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2022年3月

2022.03.31

とみ新蔵『彦斎と象山 剣術抄』第2巻 残された者が貫いた己

 剣術歴史漫画『剣術抄』の第5弾、河上彦斎と佐久間象山を主人公に描く物語の後編であります。時代が開国・維新に動く中、対称的な動きを見せる彦斎と象山。その二人の軌跡が交錯した後、残された者が辿る運命とは……

 肥後熊本藩の藩士であり、若き日から剣術に学問に優れたものを見せてきた河上彦斎と、信州松代藩でやはり剣術そして学問で頭角を現してきた佐久間象山。それぞれ幕末の混沌と直面しながらも、片や攘夷、片や開国と、二人の才人はその立場を全く変えつつ、それぞれの道を歩んできました。
 そんな中、池田屋事件で師とも兄とも仰いだ宮部鼎蔵を亡くした彦斎。長州の攘夷派と行動を共にしてきた彦斎ですが、その後の相次ぐ動乱の中で彼は独自の動きを取ることになります。

 そして敵情視察のため、開国派の論客として世間で知られていた象山の塾に権兵衛と名乗って訪れ、象山とサイエンスについて対等に議論を交わす彦斎。
 自分と同等の才能と理解力を持つ彦斎の存在に歓喜し、同志になれと勧める象山ですが――しかし彦斎は物質的繁栄を求める象山に危うさを覚え、二人の対話は物別れに終わることになります。

 そしてなおも京で影響力を行使する象山を、もはや放置してはおけないと、彦斎は同志とともに象山暗殺に動くのですが……


 一説によれば、ほとんど言いがかりのような理由で、相手が誰かも知らずに象山を斬ったと言われる彦斎。しかし本作においては――象山はその本名を知らぬままだったとはいえ――二人は運命の瞬間の前に出会い、意見を戦わせた上で、彦斎が明確に意識して象山を暗殺したことが描かれることになります。

 それはどこか似たような道を辿りつつも、全く異なる方向を目指す二人にとって必然だったのかもしれません。しかし暗殺直後の(あまりに衝撃的な)彦斎の顔とその言葉を見れば、彦斎にとっての象山の存在の大きさというものがうかがえます。
 おそらく象山は、彼が初めて出会った、そしてそれ以降も出会うことのなかった、自分と極めて似た資質を持った「人間」だったのですから……


 しかし、二人のうち残った人間、すなわち斬った人間である彦斎も、その後過酷で、そして皮肉な運命を経験することになります。幾多の戦を経て幕府は倒れ、訪れた新たな時代――しかしそれは彦斎の理想とする世ではなく、それどころか、攘夷を掲げて幕府を倒しながら、いざ自分が権力を取った後には外国文化を取り入れねばと嘯く者たちが闊歩する世だったのであります。

 そんな中で己の節を曲げず、そのためにかつての同志たちから疎んじられ、熊本に、そして鶴崎に押し込められる形となった彦斎。そこで「有終館」を設立、弟子を育てる彦斎ですが、しかしその後も彼を危険視する者たちが彦斎を追い詰めようとします。
 そして捕らえられ――その途中で脳内に現れた象山と対話するくだりは、何とも不思議な味わいがあります――従容と刑に服する彦斎ですが……

 実はこの巻の表紙は、この場面の彦斎を描いたもの。従容とは程遠いように見えるこの姿が何を意味するか――それはぜひ実際にご覧いただきたいのですが、それは、最後まで日本の武士として己を貫いた、彦斎らしい姿であったといって間違いはないでしょう。


 かくて描かれた彦斎と象山の生涯。二人の歩んだ道とその違いを、単純に「開国」と「攘夷」、あるいは「物質文明」と「精神文明」の対比とのみ考えるのは危険かもしれませんが――しかし二人の存在は、幕末という時代に生きた人々の精神を、それぞれ象徴していたとも感じられます。

 しかし二人はある意味あまりにも純粋であり、そのため二人の生き方と主張、そして行動のどちらかを全面的に受け容れるのは危険とも感じます。しかしその過ぎるほどの潔さは、やはりこちらの胸を打つものがあるのです。


 そして作者流の幕末史――いや武士の時代の終焉としての明治史は終わりません。本作に続く形で現在連載されているのは、「剣術抄」を外した上で「彦斎と象山」は副題として残した『士乱』という作品であります。
 熊本の神風連の乱の首謀者である太田黒伴雄を主人公としたこの物語で何が描かれるのか、そしてそこに二人の姿はどのように投影されているのか――この先も心して見届けたいと思います。


『彦斎と象山 剣術抄』第2巻(とみ新蔵 リイド社SPコミックス) Amazon

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2022.03.30

瀬川貴次『ばけもの好む中将 十一 秋草尽くし』 二人の絆の危機、老女たちの危機!?

 怪異を愛するあまりばけもの好む中将と呼ばれる左近衛中将・宣能と、彼に毎回付き合わされる十二人の姉がいる右兵衛佐・宗孝の姿を描く本シリーズも、いよいよ佳境に入った感があります。これまで強い絆で結ばれていた(?)二人の間に入った小さなヒビ。さらに思わぬ大事件が発生して……

 「秋草尽くし」とあるとおり、竜胆・桔梗・撫子・女郎花・藤袴・萩・尾花と、葛が竜胆に替わっているほかは秋の七草を副題とした七章から構成されている本作。
 前作は平安初の眼鏡っ子爆誕など愉快な部分もありましたが、今回はかなりの部分でシリアスな物語が展開していくことになります。

 思わぬことから多情丸の告発状を手にしてしまったことをきっかけに、多情丸が宣能にとって仇であり、今も復讐の機会を狙っていると知ってしまった宗孝。
 いつもの怪異巡りの際に、意を決して危険なことは止めるよう訴える宗孝ですが、宣能の決意は固く、二人の間にはぎくしゃくした空気が流れることになります。

 そこでこういう時に頼りになりそうな姉・十郎太に会うため、皇太后に仕える彼女に渡りをつけようと、彼女の部下で元盗賊の双子・朝顔と夕顔と文をやりとりする宗孝ですが――おかげで彼が双子を両天秤にかけているなどと、あらぬ噂が立つこと。
 しかも間が悪いことに、彼女たちへの文が初草の手に渡ってしまったではありませんか。

 しかし本当に困った事態はこれから。以前、初草と東宮と真白の三角関係がきっかけで、稲荷社の暴走老女集団・専女衆が弘徽殿の女御を死霊のふりをして脅かしたことが、当の女御にバレてしまったのであります。
 当然激怒した女御が専女衆へ報復するように右大臣にねじ込み、専女衆に危機が迫る中、宗孝と宣能の絆にも危機が……


 ここのところ、物語の縦糸として展開してきた、宣能と多情丸の因縁。京の暗黒街を支配する男であると同時に、宣能の父である右大臣と結んで後ろ暗い仕事を一手に引き受けてきた多情丸は、悪人というものがほとんど登場しない本シリーズにおいて、唯一、完全な邪悪というべき存在であります。

 そしてかつて自分を庇った乳母を殺した仇であると同時に、自分が最も嫌悪する父の負の部分の象徴というべき多情丸は、宣能にとって、二重の意味で憎んでも余りある相手。しかし宗孝にとって、前者の感情は理解できても、後者は無理(というよりも知らない)というものであります。
 それが今回表面化した二人のすれ違いの原因であり、そして今のところ二人が真に理解し得ない理由といってよいのではないでしょうか。

 もちろんそれは、二人が互いを信頼してないということでは決してありません。それどころか、宣能にとって宗孝は、自分にとってかけがえのない宝でありある意味良心というべき存在――初草を託すに足る相手なのですから。
 しかしそれは同時に、極めて危うい感情とも感じられます。初草を宗孝に託すことができれば、自分は安心して闇落ちできる――宣能はそう考えているのではないか、と。

 そしてそれは宗孝を重んじ、慮っているようでいて、実は彼を完全に信頼していない――さらにキツいことを言ってしまえば、宗孝を自分の良心代わりという名の道具にしているともいえるのではないか、とも感じられます。
 宣能が宗孝に自分の胸中を完全に明かすことができた時――その時こそが、二人が互いを完全に理解したことになるのでしょう。そして宗孝が宣能の複雑な胸中を受け止めることができないはずはないと、これまで二人の姿を見てきた読者であれば、自信を持っていえるはずです。


 しかし、二人にはもはやあまり時間はないように感じられます。クライマックスで宣能が取った行動は、もちろんやむを得ないものであるとはいえ、父親のやり方とあまり変わらないといえるでしょう。そして今回様々な知識を得てしまった多情丸の矛先がどこに向かうか――それを考えただけでゾッとするものがあります。

 夜明け前が最も暗いと申しますが、今がその時であってほしい――心よりそう感じる展開です。


『ばけもの好む中将 十一 秋草尽くし』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon

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2022.03.29

鶴淵けんじ『峠鬼』第5巻 鬼に秘められた謎? そして地球で一番高い山へ!

 まだ神々が辛うじて人の前に姿を現していた時代、一言主と会うために旅を続ける役小角とその弟子・妙と善の旅も新展開であります。一言主がいるという「地球で一番高い山」――その驚くべき正体を知り、かの地に向かうため、月夜見命のもとを目指す一行。しかしその途中、意外な者たちと出会うことに……

 姿を隠した一言主と会うための各地の神器を求める旅の末、一言主の座す葛城山に戻ってきた小角。しかし葛城山の頂上には、一言主の姿は既になかったのであります。

 そこで道を分かった老師との激闘を辛うじてくぐり抜けた小角は一言主が「地球で一番高い山」にいると知るのですが――しかしそれがどこなのか、そしてどうすれば行くことができるのか? 
 その答えを知るために神在月の出雲に向かった一行は大国主命と対面、向かうべき地が、夜空に輝く「月」だたと知るのでした。

 というわけで、全く思いもよらぬ地を目指すことになった小角一行。我々現代人のセンスからすると、「地球で」にカウントして良いものか疑わしい気もしますが、月は地球の一部だったというジャイアント・インパクト説もあるわけで、それはそれで納得です。
 そして日本神話で月の神といえばそのものズバリ、月読命(本作では月夜見命)がいるわけですが、しかし大国主命たちが国津神である一方で、月夜見命は天津神。いわば宿敵同士で、大丈夫かと思っていたら……

 と、実はこの巻の冒頭で描かれるのは、後に言う天孫降臨によって繰り広げられた国津神と天津神の戦い。そこで描かれる、「今」とはうって変わった大国主命の姿にも驚かされますが、さらに衝撃的なのは、天津神たちのデザインです。本作における国津神たちは、動物や昆虫をモチーフとしていましたが、天津神はこうなるのか――と大いに驚かされました。


 さて、何はともあれ、その時の因縁を元に出雲の深山におわす月夜見命に渡りをつけてもらった小角一行ですが、その途中、思わぬ者たちの襲撃を受けることになります。

 それは鬼たち――つまり善と同類ですが、しかし本作の鬼は、人喰いを行った末に角が生えた、異形の者たちであったはず。そして、小角たちはこの「歩の鬼」の里に連れて行かれるのですが……
 しかしそこで待っていたのは、これまで出会った鬼とは全く異なる、角があるほかは人間と何ら変わりの無い者たち。そして本当に普通の人間であるその頭・義学から、小角は意外な真実を聞かされることになります。

 物語のタイトルに冠された言葉であり、メインキャラの一人である善の背負った呪われた宿命である鬼という存在。しかし数々の神々が登場する本作では、正直なところその存在感は薄れがちであったように感じます。
 それがここに来て、意外な形でクローズアップされるとは――まだまだこの物語には謎が多いと痛感させられます。


 そしてようやく月夜見命と対面する一行ですが――ここで登場する月夜見命のビジュアル(特にその出現シーンの強烈さたるや!)と、その言動は、その語る内容に負けず劣らずのインパクトがあります。

 本作に登場する神々は、時に人間と似た姿を取り、人間と意思疎通が可能でありながらも、明らかに人と異なるメンタリティを持つ存在として描かれてきました。その点はこの月夜見命も同様ですが、そのレベルが一段高い、とでも表することができるでしょうか。
 「神」をテーマとした物語の中でも、本作はそのセンスにおいて飛び抜けたものがありますが、それを再確認させられた思いです。

 それはさておき、この月夜見命の力により、三人は新たな道に向かうことになるのですが――ここでまさか! という展開に。いやはやこれは大変なことになってしまった――これはもう、そう申し上げるほかありません。


 そしてこの巻の巻末には、幕間として、第2巻に登場した東宮を主人公としたエピソードが掲載されています。

 東宮というだけにやんごとない身の上ながら、今は僧形で吉野離宮に住まう彼の過去とその心中にあるものを、彼の兄との複雑な関係と絡めて描くこのエピソード。
 東宮と兄が誰なのかは明白ですが、本作はこの先、東宮を中心に大きな展開を迎えることになります。そしてそれが小角たちの運命にいかなる影響を与えることになるのか――全く予想がつかないだけに、この先の展開が気になって仕方ないのです。
(個人的には、本作の舞台となる年がここではっきりわかったのが嬉しかったり……)


『峠鬼』第5巻(鶴淵けんじ KADOKAWAハルタコミックス) Amazon

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2022.03.28

『半妖の夜叉姫』 第48話「永遠に続く未来」

 犬夜叉の手を借りて無事借金を完済したもろは。一方、とわとせつなは、殺生丸が届けた反物を仕立てた着物をりんからもらい、父の真意を訝しむ。そこにやってきたもろはは、屍屋に持ち込まれた西国での妖怪退治の依頼を持ちかける。その依頼人とは……

 ついに最終回の今回、麒麟丸を巡る物語は前回でほぼ終了し、その後の三姫たちの姿が描かれることになります。

 冒頭で描かれるのは、氷雪を操る妖怪と戦うもろはと犬夜叉の姿。二人で妖怪退治を始めたのかと思いきや、娘が借金生活者だったのを知ったかごめが激おこの上、犬夜叉に手助けを厳命したのであります(しかもこの借金、返す機会があったのに敢えて残していたと知ったら、かごめがどんな顔をするか……)。さすがに父娘の連携はバッチリで、なかなか強そうだった妖怪もあっさり倒してしまうことになります。しかしこの戦いの最中、相手の氷の息で手を凍らされた犬夜叉が、めんどくせえとばかりに氷の部分をガンガン叩いて砕くあたりが滅茶苦茶らしい感じでありました。
 さて、無事に屍屋への借金を返済したもろはですが、そこに妖怪退治を依頼したいという、どこかで聞いたような声の覆面の若者が現れます。

 一方、りんから新しい着物をプレゼントされるとわとせつな。りんは殺生丸が届けてきた反物を仕立てたというのですが――とわが高かったのではと妙な心配をするのは可笑しい一方で、殺生丸のことだから限度知らずでもの凄い高級品を買ってきそうだよな、という気はいたします。
 それはさておき、今ごろになって父親っぽい顔をする殺生丸に娘たちは不審な顔。そもそも最初から助けてくれればこんな苦労はしなかったのに――というとわの疑問は身も蓋もありませんが、まあ客観的に見れば放置もいいところだったわけで、その辺りの気持ちはごもっともといえます。しかしせつなは一回、とわも精神的に一回死んでいると言われて、私も死んだことあるわよーとあっけらかんと言うりんは、やっぱり殺生丸の奥さんに向いていると思います。(しかも二回死んだしな……)

 さて、何だかんだで着物姿となったとわとせつなのところにやってきたのは、同様に母に仕立ててもらった着物を着たもろは。三人がエンディングと同じ姿になったのはちょっとしたサービスというべきかもしれませんが、殺生丸の真意をいまだに掴みかねている二人に対して、半妖でも強く生きていけるようにするためだよ! と言い切るもろはは、らしいっちゃらしいというべきでしょうか。かなり当たっているのだとは思いますが。
 それはともかく、面白い依頼が入ったからと二人を屍屋に連れて行くもろはですが、そこで待っていたのは、鹿猪と名乗るあの謎の青年。と、ここでさりげなく(?)もろはたちはとわを残して屍屋から出ていき、そして残されたとわは――鹿猪に対して壁ドン一撃! たまらず正体を現したのは理玖――まあ、登場した時から福山潤の声で喋ってるんですから、誰にでも一目瞭然ではあります。

 しかしまあ前回希林理の刃をくらって消滅、しかも本体である麒麟丸も成仏したのに何故? とせつなならずとも言いたくなりますが、その理由が麒麟丸とりおんが魂と魄を分けてくれたから――とまたえらいアバウト。しかし元々が人造生命なので、これはこれでありなのかもしれません。もっとも、どうやら今回は人間(妖怪?)に生まれ変わったようですが……
 何はともあれ、とわにとって理玖も復活したしめでたしめでたし、翡翠の自分への気持ちに全く気付いていないせつな、そもそもそういう話の全くなかったもろはと、三人(と理玖、何故か竹千代)は伊予に向かいます。そこでメインテーマをバックに、もろはが、そしてとわとせつなが襲いかかる妖怪たちの群れをなぎ倒し――『半妖の夜叉姫』、一巻の終わりであります。


 冒頭に述べたとおり、本筋は前回で終わったので今回は一回丸々使ってのエピローグ。正直なところ、作画にあまり力が入っていないのは残念でしたし、本当に後日談という以外ない内容でしたが、理玖が復活したのだけは意外だったかもしれません。

 前回触れたように、結局親は皆子供を想っているものなんだよ、というオチはちょっと微妙かなあという印象はありますが、血の繋らない日暮家(今回、現代で元気にやっている姿が流されたのは、嬉しいような切ないよいな)ととわの関係をみれば、あまり深く考えなくてもよいのかもしれません。
(麒麟丸とりおんの縁もプッツン切っていましたし……)

 まあ、いくらでも話を広げていけそうな結末自体は良かったと思います。それと娘たちの成長に、内心すごく嬉しそうな殺生丸も……


関連サイト
公式サイト

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2022.03.27

千葉ともこ「一角の涙」 正義の神獣を戴く男の末路

 『震雷の人』の千葉ともこが、中国の神獣を題材として描く連作シリーズの第一作は、伝説の神獣・カイチをモチーフとした一編。立身出世のために不正に手を染めることも厭わない役人が、思わぬことから深みにはまっていく姿を描く、恐るべきサスペンスであります。

 八世紀の唐は長安で、官人の非違を検める御史を務める孟琢。壮年になるまで地方にいたものがようやく中央で役に就き、立身出世に燃える彼は、今をときめく宰相・李林甫を巡る訴えを受けることになります。
 そこで重用する童僕・均の献策を受け、無実の者を陥れて罪を着せた孟琢。そんな己の行為を官吏として当然のことと恥じない孟琢ですが、思わぬ事態に巻き込まれることになります。

 家を飛び出し、遊侠の徒と交わっている長男・不欺――彼がこともあろうに李林甫の暗殺を狙っているというのです。一門の恥どころか身の破滅になりかねない息子を探すと同時に、この企てを知る者たちの口封じを試みる孟琢。しかしそれでも不欺は見つかりません。
 最後の手段として、孟琢は己の身を使って息子を欺き、誘き寄せようとするのですが……


 タイトルの一角とは、冒頭に述べた神獣・カイチが、頭に一本の角を持つことに由来します。このカイチは、日本の狛犬の元になったとも言われますが、中国では正義や公正さを象徴し、「法治」のシンボルとなっています。
 本作の主人公・孟琢も、厳正な正義が求められる御史の身分にあることから、このカイチの一角を象った豸冠を頭に戴いているのですが――しかし彼は正義や公正さとは縁遠い人物。いわゆる貪官汚吏なのですが、しかし本人はそうすることが官吏としてむしろ当然と考え、振る舞っているのが、この時代の、いや役人の世界の病根の根深さを感じさせます。

 物語はそんな彼が息子の行動が原因で深みにはまり、そこから抜け出そうともがけばもがくほどズブズブと沈んでいく様を描くのですが――上に述べたように、本人としては当然の行動を取っていたつもりが、やがて官吏の、いや人の道から大きく外れていく様が、実に恐ろしいのです。
(それでいてクライマックスには、思わぬ形で彼の人間性を描き出す底意地の悪さがもうたまりません)

 結末自体は予測できる――というよりこれ以外ないというものではあるのですが、しかしそこに行き着くまでの、足元が次々と崩れ去っていくような感覚を描く筆致はインパクト十分。『震雷の人』よりもわずかに早い時代を舞台とした作品ですが、全くテイストの異なる物語に、作者にはこういう側面もあるのか! と愕然とさせられました。

 もっとも、カイチが上で述べたように「法治」の化身であることを考えれば、本作はその尊さ、意味を謳いあげた『震雷の人』とは裏表の物語であるともいえるかもしれませんが……


 そして本作の大きな魅力として、作中で妖しい輝きを放っているのが、孟琢にとってのメフィストフェレスともいうべき均の存在なのですが――彼については、ここではあまり深くは述べないようにいたしましょう。
 しかし彼の行動原理が明かされるくだりこそが、本作においてもっとも恐ろしい場面であった――それは掛け値のない印象です。

 一度深みにはまったものは、決して浮かび上がることはできないのか――カイチの涙は、誰のために流されたものなのか。そんなことを考えさせられる作品であります。


「一角の涙」(千葉ともこ 「オール讀物」2021年3・4月合併号掲載) Amazon

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2022.03.26

赤名修『賊軍 土方歳三』第6巻 迫る復讐鬼 そして義を衛る男!

 まだまだ続く会津での死闘。新政府軍の目を惹きつけるために出撃した土方と新選組の前に、強敵・板垣退助と過去からの復讐鬼が立ち塞がります。そして庄内藩に援軍を求める途中、米沢に立ち寄った土方と沖田に襲いかかる敵の群れに、義を衛るためあの男が起つことに……

 会津に依り、必死の抗戦を繰り広げる土方率いる新選組と旧幕府軍。土方は、奥羽越列藩同盟の中核である会津を潰すため、大久保利通が企てた現藩主の、そして前藩主・松平容保の暗殺計画を辛うじて防ぐことに成功します。
 そんな中で土方が知ることとなった奥羽越列藩同盟逆転の秘策――それはなんと、ビスマルク率いるプロシアの援軍でありました。海外勢力の介入は禍の元と反対する土方ですが、既に全ての責任を背負って死ぬ覚悟を決めていた容保の決意は変わりません。

 そしてそこに攻撃を開始する板垣退助率いる新政府軍――その中には、池田屋の恨みを文字通り背負った百村発蔵がいました。板垣の近代戦術と、百村の執念が、土方を追い詰めることに……


 というわけで、この巻の前半で描かれるのは滝沢本陣を巡る戦い。かつての近藤のような覚悟を見せる容保を前に自分の無力さを嘆く土方ですが、だからといってむざむざと主君を討たせるわけにはいきません。
 かくなる上は自分たちが敵の目を惹きつけると覚悟を決めた土方ですが――目を惹きつけるといえばこれだ! とばかりに、誠の旗とダンダラの隊服で突撃を仕掛けるのは、これはいかにも本作らしい痛快さというべきでしょう。

 しかしこの隊服を見るやエキサイトするのが百村。以前、第2巻の白河口の戦いで登場した際にはあまり印象に残りませんでしたが、今回は彼が新選組――というか土方を恨む理由が描かれることになります。そしてそれがまた、これはどう考えても土方が悪いのですが……(本当に想像以上に悪い)。
 ところがこの先の展開で、この悪印象をひっくり返してみせるのですから何とも心憎い。この辺り、土方の格好良さを描かせたら本作は実に巧いものです。


 そして、この巻の後半で描かれるのは、いよいよ籠城が決定的となった中で、庄内藩に援軍を請いに行く土方と市村鉄之助(実は沖田総司)の姿。その途上、米沢に弾薬補給を請いに立ち寄る二人ですが、ここで意外な人物が登場することになります。
 その名は永倉新八――言うまでもない、新選組二番隊組長として活躍したあの永倉ですが、実はこの時期、米沢に身を寄せていたというのは紛れもない史実。とはいえここで永倉を登場させるというのも、本作ならの趣向というべきでしょうか。

 その永倉、本作ではドレッドヘアというまたインパクト満点のビジュアルなのですが、ある理由から土方と対峙することに。元々、甲州での敗北後に近藤の言動が元で袂を分かった男だけに、それはそれで違和感がないようにも思えますが――しかしここから物語はさらに二転三転します。
 既に降伏を決意した米沢にとって土方たちは邪魔な存在、その刃が沖田に迫ったとき永倉は――お約束とはいえ、やはりグッとくるものがあります。

 思えば本作は、原田といいこの永倉といい(そして考えてみれば沖田も)、一度は袂を分かった隊士をも――ファンが見たかった形で――描いてきました。もちろんそれはあくまでも一種の「夢」なのですが、それでもやはり、嬉しいものは嬉しいのは言うまでもありません。

 そしてこの巻のラストでは、これまた泣かせる「再会」が描かれるのですが――しかしそんな中でも、会津は刻一刻と追い詰められている状況にあります。
 落城目前の会津を本作がどのように描くのか、そしてそこで土方たちがどのような役割を果たすのか――嬉しがってばかりはいられない、苦い展開が次の巻では待っているようです。


『賊軍 土方歳三』第6巻(赤名修 講談社イブニングKC) Amazon

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2022.03.25

山崎峰水『松岡國男妖怪退治』単行本未収録分 あるいは『黒鷺死体宅配便』収録分

 異色の幕末時代劇『くだんのピストル』もいよいよ4月に単行本第1巻が発売予定の大塚英志・山崎峰水コンビ。その『松岡國男妖怪退治』について、『黒鷺死体宅配便』単行本に収録されたエピソードのご紹介であります。時系列的に初期のものと、最新(最後?)のものと、2篇取り上げます。

 現代を舞台に、死者にまつわる異能を持った青年たちが、死体たちの願いを叶えていくホラー『黒鷺死体宅配便』のスピンオフである本作は、明治時代を舞台に、若き日の柳田(松岡)國男を主人公とした連作。
 松岡と田山録弥(花袋)、そして本編では主人公の背後霊(?)として登場する少年・やいちと、その育ての親である笹山和尚が、数々の怪異に挑む物語であります。

 この『松岡國男妖怪退治』の単行本は現時点で第4巻まで刊行されていますが、今回ご紹介するのは冒頭に述べたとおり『黒鷺死体宅配便』に収録された――それ故『松岡國男妖怪退治』の単行本には収録されていないエピソードです。

 その一つ目は、『黒鷺死体宅配便』第6巻に収録されたエピソード――浅草十二階下の娼婦猟奇殺人を描いた物語であります。

 犯人が逮捕されても、次々と同様の手口で殺人者が現れるという奇怪な事件に興味を抱き、たまたま東京を訪れたやいちと調査を始めた松岡。
 その過程で、人類学者の坪井正五郎が提唱する重ね録りによる観相法――すなわち人間の顔は人格を現すという観点から、殺人者たちの顔を重ね録りした写真を作ってみれば、そこに映っていたものは!

 という流れから、この手の事件ではお馴染みのあの人物が登場するのですが、何故この人物が、それもこのような形で現れるのか――その謎解きの豪快さも楽しいこのエピソード。
 上述の坪井正五郎だけでなく、松岡が柳谷なる所以というべき柳田こうなど、実在の人物への目配せも「らしい」というべきでしょう。


 一方、内容的にシリーズの最終編ともいうべき物語が、『黒鷺死体宅配便』第26巻収録の「昭和編」です。
 舞台は昭和11年、笹山和尚が呪いの茄子という触れ込みの奇怪な形の茄子を持ち込んできたことから、今や学者として官僚として功成り遂げた柳田國男は、またもや奇怪な事件に巻き込まれることになるのであります。

 『多重人格探偵サイコ』を思い出させる猟奇殺人、赤マント伝説、貰い子殺し――そしてそこから思いもよらぬ存在が出現するこのエピソード、全3話(分量的には単行本の約6割)というだけあって、物語の情報量はかなりのもの。
 昭和11年という時代を反映して、特高警察は首を突っ込んでくる、軍部は暗躍する――と、ノリは本シリーズらしくコミカルかつ派手な部分はありつつも、描かれるのは大塚伝奇というべき内容であるのがたまりません。

 そしてまた、シリーズ的にも、いまや青年となった(というか年齢的には中年か)やいちや、すっかりお馴染みのビジュアルになった柳田、年は取ったがまあ相変わらずの笹山といったレギュラー陣(田山は既に――ですが)のその後も興味深いのですが、それだけではありません。

 何しろヒロインとなる女性新聞記者の姓が、『黒鷺』のヒロイン・佐々木碧と同じ佐々木であり、ラストには――という展開で、さらにそのまた後には『黒鷺』本編に意外な繋がることが暗示(というより明示)されることになるのですから、この繋がり方にはさすがに驚かされました。
 そういえばやいちは本編でも碧のことも助けていたな――などと、スピンオフであった物語が、ここに来て本編に回帰していったという印象があります。

 そんなわけで何度か述べたとおり、シリーズのラストエピソードという印象が強いこの「昭和編」ですが、今後の大塚作品で大きな意味を持つであろう大陸に繋がっていくことが仄めかされたりとまだまだ気になるところは多くあります。

 あまり期待しすぎると痛い目に遭うことは十分に理解しつつも、やはりこの先の展開も気になってしまうところなのであります。


『黒鷺死体宅配便』(山崎峰水&大塚英志 ) 第6巻 Amazon/ 第26巻 Amazon

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2022.03.24

椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第3巻 開戦、日英能力者大戦! そして駆けつける「後輩」

 1910年代、陸軍のエリート養成機関・栖鳳中学校に、各地から能力者を「推薦」する岩元先輩と後輩たちの冒険と戦いを描くユニークな物語の第3巻で描かれるのは、いよいよその動きを本格化させた英国魔女軍団と栖鳳中学校の学生たちの激突。日英能力者たちの激突の行方は……

 栖鳳中学校の書記長を務める3年生・岩元胡堂――自らも炎を操る能力者である彼は、これまで日本各地で起きる超常現象の調査を行い、そしてその現象の原因である能力者を学園に「推薦」してきました。
 栖鳳中学校の「隔離施設」に集まった岩元の後輩たち=能力者を保護し、育成するために、岩元は時に学校の方針に逆らってまでも孤独な戦いを続けてきたのであります。

 そんな中、岩元が命じられた、さる料亭で起きた大量殺傷事件の調査。ある能力者が引き起こしたその事件の背後には、英国からやって来た「魔女」――英国の能力者の存在がありました。
 後輩の原町、天羽とともにその魔女――水使いのネプチューン・ウォーターガンを辛くも倒した岩元ですが、これは前哨戦に過ぎず……

 と、いずれ始まるであろうと思われた能力バトルの敵として出現した英国「魔女」軍団。魔女術(ウィッチクラフト)を行うのが女性に限らないように、「魔女」といっても男性も数多く含まれているというのはさておき――日本の能力者を擁するのが陸軍の養成学校であるのに対し、英国はいわゆる「魔法学校」(制服もソレっぽい)というのは、ある意味納得であります。


 さて、彼ら魔女軍団の狙いは、日本が擁する能力者たちを捕らえ、あるいは仲間に引き入れること。その最初のターゲットとなったのが、埼玉の山中で石仏を彫り続ける仏師の少年・城戸石英であります。

 実は彼の能力は「複製」――己が手にしたものを自在に複製するという、軍事利用されれば途方もない価値を持ちかねないもの。もっとも彼はあくまでもその力を、己が求める石仏作りのために使っている――大量に生まれたその石仏が、羅漢像で有名な埼玉の某寺院に運ばれているというのが愉快――のですが、そんな彼の意図とは関係なしに、魔女たちは襲いかかってくるのです。

 その動きを察知して彼の保護に向かった岩元と原町ですが、時既に遅く、英国からやって来た四人の魔女によって城戸は確保された後。
 敵の一番手、シャボン玉使いのクリスタルはあっさり撃破したものの、敵のリーダー格と思しきコイン使いのイグニィには(主に原町が)苦戦――さらに足止め役の第三の魔女、茨使いのローズマリィは手強く、岩元はついに目の前で同胞を奪われるという屈辱を味わうことになるのか!? というところで、新たな後輩が駆けつけた!


 能力者もの、というかトーナメントバトルもので、時に勝敗が決する瞬間以上に盛り上がる場面があるとすれば、それは新たな戦士が参加、その能力を発揮する時ではないでしょうか。特にそれが味方側が苦戦していた時であれば尚更であります。
 この第3巻で描かれるのはまさにその展開なのですが、しかし参戦するのが、予想もしなかったような人物というのが実に本作らしいというべきでしょう。

 この人物自体は既に第1巻で登場済み、その能力の一端も既に見せているのですが――しかしどう見ても戦闘向きではない(というより何に向いているのかさっぱりわからない)能力のため、正直ノーマーク。しかしまさかその能力をこう使うか! という展開には読んでいて思わずニッコリであります。
 ちょっと便利すぎる気もしますが、まあデビュー戦なのですからそれも良しでしょう(決め台詞が能力と相まって実に気持ちいいのです)。

 もっとも、前巻でも述べたように、第1巻にあった奇現象ハンター、ゴーストハンター的側面が完全になくなったのは、個人的には非常に残念ではあるのですが……


 何はともあれ、ついに始まった日英能力者大戦。まだまだ双方どのような能力者がいるかはわかりませんが、日本側は何に役立つのかわかりにくい――あるいは直接のバトルに使いにくい――「後輩」が多いだけに、この先登場する顔ぶれが楽しみであることは間違いありません。

 そしてこの巻のラストのエピソードで登場する新たな能力者は、また少々意外な設定なのですが、さて――一筋縄ではいかない展開を期待したいと思います。


『岩元先輩ノ推薦』第3巻(椎橋寛 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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2022.03.23

出口真人『前田慶次かぶき旅』第9巻 いくさ人&示現流剣客団を待つ意外な強敵!?

 訪れた先の薩摩で、島津義弘や東豪重位らと意気投合した慶次一行。しかし島津を己の天下統一の障害と考えた家康の策略で、島津は思わぬ窮地に陥ることになります。この事態を解決すべく立ち上がった慶次たちですが、その前に強敵が立ち塞がって……

 九州でのあばれ旅の末に薩摩に到着、島津義弘と対面した慶次たち。島左近と義弘の感動の再会も挟みつつ、すっかり意気投合した面々ですが、そこに家康の奸計が襲いかかることになります。

 そもそも本作の舞台となるのは関ヶ原の戦直後。家康が征夷大将軍になったという報に、義久と旧豊臣方勢が揺れるというくだりを見て、そういえばそんな時代だったか――と思い出しましたが、何はともあれ、家康が天下獲りへの野望を隠さなかった時代であります。
 そんな家康にとって目の上のこぶといえば島津。もっとも本作の島津は、義弘だけでなく慶次・宗茂・左近という西軍生き残り(というか死んだはずのも含めて)オールスター状態なのですから、警戒しない方がおかしいのですが――この巻では、ついに家康お得意の謀略が牙を剥くことになります。


 突如何者かに拉致された、太守・島津義久の主治医・許三官(許儀後)。実は許三官には、秀吉の朝鮮出兵時に、秀吉の狙いを明に密かに伝え、しかしそれが露見して殺されかけた過去があったのです。
 その時には家康が秀吉にとりなして難を逃れたのですが――今になって家康はその事実を利用し、九州の大名たちに、島津が裏切り者という印象を植え付けようとしていたのであります。

 実はこの許三官の行動は史実。もっとも、そこに島津の意図がどこまで働いていたかはわかりませんが――いずれにせよ、この点を物語に取り入れた上で、家康の謀略の材料として使ってくるというのは、実に面白い着眼点と感じます。
 もっとも、義久はバレてもあまり気にしていないというかスケールがデカすぎるのですが……(しかし義久がここで言うとおりの行動を取ったら、それはそれで慶次は怒ると思います)

 とはいえ、ここで家康の企みを放置しておくわけにはいきません。かくて東郷重位と夕月師弟をはじめとする示現流剣士団は、決死隊として徳川配下となった武田忍軍が潜むルソン船に突入することになります。
 もちろん、そんな状況を知った慶次たちが黙っているはずもありません。慶次がノリノリで先陣を切ったのに加え、最近は(というか最初から)面白キャラ扱いだったエンリケも海賊の本領を発揮、一堂大暴れ――と思いきや、今回の敵は意外な強敵だったのであります。

 基本的によほどのネームドキャラでない限り、慶次無双で一蹴される本作。しかも陰働き主体の忍びであれば、相手になるはずがない――と思いきや、この武田忍びの面々はやたらとゴツい上に戦力が高く、しかもクレバーなのであります。
 特に頭目は、慶次ら伝説のスーパーいくさびと人の力を理解した上で、それに対応した戦法を使ってくるという難敵なのです。

 もっとも、この忍びたちに相打ち覚悟の火計を仕掛けられても、「これはまさに焼け落ちる城に敵将の首を取りに行く要領じゃな!!」とか宗茂が言い出すように、いくさ人側はいくさ人側で普通に適応していて、本当にたちが悪いのですが……


 かくてこの巻のメインとなるいくさ人&示現流剣士団vs武田忍びの死闘は、先が読めない乱戦となって想像以上に盛り上がるのですが――ラストには、ある出来事が待ち受けています。
 この展開は、身も蓋もないことをいってしまえば、読者としてはすぐに予想できるものなのですが――しかしもちろん、これは慶次に大きな衝撃を与えることになります。

 それがこの先慶次の旅にいかなる影響を与えるのか、それはまだわかりません。そしてこの先、慶次がいかなる行動を取るのかもまた……


『前田慶次かぶき旅』第9巻(出口真人&原哲夫・堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon

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2022.03.22

高橋留美子『MAO』第12巻 菜花のパワーアップ、そして右腕のゆくえ

 御降家の遺産を悪用する白眉一派との戦いが激化する中、血を吸う妖刀を守り刀として手にすることとなった菜花。しかしその力に慣れる間もないまま、次々と奇怪な敵は襲いかかります。苛火虫を操る蓮次の凄惨な過去、人を喰うカバンの怪――その中で菜花が知った刀の真の力とは?

 「血の流れない」殺人事件を引き起こしていた妖刀・地血丸を手に入れた摩緒と菜花。紆余曲折を経てこの妖刀の主となった菜花ですが、いかに猫鬼の血を持つとはいえ、血を吸う――いや菜花の血を放つようになった妖刀を使ってただで済むはずもなく、使うたびに消耗し、摩緒から血を分け与えられる羽目になるのでした。
 そんな中、再び襲ってきた苛火虫使いの蓮次を追い、白眉のアジトに乗り込んだ摩緒と菜花、百火。その前に現れた蓮次は、己の過去を語り始め……

 と、蓮次の過去話から始まる本書。自らの育ての親を殺して家に火を点け、その後も自分と同様に子供が貰われていった先の家に火をつけていた蓮次ですが――その過去については、正直なところ予想通りといえばそのとおりですが、やはり凄惨さという点では目を覆わんばかりのものがあります。
 このアジトの庭に作り上げられた人間の蠱毒というべき地獄めいた存在と合わせて、人間性の剥き出しになった負の部分を不意ににつきつけてくる点は、本作――というより作者ならではというべきでしょうか。

 その一方で、そんな蓮次の境遇を受け止めつつも、今は金のために暗殺を続ける彼の所業を、百火が明確に否定してみせるのには、ホッとさせられるものがあります。
 正直なところ摩緒や御降家の五人の中では最も単純明快なキャラクターという印象のある百火ですが、それだけに直感的に理非を判断できるというべきでしょうか。

 それはさておき、ここで摩緒と百火に対し、蓮次と白眉側の木の術者・芽生、さらに水の不知火の式神が加わって大乱戦、二人を助けるために菜花は再び地血丸を振るったものの、またも血を失って倒れることに……


 そしてこの菜花の苦闘は、次のエピソードにも続くことになります。町で続発する、服だけを残して人間が消える蒸発事件――その犯人が鞄から現れる大きな手であると知り、調査に向かうという夏野に、菜花が同行することになるのです。
 そして鞄の手を利用して人を攫っていた妖怪たちと対峙することになった二人ですが、菜花は夏野と分断されて大ピンチ。菜花があと一歩というところまで追い詰められたその時……

 と、菜花のパワーアップイベントで終わるかに思われたこのエピソードですが、注目すべきは夏野の存在。以前、華紋と彼女自身が語ったところによれば、平安時代に病で死にかけていた彼女は謎の存在と契約を交わし、何者かの体の一部を、長きに渡り集めている身の上にあります。
 彼女が契約を交わした相手は何者なのか、何のために体を集めているのか。そして彼女は本当に五色堂に集められた五人のうちの一人なのか? ――謎また謎の本作の中でも、もしかすると彼女は最大の謎の持ち主かもしれません。

 そしてその彼女が探す右腕が、ついにこの巻のラストで登場するのですが――しかしその見つかった場所が、そして見つけ出した者が大問題。またもや謎が謎を呼んでしまった印象がありますが、しかし本当に問題なのはさらにその先であります。
 この巻のラストシーンで描かれたものが何を意味するのか? あるいは物語のパワーバランスを覆すことになるのではないかという予感すらする、インパクト十分のヒキであります。


『MAO』第12巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2022.03.21

千葉ともこ「長相思」 二人の酒客が酒に見たもの

 唐代の安史の乱を題材とする『震雷の人』でデビューを飾った作者が、その少し前の時期を舞台として描く短編であります。杜甫に長安でのことを問われた李白が語る、ある「美少年」との出会いとは……

 酒の席で、李白が言い出した降霊に付き合うこととなった杜甫。亡くなったある女の話をしてその魂魄を呼ぶという李白は、十五年前の長安での出来事を語り始めます。

 とある老医師を探して西市を歩いていた中、さる名門から吏員の家に嫁いだばかりだったという女を看取ることとなった李白。青梅花が描かれた紙を託されたものの、誰に渡すかは聞けなかった李白は、馴染みの妓女から、粋人で知られる名門の当主・崔宗之を紹介されることになります。

 崔宗之の案内で訪れた酒楼で、女が別の相手に求婚しようとしていたことを知った李白は、崔宗之の助けでその相手を突き止めるのですが――その正体は思いもよらぬ人物。
 李白はその人物から聞いた真相を織り込んだ詩を詠み、崔宗之を通じて皇帝に献上しようとするのですが……


 本作のタイトルである「長相思」は、長く互いに想い続けることの意ですが、ここでいうのは李白の詩の一つ――長安での過ぎ去った愛の記憶を詠う切ない作品であります。
 その誕生秘話というべき本作は、杜甫と李白ともう一人の人物が降霊を行う「現在」と、杜甫がその際に語る十五年前の長安での出来事が並行して語られるという、なかなか凝った構成の一編です。

 謎めいた出来事の真相を解き明かそうとすると同時に、世に受け容れられようともがく李白の姿が語られる――そしてそれは、冒頭で立身のために長安に向かおうとする杜甫への、ある種の餞別とも感じられるのですが――一方で、本作が描くのはもう一人の天才の姿。
 それこそが「当代一の美少年」と謳われた崔宗之――実に、日本の清酒「美少年」の由来となった人物であります。

 李白とは対照的に名門の出身、そして己の地位と才を恃んだ傲岸な人物として描かれる彼のキャラクターそのものも面白いのですが――さらに印象に残るのは、そんな正反対の、そして不器用な点では共通する二人の交流と、彼らを待つままならぬ運命でしょう。

 ともに当時の名だたる酒客と称された彼らが、酒に何を求めたのか、酒に何を見たのか――そんなことを考えさせられます。


 ちなみに杜甫の詩「飲中八仙歌」は、彼ら二人を含む八人の酒客を謳った有名な作品ですが、本作はその「飲中八仙歌」を題材とする連作の第一作とのこと。

 まだ現時点では本作が発表されているのみですが、この先描かれるであろう物語も期待したくなる――そんな逸品です。


「長相思」(千葉ともこ 「小説新潮」2021年6月号所収) Amazon

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2022.03.20

『半妖の夜叉姫』 第47話「父と娘と」

 理玖の犠牲により、希林理を倒したとわ。一方、麒麟丸は殺生丸との戦いの中で自分を取り戻し、最後の決着に臨む。そして三姫が縁の糸を断ち、りおんを妖霊蝶から解放したかに見えたが、そこに現れた希林の思念がりおんを飲み込む。自分が殺された時のことを追体験させられるりおんに対し、とわは……

 久々のアバンでは前回のとわvs希林理の続きから。追い詰められたとわですが、そこにいきなり襲いかかったのは理玖――? おいらは愛する人しか殺さないとこの期に及んでメンヘラ一直線なことを言い出したと思ったら、それは(当然)芝居で、とわに押しのけられた勢いで希林に襲いかかり――と、こんな見え見えの攻撃に引っかかる希林ではありませんが、しかし理玖が一撃を食らったその背後から飛び出したとわの攻撃は躱せず、胸を刺された上に右腕を斬られて、あっさりと消滅します。そして理玖も、かつて理玖は理玖と言ってくれたとわに、心からの礼と別れを告げて消滅することに……

 そしてりおんの元に駆けつけたとわも加わり、再び縁の糸を切るたびにりおんの声が聞こえるというイベントが再開。その中でりおんは、麒麟丸の身を案じるあまり、戦い続ける父を止めたいと笑顔を封じたことを語ります。しかし麒麟丸は、そのりおんの笑顔を見るために戦い続けていたのですが……
 そんな悲しいすれ違いをしているとも知らず戦い続ける麒麟丸を前に、お前はまるで人間のようだ、お前とは戦うにも値しない、などととと思い切り煽る殺生丸ですが、当然ながらこれに麒麟丸は激昂。しかし敢えて殺生丸がこの場に連れてきたりんの姿に、かつての自分自身の行動を思い出し、妖怪としての自分自身を取り戻します(しかしこれ、一歩間違えたらお前も同じじゃねーか! と麒麟丸が思ってもおかしくないと思います……)。その姿に、殺生丸も正面から戦いを受けて立つのですが――全力を尽くした末、勝利を収めたのは殺生丸でありました。

 そしてりおんが伸ばした縁の糸が地に伏した麒麟丸を絡め取り、麒麟丸の体は妖霊蝶の中の彼女の前に。そして麒麟丸の体に触れ、最後の別れを告げようとするりおんですが、既に現し身を失ったその体では触れることができず――と、そんなところに浮かび上がったのは、なんと妖しくきらめく眼鏡! 右腕を斬られて消滅したかと思った希林理ですが、本体は既に眼鏡であったものか(本気にしないように)、その瘴気でりおんを包み込んだ希林は、半妖こそが諸悪の根源と植え付けるように、りおんが半妖に殺された時の光景を再現したではありませんか。

 かつて自分を殺した半妖を前に、ただ怯え叫ぶことしかできないりおん。そして彼女の絶望を映したように、外でかごめや弥勒たちが封じていた妖霊蝶も再び瘴気を放ち動き出します。怯えるりおんにに対し、身動きの取れない三姫は、自分の力で戦えと応援するしかないように見えたのですが――しかしその状態からとわは、希林から奪い返した斬星剣で周囲の妖気を吸い取ろうとします。己の魂を危うくしながらもりおんに力を貸そうとするとわの姿に、りおんも自分を取り戻し、自分自身の力で敵の幻を打ち砕き、希林の眼鏡も今度こそ消え去るのでした。
 そして妖霊蝶の中に現れた殺生丸とりん、邪見が見たものは、倒れ伏したとわの姿。しかしとわはりおんの魂に自分の体を使えと語りかけ、今度こそ麒麟丸に触れることができたりおんは、満足して父と二人で消え、とわも意識を取り戻したのでした。

 そして戦いは終わり、ついに安らぎの時を迎えた一同。母とひしと抱き合うとわとせつな、その姿をどこか満足げな表情で見つめる殺生丸――そして殺生丸は何故殺生丸親子に慈悲をかけたのかという邪見の問いに、それでは娘たちの心が救われぬと答えるのでした。滅茶苦茶丸くなったな殺生丸……
 というところで大団円、一巻の終わり――ではなく、もう一回続きます。


 麒麟丸と妖霊星・妖霊蝶を巡る物語の決着編であり、そしてサブタイトル通り、物語を通じて描かれてきた父と娘の関係性の結末でもありますが――そういうことではないとわかっていても、毒親に振り回されたりおんが自分の力で戦えと諭される展開には、やはり違和感が強くあります。この場合、そうしない限りは状況は変わらないのは確かなのですが……
 まだエピローグ(であろう)次回が残っているので結論は早計ですが、今回の時点では結局親子関係そのものまではメスをいれないのだな(受け容れるしかないのだな)、というのは、正直残念なところではあります。いや、そう描くしかないのはわかるのですが。


関連サイト
公式サイト

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『半妖の夜叉姫』 第37話「是露の想い」
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『半妖の夜叉姫』 第43話「暗転の舞台」
『半妖の夜叉姫』 第44話「妖霊星が墜ちる時」
『半妖の夜叉姫』 第45話「希林理の妖征伐」
『半妖の夜叉姫』 第46話「絶望の妖霊蝶」

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2022.03.19

風野真知雄『いい湯じゃのう 二 将軍入湯』 誕生、銭湯探偵吉宗!?

 天一坊事件を題材としつつ、登場人物と事件のほとんど全てに「湯」「風呂」が絡むという、実にユニークなシリーズの第二弾であります。吉宗が目安箱への訴えから市中の湯屋に興味を持ち、お忍びで入ることとなった一方で、彼の初恋の人探しを命じられたお庭番コンビは……

 とてつもない肩の凝りに悩まされる徳川吉宗。その吉宗の数少ない楽しみであった熱海を始めとする各地の温泉は、何故かどこも不可解な事態が発生し、江戸までお湯を持ってくることが不可能となります。
 この事態の原因を探るべく派遣された腕利きくノ一のあけびと、伝説のお庭番・湯煙り権蔵は、各地の温泉で暗躍する謎の一団の存在を知るのでした。

 一方、江戸の湯屋で評判となっている若き山伏・天一坊に興味を持った大岡忠相は、その弟子・山内伊賀亮から、天一坊が吉宗のご落胤と聞かされ仰天することになります。
 さらに町火消しの丈次が、一度は将軍様も江戸の湯屋に入ってみてはどうかと目安箱に投じたのをきっかけに、吉宗は湯屋に入りたいと言い出して……

 と、吉宗の時代に起きた大事件としてお馴染みの天一坊事件が描かれる(ことはまず間違いがない)本シリーズなのですが、この巻では前巻以上に思わぬ方向に物語が転がっていくことになります。


 まず物語の中心となるのは、なんといっても吉宗なのですが――この巻では彼が、丈次が常連の湯屋・富士之湯に入湯。これはもちろん身分を隠してのお忍びですが、しかし万が一にも失敗は許されないと、周囲の人間たちが江戸城内に寸分違わぬサイズの模擬富士之湯を作ってしまう――という時点で既に何かが可笑しい。
 そこでしっかり予行演習を済ませた上で湯屋に向かう吉宗とお供の三人(老中×2+勘定奉行)なのですが、ここでもアクシデント連発。しかしアクシデントの最たるものは、そこで吉宗がとある事件に巻き込まれ、それをあっさりと解決してしまったことでしょう。

 かくて富士之湯がすっかり気に入り、何度も訪れるようになった吉宗ですが、そのたびに丈次たちから頼りにされて――と、吉宗は、湯屋で起きる日常の謎に挑むことになってしまうのであります。この辺りは、まさに作者お得意のライトミステリの趣向というべきでしょう。


 しかし吉宗がそんなことをやっている間に、権蔵とあけびは、吉宗が若き日に紀州で愛した女性の行方捜しという新たな密命を下されることになります。
 忠相から天一坊の年齢を聞かされた吉宗ですが――丁度その時期に、紀州の温泉で出会い、恋に落ちた娘がいたのであります。が、問題はそれが二人いたことで……

 はたして天一坊はどちらの子なのか、はたまた全く関係ないのか。温泉に絡むことなら、それも美人が絡むことなら知らぬことはない――という説得力があるのかないのかわからない理由でこの任務を命じられた権蔵、そして本当に嫌々ながら報償に釣られて彼のフォローに回ることになったあけびですが、二人の行く先には何やら暗雲が……

 と、実はこちらのコンビの出番は今回はちょっと控え目なのですが、中年親爺のダメなところを集めたような権蔵と、現代っ子(?)くノ一のあけびの凸凹っぷりには相変わらず独特の呑気さがあります。
 こちらも深刻さとは無縁で安心して読めるという点では、吉宗サイドと同様といえるでしょう。


 と、基本的に善人か抜けた人間ばかりが登場する本作なのですが、そんな中でただ一人、純粋な悪人が山内伊賀亮――天一坊事件をご存じの方であれば頷かれることと思いますが、天一坊の軍師として暗躍したと言われる人物であります。
 本作においても天一坊を背後から操り、大権を握らんとする伊賀亮ですが、はたして彼だけ悪役を背負っていて大丈夫なのか、と思っていたら終盤になんと! という新キャラクターが登場することになります。

 作中にこれまでいなかった(そしてこれはこれでまた作者らしい)、そしてある意味ネームバリューあるキャラの登場に、ますますこの先の展開が読めなくなってきたシリーズであります。

(そして前作で、さらっと気になることが書かれていた彼の今後も気になるところですが……)


『いい湯じゃのう 二 将軍入湯』(風野真知雄 PHP文芸文庫) Amazon

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2022.03.18

わらいなく『ZINGNIZE』第7巻 ついに結集、江戸の三甚内!

 死闘の最中に乱入した伊達軍により状況が混迷を深める中で、炎の巨人と化して暴走する風魔小太郎。小太郎に挑むは、高坂・鳶沢・庄司の江戸の三甚内――そしてもはや完全に人間を捨ててしまった小太郎に対する高坂甚内の最後の秘術とは!? いよいよ決戦の時であります。

 死人の軍勢から愛するくノ一・菊を救うため、蘇った太田道灌を味方につけて小太郎に挑む高坂甚内。唯一の弱点である高坂甚内の毒を、自らが燃え上がることで克服した小太郎ですが、そこに重火器を携えた中田譲治×2と岡本美登――ではなく伊達政宗と伊達成実、片倉小十郎が乱入、一気に状況は混迷の度合いを深めることとなります。

 さらに、小太郎の不死身の肉体の源であった足柄山の返魂樹が別働隊に焼かれ、焦る小太郎はこの場を離脱しようとするのですが――もちろん高坂甚内がそれを見逃すはずもありません。
 駆けつけた庄司甚内を連れ、小太郎を追う高坂甚内。しかし最後の力を振り絞った小太郎は二人を突き放して逃走、残された二人の前に現れたのは鳶沢甚内で……

 というところで、ついに高坂・鳶沢・庄司の江戸の三甚内が集結することとなった本作。斬っても燃やしても、毒でももはや死なない怪物に挑むには、超絶の技を持つ三人が手を組むしかない!
 といっても、どうすればトドメをさせるの!? というのがここまで本作を読んできた人間の正直な感想なのですが――なるほど、ここまで無茶苦茶な怪物として描いておいて、ここはこうくるか、という理詰め(?)の展開には、やられた! というほかありません。
(と思っていたら、この後に実にしょうもない展開があるのも、実に本作らしい)


 そして走馬灯というべきか――追い詰められた小太郎が思い出すのは、かつて秀吉の小田原攻めで北条が敗れ去った際の北条氏政との会話と、その後大坂城に乗り込んで豊臣秀吉と交わした会話。
 秀吉を殺してきてやるという小太郎に氏政が何と答えたか、そしてその氏政亡き後、自分を殺そうとする小太郎に秀吉が何と答えたか――ここで示されるのは、彼ら戦国武将たちと小太郎の、人の上に立ついくさ人と彼らに使われる「狗」の、残酷なまでの違いであります。

 それは身分や血ではなく、心の有り様――どれほど超絶の肉体的な力を持とうとも、決して埋められないものの存在を知った時、小太郎は何を思ったのか? その無念こそが、これまでの小太郎の暴走、そして人の身を捨ててまで生にしがみつく様の根底にあることは間違いないでしょう。
 そして以前(第4巻)、小太郎は菊に秀吉との出会いの様を語りましたが、そこでの内容と今回の違いは、矛盾というものではなく、小太郎をしてそう語らざるを得なかったのだろうと――そう感じさせられます。


 そしてそんな想いが暴走を続け、ラスボス形態というか、もはや怪獣と化した小太郎。もうここまでくると鳶沢甚内の重火器も通じない存在と化した小太郎に成すすべはあるのか、というところで高坂甚内が繰り出す「奥の手」とは……
 前巻飛び出した「七つの五右衛門忍法」というパワーワードを遥かに超えるとんでもない切り札にはもはや愕然、今度の今度こそは決着か!?

 というところで、物語は続くのですが――その先に、小太郎と甚内たちの違いが、甚内たちが単なる「狗」でないことが描かれることを強く期待する次第です。
(もちろん、ここに至るまでに既に描かれているといえば描かれてはいる気もしますが……)


『ZINGNIZE』第7巻(わらいなく 徳間書店リュウコミックス) Amazon

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2022.03.17

「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その三)

 「コミック乱ツインズ」4月号の紹介、最終回であります。

『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 浮田国定との長きに渡る戦いの末、効率重視に目覚め、徐々にアレな感じになっていく直家(しかし作中では最初っからそんな感じだったような気がしないでもありませんが……)。
 結局国定が籠もっていた、そして祖父の城であった砥石城は与えられず、それどころかその祖父の仇である島村盛実に与えられたのですが、それでも腐らない直家はこれはこれで一個の人物という気がいたします。
(しかし憤る弟への対応は……)

 そんな彼に対して浦上宗景が下した新たな指令とは――常人にとってはめでたいイベントですが、しかしそれがこの先、恐ろしい史実に繋がっていくことになります。
 はたして本作がその時をどのように描くのか――早く知りたいような知りたくないような、という気分です。


『徒花』(鶴岡孝雄)
 密通した妻に妻敵討(姦夫姦婦を斬ること)もせず、離縁状を書いたことから周囲の物笑いとなり、親類たちから罵声を浴びせられる侍・柴山啓吾。ある理由から人を斬ることを極度に恐れる彼に対し、本家の伯父である勘兵衛のみは柔らかく接するのですが――しかしそんなある日、啓吾と勘兵衛は、思わぬ場で対面することになります。
 武士の対面を守るための行動に出た勘兵衛に対し、啓吾は……

 人を殺めることを恐れる、というより強いトラウマを抱く侍を主人公とした、一種の武士道残酷物語というべき本作。自分に恥をかかせた相手は殺し、自分は腹を斬るというのが武士の取るべき道だとすれば、はたして武士というのは何者なのか。武士というのはあるべき人間の姿なのか――周囲から「武士」たるべし、とどんどん追い込まれていく主人公の姿にはそんなことを思わされます。

 そしてその果てに彼が選んだ道は――武士と人間とどちらを選ぶのか、その答えは、時代劇としては失格なのかもしれませんが、それでも一つの希望があるようにも思えるのです。


『カムヤライド』(久正人)
 空畦(アクウナ)の土地の権利を巡る「殖す葬る」(ブエスボウル)の試合を前に、相手チームの卑劣な手段により仲間が倒れ、自分とカンパとキノの三人のみとなってしまったマリアチ。しかしそこで現れた二人の助っ人を加え、マリアチは戦いの場に臨む……(注:カムヤライドです)

 というわけで、人間兵器・神薙剣と化したヤマトタケルとオトタチバナが、そして天津神たちが迫るという超緊迫した状況から一転、何故かデスペラードな感じの野球展開となってしまった本作。本当に何故!? という感じなのですが、イザナギの黄泉国下りにおける、黄泉比良坂でのイザナミと八柱の雷神からの呪的逃走を、シレッと野球いや「殖す葬る」の起源(?)にしてしまうセンスには恐れ入ります。

 しかしバンデラス――じゃなかったマリアチチームには、それぞれモンコを追ってきたオシロワケ大王の密偵タケゥチと、天津神の一人であるコヤネ(アマツ・ノリット)が何故か助っ人で参入。これはただで済むはずがないと思いきや――いやはや。
 これまでキャラ薄めだったトレホ親方の弟子・サンゴのキャラがいきなり異常に立ったり、モンコが普通に面白お兄さんになっていたり(あと、絶対やると思ったデスペラード打ち(のポーズ)があったり)と、久々に肩の力を抜くことができる回だったのですが――最後の最後でいきなりまた不穏な空気が漂うことに。これまで以上にどこから何が飛び出してくるかわからない展開であります。


 次号は特別読切で『しくじり平次』(所十三&野村胡堂)が登場。原作は言うまでもなくあの平次ですが――もしかすると7年ぶりの登場でしょうか?


「コミック乱ツインズ」2022年4月号(リイド社) Amazon

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2022.03.16

「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」4月号の紹介の続きであります。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 前回、柳沢吉保の息のかかった徒目付・永渕啓輔の使嗾した破落戸三人を叩きのめし、敢えてその三人を突き出すことで大事にした聡四郎。それは、これだけ権力の闇に首を突っ込みながらも聡四郎が勘定吟味役を続けられるその理由、つまり謎の支援者を洗い出すためだったのですが――しかしそれが図らずも江戸城中の話題となってしまいます。

 命令も聞かないくせに騒動を起こす聡四郎におかんむりの白石は置いておくとして、同役の勘定吟味役たちは聡四郎の剣の腕を知らなかったのか!? と今更驚かされましたが、考えてみれば彼の戦いは政の裏で繰り広げられていたわけで、それも当然なのかもしれません。もっとも聡四郎の方も、徒目付としてしれっと呼び出してきた永渕のことを、これまで幾度も死闘を繰り広げたにもかかわらず、どこかで会ったような気がする――で済ましてしまうのですから、人の目というのは当てにならないものなのでしょう。
 にしても特命を受けた主人公に上から圧力がかけられる、というのは定番の展開ですが、逆にその圧力がかからないのは何故か、という角度から物語を描いてみせるのは本作ならでは。その一方で、間部家を操って聡四郎を狙おうという紀伊国屋の企みが進行しているわけですが……

 ちなみに今回、見開き2ページを横に断ち切って聡四郎と白石の会話を描いたり、ラスト3ページ連続でこの暗闘に加わる面々の顔ぶれが描かれたりと、力の入った構図の面白さも印象に残るところです。


『儘に慶喜』(日高たてお)
 漫画版『巷説百物語』などを発表してきた作者が描くのは、徳川慶喜を中心に据えた幕末史ともいうべき物語。徳川最後の将軍である慶喜は、幕府崩壊後も生き延び、約30年ほど静岡で暮らしましたが、本作はその悠々自適に暮らす慶喜の姿から始まり、そこに至るまでの幕末の流れが語られることになります。

 山岡鉄舟の西郷隆盛会談から江戸無血開城、旧幕臣の駿府移住まで――鉄舟、勝海舟、大久保一翁、清水次郎長、渋沢栄一など慶喜と直接関わりのあった人物だけでなく、果ては石松まで飛び出す意外史という趣きで描かれる本作。しかし驚かされるのは、その中で慶喜がほとんど何もしないことでしょうか。
 考え、動くのは鉄舟や海舟など周囲の人物、慶喜はデンと構えている――といえば聞こえはいいですが、見ようによっては周囲に任せっきりという状況。確かにそれでは近藤勇も恨み言の一つもいいたくもなるでしょう。

 その一方で印象に残るのは、静岡に暮らす慶喜が、折りに触れて富士に向ける視線であります。徳川幕府の中心であったであった男が今なお日本の中心であり続ける山に向ける視線――そこには、不動の中心であることの意味と重みを知る者ならではの、そしてだからこそ自分自身を韜晦しなければならなかった者の想いが感じられるのです。

 ちなみに、リアルなタッチと漫画的なデフォルメが共存するのが作者の絵柄の印象的なところですが、それはもちろん本作でも健在。最初のコマで自転車を漕ぐ慶喜の顔を見ただけで、作者の作品とわかるのが、何とも楽しいところであります。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 宰相ジファルの暗躍によって蒙古軍に捕らえられたものの、相棒の墨蝗の助けで脱出に転じ、ビジャにまでたどり着いたブブ。しかし蒙古軍の追撃はなおも続き、蒙古兵がビジャに入り込む事態に……
 という緊迫した状況の中で展開されるのは、上半身裸で目元だけ出た仮面姿の巨漢という、インパクト絶大な謎の敵とブブの激突。フロントスープレックスやバックドロップも飛び出す超巨漢同士の激突はブブの勝利に終わり、侵入した蒙古兵もビジャ兵が撃退に向かったことで、まずは一安心です(が、実は普通に生きていた仮面の男の正体が気になります)。

 そしてビジャが一つの危機を乗り切った一方で、後半は急展開。バグダードがラジンの父フレグの手に寄って陥落、凄絶な大虐殺が行われた中で、オッド姫の運命にもかかわる事態に繋がっていくことになります。その一方、蒙古側にも思わぬ新キャラが登場、ビジャと蒙古、対峙する双方の先行きが見通せない状態に――というところで、続きます。


 もう一回続きます。


「コミック乱ツインズ」2022年4月号(リイド社) Amazon

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2022.03.15

「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その一)

 「コミック乱ツインズ」4月号は、驚愕の新連載『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』が表紙&巻頭カラー。そして『おんな座頭けもの道』『儘に慶喜』『徒花』と特別読切が一挙三本掲載と、豪華な内容となっています。今回も、印象に残った作品を一つずつ挙げていきたいと思います。

『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎(原案))
 というわけで、数ヶ月前に完結した武村版『仕掛人 藤枝梅安』がまさかの復活(?)。一見食と関係のないような漫画のグルメ版スピンオフというのは、以前から密かにトレンドになっているような気がしますが、まさか梅安でそれをやるとは――と最初は驚きましたが、冷静に考えれば梅安(というか池波作品)は食と関係大あり。『梅安料理ごよみ』といった書籍も発売されているくらいですから、むしろあって当然なのかもしれません。

 さてその第一回で描かれるのは、梅安ではお馴染みの料亭井筒の料理。井筒の主人の病を治した例に豪勢な膳を振る舞われる梅安ですが、そこで女中になったばかりのおもんと出会い――と、わずか16ページながら本編の隙間を埋める内容となっているのが楽しいところです。
 そして井筒の膳と同じくらい、冒頭の卵かけご飯が旨そうで……


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 ついに二胴修行の現場を目撃し、秘剣攻略のために己の命を擲つ覚悟を固めた佐内。体を絞るために暫く粥だけでいいと、巻頭の漫画とは正反対の(?)食生活で気合いを入れるのですが――『剣は特訓する』『弟子も育てる』 「両方」やらなくちゃあならないってのが「道場主」のつらいところ ではあります。
(しかし特訓に打ち込むあまり、本当に似合わない無精髭はともかく、月代まで毛が生えだしたのはいただけません。)

 と、そんな殺伐とした状況に訪ねてきた見知らぬ女性は、なんと根岸大隅のご内儀。三日前から根岸が姿を消し、益子屋に訪ねてもわからないので訪ねてきたというではありませんか。そこで根岸に馴染みの女がいたことを思い出した佐内がその店を訪ねてみれば、女の方も三日前から姿が見えないということで……

 立ち位置的に絶対危ない危ないと思い続けてきた根岸大隅ですが、ついに彼にも迫った魔の手。剣の腕でいえば佐内に勝るとも劣らない、踏んだ場数ではおそらく佐内以上の彼ですが、しかし純粋に人を殺すことのみを目的とした魔剣に抗することはできるのか。
 金で他者に刃という名の牙を突き立てる「犬」と、獲物を駆り立て喉笛に――いや土手っ腹に喰らいつく「狗」、強いのはどちらでしょうか?

 そしてそんな「狗」のやり口が、恐ろしい事態を招きかねないことに気付いてしまった佐内は……


『おんな座頭けもの道』(伊藤黒介)
 冒頭に述べたとおり特別読切三作品が掲載された今号ですが、衝撃度という点では本作が一番でしょう。現在はpixvを中心に活動を続ける作者が、「創作なんちゃって時代劇」と題して展開してきた『おんな座頭市』シリーズが、見事に時代劇画雑誌に凱旋したのですから。

 年端もいかぬ少女ながら、天才的なまでの剣の腕を持つ仕込み杖の使い手・市。本作は、按摩を表の顔、人斬りを裏の顔とする彼女の人斬り行を描くシリーズであります。
 そんな彼女が今回請け負ったのは、店の若い衆を斬って宿場の飯盛女を連れ出した侍の始末。相手の居場所を突き止めた市は、侍のもとを訪れるのですが……

 格好良くなければ、善悪の定まった仕掛けでもない、晴らせぬ恨みを晴らすというわけでもない――そんなある意味日常の一幕のような人斬りを描く本作。そんな物語が、市と侍、そしてもう一人を通じて、静かに描き出されることになります。
 決して派手ではない(しかしクライマックスの殺陣は、こう動くかと思わず感心)からこそ印象に残る本作、なんちゃってなどでは決してない、佳品というべき作品でしょう。ぜひ再登場を期待したいところであります。
(ちなみに、「女は座頭になれないんじゃ」というツッコミをしれっとごまかすのがなかなか愉快)


 大変長くなりますので続きます(全三回予定)。


「コミック乱ツインズ」2022年4月号(リイド社) Amazon

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2022.03.14

『半妖の夜叉姫』 第46話「絶望の妖霊蝶」

 りおんを救うため妖霊蝶に乗り込んだ三姫。その前に現れた希林理をとわが足止めする間に、せつなともろははりおんの元に向かう。一方、外の世界では犬夜叉たちが妖霊蝶の動きを止めるため奮闘し、殺生丸は麒麟丸との決闘に臨む。とわが希林に苦戦する中、せつなともろははりおんの心の声を聞くが……

 いよいよクライマックス、今回もアバンなしで最初から最後まで決戦また決戦が各所で繰り広げられることになります。

 各地で妖怪たちを吸収・消滅させていく妖霊蝶。その猛威は竹千代の故郷である狸穴島まで及び、あわや一族消滅かというところで、かろうじて犬夜叉とかごめの力で気を逸らすことができたのですが――しかしもちろん、このまま野放しにはできません。そんな中、理玖からりおんが取り込まれたと聞き、妖霊蝶の中に乗り込むことを決意した三姫。どうやらりおんも彼女たちは拒絶はしないらしく、三姫と理玖のみを中に迎え入れます。
 と、蝶の中とは思えぬ空間に驚く間もなく(本当、何なんでしょうかこの中の調度は)、希林先生、いや希林理に出迎えられる四人。希林は世界をりおんの望むものに変えるため、妖怪たちを滅ぼすだけでなく、争いを繰り返す愚かな人間たちを管理すると、やっぱりエコロジー系ラスボスチックなことを言い出します。ここは現代育ち同士、因縁というか顔見知りの自分が引き受けたと、とわともろはを先に行かせ、希林と対峙するとわと理玖。しかし理玖はさっさとりおんによってどこかに引っ張っていかれ、とわと希林の一騎打ちは、蔵書庫のような空間で続くことになります。

 世界中の本が集まっているという蔵書庫(だからいつの間に――と、もしかして麒麟丸の船を取り込んだのかしら)の中で、激しくぶつかりあう二人。その最中、希林は実は歴史の先生になりたかった、と言い出します。歴史上、妖怪が人間に手を貸した例はいくらでもあるのに、人間の歴史書からは妖怪の存在は抹消されている。子供たちには私が真実の歴史を教えなければ!
 ――そりゃ歴史の先生にはなれません。というかよくほかの教科とはいえ先生になれたな!? という感じですが、それはさておき斬星剣を使いこなす希林によって、とわはあっさり妖気を吸われ普通の人間となってしまいます。もっとも、彼女の今の得物は真・菊十文字なので、武器の面で影響はありません(そのために彼女の手に渡っていた?)が、しかしそれでも分が悪い。人間の愚かさを説く希林に対して、人間にも妖怪にも悪いやつもいれば良いやつもいると反論、口では負けていないとわですが……

 一方、妖霊蝶の奥、りおんが閉じこもった空間にたどり着いたせつなともろはですが、りおんは二人を拒絶し、色とりどりの糸が二人を取り囲みます。そして糸が迫ってきますがこれは鋭利な刃も同じ、一歩間違えればサイコロステーキというところですが――糸といえばこれ、というべき所縁の断ち切りがその能力を発揮します。どれか一本はりおんから出た糸――というわけで、せつながそれを見切り、二人で斬っていくという展開ですが、一本切るたびにりおんの心中が一言ずつ流れ、そして糸がリセットされるというのは、RPGのボス戦の演出みたいではあります。
 それはともかく、その心の声の中で語られるのは、麒麟丸に戦いの場に連れ回されるのが嫌だったという繰り言。あんな親を持った子供の気持ちはわかるまい、と言っても、三姫ならわかるんじゃないかな……

 そしてその麒麟丸はといえば、殺生丸と妙に良い動きで一対一の決闘の最中。相変わらず煽りスキルの高い殺生丸に、まるで人間のようだなどと言われながらも、互角の戦いは続きます。
 そして犬夜叉とかごめは、妖怪の群れから人々を守っていた弥勒一家と妖怪退治屋を糾合、フルメンバー+αで、妖力では歯が立たない妖霊蝶の動きを、法力と霊力で封じるための行動を開始します。妖怪退治屋や金烏玉兎コンビが妖霊蝶の注意を引き、珊瑚の漆黒の飛来骨が光の翼のようなエフェクトで足止めしたところに、かごめの破魔の矢が動きを止め、弥勒の法力が妖霊蝶を縛る――怒涛の連携作戦で動きは止めたものの、さて内部の三姫は苦戦の真っ最中。特に追い詰められたとわの運命は……


 四元中継で決戦が繰り広げられる今回ですが、やはり特に印象に残るのはとわと希林の対決。現代では人間大好きと言っていたのに、戦国に戻った途端(りおんが死んだと聞いた途端)いきなり違うことを言い出した希林は、やはり右腕に脳はないのかな、という気もします。
 というか結局本体がどうにかしないと状況は動かない気もしますが、説得役(?)が殺生丸なので、はたしてどう転ぶか……


関連サイト
公式サイト

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2022.03.13

岩崎陽子『無頼 BURAI』第3巻・第4巻 斎藤と沖田、すれ違う想い

 斎藤一を主人公に、伝奇テイスト濃厚に新選組の姿を描く本作もいよいよ中盤――なのですが、ここから物語はそうした要素をほとんど排した、歴史ものとしての色彩を強めていくことになります。京の商家を次々と襲う凶賊に挑む新選組ですが、その中でふとしたことから斎藤と沖田はぶつかり合うことに……

 次々と商家を襲っては中の人間を皆殺しにし、天誅の文字を残す凶賊――その奇妙に冷静さを感じさせるやり口に違和感を感じる斎藤と沖田。出動が増えるのに対し、新選組には多くの新入隊士が加わったものの、まだまだ実戦経験が浅い彼らは使いものになりません。
 そんな中、斎藤はかつて江戸で道場の後継者を巡って真剣勝負を繰り広げた男・相河と再会しますが、後日再び賊と対峙した時、その中に相河の姿を認めることになります。

 一方、屯所で沖田が土方に「斎藤さんは土方さんの必ず役に立ちます」と告げているのを聞いてしまった斎藤。自分が道具扱いされていると感じてしまった斎藤は、沖田への不信感を募らせ、二人の関係はどんどん悪化していくことになります。

 そして町中での探索を通じて、賊が次に狙うのが呉服の大店・三浦屋であることを掴んで来た新入隊士の山崎。三浦屋は新入隊士・西野の許嫁の家でもありましたが、芹沢は山崎のことを信用せず、新選組に出動命令を出そうとしません。そんな状況の中で、斎藤や沖田の行動は……


 と、この第3巻・第4巻の中心となるのは、全五話構成(序章ともいうべき「闇風」を入れれば六話)のエピソード「風戯(かぜそばえ)」。これまでが一話完結であったことを考えればほぼ長編ともいうべき内容であります。
 それだけに
・斎藤に遺恨を持つ剣士が加わった謎の凶賊との対決
・斎藤と沖田のすれ違いを通じた二人のキャラ描写
・新入隊士たちの存在を通じた、武士とは、新選組とはという問いかけ

と、様々な要素が盛り込まれ、さらにそこに死番制度や探索方の設置といった、新選組ではお馴染みの要素にも繋がっていくのですから、ストーリー構成の妙に感心させられます。
(その一方で、超自然的要素は、死番に怯えて脱走・切腹させられた新入隊員の幽霊が登場するくらいなのですが、それはさておき)


 しかしこうした物語の中心となるのは、何といっても斎藤と沖田の関係性にあることは間違いありません。
 お互いに性格にちょっと難ありの二人ですが、特に誤解されやすい態度の斎藤は、これまでどこに行っても周囲に馴染めなかった男。そんな彼が、これまでの戦いを通じ心を開きつつあったのが、沖田をはじめとする試衛館の面々だったのですが――沖田の些細な言葉が元で一気に関係が悪化することになります。

 その一方で沖田がそんな言葉を使ってしまった理由も、明確には語られないものの、これまでの描写を思えば十分に頷けるところがあり――と、このひと波乱が、二人のキャラクターの掘り下げにそのまま繋がっていくのが巧みなところであります。
 そしてそこから更に広がり、試衛館一派とは何なのか、というところから(ここでタイトルに絡めてくる見事さ)、全ての要素が一気に集約されるクライマックスまで――間違いなくこのエピソードは、本作の山場の一つといって良いかと思います。


 さて、第4巻の後半には「陽炎」「遠雷」「乱れ草」が収録されていますが、こちらも実質的には続きものであります。

 大坂での力士との乱闘事件から壬生相撲興行、芹沢の大和屋砲撃、八月十八日の政変――と史実での事件が続いていく中で、斎藤と沖田が出会った若侍・高本貞司郎。
 何やら新選組を窺う様子の高本と関わり合うことになった二人ですが――ここで高本という外部の目を加えることで、この時機の新選組を客観的に見ようとしているのも面白い試みというべきでしょう。

 そしてその陰で土方と芹沢一派の確執はどんどん深まっていき、ついにこの巻のラストでは――というところで、次巻はいよいよ最終巻であります。


『無頼 BURAI』(岩崎陽子 ナンバーナイン) 第3巻 Amazon/ 第4巻 Amazon

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2022.03.12

4月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 まだ寒い日もありますが、桜の芽も膨らみ、もう春は目前といったところ。そして新学期・新年度の始まりですが――まあ何よりも楽しみなのは新刊というわけで、4月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 その4月は、新刊の数はそこそこ多めという印象。まず文庫新刊では、上田秀人の新シリーズ『隠密鑑定秘禄 1 退き口』(徳間文庫)がまず気になるところ。ちなみに上田作品としては漫画ですが『勘定吟味役異聞』第11巻(かどたひろしリイド社SPコミックス)も登場です。

 また、『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(輪渡颯介 講談社文庫)、『晴明の事件帖 賀茂祭と道真の怨霊』(遠藤遼 角川春樹事務所ハルキ文庫)、『唐国の検屍乙女』(小島環 講談社タイガ)が楽しみなところです。
 その他、『鬼哭の剣』(進藤玄洋 早川書房ハヤカワ文庫JA)、『おんな与力 花房英之介』第4巻(鳴神響一 双葉文庫)、文庫化の『八本目の槍』(今村翔吾 新潮文庫)も要チェックでしょう。

 また、『ギフト 異形コレクション53(仮)』(井上雅彦 光文社文庫)も、何が含まれているかわからないだけに楽しみなところです。


 一方、漫画の方では、新登場の『くだんのピストル』第1巻(山崎峰水&大塚英志 KADOKAWA角川コミックス・エース)、いよいよ最終章突入の『ゴールデンカムイ』第29巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス)、早くも第2巻登場の『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第2巻(東直輝&山田風太郎ほか 講談社モーニングKC)が、何と言っても楽しみなところであります。

 そして『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第3巻(伊藤勢&夢枕獏 KADOKAWAヒューコミックス)、『逃げ上手の若君』第5巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス)、『ワールドイズダンシング』第4巻(三原和人 講談社モーニングKC)、『太陽と月の鋼』第4巻(松浦だるま 小学館ビッグ コミックス)、『青のミブロ』第2巻(安田剛士 講談社コミックス)、『無限の住人~幕末ノ章~』第6巻(陶延リュウ&滝川廉治ほか 講談社アフタヌーンKC)、『明治ココノコ』第3巻(坂ノ睦 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス)と、かなりの点数が刊行されます。
(戦国ものがないのが意外ですが……)

 また、中国ものでは『千年狐 ~干宝「捜神記」より~』第7巻(張六郎 KADOKAWAMFコミックス フラッパーシリーズ)、『天上恋歌 ~金の皇女と火の薬師~』第5巻(青木朋 秋田書店ボニータ・コミックス)があります。


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2022.03.11

深谷陽『童の神』第4巻 桜暁丸の戦いと、穂鳥の食卓と

 ついに直木賞を受賞した今村翔吾の代表作『童の神』の漫画版も、この巻でいよいよ佳境に入ります。自由を求めての第一歩を踏み出したものの、同族の裏切りで窮地に陥る桜暁丸。はたしてこの危機を乗り越え、新たな道を切り開くことができるのか。そしてその先もまた、戦いは続くのです。

 兄と敬愛していた袴垂を裏切りと罠によって失った末、畝火の民が暮らす葛城山に迎え入れられた桜暁丸。やがて桜暁丸の案により、畝火は「童」や困窮した民を迎え入れて勢力を増し、畝傍山をもう一つの拠点とするのですが――桜暁丸はさらに滝夜叉一党の籠もる竜王山、「鬼」と呼ばれる粛慎の住処・大江山との連合を目指すことになります。

 まず竜王山と結び、次いで大江山に向かう桜暁丸。しかし大江山の長・虎前の叔父であ、実質的に山を動かす豹弾は、既に京人と結ぶ交渉を進め、その材料として桜暁丸は捕らえられ、都に引き渡されることになります。
 ところがそれは京人の謀計であり、油断を突いて大江山を攻める都の軍勢。この窮地において、桜暁丸は自分を解放すれば葛城山から救援を連れてくると語るのですが……

 というわけで、この巻の冒頭で描かれるのは、三山連合に向けた最大の試練というべき大江山攻防戦。一度は自分を裏切った相手を助けるために、桜暁丸はただ一人、敵の重囲を駆け抜けることになります。
 しかもこの敵には、同胞であるはずの「童」たちが含まれているのが重い。「童」たちに同情する京人もいれば、都人に屈して生き延びようとする「童」たちもいるのが本作ですが――しかし実際に戦場で「童」同士が相まみえるのは、やりきれないものがあります。(そんな中で、ここで対峙する桜暁丸と犬神の男の、スタイリッシュかつ感情の籠もったアクション描写が印象に残ります)


 そして幾多の犠牲を払って成立した三山連合と畝傍山の砦によって、朝廷軍を幾度となく退ける桜暁丸。しかし朝廷方が黙ってやられているばかりのはずもありません。
 因縁重なる源頼光の策により、捕らえられ処刑を待つ滝夜叉の民を救うべく、独断で動いた滝夜叉の首領・葉月。彼女を救うため京に急ぐ桜暁丸ですが、しかし待ち構えていた貞光・季武・綱・金時の四将を相手に苦戦を強いられることになります。その窮地を救った葉月の祖母・皐月とともに、桜暁丸は安倍晴明の下に身を寄せることになります。

 思えばこの物語の幕開けは晴明と皐月の出会い。そして晴明が皆既日食を凶日と断じたことが、桜暁丸の苦難の人生の始まりであったことを思えば、ここで物語は一つの円環を描いたといえるかもしれません。そして桜暁丸が晴明を赦した直後に訪れる、一つの別れは、物語が新たな段階に入ったことを示すものでしょうか。

 しかし戦いはまだ終わりません。頼光の罠で竜王山が大打撃を受け、さらに葛城山に襲いかかる朝廷軍。あまりに大きな犠牲に衝撃を受けつつも畝傍山に篭もる者たちをまとめ、大江山に脱出する桜暁丸たちを行かせるため、もう一人、大きな犠牲が払われることに……


 若者よりも年長の者が先に逝くのは命ある者の定めとはいえ、運命は一体何人を桜暁丸より奪うのか、と恨みたくもなるこの展開。しかしこの展開がより印象に残るのは、斃れていく者たちが、皆己の生を全うし、それぞれに満足した姿を見せるためでしょう。
 それは言いかえれば、物語の中で彼らが生きていたということですが――それは、時に原作以上にその姿が丹念に描かれていることと、もちろん無縁ではありません。

 いや、年長者たちだけではありません。この巻に登場するキャラクターたちの中で、最も印象に残るのは、桜暁丸と最も長い間共にあった娘・穂鳥ではないでしょうか。
 かつて口減らしのために売られた先で袴垂捕縛の争乱に巻き込まれ、桜暁丸と共に葛城山に逃れた穂鳥。それ以来、桜暁丸の「妹」として暮らしてきた彼女の心中は……

 そんな彼女の想いが食卓を囲む二人を通じて描かれるエピソードは、それ自体は原作でも描かれたものであります。
 しかし原作では桜暁丸視点で比較的サラッと描かれていたものを、本作では穂鳥目線で――理想のためとはいえ戦いに明け暮れる桜暁丸とは対照的な、平穏な日常の象徴というべき食卓の風景を通じて――描くこの場面は、本作ならではのものであり、些か大袈裟に言えば、本作の収穫の一つと感じます。
(だからこそ、その後の展開が刺さるのですが……)


 さて、そんな穂鳥の想いとは裏腹に、残酷な運命に翻弄されるように、大江山に向かう桜暁丸。数多くの「童」たちが集うその地で桜暁丸は何を目指すのか――いよいよクライマックスであります。


『童の神』第4巻(深谷陽&今村翔吾 双葉社アクションコミックス) Amazon

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2022.03.10

堀内厚徳『この剣が月を斬る』第1巻 「闇」を抱えた沖田宗次郎が嶋崎勝太に見た「夢」

 新選組漫画は数々ありますが、その中でも短いながら鮮烈な印象を残すのが本作。沖田宗次郎――沖田総司と嶋崎勝太――近藤勇の出会いから始まり、二人の絆を軸に描かれる物語であります。遠く夜空に輝く月を斬らんとするような大望を抱いた少年/青年たちの辿り着く先は……

 父を亡くし、天然理心流に預けられることとなった9歳の少年・沖田宗次郎。道場の若先生である嶋崎勝太の指導を受けることとなった宗次郎ですが、しかし父の死に鬱屈したものを抱え、強さを渇望する宗次郎は、事あるごとに勝太に反発するのでした。

 そんなある日、宗次郎は町で破落戸を叩きのめしたものの、連れの不気味な剣士の迫力に押され、その場にあった真剣を手に、思わず逃げ出すことになります。
 その晩、勝太と亡き父のことで口論になった末、真剣を振り回して道場を飛び出した宗次郎。そこで再びあの剣士と出会ってしまい、死を覚悟する宗次郎ですが――そこに勝太が駆けつけます。

 そして初めて真剣の切り合いを目撃した末に、刀を持つことの意味を知る宗次郎。翌日、初めて道場で勝太と勝負し、叩きのめされた彼は、勝太を目標に腕を磨くことに……


 こうして、宗次郎と勝太の出会いから幕を上げる本作。沖田総司が主人公の新選組ものは無数にありますし、総司の少年時代からスタートする作品も珍しいわけではありません。
 しかし、本作のように総司が鬱屈したものを――作中でしばしば「闇」と呼ばれるものを、その少年時代から抱える作品は、比較的珍しいと感じます。

 時に殺意という形で現れる彼の闇。それは破落戸を叩きのめした際のみならず、次のエピソードでも、より明確に描かれることとなります。
 子供への歪んだ愛情から、ヒロインのすずをはじめとする子供たちの親を殺し、手元に置いて虐待をしていた坊主。すずの窮地に駆けつけた宗次郎は、手もなく坊主を倒しただけでなく、殺すつもりで執拗に叩きのめすのですが――すずと、そしてここでも勝太の存在が、彼の心を救うことになります。

 強すぎる力を持ち、その一方で脆い心を持つ少年が、愛する人や尊敬できる師・先輩の支えで己と向き合い、克服して成長する――これは少年漫画では定番のシチュエーションですが、本作の沖田もその系譜にあるというべきでしょうか。


 さて、近藤、沖田とくればもう一人、というわけで、続いて登場するのは土方歳三。本作の歳三は(この時期の)通常営業というか、バカ強いものの喧嘩と放蕩三昧で道場にもロクに寄り付かない青年なのですが――そんな歳三が引き起こした騒動を通じて、「武士」であることの意味と、三人の夢が語られることになります。

 この騒動を解決するために勝太が取った手段(とその後の行動)が実にらしくて楽しいのですが――ここで描かれるのは、この先結成される新選組という場が、宗次郎が(そして歳三も)、勝太の中に見た「武士」であることの意味を具現化したものであったということでしょう。
 新選組が彼らの夢(のための手段)という視点自体は珍しいものではありませんが、本作は彼らがまだ何者でもなかった少年/青年時代を描くことによって、その意味をより深めていると感じます。

 もっともこれは、物語の結末を知った上での感想でもあるのですが――結末を読んだ上で、この第1巻を読み直せば、胸にグサグサささるのですが、それはまたその時に。


 と、ここまで幕末青春ものとしての色彩が強かった物語は、第1巻の結末まで来てにわかに不穏な色彩を強めることとなります。
 周囲の人間たちを言葉巧みに操り、江戸の町に火を放たんとする不気味なひょっとこ面の男。宗次郎のことも最初から観察していたようなこの男の名は――

 言われてみればなるほどと思わされるこの男の毒が物語に回るのはもう少し先になりますが――その第2巻についても近日中にご紹介します。


『この剣が月を斬る』第1巻(堀内厚徳 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2022.03.09

森美夏『八雲百怪』第5巻 円環を描く物語 八雲、最後の「ここではないどこか」へ

 森美夏&大塚英志の偽史三部作の掉尾を飾る『八雲百怪』、連載開始以来実に十六年目の完結巻であります。巷を騒がすインテリ青年たちの連続自死。その陰で蠢く奇怪な陰謀に巻き込まれた八雲は、黄泉比良坂に足を踏み入れることに……

 見えぬ片目に異界を映す力を持ち、その異界に限りない憧憬と哀惜の念を抱く小泉八雲。八雲は、柳田国男に雇われて各地の異界の門を封印する異形の男・甲賀三郎、彼が連れる人形めいた童女神・キクリさま、額に三つ目の眼を持つ学生・会津八らとともに、これまで様々な事件に巻き込まれ、古き日本の終焉を目の当たりにしてきました。

 そして今回八雲が巻き込まれることとなったのは、藤村操の華厳の滝での自死をきっかけに若きインテリの間で流行した自死騒動。実はその背後には、目前となった日露戦争用の兵器として不気味な粘菌を利用せんとする、マッドサイエンティスト・土玉の存在があったのです。

 煩悶を抱く者に引き寄せられ、その頭の中に入り込んで脳を食い、その死体を動かすという奇怪な粘菌。仮面の本屋(!)に与えられた本を通じてその粘菌に感染してしまった八雲は、甲賀三郎やキクリの手を振り払って姿を消すのでした。
 そして八雲が姿を現したのは、熊野の南方熊楠のもと――あの粘菌の発見者だった熊楠の案内で、粘菌を採取した場所に向かった八雲は、熊楠のもとで出会った一人の美少年とともに、粘菌の故郷である黄泉比良坂に足を踏み入れることになります。

 そこで八雲は、自分の文通相手であるアンネッタ、そして自分が幼い頃に別れた母と再会するのですが……


 この最終巻に収録されたエピソードのサブタイトルは、「煩悶青年と不死身兵士」。藤村操から始まる青年の自死ブームと粘菌、そして不死身の兵士計画と、いつもながらに伝奇三題噺というべき内容ですが――しかし実はこの部分は物語全体の1/3程度となります。
 残る3/2で描かれるのは、常世国・彼岸・黄泉国――様々な名がある地ですが、かの地に向かう八雲の姿。これを描くことこそが、この巻のメインなのであります。

 思えば八雲は、常に己のあるべき場所を失い/求め、ここではないどこかを探し続けてきた人物であります。
 幼い頃に父と、母と別れ、片目を失い、世界中を放浪した末に、この極東の地にたどり着いた八雲。しかしこれまでの物語で描かれてきたように、この国からも古きものたちは次々と排斥され――そして今、彼自身も職を失うという形で、この国から排斥されようとしていると彼は感じることになります。

 そしてその末に出会った粘菌の力を借りて彼が向かったのは、ある意味、最も「ここではないどこか」――かつてこの国を生み出した大いなる妣が眠る地。そこで彼は、自らが望む安らぎを得るのですが……
 その果てに彼が辿る道についてはここでは詳しくは述べません。しかし彼が母を求める一方で、もう一人の母たる存在が、そして彼女が生んだ存在が彼を――というのは、非常に「民俗学」的であると同時に、どこか物悲しい人間の自然を描いていると感じられます。

 そしてそれは、冥界下りといえば彼こそが先達と言うべき甲賀三郎との対峙を通じて、より強く感じられるのです。


 かくて八雲の物語は終わりを迎えます。しかしそれはあくまでも一つの終わりでしかありません。
 八雲と共に黄泉国に向かった少年はもう一つの名を得、仮面の書店主は事件の陰で暗躍し(しかし土玉の言葉から考えれば、年代的に「彼」ではないはずですが……)、そして柳田國男の手元に残されたものは――日本の近代化と、その過程に現れたあってはならないものたちの物語は、ここに一つの円環を描いたというべきでしょうか。

 偽史三部作の最後の作品、ここに見事完結であります。


『八雲百怪』第5巻(森美夏&大塚英志 KADOKAWA単行本コミックス) Amazon

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2022.03.08

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』遼国篇2 遼国の「招安」と「宋江」の動きと

 『絵巻水滸伝』第二部の二章というべき『遼国篇』の中盤となる第二巻であります。次なる戦場は、難攻不落で知られる覇州。折しも遼国から持ちかけられた「招安」を利用した策を練る梁山泊軍ですが、その内容が思いもよらぬ大混乱を招くことになります。

 大規模な南下を開始した遼に対し、官軍として初陣を飾ることになった梁山泊。奸臣たちの妨害がきっかけで、駐屯地の陳橋で最初の「犠牲者」が出てしまったものの、緒戦の檀州、続く薊州の戦いで快勝――と思いきや、敵将の一矢に張清が首を貫かれることに……

 というショッキングな場面で終わった前巻ですが、幸い命に別状はなかったものの、張清の意識は戻らないまま。意識はまるで死の世界を彷徨っているようで心配になりますが、その話はこれまでとします。

 何はともあれ、梁山泊が快勝を収めた一方で、宋を巡る状況はいよいよ悪化し、その影響で梁山泊の扱いが良くなったのは不幸中の幸いというべきか――梁山泊に理解のある将たちを後詰に迎え、薊州は二仙山の羅真人と宋江が対面するなど、梁山泊はほんの一時ながら、平穏な時間を得ることになります。
 しかし次なる目的地・覇州は、遼にその人ありと知られた老将・康里定安が守るだけでなく、大軍が常駐する検問、破るのは不可能な鉄扉、そして城塞への唯一の入口が吊り橋と、三段構えの難攻不落の地。果たしてこれを如何にして攻めるか――というところに飛び込んできたのが、何とその覇州からの「招安」の誘いだったのです。

 もちろんこの誘いは論外だとしても、覇州を陥すにはこれ以上の機会はありません。かくて宋江と限られた将兵が、覇州に出向くという先方の要求に乗って城内に潜入、宋江を引き戻しにきた体の盧俊義の軍と呼応して内外から攻める――そんな策を立てた梁山泊ですが、しかしこの策には問題が一つあります。
 宋江が相手の懐に飛び込むということは、彼が人質に取られかねないということ。これに対して、梁山泊側は宋江と瓜二つの影武者を用意し、この「宋江」を覇州に送り込むのですが……


 というわけで、何だか猛烈にイヤな予感がしてきましたが、その予感はもちろん(?)当たることになります。

 元々この遼からの「招安」のくだりは原典にもあったものの、そちらでは非常にあっさりと遼側は梁山泊側の策に欺かれ、敗北を喫することになります。しかしあくまでも遼国は梁山泊が対等に戦うべき強敵として描かれている本作においては、ここでの互いの動きの読み合いが重要な要素となります。
 が、ここで全てをぶち壊しかねない――しかしある意味非常に「らしい」形で「宋江」が動くことによって、事態が予想もできなかった方向に転がっていくのが面白い。

 そして、敵の懐に入り込む宋江・その後を追ってくる呉用・宋江を罵り攻撃してくる盧俊義という、原典にもある三人の構図が、ここで全く異なる意味を持って浮かび上がるのも、実にユニークなところです。
 特に本作の盧俊義は、ある意味宋江以上に掴みどころのない謎めいたキャラクターなのですが、そんな彼がついに大爆発する場面には、何とも不思議な痛快さが溢れていると感じます。


 さて、梁山泊の快進撃が続く一方で、不気味な動きを見せているのが遼――というより燕サイドであります。

 ここで触れておけば、史実ではこの時期の遼の皇帝は天祚帝(耶律延禧)ですが、原典で登場する遼王は耶律輝なる人物。しかも史実の遼の都は上京だったものが、原典では燕京となっています。
 本作ではこの矛盾(というか誤り)を解消するため、遼の侵攻の中心人物を、史実での燕王・耶律淳として描いているのが一つの工夫というべきでしょう。

 史実でも遼に離反し、一国を打ち立てた耶律淳ですが、本作において彼の暴走ともいうべき行動の背後にいるのは、本書の表紙を飾る慕容貴妃(とかつて呼ばれた女)。燕国復興を目論み、兄の慕容彦達とともに暗躍したものの、梁山泊に敗れ、死んだはずの妖女が、今度は燕王を狂わせ、戦いに走らせていたのであります。

 なるほど、遼を単なる侵略者として描かず、人間の顔を持って描くためにこのような形となったのかと感心しつつ、この燕京でのいわば御家騒動が、物語の行方を左右することは間違いありません。
 この遼国篇のヒロインともいうべき天寿公主もようやく動き始め、梁山泊側と並行してこちらのドラマも気になるところです。


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 「絵巻水滸伝」第2巻 正しきオレ水滸伝ここにあり
 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

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 公式サイト
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2022.03.07

峰守ひろかず『今昔ばけもの奇譚 五代目晴明と五代目頼光、宇治にて怪事変事に挑むこと』 怪異との対峙の末に彼らが見出すもの

 安倍晴明と源頼光といえば、今なお名を残す平安のゴーストハンターですが、その五代目に当たる安倍泰親と源頼政もまた、大物妖怪と対決した人物です。本作はその泰親と頼政の二人がバディとなって、宇治を舞台に様々な怪異に挑む、何ともユニークなミステリであります。

 豪傑・源頼光の五代目の子孫である頼政は、お人好しで武芸よりも和歌を好む、ちょっと頼りない青年。ある日、関白・藤原忠通に呼び出された彼は、忠通の父・忠実が隠棲する宇治の警護を命じられるのでした。
 実はこれは左遷も同然、落ち込みつつ宇治を訪れた頼政ですが――そこで忠実から、人魚の肉を食べて不老不死になったという女性・橋姫が、人々からお布施を巻き上げているのを取り締まるよう命じられことになります。

 しかしいざ対面した橋姫に、あっさりと言い負かされてしまう頼政。途方に暮れていた彼は、藁にも縋る気持ちで、平等院に籠もっているという陰陽師を訪ねることになります。
 そこで対面した相手はまだ十代半ばの少年。ところが彼は安倍晴明の五代目の子孫・泰親と名乗るではありませんか。橋姫の話に興味を持った泰親が、彼女の前で語るのは……


 酒呑童子をはじめとする怪異と戦った源頼光。そしてその手助けだけでなく、様々な伝説を持つ安倍晴明。しかし奇しくも共に彼らの五代目に当たる頼光と泰親も、大妖を退治したと後世に知られている人物であります。
そう、頼光は鵺を、そして泰親は九尾の狐を――そんな二人がコンビを組んで、この二体をはじめとする様々な怪異に挑むと聞けば、好きな人間には黙っていられないでしょう。

 しかし本作は、いわゆる陰陽師ものとは大きく異なる物語であります。確かに、頭の回転が早いけれども偏屈者の陰陽師と、お人好しで良識的な武人のコンビというのは、陰陽師ものでは定番中の定番ですが――本作の泰親が使うのは術ではなく知恵と知識。怪異の陰に隠れた真実を暴くのが彼の役割なのです。
 なるほど、本作で繰り返し泰親が述べているように、陰陽師が実際に用いるのは魔術妖術ではなく、天文暦法。それが構成では魔術師のように扱われているのは、晴明が神格化されたためだと思われますが――何はともあれ、妖怪や怪異としか思えぬ事件の数々を、二人が合理的に解き明かしていくのは何ともユニークかつ痛快なものがあります。
(もっとも、それだけでは終わらないのですが……)

 先に述べたのは第一話「人魚を食った橋姫」ですが、ここで登場した外術師の娘・玉藻(!?)もレギュラーに加わって展開する物語は全五話――
 貴族や金持ちの屋敷が猿・虎・蛇が合わさったような物の怪に次々と襲われる事件を二人が追う「鵺の啼く夜」
 玉藻が助けた記憶喪失の男が竜宮城から帰ってきたと語ったことから、思わぬ騒動に発展する「竜宮帰り」
 ある高位の人物と悶着をおこした末、側室になるか死罪かを選ばされる事となった玉藻を救うため、二人が奮闘する「妖狐玉藻前」
 占術の大名人を自称する怪人・阿久路童子の、平等院宝蔵に収められた鬼の王の首が奪われるとの予言に泰親が挑む「鬼の王の首」

 鵺も玉藻前も織り込んで、小説界きっての妖怪好きである作者らしい匙加減で描かれる、虚実皮膜の間を縫う物語は、妖怪もの・陰陽師もの好きにこそ読んでいただきたい内容となっています。

 その中で一つ、特に印象に残ったものを挙げるとすれば、どう見ても浦島子の伝説そのままの人物が出現、この人物が語る数百年前の華やかな京の有り様に、貴族たちがすっかり魅せられてしまうという「竜宮帰り」でしょうか。時代背景と絡めた趣向の面白さはもちろんのこと、その謎解きと物悲しい真実は、本作ならではの味わいと感じます。


 さて、本作でもう一つ印象に残るのは、成長小説的な側面であります。これまで何度も述べたように、本作の主人公二人は伝説的な人物の子孫ですが――しかし本人たちにとっては、それはむしろいい迷惑として描かれます。自分は自分であって、過去の人間たちは関係ない、と。

 かくて二人は、それぞれの形で、勝手な世間の眼に反発することになります。しかし自分自身とは、自分らしい生き方とはなんでしょうか?
 そんな想いを抱えた二人は、怪異との対峙、怪異の謎解きを通じて、自分自身を見つめ直すことになります。そしてその先に見出すのは、「昔」に縛られることのない、真の彼らにとっての「今」の始まりなのです。

 ユニークな平安伝奇ミステリであると同時に、歴史上の人物を通じて自己を確立することの意味を(そして一つの歴史の始まりを)描く――本作はそんな物語です。


『今昔ばけもの奇譚 五代目晴明と五代目頼光、宇治にて怪事変事に挑むこと』(峰守ひろかず ポプラ文庫ピュアフル) Amazon

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2022.03.06

『半妖の夜叉姫』 第45話「希林理の妖征伐」

 妖霊星を戦国時代に持ち帰った希林理。りおんの前に現れた希林は、彼女の望みを叶えると称し、吸妖魂の実を用いて妖霊星の中で眠っていた妖霊蝶を羽化させる。一方、現代に残されたとわたちは、育ての親である草太たちと別れを告げ、阿久留が最後の力で開いた時空の穴を通じて戦国時代に帰るが……

 アバンはなしの今回、冒頭で描かれるのは、希林先生が妖霊星を持ち帰り、天にめり込むように妖霊星が固定されたためか、時の穴から無限に妖怪湧きとなった戦国時代の有様。これを見て、この状況は半妖の夜叉姫のせい、みたいなことを言っている麒麟丸には、この人何言ってるの――という気分になりますが、本人は時の穴に突っ込むのに夢中で、その間の戦国の状態を知らなかったから、ということにしておきましょう。その間に、とわから斬星剣をいただいてきた希林先生は妖怪たちを斬りまくっていますが、これでは何かに足りないと思案顔であります。

 一方、時代樹の反応がなくなって現代に取り残された三姫は、引き続き日暮家に歓待されることに(三人を神社で見つけて飛びつく大ママ、所縁の断ち切りに顔ぶつけそうで怖い)。それでも戦国時代に帰らなければならないと力説するとわですが、ひとまず今晩は休むことになります。芽衣に一緒に寝ようと誘われるせつな、大ママに風呂を勧められるもろはと、微笑ましい光景の一方で、草太ととわの間に流れる空気が切ない……
 そして翌朝、時代樹への三姫の懸命な呼びかけによって時の穴が開くものの、力を使い果たした阿久留はとわの手の中で消滅。悲しむ間もなくせつなともろはが穴に飛び込む一方で、とわと草太一家はもしかしたらこれが最後になるかもしれない別れを告げることになります。とわに対し、とわといた十年間、ぼくたちは十分すぎるほど幸せだったと優しく語りかける草太ですが、ここで彼と手をつないだとわが、幼い頃の姿に戻って礼を言うのは、何ともグッとくる演出でしょう。

 さて、血の繋らない親子の深い心の繋がりが描かれた一方で、戦国時代ではりおんが血の繋がった父である麒麟丸を討つために、麒麟丸の船に乗り込みます。が、そこで待っていたのは、当の麒麟丸を眠らせた(……)希林先生であります。再会を異常に喜ぶ希林先生は、りおんに対してあなたが思い描く世界を作ってみませんかと言葉巧みに語り、彼女を味方につけるのに成功します。
 そして希林先生に促されるまま、りおんが吸妖魂の実を妖霊星に掲げれば、砕け散った実から凄まじい勢いで妖気が吹き出し(?)、そしてその中から現れたのは、前回ちらりと姿を見せたあの蛹――さらにそこから姿を現したのは巨大な蝶・妖霊蝶! OPに姿を見せていたのは夢の胡蝶ではなくこれだったようです。

 妖霊蝶と縁を結び(どう見ても伏線)その内部に消えた希林先生とりおん。そして今頃目を覚ました麒麟丸は、その光景を目の当たりにして激怒、中に突入するのですが――そこで見たのは、妖霊蝶に繋がれ、どう見ても自分の意識はなさそうなりおんの姿であります。激昂するまま希林先生に斬りかかる麒麟丸ですが、右腕は私が本物ですからね? と妙に説得力あることを言う希林先生に力負けしてふっとばされた挙げ句、りおんは戦いの場に行きたくなかったと今更気付かされる始末。そして分身に呼び捨てにされたりお前呼ばわりされたりした挙げ句、麒麟丸は殺生丸排除を命じられるのでした。

 一方、丁度戦国時代に帰ってきた三姫は妖霊蝶の誕生と、妖霊蝶が妖怪たちを吸収していくのを目撃するのですが――そこに落下してきたのは、希林先生に用済みと殺されかけて危うく逃れた理玖であります。彼から状況を聞かされたとわは、そこに駆けつけた琥珀と翡翠から菊十文字を託され、せつなともろは、そして犬夜叉・かごめと妖霊蝶に向かいます。その頃、見守るりんの前でようやく意識を取り戻した殺生丸は、刀を手に時代樹から姿を現します。その前に現れたのは、麒麟丸――最後の決着をつけようと望む麒麟丸に対し、殺生丸はりんに「そこで見ていろ。決して退くな」と語り、麒麟丸と対峙し……


 前回異様なハイテンションを見せたかと思いきや、今回は一転して黒幕ムーブ全開の希林先生。りおんの望む世界を作ると称していますが、どう見ても妖怪以外にも色々なものを滅ぼしそうに見えます。一応、人間の作る文明に感動しているので、人間を滅ぼしたり、文明を奪って自然の状態に還したりはしなさそうですが……

 そして登場するたびに色々なものがボロボロと失われていく麒麟丸、実は脳みそは右腕にあったのではという気すらしてきましたが、(十分色々やらかしたとはいえ)是露は正しい引き際だったのだな――と感じさせられます。彼が救われるとすれば、殺生丸との戦いを通じてしかありませんが、犬の大将の言葉に逆らうように、敢えてりんを戦いの場に伴う殺生丸の思惑も気になるところです。


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公式サイト

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2022.03.05

とみ新蔵『彦斎と象山 剣術抄』第1巻 人斬りと大学者が見た幕末

 文字通りの剣豪漫画家が様々な時代の剣術者たちの剣とその生き様を描いてきた『剣術抄』、その第5作は『彦斎と象山』――幕末の人斬りと学者、そして何よりも斬った者と斬られた者を軸に、幕末の動乱が描かれることとなります。

 物語の冒頭で描かれるのは万延元年(1860年)の京、宴席で密告者の十手持ちの話題が出たのを聞いてふと席を立ち、戻ってきた時には件の男の首を持ってきている――そんな剣呑極まりない彦斎の逸話から始まる本作。そこから物語は、彦斎と象山、二人の生い立ちまで遡って描かれることになります。

 肥後熊本藩の生まれであり、幼い頃から剣術と学問で抜きん出たものを示した彦斎。彼は幼い頃から宮部鼎蔵と兄弟同様に育ち(いきなり剣術教室が始まるのが本作らしく微笑ましい)、やがて江戸詰めとなります。
 一方、彦斎よりも23年早く信州松代藩に生まれた佐久間象山は、剣術使いである父に剣を仕込まれた(いきなり以下同)だけでなく、学問や殖産興業においても抜きん出た才能を見せ、やがて老中兼海防掛となった藩主の顧問として江戸に出るのでした。

 そしてここからは、彼らの視点を交えつつも、ペリーの黒船来航から幕末の動乱に至る流れが描かれることになります。
 黒船来航で、幕府に激震が走る一方で、海外との交易が一気に盛んとなったことが国内の経済にまで影響を及ぼし、国内では攘夷・倒幕の動きとそれに対する弾圧が激化、ついには桜田門外で大老井伊直弼が暗殺されることに……


 と、この巻の大半を通じて描かれるのは、幕末史のいわば概論的な部分。もちろんその中の随所で、彦斎と象山の姿も描かれるのですが、これまでの『剣術抄』のスタイルを期待していると、少々肩透かしに感じられる部分はあります。
(またその中でも、丁度松代での逼塞の時期に重なるためか、象山の出番はかなり少ない印象があります)

 もっとも、歴史上の出来事として、年表の一行で片付けられてしまうような内容を、彦斎や象山という一個の人間の目を通じて描くことに意義があることは間違いありません。
 例えばこの巻で、彦斎が偶然ヒュースケンと出会い、言葉を交わすくだりなど――ここで描かれるヒュースケン像はほとんどフィクションではないかと思うのですが――は、一つの意外史であると同時に、単純な人斬りでは片付けられない彦斎の人物を浮き彫りにするものとして、効果的であったと感じます。
(が、ここでヒュースケンの死に涙を流す彦斎が後に攘夷浪士になるのもちょっと違和感が……)

 ちなみにこの巻の表紙は、毅然とした表情を浮かべる彦斎と、拳銃を片手に吼える象山という、なかなかインパクトのあるものですが、これはある意味、史実に残る二人の人物像を示したものとも感じられます。
 というより本作の象山は、独自に模倣した拳銃をファニングでぶっ放すなど、史実以上にアグレッシブな奇人なのですが……


 さて、この巻は池田屋事件直前で終わることになりますが、それが本作の彦斎にどのような影響を与えることになるのか――そしてこの巻では交わることのなかった二人の主人公の人生が、どのような途をを辿って交わることになるのか、大いに気になるところであります。

 来月発売の第2巻を楽しみにしたいと思います。


『彦斎と象山 剣術抄』第1巻(とみ新蔵 リイド社SPコミックス) Amazon

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2022.03.04

安田剛士『青のミブロ』第1巻 少年の叫びとそれを導く壬生の狼たち

 漫画においては、新選組を一種の青春もの(ある意味学園もの)として描く作品が少なくない印象ですが、本作はその最新の作品――歴史に残らぬ新選組の少年隊士を主人公にした物語であります。団子屋で働く少年「にお」が見た新選組の姿、そして彼が求める正義とは……

 1863年の京都、血の繋らない妹・いろはとともに団子屋で働く白髪の少年・におの前に現れた二人の青年――クールな優男・土方と、明るく賑やかな沖田。侍姿でありながら気取らない二人に好感を抱くにおですが、大人たちは彼らを「みぶろ」と呼んで嫌悪し、関わらないほうがいいと忠告するのでした。

 数日後、いろはと共に家に変える途中のにおを襲う覆面の男たち。最近京を騒がす、幼い子ばかりを狙う人攫いの一味からいろはを守ろうとするにおですが、そこに現れたのは土方と沖田でありました。
 鮮やかな手並みで人攫いたちを倒していく二人。しかしそこでにおがある事実に気付いたことから、犠牲は最小限に抑えられるのでした。

 翌日団子屋に現れ、におを浪士組に入らないかと誘う土方。しかし二人が自分たちを囮に使ったことに憤るいおは、子供が犠牲になる世の中への怒りと、無力な自分自身への怒りを叫ぶのでした。
 そしてその思いを静かに受け止める土方。かくてにおは、浪士組の一員として壬生に向かうことに……


 というわけで、土方に従って浪士組の屯所を訪れたにおですが、そこで待っていたのは「鬼の棲み家」という町の悪評とは裏腹に、賑やかで能天気な男たちの群れ。
 そこでいきなり同年代の少年「はじめ」と相撲勝負をすることになったにおですが、そこに相撲では周囲に恐れられている近藤が乱入、さらには芹沢五人衆まで――と世評とのあまりの落差に笑いすらこみ上げるにおですが、しかしもちろんそれは一面に過ぎません。

 その晩、天誅を行った過激派浪士の根城に踏み込む土方と沖田に付き従い、浪士の実態と、土方が浪士を問答無用で叩き斬る姿を目の当たりにしたにお。自分自身の寄って立つ正義に悩むようになったにおは、近藤と土方と共に出た京の町でさらなる事件に巻き込まれて……

 と、第一話での魂の叫びに続いて、本作ではその後も次々と事件――というよりこの京で起きている争いの実態を目の当たりにして、様々に悩むにおの姿が、描かれることになります。――が、本作はもちろん悩むのみで終わるものではありません。
 そんなにおの悩みを時に見守り、時に受け止め、時に道を示すのは、土方や沖田ら先輩隊士たち。本来であれば彼らもまた、悩みの中にあるのかもしれませんが――しかしこの第一巻においては、彼らの姿は実に格好良く、その姿には胸を熱くせざるを得ません。

 特に、物語当初からにおの兄貴分として存在する沖田と土方は、イメージどおりに脳天気なほど明るく振る舞いながらも、人生の先輩としてにおを導く沖田、そして基本的に鉄面皮ながら、口を開けばグッと泣かせる言葉を語る土方と実に良いのですが――ここで作者の過去の作品『黒猫DANCE』を思い出してしまうのは、マニアの悪いクセでしょうか。

 少年時代の沖田を主人公に、土方を重要なキャラクターとして描きつつも、短期で終了した『黒猫DANCE』。もちろん本作とは別の作品ではありますが(しかし『振り向くな君は』と『DAYS』の例もあり……)、そこでまだ青いまま駆けていた彼らが、今度は導く側に回ったと考えると、何とも感慨深いものがあります。


 しかし、浪士組の先輩たちが皆、におを受け止め、導く者ではありません。初登場時は予想外にコミカルな顔を見せた芹沢ですが、この巻の終盤では殿内を粛清。そしてその始末を、奴隷のように扱っている少年「太郎」に命令――と、その黒々とした姿を見せることになります。

 そしてこの太郎という少年こそは、本作における二人目の若き狼――良くも悪くも青いにおとは対照的に、この世の辛酸を嘗め、冷めきった態度で芹沢に従い、その手を汚す少年。そんな彼を、におは救うことができるのか――次巻では三人目も登場するとのことで(顔は既に見せている?)、先が早くも気になる展開です。


 しかし本作で唯一気になったのは、およそ時代ものらしからぬ浪士組隊士たちのビジュアル。2ブロックパーマの芹沢は妙に違和感ないのですが、前分け口ひげの永倉はさすがにどうか……


『青のミブロ』第1巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2022.03.03

うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 七章 情熱の四犬士』 犬士たち、それぞれの戦う理由!

 今月から八章の連載がスタートした朝日小学生新聞のフルカラー漫画版八犬伝、その七章は「情熱の四犬士」のタイトルに相応しく、四犬士の揃い踏みでの大活躍。処刑場に引き出された荘助を救うため、信乃・現八・小文吾が駆けつけます。そしてその戦いの先に待つものとは……

 玉梓によって怪物化したひがみ宮六を倒したものの、その弟・社平の讒言により獄に繋がれ、激しい拷問を受ける荘助。大塚村の惨劇と荘助の受難を知った信乃たち三犬士は、密かに(?)城下に潜入するものの、そこで社平そして新たな領主である丁田町之進の邪悪さに触れ、愕然とすることになります。

 密かに身に着けた秘術によって辛うじて命永らえていた荘助ですが、しかし処刑されることとなり、その命は風前の灯火。しかし処刑場に引き出される――すなわち牢から出される時こそが最大かつ最後のチャンスと、信乃たちも動き始めます。
 かくて処刑場に潜入した三犬士は、荘助がまさに処刑されようとした時に立ち上がり……


 と、八犬伝前半の見せ場の一つである刑場破りがメインとなるこの七章。冷静に考えれば、原典でも比較的珍しい犬士たちが一堂に会しての大立ち回りのくだりということもあり、この章は大いに盛り上がります。
 まず先陣を切った現八が官の横暴に対して激しい怒りを燃やせば(まさに自分もそれに異を唱えて獄に繋がれただけに説得力十分)、信乃は争いを避けてきた父母の想いを理解しつつも敢えて戦う道を選び、そして小文吾は彼らとの友情のために静かに燃え――と、犬士たちがそれぞれの理由を胸に、戦いに身を投じることになります。

 しかしその中でも特に印象に残るのは、やはり信乃の姿でしょう。熱血少年のようでいて、他者の――悪人の心中まで慮ることのできる本作の信乃。しかしそんな彼であっても、理不尽な現実を前に、この選択が正しいかわからないまま――しかし、戦いを避けてきた父母の息子であることに誇りを持って、刀を抜く姿は、この章のハイライトといえるでしょう。

 思えば、本作においてはこれまで村を襲った獣や魔物と戦い、そして理不尽な追っ手に抗ったことはあっても、自ら望んで人間と戦ったことはなかった信乃。そんな彼にとって、悪人の配下とはいえ、自ら望んで人間に戦いを挑むというのは大きな決断ですが――これは決して理不尽な現実に屈したのではなく、自分なりの答えを求めて一歩踏み出したのだと、そう感じます。

 そしてそんな三人に救い出された荘助も、誓い新たに戦いに加わるのですが――彼の場合はちょっと想いがコワい方向に進んでいるような……(まあこれはこれで仕方ない)


 さて、ファストボールスペシャルまで飛び出した大乱戦の果てに、ついに刑場を脱出した四犬士ですが、しかしまだ町之進の追手が迫ります。そこで四犬士を父・姨雪世四郎に任せ、ただ一人後に残ったのはカニこと力二――本作においては道節配下の忍者集団・深淵衆の一員である彼です。

 なんとここから展開するのは力二無双――元々忍者ということで原典よりパワーアップしている力二ですが、ここでは多勢を相手にほとんど主人公級の大暴れを見せることになります。
 が、本作の力二は双子ではなく、年下の弟である尺八を先に行かせての単身での戦い。さらにそこに玉梓、そしてその配下と思しき少女(もしかして○○?)までもが登場し、絶望的な状況に……

 はたして命という名の盾となった力二の、そして荒芽山に向かった四犬士たちの運命は――次章も激動の予感です。


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2022.03.02

東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第1巻 漫画として生まれ変わった山風明治もの第1作

 今年生誕100周年の山田風太郎――その作品群の漫画化においては忍法帖ばかりが脚光を浴びてきましたが、明治ものの第1作にして代表作『警視庁草紙』が東直輝によって漫画化されました。創立間もない警視庁を悩ませる怪談めいた密室殺人、その謎を解くのは……

 ――明治政府の誕生間もない中で西郷隆盛が下野し、波乱の予感を感じさせる明治6年、薩摩に向かう西郷を密かに警護していた油戸巡査は、この世のものとは思えぬ美女が乗った牡丹印の人力車を目撃することになります。
 その直後、人力車が向かったと思しき先で、一人の元旗本が家の中で脇腹を刺されて死んでいたのを発見するのですが――しかし奇怪なのは、家の隙間という隙間には内側から血塗れの紙が貼られ、そして死体が笑みを浮かべていたことであります。

 この事件の容疑者として警察に目をつけられてしまったのが、隣家に住んでいたかの三遊亭圓朝。その話を元手下から聞かされた三河町の半七親分ですが――それを横から聞いて、たちどころに密室殺人の真相を言い当てた人物がいました。
 それは元八丁堀同心の千羽兵四郎――かつては将来を嘱望された腕利きだったものが、今は芸者のヒモになって日がな一日ゴロゴロと暮らす毎日。しかし怪事件の話を聞いて血が騒いだか、兵四郎は警視庁の鼻を明かしてやろうと言い出すのでした。

 そんな中、何と向こうから半七のところにやってきた美女。彼女の口から事件の成り行きを聞かされた兵四郎は、彼女と圓朝を救うため、警視庁を相手に一計を案じて……


 そんな原作の最初のエピソード「明治牡丹燈籠」を漫画化したこの第1巻。物語の主要人物である三遊亭圓朝をはじめとして史実の有名人がぞろぞろ登場――いやそれどころかあの岡本綺堂の『半七捕物帳』の半七親分まで登場する大盤振る舞いの物語であります。
 そしてそんな面々が巻き込まれるのは、どう見ても怪談としか思えぬ――それこそ圓朝の怪談牡丹燈籠めいた怪事件なのですから、これは確かに世をすねた兵四郎でなくとも乗り出したくなるではありませんか。

 恥ずかしながら原作を読んでから相当経っているために細かい内容は完全に忘れていたのですが、登場人物の配置といい時代ものとしての目配せといい、そしてもちろん本格ミステリとしての構成といい――完成度が高い上に、事件の謎を解いた上で警察を煙に巻いてみせるちう痛快極まりないトリッキーな展開と、いやはやさすが山風先生と、このエピソードには改めて感心させられました。


 しかしそれと同時に感心させられたのは、漫画としての本作の構成の妙であります。いくつか気になる点があって、本作を読んだ後に原作を読み返してみたのですが――これが実は、細部はかなり異なっておりました。
 いや、もちろん物語の大きな内容が変わっているわけでは全く無く、一つの物語としての内容は――たとえばあらすじレベルでみれば――同じなのですが、そのディテールや、原作で語られた内容が描かれる順番など、かなり手が加えられているのです。

 言うまでもなく小説と漫画は異なるメディアであります。特に、事件の内容を語る「描写」が大きな意味を持つミステリにおいて、その差異は想像以上に大きいものでしょう。そして同時に、本作の読者にとって、舞台となる――歴史の教科書には登場しないようなレベルの――明治時代は、馴染み深いとはいい難いものがあります。

 本作で行われているのは、そのメディアの違いを埋め、読者を馴染みのない物語世界に入りやすくするためのアレンジ――その一つ一つは挙げませんが、例えば原作では省かれていた事件にまつわるある描写を補い、あるいはゲストである圓朝に明確に狂言回しとしての役割を与える等々、初めて『警視庁草紙』という物語に触れる方はもちろん、原作読者にとっても新鮮で楽しめる漫画として新たに生まれ変わっているのには、大いに好感が持てます。

 そしてこの巻のラストからは第2章「黒暗淵の警視庁」がスタート。こちらも第1話の時点から本作流アレンジが諸処に施されており、はたしてこの先何が描かれるのか、今から気になってしまうところなのです。


 ――が、それだけにどうにも首を傾げてしまうのが、作中の半七の描写であります。
 ちょっと垢抜けないビジュアルはまあいいとして、元上司でもある兵四郎にあの口の利き方は、あの半七の人柄を考えればまずしないのではないか――と、どうしても違和感を抱いてしまったところです。
(もちろんこれは原作とは異なる描写であります)


『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第1巻(東直輝&山田風太郎 講談社モーニングコミックス) Amazon

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2022.03.01

春日みかげ『鎌倉源氏物語 俺の妹が暴走して源氏が族滅されそうなので全力で回避する』 鎌倉殿、滅びの歴史改変に挑む!?

 今年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』は早くも好調ですが――その「鎌倉殿」を主人公に、源平合戦を題材とした一種の歴史改変ライトノベルであります。源氏平氏共倒れの未来を変えるべく、ヘタレの頼朝が奮闘する――『織田信奈の野望』など歴史を題材とした作品を得意とする作者ならではの快作です。

 清盛の温情で命永らえ、伊豆に流された頼朝。荒ぶる源氏には珍しく、荒っぽいことが嫌いでビビリの彼は、妻の政子とともに引きこもって平和な余生を送ろうとしていたのですが――口から先に生まれたような叔父の行家や、野心家の義父・時政、そして仁義なき戦いを繰り広げる坂東武者たちに担ぎ上げられ、平家と戦う羽目になるのでした。

 ところが頼朝は富士川の戦いで落馬、生死の境を彷徨うのですが――その前に現れたのは、今は亡き清盛。
 このまま行けば義経によって平氏は滅亡、しかしその後、頼朝は弟を次々に失い、自分も呆気なく死んだ末に子どもたちもことごとく滅び、源氏も族滅してしまう――そんな未来を清盛から見せられた頼朝は、何とかその運命から逃れることを決意するのでした。

 その未来を回避する手段というのが義経の暴走を止めることなのですが――この義経、まだ見ぬ兄を異常に慕う美少女にして、常識外れの行動力/桁外れの戦闘能力を持つ怪物。おかげで頼朝は、坂東武者たちを抑えるだけでも大変なところに、危険極まりない妹を抱えて四苦八苦することになるのでした。

 それでも何とか未来を変えるべく対応しても結果は変わらず、頭を抱えていた頼朝は、やがてこれまた源氏の男の典型のような木曾義仲と対面することになります。
 義仲と結ぶため、娘の大姫と彼の息子・義高との婚約をまとめる頼朝ですが、この婚約が如何なる結果に終わるか、彼は知っています。そして事態がその未来に向けて突き進む中、彼はついに一大決心をすることに……


 というわけで、一見したところ、歴史改変ものというより歴史パロディ的味わいの強い本作。確かに、副題にあるとおり本作の義経は(だけでなくその配下たちも皆)女性、さらにもう一人の弟である範頼は男の娘だったりしますし、坂東武者の皆さんはどう見ても武闘派○○○集団(特に、「上総の狂犬」こと千葉の上総広常が広島弁で喋るというネタは反則)だったりと、色々とキャッチーというか自由な物語であります。

 ところがそんな面々が入り乱れる物語の方は、これはきっちりと踏まえるものを踏まえた上で展開していると感じます。
 そもそも、源平合戦の物語といえば、文字通り矢面に立った義経がどうしても中心に描かれることがほとんど。頼朝はその後ろで何やら画策して、おいしいところを持っていく――というパターンがほとんどという印象があります。

 しかしもちろん、頼朝には義経が参陣する前後に、坂東武者たちをまとめ、鎌倉幕府の礎を作るための戦いがありました(まさにその辺りが『鎌倉殿の13人』で扱われているわけですが)。
 そんな、知られているようで存外知られていない頼朝の史実をきっちり踏まえつつ、本作はライトノベルの文法で、まさに面白おかしく描いているのです。(頼朝の佐竹討伐を描いた物語は本当に珍しいのでは――あと行家のヒューマンダストぶりも)


 そしてもう一つの魅力は、本作が一人の青年の成長物語として成立している点です。
 本作の頼朝は、源氏は源氏でも源氏物語を愛読し、そして妻や子たちとの平凡な暮らしを愛し、戦いと無縁で一生終わりたいという人物。そんな青年が、未来を変えるという重すぎる荷を背負って悪戦苦闘する中で、真に新しい時代を開くに相応しい人物になっていく――本作はそんな物語なのです。

 しかしその頼朝の成長は、彼がいわゆる武士らしい武士になっていくというものではありません。それどころか本作で描かれるのはそれとは相反する、武士らしからぬ人物としての長所を伸ばした彼の姿であります。
 しかしそんな彼だからこそできることがある――いや、そんな彼だからこそ、血で血を洗う戦いの末にすべてが滅ぶという悲劇を変えようと考えることができる(この点で頼朝と義仲は対照的な存在として描かれます)という構造は、大いに頷けるものがあります。
(そしてそんな彼が、運命を全うさせようとする「黒幕」と対峙したところから始まる大逆転は、むしろ感動的ですらあります)


 正直なところ歴史改変ものは興味の範囲外、というよりかなり苦手な私ですが、それでも本作は大いに楽しむことができました。
史実をきっちりと踏まえた上でそこから踏み出し、自由に遊んでみせた佳品でしょうか。


『鎌倉源氏物語 俺の妹が暴走して源氏が族滅されそうなので全力で回避する』(春日みかげ 集英社ダッシュエックス文庫) Amazon

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