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2022.02.23

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第22巻 楚漢奇妙な対峙の先にあるもの

 張良の策が東西で実り、ついに反撃を開始した劉邦。翻弄され続ける項羽は怒り心頭ですが、なおも張良の策は続き、ついに劉邦と項羽の奇妙な対峙が始まることになります。そしてその一方で、韓信の快進撃は続き……

 「狂生」の命を擲った一世一代の弁舌により、韓信が斉を陥し、彭越の撹乱が項羽を釘付けにしている間に成皋を再奪取――と、ついに反撃に転じた漢。成皋には虞姫がいただけに項羽の怒りはひとしおですが、漢の攻勢はとまりません。
 勢いに乗り、かつて長きに渡り籠城戦を繰り広げた滎陽に攻め寄せる漢軍。防備の硬さで項羽も手こずった滎陽ですが、しかし攻め落とした後となっては逆に壊した城壁が災いします。さらにそこに(ちょっと忘れかけていた)あのキャラが復活、張良の鬼謀が炸裂して、守将の鍾離眜は割りを食うことに……

 ここで虞姫を守りつつ逃走する鍾離眜を追い詰めつつも、劉邦がこれを見逃すことになった理由がちょっと可笑しいのですが――何はともあれ、劉邦は張良の導きで、新たな地に依ることになります。
 その名は廣武――かつて滎陽に籠もった時に食料庫として漢軍を支えた敖倉を中心に、張良はこの地に陣を築いたのであります。しかしその前身を考えればわかるように、廣武は戦闘に適した地などではないはず。にもかかわらずここにこもる道を選んだ張良の真意は……

 というところで、ここで初めて劉邦も項羽も、韓信が斉を取ったことを知ることになります。そして軍を分けると、韓信を討つために腹心の龍且を斉に向かわせるのですが――自分は何と劉邦の城の向かい側に陣を築かせ、攻撃を開始したではありませんか。
 これぞ漢城と楚城、同じ廣武の西と東に陣を築いて劉邦と項羽は文字通り対峙することに――というまでがこの巻の前半で描かれることになります。


 そしてこの巻の後半で描かれるのは、韓信が龍且率いる楚・斉連合軍と激突する濰水の戦い――斉の中程にある河・濰水を挟んで対陣した韓信軍十万弱と、楚・斉連合軍二十万の戦いであります。

 これまで数々の戦いで奇跡のように鮮やかな勝利を収めてきた韓信。確かにかの背水の陣の時も、相手は二十万だったかと思いますが――しかしあの時とは依る地形も違えば、敵将も違う。特に今回はあの項羽が重用する猛将であり、そしてかつて項羽の下にいた韓信のことを知る龍且であります。

 かくて繰り広げられるのは、濰水を挟んだ韓信と龍且の読み合い――というにはちょっと単純だなあ、と思いきや、ある意味それこそが韓信の罠。韓信の意図を読み切ったと自信満々の龍且の軍を襲ったのは……
 いやはや、ある意味合戦ものではお馴染みの策ですが、史実でここまで決めることができるのは韓信くらいではないか、というレベルで炸裂した「それ」。これを見ると、さすがに龍且がかわいそうに――それは確かに、半ベソにもなるだろうと思えます。

 とはいえ、自分たちは倍の軍勢で攻める分には何も疑問に思わないのも勝手な話で、この辺りが龍且の、というか一般的な武人の限界なのだろうな、と思わぬところで感じさせられたことです。


 というわけで、劉邦が自らをエサに項羽を釘付けにしているうちに、徐々に力を削がれていく項羽。
 正直なところ、これまで同様、張良の策が――史実では張良のものではないところまで――決まりすぎていて、特にこの巻はちょっと味気なく感じるところではあるのですが、しかしそんな彼の鬼謀でも読みきれないのが人の心であります。

 韓信の帷幕の蒯通の動き、そして独立独歩の彭越の動きが不穏なものを感じさせる中、張良の詰め将棋は最後の一手に近づいているようですが――さて。


『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第22巻(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) Amazon

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