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2021.12.31

田中啓文『元禄八犬伝 四 天から落ちてきた相撲取り』 さもしい小悪党、真剣に怒る!

 八犬伝をモチーフに、悪党の企てを痛快に粉砕する小悪党たちの大暴れを描いてきたこのシリーズもいよいよ第4弾。ついに八犬士も全員登場することになりますが――しかし描かれる物語は一筋縄ではいきません。親方! 空から相撲取りが! という怪事件から始まる物語のゆくえは?

 ある出来事がきっかけで、奉行所と結んだ商売敵の妨害によって潰れる寸前の本屋・文亀堂と、その息子の素人横綱・鎧竜と知り合った左母二郎。折しも大坂では大々的な賭け相撲興行の噂で持ちきり、その優勝候補がこの鎧竜だというのです。
 しかし左母二郎と相撲の縁はそれだけではありません。棲家に帰ってきた左母二郎ですが、その時発生した巨大な竜巻によって飛ばされてきた、どうみても相撲取りの男が天井をぶち抜いて落ちてきたではありませんか!

 意識は取り戻したものの、記憶喪失となっていた男を前に途方にくれる左母二郎一味。さらにそこに綱吉の娘・伏姫の手かがりを持って新たな八犬士・犬田小文吾がやって来ますが、相撲取り顔負けの巨体の持ち主の彼もまた、大の相撲好きだったのであります。
 記憶喪失の男の正体を探す中、あの賭け相撲を巡る陰謀の存在を知り、またもや一肌脱ぐことになった左母二郎ですが……

 という表題作「天から落ちてきた相撲取り」は、『力士探偵シャーロック山』を発表している作者らしいともいえなくもない、相撲を題材とした一編。登場する力士――じゃなかった犬士も当然犬田小文吾で、相撲取りというだけでなく、原典でも描かれていた一種の人の良さも変わらないのも楽しいところです。

 しかしそんなユニークな題材の一方で、描かれる悪事は洒落にならないのが本シリーズ。今回賭け相撲の背後で暗躍する悪人は、言ってみれば権力と結んで私するメディアと、「世直し」と言いつつ結局は自分と周囲の人間にとってのみ都合の良い世の中に変えようとしているだけの権力亡者であります。
(そして後者が「水戸黄門」の戯画として描かれるのには、本作の場合、大きな意味があると考えるべきでしょう)

 そんな庶民を踏みつけにしてのさばるそんな大悪党を前にした時に左母二郎が見せる感情――それは真剣な怒り。
 特にこのエピソードのラストで怒りを爆発させた左母二郎の姿は、見事にヒーローしている――と言ったら左母二郎は嫌がることでしょうが、しかし権力に一大痛打を与える彼の姿には、何とも溜飲が下がるとしか言いようがありません。


 さて、もう一編の「さらわれた少年犬士」では、いよいよ最後の犬士・犬江親兵衛が登場することになります。

 大坂城内で囁かれる奇怪な噂――本丸北の山里曲輪に夜ごと少女が現れ、鞠をつくというその噂に、それこそが自分たちが探し求める伏姫ではないかと飛びついた丶大法師。しかし大坂城内の警備は当然ながら厳重。そこで彼は八犬士に与えられた活動資金・一万両と引き換えに、、鴎尻の並四郎に山里曲輪潜入を依頼するのでした。

 しかしその一万両の手形を江戸から持ってくるはずの犬江親兵衛は、途中で怪しげな武士の集団によって囚われの身になり、八犬士の任務を明かせと責め問いにかけられることになります。
 一方その頃、赤穂浪士の決起のための武器の手配を命じられて悩む矢頭右衛門七の前に現れた商人・天野屋利兵衛は、資金も含めて援助を申し出るのですが……

 というこのエピソードでは、しばらくなりを潜めていた水戸光圀が怨霊の活動が本格化――徳川本家への逆恨みにも等しい怨念を晴らすため、水戸徳川家の人々を操って暗躍してきた怨霊が、新たな手段でもって太平の世を騒がさんとすることになります。
 しかしそれだけではありません。本作ではさらに意外な存在が登場――ある意味光圀どころではない怨念の出現により、物語の行く先は一層混沌としたものとなるのです。

 そしてそんな物語の中、いよいよ赤穂浪士たちの義挙が庶民の期待を集める様も描かれていくのですが、しかしそれを左母二郎が快く思うはずもありません。
 かねてより弟分のように接してきた右衛門七が死に向かって突き進んでいく――そして周囲がそれを持て囃す――のに一人背を向ける彼の姿は、やはり世の中の体制/大勢が美徳とする物語に背を向ける、小悪党ならではの心意気というべきでしょう。

 子供ながらやたらと豪快な親兵衛のキャラクターも妙に原典に忠実に感じられるのが楽しい本作ですが、彼をはじめとする八犬士が、そしてもちろん左母二郎たちがこの先何と出会い、何と戦うのか――いよいよ次巻は決戦、最終巻であります。


『元禄八犬伝 四 天から落ちてきた相撲取り』(田中啓文 集英社文庫) Amazon

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