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2022年5月

2022.05.31

千葉ともこ『戴天』(その一) 舞台は唐、最高権力者に挑む三人の男女

 唐の玄宗皇帝の時代、安史の乱を背景に、国を牛耳る宦官に復讐心を燃やす男、その幼馴染で楊貴妃の婢となった娘、義父の遺志を継いで奸臣を告発せんとする少年僧の三人を中心に描かれる歴史ロマン――松本清張賞を受賞し、来月文庫版も発売される『震雷の人』とも世界観を共有する雄編であります。

 親友に罪を着せられた末に男の部分を欠損し、失意のうちに愛する幼馴染・杜夏娘を振り切って従軍した名家の嫡男・崔子龍。宦官中心に構成された監軍(辺境の軍を監察する機関)の一隊を率いることとなった彼は、怛羅斯の戦に参加し、そこで英雄の呼び名に相応しい高仙芝将軍と出会うことになります。
 しかし唐軍は裏切りによって壊走、必死の退却戦を繰り広げる崔子龍は、この敗北の背後に、高仙芝を敵視する監軍使・辺令誠の動きがあったことを知るのでした。それを知らせた友軍の宦官を無惨に殺され、怒りに燃えて辺令誠を襲撃する崔子龍。しかし企ては失敗し、部下とともに逃走することに……

 それから四年後、幼い頃から非凡な頭の冴えを誇り、天童の異名を取る少年僧・真智は、ある事件を切っ掛けに、華清宮に滞在する玄宗皇帝のために驪山で行われる奴婢たちの競争に参加することになります。上位に入れば皇帝と対面できるというこの競争――実は亡き養父が集めていた宰相・楊国忠の不正の証拠を持つ真智は、この競争で入賞し、皇帝に直訴せんとしていたのであります。

 そして競争に参加し、山育ちの俊足で快調に順位を伸ばす真智ですが、その前に現れたのは参加者の一人である楊貴妃の婢・夏蝶。奴婢らしからぬ物腰と足の速さを持つ彼女と競争するうちに、真智はこの競争の裏にある事情を悟ることになります。
 それでも上位に入り、皇帝に直訴するも、思わぬ事態の発生に逆に捕らえられかけた真智。そんな彼に助け船を出したのは夏蝶でした。さらにその混乱の中、皇帝の下に齎された安禄山の挙兵の報。その報は、地下に潜り、幾多の犠牲を出しつつも辺令誠を狙い続ける崔子龍の運命をも変えることに……


 冒頭に触れたように、本作は、『震雷の人』と同様に安史の乱前後を背景とした物語であります。。唐という国の最盛期から一転、皇帝が都を捨てるという事態にまで至ったこの未曾有の戦乱の中で、絶対的権力者の非道に挑む名もない人々の姿を本作は描くのです。
 『震雷の人』に共通するキャラクターも幾人か登場し、まさしく姉妹篇と呼ぶべき本作ですが、しかしその構造は、むしろ対照的なものと感じられます。

 都から離れた河北から始まり、そこに生まれた兄妹の視点から描かれた『震雷の人』が、いわば辺縁から唐という国の姿と安史の乱を描いたとすれば、本作は(冒頭こそさらに辺境の怛羅斯から始まるものの)中央から描かれた物語――長安という都、唐という国を動かす人々の姿を、内側から描いた物語と言うことができるでしょう。
 前作では間接的に言及されるのみであった玄宗皇帝や楊貴妃、楊国忠が、本作では主人公たちの前に現れる――特に楊貴妃の厭なキャラクターは印象に残ります――のはその現れと感じます。

 しかしそうした性質を最も良く示すのは、本作における主人公たちの「敵」である辺令誠その人でしょう。「唐書」などにその名が記された実在の人物である辺令誠は、玄宗に重用された宦官であり、史実でも幾度も高仙芝の監軍を務めた、因縁の人物であります。
 史実では高仙芝絡みで顔を出すことがほとんど(後は安史の乱での行動でしょう)である一方で、本作では楊国忠を陰で操り、皇帝すらも操る、まさしく権力の中枢として、辺令誠は存在しているのです。

 他人を意のままに支配し、それに逆らう者は如何なる手を用いても潰し、排除する辺令誠。そんな辺令誠が執拗に敵視する「英雄」高仙芝が率いる戦において、数多くの戦友たちが命を落とすこととなった崔子龍はもちろんのこと、楊国忠を糾弾しようとする真智、そして楊貴妃の下で生きる夏蝶――本作の主人公たちにとって、辺令誠は、彼らが挑む唐という国、そしてもっと根源的にその権力の象徴であるといえます。

 しかし最高権力者に挑むということが、どれだけ困難なことであるかは言うまでもありません。元軍人として戦う力を持つ崔子龍ですら、幾度も妨害に遭い、さらには裏切り者に苦しめられることになるのですから、物理的な力に乏しい真智や夏蝶が真っ向から抗うことができるはずもありません。
 前作が比較的ストレートな構成であったとすれば、本作はそんな状況の中で、どこに落着するかわからない物語――しかし巧みに、淀みなくストーリーは展開し、一度読み始めたら目が離せない物語なのです。


 しかし――長くなりますので、次回に続きます。


『戴天』(千葉ともこ 文藝春秋) Amazon

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2022.05.30

岩崎陽子『無頼 魔都覚醒』第2巻 無頼完結 池田屋事件、そして斎藤が見せた顔

 岩崎陽子による新選組漫画『無頼 魔都覚醒』の第二巻にして最終巻であります。天海外法陣の封印が解かれたためか、不穏な空気が漂う京。その京を焼き払おうという暴挙に対して立ち上がる新選組の戦いが、池田屋を舞台に繰り広げられます。しかしその最中に沖田が血を吐いたことを知った斎藤は……

 謎の水晶髑髏争奪戦に巻き込まれたことがきっかけで、京の霊的封印・天海外法陣の存在を知った斎藤と沖田。幕府からその解放を依頼された医師・平賀に協力することとなった二人は、儀式の警護に当たるのですが――しかし儀式は河上彦斎の妨害によって中途半端な形で終わり、斎藤は封印の不完全な解放が、かえって悪影響を招く可能性があると聞かされるのでした。

 そんな中、新選組は枡屋喜右衛門こと古高俊太郎を捕縛、長州志士によって京の町を焼き払う計画が進められていることを知ることに……

 というわけで、この巻の一つのクライマックスとして描かれるのが池田屋事件。新選組史においてもクライマックスの一つというべき事件ですが、本作においては、さらに大きな意味を持つといえます。
 何故ならば本作の主人公・斎藤一の親友であり、もう一人の主人公ともいえる沖田総が、戦いの中で吐血、昏倒するのですから……

 これまで、何かと悩み込み沈み込みがちな斎藤に対して、時にツッコミを入れ、時に手荒い叱咤激励を行い、友情を育んできた沖田。この巻の冒頭でも、封印解除失敗のことを悩んだ末に切腹(極端)しようとした斎藤を、「半端な死に方だけは許さない」と叱咤していたのですが――その彼が、明日をも知れぬ命となるとは。

 (体調維持のための努力はするけれども、今と変わらず任務をこなしたいにという沖田の無茶なオーダーの下での)平賀の見立てでは一年が限界――偶然その事実を知ってしまった斎藤が、動揺しないはずがありません。
 しかしある意味作中一の強情っぱりの沖田が、養生しろという斎藤の言葉を聞くはずもなく、ついに斎藤は沖田に言うことを聞かせるために勝負を挑むことに……


 互いを親友と認めつつも、それぞれ不器用かつ面倒くさい性格故に、しばしばぶつかり合ってきた二人。しかしここでの激突ほど、緊迫感に満ちたものはこれまでなかったといえるでしょう。そしてその決着の後に、斎藤が見せた顔ほど、印象に残るものはなかったとも。
 斎藤と沖田の関係性がある意味最も鮮烈に描かれたこの場面は、結果として『無頼』『魔都覚醒』を通じて最大のクライマックスであったと感じます。


 その後に描かれるのは、河上彦斎との対決と不思議な共感(有名な彦斎の「はじめて「人」を斬った」発言がこう使われるとは!)や山南の悩み、そして禁門の変。
 そして平賀と勝海舟、坂本龍馬の密談によって、日本の霊的改造が始動することが匂わされるのですが――ここでなんと、掲載誌の路線変更により、物語は唐突に連載終了。いやはや、まだまだ新選組の、そして斎藤と沖田のドラマはこの先もあったはずなのに……


 しかしこの電子書籍版には、その後発表された「菊一文字」「蒼天」の二編が収録されています。

 「菊一文字」は、池田屋事件から三ヶ月後を舞台に、その時に加州清光を折ってしまった沖田と、とある神社から新選組に持ち込まれた「菊一文字」を巡る物語。沖田が菊一文字を手にしていたというよく知られた巷説をベースに一捻り加えた展開もさることながら、沖田が神社に死蔵されていた菊一文字に己を重ねる姿と、変わらぬ斎藤との友情が印象に残ります。

 また「蒼天」は、本編では出番の少なかった藤堂平助の視点から、油小路事件を描く一編。ある意味「新選組」の終わりを痛切に感じさせるこの事件ですが、そこに「先駆け先生」と異名を取った藤堂の複雑な内心と、その先の皮肉かつ切ない結末を絡めた内容は、本作の青春ものの側面が色濃く出ています。
 そしてラストでは鳥羽・伏見の戦いの戦いが描かれるのですが――そこでのある史実を一種の餞として捉える結末も見事としか言いようがありません。
(にしても御陵衛士襲撃を土方が決断した理由も凄い……)

 そんなわけでボーナストラック的な扱いながら、本編のその後を描く物語として、見事な内容であったこの二編。できればこういうスタイルでも構わないので、さらにこの先を読みたかった――というのはもちろん読者の我儘なのですが、しかし改めてそんなことを考えさせられてしまう佳品なのです。


『無頼 魔都覚醒』第2巻(岩崎陽子 ナンバーナイン) Amazon

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2022.05.29

たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第6巻 「神風」吹かず そして総司令官時宗の真実

 「神風」は吹かず、真正面から蒙古軍の大群と対決することとなった日本武士団。前巻での迅三郎の奇計により、筥崎勢も合流したものの、不利は変わりません。それでも戦い続ける迅三郎を突き動かすものとは何なのか。そして鎌倉に座す時宗の胸中にあるものとは……

 対馬から博多に上陸し、さっそく蒙古軍に痛撃を与えることに成功した朽井迅三郎。しかしなおも「政治」に拘り、筥崎から動こうとしない大内勢に業を煮やした迅三郎は、なんと筥崎宮を焼くという暴挙に出るのですが――その祟りというべきか、ついに吹いた暴風雨。しかしそれが蒙古船団に影響を与えることなく、無数の船団が博多に迫り……

 と、「神風」を真っ向から否定した末に始まるさらなる戦い。しかしこの巻の冒頭では一端時と場所を変え、鎌倉幕府執権たる北条時宗の姿が描かれることになります。
 かつて迅三郎の運命を変えた二月騒動(無印第四巻)において、北条の分家たる名越時章を討たせた時宗。その際、彼は気弱な若者のふりをして大蔵頼季を使嗾し、その上で全ての責任を頼季にかぶせるという狡猾な姿を見せました。

 その時の印象が強いため、本作では――「政治」に走る武士の象徴として――良い印象がない時宗ですが、今回描かれるのは、元寇十二年前から今に至るまでの彼の姿とその胸中であります。
 幼い頃から北条家の得宗となることを運命づけられ、親族すら油断できない曲者揃いの鎌倉武士の中で生き抜いてきた時宗。己に背負わされたものを理解し、そしてそのために懸命に努力してきた時宗ですが、しかし異国からこの国全てを守るという責任を負わされるとは、さすがに想定の範囲外だったでしょう。

 いや、彼が執権になる前にすでに元からの国書が届いていたことを思えば、彼はそもそも対蒙古戦の総司令官となるために執権になったということ。その重圧たるや想像を絶するものですし、そんな彼に対してそれまで様々な形で指導を行ってきた北条政村の最期の教えなど、実に沁みるものがあります。

 そんなわけでこの巻の1/3かけて描かれるのは、単純な冷酷非常な権力亡者でも策謀家でもなく、彼なりの形で蒙古と戦っていた時宗の姿なのですが――さて、仮にそれを知ることがあったとして、その大義のための犠牲となってきた者たちの一人である迅三郎は何を思うでしょうか。
 いずれあるだろうと個人的に期待している二人の対峙の時を待ちたいと思います。


 さて、この後、時間軸は再び「いま」に移り、嵐にも負けず――いや、これをむしろ「神風(テングリの風)」として総攻撃を開始した蒙古軍二万を迎え撃つ、日本武士団四千の息浜での戦いが描かれることになります。

 しかし少弐景資が期待した援軍は、「神風」によって増水した筑後川を渡ることができず、戦に間に合わない状態。(ここで「間に合わなければ援軍ではない!!」と激昂する景資に対する迅三郎のツッコミがごもっとも過ぎる)
 それでももちろん戦うしかない日本軍の前に現れたのは、蒙古の騎馬兵――軽装による敏速な動きによって重装の武士を翻弄する蒙古兵ですが、ここで一発決めるのが迅三郎。さらに馬の剽悍さでは日本側も負けておらず、戦況は互角と思われたのですが……

 そこに出陣してきたのは、対馬で散々迅三郎と激突してきた副元帥・劉復享。しかも彼が擁する騎馬は、全身を鉄の鎧で覆ったかつての金の騎兵隊・鉄浮屠――鎖で繋いでこそいないものの、これはどう考えても連環馬! と水滸伝ファン的には勝手にテンションも上がります。
 そしてここで迅三郎と劉復享の因縁の対決が――と、この戦いの結末については伏せますが、いやはや、運命というものは皮肉であります。
(そして迅三郎の対鉄浮屠戦法にも、この手があったかと感心)


 しかし息浜での激戦が続く最中、博多の西の河岸にこれまた因縁の高麗の将・金侁が上陸。浮足立つ日本軍ですが、その一帯に対馬出身者たちの集落があることを知った迅三郎は――まだまだ先が見えない戦いは続きます。


『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第6巻(たかぎ七彦 カドカワコミックス・エース) Amazon

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2022.05.28

音中さわき『明治浪漫綺話』第5巻 恋する乙女の最大の敵と最大の理解者?

 異国のヴァンパイアと彼に恋した女学生の波乱万丈の運命を描く本作も、クライマックス目前――鹿鳴館の舞踏会から一転、ヴァンパイアを憎む者の手によって深手を負ったルイスと、その陰で糸引く者によって洋上に拉致された十和。彼女を救うために駆けつけたルイスと東ですが……

 女学院の麗子、女高師のちよたちと鹿鳴館の舞踏会に臨むこととなった十和。色々あったものの舞踏会は無事に終わるかと思われましたが、そこに国粋主義者の爆弾テロが発生、その混乱の中でルイスは銀の弾丸で胸を撃たれてしまうのでした。
 一命を取り留めたものの人事不省の状況のルイス。そんな中で十和はフランスの(元)ヴァンパイア・ハンターであり、スパイでもあったモーリスによって洋上に拉致されてしまい……

 というわけで、十和の家を傾かせた元凶も現れ、いよいよクライマックスといった展開ですが、復活したルイスと彼に従う東は、はっきり言って作中では最強キャラ。そんな二人が本気になって十和を救いに来たのですから、敵う相手がいるはずもありません。
 かくてこの巻の冒頭で十和は救出されるのですが――真の敵は別にいたのです。

 それは世間の目。世間では、十和がモーリスに拉致されていた期間(ルイスが人事不省になっていたこともあり)、彼女はルイスと駆け落ちしていたこととされてしまっていたのであります。
 華族のお嬢様と政府のお雇い外国人のスキャンダルというのは、世の口さがない人々にとっては格好の騒ぎの種。もちろん伊藤総理大臣がバックにいるルイスだけに、やがて政府から否定の発表が出たものの、ルイスは責任を取って教壇を降りることになるのでした。

 そして十和の記憶を消すために、彼女の首を噛もうとするルイスですが――そこに折悪しく現れたのは、十和の婚約者である国門青年!


 そんなわけで、命の危機が迫った以上に十和を苦しめるのが世間の目であるというのが、ある意味実に本作らしい展開ですが、この巻の後半は、この状況下で、自分の想いに戸惑う十和、そしてルイスの姿が描かれることになります。

 これまで長きに渡る生を送ってきたルイスにとっては、このような状況はある程度経験済みといえるでしょう。しかし思春期の十和にとっては、異国のヴァンパイアであり学校の教師である(そして一時期家に寄宿していた)という色々と要素が多いルイスへの想いは、あまりに大きく重いものであります。

 もちろん麗子もちよも、十和の良き理解者として彼女を支え、応援してくれるのですが、いまや十和には家の決めた相手とはいえ婚約者がいるのです。
 しかもこの婚約者の国門青年、名門の出のイケメンで、常に紳士的に十和に接し、悩み多き彼女を何くれとなく支える好青年(十和に嫉妬する元婚約者が家の門に呪いの御札を貼っていくほど)。そしてルイスのことにも非常に理解があり――?

 と、彼女の最大の理解者であるといっても、ここまで来るとさすがに気味が悪くなってくる国門の好青年ぶり。ルイスに嫉妬心を抱かないというのは人間が出来ているから、と理解できても、むしろ十和とルイスを会わせるために積極的に行動するとまで来ては、ちょっとおかしいぞ、と疑いたくなります。

 そしてこの巻のラストで明かされる国門の真実とは……
 なるほど、確かにそれはあり得ることですし、それ自体をどうこう言う気は全くありませんが、だからといって十和がそれに乗ったりしたらかなり最低だぞ、というものであります。
(しかしここでむしろ十和に謝る国門青年、真剣に好青年過ぎます)

 とはいえ、八方丸く収まるには国門の存在は渡りに舟であるわけで――いやはやどうやら次巻が最終巻のようですが、はたしてどのように物語の結末を迎えるのか。
 正直なところ、吸血鬼ものとしてはこれ以上物語の山は描きにくいような気もしますが、ロマンスとしては、はたして――最後まで物語を見届けたいと思います。


『明治浪漫綺話』第5巻(音中さわき KADOKAWAあすかコミックスDX) Amazon

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2022.05.27

町田とし子『紅灯のハンタマルヤ』第1巻 丸山遊郭の娘たち、人ならぬ怪異を討つ!?

 江戸時代、海外に唯一開かれた窓であった長崎を舞台に、長崎奉行所の同心、そして丸山遊郭の太夫と三人の禿が人ならぬ怪異を討つ退魔活劇であります。人ならぬ怪異に抗する力を持つのは、同じ力を持つ者。だとすれば太夫と禿たちは……

 19世紀初頭の長崎の奉行所に江戸から赴任してきた同心・相模壮次郎。しかし着任して間もない彼が出くわしたのは、全身の血を抜かれ、「ミルラ」状態となった人間の死体でした。
 その現場で、あることに気付いた相模がその足で向かったのは「山」――すなわち丸山遊郭。その中の遊女屋・まるた屋を訪ねた相模は、見世の菊花太夫に、禿たちの貸し出しを要請するのでした。

 そしてその晩、郭の若い衆に化けて、死体が発見された店の若旦那の応対をしたものの、正体がばれて窮地に陥る相模。その前に駆けつけた禿たちが見せた力とは……


 江戸時代の鎖国下にあって、出島という唯一海外との貿易を許されていた長崎。その極めて特異な性質(と、それに伴う独特の制度)のため、この江戸時代の長崎は、数え切れないほどのフィクションの舞台になってきました。
 そして多くの場合、それらの作品の中で大きなウェイトを占めるのが丸山遊郭とその遊女の存在。何故なら、彼女たちの客は日本人だけでなくオランダ人や清国人も含まれ、出島や唐人屋敷といった、一般の日本人が立ち入りを禁止されていた場所にも、足を踏み入れていたのですから。

 本作はそんないくつもの意味で特異な地であった長崎と丸山遊郭を舞台とする物語ですが――その最大の特徴が、その遊郭の遊女と禿たちが、異国から渡ってきた妖退治を行うことであるのは、言うまでもありません。
(丸山の遊女たちが裏の顔として隠密を持つという作品はこれまで目にしたことがありましたが、妖退治を行うという作品には、初めて触れた気がします)

 人間離れした美しさを持つ菊花太夫、芸事は下手だが人懐っこい雛あられ、三味線が得意で普段は頭巾をかぶっている清、引っ込み思案で顔にシミのあるこもれび――それぞれの特技を持って、人ならぬ妖を打倒する個性的な美(少)女たち。
 しかし、人ならぬもの――それも異国から渡ってきたものに対して、常人の力が通用するはずもありません。そう、実は彼女たちもまた――なのであります。
(第一話でその一端が明かされるシーンのインパクトたるや――その後の、雛あられと清が見開きで見せるアクションも実に格好良い)

 そしてそんな彼女たちの妖退治が、あくまでも長崎奉行所の指揮/依頼の下で行われるのもユニークなところであります。
 長崎奉行所の同心として彼女たちとの繋ぎをつけ、そして陣頭指揮を取る相良。基本的に妖への止めとなるモノを使用できるのは彼のみという設定も良いのですが――何よりも、相良と太夫や禿たちとの関係が、一種チャーリーズ・エンジェル的であるのが、印象に残ります。

 いや、本作の場合、それよりももっと危うい関係と言えるかもしれません。何故なら相良の場合は、自分の役目以上に、彼女たちの身の上を慮り、彼女たちに(恋愛的な意味でなく)感情移入している節がありありとあるのですから……


 この巻のラストのエピソードでは、菊花太夫の正体の一端と、彼女と禿たちの関係性が語られ、妖との戦いが決して綺麗事では済まされないものであることが浮き彫りとなっていく本作。
 そんな中で、相良が、禿たちが、太夫がいかにして妖と戦い、いかなる運命を辿るのか――また一つ、先が楽しみな作品が増えました。


 細かいこと(?)を言えば、他は全員きちんと剃っているのに、相模だけ月代を剃っていないのが目について仕方ないのですが、これはまあ仕方がないということで……
(パイロット版を読んだ後だと、余計な疑いをかけたくなるのですが、これはまあ考えすぎとして)


『紅灯のハンタマルヤ』第1巻(町田とし子 講談社シリウスKC) Amazon

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2022.05.26

田中啓文『元禄八犬伝 五 討ち入り奇想天外』 大決戦、左母二郎vs忠臣蔵!

 さもしい浪人、網乾左母二郎と小悪党たちが、八犬士とともに巨悪を粉砕する痛快時代伝奇活劇もいよいよ最終巻であります。徳川光圀が怨霊に加えて茶々が怨霊まで復活し、風雲急を告げる大坂の運命。一方、吉良家討ち入りを企てる赤穂浪士たちの中にも不審な動きが――八犬伝+忠臣蔵の行方や如何に!?

 伏姫を探す丶大法師の依頼で大坂城内に忍び込んだものの、そこでうっかり茶々の怨霊の封印を解いてしまったかもめの並四郎。秀頼を探す茶々の魔力で、大坂の若者たちが次々と倒れていく一方で、幕府転覆を目論む光圀に操られた水戸徳川家は帝に倒幕の密勅を出すことを要求、西国大名にまで働きかけた一大倒幕計画を企むのでした。

 そしてその計画をより確実なものとするため、綱吉がかねてより探してきた隠し子である伏姫を捕らえようとする水戸側と、それを利用して彼らを罠にかけようとする幕府側。
 さらにそこに思わぬ形で、赤穂浪士の一人である矢頭右衛門七が、そして左母二郎や並四郎も巻き込まれることになって……

 そんな本作の第一話「調伏大怨霊」で繰り広げられるのは、幕府・光圀が怨霊と水戸家・茶々が怨霊・赤穂浪士・吉良家・丶大法師と八犬士たちという、実にまあ様々な勢力が入り乱れての大決戦であります。

 しかしそんな争いなど、本来であれば左母二郎たちには無関係のはず。しかしこれまで伏姫探しに巻き込まれた中で、何度も光圀の陰謀を叩き潰してきたこともあってか、左母二郎はまたもや一肌脱ぐ羽目になります。
 はたして大坂と小悪党の運命や如何に――いやはや、第一話の時点で大変な盛り上がりですが、しかし本作はそれだけでは終わりません。続く第二話「仇討ち奇想天外」では、そのサブタイトルの通り、さらに奇想天外なクライマックスが待っているのですから。


 赤穂浪士の討ち入りに向けて人々の期待が高まる中、なおも慎重を期す大石内蔵助と、その態度が歯がゆいと一刻も早い討ち入りを求める堀部安兵衛ら急進派。
 右衛門七はその両者の間に挟まれる形になってしまうのですが、左母二郎にとっては、主君の仇討ちのために若い右衛門七が命を捨てるなどというのはバカバカしいこととしか思えません。

 しかも世間で持て囃される堀部安兵衛は、剣の腕こそ左母二郎と互角以上ながら、酒乱で傲岸不遜、忠義のためというより単に仇討ちがしたいだけ――というとんでもない奴。そんなこともあって、左母二郎のイライラは募るばかりであります。
 一方、いつ討ち入りがあるかもわからないなかで、ある事実を知ったことから、上野介の求めに答え、吉良邸に御成する綱吉。赤穂浪士方と吉良方、双方に不審な動きが見える中、運命の十二月十四日、全ての登場人物たちが吉良邸に集うことに……

 そんなわけで、クライマックスの後にまたもやクライマックスという贅沢すぎる構成の本作ですが、その盛り上がりが最高潮に達するのが、浪士討ち入りであることは言うまでもありません。
 しかしこれまでの舞台は大坂でしたが、討ち入りが行われるのはもちろん江戸。それより何より、忠義が大嫌いな左母二郎が、浪士討ち入りに関わるはずもありません。そして姫探索が任務の八犬士たちもであります。

 それが一体――と思いきや、こうくるか! という展開にはただただ仰天するしかありませんが、実はそこにあるのは、忠臣蔵という日本有数の物語を、別の視点から捉え直してみようとする試みであるとも感じられるのであります。

 ――物語として見れば波乱万丈、多士済済で実に面白い忠臣蔵ですが、しかしその基調を忠義に置く内容は、現代の我々からすれば、どこかお行儀が良く、居心地が悪くも感じられます。それを本シリーズは、そんな忠義とは正反対の立場にある小悪党の視点を以て描くことで一度相対化し、そして物語そのものの面白さを問い直しているのでは、と感じられます。

 そしてその視点は、同時にやはり日本有数の物語でありながら、その基調を仁義礼智信忠孝悌という徳目に置く――そして何よりも左母二郎のホームグラウンド(?)である――八犬伝にも向けられていることは言うまでもない、のですが……


 その二つの物語が出会い、交錯した果てに何が待つのか――その想像を絶する結末は、いやはやここまでやるか、いやここまでやってこそ! というべきか……
 忠臣蔵という物語と見事に対決してみせたさもしい浪人、網乾左母二郎。それでは彼と八犬伝という物語との対決の行方は――ぜひご自分で確認していただければと思います。


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2022.05.25

かどたひろし『御広敷用人 大奥記録』第1巻 水城聡四郎、「奧」で新たな任に挑む

 以前連載開始時にもご紹介した『御広敷用人大奥記録』の漫画版、その単行本第一巻が刊行されました。上田秀人の代表作である『勘定吟味役異聞』の続編である本作、作画を担当するのは、もちろんかどたひろしであります。大奥に舞台を移した聡四郎の新たな戦いとは……

 勘定吟味役としての激闘の末、結果として徳川吉宗に味方してその将軍継承を助け、そして吉宗を養父とした紅と結ばれた聡四郎。お役目を辞して平和な暮らしを送っていた彼が吉宗に召し出されたことから、新たな物語が始まります。
 吉宗が聡四郎に命じた新たな役目とは、御広敷用人――江戸城大奥の玄関口である御広敷を担当し、大奥と外部との取次ぎを職務とする用人。これまで担当してきた勘定吟味役が「表」とすれば、これはまさしく「奥」――全く異なる世界であります。

 そんなところにいきなり放り込まれることとなった上に、意図や真の任務も教えられず、それどころか「遣える者は酷使する!」「諦めて身分と禄に応じた仕事を致せ!」とブラック上司ぶりを全開する吉宗に、聡四郎はプレッシャーをかけられるのでした。
 実は将軍就任早々、幕政改革に大鉈を振るう吉宗のターゲットの一つが、幕府では聖域扱いとなっていた大奥。その尖兵として送り込まれるのだろうとは想像できるのですが――しかし彼以上に困ったのは、それまで大奥を担当していた者たちであります。

 その中でも実力行使に走ったのは、御広敷伊賀者組頭の藤川義右衛門。ただでさえ御庭番設立で肩身の狭くなった伊賀者の権限を奪われまいと、彼は聡四郎を時に闇討ちし、時に懐柔に走るのですが……


 そんな前途多難な聡四郎の新たな戦いが始まるこの第一巻ですが、内容的にはまだ導入部といった印象。聡四郎にとって、何よりも読者にとっても馴染みの薄い御広敷という場所、御広敷用人の任が紹介されるとともに、この物語の背景となる勢力分布を描くのが、この巻のメインと感じます。

 そんなこともあってか――そしてこれは月刊誌とはまた異なるWeb媒体連載のペースもあるのではないかと想像しますが――この巻では剣戟シーンは控えめ、聡四郎が藤川の闇討ちを受ける場面と、師・浅山一伝斎との道場稽古の場面くらいとなっています。
 その意味では静かな滑り出しといえるかもしれませんが、水城聡四郎ものの――いや上田作品のもう一つの主戦場というべき幕政の闇を描く部分は、これはもう脂が乗りきった筆運びという印象があります。

 吉宗が就任早々に大奥に対して見目麗しい女性をリストアップせよと命じ、側室候補と思って選んでみれば、逆にそれはリストラ対象だった――という有名な逸話は本作でも描かれますが、それはあくまでも表に出た話。
 そもそも吉宗と大奥は、将軍位継承を巡り、月光院は彼を擁立し、天英院は彼と対立したという過去が――この辺りは 現在「コミック乱ツインズ」誌連載中の『勘定吟味役異聞』でこれから描かれるはず――あります。

 そんな、ただでさえ火薬庫のような場所をこじ開けて、松明を放り込むような吉宗の行動ですが、その影響が出始めることとなります。アクションだけでなく、この辺りの動きもじっくりと描けるのは、これはかどたひろしならでは、と言ってよいでしょう。


 ちなみに『勘定吟味役異聞』に登場した面々は、まだ出番が少ないキャラが多いもののこちらにも変わらぬ――唯一、初々しくも美しい若奥様ぶりを見せる紅を除いて――顔を見せているのですが、注目すべきは新顔。
 この第一巻から早くも聡四郎との因縁が発生した藤川は、この先長い付き合いとなる男ですが――油断のならなさとどこか崩れた雰囲気、そして忍び衣装の個性など、なるほどこういう姿になるのか、と感心させられます。

 そしてもう一人、本作のヒロインというべき存在が、この巻のラストに登場することになります。その名は竹姫――五代将軍・綱吉の養女であり、これまで二人の婚約者と婚前に死に別れ、大奥で静かに暮らしていた女性であります。
 実は聡四郎が御広敷用人とされた本当の理由はこの竹姫を吉宗が得るため。今回は文字通り顔見せのみですが、あの吉宗が恋い焦がれるというのですから、どれだけ魅力的な女性なのか、推して知るべしでしょう。約二十歳年下というのはまあ目を瞑るとして……
(にしても、竹姫のことを語る直前、あらぬ相手に気があると聡四郎に誤解された時の吉宗の表情……)


 なにはともあれ、いよいよ始まった聡四郎の新たな戦い。現在クライマックスの『勘定吟味役異聞』ともども、先が楽しみな漫画版です。


『御広敷用人 大奥記録』第1巻(かどたひろし&上田秀人 光文社KJC) Amazon

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2022.05.24

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第10巻 舞台は駿河から京へ そして乱の終わり

 ずいぶんと骨っぽくなった新九郎の横顔が表紙の『新九郎、奔る!』第10巻は、前巻での今川家の御家騒動の後始末(?)と、京に帰った新九郎の姿が描かれることになります。相変わらず無位無冠無役の三冠王のまま奮闘する新九郎に待つのは、如何なる明日なのか――?

 義兄である今川義忠の横死がきっかけの後継者争いの中で、姉の伊都と甥・龍王丸を守るために調停役に志願した新九郎。しかし対する小鹿新五郎派にはあの太田道灌がつき、大苦戦を強いられることになります。
 ようやく調停に漕ぎ着けたものの、道灌からは「しかし小僧、自分の力で勝ったのではないぞ。 その幕府の御威光のおかげだということを忘れるな!」などと言われ(言われてない)悔しさを噛みしめることに……

 かくて新九郎にとっては苦い表舞台デビューとなったこの御家騒動ですが、しかしあくまでもこの調停は一つの区切りに過ぎません。新五郎が当主代行となり、しかし龍王丸はいまだ当主を名乗れぬままという、双方にとってある意味中途半端な状況で、血の気の多いこの時代の武士が黙っているはずもないのです。
 伊都と龍王丸を狙い、二人が身を寄せた代官屋敷を襲う何者かの兵。そしてその中で、新九郎の家来が犠牲に――?

 と、いきなり緊迫した展開となったこの巻ですが、しかし転んでもただでは起きなくなったのは、今回の経験を経ての新九郎の成長でしょうか。これから自分は京に戻らなければならない中で、伊都たちを守りつつ、家督争いを有利に進める、自分だけができるその手段とは……
 なるほど、こう来るか! という新九郎の一石三鳥の妙手には感心しますが、しかし策を思いつくのと実行することはまた別物であります。

 さらに自分や父も暮らす京の伊勢貞宗邸に戻ってみれば、色々あって幼い将軍義尚も何故かひとつ屋根の下に――となんだかややこしい状況になっているではありませんか。

 元々父が大御所義政に睨まれている一方で、自分は義尚に懐かれている新九郎。義政と義尚の二重体制がまさかこんなところで新九郎に累を及ぼすとは――と驚かされましたが、この辺りの新九郎の家庭の(?)事情と、幕府の事情を並行して、そして絡み合わせて描く趣向は、元々本作の特徴ですが、改めて感心させられました。
(そしてここで不意打ちで投入されるつげオチが可笑しい)

 そして本作ならではの趣向といえば、以前の荏原のエピソードがそうであったように、中央(京)のみではなく、地方のみでもなく、その両者を有機的に絡めつつ、この時代の武士の――政治の在り方を描く手法は、もちろんここでも健在です。
 冷静に考えれば、中央だけでも、地方だけでも存在し得ない当たり前ではあります。しかしその当たり前に、物語として一定の流れをつつ描いてみせるという作者の歴史作家としての手腕に――そしてその主人公に後の北条早雲を選ぶという着眼点に――何度めかの感心をしたところです。

 そして、その中央と地方の関係の最たるものであり、そしてそれを徹底的に狂わせたのが、本作の冒頭から描かれてきた応仁の乱であることは言うまでもありません。
 この巻において、この乱がついに終結することになるのですが――しかしそれではこの乱とは一体何だったのか? その一端を示すものとして、伊都が語る「この大乱で討ち死にした守護大名はゼロなんだって!」という言葉が、印象に残ります。(その後には「無関係な戦で討ち死にしたうちのが馬鹿みたいじゃない!!」と続くのですが)

 もちろん死ななかったのは守護大名のみ、そのほかは武士も庶民も、無数の犠牲が出たことは言うまでもありません。そしてその一人――かつて今出川殿(足利義視)のために兄が無残な死を遂げた新九郎が、まさに都落ちしていく今出川殿にぶつける言葉は、そんな時代への怒りとやるせなさの吐露として、印象に残るのです。


 そしてその乱の終わりは、新九郎自身の身の上にも影響を与えるようなのですが――いよいよ彼も無位無冠無役の三冠王からの脱出なるか、気になるところです。そしてもう一つの乱が終局に向かう関東の情勢もまた……(練馬とか豊島というワードが出てくると胸がときめく八犬伝ファン)

 ちなみにこの巻でほとんどヒロインといってよい印象であったのが伊都ですが――その彼女に対する義政の言葉は(この時代からすれば当然のものだったのかもしれませんが)、この時代の女性の生きづらさを象徴するものとして、こちらも印象に残ったところであります。


『新九郎、奔る!』第10巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックススペシャル) 

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2022.05.23

椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第2巻 共闘新旧世代 そして親世代の抱える想い

 アニメは数ヶ月前に大団円を迎えましたが、コミカライズの方はまだまだ絶好調――『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第二巻の登場です。ついに揃った三人の向かう先は退治屋の里、そして結界の山。そこで三人を待つ者は、懐かしい顔ぶれと、新たな敵――!?

 戦国時代からやってきた生き別れの妹・せつな、そして従姉妹のもろはとともに、自分の本当の故郷である戦国時代に向かった女子中学生・とわ。そこで自分が大妖怪・殺生丸の子だと知った彼女は、突如襲ってきた妖怪との戦いの中で、忘れていた記憶を取り戻すことになります。
 そして時代樹の精霊から、時の歪みを正すため、西の果てに向かえと告げられた三人は、旅立ちの一歩を踏み出すことに……

 というわけでいよいよ始まる三人の旅ですが、西の果てに向かう前に立ち寄ったのは、あの琥珀率いる退治屋の里。ここで里の娘たちからめちゃくちゃ尊がられるせつなととわがまたおかしいのですが、やはり印象に残るのは、殺生丸に対する琥珀の思い入れでしょう。
 アニメでは完全に一歩引いた形であまり目立ちませんでしたが、考えてみれば琥珀は、作中でりんの次に殺生丸とは深い縁のある人間。そんな彼が殺生丸の謎めいた行動に、そしてその二人の娘に感傷を抱かないはずはありません。前巻での草太ともある意味通じる彼の内面描写には、数ページの描写ではあるものの、大いに印象に残るものでした。

 そして、対象こそ違え、同様の想いを抱く者は彼だけではありません。退治屋の里で装備を整えた三人が、次に向かうよう指示された山で待つのは、弥勒と珊瑚――そして鋼牙!
 これまた犬夜叉とかごめと縁深い人物でありながら、アニメではほとんど全く出番がなかった(まあ『犬夜叉』でも途中フェードアウトでしたが……)鋼牙に、ここできっちりと出番があるというのも、実に嬉しいところであります。

 そしてもう一人、この場で三人を待っていたのは、鋼牙と同じ妖狼族の凱風――アニメではもろはの師であった女性であります。
 そんな重要な立ち位置でありつつも、アニメではわずか一話で、しかもあまり格好良くない形で退場してしまった凱風。それがこちらでは(もろはとの因縁はあるものの)また少々異なる立場で登場するのも、アニメ視聴者としてはグッとくるのです。


 さて、ここで弥勒たちは、アニメでもキーアイテムであった虹色真珠(ちなみにこちらでは明確に出自は異なる様子)を使って、ある役目を担っていたのですが――しかし現れるのは、味方たちだけではありません。
 それは麒麟の四凶のうち、饕餮と檮コツ、そしてその息子・若骨丸――アニメでは序盤の敵という印象でしたが、こちらではその場に居合わせた親世代とも互角クラスの強敵という印象であります。

 かくて展開するのは、鋼牙vs若骨丸、弥勒・せつなvs饕餮、凱風・もろはvs檮コツという新旧世代入り乱れてのバトル!
 そこに加わっていないとわは珊瑚とともに雑魚妖怪を引き受けるのですが、二人の前に、かつて殺生丸の屋敷を襲撃し、姉妹を引き裂くきっかけとなった焔も参戦、さらに味方サイドも――と、純粋にバトルものとしても盛り上がりまくる展開であります。

 そしてそのバトルの中で描かれるのは、三人のパワーアップと覚醒――親世代の葛藤と新世代の強化、そして新たなる展開への導入、そしても一つタイトルの回収と、ここまで盛り込んでくるか! と、畳み掛けるような展開には、ただただ感嘆するばかりです。
(饕餮のなんでも喰う能力に、こちらではそう来たか! という由来が設定され、弥勒の複雑な胸中と重なる辺り、ただ唸るしかありません)


 限られたページ数で、元作品の設定を用い、元作品と同様の物語を描く――そんなコミカライズの役割を果たしつつ、元作品では描かれなかった、そしてファンが観たかったものを描いてみせる本作。
(その他アニメでのツッコミどころを埋めてみせる――とわの衣装とか)
 豪華な顔合わせのスピンオフ、などという言葉では収まらない名品であります。

 そしてこの巻のラストでは、あの男と、そして第二期で登場した彼女も登場。物語は加速するのか、新たな道に向かうのか、いよいよ期待は高まります。


 しかし長年ダウンしていた邪見を見事復活させた「妖怪の治療が得意なお方」とは、弟子の顔と口調を見るに、もしかして……


『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第2巻(椎名高志&高橋留美子ほか 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2022.05.22

桃野雑派『老虎残夢』(その二) 史実を背景に描き出された歴史と人の姿

 第67回江戸川乱歩賞受賞作にして武侠小説+本格ミステリの意欲作『老虎残夢』の紹介の後編であります。武侠ものの登場人物らしい造形でありつつも、それだけでは終わらない本作の登場人物。その最たるものは……

 本作の登場人物たちの中でも、最も陰影に富んだ姿が描かれる者――それは、主人公である紫蘭その人であります。

 前回述べたとおり、被害者である泰隆の唯一の弟子である紫蘭。しかし奥義を伝授されず――いやそれどころかその存在すら知らされていなかったことに、彼女は深い屈託を抱くことになります。
(それが、他人から見れば彼女が師殺しを行う動機になるのも巧みな設定です)

 そしてその悩みは、そもそも泰隆にとって自分は何者だったのか、自分は弟子として愛されていたのかという想いにまで繋がっていくことになるのですが――本作においては、彼女のみならず、この被害者たる泰隆と、他の登場人物との繋がり・結びつきが、物語の後半部分を動かしていくことになるのです。

 金国に理不尽に家族を奪われ、一人生きてきたところを紫苑と泰隆に拾われた恋華。泰隆と複雑な想いで結びついた関係にあった祥纏。ある事件がきっかけで泰隆と激しく仲違いしていた文和。流派は異なるにもかかわらず泰隆と深い繋がりを持つという為問……
 本作の謎解きは、同時に、紫苑も含めた登場人物一人ひとりを通じて、泰隆とはいかなる人物であったのか、というのを描くものでもあるのです。


 そしてその果てに紫苑たちが知る真実とは――それはもちろんここでは明かすことはできませんが、こちらが当初予想していた以上に、物語の時代背景と密接に結びついているということは述べても許されるでしょう。

 冒頭に述べたように、舞台は南宋――それも13世紀初頭、北宋が滅亡してから数十年が経つ間に金とは和議が結ばれ、国家として空前の繁栄を謳歌していた時代。しかしその一方で、モンゴルではチンギスハンが力を蓄えて金を圧迫する状況にありました。
 そしてその金と宋との関係も、様々な矛盾を孕んだ、危うい均衡状態のもとに成り立っていたのです。

 それがこの物語にいかなる形で影響を与えることになるのか? 物語の終盤において、物語を構成する要素が、この史実を背景に、全てがピタリと一枚の絵に収まるのには、ただ圧倒されるばかりです。
 そしてその絵に描かれているのは、殺人事件の謎解きだけではありません。そこにあるのは、いかなる武術の達人でも及ばぬ歴史の暴力的なまでに巨大な力であると同時に、その力に対する人間の小さな希望の姿である――その事実が、大きな感動を生むのです。


 武侠ものとして、本格ミステリとして、歴史ドラマとして、様々な顔を持ち、そしてそれが見事に有機的に結びついている本作。
(個人的には、武侠もの独自の用語・要素をサラリとわかりやすく描く語り口にも感心させられました)

 もっともその一方で、後半の意外な真実とキャラ掘り下げの連続によって、前半の武侠ものらしいケレン味は薄れてしまった感は否めません。
 それでも、本作に唯一無二の魅力が存在することは間違いないことでしょう。そしてデビュー作である本作以降も、できればこのような武侠ものを、武侠ミステリを生み出してほしいと、作者には期待してしまうのです。


 最後に、蛇足で恐縮ながら本作の百合要素、紫苑と恋華の愛の必然性についてですが――確かに二人が男女カップルであっても、弟子と師の娘という、江湖では禁断の関係という点には変わりがないことから、必然性は薄いようにも感じられます。

 しかし――物語の詳細に触れる部分があり、あまり詳しくは述べられないのですが――紫苑を男性とした場合、本作の物語が成り立たないこと(もしくは相当大きく構成・要素を変える必要があること)、かといって恋華を男性にしても物語により不自然な点が生じること、二重の禁忌があった方がより強い犯行動機がある(と周囲に見做され得る)ことから、多少危なっかしい部分はあるものの、必然性はあると、私は感じました。
 もちろん、そこに必然性を求めるという視点もまた、(メタではあるものの)紫苑を苦しめるものの一つではあるのですが……

 ちなみに作中で師弟関係に関するこの禁忌を説明する際、武侠ファンであれば思わずニヤリとさせられるくだりがあるのですが、実は時系列的には本作の方が先(この時点ではまだ起きていない出来事)――と、これは本当の蛇足であります。


『老虎残夢』(桃野雑派 講談社) Amazon

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2022.05.21

桃野雑派『老虎残夢』(その一) 被害者は武術の達人 武侠小説+本格ミステリ!

 第67回江戸川乱歩賞受賞作は「館」×「孤島」×「特殊設定」×「百合」――そしてその特殊設定が「武侠」なのですから見逃せません。奥義を伝授すると三人の武侠を集めた達人が孤島の楼閣で殺害され、謎を追うのはその弟子――本格ミステリにして武侠ものという極めてユニークな作品です。

 時は13世紀初頭、南宋の時代――大海に浮かぶ小島・八仙島に隠棲する達人・碧眼飛虎こと梁泰隆が、己の奥義を受け継がせるとして、旧知の三人を招いたことから物語は始まります。
 泰隆の妹弟子にして大手飯店を切り盛りする紫電仙姑こと楽祥纏、泰隆の同門で海幇(海賊)の幇主である烈風神海のこと蔡文和、そして外功の達人であり孤月無僧の異名を持つ為問――いずれも凄まじい武功を持つ達人ですが、三人を迎える泰隆の弟子・蒼紫苑の胸中は複雑であります。

 幼い頃に両親を失い、師に拾われて以来十八年、厳しい修行を重ね、内功については達人の域に達した紫苑。それなのに師は自分ではなく他人に奥義を伝授しようというのか? ある事件で負った傷が元でほとんど外功が使えない身とはいえ、何故自分ではないのか――と。
 そしてもう一つ、師の養女・梁恋華との秘密の恋愛関係も、彼女を悩ませていたのです。

 それでも平静を装い、いずれ劣らぬ個性的な三人を迎え、恋華と二人でもてなしの宴を準備する紫苑。宴は盛会のうちに終わったものの、その翌日、師が起居する島の中央部の八仙楼に向かった紫苑は、冷たくなった師の亡骸を目の当たりにするのでした。
 何者かに毒を飲まされた上、腹を匕首で刺されていた泰隆。はたしていつ誰がどうやって、そして何故師を殺したのか? 自分も恋華も容疑者であることを承知の上で、紫苑は調べを始めるのですが……


 武術の奥義とその伝授のために集められた達人たち、そしてその現場で起きる殺人――本作は、不謹慎ながら(?)武侠ものファンであればニッコリとしたくなるようなシチュエーションが描かれる物語であります。
 しかしそれと同時に本作は、本格ミステリとしても、しっかりとした格好を整えた作品でもあります。

 何しろ舞台となる八仙島は、本土との往来は頻繁にあるものの、船でなければ行き来はできない孤島。そして犯行現場の八仙楼は、その島の湖の中央に建てられ、常人であればこれまた舟がなければ行き来できない建物なのです。
 それに加えて犯行が起きたのは寒い雪の晩とくれば、これはもう定番中の定番シチュエーション、孤島+雪の山荘ではありませんか!

 しかしここで「常人であれば」とわざわざ書いたのは、常人でない人間がゴロゴロしているのが武侠ものであるからにほかなりません。
 そもそも軽功の達人である泰隆と紫苑であれば、湖を跳んで楼に入ることは可能ですし、他の面々も(全く修行していない恋華を除けば)そこまでの芸当は無理にせよ、例えば軽功で雪の上に足あとを残さずに歩くなどはお手の物であります。

 そして被害者が達人であることは、同時に、犯行にさらなる不可能性を与えることでもあります。何故ならば内功の達人であれば、体内に入った毒など、半ば自動的に体外に排出してしまうのですから!


 ――このように本作は、武侠ものとしての要素が、特殊設定ミステリのそれとしても、非常に効果的に働いています。
 もちろん武侠ものとミステリというのは実は相性が良く、古龍や金庸といった本場の大御所の作品でも連続殺人や暗号等のミステリ要素が少なくないほか、日本でも秋梨惟喬の『もろこし銀侠伝』に始まる武侠ミステリの名作シリーズがありますが――本作はそうした先行作品に勝るとも劣らぬ内容であります。

 そして本作において、本格ミステリや武侠ものとしての面白さに加えて特に印象に残るのは、その人物描写の妙でしょう。物語冒頭で描かれる登場人物たちの、特に三人の達人の、いかにも「らしい」描写も楽しいのですが――しかし物語が進むにつれて、そんな登場人物たちのキャラクターは掘り下げられ、それにつれて最初の印象がガラリと変わっていくことになるのです。そしてそれが、謎解きに密接に関わっていくことも言うまでもありません。

 そしてそんな陰影に富んだキャラクターの最たるものが――と、最近やたらと文章が長くなって恐縮ですが、次回に続きます。


『老虎残夢』(桃野雑派 講談社) Amazon

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2022.05.20

平谷美樹『貸し物屋お庸謎解き帖 桜と長持』 帰ってきたお庸! 少女店主の奮闘再び!

 かつて白泉社招き猫文庫で第四弾まで刊行されながら、レーベルの終了とともに中断していた『貸し物屋お庸』が復活しました。貸し物屋(レンタル屋)の出店を営む、口は悪いが情に厚い江戸っ子娘・お庸が、貸し物にまつわる様々な事件解決のために奔走する連作であります。

 「無いものはない」という看板で知られる江戸有数の貸し物屋・湊屋。お庸は若年ながらその両国出店を預かり、日夜威勢よく奮闘する少女であります。
 元々は大工の棟梁の娘だったものが押し込みに両親を殺され、仇討ちに力を借りた代金代わりに、湊屋の主・清五郎の下で働くことになったお庸。以来、清五郎に付けられた手代の松之助とともに、お庸は小さくとも一店の主として奮闘してきました。

 基本的には客の要望に応じて品物を貸し、代金を取る貸し物屋。しかし貸した物が返ってこなかったり、犯罪などに使われては大問題――その上、生来の好奇心と義侠心も手伝って、これまでお庸は様々な客とその貸し物にまつわる事件や騒動に首を突っ込み、解決してきました。
 その対象範囲は、市井の謎から歴とした犯罪、はては亡魂や物の怪が関わるものまで様々(そもそも、生まれずに亡くなったお庸の姉が半ば守護霊状態なのです)。男以上の口の悪さを発揮しつつ、心の内には清五郎への思慕を秘めて、今日もお庸は大奮闘……


 という『貸し物屋お庸』シリーズでしたが、本作は出版社を変え『謎解き帖』となったとはいえ、物語の内容・スタイル的には全く変わらず――いわばシリーズ第五弾というべき作品となっています。
(第四弾のエピソードなどにもそのまま言及しているのにはちょっと驚きました)
 しかし元々が短編連作スタイルということもあり、ここから読んでも全く問題や違和感はなし。貸し物屋という独特の稼業、そしてお庸の尖ったキャラが、かえって初めての読者にも受け入れやすい物語として成立しているのではないかと感じます。

 さて、そんな本作に収められているのは全六話。
 同業者から、長持の借り主の住所氏名がデタラメだったと調べを依頼されたお庸が、長持の中に桜の花びらを見つけたことから景迹を巡らせる表題作「桜と長持」
 遠眼鏡を借りていった若い男の態度に不審を抱いたお庸が用途を探ってみれば実は男はストーカー、しかしつきまとっている相手は実は――という「遠眼鏡の向こう」
 余興のためといって小猿の面を借りていった客の家で妙なことが起きていると知り、調べに向かったお庸が不思議な出来事に遭遇する「小猿の面」
 店で借りられたつぐらが捨て子に使われたと知ったお庸が、赤子が捨てられた長屋の面々と共に親を探す「つぐらの損料」
 嘘をついて歯がちびた下駄を借りていった相手の正体を探る中で、下駄が使われる用途と思わぬ真実が明かされる「ちびた下駄」
 大晦日に、長らく会っていなかった息子と会うために膳と器を借りにきた老人に付き添うことになったお庸が知る真実「大歳の客」

 最初の二編が中編と言ってよい長さ、以降は短編という印象の六話ですが、いずれも共通するのは、ちょっとしたきっかけから始まる謎解きの面白さと、その背後にある人の情・想い、そしてそれに触れたお庸の成長――それを、人情ものからジェントル・ゴースト・ストーリーまで様々な形で、本作は描いていくことになります。

 エピソードの中には、必ずしも完全なハッピーエンドに終わらない、苦い現実の姿を見せるものも幾つかあるのですが――しかしその現実を受け止め、それでも結果を少しでも救いのあるものに変えようとするお庸の姿が、強く印象に残ります。

 そして印象に残るといえば、「遠眼鏡の向こう」以降本作全般で活躍する、そしてこの先もレギュラーになりそうなキャラクターが今回登場します。
 「遠眼鏡の向こう」の内容にも関わるのでここでは詳細は伏せますが、本人だけでなく、所属するコミュニティの存在も含めて(特に後者については、少々理想化されている印象はあるものの、このような形で描かれるのはかなり珍しいのではないかと感じます)、この先も気になる存在になりそうです。


 さて、第四弾までの展開では、どうやらお庸の出自に何やら秘密を匂わせるものが描かれましたが、復活第一作の本作ではそれはお預け。おそらくそれは、今後再び描かれることになるのでしょう。
 再び走り始めたお庸の向かう先を、今度こそ最後まで見届けたいと、心から思います。


『貸し物屋お庸謎解き帖 桜と長持』(平谷美樹 大和書房だいわ文庫) Amazon

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2022.05.19

木野麻貴子『妖怪めし』第1巻 料理人兄弟、食で妖怪を鎮める!?

 最近の漫画界では老若男女貴賤上下を問わず、おいしいものを作る/食べる作品が大きなトレンドになっていますが、本作はタイトルの通り、妖怪に(あるいは妖怪が)おいしいものを食べさせようという物語。風変わりな旅の料理人兄弟が、行く先ざきで妖怪と食にまつわる事件に巻き込まれます。

 時はおそらく江戸時代後期、ある目的から旅を続ける料理人兄弟――お人好しで体が頑丈なのが取り柄の忌火と、ひょっとこ顔の子供ながら鋭敏な舌を持つ兵徳の二人は、山越えの途中で見つけた茶屋で、「ヒダル神」について聞かされることになります。
 かつて飢饉で餓死した人々の妄念が凝り、取り憑かれた者は動けないほど激しい空腹に襲われるというヒダル神。しかし握り飯を食べれば逃れられるはずのこの妖怪が凶暴化し、旅人の精気を吸い取って暴れているというのです。

 このヒダル神を鎮めるため、瞬く間に茶屋にあった食材を使って弁当を作ったみせる兄弟。そしてかつてヒダル神を祀ったほこらがあった場所に向かう兄弟に、茶屋の老婆も同行するのですが……

 そんなエピソードから始まる本作ですが、なるほど、料理を食べる相手は空腹、空腹で妖怪といえば――というわけでヒダル神というチョイスには納得できるものがあります。
 ヒダル神に襲われた場合、なにか食べ物を口にすれば助かるというのは定番ですが、しかし本作のヒダル神は故あってパワーアップ版、おにぎりでは足りず――というわけで、兄弟のスペシャル料理の出番と相成る展開も納得です。

 この辺り、妖怪ものでありつつも、調理シーン、そして料理を味わうシーンの描写や台詞回しが、いわゆる「料理もの」のそれなのがちょっと面白いのですが、妖怪を鎮めるのに食を以てするというのは、確かにこれまでほとんどなかったパターンかと思います。


 そして第二話では食べ物関連の妖怪ということか豆富小僧が登場。手にした豆腐を食べると体にカビが生えるなどと言われる豆腐小僧ですが――本作ではやはり暴走・パワーアップして、人間がカビどころではない大変な状態になってしまうのに対し、兄弟が料理で挑むことになります。

 さらにこの巻のラストの第三話では、口にこんにゃくを咥えて橋の上に現れるというこんにゃく橋の幽霊が――と、まことに失礼な言い方ながら、えらくマニアックというかローカルな妖怪の登場に仰天させられます。
(これは本作の監修の妖怪研究家・木下昌美が、この妖怪が現れたという奈良で活動している影響も大でしょう)

 元々この妖怪(幽霊)は、こんにゃくのことが原因で争った末に死んだ妻が化けて出たものと言われますが――ある意味謎多きこの設定を、本作は幽明境を異にする夫婦の愛を描く物語にアレンジ。
 これまでのエピソードでは、主人公兄弟が妖怪に飯を食わせる話でしたが、今回はそれとは異なり――と、物語のバリエーションとしても実に面白いところです。
(個人的には中盤以降の一捻りの内容が、この妖怪の目撃者の職業をベースにしたと思しきものになっているのに感心しました)


 さて、このように第一巻では三つのエピソードが収録された連作スタイルの本作ですが、その縦糸となるのが、兄弟自身の物語であります。
 実は兄弟は半ば妖怪というべき存在――過去のある事件で呪いをかけられてそんな身の上になってしまった二人は、その呪いを解くために、呪いをかけた相手を探しての旅の途中なのです。

 そしてその呪いをかけた相手と思しき存在は、比較的早い段階で登場するのですが――本作に登場する妖怪たちとはちょっとデザインラインが異なるこの妖怪(といっていいのか?)は何者なのか、そしてやっぱり美味しいものを食べて撃退されるのか、だとしたら何を食べるのか……
 少々気が早いのですが、今から気になってしまうのです。


『妖怪めし』第1巻(木野麻貴子&木下昌美 (監修) マッグガーデンコミックスBeat'sシリーズ) Amazon

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2022.05.18

「コミック乱ツインズ」2022年6月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2022年6月号の紹介の続きです。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今回はちょっといつもと違う、玄馬主人公回ともいうべき内容。水城家の隠居(聡四郎の父)の命で、水城家の新たな所領の状況を確認しに行った玄馬が、年貢をお目こぼししてもらおうとする名主から接待攻めに――と、何やら意外な展開であります。それも食べ物だけでなく、何と艶っぽい方面まで……

 もちろんそんな誘惑に負けず、毅然としてこれを跳ね除ける玄馬ですが、単なる拒絶ではなく、その理由がまた彼らしく一途で爽やかなもの。逆に誘惑してきたほうが心から絆されてしまう辺り、これが玄馬という若武者の魅力でしょう(そして聡四郎はさらに責任重大に……)
 しかし玄馬の活躍はそれだけではありません。旅の帰路に謎の刺客たちに襲われる玄馬ですが、金で雇われた連中に遅れを取る彼ではありません。まさに一閃というべき彼の殺陣は、聡四郎ともまた異なる迫力で目を奪われます。

 そしてその刺客を送り込んだのは紀伊国屋配下に使嗾された間部家ですが――しかしそんな無駄なことをしている間に、紀伊国屋の方は将軍家継暗殺のための策を巡らせているのですから、やはり格が違うというべきでしょうか。


 まだまだ紹介したい作品はあるのですが、何ぶん大変な数なので、ちょっと短めで失礼します。


『列士満』(松本次郎)
 『いちげき』を完結させた作者の次なる作品は、やはり幕末に戦った、武士ならざる身の者――幕府の陸軍歩兵隊を描く物語。その第一回では、彼らの陣である水戸天狗隊討伐が描かれるのですが、これが逆に夜襲を受けて這々の体で逃げ惑うことに……
 というわけで格好良くない連中が泥臭く奮闘する様がさすがとしか言いようのない本作。状況説明がほとんど全くなしで始まるのでついて行けない人もいるのでは――とちょっと心配になりますが、互いに撃ち合った後に敵味方でスコスコ弾詰めしているシーンの妙なおかしさが印象に残ります。
(あと「本編に於いても史実に於いても全く無名のこの男」という表現)


『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)
 前回は本能寺の変が描かれましたが、そこで思わぬ相手を斃すことになった捨丸と春が、今回なりゆきから加わることとなったのは、瀬田城城主・山岡景隆の重臣・巨樹賢明の下。民百姓のことを重んじ、血を流さずとも戦は出来るはずという信念で、明智軍に談判に向かう賢明ですが……
 瀬田城攻防戦という地味な史実を題材としつつも、そこで無惨に流された血を克明に描いてみせる今回。「大将ッ 戦は血を流すものだぜッ」という最高に格好良い台詞とともに身を張った捨丸の行動が、ある史実に繋がるクライマックスには痺れます。しかし今回の結末は、作品自体の終わりに繋がりかねないものでしたが、さて……


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 仇敵・島村盛実と妻の父・中山信正を共に討つように命じられた直家。まあ直家的に答えは目に見えているわけですが――そこに至るまでの脳内まで目に見える形で描いてしまうのには脱帽です。
 しかし正面からでは苦戦必至の相手を片付けるのに直家が選んだ手段は――これまた目に見えているもの。しかしその結果が作中でどのように描かれることになるのか、大いに気になります。


『玉転師』(有賀照人&富沢義彦)
 女を磨いた上で高く売る、玉転がしならぬ玉転師の活躍を描く特別読切第二弾、今回磨く相手は夜鷹(だけ)ではなく――という変化球が楽しい展開です。
 主人公チームも磨く相手も、幾人も登場する女性たちそれぞれの表情も印象に残りますが(特にラスト一ページ前のあるコマ!)、もう一人、絶対あの人だろうと思っていたらやっぱりそうだったあの人も、別の意味で印象に残るのでした。


 次号は『そば屋幻庵』が登場のほか、新連載で『不便で素敵な江戸の町』(はしもとみつお)と『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』(叶精作)がスタート。その代わり、『勘定吟味役異聞』『暁の犬』『カムヤライド』はお休みなのは残念……


「コミック乱ツインズ」2022年6月号(リイド社) Amazon

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2022.05.17

「コミック乱ツインズ」2022年6月号(その一)

 号数の上ではもう今年も半分になった「コミック乱ツインズ」6月号は、表紙『侠客』、巻頭カラーが『ビジャの女王』。新連載が『列士満』と『江戸時代のちいさな話』、シリーズ連載・読み切りで『風雲ピヨもっこす』『雑兵物語 明日はどっちへ』『玉転師』が掲載と、フレッシュな誌面です。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げましょう。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 新展開突入といった印象の今回、これまで幾度か言及されてきたオッド王女の兄・ヤヴェ王子が登場するのですが――そもそもこの王子、この非常事態に今までどこにいたかといえば初めからビジャにいたのですが、これまであまりの不行跡で廃嫡同然に幽閉されていたという状態。貧弱なのに凶暴というどうしようもない人物ですが、そのビジュアルも目つきの悪いうらなりという感じで、これだけ魅力のない人物も珍しいほどであります。

 それでも王亡き後の継承権を持つ王子、しかしこの非常事態に――というわけで重臣たちも頭を抱えますが、ここでジファルの提案で円卓会議が開催されることになります。参加者の大多数によって決定というこの時代には民主的にも見えるシステムですが、ジファルが甘言を弄して重臣たちの間には動揺が広がり、そしてヤヴェ自身もラジンと結んでやろうというどうしようもない状態に……
 しかしそのラジンの側にも身内の敵が――と、この先、再び嵐の予感であります。


『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎(原案))
 本編の合間を縫って描かれる本作、今回は小杉さん登場後――小杉さんが梅安と彦さんの二人をお気に入りの店に連れてくるというエピソード。この店、原作にも登場する鮒宗ですが、子供時代に浪々の身の父とともに極貧に喘いでいた小杉さんが、いかにも曰く有りげな鮒宗の主人に救われたという過去が描かれることになります。
 梅安と彦さんがひと目で鮒宗の主人が只者ではないと見抜く辺りもいいのですが、やはり印象に残るのは料理と、後は妙に可愛い子供時代の小杉さんでしょうか。今ではこんなゴツくなったのに……


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 水野家の御家騒動も行き着くところまで行き、ついに二胴部隊による拝郷家老襲撃という最終手段を使うに至った反お国替え派。家老の命は辛うじて守られたものの、警護の藩士に幾人もの犠牲が――むしろ全滅でなかっただけよかったと思いますが、しかし人死にが出るほどの御家騒動が(あと、無関係の人間を実験台にする殺人部隊を抱えているのも)明るみになれば、御家がタダでは済みません。
 かくてこの二胴の殺人部隊壊滅に向けた動きが進む中、佐内は敵の中核であり、かつて自分を襲撃してきた――そして何よりも父の仇と目される怪剣士・川越恭之介を抑える役目を依頼されるのでした。これにはもちろん佐内も異論はないどころか、立木野らの助勢を断り、一対一の勝負を望む気合いの入れようであります。

 と、そんなことを密談場所の船宿で、終始覚悟の決まりまくった据わった目で語る佐内に対して、他の舟は出払っているので待とう――と飲み会の帰りに巧妙に二人きりになろうとする奴みたいなことを言い出す相楽。いや、久松さんも一緒なのですが、そこで彼らは、佐内にこの仕事を依頼した理由――佐内の父と二胴の刺客の因縁と、それが佐内の剣客としての魂にどのように働くか、それを測っていたという事実を語るのでした。

 それにしても今回の相楽、頼りになる先輩というか兄貴分というか、いつもと違う――という感じですが(でも顔とか首とか触る必要ないよね……)、それに対して、彼も驚くほど覚悟が決まりまくった返事を佐内は返します。
 しかしもはや無関係などとはいえないほどこの件が、そして自分自身が満枝さんと関わっていることを自覚した佐内は、この先何を思うのでしょうか?
(少なくとも、自分が満枝さんを残して亡くなったら、また益子屋が余計なことしそうだしね……)


 やはり長くなりましたので次回に続きます(今回は二回に収めます……)


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2022.05.16

劇団☆新感線『神州無頼街』 幕末伝奇! 痛快バディvs最凶カップル、大激突!

 一昨年、新型コロナの影響で公演延期となった『神州無頼街』が、帰ってきました。富士の裾野に築かれた無頼の街を舞台に、クールな腕利きの医者と口八丁手八丁の口出し屋が、正体不明の侠客一家が目論む大陰謀に立ち向かう、幕末伝奇大活劇であります。

 時は幕末、所は清水湊――清水次郎長親分の快気祝いに名だたる親分衆が集まる中、突如現れた男・身堂蛇蝎。妻の麗波、息子の凶介、娘の揚羽を引き連れ、傍若無人に振る舞う蛇蝎に激昂する親分衆は、突如もがき苦しみだし、倒れていくのでした。。
 そこに駆けつけた町医者・秋津永流の手当で次郎長は助かったものの、親分衆は全滅。これ事態を引き起こしたのが、この国にいるはずのない毒蟲・蠍だと見抜いた永流は、蛇蝎に対してある疑いを抱くのでした。

 一方、清水湊をうろついては他人の事情に勝手に口を出し金をせびる「口出し屋」の草臥は、蛇蝎一家の凶介が自分の幼なじみ・甚五と瓜二つだったのに驚くのですが――向こうは草臥のことなど知らず、それどころか逆に刃を向けてくるではありませんか。
 蛇蝎一家を中心に次々と起こる奇怪な事件と不穏な動き――これに対して、永流と草臥は、蛇蝎を探るため、彼が築いたという富士山麓の無頼の街に向かうことを決意します。しかしそこで待ち受けていたものは、彼ら二人の隠された過去に繋がる謎と秘密の数々だったのであります。やがて二人は、この国を揺るがす蛇蝎一家の大陰謀と対峙することに……


 というわけで、42周年興行として上演の運びとなった『神州無頼街』。私も二年待ちましたが、無事観劇することができました。
 物語的には、「無茶苦茶強い正体不明の流れ者が、さらに強くて悪い奴の陰謀を叩き潰すために大暴れする」という、皆大好きなスタイルの本作。しかも今回は、その主人公が二人――つまりバディものなのが最大の魅力でしょう。

 一見クールながら心優しく、医者ながら武芸の腕も立つ永流(福士蒼汰)。そして口から先に生まれたようなお調子者ながら、やはりバカ強い草臥(宮野真守)。そんな二人が、それぞれ実に気持ちよさそうに、物語の中を飛び回ることになります。
 特に歌手としても活躍している宮野真守は、劇中歌の多くを実に気持ちよさそうに歌いまくり。元々歌も踊りもふんだんに投入されているのが劇団☆新感線ですが、今回は特にその度合いが大きかったように感じるのは、このムードメイカーの大活躍があってのことでしょう。

 そして忘れてはいけないのは、本作が時代伝奇ものであること。そもそもタイトルからして古き良き時代伝奇小説の証である(?)「神州」というワードを掲げているわけですが、幕末伝奇とくれば――という二大ネタがどちらも投入されているのがまず嬉しい。
 しかしそれはあくまでもいわば前フリであって、メインはさらにスケールの大きな、とんでもない展開が用意されていたのには、正直に申し上げて唖然としました。
(ちなみに「神州」らしくというべきか、ニヤリとさせられるような用語や場面も幾つか登場するのにも注目)

 しかし本作で最大のインパクトを感じさせるのは、主人公たちが挑む強敵――身堂蛇蝎と妻・麗波であることは間違いありません。
 死と暴力が人間の形をしているような、しかしどこか茶目っ気のある蛇蝎、そして彼を支える妖艶華麗な美女――では終わらない麗波と、強烈極まりないこの二人。そんなカップル好演/怪演/熱演する二人――新感線初登場の高嶋政宏と常連の松雪泰子に目を奪われました。

 特にこの二人こそが、上で触れたとんでもない展開の仕掛人なのですが――いやはや、これまで色々と時代伝奇ものを見てきましたが、ここまで凄まじいことを企んだ奴は見たことがありません。間違いなくいのうえ歌舞伎、いや新感線の舞台史上でも最凶最悪のカップルであることは間違いないでしょう。


 しかし正直なところ、この強烈すぎるカップルの前に、主人公たちの存在感がいささか薄れがちに感じられたのも事実。
 また――この辺りは内容の詳細に触れかねないためにぼかしますが――作中に登場した二つの「家族」の存在が、物語展開や主人公たち(というか草臥)とあまり有機的に結びついていないという印象もありました。

 そんな勿体無い部分はあったものの、本作が新感線の二年遅れのアニバーサリーイヤーに相応しい、ド派手でケレン味たっぷりの時代伝奇活劇であったことは間違いありません。
 特に主人公コンビはこの一作で終わるのはもったいない――彼らの痛快なバディぶりを、是非また見てみたいと心から思います。


関連サイト
公式サイト

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2022.05.15

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第18章の3「聖の思惑」 第18章の4「宿坊の夜」

 北から来た盲目の美少女修法師・百夜の活躍を描く『百夜・百鬼夜行帖』第十八章は、数奇な運命の下に神になろうとしている少女・むつを、百夜たちが津軽に送るまでの旅が描かれることになります。この第百四話・第百五話では、出羽と早池峰で奇妙な物語が展開します。

「聖の思惑」
 旅の途中、突然出羽国に行きたいと言い出したむつ。出羽三山は女人禁制であるものの、何やら気になることがあるというのですが――しかしその晩、出羽に向かう前に、むつと百夜の周囲に奇怪な現象が起きることになります。
 気がつけばいつの間にか修験者の服装となっており、刺激臭のある煙や、強烈な飢えと乾きに襲われる二人。さらに光る樹を伐り倒させられたり、天狗や餓鬼、巨大な骸骨と対峙することとなったりと、次々に理不尽な状況に放り込まれることに……

 百夜やむつ、二人の師の峻岳坊高星にもわからない、相手の正体とその目的とは?

 と、突然何処ともわからぬ異界に放り込まれた百夜とむつが、次々と正体不明の試練に直面することになる本作。現実世界の方でも二人が消えてしまい、残された高星たちは懸命に捜索に当たることになります。
 考えてみれば、百夜だけでなくその師である高星、そして半ば神になりつつあるむつと、今回の旅の顔ぶれは、超自然的な相手に対してはほとんど最強メンバー。それだけにこの三人であっても対処不能――というか、ただ受け容れるしかない相手の登場には驚かされます。

 しかしこの不可解な現象の意味と、それを起こした者の正体は、わかってみれば、なるほどと思わされるもの。現世の人間には理解し難いものの、異界の側から見れば一定の理があるという、いわば超自然的な合理性というべきものは、本シリーズではしばしば描かれてきましたが、本作にもそれがあります。

 終わってみればどこか民話的な味わいすらある本作ですが、普段はくそじじい的な顔を見せている高星がふと見せる、師としての顔も印象的なエピソードです。


「宿坊の夜」
 むつの希望で早池峰山詣でに向かった百夜一行が、麓の町で泊まることとなった、主のいない宿坊。ただならぬ気配を感じさせる、その宿坊に足を踏み入れた一行を迎えたのは、故郷に帰る旅の娘・しめ、行商人の為造、若い旅の僧の法稔の三人でした。

 そして百夜たちが修法師と知るや、恐ろしい体験を語り始めたしめ。この宿坊は空き家のはずなのに天井から子供の足音が響き、法稔の開けてくれという声に板戸を開けてみても、そこには誰もいなかったというのです。
 そして足音など不審な音は為造の耳にも聞こえ、怯える二人は法稔に妖怪ではと訴えるのですが――彼は狐狸妖怪の類は迷信にすぎないと断じ、経文を唱えることも拒否するのでした。

 そんなところにやってきたという百夜一行が。やがて夜も更けていく中、板戸が激しく叩かれ、法稔をはじめ、ここに集った人々の名を呼ぶ声が……

 雪の山荘ものと幽霊屋敷もののハイブリッドという印象の本作ですが、真相自体は百夜とむつがいる以上すぐに明らかになるものの、その真相に照らし合わせてみると、怪異の意味に納得させられるのは、なかなか恐ろしいものがあります。

 そしてそこから正体を現した怪異の描写もかなりグロテスクなのですが――しかし真に恐ろしいのは、この世の(そしてそれだけでなくあの世の)則に背を向け、他者の手を拒絶した者の末路でしょう。
 正直なところ、百夜たちは厳しすぎるのでは、という印象もあるのですが、逆に彼女たちですら救いようがないとすれば――これほど恐ろしいものはありません。


 しかし本筋には全く関係ないのですが、今回商売の関係で別行動だった左吉が、いなくてもほとんど全く支障がなかったのは……
(驚き役には久保田五郎右衛門がいるので)


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 「聖の思惑」 Amazon/ 「宿坊の夜」 Amazon

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 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の1『狐火鬼火』、第4章の2『片角の青鬼』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の3『わたつみの』、第4章の4『内侍所』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の5『白狐』、第4章の6『猿田毘古』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の1『三姉妹』 第5章の2『肉づきの面』 第5章の3『六道の辻』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の4『蛇精』 第5章の5『聖塚と三童子』 第5章の6『侘助の男』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の1『願いの手』 第6章の2『ちゃんちゃんこを着た猫』 第6章の3『潮の魔縁』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の4『四神の嘆き』 第6章の5『四十二人の侠客』 第6章の6『神無月』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の1『花桐』 第7章の2『玉菊灯籠の頃』 第7章の3『雁ヶ音長屋』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の4『青輪の龍』 第7章の5『於能碁呂の舞』 第7章の6『紅い牙』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の1『笑い榎』 第8章の2『俄雨』 第8章の3『引きずり幽霊』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の4『大川のみづち』 第8章の5『杲琵墅』 第8章の6『芝居正月』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の1『千駄木の辻刺し』 第9章の2『鋼の呪縛』 第9章の3『重陽の童』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の4『天気雨』 第9章の5『小豆洗い』 第9章の6『竜宮の使い』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の1『光り物』 第10章の2『大筆小筆』 第10章の3『波』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の4『瓢箪お化け』 第10章の5『駒ヶ岳の山賊』 第10章の6『首無し鬼』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第11章の1『紅い花弁』 第11章の2『桜色の勾玉』 第11章の3『駆ける童』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第11章の4『桑畑の翁』 第11章の5『異形の群(上)』 第11章の6『異形の群(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第12章の1『犬張子の夜』 第12章の2『梅一番』 第12章の3『還ってきた男(上)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第12章の4『還ってきた男(下)』 第12章の5『高野丸(上)』 第12章の6『高野丸(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第13章の1『百夜の霍乱』 第13章の2『溶けた黄金』 第13章の3『祈りの滝』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第13章の4『四十七羽の鴉』 第13章の5『錆』 第13章の6『あきらめ聖』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第14章の1『あぐろおう』 第14章の2『妖刀』 第14章の3『幽霊屋敷』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第14章の4『強請(上)』 第14章の5『強請(中)』 第14章の6『強請(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第15章の1『白い影(上)』 第15章の2『白い影(中)』 第15章の3『白い影(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第15章の4『水琴』 第15章の5『千鬼夜行』 第15章の6『三つ巴の戦い』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第16章の1『のざらし』 第16章の2『坊主に断られた回向』 第16章の3『百万遍』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第16章の4『鐵次』 第16章の5『白木村のなみ』 第16章の6『首くくり村』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 通算第100話記念特別長編『邪教の呪法』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第18章の1「渡裸の渡し」 第18章の2「九つの目の老人」

 ファー「冬の蝶」/中村茉莉子「花桐」 バラエティに富んだ漫画版『百夜・百鬼夜行帖』

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2022.05.14

辻灯子『帝都雪月花』『帝都雪月花 昭和怪異始末記』 おかしなコンビの妖怪騒動記

 昭和初期の帝都・東京を舞台に、おんぼろ道場の一人娘・和佳と飼い猫(実は猫又)の寅吉、そして自称妖怪退治屋の青年・秀真を中心に繰り広げられるコミカルな騒動を描く、四コマ漫画とショートコミックの二部作であります。

 まだ震災の爪痕も生々しく残る昭和二年のある日――東京の片隅でおんぼろ道場を営む瓜生家の娘・和佳は、ここ数日行方知れずの飼い猫・寅吉が、洋装の青年に頭から食われるという夢を見て目を覚まします。
 その後父と銀座に出かけた彼女は、そこで夢に現れた青年を目撃。神代秀真と名乗ったその青年は、寅吉の正体が猫又だったと明かし、自分の生業が妖怪退治だと語るのでした。

 この家には妖気が凝っていると告げ、住み込みで対応すると提案する秀真。かくして彼を間借人として置くことになった瓜生家ですが、妖怪騒動はその後も続き……


 という設定で展開するこの『帝都雪月花』シリーズ。じゃじゃ馬かつ締まり屋の和佳と、飄々とした毒舌家の秀真という主役コンビの設定は、普通の(?)妖怪もののように感じられるかもしれませんが、基本的に物語に漂うムードはかなり緩めで、どこか、いやかなりすっとぼけた味わいがあります。

 そもそも普通であればヒーロー役になりそうな秀真自身、妖怪なのか人間なのかちょっと得体の知れない青年。何しろ妖怪退治の方法というか、妖怪を捕らえてどうするのかと思えば、食べてしまう(!)というとんでもないヤツなのですから。(そのほかにも分身が勝手に外をほっつき歩いたり……)
 そんな秀真を前にしてもほとんど動ぜず、普通に(?)ツッコミを入れたり、妖怪よりも家の財政状況に血道を挙げる和佳もある意味ただものではないヒロインというべきでしょう。

 そんな和佳を守ろうとしつつも相手にされず、秀真からは食い物として狙われ――と、実は主人公二人に振り回される猫又の寅吉が一番常識人というシチュエーションも、何とも愉快であります。
 とはいえ、その寅吉自身が油の舐め過ぎで瓜生家の家計を圧迫している(和佳の頭痛の種になっている)のですが……
(もっとも本作では、貧乏なのに次から次へと曰く付きの骨董品に手を出して騒動を起こす和佳の父が、ダメ人間第一位でしょう)

 ちなみに冒頭に述べたとおり、本作の舞台は昭和二年。この時代ならではの事件(史実)そのものが物語の題材となることはありませんが、この時代ならではの風物・風俗がふんだんに背景に散りばめられているのは、なかなか魅力的であります。


 さて本シリーズは、冒頭で軽く触れたように一作目の『昭和余禄』が四コマ漫画、二作目の『昭和怪異始末記』が一話12ページのショートコミックという、いささか変則的な構成となっています。
 実のところ一作目については、ストーリー要素と四コマギャグの部分の食い合わせに今ひとつ部分もあったのですが、二作目はページに余裕があるためか、その辺りは比較的解消されていたかと思います。


 物語的には、作中にそれまで登場してこなかった和佳の母も顔を出して、いささか切ないながらも、まずは大団円を迎えた本作。
(ちなみに一作目の、和佳のフレンドリーファイアオチも愉快)

 最後まで和佳と秀真がほとんどイイ感じにならないというのもまた本作らしい感じで良く、深刻さというのとは縁遠い、肩の力を抜いて読める作品であります。


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2022.05.13

風野真知雄『いい湯じゃのう 三 ご落胤の真相』 大団円、誰が本当のご落胤?

 何故か登場人物と事件に「湯」「風呂」が絡む、ユニークな風野版天一坊事件の最終巻であります。吉宗がお忍びの銭湯入浴を満喫している一方で、暗躍する天一坊一味と、その正体を求めて東奔西走するお庭番コンビ。物語の三つの軸は、ついに江戸の銭湯で交錯し、思いもよらぬ真実が明らかに……

 とてつもない肩の凝りに悩まされた末、目安箱の一通の投書から、銭湯に興味を持った吉宗。すったもんだの末に江戸の富士乃湯に念願の入湯を果たした吉宗は、そこで様々な市井の事件に遭遇、探偵役を務めることになります。
 一方、その吉宗の御落胤と疑われる天一坊なる山伏の一党が江戸で何やら活動していることを知った幕閣は、天一坊が生まれた頃に吉宗が二人の女性と付き合っていたことを知り、湯煙の権蔵とあけびのお庭番コンビを紀州に派遣することに……


 と、吉宗(と幕閣と風呂屋の客たち)、権蔵とあけび、そして天一坊(というよりその腹心の山内伊賀亮)の主に三つの視点から展開していた本作ですが、この最終巻において、いよいよこの三つが一つにまとまることになります。

 不可解な吉宗の元恋人とその子供の足跡を追い、湯煙り仙人なる怪人の元にまで向かう御庭番コンビ。各地の名湯を潰したり揉み師を抹殺するなどして吉宗の肩凝りを進め、それを天一坊に治療させるのをきっかけに親子の名乗りを挙げさせようとする(冷静に考えるとスゴい企みだ……)伊賀亮。
 唯一、吉宗は相変わらず富士乃湯で常連の丈次や桃子とともに謎解きに興じたりしていたのですが――その一方で幕閣は天一坊の存在に頭を抱えていたのですが――しかしこの三者が、いや関係する登場人物全員が、奇しき因縁の糸に手繰り寄せられるように、富士乃湯に集結することになるのです。

 そしてこのドラマの中心になるのが、天一坊の存在――いや、吉宗のご落胤の存在であることは言うまでもありません。天一坊はさておくとして、上で触れたように本作においては天一坊の産まれる前に、吉宗が同時に二人の女性と付き合っていたのですから。
 というわけで、そこにはもう一人いるのでは? という疑問が当然浮かんでくるのですが……

 はたして本シリーズには、以前から明らかに怪しいキャラクターがいたのですが、さて彼も本当にご落胤なのか。いや、そもそも天一坊も本物のご落胤なのか? 本作最後の、そして最大の謎解きに、吉宗は挑むことになります。
 そしてその真実は――そっち!? と相当意外な結末で、いやはや、完全に裏をかかれました。(それがフェアかどうかは冒頭から読み返してみないとですが……)


 キャラクター総出演の謎解きの後には、クライマックスに相応しい大活劇もあり(ここでこのキャラがこの技を繰り出すか! という見せ場も嬉しい)、エンターテイメントとしていうことなしの本作。
 ユーモラスでペーソス溢れる人物造形も印象的――個人的には天一坊の父にまつわる描写に、強く作者らしさを感じました――で、ライトなミステリ味も含めて、作者らしさ満点の物語であったと感じます。

 正直なところ、意味有りげに登場したのに全く活躍しないキャラがいたり、メインと鳴るご落胤の謎解きがいささか早急に感じられたりと、もう少し分量があればと思う部分もあったのですが、新聞連載ということで難しい部分もあるのかもしれません。

 お庭番コンビの新たな冒険が予告されていたり、何よりも実に気持ちの良い結末であったりと十分楽しませていただいたこの最終巻。『いい湯じゃのう』、大団円であります。


『いい湯じゃのう 三 ご落胤の真相』(風野真知雄 PHP文芸文庫) Amazon

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2022.05.12

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』遼国篇3(その二) 梁山泊と「彼」 表裏一体の勝者と敗者

 『絵巻水滸伝』第二部の遼国篇最終巻の紹介の後編であります。梁山泊と遼国の戦いが決着した後に始まるドラマ――その主人公となる意外な人物とは?

 その人物の名は兀顔延寿。兀顔光の養子であり天寿公主の許婚である青年ですが――そのの正体は、あの曽頭市の五男・曽昇! ――といってもこの事実は第一部の時点で語られていたのですが、しかし彼の存在が、この遼国篇のラストでクローズアップされることになります。

 かつて女真の皇子(=曽弄)に略奪された契丹の公主を母として、漢土で生まれ、漢人として育てられた曽昇。しかし曽頭市は梁山泊に完敗した末に父と兄たちは全て落命し、唯一生き延びた彼は、曽頭市に雇われていた刺客・白骨猫に救われて北に逃れ――その末に兀顔光に拾われ、その養子となったという本作オリジナルの設定があります。
(白骨猫の去就に関して、今回の描写と第一部の描写とちょっと異なる部分があるのはさておき)

 様々な民族が関わる複雑なオリジンを持ち、一度は己の名前すら喪った兀顔延寿。そして今またもう一人の父を喪い、祖国の存在すら危うくなるという、あまりに悲劇的な運命を辿った彼ですが――しかしその姿は、実は梁山泊のそれと奇妙に重なるものがあります。

 生まれも育ちも、職業も身分も違う多用な出自の面々から構成された梁山泊。しかし彼らの集った地ももはやなく、今は招安され官軍という新たな立場となったものの、奸臣たちに睨まれている状況では、いつまた追われる身になるかもわかりません。
 勝者となった梁山泊と敗者となった兀顔延寿。しかし、多様なオリジンを持つ根無し草という点では表裏一体、両者の存在に大きな違いはないといえるでしょう。

 実はこの遼国篇の背景では、この運命から逃れるための呉用の企みが描かれてきました。中央から遠く離れた燕京を落として、監視の名目でそこに駐屯、契丹人を含む周辺の勢力を糾合して勢力を蓄える。奇しくも後周王家の末裔たる柴進がいることを考えれば、陳橋の変を再び起こし、梁山泊を国として打ち立てることも不可能ではないかもしれません。
(この点では、自分の国を求めて遼の乗っ取るための陰謀を張り巡らせた、この戦いの現況というべき慕容貴妃も、梁山泊に近い存在といえるかもしれません)

 兀顔延寿がようやく得た国を倒し、梁山泊が自分たちの国を造る――ここでも両者の皮肉な構図がありますが、しかし結末において、両者の運命は、再び変転するのです。
 全てを喪ったかに見えた中で、それでも残ったたった一つかけがえのないものを見つけ、そしてそれによって愛と自由を得た兀顔延寿。その一方で、宋と遼という国と国との力学の前に、呆気なく建国の野望が潰えた梁山泊……

 それこそ本作においても有数の、希望に満ちたハッピーエンドを迎えた兀顔延寿と、敗北感に文字通り膝を折った呉用と――その姿はあまりにも対照的に感じられます。
 そしてそこからは、招安された梁山泊に、そしてその彼らの戦いに、一体どのような意味があるのかを、改めて考えさせられるのであります。そしてこの先の梁山泊を待つ運命も……


 招安されても変わらぬ梁山泊の痛快な活躍を描きつつ、しかしその一方で、その戦いが本質的にこれまでのそれと違うことを示してみせたこの遼国篇――『絵巻水滸伝』ならではの優れたアレンジが施されたエピソードというべきでしょう。

 しかし、それでも梁山泊の戦いは続きます。この先に待つのは、ある意味梁山泊と同様の存在というべき田虎、そして王慶との戦い――「田虎・王慶篇」についても、近日中にご紹介いたします。


『絵巻水滸伝 第二部』遼国篇3(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon

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 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇3 絶体絶命、分断された梁山泊!
 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇4 立て好漢!! 明日なき総力戦!!
 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇5 集え! 「梁山泊」の下に!

 「絵巻水滸伝」第1巻 日本水滸伝一方の極、刊行開始
 「絵巻水滸伝」第2巻 正しきオレ水滸伝ここにあり
 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

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2022.05.11

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』遼国篇3(その一) 対遼国最終決戦! 陣と陣との大激突

 『絵巻水滸伝』第二部の二つ目の物語、遼国篇の最終巻であります。ついに燕雲十六州の中核たる燕京にまで迫った梁山泊軍。しかしその前に立ちふさがるのは、遼の守護神というべき大将軍・兀顔光――最強の敵による最強の陣に挑む梁山泊の運命は?

 遼国軍の大規模な南下に対し、招安後初の戦いを挑むこととなった梁山泊軍。緒戦から快進撃を続け、難攻不落を謳われた覇州も紆余曲折あったものの見事突破、最終目的地たる燕京も目前であります。

 が、ここで梁山泊軍は、太原を攻めていたはずの兀顔光将軍の大軍が――かつて梁山泊と意気投合した節度使・徐京を斃した上で――撤退、一転して燕京に向かっているという青天霹靂の報を受けることになります。
 実は、燕京で燕王を誑かした巫女・蕭輝(実は宋国を追放された妖女・慕容貴妃)が政を壟断、古参の大臣たちを粛清して我が物顔に振る舞っていることを、燕京から脱出した天寿公主が兀顔光に急報。それを受けて兀顔光は燕京に向かうことを即断したのです。

 遼最強の兀顔光が燕京に入れば、燕京攻略は俄然困難となる。いや、燕京攻略中に背後から兀顔光に挟撃されれば、一転窮地に陥る――そうなる前に燕京に急ぐ梁山泊軍ですが、もちろん遼側もそれを指を加えて見ているはずもありません。
 かくてこの巻の前半、第八十五回「迷路」では、先行する宋江隊を追う盧俊義隊が、遼の呪師・賀重宝とその一族が青石峪に作り出した八陣の迷宮に捕らわれ、絶体絶命の窮地に陥る様が描かれます。

 およそ正面からの激突であれば、いかなる強敵にもおさおさ引けを取らない梁山泊の豪傑たちですが、しかし妖術というある意味究極の搦手で来られては話は別。ここで豪傑たちが山中で迷い、散り散りになり、幻夢に悩まされる様は、衝撃的ですらあります。
 しかしそれでも朱武が、解珍・解宝が、白勝が、林冲が、それぞれの形で立ち上がり、妖術を打ち破る様は、まさしく梁山泊の豪傑ならではの痛快な展開といえるでしょう。

 特に林冲の場合、精神攻撃を受けても心に深く抱いたものがあって――というのはある意味定番のシチュエーションであるものの、彼の過去を考えれば、何とも粛然となると同時に、胸が熱くなるのです。
 その一方、命懸けで作中屈指の見せ場に挑んだ白勝は、意外と役立ち度合いが低いようにも感じられてしまうのですが……


 さて、巨大な罠をくぐり抜けて梁山泊軍が急行したにもかかわらず、それをさらに上回る速さで移動し、燕京に帰着した兀顔光。かくて遼国篇最終話である第八十六回「長城」では、梁山泊軍と兀顔光との最終決戦が繰り広げられることになります。

 遼国にその人ありと知られた兀顔光ですが、恐ろしいのはその強さが力押しだけでなく、正当な兵法に裏打ちされていること。そしてここでその兵法を象徴するのが、陣形の数々なのです。
 次から次へと変幻自在の陣形を繰り出す兀顔光(と息子の兀顔延寿)。しかしこちらにも陣形についてはマニアクラスの知識の持ち主・朱武がいます。この遼国側の陣形をひと目で見抜き、それに応じた陣を繰り出す様は、全編を通じて朱武の最大の見せ場というべきでしょう。

 しかしその朱武をしても驚倒させられるのは、かの諸葛亮孔明が編み出したという武侯八陣図の存在。これに対してついに全軍集結した梁山泊軍が九宮八卦陣で応じる様は、実に勇壮、痛快ですらあるのですが――しかし八陣図を打ち破ったかに見えたその中から更に、幻とも言われた伝説の太乙混天陣が出現するという展開には痺れます。
(原典ではこの陣の説明がちょっとクドすぎるのですが、その辺りはサラッと、しかし格好良く処理しているのもいい)

 百八星集結、招安後の水滸伝の展開を指して、戦争の連続で退屈という評はしばしば耳にします。しかし戦争の連続というのは事実としても、この兀顔光戦で描かれた陣形合戦は、そのケレン味といい勇壮さといい、格別なものがあると、改めて感じさせられました。


 しかしその秘術の応酬にも終わりの時がやってきます。その勝者がどちらであるか――それは言うまでもありませんが、敗者の側で、印象的なドラマが展開することになります。
 そのドラマの主人公となるのは――長くなりましたので、次回に続きます。


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2022.05.10

田中文雄『魔境のツタンカーメン 死人起こし』 少年王と地底都市に彷徨う女王の亡霊

 紀元前14世紀のエジプトを舞台に、凄腕の墓荒らしを主人公に描かれれる冒険活劇の第二弾であります。「死人起こし」の異名も今は昔、墓荒らしを引退したパキが、あのツタンカーメン王とともに、古代の女王の亡霊が彷徨う地底都市を舞台に再び冒険を繰り広げることになります。

 スメンクカラー王の死に端を発し、クレタ島でのミノタウロスとの対決にまで至った冒険から七年後――今は王室出入りの大商人となったパキ。既に墓荒らしからは足を洗ったパキですが、彼の下にかつての同業者が転がり込んできたことから物語は始まります。
 百数十年前に亡くなったハトシェプスト女王の葬祭殿に忍び込んだものの、その女王の亡霊と遭遇したと泡を食って逃げ出してきたその男を匿ったパキ。しかしパキの方も、持ち船の一つが原因不明のまま消息を絶ち、そちらの対応に追われていたのでした。

 船の航路を追って旅立ったパキですが、向かう先の地域で、動くスフィンクスが娘たちを攫っているという奇怪な噂を聞かされることになります。はたして途中立ち寄った港町で、パキたちはスフィンクスが町を襲撃する様を目撃するのですが――しかしそれが幻術と見抜いたパキは、騒ぎの中で引き寄せられるように水辺に向かった娘たちが、巨大なイモリに襲われている現場に遭遇するのでした。
 娘の一人を辛うじて救い、謎の敵を追って舟を出すも、激しい水流に巻き込まれた末に、浮島に辿り着いたパキたち。その前に現れた人物こそは、何とパキもよく知る少年王・ツタンカーメンその人――!


 と、ここまでが全体の四割程度ですが、かなりインパクトが大きい展開であります。前作も終盤はモンスターホラー的な色彩が強くありましたが、本作はこの滑り出しの部分から、動くスフィンクス、鰐ほどもある巨大なイモリや人間大のカエルと大盤振る舞い。
 そして極めつけがツタンカーメン登場! というわけで、タイトルの意味は、魔境にツタンカーメン的人物がいるのかと思いきや、本当に魔境にツタンカーメンが登場するのですから驚かされます。

 もちろん本来であればテーベにいるはずのツタンカーメンですが、この魔境にいたのは、謎の病に苦しむ王妃アンケセナーメンを救うため。以前より謎の神官・ラクダンバから、唯一この病を止める薬を以前より得ていたツタンカーメンですが、薬が残り少なくなったのにいてもたってもいられず、王宮に影武者を置いてきたというのです。
 その途中に船が沈み、ただ一人浮島に辿り着いたというツタンカーメン。しかしパキと出会ってほどなくして浮島も崩壊し、辛うじて何処かに流れ着いた二人は、謎の宮殿に迷い込むのでした。

 その宮殿がある地こそは、死んだはずのハトシェプスト女王が暮らす地底世界。そこで数々の怪異に遭遇しながらも、消えた自分の船の行方と脱出の方法を探るパキですが、しかし地底世界には想像を絶する秘密が……


 前作『迷宮の獣王』が、エジプト内を転々と移動した末に、クレタ島の地下迷宮が舞台になったのに比べれば、中盤以降の舞台は地底世界にほぼ限定され、地理的広がりは抑えめの本作。
 しかしその分、個々のエピソードや描写は掘り下げられ、歴史ホラーというべき独特の世界観がより明確になったと感じます。

 物語の視点も、前作の後半はパキから離れた部分もあって、その分彼の存在感が薄れてしまった感があるのに対し、本作ではほぼ彼の視点に集中しているのも好印象です。
(もっとも、クライマックスはスケールが広がりすぎて、パキは生き延びるのに精一杯となり、事態収拾の役に立ってない印象があるのは、これは前作同様ですが……)

 ただし、前作が古代エジプトとギリシャ(クレタ)を結びつけるという離れ業を見せたのに対し、本作は――こちらも実は他の文明・神話とのリンクが用意されているのですが――その部分については、少々地味に感じられないでもありません。
 もっともクライマックスには、これまでに登場した以上にとんでもない怪物が出現し、そこからさらに思いもよらぬカタストロフィーに展開していくため、地味という印象は全くないのですが……


 古代エジプトを舞台とした冒険ホラーという、日本ではかなり珍しい作品であったこの「死人起こし」二部作。もし第三作があったのであれば、ツタンカーメンの死とそれに伴う第18王朝末期の混乱が描かれたのではないかと感じますが、それは作者亡き後となっては、単なる夢想に過ぎないでしょう。

 何はともあれ「死人起こし」二部作、これにて大団円であります。


『魔境のツタンカーメン 死人起こし』(田中文雄 アドレナライズ) Amazon

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2022.05.09

細川忠孝『ツワモノガタリ』第1巻 格闘技漫画の手法で描く幕末最強決定戦開始!

 歴史上のある人物とある人物が戦った時、どちらが強いのか? あるいは、あの流派とこの流派とどちらが強いのか? というのは何時の世も大いに興味をそそられるものですが、本作はその幕末剣術版――新選組の強者たちが、これまで戦った中で最強の相手との戦いを語る剣術漫画の始まりであります。

 元治元年(1864年)のある晩――新選組屯所にて賑やかに飲み明かす近藤・原田・斎藤・山南・土方の面々。この面々に酒が入れば当然というべきか、真剣を抜いた斬り合いが始まりかねない剣呑な空気の中、近藤が座興に提案したのは、「この国において最強の剣客は誰か?」という議論でありました。

 かくて、これまで新選組が斬ってきた中で最も強かった相手について語ることになった場で、口火を切ったのは遅れてきた沖田。そして彼が挙げた名は、芹沢鴨……


 この物語の舞台となっているのは先に触れたとおり1864年、そのいつ頃かまではこの巻ではわかりませんが、池田屋事件や禁門の変が起きた、ある意味新選組の絶頂期ともいえる時期であります。
 そして芹沢が粛清されたのはその前年というわけで、まだ記憶に新しい――それも封印すべき記憶を持ち出されて、ここで一同がちょっとたじろぐのは可笑しいのですが、しかし沖田の対決した相手として、これ以上相応しい者がいないのは間違いないでしょう。

 というわけでこの第一巻では、一の段として「天然理心流 沖田総司 対 神道無念流 芹沢鴨」が全編に渡って描かれることとなります。ここでまず注目すべきは、この対決を描くに当たり、そこに至るまでの経緯はさらりと流し、ひたすらどちらが勝つか、剣戟バトルが繰り広げられるというその構成でしょう。

 そしてそのバトルの内容も、単純に沖田と芹沢という二人の強さ比べに留まらず、段のタイトルに冠されているように、それぞれの流派の特徴を踏まえて描かれる点が、本作の最大の特色であり魅力と感じます。
 そう、本作は、時代もの・歴史ものというよりも、格闘技ものの手法で描かれていると言ってもよいでしょう。

 考えてみれば、幕末という時期は、戦国から江戸時代初期と並ぶほど(フィクションにおいて)剣術が注目された時期であるにもかかわらず、流派ごとの剣術の内容に着目した作品は少なかったように感じます。
 それはおそらく、剣術の技術の上の勝敗よりも生き死にというさらに決定的な勝敗の基準があることと、そしてそれ以上に、戦いの理由が単純な強さ比べでなく、それぞれの主義主張にあるためではないかと感じます。

 それを本作は、可能な限り純度の高い剣術勝負として描いている点が、大いに面白く感じられたところです。(いかにも格闘技漫画らしいナレーションの多用には評価が分かれるかもしれませんが……)

 もちろん、剣術を用いるのが個々の人間である以上、そこにはその人間の個性や人生というものが表れるのは当然のことではあります。しかし本作はそれも流派の特徴と結びつけて描くのが実に面白い。そしてそれでいて漫画らしいケレン味もきっちり用意されているのが嬉しいところであります。

 特にこの巻の最大のクライマックスというべき沖田の三段突きの描写――このあまりに有名な技を描くのに、その内容・使用シチュエーションについて、ドラマチックな要素を残しつつも理詰めに描くことによって、「格闘技漫画の必殺技」感を生み出しているのがたまらないのです。


 そしてまた本作は、最近流行りの歴史(含む神話)上の最強バトルもののように、異世界やパラレルワールドが舞台ではなく、あくまでも幕末の史実を踏まえた物語である点にも、注目すべきでしょう。
 史実という現実の中で描くことによって、リアリティだけでなく、よりキャラ描写やドラマに魅力を与えることができる――そう信じている身としては、これは何よりも嬉しい点であります(そしてそれを担保しているのが山村竜也氏という万全の体制)。

 もっともこの点は、ややもすれば読者にニッチな印象を与えかねず、匙加減が難しいのかもしれませんが――この辺りは、二の段以降のマッチメイクにも期待というところでしょうか。


 ――と、ついつい気が早いことを書いてしまいましたが、実はこの第一巻の時点では、一の段はまだ決着に至っていません。
 沖田独自の必殺剣を以てしてもいまだ倒れぬ怪物・芹沢に、天然理心流の奥義は通じるのか? 猛烈に気になる場面で終わっているだけに、この続きを少しでも早く読みたいものです。


『ツワモノガタリ』第1巻(細川忠孝&山村竜也 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon

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2022.05.08

山崎峰水『くだんのピストル』弐 時代を打破する力に魅せられた二人の青年

 人の心を読み取る力を持つ少年・くだんを狂言回しとした獣人幕末時代漫画、二ヶ月連続刊行の単行本第二巻は、表紙の高杉晋作と、もう一人――岡田以蔵を中心に描かれることになります。剣術が時代に取り残されていく中、二人の青年はピストールの力に魅せられることに……

 桜田門外の変が起きた年、九州豊後の山中で一人剣を振るっていた岡田以蔵。藩命で武者修行にやってきた彼は、修行先の道場で相手を半殺しの目に遭わせ、一人山に入って獣相手に剣を磨いていたのです。
 しかし最後の相手に選んだ巨大なイノシシには剣が通じないどころか、剣を踏み折られ、絶体絶命となった以蔵。その彼を結果的に救ったのは、山の民の猟師たちの鉄砲――そして山の民たちと共に以蔵の前に現れたのは、あのくだんだったのです。


 主人公とも狂言回しともいうべきくだん以外、ほとんどのキャラクターが擬人化した犬として描かれる本作。その第二巻の前半に登場するのは、第一巻でもわずかに顔を見せていた岡田以蔵――ハイエナをモチーフとした顔が実に似合う(といっては申し訳ないのですが)青年剣士であります。

 しかし幕末四大人斬りの一人などと言われ、凄まじい剣の腕を披露する――特に豊後の道場での相手を叩き潰した後に文字通り獣のような表情を見せた場面、一度も触れさせずにスズメバチの群れを全て叩き落とす場面は印象的――以蔵ですが、しかし本作では意外な側面を見せることになります。

 それは己の剣の無力さを、そして銃の強さを知ること――如何に己が剣を持った相手には無敵であっても、飛び道具を前にしてはその技は無に等しい。以蔵はそのことをくだんとの出会いで以て痛感するのです。
 それは象山のようなテクノロジー志向からでも、くだんのようなどこか運命的なものでもなく、純粋に戦闘で勝利するためではありますが――しかし新たな力が自分に必要であることを直感してのものである点には変わりはありません。

 そしてもう一人、この巻でピストールの力に目覚め、求めるようになるのが、表紙の高杉晋作です。
 後年の狂的な人物のイメージとはいささか異なり、ダックスフンドがモチーフという、穏やかさを感じさせる本作の晋作ですが――この巻で描かれるのは、彼が往くべき道を見失い、彷徨う姿であります。

 象山の塾を離れた後に師事した吉田松陰はあっさり処刑され、操船術を学ぼうとすれば船酔い、剣術を極めようと思えば聖徳太子流の佐藤一(!)なる人物に一撃で敗れ――己の道に散々迷った晋作。
 しかし町でくだんの描いた猫絵を見たことで、自分の未来は銃とともにあることに気付き、松代で蟄居する佐久間象山のもとを訪ねることに……

 と、剣術の限界に気付き、ピストールの力を求めるようになる二人の若者。冒頭の桜田門外の変で描かれているように、剣術が既存の武士階級を――彼らが支配する時代を象徴しているとすれば、ピストールはそれを打破する新たな力の象徴だといえるでしょう。
 しかしそれが真実なのか。仮に真実だとして、その力は彼らに与えられるのか、そして彼らが旧来の力の打破を成し遂げることができるのか――それはこの先描かれることになるのでしょう。


 そして現時点でもう一人、ピストールを求める者が本作にはいます。それは言うまでもなくくだんその人ですが――この巻のラストではふたたび彼に物語の焦点が移り、コロリの大流行で死の街となった江戸に戻ってきたくだんの姿が描かれることとなります。
(前巻で松陰と行動を共にした後のことが描かれなかったのは、ちょっと意外でしたが……)

 この江戸の姿に不気味な既視感があるのにはさておき、奇妙なすたすた坊主――これがまた素顔を隠しているだけにものすごく曰く有りげに感じられる――と行動することとなったくだん。
 人の(心の)声を聞く力で以て、その名のとおりの不吉な予言を行ってみせるくだんが求めるものは――コロリ以上に不気味な病が流行を始める中、物語は東禅寺事件へと繋がっていくことを予告して続くことになります。


『くだんのピストル』弐(山崎峰水&大塚英志 KADOKAWA角川コミックス・エース) Amazon

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2022.05.07

和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第7巻(その二) いま描かれる明治の「新選組」の姿

 札幌で斬奸と称した人斬りを繰り返す劍客兵器に挑む斎藤一と永倉新八、そして阿部十郎を中心に描かれる「札幌新選組哀歌」編を収録した第7巻の紹介の続きであります。この北海道編で描かれる、斎藤の、新選組隊士たちの姿とは……

 思えば『るろうに剣心』という作品は、無印の頃から、これまでいかにも少年漫画らしい派手なアクションと物語を描きつつも、その背後に、幕末という時代を生き、そこで様々なものを背負った者たちの姿を描いてきました。そしてここでは、明治の「新選組」を、このアプローチで描いているといえます。

 新選組隊士といえば、本作ではもちろん斎藤がその立場を代表してきました。のでしかし実は彼の場合、既に完成されたキャラとして、作中ではほとんど掘り下げられてこなかった――というよりお馴染みの「悪・即・斬」で済まされてきた感があります。
(ちなみにこの巻でこのワードを、バカじゃねえのと言わんばかりに嫌みったらしく持ち出す阿部十郎の姿が実にイイ)

 幕末から明治に至る今まで変わらず、「悪・即・斬」を貫いてきた斎藤。しかし本当に彼の斬ってきた者全てが悪だったのか? 彼に対立する立場にあった剣心がそれに悩み、償いのために心身を削ってきた一方で、彼はほとんどぶれることなくその道を貫いてきました。
 しかしそれは本当に間違いのない道だったのか? この巻では、それが御陵衛士との決戦――油小路の変をかなりのページを割いて描く中で、問いかけ直されることになります。主義主張は異なるとはいえ、かつての同志が、友が切り結んだこの戦いは、迷いなき存在に見えた斎藤や、飄々と過去を受け流してきた永倉が今なお背負い続けるものとして描かれるのです。

 そしてその戦いでの「敵」であり、敗者となった阿部たち御陵衛士にとっても、この戦いは消せない痛みであることは間違いないのですが……


 と、そんな重いものを内包しながらも、この油小路の変で御陵衛士側の守護神ともいうべき二刀流の服部武雄が、敵味方他の面子が普通の格好をしている中で一人半裸バトルスーツで出現、ヌンヌンヌンと二刀を振り回して奮戦する――そしてそれがまた実に名勝負というべきものとなっているのが実に本作らしいというべきでしょう。

 そしてこの巻の終盤、ついに陰に潜むのを止めて真正面から虐殺を始めた雹辺に、山県有朋直属部隊(!)の面白集団戦法といい――ケレン味溢れるキャラとアクションが次々と投入されてくる辺り、とにかく求められているものをきっちり理解した上で、それを期待以上のクオリティで描いてみせる業には舌を巻きます。
 もちろんそれは無印の時点でも行われていたことではありますが、この北海道編では、そこにキャラクター個々人のドラマを絡めた上で描いてみせる印象があり、確実に作品として進歩していると感じるのです。

 そしてその頂点が、この巻のラストで描かれる阿部十郎の姿でしょう。その想像を絶する(いや、彼が登場した時にここまでやると予想した人間は皆無でしょう。さすがの斎藤と永倉を瞠目させたその凄まじさを思うべし)アクションもさることながら、ここでこれまで阿部が幕末以来抱えてきた様々な想いが一気に爆発するのには、ただただ唸るしかないのであります。

 はたして阿部の想いは雹辺双に、そして斎藤と永倉に勝ることができるのか!? そして阿部が新選組史に名を残すこととなったあの言葉はどのようなシチュエーションで語られるのか?(語られないということはないと信じています)。
 全く予想していなかったところで思わぬところで盛り上がりまくる本作、この先の展開にももう期待しかありません。


『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第7巻(和月伸宏&黒碕薫 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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2022.05.06

和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第7巻(その一) 札幌で斎藤・永倉を待つ者、その名は――

 大波乱の小樽編が終わったるろ剣北海道編、この巻では札幌での斎藤一&永倉新八という、新選組最強チームが主役を務める「札幌新選組哀歌」編が展開することになります。官吏ばかりを狙う二刀流の剣鬼に挑むのは、この二人と――明治の世に生き残った「新選組」の姿が描かれることになります。

 剣心たちの(というか雅桐倫倶の)奮戦により小樽での実検戦闘の被害が最小限で終わった一方、札幌で「斬奸」を掲げて次々と官吏を血祭りに挙げる劍客兵器部隊将・雹辺双を追うことになった斎藤と永倉。
 この姿なき敵に対し、官吏を囮として自分たちが護衛につくという作戦を提案した二人ですが、それに対して札幌県庁が用意した囮役こそは、彼にとって因縁深い人物――その名は阿部十郎!

 と言っても、知名度という点では、決して阿部十郎の知名度は高くないでしょう。簡単にいえば彼は新選組の砲術師範にして、あの御陵衛士の一人――油小路の血戦を生き残って伏見での近藤狙撃に参加、その後は薩摩方に付き、明治時代は官吏となり、北海道開拓使等に奉職した人物です。
 この阿部、二度に渡って「新選組」と戦った経歴や、赤報隊への参加の事実(といっても相楽の一番隊ではなく二番隊なので左之助とはニアミスですが)、そしてもう一つ、ある有名な言葉なども含め、考えてみれば本作に登場していなかったのが、不思議なくらいの人物と感じます。

 その阿部ですが――本作での描写は、鋭い目に気障とすら感じられるような細い口髭と顎髭、そして洋装に身を固めた、見るからに狷介固陋な人物。そしてその印象通り、斎藤と永倉に対しても全く物怖じすることなく、上から目線で接するという、ある意味根性の入った男であります。(というか純粋に阿部が最年長という衝撃の事実)
 もちろん、阿部にとって御陵衛士の仲間たちを血祭りにあげた(斎藤に至っては獅子身中の虫であった)彼らは不倶戴天の敵、親しく接するはずもないのですが……

 しかし考えてみればこの囮という任務、阿部にとっては命懸けである上に、その命をこの不倶戴天の敵たちに託さなければならないという、ある意味理不尽極まりない状態であります。それでも阿部は黙々とこの囮を務めるのですが――しかし彼らの行動も虚しく、劍客兵器の魔手は別の官吏たちを次々と血祭りに挙げていくことになります。

 そこで斎藤は阿部の内通を疑い、栄次に監視を命じるのですが、その中で栄次が見たものは……


 冒頭で触れたように、「札幌新選組哀歌」のサブタイトルが冠されたこの巻収録のエピソード。これだけ見れば、斎藤と永倉の姿が描かれるものと考えてしまいますが――もちろんそれも間違いではないものの、描かれるのは彼らだけではありません。

 実は阿部十郎のほかにも、この巻では元新選組隊士たちが登場することになります。同じく元御陵衛士として多くの行動を共にした加納鷲雄、一時期永倉と行動を共にした前野五郎――今送っている暮らし、そしてそこに至るまでの経緯は全く異なれど、明治の北海道に集った新選組隊士なのです。
 そう、ここで描かれるのは、斎藤と永倉を含め、明治の世に生き残った、生き残ってしまった新選組隊士たちの姿なのであります。
(ここで暖かい一家を設けた阿部の姿を見届けるのが、かつてそれを失った栄次というシチュエーションが素晴らしい)


 そして――何だか語っているうちに止まらなくなってきたので次回に続きます。


『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第7巻(和月伸宏&黒碕薫 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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2022.05.05

小島環『唐国の検屍乙女』 少女は事件現場で自分を見出す

 デビュー以来、中国を舞台とした歴史ものを発表してきた作者の新作は、北宋を舞台に医学を修めた少女・許紅花と、変人美少年・高九曜のバディが奔走するミステリであります。戦場から心身の傷を負って帰ってきた紅花は、妓楼での検屍を引き受けたことがきっかけで思いもよらぬ冒険に飛び込むことに……

 1042年の北宋は開封で、実家に引き籠っていた紅花。医者一家に生まれて自分も医学と武術を修めた彼女は、名医と謳われた父とともに、二年前から西夏戦線に従軍していたのですが――そこで父を庇って負傷、右手に震えが生じるようになり、もう治療はできないと、人生に絶望していたのです。
 そんなある日、依頼で妓院での検屍に行っていた姉が、憤然として帰ってきたのを知った紅花。「髑髏真君」なる人物に言いがかりをつけられたと憤る姉に代わり、検屍を行うことになった紅花ですが――妓楼で見たものは、髑髏を小脇に抱え、役人たちに罵詈雑言を喚き散らす美少年・九曜の姿でした。

 そして紅花が検屍することになったのは、江湖随一と謳われた名妓・蛍火の死体。役人たちは事故による死と結論づけていたのに対し、殺人と判断した九曜の傲岸不遜な九曜の態度に戸惑う紅花ですが――しかし自分も同じ殺人という結論にたどり着くのでした。
 それがきっかけで互いに興味を持ち、事件解決のために共に行動することになった紅花と九曜。そして調査を進める中、何者かのメッセージが届き、二人は同様の手口の事件が起きているという後宮に潜入することに……


 これまで、基本的に中華「風」ではなく、実際の中国史を題材とした作品を描いてきた作者。本作もまたその例に漏れず、北宋とその西北に位置する西夏との戦いが、物語の背景となります。
 そもそもこの西夏との戦いで紅花が負傷、後遺症で医師の道を断念したことが物語の発端ですし、最初の殺人の被害者である蛍火は西夏の出身、そして後宮での事件も――と、この時代ならではのものであるのが印象に残ります。(個人的には、「アフガニスタンに行っておられましたね」がこうなるのかと感心しました)

 そんな歴史ものとしての背景を持つ本作ですが、物語のスタイルは、バディもののミステリというべきでしょう。
 本作における九曜と紅花のコンビ――天才ながら傲岸不遜、奇矯極まりない高機能社会不適合者の探偵役と、その相棒である常識人(の医師)というのは、これは定番中の定番のスタイルにも見えます。しかし本作のユニークな点は、紅花も九曜に負けない観察眼の持ち主として描かれていることでしょう。

 そう、少なくとも検屍という点では、紅花は九曜に劣らぬ腕と眼の持ち主であり、そして自分の見たものを、先入観に囚われず客観的に判断するだけの知性を持っているのです。それだからこそ他者を基本的に自分より下の存在と見做す九曜も彼女に興味を持ち、半ば(いや八割方)強引に相棒として事件に引っ張り込むことになるのであります。


 しかし本作の最大の魅力は、そんな九曜との冒険の中で、紅花が自分自身を見つめ直し、そして本当の自分自身として立ち上がる姿を描く点にあると感じます。

 これまで述べてきたように、戦場での負傷で医者としての道を断念せざるを得なかった紅花。しかし彼女にとって医師の道は――特に従軍してのそれは――父も母も姉も携わる家業であると同時に、女性である自分が自分自身の足で立つための、自己実現の手段でもあったといえます。
 それが喪われるということは、彼女にとっては自分が自分として生きることができなくなるということであり、自分の価値が(彼女の中では)無になったということにほかならないのですから。(それを裏付けるような、父親の弟子であるイケメン・劉天佑の初対面時の態度がキツい)

 しかし彼女は九曜との出会いによって、自分自身の新たな才能を見出すことになります。それが彼女にとってどれだけの支えと救いになったか――それは言うまでもないでしょう。だからこそ彼女と九曜の冒険は、どれだけ危険と隣り合わせであろうとも、どこか胸踊る感覚と、爽やかさがあるのです。

 が、それに加えて、彼女自身も気づかなかったような彼女自身の真実が、九曜によって顕わになるのもまたユニークな点なのですが――なるほど、本作の帯の「私もあなたに暴かれていく」とはよく言ったものだと感心します。


 正直なところ、人物配置や物語展開(特にクライマックス)に強い既視感がある点には戸惑ってしまうのですが、この先のコンビの冒険を見てみたいと思わされることは間違いない作品であります。


『唐国の検屍乙女』(小島環 講談社タイガ) Amazon

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2022.05.04

6月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 今年ももう1/3が過ぎてしまったという事実に愕然としている間にゴールデンウィークが始まり、5月もあっという間に終わりそうな勢いです。来月は祝日がない月というだけで挫けそうですが、せめて新刊に希望を託したい――というわけで6月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 と、希望を託すと言っておいてなんですが、実はかなり発売点数が少ない6月。文庫新刊では、ある意味里帰り感のある作者の『ねなしぐさ 平賀源内の殺人』(乾緑郎 宝島社文庫)くらいではないでしょうか。
 一方、文庫化・再刊では、『黒武御神火御殿 三島屋変調百物語六之続』(宮部みゆき KADOKAWA角川文庫)のほか、おそらく徳間の復刊レーベルからいま出さずにいつ出すという気もするアイヌ・幕末・西部伝奇『カムイの剣』第1巻(仮)(矢野徹 徳間文庫)が刊行。またヨコジュンの中村春吉シリーズ最後の一冊、『日露戦争秘話 西郷隆盛を救出せよ』(横田順彌 竹書房文庫)もついに登場です。
 そのほか、『化物蝋燭』(木内昇 朝日新聞出版朝日文庫)、『おらんだ左近(仮)』(柴田錬三郎 集英社文庫)、『時代小説 ザ・ベスト2022(仮)』(日本文藝家協会 集英社文庫)などがあります。

 しかし個人的にイチオシは、安史の乱を背景に大切な人を喪った兄妹の数奇な運命を描く『震雷の人』(千葉ともこ 文春文庫)――既にオープンになっているように、私が解説を担当しているから言うわけではありませんが(いやそれもものすごくありますが)、単行本版から相当量の加筆修正が行われた本作、より胸に刺さる内容となっておりますので、ぜひご覧いただければと思います。


 そして漫画の方ですが、残念ながらかなり点数はさらに少ないというのが正直なところ。
 五稜郭決戦から地獄行き列車突入の『ゴールデンカムイ』第30巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス)、地獄展開と野球編という振り幅がありすぎる『カムヤライド』第7巻(久正人 リイド社乱コミックス)のほかは、『逃げ上手の若君』第6巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス)、『柳生裸真剣』第2巻(永井豪とダイナミックプロ 小学館ビッグ コミックス〔スペシャル〕)、『青のミブロ』第3巻(安田剛士 講談社コミックス)、『MAO』第13巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス)あたりが目につくくらいです。

 また、武侠ものとしては、『剣仙ヒョウ局 ケンセンヒョウキョク』第1巻(真じろう&深見真 スクウェア・エニックスビッグガンガンコミックス)が、舞台こそ架空の中華風世界ではありますが、原作者が原作者だけに気になるところです。


 というわけで5月から打って変わって点数が少ない6月、過去作も投入して頑張りたいと思います……


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2022.05.03

岩崎陽子『無頼 魔都覚醒』第1巻 天海外法陣! 水晶髑髏! 第二シリーズスタート

 岩崎陽子が斎藤一を主人公に描く新選組漫画『無頼』の第二シリーズの第一巻であります。物語のテイストは第一シリーズの冒頭にグッと近づき、斎藤と沖田は、謎の天海外法陣と水晶髑髏を巡る争いに巻き込まれることになります。京都の封印が解かれる時、はたして何が起きるというのか……

 芹沢鴨の粛清など紆余曲折を経つつも、近藤勇の元に団結した新選組。その名を慕って様々な者たちが集まりつつある一方で、隊としては具体的な成果を挙げることができず、隊士の間には徐々に不安が広がりつつありました。が、そこに奇怪な噂が次々と飛び込んでくることになります。
 相次ぐ新選組の怪我人の陰の呪詛、薪炭商・桝屋の周りで目撃されたという蝙蝠男、屯所近くの空き家で目撃された怪火――いずれの噂にも疑いの目を向けながらも、浪士が潜んでいてはと、件の空き家に調査に向かった斎藤は、そこで蝙蝠を思わせる黒い西洋服をまとった男と出会うのでした。

 そんな中、市内で密偵を行っていた最中に「京都封じ」「天海外法陣」という謎の言葉を聞きつけてきた山崎。一方斎藤は、謎の水晶でできた髑髏を手に逃走した浪士を追うも、浪士は行く手に現れた謎の武士に斬られるのですが――謎の武士の素顔が、自分のよく見知った相手であったことに、大きな衝撃を受けるのでした。

 そして斎藤と沖田の前にあの水晶髑髏片手に現れた西洋服の男――平賀は、二人に自分の手伝いをするように呼びかけ……


 新選組版Xファイルといった赴きで、超常現象や伝奇的要素をふんだんに取り入れてスタートした前作『無頼 BURAI』。しかし物語が進むに連れて、そうした要素はフェードアウトし、歴史ものとしての顔が全面に押し出されることとなりました。
 もちろんそれはそれで斎藤と沖田の絆など、本作ならではの要素を、作者ならではの美麗な画で読むことができたので不満はないのですが、やはり(私のような人間には)一抹の寂しさがあったのは事実であります。

 さて、前作は芹沢鴨の粛清(と、それに対する斎藤の屈託とその解消)を描いて終わりましたが、もちろん新選組にとってそれはあくまでも最初の一区切りにすぎません。
 かくて本作ではその後の新選組が描かれるのですが――これが副題に示されているように、嬉しいことにこれまで以上に伝奇色濃厚な内容なのです。

 謎の黒マントの医師・平賀深雪、京都封じの天海外法陣、その鍵となる謎の水晶髑髏、斎藤の隠された出自――と、もう嬉しくなってしまうようなガジェットと展開が目白押し。さらに新たな宿敵としてあの幕末四大人斬りの一人・河上彦斎(もちろん白皙の美形)が登場、沖田と激突するのですからたまらないのです。

 もちろん新選組要素についても言うまでもありません。この巻の舞台となっているのは、芹沢粛清から池田屋事件までのある意味大きな事件がなかった時期。その時期特有の隊士たちの倦怠や動揺を物語に取り込むことにより、土方の言葉を借りればまだ馬のホネだった新選組の姿を、ここでは巧みに浮き彫りにしていると感じます。

 もちろんそんな時期だからといって、怪しげな天海の京都封じ探しに斎藤たちが巻き込まれるのは飛躍した展開にも見えるのですが、そこにきっちり伝奇的エクスキューズが入っているのも嬉しいところであります。
 そして物語のクライマックスにおいて、ついにその妖異極まりない姿を顕わにした封印の門。その封印が――という展開も、ビジュアルも相まって非常に印象的な名場面と感じます。


 その一方で、あの「桝屋」が登場したり、長州浪士たちが怪しげな動きを見せていたりと、この後の展開の準備も着々と進められているこの巻(そして沖田の体調も……)。
 いよいよ次巻では池田屋事件が描かれ、この『無頼』という物語の一つのクライマックスを迎えるのですが――そちらについてはまた次の機会に。

(そしてまあ、次巻が最終巻ではあるのですが……)


『無頼 魔都覚醒』第1巻(岩崎陽子 ナンバーナイン) Amazon

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2022.05.02

松浦だるま『太陽と月の鋼』第4巻 師たる「天狗」が語る「敵」の過去

 愛する妻・月を巡り、奇怪な通力を操る者たちとの戦いの渦に巻き込まれた武士・竜土鋼之助の物語――最新巻では彼と月との生活を壊した「敵」というべき土御門晴雄の過去が、その師というべき者の口から語られることになります。晴雄が秘めた恐るべき通力とは、そして彼の求めるものとは……

 奇怪な術者によって妻・月を奪われ、未来を見る通力を持つ旅の巫女・明の助けを借りて、月を追って旅立った鋼之助。しかし市井の占い師や芸人たちが次々と襲いかかる中、逃げるように江戸を飛び出した二人は、小塚原刑場でさらに恐るべき敵と遭遇します。
 その敵――あらゆる虫を操る女・斑の攻撃に苦しめられる中、月を護るために金属を操るという通力に目覚めた彼は、辛くも斑を撃破するも、力を使い果たして倒れることになります。それを助けた明も自分の通力が暴走したところを、二人組の売卜に救われ……

 と、未来を見通す通力を発現させた明が、「現代」を目撃するという印象的な場面で終わった前巻ですが、しかしこれは人の身には過ぎたる力。あまりの情報量ゆえか、壊れかけた彼女の心を救ったのは、売卜たちの師匠と呼ばれる存在――人の身ながらどこか天狗めいた印象を与える一人の男でした。
 その男の名は、高山嘉津間……

 ときて、おおっ! と身を乗り出す方は、あまり多くないかもしれません。高山嘉津間とは、またの名を寅吉――天狗小僧寅吉と呼ばれ、平田篤胤がその言葉を聞き書きした『仙境異聞』は、数年前に話題になりましたので、こちらはご存知の方も多いと思います。
 幼い頃に神仙(天狗)に伴われて山中で修行、異界などに赴き、帰ってきたという寅吉。高山嘉津間というのは、彼が師から与えられた、いわば天狗としての名であります。(ちなみに本作の嘉津間には、『仙境異聞』の挿絵の面影があるのも楽しい)

 さて、この嘉津間に救われた鋼之助と明は、嘉津間が壺中天と称する壺の穴を通じて、常陸にある結界の中の彼の隠れ家に誘われることになります。そこで二人は、嘉津間から「敵」である土御門晴雄の過去とその力を聞かされることに……


 というわけで、実にこの巻のメインとなるのは、嘉津間と晴雄の物語であります。
 晴雄の父であり陰陽頭である・晴親に招かれ、京の土御門家を訪れた嘉津間。彼がそこで見たものは、己の強すぎる通力を暴走させて苦しむ気弱な少年・晴雄の姿でありました。晴親の依頼で、晴雄にその力との向き合い方を教えることとなった嘉津間は、晴雄を常陸の岩間山に誘うことになります。

 これまで、わずかな場面で描かれた晴雄は、十代半ば(ちなみに今回、嘉津間の語りによって設定年代が明らかに)という若さながら、ひどく落ち着いた、得体のしれぬ器の大きさを感じさせた人物。一方、ここで描かれる彼の姿は、その数年前とはいえ、年相応というにはいささか幼すぎるものがあります。
 その間を繋ぐものが、ここで嘉津間の口から語られるのですが――しかしこの巻から垣間見えるのは、己の強すぎる力に戸惑い、周囲からの疎外感を感じつつも、自分と同様に(そして嘉津間もかつてそうであったように)疎外される通力を持った人々にとっての「星空」でありたいと望む、純粋な少年の姿なのです。

 その姿たるや、同様の経験を持つ明が「ついつい晴雄さまの肩を持っちまうなあ」と語るほどなのですが――しかし彼の元服が近付くにつれて、晴雄の行動には不審なものが現れ、嘉津間を戸惑わせることとなります。
 はたしてその背後にあるものは何か? それはまだわかりませんが、この巻でほのめかされるのは、かつて晴雄が施したという泰山府君の法が絡んでいるということ。この法は確か……


 と、鋼之助たちはほとんど聞き役に回っていたこの巻ですが、もう一つ描かれることとなったのは、月の秘めた恐るべき力の正体であります。今は鋼之助の命を人質のようにして、晴雄の腹心・夜刀川に伴われ、「各地の」殺生石を巡ることを強いられている彼女ですが、そこで命じられた殺生石の封印を解くとは……

 その中で描かれる彼女の力とそれが齎すものには、まさか!? と驚くほかないのですが、しかしそれ以上に謎なのははたして殺生石を解くことが、晴雄の目的と一体どのように繋がるのか、ということでしょう。

 何はともあれ、月と、ある意味それと正反対の力である明と、晴雄と――月と太陽そして星、はたしてその繋がりはこの先どのような形で描かれることになるのか。そしてその中で鋼之助はどのような役割を果たすのか?
 謎だらけで始まった物語は、ようやくその真の姿を見せ始めたように感じられます。


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2022.05.01

輪渡颯介『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(その二) 皆塵堂総力戦、シリーズ最高傑作誕生!?

 復活を遂げた『古道具屋 皆塵堂』シリーズ、その復活後第二作、通算第九作の紹介の続きであります。茂蔵が開けてしまった祠の中の箱から現れたのは、深い恨みの籠もった女性の黒髪。はたしてその怨念を止めることができるのか……

 というわけで、三十年前に備前屋によって全てを奪われた末に亡くなったお此の怨念の籠もった黒髪の行方を追うことになった茂蔵と皆塵堂の面々。
 以降、茂蔵が巳之助、太一郎とともに古道具屋を回る中、太一郎が髪の気配を察知するも――という「髪絡み」、箱を手に入れた呉服屋から箱をもらう代わりに、茂蔵たちが死神に憑かれたという若旦那を助ける羽目になる「死神憑き」、峰吉と二人箱を追う中でついに箱を見つけた茂蔵(と読者)がとてつもない恐怖に遭遇する「髪つき首」、そしてお此が狙う三人目の行方と、全ての怨念の結末が描かれる「花の祠」と、物語は展開していくことになります。

 先に述べたように本作の背景となっているのは非常に胸糞案件ではありますが、それでもきっちりと笑わしてくれるのが本作です。
 どんどん増えていく巳之助の長屋の猫ですとか、茂蔵が目指す「もう一段上の遊び人」といった小ネタだけでなく、「死神憑き」で若旦那に生きる気力が湧くような物を持ち寄ったら大惨事が――という展開は、重くなりがちな本作でも随一の清涼剤というべき内容であったと思います。
(しかしこの若旦那、キャラが妙に立っていて、またシリーズに再登場しそうな……)

 しかし本作で最も凄まじいギャグは、その胸糞案件を聞いている最中の巳之助たちの怒りを描くくだりでしょう。思わず読者も共感してしまうその怒りの大きさを描きつつ、同時に何ともいえぬ脱力感とおかしみを産み出す――一歩間違えれば雰囲気を壊しかねないところに、絶妙のさじ加減で描かれるこの場面には、真剣に唸らされました。


 さて――そんな相変わらずの楽しさもある本作ですが、もちろん中心にあるのは、怨霊による殺人を食い止めるという、非常にシリアスな事態であります。
 しかしここには大きなジレンマがあります。お此の髪に狙われているのは、そうされても仕方がない(そして法ではその悪業を裁けない)ような連中ばかり。確かに無関係な人間の被害は避けなければなりませんが、復讐そのものは放っておいてよいのでは――正直なところ、そんな気持ちにもなります。

 基本的に本シリーズの登場人物はその辺りにはドライなのですが、しかしそんな中で、(実害がありそうな)茂蔵とともに太一郎は積極的に髪を追って動くことになります。
 記念すべき本シリーズ初の主人公にして、作中最強の霊能者である太一郎――作中でも彼がいなければ解決できない事態が多数あった太一郎は、本作でもその力を遺憾なく発揮。お此の髪の在処を察知して、率先して動くのです。

 シリーズにおいてはその能力とは反比例して、一番常識人な印象のある太一郎。なるほど彼であれば背景はともかく、これ以上の犠牲者が出る前に動こうとするだろうな、と納得できます。
 が、その一方で、その能力が強力過ぎて、この人一人いればいいんじゃないのかな、と思ってしまうのも――これは本作に限ったことではなく、シリーズ全体に共通する点なのですが――事実ではあります。

 本作には、そんな二つのどこか釈然としない想いもあったのですが――しかしその詳細は述べられないものの、本作においてはこれらの点はきっちり解消される、とだけは申し上げたいと思います。
 本シリーズの、そしてこれまた作者の作品全体のもう一つの特徴は、超自然の怪異を描きつつも、そこに合理的なミステリとしての趣向を必ず入れ込む点ですが――本作におけるそれは、まさにこの点にあったのか!? とすら思わされる、見事な展開だと、つくづく感じ入った次第です。


 そしてシリーズ的にも、いつも毒舌を吐きながら店から動くことがなかった小僧の峰吉が(主人の伊平次がフラフラ出かけちゃうもんだから)ついに出馬することになったり、その伊平次が実に良い感じに存在感を見せたりと、総力戦の印象もある本作。
 個性的なキャラクターたちによるユーモアと、真剣に恐ろしい怨霊が引き起こす恐怖、そして物語の真実を巡るミステリ――本シリーズの持ち味が十二分に活かされた、シリーズ最高傑作と言って良いのではないかとすら感じさせられる作品です。


 ちなみに毎回密かに楽しみにしているのが作者のあとがきなのですが――この巻はあとがきもインパクト十分。確かにそんな理由でシリーズが××したら前代未聞であります。


『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(輪渡颯介 講談社文庫) Amazon

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