瀬川貴次『ばけもの好む中将 十一 秋草尽くし』 二人の絆の危機、老女たちの危機!?
怪異を愛するあまりばけもの好む中将と呼ばれる左近衛中将・宣能と、彼に毎回付き合わされる十二人の姉がいる右兵衛佐・宗孝の姿を描く本シリーズも、いよいよ佳境に入った感があります。これまで強い絆で結ばれていた(?)二人の間に入った小さなヒビ。さらに思わぬ大事件が発生して……
「秋草尽くし」とあるとおり、竜胆・桔梗・撫子・女郎花・藤袴・萩・尾花と、葛が竜胆に替わっているほかは秋の七草を副題とした七章から構成されている本作。
前作は平安初の眼鏡っ子爆誕など愉快な部分もありましたが、今回はかなりの部分でシリアスな物語が展開していくことになります。
思わぬことから多情丸の告発状を手にしてしまったことをきっかけに、多情丸が宣能にとって仇であり、今も復讐の機会を狙っていると知ってしまった宗孝。
いつもの怪異巡りの際に、意を決して危険なことは止めるよう訴える宗孝ですが、宣能の決意は固く、二人の間にはぎくしゃくした空気が流れることになります。
そこでこういう時に頼りになりそうな姉・十郎太に会うため、皇太后に仕える彼女に渡りをつけようと、彼女の部下で元盗賊の双子・朝顔と夕顔と文をやりとりする宗孝ですが――おかげで彼が双子を両天秤にかけているなどと、あらぬ噂が立つこと。
しかも間が悪いことに、彼女たちへの文が初草の手に渡ってしまったではありませんか。
しかし本当に困った事態はこれから。以前、初草と東宮と真白の三角関係がきっかけで、稲荷社の暴走老女集団・専女衆が弘徽殿の女御を死霊のふりをして脅かしたことが、当の女御にバレてしまったのであります。
当然激怒した女御が専女衆へ報復するように右大臣にねじ込み、専女衆に危機が迫る中、宗孝と宣能の絆にも危機が……
ここのところ、物語の縦糸として展開してきた、宣能と多情丸の因縁。京の暗黒街を支配する男であると同時に、宣能の父である右大臣と結んで後ろ暗い仕事を一手に引き受けてきた多情丸は、悪人というものがほとんど登場しない本シリーズにおいて、唯一、完全な邪悪というべき存在であります。
そしてかつて自分を庇った乳母を殺した仇であると同時に、自分が最も嫌悪する父の負の部分の象徴というべき多情丸は、宣能にとって、二重の意味で憎んでも余りある相手。しかし宗孝にとって、前者の感情は理解できても、後者は無理(というよりも知らない)というものであります。
それが今回表面化した二人のすれ違いの原因であり、そして今のところ二人が真に理解し得ない理由といってよいのではないでしょうか。
もちろんそれは、二人が互いを信頼してないということでは決してありません。それどころか、宣能にとって宗孝は、自分にとってかけがえのない宝でありある意味良心というべき存在――初草を託すに足る相手なのですから。
しかしそれは同時に、極めて危うい感情とも感じられます。初草を宗孝に託すことができれば、自分は安心して闇落ちできる――宣能はそう考えているのではないか、と。
そしてそれは宗孝を重んじ、慮っているようでいて、実は彼を完全に信頼していない――さらにキツいことを言ってしまえば、宗孝を自分の良心代わりという名の道具にしているともいえるのではないか、とも感じられます。
宣能が宗孝に自分の胸中を完全に明かすことができた時――その時こそが、二人が互いを完全に理解したことになるのでしょう。そして宗孝が宣能の複雑な胸中を受け止めることができないはずはないと、これまで二人の姿を見てきた読者であれば、自信を持っていえるはずです。
しかし、二人にはもはやあまり時間はないように感じられます。クライマックスで宣能が取った行動は、もちろんやむを得ないものであるとはいえ、父親のやり方とあまり変わらないといえるでしょう。そして今回様々な知識を得てしまった多情丸の矛先がどこに向かうか――それを考えただけでゾッとするものがあります。
夜明け前が最も暗いと申しますが、今がその時であってほしい――心よりそう感じる展開です。
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