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2022.02.03

横山光輝「影丸と胡蝶」 異色作だからこそ描ける影丸という存在、彼の人間性

 前回二編の影丸外伝をご紹介しましたが、今回ご紹介するのは外伝の中でもベストと目される一編。影丸を通して一人の少女の運命を描く異色編であります。(以下、内容の詳細に触れますのでご注意下さい)

 慶安三年(1650)十月、葉山の里に足を踏み入れた影丸は、殺気立った農民たちに取り囲まれたところを名主の娘・胡蝶に取りなされ、名主の館を訪れることになります。
 そこで胡蝶からこの村の状況を聞かされる影丸。村が大凶作に見舞われ、餓死者が続出する一方で、領主の黒川大膳は年貢を減らそうとしないため、農民たちの不満は爆発寸前だったのです。

 そして胡蝶の父であり、村の人々から慕われている名主・治郎左エ門が大膳のもとに窮状を訴えに行ったきり帰ってこないと胡蝶から聞かされた影丸。城に潜入した彼は、人々の苦しみを顧みるどころか、治郎左エ門を捕らえ、人質に代わりにしている大膳の姿を目の当たりにすることになります。

 影丸の話を聞き、このまま飢え死にを待つべきか、百姓一揆を起こすべきか、名主の娘として悩む胡蝶。しかし仮に一揆を起こして成功したとしても、責任者――すなわち胡蝶は処刑されることになります。
 みんなが死ぬか、一人が死ぬか――そんな状況を打開すべく、村の様子を調べ江戸表に送る影丸。しかし時既に遅く、胡蝶は蜂起を決心するのでした。

 侍たちをものともせずに城に押し寄せた一揆勢を前に、人質の治郎左エ門を見せつける大膳。しかし治郎左エ門は自分一人と村人全部の命を引換えにするなと叫び、胡蝶も涙を呑んで人々を率いて城に向かいます。尊い犠牲を払いつつも、一揆は成功するのですが……


 本作は1964年の「別冊マーガレット」お正月おたのしみ号――今なお刊行が続く少女漫画の名門誌の創刊号に掲載された作品です。
 つまり扱い的には少女漫画――横山光輝が少女漫画でも活躍していたことは言うまでもありませんが、しかし影丸といえば週刊少年サンデーに連載されたバリバリの少年漫画。それを思えば、やはり異色であることは間違いありません。

 そして異色なのは掲載誌だけではありません。何よりも異彩を放つのは、その物語展開であります。影丸は本作では誰とも戦わない――いや、そもそも戦う相手がいないのですから。(胡蝶の前で木の葉隠れを使う場面はありますが)

 仮に本作で悪と呼べるとすればそれは領主の黒川大膳ですが、しかし彼の行いは非道であっても、幕府の法に照らして必ずしも誤っているとはいえません。
 それ故に、影丸が大膳に手を出すことは許されません。せいぜいが彼の城の中を探ることと、江戸表に状況を知らせることしかできず――一揆の時も、ただ胡蝶の行動を見ていることしかできないのです。
(ちなみに一揆を招いたことで大膳に何らかの裁きが下される可能性はありますが、それは影丸の預かり知らぬところでしょう)

 天才忍者として数々の敵忍者と死闘を繰り広げ、勝利を収めてきた影丸。その彼でも勝てない――いや戦えない戦いがある。救えない命がある。
 本作は、本編でも幾度か仄めかされてきたように、彼が正義のヒーローとは必ずしも言い難い存在であることを、そしてあくまでも一定の掟に縛られた存在であることを、象徴的に、しかし痛烈に描いた物語といえるのではないでしょうか。

 ちなみに本作の発表時期は、本編でいえば「七つの影法師の巻」の真っ最中。作中年代でいえば慶安の変の前年――ということは「若葉城の巻」の前後あたり。いずれにせよ影丸がバリバリとトーナメントバトルしていた時期なのが、また複雑な想いを掻き立てます。


 しかし同時に、影丸は決して無情の人ではありません。本作の冒頭と結末に描かれる彼のある行動は、この物悲しい物語における小さな救いとして感じられます。
 そしてそれは影丸の中の――本編でもあまり描かれることのなかった――人間性の光を浮き上がらせるものというべきでしょう。

 だからこそ本作は、単なる異色作ではなく、ファンの心にいつまでも残る名作として、語り継がれているのでしょう。


 ちなみに『原作愛蔵版 伊賀の影丸』第9巻にはもう一作、1969年の「ビッグコミック」誌に掲載された1ページもの「その後の伊賀の影丸」があるのですが――セルフパロディとも言うべきこの作品、まあ影丸は幸せに暮らしたようでよかった、というべきでしょうか。
(『兵馬地獄旅』みたいなことになってなくてよかった……)


「影丸と胡蝶」「その後の伊賀の影丸」(横山光輝 講談社KCデラックス『原作愛蔵版 伊賀の影丸』第9巻ほか所収) Amazon

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