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2022.04.21

国枝史郎『暁の鐘は西北より』 帝政ロシアの野望! 人体建築! 色々な意味で国枝的物語

 天明期の江戸と浅間山の怪建築を舞台に、帝政ロシアからの逃亡者とその追っ手との争いに巻き込まれた者たちの運命を描く、色々な意味で実に国枝史郎らしい時代伝奇小説であります。人体建築の心臓の間に秘められた悍ましくも魅惑的な秘密とは……

 田沼時代まっただ中の江戸――風流志道軒と塙保己一が異国からの刺客団の策動を耳にし、杉田玄白が平賀源内から山中の奇怪な境地にターヘルアナトミがあると聞かされていた頃。
 名与力・十二神貝十郎は、美男で逞しい男ばかりを狙う辻斬りが人を斬る現場に居合わせるも、これを取り逃がすことになります。数日後、とある屋敷の部屋にまつわる奇怪な言葉を口走る狂人と出会った貝十郎は、狂人があの辻斬りに斬られる現場に行き当たり……


 という、何とも謎めいた導入部の本作。そこから物語は一年ほど前に遡り、辻斬り――泉東十郎を中心に、冒頭に至るまでの物語が語られることになります。

 一種の高等遊民である東十郎は、茶屋娘を巡っての決闘を制止した塙保己一の後についていくうち、とある屋敷に入り込み、そこで日本人離れした魅力を持つ娘・ニナ小夜子と出会うのでした。
 かつてロシアに漂着し、セントピータースブルグで暮らしたという小夜子の父・村上嘉右衛門。しかしロシアの極東政策を記した極秘文書を手にした嘉右衛門は、それを手に小夜子とともに逃亡、東十郎も旧知の武士・坂部軍之進の庇護の下、江戸に潜伏しているというのです。

 小夜子に一目惚れしたことから、彼女たちを狙うロシアの密偵・オリガ桜子率いる「鷲の旗」との対決を決意する東十郎。しかしいざ鷲の旗の襲撃があった際に彼は意識を失い、その間に嘉右衛門たちは、「人体建築」へと落ち延びていくのでした。

 人体建築――それは浅間山の谷間に、溝呂木信兵衛なる男が作った、人間の体を模した構造の屋敷。その周囲には、桃源郷を求める彼の信奉者たちが集落を作ったものの、いつしか信兵衛は狂気に陥り、夜な夜な奇怪な行動に耽っているのでした。
 そんな中に江戸からやって来た嘉右衛門・小夜子・軍兵衛らの一党。さらに東十郎も彼らの後を追ってきた東十郎ですが……


 と、山中のユートピアと怪建築、救いを求めて彷徨う若者と道に迷った凶剣士、天衣無縫な聖女と血吸鬼めいた妖女、汚濁の中の聖人――といった国枝史郎お馴染みの要素に、遥かロシアのエカテリナ二世の野望が絡み展開していく本作。

 極めて印象的なタイトルは、物語の序盤で塙保己一が東十郎らに語る「……鐘が鳴るのでございますよ。さよう、西北の方角から! ……暁の鐘でありましたら、日本の国は興こりましょう。……もし晩鐘でありましたら、日本の国は滅びます」から取られたもので、ロシアから日本に押し寄せる波乱の予兆を示したものと思われます。

 このように設定や登場人物、ガジェットなど、実に壮大、魅力的な本作なのですが――登場人物の人生哲学が延々と語られたり、ディテールを追うあまりに物語があまり展開しなかったり、その果てにあっさりと結末を迎えたりと、国枝作品の困った部分をしっかり備えてしまっているのには、微妙な表情になります。

 「国枝史郎伝奇全集」の解説によれば、本作はもっと長大な作品として構想があったのが、序盤部分で終了してしまったものだということ。過去に遡る前に置かれた、現在の事を描く冒頭部分(と結末部分)も、単行本化の際に書き足されたとのことであります。
 そのような良くも悪くも国枝作品らしい本作ですが――しかし寄り道的な描写(特に情景描写の豊かさよ)が不思議に印象的だったり、いま見られる作品構成も、物語を盛り上げる上で実に効果的であったりと、魅力的な部分が多いのも事実であります。

 万人にはおすすめし難い作品ではありますが、それはそれとしても国枝作品は面白い――そんなことを再確認させられる作品です。


『暁の鐘は西北より』(国枝史郎 講談社国枝史郎伝奇文庫) Amazon

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