夢枕獏『陰陽師 水龍ノ巻』 異色作揃いの一冊!? 晴明以上の博雅の力
二年半ぶりに登場の陰陽師シリーズの新刊は、異色の作品が数多く収録された一冊。博雅の力が発揮されたと思えば、蝉丸の過去にまつわる奇譚、そして陰鬱な滅びの物語が――と、バラエティに富んだ内容であります。
月の美しい晩、名笛・葉二を吹きながらそぞろ歩いていた博雅。興がのっていつもは吹かない難曲を吹いた博雅ですが、その前に唐風の姿をした人ならざる美女が現れます。
その曲の由来を尋ねられ、かつて朱雀門の鬼が吹いていたものを覚えたと答えた博雅。それに対して美女が語る曲の真実とは……
この冒頭に収められた「麩枕」は、ある意味博雅を象徴するアイテムというべき、葉二を巡る物語。朱雀門の鬼と笛を吹きあった末に互いの笛を取り替え、この葉二を手に入れた――その「史実」はこれまでもシリーズ中で何度も触れられましたが、今回描かれるのはその葉二の由来、そして朱雀門の鬼の正体であります。
あまりこういう形で過去に描かれた内容が掘り下げられるとは思わなかっただけに、嬉しい驚きの一編なのですが――そうしたイベント性に留まらないスケールの大きさ、そしてその果てに待つ何とも世の無常を感じさせる、そしてそれだからこその優しさが胸を打つ名品です。
そして「麩枕」に続く収録作は以下のとおり――
夜道で行き逢った者が青疱瘡にかかる怪異の謎を解く「野僮游光」
愛憎の末に奇怪な鬼の面が顔に張り付いてしまった女を巡る哀しい奇譚「いそざき」
人が詠んだ歌をくれといい、肯えば歌に使われた言葉ごと持っていってしまう鬼と博雅が対峙する「読人しらず」
蘆屋道満が藤原兼家にかけたに呪いのからくりを描く「腐草螢と為る」
涸れてしまった大内裏の井戸を巡り、鞠の上手が怪異に見舞われる「跳ねる劫かき踊る針」
無数の死をもたらす伝染病・赤舞瘡に冒された都で、周囲から隔絶された館に籠もった右大臣・満長の辿る運命を描く「秘帖・陰陽師 赤死病の仮面」
唐からもたらされた伝説の秘舞「蘇莫者」を巡り、蝉丸の秘められた過去と、音楽の名手・敦実親王の思惑が絡み合う中編「蘇莫者」
と、全8編が収録されています。
もちろん「野僮游光」のようにシリーズのこれまでのスタイルに極めて忠実な作品も収録されているものの、その一方で冒頭に挙げた「麩枕」のように、定番から少し外してみせた作品も多い印象の本書。
たとえば「いそざき」と「腐草螢と為る」は、どちらも晴明が怪異の解決を依頼される物語ですが、いささかひねった結末を迎える物語であります。
また「読人しらず」は、人が詠んだ歌を譲ってもらおうとする――代価は払うのですが、譲った者はその歌で使った言葉が口から出なくなってしまうという影響が出る――鬼という、何ともユニークで雅やかな怪異が登場する一編。
それだけでも楽しいのですが、その怪異と対峙する博雅の言葉が、いかにも博雅らしく真っ直ぐで熱い、そして芸術を愛する者ならではの熱弁で――もうこちらも鬼同様にただ圧倒され、そして感動するほかない逸品です。
そして巻末の中編「蘇莫者」は、シリーズのサブレギュラーである蝉丸の過去が明かされるという、これまたイベント性の強い物語。しかしそれだけでなく、秘曲・秘舞に強い執着を抱き、しかし天賦の才には及ばぬ哀しい魂を描く物語でもあります。
言うまでもなくその天賦の才とは博雅を指すのですが――そのある意味晴明以上の博雅の力が描かれる物語でもあります。
こうしてみれば本書においては、要所要所で博雅の力が示される構成になってる感があります。これまで好漢という側面が強調されてきた博雅ですが――もちろんその側面はそのままに――彼の力が物語を動かし、いや時には引き起こしていく、その様に、本書では強い印象が残った次第です。
そして「秘帖・陰陽師 赤死病の仮面」は、晴明も博雅も登場しない、いやそれどころかこの世界の物語でもない、一種の戯画的物語。正直なところ、内容的にはポーの作品そのままなのですが、このタイミングで発表された意図は明確でしょう。
『大江戸火龍改』のあとがきと共に読んだ時、作者の想いがより強く感じられるように思える一編です。
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