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2022年2月

2022.02.28

岩崎陽子『無頼 BURAI』第2巻 斎藤の悩み・沖田の屈託 二人の絆

 斎藤一を主人公に描く伝奇色濃厚な新選組物語『無頼 BURAI』の第2巻であります。この巻ではもう一人の主人公ともいうべき沖田総司によりスポットが当たり、斎藤との関係性がクローズアップされることになります。

 斎藤一を主人公に、新選組創成期から描かれる連作シリーズの本作。試衛館一派と芹沢一派の確執がいよいよ深まる中、斎藤はその間に立たされる形で、物語は展開していくことになります。

 この巻の冒頭のエピソード「妖刀」で描かれるのは、そんなある日、斎藤が刀の掘り出し物を探している時に、いかにも曰くありげな刀と遭遇したことから始まる物語です。
 何しろこの刀、紙縒かと思えば御札で鯉口が結わえつけられ、斬り合いの場に出くわせば唸りを発するという代物。赤鰯状態だったのを研ぎに出してみれば研ぎ師たちが次々と怪我をすることになったりと、明らかにマズい状況に、斎藤もこの刀を手放すのでした。

 が、なんとその刀を芹沢が手にしてしまうという、考えうる限り最悪の状況に。当然(?)暴走して暴れまわった末に屯所を飛び出した芹沢に対し、責任を感じた斎藤は、沖田と共に後を追うことに……

 という、新選組ものではありそうであまりない妖刀譚のこのエピソード、このまま芹沢退場か!? と一瞬思いましたが、もちろんそんなことはなく、ここでは、斎藤と沖田の心の繋がりの一端が描かれることになります。
 本作では何かと苦労性ですぐ悩む斎藤に対して、飄々としてとらえどころのない沖田。そんなちょっと対照的な二人ですが、妖刀を前にした二人の立ち回りは、まるで長きに渡りコンビを組んできた者たちのよう。そしてそのコンビネーションを生んだものが何であったか――それがなかなかグッとくるのです。


 そして続く「隠れ鬼」では、さらに二人の関係性が深まることとなります。沖田が非番の時には近所の子供たちとよく遊んでいた、というのは有名な逸話ですが、このエピソードでは何とも微笑ましいことに、そこに斎藤が巻き込まれることになります。
 そしてその中で、斎藤は沖田が子供時代に隠れ鬼が怖かったと聞かされるのですが……

 と、物語的には遊んでいた子供の一人が神隠しに遭い、その背後に思わぬ陰謀が――という展開になるのですが、やはり印象に残るのは、隠れ鬼の記憶の中で描かれる、飄々とした沖田の中の屈託でしょう。
 その陰を感じさせながらも、しかしそれでも彼が前に進み続けていることを、斎藤との関係性の中で感じさせる結末が印象に残るのです。(そしてここでの台詞がこの先思わぬ形で帰されるのですが、それはまた先で……)


 一方、この巻の3話目の「覚」は、サブタイトルのとおり人の心を読む力を持つ芸妓・環が登場。ある理由から宴席でどんより曇っていた斎藤は、初対面の環からまさにその理由を言い当てられ、彼女の能力を知ることになるのでした。
 ところがその晩、任務に当たっていた新米隊士が待ち伏せを受けて斬られたことから、斎藤は彼女を疑うことになるのですが……

 家を離れ、ついには京に向かうことになったことに、フィクションでは様々な理由がつけられている斎藤ですが、ここで描かれる本作のそれはちょっと意外なような、この斎藤であれば――と納得できるようなもの。
 その秘密が本作ならではの形で描かれるエピソードですが、その中で「覚」自身の想いを慮ることが出来る斎藤は、やはり好人物というべきでしょう。
(そしてオチ要員にされるのあの人……)


 そしてラストの「番外編 鳥風」は、番外編と銘打たれるだけあって、主人公の斎藤が京で合流する前――試衛館一派と芹沢一派の初対面を描く物語であります。

 それぞれに夢に胸を膨らませて浪士組に参加した試衛館組の中で、ただ一人、夢を持たずにいた沖田。
 彼はそんな自分とは対照的に大きな夢を追いかけているはずの土方の「夢も不満もないなんざ結構なことじゃねえか」という言葉に違和感を感じるのですが――そこに秘められた意味を、やがて悟ることになるのです。

 この時期の物語らしく(?)クライマックスは本庄宿での「野営」事件なのですが、そこでの土方と沖田(そして芹沢も)、それぞれの姿が実に「らしい」このエピソード。ラストの土方の殺し文句も実にグッとくるもので、斎藤だけでなく沖田、そして土方もあってこその本作だと感じさせられるのです。


 そして次巻以降は、また物語の方向性が大きく変わってくるのですが――その紹介は、またいずれ。


『無頼 BURAI』第2巻(岩崎陽子 ナンバーナイン) Amazon

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2022.02.27

『半妖の夜叉姫』 第44話「妖霊星が墜ちる時」

 戦国では時空の扉からあふれ出した魑魅魍魎が各地を襲う中、現代で希林先生と三姫はついに妖霊星と対峙する。表面を覆う瘴気と妖気を引き剥がしたものの、あまりに巨大な妖霊星に苦戦する三姫。しかしとわが斬星剣で妖気をギリギリまで吸い込み、そして希林の力で、ついに妖霊星の動きを止めるが……

 東京タワーの目前までいきなり迫った妖霊星と対峙する希林先生と三姫。いよいよ攻撃――という前にその人外ぶりを遺憾なく発揮した希林先生は、単身妖霊星の中に突入。瘴気と妖気に覆われたその下の妖霊星本体のそのまた内部に、謎の物体(蛹?)を目撃するのでした。
 一方、希林先生の本体たる麒麟丸が強引に時空の扉をこじ開けたおかげで、戦国時代ではまさに地獄の釜の蓋が開いた状態。魑魅魍魎の群れが天地を覆う中、楓ばあちゃんまでが奮戦しますが、そこに駆けつけた犬夜叉とかごめはさすがの貫目で魑魅魍魎を一層してしまいます。(あと七宝も少し頑張った)
 そして町の方では妖怪退治屋に加えて、翡翠以外の弥勒一家も大活躍、なのですが――その中で珊瑚が娘たちと作った新兵器・漆黒の飛来骨は、宙に浮いた梵字を突き抜けて飛んでいくエフェクトといい、バスタービームみたいなエフェクトで魑魅魍魎の群れを粉砕していく様といい、何だかほとんどスパロボみたいな突き抜けぶりです。

 そんな中、尋常でない深手を負いながらも理玖はりおんとともに産霊山に向かいます。そこでりおんが父・麒麟丸を倒す切り札として想定していたのは、吸妖魂――そういえばとわの斬星剣は吸妖魂の「根」なので、本体もあるはずです。そしてその力を現出させるためにりおんが使ったのは、理玖がかつてとわからもらったリンゴの種。まさか今まで持っていたとは、いやここで役に立つとは、という感じですが、りおんが産霊山の奥地で植えた種はたちまちに生い茂り、そして透き通り輝くリンゴの実が……

 さて、現代では戻ってきた希林の指示で、とわとせつながそれぞれの技で瘴気を吹き飛ばし、そして三姫が妖霊星の本体を削る、というゲームのボス戦のような段取りとなったのですが――最初の二段階まではうまくいったものの、仮にも「星」とつくものを殴ってもさすがに無理がありすぎたか、ほとんど全くダメージを与えられないうちに、妖気バリアは復活してしまうのでした。
 しかし妖気とくれば――とここで予想通り頑張ってしまうのがとわ。斬星剣でギリギリのところまで妖気を吸い取り、それを相手に叩き返すという豪快な大技にチャレンジ、見事妖霊星にダメージを与えてみせます。しかしその影響は大きく、辛うじて復活をしたものの、一時は目玉グルグル状態に……。そしてそんなとわたちの頑張りに感動して、ただでさえ高いテンションが異常に上がった希林先生は、なんかもうドラゴンボールのような動きと作画で妖霊星に突撃、何だかよくわからないうちに動きを止めるのでした。

 さて、一段落ついてりおんのことを三姫に聞いてみれば、とっくに死んでいたと聞かされ、ちょっとコワいタッチで愕然とする希林先生。そこで何だかマズいスイッチが入ってしまった希林先生は、自分が麒麟丸を倒して戦国時代の妖怪を根絶やしにしてくると宣言、そのために妖霊星を戦国時代に持ち去ると言い出すのでした。そして本体が強引に開けた時空の穴に、妖霊星を引っ張りながら飛び込む希林先生ですが、その時に三姫に「あなたたちはお目こぼししてあげます」と何やら不穏なことを……

 そして戦国時代に帰還した希林先生ですが、妖霊星を連れてきたものだから時の穴を無理やりぶち抜くことになって、その煽りで時の風車は粉砕(ご母堂様は大丈夫?)、さらに魑魅魍魎が溢れ出す羽目に。そしてこれまで散々スルーしてきた本体のところにシレッと帰ってきた希林先生は(怒った本体にぶん殴られたりしましたが)、現代で撮影してきた世界各地の風景をりおんへの土産として持ち出した上に、持ってきた妖霊星を爆星剣でぶっ壊せばいいと麒麟丸に言い出すのですが――しかしこれはどういうつもりなのか?
 そして希林先生が行った後になって、根絶やしにされる妖怪の中に自分たちの親が含まれると気付き、慌てて阿久留の風車のところまで戻る三姫。しかし時代樹に刺さっていた風車は既にボロボロになり、地面に力なく落ちていて――というところで次回に続きます。


 何だか希林先生がいなかったらどう考えても現代の方は詰んでいたのでは、というくらい文字通りすべて持っていくことになりましたが、その異常なテンションのまま、終盤では謎の行動を取ることになります。どうやら妖霊星――というよりその中に眠る本体を利用するつもりのようですが、ここまで来てまさかの希林先生がラスボス候補に? さすがに可哀想なのでそろそろ麒麟丸にも大妖怪としての貫目を見せていただきたいものです(本当に株暴落しっぱなしなので……)


関連サイト
公式サイト

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『半妖の夜叉姫』 第19話「愛矢姫の紅夜叉退治」
『半妖の夜叉姫』 第20話「半妖の隠れ里」
『半妖の夜叉姫』 第21話「虹色真珠の秘密」
『半妖の夜叉姫』 第22話「奪われた封印」
『半妖の夜叉姫』 第23話「三姫の逆襲」
『半妖の夜叉姫』 第24話「殺生丸の娘であるということ」
『半妖の夜叉姫』 第25話「天生牙を持つということ」
『半妖の夜叉姫』 第26話「海の妖霊」
『半妖の夜叉姫』 第27話「銀鱗の呪い」
『半妖の夜叉姫』 第28話「産霊山の結界」
『半妖の夜叉姫』 第29話「りおんという名の少女」
『半妖の夜叉姫』 第30話「退治屋翡翠」
『半妖の夜叉姫』 第31話「竹千代の依頼」
『半妖の夜叉姫』 第32話「七星の小銀河」
『半妖の夜叉姫』 第33話「魔夜中の訪問者」
『半妖の夜叉姫』 第34話「決戦の朔(前編)」
『半妖の夜叉姫』 第35話「決戦の朔(後編)」
『半妖の夜叉姫』 第36話「永遠にない場所」
『半妖の夜叉姫』 第37話「是露の想い」
『半妖の夜叉姫』 第38話「東雲の麒麟丸」
『半妖の夜叉姫』 第39話「親子の再会」
『半妖の夜叉姫』 第40話「三姫の脱出」
『半妖の夜叉姫』 第41話「阿久留のかざぐるま」
『半妖の夜叉姫』 第42話「崩壊する時の風車」
『半妖の夜叉姫』 第43話「暗転の舞台」

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2022.02.26

上田秀人『勘定侍 柳生真剣勝負 五 奔走』 広がりゆく一夜と柳生の溝

 柳生宗矩の庶子にして大坂商人の孫・淡海屋一夜が武士の世界に乗り込んで活躍する『勘定侍 柳生真剣勝負』の第5巻であります。柳生家の大名昇格の宴を無事乗り切った一夜ですが、柳生家との確執は深まるばかり。一夜の方も宿敵というべき堀田加賀守と接近(?)し、いよいよ複雑な状況に……

 柳生家大名昇格に伴い、家中の財政改革のため、強引に大坂から江戸に呼び寄せられた一夜。生まれてこの方放っておいた父に強く反発しながらも、やむなく柳生家の勘定方として次々と改革に着手した一夜は、大名昇格の宴に「敵」が妨害を仕掛けてくると予想し、見事これを阻むことに成功します。

 しかしその相手――家光と柳生左門友矩の関係に嫉妬する堀田加賀守に関心を持たれた一夜は、宴の功績を評価するどころか叱責しようとした宗矩に怒ったこともあり、相手の懐に飛び込む道を選ぶのでした。
 柳生から手を引くように頼み、さらに堀田家に捕らえられた知己の柳生の忍び・素我部を助けるために一夜が出した条件――それはなんと左門を柳生の郷に縛り付けて、江戸に来れないようにするというもので……

 と、とんでもないクリフハンガーで終わった前巻に続くこの巻の冒頭は、引き続き一夜と堀田加賀守の対話から始まります。男の嫉妬から柳生家を敵視し、宴でも陰湿な妨害を仕掛けてきたいわば宿敵との対面というのは、ある意味いきなりクライマックスですが――いやはや、やはり一夜はものが違う。

 並みの武士とは全く異なる(そもそも武士ではないわけですが)視点と、物怖じしないその態度に興味を持ち、何と一夜にこの先の、自分の亡き後の堀田家の行く末を問う加賀守。
 それに対する一夜の答えが、家光の心理までも分析した内容であっただけに加賀守も納得、一夜に堀田家の財政のことまで任せるようになってしまうのですから面白い。登場以来いささか小物感のあった加賀守ですが、この辺りの度量の広さと柔軟性は、さてこそは、と言うべきでしょうか。

 さて、この一夜と堀田加賀守との対面は、同時に宗矩と、柳生家との溝が広がり始めたことを示すものでもあります。事実、このまま一夜は柳生屋敷を出て、知己である江戸城出入り商人の駿河屋のもとに寄宿、そこでも様々に手を広げて奔走することになります。
 その一方で、世間知らずの宗冬は、一夜の向こうを張って商売をしようとしたものの、まさに「士族の商法」で大失敗、思わぬ危機を招きかねない有様。宗矩は宗矩で一夜に迫る危機を利用しようとゲスいことを考えて――と、これは一夜が怒っても仕方ない状況であります。

 唯一の救いは、そんな柳生家で唯一といっていい常識人である十兵衛の存在(もう一人の左門は、作中一のアレなので……)。柳生の郷では一夜に厳しい稽古をつけようとしましたが、あれは長兄としての思いやりの一つでもあったか、最も一夜の価値と、そして一夜自身の想いを理解している印象があります。
 そんな十兵衛が、柳生の郷を離れ、江戸に向かうのですが――この巻のもう一つのクライマックスは、その途中、大坂を訪れた十兵衛が、一夜の祖父・淡海屋七右衛門と対面するくだりであります。

 付き合いの長短はあるとはいえ、ある意味最も作中で一夜のことを理解する二人が対面して語られるのは、もちろん一夜のこと。
 一刻でも早く一夜を取り戻したい七右衛門の想いは切実ですが、一夜なしには柳生が立ち行かないのも事実――そこで十兵衛が語る内容は、その後に彼が語る内容と合わせてみれば、なるほどと頷かされるものがあります。この辺り、やはり十兵衛は好漢だった、と個人的には嬉しくなってしまうのですが……

 ちなみに十兵衛はここで一夜の嫁候補・永和とも対面、ここでも互いのキャラクターが示されて興味深いのですが、さらにユニークなのは、この巻の終盤で描かれる、一夜に女中として仕えていた柳生の女忍・佐夜と永和の対面です。

 一夜を誘惑し、柳生に縛り付ける役を担いながらも果たせず、それどころか一夜に気遣われることになった佐夜。面目丸つぶれの(と思い込んだ)彼女は、間接的にその理由になった永和に近づき――と、一体どうなることやらと思いきや、ここで思わぬ方向に物語が展開していくことになります。
 女の戦いというだけでなく、この出会いが佐夜にとっても大きな転機になるのではないか――そんな気がいたします。


 かくて、一夜だけでなく、群像劇的に周囲の人物の動向も楽しみとなってきた本作。その一方で、西国に不穏な動きがあると思えば、会津では宗矩の仕掛けが動き出し――と、まだまだ物語は波乱含みであります。


『勘定侍 柳生真剣勝負 五 奔走』(上田秀人 小学館文庫) Amazon

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上田秀人『勘定侍 柳生真剣勝負 五 奔走』 広がりゆく一夜と柳生の溝

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 柳生家大名昇格に伴い、家中の財政改革のため、強引に大坂から江戸に呼び寄せられた一夜。生まれてこの方放っておいた父に強く反発しながらも、やむなく柳生家の勘定方として次々と改革に着手した一夜は、大名昇格の宴に「敵」が妨害を仕掛けてくると予想し、見事これを阻むことに成功します。

 しかしその相手――家光と柳生左門友矩の関係に嫉妬する堀田加賀守に関心を持たれた一夜は、宴の功績を評価するどころか叱責しようとした宗矩に怒ったこともあり、相手の懐に飛び込む道を選ぶのでした。
 柳生から手を引くように頼み、さらに堀田家に捕らえられた知己の柳生の忍び・素我部を助けるために一夜が出した条件――それはなんと左門を柳生の郷に縛り付けて、江戸に来れないようにするというもので……

 と、とんでもないクリフハンガーで終わった前巻に続くこの巻の冒頭は、引き続き一夜と堀田加賀守の対話から始まります。男の嫉妬から柳生家を敵視し、宴でも陰湿な妨害を仕掛けてきたいわば宿敵との対面というのは、ある意味いきなりクライマックスですが――いやはや、やはり一夜はものが違う。

 並みの武士とは全く異なる(そもそも武士ではないわけですが)視点と、物怖じしないその態度に興味を持ち、何と一夜にこの先の、自分の亡き後の堀田家の行く末を問う加賀守。
 それに対する一夜の答えが、家光の心理までも分析した内容であっただけに加賀守も納得、一夜に堀田家の財政のことまで任せるようになってしまうのですから面白い。登場以来いささか小物感のあった加賀守ですが、この辺りの度量の広さと柔軟性は、さてこそは、と言うべきでしょうか。

 さて、この一夜と堀田加賀守との対面は、同時に宗矩と、柳生家との溝が広がり始めたことを示すものでもあります。事実、このまま一夜は柳生屋敷を出て、知己である江戸城出入り商人の駿河屋のもとに寄宿、そこでも様々に手を広げて奔走することになります。
 その一方で、世間知らずの宗冬は、一夜の向こうを張って商売をしようとしたものの、まさに「士族の商法」で大失敗、思わぬ危機を招きかねない有様。宗矩は宗矩で一夜に迫る危機を利用しようとゲスいことを考えて――と、これは一夜が怒っても仕方ない状況であります。

 唯一の救いは、そんな柳生家で唯一といっていい常識人である十兵衛の存在(もう一人の左門は、作中一のアレなので……)。柳生の郷では一夜に厳しい稽古をつけようとしましたが、あれは長兄としての思いやりの一つでもあったか、最も一夜の価値と、そして一夜自身の想いを理解している印象があります。
 そんな十兵衛が、柳生の郷を離れ、江戸に向かうのですが――この巻のもう一つのクライマックスは、その途中、大坂を訪れた十兵衛が、一夜の祖父・淡海屋七右衛門と対面するくだりであります。

 付き合いの長短はあるとはいえ、ある意味最も作中で一夜のことを理解する二人が対面して語られるのは、もちろん一夜のこと。
 一刻でも早く一夜を取り戻したい七右衛門の想いは切実ですが、一夜なしには柳生が立ち行かないのも事実――そこで十兵衛が語る内容は、その後に彼が語る内容と合わせてみれば、なるほどと頷かされるものがあります。この辺り、やはり十兵衛は好漢だった、と個人的には嬉しくなってしまうのですが……

 ちなみに十兵衛はここで一夜の嫁候補・永和とも対面、ここでも互いのキャラクターが示されて興味深いのですが、さらにユニークなのは、この巻の終盤で描かれる、一夜に女中として仕えていた柳生の女忍・佐夜と永和の対面です。

 一夜を誘惑し、柳生に縛り付ける役を担いながらも果たせず、それどころか一夜に気遣われることになった佐夜。面目丸つぶれの(と思い込んだ)彼女は、間接的にその理由になった永和に近づき――と、一体どうなることやらと思いきや、ここで思わぬ方向に物語が展開していくことになります。
 女の戦いというだけでなく、この出会いが佐夜にとっても大きな転機になるのではないか――そんな気がいたします。


 かくて、一夜だけでなく、群像劇的に周囲の人物の動向も楽しみとなってきた本作。その一方で、西国に不穏な動きがあると思えば、会津では宗矩の仕掛けが動き出し――と、まだまだ物語は波乱含みであります。


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2022.02.25

士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第6巻 木曽路に集う親と子たちの姿

 醍醐の隣国・木曽路で、多宝丸の助けも会って妖刀似蛭を倒し、耳を取り戻した百鬼丸。どろろを間において和解した兄弟ですが、そこに二人の父・醍醐景光と妖馬・ミドロ号が姿を現すことになります。新たな犠牲者が出る中、親と子の相剋が様々な形で描かれることに……

 国境でのばんもんから、隣国の木曽路領に文字通り流れた百鬼丸とどろろ。そこで邪悪な長者・サンセウ太夫、そして姉の仇である太夫を付け狙う田之介と出会った百鬼丸は、太夫に憑いた妖怪を斬ることになります。
 そして田之介のもとにあった死霊憑きの妖刀・似蛭と対峙した百鬼丸は、生きていた多宝丸の言葉で辛くも似蛭に勝利。己の耳を取り戻した上、やはり生きていた寿海とも再会して……

 と、これまで幾筋も描かれていたキャラクターたちのドラマが、木曽路において一点に集まった感のある本作。そしてこの巻では、一巻丸々を使って、この木曽路で様々な親と子の姿が描かれることとなります。


 力を貸した形になったものの、一度命をやり取りしたわだかまりはそう簡単には解けない多宝丸と百鬼丸――と思いきや、どろろが間に入ったことで不思議と空気が和らぎ、少しずつ歩み寄り始めた二人。
 そうなれば共に寿海に助けられ、片や父と、片や師と仰ぐ者同士――ある意味、血の繋がった兄弟であるという以上に――その心の距離は近いといえるのかもしれません。

 そしてそこにもう一人の親が現れます。それはどろろの父親である火袋――本作においては生まれてすぐに川に流された百鬼丸を救い、寿海に託したという因縁を持つ彼が、数奇な運命の果てにどろろと再会することになるのです。
 が、その次の瞬間、あまりにも無惨な形で引き裂かれる二人。そして引き裂いたのは、ミドロ号に乗った醍醐景光……


 というわけで、この木曽路の地に集うことになった、数奇な運命の親子たち。
 醍醐景光と百鬼丸
 醍醐景光と多宝丸
 寿海と百鬼丸
 火袋とどろろ
 ミドロ号と仔馬
 血の繋がった親子、あるいは血の繋がりはなくとも心の繋がった親子、そして血の繋がりはあっても心の繋がらぬ親子――様々な形の親子が一同に会し、その因縁が幾重にも絡まり合い、親が子と、親が親とぶつかり合う姿は、ただ圧巻であります。

 そしてその中心に在るのが、醍醐景光であることは言うまでもありません。百鬼丸を生贄に死霊の力を得た景光は、これが赤子の時以来の対面だったかと思いますが――過去の行為を悪びれない、というのはまだしも、むしろあれだけのことをしていながら、ある意味普通の親が子に接するような態度を見せるのがおそろしい。
 既にその身は人間ではないようですが、むしろ真に人間ではないのはその心なのか――という印象を受ける景光の存在は、百鬼丸の育ての親である寿海とは実に対照的というべきでしょうか。

 そしてそんな景光に対して、ある意味百鬼丸以上に反発し、敵愾心を燃やすのが多宝丸であります。彼の子として長きに渡り暮らし、百鬼丸ほどでないにせよ、その身を死霊に捧げてきた――それにもかかわらず、結局心が繋がっていなかったことが、多宝丸にとってどれだけ許せないことであったか。
 この巻で見せる彼の激情は、その悲しみと絶望の深さを感じさせて余りあるものがあります。

 正直なところ、景光と息子たちに比べると、ミドロ号と仔馬のドラマが――こちらも親と子という点では複雑なものを持つ助六の存在を絡めつつも――少々影が薄くなってしまったのは、いささか複雑ではありますが……


 何はともあれ、百鬼丸と多宝丸それぞれが己の真の敵を見極めることとなったこの巻。その一方で、どろろはこの先どこに向かうのか(どろろの中のあれは一体……)というのも気になるところであります。

(そして魂念力という言葉を見て、鳥海尽三の小説版を思い出したり……)


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2022.02.24

上田早夕里『播磨国妖奇譚』 人ならざる者の「人の情」を受け止め、解きほぐす物語

 上田早夕里といえばオーシャンクロニクルシリーズをはじめとするSF作家としての印象が強くありますが、本作は室町時代中期の播磨を舞台とした一種の陰陽師もの――『オール讀物』に掲載された六話を収録した連作集であります。

 播磨国で暮らす薬師の律秀と僧侶の呂秀。かの蘆屋道満の子孫である彼らのもう一つの顔は、民間にあって人々を助ける法師陰陽師――人ならざる者を見る力を持つ呂秀と、そうした力はないものの理詰めで物事に当たる律秀は、それぞれの力を合わせて様々な出来事に対処する毎日であります。

 そんなある日、兄弟に持ち込まれた奇妙な噂。二人も世話になっている燈泉寺の井戸に顔を映して、映らなかった者は三年以内に死ぬというのであります。そんな話は初耳の二人でしたが、実際に顔が映らず、体調を崩した者たちがいると聞けば、放ってもおけません。調べ始めた二人ですが、その晩、呂秀のもとに、不思議な声が訪れます。

 どうやらこの声が今回の件を引き起こしていると悟り、単身声の主と対峙する呂秀。赤い巨躯、二つの目の上にもう二つの目が縦に並んだ恐ろしげな姿をしたその主は、かつて蘆屋道満が京に向かう時、地元の井戸に残された式神だと語ります。
 この式神を野放しにしてもおけず、呂秀は「あきつ鬼」と名付けて、己の式神とすることに……


 そんな第一話「井戸と、一つ火」に始まる本作は、この法師陰陽師兄弟と式神のあきつ鬼を中心に展開する連作シリーズであります。この設定を見ると、トリオが様々な怪異と対決し、打ち祓っていく物語のように思えるかもしれませんが――本作はそこから微妙に異なる物語を紡いでいくことになります。

 なんとなれば、兄弟の前に現れるのは、必ずしも人を害するような妖ではなく――というよりそちらのパターンは非常に少なく――むしろ、こうした人ならざる者たちと人が共存する世界で、人(やそれ以外)の悩みに寄り添い、それを和らげていこうとする二人の姿が描かれていくのですから。
(それゆえか、あきつ鬼も毎回登場するというわけではありません)

 先達の厳しい指導がもとで体を痛めた猿楽師の治療に訪れた兄弟が、猿楽師たちにまとわりつくように現れる亡霊の存在を知り、その出現の理由を探る「二人静」
 都の天文寮からやってきた生真面目で融通の効かない天文生・有傅を案内することになった兄弟が、地元の星観の地である大撫山に彼を誘う「都人」
 人間の妻と暮らしているという犬面人身の山の神の来訪を受けた兄弟が、山中異界で彼や妻の身の上を聞き、二人からあることを託される「白狗山彦」
 海に現れる物の怪の退散を頼まれた兄弟が、武者の亡霊が都人を探していると知り、有傅を引っ張り出して向かった海上で、亡霊の意外な正体と望みを知る「八島の亡霊」
 畠仕事の最中に、薬草園の梨の樹の傍らで舞う不思議な存在を目撃した呂秀がその望みを叶える「光るもの」

 これらの物語の特徴は、基調となる空気がどこまでも柔らかく、優しく、ホッとさせられるものがある点であります。
 それが特に印象に残るのは、「二人静」と「白狗山彦」でしょうか。どちらもこの世ならざる者が絡む出来事ではありますが、そこにあるのは、そんな彼らが持つ「人の情」というべきもの。そしてそれを兄弟が術任せではなく、それをやはり人の情で受け止め、解きほぐすことによって、暖かい物語が生まれているのです。

 そしてそんな「人の情」は、見るからに恐ろしく、そしてしばしば力任せに振る舞っているように見えるあきつ鬼にもあります。
 蘆屋道満によってこの地に残されたことを悲しみ、荒れていたこの式神は、裏を返せばそれだけ主である道満を慕っていたといえます。新たな主である呂秀に対しては、気儘に振る舞うようにも見えますが、しかしそれもまた、彼なりの思慮によるものなのです。
(そしてその道満も、作中では陰陽師ものでしばしば描かれるような悪役やトリックスターではなく、一人の人間として受け止められているのが印象に残ります)


 このように、人と人ならざるものへの独自のアプローチが、他の陰陽師ものとは一風異なる味わいを生み出すことに成功している本作。そしてそれは、播磨という舞台にある、都とは異なる豊かな自然と、どこか長閑な空気とも無縁ではないでしょう。

 この空気がいつまで続くのかはわかりませんが――作中で仄めかされるように、物語の翌年には播磨と都を結ぶ大事件が起きることになります――しかしこの暖かさに、この先も触れていたいと思わされる物語であります。


『播磨国妖奇譚』(上田早夕里 文藝春秋) Amazon

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2022.02.23

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第22巻 楚漢奇妙な対峙の先にあるもの

 張良の策が東西で実り、ついに反撃を開始した劉邦。翻弄され続ける項羽は怒り心頭ですが、なおも張良の策は続き、ついに劉邦と項羽の奇妙な対峙が始まることになります。そしてその一方で、韓信の快進撃は続き……

 「狂生」の命を擲った一世一代の弁舌により、韓信が斉を陥し、彭越の撹乱が項羽を釘付けにしている間に成皋を再奪取――と、ついに反撃に転じた漢。成皋には虞姫がいただけに項羽の怒りはひとしおですが、漢の攻勢はとまりません。
 勢いに乗り、かつて長きに渡り籠城戦を繰り広げた滎陽に攻め寄せる漢軍。防備の硬さで項羽も手こずった滎陽ですが、しかし攻め落とした後となっては逆に壊した城壁が災いします。さらにそこに(ちょっと忘れかけていた)あのキャラが復活、張良の鬼謀が炸裂して、守将の鍾離眜は割りを食うことに……

 ここで虞姫を守りつつ逃走する鍾離眜を追い詰めつつも、劉邦がこれを見逃すことになった理由がちょっと可笑しいのですが――何はともあれ、劉邦は張良の導きで、新たな地に依ることになります。
 その名は廣武――かつて滎陽に籠もった時に食料庫として漢軍を支えた敖倉を中心に、張良はこの地に陣を築いたのであります。しかしその前身を考えればわかるように、廣武は戦闘に適した地などではないはず。にもかかわらずここにこもる道を選んだ張良の真意は……

 というところで、ここで初めて劉邦も項羽も、韓信が斉を取ったことを知ることになります。そして軍を分けると、韓信を討つために腹心の龍且を斉に向かわせるのですが――自分は何と劉邦の城の向かい側に陣を築かせ、攻撃を開始したではありませんか。
 これぞ漢城と楚城、同じ廣武の西と東に陣を築いて劉邦と項羽は文字通り対峙することに――というまでがこの巻の前半で描かれることになります。


 そしてこの巻の後半で描かれるのは、韓信が龍且率いる楚・斉連合軍と激突する濰水の戦い――斉の中程にある河・濰水を挟んで対陣した韓信軍十万弱と、楚・斉連合軍二十万の戦いであります。

 これまで数々の戦いで奇跡のように鮮やかな勝利を収めてきた韓信。確かにかの背水の陣の時も、相手は二十万だったかと思いますが――しかしあの時とは依る地形も違えば、敵将も違う。特に今回はあの項羽が重用する猛将であり、そしてかつて項羽の下にいた韓信のことを知る龍且であります。

 かくて繰り広げられるのは、濰水を挟んだ韓信と龍且の読み合い――というにはちょっと単純だなあ、と思いきや、ある意味それこそが韓信の罠。韓信の意図を読み切ったと自信満々の龍且の軍を襲ったのは……
 いやはや、ある意味合戦ものではお馴染みの策ですが、史実でここまで決めることができるのは韓信くらいではないか、というレベルで炸裂した「それ」。これを見ると、さすがに龍且がかわいそうに――それは確かに、半ベソにもなるだろうと思えます。

 とはいえ、自分たちは倍の軍勢で攻める分には何も疑問に思わないのも勝手な話で、この辺りが龍且の、というか一般的な武人の限界なのだろうな、と思わぬところで感じさせられたことです。


 というわけで、劉邦が自らをエサに項羽を釘付けにしているうちに、徐々に力を削がれていく項羽。
 正直なところ、これまで同様、張良の策が――史実では張良のものではないところまで――決まりすぎていて、特にこの巻はちょっと味気なく感じるところではあるのですが、しかしそんな彼の鬼謀でも読みきれないのが人の心であります。

 韓信の帷幕の蒯通の動き、そして独立独歩の彭越の動きが不穏なものを感じさせる中、張良の詰め将棋は最後の一手に近づいているようですが――さて。


『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第22巻(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2022.02.22

琥狗ハヤテ『ヤヌス 鬼の一族』第1巻 鬼一の男が見た今川義元の素顔

 琥狗ハヤテは、硬軟様々な物語を描く漫画家ですが、本作は前者――戦国時代を舞台に、名もなき武士たち――鬼一法眼の子孫たちの姿を描くオムニバスの第1巻であります。最初に登場するのは、今川義元に仕えた男・鬼一左文字。義元の傍らで、彼は何を想うのか……

 遠江の守護として「海道一の弓取」と呼ばれた今川義元の傍らに、常に忠実に控える巨躯の侍・鬼一左文字。
 かつて義元の家臣・朝比奈(描写的に朝比奈泰能でしょうか)の下で雑兵として合戦に加わり、その鬼神の如き戦いぶりを見せた彼は、戦の後に義元に招かれ、その素性を尋ねられることになります。

 そこで自分が平安時代の陰陽師・鬼一法眼の末裔である山の民・鬼一の一族であること、一族には鬼の血が流れていると言われていると語る左文字。周囲の武士たちが皆それを荒唐無稽な昔話と一笑に付す中、ただ一人真面目に感心した義元は、左文字を馬廻として召し抱えるのでした。

 以来、義元の傍らに常に忠実に控え、時に己の身を挺して義元を守ってきた左文字。そんな左文字に対し、義元も君臣の間を超える信頼を見せるのでした。
 そして時は流れ永禄3年、尾張を攻めることとなった義元。しかし左文字がかねてより抱いていた懸念が当たり、悪天候の桶狭間で織田軍の奇襲に追い詰められることになります。そして最期を悟った義元が、左文字に望んだこととは……


 義元と水魚の交わりを結び、最後の最後まで義元に忠実であった左文字。この第1巻で描かれる彼の物語「人の章」では、彼の姿とともに、義元その人の姿が描かれることになります。

 今川義元といえば、その勢力の絶頂で、いわば負けるはずのなかった信長に桶狭間の戦で敗れたこと(そしてその後、今川家がまたたく間に没落したこと)から、フィクションの世界では公家趣味の愚将として描かれることも少なくない人物。
 しかしその実、史実の義元は幼い頃から苛烈な家中の勢力争いを生き残り、海道一の弓取りとして軍事・外交面だけでなく、内政にも優れた手腕を発揮した人物であります。

 本作はそんな義元のさらに内面――いわば素顔の義元を、左文字の視点から描きます。名門・今川家の当主、群雄割拠の戦国で一際抜きん出た武将――そんな身の上にも似合わず、普段は気さくで明るくおしゃべりで、家臣と親しく交わる義元。彼のキャラクターは、寡黙で無骨な左文字とは、正反対といえます。

 本作ではその義元と左文字のいわば日常風景がかなりの割合を占めるのですが、静かで長閑、どこか優しさとおかしみを――そして時にどこかヒヤリとするものを感じさせるその姿は、前作というべき『ねこまた。』にも通じる、作者ならではのものを感じさせます。

 しかし、本作で描かれるのは、こうした平和な「日常」だけではありません。骨肉の争い、そして絶え間ない他の大名との戦と、戦いの連続に倦み疲れ、それでも遠江を背負うものとして、そこから逃れることもできない――そんな葛藤を抱いた義元の姿を、左文字を通じて本作は描き出すのです。
(かつて彼が討った兄・玄広恵探の亡霊が枕元に立ち、警告を発したという有名なエピソードの使い方も巧い)


 そしてその果てに桶狭間で迎えた主従最期の刻――そこで描かれるものは、それまでが抑えた筆致であるだけに、強烈な印象を残します。
 実はこの第1巻、「人の章」の冒頭では、この桶狭間の戦で、巨大な鬼の姿と化した左文字が、その腕を義元に突き刺す姿が描かれます。はたしてこの仲睦まじい主従が、いかなる理由でこのような場面を迎えるのか――その答えが示されるこの章の結末は、まさに圧巻と言うべきでしょう。

 そして義元の傍らに、この最期の刻まで義元左文字と呼ばれる名刀があったという逸話を考える時、この結末はさらに味わい深く感じられるのです。


 さて、冒頭に述べた通り、本作は戦国に生きた鬼一の一族を描くオムニバスとのこと。そしてこの巻のラストには、新章「狗の章」の冒頭が収録されています。
 さる武将に仕える、いわば犬の訓練士である鬼一山楽。主君の愛犬が産んだ、狼に先祖返りしたような黒犬・青嵐を、この山楽が取り上げる場面が第一話では描かれます。

 さてここからいかなる物語が描かれるのか――この先も作者流の戦国史、作者流の人間ドラマが期待できそうです。


『ヤヌス 鬼の一族』第1巻(琥狗ハヤテ 芳文社コミックス) Amazon

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2022.02.21

梶川卓郎『信長のシェフ』第31巻 滅びゆく武田家 東奔西走するケン

 信長の「唐入り」の決意を知り、主君に後世に残る悪名を着せぬためには――と、ついに覚悟を決めてしまった光秀。その一方で、ケンは信忠からある頼みを受け、そのために文字通り東奔西走することになります。いよいよ運命の天正十年――この巻では、武田家滅亡の前編と言うべき内容が描かれます。

 イエズス会の真の狙いが明国そして日本侵略であると知り、逆に自分の方から南蛮に打って出る――その第一歩として明国侵略、すなわち「唐入り」すると宣言した信長。
 この信長の決意をただ一人知ることとなった光秀は、しかし敬愛する主に、あまりに無謀でありそして後世に悪名を残す企てをさせないため、信長を除くことを決意し……

 と、主君が主君なら家臣も家臣という思い込みの激しさが、歴史を取り返しのつかない方向に導いているとも知らず、歴史を変えるために最後の現代人・望月を探そうとするケン――ですが、そこに割って入ったのは、織田信忠からの頼み。
 自分の許嫁であり、ケンとも面識のある武田の松姫に、「自分のことは忘れて幸せになってほしい」と伝えてほしい――武田家への総攻撃を前に、あまりに切実たる信忠の意気に感じたケンは、新婚家庭を置いて甲州に旅立つことになります。

 が、これが大変な旅の始まり。決戦目前の時期に織田の名を出して正面から会えるはずもなく、そして何よりも松姫がどこにいるかもわからない。つまり身分を伏せて密かに甲州に入り、そして松姫の行方を突き止めて、彼女と密かに会う――しかも織田の攻撃が始まる前に。

 そんな不可能ミッションに挑むことになったケンですが、さらに間の悪いことに、正月を挟んだこの時期、松姫は国内をあちこち移動している状態だったのです。
 かくてケンは野宿同然の状態からアウトドア料理を作ったり、松姫の屋敷で角付け芸人したり(でも不在)、勝頼の兄である僧・竜宝にそれと知らぬ間に料理を作ったり――と、東奔西走する合間に料理を作るという慌ただしい状態に置かれることになります。

 さすがにこの辺り、ケンが振り回されすぎだろうという印象が強いのですが――しかしケンが翻弄されるのと並行して、武田家が、勝頼が置かれた状況が刻一刻とどんどん悪くなっていくのが丹念に描かれていくのは、何ともいえぬ凄みというか、運命の重さというものを感じさせてくれます。

 そしてまた、ケンが自分で料理をする場面が多いのもやはり嬉しいところではあります。特にこの巻の終盤、竜宝とそうと知らぬまま出会い、彼と、途中で拾った親とはぐれた子(なかなか象徴的)のためにケンが食事を作るシーンは、印象に残ります。
 それはその料理が美味そうであることに加えて、ある意味実にグルメ漫画らしい、思いもよらぬ工夫が施されている点にもよりますが――しかしそれ以上に、その工夫が盲人である竜宝の心を満たし、武田家滅亡を前にして猜疑心に囚われていた彼の心を開くことになる、という点によります。

 それはある意味、ここまで並行して描かれてきたケンの彷徨と、武田家の苦境が、初めて直接交錯した場面といえるかもしれませんが――そしてケンの眼に、竜宝の姿が一瞬××に見えるシーンなど、なかなかグッとくるのであります。


 そしてこの出会いが、ほとんど奇跡的にケンをついに会うべき人との対面に導くのですが――さて、ケンは信忠の言葉を如何にして伝えるのか。
 そしてここまで来て、彼が(これまで夏を挟んで色々と因縁のあった)勝頼と本当に対面しないのか――ある意味その答えはこの巻で描かれているようにも思いますが――という点も気になるところです。

 そしてケンがさまよっている間にも着々と信長打倒の策を練り続ける光秀が欲する、「最後の一押し」とは――最後の年のドラマは、まだ始まったばかりであります。


『信長のシェフ』第31巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon

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2022.02.20

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第9巻 新九郎戦国に立つ!?

 遠江奪還を目指して暴走した末、戦場で横死した新九郎の義兄・今川義忠。姉と甥を守るために調停役に志願し、駿河に向かう新九郎ですが、しかしそこで待ち受けていたのはかの太田道灌でありました。史実ではここで戦国史にデビューした新九郎ですが、はたして新九郎戦国に立つ!!、といくかどうか……

 旧領である遠江奪還の悲願に取り憑かれたように有力国人を敵に回し、同じ東軍方の守護方を攻めた末、流れ矢に当たって戦死した今川義忠。彼と伊都の間に生まれた龍王丸はまだ幼く、しかも国人たちの意見は分かれて、義忠の従兄弟である小鹿新五郎を擁立する一派が現れます。

 これは通常の場合であれば、誰かが後見になるにせよ、龍王丸が跡目となることで問題はありませんが――しかし冒頭に書いた通り、義忠の暴走は、中央が落ち着いた状態であれば、守護召し上げクラスの問題行動(もっとも中央がこれだったからこその行動かもしれませんが)。
 このままでは幕府も味方はしてくれない――と、ここで新九郎が調停役として手を上げることになります。

 前巻、姉の嫁いだ駿河の今川家をはじめ、東国を訪れた新九郎。その時に新五郎とも知り合っていることを考えれば、適役といえるかもしれませんが――しかし荏原のアレコレで揉まれてきたとはいえ、こちらは大国の跡目争いであります。
 しかも駿河内部では収まらず、新五郎方は彼と関係の深い堀越公方・足利政知を味方につけ、それだけでなく、新五郎の縁者である扇谷上杉は、家宰である太田道灌を派遣してきたではありませんか。

 道灌といえば、扇谷上杉家を支えてきた名うてのツワモノ。そしてそれは物理的な面だけはなく政治面でも……


 というわけで、新九郎と道灌の対決(?)が描かれるこの巻。もともとこの今川家のお家騒動は、新九郎が初めてはっきりと歴史上にその名を残したと言われる、いわばデビュー戦のような扱いであり、そしてそこで道灌と対面したという説も残っています。
 史実ではここで調停案を取りまとめた(道灌にもそれを飲ませた)とされている新九郎。この巻の展開はそれを踏まえたものですが、しかしここで描かれるのは、ひたすら老練な道灌に翻弄される、若い新九郎の苦闘ぶりであります。

 本作においては、灰色の脳細胞が――とでも言い出しそうな、すっとぼけた風貌の道灌。本作では前巻、修善寺の湯で新九郎とはそうと知らない間に出会っているのですが――その時新九郎にはそうとわからなかったように、一歩間違えればギャグキャラのような道灌が、ここではとにかく恐ろしい。

 出方を伺うための様子見も、焦らすための駆け引きも全く効かず、それどころかそのダメなところを面と向かって小賢しいと指摘される新九郎。その様には、新入社員がベテラン社員に精神的「かわいがり」を受けているようで、社会人であればちょっと胃が痛くなりそうな印象すらあります。

 これまで新九郎が乱世の中で様々な試練に遭う本作でしたが、しかしここまで大きなプレッシャーを受けたことは――細川勝元や山名宗全と対面した時も含めて――なかったのではないでしょうか。
 それでも姉と甥を救うため、必死に情報を集め、ついに道灌の泣き所を掴んだ新九郎ですが……


 その描写のユニークさの一方で、史実に忠実な本作だからして、その結果は史料に示されるものと変わるものではありません。しかしその結果の陰の新九郎の想いはどうであったか。
 本作の漫画としての、つまりは画で描く歴史ドラマとしての面白さには常に感心させられてきましたが、この巻ではまたベクトルの違うドラマを見せていただいた思いです。

 ――というところでオチがこれか! とひっくり返ったところで(ある意味作者の原点回帰?)、まだまだ油断できないまま次巻に続きます。


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2022.02.19

さいとうちほ『輝夜伝』第9巻 すれ違う想い 月詠の想い・男たちの想い

 天女への執心から暴走した治天の君に捕らえられ、我が物になれと迫られる月詠。これに対して竹速・大神・凄王の三人は、彼女を救い出すべく策を練ります。しかし治天から救い出したとしても、天女の血を引く月詠の運命は変わりません。それを避けるために彼女が選ぶ道は……

 かつて自分が愛した天女の像を造らせるため、そのモデルとして招いた月詠に、我が物になれと迫る治天。当然拒む月詠ですが、治天は天女の力を阻むという竹の結界(!)に彼女を捕らえ、何とか首を縦に振らせようとするのでした。

 月詠のこの窮状を知った、彼女にそれぞれ想いを寄せる(た)三人の男――竹速(梟)・大神・凄王は、呉越同舟手を組んで、救出に動き出すことになります。なるほど、単純な戦闘力という点では本作では最強の三人ですが――しかしまさか治天の屋敷に正面から殴り込むわけにもいきません。
 一方、月詠は天女らしく(?)求婚者たる治天に、自分の母を連れてくることという条件を出します。そしてそれと時同じくして竹速たち三人が治天の屋敷に参上、竹速が月詠の母のことを治天に語る間に、大神と凄王が月詠を奪還することに……

 しかし、救われたら救われたで、救ったら救ったで、また悩み多い月詠と男たち。早々に双子仏師の妹に乗り換えた凄王はともかく、月詠は竹速を愛し、大神は月詠を愛しという関係は全く変わりません。それでは竹速は――?
 そして何よりも問題(?)なのは、ついに判明した天女が月に帰らなくて済むという方法であります。簡単にいえば、地上で子を成せばよいのですが――ここにこの男女関係が絡めば、ややこしいことになるのは自明の理でしょう。

 もっともこの場合、最優先されるべきは月詠の想いであることは言うまでもありません。そしてついにひしと抱き合う月詠と竹速ですが――ああ、運命はまだまだ二人に、そして大神に、過酷で皮肉な試練を用意しているようであります。
(しかし確かに月詠からしてみれば竹速の言い分はあまりにも無情に聞こえるであろうことは確かですが――男性としては、竹速に大いに同情してしまいます)


 しかし、月詠と治天の約束は――月詠の母を探し出すという約束は、いまだ生き続けています。そしてその約束を果たすため、治天はこともあろうに竹速と大神に(あと火麻呂に)その母探しを命じるのでした。
 とはいえ、これまでの物語でその痕跡がほとんど全く残されていなかった月詠の母がすぐに見つかるとも思えません。唯一残された手がかりは、月詠の母が持っていたという数珠ですが、しかしそれも作らせた者と作った者がわかるのみ――しかもどちらも既にこの世の者ではないのです。

 そんな中、全く意外なところから、月詠の母の手がかりが――いやそれどころか、月詠の母自身の言葉が示されることになります。宿下がりしたかぐやに従い、讃岐の竹取の翁の館を訪れた月詠。そこで彼女とかぐやは不思議な体験をすることになったのです。
 そしてそれを知った竹速と大神も讃岐に向かうのですが……


 いやはや、この状況にかぐやの○○も加わり、これまで以上に先が読めない本作の展開。天女とははたして何者なのか、そしてかぐやと月詠、二人の天女はこの宿命から本当に逃れることができるのか。そして男たちの想いの行方は……
 螺旋階段を上っているのか下っているのか、大きく動いていないようでいて、確実に物語は深まっている――そんな印象であります。


『輝夜伝』第9巻(さいとうちほ 小学館フラワーコミックスアルファ) Amazon

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2022.02.18

上田秀人『辻番奮闘記 四 渦中』の解説を担当しました。

 本日発売の『辻番奮闘記 四 渦中』(上田秀人 集英社文庫)の解説を担当しました。平戸松浦藩の藩士・斎弦ノ丞が「辻番」として奮闘を繰り広げるシリーズ、約二年ぶりの新刊です。

 時は江戸時代前期、島原の乱後――外様大名への締め付けを強める幕府へのポイント稼ぎのため、辻番を強化することとした松浦藩。その一人として選ばれた斎弦ノ丞は、乱のきっかけとなった寺沢家と松倉家が引き起こした事件に相次いで巻き込まれることになります。
 一歩間違えれば松浦家を巻き込みかねないこれらの事件の影響を最小限に食い止め、出世した弦ノ丞は、平戸に帰国することになりますが――折しも松浦家が新たに長崎警固の助役を命じられることになったことから、その下調べとして長崎に派遣されるのでした。

 しかしそこでも騒動に巻き込まれた弦ノ丞は、なんとなんと長崎奉行から長崎辻番を命じられることに――というのが、シリーズ第三作までの物語。本作ではこの展開を受けて、斎弦ノ丞と仲間たちの長崎での奮闘が、いよいよ本格的に始まることになります。

 ここで舞台となる長崎は、平戸にあったオランダ商館が長崎に移転され、にわかに活気付いた時期。それに加えて島原の乱の余波で、日本脱出を試みる切支丹たち、あるいは幕府への怨念を抱く浪人たちが流入して、一気に治安が悪化――と、何が起きてもおかしくない町になった、というシチュエーションがユニークであります。
 それに加えて、松浦藩と長崎を結ぶある暗部(これが史実ながらこれまであまりフィクションの題材となったことのない事件)がクローズアップされ、それがさらに江戸にまで繋がり――と、地方(外様大名)と中央(幕閣)との間の緊張関係が今回も描かれていくことになります。


 解説ではこの辺りの題材選びの妙、構成の面白さ等に触れましたが、もう一つ、昨年が作者が『将軍家見聞役元八郎 竜門の衛』でデビューしてから二十周年という一つの節目であることに着目しました。
 現在が作者にとって新たなフェーズにあること、そしてそこにおいて何が描かれようとしているのか、という点に持論を展開しています。

 初めての上田作品の解説ということで、そして二十年来のファンとしての想いも込めて、これまでの振り返りも入ったちょっぴり概論的な内容――といいましょうか、解説の方もぜひご覧いただければ幸いです。 どうぞよろしくお願いいたします。


『辻番奮闘記 四 渦中』(上田秀人 集英社文庫) Amazon

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2022.02.17

「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2022年3月号の紹介の後半であります。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 単行本第1巻が発売されたばかりの本作ですが、今回繰り広げられるのは、宰相ジファルの裏切りによって負傷し、虜囚となったブブの大脱出劇。前回、警備が手薄となったところを相棒(?)の墨蝗に助けられて単身脱出したブブは、馬を奪ってビジャの城壁まで急ぎますが、追いかけるのは無数の蒙古兵であります。ブブも一騎当千の暴れぶりを見せますが、しかし目的はあくまでも脱出です。

 ここで城門が蒙古兵を恐れて閉ざされたままでは意味がないわけですが、前回ラストに描かれたように、オッド姫はあくまでもブブを信じて城門を開けておくよう命じます。一歩間違えればブブに続いてそのまま蒙古兵が入り込みかねない決断ではありますが――しかしそれを受けてのビジャの兵たちの言葉が熱い! そしてジファルもまた(やむを得ずとはいえ)、被害を最小限に抑えるための対応を命じ、かえってビジャが一体となって闘志を高める様は実に盛り上がります。

 しかし本当にブブは脱出できるのか、そしてビジャはブブのみを迎え入れることができるのか――見るからに異様な(ドラクエのさつじんきみたいな)蒙古兵も迫り、まだまだ油断はできません。


『小平太の刃』(山口正人)
 シリーズ連載の本作、今日も今日とて三次とともに各地をさまよう渡世人・小平太が今回出会ったのは、人相の悪い侍たちに追われている浪人で――と、シリーズではお馴染みの逃亡者パターンの今回ですが、この逃亡者・半九朗はかなりのツワモノであります。
 その剣術の腕を買われ、越後の大名家で主君の護衛となった半九朗。しかしどうしようもない漁色家の主君に対し堪忍袋の緒が切れた半九朗は、この大名の煩悩の元を切り落とし、逃げてきたというではありませんか。

 この半九朗、一度は小平太たちの機転で逃れたものの、思い出の味であるのっぺ汁を食べておきたいと飯屋で小平太と再会。そこで町の強欲狒々爺が、金にあかせて町娘を奪っていこうとしたところに出会い、また堪忍袋の緒が切れたところに、さらにそこに追手たちまでも現れ、大乱闘が始まることに……
 というわけで、悪人たちに対しては怒り爆発しやすい小平太並みに悪を許さぬ半九朗のキャラクターが面白い今回。何かと×××を切りたがるのはどうかと思いますが、ある意味小平太と似たもの同士の彼の大暴れで、普段とはひと味違うエピソードとなりました。


『カムヤライド』(久正人)
 巨大国津神を前に窮地に陥ったところを、異形の姿・神薙剣(カムナキラー)に変じたオウスに助けられたオトタチバナ。彼女をお姫様抱っこできてしまうオウスの姿に、神話のような展開が――と思いましたが、オトタチバナは遥かにしっかりした人物でした。
 オウスが姿だけでなく、その精神までもがこれまでと異なってしまったことを見て取り、それがヤマトヒメによるいわば人体実験の結果であることに不快感と怒りを示すオトタチバナ。元々彼女が反骨心旺盛であることはわかっていましたが、人の尊厳を奪い、兵器として扱うことに反発する健全性を持つ人物であることに――このところの地獄展開を見ていただけに――ホッとさせられます。

 しかしそんな彼女も身分はヤマトの武人、ヤマトを守るためという大義名分を持ち出されては分が悪い。反発しつつも、ヤマトヒメが目論むモンコ(の封印した国津神)追跡にやむなく従うことになりそうですが――しかしここで急展開。オウスの秘密――すなわち自分たちが探し求めてきたニ=ギの肉体の在り処を、天津神も知ることになってしまったのであります。これはモンコを挟んで、天津神と神薙剣の激突待ったなし、ですが……

 ここでモンコサイドに視点が移ってみれば、またもや急展開、というか一体何が起きているのか!? という大変な展開。古墳時代のメジャーな勝負事「殖す葬る」って? 対戦相手がバンデラスと二人の仲間? さらに助っ人が二人――ってアナタ方!? と何を言っているかわからないと思いますが、これはぜひ実際に見てひっくり返っていただきたいと思います。前半と後半、ほとんど別の漫画のようなノリに愕然とすること請け合いです。


 次号は新連載でグルメ漫画(?)『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎)がスタート。その手があったか……
 そして特別読み切りでは、まさかまさかの伊藤黒介の『おんな座頭けもの道』が登場。新作準備中とのことでしたが、ここに登場とは……。その他、同じく特別読み切りとして『儘に慶喜』(日高たてお)、『徒花』(鶴岡孝雄)と盛りだくさんです。


「コミック乱ツインズ」2022年2月号(リイド社) Amazon

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2022.02.16

「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その一)

 「コミック乱ツインズ」3月号は、表紙及び巻頭カラーが、連載100回の『鬼役』。特別読み切りは有賀照人&富沢義彦『玉転師』であります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 権力の座から転がり落ちつつある中で、金からも縁遠くなってきた間部越前守。玉落ち――すなわち家臣に扶持米を支払った直後の手元不如意の状態に付け入るように、紀伊国屋の配下が近寄ります。
 一方、紀伊国屋本人は、死の床の柳沢吉保から、将軍家継暗殺を命じられることになります。しかし江戸城内の奥も奥に居る将軍暗殺とは、いくら紀伊国屋でもさすがに渋い顔であります(渋い顔で済むのだからスゴいといえばスゴいですが)。現在進行形の米相場の操作といい、相変わらず本作のジョーカーというべきでしょうか。

 一方、我らが聡四郎はといえば、給料日後に楽しく一杯――って、その辺の煮売屋に裃付けて入るのにはさすがに驚きますが、しかしここで食べる煮物がやたら美味そう……(さすがは『そば屋幻庵』の作者)
 というのはさておき、その聡四郎をゆさぶるため、町の破落戸を誘導したのは、何だか久々な気がする永渕。しかしそこらの破落戸相手に聡四郎が屈するはずもなく、ステゴロ殺法炸裂! ある意味剣術よりも痛そうな技の連発で破落戸を鎮圧し、自らの身分を明かして自身番に引き渡した聡四郎に対し、永渕は表の顔である目付として対峙しようと――あっ、目付として働くシーンほとんどないからこの人の職忘れてた、というところで次回に続きます。


『玉転師』(有賀照人&富沢義彦)
 創意溢れる時代ものをはじめとして、ユニークな漫画を次々と仕掛ける富沢義彦が、私の世代的には『舞って!セーラー服騎士』の有賀照人と初めて組んで描くのは、玉転がし(女衒)ならぬ玉転師――「玉」を磨いて売る三人組を描く短編であります。

 破落戸に一両で買われた少女・お篠を助けた狂歌師・稲城東豪。素手の武術の達人・十郎、元・明和三美人の一人で介添え女のお芳と組んで玉転師を名乗る東豪は、お篠を外見だけでなく内面まで磨き上げ、竹細工物の大店の跡取りの嫁の座につけようとするのですが……

 というわけで、一風変わった、そしてちょっと艶っぽい裏稼業ものというべき本作。艶っぽい話も裏稼業ものも、本誌にはこれまで様々な作品が掲載されていますが、さすがにベテラン同士がコンビを組んだだけに、画も物語も水準をだいぶ上に行く印象であります。
(それにしても明和三美人の中でも蔦屋お芳を出してくる辺りが、実にこの原作者らしい)

 ただ、いかにも曰く有りげな三人のキャラが、お芳以外あまり掘り下げられていないのは勿体無いところで、善玉とも悪玉ともつかぬ玉転師たちのさらなる登場を期待したいところであります。

 ちなみに富沢義彦原作の時代ものは、先日発売された「週刊漫画ゴラク」2022年2/18号で、こちらは以前から組んでいる、たみを作画に『辰女 浮世絵人情絵巻』が掲載されています。
 こちらもちょっと艶っぽい人情ものですが、主人公の設定がやはりこの原作者ならではのひねりの効かせ方で、一読をお勧めします。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 主たる浦上宗景から、同族の浮田国定討伐を命じられた直家。ここは一気に仕留めて名を挙げるチャンス――と思いきや、名城たる砥石城に依る国定に大苦戦。この回の冒頭でいきなり四年経っていたのには驚きました。

 というわけで十代後半を丸々費やした浮田国定討伐ですが、戦を繰り返しながらも国力を蓄えてきた直家はついに勝利。しかし長きに渡り多大な犠牲を出した直家は、正攻法では埒が明かないと気付き――と、ここでアレに目覚めてしまうのか!? という不安と期待を感じつつ、次回に続きます。


 長くなりましたので、後半はまた明日。


「コミック乱ツインズ」2022年2月号(リイド社) Amazon

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2022.02.15

霜島けい『鬼の壺 九十九字ふしぎ屋 商い中』るいの想い 冬吾の想い 明暗それぞれの人の想い

 曰く付きの品ばかり扱う奇妙な店・九十九字屋を舞台に起きる騒動を描く人気妖怪時代小説シリーズの第八弾であります。今回収録されているのは全二話、るいの大店の若旦那との見合いと、店の蔵から姿を消した冬吾――それぞれユニークな物語が描かれます。

 「不思議」を売買することを謳う九十九字屋――無愛想な店主・冬吾と、霊感少女で奉公人のるい、そしてるいの父親で今は「ぬりかべ」の作蔵、猫の妖のナツが暮らすこの店に持ち込まれるあやかし絡みの品物にまつわる事件が、本シリーズでは描かれてきました。

 しかし本書の前半で描かれる「片恋」の主な舞台となるのは店の外――なんと、るいが見合いをすることになります。
 九十九字屋の常連から突然るいに持ち込まれた、江戸でも知られた小間物の大店・花房屋の若旦那・草太郎との見合い話。るいには草太郎とは会った記憶もないのですが、彼の方がるいを見初めたというのです。

 初めは断ろうとしたものの、冬吾が話を止めようとせず、むしろいつもの毒舌とともに進めようとしたことにムキになって、るいは話を受けてしまうのでした。
 そして見合い当日、人は悪くないもののあまりに世間知らずの草太郎に辟易とするるいの前に、花房屋の守り神と名乗る童女・おサヨがるいの前に現れます。どうやらこの見合いには何やら事情があると気づいたるいですが、しかしあれよあれよという間に話が進んでしまい……

 そんなわけで、お見合いを舞台とした賑やかな騒動が繰り広げられることとなるこのエピソードですが、あやかし度(?)は低め。
 しかしクライマックスでは作蔵が思わぬ大活躍(そしてその後の言葉がまた実に泣かせます)。そしてゲストキャラであるおサヨ――花房屋の自称守り神の存在も、人の心の暖かさと、その繋がりの尊さを描くものとして、グッと来きます。

 その一方で気になるのはるいと冬吾の関係であります。口が悪く無愛想の冬吾と、時に過ぎるくらい明るく、お人好しのるい――ほとんど水と油ですが、何となくお互いを意識しあっている二人の関係がこのお見合いを機に一気に変わる――かどうかは、読んでのお楽しみです(まあ予想はつくと思いますが……)。


 一方、表題作の「鬼の壺」は、打って変わってあやかし度・ホラー度極大、そして人間の心の黒黒とした部分を描くエピソードであります。

 ある日突然、冬吾の兄で神主を務める周音のもとに押しかけてきたるい。三日前に危険な品ばかりが収められた店の蔵に入って以来、冬吾が姿を見せないというのです。
 犬猿の仲の弟を助ける謂れはないと言いたいところが、るいにしつこく泣きつかれて仕方なく九十九字屋を訪れた周音。そして蔵の中で異界への入り口を見つけた彼は、ナツとともにその中に踏み込むのですが……

 その先にあったのは、いつまでも明けない夜の闇と、その中で蠢く餓鬼の群れ。そこで数少ない人間たちに出会った周音たちは、村に連れて行かれれば鬼にされてしまう、と聞かされるのでした。
 はたしてここで何が起きているのか、そもそもここはどこなのか。そして逃げたあやかしとは何者で、冬吾はどこに消えたのか……

 というわけで、極めてミステリアスかつ禍々しい空気を漂わせるこのエピソード。冒頭こそ、冬吾以上にクールな周音が、るいのだだっ子じみた懇願に音を上げて重い腰を上げる姿が何ともユーモラスですが、しかしそこからの展開はひたすら暗く重いのです。

 メインとなるのは周音にナツ(そして冬吾)と、作中でも有数の強キャラたちですが、しかし何処ともしれぬ、何時までも夜が続く世界でのあやかしとの戦いは、彼らですら厳しいものがあります。
 しかし真に厳しいのはこの世界の、あやかしの真相――それはあまりにも残酷な悪意と、そしてその前であまりにも無力だった魂が生み出した、一つの地獄ともいうべきものなのですから。(そしてそこには、一種の寓意を見て取ることもできるように思います)

 しかしそんな人の心が生んだ地獄にも、いやそれだからこそ、人の心が救いを生むことを、本作は同時に描きます。そしてそれに応えようとする人の善意も確かにあることを。
 それが明らかになる結末を見れば、本作の中心になるのがるいではなく周音であることに、一つの必然性があると感じられます。

 と、そんな重くも濃い内容の後に、ある意味お約束というオチがついてほっとするこのエピソード。明暗それぞれの形で人の情を描いた本書ですが、そこからこの先どのような展開が描かれるのか、それも楽しみなシリーズなのです。


『鬼の壺 九十九字ふしぎ屋 商い中』(霜島けい 光文社文庫) Amazon

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2022.02.14

3月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 何だか大変なことになっているうちにもの凄い勢いで正月が過ぎ、一月も終わってもう二月に突入、来月はもう年度末――と社会人ならではの絶望感を味わっているところですが、しかし来るのは期末だけではなくたのしい新刊も――というわけで、3月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 そんな3月ですが、ちょっと面白いことに平安ものの新作に楽しみな作品が並びます。
 何よりも久々の新刊である『ばけもの好む中将 11 秋草尽くし(仮)』(瀬川貴次 集英社文庫)に始まり、先日の『妖怪大戦争ガーディアンズ外伝 平安百鬼譚』もたのしかった峰守ひろかずの『今昔ばけもの奇譚 五代目晴明と五代目頼光、宇治にて怪事変事に挑みし事』(ポプラ文庫ピュアフル)、そしてここのところ平安ものを矢継ぎ早に発表している遠藤遼『晴明の事件帖 消えた帝と京の闇』(角川春樹事務所ハルキ文庫)と、注目の作品揃いです。

 また衝撃のシリーズ第2弾『いい湯じゃのう 2 将軍入湯』(風野真知雄 PHP文芸文庫)のほか、『千手學園少年探偵團 また会う日まで』(金子ユミ 光文社文庫)――ん、このタイトルは?――などが気になるところです

 一方、文庫化・復刊では、何といっても『きたきた捕物帖』(宮部みゆき PHP文芸文庫)に注目。また、室町伝奇の『幽玄の絵師 百鬼遊行絵巻』(三好昌子 新潮文庫)、マルコ・ポーロを主人公にした痛快なホラ話ミステリ『百万のマルコ(仮)』(柳広司 集英社文庫)も要チェックでしょう。


 一方、漫画の方はシリーズものの最新巻のみとちょっと寂しい状況。以下、舞台となる時代順に並べれば――
 『峠鬼』第5巻(鶴淵けんじ KADOKAWAハルタコミックス)、『童の神』第4巻(深谷陽&今村翔吾 双葉社アクションコミックス)、『前田慶次 かぶき旅』第9巻(出口真人ほか コアミックスゼノンコミックス)、『ZINGNIZE』第7巻(わらいなく 徳間書店リュウコミックス)、『あおのたつき』第3巻(安達智 コアミックスゼノンコミックスBD)
、『彦斎と象山~剣術抄~』第2巻(とみ新蔵 リイド社SPコミックス)、『賊軍 土方歳三』第6巻(赤名修 講談社イブニングKC)、『MAO』第12巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス)、『岩元先輩ノ推薦』第3巻(椎橋寛 集英社ヤングジャンプコミックス)

 あ、すみません、結構ありましたね。これでなんとか年度末も頑張って過ごせそうです……(『あおのたつき』書籍版は順調に刊行が続いて何よりです)


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2022.02.13

『半妖の夜叉姫』 第43話「暗転の舞台」

 妖霊星の影響で現代に頻繁に出没するようになった妖怪を密かに退治して回る希林先生。そこに帰ってきたとわは、学園で希林先生と対面、妖霊星が間近に迫っていることを知る。そして先に落下した欠片の影響で現れる妖怪を退治するためライブ会場に向かう三姫だが、そこでは萌ママが出演していた……

 現代の都会の闇に潜む妖怪たちを、人知れず狩って回る長髪丸眼鏡丁寧口調の中学教師――という、とんでもなく現代妖怪ものというか伝奇ものテイストなキャラだった希林先生の勇姿で始まる今回。しかし妖霊星が迫るも自分一人では圧倒的に手が足りない――と沈みがちであります。というか、何気に明日妖霊星が落ちてくるとか言ってませんか……?

 と、そんなところで現代に帰ってきた三姫。さっそく神社にお参りに来ていた芽衣をはじめ、大ママにじいちゃん、ブヨに見つかりますが、この方々にとっては、ほとんど里帰りレベルなのがさすがであります。
 しかし三姫としてはそれどころではなく、さっそく手がかりとなる希林先生を探しに行こうとするのですが――現代から制服を着たきり雀だったとわはいいとして、後の二人はさすがにいかがなものか、と思っていたら大ママがしっかりカムフラージュ用の服を用意してくれました。微妙に年配コートのせつなはともかく(でも似合う)、ほとんどドテラを着ただけのもろはは、冬の夜にコンビニに出かけるズボラな女の子みたいでいかがなものか。いや、それはそれでもろはそのままか……

 何はともあれ久々の聖ガブリエル学園で希林先生を見つけたとわですが、希林先生は今になって(セクハラまがいに至近距離でジロジロ見て)とわが半妖だと気付いた様子。しかも妖霊星が近づいているのが自分のせいというのも気付いていませんでした。さっそくこの「異物」を排除しようと、相変わらずのところを見せるせつなともろはですが、しかし希林先生がちょうど襲ってきた妖怪を倒してくれたのを見て、ちょっと認識を改めるのでした。
 そして希林先生の方も、人手不足のところに待望の手下がやってきた(この辺、微妙に本体風味)と喜び勇み、妖霊星が地球の裏側に行っている間に、先に地上に落ちてきた欠片から出現した妖怪退治を頼みます。

 その場所とは、どこかで見たようなアリーナ――ちょうど今晩、6x'sというどこかで聞いたようなアイドルグループのライブが行われるこの場所ですが、しかしこのライブには、バイオリニストである、草太パパの奥さんの萌ママがゲスト出演していたのであります。
 萌ママに訴えてライブを中止しようとしてももちろんうまくいくはずなく(というか超マイペースなので話聞いてない)、でたとこ勝負で三姫は戦いに臨むことになります。

 そしてライブ中にメンバーの一人・ジュリアンくん(覚えている人はほとんどいないと思いますが、第6話の猫妖怪の話で、先祖らしき人物・寿庵が登場したキャラ。一発ネタかと思ったら、まさかの本人登場)の前に現れた巨大鬼を、三姫は場外におびき出して対決するのでした。
 破魔の矢、所縁の断ち切り、さらには斬星剣(吸妖魂の根)まで持っている三姫の活躍に、希林先生は大喜び。ちなみに希林先生も、手のひと振りで雑魚妖怪の群れを消し飛ばすくらいの強キャラであります。

 そういえば、その本体である麒麟丸はと思えば、前回ラストで時の風車に飛び込んだと思いきや結局先に進めず、そこに現れた(死んだとは思っていませんでしたがさすがにツラそうだった)理玖に、りおんを奪い返される始末。最後の手段で希林先生にテレパシーで呼びかけ、自分を導くように命じますが無視――と、往年の奈落並みに、自分の分身たちが言うことを聞かない状態です。というより、理玖も希林先生もいいひとすぎるのを見ると、むしろ麒麟丸の方に変な部分が残ったのでは、という気も……

 何はともあれ、やっぱり妖霊星が落ちてくるのは今晩、というわけで、気付いてみればほとんど視界一杯に迫っていた妖霊星。もっとも、三姫は飛べないし、軌道上まで届く攻撃は持っていない――というわけで、むしろ妖霊星が地上に近づく今しかチャンスはありません。そして手下三人が加わってノリノリの希林先生と三姫は、東京タワーの上から妖霊星に対峙し――という、現代伝奇もの感溢れる場面で次回に続きます。


 またもや作画は微妙でしたが、希林先生の面白キャラぶりに救われた印象がある今回。本作はずっと戦国時代が続いていたので、やはり現代が舞台となると新鮮です。
 しかしバイオリンの演奏があってアトラクション的一幕のあるアイドルコンサートとは……


関連サイト
公式サイト

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『半妖の夜叉姫』 第42話「崩壊する時の風車」

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2022.02.12

夕木春央『サーカスから来た執達吏』(その二) 華族でしかない少女にとっての「サーカス」

 関東大震災から二年後を舞台に繰り広げられる、ユリ子と鞠子、少女二人の財宝探しを描くユニークな大正ミステリの紹介、後編であります。そのユニークさの中でも大きな割合を占めるユリ子のキャラクターとは……

 まず、初登場時の、鞠子から見たユリ子の描写を引用しましょう。
「ユリ子と名乗る少女は、少女にはちがいないけれども、舞台でも活動写真でもみたことのないような、奇妙な少女だった。
 背は、五尺足らずのわたしよりも低い。千羽鶴でも着ているのかと思うような、和服でも洋服 でもないどこかの国の民族服を纏っている。
 丸顔で、痩せていて頬が少しこけている。頭には、やしの繊維みたいな髪の毛が好き放題に生え、まるで酒屋の杉玉である。両耳には貝殻を削った大きな耳飾りをつけている。瞳は、ムクロジの実のように黒々として大きい。 」

 そんな少女が突然執達吏として現れたら、それは確かに伯爵がそうしたように、「百貨店の雛人形が迷い込んできたみたいな顔」をするしかないと思いますが――しかしユリ子はその外見以上に大変な人物であります。

 図太いか無頓着なのか、どんな貴顕を前にしても全く動じず、「あたし、ユリ子」と自分流を貫く徹底的なマイペースぶり。読み書きはできないけれども、直感だけで突き進み、結果を出してしまう行動力。
 もちろん(?)元曲芸師だけあって身のこなしは抜群、さらには大の大人を相手にしてもものともしない戦闘力を持ち、巷で評判の大女優とも友達づきあい――と、まったく怪人としか言いようがありません。

 そんなユリ子であれば、財宝争奪戦に乗り込んでも、大の大人たち相手に、互角以上にやり合うことができるでしょう。――しかしその一方で、ほとんど無理やりユリ子のバディとなった鞠子はどうでしょうか?


 子爵家の三女である鞠子。しかし彼女は、華族という身分以外ほとんど何の取り柄のない少女として描かれます。これでその身分を鼻にかけるようであればまだよいかもしれませんが、しかし彼女は決してそうではない――いやむしろ、自分にはそれしかないことを、イヤと言うほど理解しているのが、彼女のキャラクターなのです。

 そんな彼女の数少ない、そして表に出せない楽しみが小説を書くことなのですが――その目指す作品が、夢見がちな甘いものなどではなく、人間社会の悪意をえぐり出すようなものというのが、また彼女の抱えたものの複雑さを示しているといえるでしょう。

 華族の娘として優等生の長女は嫁に――奇しくも争奪戦のライバルの簑島伯爵家に!――行き、唯一自分の理解者であった次女は震災で亡くなり、ただ一人家に残され、何も出来ない、どこにも行けない。
 そんな鬱屈を抱えた鞠子が、およそ世の中の軛から自由なユリ子と出会った時、何が起こるか――そこで彼女を待っているのは、自分が想像したこともないような刺激的な日々と、新しい自分の姿なのです。(彼女の作家としての初「作品」の可笑しさたるや……)

 閉塞した日常を叩き壊し、新たな世界を見せてくれる来訪者――まさに「サーカス」のようなユリ子との、危険で、しかしどこかユーモラスで胸踊る冒険を追いかけている時、僕は良質の児童文学を読んでいる時のようなワクワク感を味わいました。
 そう、本作は奇想に満ちた本格ミステリであり、ユニークなバディものの冒険小説であり、そして一人の少女の成長を描く、児童文学的な味わいを持つ物語なのであります。
(そしてまた、本作は設定上もドラマ上も、この時代――震災後であることに、様々な必然性を持つ大正ものでもあります)

 もっともそこで鞠子を待っているのは、決して輝かしい、明るいものだけではありません。本作のクライマックスにおいて彼女が目の当たりにするのは、まさに人間の悪意の一つの形なのですから。
 しかし同時にまた、人間はそれだけではないこともまた、意外かつ感動的な形で、彼女は知ることになるのですが……


 「サーカス」と出会い、奇妙で謎めいた冒険を繰り広げた末に、モラトリアムから一歩足を踏み出した鞠子。しかしやって来た「サーカス」は、いずれどこかに去っていくことになります。
 それでも、その後にも残るものは確かにあります。本作の結末に描かれるもの、初めは執達吏と借金のカタでしかなかった二人の少女の間には、確かに新たなものが生まれているのですから。

 この二人の、その先の物語を見てみたい――トリッキーなミステリにして、そんな想いを抱かされる名品です。


『サーカスから来た執達吏』(夕木春央 講談社) Amazon

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2022.02.11

夕木春央『サーカスから来た執達吏』(その一) 二人の少女の奇妙な財宝探し

 メフィスト賞を受賞したデビュー作の大正ミステリ『絞首商會』に続き、大正時代を舞台とした夕木春央の第二作は、華族の少女と、サーカス出身の謎の少女のコンビが繰り広げる財宝探しの物語。しかしそこで描かれるのは暗号解読に財宝消失の謎解き、そして少女の成長――胸躍る冒険が始まります。

 関東大震災から2年後の大正14年、莫大な借金を負い返済に追われる樺谷子爵家に現れた晴海商事の社長からの執達吏(借金取り)。しかし日本有数の商社からの使者は、何とも奇妙な風体の少女だったのです。
 それもそのはず(?)その執達吏・ユリ子は元は曲芸師――サーカスから脱走した後、震災後の焼け野原で晴海社長に拾われ、それ以来社長のために働いているというのでした。

 ところが本当に奇妙なのはそれから――返すあてのない借金返済の手段として、ユリ子は十数年前から噂となっていた絹川子爵の財宝を自分が探し出すと提案したのです。
 当時の価値で百万円以上の財宝を保有していたという絹川子爵。その在処は、一族の者のみが解けるという暗号で記されたものの、震災で一族が全滅し、その行方は不明のまま――そしてそれ以来、子爵家と縁のあった華族たちが血眼で探していたのです。

 しかしそれだけではありません。ユリ子が借金のカタとして、樺谷子爵の三女・鞠子を預かり、財宝探しを手伝わせるというではありませんか!
 一体どういう状況なのか飲み込めないまま、ほとんど手掛かりのない状況で、曰く付きの財宝をユリ子と探すことになった鞠子。しかしいかなる成算があるのか、そもそも何を考えているのかわからないユリ子に振り回されるばかりであります。

 そんな中、手掛かりを求めて、かつて番人が何者かに殺されたという子爵の別荘を調べに出かけたユリ子と鞠子。
 二人はそこで出会った元泥棒から、その殺人を起こしたのが財宝探しにやってきた織原伯爵家の長男であったこと――そしてその直後に、別荘にあった財宝が短時間で忽然と消え失せたことを聞かされるのでした。

 さらに、財宝探しのライバルの一人である簑島伯爵から、養子に迎えたいという申し出を受ける鞠子。あまりに突然かつ不自然な申し出に一度は断った彼女は、拉致され、山中の屋敷に軟禁されることになります。
 そこで鞠子に対し、彼女が財宝を手に入れるために重要な存在であると語る伯爵。しかもこの屋敷には、もう一人何者かが監禁されているようなのですが……


 と、意表を突いた展開が続く本作ですが、実はここまでで全体の四割弱。この後も、ユリ子と鞠子の波瀾万丈の冒険は続くことになります。

 簑島伯爵に監禁されているもう一人の人物とは。果たして消えた暗号の行方は、そして一族以外の者にその暗号を解き明かすことができるのか。別荘から忽然と財宝が消えたトリックとは。
 さらに財宝を巡り新たな人死にが出る中、ユリ子が語る真相とは……

 と、この先も、冒険も謎解きも盛りだくさん。しかし派手な物語展開に目を奪われますが、正当派の(?)暗号解読があったかと思えば、思いもよらぬ心理の裏をかくトリックあり、終盤にはとんでもないドンデン返しが――と、さすがはメフィスト賞受賞作家、と感心させられるばかりなのです。

 しかしその一方で、さすがはメフィスト賞受賞作家、と感心させられる点がもう一つ――それもこちらの方が大きな割合で――存在します。それは本作の探偵役たるユリ子の、あまりにユニークなキャラクターであります。

 それは――長くなりますので、次回に続きます。


『サーカスから来た執達吏』(夕木春央 講談社) Amazon

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2022.02.10

士貴智志『爆宴』第5巻 決戦 梁山泊の力、「宋江」という存在の意味

 異世界転生水滸伝『爆宴』も、いよいよこの第5巻で完結。梁山泊を奪還するために突入した晶・史進・公孫勝の前に現れたのは、皇帝と高キュウその人――宿敵との対峙の末に晶が知る世界再生の真実とは、梁山泊と「宋江」が持つ力の正体とは……。いま、全てを取り戻すための戦いに決着の時が訪れます。

 ある日突然に失われた自分の世界を取り戻すため、「宋江」として、水滸伝の魔星たちとともに戦ってきた女子高生・晶。公孫勝の導きで梁山泊に向かう晶たちですが、そこは既に官軍に占領された後でした。
 そこで晁蓋・楊志・転生した林冲たちと出会い、仲間となった晶は梁山泊奪還のために攻撃を開始しますが、そこに現れた呼延灼の連環馬部隊の激しい攻撃に苦しめられることになります。

 呼延灼の相手を仲間たちに任せ、相手が打って出た隙を突いて梁山泊に突入する宋江・史進・公孫勝の三人。しかし梁山泊の内部は無人――そしていかにも晶たちを誘うように仕掛けられた転送装置に、三人は敢えて踏み込むことを選びます。
 その先で彼女を待ち受けていたのは、神蟲を放って様々な世界を滅ぼしてきた徽宗皇帝と高キュウ。迷宮都市に次いで再び対峙した宋江に対し、高キュウは自分たちが持つ、ある力の存在を語るのでした。

 そしてそのエネルギーとなるものこそは、徽宗皇帝に憑いた太古の存在・盤古。その力で全てを食い尽くし、世界をリセットせんとする盤古に挑む史進ですが、流石に相手が悪く圧倒されるばかりであります。
 そして晶は、世界を再生するために高キュウの誘いにあえて乗るのですが……


 というわけで、いきなり高キュウとの直接対決に突入することになった晶ですが、しかしその模様は、予想していたものとは大きく異なることになります。この巻の多くの部分を割いて描かれるそれは、「宋江」と高キュウ、そして梁山泊が持つ力の正体の描写――そしてそれを巡る晶と高キュウの対話なのですから。

 その詳しい内容にまではここでは触れませんが、なるほど、既に食い尽くされ、滅ぼされた世界を取り戻すためにできることはこれしかない――というものであることは確かでしょう。
 そしてそれを巡る高キュウと宋江、というより梁山泊の関係も、原典においてある意味高キュウがいなければ梁山泊は存在しなかったことを思えば、それなりに理解できるものと感じます。

 正直にいえば突飛ではありますが、宋江と高キュウ、そして梁山泊と魔星たち――さらには「水滸伝」という物語の意味までも問い直そうというこの試みは、水滸伝ファンとしては大いに胸躍るものがあります。
 特にクライマックスにおいて、全てを失った晶が手にしたものは――という展開は、ある意味お約束ではあるものの、それだけに大いに燃えるのです。
(燃えるといえば、その前に史進が見せた覚醒も、無茶といえば無茶なのですが、本作の設定を踏まえたもので、大いに盛り上がるのです)


 もっとも、全体的に駆け足に見えるのは否めないところで――特にこのような形で宋江や魔星、梁山泊という構造を語るのであれば、その中において晁蓋は何者なのか、という点に触れられなかったのは、やはり残念というほかありません。
 そしてもう一点、やはり他の魔星たちの姿を、モブとしてでもいいから、シルエットだけでなしに見たかった――というのも、水滸伝ファンとしての掛け値なしの印象ではあります。

 というわけで、勿体無い点は色々とあるものの、しかし本作が、「水滸伝」という物語に、意欲的な角度から挑んでみせた作品であることは間違いありません。
 結末の後味もよく、まずは大団円であります。


『爆宴』第5巻(士貴智志&イダタツヒコ 講談社シリウスコミックス) Amazon

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2022.02.09

こはく『平安あかしあやかし陰陽師』第2巻 超美形陰陽師、後宮に潜入……?

 最近平安もので躍進著しい遠藤遼原作の『平安あかしあやし陰陽師』の漫画版、第2巻にして完結編であります。藤原師輔を悩ます人面の怪鳥の一件を解決した賀茂光栄と藤原為頼。しかしその後も内裏と後宮で凶事が続き、光栄たちはその源に迫らんとするのですが……

 太宰府から京に戻って早々、幼馴染みの光栄のもとを訪ねた為頼。彼が持ち込んだ物の怪騒動をきっかけに、光栄は右大臣・藤原師輔から、彼を襲った人面の怪鳥退治を依頼されることになります。
 しかし光栄は、実はそれが師輔に弄ばれた女房の生き霊であることを見抜き、為頼の優しさが彼女の魂を救うことになって――というところで第1巻は終わりましたが、これだけでは光栄たちの腹の虫が治まりません。

 かくて、弟子の晴明にも一枚噛ませて、光栄たちは師輔にお灸を据えることに――というある意味とんでもない一幕から始まるこの第2巻ですが、しかし師輔の一件は、始まりに過ぎなかったのです。
 その後、光栄や晴明の占いに示された、数々の凶兆――後宮に潜む何者かが様々な物の怪たちを操り、巨大な異変を起こそうとしていたのであります。そしてこの一連の事件に現れた手紙や呪符に共通するのは、滅多に見られない上質な「墨」の存在……

 はたして敵は何者なのか。光栄の力を以てしてもその見抜くことができないその強大な呪の使い手の正体を見抜くためには、直接後宮に赴く必要があります。
 しかし当然ながら後宮はおいそれと立ち入ることが出来ない場所。そこで光栄が選んだ手段とは?


 ――というわけで、女装して後宮に潜入する光栄。本作の光栄は元々美女と見紛うばかりの美貌の持ち主なので違和感ゼロ。しかしそれにしても――と言いたくなるかもしれませんが、私が知る限り、超美形陰陽師が女装して後宮に潜入する作品は本作を含めて最低三つはあるので、これはもう定番の趣向というべきでしょう。

 それはさておき、そこで師輔の娘である中宮・安子と出会った光栄は、父親とは似ても似つかぬよくできた人間である安子の協力で、真相に迫っていくことになります。
(ここで為頼が、文人ならではの知識でもって、件の墨の正体について推理を巡らせるくだりは、やはり秀逸だと改めて感じます)

 そして光栄たちが対峙する怨念の正体とは――正直なところ意外性はないのですが、しかしその怨念が復讐のいわば手段として操る対象というのが、これはあまりこれまで見たことがない人物なのが実に面白い。
 そしてこの人物を通して語られる過去の悲劇、さらにそこからの救済は実にエモーショナルで、(かなりのところ復讐者の方に)感情移入させられました。この辺りはやはり漫画ならではのインパクトで、画の力というものは偉大と感じます。

 原作同様、堅実ながらよくできた陰陽師ものというべき作品でした。


『平安あかしあやかし陰陽師』第2巻(こはく&遠藤遼 白泉社花とゆめコミックス) Amazon

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2022.02.08

松阪『北斎のむすめ。』 四コマギャグを通じて描くお栄の半生記

 葛飾北斎の娘であり、その才能と破天荒な性格を受け継いだと言われるお栄。最近はゲームでも知られているようですが、そのお栄と北斎、そして絵師仲間たちを中心に展開する四コマギャグ漫画であります。

 天才浮世絵師・葛飾北斎の絵に幼い頃から親しみ、自身も浮世絵師となったお栄。奇行ばかりの父親や、個性派揃いの絵師仲間たちと賑やかな日々を送るお栄ですが、自分ならではの画を描くことができず、悩み多き日々を送ることになります。

 そんなある日、美人画のコツを得るために、男装して吉原に入り込んだお栄。そこでなりゆきからナンバーワン花魁の高尾と知り合うことになったお栄は、彼女を通じて、吉原で生きる女性たちの生身の姿を知っていくのでした。
 そしてある事件をきっかけに、お栄は自分に、自分の画にできることを知ることに……


 と、全体の物語をまとめるとなかなかシリアスなお話に見えてくるのですが、本作の基本は四コマギャグ。
 歴史ものの四コマでは定番のスタイルですが、史実の逸話等をベースに大胆にデフォルメされたキャラクターたちが、ナンセンスなギャグを繰り広げるのが基本となります。

 父親譲りのズボラで画のためなら周囲が目に入らなくなるお栄、好奇心旺盛な天才ながら奇行と引越し癖で娘たちを振り回す北斎――この親子を中心に、猫マニアの国芳、家業は火消しの広重、春画描きのエロ野郎・英泉と、史実でも北斎と縁があった/影響を受けた絵師たちが顔を見せて、脳天気な騒動が繰り広げられるのです。

 そして本作のもう一つの重要な舞台が吉原です。登場する花魁たちは、高尾や揚巻と、有名な花魁たちをモデルとしたキャラクターですが、彼女たちを通じて描かれる――お栄とは全く異なる、しかし自分自身の人生を必死に生きるという点では共通の女性像は、本作で大きな割合を占めることになります。

 ――といっても、お栄の親友となる高尾は、普段は吉原の高嶺の花として(お栄にお対しても)全く口を利かず、筆談のみで通すという、やはり漫画的に非常に愉快なキャラなのですが……


 しかし、そんな面々で繰り広げられる騒動から浮かび上がるのは、先にあらすじで触れたように、浮世絵師としての自分の道に悩むお栄の姿であります。

 物語の後半で、オランダ商館長のブロムホフ――ここできっちり史実を、それも比較的知られていないものを使ってくるのが心憎い――の依頼を受けて、弟子も総出で製作に当たることとなった北斎。
 当然お栄もはりきるわけですが、しかしそこで北斎からなにげなくも厳しい一言を投げられることになります。

 自分の無力さに打ちひしがれる彼女に追い打ちをかけるように、吉原で起きた大火。その中に、身請けを目前とした高尾が取り残されたことを知ったお栄は、取るものもとりあえず駆けつけるのですが、しかし――と、もちろん四コマ一本ごとにギャグを交えつつも、一気にシリアスな物語が展開していくのであります。

 そして様々な経験を通じて吉原の光と闇を知った彼女が、ついに自分自身の画を掴んで描いた作品こそは――というクライマックスには、なるほどこう来たか、と大いに納得&感心。
 さらに、そこに至るまでに散りばめられた父と娘の親子愛、高尾との友情(彼女の本当の声を巡るエピソードがまた実にいい)もまた、物語に暖かい色彩を加えてくれます。


 と、史実を紐解くと、漫画以上に漫画らしい――そして時に結構洒落にならないことをしでかしている――父娘を題材として愉快な四コマを描きながらも、きっちりとお栄の半生記として成立している本作。

 実は登場人物にもう一人、実家は商家ながらも絵師を目指し、何かとお栄に絡んでくる青年がいるのですが、あの流派に弟子入りして、おやこれは――と思いきや、ラストに画号がわかってニヤリという、史実を踏まえた仕掛けなども面白い全3巻でした。


『北斎のむすめ。』(松阪 芳文社まんがタイムコミックス全3巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon

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2022.02.07

岩崎陽子『無頼 BURAI』第1巻 斎藤一と新選組、幕末の怪異に挑む

 岩崎陽子の新選組漫画『無頼』シリーズが、電子書籍として復活しました。腕は立つが人付き合いを苦手とする斎藤一を中心に、新選組の仲間たちが怪異な出来事を中心に様々な事件に挑む「痛快なりゆき幕末伝」「新選組版Xファイル」――その開幕編であります。

 特に漫画ではほとんど常にどこかしらで彼らを題材をした新作が発表されている状態という、相変わらず人気者の新選組。その状況は少女漫画においても変わりません。
 本作は『王都妖奇譚』など、伝奇色濃厚な物語と熱い男の友情を得意とする作者が、1996年から角川書店の「ミステリーDX」に連載した作品。冒頭に掲げたように伝奇・怪奇色濃厚な(ただし中盤以降はそういった要素はほとんどなくなり、歴史青春ものになりますが)新選組ものであります。

 江戸で流行中の白神教の信徒に追われている女スリと行き当たった斎藤一。途中で出会った二人の若者――沖田と原田と共に、襲ってきた信徒たちを蹴散らした斎藤ですが、実は公儀隠密だった女は白神教の教祖に殺され、斎藤に印籠を託すのでした。
 行きがかり上、沖田らの天然理心流道場・試衛館に身を寄せることとなった斎藤は、そこで印籠の中に阿片が隠されていたことを知るのですが――しかし届け出たその事実は握り潰され、逆に試衛館が信徒たちに襲撃されることになります。

 もちろんこれを返り討ちにした道場の面々は、今度は白神教の本拠に殴り込みをかけるのですが……


 という、第一話「白魔」に始まる本作。本作の主人公である斎藤一は、京で新選組の前身である壬生浪士組から参加した(つまり江戸からの浪士組には参加していない)ものの、江戸で試衛館に出入りしていたと言われています。
 この第一話は、その斎藤と試衛館の面々の出会いを描くエピソード――なのですが、いきなり伝奇度満点。しかし登場する試衛館の面々は、この時点ではまだ登場したばかりではあるものの、なかなかにイメージ通りで(皆月代は剃っていませんがそういう空間ということで)、そんな面子が怪事件相手に大暴れするだけで嬉しくなってしまいます。

 そんな物語を展開する一方で、斎藤が江戸を離れる理由は史実に合わせているのが楽しいのですが――思えば、これまで新選組漫画の主人公(中心人物)といえば近藤・土方・沖田がほとんどで、本作の開始時期に斎藤の知名度は上がっていたとはいえ、彼が主人公の漫画は、この時点では珍しい(もしかして嚆矢?)のではないかと感じます。


 それはさておき、第一話のラストで京に出て、試衛館組と再会した斎藤。ここから『無頼』の物語は本格的に始まることになります。

 続く「首守り」は、等持院に安置された足利将軍三代の木像の首が梟首されたという有名な珍事を題材に、木像を見物に出かけた斎藤・原田たちが、木像から離れた首が宙を飛び回るという怪事に遭遇し――という全編通じてホラー度の高いエピソードです。
 そこに早速表面化した(シリーズの基調である)近藤派と芹沢派の対立が絡むのも面白いのですが、原田の怪談嫌い、土方の変なところで真面目(?)な点が描かれるのも愉快なところ。また、沖田の「仲間」について語るくだりも、密かにグッとくる名場面であります。(しかし『魔都覚醒』を読んでからだと、また興味深い内容ではあります)

 一方「虎患」は、京都市中で大型の獣としか思えない存在が人を食い殺す事件が発生、見世物小屋の虎に注目した斎藤たちが調べ始めるも――というエピソード。奇想天外な内容ながら、芹沢が虎の見世物を見に行ったという出来事を取り込んでいるのがユニークです。
 そして「青嵐」は、互いの士道を巡る対立が、隊服選びの一件をきっかけに表面化した土方と芹沢の間に挟まれた斎藤の決断が描かれるという、唯一この巻でオカルト性がないエピソード。本作ではちょっと引いたところで怖い顔をして腕を組んでいる感のある土方ですが、ここでは飲めぬ酒を口にして己の士道を語るのが大きな見せ場でしょうか。


 というわけでこの時期はまだ短編連作の趣きが強いこの第1巻。やはり伝奇度の高さに眼が行きますが、そこにちりばめられた新選組もの・歴史ものとしての要素の効かせ方が巧みなのは、さすがと感じます
 続く巻も、近々にご紹介したいと思います。


『無頼 BURAI』第1巻(岩崎陽子 ナンバーナイン) Amazon

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2022.02.06

『半妖の夜叉姫』 第42話「崩壊する時の風車」

 現代に迫る妖霊星を破壊するべく時の風車に向かい、殺生丸の母と対面した三姫。しかしその時、時を越え損ねた怨念の集合体である冥道丸が襲いかかる。一方、麒麟丸を討とうと現れたりおんと理玖に対し、麒麟丸は斬星剣に秘められた恐るべき秘密を明かし、りおんに新たな体を用意すると語る……

 全般的に低調な作画を、声優の力演で補ったような回でした……

 令和の時代に迫る妖霊星を迎撃するべく、時の風車のもとに向かった三姫(と邪見、竹千代)。そこにおわすは殺生丸のご母堂様――彼女から見ればとわとせつなは自分の孫、そしてもろはは自分の恋敵の孫という微妙な顔ぶれですが(もろはの紹介する時、声が小さくなる邪見がおかしい)、そこに突然現れたのは、時を超えようとして失敗した怨念の集合体だという冥道丸であります。
 彼を止めるどころか面白がっているご母堂様ですが、この冥道丸、いきなり出てきたゲストキャラの割には妙に強敵――パワーアップした三姫総掛かりで互角の状態であります。

 しかしそこでもろはが新たに手に入れた破魔の矢を放ったら、ほとんど顔のみ残して吹き飛とばすというエラい威力に見ているこちらもびっくり。ついにこの子にも晴れ舞台が、と思ったら矢切れで攻め手がなくなるのはやっぱり――という感じですが、この時にせつなの眼は、冥道丸の体から無数の赤い糸が出ているのを見るのでした。
 もう一度冥道丸の動きを止めるべく、斬星剣で冥道丸の妖気を吸い取ろうとするとわですが、ご母堂様はその様に、あれは天津甕星の剣と気付き(そういえばそんな名前でした)眉を顰めるのでした。その理由は……

 一方、前回娘にガン無視されたかと思いきや、その後もしつこく話しかけていた麒麟丸は、妖霊星の再来のことを語って気を引きます。ここで理玖に、お前が骨喰いの井戸に右腕を捨てたのが悪いと言い出す麒麟丸ですが、これは現代の希林先生が情報を伝えてきたので麒麟丸が現代に向かおうとしていることを言っているのか、あるいは希林先生の存在が妖霊星を招いたと言っているのか――普通は前者だと思うのですが、しれっと妖霊星は妖力に引き寄せられて現れると語っているあたり、後者のようにも聞こえます(時代樹の精霊が、希林先生を排除しろと言ったのにも符号します)。
 しかしこれは明らかに言いがかり。いい加減に鬱陶しい麒麟丸ですが、りおんに新しい体を用意してやると、とんでもないことを言い出します。しかもそれはとわの体――実は斬星剣は妖気を吸収しすぎれば、持ち主の魂を奪ってしまうというまさしく諸刃の剣。前回とわが魂を失って倒れたのは、麒麟丸の妖気を吸い取ったためかと思いきや、もともとそういう仕様だったというのです。

 もう放っておけば色々な意味で碌なことをしない麒麟丸を討つべく、二人がかりで攻撃を仕掛けるりおんと理玖。さすがに身内相手には明らかに手を抜いて対応する麒麟丸ですが、しかしそれだからこそ生まれた隙を突いて、りおんの一撃が麒麟丸の喉に――というギリギリのところで、「父を殺してみよ!」と凄まれて手を止めてしまったりおん(この時の、「ほぇ?」とも「は?」ともつかぬ戸惑いの声の演技が絶品)。
 彼女の危機と見て飛び込んだ理玖ですが、しかしそれが災いし、麒麟丸が逸したりおんの得物はそのまま理玖の体を貫くことに――そのまま地に付した理玖の姿に、愕然として泣き崩れるりおん(それまでの勇ましさが嘘のように子供のように泣きじゃくる演技がまた絶品)を捕まえ、麒麟丸は飛び去ります。

 さて、時の風車の前では、とわが斬星剣で冥道丸の妖気を吸い取り、現れた赤い糸をせつなが所縁の断ち切りで切ってフィニッシュ。時代に選ばれなかったのではなく、分不相応だったのですね――と解脱したかのように冥道丸は消滅するのでした。
 そして現代に向かおうとする三姫――というよりとわに、斬星剣に仕掛けられた呪いの存在を忠告するご母堂様ですが、とわは誰に似たのか頑固さを発揮してこの先も使い続ける宣言。そして回り始めた時の風車に飛び込む三姫ですが――サブタイトルに心配していたものの、予告を見るに何事もなく三人とも現代に向かった模様です。
 しかし麒麟丸がその後を追って何か放ちながら時の風車に飛び込んだのが悪かったのか、何やら妖怪たちがワラワラ現れて――というところで次回に続きます。


 今まで何だかいまいち理屈がわからず、記事でも触れかねていた、麒麟丸が現代に行くと過去の世界が末法末世となって滅びるという話――今回のラストを見るに、時空やらなにやらのバランスが崩れて他所の世界から妖怪が湧いてくるということなのでしょうか。
 とするとやる気満々だった弥勒とか珊瑚、そして犬夜叉とかごめの出番は、戦国時代での雑魚退治なのか――まあ、一緒に活躍するのも限度があるから仕方ないかもしれません。


関連サイト
公式サイト

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2022.02.05

波津彬子『牡丹灯籠』 名手の美しくも切ない初期短編集

 一昨年に画業四十周年を迎えた名手・波津彬子――妖しくも美しく、優しくもどこか切ない物語を描き続けてきた作者の、初期の作品四編を収録し、幾度も版を改めてきた短編集であります

 表題作の「牡丹灯籠」は、言うまでもなくあの怪談の古典中の古典、カランコロンという駒下駄の音とともに現れる美女・お露さんの物語――なのですが、本作は実に作者らしい、悲しい夢のように美しい物語として描かれています。

 梅見の会で知り合い、互いにひと目見ただけで惹かれ合った新三郎とお露。しかしほどなくしてお露が亡くなったと聞かされ、新三郎は虚しい日々を送ることになります。
 ところが盆のある晩、新三郎の住まいに現れ、以来夜毎通ってくるようになったお露。しかしる実はお露が死霊であることを知った新三郎は、御札と魔除けの仏像の力で彼女が住まいに足を踏み入れるのを防ごうとするのですが……

 という本作の前半のあらすじは原典ほぼそのままではあるものの、原典では江戸時代が舞台だったのを、明治時代としているのが目を引きます。
 あとがきによれば、明治時代に三遊亭圓朝によって怪談噺として成立したのを意識してとのことですが――しかしこの時代設定と新三郎とお露が共に士族の出とすることで、本作は時代に取り残された二人が互いの存在に一つの安らぎを見出す、悲しい恋物語として成立していると感じます。

 特に終盤の展開はほとんどオリジナルで、クライマックスで新三郎が取った行動は破滅的といえばその通りながら、しかし同時に納得できてしまう――そしてある意味、彼岸と此岸を超えた愛が、俗世の欲望に勝った結末とも読めるのが、何とも見事であります。


 その他の収録作のうち、「夢の残香」と「もうひとつの遺産」は、ともに海外を舞台とした一種の幽霊譚であります。
 駆け落ちした母の実家に迎えられ、富豪だった祖父の遺産を相続することになった前科者の主人公が、祖父が愛用していた香炉で焚いた香の煙の中に東洋の美女の姿を見る「夢の残香」。
 亡くなった叔父の遺言で、遺産の相続人となった叔父の娘だという美少女の後見人になった主人公が、彼女の周囲で様々な怪異に遭遇する「もうひとつの遺産」。

 共に孤独な老人の遺産相続を巡る物語であること、作中の小道具として反魂香が登場すること、クライマックスのシチュエーション等、どこか似通った部分のある二つの作品ですが、あとがきによれば、どちらも同じアイディアから描き出した物語であるとのこと。

 しかし世間からドロップアウトした主人公が、不思議なめぐり合わせで新たな道を歩む姿を描く前者、孤独な老人が晩年に見つけた情愛の姿により焦点を当てて描きつつ、クライマックスの一ひねりが印象に残る後者と――それぞれ大きく異なる味わいの物語となっているのは、実に面白いものです。


 そしてラストに収められた「花夜恋歌」は、慶長年間を舞台とした(比較的作者にしては珍しい)直球の時代ものです。

 ある出来事がきっかけで出会った、踊りの一座の娘・遥と、笛の名手の浪人・由水青四郎。実は徳川方の密偵だった遥は、探索に入った大商人・天兵衛の屋敷で青四郎と再会することになります。
 しかし彼の笛で舞い始めた時、まるで自分が自分ではないような感覚を味わう遥。その奇怪な現象の陰には、青四郎に「雪生様」と呼ばれる姿なき声の存在がありました。

 やがて天兵衛の屋敷に運び込まれた謎の荷と、青四郎を探す侍たち。彼の身を気遣う遥が、「雪生様」の声に導かれて見たものは……

 それぞれ踊りと笛という芸を身につけながらも、その実、裏の顔を持つ男女を主人公とした本作。徳川と豊臣の手切れ間近という時代を背景にしつつも、しかし物語は意外な方向へと展開していくことになります。
 特にクライマックスで描かれる雪生様の正体は、その存在そのものに秘められた秘密そのものもさることながら、ビジュアルが実に素晴らしい(初登場の際のインパクトたるや!)。そしてそこから結末に至る、美しくも切ない味わいもまた……

 あとがきで作者は「あんまり時代劇らしくない」と述べていますが、どうしてどうして。実に作者らしい「時代劇」の佳品です。


 以上四作品、作者のファンといいつつ今まで読んでなかったのは恐縮ですが、しかし良いものはいつ読んでも良い。時代を超えても古びない名品揃いというべきでしょう。


『牡丹灯籠』(波津彬子 朝日新聞出版眠れぬ夜の奇妙な話コミックス) Amazon

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2022.02.04

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』遼国篇1 「官軍」梁山泊、初の犠牲者

 いよいよ第三部にして完結編「方臘篇」の刊行がスタートする『絵巻水滸伝』。今頃で大変恐縮ですが、その第二部のうち『遼国篇』の第1巻であります。招安され、「官軍」となった梁山泊――その初陣の相手は、北方に存在する「外敵」遼。しかしこの戦いが梁山泊に何をもたらすというのか……

 梁山泊の地を灰燼に帰さしめた激闘の果て、招安を受けることとなった梁山泊。一度は散り散りになりながらも再び集結した百八星が「官軍」となっての最初の敵は、遼――中原史における痛恨の一事ともいえる燕雲十六州を拠点に、宋を脅かしてきた難敵です。
 しかしこれまで散発的な略奪を続けていたのが一転、大規模な南下を開始した遼に対し、梁山泊に迎撃の命が下ったのですが――原典では一揉みという印象の強かったこの遼国戦、こちらでは一筋縄ではいきません。

 陳橋駅に駐屯し、出撃の時を待つ梁山泊。しかし武器や物資の補給や補充の兵の配備は滞り、駐屯中の食事にも事欠く様――招安を心良く思わない高キュウら奸臣たちの妨害が、早くも始まったのであります。
 小役人たちを使嗾して物資を横領させ、梁山泊軍に嫌がらせするだけでなく、不満を高めさせ挑発する高キュウたち。もし梁山泊軍の不満が爆発し役人に手を出せば、それをきっかけに征伐できる――そんな陰険極まりない策が進行することになります。

 そしてついにやってきたその日。怒りに任せて小役人に刃を突き立てた者、それは……


 『遼国編』の冒頭、第八十一回「陳橋之変」で描かれるのは、そんな何とも気が重くなるエピソード。招安されて最初の「犠牲者」として、思わぬ人物が、思わぬ形で命を落とすことになります。
 実はこの陳橋駅での騒動自体は原典にもあるのですが、正直なところあまり印象に残らないエピソード(原典を読み返してみると、宋江の悪い意味での腰の低さが目につきますが……)。それを本作のオリジナルキャラクターを使って、このような悲劇として再構成してみせるとは! と驚かされます。

 しかしさらに唸らされるのは、この事件が起こった陳橋という地に、本作がもう一つの意味を見出してみせること。サブタイトルである陳橋之変――それは後周が滅び宋が興ることになったクーデター。遼国迎撃のため、陳橋に駐屯していた趙匡胤が、周囲から推戴されて皇帝となったという事件であります
 なるほど、これから梁山泊が戦いに向かう相手は遼、そして梁山泊には後周の末裔である柴進がいます。ここに一つの暗合を見出すのは、呉用でなくとも自然かもしれません。

 しかしここで起きたもう一つの陳橋之変は、革命に向けて策を巡らせる呉用の心に衝撃を与えることになります。そしてあるいはそれは、この先の運命を予言するものだったのかもしれません……
(もう一つ、今になってみると、ここでの盧俊義の描写に、大きな意味があったことに気付くのです)


 さて、それにつづく本書の後半、第八十二回「遠征」は、そんなやりきれない空気を吹き飛ばすように、梁山泊軍の大活躍が描かれる展開。緒戦の地として檀州――遼の副都である燕京よりも北、長城近くの都市への奇襲を選んだ梁山泊軍が、極寒の中で激闘を繰り広げることになります。

 原典ではこの辺りはかなりサラッと梁山泊が大勝するのですが、本作では勝つは勝つものの、これまでの鬱憤を晴らすように、好漢たち――特に北方出身あるいは活動領域としていた好漢に言及されたのが嬉しい――の活躍が掘り下げられ、さらに「らしい」戦いが描かれた印象があります。
 さらに遼の側も、原典ではあっさり退場した阿里奇が男を見せたり、契丹人と漢人の対立が描かれたりと、単なる「敵」ではない描写となっているのに注目すべきでしょう。

 また戦場となる檀州も、北方という地理を反映して、雪の中の戦いという、水滸伝の大規模な戦闘では珍しいシチュエーションとなっているのが目を惹くところですが――とかく戦争が多く単調と批判されがちな百八星集結以降の展開ですが、それを巧みに補ってみせるのは、いかにも本作らしいアレンジと感じます。


 しかし、まだまだ遼国との戦いは始まったばかり。この巻の表紙となっている天寿公主と兀顔延寿の本格的な登場はこれからであり、そしてこの戦いの背後には、あの魔女が――という本作オリジナルの要素が気になるところです。
 と、それ以前に、あまりにショッキングな場面で終わるこの巻。まずはこの続きが気になるところですが――さて。


『絵巻水滸伝 第二部』遼国篇1(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon

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 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇5 集え! 「梁山泊」の下に!

 「絵巻水滸伝」第1巻 日本水滸伝一方の極、刊行開始
 「絵巻水滸伝」第2巻 正しきオレ水滸伝ここにあり
 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

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 公式サイト
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2022.02.03

横山光輝「影丸と胡蝶」 異色作だからこそ描ける影丸という存在、彼の人間性

 前回二編の影丸外伝をご紹介しましたが、今回ご紹介するのは外伝の中でもベストと目される一編。影丸を通して一人の少女の運命を描く異色編であります。(以下、内容の詳細に触れますのでご注意下さい)

 慶安三年(1650)十月、葉山の里に足を踏み入れた影丸は、殺気立った農民たちに取り囲まれたところを名主の娘・胡蝶に取りなされ、名主の館を訪れることになります。
 そこで胡蝶からこの村の状況を聞かされる影丸。村が大凶作に見舞われ、餓死者が続出する一方で、領主の黒川大膳は年貢を減らそうとしないため、農民たちの不満は爆発寸前だったのです。

 そして胡蝶の父であり、村の人々から慕われている名主・治郎左エ門が大膳のもとに窮状を訴えに行ったきり帰ってこないと胡蝶から聞かされた影丸。城に潜入した彼は、人々の苦しみを顧みるどころか、治郎左エ門を捕らえ、人質に代わりにしている大膳の姿を目の当たりにすることになります。

 影丸の話を聞き、このまま飢え死にを待つべきか、百姓一揆を起こすべきか、名主の娘として悩む胡蝶。しかし仮に一揆を起こして成功したとしても、責任者――すなわち胡蝶は処刑されることになります。
 みんなが死ぬか、一人が死ぬか――そんな状況を打開すべく、村の様子を調べ江戸表に送る影丸。しかし時既に遅く、胡蝶は蜂起を決心するのでした。

 侍たちをものともせずに城に押し寄せた一揆勢を前に、人質の治郎左エ門を見せつける大膳。しかし治郎左エ門は自分一人と村人全部の命を引換えにするなと叫び、胡蝶も涙を呑んで人々を率いて城に向かいます。尊い犠牲を払いつつも、一揆は成功するのですが……


 本作は1964年の「別冊マーガレット」お正月おたのしみ号――今なお刊行が続く少女漫画の名門誌の創刊号に掲載された作品です。
 つまり扱い的には少女漫画――横山光輝が少女漫画でも活躍していたことは言うまでもありませんが、しかし影丸といえば週刊少年サンデーに連載されたバリバリの少年漫画。それを思えば、やはり異色であることは間違いありません。

 そして異色なのは掲載誌だけではありません。何よりも異彩を放つのは、その物語展開であります。影丸は本作では誰とも戦わない――いや、そもそも戦う相手がいないのですから。(胡蝶の前で木の葉隠れを使う場面はありますが)

 仮に本作で悪と呼べるとすればそれは領主の黒川大膳ですが、しかし彼の行いは非道であっても、幕府の法に照らして必ずしも誤っているとはいえません。
 それ故に、影丸が大膳に手を出すことは許されません。せいぜいが彼の城の中を探ることと、江戸表に状況を知らせることしかできず――一揆の時も、ただ胡蝶の行動を見ていることしかできないのです。
(ちなみに一揆を招いたことで大膳に何らかの裁きが下される可能性はありますが、それは影丸の預かり知らぬところでしょう)

 天才忍者として数々の敵忍者と死闘を繰り広げ、勝利を収めてきた影丸。その彼でも勝てない――いや戦えない戦いがある。救えない命がある。
 本作は、本編でも幾度か仄めかされてきたように、彼が正義のヒーローとは必ずしも言い難い存在であることを、そしてあくまでも一定の掟に縛られた存在であることを、象徴的に、しかし痛烈に描いた物語といえるのではないでしょうか。

 ちなみに本作の発表時期は、本編でいえば「七つの影法師の巻」の真っ最中。作中年代でいえば慶安の変の前年――ということは「若葉城の巻」の前後あたり。いずれにせよ影丸がバリバリとトーナメントバトルしていた時期なのが、また複雑な想いを掻き立てます。


 しかし同時に、影丸は決して無情の人ではありません。本作の冒頭と結末に描かれる彼のある行動は、この物悲しい物語における小さな救いとして感じられます。
 そしてそれは影丸の中の――本編でもあまり描かれることのなかった――人間性の光を浮き上がらせるものというべきでしょう。

 だからこそ本作は、単なる異色作ではなく、ファンの心にいつまでも残る名作として、語り継がれているのでしょう。


 ちなみに『原作愛蔵版 伊賀の影丸』第9巻にはもう一作、1969年の「ビッグコミック」誌に掲載された1ページもの「その後の伊賀の影丸」があるのですが――セルフパロディとも言うべきこの作品、まあ影丸は幸せに暮らしたようでよかった、というべきでしょうか。
(『兵馬地獄旅』みたいなことになってなくてよかった……)


「影丸と胡蝶」「その後の伊賀の影丸」(横山光輝 講談社KCデラックス『原作愛蔵版 伊賀の影丸』第9巻ほか所収) Amazon

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横山光輝『伊賀の影丸 影丸旅日記の巻』 影丸、戦闘者から隠密に帰る
横山光輝「伊賀の影丸 外伝」「伊賀の影丸 百舌の藤蔵の巻」 その後の影丸、帰ってきた影丸

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2022.02.02

横山光輝「伊賀の影丸 外伝」「伊賀の影丸 百舌の藤蔵の巻」 その後の影丸、帰ってきた影丸

 以前、不定期に『伊賀の影丸』全章の紹介を行いましたが、ふと気付いたのは、まだ外伝短編の紹介を行っていなかったこと。全三編(正確には四編)ある外伝は、現在はいずれも『原作愛蔵版 伊賀の影丸』の第9巻に収録されていますが、今回はそのうち二編を紹介しましょう。

「伊賀の影丸 外伝」
 ある日隅田川に浮かんだ男の死体――猛毒の鉤がついた縄を手にしたその男は、秋葉藩二十万石に潜入していた公儀隠密・蜘蛛の十郎太でした。
 十郎太の最後のメッセージから、藩主・忠親が既に死んでいるという疑いを持ち、影丸と甚吾の二人を送り出す服部半蔵。しかし城に潜入した影丸は、忠親の健在な姿を見るのでした。

 しかし数日後、家老が事故で亡くなり、それを調べていた甚吾も死体で発見されることになります。影丸は城で見たある事をきっかけに、一連の事件の真相を悟ることに……

 本編終了後から四年後の1970年に「別冊少年マガジン」誌の「その後のまんがスター」特集の一つ(ちなみに他の作品は『鉄腕アトム』と『ゲゲゲの鬼太郎』という豪華メンバー)として掲載された本作は、「その後の」――という点を意識してか、影丸が少年ではなく、青年として描かれている(ように見える)のが、まず印象に残ります。

 その内容の方は、ある意味「普段の」公儀隠密の任務を描いた物語と言うべきでしょうか――本編でも幾度かありましたが、とある藩での変事を察知して潜入した影丸が、強敵と対決するというパターンであります。
 とはいえ、短編ゆえにトーナメントバトルを繰り広げるわけにもいかず、むしろミステリタッチの物語となっているのが、本作の最大の特徴でしょう。

 その真相自体はわかりやすくはあるのですが、しかし白眉は敵の正体と動機でしょう。それ自体は忍者ものでは時折見かけるものなのですが――しかし任務のために、完全に私情と命を捨てて戦う忍者たちが登場してきた『伊賀の影丸』で描くからこそのインパクトがあります。
 そしてそれと対峙する影丸のビジュアルも、少年ではなく、ある程度世の中に揉まれた青年であるからこその味わいが生まれるわけで、この辺りはやはり名手の筆と感じます。


「伊賀の影丸 百舌の藤蔵の巻」
 岩倉藩に潜入し、無残な死体となって発見された公儀隠密たち。普通の人間には登れないような高い木の上に、百舌の早贄のように突き刺された姿で見つかったその死体は、伝説の忍者・百舌の藤蔵の仕業であることを示すものでした。
 影丸がまだ小さい頃から名前を噂され、まるで自分の仕業を誇示するような殺しを行いながらも、姿なき伝説の忍びとして恐れられてきた藤蔵。ここ十年、岩倉藩を守ってきた藤蔵を倒すため、半蔵は影丸と彦造・助五郎を派遣するのでした。

 しかし年齢すらわからない謎の敵に手を焼く中、次々と倒されていく二人の仲間。潜入先で知り合った物乞いの子供のもとに身を寄せた影丸が気づいた、藤蔵の正体とは……

 こちらは1977年に「プレイコミック」誌の別冊「帰ってきたヒーロー特集号」に掲載された一編(こちらもまた掲載メンバーが豪華すぎて驚きます)。
 執筆時期の関係もあるかとは思いますが、影丸は大人びてはいるものの、少年の面影を残す姿で描かれ、内容的にもグッとシンプルに、謎の忍者の正体暴きと対決がメインとなっています。

 正直なところ、この藤蔵の正体にはほとんどの読者がすぐに気付くかとは思いますが、しかし正体不明でありながら、自己顕示欲を感じさせるという矛盾した行動を見せる藤蔵の心理分析は、なるほどと感じさせられます。
 そしてそんな相手をきっちり罠にはめた上で叩き斬る、影丸の用意周到さもまた、らしいといえばらしいというか、忍びの正道を行くものというべきでしょうか。


 残る外伝「影丸と胡蝶」と「その後の伊賀の影丸」は、次回紹介いたします。


「伊賀の影丸 外伝」「伊賀の影丸 百舌の藤蔵の巻」(横山光輝 講談社KCデラックス『原作愛蔵版 伊賀の影丸』第9巻ほか所収) Amazon

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2022.02.01

上田秀人『勘定侍 柳生真剣勝負 四 洞察』 祝宴を守れ! 前代未聞の「戦場」

 今月最新第5巻が刊行される『勘定侍 柳生真剣勝負』の第4巻であります。柳生家勘定方として藩の成長戦略に頭を悩ませる一夜が次に挑むことになったのは、お歴々を招いての柳生家慶事のお披露目の宴。この場で嫌がらせを仕掛けてくる者がいると読んだ一夜の思わぬ防衛策とは……

 大名家となった柳生家の家中引き締めのため、大坂から強引に召喚されることとなった柳生宗矩の庶子・淡海一夜。
 大坂一の唐物問屋の跡取りとして辣腕を振るっていた一夜にとって、銭勘定もできずふんぞりかえってばかりの武家の相手など迷惑意外の何ものでもありませんが――しかし拒否するわけにもいかず、勘定方として始動することになります。

 柳生家の財政を立て直すだけでなく、自分がいなくとも大名家として運営できるようにして、早くお役御免になりたい――その一念で、自らの商才や伝手をフル稼働する一夜は、まず足元を見ていい加減な取引をおこなってきた商家の一掃を画策、成功させるのでした。

 しかしもちろんそれは改革の第一歩――というより、マイナスをゼロに近づけただけ。なおも奮闘を続ける一夜が今回挑むことになるのは、柳生家大名昇格の慶事のお披露目であります。

 老中や惣目付など、お歴々を集めて行われるこの祝いの宴――基本的にこれらの面々は声をかけるだけで実際に参加はしないのですが、いずれにせよ万事が儀式と決まり事で動く今の幕府において、この宴は万が一にも失敗は許されない試練の場です。
 特に今の柳生家は、かつての同輩であった惣目付・秋山修理亮、そして左門に嫉妬の炎を燃やす老中・堀田加賀守が虎視眈々と狙いを付けている状況なのですから、尚更であります。

 そして例外中の例外として宴に出席することとなった堀田加賀守が、このタイミングで絶対に仕掛けてくると読んで、宴の唯一の弱点に対する防御策を巡らせる一夜。その策は見事に当たるのですが、しかしそこから思わぬ方向に事態は展開していくことに……


 というわけで、およそ本作でなければまず描かれないであろう、大名昇進祝いの宴という「戦場」を舞台に展開する本作。しかし剣と忍を擁する柳生家は、宴をぶち壊しに使用にも、警備という点では盤石に思えますが――そこで敵が企む嫌がらせというのが、実にセコくも効果的(かつお偉方にしかできない)ものであるのに、まず感心させられます。

 しかし守りを固めるのは、およそ金の絡むことであれば天才的な洞察力を持つ一夜であります。こう来るのであればこう、とばかりに完璧に相手の手を読んで、見事な返しの手を打つのは痛快の一言。
 もちろんそれは、それなりの伝手や財力あっての行動ではあるのですが――しかしそれを扱うのは彼のセンスあってこそ。さらにその場で敵が放ってくるであろう二の矢まで読んでの行動にはさすがに驚かされますが、しかしそれが物語に新たな波風を起こすというのも巧みな展開です。

 もっとも、一夜にとってはその波風も読みどおり、というよりむしろ望んだもの。それを利用して散々宗矩や宗冬を苛つかせる――というのは副次的なものですが、さてそれでは本来の狙いはと思いきや、またとんでもないものが飛び出してこの巻が終わるのも心憎いところであります。


 さて、商才と財力はもちろんのこと、十兵衛ら柳生剣士や伊賀忍の弱点を見抜く観察眼を持つ、上田作品では最強クラスの主人公である一夜。
 当然というべきか、大坂では許婚候補の三人姉妹が待ち、江戸では玉の輿狙いのくノ一・佐夜が迫り――今回さらにもう一人増えるかと思いきや、スゴい理由でフラグが折れた(?)のは爆笑――とモテモテであります。

 しかしそれでも一夜に嫌味がないのは、彼が骨の髄まで商人であっても守銭奴ではなく、そして女好きであっても女性に対するある種の敬意を払うことができる人物だからでしょう。
 特に後者は、騎士道精神というより、むしろ自らの出生の事情によるものですが――しかしその気構えが何とも気持ち良い。本作の後半で迎えた事態において、佐夜に見せた心配りなど、これはもうホレるしかないというものなのですから……

 しかしそれを受けての佐夜のリアクションがちょっと斜め上なのもおかしく――いやそれだけでなく、ヒロインたちがそれぞれに個性的に描かれているのは、これは作者の筆が乗りまくっているからでしょう。こちらの面でも、先が気になる物語なのであります。


『勘定侍 柳生真剣勝負 四 洞察』(上田秀人 小学館文庫) Amazon

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