平谷美樹『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 凍月の眠り』 大団円 彼女が推理をする理由からの解放
『草紙屋薬楽堂』シリーズ、約2年ぶりの新作にして(残念ながら)最終巻であります。鉢野金魚と本能寺無念をはじめとする薬楽堂に集う面々の活躍もこれが見納め、今回もこの世のものと思えぬ怪事件の数々に金魚たちが挑みます。そして金魚と無念の想いの行方や如何に……
(前作の結末に触れますがご容赦下さい)
推当(推理)もので人気を博し、自分も推理名人の女戯作者・鉢野金魚を探偵役に、薬楽堂の隠居・長右衛門や元御庭番の読売屋・貫兵衛、老文学者の只野真葛、北斎の娘の女絵師・お栄、そして薬楽堂の居候の貧乏戯作者・本能寺無念ら賑やかな面子が、様々な怪事件に挑んできた本シリーズ。
その物語の中で金魚と無念は、いわば両片想いという状態となっていったのですが――伊勢参りに旅立った金魚を追って無念も旅立ち、戸塚宿で金魚が宿に無念を招き入れた姿を以て、前作『名月怪談』は結末を迎えました。
以来2年4ヶ月、このまま二人はハッピーエンド――と思いきや、本作の冒頭でとんでもないその後が語られることになります。
あの直後、無念のとったある行動にすっかり腹を立てて江戸に帰ってきた金魚と、後を追ってきた無念。当然、ぎくしゃくしまくりの二人にニヤニヤしたり困惑したりの周囲ですが、そんな中でまたもや怪事件が起きることになります。
当主が急な病で亡くなったという本所の旗本。しかし確かに埋葬されたはずのその旗本が、後日、屋敷の周囲で徘徊している姿が目撃されたというではありませんか。
調べてみればその旗本は亡くなった晩、知人の武士二人と宴を開いており、そのうちの一人も急に病死。しかもそちらの屋敷からは、それ以降獣のような吠え声が聞こえてくるというのです。
彼らは死んで生ける屍となって甦ったのか? 怪異を推理で解決すると豪語する関西から来た男・懐土堂粋山も現れる中、ぎくしゃくした想いを抱えて金魚と無念は謎解きに挑むことに……
そんな第一話「生ける屍 本所深川反魂の宴」から始まる本作。
冒頭に述べたとおり、修法師の出番としか思えない事件をロジカルに解決するのが本シリーズの醍醐味ですが、亡魂のようなトリックが使いやすいものではなく、本人の生身の(?)死体が歩き回るという出来事をいかに解決するか――シリーズの中でも屈指の快作です。
そしてそれ以降も――
夭逝した本草学者の書物を引き取った書林で、本草学者の魂が目撃され、書物の一冊が白紙と化していたのが見つかる「本草学者 未練の訪れ」
お栄と共に丑の刻参りの女を目撃した金魚が、女が呪う理由を知り、その想いを晴らすために一肌脱ぐ「丑の刻参り 呪いの行方」
と、ユニークなエピソードが続きます。
そしてこれらのエピソードと並行して展開するのは、金魚と無念の両片想いの行方であります。
互いに大人でありながらも、いやだからこそ素直になれず、思い切って相手の胸に飛び込む/抱きとめることができない――そんなもどかしい二人ですが、そこには金魚の過去に由来する複雑な事情があります。
戯作者になる以前は、遊女として暮らしていた金魚。無念以外は知らない過去でありますが、それだからこそ、無念を前にすると、一種の引け目になってしまい、いわゆる「恋の駆け引き」ができなくなってしまう……
いやそれ以前に、これまで遊女としての偽りの恋ではなく、真の恋というものをしたことがなかった金魚。しかしそんな彼女の複雑な想いは、やがて無念の真意に気づいた時、緩やかに解けていくのです。
そして迎える最後のエピソード「雪女郎 凍月の眠り」では、想いを確かめあった二人が、吹雪の日に薬楽堂の主人・短右衛門の娘・けいが、白装束の女に誘われるように姿を消した事件の謎を追うことになります。
しかしこれがシリーズから考えれば異色作――というよりこれまでのシリーズの枠組みを壊しかねない内容。正直なところ、最後の最後に何故? と驚かされました。
しかしここで描かれるのは、金魚がこれまで頑なに怪異を否定し、論理的に推理を行ってきた理由の再確認――そしてそこからの解放。そう考えれば、ラストにこのエピソードが描かれる理由、そしてこれでシリーズが完結する理由も理解できるというものです。
様々に趣向を凝らしてきた本シリーズらしい大団円。完結は寂しいですが、しかしにっこりと笑顔になれる結末に満足であります。
『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 凍月の眠り』(平谷美樹 大和書房だいわ文庫) Amazon
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