
(平家の人々といえば、かつて千珠丸を生贄にし、そしてその後庇護した清盛と重盛の心情描写も、また実に巧みと感じます)

 しかし戦いの果て、千珠丸は文字通り自らの心身をすり減らした末に、厳島の神と対峙することになります。その中で語られたもの、そしてそこから千珠丸が掴んだもの――その中身は、千珠丸が自分自身の在り方を、真に求めるものを見出したというべきでしょう。さらにいえば、それは彼が少年だからこそできたことだとも。

 そして運命に翻弄された人々を描いたこの物語の結末に、これほど相応しいものはないと信じます。
 そこにあるのは、「家」や「血」ではなく「人」との繋がりを求める真っ直ぐな想いであり――それは千珠丸だけでなく、徳子にとっての救いであったことは間違いないのですから。(そしてもう一人の少年・遮那王はその想いを掴むことができたのか――史実を思えばいささか悲しい気分になるのですが)


 諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。
 確かにそのとおりなのかもしれません。しかしそんな言葉で人の命を、生の結末を当たり前のものとして受け容れていいのか――本作で描かれたものは、その異議申し立てだったのではないか、という想いを抱きました。

 少年たちを通して、当たり前の滅びに抗い、小さくとも確かな希望を描いた物語――ここに大団円であります。


『神域のシャラソウジュ 少年平家物語』第3巻(奈々巻かなこ 秋田書店ボニータコミックス) Amazon

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2021.12.09

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第9巻 幕末最後の青春と巨大な歴史の流れと

 伊庭の小天狗こと伊庭八郎の生涯を描くこの漫画も、早いものでもう第9巻。前巻でついに奥詰衆として江戸城に出仕することになり、忙しくも充実した暮らしを送る八郎の前に、意外な脅威が迫ることになります。そして平和な日々もつかの間、新たな戦火の機運が高まり……

 将軍上洛の警護として京に往復し、これまでの江戸での暮らしとはまた違う世界を垣間見た八郎。そして若くして奥詰衆――将軍の親衛隊となった八郎は、江戸城と講武所、自宅を往復する、忙しくも充実した日々を送ることになります。
 そんな中、八郎のもとにやって来た風変わりな絵師。国芳の弟子と名乗るその男は熱心に八郎を描きたがるのですが、絵には嫌な思い出のある八郎としてはちょっと――と言いつつも根負けした八郎は、自分が奥詰衆として功績を挙げた後であれば、描いてもよいと条件を出すのですが……

 と、この絵師が誰であるか、八郎のことをご存知の方であればすぐわかるかと思いますが、ここではまだその名は伏せられているため触れないでおきましょう。
 しかしある意味メタな視線ではありますが、彼とその絵のことが触れられたということは、いよいよこの物語の終わりも近づいてきたという気持ちもいたします。


 と、そんなことは置いておくとして、ここで思わぬ強敵が八郎の前に立ちふさがることになります。それは、縁談を手に押しかけてくる親戚連――なるほど、既に出仕しているとくれば一人前も一人前、次は嫁取りというのは、この時代当然の流れではあります。
 とはいえ、練武館といえば名門中の名門、それだけに親戚連もうるさ方揃いで、若き八郎がそれを煙たく――というか圧倒されるのも無理はありません。そして、これに対して八郎は――逃げた。

 まさかの家を飛び出しての逃走、しかも初日は品川(つまり遊郭)に泊まり込みという彼の行動は――もちろん初日以降は菩提寺に身を寄せ、そこから出仕していたのですが――それ自体、この時代の幕府のある種の呑気さの象徴といえるかもしれません。
 とはいえ、本作が伊庭八郎というこの時代に生きた等身大の青年の青春記であるとすれば、この展開ももちろん大いに楽しいものであります。もちろんこの嫁取り騒動も、この先を知る人間としてみれば、いささか切ない展開なのですが……


 しかし、八郎が江戸で最後の青春を送っている間も、巨大な歴史の流れは動き続けます。
 それまでの展開からすれば腰砕けとしかいいようのない長州征伐の結末、そしてそれと対象的に凄惨な幕切れとなった天狗党の乱――どちらも江戸の八郎たちにとっては伝聞のみで語られる出来事ではありますが、八郎の日常と並行して描かれることにより、それは奇妙な迫力を持って感じられることとなります。

 当たり前のことですが、後世の我々が歴史として眺める時の流れは、大所高所の一部の人々の動きのみで構成されているわけではありません。特に幕末のようなその流れが早く激しい時代には、それを忘れがちですが――しかし決してそうではないことを、本作は、特にこの巻は教えてくれるように思います。
(同時に、大所高所にいるのもあくまでも人間であることを、この巻の冒頭の家茂の菓子のくだりは教えてくれるのですが)

 そしてこの巻の結末では、その大所高所の歴史と、八郎個人の歴史が再び接点を持つことになります。三度目の将軍上洛に再び付き従うことになった八郎。いよいよ歴史の流れがその勢いを強め、八郎もその流れに足を踏み込んでいくことになるのか――この巻のラストは静かであるだけに、その先が気になります。(そしてまた吉原で花魁と名残を惜しむ八郎)


 ちなみにこの巻の巻末では、伊庭家の歴代の墓石の文言が掲載されているのですが、これが貴重かつ圧巻の内容。「史実はネタバレ」の極地ではありますが、物言わぬ文字の連なりがこれほどの重みを持つとは――と、感心させられるのです。


『MUJIN 無尽』第9巻(岡田屋鉄蔵 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon

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2021.12.08

波津彬子『幻妖能楽集』 能楽から漫画への美しい再構築

 「Mei(冥)」「幽」「怪と幽」と三つの雑誌に約7年にかけて連載されてきた『幻妖能楽集』が単行本化されました。能楽の名作の中でも、特にこの世ならざるものを題材とした十一番を、名手・波津彬子が漫画化した作品集であります。

 光源氏の妻・葵上のもとに夜毎破れ車で現れ、彼女を打擲する物の怪。巫女の問いに自分は六条の御息所だと語った怨霊は、己の身を嘆き、葵上への恨み言を語るのでした。いよいよ葵上の命が危ないと加持祈祷を始めた横川の小聖の前に鬼女と化して現れ、襲いかかる六条の御息所ですが……

 という「葵上」にはじまり、「定家」「小鍛冶」「羽衣」「清経」「通小町」「紅葉狩」「猩々」「隅田川」「道成寺」「海人」と全部で11編が収録された本書(その他、特別番として「夢野久作「あやかしの鼓」によせて」と題したイラストを掲載)。

 いずれも一度は名前を聞いたことがあるような有名な演目がほとんどですが、しかしその詳細な内容については案外知らないもの。私も実際に観たことがあるものはごくわずかでした。
 それを丹念に描き出した本書には、知っているようで知らない世界に触れたような、新鮮な驚きがあります。


 正直なところ、本書を手に取った時、不安がないわけではありませんでした。一つの演目がそれなりの長さである能を、わずか十ページ前後で描くことができるのだろうか、ダイジェストで終わってしまうのではないだろうか、と。

 もちろんこれは杞憂――というよりもあまりに勝手かつ失礼な心配ではあったことはいうまでもありません。
 しかし、舞台装置などを基本的に極限まで削ぎ落とし、そして主役は面をかぶっている(すなわち演者の表情そのものを見せない)という、引き算の極地のような能を、ある意味足し戻して漫画にするというのは、やはり相当に困難なことではないかと感じます。

 その難事を成し遂げているのは、本書が演目の細部まで理解した上で、それを漫画としての絵と物語に落とし込んでいる――その辺りを解説した監修の金沢能楽美術館学芸員・山内麻衣子氏のコラムは必読です――ことは言うまでもありません。
 そしてそれ以上に、この世に在らざる美しいものを画として描くという、ある意味矛盾した難事を、軽やかに成し遂げてみせる作者の筆あってこそと、つくづく感じさせられます。

 例えば、幾重にも妄執の葛に取り巻かれた「定家」の式子内親王、天上の世界を描く舞いを見せる「羽衣」の天女、酒を通じて人と交誼を交わす「猩々」の美少年、舞いの末に鐘に飛び込む「道成寺」の白拍子……
 亡魂、天人、妖魔、化生――いずれもこの世ならざるものでありつつも、ここで描かれるのは、その不思議な美しさでこちらの心を掴むような存在たちであります。

 その中でも個人的に特に印象に残ったのは、「通小町」の小野小町と深草の少将でした。共に亡魂として様々な姿で現れ、この世に残した未練と悔恨を語る――この二人は、ある意味、実に能楽らしいキャラクターであります。
 しかし、結末で描かれるのは、その複雑に絡みあった因縁から解放され、美しい姿に変じて――特に少将の最後のひとりごちるような語りが実にいい――二人が消えていく様。それまでの姿が哀れさや恐ろしさを感じさせるものだけに、その結末における姿には、胸に迫るものがあります。


 能楽という世界の魅力を凝縮し、漫画という形で巧みに再構築してみせた本書。能楽にある程度親しんでいる方でも、ここから初めて触れるような方でも楽しめる一冊であります。


『幻妖能楽集』(波津彬子 KADOKAWA) Amazon

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2021.12.07

「鬼滅の刃」遊郭編 第一話「音柱・宇髄天元」

 煉獄家を訪れ、酒に溺れる煉獄の父と諍いになりながらも、弟の千寿郎に煉獄の最後の言葉を伝えた炭治郎。その四ヶ月後、音柱・宇髄天元が、嫌がるアオイたちを任務に連れ出そうとしているのを見て割って入った炭治郎・善逸・伊之助は、彼女に代わって鬼が潜む遊郭に向かうことに……

 先週、劇場版を再編集したテレビ版の「無限列車編」が完結し、いよいよ今週から完全新作の「遊郭編」がスタートすることとなったアニメ版『鬼滅の刃』。
 初回は特別に通常の倍の時間となっていましたが、それだけに余裕を持って、これまで以上に丹念に原作を映像化した、横綱相撲という言葉が感じられる内容でありました。

 内容的には原作第8巻の後半――第67話から第70話まで。正直なところ、今回の内容のかなりの部分は無限列車編のエピローグといったところで、宇髄の登場は今回のラスト近くになるため、2話分の時間を取っての構成は正解といえるかもしれません。

○冒頭
 無限列車編のラストの直後から――すなわち、煉獄が斃れ、悲嘆に暮れる炭治郎たちの姿から始まりますが、その後に描かれるのは一人の少年の姿。夜の街を独り歩き、書店で書籍を求めて自邸に帰る彼は、どうやら大家の養子にもらわれた少年のようですが――実はそれは無惨の仮の姿なのでした。
 と、結構な時間を割いて描かれるこの無惨の少年としての生活、正直なところそこまで重要な要素ではないように思いますが、意気揚々と炎柱撃破の報告に現れた猗窩座をド詰めするパワハラっぷりは、少年姿だけにインパクトが大きいのは間違いありません。その直前、養父母が彼を「使用人にまで気配りしてくれる」とオリジナルの台詞で評するのが強烈な皮肉であります。

○煉獄邸訪問
 ある意味今回のメインとも言える炭治郎の煉獄家訪問。正直なところ、この辺りはオリジナル要素はほとんどない(炭治郎のもとを尋ねる善逸が、厨房から饅頭を盗むシーンがある程度?)のですが、煉獄の弟・千寿郎を演じる榎木淳弥の泣きの演技にやたら気合が入っており、強く印象に残りました。
 一方、初登場時はひたすらどうしようもない煉獄父ですが、炭治郎の耳飾りを見て激昂、日の呼吸(音だけだと本当に火だか日だかわかりにくい)の使い手と思い込んで一方的にわけのわからないことを言い出したくだりは、後から振り返ってみれば、この時点で驚くほど核心をついたことを語っていたのだな、と驚かされます。

○鋼鐵塚の襲撃
 そしてこの無限列車編のエピローグの湿っぽい空気を一気に吹き飛ばしたのは、完全に炭治郎を殺しにかかってきた鋼鐵塚蛍37歳の出現。原作でも抱腹絶倒だったこのくだりですが、アニメ化によって遥かに怨念と迫力の増した37歳児の姿は絶品で、悲しみと笑いの間で感情を思い切り揺さぶられました。
(この後、どうやって炭治郎が鋼鐵塚から逃れたかが描かれた部分はアニメオリジナル)

○単独任務
 ここで今回最大のオリジナルシーン――原作では「単独任務帰り」の一言で済まされた「単独任務」であります。
 とある山寺に潜む鬼――背中から蜘蛛か蟹のような腕を生やした鬼と、雨のそぼ降る中で対決する炭治郎、そして禰豆子。この原作にない戦いは、実質今回唯一の鬼との対決シーンですが――ここで描かれたのは、この先当分(本当にかなり長い間)出番のない禰豆子を描いておくためであったのかな、という気もいたします。

○音柱・宇髄天元
 そしてようやく登場することとなった音柱・宇髄天元は、いきなり蝶屋敷の女の子たちを遊郭に攫っていこうとする、冷静に考えればとんでもない行動を取っていたわけですが(ここでさり気なくカナヲの成長を描くのもうまい)、やはり声と動きがつくと、その無茶苦茶さが逆に気持ちよく感じられるのが面白いところであります。
(少し先ですが、ラストの大正コソコソ噂話で、さらりと炭治郎の鼻を使って宇髄の真のキャラを文字通り匂わすのもうまい)

 この宇髄の前に、伊之助と善逸もやたら格好良く駆けつけ、炭治郎と三人勢揃いしたところでついに今回のシリーズタイトルである「遊郭」の語が宇髄から語られ――というなかなか良いヒキで次回に続くことになります。

○エンディング
 ED(おそらく次回以降のOP)は、遊郭を舞台としたアクションの合間に、夜空に花火が上がりまくるという、実に宇髄らしい――ほとんど彼のプロモーションと言っていいような内容。これまでとはまた異なる、派手で明るいOP映像ですが、これはこれで好印象です。
 いよいよ本格的に物語が動き出す次回以降も期待できそうです。


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2021.12.06

久正人『カムヤライド』第6巻 激走超絶バイク! そしてそれぞれに動き出すものたち

 日本最古の変身ヒーロー譚もいよいよ佳境――ヤマトでの死闘の傷も癒えぬまま強敵に挑むカムヤライドは、新たな力を手に入れることになります。その一方で、天津神が、ヤマトの使者が、そしてヤマトタケルがそれぞれの思惑を秘めて動き出し、封じられた過去に近づいていくことに……

 ヤマトでの天津神との死闘で深手を負った末、オシロワケ大王に追手をかけられ、辛くも逃れたモンコ。その先で命の恩人であり「師匠」であるノツチと再会したことにより、謎めいた彼の過去の一端がが明かされることになります。
 しかしそこに急襲したのは国津神・晩蜩神(ヒュグラ)――鈍重な幼生から、空を自在に舞う成体に羽化した晩蜩神にノツチを拐われたモンコですが、いまだ傷の癒えぬ中、超音速で飛行する強敵には及ぶべくもありません。

 しかしそこで己の原点を思い出したモンコは、土とノツチの燃える粉の材料から新たな己の力を生み出します。二輪で爆走する乗機を……

 というわけで、ここまでやるか! ここまでやったか! というしかない超絶バイクの登場。この巻の表紙を飾るのがそれですが――もうこのとんでもない存在が、しかし違和感なくそして何よりも文句なしに格好良いのは、もちろんこの作者だからとしかいいようがありません。
 四連続見開きでその速さを見せた上で、圧倒的だった晩蜩神をものともしない力で粉砕するこの戦闘シーンは、全編EDテーマがかかっているような状態の盛り上がり、いきなりクライマックスであります。


 そして冒頭のこの一大バトルの後は、モンコサイドを離れ、この物語に関わるその他の者たちの動向が語られることになります。

 ヤマトに多大な被害を与え、モンコとオトタチバナに深手を負わせつつも、自分たちも痛み分けに近い形で撤退することとなった天津神・イシコリドメとコヤネ。
 イシコリドメは、草薙剣を手に変身したヤマトタケルに圧倒されたことを恥じて過激な山籠りを始め、一方、コヤネは死闘を繰り広げたカムヤライドの正体とも知らず、一目惚れしたモンコを求めて旅に出て――と、ある意味マイペース極まりない行動ですが、それだけにこの先、再びモンコたちと対峙した時に何が起きるか、予想もできません。
(その一方で、イシコリドメに敗れて意識を失っていたオトタチバナもようやく復活――こちらも今後の動向が気になります)

 そして、オシロワケ大王の腹心と思しき、何とも印象的な面構えの男・タケゥチは、モンコの――いや、その前身と思しきノミの宿禰の動向を追い、単身各地を巡ることになります。
 かつて大王の命により何か――今にして考えればカムヤライドのプロトタイプ――の開発に当たったものの、暴走した末に捕らえられ、死を命じられた宿禰。彼と瓜二つの顔を持ち、そして形は違えどやはり人知を超えた特異な姿に変じて力を振るうモンコとの関係は、果たして……

 前巻で、ノツチを通じて過去――記憶を失って科野で目覚めてから、九州に現れるまでのそれはほぼ語られたモンコ。しかし彼と同一人物であろう宿禰の過去は、未だ謎に包まれたままであります。
 ここでは、その謎の過去を埋める数ピース――入牢していた時の、処刑される時の、そしてその後の、宿禰の足取りが、タケゥチの調査の形で語られることになります。もちろんそれは、第三者たちの目を通じたものに留まるために、あくまでも数ピースに過ぎませんが――しかしそこで語られる宿禰にまつわるエピソードの禍々しさは、否が応でもこちらの心をかき乱してくれます。

 ある意味、冒頭のバトルと並び、この巻のハイライトというべき内容かもしれません。


 そしてもう一人――父たるオシロワケと対峙して、モンコを弁護し、そして逆にオシロワケの行動の中の謎を指摘してみせたヤマトタケル。彼はその父の命により、ある真実を知るために、伊勢に向かうことになります。
 敬愛する兄・オウスとただ二人、仲睦まじく旅した末に、伊勢に到着した彼を待つのは、父の妹であるヤマトヒメ。彼女がヤマトタケルに見せたものとは、あまりにも意外なモノで……

 と、ここまではこの巻の収録分ですが、ここから先、ヤマトタケルが知る真実は現時点では掲載誌でもまだ語られる途中ではあります。しかしこれまでの段階でも、そこで描かれるのは、恐るべきという表現も生ぬるい、地獄のような真実の連続でした。
 果たしてその先に何が待ち受けるのか――ある意味、ここからが物語の核心というべき事実が、次巻では語られることとなります。


『カムヤライド』第6巻(久正人 リイド社乱コミックス) Amazon

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2021.12.05

『半妖の夜叉姫』 第34話「決戦の朔(前編)」

 朔の晩、狸穴将監に再戦を挑む決意を固めるかごめ。八衛門狸は、彼女にかつて犬夜叉とかごめたちが、将監と満月狸を破った時のことを語る。一方、朔で力を失い猛烈な眠気に襲われたせつなは、襲いくる妖怪たちへの対処法を仲間たちに書き残す。そしてとわは是露の術によって囚われの身になり……

 三パート構成はまだまだ続き、今回はもろはサイドがメイン。とはいうもののむしろメインは過去の犬夜叉たちのエピソードという印象で、それに加えて朔の晩のとわとせつなの姿が描かれるといったところでしょうか。

 前回、あっさりと狸穴将監に敗れて紅夜叉の副作用で眠りについたもろはですが、ようやく復活。かつて自分が動きを封じられた巨大な目玉が朔の晩は機能しないと聞き、現代に行った時にTVで見た怪盗(ああ、お父さんに似た声の……)が乗っていたというハングライダーを作り、空から島に潜入を決意するのでした。にしても現代から本を持ち込んだとはいえ、いきなりハングライダーを作るという転生系みたいなことをするもろはよ……

 一方、朔を迎えたとわは、自分のことよりもせつなの方を心配するのですが――理玖はそんな彼女のある意味執着心に、かつての是露に通じる危険なものを感じるのでした。
 そしてそのせつなは、北国から帰る途中でしたが――今まで夢の胡蝶がいたためにある意味守られていた朔の影響をモロに受け、ただでさえ長い髪がさらに伸びた(解いただけ?)上に、顔つきや声音までいつもと違う、普通の少女らしい状態となってしまうのでした。そんな中で、自分を狙って妖怪たちが現れることを知ったせつなは、何とか翡翠たちに対処法を書き残して眠りにつくのでした(この対処法の巻物が妙に大量なのはツッコミどころか……?)

 さて、紅の爆流破まで弾き返すというある意味とんでもない力を持つ将監と満月狸を、かつてどうやって自分の両親が破ったのか、八衛門狸に聞くもろは。
 かつて弥勒とつるんでいたものの、元々は狸穴島の家老の家の出だった八衛門。その縁で、弥勒と珊瑚、そして犬夜叉とかごめは、将監の野望を阻むために島に向かうことになります。踊り子に扮したかごめと珊瑚によって昂ぶった気持ち(意味深)になった狸穴将監は本性を現して暴走することになります。幻術で美女たちを呼び出して弥勒を幻惑せんとする将監ですが、さすがに奥さん同伴で戦っている相手に効くはずもありません(といいつつ弥勒が結構動揺してるのはお約束)

 一方、八衛門とともに満月狸に挑むかごめは、八衛門に乗って目玉の死角である直上方向から天空の矢衾で攻撃、さすがのとてつもないパワーで満月狸を一発封印、満月狸は屏風と化すのでした。しかしその後、厳重に封印されていた満月狸は嵐で封印が解けてしまい、将監は復権――将監に毒殺されかかった幼い竹千代を救い出した八衛門ですが、既に犬夜叉とかごめは消息不明だったため、弥勒はやむなく屍屋の獣兵衛に竹千代を預けたのでした。
 ――と、長い過去話を聞いたもろはでしたが、結局将監の術を犬夜叉たちがどうやって破ったかは、八衛門は見ていないので謎のまま。それは竹千代の家来のタカマルを通じて弥勒か珊瑚に聞いてみることとして、とりあえずもろはは八衛門・竹千代とともに、再び出たとこ勝負で狸穴島に挑むことになります。

 そして引き続き理玖・りおんと行動を共にするとわですが、そこに現れたのは、是露が送り込んだ無数の光る蝶・夜行蝶。咄嗟にりおんを庇ったとわですが、是露の狙いはあくまでもとわ――蝶は術符に姿を変え、その力で彼女が飛ばされた先は、あの公家妖怪・七星の庭園で……


 というわけで、八衛門狸と愉快な仲間たちこと、犬夜叉一行の姿を久々に見ることができた今回。あまり目立ちすぎると娘たちを食ってしまいますが、こういう語られざる過去の冒険という形での登場は歓迎です。

 そして三元中継のうち、ようやくもろはに出番が回ってきましたが、決着はおそらく次回。せつなのエピソードは終わったかと思いきや、朔のおかげでちょっと波乱含みの展開、そしてとわの方はいよいよこれからが本番といったところで、まだまだ三人が再会する日は遠いようです。

 遠いといえば、もろはのパワーアップもまだ遠そうですが……


関連サイト
公式サイト

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『半妖の夜叉姫』 第9話「冥王獣の冥福」
『半妖の夜叉姫』 第10話「金と銀の虹色真珠」
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『半妖の夜叉姫』 第12話「朔の夜、黒髪のとわ」
『半妖の夜叉姫』 第13話「戦国おいしい法師」
『半妖の夜叉姫』 第14話「森を焼いた黒幕」
『半妖の夜叉姫』 第15話「月蝕、運命の惜別」
『半妖の夜叉姫』 第16話「もろはの刃」
『半妖の夜叉姫』 第17話「二凶の罠」
『半妖の夜叉姫』 第18話「殺生丸と麒麟丸」
『半妖の夜叉姫』 第19話「愛矢姫の紅夜叉退治」
『半妖の夜叉姫』 第20話「半妖の隠れ里」
『半妖の夜叉姫』 第21話「虹色真珠の秘密」
『半妖の夜叉姫』 第22話「奪われた封印」
『半妖の夜叉姫』 第23話「三姫の逆襲」
『半妖の夜叉姫』 第24話「殺生丸の娘であるということ」
『半妖の夜叉姫』 第25話「天生牙を持つということ」
『半妖の夜叉姫』 第26話「海の妖霊」
『半妖の夜叉姫』 第27話「銀鱗の呪い」
『半妖の夜叉姫』 第28話「産霊山の結界」
『半妖の夜叉姫』 第29話「りおんという名の少女」
『半妖の夜叉姫』 第30話「退治屋翡翠」
『半妖の夜叉姫』 第31話「竹千代の依頼」
『半妖の夜叉姫』 第32話「七星の小銀河」
『半妖の夜叉姫』 第33話「魔夜中の訪問者」

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2021.12.04

畠中恵『またあおう』(その二) 後を継いだ者の奮闘

 『えどさがし』に続く、『しゃばけ』シリーズの外伝集第二弾の紹介の後編であります。今回は残る二話をご紹介いたします。

「一つ足りない」
 かつて中国大陸から九千の河童を率いて海を越え、九州に上陸した九千坊河童。やがて河童の王となった彼が気にしているのは、自分の名が万から千欠けた九千であること――そのせいか常に欠落感に悩まされていた九千坊ですが、ある日それどころではない事態が起きます。

 加藤清正お気に入りの小姓を川に引きずり込んで死なせたという濡れ衣を着せられた末、猿の攻撃を受けることとなった九千坊。実はそれは河童が持つ人間に化けることができる秘薬を狙う、猿側の陰謀だったのです。
 配下では猿に敵わないと、九千の河童を連れて九州を離れ、東に向かった九千坊。しかし北条家と結んだ猿に、禰々子河童が拐われてしまったと聞かされた彼は、行きがかり上、禰々子を救いに向かうことに……

 本作の主人公となる九千坊は、禰々子同様に「実在」の――伝説にその名を残す河童であります。しかしその伝説というのが、上で触れたように、清正の小姓に手を出した挙げ句、攻められて九州から逃げ出したというあまり格好良くないものであります。
 そして本作の九千坊もまた、どこか人が良くて心配性、さらに名前へのコンプレックスも相まって、あの強烈な禰々子と出会ったらどうなるのか、心配になってしまいます。

 しかし――結末に向かうにつれて、どんどん九千坊に対する我々の印象が変わっていくのが楽しい。そして九千坊自身も、己の為すべきことを見出した末に、自分自身を肯定する境地に至るのが、また後味が良いのです。

 それにしても本作で描かれた猿の陰謀が、何気に一大伝奇ものな内容だったのも、個人的には大いに楽しかったところであります。


「かたみわけ」
 若だんなが長崎屋を継いだ、「いま」から少し先の時代――先だって広徳寺の寛朝が亡くなり、その後を継いだ弟子の秋英から、長崎屋の妖たちはある頼みごとをされることになります。それは、かつて寛朝が封じた一番強い怪異が宿った品々が、手違いで寛朝の護符から解放され、逃げ出したのを捕まえてほしいというものでした。

 若だんなが仁吉とともに商用の旅に出て、佐吉も長崎屋を守って動けない中、秋英の手伝いを引き受けた屏風のぞきや金次たち。しかしなくなった六つの品物を探す中、そのうちの一つである幽霊画が、地獄に通じる袋を持っているのを知ることになります。
 しかも新弟子の寛春を拐ってその袋にいれてしまった幽霊画。他の品物を探しつつ、寛春を救い出そうと奔走する秋英と妖たちですが……

 帯に「えっ、若だんなが長崎屋を継いだって!?」とあるように、ある意味この『またあおう』の目玉であるエピソードが本作。
 しかし、若だんな自身は商用旅で不在、作中でも皆から「若だんな」と呼ばれていることもあってほとんど未来感は薄く、「えどさがし」に比べると、イベント的な要素はかなり小さいといえます。
 もっとも、冒頭の「長崎屋あれこれ」ではあんなに元気だった寛朝が――と少々感慨深くなるのですが、そこで師匠の尻をひっぱたいていた秋英が、今度は自分が人を導く側としての重圧を味わうというのは、やはり『しゃばけ』らしい、展開といえるでしょう。

 また特筆すべきは、登場する妖たちのバラエティとパワーですが――これが鳥の根付け・猫の絵が描かれた文鎮・美人絵の掛け軸・幽霊画・ビードロの金魚そして「失せし怪異」と、あるいはこの話だけで一冊になるのでは、という強敵揃い。若だんなと兄やたち抜きで立ち向かう妖たちの奮闘ぶりも印象に残ります。
 特に本作一の強敵というべき幽霊画は、登場シーンの「おいっ……拙い、怖い、何だ、あれ」という屏風のぞきの台詞だけでもヤバさが伝わってくる怪物で、携えるのが地獄の風が吹く袋(近づくだけで異様な気配が強まっていくという描写も凄まじい)というのも恐ろしく、怖さという点ではシリーズ屈指であったかもしれません

 イベント性はともかく、内容の豊かさでは本書でも屈指の作品です。


 というわけで、外伝が冠されていても『しゃばけ』としての楽しさは変わらない本書。次の外伝集は当分先だと思いますが、そちらも楽しみに待っていようという気になるものです。


『またあおう』(畠中恵 新潮文庫) Amazon

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 『えどさがし』(その一) 旅の果てに彼が見出したもの
 『えどさがし』(その二) 旅の先に彼が探すもの

 しゃばけ
 「ぬしさまへ」 妖の在りようと人の在りようの狭間で
 「みぃつけた」 愉しく、心和む一冊
 「ねこのばば」 間口が広くて奥も深い、理想的世界
 「おまけのこ」 しゃばけというジャンル
 「うそうそ」 いつまでも訪ね求める道程
 「ちんぷんかん」 生々流転、変化の兆し
 「いっちばん」 変わらぬ世界と変わりゆく世界の間で
 「ころころろ」(その一) 若だんなの光を追いかけて
 「ころころろ」(その二) もう取り戻せない想いを追いかけて
 「ゆんでめて」 消える過去、残る未来
 「やなりいなり」 時々苦い現実の味
 「ひなこまち」 若だんなと五つの人助け
 「たぶんねこ」 若だんなと五つの約束
 『すえずえ』 若だんなと妖怪たちの行く末に
 畠中恵『なりたい』 今の自分ではない何かへ、という願い
 畠中恵『おおあたり』 嬉しくも苦い大当たりの味
 畠中恵『とるとだす』 若だんな、妙薬を求めて奔走す
 畠中恵『むすびつき』(その一) 若だんなの前世・今世・来世
 畠中恵『むすびつき』(その二) 変わるものと変わらぬものの間の願い
 畠中恵『てんげんつう』 妖より怖い人のエゴと若だんなの成長
 畠中恵『いちねんかん』(その一) 若だんな、長崎屋の主人になる!?(ただし一年間限定
 畠中恵『いちねんかん』(その二) あっという間に過ぎ去る一年間の果てに








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2021.12.03

畠中恵『またあおう』(その一) 久しぶりの「しゃばけ」外伝集登場!

 『えどさがし』以来久しぶりのしゃばけ外伝が、今回も文庫オリジナルで刊行されました。描き下ろしを含めて全五話、普段とはっちょっとだけ違う、しかしいつもと変わらないしゃばけの世界が広がります。ここでは収録作を一話ずつ紹介しましょう。

「長崎屋あれこれ」
 冒頭に収められた本作は、長崎屋に集まる妖たちや人間たち、神様たち――つまりは『しゃばけ』の世界観の紹介編といった趣の掌編。
 若だんなが暮らす離れにあった大福を通じて妖たちが語られ、若だんなの病(という誤解)を通じて仁吉と佐助の兄や達と二親のことが語られ、さらに広徳寺の寛朝と秋英のことが、さらには神様たちまでも――と、次々とキャラクターが増えていくことになります。

 内容的には長崎屋の日常風景といったところで、目立った点はありませんが(唯一、若だんなの一人称から物語が始まるのは「おっ」と思わされましたが、それも冒頭のみ)、分量は少ないながらもなかなかに賑やかなエピソードです。


「はじめての使い」
 戸塚宿の猫又たちの長・虎の命で、長崎屋にきつね膏薬を届けることになった虎の玄孫のとら次。親友のくま蔵とともに初めて江戸に行くとら次ですが、途中で路銀を盗まれてしまうのでした。
 さらに、保土ヶ谷で幅を利かせる口入れ屋・大阿部屋が猫取りをしているのを見て猫を逃し、袋叩きになってしまう二人。途中で知り合ったおかしな雲助の亀助と鶴吉に助けられたものの、今度は彼らにきつね膏薬を奪われる羽目になります。

 それでも雲助たちが大阿部屋に捕まったと知り、助けに向かう二人ですが、事態はさらに悪化することに……

 扉絵の楽しそうな旅姿の猫又二人を見ているだけで思わず顔がほころぶ本作。しかし旅先で二人が出会うのは、何とも油断のできない悪党ばかりという、なかなかにシビアな内容であります。
 そんなある種の世知辛さもさることながら、こうした悪党たちが、単純に恐ろしいだけでなく、どこか人が良かったり、実は抜けていたりと、複雑な造形なのも、いかにも「しゃばけ」らしいところです。

 そんな中で奮闘する若き猫又二人はまだまだ未熟者で、見ていて危なっかしくてしかたないのですが――そんな自分たちの姿を自覚して、自分たちにできることを探す姿には、シリーズの一つのテーマというべき「成長」の形が確かにあるといえるでしょう。


「またあおう」
 寝込んだ若だんなの代わりに、主のお供で「連」(趣味人の集い)に参加した金次と屏風のぞき。様々な品物の品評の場である連で数々の付喪神と出会った二人ですが、突然の竜巻で付喪神たちがびしょ濡れとなってしまいます。
 彼らを助けるために取りあえず長崎屋に預かることとした二人。何とか直しに成功した妖たちですが、その時、草双紙から現れた手が妖たちを掴むのでした。

 気付いてみれば、どことも知れぬ土地にいた妖たち。やがてここが草双紙の中の世界と気付く妖たちですが、しかし『桃太郎』であったはずの草双紙とは、内容が大きく異なっていて……

 表題作の本作は、若だんながダウンし、兄やたちもいない中で、お馴染みの妖たちが奮戦する物語。しかもその舞台が草双紙、しかも桃太郎の物語の中というのは、これは妖たちが主人公のエピソードならではのユニークさというほかありません。
 しかも面白いのは、桃太郎という極めてメジャーな物語ながら、妖たちが目の当たりにするその内容も登場人物も、全くそれらしくないことであります。はたして見たこともない登場人物たちは何者なのか、そして何故物語は奇妙な形に変わってしまったのか……

 その真相には驚きつつも思わずホロリとさせられるのですが、しかしこの状態をそのままにしておけないのも事実。知恵袋の若だんな不在の中、誰がどうやってこの難題を解決するのか――その意外な答えもさることながら、ラストに至りタイトルの意味が明らかになるのもグッときます。

 表題作にふさわしい快作というべきでしょうか。


 残る二作品は次回紹介いたします。


『またあおう』(畠中恵 新潮文庫) Amazon

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 しゃばけ
 「ぬしさまへ」 妖の在りようと人の在りようの狭間で
 「みぃつけた」 愉しく、心和む一冊
 「ねこのばば」 間口が広くて奥も深い、理想的世界
 「おまけのこ」 しゃばけというジャンル
 「うそうそ」 いつまでも訪ね求める道程
 「ちんぷんかん」 生々流転、変化の兆し
 「いっちばん」 変わらぬ世界と変わりゆく世界の間で
 「ころころろ」(その一) 若だんなの光を追いかけて
 「ころころろ」(その二) もう取り戻せない想いを追いかけて
 「ゆんでめて」 消える過去、残る未来
 「やなりいなり」 時々苦い現実の味
 「ひなこまち」 若だんなと五つの人助け
 「たぶんねこ」 若だんなと五つの約束
 『すえずえ』 若だんなと妖怪たちの行く末に
 畠中恵『なりたい』 今の自分ではない何かへ、という願い
 畠中恵『おおあたり』 嬉しくも苦い大当たりの味
 畠中恵『とるとだす』 若だんな、妙薬を求めて奔走す
 畠中恵『むすびつき』(その一) 若だんなの前世・今世・来世
 畠中恵『むすびつき』(その二) 変わるものと変わらぬものの間の願い
 畠中恵『てんげんつう』 妖より怖い人のエゴと若だんなの成長
 畠中恵『いちねんかん』(その一) 若だんな、長崎屋の主人になる!?(ただし一年間限定
 畠中恵『いちねんかん』(その二) あっという間に過ぎ去る一年間の果てに








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2021.12.02

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第18章の1「渡裸の渡し」 第18章の2「九つの目の老人」

 しばらく間が空いてしまいましたが、北から来た盲目の美少女修法師・百夜の活躍を描く『百夜・百鬼夜行抄』の第十八章の開幕であります。前話――通算百話記念の特別長編に登場した少女・むつの存在を軸に、百夜たちの新たな旅が始まります。

「渡裸の渡し」
 母の行いによって人間を遥かに超える力を得て、新たな八百比丘尼になる運命を背負わされたむつ。彼女を導くために津軽での修行を請け負った百夜の師・峻岳坊高星ですが、まだ子供っぽさの抜けないむつに手を焼き、百夜(と左吉)も津軽への旅に同行することになります。

 その旅が始まって間もない千住大橋で、とある船宿から加持祈祷の依頼を受けた高星と百夜。船宿のある渡羅の渡しで、舟に水を吹きかける何者かが出没――ついに姿を現したそれは、人間ほどもある巨大な鼈だったというのです。
 百夜たちに興味を持って強引に同行してきた浪人・久保田五郎右衛門とともに、渡羅の渡しに舟を出した百夜が見破ったその正体とは……

 前話の結末において、いずれは人でなくなり、神に近い存在になると語られたむつ。彼女を善導するために高星が引き取って前話は終わったのですが――この第十八章では、あっさり音を上げた高星の頼みで百夜も同行することになった旅が描かれることになります。
 単純に力だけでいえば百夜どころか高星を上回りつつも、まだ子供っぽさが抜けないむつの存在があるために、これまでのシリーズとはちょっと趣が異なる展開ですが、本作の内容自体は、オーソドックスな怪異譚であるといえます。
(もっとも、川の中から現れる人間大の鼈というのはちょっと怪獣めいた趣もあり、心がときめきますが……)

 もう一つ、おそらくはこの章のもう一人のキーパーソンになるのではないかと思われる浪人・五郎右衛門もここで登場。腕は立ち世知に長け、それでいてどこか抜けたところも感じさせる愉快なキャラクターで、物語の良いアクセントになりそうです。


「九つの目の老人」
 宇都宮宿で男どもが遊びに出かけた一方で、宿で頭に角を生やし、目のない顔を持つ白髭の老人と、その周囲を回る九つの光の玉と遭遇した百夜とむつ。
 むつはその正体をすぐに見破ったのに対し、自分が見破れぬことに苛立つ彼女は、通りすがりの旅人の言葉からあることに気付くことになります。そしてあくる晩、再び彼女たちの宿に現れたモノと、その正体とは……

 前話で述べたとおり、霊力という点では完全に百夜を上回る力を持つむつ。ほとんど未来予測に近い力まで発揮する彼女の存在は、本シリーズの探偵役として怪異の正体を暴き、物語を引っ張る百夜にとっては、まことにやりにくい存在であるといえます。
 事実、(前話でもそういう部分はありましたが)本作では完全に百夜はむつに食われた状態で、これまでの物語に親しんできた身にとっては、いささか違和感を感じないでもありません。

 もちろんそれは計算の上、百夜の複雑な心境を描くための構成ともいえますが――その果てに明かされる怪異の正体は意外性たっぷり(そしてそこにむつの存在そのものが絡んでくるのもまた心憎い)な上に、本シリーズならではの神仏の世界のロジックというべきものを感じさせてくれるものとなっていて、満足いたしました。

 それにしてもむつは、単に強力な力を持つだけではなく、それが行く先々の様々な超自然的な力を刺激し、怪異の出現に繋がるという意味でも、台風の目のような存在。その一方で、やがては人間性を失うことが予告されており、その点でも彼女のこれからが大いに気になります。
 百夜にとっては色々な意味で頭の痛い妹弟子の登場というべきですが、それは同時に、超然とした部分が多く描かれていた――もちろんそれは彼女の一面に過ぎないのですが――百夜の新たな一面を描くのでは、という期待もあります。

 しかし頭が痛いといえば、左吉も高星も五郎右衛門も、今回の男性陣は全員遊び好きでボケ属性のため、ツッコミ役の百夜はこちらでも苦労させられそうであります。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『渡裸の渡し』 Amazon/ 『九つの目の老人』 Amazon


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2021.12.01

椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第2巻 始まる戦い、その相手は……

 一種のゴーストハンターもの+能力バトル+学園もの+軍の特殊部隊ものという非常に贅沢な取り合わせの異色作の第2巻であります。陸軍のエリート養成機関・栖鳳中学校に各地から能力者を「推薦」する岩元先輩と自後輩たち。彼らの冒険は、新たなステージに突入することに……

 栖鳳中学校で、3年生にして書記長を務める少年・岩元胡堂――学園長から寵愛を受ける彼の主たる任務は、日本各地で起きる超常現象の調査、そしてその現象の原因たる能力者の「推薦」。
 実は栖鳳中学校で岩元が率いる分隊「隔離施設」こそは、彼が推薦してきた能力者の集う場であり、世間に居る場のない能力者を保護することが彼の目的なのであります。

 そしてこの巻の冒頭で岩元が調査に赴くのは浅草六区――一見、軍務にも超常現象にも無関係に思える地での彼の調査対象は、そこで「宝石ノ女優」と呼ばれる天空橋須磨子。
 狂的ファンに顔を深く切り裂かれながらも、わずか二日後には傷一つない顔で舞台に立っていた彼女が、何らかの能力者と考えた岩元と後輩の原町と天羽は、彼女のもとに向かいます。

 しかし舞台の終わった後の彼女と会おうとしても、劇場から出た形跡は全く無いにもかかわらず彼女はいない。そして朝から晩まで楽屋に張り込んだ岩元たちの前に意外な人物が現れ……

 と、学校の設定的に能力者は男のみと勝手に思い込んでいた――というのはさておき、須磨子の顔の謎と、劇場からの消失の謎の絡み方がなかなか面白いこのエピソード。
 いささか不気味な真相が明かされる際のインパクトがなかなか強烈なのですが、その真相を受けての岩元の判断も面白く、能力者を絡めた怪奇ものという、本作らしさを感じさせる一編でした。


 そして冒頭のエピソードを除いた残り八割あまりで描かれるのは、一大能力バトル編であります。

 料亭・竜宮城にて、八十人以上もの死傷者が出たという、能力者によると思われる事件が発生。緊急指令により現場に急行した岩元と原町・天羽が見たものは、訓練された軍人たちまでもが折り重なって斃れた凄惨な状況と、体中から薔薇の花を咲かせた奇妙な犠牲者たちでした。
 と、そこで三人に襲いかかってきたのは、その薔薇の花を咲かせた犠牲者たち。中には明らかに死んでいるにもかかわらず動き、襲いかかる者たちの背後には、ある能力者の存在があったのです。しかし、その能力者も実は前座。その背後に潜む真の敵の正体は、そしてその目的と能力は……

 というわけで、いつかはこの展開になるだろうと思われた(能力)バトル編に突入したこの竜宮城編。
 もちろんこれまでも能力者の能力の前に岩元が危機に陥り、相手の能力に対して岩元が自らの能力で対抗する場面はありましたが――バトルが主体、それもそもそも岩元たちと戦うことを目的としている相手というのは、これが初めてでしょう。

 もちろんここで登場する敵の能力は(少なくとも一人目は)、怪奇色が強い、いかにも本作らしいもの。そしてその能力を用いる敵とのバトルもまた本作らしいものであることは間違いありません。
 ただ本作のこれまでのパターンである、超常現象の種明かしがそのまま能力者との対峙に繋がっていくという展開が魅力的であっただけに、いささか勿体なく感じたのは事実であります。

 また、能力バトルという言葉のイメージに比べると、結構力押しに近い直球勝負が多いバトル内容も、個人的にはちょっと苦手な展開ではありました。
(直球といえば、真の敵の名もちょっとさすがに……)


 とはいえ、先に述べたように、能力バトル自体主体の展開は、いつかは必ず突入するだろうと思われたものではあります。

 そしてこの新たな「敵」(この巻のラストで明かされたその正体には、なるほど学園で一種の能力者だ、と大受けしました)と、これまで作中に登場した、あるいは登場するであろう岩元の仲間たちとのトーナメントバトルが展開するのだとしたら――それはそれで、もちろん大歓迎であります。

 X-MENかと思いきや、まさか○○○・○○○○だったとは――と、驚きつつ、この先の展開に期待が膨らむのです。


『岩元先輩ノ推薦』第2巻(椎橋寛 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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