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2022.02.26

上田秀人『勘定侍 柳生真剣勝負 五 奔走』 広がりゆく一夜と柳生の溝

 柳生宗矩の庶子にして大坂商人の孫・淡海屋一夜が武士の世界に乗り込んで活躍する『勘定侍 柳生真剣勝負』の第5巻であります。柳生家の大名昇格の宴を無事乗り切った一夜ですが、柳生家との確執は深まるばかり。一夜の方も宿敵というべき堀田加賀守と接近(?)し、いよいよ複雑な状況に……

 柳生家大名昇格に伴い、家中の財政改革のため、強引に大坂から江戸に呼び寄せられた一夜。生まれてこの方放っておいた父に強く反発しながらも、やむなく柳生家の勘定方として次々と改革に着手した一夜は、大名昇格の宴に「敵」が妨害を仕掛けてくると予想し、見事これを阻むことに成功します。

 しかしその相手――家光と柳生左門友矩の関係に嫉妬する堀田加賀守に関心を持たれた一夜は、宴の功績を評価するどころか叱責しようとした宗矩に怒ったこともあり、相手の懐に飛び込む道を選ぶのでした。
 柳生から手を引くように頼み、さらに堀田家に捕らえられた知己の柳生の忍び・素我部を助けるために一夜が出した条件――それはなんと左門を柳生の郷に縛り付けて、江戸に来れないようにするというもので……

 と、とんでもないクリフハンガーで終わった前巻に続くこの巻の冒頭は、引き続き一夜と堀田加賀守の対話から始まります。男の嫉妬から柳生家を敵視し、宴でも陰湿な妨害を仕掛けてきたいわば宿敵との対面というのは、ある意味いきなりクライマックスですが――いやはや、やはり一夜はものが違う。

 並みの武士とは全く異なる(そもそも武士ではないわけですが)視点と、物怖じしないその態度に興味を持ち、何と一夜にこの先の、自分の亡き後の堀田家の行く末を問う加賀守。
 それに対する一夜の答えが、家光の心理までも分析した内容であっただけに加賀守も納得、一夜に堀田家の財政のことまで任せるようになってしまうのですから面白い。登場以来いささか小物感のあった加賀守ですが、この辺りの度量の広さと柔軟性は、さてこそは、と言うべきでしょうか。

 さて、この一夜と堀田加賀守との対面は、同時に宗矩と、柳生家との溝が広がり始めたことを示すものでもあります。事実、このまま一夜は柳生屋敷を出て、知己である江戸城出入り商人の駿河屋のもとに寄宿、そこでも様々に手を広げて奔走することになります。
 その一方で、世間知らずの宗冬は、一夜の向こうを張って商売をしようとしたものの、まさに「士族の商法」で大失敗、思わぬ危機を招きかねない有様。宗矩は宗矩で一夜に迫る危機を利用しようとゲスいことを考えて――と、これは一夜が怒っても仕方ない状況であります。

 唯一の救いは、そんな柳生家で唯一といっていい常識人である十兵衛の存在(もう一人の左門は、作中一のアレなので……)。柳生の郷では一夜に厳しい稽古をつけようとしましたが、あれは長兄としての思いやりの一つでもあったか、最も一夜の価値と、そして一夜自身の想いを理解している印象があります。
 そんな十兵衛が、柳生の郷を離れ、江戸に向かうのですが――この巻のもう一つのクライマックスは、その途中、大坂を訪れた十兵衛が、一夜の祖父・淡海屋七右衛門と対面するくだりであります。

 付き合いの長短はあるとはいえ、ある意味最も作中で一夜のことを理解する二人が対面して語られるのは、もちろん一夜のこと。
 一刻でも早く一夜を取り戻したい七右衛門の想いは切実ですが、一夜なしには柳生が立ち行かないのも事実――そこで十兵衛が語る内容は、その後に彼が語る内容と合わせてみれば、なるほどと頷かされるものがあります。この辺り、やはり十兵衛は好漢だった、と個人的には嬉しくなってしまうのですが……

 ちなみに十兵衛はここで一夜の嫁候補・永和とも対面、ここでも互いのキャラクターが示されて興味深いのですが、さらにユニークなのは、この巻の終盤で描かれる、一夜に女中として仕えていた柳生の女忍・佐夜と永和の対面です。

 一夜を誘惑し、柳生に縛り付ける役を担いながらも果たせず、それどころか一夜に気遣われることになった佐夜。面目丸つぶれの(と思い込んだ)彼女は、間接的にその理由になった永和に近づき――と、一体どうなることやらと思いきや、ここで思わぬ方向に物語が展開していくことになります。
 女の戦いというだけでなく、この出会いが佐夜にとっても大きな転機になるのではないか――そんな気がいたします。


 かくて、一夜だけでなく、群像劇的に周囲の人物の動向も楽しみとなってきた本作。その一方で、西国に不穏な動きがあると思えば、会津では宗矩の仕掛けが動き出し――と、まだまだ物語は波乱含みであります。


『勘定侍 柳生真剣勝負 五 奔走』(上田秀人 小学館文庫) Amazon

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