波津彬子『牡丹灯籠』 名手の美しくも切ない初期短編集
一昨年に画業四十周年を迎えた名手・波津彬子――妖しくも美しく、優しくもどこか切ない物語を描き続けてきた作者の、初期の作品四編を収録し、幾度も版を改めてきた短編集であります
表題作の「牡丹灯籠」は、言うまでもなくあの怪談の古典中の古典、カランコロンという駒下駄の音とともに現れる美女・お露さんの物語――なのですが、本作は実に作者らしい、悲しい夢のように美しい物語として描かれています。
梅見の会で知り合い、互いにひと目見ただけで惹かれ合った新三郎とお露。しかしほどなくしてお露が亡くなったと聞かされ、新三郎は虚しい日々を送ることになります。
ところが盆のある晩、新三郎の住まいに現れ、以来夜毎通ってくるようになったお露。しかしる実はお露が死霊であることを知った新三郎は、御札と魔除けの仏像の力で彼女が住まいに足を踏み入れるのを防ごうとするのですが……
という本作の前半のあらすじは原典ほぼそのままではあるものの、原典では江戸時代が舞台だったのを、明治時代としているのが目を引きます。
あとがきによれば、明治時代に三遊亭圓朝によって怪談噺として成立したのを意識してとのことですが――しかしこの時代設定と新三郎とお露が共に士族の出とすることで、本作は時代に取り残された二人が互いの存在に一つの安らぎを見出す、悲しい恋物語として成立していると感じます。
特に終盤の展開はほとんどオリジナルで、クライマックスで新三郎が取った行動は破滅的といえばその通りながら、しかし同時に納得できてしまう――そしてある意味、彼岸と此岸を超えた愛が、俗世の欲望に勝った結末とも読めるのが、何とも見事であります。
その他の収録作のうち、「夢の残香」と「もうひとつの遺産」は、ともに海外を舞台とした一種の幽霊譚であります。
駆け落ちした母の実家に迎えられ、富豪だった祖父の遺産を相続することになった前科者の主人公が、祖父が愛用していた香炉で焚いた香の煙の中に東洋の美女の姿を見る「夢の残香」。
亡くなった叔父の遺言で、遺産の相続人となった叔父の娘だという美少女の後見人になった主人公が、彼女の周囲で様々な怪異に遭遇する「もうひとつの遺産」。
共に孤独な老人の遺産相続を巡る物語であること、作中の小道具として反魂香が登場すること、クライマックスのシチュエーション等、どこか似通った部分のある二つの作品ですが、あとがきによれば、どちらも同じアイディアから描き出した物語であるとのこと。
しかし世間からドロップアウトした主人公が、不思議なめぐり合わせで新たな道を歩む姿を描く前者、孤独な老人が晩年に見つけた情愛の姿により焦点を当てて描きつつ、クライマックスの一ひねりが印象に残る後者と――それぞれ大きく異なる味わいの物語となっているのは、実に面白いものです。
そしてラストに収められた「花夜恋歌」は、慶長年間を舞台とした(比較的作者にしては珍しい)直球の時代ものです。
ある出来事がきっかけで出会った、踊りの一座の娘・遥と、笛の名手の浪人・由水青四郎。実は徳川方の密偵だった遥は、探索に入った大商人・天兵衛の屋敷で青四郎と再会することになります。
しかし彼の笛で舞い始めた時、まるで自分が自分ではないような感覚を味わう遥。その奇怪な現象の陰には、青四郎に「雪生様」と呼ばれる姿なき声の存在がありました。
やがて天兵衛の屋敷に運び込まれた謎の荷と、青四郎を探す侍たち。彼の身を気遣う遥が、「雪生様」の声に導かれて見たものは……
それぞれ踊りと笛という芸を身につけながらも、その実、裏の顔を持つ男女を主人公とした本作。徳川と豊臣の手切れ間近という時代を背景にしつつも、しかし物語は意外な方向へと展開していくことになります。
特にクライマックスで描かれる雪生様の正体は、その存在そのものに秘められた秘密そのものもさることながら、ビジュアルが実に素晴らしい(初登場の際のインパクトたるや!)。そしてそこから結末に至る、美しくも切ない味わいもまた……
あとがきで作者は「あんまり時代劇らしくない」と述べていますが、どうしてどうして。実に作者らしい「時代劇」の佳品です。
以上四作品、作者のファンといいつつ今まで読んでなかったのは恐縮ですが、しかし良いものはいつ読んでも良い。時代を超えても古びない名品揃いというべきでしょう。
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