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2022年4月

2022.04.30

輪渡颯介『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(その一) 最凶の怪異に最悪の因縁!?

 前作でめでたくリスタートを遂げた『古道具屋 皆塵堂』、その第九作となる今回は、とある祠に封印されていた箱が開けられたことから始まる恐怖の物語。箱を開けてしまった巳之助の弟分・茂蔵といつもの面々は、箱に込められた怨念を止めることができるのか? というか止める必要があるのか?

 以前は遊び人としてふらふらしていたものの、魚屋の巳之助の弟分となり、今は小間物屋で真面目に働いている茂蔵。ある日、花見の帰りに向島を通った彼は、酔った勢いでそこにあった祠の戸を開け、中にあった厳重に封じられていた箱を開けてしまうのでした。
 しかし箱一杯に入っていたのは、長い女性の黒髪――しかもその髪は、茂蔵の足に絡みついてきたではありませんか! 辛うじて逃れた茂蔵ですが、翌日おそるおそる祠に行ってみれば、既に箱はどこかに消えた後だったのでした。

 正体は不明なものの、髪の封印が解けた気配、遠くから太一郎が感じ取るほど強力なもの。そして散々巳之助にどやされた茂蔵が、祠の由来を調べてみれば、そこにはかつて履物問屋・備前屋の寮があったものの、大分前に火事で焼け落ちてしまったというのです。
 そこで備前屋を尋ねた太一郎・巳之助・茂蔵、そして皆塵堂の主人の伊平次は、現在の主である徳五郎から、先代と髪の因縁を聞かされることに……


 シリーズ第3弾『蔵盗み』に登場し、第4弾『迎え猫』の「観音像に呪われた男」で観音像との奇妙な因縁が描かれた茂蔵。その後、彼は以前皆塵堂で働いた益治郎が開いた小間物屋で働いていたのですが――今回、思わぬ形で物語の中心となります。
 この茂蔵、かつては「遊び人」と呼ばれて悦に入っていたようなしょうもない人間ですが、変人揃いの本シリーズではむしろ一般人に近いレベル。しかし本作ではそんな彼が、シリーズ最凶の怪異に遭遇することになるのです。

 何故彼が――というのはさておき、まず何よりも強烈に印象に残るのは、その怪異を生むに至った過去の出来事であります。
 これは物語冒頭で明かされる内容なのでここに紹介してしまいますが――簡単にいえば備前屋の先代は、同業者の店を時に乗っ取り、時に陥れ、時に潰して店を大きくしてきた大悪人。それも単に同業者の財や客を奪うだけでなく、その家族までも不幸のどん底に叩き落とすというド外道だったのであります。

 そして因縁の髪の主・お此もその犠牲者の一人。備前屋の同業者・下田屋のおかみさんだった彼女は、夫が備前屋の策略で借金漬けにされて店を失った末に蒸発、幼い娘と二人残された彼女はどん底の生活を送った末に娘も失い、そして自らも命を……
 その後、彼女のものと思しき黒髪によって次々と備前屋に怪異が起きた上に先代も怪死を遂げ、徳五郎が様々な術者に請うてついに祠にお此の髪を封じたのが三十年前。そんなところに茂蔵が――というわけなのです。

 正直に申し上げて、ダイジェストしてもかなり厭な内容ですが、本編ではこれがかなり詳細に描かれ、熱血漢(というか短気)の巳之助はもちろんのこと、温厚な太一郎までが怒りを燃やすことになります

 本シリーズでは――というより作者の作品では、主人公側の登場人物たちはどこかユーモラスで間が抜けているのですが、登場する怪異は洒落にならないほど怖く、そしてそこに絡む悪人たちもまた、皆真剣に邪悪です。
 だからこそ、作者の作品は真剣に怖い怪談にしてユーモア時代小説であるという、離れ業を成し遂げているわけですが――それにしても今回の備前屋は本当に胸糞が悪い、としか言いようがありません。最凶の怪異に相応しい最悪の因縁というべきでしょうか。


 さて、封印から解かれたお此の髪ですが、彼女が狙うべき相手がまだ三人残っていると徳五郎は語ります。うち二人は先代の配下だった青八・赤八と呼ばれていた男たち、そしてもう一人は、お此たちを置いて蒸発した夫だと。
 しかし彼女の怨念の深さを考えれば、この三人だけで済むとは限りません。現に茂蔵も襲われているのですから――というわけで、徳五郎の依頼もあり、皆塵堂の面々は、お此の髪が収められた箱を探すことになります。そして茂蔵も、勤め先を休んで、代わりに皆塵堂で働きながら箱を探す羽目に……


 という第一話「朽ち祠」の紹介だけでずいぶんと長くなってしまいました。続きは次回。


『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(輪渡颯介 講談社文庫) Amazon

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2022.04.29

楠桂『鬼切丸伝』第15巻 鬼おろしの怪異、その悲しき「真実」

 神器名剣・鬼切丸で永劫の時を生きながら鬼を斬る少年を描く『鬼切丸伝』もこれで第15巻。今回は、前巻に登場した奇怪極まりない存在である鬼おろしの怪異・柊との最後の対決、そしてあの楠木正成が鬼と化す物語と、二編が収録されています。

 秀吉による天下統一の締めくくりとして行われた小田原征伐――籠城戦が中心で、それゆえ大規模な戦闘は少ない印象のある戦いですが、その中でも屈指の凄惨な戦いとなった八王子城の戦いを描くのが、この巻の前半の「八王子城鬼惨劇」全三話であります。

 なかなか陥ちない小田原城に業を煮やした秀吉が、見せしめのために殲滅を命じた八王子城。しかし折悪しく城主以下主だった戦力は小田原に援軍に入っており、城に残っていたのは女子供が中心――かくてひとたまりもなく城は一日で陥落、しかし城の人々は許されることなく、ある者は無残に殺され、ある者は自ら命を絶ち、凄まじい数の死者が出たのです。

 まさに鬼哭啾啾たる有様の中、今まさに命を絶とうとする城主・北条氏照の側室とその赤子の前に現れたのは、柊と名乗る少女。彼女は生きたいと望む側室に手を差し伸べて……

 前巻の「三木の干殺し鬼」「鳥取の飢え殺し鬼」に登場した鬼おろしの怪異こと柊。彼女は文字通り他者の身に鬼をおろす――他者を鬼に変える能力を持つ、この世のものならぬ存在であります。
 しかし彼女がこれまで作中に登場した、他者を鬼に変える力を持つ者たちと大きく異なる点は、業や強い怨念などを持っていない相手をも鬼に変えてしまうことなのです。

 そしてそれ以上に恐ろしいのは、あくまでも彼女にとってはそれは救済――弱者にとっては過酷すぎる戦国の世で、鬼にも成れず、しかしなおも生きたいと望む者を、生き延びさせたいという念の現れであることでしょう。
 悪意でも無意識でもなく、善意で以て人を鬼に変える――しかも本人は既に死んで幽鬼のような状態であり、鬼切丸でも斬れない。そんな彼女は、ある意味鬼切丸の少年にとっては最悪の敵といえるでしょう。

 その力の極まるところ、鬼と化した怨霊を元に戻し、死体をも鬼に変える――そんな力を持つ柊。しかし極めて残酷かつ皮肉なことに、人を救うために鬼に変える彼女が、自分自身を救えない――鬼になれないのです。
 そんな彼女を描く物語の完結編ともいうべきこのエピソードでは、少年と柊と鬼のいつ果てるとも知れぬ地獄絵図に、鬼姫・鈴鹿御前と、もう一人の鬼が加わることによって、この構図が大きく変わることになります。

 以前のエピソードで描かれていた伏線を完全に失念していたこともあってか、この辺りの展開は少々唐突に感じられたところはあります。しかしこれ以外の展開はないのも事実であり――そしてその中で浮かび上がる柊の「真実」は、ある意味作中で最大の悲劇であったと感じられます。

 彼女に別の生き方が許されていれば、あるいは鬼切丸の少年の母のような存在(という表現はそれはそれで誤解を招きそうですが)になっていたのではないか――そんな印象すら受けるのです。


 そしてもう一篇、前後編で収録されている「鬼七生滅賊」は、ぐっと時代を遡って鎌倉時代末から室町時代初期を舞台とする物語であります。
 倒幕を目指す後醍醐天皇の下に馳せ参じ、そして建武の新政に反発して挙兵した足利尊氏らを相手に奮戦した末、壮絶に散った楠木正成。本作では、そんな姿が鬼と変ずるのであります。

 七生滅賊――七度生まれ変わっても国賊を滅ぼすという念をとともに、弟の正季と自刃した正成。その念が凝った末に鬼と化した正成は、鬼切丸で斬られても滅びない――いや、七度まで復活する、という展開には、その手があったかと驚かされます。
 しかしこのエピソードは、その先にさらなる捻りを加えてくるのです――「忠義の人」と自他ともに認める正成の真の想いを描くことによって。

 鬼と化すほどの強い念の陰に秘められたもう一つの想いと、それによる一種の救済というのは、本作ではしばしば見られるシチュエーションではあります。
 今回は正成が後世背負うこととなったイメージをそこに織り込むことで、人間の生の皮肉さと――そしてある種の希望の存在を描いていると感じた次第です。


『鬼切丸伝』第15巻(楠桂 リイド社SPコミックス) Amazon

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 『鬼切丸伝』年表・改

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2022.04.28

『鬼切丸伝』年表・改

 この忙しいときに何をやってるんだ、という感じですが、『鬼切丸伝』の作中年表をアップデートしました(単行本第15巻まで)。以前はブログ記事に掲載しましたが、かなりの分量になったのと扱い易さの関係で、自分のdokuwikiサイトの方に掲載しています。

 鬼切丸の少年が誕生したのは995年ですが、作中に登場する年代ではそれ以前、明記されているものでいえば764年、明記されていないものであれば古代まで遡る本作。エピソードは年代順ではないのでなかなか大変ですが、こうして並び替えてみるのもなかなか面白いかな――と野暮を承知で作成しております。
 それにしても、以前の版を作成した時にも思いましたが、やはり題材になっている人物・事件のバラエティは驚異的で、決してメジャーどころだけではない(というよりもむしろそちらの方が少ない?)のには感心させられます。

 こうしてみると作中に登場しているのは17世紀末まで、それ以降はまだ描かれていないのですが――おそらくはこの先で少年の心境に色々と変化があったのでは? と今から想像するのもなかなか楽しいところです。


 ちなみにこの鬼切丸伝年表、私が作っている虚実織り交ぜの年表サイト「妖異の日本史」に置いております。その他のページもご覧いただければ幸いです。


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2022.04.27

東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第2巻 敵たる「警視庁」こそを描く物語

 山田風太郎の記念すべき明治もの第一作である『警視庁草紙』――その漫画版待望の続巻であります。不平士族たちが起こした岩倉具視暗殺未遂。思わぬなりゆきで、警視庁よりも早くその下手人たちを見つけ出さなければならなくなった兵四郎たちですが、はたしてそううまくいくでしょうか?

 隣家で起きた奇怪な密室殺人の容疑者にされた三遊亭圓朝を救い、警視庁の鼻を明かすため、三河町の半七や冷酒かん八とともに動いた元八丁堀同心の千羽兵四郎。
 その最中に、事件の背後に元旗本の娘・雪を巡る男たちの愛憎があったことを知った兵四郎は、この事件を題材に怪談を仕立て上げて、ひとまず丸く収めることに成功して……

 という第一章「明治牡丹燈籠」に続く、「黒闇淵の警視庁」がメインとなるこの第二巻。前巻のラストでは、牛鍋屋で泥酔した挙げ句、人一人斬り殺した土佐士族の一件が描かれ、これが嵐の前兆ではないかと兵四郎が考える姿が描かれましたが――はたしてその予感は的中することとなります。

 赤坂仮御所から馬車で帰宅しようとしたところを、赤坂喰違坂で刺客たちの襲撃を受け、辛うじて命永らえた岩倉具視。右大臣襲撃に激怒した大久保利通の命で下手人捕縛に動きだした警視庁ですが――それが兵四郎たちに思わぬ影響を与えることになったのです。

 というのも前話のヒロイン・お雪の夫・源次郎は、岩倉暗殺を狙っており、今回の企てに間違いなく加わっている人物。ここで源次郎が捕らえられれば、そこから芋蔓式に圓朝、そして兵四郎たちがお縄になりかねない上に、お雪も自害しかねないのであります。
 かくてお雪のため、そして自分たちのために下手人たちを探す羽目になった兵四郎たち。しかし組織も人員も遥かに上の警視庁を出し抜いて見つけられるはずもなく、兵四郎が頼ったのは「隅の御隠居」こと元江戸南町奉行・駒井相模守で……


 と、前巻ではほのめかされる程度であった兵四郎たちの知恵袋である隅の御隠居がついに登場するこのエピソード。
 警視庁に抗する元同心と元岡っ引き・元下っ引きの上にいるのが元町奉行というのはある意味道理ですが――しかし何やら維新とともに旧幕の役人たちはどこかに吹き飛んでしまった印象が勝手にあるなかで、こうした人物配置を用意してみせるのは、やはり見事というほかありません。

 そしてその一方で、兵四郎たちにとっては敵方に当たる警視庁側の描写もいよいよ気になってくるところで、特に幕末ファンにとっておっと思わされるのは、やはり藤田五郎巡査の「活躍」であります。
 前巻でもちょい役ですが顔を見せていたこの人物が誰であるか、多くの人がご存知かと思いますが――今となっては定番となった感のある、明治を舞台とした作品でのこの人物の登場は、この原作が嚆矢ではないものの、初期のものであることは間違いないでしょう。

 この漫画版での藤田氏は、むしろ飄々としたものを感じさせる容姿と言動ながら、時に凄みを感じさせるという存在感で、この後の第三章冒頭での出番も、実にいい感じであります。(そしてこの場面で登場する元見廻組の「今井」巡査も……)

 今更ではありますが、本作はそのタイトルが示すとおり、実は敵方たる「警視庁」こそがメインとなる物語。警視庁の面々を如何に描くかというのは、本作の成否にもかかわってくるのですが――それはいまのところ成功していると感じます。


 さて、第一章に比べるとトリックや仕掛けといった点ではちょっと薄味であったものの、時代のうねりに翻弄される人々を描くという点においては、なかなか印象に残るものがあったこのエピソード。
 特に原作からアレンジされた結末は、時代の闇の中に消えた者たちへの鎮魂の念と、兵四郎の屈託を感じさせる巧みなものであったと感じます。

 そして前巻同様、今回も物語の大筋は変えぬまま、その場に登場する人物の顔ぶれや台詞を語る者、描写の時系列を巧みに入れ替えて、独立した漫画としての面白さを生み出しているのにも、大いに好感が持てるところです。
(しかし半七の口調は相変わらず違和感……)

 さて、この巻の後半からは第三章「人も獣も天地の虫」がスタート。警視庁による地獄(私娼)摘発が、鎮台兵との思わぬ衝突を招き、そしてさらに事態は兵四郎の恋人・お蝶の周囲にまで波及し――と、これまたまだ先は見えないものの、これから何が起きるのか、そしてそこで兵四郎と警視庁がいかに動くのか、早くも大いに興味をそそられる展開なのです。

『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第2巻(東直輝&山田風太郎 講談社モーニングコミックス) Amazon

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2022.04.26

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第7巻 大乱闘のその先の真実と別れ

 齢千年の狐・廣天を狂言回しに、中国の怪談集『捜神記』を題材にして描く『千年狐』、その神異道術場外乱闘編もいよいよこの巻で完結であります。並み居る強豪(?)を倒してついに術比べ大会の勝者となった廣天たち。しかし主催者・商荘に対し、廣天が突きつける真実とは……

 いきなり住居を失った末に多額の借金を背負い、すったもんだの末に、豪商・商荘が治める山里に文字通り流れ着いた廣天と神木、宋定伯と医者。そこで商荘が道士たちを集めて賞金と副賞の山を賭けた道術大会を催そうとしていたことを知った廣天たちは、これに飛び入り参加することになります。

 易断の名人の典風、隠形の術を得意とする怪人・黄極君、禁呪使いの美女・娟玉、不吉な未来を告げる周南、一切が謎の人の楊道和――いずれもただならぬ雰囲気を漂わせた面々ですが、口八丁手八丁でこれを退けた(?)廣天たちは見事に優勝、するのですが……
 いざ商荘と対面した廣天(と神木、医者)は、賞金も山も不要、その代わりに商荘と話がしたいと言い出すのでした。はたして廣天の真意とは――?


 というわけで喉から手が出るほど欲しかったはずの賞金と山を不要と言い出した廣天ですが、彼女が求めるのはただ一つ、屋敷の奥にいる者――すなわち、商荘の新妻と直接話をすること。その理由はひとまず置くとして、確かに商荘の妻、いや商荘自身の周囲には、不審な点が数々ありました。

 禁足地である山中の遺跡に並ぶ、不気味な像は何なのか。その山に夜に入り込んで商荘と妻は何をしていたのか。そして何よりも、人前に姿を見せない(そしてやたら背が高く奇妙な姿をした、ポポポとか言いそうな)彼の新妻とは何者なのか?
 そのほかにも、商荘の里では幽鬼が存在しないこと、意味有りげな態度を見せる商荘の使用人など、考えれば不審な点ばかりであります。

 いやそもそも、商荘は本当に道士たちを金持ちらしい気紛れだけで集めたのか――言い換えれば、道士に何をさせようとしていたのか? この巻の前半では、時にひどく冷然と、容赦ない態度で他人に臨む――かつて冥府で阿紫をド詰めした時のように――廣天が、商荘に迫ることになります。
 その果てに描かれるものは、もはや妖怪退治というより憑き物落としというべきもの。そしてその果てに商荘が語るものは……


 かくて意外な結末を迎えることになった道術大会ですが、しかし物語はそれで終わるわけではなく、むしろここからが本番とすら言えます。
 ある理由からあの山に向かうこととなった廣天と商荘、そして道術大会の参加者たち。呉越同舟、目的のためにそれぞれの特技を活かして進む一行ですが、しかし商荘以外には慣れぬ地で、思わぬ暴風雨に襲われ、大混乱を来してしまうのでした。

 そしてその中でもまた、参加者たちそれぞれのドラマが描かれ、それがまた味わい深いのですが――特にその中の一人にまつわる真実には、必ずや度肝を抜かれることになるでしょう。
 それが誰であるのか、それは物語の興を削ぎかねないために伏せますが――以前さらりと描かれた人物や出来事が思わぬ形で後に繋がっていくという、本作ならではの構造の妙に、今回もまた唸らされたとしか言いようがありません。
(そういえば最初から草食ってたなあ……)

 そしてそれが鬼面人を驚かす態の意外性に終わるのではなく、本作の(特にこのシリーズの)底流にあった「血縁関係」「他者との情愛」――突き詰めれば「人間」と「人間」の関係に繋がっていくのも素晴らしい。
 さらにまたそれが、「人間」ならざる廣天と、あるキャラクターとの決別に繋がっていくという展開は――胸が痛むものの、しかしそれも一つの結末として頷けるのです。


 スタート時には、思わぬトーナメントバトル展開に驚かされ、本当に大丈夫かと心配になったこの神異道術場外乱闘編。しかし完結してみれば、きっちりとバトルものらしい展開を描きつつも、テンポの良いギャグを随所に――かなりシリアスな展開が続いたこの巻においても――散りばめ、本作らしい、本作ならではの物語になったかと思います。

 そして千年狐が次に向かう先は――サブタイトルだけ見れば原点(原典?)回帰の予感ですが、さてどうなることでしょうか。
 一つだけわかるのは、どんな形になるにせよ、決して期待は裏切らないものになるだろうということであります。


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2022.04.25

陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第6巻 万次長州へ そして高杉の顔は

 幕末の世に生きる万次を描く本作も、この巻から新展開。新選組との戦いをひとまず終えた万次は、中岡慎太郎とともに長州に向かうことになります。そこで彼を待っていたのは奇兵隊の高杉晋作――しかしその顔は!? 思わぬ出会いと新たな戦いが描かれます。

 坂本龍馬とともに訪れた京で、新選組と幾度となく刃を交えることとなった万次。龍馬・以蔵・彦斎らと共に山南率いる逸番隊と天王山で激突、これを壊滅させた万次は、ひとまず虎口を脱した形となります。
 そして龍馬が海軍操練所閉鎖に伴い会社――すなわち海援隊を設立に向けて奔走し、薩摩の西郷に接近する一方で、万次は長州に向かう中岡慎太郎から用心棒を依頼され、同行することになるのでした。

 思えば長州は万次にとっては因縁の地――かつてアメリカから帰国した際、万次は長州に漂着、野山獄に繋がれ(ほんの数コマですが高須久子が!)、そこで吉田松陰と出会っていたのであります。
 しかし当時の長州藩は下関戦争の敗北に加え、禁門の変を経ての長州征討によって打撃を受け、藩内で佐幕派と勤王派の血で血を洗う争いが続いている状況。その中でも勤王派の旗色が悪く、ほとんど壊滅寸前だったところに、敢えて慎太郎が出向く理由とは……


 一方、新選組は度重なる戦闘の中で失った戦力の補充のために、近藤と平助が江戸に赴くのですが――そこで仲間に加えたのが、北辰一刀流伊東道場の猛者たちであります。
 正直なところ伊東派の面々は、一部の例外を除いて、個人としてはあまり印象に残っていなかったのですが、本作においては皆なかなかの面構え。個人的にはその印象は、むしろ逸番隊よりも逸刀流に近いものを感じさせてくれます。

 しかしそんな面々があっさり近藤たちの下に入るはずもなく、いきなり険悪なムードとなるのですが――何よりもわかりやすい相互理解のために提案されたのは、双方の代表戦。ここで「新選組」側の代表は沖田、一方、伊東側の代表は服部武雄――!
 服部はまさに上に述べた一部の例外、新選組でも二刀流遣いの達人として名を馳せましたが、この二人の激突はまさに名人戦というべきでしょう。剣戟の面ではこの巻のメインというべき激闘は、大いに盛り上がります。

 しかしそれでも、その実力の一部を敢えて伏せてみせる沖田に、何ともいえぬ不穏さも感じるのですが……


 さて、物語は再び万次側に戻り、長州で慎太郎からある男を紹介されるのですが、それこそは高杉晋作。松蔭の弟子の一人であり、そしてこの時期の長州藩の勤王派を一人で支えていたともいうべき人物であります。が、そのビジュアルは――どう見ても尸良。

 これは別に尸良と血縁があるわけでは(たぶん)なく他人の空似ですが、万次も思わず驚くほどのそっくりさんです。
 なるほど「狂」的なイメージのある(そして写真では短髪なこともあって)人物だけに、意外と違和感のない高杉の尸良顔。もっとも性格の方はあまり似ておらず、万次を襲った女刺客と戦った際も、全く容赦はしなかったものの、決して己の快楽のために斬ったりはしない辺り、やはり別人であります。

 とはいえ、であるならば何故同じ顔に――という印象はあるわけで、本作ではこれまでも本編のキャラを思わせるキャラがちょこちょこと顔を出してきましたが、ここまで有名人でというのは初めて。一種のスターシステムとはいえ、やはり違和感は否めません。

 それはさておき、顔に似合わぬ(?)高杉の風雲児ぶりには、万次も感じ入るものがあった様子。それどころか、下関でのクーデター開始早々に刺客によって深手を負った高杉から頼まれ、その影武者を引き受けてしまうのですから驚かされます。
 この辺りは前巻での八百比丘尼との対話もあり、またそもそも万次って意外と人が良いわけですが、武士の理屈とか大義名分とかを嫌う人間だけに、対面してからわずかのうちに、ここまで肩入れするのにも違和感がありますが……(まあ、高杉は他の武士よりもずっと万次に近い人間だとは思います)


 というわけで、これまでとは全く形で歴史に関与することとなった万次ですが、しかし彼を付け狙う怪剣士たちが新たに登場します。あの見廻組の佐々木只三郎率いるその名は「挽斃連」――伊東派が逸刀流だとすれば、こちらは六鬼団を思わせる曲者揃い。
 今は長州の佐幕派に協力しているものの、真の狙いは万次だという彼らの目的は――幕末ノ章、まだまだ先は長そうであります。


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2022.04.24

田中文雄『迷宮の獣王 死人起こし』 紀元前14世紀、エジプトとギリシャを繋ぐ魔神

 小説家としてはホラーを中心に活躍した田中文雄が、実に紀元前14世紀のエジプトから地中海を舞台に描く冒険ファンタジーであります。名うての墓荒らし・パキが巻き込まれたのは、謎の王・スメンクカラーの死にまつわる陰謀。そして冒険の果てに待つものはクレタ島に潜む獣神の謎……

 紀元前1350年、イクナテン王の改革がエジプト王国に波乱を招いていた頃――王族や貴族専門の墓荒らしにして「死人起こし」の異名を持つパキは、恋人で高級娼婦のハトホルの元に最近通ってくる男の貢物が、どこかの王家の墓の副葬品と気付きます。
 それがもとで兵に追われ瀕死の傷を追った男と、ハトホルを成り行きで助けたパキ。彼は、実はミイラ師だった男の死の間際に、宝の奇怪な由来を聞かされるのでした。

 半年ほど前、偶然出会った一行から、若くして死んだ貴人のミイラ作りを命じられた男。しかしその王の頭には二本の小さな角があり、足の指は蹄状になっていたというのです。そして完成したミイラを貴人の妻らとともに埋葬に向かう途中、隙を見て男は宝物を手に逃げ出したというのですが……

 この貴人が、イクナテンの共同統治者のスメンクカラー王であると見抜き、ハトホルとともにその墓に向かったパキ。彼はそこで王妃メリタテンと出会い、彼女から王を殺したのがアメンの神官ゴランであると聞かされるのでした。
 メリタテンとともに新都アケタテンを訪れたパキたちですが、そこで彼らを待っていたのは、複雑怪奇な宮中の勢力分布とイクナテン暗殺の陰謀。その中に巻き込まれたパキは、メリタテンの依頼でスメンクカラーの心臓をクレタまで届けることになるのですが……


 長きに渡る古代エジプト王国でも、最盛期として知られる第18王朝。その中でイクナテン(アメンホテプ四世)は、王権に匹敵する力を持っていたアメンの神官と真っ向から対立し、数々の改革を行った(そして失敗した)ことで、一際異彩を放つ王です。
 本作はこのイクナテンの時代を舞台に、この王朝の権力闘争と、王家を巡る様々な人々、そしてエジプトと諸外国との関係性を描く、実にユニークな物語であります。

 しかし本作は歴史小説ではなく、むしろ伝奇ホラーというべき側面を強く持つ物語。何しろ、イクナテンの子にして現在ではその記録がほとんど残されていない謎の王・スメンクカラーが、角と蹄状の手足を持つ人物として描かれるのですから。
 あたかも「牛」のような特徴を持つスメンクカラーは何者なのか、そして何故そのような体を持っていたのか? その秘密は物語後半、クレタ島に向かったパキを通じて描かれることになります。

 クレタ島、牛、そして本書のタイトルたる「迷宮の獣王」――その意味するところは明らかでしょう。そう、本作は実に、エジプトを飛び出し、ギリシャ神話の世界にまで繋がっていくのです。


 紀元前数千年の古代文明といえばどうしてもエジプトが浮かびますが、本作の舞台となる時代には、ギリシャではミケーネ文明が、そしてクレタ島ではミノア文明がそれぞれ存在していました。
 冷静に考えればさまで地理的な距離はないにもかかわらず、(フィクションの世界であっても)無関係の存在と考えがちのこのエジプトとギリシャを、伝奇的想像力でもって――世界中に散らばる牛神信仰によって――結びつけてみせた点こそが、本作の最大の魅力と感じます。

 そしてその物語の主人公が、世の権威権力からは一定の距離をおいた、一介の墓荒らしというのもユニークなのですが――この点は逆に権力者の世界の奥深くまでは彼が入れず、後半の陰謀劇が彼の預かり知らぬところで展開することになっているのは、少々残念なところではあります。

 それでも終盤、ギリギリまで出番を抑えた超自然的存在が一気に跳梁するモンスターホラー的クライマックスは、伝奇者としてはたまらないところで、題材の面白さと合わせて、十分満足出来た作品です。


『迷宮の獣王 死人起こし』(田中文雄 アドレナライズ) Amazon

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2022.04.23

安田剛士『青のミブロ』第2巻 少年たちの光と影 そして三人目の少年

 幕末の京を駆け抜けた壬生狼こと新選組――その中で歴史に名を残さなかった三人の少年を中心に描く、異色の新選組漫画の第二巻であります。土方にスカウトされて新選組(浪士組)に加わった少年・におと、芹沢の下僕としてこき使われる太郎、そして第三の少年とは。新たな波乱がにおを待ち受けます。

 血の繋がらない妹とともに団子屋で働く中で、京を騒がす人攫いの一味と土方・沖田の対決に巻き込まれたにお。その中で、自分たち子供が犠牲になる世の中と、無力な自分への怒りを爆発させたにおは、土方から誘われて新選組に加わるのでした。
 そんなにおが見た新選組は、豪快で賑やかな若者たちの群れだったのですが――その一人・芹沢が、同志であるはずの殿内を殺害。その死体の始末を命じられたのは、芹沢から奴隷扱いされている少年・太郎でした。

 自分と同年代の太郎に関心を持ったにおは、太郎に無理やり同行するのですが……


 第一巻では基本的に格好良い姿、明るく豪快な姿が描かれた新選組。しかし早速その陰の姿が、このエピソードでは描かれることになります。それが殿内義雄の粛清――定説では近藤たちに斬られたとされる殿内ですが、本作では酒に酔った芹沢が斬ったという展開。そしてその隠蔽ににおと太郎が駆り出されることになります。(正確にはにおは無理やり押しかけただけなのですが……)

 主人公であるにおは、幼い頃に両親を失いながらも親切な老婆に拾われ、すぎるほど真っ直ぐに育った少年。一方の太郎は、におのようには周囲に恵まれず、時に卑屈に、時に冷淡に、己を押し殺して生きてきた少年であります。
 いわば光と影のような二人ですが、その姿は同時に、新選組という組織の持つ二つの顔を象徴しているような印象があります。

 そしてその影の側に立つ太郎が、強引に殿内の死体を始末しようとしたのに対し、におがどのように対処したか――それも興味深いのですが、むしろメインとなるのはその後。その対処に激怒した芹沢に呼び出されたにおが芹沢に対して何を語るか――それがこのエピソードのクライマックスといえるでしょう。

 正直なところ、ここで描かれるのは「新選組」にとってはかなり都合の良い展開ではあります。しかし土方のフォローもさることながら、単純な暴君でもなさそうな芹沢の素顔が、「大人」たちの一筋縄ではいかない顔を示しているようでユニークに感じられます。


 そして続くエピソードでフィーチャーされるのは、第三の(正確には第二の)少年――はじめこと斎藤はじめであります。前巻でも相撲でにおと対決した少年ですが、いうまでもなく彼こそが斎藤一(なのでしょう、おそらく)。
 京に着いてから近藤がどこかから連れてきたという彼は、基本的にはただの少年にすぎないにおや太郎とは別格の、既に達人の風格すらある剣士であります。
 そんなはじめと、彼に物怖じせず積極的に絡んでいくにおの小さな冒険がここでは描かれることになります。

 相次ぐ不運からノイローゼのような状態となり、自分の子を人質に立て籠もった男と遭遇した二人。「俺たちの敵の名前がわかるか!?」と荒れる男を容赦なく斬り捨てようとするはじめに対し、におは何とか命を奪わずに済ませようとするのですが……

 と、ここでも、ある意味理想論的というか、優等生的な態度を見せるにおなのですが、しかしここで「俺たちの敵の名前」を問う男の姿は、自分の正義を求めて悩むにおの姿の裏返しというべきものなのでしょう。
 だからこそ、ここで男を見捨てず、真摯に応えようとするにおの姿には、嫌味ではない等身大の少年の感情が感じられるのです。


 というわけでついに揃った三人の少年。生真面目で優等生のにお、臆病で卑屈な太郎、冷徹な剣士のはじめと、全く異なる個性の三人が、この先新選組で何を見ることになるのか――何よりも、どうしても綺麗事で済ませられないこの先の新選組の歴史を、におがどのように受け止めるのか、大いに気になるところです。

 しかし題材が題材なだけにヘビーな印象は否めない本作ですが、合間合間に挟まれるギャグのテンポが非常に良く、そういう面でもなかなか魅力的な作品であります。
(特に近藤の鉄面皮の変人キャラがいいのです)


『青のミブロ』第2巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2022.04.22

野田サトル『ゴールデンカムイ』第29巻 解かれたなぞ そして最終決戦開始!

 連載の方はいよいよ残すところあと一話、読者が全員固唾を呑んでいる『ゴールデンカムイ』。全話をネット上で一挙公開という思い切ったキャンペーンも話題ですが、それでも欲しい単行本の方は、本書を入れて残り三巻であります。ついに明かされるアイヌの黄金の行方とは、そして最終決戦の行方は……

 揃った刺青人皮から、ついに刺青の秘密を解き明かしたアシリパと鶴見。その一方で、杉元と菊田、そして尾形の弟・花沢勇作を巡る過去の因縁が語られ、思わぬ形で杉元と鶴見がすれ違っていたことが描かれました。
 そして過去も現在も、全ての因縁が集う黄金の在処こそは五稜郭だった――と判明したところで、物語の舞台は最後の地・函館に移ることになります。

 冒頭こそ焼きイカに舌鼓をうつヒマもありましたが(もしかしなくても最後のグルメか……)、時間的に余裕があるかと思いきや、既に第七師団は各地から五稜郭に集結を開始していたことを知った杉元たち。

 しかしまだ金塊の正確な隠し場所もわからず、しかも見つけ出しても分量的にすぐ運び出すのは不可能というほかありません。やむなく五稜郭に篭城を決意したものの、戦力的にさすがに無茶ではと思いきや、そこにソフィアとパルチザンの猛者たちがやってくる――という冒頭部分から、既に痺れる展開であります。
(そして同時に尾形と頭巾ちゃんも同時に五稜郭に向かっているのもまた……)

 そんな開戦目前でも、なおも一行は金塊を探し続け、ついに厳重に梱包された品物をアシリパは見つけるのですが、その正体はなんと――なるほど、こう来たか! と唸らされるものでありました。

 確かに白石たちがガクッとくるのもわかるのですが、しかし戦わずしてアイヌが自分たちの文化を守る手段として、これ以上のものはないと感じます。そして当時の状況からして、決してあり得ないものではないというのがまた心憎い。
 そしてまた、鶴見が呪いとして放った言葉を、アシリパが自分たちへの救いとして受け止め直すのもまた、グッとくるところであります。
(もちろん、実際にはそうなってはいないという現実はあるのですが、大事なのはこの物語の時点で、物語の中で成立し得る希望であったということでしょう)


 と、一気に大団円ムードが高まったところで、いきなりそれをぶち壊しにする砲弾の雨。なんと駆逐艦まで持ち出してきた第七師団の攻撃開始で、否応なしに最終決戦が始まることとなります。
 パルチザンを加えても圧倒的な戦力差がある中で、いかにして杉元は、いや土方は持ちこたえようとするのか? ここで永倉が、そして門倉が、いかにもらしいあるいはらしくない動きでそれぞれ活躍するのもまた、グッと決戦ムードを感じさせるところです。
(それにしても永倉、史実との絡みでここで早々に脱落するかと思いきや……)

 そしてその一方で、五稜郭に隠されたものに、いわばもう一段奥があることが明かされることになります。そのきっかけも実にイイのですが、ここで土方の回想から――全土方ファンの脳に刻み込まれるパワーワード「爽やかニシパ」とともに――彼の真意が明かされるのも、これまたグッときます。
 初登場時はもうちょっと裏がありそうなキャラクターに感じられたものの、しかしやっぱり爽やかニシパは義の人だった! というのは、やはりファンには嬉しいものであります。


 かくてついに最初の目的をはたした杉元とアシリパ。しかし純粋に喜ぶ杉元に対して、アシリパの目に浮かぶものは、喜びだけのようには見えません。そしてそんな人々の想いを呑みこむように、ついに描き下ろしで真の目的(用途?)を明らかにした鶴見の号令一下、第七師団の突撃が始まることになります。

 敵も味方もあっけなく斃れていく中も降り注ぐ艦砲射撃。対して函館山に隠された土方の奥の手とは――その意外かつ痛快な正体が明らかになったところで、この巻は幕となります。
 残すところはわずか二巻、最終決戦はここからが本番であります。


『ゴールデンカムイ』第29巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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 野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻 蝮と雷が遺したもの
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第12巻 ドキッ! 男だらけの地獄絵図!?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第13巻 潜入、網走監獄! そして死闘の始まりへ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第14巻 網走監獄地獄変 そして新たに配置し直された役者たち
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第15巻 樺太編突入! ……でも変わらぬノリと味わい
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第16巻 人斬りとハラキリとテロリストと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第17巻 雪原の死闘と吹雪の中の出会いと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第18巻 ウラジオストクに交錯する過去と驚愕の真実!
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第19巻 氷原の出会いと別れ さらば革命の虎
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第20巻 折り返し地点、黄金争奪戦再開寸前?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第21巻 二人の隔たり、そして二人の新たなる旅立ち
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第22巻 原点回帰の黄金争奪戦再開
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第23巻 谷垣とインカラマッ 二人のドラマの果てに
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第24巻 海賊の理想 そして全ては札幌を目指す
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第25巻 殺人鬼の意外な正体!? そして全勢力激突寸前!
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第26巻 ほとんどトーナメントバトルの札幌決戦!
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第27巻 解かれゆく謎と因縁 そして鶴見の真意――?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第28巻 「ノラ坊」と「菊田さん」――意外な前日譚!

 『ゴールデンカムイ公式ファンブック 探究者たちの記録』 濃すぎる作品の濃すぎるファンブック!

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2022.04.21

国枝史郎『暁の鐘は西北より』 帝政ロシアの野望! 人体建築! 色々な意味で国枝的物語

 天明期の江戸と浅間山の怪建築を舞台に、帝政ロシアからの逃亡者とその追っ手との争いに巻き込まれた者たちの運命を描く、色々な意味で実に国枝史郎らしい時代伝奇小説であります。人体建築の心臓の間に秘められた悍ましくも魅惑的な秘密とは……

 田沼時代まっただ中の江戸――風流志道軒と塙保己一が異国からの刺客団の策動を耳にし、杉田玄白が平賀源内から山中の奇怪な境地にターヘルアナトミがあると聞かされていた頃。
 名与力・十二神貝十郎は、美男で逞しい男ばかりを狙う辻斬りが人を斬る現場に居合わせるも、これを取り逃がすことになります。数日後、とある屋敷の部屋にまつわる奇怪な言葉を口走る狂人と出会った貝十郎は、狂人があの辻斬りに斬られる現場に行き当たり……


 という、何とも謎めいた導入部の本作。そこから物語は一年ほど前に遡り、辻斬り――泉東十郎を中心に、冒頭に至るまでの物語が語られることになります。

 一種の高等遊民である東十郎は、茶屋娘を巡っての決闘を制止した塙保己一の後についていくうち、とある屋敷に入り込み、そこで日本人離れした魅力を持つ娘・ニナ小夜子と出会うのでした。
 かつてロシアに漂着し、セントピータースブルグで暮らしたという小夜子の父・村上嘉右衛門。しかしロシアの極東政策を記した極秘文書を手にした嘉右衛門は、それを手に小夜子とともに逃亡、東十郎も旧知の武士・坂部軍之進の庇護の下、江戸に潜伏しているというのです。

 小夜子に一目惚れしたことから、彼女たちを狙うロシアの密偵・オリガ桜子率いる「鷲の旗」との対決を決意する東十郎。しかしいざ鷲の旗の襲撃があった際に彼は意識を失い、その間に嘉右衛門たちは、「人体建築」へと落ち延びていくのでした。

 人体建築――それは浅間山の谷間に、溝呂木信兵衛なる男が作った、人間の体を模した構造の屋敷。その周囲には、桃源郷を求める彼の信奉者たちが集落を作ったものの、いつしか信兵衛は狂気に陥り、夜な夜な奇怪な行動に耽っているのでした。
 そんな中に江戸からやって来た嘉右衛門・小夜子・軍兵衛らの一党。さらに東十郎も彼らの後を追ってきた東十郎ですが……


 と、山中のユートピアと怪建築、救いを求めて彷徨う若者と道に迷った凶剣士、天衣無縫な聖女と血吸鬼めいた妖女、汚濁の中の聖人――といった国枝史郎お馴染みの要素に、遥かロシアのエカテリナ二世の野望が絡み展開していく本作。

 極めて印象的なタイトルは、物語の序盤で塙保己一が東十郎らに語る「……鐘が鳴るのでございますよ。さよう、西北の方角から! ……暁の鐘でありましたら、日本の国は興こりましょう。……もし晩鐘でありましたら、日本の国は滅びます」から取られたもので、ロシアから日本に押し寄せる波乱の予兆を示したものと思われます。

 このように設定や登場人物、ガジェットなど、実に壮大、魅力的な本作なのですが――登場人物の人生哲学が延々と語られたり、ディテールを追うあまりに物語があまり展開しなかったり、その果てにあっさりと結末を迎えたりと、国枝作品の困った部分をしっかり備えてしまっているのには、微妙な表情になります。

 「国枝史郎伝奇全集」の解説によれば、本作はもっと長大な作品として構想があったのが、序盤部分で終了してしまったものだということ。過去に遡る前に置かれた、現在の事を描く冒頭部分(と結末部分)も、単行本化の際に書き足されたとのことであります。
 そのような良くも悪くも国枝作品らしい本作ですが――しかし寄り道的な描写(特に情景描写の豊かさよ)が不思議に印象的だったり、いま見られる作品構成も、物語を盛り上げる上で実に効果的であったりと、魅力的な部分が多いのも事実であります。

 万人にはおすすめし難い作品ではありますが、それはそれとしても国枝作品は面白い――そんなことを再確認させられる作品です。


『暁の鐘は西北より』(国枝史郎 講談社国枝史郎伝奇文庫) Amazon

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2022.04.20

青木朋『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第5巻 ひとまずの別れ そして舞台は戦場へ

 金の皇女アイラが宋で繰り広げてきた恋と冒険を描いてきた本作も、この第5巻で一つの節目を迎えます。宋の秘密兵器開発も絡んだ宋の後継者争いに巻き込まれ、白凛之が仕える皇太子のために力を貸すことになったアイラ。一方、遼との戦いが激化する中、思わぬ事態から物語の舞台は金に移ることに……

 親善大使として宋に残って暮らす中、康王とともに宋の火薬を使った新兵器の秘密にまつわる争いに巻き込まれたアイラ。初めは自分たちが新兵器を開発しているという第三皇子のウン王の言葉を信じた二人ですが、真実は皇太子が担当している新兵器開発を、ウン王が妨害していたと知ることになります。

 さらにウン王の妨害はエスカレートし、放火により焼け落ちてしまう工廠。皇帝に直訴しようとしたアイラも、円珠の秘密を握ったウン王が康王を揺さぶったために断念することに……


 というわけで、口封じに自分に毒を盛ろうとまでしてきたウン王の卑劣な策略にもめげず、凛之たちを助けるため奔走するアイラたちの姿が描かれるこの巻の前半。

 しかし新兵器のために最も重要な原材料が焼け落ちてしまい大ピンチという状況に、さすがにアイラが協力できるはずもなく――とおもいきや、という展開はいかにもお話的に感じますが、なるほどこういう効用があったのか! という打開策は、女性主人公ならでは――といっても許されるでしょうか。
(恥ずかしながら、現代でも使用されているとは知りませんでした……)

 さて、不承不承手を康王も力を貸して、ついに迎えた皇帝の親閲式での新兵器お披露目ですが――その成否もさることながら、ここで印象に残るのは、皇帝の側近くに仕える者たちの顔ぶれであります。
 宰相にして最高実力者の蔡京、その息子で徽宗の最側近の蔡居安、宦官ながら軍事のトップの童貫――とこの時代を舞台にした物語ではお馴染みの面々。特に童貫はこういうビジュアルになるのか! と感心させられます。

 しかしもう一人気になるのは、皇帝の秘書というべき内省夫人の閻月琴――怜悧な美人という印象の彼女は、なんと凛之の元許嫁! この月琴、どうやら宮廷のかなり後ろ暗い部分にも関わっているらしく、凛之との過去も含めて、この先、注目のキャラというべきでしょうか。
(ちなもに凛之の真の姓が今回語られましたが、この時代でこの姓、そして今は没落しているということは、彼の縁者は……)


 さて、皇帝と皇族だけでなく、この国を実際に動かしている者たちの登場に、本作が歴史ものであることを再確認させられた思いですが、この巻の後半では、さらに歴史が動き始めることになります。
 いよいよ遼を圧倒する金軍を率いる、アイラやウジュ、オリブたちの父である金国皇帝。その父が病に倒れたという思わぬ報せに、アイラは急遽金に帰国することになるのです。

 しかし遼と金・宋の戦いがいよいよ佳境に入った上、もともと金と宋も(特に後者は)互いを窺い合う状況。そんな中で皇帝が病に倒れたと知られるわけにはいかないのは言うまでもありません。
 かくて、凛之はもちろんのこと、宋の人々には祖母が倒れたという名目で宋を離れたアイラ。しかし蔡居安は、康王を見舞いに向かわせるという名目で、(康王本人にはそれと知らせぬまま)、金の内情を探らんと企むのでした。

 一方、金が遼に攻勢を強める中、宋のみ手をこまねいているわけにはいきません。金との盟約に従い、遼の首都・燕京を攻めることとなった宋軍ですが、その決め手として、凛之たちも新兵器を携えて戦場に向かうこととなるのです。


 これまでは宋の国内、それも皇室が中心ということで、作中では直接的にはほとんど描かれてきませんでしたが、アイラの物語の背後では、三つの国の激しい戦いが繰り広げられてたのは史実が示すとおり。
 この巻の後半の展開は、その戦いが、ここからアイラ自身の物語に関わってくるということなのでしょう。

 そして歴史の中で金と宋という国が、そしてそこに暮らす人々がどのような運命を辿るかも――そしてその過酷さも、我々は知っています。そこでアイラが、凛之が、登場人物たちがどのような役割を果たし、どのような結末を迎えるのか――いよいよ物語は佳境に近づいているというべきでしょうか。


『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第5巻(青木朋 秋田書店ボニータコミックス) Amazon

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2022.04.19

畠中恵『もういちど』 二十年目の原点回帰!? 若だんな、もう一度の生

 昨年、二十周年を迎えた『しゃばけ』シリーズ。その記念すべき第二十作目は、ある意味原点回帰の物語――何しろ、若だんなが赤ん坊に戻り、育ち直すことになるのですから! 思わぬ形でもう一度の人生を送ることになった若だんなを巡り、妖たちも今まで以上に奮闘することになります。

 二百年に一度の天の星の代替わりの影響で、雨が降らず夏前から暑い日が続く江戸。体が丈夫ではない若だんなが少しでも体を休められるように、根岸で保養する準備を進める兄やと妖たちに、思わぬ障害が立ち塞がります。
 それは人間たちが雨乞いで招いた龍神たちが隅田川に集まり、川が大荒れになってしまったこと。根岸まで舟で行こうとしていた一行は、?々子河童を通じて龍神に話をつけてもらうのですが――息子可愛さに長崎屋が大量の酒を龍神に寄進したのが、大変な事態を招いてしまうことになります。

 というのも酒に酔っ払った龍神たちが空で川で大暴れ(このシーンの異界めいた迫力が素晴らしい!)。その騒ぎに巻き込まれて若だんなたちの舟が転覆、水中で起きていた星の代替わりに巻き込まれた若だんなは、赤子に戻ってしまったではありませんか!
 頭の中身はこれまでの若だんなのままながら、喋ることも動くこともできなくなってしまった若だんなを、妖たちは根岸で密かに育てることになるのですが……


 という原点回帰にもほどがある表題作から始まる本作。幸いというべきか、若だんなの成長は普通の子供よりもはるかに早く、大人に戻るのもそこまで時間がかからないはず――とはいうものの、(妖とは縁のない長崎屋の旦那を含めて)周囲にこんなことを知られては大騒ぎであります。

 かくて、江戸を転々としながら、若だんなを育てることとなった妖たちですが、良いこともあります。いかなる理由か、若だんなの体は健康そのものになったのです。
 最初の(?)人生では子供の頃から病弱だった若だんなですが、その分を取り戻すように元気に走り回る若だんなと、それに付き合って(振り回されて)大騒ぎする妖たち――という形で、本作は展開していくことになります。

 五つくらいに成長し、わざと悪いことをしたくなったと家を飛び出した若だんなが、近頃根岸の辺りで子供が鬼に攫われるという噂を知り、村の大人たちが不審な動きをしているのと合わせて謎を解こうとするも、事態は思わぬ方向に展開していく「おににころも」
 十二歳くらいに育った若だんなが、思い切り遊んで下さいと送り出された両国の盛り場で、宮地芝居の斬られ役の浪人に剣の弟子入りをするも、浪人が最近江戸を騒がす人斬りの盗人と事を構えることになり、その騒動に巻き込まれる「ひめわこ」
 ようやく元の年齢近くに戻り、長崎屋に帰ってきた若だんな。近く嫁取りすることになった幼なじみの栄吉の許嫁が起こした悶着の中で、妖の蒼玉が入っていた巾着が行方不明なり、それを探すうちに、栄吉の縁談の裏を知ってしまう「帰家」
 毎回、町で違う相手を追いかけているという深編み笠で藍色の着物を着た男が起こしている騒動に巻き込まれた若だんなが、妖たちに頼んで男を探すものの、追い詰めた相手は不可解にも姿を消し、さらにその背後の複雑な事情に巻き込まれてしまい――という最終話「これからも」


 ラスト二話ではほとんど通常営業に近い若だんなですが、そこに至るまでに、周囲の言いつけに逆らって家の外に飛び出してしまう幼子になったり、遊びに出かけた先で剣術修行に夢中の少年になったりと、これまでの若だんなからは思いもよらぬ姿に「成長」するのが、本作の一番の見どころでしょうか。

 考えてみれば幼い頃から病弱で、そして良い子だった若だんな。当たり前の子供が経験してきたものを全く経験してこなかったというのが何とも切ないのですが――しかし別の人生を味わっても、そこでも妙な騒動に巻き込まれ、妖とともに謎解きに挑むのは相変わらずなのが微笑ましいところであります。

 しかしそうなると気になってしまうのが、元の年齢に戻った時に何が起こるかですが、それを示す物語の結末で描かれる若だんなの姿には――おそらくこれまで一度も見せたことがないような姿だけに――何ともいえぬ後味が残ります。

 それでも、若だんなの周囲には、これまで同様、これからも可笑しくも頼もしい妖たちがいる。これまで同様、これからも彼らと一緒の、謎と騒動に満ちた、微笑ましくもほろ苦い日々が待っている――それを示すこの結末は、二十周年という一つの節目に、相応しいものだと強く感じます。


『もういちど』(畠中恵 新潮社) Amazon

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 「おまけのこ」 しゃばけというジャンル
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 「ころころろ」(その一) 若だんなの光を追いかけて
 「ころころろ」(その二) もう取り戻せない想いを追いかけて
 「ゆんでめて」 消える過去、残る未来
 「やなりいなり」 時々苦い現実の味
 「ひなこまち」 若だんなと五つの人助け
 「たぶんねこ」 若だんなと五つの約束
 『すえずえ』 若だんなと妖怪たちの行く末に
 畠中恵『なりたい』 今の自分ではない何かへ、という願い
 畠中恵『おおあたり』 嬉しくも苦い大当たりの味
 畠中恵『とるとだす』 若だんな、妙薬を求めて奔走す
 畠中恵『むすびつき』(その一) 若だんなの前世・今世・来世
 畠中恵『むすびつき』(その二) 変わるものと変わらぬものの間の願い
 畠中恵『てんげんつう』 妖より怖い人のエゴと若だんなの成長
 畠中恵『いちねんかん』(その一) 若だんな、長崎屋の主人になる!?(ただし一年間限定
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 『えどさがし』(その一) 旅の果てに彼が見出したもの
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 畠中恵『またあおう』(その一) 久しぶりの「しゃばけ」外伝集登場!
 畠中恵『またあおう』(その二) 後を継いだ者たちの奮闘

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2022.04.18

「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その三)

 「コミック乱ツインズ」2022年5月号の紹介のその三、ラストであります。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 ビジャが辛うじて蒙古軍の攻撃を退けてきた一方で、蒙古軍に敗れた末に大破壊・大虐殺が行われたバグダード。ビジャにとって大きな痛手となったのは、そこで治療していたオッド姫の父・ハマダン王が、蒙古軍に捕らわれたことであります。はたしてビジャを包囲するラジン軍に引き渡され、磔台に晒し者にされるハマダン王。問題は、その王の安否ですが――と思いきや、意外とハマダン王に関してはあっさりと決着(?)し、今回はなんとジファルの描写がメインとなります。
 ビジャの若き宰相でありながら、王位の簒奪を狙い、蒙古軍と内通して利用せんと企むジファル。その言動は典型的な裏切り小才子という印象でしたが――今回描かれるのは、それとは全く異なる彼の顔なのです。

蒙古軍に完膚なきまでに蹂躙されたバグダードにあった当時世界一の学び舎であり知識の宝庫「知恵の館」――蒙古軍に焼かれ、学者たちも皆殺しの憂き目に遭うことになったそここそは、かつてジファルも学んだ場所。それを知ったジファルは、涙を流して激怒し、蒙古皆殺しを叫ぶではありませんか。
 そしてブブが見せるインド墨家の科学力に素直に尊敬の念を抱き、万が一の時のために自分が写本した学問の書を彼に託し、人類の発展に役立てるよう頼むジファル。もしかしてジファルは実は結構イイやつ、もしくはバグダードを焼かれて目が覚めたのか!? と思いきや、ビジャを簒奪し、蒙古軍を利用して成り上がろうという野心はそのまま……

 今回のサブタイトル「善と悪のジファル」のとおり、大きな二面性を見せたジファル。しかし彼にとってはどちらも自分、二つの顔が矛盾なく尊大しているようですが――典型的などとはとんでもない、複雑なキャラクターを露わにしたジファルもまた、本作の重要人物であることは間違いありません。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 城を手に入れ浦上宗景の命をこなして信頼を勝ち取った末に、重臣・中山信正の娘と結婚するよう命じられる直家。とりあえずこれで当時の武士としては立派に一人前となり、政略結婚とはいえ妻との間には娘たちも生まれ――と、良いことずくめのようですが、「政略結婚」「娘」と宇喜多的にはズンと重いワードが並びます。

 それはまだ先のこととして、気持ちは通じ合ってはいないものの、それなりに彼のことを理解している妻と、タイプは全く違うもののそれなりに人物であるらしい義父とそつなく付き合ってきた直家ですが、そんなところに宗景からの新たな指令が。それは最近宗景から距離を起き始めた島村盛実の抹殺――直家にとっては仇である盛実を討つ大義名分が出来たと燃える直家ですが、しかし宗景は抹殺対象にもう一人の人物の名を挙げて……

 と、まさに大義親を滅すという状況になってしまった直家。後世のイメージからすれば、喜んでやりかねないような気もしますが、さて……


『カムヤライド』(久正人)
 前回、驚愕の「殖す葬る」対決が描かれた本作。一回で終わりかと思いきや、ノツチの家を急襲した黒盾隊がトラップに翻弄されている間も、まだまだ激闘は続きます。

 ノツチとマリアチ、どちらのチームも戦力になる人間とならない人間がハッキリと分かれる中、モンコを監視に来てマリアチチームの助っ人になった大王の密偵・タケゥチは話術(?)・体術で活躍。もう一人の助っ人にして実は天津神のコヤネは、ぞっこんのモンコに見とれて役に立たずと、もうやりたい放題です(そしてまたキノが例のポーズを)。
 と、本当にどうするんだこれ、という状況ですが、まだまだ試合はエスカレート。手段を選ばないことでは定評のある師匠の能力バトルみたいなトラップ設置から、ついにモンコが、そしてコヤネが……

 いやはや、まだ前回の方がまともに野球(野球言うな)していたというおそろしいことになってしまった今回。しかしそんな中でもタケゥチは目的のものを見つけ、そしてラストにはついに二人が互いの正体を(?)と、次回は死闘待ったなしの状況であります。ここにさらにオウスも加わればどういうことになるのか――本当の戦いはここからです。

 しかしトレホ親方さぁ……


 次号は『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)が掲載。『列士満』(松本次郎)、『江戸時代のちいさな話』(笹井さゆり)と新連載もスタートします。


「コミック乱ツインズ」2022年5月号(リイド社) Amazon

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2022.04.17

「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2022年5月号の紹介その二であります。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 謎の支援者をあぶり出すため、聡四郎が町で絡まれた破落戸たちを叩きのめし、敢えて自分の名を出してみたら思わぬ波紋が――という展開となった前回。読者にはそれが誰の差し金かわかっているのですが、しかし聡四郎にとってはとんでもない大物が関わっていることしかわからないという、これはこれで実に尻の座りの悪い状況であります。

 しかしそんな中でもお役目は果たさねばならないのが勤め人の大変なところ。聡四郎は、元々のお役目である米相場高騰の原因を探ることになりますが――といっても町を歩き回るだけでそうそう簡単に掴めるはずもなく、むしろ役に立ったのは、家に帰ってからの紅さんの言葉。そこで聡四郎は紀伊国屋に向かうのですが――いやいや、基本的に宿敵の元に飛び込むとは博打打ちすぎでは、と心配になります。案の定、うかつに敵を増やすことには定評がある聡四郎らしく、ここで紀文の配下が独自に動くことに……

 そうとは知らず、師・入江無手斎の特訓に協力する聡四郎。本作の迫力担当(?)というべき無手斎だけあって、片手とは思えぬ強烈な技を見せて聡四郎をたじろがせますが、しかしそれ以上に畏れるべきは、宿敵であり自分が倒した鬼伝斎の技をも取り入れるその柔軟性ではないでしょうか。
 そして特訓につきあわされた上に怒られるというちょっと理不尽な目にあった聡四郎ですが、しかしその教えは思わぬ形ですぐに役立つことに――と、新たな強敵の出現を描きつつ、次回に続きます。


『かきすて!』(艶々)
 娘三人の江戸に向かう旅日記としてスタートした本作ですが、既に江戸に到着して久しく、ここ数回は三人娘が江戸で出会った事件が描かれています。今回もそのパターンと思いきや……

 男に騙され、悲惨な最期を迎えたというお町。彼女とは幼馴染だった三人娘のおゆきとおはるは、お町の妹とともに、お町を騙した男を懲らしめるため、幽霊騒動を仕掛けることに――という今回の展開。
 これはどう考えても失敗してマズいことになるパターンでは、と思っていたところに、同じく三人娘のナツに何やら意味深なシーンが描かれ――という展開を受けて、ラストに思いもよらぬ大どんでん返しが描かれることになります。

 正直に言ってかなり唐突な展開に驚きましたが、おそらく本作でほとんど初めてであろうアクションシーンのキレもよく、これはこれでアリかな、という気もいたします。しかしこの展開は最終回かな、と思いきや、次回もあるようで、三人旅から今度は一人旅に変わるということでしょうか。


『しくじり平次』(所十三&野村胡堂)
 ヤンキー漫画と恐竜漫画のベテランによる特別読み切りは、前作から(おそらく)7年ぶりに登場の、漫画版『銭形平次捕物控』であります。

 雪の夜の翌朝、山谷の寮で何者かに刺し殺された姿で見つかった遊女屋・佐野喜の主・弥八。因業で周囲から数多くの恨みを買い、誰に殺されてもおかしくない人物でしたが、三輪の万七親分にしょっぴかれたのは、以前平次の下っ引きをしていた田圃の勝太郎だったのです。
 吉原で火事があった際、言い交わした仲だった妓を見世の納戸に閉じ込めて死なせた弥八を殺すと公言し、事件当日も近くで目撃されていたことから、圧倒的に不利な立場の勝太郎。平次は寮の周囲の人々から聞き込みを始めるのですが……

 原作の「雪の夜」を基本的に忠実に漫画化した本作ですが、ここで描かれる平次は、タイトルに相応しくというべきか、かなり三枚目的な色彩の強いキャラクター。下女のお鶴から話を聞き出す際に一緒に折り鶴を折るくだりや、お馴染み三輪の万七親分と漫才のようなやり取りをしながら推理の穴を突いていく場面など、何ともユーモラスな味わいがあり、親しみやすさという点では群を抜いています。

 そんな味付けをしつつも、原作ではちょっと勘に近かった謎解きを、トリックは基本的にそのままに、一ひねり加えてみせる点なども巧みな本作。「しくじり平次」という原作にあるもう一つの、そしてあまり知られていない呼び名を冠してあえて銭投げを外しつつ、読後感の良い人情推理として成立させてみせた作品です。


 次回でラストです。


「コミック乱ツインズ」2022年5月号(リイド社) Amazon

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2022.04.16

「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その一)

 今月の「コミック乱ツインズ」は、表紙が『勘定吟味役異聞』、巻頭カラーが『はんなり半次郎』。また、久々に『かきすて』が登場です。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介していきます。

『はんなり半次郎』(叶精作&篁千夏)
 求善賈堂のいつもの面々に助けを求めてきた、祇園の料亭の次板・太郎左。店の主人が患い込み、太郎左が恋仲の店の娘と結婚して暖簾を継ぐはずが、既に暖簾分けされた兄弟子の藤吉が現れて、料理勝負することになったというのですが――料理の腕はどう考えてもあちらが上。弱りきっている太郎左に、半次郎は南蛮渡来の食材と調味料の数々を提供して……

 本作で骨董品ネタと並んで多かった印象のある南蛮渡来の風物ネタに料理ネタが絡んだ、読んでいてお腹が空く今回。正直なところ、これは腕の勝負ではなく、食材と調味料の差で勝負しているようにしか見えないのですが――まあ話の裏はほとんど見えている状態でしたし、展開として非常に爽やかなのでこれはこれでOKでしょう。

 ……と、最終ページまで来てひっくり返ったのですが、本作は今回が最終回。これから明るい未来が来るかもしれないから頑張ろう的なラストですが、そこで半次郎たちとニコニコしている土方はこの後――と思うと、ちょっと落ち着かない気分になったというのが正直なところです。


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 二胴の暗殺者との激突に向け、己の生を擲つ覚悟で剣を磨いていた最中の佐内のもとに飛び込んできた悲報。それは数日前から行方不明となっていた根岸が、恐れていた通りの姿で見つかったという報せでした。その発見場所に向かった佐内が見たのは、根岸が、おびき出しに使われた馴染みの女とともに、こう、二胴の実験台にされた後で……(露骨に描かれなくても、顔や体の位置関係でどんな状態かわかってしまうのがキツい)
 しかしここで真の鬼っぷりを感じさせたのは、彼らの雇用主たる益子屋。この惨憺たる有様のところに、根岸の妻女を招いて根岸と対面させるという――いやいや、もう少し色々な意味で整えてからにしましょうよ!

 それはさておき、これは曲がりなりにも彼の許嫁である満枝が、同様に自分を誘き出すための犠牲にされかねないという、佐内にとっては最も恐ろしい事態を示すものでもあります。そうとは知らず、最近ろくに食事も取っていないという佐内のために甲斐甲斐しく手料理を作って待つ満枝ですが、彼女が心配すぎる(さりとて事情を打ち明けるわけにもいかない)佐内に頭から怒鳴りつけられ、一人家路を辿ることに――と、これはかなりマズいシチュエーションではありませんか。
 はたして惨劇がまたも繰り返されるのか!? と不安になりましたが、これは彼女のことも知っているあの人の手配りでしょうか――本作でひたすらシブく仕事をキメてきたあの人がここでもナイスフォロー。まずはホッと一息であります。

 しかし、状況は佐内一人の思惑など関係ない場所で動き始めます。元々この暗闘は、水野忠邦家中での勢力争い――その片割れであり、二胴の暗殺者たちを擁する二本松・大道寺派が決着を急ぎ、ラストには思わぬ大殺陣が展開することになります。一歩間違えれば佐内の戦いも全く事情が変わりかねないこの状況がどちらに転ぶことになるのか――クライマックスは目前という印象であります。

 ちなみに今回、水野忠成の用人・土方なる人物が登場しましたが、時代ものでは悪役が多い土方縫殿助のことでしょう。本作では結構普通のおじさんでしたが……


『仕掛人 めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎(原案))
 前回からスタートしたグルメスピンオフ、今回描かれるのは、梅安の相棒といえばもちろんこの人、彦さんとの二人旅。タイミング的には本編の「殺しの四人」と「秋風二人旅」の間のエピソード――というか「秋風二人旅」の冒頭の語られざる物語であります。

 といっても内容の方は、梅安と彦さんがお伊勢参りの前後に芋川うどんを、伊賀のぼたん鍋を食べまくるという食デート回。いやはや、こんなに楽しく生きてるんだったら仕掛けなんて手を染めなくてもいいのに――と勝手なことを考えてしまいますが、そこで彦さんがフッと重い影を覗かせたところで、ラストは「秋風二人旅」に繋がって終わります。

 前回の内容も考えると、このまま本編の流れを追いながら、その合間の梅安たちの食の姿が描かれるということになる様子で、これはなかなか楽しい企画です。


 恐縮ですが長くなりますので次回に続きます(全三回予定)。


「コミック乱ツインズ」2022年5月号(リイド社) Amazon

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2022.04.15

坂ノ睦『明治ココノコ』第3巻 突入、黒き楼閣 激突、黒白の狐

 明治の東京を舞台に、元九尾の狐であるビャクと、彼の「尾」たちが物の怪の成れの果てであるニゴリモノと対決する妖怪漫画の第3巻であります。浅草に出現し、次々と怪異を巻き起こす謎の漆黒の楼閣に挑むことになったビャクたち。楼閣に突入したビャクは、そこで己の尾の一本と対峙することに……

 かつて天狐によって封印され、己の八本の尾を奪われた九尾の狐。今は力の多くを失い、ビャクと名乗る少年姿となった彼は、天狐の命で、川路利良配下の特別警察隊として、ニゴリモノと対決することとなります。
 そしてビャクに協力するのは、彼のかつての「尾」たち――いまは一本一本が意思を持ち、それぞれ特技を持った狐の物の怪となった彼らとともに、ビャクは次々と事件を解決していくのでした。

 そんなある日、浅草に出現した漆黒の楼閣。いつの間に建築されたのか誰も知らず、そして誰もそこにあることに違和感を持たないという、明らかに怪しげな建物ですが――その周囲では殺人・自殺・怪死・失踪と、胡乱な事件のオンパレード。
 そしてその背後に物の怪、いやニゴリモノの存在があるとくれば、ビャクも黙ってはいられません(もっとも彼の場合、怒りの理由が少々異なるのですが……)。

 しかし天狐が見せたこの楼閣の正体は、辛うじて帝都に生き残った物の怪を引き寄せ、そしてニゴリモノに変化させてしまうという、恐るべき魔塔。そしてその塔の中心には、尾の一人であるコクがいたのです。
 かくてこの楼閣を叩き潰し、コクを連れ戻すべく、総出で出撃することになったビャクと七人の尾の面々のですが――彼らも物の怪である以上、楼閣の魔力には抗えません。そこで天狐の力を借り、時間制限ありではあるもののパワーアップしたビャクたちは楼閣に足を踏み入れるのですが……


 というわけで、前巻のラストからスタートし、一巻以上をかけて描かれるこの「黒き楼閣」編。楼閣のモデルはまず間違いなく浅草十二階こと凌雲閣かと思いますが(ただし本作は実際に造られる十数年前が舞台)、どこか薄暗いイメージもある凌雲閣を、文字通り魑魅魍魎が蠢く魔塔として描くのはなかなかユニークであります。

 その楼閣での戦いは、これまで限定的な能力に留まっていたビャクと尾たちが、ドーピングとはいえ力の一部を取り戻して、繰り広げるだけあってなかなかの盛り上がり。そしてそのクライマックスに待つのは、謎の黒幕に力を貸し、この楼閣で物の怪をニゴリモノに変えていた尾の一本・コクとビャクとの対決であります。

 これまで、他の尾がまがりなりにもビャクに力を貸していたのに対し、唯一明確に彼に反発し、尾に戻るのであればニゴリモノになる方がマシ、とまで言っていたコク。
 どう考えてもビャクとの対決は避けられない情勢でしたが、ここまで大事になるとは正直予想外でした。

 何はともあれ、そんな二人であるだけに、この対決は一種の思想対決の色彩を帯びることになります。
 物の怪が物の怪であることの誇りを重んじるビャクと、物の怪がニゴリモノになることを一種の進化と考えるコク――この両者の対峙は、(ビャクはこのような表現には怒ると思いますが)明治維新/文明開化というパラダイムシフトを前にした人間たちの精神を、ある意味象徴化したものと感じられます。

 もちろんそれはこれまでも物語の中に存在していた構図ではあります。しかしこれまで登場したニゴリモノがほとんど完全に怪物化していた一方で、コクが自分の意思というものを保っていることで、ようやくこの構図が見えやすくなったと感じます。
 もっとも、相変わらず人間たちには迷惑過ぎる理屈で、ほとんど全く共感できないというのが正直なところなのですが……
(冒頭の浅草グルメのエピソードが、コクへの切り返しに繋がる辺りは巧みなのですが)


 さて、この楼閣での戦いもいよいよ決着か、と思いきや、ラストでは物の怪とも何ともつかぬ黒幕が不気味な姿を見せ、ここからが本題という印象。この黒幕と因縁があるらしいあの人物も参戦し、この「黒き楼閣」編もいよいよクライマックスであります。
(それにしても明治12年という舞台設定がいかにも不穏過ぎる……)

 そしてラストに登場した、日本刀使いで先の戦いでも活躍したという、ちょっとマイペースの警部はやはり……?


『明治ココノコ』第3巻(坂ノ睦 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス) Amazon

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2022.04.14

うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 番外編 刹那の奇跡』 信乃、戦場帰りの父に出会う

 「朝日小学生新聞」連載中の『異界譚里見八犬伝』の番外編であります。序章と一章の間の時期に、信乃が垣間見た父と母のかつての姿とは――犬塚家のルーツを描く短編であります。

 山犬討伐に向かった先で、その山犬たちを操る謎の美女・玉梓に襲われ、伏姫神の加護で辛うじてこれを打ち破った信乃。その伏姫神から、信乃は里見の犬士としての自分の宿命を教えられ、孝の玉を授かることに……

 という序章から、信乃が古河に旅立つ一章の間に位置するこの番外編。荘助から、かつて父・番作が里見家の人々とともに結城城に立て籠もっていたと聞かされた信乃は、躊躇いながらもかつての話を聞いてみることを決意します。
 が、番作は手習いの授業(の最中に居眠り)中。そして信乃は浜路とわちゃわちゃやっているうちに縁側から転落してしまうのでした。

 と、気がつけば信乃は一人夜の道に。そこで兵士たちに追われるボロボロの若者と出会った信乃は、それが父の若き日の姿だと気付きます。そしてその後を追いかけた先で、父と母の出会いを目撃することに……


 『南総里見八犬伝』では冒頭に語られた、結城合戦から始まる過去の物語。一方本作は、信乃の物語として始まったことで、この序章ともいうべき部分は、一旦省略されることとなりました。

 そのうち伏姫伝奇に当たる部分は、後に三章で、信乃たちがヽ大法師から聞かされるという形で描かれましたが、もう一つの結城落城にまつわる物語――信乃の父・番作と母・手束の過去については、これまで語られてきませんでした。
 それがここで描かれるとは、と少々驚きつつも、この後の物語の流れを思えば、描くとしたら、このスタイルになるのは頷けます。

 さて、その内容の方は、いかなる奇瑞か結城落城後の時代に現れた信乃が、村雨を持ち三つの包みを携えた父・番作と出会い――と、原典の第二集で描かれた番作の姿を踏まえて描かれます。
 もっともここでの出会いは、サブタイトルの通り、まさしく「刹那」――というより目撃に近いものではあります。しかしここでの番作の姿は、この時点の信乃にとっては最も縁遠い、戦の空気を漂わせたもの。それが彼の心に強い印象を残したことは疑いようもありません。

 ことに番作が抱えている包みの中身について気付いたこと(そして村雨は落としても包みは落とさなかったこと)は、信乃にとっては――そして主たる読者層にとっても――大きなインパクトを与えたことでしょう。
(そしてあと二つの包みについては特に触れられていないのは、これは本作ならではの視点ではあると思います)


 本編ではこの後、大塚村を襲った惨劇で、落命した(とはいえ明示はされていませんし、浜路の例もありますが……)番作と手束ですが、図らずも大切な人を失うこととなった信乃が、両親のことをどのように思い出すのか――ページ数としてはごく短いものながら、そんなことも考えさせてくれる一編です。


『異界譚里見八犬伝 番外編 刹那の奇跡』(うちはら香乃 Kindle版) Amazon

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2022.04.13

相田裕『勇気あるものより散れ』第2巻 生き残った武士の姿、会津武士の姿

 明治初頭、数奇な運命に翻弄されてきた不死の民の少女・シノと死に損ねた会津の武士・春安の主従の戦いを描く物語の第二巻であります。不死の一族を殺す力を持つ妖刀・殺生石を手に入れたものの、その代償に倒れ伏した春安。はたして春安の運命は、そして彼らは無事に脱出することができるのか……

 戊辰戦争で生き残り、死に場所を求めた末に、大久保利通暗殺の企てに加わった元会津藩士・鬼生田春安。しかしその企てを九皐シノと名乗る少女剣士に阻まれ、一度は命を失った末に、春安は彼女に蘇生させられるのでした。
 実はシノは「半隠る化野民」と呼ばれる不死の一族の末裔。その眷属とされた春安は、幕府にその身を利用され尽くした末に心が壊れた母の命を絶つというシノに、協力を誓うのでした。

 そして不死殺しと呼ばれる妖刀・殺生石を奪取するため、仲間たちと宮城に潜入した春安は、そこでシノの兄・隗と対決。殺生石の力で辛うじて勝利したものの、その代償で力尽きて……


 と、いきなりクライマックスのような展開でヒキとなった前巻ですが、しかし春安が力尽きた場所は、彼らにとってはいわば敵地というべき場所。目的である殺生石を奪取したとしても、ここから脱出できなくては意味がありません。

 しかし捨てる神あれば――というべきでしょうか、偶然出会った会津出身の陸軍幼年学校生徒・鉄馬に救われ、春安たちは元会津藩家老・山川大蔵(この時点では山川浩)のもとに身を寄せることになります。
 ここで感心させられるのは山川大蔵というチョイス。なるほど、知恵者として数々の逸話を持ち、そして明治政府でも会津出身として異数の出世を遂げたこの人物であれば、主人公の後ろ盾となってもおかしくはないと感じます。

 しかし、春安とシノが挑む相手は、いわば政府。二人が山川の元に潜伏していることを察知した太政官図書掛の山之内は、銀座の街中で銃撃戦も辞さない強引な攻撃で、脱出した春安たちに追撃を仕掛け……


 というわけで、前半では春安たちと会津出身の人々との交流(そしてそれを通した明治の武士たちの姿)が描かれ、そして後半では春安たちと新政府との激突が描かれるこの巻。
 前巻が半化野民にまつわる物語が中心となる伝奇性の強い内容であったとすれば、この巻は比較的歴史ものとしての性格が強めであると言えるかもしれません。

 もちろんそれは物語がおとなしいということとイコールなどではなく、特に後半の、とんでもない武器まで飛び出してほとんど市街戦のような様相を呈する戦闘シーンは、インパクト十分といえるでしょう。

 しかしそんな物語の中で気になってしまうのは、人間側のキャラクターへの感情移入のしにくさであります。
 確かにこの時代に生き残ってきた武士の窮状――特に会津武士の理不尽ともいえる状況――は、知識として頭に入ってはいますが、それが作中の描写から、キャラクターの行動原理として納得できるかというと、いささか疑問があります。

 特にこの巻の終盤の展開では、この行動原理がキャラクターの生死にまで関わってくるのですが、そこに感情移入できなければ、行動が極端な人間、という印象で終わってしまうので……


 この巻のラストでは再び物語が伝奇サイドに大きく動き出す予感がありますが、さてその中で明治の武士たちの物語を、ここからどれだけ力強く描くことができるのか。正念場と感じます。


『勇気あるものより散れ』第2巻(相田裕 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon


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2022.04.12

山崎峰水『くだんのピストル』壱 少年の目に映った幕末を生きる者たちの姿

 『黒鷺死体宅配便』、そしてこのブログ的には『松岡國男妖怪退治』の山崎峰水&大塚英志コンビによる新作は幕末時代漫画。人の心の声を聞く力を持つ少年・くだんを通じて、坂本龍馬ら幕末を駆け抜けた者たちが描かれます。が、くだんの目に映るその姿は……

 時は嘉永六年、人の心の声を文字として読み取り、絵にして描く力を持つ浮浪児・くだんは、黒船来航を感じ取り、そのイメージを紙に描くことになります。偶然それを目に留めた坂本龍馬と名乗る土佐藩士に引きずられ浦賀に向かったくだんは、自分の目で黒船の姿を目撃するのでした。

 そして龍馬の依頼で、黒船の見たままの姿を描くよう依頼されたくだんですが――その絵を受け取りに現れたのは佐久間象山を名乗る学者。その後、偶然象山に命を救われたくだんは、象山からピストールの分解図を描くよう依頼されることになります。
 絵を描く傍ら、象山の弟子たちへの指導を目撃するくだん。その弟子の中には、高杉晋作という青年が……


 この二年ばかりで急にメジャーになったいわゆる予言獣の代表格である件(くだん)。牛から生まれる人面の子牛であり、生まれてすぐに人語で(多くの場合不吉な)予言を為すという存在であります。

 本作の主人公・くだんは、言うまでもなくこの件の言い伝えを踏まえた少年ですが、牛身などではなく歴とした人間。
 しかし陰惨な経緯(この辺り、このコンビらしい感触)によってこの世に生まれ、そして何よりも育ての親から「世界の終わりを予言する」と言われている点において、その名にふさわしい存在であります。

 本作は、人の心を読みそれを絵にする力を持つ彼が、幕末の有名人たちと出会い、時代の動きを目撃する、という物語なのですが――しかし強烈に印象に残るのは、くだんやごくわずかの例外を除けば、登場するキャラクターが全て「犬」であることでしょう。
 そう、龍馬も象山も松陰も晋作も、その他の武士も町人も、皆、擬人化された犬なのであります。

 これは宮崎駿の『名探偵ホームズ』のように擬人化された犬の世界の物語ではなく、あくまでもくだんの目には、他者が犬に見えるということのようなのですが――歴史ものとしては、それが一種のデフォルメの役割を果たしているのが、非常に面白く感じられます。

 というのも、本作に登場する幕末の有名人たちは、犬の顔をしながらもほとんど全く違和感がない――その顔と一緒に名前を挙げられれば、ああなるほど! と言いたくなる面構えなのであります。
 その最たるものが、この巻の表紙の龍馬ですが、強面ながら大人の風格のある象山、怜悧な中に危うさが感じられる松陰、今はまだ純朴そうな中に時折勁さと狂気が浮かぶ晋作――と、その他のキャラクターも、実に「らしく」感じられます。

 もちろん現実の彼らは、よくて写真が数枚残っている程度ではあります。そのため「らしい」といっても、それは彼らの事績を踏まえて我々が頭に思い浮かべるイメージと比較してのものなのですが――しかし、犬という極端なディフォルメによって、このイメージ化がより強烈になされているのです。
 そして突き詰めれば、歴史ものがこのイメージの集約の産物であることを思えば、本作におけるイメージ化は、物語る上での強い武器になっていることは間違いありません。

 しかしそのイメージ化であるくだんの力は、決して客観的な、現実のあるがを描くものではありません。それは(自分を含めて)誰かの目で見て、そして心で受け止めた、主観的なものにほかならないのです。
 そこにはイメージ化というものがもつ、ある種の危険性が潜んでいるのであり――深読みすれば、本作はこれを通じて、歴史ものというジャンルが持つ本質的な危険性に、自己言及しているようにも感じられます。

 そしてもう一つ、本作の登場人物のほとんどが犬であるというのは、あくまでもくだんの目を通したものであるというその意味も……
(くだんと龍馬との会話を通じて、この点を明確に示したシーンには、不思議な感動があります)


 実は本作の冒頭では、黒船来航から十三年後の慶応二年、寺田屋で襲撃を受けた坂本龍馬から、くだんがピストルを譲り受ける姿が描かれることになります。

 はたしてそこに至るまでに何があるのか、そしてくだんは手にしたピストルで何を撃つのか――この先も、本作ならではのものを見せてもらえるものと、期待しています。


『くだんのピストル』壱(山崎峰水&大塚英志 KADOKAWA角川コミックス・エース) Amazon

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2022.04.11

松井優征『逃げ上手の若君』第5巻 三大将参上! 決戦北信濃

 鎌倉執権家の生き残り・北条時行が逃げまくりながら鎌倉奪還のために奮闘してきた本作、1333年から始まった物語もついにこの巻でついに1335年に入ることになりました。小笠原貞宗との一対一の対決から時行は逃れることができるのか、そしてついに始まった諏訪勢と国司・主語連合の戦の行方は……

 信濃の新国司・清原信濃守の横暴に耐えかねて不利な戦に臨む北信濃の武士たちを、戦場から撤退させるという高難度のミッションを成功させ、武士たちに将器を示した時行。
 しかしその正体は伏せてきたものの、これまで幾度となく煮え湯を飲まされた小笠原貞宗が、時行の正体を暴いてやろうといよいよ動き出します。

 口実を設けて時行を呼び出し、一対一の対話の中で、自慢の目によって時行の嘘を見顕そうという貞宗。もちろん時行も綿密に準備を重ね、追求から「逃げ」るものの、貞宗はついに奥の手(これが笑っちゃうほどズルい)を出してくることになります。
 この絶体絶命の窮地に、亜也子が思わぬ形で救いの女神となることに……

 と、この巻の冒頭で描かれるのは、戦とは異なる形での時行と貞宗の対決の決着編――というより亜也子の活躍編。前巻では同じく時行最初期からの郎党である弧次郎の活躍と成長が描かれましたが、ここでは亜也子が彼女なりのやり方で時行を救うことになります。

 この後描かれるように、彼女も武門の出であり、そしてその怪力は並みの男では足元に及ばないほど。しかし男と同じではなく――いやそれに加えて、彼女には彼女ならではの技と力があると、このエピソードでは描くことになります。
 弧次郎同様ちょっと埋没しがちであった亜也子ですが、ここできっちりと個性を見せてきた印象です。しかし「ポロリ」がなかったのは、ホッとしたような残念なような……


 そして作中で時は流れ1335年に入り、この巻の大部分を費やして描かれるのは、後醍醐帝の綸旨により親北条勢力討伐を開始した国司・守護連合軍と、北信濃の国人衆の全面衝突の模様であります。

 これまで局地戦では時行たちにしばしば敗れていた印象があるものの、しかし国司と守護である貞宗の軍勢はいわば正規軍、大きな勢力を持っています。これに対して国人衆は、諏訪大社という権威を背負い、そして諏訪の元々の住人として意気軒昂の荒武者たち。
 はたして戦の天秤はどちらに傾くのか――と、数と力が物を言う戦場で、時行たち逃者党の出番はないように思えますが、ここで彼らは、「伝令」という役目を与えられることになります。

 なるほど、機動力が必要であり、捕まらないことが絶対条件である伝令は、逃げ上手の時行にうってつけ。しかしそれ以上に、刻一刻と変わる戦況を目の当たりにしつつ、臨機応変に動くというのは、何よりの将としての実地学習ではあるでしょう。
 そしてメタには、伝令の目を通じることで、北信濃の各地で繰り広げられる戦いを、自然に一つの流れとともに描くことができるわけであります。

 そしてこの戦いで主役ばりの大活躍を見せるのが、諏訪頼重直属の諏訪神党三大将です。右軍大将の祢津頼直、左軍大将の望月重信、中軍大将・海野幸康――いずれも信濃の名家の出であり、そして頼重への忠誠心厚い名将・勇将ですが、やはりいずれも個性的すぎるキャラクターであります。
 特に見るからに渋い歴戦の武人である海野など、本作では珍しいストレートに恰好良いキャラと思いきや、とんでもない魔法つk――いや修羅。すごいんだかすごくないんだかわからない強烈さは、やはり本作の登場人物であります。(魔界転生したら凄そう……)


 そして合戦そのものも、信濃勢が押せば国司・守護連合軍も押し返し、奇手と奇策がぶつかり合う一進一退。なんか凄い覆面の人(と解説名人)が出てきたと思ったら、国司の無茶苦茶な秘密兵器が登場し、そしてあの怪物が再び……

 と、かつてない盛り上がりぶりですが、しかし実はこれは前哨戦にすぎません。何しろ運命の1335年はまだ始まったばかり、これからが真の戦いとなるわけであります。
 はたしてここからどのようにして更なる盛り上がりを見せるのか――大いに期待しているところです。


 しかし護良親王が登場しましたが、後醍醐天皇の方は、この先シルエット以上の登場はあるのかしら……


『逃げ上手の若君』第5巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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2022.04.10

5月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 桜が咲いたと思ったら震えるほど寒くなったり、落ち着かない陽気が続きますが、そうこうしているうちに4月に入り、もう少し頑張ればゴールデンウィーク。連休中は新刊が出ないので少々寂しいですが、しかしその分短い間に大量の新刊が――というわけで、5月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 例年、平日が少ない分新刊の点数が心配になる5月なのですが、これが実は相当な点数。特に文庫小説は期待の作品が少なくありません。

 まず何と言っても注目は『貸し物屋お庸謎解き帖 桜と長持』(平谷美樹 大和書房だいわ文庫)。白泉社招き猫文庫で展開されていたシリーズの復活編である本作、個人的には嬉しくて仕方がありません。
 そのほかついに完結の『元禄八犬伝 完結編(仮)』(田中啓文 集英社文庫)はもちろんのこと、『いい湯じゃのう 3 吉宗のご落胤』(風野真知雄 PHP文芸文庫)も楽しみなところです。

 その他の新作では『あやかし斬り 千年狐は綾を解く』(霜月りつ 小学館文庫)、『Cocoon 京都・不死篇―蠢―』(夏原エヰジ 講談社文庫)、『日雇い浪人生活録』第13巻(上田秀人 角川春樹事務所時代小説文庫)、『謀聖 尼子経久伝 風雲の章』(武内涼 講談社文庫)が注目です。
 また、文庫化・復刊では『決戦!賤ヶ岳』(天野純希、木下昌輝ほか 講談社文庫)、『若さま同心 徳川竜之助 9 弥勒の手』〈新装版〉(風野真知雄 双葉文庫)、『天海の秘宝』上下巻(夢枕獏 徳間文庫)があります。


 また、漫画の方で、新登場では何といっても幕末最強決定戦の『ツワモノガタリ』第1巻(細川忠孝&山村竜也 講談社ヤンマガKCスペシャル)がイチオシ。『勘定吟味役異聞』の続編である『御広敷用人 大奥記録』第1巻(かどたひろし&上田秀人 光文社)も(『勘定吟味役異聞』と並行して連載というユニークなスタイルも含めて)注目です。

 また、続刊の方では『くだんのピストル』弐(山崎峰水&大塚英志 KADOKAWA角川コミックス・エース)、『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第7巻(和月伸宏&黒碕薫 集英社ジャンプコミックス)、『~異伝・絵本草子~ 半妖の夜叉姫』第2巻(椎名高志&高橋留美子ほか 小学館少年サンデーコミックス〔スペシャル〕)が楽しみなところです。
 さらに『煉獄に笑う』第14巻(唐々煙 マッグガーデンコミック Beat'sシリーズ)はこれで堂々完結であります。

 そのほかの新刊も、『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第6巻(たかぎ七彦 KADOKAWA角川コミックス・エース)、『新九郎、奔る!』第10巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグ コミックス〔スペシャル〕)、『颯汰の国』第11巻(小山ゆう 小学館ビッグ コミックス)、『あおのたつき』第4巻(安達智 コアミックスゼノンコミックス BD)、『明治浪漫綺話』第5巻(音中さわき KADOKAWAあすかコミックスDX)、『ビジャの女王』第2巻(森秀樹 リイド社SPコミックス)とかなりの充実ぶりです。


 辛い連休明けも、これで頑張れそうです。


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2022.04.09

霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは桜と夢を見る』 春の訪れとリトルレディの冒険と

 箱館戦争で命を落とし、宇佐伎神社に祀られた神様・ツクヨミの用心棒として甦った青年・兎月の奮闘を描く『神様の用心棒』も、順調に巻を重ねて早くも第四弾であります。この巻では副題にあるとおり、桜にまつわる物語を中心に、時に心温まる、時に恐ろしい全四話が収録されています。

 前巻で描かれた函館の厳しい冬も終わり、その間に厄介になっていたドルイドの血を引く貿易商・パーシバルの屋敷を引き払い、函館山の宇佐伎神社に戻った兎月とツクヨミ。そんなある日、二人はパーシバルから、彼の館に逗留している姪のリズが、夜毎悪夢にうなされていると聞かされます。
 夢の中で日本人の少女になり、蜘蛛の刺青が入った腕に追いかけられているというリズ。しかも夢を見た後には、口から血を垂らした痩せた男の幽霊が現れるというのです。パーシバルと同様、ドルイドの巫の力を持つリズだけにただの夢とも思われず、またリズの女の子を助けて欲しいという願いに、二人は調べを始めることになります。

 やがて、腕に蜘蛛の刺青を入れた凶悪な盗賊・蜘蛛の巣丁次がかつて函館を騒がせた事を知る兎月。しかし既に丁次は捕らえられ、処刑されたというではありませんか。そしてその間もリズの悪夢は続き、やがて夢の中の少女は、桜の木に登って身を隠そうとするのですが……

 そんな第一話「蜘蛛の腕」は、前作で横浜から函館にやってきたリズの存在が中心となるエピソード。好奇心旺盛で賑やかなリズは登場回でも台風の目でしたが、今回も同様に物語を騒がすことになります。
 しかし今回は謎めいた悪夢に加えて、曰く有りげな幽霊に、残虐非道な(しかし死んだはずの)盗賊と、剣呑な内容のオンパレード。元々本シリーズは、どこかほのぼのとした空気の中に、時折真剣に怖いエピソードが混ざるのですが、今回もその流れといえるでしょうか。

 正直なところ、真相は早い段階で気づく方は気付いてしまうと思うのですが、それでも緊迫感に富んだ展開に加え、クライマックスではきっちり泣かせてくる、盛りだくさん一編であります。


 また、第二話「頭の桜」は、いわゆる「頭山」がモチーフとなったエピソード。「頭山」の話を聞かされて、そんな話があるわけないと生真面目に怒るツクヨミですが、そんな彼が町で見かけたのは――という、度肝を抜くような場面が始まりとなる物語です。
 これがまた、私も色々と怪異譚は読んできましたが、これほど奇抜なものは見たことがない――と言いたくなるインパクトながら、しかしその真相がこれまた実にイイ話で、個人的には今回最も印象に残った作品です。

 一方、第三話「花さかずき」は、以前からの約束で一日だけ豊川稲荷の神使になった兎月が、彼女たちの花見を手伝うという幻想的な一編です。深山に春をもたらすために兎月とツクヨミが奮闘する様も可笑しいのですが、やはり本番は花見が始まってから。
 花見に招かれた山の天狗と飲み比べをすることになった兎月ですが、いくら何でも天狗と人間では分が悪いところに――と、ここでこうくるか! というひねりがまた泣かせるエピソードであります。


 そしてラストの「リトル・レディの帰還」は、副題の通り、横浜に帰ることになったリズが、身代金目当ての誘拐事件に巻き込まれる物語であります。
 誘拐犯の足取りを追う兎月ですが、一味を率いるのは、池田屋事件の生き残りと自称する男。一方、リズは誘拐犯のアジトから単身逃げだし、北海道の原野に足を踏み入れるのですが、そこでは死者の念が凝った多数の怪ノモノが徘徊していて……

 と、一難去ってまた一難を地で行くような、先が読めない展開が続くこのエピソード。ちょっと色々と盛り込みすぎのような気もしますが、リズとの別れを控えたツクヨミの複雑な心境あり、意外な助っ人ありと、ラストに相応しく賑やかで、そして爽やかな物語であることは間違いありません。


 本の帯によれば、コミカライズ企画も進行中という本シリーズ。なるほどコミカライズにもぴったりな題材であることは間違いありません。
 そして新たなレギュラーも加わり、そこにちょっと気になる要素も出てきたりして、もちろんシリーズ本編のこれからも楽しみにしているところです。


 にしてもあの人は、甘やかしというより、もはや母親のようになっているような……(まさに慈母の如し)


『神様の用心棒 うさぎは桜と夢を見る』(霜月りつ マイナビ出版ファン文庫) Amazon

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2022.04.08

秋本治『BLACK TIGER』第1-3巻 最強の女ガンマン、西部(と幕末)を行く

 『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の秋本治が、同作の終了後に連載中の西部劇アクション漫画であります。南北戦争直後の時代、殺しの許可証を持つブラックメンバーの一人にして美貌の超人的ガンマン・ブラックティガーの活躍を描く連作シリーズです。

 西部のとある町で、20人の賞金首が待ち受ける酒場に真っ正面からたった一人で乗り込んだ全身黒ずくめの女ガンマン。瞬く間に全員を片づけてのけた彼女、ブラックティガーこそは、合衆国政府が選んだブラックナンバーの一人――南北戦争後に急激に悪化した南部の治安維持のため、殺人許可証を与えられた凄腕の賞金稼ぎだったのであります。

 そして酒場に居合わせた闇医者のドクター・ウエキを証人に、賞金30万ドルを受け取ったブラックティガーしかしその晩、墓場に埋葬した賞金首の死体が墓場から起き上がり、保安官を殴り殺すという怪事件が発生することになります。
 生ける死体はブラックティガーが倒したものの、その直後に襲撃された彼女は、不意を突かれて捕らわれ、ある研究施設に連行されることになります。

 そこは人体に特殊なウィルスを寄生させて不死の兵士を産み出す秘密兵器・覚醒人間の研究を行っていた南軍残党の研究所。実は「南」のスパイだったウエキを巻き込んで拘束からは逃れたものの、覚醒人間たちの群れが迫る中、ブラックティガーの運命は……


 これまで読切やシリーズ連載作品でしばしばアクションものを描き、また「こち亀」作中でも折りに触れてアクション志向と、ミリタリーやガンマニアぶりをアピールしてきた作者。本作は、そんな作者の趣味がギュッと詰まったハードアクション漫画であります。

 上に述べた第1話はかなり伝奇風味、というかSF風味も入っていますが(そしてそれはそれで本作の基調にもなっているのですが)、しかし本作の基本はあくまでも西部劇。この後に続くエピソードは、ロングドライブあり、ゴールドラッシュあり、騎兵隊と原住民の争いあり――ブラックティガーはウエキを子分代わりに駆け抜けるのは、このどこか懐かしい世界なのです。

 それにしても、時代劇がいまでもそれなり以上に命脈を保っている一方で、(特に国産という点では)非常に寂しい状況にある西部劇。その西部劇を、それも娯楽路線まっただ中を行く作品が、こうして描かれるとは、と思わず感慨深くなります。

 ちなみに以前より望月三起也ファンを公言している作者ですが、本作はその望月ガンアクションへのオマージュの色彩も強い作品。
 特に、スミス&ウェッソンのオリジナルカスタムリボルバーを使うブラックティガーと、同じブラックナンバーである自動拳銃使いのブラックジャガーの決闘の結末など、大いに「らしさ」を感じるところであります。

 その一方で、あまりにブラックティガーの超人的身体能力(むしろその超人ぶりは寺沢武一的なものを感じます)が前面に出すぎていて、もう少し銃撃戦にテクニカルな面が描かれてくれれば、というのも正直な感想ではあるのですが……
 とはいえ、拳銃だけでなく、鉄道や船なども含めた大小さまざまなガジェットを見ているだけで楽しくなってしまうのは、間違いのないところであります。


 さて、本作は現時点で第9巻まで発売されているのですが、今回第3巻まで取り上げたのは、第3巻になんと日本編が収録されているからであります。

 宿敵である「南」のマッドサイエンティスト、ドクター・ノアを追って(第2巻に収録されたこの前のエピソードではフランスでティガーと対決)、実は日本人であったウエキを案内役に、海援隊の教官という名目で来日したティガー。
 折しも京では沖田総司が何者かに殺され(!)、その背後にドクター・ノアが開発したある兵器の影が……

 と、物語はここから竜馬暗殺、鳥羽・伏見の戦いへと突入、その背後で異形の戦いが――と、一大時代伝奇活劇に展開。上で西部劇云々と言っておいて結局それか、という流れになって大変恐縮ですが、しかしこれはこれで、番外編としては大いに魅力的な内容なのであります。
(そして何故か脇役で宮川伸吉が登場するのにちょっとびっくり)

 ちなみに沖田のことについては結局何のフォローもなかったのですが、それはそれで伝奇ものにはよくあることということで……


『BLACK TIGER』(秋本治 集英社ヤングジャンプコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon

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2022.04.07

伊藤勢『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第3巻 現在と過去を行き交う物語

 もはや漫画版というより伊藤勢版と言ったほうが正しい気がする『瀧夜叉姫』第3巻であります。同時多発的に起きていた怪異の数々はついに一つの過去に集約され、現在と過去、二つの時代を舞台に、物語は展開していくことになります。

 この巻の冒頭で語られるのは、後に一族が様々な鬼と関わる源経基の夢の中に、夜毎現れては彼の体中に太い釘を打っていく女の怪。これで、この物語において怪異や奇怪な事件に巻き込まれた人々は、五人目になります。

 「盗らずの盗人」に襲われた小野好古と俵藤太
 蘆屋道満でも手をつけかねる奇怪な瘡に悩む平貞盛
 盗らずの盗人を引き連れた姫との因縁があるらしい浄蔵
 そして夜毎の呪詛に悩まされる源経基

 これだけ怪事が続けば、さすがに晴明もとぼけているわけにもいかず、そして晴明と博雅の前に現れた賀茂保憲が、晴明秘蔵の酒を奪う――じゃなくて藤原師輔が五頭の蟒蛇に襲われたことを語るに至り、ついに彼らの共通点が、晴明と保憲の口から語られることになります。
 そう、二十年前、新皇を称して関東で乱を起こした平将門と関わりがあったという共通点が……


 というわけで、ついに語られることとなった将門公の名。この巻の後半ではいわゆる平将門の乱に至るまでと、その結末(の一部)が、かなりのページ数を割いて語られることになります。

 関東において、平氏の一族の内紛が続発し、そしてその中心にあった将門がついに蜂起、新皇を名乗って坂東八州を攻め従えた末に討ち滅ぼされた――要約すれば数行ですが、しかしそこには数々の人々が関わり、そして彼らの思惑が複雑に絡み合っています。
 その絡み合った糸を本作は丹念に描いていくのですが――そこに見え隠れするのは将門公ではなく、彼と共に行動したという興世王の姿。この正体不明の人物を、本作は乱の火に油を注いだ地獄の道化師として描きます。

 この興世王の不気味さと凶人ぶりたるや、胸が悪くなるほどですが、しかしそのデザインたるや、そうきたか、と言いたくなるようなもの。
 この巻で表紙を飾りつつも、本編の出番はごく僅か――しかしもちろんインパクトは抜群――の将門公と合わせ、この先描かれるであろう本格的な暴れぶりが今から恐ろしい、と言うべきでしょうか。

 そして過去といえば、この乱の直後に京で起きた、百鬼夜行による惨劇もまた、この巻では描かれることになります。
 この百鬼夜行は、第1巻の冒頭、幼い晴明たちが遭遇したものであり、そしてここで描かれたのはその直後の出来事という繋がりが見えてくるのも興味深いのですが――この辺りの物語の全体像が見えてくるのは、まだ先であります。


 その全体像ももちろん気になるわけですが、しかしそれはそれとして見逃せないのは、やはり本作ならではの晴明と博雅の関係性でしょう。

 原作ではスルーされてきた、一介の得業生と殿上人(というより皇族)という二人の身分の大きな違い。本作はそれををクローズアップし、ある種の緊張を孕んだやりとりを描きます。
 表面上(?)博雅の身を気遣う晴明と、晴明のことは開けっぴろげに信頼する博雅と――それぞれ一方通行なような微妙に通じ合っているような二人の関係。しかしそれはそれで気のおけない間柄が浮き彫りになっていて、原作とはベクトルが異なりつつも、実に「らしい」関係だと感じます。

 そして考えてみれば、原作そのままではないにもかかわらず「らしさ」が濃厚に感じられるというのは、本作全般に漂う空気でもあるわけで、主人公二人はまさにそれを体現しているとでもいうべきでしょうか。

 それにしてもこの巻の終盤、源経基の屋敷で、梁の上の呪詛を探すために平然と博雅の肩を踏み台にする晴明と、それを事もなげに許す博雅というくだりがあるのですが――人前でこれをやるというのは、ある意味大変ないちゃつきっぷりなのでは……


『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第3巻(伊藤勢&夢枕獏 KADOKAWAヒューコミックス) Amazon

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2022.04.06

岩崎陽子『無頼 BURAI』第5巻 芹沢粛正と、彼にとっての新選組の意味

 斎藤一を主人公に、新選組に集った者たちの姿を描く『無頼 BURAI』ひとまずの区切りの巻であります。試衛館派と芹沢派の関係が悪化の一途を辿る中、何とか打開の道を探そうとする斎藤。しかし時既に遅く最悪の事態が発生、わだかまりを抱えた斎藤は……

 大坂での力士との乱闘事件、大和屋砲撃と、いよいよ乱行を極める芹沢鴨の行動。手打ちの相撲興行を巡って近藤を侮辱され、怒りに燃える土方は、新見錦の内通の証拠を押さえ、新見は全ての責は自分にあると切腹して果てることになります。
 そこで新見に芹沢を託される形となった斎藤は、試衛館派に微妙な違和感を感じ、さりとてもちろん芹沢派につくでもなく、双方とのしがらみに悩むことになります。

 一方、以前より関わりがあった奥州脱藩浪士、実は会津藩国元の隠し目付・高本貞司郎が、内側から新選組を知りたいと入隊。さらに増えた悩みの種に頭を抱える斎藤ですが、高本は外からではわからない隊士たちの真摯な姿に、会津藩の側が新選組を見下していたことに気付くのでした。

 そんな中、浪士たちの襲撃を受けた芹沢を助けに入った斎藤は、そこで天狗党の亡霊たち相手に刀を振るう芹沢と、彼の周囲の巨大な虚無を目の当たりにすることになります。
 斎藤に対して面影の井戸を引き合いに出し、自分にとって確かに見えていたはずの未来が見えなくなったと語る芹沢。芹沢も自分たちと変わらないと悟った斎藤は、土方に芹沢排除を待つよう訴えるのですが、時既に遅く……


 新選組もので最初の山場というべき(そして結構ここで終了する漫画も多い)芹沢粛清。本作もこのひとまずの最終巻で芹沢の最期が描かれるのですが――注目すべきは、その粛清のその時は直接描かれず、むしろ「そこから先」にページを割いていることでしょうか。

 芹沢暗殺には土方・沖田・原田が加わっていたというのが一般的な説ですが、本作もそれを採用。だとすれば斎藤はその場にいなかったわけで、斎藤が結果のみを知ることになるのはむしろ当然ですが――本作では、それがむしろ大きな意味を持っています。
 なりゆきから沖田をはじめとする試衛館組と行動を共にしながらも、必ずしも彼らと一心同体ではない斎藤。そして(人一倍悩みやすいこともあって)そこから生じる微妙な隙間風を感じてきた彼にとって、この事件は小さなものであるはずがありません。

 そこに当の沖田も、彼には全くそんなそぶりも見せずに加わっていた――というのに加えて、さらに高本から芹沢排除は会津藩の指示だったことを聞かされる斎藤。はからずも芹沢の人間的な部分を見てしまっただけに、更に彼の心は乱れることになるのですが……


 新選組参加後の足取りが(それなりに)判明しているのに比べると、それ以前の行動や、ましてや人となりもほとんど伝わっていない斎藤一。にもかかわらず(あるいはだからこそ)新選組ものの主人公となることが少なくない斎藤ですが、本作は彼に、武士としての信念を持ちながらも同時に繊細な感性を持つ――そしてだからこそ様々な「現実」に悩み続ける青年という個性を与えました。

 その個性ゆえに己のあるべき場所と、そこで共に生きる者を持ってこなかった彼が、初めて得た「新選組」という場所と仲間たち。しかしそこが同士討ちも辞さぬ場だとしたら、そして心を開いた相手がその手を下したとしたら――この巻で描かれるのは、その悩みであります。

 こうしたある意味パーソナルな視点に加え、ここではさらに、高本という外部の視点を通じて、会津にとって新選組は何なのか? という、歴史ものとしての問いがなされることになります。
 それは言うまでもなく、新選組とは何だったのか、という問いかけとイコールであるわけですが――もちろんそこに一つの、本作らしい答えが出ることは言うまでもありません。

 それをここで述べるのは野暮というものですが、物語のラストで斎藤が土方に告げた言葉は、その後の彼の行動を思えば、何とも重みがあるというほかありません。

 そしてもう一つ、高本の「正体」ですが――実は○○というのはすぐにわかったものの、まさか本名が××だったというのにはさすがに仰天。確かに実家はアレなんですが……


 さて、本作はこの第五巻で完結ですが、伝奇度をパワーアップさせて、第二シリーズである『無頼 魔都覚醒』にそのまま繋がることになります。こちらももちろん、近日中に紹介させていただく予定です。


『無頼 BURAI』第5巻(岩崎陽子 ナンバーナイン) Amazon

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2022.04.05

千葉ともこ「二翼の娘」 現実主義者の目に映った神獣譚

 『震雷の人』で松本清張賞を受賞、デビューした作者が、中国の神獣を題材として描く短編シリーズの第二弾であります。今回描かれることとなるのは水の神獣、その神獣の子を宿したと信じる娘とその兄の辿る運命とは……

 貢挙試を来年に控え、将来の立身出世に燃える青年・陵。彼にとって、美しいがどこか浮世離れした妹の桂子は、その婚姻が自分の人生を左右しかねない(としか考えていない)存在でありました。
 しかしそんな桂子に名家との縁談が決まった矢先、彼女がどこの誰ともわからぬ男の子を身ごもっていることが判明したではありませんか。

 陵たちが母を失った十年前の旱魃の最中に、干からびかけていた不思議な生き物――大きな爪のある四本の足と黒く光る尾、背には二つの翼を持つ生き物を助けたと語ってきた桂子。お腹の子は、眼帯をつけた貴公子となって現れたその二翼の獣の子だと、彼女は語るのでした。
 当然そんな話は信じず、不名誉な噂が立つ前に――と考えた陵は桂子を川に突き落としたものの、不可解な現象によって彼女は助かることになります。

 そしてほどなく現れた、桂子の腹の子の父を名乗る貴公子・段機。かくて段機の妻となった桂子ですが、しかし段機は陵に対して思わぬことを告げるのでした。
 実は桂子の本当の夫は、自分の双子の弟であると語る段機は、陵に対して、ある恐ろしい企てを持ちかけるのですが……


 立身出世を追い求める、あまりにエゴイスティックな青年――そのためであれば妹は道具扱い、そして己より優れた弟は容赦なく除こうとする――である陵の視点から描かれる本作。極めて現実主義者的な感覚を持つその彼の目を通すことで、物語は不思議な像を結ぶことになります。

 何しろ妹が語る物語は、あたかもおとぎ話(あるいは「中華ファンタジー」)のような内容。かつて命を助けた神獣が、美青年となって現れ、彼と契った――などと言われたら、陵でなくとも疑わしく思うのが当然というものでしょう。

 しかし物語が進んでいくにつれて、徐々に彼女の言っていることが真実であると信じざるを得ないような出来事が起き、そしてその貴公子本人が登場。
 しかもその貴公子にもまた秘密が――と、自分が見ているものがどこまで現実のものなのか、やはり陵同様に、こちらも混乱させられるのです。

 しかし悲しいかなというべきか、そこでも極めて現実的主義的思考を捨てない彼は、その状況を自分の有利に利用としようとするのですが――その代償は決して小さなものではないのであります。

 そんな本作は、己の狭い視野に映るものしか信じない者を嗤う、一種寓話的性格を持つ物語であることは間違いありません。しかしそれ以上に断罪されるのは、己の血を分けた家族をも、己の道具と考えて恥じない精神というべきでしょう。

 物語の結末に描かれるのは、そんな人間たち――さらにはそんな人間たちがはびこる社会に対する、痛快な反撃の一撃であります。そしてそれは、いるかいないか定かではない神獣(のみ)ではなく、現実を生きる者。そして道具とされてきた者の力によるものなのであります。


 ミステリアスで一筋縄ではいかない神獣譚であると同時に、エンパワメントの精神溢れる物語である本作。物語そのものの魅力はもちろんのこと、この先何が飛び出してくるのかわからないシリーズ自体にも期待をもたせてくれる快作であります。


「二翼の娘」(千葉ともこ 「オール讀物」2021年6月号掲載) Amazon

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2022.04.04

堀内厚徳『この剣が月を斬る』第2巻 松陰の遺した男!? 凶人「幽霊」vs宗次郎

 心に激しいものを抱えた少年時代の沖田宗次郎を主人公に描くユニークな新選組漫画、全三巻の中盤であります。剣士として人間として成長していく宗次郎の前に現れるのは、もう一人の少年と「幽霊」――そして宗次郎たちは、歴史の表舞台に躍り出るため、井伊直弼暗殺計画を阻むべく奔走することに……

 力を渇望し、己の中に「闇」を抱えていた少年・沖田宗次郎。しかし弟子入りした試衛館の若先生・嶋崎勝太との出会いから、彼は少しずつ成長していくことになります。さらに土方歳三を加え、三人で大きな夢を叶えることを誓うのですが――その矢先に、宗次郎の前に不気味な男が現れます。
 宗次郎のことを「黒猫」と呼び、まるで最初から観察していたかのように語るひょっとこ面の男。彼は吉田松陰と名乗り……

 と、前巻のラストで怪キャラとして登場した松陰ですが、本格的な出番は少しだけ先となり、この巻の序盤で描かれるのは、もう一人の少年剣士との出会いであります。
 その少年――宗次郎がガールフレンドのすずとでかけた祭りで出会った彼は、第一巻で宗次郎たち三人が大乱闘を繰り広げた北辰一刀流・伊東大蔵(!)の弟子。褐色の髪と青い目を持つ彼は、「平助」と名乗るのでした。

 その頃、偶然津藩主・藤堂和泉守と知遇を得た勝太と歳三ですが、実はこの和泉守こそは平助の父。そして平助が自分と母を捨てた和泉守を斬ろうとしていることを知った宗次郎は、何とか思いとどまらせようとして……

 というわけで、新たに登場した剣士は藤堂平助。宗次郎とは同年代としてしばしば友人ポジションで描かれる平助ですが、藤堂家の御落胤という説も有名な話であります。
 しかしこれほど極端な行動に走るのは結構珍しい印象で(というより少年時代の平助が登場する自体珍しい)、母が異国人で碧眼という設定も含め、本作らしいアレンジというべきかもしれません。

 もちろん、宗次郎が勝太と出会って救われたように、平助も宗次郎との出会いで救われるのですが……


 そして時は流れて安政6年、宗次郎18歳になった年。獄に繋がれていた吉田松陰は斬首されることとなるのですが――あれだけ意味ありげに登場した割りにはあっさり退場したように見えた彼は、とんでもない置き土産を残していくことになります。
 それは彼が獄中で出会った人斬りの青年「幽霊」。己の名を持たず天涯孤独、人斬りで暮らしてきた彼を気に入った松陰は、彼にある計画の存在を伝えると同時に、新たな名を与えるのでした。斎藤一と……

 ええっ!? という経緯で登場した本作の斎藤一。新選組に参加するまでの経歴があまりはっきりわかっていない人物だけに、フィクションでも様々に描かれてきた斎藤ですが、松陰のある意味忘れ形見というべき本作の彼はまず最凶といってよいかもしれません。

 先に述べたように殺伐にもほどがある人生を送ってきただけに、人を斬ることも、そのために卑怯な手段を使うことも全く躊躇わない斎藤。彼は松陰に似ていると言われた「黒猫」――宗次郎を標的と定めると、女装(美人)して接近、すずを誘拐して宗次郎を誘き出し、問答無用で真剣勝負を仕掛けます。
 自分と似ていると言われながら、友も仲間も持ち恵まれた宗次郎に一方的に怨念をぶつけ、斬りかかる前に一瞬目の前から消えるという奇怪な剣法を操る――まさに言動ともに「幽霊」としか言いようのない怪人。まさか斎藤一が幕末バトルものの変態敵キャラになるとは――さすがに想像の外にありました。


 そしてこの狂――いや強敵に惨敗した宗次郎は、近藤勇となった勝太に頭を下げて特訓を開始することになります。一方土方は、江戸に井伊直弼暗殺を狙う一団が潜んでいることを嗅ぎつけ、その企みを粉砕することで仕官に繋げようとするのですが――実はこれこそが松陰が斎藤に託した「計画」。

 かくて安永七年三月三日、暗殺決行前夜に集合場所である神社を襲撃する近藤・土方・宗次郎と、無理矢理引っ張り込まれた平助。
 土方の作戦で、集まった十五人の浪士を分断し、各個撃破する四人ですが、そこに何故か太鼓を打ち鳴らし、その太鼓をブン投げて壁をぶち破るという奇策で近藤たちの包囲を破って斎藤が出現!

 と、とんでもない混乱の中で終わるこの第2巻。残すところあと1巻でどのような結末を迎えることになるのか――それはまたいずれご紹介いたします。
(しかし、宗次郎が第1巻であれだけ葛藤した人斬りを、この神社での戦いであっさりやってしまうのは、ちょっと違和感が否めないのですが……)


『この剣が月を斬る』第2巻(堀内厚徳 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2022.04.03

武川佑『かすてぼうろ 越前台所衆 於くらの覚書』 移り変わっていく時代の人々を救う料理

 これまで戦国ものを中心に、独自の視点の歴史小説を発表してきた作者の最新作の題材は、なんと料理。関ヶ原前後の時期を舞台に、サブタイトルのとおり、越前国で台所衆(料理人等、台所で働く使用人)として奮闘する少女の姿を通じて、この時代の姿を浮き彫りにするユニークな物語です。

 越前の田舎で育ち、府中城の台所で下女働きを始めた十三歳の於くら。日頃から意地悪な他の台所衆に折檻されてばかりの於くらの運命は、ある晩台所につまみ食いにやってきた初老の武士の相手をしたことによって、大きく変わることになります。

 実はこの武士こそは府中に移封されたばかりの城主・堀尾吉晴その人。そしてこれがきっかけで、於くらは吉晴から「かすてぼうろ」作りを命じられることになったのです。
 折しも関ヶ原直前の時期、徳川方についた吉晴が、同じ越前の北ノ庄城城主・青木一矩説得の饗応の膳に出そうとしているかすてぼうろ。於くらは、吉晴から与えられた南蛮料理書を頼りに、小姓の前場三郎と共に懸命にかすてぼうろ作りに打ち込むことに……


 この第一話「かすてぼうろ」から始まり、全六話で構成される本作。ここでの経験をきっかけに、台所衆――それも腹だけでなく心をも満たす台所衆を目指すことになった於くらは、その後も料理の腕と創意工夫、そして何よりも食べる相手を思いやる心で活躍することになります。

 ついに始まった関が原の前哨戦で、大谷吉継との戦に従軍することとなった於くらが、目の前での知り人の死を乗り越えて戦場で食事を作る「里芋田楽」
 吉晴の移封に伴い、新たに結城秀康が入る北ノ庄城の台所衆に推薦された於くらが、気難しい家老・本多富正の心を動かそうと奮闘する「越前蕎麦」
 包丁役就任の条件として包丁式披露を命じられた於くらが、式次第を学ぶために向かった丹生郡で、隠居した包丁役の娘と漁師の恋路を助ける「一番鰤」
 婚礼を間近に控えた於くらが、秀康の養父・晴朝から秀康の苦い思い出を聞かされ、秀康に甘い握り飯を作ろうとする「甘う握り飯」
 徳川と豊臣の架け橋になろうと決意した秀康と家康との対立に巻き込まれた三郎を救うため、於くらが家康相手の本膳料理と太閤さまの鯛料理に挑む「本膳料理」

 いずれのエピソードも、サブタイトルに掲げられた料理だけでなく、様々な料理が登場(その際に考証を踏まえた解説が入るのも楽しい)。そしてもちろん料理を作るだけでなく、於くらは周囲の善意に助けられてつつ様々な試練をくぐり抜け、料理で人々を救い、そして愛する人と出会うことになるのです。


 現在の歴史時代小説のトレンドとして、料理もの、特に本作のように女性が主人公の作品は、かなりの数が存在しています。そしてその中では、上に挙げたような展開は、一つの定番といってよいでしょう。
 しかし料理もののほとんどは、江戸時代の市井を舞台としている作品であって、本作のような舞台設定はかなり珍しいといえます。(戦国時代が舞台の料理ものもありますが、こちらは男性が主人公となる傾向が強い)

 そして感心させられるのは、本作が関ヶ原の戦の直前から戦の五年後までという、戦乱から太平の時代に移り変わっていく時代を舞台としている点であります。

 本作は、於くらの活躍を描く一方で、かつて柴田勝家の台所衆であった老人、伏見から隠居してきた庖丁役、かつて朝倉の落ち武者に飯を運んだことがある於くらの母といった、戦国を生きてきた人々の姿をも、さらりと、しかし極めて印象的に描きます。
 そしてそんな戦国ならではの食の記憶を背負う人々がいる一方で、於くらが北ノ庄で世話になる北ノ庄の煮売茶屋の女将・哉ゑのように、新しい時代に食で挑んでいこうという人間もいるのです。

 そう、人々が生き延びるだけで必死であった時代から、生きることが当たり前となりそれを楽しむ時代へ――そんな時代の流れの中でも、かつての時代を引きずった者もいれば、これからの時代に戸惑う者もいる。本作で於くらが料理を通じて救うのは、そんなこの時代ならではの人々なのです。
 そしてそれは、これまでの作者の作品で描かれてきたもの――戦国時代に在ったのは、「武者」「武将」といった属性ではなく、一個の生きた人間であるという、本当は当たり前ながら見過ごされがちな事実を、食を通じて捉えたものであると感じます。


 定番のようでいて、材料も調理法も変えることで、全く新しい味――それも新奇なだけでなく、どこかホッとさせられるもの――を生み出してみせる。本作はそんな作品であります。


『かすてぼうろ 越前台所衆 於くらの覚書』(武川佑 ) Amazon

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2022.04.02

ししゃも歳三&今川美玖『泣きうた』 歌を切り口に描く幕末群像

 幕末の激動の中に生き、そして死んだ者たちが、辞世をはじめとして、様々な折に詠んだ歌――その歌を切り口に彼/彼女たちの生き様を描く、ユニークなショートコミック集であります。

 2013年・2014年に『幕末 侍たちの三十一文字』『幕末 悲運の戊辰 敗軍編』のサブタイトルで全二巻刊行されたこの『泣きうた』。
 泣きうたとは聞き慣れないワードですが、第二弾の巻頭言を引用すれば「激動の幕末期だからこそ詠まれた泣ける歌を、史実を元にしたオリジナルストーリーで漫画化したもの」とのことです。

 そんな本シリーズは、各十六ページの短編コミックと、題材となった歌とその背景の解説ページで構成されています。

 第一弾『幕末 侍たちの三十一文字』は
「沖田総司」「高杉晋作」「中野竹子」「土方歳三」「伊庭八郎」「久坂玄瑞」「藤堂平助」「土方歳三 恋のうた」の全八篇で構成。顔ぶれ的に圧倒的に幕府側が多いですが、題材となっているのがどうしても辞世の句が多いことを思えば、それもやむなしと言うべきでしょうか。

 ちなみにラストに収録された土方の二話目はタイトルからして「?」となりますが、これが土方の歌としてしばしばネタにされるアレがモチーフ。しかし内容の方は、土方の許嫁として名前が残っているお琴を描くエピソードとなっていて、題材選びの濃さも印象に残ります。

 そして題材という点でいえば、さらに突っ込んだ印象が外れた感があるのが、第二弾の『幕末 悲運の戊辰 敗軍編』。
 「松平容保」「津川喜代美/飯沼貞吉」「山本八重」「西郷細布子」「山川大蔵」「佐川官兵衛」「土方歳三」「佐藤彦五郎」と――戊辰というより(ラスト二人以外は)会津に絞ったチョイスであります。

 恥ずかしながら、津川喜代美や西郷細布子まで来ると、名前だけでは誰のことかわからなかったのですが――津川喜代美は飯盛山で切腹した白虎士中二番隊士の一人、西郷細布子は西郷頼母の長女(敵か味方か尋ねた人、といえばわかるでしょうか)。
 この顔ぶれだけでも、本書の気合の入り方がわかるような気がします。
(その一方で、三回目の登場となった土方の題材が、山南について詠んだと思われる歌なのは、ちょっとカラーから外れている印象なのですが、これはこれで面白いと思います)


 内容的には、上で述べたとおり一人あたりのページ数が少ないこともあり、比較的シンプルなものとならざるを得ないのは確かなのですが――歌という背骨があるために、物足りなさはほとんど感じられませんでした。
 もっとも、その歌という要素も痛し痒しで、おまけページに描かれているように、斎藤一のように、歌がなかったので描けなかった人物がいたのは勿体なく感じられます。といってもこれはもちろん、本書のコンセプトからすれば仕方のないところでしょう。

 そして、様々なエピソードが収録されている中でも、個人的には上に挙げた土方の恋のうたと、意外と知られていない印象のある(真贋もちょっと不明ではある)沖田総司の辞世の句が印象に残ったところですが――もう一つ、忘れがたいのは、掉尾を飾る佐藤彦五郎のエピソードであります。

 日野の名主で土方の姉と結婚し、近藤とは義兄弟の契を交わした佐藤ですが、甲陽鎮撫隊への参加等の例外を除けば、基本的に戦地に赴くことはなく、もちろん戦死もしていません。
 そんな佐藤がここに登場するのは、近藤と土方それぞれへの追悼の歌を詠んでいるからですが――二人への哀惜の念と同時に、激動の時代を傍観せざるを得ず、二人に託してきた夢の終わりを痛感する佐藤の姿が、本シリーズを読んできた自分に重なって感じられるのです。


 冒頭で触れたとおり、十年近く前に刊行されたものではありますが、もしできることなら、同じコンセプトでさらなる物語を読んでみたい――そう感じさせられるシリーズでありました。


『泣きうた 幕末 侍たちの三十一文字』(ししゃも歳三&今川美玖 KADOKAWA) Amazon

『泣きうた 幕末 悲運の戊辰 敗軍編』(ししゃも歳三&今川美玖 KADOKAWA) Amazon

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2022.04.01

安達智『あおのたつき』第8巻 遊女になりたい彼女と、彼女に群がる男たちと

 冥土の吉原で迷える魂を導く元花魁・あおの奮闘を描く『あおのたつき』、第8巻の中心となるのは、自ら望んで吉原の遊女になった娘を描く物語。何ゆえ彼女は遊女になりたいのか――理解できない存在を前に、あおは戸惑うことになります。

 現世の吉原では花魁・濃紫として知られながらも、ある出来事で命を落とし、いまは子供の姿で薄神白狐社の奉公人として働くあお。宮司の楽丸が失った神具を取り戻すための修験も終わり、二人は誓いも新たに迷える魂と相対することになりますが――今回登場するのは、現世から迷い込んだ一人の少女であります。

 ある日、社に祈祷を頼みに現れた少女――九重という源氏名を持つ彼女は、明日から遊女になると告げ、遊女が天職だと嘯くのでした。
 しかし身なりから彼女がちゃんとした家の娘だと見て取ったあおは、親御さんが悲しむと諭しますが九重は反発するばかり。楽丸はそんな彼女の背後に憑いた不気味な存在を目撃――これが彼女を惑わせていると見て、何とか祓おうとするのですが、憑き物はすぐに姿を消してしまうのでした。

 そして二人が九重の心を変えることも憑き物を祓うこともできないまま、九重の水揚げの日が訪れることに……


 これまで本作で描かれてきた人々とは、ある意味全く異なるパーソナリティを持った九重を中心としたエピソードで「落合蛍」。そこから感じられるのは、これまでにない強い生々しさであります。

 それはこの物語で描かれているのが、これまで以上に現代の我々に直結したものであるからなのでしょう。
 自分の存在感と価値を体の交わりで実感する少女と、そんな彼女を搾取し消費しようとする大人たち――それは我々の周囲で現実に起きていることにほかならないのですから。
(そんな大人たちが嬉々として口に上らせる「毎晩○○○」という言葉は、本作においてこれまでで最も恐ろしく感じられました)

 その一方で、「自分を大事にしたほうが良い」と説教するあおと、一連の行動が憑き物によるものと思い込んでいた楽丸の二人もまた、それぞれ自分の理解できる範囲でしかものを見ていない大人たちを象徴しているように思われて、何とも考えさせられるのです。
(この二人の場合は、九重の現代性についていけなかったがため――と言えなくもありませんが)

 もっとも、そのテーマ性が前面に出すぎていたためか、物語展開が直球過ぎる印象があったのも正直なところではあります。特にこの巻冒頭の九重のセリフで、彼女の内面とこの先の展開が予想できてしまうのは、いかがなものかな、と感じられたところです。


 さて、この巻の実質ラストのエピソードである「廓七不思議」は、タイトルのとおり浮世の吉原で囁かれる七つの怪異を追って、あおと、山田浅右衛門に仕える子鬼・鬼助が奔走するユニークなお話。
 何ともトホホなものが多い怪異の真相の可笑しさもさることながら、これまでのエピソードに登場したゲストキャラたちが賑やかに顔を覗かせてくれるのも、また嬉しいところであります。
(そして冥土の四郎兵衛会所の役人が、こう、ちょっとたまらん感じなのも実に良い)

 しかしその一方で、ラストには一転不穏な空気が漂う展開に。どうやら次巻では、鬼助が物語のキーとなりそうです。


 また、恒例の巻末の番外編は二本立てであります。一つ目は大晦日の吉原で狐舞(ちゃんと狐面が笑ってる)を舞う楽丸を描いた一編。吉原の風物詩のために奮闘する楽丸の生真面目さが微笑ましくすらあります。
 そしてもう一編は、生前の濃紫と客との後朝の別れですが――洒落た江戸の大人の恋の物語かと思えば、ラスト1ページできっちりオチが。やはり濃紫は逞しいことです。


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