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2022年7月

2022.07.31

木下昌輝『孤剣の涯て』(その二) 呪われた怪物たちと呪いからの解放の希望

 「五霊鬼の呪い」を追い、宮本武蔵が繰り広げる苦闘を描く物語の紹介の続きであります。本作の中心人物である武蔵と鬼左京、二人に共通する要素とは、そして真の恐るべき呪いとは……

 さて、ここからはかなりの部分が私見となりますが、武蔵が登場する『敵の名は、宮本武蔵』(以下『敵の名は』)と、左京が登場する『宇喜多の楽土』いやその源流たる『宇喜多の捨て嫁』(以下『捨て嫁』)には、共通項がある――さらにいえば、『敵の名は』と『捨て嫁』は、ある意味表裏一体の物語であると私は考えてきました。
 時代背景も物語の方向性もそれぞれ異なるように思われる『捨て嫁』と『敵の名は』。しかしこの両者には呪いの物語――呪われた人々の物語、呪いによって怪物に作り変えられた者を描く物語という共通点があると感じられるのです。

 『捨て嫁』の主人公・宇喜多直家は主君たる浦上宗景によって、『敵の名は』の武蔵は父・宮本無二斎によって――それぞれ呪いをかけられ、人ならざる「怪物」に作り変えられていく――作品上のウェイトは異なるもののそんな過程が、この両作品には描かれていました。
 とはいえ、直家が踏みとどまることができなかったある一点を、武蔵が踏みとどまったことで、彼は人間として蘇ることができたことが示されるのですが――いずれにせよ、武蔵の半生は呪われたものであったといえます。

 そして鬼左京が、直家によって間接的に呪いをかけられ、「怪物」と化した存在である(そして本作において、もう一つの呪いをかけられていたことがわかるのですが)ことを考えれば――本作は呪いをかけられた(そして一方はその呪いから逃れ、一方は呪われたままであった)者たちが、さらなる呪いに翻弄される物語という構図にあると言えるのではないでしょうか。


 しかし本作における呪いは、一つではありません。武蔵が追い、左京がその関与を疑われる「五霊鬼の呪い」――ある意味極めて直接的な呪いであるこの呪いだけではなく、もう一つの呪いが、大坂の陣には仕掛けられていることが、やがて明らかになります。
 その呪いとは何か? それは物語の核心となるだけにここでは伏せますが、これまで挙げてきた作品における呪いに通底するものを持ちつつも、対象・効果ともに比べ物にならないほどに強大で、恐るべきものであるとだけは、申し上げたいと思います。


 さて、この記事では、これまで数え切れないほど「呪い」という言葉を使ってきましたが、ここでいう呪いとは、ホラーに登場するような、超自然的な力の作用などとは異なるものであります。
 それは言うなれば、人の意志の「支配」――言葉や行動によって他者の意思を支配し、その行動を(かけられた者にとって悪い方向に)規定してしまうことを指します。

 そうだとすれば、本作で描かれるもう一つの呪いが、決してこの物語に、この舞台となる時代に特有のものではないことがよくわかります。そう、我々もまた、呪われた存在であるということが。

 それでは、『敵の名は』一度は呪いから逃れた武蔵をも苦しめた、そして『捨て嫁』から『宇喜多の楽土』に至るまで呪われ続けた左京をさらに縛った、この呪いから逃れる術はないのでしょうか。我々も呪いをかけられたまま、望まぬ怪物となっていくしかないのでしょうか?
 その答えの一端を、本作の結末は示します。それはあくまでも第一歩にすぎないのかもしれません。そしてややもすれば抽象的なものに感じられるかもしれません。しかし、呪いの正体が意志の支配であるとすれば――それに抗する道は、希望は確かにあると、そう信じることができます。

 様々な呪いの存在と、呪われた者の姿を描きつつ、その呪いからの解放の希望を描く。そんな本作は、これまで作者が描いてきた呪われた者たちの物語の集大成として読むことができるのではないか――そう感じられるのです。


 そしてこれは完全に蛇足ですが――本作に登場した三木之助のその後を考える時、そこにも一種の呪いの存在を感じます。この点も含めて、その後も呪いと戦い続けるであろう武蔵の物語が、いつか描かれることを期待している次第です。


『孤剣の涯て』(木下昌輝 文藝春秋) Amazon

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2022.07.30

木下昌輝『孤剣の涯て』(その一) 五霊鬼の呪いを追え 武蔵と鬼左京再び

 大坂の陣を背景に、家康にかけられた「五霊鬼の呪い」を巡り、宮本武蔵が呪詛者を追う姿を描く、剣豪ものにして時代伝奇もの、そしてそれ以上の奥行きを持った作品――作者の一つの集大成ともいうべき物語であります。武蔵を、様々な人々の運命を狂わせる「呪い」の正体とは……

 家康からの圧力がいよいよ強まり、一触即発の状態となった徳川家と豊臣家。その矢先、水野勝成のもとに、京で「五霊鬼の呪い」の生首が発見されたという報が入ります。
 数十年前、水野家の正室・於満が松平清康に行った五霊鬼の呪い――村正の妖し刀で人の首を断ち、眼球に呪う相手の諱を彫りって左右入れ替えてはめこめば、呪われた相手は二年以内に死ぬという呪詛。家康の祖父・清康、嫡男の信康が犠牲になったというその呪いが、今度は家康に仕掛けられたのです。

 先祖からの因縁で呪いの存在を知り、誰がこの呪いを仕掛けたのか、秘密裏に追うこととなった勝成。しかし大坂攻め直前の時期、探索に割ける余分な人員などいない状況で、勝成はかつて自分と縁があった宮本武蔵に白羽の矢を立てるのでした。

 一方、その武蔵は既に己の剣が時代にそぐわなくなったと悩む中で、唯一円明流を託せると信じた愛弟子・佐野久遠を、二年前に武者修行に送り出したのですが――その久遠が京で何者かに斬られて死んだという報せが入り、絶望の只中にありました。
 しかし水野家家老・中川志摩之助から、久遠が五霊鬼の呪いに巻き込まれて死んだ可能性があると聞かされた武蔵は、復仇の念に燃え、呪詛者探しを引き受けるのでした。

 そして志摩之助の息子・三木之助を案内役に、村正の妖し刀を求めて大坂城の豊臣方の陣に潜入する武蔵。しかしなかなか調べの成果が上がらぬ中、武蔵はついに始まった徳川方との合戦に出陣することになります。
 その最中、黒ずくめの南蛮甲冑に身を包む奇怪な武将と対峙することとなった武蔵は、相手が妖し刀を持つことを知ります。その武将の名は、鬼左京――かつての名を宇喜多左京亮、今は坂崎出羽守を名乗る男で……

 天下人を狙う奇怪な(そして因縁に満ちた)呪詛の存在と、それを追うことになった武蔵の前に立ち塞がる強敵の数々との戦いを描く本作。その波乱万丈ぶりは、上で紹介した部分までで第一章に過ぎないということから推して測るべしでしょう。
 はたして本当に左京が呪詛者なのか。久遠は何故死ななければならなかったのか。大坂の陣と並行して調べを進める武蔵ですが、思わぬ裏切りに遭い、水野家からも追われる身に。さらに新たな呪い首が発見されたことから、呪詛者の候補には意外な人物が挙がることになります。

 誰が敵で誰が味方かまったくわからぬ、混沌とした状況のまま武蔵の苦闘は続き、再び始まった戦い――大坂夏の陣の最中に一つのクライマックスを迎える物語。しかしそこで武蔵は真の呪いの存在を知ることに……


 と、様々な要素が盛り込まれた本作ですが、作者のファンとしてまず注目すべきは、物語の中心となる二人のキャラクターの存在でしょう。一人は言うまでもなく宮本武蔵、そしてもう一人はその前に幾度となく立ちはだかる鬼左京こと坂崎出羽守であります。
 というのも実はこの二人、それぞれ作者の先行する作品で、主人公あるいは極めて印象的な役割を果たしているのですから。

 まず武蔵が登場するのは『敵の名は、宮本武蔵』――タイトルの通り、武蔵を敵とした者の視点から描かれた、ユニークな連作です。ユニークなのはそれだけでなく、武蔵のキャラクター造形なのですが、それは後述するとして――本作の武蔵の設定は(作中で冒頭にほんのわずか言及される父に関する描写を鑑みるに)、この『敵の名は』を引き継いでいるものと考えて良さそうです。

 一方、武蔵以上にはっきりと過去の作品の延長線上にあるのが左京です。宇喜多秀家を主人公とした『宇喜多の楽土』――その中で、彼は、秀家の従兄弟にしてライバルとして、彼の強烈な存在感を放ちました。
 父・直家に似ぬ好漢として描かれた秀家と対照的に、むしろ直家の闇をこちらが受け継いだのでは、と感じさせる暴君いや怪物として左京は描かれたのですが――その過去も含めて、本作の左京は、明確に『宇喜多の楽土』の左京であるといえます。

 いわば本作は『敵の名は、宮本武蔵』と『宇喜多の楽土』いやそれに加えてその前作の『宇喜多の捨て嫁』のキャラクターが再び登場し、集結した作品といえます。
 しかし、本作をして作者の一つの集大成と呼ぶのは、その点のみを以てではありません。それは――長くなりますので次回に続きます。


『孤剣の涯て』(木下昌輝 文藝春秋) Amazon

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2022.07.29

藤田和日郎『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第1巻 彼女たち二人の冒険の始まり

 英国内で起きた事件のあらゆる証拠物品を収蔵しているという黒博物館。その博物館の収蔵品にまつわる奇譚を描く伝奇活劇の第三弾であります。今回の主人公の一人はかのメアリー・シェリー――学芸員すら知らぬ赤い靴の来歴を知る彼女は何を語るのか? 「怪物」を巡る物語が始まります。

 ある日、黒博物館を訪れ、学芸員に歓待される女性。彼女の名はメアリー・シェリー――『フランケンシュタイン――あるいは現代のプロメテウス』の作者として知られる人物であります。
 その彼女が見学に来たのは、ヴィクトリア女王が開催した舞踏会で起きたという、ある事件の現場に残されていた、片方だけの赤い靴――何が起きたのか学芸員も、誰も知らないと言われるその事件の真実を、メアリーは語り始めるのでした。

 ある日突然、不仲だった亡夫の実家に呼び出されたメアリー。そこで彼女は近衛歩兵の連隊長から、巨額の報酬とともに、ある依頼をされることになります。それは蘇った死体――それも女性を、舞踏会に出られるよう教育すること。
 しかしあくまでも彼女にとっての「怪物」は、小説の中の存在。実物として眼の前に現れた「怪物」に、強い恐怖と嫌悪感を隠せないメアリーでしたが……


 フィクション上の存在ながら、既に確たる存在感を持つ「フランケンシュタインの怪物」。その「怪物」は、原典を離れて様々なフィクションで活躍すると同時に、時に原典そのものも、一つの「史実」として他の作品に取り入れられる場合すらあります。
 一方本作は、あくまでも『フランケンシュタイン』はフィクションなのですが――その作者であるメアリー・シェリーが、「怪物」と出会ってしまうという、なんとも楽しい(?)趣向の物語であります。

 さて、本作のユニークな点はその他にもありますが、その最たるものはやはり登場する「怪物」が女性という点でしょう。
 何しろ基本設定からして、ヴィクトリア女王を狙って英国に上陸した暗殺者集団「7人の姉妹」の一人の死体を、死体蘇生の研究を続けてきた科学者が『フランケンシュタイン』よろしく復活――そしてその死体を逆に女王の護衛役に使ってしまおうというのですからとんでもありません。

 しかしその死体には首がなかったことから、事故で死んだ村娘のそれを繋いだというのですから、さらに大変。生前の戦闘術はおろか、人間としての常識すら怪しそうな彼女を、淑女として教育するというのですから、メアリーでなくとも途方に暮れそうなものです。


 それにしてもこのシチュエーションは、ある意味「じゃじゃ馬ならし」的――そして作中の男たちはまさにそれを期待しているのですが――ではあります。しかしメアリーはその命令に、素直に従うとは思えません。
 何故ならば、彼女はそんな男たちだらけの社会で、懸命に生きてきた一人の女性だからであり――そして彼女もまた、自分自身を「怪物」と見做し、見做されてきたのですから。

 死体から生まれ、創造主の周囲に死をばら撒いてきたフランケンシュタインの怪物。一方、母は自分を産んで死に、夫の前妻の死で夫と結ばれ、子供を亡くし、夫を亡くし、それでも生き続けるメアリーもまた、自分も同じ「怪物」だと思い続けてきたのであります。
 そしてもう一つ、当時の男性社会から見れば――現代からすれば到底認めがたい価値観ですが――別の意味で彼女は「怪物」と呼ばれてきたことが、作中で語られることになります。

 そんな二重の意味で「怪物」とされてきた彼女が、もう一人の「怪物」と出会った時に何が起こるのか――それは二人が「人間」として再生する過程ではないかと予感させられます。
 「彼女」にエルシィと名付け、時に自分たちを「怪物」と呼ぶ男に断固として抗議してみせるメアリー。彼女はそんな自分の行動にはまだ自覚的ではないようですが――しかしその先にあるものには、想像しただけで胸躍るものがあります。

 内容的には序章という印象ですが、二人の向かう先が気になる――いや二人を応援したくてたまらなくなる、そんな冒険の物語の始まりであります。


『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第1巻(藤田和日郎 講談社モーニングコミックス) Amazon

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2022.07.28

今村翔吾『イクサガミ 天』 開幕、明治11年のデスゲーム!

 今年1月に直木賞を受賞し、今乗りに乗っている今村翔吾。その直木賞受賞直後に刊行されたのが、本作であります。明治時代、謎の主催者が、武芸の達人たちを集めて開催する死のゲーム〈こどく〉。それぞれの事情を背負い、〈こどく〉に参加した達人たちの行く手に待つものとは……

 明治11年、日本各地で広められた「豊国新聞」なる新聞に記された奇怪な文言――「武技ニ優レタル者」に「金十万円ヲ得ル機会」を与えるという、真偽も定かではない内容ながら、292人の男女が指定の日の深夜に、京都は天龍寺に集まるのでした。
 そこに現れた主催者が参加者に一枚ずつ木札を配った後に告げたのは、〈こどく〉という名の「遊び」の開始と、七つの奇妙な掟――

一、これから銘々に東京を目指す。
二、必ず天龍寺の総門、東海道の伊勢国関、三河国池鯉鮒、遠江国浜松、駿河国島田、相模国箱根、武蔵国品川の七カ所を通ること。
三、それぞれ二、三、五、十、十五、二十、三十点なければ通過できない。
四、何人にも、このことを漏らしてはならない。
五、一月後の六月五日に東京にいなければならない。
六、途中での離脱を禁ずる。木札を首から外せば離脱とみなす。
七、以上を破りし時、相応の処罰を行う。

 そして一番大事なルール――点を稼ぐには参加者それぞれが持つ一枚一点の木札を奪い合うこと。つまり〈こどく〉は、京都から東京までに参加者の間で繰り広げられるデスゲームだったのであります!

 幕末の京では土佐側の剣客として活躍し、今は平和に暮らす嵯峨愁二郎も、病に倒れた妻子を救うため、藁をも掴む気持ちでこの〈こどく〉に参加したのですが――その内容がデスゲームと知らされて愕然とする中、やはり家族のために参加した年端もいかぬ少女・双葉を庇い、彼は他の参加者たちと対峙することになります。

 双葉を守るというハンデ、縁もゆかりもない相手を殺すことへの罪悪感、そして恐るべき技を持つライバルたちの存在――誰が参加者かすらもわからぬ、一時も油断できない東京への旅に挑む愁二郎の戦いの行方は……


 トーナメントバトルというのはある意味時代伝奇ものの王道ですが、その王道をゲームとしてさらにシェイプアップした感があるのが本作であります。デスゲームものはエンターテイメントの世界では珍しくありませんが、そのほとんど例外だった時代小説において展開してみせたのは、コロンブスの卵という感があります。
 そしてユニークなのは、この〈こどく〉――その意味は、勘のいい方であればすぐに気付くと思いますが――の内容が、単にライバルを倒して点を稼ぎ、先に突き進むだけでなく、駆け引きの余地を残していることでしょう。

 実はこのゲームでは、参加者同士は敵対するだけでなく、手を組むことも自由。そして、一人で点数を稼いでも、それで目立った末に、集団で襲われ、木札を奪われては元も子もありません。
 一方、チェックポイントを通過するギリギリの点数だけを稼いで、できるだけ目立たずに先に進む、という戦法もあり得ます。もちろん、あまりのんびりしていると他の参加者が皆チェックポイントを通過してしまい、通過に必要な点数を稼げなくなる可能性もあるのですが……

 この辺りのある意味直接的なゲーム性を見ると、本作は「今」の作品なのだな、と感心させられます。


 さて、本作は全三巻予定とのことですが、この「天」で描かれるのは、池鯉鮒宿の手前まで。まだまだ東京までは遠く、そして東京に着くまでがいわば前半戦――すなわちまだ後半戦があるというこのゲームの先に何があるのか、全く先は見えません。
(黒幕的な人物も登場し、真の目的らしきものは提示されているのですが、それが本当に真実なのかどうか?)

 参加者の方も、愁二郎の過去と因縁を持つ者たちあり、幕末の遺物のような狂気の人斬りあり、その他にも忍者にアイヌに老達人にと多士済々であります。

 その愁二郎の因縁のウェイトが作中でちょっと重めな印象があったり、双葉の存在が(こう言ってはなんですが)主人公のお荷物以外の何ものでもなかったりと気になる点はありますが、しかしそれもこの先どう転ぶか全くわかりません。
 全く先の予想できない物語はまだ始まったばかりなのですから……


『イクサガミ 天』(今村翔吾 講談社文庫) Amazon

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2022.07.27

東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第3巻 前代未聞の牢破り作戦、その手段は!?

 明治初期、創設間もない警視庁に対して、人助けのためにあの手この手でちょっかいをかける元八丁堀同心・千羽兵四郎らの姿を描く漫画版『警視庁草紙』も第三巻、エピソードも三つ目であります。思わぬことから、小伝馬町の牢破りをすることになった兵四郎ですが、その手段とははたして……

 これまで二度に渡って警視庁に追われる人々を助け、警視庁の鼻を明かしてきた元八丁堀同心の千羽兵四郎と仲間たち。その彼に恋人の柳橋芸者・お蝶が頼み込んできたのは、警視庁の地獄(私娼)摘発で捕らえられた友人たちの救出で……

 という発端の第三章「人も獣も天地の虫」が一冊丸々展開するこの第三巻。元幕臣娘だったものが、御一新をきっかけに芸者となり、己の腕一本で食っている(そして兵四郎を食わしている)お蝶ですが、しかし彼女のようなケースは希少と言えます。
 困窮極まった家族のために私娼となった旗本や御家人の娘たち――お蝶の友人にも、何人もいたそんな女性たちが、地獄狩りで捕らえられてしまったのであります。

 しかも彼女たちが収監されたのは、あの小伝馬町の牢屋敷――お蝶が兵四郎に頼んできたのは、そこから娘たちを密かに連れ出す、つまりは牢破りだったのです。
 が、これが大難事であることは言うまでもありません。徳川三百年の間、様々な悪党が収監されたにもかかわらず、一度も牢破りされなかったと言われる牢屋敷――それを破ろうというのですから。

 それでもお蝶の願いと剣幕には敵わず、引き受けてしまった兵四郎ですが、最後の頼みは、青木弥太郎――明治の今は寄席・五林亭の席亭(経営者)に収まっている人物であります。
 元々は歴とした旗本であったものの、水戸天狗党(『魔群の通過』!)の武田耕雲斎の一族と自称し、尽忠報国のためと称して町家から金を奪うという御用盗をはじめ、数限りない悪事を働いた弥太郎。そんないかにも山風好みの怪人・妖人に、嫌々知恵を借りに行く兵四郎ですが……

 しかしこの弥太郎、あの警視庁を向こうに回して不敵に笑う兵四郎が「おっかな過ぎる」と評する人物。果たしてその理由はと思っていたら――兵四郎の前に現れた全身に刺青入れた大入道、確かに滅茶苦茶おっかな過ぎる!
 顔を見ているだけで怖すぎる弥太郎ですが、しかし兵四郎に意外にも徳川の禄を食んだ侍として協力を約束するのですが――しかしその方法というのが、地獄狩りの急先鋒である松岡警部を相手の美人局。さすがに兵四郎も苦い顔ですが、他に手はなく、いよいよ作戦を実行に移すことに……


 というわけで、前代未聞の牢破り作戦の顛末が描かれるこの第三巻。原作と比較すると、これまでのエピソードに比べて、構成的にはあまり大きなアレンジはないように感じられますが――原作では表向きは落ち着いた風情のある人物だった弥太郎が凄いことになっていたり、松岡警部の俗物化がかなり進んでいたりと、ある意味漫画的なアレンジとなっているのは、よくも悪くも印象に残るところではあります。

 しかしその松岡警部が美人局にハマっていく様を、露骨ではなく、あのある意味有名な浮世絵のパロディで描くのは面白い描写ですし――江藤新平に対する新政府の冷徹な処遇を見た加治木の葛藤、お蝶が語る静岡に行った幕臣たちのその後など、原作にない部分を補う描写も印象に残ります。
 また個人的には、ほとんど「地の文」を使わず、登場人物のセリフなどで描く手法――たとえば弥太郎の過去を、三遊亭圓朝に語らせるなど――も印象に残ります。

 これは第一巻の時点から書いていることですが、原作をきっちりと踏まえつつも、今の読者にアピールするために必要と考えられるアレンジ、演出は投入していくという本作の手法には、大いに好感が持てます。


 さて、物語の方は、土壇場に来て小伝馬町で兵四郎たちが警視庁の面々に追い詰められることとなりますが――そこで兵四郎が切った切り札とはなにか。この巻のラストの時点ではそれははっきりとは見えないのですが、この後に爆発する展開の凄まじさは原作でも印象的だっただけに、それをどのように描いてくれるのか、期待は高まります。

(ちなみにこの巻ラストのエピソードの扉ページは、兵四郎と斎藤一を描いているのですが、そのデザインが実に格好良い。特に斎藤一ファンは必見であります)


『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第3巻(東直輝&山田風太郎 講談社モーニングコミックス) Amazon

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2022.07.26

さいとうちほ『輝夜伝』第10巻 深まる謎 天女たちの「糸」と「母」

 単行本も10巻を数えましたが、天女にまつわる物語もまだまだ謎が深まります。月に帰らずとも済むように思われたかぐやの身に起きた奇怪な現象と、眠りから覚めたかのように姿を現す月詠の母の影。数々の異変がさらなる謎を呼び、天女たちと男たちを悩ませることになります。

 自分に狙いを定め、我が物にせんと迫る治天に対し、自分の母を連れてくることを条件に示した月詠。一方、かぐやは帝の子を懐妊し、月に帰る運命から逃れたかに思われたのですが――宿下がりした先で月詠が見つけた氷室の氷を口にしたかぐやの身に、一時的に月詠が宿ることになります。

 この地上にも月にもいないと語る月詠の母の魂(?)の出現により、さらに謎が増えた感のある本作ですが、この巻の冒頭では、さらに混迷は深まることになります。懐妊して体調を崩したかぐや――彼女の体から、何と無数の糸が現れたのであります。
 どんどんと数を増し、やがて繭のようにかぐやの身を取り巻き始めた糸。月の繭とでも評したくなるその正体を知るのは、意外にもというべきか、治天でした。

 一方、一度目覚めた月詠の母の魂は、その形見の数珠に宿ったのか、以来、幾度も月詠の身に宿って現れるようになります。しかし現れて何をするかといえば、娘の体で男たちを誘惑して……


 ようやく天女が月に帰らずとも済む方法がわかったにもかかわらず、新たな謎と難題が生まれることとなったこの第10巻。特に月詠の母については前巻でその姿の一端が示されていたものの、「糸」については、全く不意打ちを受けた印象すらあります。

 言うまでもなく「竹取物語」をモチーフとした本作ですが、これまで天女の生態(?)もまた、そのモチーフを踏まえて描かれていたといえます。それが何故、「糸」という、天女とおよそ関係があると思えないものが――と思いきや、その疑問には、一つの答えが示されることになります。しかも、こちらの「天女」だったか! と納得させられる答えが……

 しかし「糸」も大事ですが、ある意味それ以上に大事なのは月詠の母でしょう。今ではその正体どころか、一体どういう状態なのかすら不明な彼女ですが、月詠に憑いてまずしたことが、月詠の兄たる竹速の誘惑なのですから凄まじい。
 言うまでもなく月詠と竹速は、相思相愛。しかしその月詠――自分の娘に憑いて、竹速を誘惑しようとは、これは何たる破倫の所業でしょうか。そしてその後も、大神や凄王だけでなく、都の滝口たちにも妖しい視線を向けるのですから、その所業を何と評すべきでしょうか。

 考えてみれば「竹取物語」のかぐやは、その魅力でもって周囲の男たちを惹き寄せ、狂わせる存在でした。それがもしその力を意識的に用いたとすれば――月詠の母は、あり得たかもしれないかぐやの姿なのかもしれません。


 そして天女の側で事態の中心にいるのが月詠の母だとすれば、人間の側で事態中心にいるのが、治天であります。それでは、その二人が出会った時、何が起こるのか? その意外な答えを描いて、この巻は終わります。
 そこに描かれたものが真実であるとすれば、また物語の様相は大きく変わることになりますが――普段傲岸な治天の目に浮かんだものを思えば、それはやはり紛れもなく真実なのでしょう。

 はたして物語の行き着く先はどこなのか、見えているようで見えないもどかしさがある――しかしだからこそ本作が面白いことは間違いありません。


『輝夜伝』第10巻(さいとうちほ 小学館フラワーコミックスアルファ) Amazon

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2022.07.25

椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第4巻 再び追うは怪異の陰の能力者 怪奇箱男!

 1910年代、日本各地から陸軍のエリート養成機関・栖鳳中学校に能力者を「推薦」する岩元先輩の戦いを描く本作、その第4巻では物語当初のテイストに戻り、超常現象の陰に蠢く能力者との対決が描かれることになります。箱を抱えて旅する「怪奇箱男」の正体とは……

 英国魔女軍団の先鋒との戦いをひとまず終えた中、岩元の前に現れた「先輩」奥秋雄弐。かつて岩元を捕らえ、「推薦」したという奥秋の要請で、岩元は十四人の後輩を連れ、温泉郷・湯湯酒姫を訪れることになります。この巻冒頭では岩元と後輩たちの入浴シーンも描かれ、すわ温泉回かと思われましたが――もちろんそれで済むはずもありません。
 実は奥秋の目的は、ここしばらく追い続けてきた、箱を抱え旅する怪人・怪奇箱男の捕獲。元・旅芸人であり、ある日を境に人を襲うようになった危険な能力者である箱男――しかし時既に遅く、岩元の後輩たちや、温泉郷の客たちは次々と姿を消していくことになります。

 箱から箱へと自由自在に姿を現し/消え、そして犠牲者を次々と箱の中に閉じ込めていく箱男。奥秋の奇想天外な策で一度は追い詰めた箱男ですが、そこに新たな怪異が……


 第2巻より、英国から襲来した魔女軍団との能力者同士の対決が描かれてきた本作。この巻も新たな「魔女」との対決が? と思われましたが、さにあらず一冊丸々使って、箱男たちと岩元・奥秋の対決が描かれることになります。

 元々本作は、当初は各地で起きる怪異の背後に存在する能力者の存在を探り、捕獲し、推薦する岩元の姿が描かれてきました。それが英国魔女軍団の出現により、能力バトルものへと変わっていったたのですが――それはそれでもちろん面白いものの、当初のスタイルが特にユニークなものであったのも事実でしょう。
 怪異を狩る物語は無数に存在しますが、本作の場合は、その怪異が一人の人間(でない場合もありますが)の能力によって生み出され、用いられるものである――そんなスタイルは、かなり珍しく、そして魅力的なものであったのです。

 それがこの巻ではその当初の路線全開で展開するのですから、個人的には実に嬉しい。それも登場するのは不気味な箱を持って旅する――というのはどう考えてもあの作品を連想させますが、こちらの箱にみっしり詰まっているのは実に様々な意味でおぞましいモノなのですが――箱男という、なんとも印象的な怪人であります。
 艶やかな女性と見紛う、しかしどこか毒々しく崩れたものを感じさせる青年である箱男が、謎めいた温泉郷でその本領を発揮し、己の奇怪な欲を満たすために暴走する様が、この巻では存分に描かれることになります。

 しかもこの箱男、そのビジュアルと能力だけでもインパクトがありますが、さらに強烈なのはその出自を語る過去の物語であります。彼らは過去に何をしていたのか、彼は何故箱男となったのか、箱の中のモノは何なのか――強烈な耽美と怪奇風味を感じさせるそれは、ここに来て表現上のリミッターを、一つも二つも外した感があります。

 元々今回は、岩元を明らかに上から目線で見下ろすという、これまであまりいなかったタイプの奥秋先輩の登場編。完全に箱男との対決も奥秋主導で岩元の影が薄めなこともあったのですが――しかし今回は、完全に怪異側のドラマが食っていた感があります。
 特に終盤、もうほとんど岩元側を置き去りにして盛り上がっていく箱男たちのドラマは、ただ圧巻というべきなのであります。
(それでいて、岩元の行動自体が――という捻りも面白い)

 箱男の最後の芸にまで至れば、もう完全に一線を超えた感がありますが――やるのであればここまでやって欲しい、という気持ちになるのもまた事実。
 はたして読者層的にアリなのかという心配をしつつも、この物語には、やはり拍手を以て報いたくなるのであります。


『岩元先輩ノ推薦』第4巻(椎橋寛 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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2022.07.24

さいとうちほ『VSルパン』第6巻 怪盗騎士、緑の目の令嬢のために奮闘す

 ルブランのルパンシリーズを華麗に漫画化した『VSルパン』の第六巻は、『緑の目の令嬢』の解決編。男たちの欲望に晒される薄幸の美少女・オーレリーをルパンは守り切ることができるのか。そしてオーレリーの記憶に隠された秘宝の正体とは? ルパンの騎士道精神溢れる活躍が繰り広げられます。

 パリの街角で偶然出会い、心惹かれた二人の美女を追いかけて夜行列車に乗り込んだルパン。しかしその一人は列車内で殺され、もう一人の美女、オーレリーがその犯人の嫌疑をかけられることになります。
 オーレリーを追う内務省の国際捜査部警視・マレスカルの行く手を阻み、彼女の逃亡を助けたルパン。しかし彼女に強く心惹かれたルパンは、その後を追うことになるのでした。

 マレスカルだけでなく、彼女の義父で司法局長のブレジャック、オーレリーを家から連れ出した若い男・ギョーム、彼女につきまとう謎の男・ジョドーと、四人の男に追われるオーレリー。
 オーレリーが山中の修道院の寄宿舎にいることを知ったルパンは、彼女の祖父が残したという莫大な遺産を狙っている男たちから、彼女を助けると誓うのですが……


 と誓った矢先にマレスカルが寄宿舎まで現れ、窮地に陥るオーレリー。前巻で役者が出揃い、物語の基本設定も語られて、この巻ではオーレリーを巡る争奪戦がいよいよ激化していくこととなります。
 色と金、二つの欲に目をギラつかせた男たちに追われる薄幸のヒロインというのは、ある意味通俗スリラーの定番ではありますが、しかし本作においては彼女を守るためにルパンが大活躍してくれるのですから、一味も二味も違う物語が展開することになります。

 もちろん、ルパンもオーレリーに恋する一人の男ではあります。しかし他の男になくてルパンにあるのは、節度とあくまでも彼女を尊重する心。そんなルパンが己の持てる能力を全て用いて、一人の少女を守り、救うために八面六臂の活躍を繰り広げる姿は、まさに怪盗紳士――いや、怪盗騎士!
 そしてそんな夢のような怪盗騎士の存在を、鮮やかに、そして魅力たっぷりに描いてみせるのは、この『VSルパン』という作品――ロマンチストとしてのルパンの姿を前面に押し出して描かれてきた作品ならではと言うべきでしょう。


 そして列車内の殺人の真相、彼女を追う男たちの正体と因縁、彼女自身も忘れ去っていた過去の記憶の正体、そしてそこから明らかになる遺産の行方――と、ルパンを探偵役に謎の数々が解き明かされ、物語はクライマックスに向けていよいよ加速。そしてその果てに姿を現す遺産とは
 ……それはあの国民的アニメ映画に引用されたこともあり、今となっては非常によく知られた内容かもしれません。しかしやはり遺産が実は――というそのインパクトは、今見ても色褪せないものがあります。

 そして迎えるルパンとオーレリー、二人の結末ですが、ここまでルパンが格好良いのであれは、そのままオーレリーの前から静かに姿を消してもよいのでは――とも一瞬思いましたが、それではまるっきり「なんとと気持ちの良い」奴になってしまう……
 という冗談はさておき、ここで示されるオーレリーの姿は、ごく普通の生身の女性でありつつも、しかし何かに縋らなければ生きられないのではなく、あくまでも自分の二本の足で立って生きようとする――そんな人間としての強さを感じさせてくれます。
(そしてそれは、これまで本作に登場したヒロインたちとは、また少し異なる姿に感じられます)

 だからこそ、ルパンもそんな彼女を正面から受け止め、そして彼女の決意を尊重したのでしょう。彼が一目見て強く惹かれた彼女の魅力の源がどこにあるか、それに気付いたからこそ……


 さて、『VSルパン』第七巻からは、『八点鐘』編に入るとのこと。八つの短編から成る原作は、ミステリとしても、ロマンスとしても評価の高い作品であるだけに、それをどのように漫画化するのか――早くも楽しみでなりません。


『VSルパン』第6巻(さいとうちほ&モーリス・ルブラン 小学館フラワーコミックス) Amazon

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2022.07.23

出口真人『前田慶次かぶき旅』第10巻 新たなる豪傑 黒田の「虎」!

 いよいよ単行本も二桁の大台に乗りましたが、まだまだ意気軒昂に旅を続ける前田慶次と仲間たち。思わぬ悲劇で終わった薩摩編ですが、新たな舞台となるのは筑前――そこで慶次は黒田の「虎」と出会うこととなります。新たな豪傑との出会いは、慶次に何をもたらすのか……

 徳川配下の武田忍軍に誘拐された島津義久の主治医。島津にとって重大な過去の秘密を知るこの人物の救出に向かった夕月らとともに、忍びたちと激闘を繰り広げた慶次一行ですが、夕月が慶次を庇って命を落とすことに……
 という悲劇で幕を下ろすこととなった徳川の陰謀との戦い。しかしそれで一件落着となったわけではありません。島津家の秘事を知ったのは、慶次たちも同じ――その口封じをしようと、薩摩側が動き出したのであります。

 それでも慶次は全く動じずに、ある場所に向かいます。それは夕霧の墓――なるほど己の命惜しさに、自分を愛し自分のために命を落とした女性を弔わずに逃げたとしたら、それはいくさ人として失格と言うべきでしょう。
 そしていくさ人はいくさ人を知る――そんな慶次のために、同じ藩士と刀を交えることも辞さない薩摩隼人の覚悟をも描いて、薩摩編は幕を下ろすことになります。


 さて、思わぬ成り行きで薩摩を離れることとなった慶次ですが、彼が次に目指すのは筑前――かつて島原でキリシタンの財宝百万両を賭けた丁半勝負を繰り広げた相手である、黒田如水の治める地であります。(ちなみに如水がいまだにその時のことを滅茶苦茶引きずっているのが実に可笑しい)
 ここでの慶次の目的は「虎」に会うこと。そう、黒田家の精鋭二十四騎の中でも、そのまた選ばれた八人・黒田八虎――その中でも黒田家にその人ありと知られた豪傑、後藤又兵衛に!

 慶次とは十歳以上年齢は離れているものの、考えてみれば同じ戦国のいくさ人として、これまで登場しなかったのが不思議なくらいの人物である後藤又兵衛。本作における又兵衛は、大猪を槍一本で仕留め、肩に乗せて軽々と担いでくるという初登場シーンを飾ることになります。
(もっとも、本作のいくさ人たちの中では、これくらい誰でもできて当然、というレベルではありますが……)

 さらにこの巻ではもう一人の虎として、同じく八虎の一人・母里太兵衛が登場。又兵衛が比較的思慮深そうな風貌であるのに対して、太兵衛の方はいかにもな怪物ぶりというのも面白いですが――太兵衛といえばこれ、というべき名槍・日本号を呑み取ったエピソードもきっちりと描かれるのも、嬉しいところであります。


 と、個人的には大好きな戦国武将である又兵衛の登場に一人でテンションが上がる展開ですが、冷静に考えると、又兵衛だ太兵衛だ日本号だと言われて、今の読者がどれだけ喜ぶのかはわかりません。
 それでも、いやそれだからこそ、今の時代にこうして彼らの姿を描くことは、大きな意味があるのではないかと感じます。以前から本作は現代の講談的な味わいがあると述べてきましたが、まさにここで描かれているのは、講談の豪傑たちの復活なのですから。

 もっともこの巻では又兵衛たちはまだまだ顔見せといったところで、ストーリーが動き出すのはこれから、といったところ。この先彼らの大暴れを、どのように現代に甦らせてくれるのか――今から楽しみでならないのです。
(ちなみに次巻では黒田長政も登場とのこと。本作でどのような役回りになるか、何となく予想できますが……)


『前田慶次かぶき旅』第10巻(出口真人&原哲夫・堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon

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2022.07.22

逢坂みえこ『獣医者正宗捕物帳』第3巻 新たな名作パロディ登場?

 本業は獣医者ながら、その卓抜した観察眼と推理力で岡っ引きも務める正宗。彼が挑む事件の数々を描く連作ミステリ漫画の第3巻であります。これまではシャーロック・ホームズが題材となってきましたが、この巻では他の名作も題材となることになります。

 花火の晩、若旦那以下店の者が全員が外出した呉服屋で、ただ一人残っていた大奥様が何者かに額を殴られて人事不省となってしまった――その事件の調べに当たることになった正宗は、大奥様が正面から殴られていることに注目することになります。
 そして犯行現場の部屋に置かれていた鳥かごの中の鸚哥が弱っているのに気づき、連れ帰って治療に当たるのですが――この鸚哥が若旦那の声でただならぬことを喋るのを聞いた正宗は、犯人をあぶり出すために一計を案じて……

 という本書の最初のエピソード「もの言う証人」。言うまでもなくタイトルが指すのは、作中で登場する鸚哥のことですが――現場の音声を記憶しているという、この時代から考えれば破格の証拠のようでいて、しかし事件の核心に関するものを必ずしも覚えているとは限らないという不安定さが、何とも面白いところです。
(そのために今回正宗はかなり無茶な手を使うことに……)

 しかしこのエピソードで強烈に印象に残るのは、事件の舞台となった呉服屋の大奥様と若旦那の歪な親子関係でしょう。息子を溺愛しつつも、それだからこそ息子に支配力を行使しようとする母と、その母から独立しようとしながらも諦めに似た依存関係にある息子と――そんな母子の構図が、事件の解決とともに恐ろしい形に変化する結末には、何ともゾッとさせられました。
 トリック的にはちょっと苦しい気もしますが、人間描写の巧みさが印象に残る一編です。

 なお、今回どうしても元になるホームズ譚が思い浮かばない――と思いきや、題材となっているのはアガサ・クリスティーの『もの言えぬ証人』(ともう一編)とのこと。全てホームズ譚がベースとならなかったのはちょっと残念な気もしますが、ここはよりバラエティに富んだ内容がこの先期待できると思うべきでしょうか。


 また、続く「川楠屋の失踪」は、美しい盲目の女性に入れ込んでいた川楠屋の隠居が、ある晩忽然と姿を消してしまった事件に、正宗の子分の佐助が挑む一編。
 佐助の奮闘で川楠屋の行方は(読者には)すぐに判明したものの、今度は佐助が――というところで正宗の出陣となるわけですが、いつも冷静な彼が珍しく感情を爆発させた姿が印象に残ります。

 なお本作の題材はホームズ譚――サブタイトルを見ればわかる方はすぐにわかると思いますので詳細は伏せますが、原典で何とも不気味な印象を残した犯人が、本作ではまた別の意味で印象に残る人物像にアレンジされているのが目を引きます。


 そしてこの巻のラストの「入院患獣」は、正宗が獣医者として新設した入院病棟(という名の長屋の一部屋)の最初の患者として現れたのが、牛憑きの男だった――という奇想天外な幕開けのエピソード。
 どう考えても胡散臭いこの牛憑きの男ですが、何故わざわざ正宗のところに入院してきたのか? 人当たりのよい佐助を通じて男を探ろうとする正宗ですが、今度は犬憑きを称する男が現れて、入院病棟を荒らし……

 と、タイトルから明白なようにホームズ譚の「入院患者」を題材とした本作ですが、内容的にはかなりアレンジされた奇妙な人情話となっているのが面白いところ。「もの言う証人」で登場して以来、正宗の家で佐助に世話されている鸚哥の蘭丸をはじめ、鳥たちの存在が物語のアクセントとなっているのも印象的です。


 というわけで今回からホームズ譚以外が題材となったり、これまでシリーズのもう一つの特徴であった現代の風俗のパロディが抑え気味という点はあるものの、物語としての面白さは変わらないこの第3巻。
 第1巻から第2巻まで3年間隔となったのに対し、今回はほぼ1年での刊行となったのも嬉しいところで、この先も楽しみにしたいと思います。


『獣医者正宗捕物帳』第3巻(逢坂みえこ 小学館フラワーコミックスアルファ) Amazon

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2022.07.21

「コミック乱ツインズ」2022年8月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」8月号の紹介の後編であります。

『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 いよいよ中山信正と島村盛実の誅殺が始まる今回。義父である信正に鷹狩に招かれたのを機に、直家自ら信正暗殺に手を染め――と、極めてシリアスな展開となります。そんな中でもほとんどのページできっちり四コマギャグで落としているのが凄いところですが、自分もオチ要員として妙なところでポンコツぶりを発揮する直家が可笑しい。
 可笑しいのですが――しかしそんな彼の姿と、顔色一つ変えずに暗殺をしてのけるギャップには大きなインパクトがあります。

 そして次回は、いよいよ恨み重なる島村盛実との対決ですが、はたしてその時、直家がどのような表情を見せるのか――大いに気になるところです。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 ビジャの城内で、謎の女に拐われてしまったオッド姫。ジイの急報で、姫の行方を探すこととなったブブは、蒙古軍内に潜入している五人のインド墨者の一人を呼び出し――と、これまで謎に包まれていたブブ以外のインド墨者の一端が、今回示されることになります。

 こうして登場した第二の墨者・モズは、ブブが見るからに只者ではなかったのに比べると、一箇所妙なところでインパクトのある外見を除けば、一見普通の男。しかしその特技でもって、見事にオッド姫の行方を突き止めることになります。
 もっとも、真にインパクトがあるのはモズの言動で、ジイ同様、「ブブどのが城の担当で本当に良かった!」と言いたくなってしまうのですが――しかし後から登場する仲間たちがそれぞれ特技を持っているというのは、忍者もののノリでちょっと嬉しくなります。

 さて、そして明らかになった誘拐の下手人は、意外といえば意外な人物。そしてそれは同時に、決してビジャという国も、汚れなき楽園などではなかったことを示すものでもあります。その重みを改めて知ることとなったオッド姫は何を思うのか――そしてラストには(てっきり下手人かと思われた)ラジンの従姉妹・クトゥルンがついに素顔を見せることになります。これがかなり意外な印象ではありますが……


『カムヤライド』(久正人)
 いよいよというかようやくというか、「殖す葬る」編も終盤、ゲームのためにわざわざ変身してライドオンするモンコと、わざわざアマツ・ノリットに変身するコヤネ、どっちもどっちながら運良く(?)互いに気付かないまま、ゲーム続行――と思われたところに乱入してくる国津神によって、ギャグみたいな勢いで師匠がダウンすることになります。

 この緊急事態を前にさすがに殖す葬るどころではなくなり、それぞれ守るものは違えど、再び変身したモンコとコヤネですが――その前には神薙剣としてカムヤライドを敵視するヤマトタケルが出現、さらに残る天津神四人も集結し……
 と、前回までのある意味呑気なノリから一転、敵も味方も一堂に会することになってしまった今回。もう本当にこの先の展開は全くわからなくなってしまいましたが、とりあえずキャラを退場させる時には容赦ない作者だけに、師匠の安否が気遣われます。

 それにしても老若男女に無意識にフェロモンを振りまきまくるモンコよ……


『列士満』(松本次郎)
 前回、初陣の水戸天狗党討伐から這う這うの体で生還したスエキチ。戦い自体はボロ負けという状態でしたが、それでも生きて帰ったのは事実――というわけで、一方的にライバル視してきた小頭・ゴンベエにスエキチは絡まれることになります。
 強引に女郎屋に連れ出されたと思いきや、何だか妙なノリで盛り上がってきた歩兵隊の面々。しかし調子に乗ってチンピラ相手に暴れ出したゴンベエらを捕らえに新徴組がやって来て……

 と、ある意味日常回となった今回ですが、いくら戦力が足りないからといって、そこらの破落戸に戦力を与えるとどうなるか――という、ある意味主役である陸軍歩兵隊の存在自体が斜陽の幕府の象徴というべき状態が、今回嫌というほどよくわかります。
 しかし深刻というか結構洒落にならない状況を、どこかすっとぼけた、呑気な味わい(時々ですます調になるナレーションもおかしい)で見せてしまうのはさすがというほかなく、全体に漂う奇妙なペーソスが後を引きます。


 次号はレギュラー陣のほか、『不便ですてきな江戸の町』(はしもとみつお&永井義男)が掲載されるとのこと。


「コミック乱ツインズ」2022年8月号(リイド社) Amazon

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2022.07.20

「コミック乱ツインズ」2022年8月号(その一)

 早くも号数の上では夏の「コミック乱ツインズ8月号」は、表紙は連載再開の『暁の犬』、巻頭カラーは『鬼役』です。そのほか『勘定吟味役異聞』、『カムヤライド』が連載再開の今回、印象に残った作品を一つずつ紹介します。

『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 いよいよ水野家中の対立が深まる中、相良たちと協同して二胴部隊壊滅に向かうこととなった佐内。いよいよ決戦目前ですが、満枝が敵に狙われていたことを知った佐内は……
 というわけで、決戦前にまず満枝と対峙することとなった佐内。そこで益子屋を頼って身を隠すように満枝に言う佐内ですが、満枝さんの方は「俺の妻という事になれば」云々という言葉にパアァ――となってしまうのがいじましい。

 しかし決して彼女が言いなりになるだけの、待つだけの女性ではないのは、詫びる佐内のことを真っ直ぐに見て答えた彼女の言葉の中身を聞けば明らかでしょう。もう当然ながら佐内もこれにはイチコロなのですが、それは同時に彼が初めて、自分の命以外に失うものを得たということでもあります。身を捨ててこそ初めて互することができる二胴との対決を前に、これはどのような影響を与えるのか……

 などとやりつつも、カチコミを目前にして鰻丼をモリモリかっ喰らうという鋼のメンタルの持ち主が佐内という男。相良たちの策で敵を分断し、量産型二胴剣士を相手に経験値を積むことになりましたが――いよいよ次回から決戦突入であります。


『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎(原案))
 舞台は第一回以来久々登場の井筒、メインとなるのはおもんさんという今回。割りない仲になる前後のおもんさんを通じて梅安との関係が描かれますが、いずれも料理を通じてというのが本作らしいところであります。
 白魚の卵とじと鮎の姿煮、どちらも実に旨そうですが、鮎にかけて男女の会話を交わす二人の姿が印象に残ります。(あと露骨にお邪魔虫の彦さんも)


『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』(叶精作&天沢彰)
 平賀源内が江戸を騒がす怪事件に挑む新連載第二回は、第一話「血を吸う女」の中編。全身の血を抜かれた死体の謎を追う源内は、事件の周囲に謎の美女・おたみの存在があることを知るのですが、友人がおたみに完全に魅了されて……

 という前回を受けて、調べを続ける源内ですが、その間に更なる死者が出ることとなり、ヒロインにも危機が――という展開に。しかし今回のメインとなるのは、おたみの出生を巡る陰惨な秘密でしょう。
 いかにも因縁めいた怪談のようなその過去話ですが、しかし本作においてはそれを単なる超自然的な怪談話で終わらせるつもりはない様子。おたみの奇妙な身体的特徴と、彼女が人の血を欲しがることにいかなる関係があるのか――次回解決編での、源内の科学的推理に期待です。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 連載再開の今回、吉宗が紅を養女とすると正式に通告してきたことの波紋が描かれることになります。養女云々は以前も吉宗が言っていましたが、なるほど、武士と身分違いの女性が結婚するのに養女になってからというのはよく聞きますし、吉宗の養女なら文句なし、よかったなあ――などという単純な話ではないことが、今回嫌と言うほどわかります。

 そう、紅が吉宗の養女になるということは、紅の身柄が吉宗に抑えられるということ。そうなれば勘定吟味役である聡四郎だけでなく、江戸城出入りの人入れ屋である紅の実家・相模屋も、吉宗の下につかざるを得ないということであります。しかも一歩間違えれば、聡四郎と相模屋が対立させられることにもなりかねない――いやはや、たった一手で様々な効果を上げるこの手、やっぱり大物ぶっているけれども吉宗も性格が悪いと思わされます。

 そんな八方塞がりの状況となった聡四郎に活を入れられるとすれば、それは師・無手斎のみ。そして無手斎の命で玄馬と立ち合うことになった聡四郎は……
 巨大な権力を前にして、個人が己を保ち、貫くことができるとすれば、それは人と人との繋がりによってのみ。そんなことを再確認させられる展開であります。

 しかし紅に手を付けるのでは? などと疑われた吉宗ですが、いやいや吉宗の好みは――と、『御広敷用人大奥記録』を並行して読んでいると、ちょっと混乱(?)したり……


 残りの作品の紹介は次回に。


「コミック乱ツインズ」2022年8月号(リイド社) Amazon

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2022.07.19

「妖異の世界史」を更新しました

 古今東西の史実の出来事と、古今東西のフィクションで描かれた出来事、歴史上の人物の生没年を集めた年表サイト「妖異の世界史」を更新しました。

 今回追加した作品は以下の55作品です。
『迷宮の獣王』『ベン・ハー』『峠鬼』『戴天』『震雷の人』『鬼切丸伝』『今昔ばけもの奇譚』『老虎残夢』『ペルシャの幻術師』『ビジャの女王』『デカメロン』『播磨国妖奇譚』『バビロンまで何マイル?』『カンギバンカ』『八つ墓村』『手裏剣戦隊ニンニンジャー』『黒牢城』『豊臣探偵奇譚』『かすてぼうろ』『孤剣の涯て』『勘定侍 柳生真剣勝負』『ロビンソン・クルーソー』『吸血鬼ヴァーニー』『いい湯じゃのう』『必殺剣「二胴」』『暁の鐘は西北より』『嵐が丘』『リップ・ヴァン・ウィンクル』『暁の犬』『ドリトル先生航海記』『太陽と月の鋼』『くだんのピストル』『この剣が月を斬る』『クリスマス・キャロル』(坂田靖子)『風と共に去りぬ』『BLACK TIGER』『開城賭博』『修羅維新牢』『大草原の小さな家』『RED』『赤毛のアン』『イクサガミ』『明治ドラキュラ伝』『母をたずねて三千里』『ヴァン・ヘルシング』『未来のイヴ』『ゴーストタウン 冥界のホームズ』『海底軍艦』『西郷隆盛を救出せよ』『新デビルマン』『サーカスから来た執達吏』『ラプラスの魔』『松岡國男妖怪退治 昭和編』『地を穿つ魔』『ヘルボーイ』

 サイト全体での作品数は約1000となっています。(以前はフィクションの作品年表のみを抜粋したページを作っていましたが、サイズが大きくなりすぎて削除しました……)
 さすがにこの先はもう少し更新のペースダウンをするとは思いますが、少しずつ更新していきたいと思います。


関連サイト
「妖異の世界史」

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2022.07.18

山本巧次『鷹の城』 江戸の町同心、戦国の密室殺人事件に挑む

 『八丁堀のおゆう』の山本巧次が描く新たなタイムスリップ・ミステリは、なんと江戸時代の町奉行所同心・新九郎が、戦国時代のまっただ中にタイムスリップ。秀吉の軍に包囲された城の中で起きた、密室殺人の謎に挑む新九郎が見たものとは……

 殺しの下手人を追いかける最中、突然起きた地震による崩落に巻き込まれた江戸南町奉行所の同心・瀬波新九郎。意識を取り戻した彼は、周囲の風景が江戸とは思えないものになっていることに気づきます。
 そこで追手に逃げていた瀕死の男と出会い、青野城なる城への書状を託された新九郎は、訳の分からぬまま、とりあえず城に向かうことにするのでした。

 そしてたどり着いた青野城で、今が戦国時代であり、この城が羽柴秀吉の播磨攻めの軍に包囲され、城主・鶴岡式部大丞の下で籠城中だと知った新九郎。彼が持ってきた書状が毛利からの書状であったことから、毛利の使者であると思い込まれた新九郎は、そのまま城に滞在することになります。
 ところがその翌日、城の本丸屋敷の物置の中で、上士の一人・山内が何者かに殺されているのが発見されます。職業柄、犯行現場がここではないことを見抜いた新九郎は、この部屋から外に繋がる抜け道の中で、織田の乱波らしき死体を見つけるのでした。

 どうやら山内が織田と内通していたと思われる状況ですが、しかしそれでも不審が残る状況に首を傾げる新九郎。彼は鶴岡からの依頼で、下手人探しを行うことに……


 冒頭に触れたように、タイムスリップ・ミステリである『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』で知られる作者。そちらは現代の元OLが、江戸時代と現代を行き来して謎を解決するのに対して、本作は探偵役がタイムスリップするという点は同じながら、純然たる江戸時代人が戦国時代に行く、という点が最大の特徴であることは言うまでもありません。
 そもそもタイムスリップ時代劇といえば、まさに『八丁堀のおゆう』のように、現代から過去のある時代に飛ぶのが定番。それが過去のある時代からより過去の時代に、というのは、かなり珍しいケースといえるでしょう。

 しかし本作の巧みなのは、まず江戸時代から戦国時代という、「いきなり放り込まれるとかなり苦しいけれども、(現代人に比べれば)何とかならないこともないかな……」という絶妙なさじ加減の設定であることでしょう。そしてそれに加えて、主人公が同心といういわば犯罪捜査のプロとして、能力を発揮する設定となっている点でしょう。
 特に主人公が探偵役となる必然性については、捜査能力だけでなく、外部の人間であったために監視がつけられていた点が幸いして、絶対犯人ではありえない人間だから――という理由付けが為されているのに感心しました。

 そして肝心の事件の方も、トリックとその謎解き的にはそれほどユニークなわけではありませんが、捜査法というものが存在しない時代、しかも籠城中という非常事態の中であれば、それなりに納得がいくものとなっています。
 しかしそれ以上に目を引く――というよりも本作の大きな特徴となっている――のは、事件を引き起こすこととなった人々の思惑の絡み合いでしょう。いわば内通者殺しであるこの事件が何故起きたのか、起きることとなたのか? その背後にある、籠城下という状況下ならではの人間心理は、本作に歴史小説としての味わいを与えているといえます。

 本作のタイトル『鷹の城』は、下から見上げれば山上に鷹が伏せたよう、上から見ると鷹が翼を広げたようにみえる青野城の姿に由来するものですが――本作のプロローグとエピローグを除く本編部分は「狐たちの城」と題されています。最初は、何故鷹ではなく狐? と思いましたが、読み終えてみればそれも納得であります。


 と、様々に趣向が凝らされた本作ですが、その一方で、それぞれの要素が――新九郎と城の変わり者の姫・奈津とのロマンスや、結末で明かされる新九郎のタイムスリップの理由(というか因縁)も含めて――どれもサラッとした味付けで、印象に残りにくいというのも、正直なところではあります。
 読んでいる最中はそれなりに楽しいのですが、それぞれ(あるいはどれか一つでも)もう一歩踏み込んでくれれば――という印象が否めないのは、もったいないところではあります。それこそが本作の持ち味といえば、そのとおりだとは思いますが……


 にしても、登場人物の一人が湯上谷というで時点で、おや? と思いましたが、そうですか、だから「鷹」……


『鷹の城』(山本巧次 光文社) Amazon

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2022.07.17

梶川卓郎『信長のシェフ』第32巻 武田家滅亡 松姫の答え、勝頼の答え

 いよいよ天正十年に突入、クライマックスの機運高まる本作ですが、この第32巻は、一冊丸々、武田家滅亡編の後編となります。織田軍の総攻撃の前に、武田家がまさに崩壊していく中で、織田信忠から松姫へのメッセージを託されたケン。それに対する松姫の返答は、そしてケンの選択は……

 いよいよ近づく織田信忠率いる武田家への総攻撃。その前に信忠は、自分の許嫁だった松姫と面識のあるケンに、彼女へのメッセージを託すのでした。「他の男の元に嫁いで貰いたい。どうか幸せになってほしい」と。
 信忠の想いを諒として甲州に向かうケンですが、折悪しく松姫とはすれ違いが続いて会えぬまま、ついに総攻撃が始まることになります。そんな中、ようやく寺に身を寄せていた松姫と出会ったケンですが……

 という出会いの場面から始まるこの巻ですが、織田家の総攻撃だけでなく、それを受けて家中の裏切り、逃亡が続出する中で、松姫の心も極限状態。前巻で出会った勝頼の盲目の兄・竜宝に与えられた数珠を持っていたケンにいきなり打ちかかったりと、話しかけるのも一苦労であります。
 それでもようやく信忠のメッセージを伝えようとしたところで、松姫の大切な兄・仁科盛信が守る高遠城落城の報が入るなど、最悪に最悪は重なる状況。そんな中、信忠の言葉を聞いた松姫の答えは……

 ひどく哀切で胸に刺さるものでありつつも、しかし同時に痛快さすら感じられるその答え。その言葉の内容もさることながら、この時の松姫の表情は、このためにここまでの張り詰めた姿があったか――と思わされる、極めて印象的なものであります。
 そしてこの松姫の答えを聞けば、史実に残るこの先の松姫の行動に、深く頷けるのであります。


 もちろんそんな松姫の言葉が、ケンの心を動かさないはずがありません。ケンも松姫が落ち延びるのに同行することになるのですが――しかし落ち延びるといっても、幼い子供や年寄りもいる中で、容易いことではありません。敵は織田軍だけでなく、裏切った元武田の臣、さらには落ち武者たちを狙う野伏たちもいるのですから。

 そんな中でいかにして松姫たちは逃れるのか――この巻の後半は、松姫やケンたちの逃避行と、勝頼の最後の戦いが、並行して描かれることになります。
(しかし武田家が次々と窮地に陥るシーンに重ねて描かれる、(保存食は)「よしミニサイズのおやきにしよう」というケンの台詞には、また妙なインパクトが……)

 そして前半のクライマックスが松姫の言葉だとすれば、後半のそれは、ケンと勝頼の最後の対面でしょう。岩殿城に向かう勝頼一行が、偶然近くを通ることを知り、単身勝頼の前に姿を現すケン。そこで二人が交わした言葉は――シチュエーションを考えれば、一見ひどく間が抜けたようにも思えるかもしれません。

 しかしこれこそは、これまで自分の生を戦い抜いてきた、そして最後まで戦い続けようとする男への餞の言葉とそれへの答えであり――これまで不思議な運命で結ばれてきた二人にとって、最もふさわしい言葉であると感じます
 思えばケンにとって勝頼は、仰ぎ見る歴史上の人物ではなく、ほとんど唯一の、対等な立場の人間だったのではないか――そんなことすら、この場面には感じられます。

 そしてその言葉を受けての、その後の勝頼主従の最後の戦いもまた、本作の勝頼像を全うするものとして強く印象に残るのです。
(さらにまた、この巻のラストで、信長が勝頼が最後まで狙っていたものを正しく理解していたのも泣かせます)

 もっとも、北条夫人の顔を見た時には、さすがに勝頼にツッコミを入れたくなりましたが……


 武田家滅亡に単行本2巻費やすというのは、バランス的にはいささか良くないように感じられるかもしれません。
 しかしそうであったとしても、ここまで描かれてきた武田家との物語を考えれば、彼らの、彼女たちの姿を描き切りたいという想いには、大いに納得できるものがありますし、それだけの内容あったと感じます。

 そして物語は次の段階に進むわけですが、ここで思わぬ人物の言葉から、ようやく事態が動く模様。しかしそれがこの先の歴史を変えることになるのか――まだ未来は見えないままであります。


『信長のシェフ』第32巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon

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 梶川卓郎『信長のシェフ』第19巻 二人の「未来人」との別れ、そして
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2022.07.16

大羽快『新選組といっしょ』第1巻

 ほとんどあらゆる戦国武将をギャグにしまくった四コマ漫画『殿といっしょ』の大羽快の新作は『新選組といっしょ』――もうタイトルが雄弁に語っていますが、あの新選組の面々が大変なことになってしまう幕末ギャグ漫画であります。

 時は幕末、所は江戸――天然理心流の剣術道場・試衛館を継いだばかりの若き道場主・近藤勇。身を立て名を上げ天然理心流を世に知らしめんと青雲の志を語る近藤ですが、その素顔は見栄っ張りで嫉妬深くてすぐスネるという実に面倒くさい人物であります。
 しかし彼だけでなく、その周囲に集まった土方、沖田、山南、藤堂、永倉、原田も皆、非常に個性的――というよりポンコツ揃い。道場唯一の常識人である井上源三郎は、一人で振り回される羽目に……

 という、ある意味、実に「らしい」基本設定(特にツッコミ役の源さんの配置とか)で展開する本作は、ストーリーがあるようなないような――というゆるーいノリで展開していくギャグ漫画。必ずしも一ページ四コマというわけではありませんが、四コマ的なノリでポンポンとテンポよく展開してくボケとツッコミの嵐は、『殿といっしょ』に親しんだ方であれば、懐かしくも楽しいものでしょう。

 しかし何と言っても最大の魅力は、そのキャラクターたちの壊し具合でしょう。
 ガチの意味で近藤に惚れ込んでいる土方(諸般の事情で表に出る時は常にたくあんをほおばる)、ゆるふわ毒舌系で集中力が一瞬しか保たない沖田、ひたすら解説しかしない山南、異常に汗かきでドジっ子の藤堂、記録マニアの事件屋・永倉と、基本居眠りしかしていない(そして何故か○○っぽいポーズになる)原田……

 どこからどこまで元ネタがあるのか、一歩間違えれば原型を留めなさすぎてわからないレベルながら、それでいて何故か納得させられてしまうキャラ造形もまた、相変わらずの楽しさです。


 さて、上ではストーリーがあるようなないようなと書きましたが、本作は試衛館に集った連中の騒がしい日常を描きつつも、この巻の中盤からは、徐々に史実に沿った物語が展開されていくことになります。
 近藤の講武所教授就任の失敗(こんな理由で失敗する新選組もの初めて見た――当たり前ですが)から浪士組の募集に応募、京に出発――という、新選組もの序盤の定番の展開が、ここでは描かれているのであります。

 もちろん、点で見れば史実通りであっても、それを繋ぐ線は本作ならではのものであることはいうまでもありません。特にある理由から是が非でも近藤を立ち直らせることを決意した面々が、検討を重ねた末の結論は――というくだりは、各キャラの個性が出まくった議論の模様といい、そこにつながるの!? というオチといい、実に愉快なのです。


 というわけでこの巻のラストでようやく京に旅立った試衛館の面々。まだまだ「新選組」への道は始まったばかりですが――この先、試衛館の面々が何をやらかすのか、どんな新キャラが登場するのか、本作らしい歴史ギャグを今から楽しみにしているところです。
 既にこの巻の時点で、どう見ても表裏がありすぎる清河八郎、もはや人間なのかすら怪しい芹沢鴨、ぜよぜよ言いながら誰でも仲良くさせようとするヤツが登場しているだけに……


『新選組といっしょ』第1巻(大羽快 双葉社アクションコミックス) Amazon

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2022.07.15

山田正紀『開城賭博』(その二)

 山田正紀の歴史・時代テーマ短編集の紹介の続きであります。

「恋と、うどんの、本能寺」
 本能寺の変を専門とする准教授の元に、本能寺の変が原因で両親が離婚しそうだと悩みを打ち明けてきたゼミ生。聞けば「饂飩本能寺始末」なる書物に、謀反の直前に光秀がうどんを食べたと書かれているのですが――彼の父方に伝わる版では讃岐うどんを、母方では三河うどんを食べたと書かれていて……

 本書の中では唯一現代(といってもメインの舞台は昭和末期なのですが)を舞台とした本作。しかもその内容は、「うどん版のロミオとジュリエット」――讃岐うどん店の跡継ぎと三河うどん店の跡継ぎの大恋愛という、何ともすっとぼけたものであります。
 物語が進むにつれ段々何の話かわからなくなっていく一編ですが、しかし大きな権力を持った者への小さな抵抗が描かれる辺り、やはり作者の作品という気もいたします。落とし噺のようなオチも微笑ましいです。


「独立馬喰隊、西へ」
 御嶽山に少年少女たちだけで籠もる「独立馬喰隊」――武田信玄の馬廻組の流れを汲む風組のもとに現れた、関東代官所からの使者。改修中の江戸城の土台とするための、御嶽山の神木の輸送の依頼を受ける風組ですが、しかし道中には長安と対立する本多正信が妨害を行う可能性がある――そう聞かされた上で、リーダーのジローは、あえてこの仕事を引き受けることを決めるのでした。

 八王子からの「石灰往還」上を、一路江戸まで突っ走る風組の面々。しかし途中の村には、これも少年少女ばかりの江戸の盗賊団「花桜」の罠が待ち受けていて……

 本書で唯一の書き下ろしである本作は、ほぼ本書の四割を占める中編――そして序盤からラストに至るまで、ほとんど走りっぱなしという一大アクション編であります。
 妨害が予想される危険な旅路を往くという、一種の不可能ミッションものの味わいも強い本作ですが、まず印象的なのは、その危険を知りつつも、いやむしろそれを求めてミッションに挑むジローの姿でしょう。

 舞台となるのは、関白秀吉の命で、徳川家康が江戸に入ることになった頃――戦国時代がほぼ終わりに近づいた時代であります。
 そんな中で、父親たちが仕えたかつての主家は滅び、その腕を戦場で振るう機会ももはやないジローたち。彼らが、自分たちの分身ともいうべき軍馬を思うままに戦場で走らせる最後の機会――それがこのミッションなのです。(そしてジローのライバルとなる「花桜」の頭領・十郎太も、形は少々違えど、同様の鬱屈を抱えた存在として描かれます)

 しかし、時代に取り残された者たちが最後の輝きを見せるために戦いに臨む――というのは、これはどう考えても危険なフラグ。というより、『風の七人』など、山田正紀の作品ではまま見られたあのシチュエーションであります。
 その予感が現実となるように展開していく後半の戦いには大いに熱くなりながらも、胸、というより胃が痛くなります。

 そしてその戦いの果てにあるものは――それは是非その目で見ていただきたいのですが、作者から読者への、一つのエールのようにも感じられる結末が印象に残ります。


「咸臨丸ベット・ディテクティブ」
 咸臨丸でアメリカに向かう航海の開始早々、船酔いでダウンしてしまった勝麟太郎(海舟)。船酔いだけでなく、心まで完全に折られた勝は、船室に完全に引きこもってしまうのでした。
 その勝を立ち直らせる命を密かに受け、船室に通うようになったジョン万次郎。しかし彼は、そのたびに勝から怪談話をせがまれることになります。万次郎が語る怪談に対し、勝が解き明かすその真相とは……

 冒頭の表題作で主役を務めた勝海舟が再び中心となる本作は、彼が海舟になる前の麟太郎時代の物語。しかも千夜一夜物語よろしくジョン万次郎が語る怪談に対して、タイトル通り勝がいながらにしてその真相を合理的に突き止めてしまうというのが、何ともユニークなシチュエーションです。

 短編の中に三つのエピソードが収録されているため、個々の内容はあっさり目ですが、その先の結末が何とも爽快で、本作のラストに置かれているのも納得の作品です。
(ただし、オチはちょっと苦しいかな……)


 というわけで作者らしさを存分に楽しませていただいた全六編ですが、あとがきによれば、まだまだ時代もの短編のアイディアは尽きない(タイトルまで記載!)模様。これはぜひ「次」も期待したいところであります。

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2022.07.14

山田正紀『開城賭博』(その一)

 山田正紀が2018年から2021年にかけて「小説宝石」と「ジャーロ」に発表した作品、プラス書き下ろしで構成された、歴史・時代テーマの作品を収録した短編集であります。いずれも作者らしいユニークでトリッキー、そして時にどこかウェットな作品が収録された一冊です。

 これまで数々の異彩を放つ作品を発表してきた山田正紀には、歴史・時代小説も少なくありません。本書はその中でも最新の短編を収録した作品集であります。時代も内容もバラエティに富んだ本書の収録作品六編を、一つずつ紹介いたします。


「開城賭博」
 勝海舟の葬儀を取材する中で、参列者に尋常でない気迫の人物を見つけ、取材することとなった新聞記者。かつて賭場の用心棒だったというその人物は、慶応四年三月、勝海舟と西郷隆盛の会談に同席したというのです。

 江戸城の明け渡し、武装解除、家臣の移動、そして徳川慶喜の処遇――それが決定される重要な会談の数日前に、一人の博徒を探していた勝。かつて南海の孤島に島流しにされたというその男は、そこである人物にチンチロリンを教えた過去があったのです。
 そして運命の日、談合が行き詰まった中で、勝は西郷に「ここは一つ、チンチロリンで決めることにしねいかい」と言い出し……

 表題作の本作は、幕末史のハイライトというべき江戸城無血開城秘話ともいうべき物語。これまでも様々な作家によって描かれてきた江戸城無血開城は、勝と西郷という大人物二人の心が通じ合った結果、成し遂げられたというお話が定番ですが――考えてみればそう簡単にいくはずがありません。

 本作で描かれているとおり、西郷はあくまでも代表であり、彼の思惑一つで、これまで新政府が取りまとめてきた方針を簡単に撤回できるはずもないのですから。であるとすれば――というところでタイトルの状況となるわけですが、ここでの賭博は、気ままなサイコロの運に賭けるのではなく、人の想いに賭けていたというのが、本作の巧みな点です。

 それがもたらした結末は――これまでも巨大な存在と対峙するヒューマニズム(人間の想い、一個人の意気地と言ってもよいでしょう)を様々な形で描いてきた作者らしい、爽やかな後味の一編です。


「ミコライ事件」
 関東軍参謀本部のI・K中佐から、日本軍に敵対する奉天軍閥のT将軍の乗る列車爆破を命じられた旅順の特務機関員。しかし悪名高い張作霖爆殺事件の後、再び関東軍が列車を爆破したと知られるわけにはいきません。
 密かに列車に爆薬を仕掛け、工作者の不在証明に留意して痕跡を残さず、さらにソ連特務機関の仕業に見せかけるという無理難題。これに対し、T将軍がロシアのピアノ曲好きなのを利用し、ミコライなる亡命貴族を仕立て上げてT将軍に接近させる「ミコライ作戦」を特務機関員は考案するのですが……

 『崑崙遊撃隊』や『機神兵団』など、作者の作品でも印象的な舞台となってきた戦前の大陸で展開する本作は、これも作者が幾度も描いてきた謀略ものの空気が漂う物語です。
 張作霖爆殺事件を背景に、I・K中佐(あの人物だろうなあ……)から不可能ミッションの達成を無茶振りされた主人公が、いかにしてこれを達成するか――と頭を悩ませることになりますが、いざ作戦がスタートしても油断できないのもお約束であります。

 どんでん返しの果てに待ち受けていたオチは――そう来たか、と唖然とさせられます。


「防諜事件」
 長崎造船所で戦艦武蔵が建造される中、防諜調査に当たる二名の専門家。任務の終わりが近付いた頃、海軍工廠造兵部でゼロ戦エンジンの設計図が入った手提げ金庫の盗難事件が発生することになります。
 犯人は、R公使館の秘書官の恋人であるエリスに関わりがあると睨んだ二人は、彼女の監視に当たるのですが……

 冒頭に森鴎外『舞姫』、吉村昭『戦艦武蔵』、松本清張『張込み』の三作品の名が挙げられる本作は、本書の中でも際立って重い設定と物語が描かれる一編。武蔵建造中の厳戒態勢下の長崎で黙々と活動する防諜専門家の姿は、あの時代の一つの象徴に思えます。

 内容的には金庫盗難事件の犯人の行方が謎となるわけですが、しかし中心になるのは、専門家の一人がエリスに寄せる想いの存在。この時代の申し子のような男と、この時代に身の置きどころのない女と――決して交錯しない二人の姿が重い後味を残します。


 残りの作品は次回紹介いたします。

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2022.07.13

へげかもこ『ぼくの伴侶 猫と大佛次郎物語』第1巻

 国民的作家である大佛次郎――その若き日の姿を、妻と、そして猫との関わりを通じて描くコミックの第1巻であります。新進女優のトリコに一目惚れした青年・清彦。彼とトリコ、そして猫たちの生活は……

 帝大法学部に通いながらも、文学に親しみ、将来は自分の芝居を書きたいという夢を持つ青年・野尻清彦。彼は手伝っていた舞台で、新進女優の吾妻光こと原田酉子(トリコ)に一目惚れすることになります。
 紆余曲折を経て交際を始め、親兄弟の反対を押し切って結婚した清彦とトリコですが、彼女には(清彦的に)大変な秘密がありました。清彦が愛してやまない猫――しかしトリコは、実は大の猫嫌いだったのです!

 ――という第1話から始まる本作。特に猫好きの文学好きにとっては、大佛次郎(野尻清彦)の猫好き――というより猫超好きは、つとに有名ですが、もちろん本作においてもその姿は健在であります。
 この第1話でも清彦は「猫は僕にとって必要不可欠のやさしい伴侶」と語り、アポリネールの詩の一節である「私は自分の家にもっていたい わけのわかった妻 書物の間を歩き回る一匹の猫」を引くのですが――まさかその妻と一匹の猫が不仲とは! と、意外なヒキに心を掴まれます。

 もちろん、トリコの側にも猫嫌いn理由があるのですが――それはやがて彼女が女優として活動する中で、思わぬ形で解消され、無事、彼女も猫好きに。かくて清彦とトリコと猫たちの物語が本格的に展開していくことになります。


 さて、本作はあくまでも事実を基にしたフィクションということですが――そして正直に申し上げれば、その境を見分けられるほどの知識を私は持っていないのですが――しかし、年譜に残るような出来事を踏まえつつ、その合間にあったかもしれない物語を、丹念に描く様には好感が持てます。

 この巻ではこの後、二人が鎌倉に移り住み、清彦が鎌倉女学校の教師に、ついで外務省の嘱託となり、その合間に文筆家としての仕事が徐々に軌道に乗り始め――というところで関東大震災が発生。鎌倉大仏裏の借家で暮らす中で娯楽雑誌から依頼を受けて時代小説を書くことになり、初めて「大佛次郎」の筆名を名乗る――という、非常によく知られた流れを経ることになります。
(丸善で100円の本を買って支払いに困るエピソードもあったりするのにニッコリ)

 そしてこうした物語の随所に猫が絡んでくるのですが――これはもちろん、先に述べたとおり大佛次郎の猫好きを踏まえたもの(そして掲載誌が「ねこぱんち」であることもありますが)であるとしても、しかし本作においては、猫が「明るく幸せな日常生活」の象徴として描かれている点が、何とも好感を持って感じられるのです。
(関東大震災の直前、二人の初めての飼い猫が姿を消すというのは、直球ではありますがやはり象徴的でしょう)

 ちなみに本作における猫たちですが、例外はあるものの、基本的にその辺りにいるような和猫たちが中心。しかしそれだけに親しみやすさと微笑ましさは絶品であります(やはり「日常」)。
 猫嫌いを克服したトリコの感想――「猫はやわらかくてあったかい」はありふれたものでありつつも、実感として大きく頷けるのです。


 さて、この第1巻では、『鞍馬天狗』が誕生して大評判となり、初の新聞連載(タイトルは出ませんでしたが『照る日くもる日』でしょう)もスタートして、作家として順風満帆、猫もいっぱい飼うようになって――というところで終わりました。
 次巻(最終巻)は舞台は昭和に移りますが、あの時代を舞台に、清彦とトリコと猫たちの日常がどのように描かれるのか、楽しみにしたいと思います。

 ちなみに本作において随所に顔を出す、厳格だけど雑誌の編集長をしていて仕事を回してくれる清彦のお兄さん、帝大法学部を出て講談なぞ書きおって! と、傍から見ると好きなように生きている弟に説教するのですが――しかし本人もこの時期、日本心霊現象研究会を作っていたかと思うと、ちょっと愉快ではあります。
(野尻抱影先生、ロマンチストという点では弟さん以上では……)

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2022.07.12

大島幸也『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』第1巻

 だいぶ以前に原作小説をご紹介した山本風碧の『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』の漫画版第1巻が刊行されました。何やら情報量が多いタイトルですが、もちろんこれは全て本当のこと――性別を偽って陰陽寮に潜り込んだ姫が、凶相と噂される皇子と繰り広げる物語の開幕編であります。

 大納言家の四の姫に生まれながらも「姫らしい」ことには全く興味を示さず、夜空の星を見ることに魅せられてきた小夜。おかげで昼は居眠りばかりの小夜ですが、十二の時、そんな彼女を心配した母から、腕利きの宿曜師・賀茂信明と引き合わされたことから、彼女の運命は変わっていくことになります。

 小夜に、人の目の中の星空を見ることで相手の運命を見抜くという、生まれついての宿曜の異才があると知った信明。彼から宿曜を学ぶようになった小夜は、ある日、密かに信明に連れ出された先で、凶日に生まれた忌子と言われる宮様と対面するのでした。
 その目の中に美しい星空を見出し、希望に満ちた未来を語る小夜の言葉に心を開き、千尋と名乗った宮様――彼から「そなたを待っている」と告げられた小夜ですが……

 それから四年、特に運命は変わらず、親の見つけてくる婿候補から逃げ回る日々の小夜。そんな彼女を治療と称して外に連れ出した信明は、思わぬ提案をしてくるのでした。
 病弱で出仕できない信明の子・志信に成り代わって陰陽寮に入る――途方も無い話ですが、志信のため、自分の未来のために、小夜はこの話を引き受けることに……


 と、この先の展開も含めて、原作のほぼ1/3までのエピソードが描かるこの漫画版第1巻。内容的には小夜のキャラクター紹介と、「とりかえ」という彼女の運命の一大転機という、いわば基本設定を描いた部分で、本格的な物語展開はこれから――というところですが、しかし本作ならではの独自性は、ここまででもよく表れていると感じます。

 特に本作ならではの要素である「小夜の」宿曜道――彼女が人の目の中に星空を見るくだりは、まさしく彼女が言う通りに、惹きつけられるように美しいの一言。ある意味この巻のクライマックスである、千尋の目の中の月のない闇夜に、それでも彼を導く星が浮かぶ描写には、本作を漫画化した成果があった――というのは、少々気が早いでしょうか。

 また、今回改めてこの物語に触れて感じたのは、主人公である小夜の心の持ちようの正しさというか、好感の持てる心の在り方でした。

 本作はタイトルで「とりかえ」と言いつつも、完全な入れ替わりではありません(つまり志信が小夜になるわけではない)。そんな状況で、自分が志信の人生を乗っ取れば、彼がいないことになってしまうこと、そして結局自分が志信の人生を生きられるわけではないことを、小夜は正しく理解するのです。

 そしてその上で、自分は志信のために時間を稼ぐと告げ、そして自分もその間にこれから「小夜として」どう生きるかを考えると心に誓う――そんな彼女の姿勢は、設定だけみれば豪快な物語に、一つの確かな芯を与えていると感じるのです。


 と、自分が自分らしく生きるために、人の姿を借りても努力すると誓った小夜ですが――しかしその矢先に出会った美青年は、もちろんあの千尋(バランスを崩したところを抱きとめられてドキドキ――というお約束もアリ)。
 そして幼い頃から自分に、そして千尋のために何かと骨を折ってくれる信明も、どこか調子の良いところや、思惑が見えないところが感じられます。

 先に述べたとおり、物語はここから本格的に動き出すところ、この漫画版がどのようにそれを描くのか――原作読者としても楽しみにしている次第です。

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2022.07.11

おーはしるい『毎日が新選組』

 基本コミカルに、時にシリアスに新選組を描く、「まんがタイムファミリー」誌に十年近く前に連載された四コマ漫画です。会津から間者の密命を帯び(?)、新選組のお世話係となった少女が見た新選組の真実とは……

 元治元年(1864年)3月、はるばる会津から京にやってきた高坂春。会津藩からの声掛かりで新選組の身辺世話係となった彼女は、不器用で方向音痴の慌てものながら、元気で明るく頑張り屋の少女であります。
 むさい男所帯の上に曲者だらけの新選組に手を焼きながらも、徐々に新選組に馴染んでいく春ですが――その正体は、実は間者! 

 なのですが、バレていないと思っているのは本人だけで、来た時から新選組の面々にはバレバレ。
 何とか正体を隠しつつ新選組の情報を集めねばと奮闘する春と、あからさまにツッコむわけにもいかず扱いに困る新選組の面々との微妙な緊張関係の中、春は新選組の素顔を目の当たりにすることに……


 という設定で展開する四コマ(基本)ギャグ漫画である本作。シリアスな作品でも新選組ものは基本的にそうですが、四コマギャグだけあってか、本作に登場する新選組はキャラの立った連中揃いであります。
 豪快で器が大きいがちと単純な近藤、冷徹で厳格な(しかし新選組のことを誰より考える)土方、近藤第一でニコニコしながら剣呑なことばかり言う沖田、クールで真面目で貧乏くじを引かされやすい斎藤等々――本作で描かれるのは「お馴染みの」新選組の面々なのです。

 それだけにある意味お約束的な(土方の豊玉ネタとか)内容も少なくないのですが――しかしそこに春といういわば異分子が絡むことで、物語に独特のリズムと流れが生じるのが本作の楽しいところ。陽性の春のキャラクターも相まって、基本的には肩の凝らない、明るい新選組ものであります。


 が、明るいといっても新選組は新選組。本作は冒頭に述べたとおり1864年から始まりますが、ラストは会津戦争――というわけで、当然のことながらサツバツとした内部のあれこれにも、当然ながら触れられることになります。

 本作は全三巻なのですが、第一巻は禁門の変あたりまで、第二巻は屯所の西本願寺移転あたりまで、第三巻は上に述べたとおり会津戦争までという構成。
 ということは、新選組ものでしばしばメインとなる、新選組創成期から新選組がその名を挙げた池田屋事件までよりも、その後の出来事の方に、多く分量が割かれていることになります。
(特に物語のスタート時点で既に芹沢が死んでいるのは、長編の新選組ものでは結構珍しい印象)

 そんなわけで、「派手な」エピソードばかりではない――というのは作品の設定とスタイル上当然かもしれませんが、たとえば永倉の建白書騒動に結構なページ数が割かれていたり、西本願寺の屯所ネタが少なくないのは、本作のユニークな点と感じます。
 そしてもちろん、一般人視点であるからこそ、幕府の権威の坂を転がり落ちるような凋落や、隊士たちとの別れが印象に残るのですが……

 ちなみに春の設定自体は架空ですが、彼女の「正体」は、実在の人物。その正体は終盤で明かされるのですが――といっても、会津出身の女性で新選組に縁があり、隊士の中では○○との絡みが結構多いとくれば、新選組ファンには正体は一目瞭然ではあるのですが、その辺りはむしろニコニコ(○○との関係ではニヤニヤ)と楽しむべきところでしょう。
(しかし何気に字が巧い、というのは面白いところを拾ったな、と思います)


 もちろん、あまりに新選組をキレイに描いているという点は否めません。またその点とも密接に関わりますが、基本的に春の見ていないものは描かれないため、戦いの場面がほとんど描かれないというのも、少々もったいないところではあります。
(また彼女がある意味唯一参加した戦いである会津戦争はラスト前一話のみの扱いですが――これはまあ仕方ないでしょう)

 しかし逆にいえば、戦いを直接描かないで長期に渡って新選組を描いたというのは本作ならではの特徴ですし、最後に触れるのもなんですが、もちろん四コマギャグとして楽しいのは本作の大きな魅力でしょう。

 何よりも、最後に小さくとも幸せが残る――ラストで回収されるタイトルの意味が切なくも嬉しい――新選組ものというのは、ファンとしては嬉しいものです。

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2022.07.10

あずま京太郎『THE KING OF FIGHTERS外伝 炎の起源 真吾、タイムスリップ! 行っきまーす!』第2巻

 ザ・キング・オブ・ファイターズ(KOF)シリーズの660年前の過去を描くスピンオフ漫画の第2巻にして完結編であります。タイムスリップした先で八尺瓊勾依なる男と出会い、八尺瓊、そして草薙のオロチとの戦いを目の当たりにすることとなった真吾。しかし両家の運命は思わぬ方向に向かうことに……

 自分もいつか炎を出すことを夢見て、今日も今日とて草薙流古武術の特訓に明け暮れる矢吹真吾。しかしその最中、彼は不思議な空間に飲み込まれ、660年前の過去にタイムスリップしてしまうのでした。
 そこで赤い炎を操るぶっきらぼうな青年・八尺瓊勾依と出会った真吾は、不審人物として捕らえられ、八尺瓊家に軟禁されることになります。

 そんな中で勾依の家族、そして草薙京の先祖と出会った真吾は、両家がオロチ変化なる怪物たちと戦っていること、そして勾依が抱えた深い屈託の存在を知ることに……

 と、真吾が草薙ではなく八尺瓊=八神の先祖の方に先に出会うという、いささか捻りを加えた展開で始まった本作。この第2巻では、いよいよKOFのバックグラウンドストーリーで語られた過去の悲劇の真実が紐解かれることになります。

 勾依の妻・カヤから、勾依の背負った過去を聞かされた真吾。その矢先、オロチの封印の一つが解かれ、その場に倒れているのが発見された勾依は、その場に現れた帝の兵により連行されてしまうことになります。
 さらに真吾とカヤが残った八尺瓊家を襲撃し、カヤを攫う二人の女八傑集(!)。さらに、囚われの勾依の前にもう一人の八傑集が現れます。そしてその語る言葉に絶望した勾依は……


 660年前にオロチの力に魅せられた八尺瓊家の者がオロチの封印の一部を解き、オロチと血の契約を結んだ末に、紫の炎を操る八神家となった――第1巻でも触れましたが、これがこれまで語られてきた八神家の誕生のエピソードでした。
 この巻で描かれる物語は、これを踏まえつつも、真吾の目を通じて、そこに隠されたもう一つの物語を描き出すことになります。

 それは、身も蓋もない表現を使えば、後付けの設定改変なのかもしれません。過去の美化なのかもしれません。しかし実際に読んでみれば全くそう感じることがないのは、やはり物語の盛り上げ方と、勾依のキャラ描写の巧みさにあるのでしょう。
 しかしそれだけでなく、本作のさらに巧みなのは、そこに真吾の成長物語が重ね合わされている点にあるといえます。

 草薙の人間でないにもかかわらず、炎を出そうと懸命に努力してきた真吾――その姿は、これまで基本的に本筋とは離れた、ギャグ要素として描かれてきました。
 しかし本作における真吾は、炎を出せる血を受け継いでいない、いわば炎が出せないことを宿命付けられている身でありつつも、それを乗り越えようと奮闘する、奮闘し続ける青年として描かれます。

 それが八尺瓊の過去の物語と重なる時に生まれるのは、力の欲望に屈して人を捨てようとした愚者の物語ではなく、宿命に翻弄されながらもなおも人であろうと戦い続ける勇者の物語なのです。
 そしてその先にある紫の炎の真実を知れば、必ずや、八神を見る目も変わると感じますし、ラストで真吾が勾依にかけた言葉に込められたものの熱さと重さ、そしてそこにある希望には、ただ涙するしかないのです。


 と、実によくできた物語である本作ですが、バトル面の描写もまた、非常に巧みであります。
 いわばツキノヨルオロチノチニクルフマガヒと対決する真吾の、それまでの物語を踏まえたファイト(外式・百合折りなどの技描写に納得!)、そして表と裏の本領を発揮して風を操る八傑衆に挑む草薙と八尺瓊の姿など――これを見たかった! と快哉を挙げたくなります。

 一歩間違えれば色物になりかねない内容を、あらゆる面で丹念に描いてみせた本作は、特に昔からのKOFファンであればあるほど感動が大きい、スピンオフのお手本のような作品と言ってよいかと思います。
(これはまあ蛇足ですが、時代ものとして見た時に、おそらくは南北朝時代ならではの社会情勢下での、八尺瓊と草薙の不安定な立場を物語に盛り込んでいるのも、嬉しいところでした)


 しかしまあ、先祖は先祖として、八神庵はやっぱり八神庵なんだなーというオチが実に……(そしてそこにさらりとあの伝説のネタを投入してくるセンスに脱帽!)

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2022.07.09

細川忠孝『ツワモノガタリ』第2巻

 格闘漫画の文法で、新選組の強者たちの激闘を描く意欲作、待望の第2巻であります。一の段の沖田総司vs芹沢鴨はいよいよクライマックス、そして続く二の段では、藤堂平助と、薩摩の人斬り・田中新兵衛との死闘がスタートいたします。

 元治元年(1864年)のある晩――新選組屯所での飲み会の肴代わりに近藤が言い出した「この国において最強の剣客は誰か?」という話題。かくて語られることになった第一番勝負が、沖田総司vs芹沢鴨の死闘であります。
 暗殺に向かった沖田の天然理心流と迎え撃つ芹沢の神道無念流の死闘は、沖田が神技というべき三段突きをヒットさせたものの、芹沢は相手の未発の象を読む無念無想でそれ以上踏み込ませない鉄壁のガードを固めます。体格と膂力で勝る芹沢に追い詰められた沖田は、そこで極意・天地人の構えを……

 と、見たことも聞いたこともない剣技の登場で終わった第1巻。手は右手で柄尻いっぱいを握り、左手で刀の峰を持つという諸手の構え、足元は進退自在の位に構えたこの天地人から繰り出される攻撃は――その詳細は伏せますが、漫画としてのケレン味は十二分にありつつも、根底に剣技・剣理に則った描写を行う本作らしい必殺剣っぷりに、テンションが上がります。
(真剣勝負と言えば一撃必殺の印象が強いだけに、こういう効果の技もアリなのか!? とも。これは無念無想との噛み合わせによるものではあるのかもしれませんが……)

 そして迎える一の段の決着――沖田と芹沢の心情が、芹沢鴨の名を活かした描写を交えて描かれるのも心憎い結末であります。


 さて、二の段ですが――ここで飲み会に遅れて飛び込んできたのが、勝負の主役であり、この巻の表紙を飾る藤堂平助であります。

 新選組八番隊組長であった藤堂――しかしこれは私見ですが、藤堂は他の幹部に比べると、今ひとつキャラクターが浮かびにくいよう印象があります。
 近藤や原田は豪快、土方は冷徹、沖田は純粋、山南は優等生。そんなイメージがある一方で、藤堂にはこれ、というイメージがなかったように思うのですが――本作における藤堂は、登場した瞬間にその言動で周囲の全員から疎まれるというウザキャラ。というより、表紙の表情から何となく察せられるように、一種の壊れキャラであります。

 そしてその藤堂の相手となるのは、幕末四大人斬りの一人・田中新兵衛。こちらはこちらで、別のベクトルでの壊れキャラというべきか――もはや時代漫画ではナニの代名詞の感もある薩摩隼人の一人として、寡黙にしかし熱く燃えて人を斬る、一種の怪物めいた男として描かれることになります。

 そしてそんな新兵衛を認めた武市半平太と、そんな半平太に惚れ込んだ新兵衛と――ここで半平太のために人を斬る前の新兵衛の言動がイイ――二人の出会いの先に、藤堂と新兵衛の激突が始まることになります。
(しかし新兵衛といい以蔵といい、こういう人斬りに好かれる武市半平太は一体……)

 かくて激突する北辰一刀流の藤堂と、薬丸自顕流の新兵衛――この二人はともに超実践流の剣の使い手、そして平然と人を斬る人斬りと、ある意味似たもの同士であります。
 しかしかたや相手の出方に合わせて自在に対応し反撃で決めるタイプ、かたやガード不能の超攻撃力で叩き伏せるタイプと、剣のスタイルは水と油。そんな二人の激突はこの巻の終盤でようやく始まることとなりますが、早くもフルスロットル。どちらに転んでもただでは済まない死闘の先が――スタイル的に不利は否めない藤堂の逆襲が楽しみであります。


 ……と、ここからは余計なお話になりますが、個人的に気になって仕方ないのは、勝負の内容もさることながら、その決着をいかに史実と折り合いをつけるか、という点であります。
 一の段の沖田vs芹沢は、これはもう(沖田が実際に斬ったかはともかく)ここで芹沢が命を落とすことがわかっていたわけですが、しかし藤堂vs新兵衛は、知る限りでは史実では接点はなかったはず。その辺りの整合性をどうつけるのか。

 さらにこの先の展開で言ってしまえば、新選組のメンバーが斬った、名のある(本作で描いて面白い)剣客は少ないはずで、さてその辺りをどのように解決してみせるのか?
 剣の勝負の行方に加えて、こちらの点についても、大いに気になっているところです。

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2022.07.08

8月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 今年半分過ぎたという衝撃も、7月に入る前から酷暑という事態の前に忘れ去られた感のある今日この頃。せめて今年の夏は、気温以外に夏らしいことがしたいなーと思いつつ、では夏らしいことといえば、冷房の効いた室内で読書です。というわけで8月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 8月の文庫新刊は、7月に比べれば多いという印象。まず注目は、『怪談男爵 籠手川晴行 2(仮)』(瀬川貴次 集英社オレンジ文庫)と、『大奥の陰陽師(仮)』(つるみ犬丸 メディアワークス文庫)であります。
 その他、『惣目付臨検仕る 4 迷宮(仮)』(上田秀人 光文社文庫)や『王朝奇談集』(須永朝彦 ちくま学芸文庫)が気になるところでしょうか。

 また、文庫化・復刊では、『サーベル警視庁 2 帝都争乱』(今野敏 ハルキ文庫)と、何と懐かしい! な新装版『桃花源奇譚』第1巻・第2巻(井上祐美子 中公文庫)に注目でしょうか。

 その他、海外作品では、直球でホームズ+クトゥルーらしい『シャーロック・ホームズとシャドウェルの影』(ジェイムズ・ラヴグローヴ ハヤカワ文庫FT)が気になります。


 一方漫画の方では、博打で全てが決まる幕末を舞台とした『幕末賭博バルバロイ』第1巻(羽田豊隆&河本ほむら ジャンプコミックス)に注目。意外と出ているパラレル幕末ものの一つですが、どのように博打を物語に落とし込むのか気になります。
 その他、『侍VSゾンビ』(荒吐巌 LINEコミックス)が上下巻で刊行です。

 また、シリーズものの最新巻を例によって舞台の時代順に並べれば――『童の神』第5巻(深谷陽&今村翔吾 アクションコミックス)、『逃げ上手の若君』第7巻(松井優征 ジャンプコミックス)、『紅灯のハンタマルヤ』第2巻(町田とし子 シリウスKC)、『青のミブロ』第4巻(安田剛士 講談社コミックス)、『MUJIN 無尽』第10巻(岡田屋鉄蔵 YKコミックス)、『賊軍 土方歳三』第7巻(赤名修 イブニングKC)などが並びます。

 そして海外ものでは、『ブルターニュ花嫁異聞』第1巻(武原旬志 リュウコミックス)や『天幕のジャードゥーガル』第1巻(トマトスープ ボニータ・コミックス)といった新登場のほか、『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第23巻(川原正敏 講談社コミックス)、『西遊妖猿伝 西域篇 火焔山の章』第4巻(諸星大二郎 モーニングKC)が楽しみなところでしょう。


 ちょっと刊行点数は少なめな気もいたしますが、楽しみは少なくない8月といってよいでしょう。


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2022.07.07

篠原烏童『浅葱の風音』

 ホラーや動物を題材にした物語等、様々な作品を描いてきたベテラン・篠原烏童には、時代ものも少なくありません。本書はそんな作者の幕末ものを中心に、コミックス初収録作品&描き下ろしで構成された短編集であります。

 巻頭に収録された「矢竹の音」は、箱館戦争終盤、市村鉄之助に箱館退去を命じた土方が、鉄之助との会話から沖田総司のことを思い出す一編。
 山南敬助切腹の直後、総司と語らう中で、その透明とも言うべき迷いのない剣に想いを馳せる土方。そして土方は、かつて自分が武士になった時に役立てると日野の家に植えた矢竹に吹く風の音を思い出し……

 在りし日の土方と沖田の、表向きは他愛のない会話を通じて、時代を駆け抜けた新選組の若者たちの姿と、武士として彼らが抱いた覚悟を描く本作。
 その象徴として描かれる矢竹を吹き抜ける風の音は、本書のタイトルの由来でしょう。


 そしてその沖田の最期の時を描く「黒猫」は、死を目前とした沖田が黒猫を斬れなかったという有名な逸話を題材とした物語ですが――その黒猫が象徴するものが、あの土佐の人斬り・岡田以蔵だった、というのに驚かされます。

 ともに若き剣の達人であったこと以外、共通点のなさそうな二人ですが、本作で――特に沖田の視点から描かれるのは、共に自分自身を持たず、尊敬する人物に言われるままに人を斬っていたっていたという点。
 周囲からすればただそれだけに思えますが、沖田にとっては以蔵の抱えた空虚が己のこととしてわかってしまう――だからこそ黒猫が斬れないと血を吐くように語る沖田の悲しみが印象に残ります。


 一方、その以蔵の生涯を描いたのが、本書の約四割を占める中編「斬慕状」であります。

 若き日から「己れのため」という言葉の意味もわからず、ただ「先生」――武市瑞山のためにだけに剣を振るい続けた以蔵。その才で相手の剣を見切るように、武市の心を「見切る」ことで、彼の望むままに剣を振るってきた以蔵ですが、己の心の暗部を映すようなその姿に、武市はやがて以蔵を遠ざけるようになります。
 「先生」から見放されて途方に暮れる以蔵は、各地を放浪した末に無宿者として捕らえられ、先に捕らえられていた武市の罪を白状するよう、苛烈な拷問を受けるのですが……

 思想無き人斬り、武市の走狗として――そして拷問に屈して、武市ら同志たちのことを白状したこともあって――あまり良い印象がない以蔵。本作の以蔵の姿も、基本的に従来の姿を敷衍しているのですが、しかし本作が描くのは、己というものをついぞ持てなかった、あまりに純粋な青年の悲劇であります。
 そんな彼が最後に「見切った」ものは何であったか――彼の最期の行動に、全く異なる意味が与えられる結末は、ただ圧巻というべきでしょう。

 斬奸状が奸物を斬ることの理由を書いたものであるとすれば、斬慕状とは慕う者を斬る理由でしょうか。以蔵だからこそ記すことが出来たその理由に胸を打たれる、個人的には本作ベストの一編です。


 その他、「終の住処と」は、本書で唯一、平安時代末期――義経と弁慶主従を描いた物語。兄・頼朝に逐われて逃避行を続ける中、最愛の静とも別れを告げた義経の傍らに、最期の時までいたのは誰であったか、そしてそれは何故か……
 義経と弁慶の間に、ある感情の存在を描く物語は少なくありませんが、本作の弁慶像は意表を突いたもので――そしてそれだけにある種の説得力が感じられます。

 また、戦国時代を舞台とした「眷恋」は、名馬とその飼い主――というよりも友というべき青年の間の、深い絆を描いた物語。青年と無惨に引き裂かれながらも、敵の武将に大人しく献上された馬の真意とは――動物を愛する作者ならではの奇譚と言うべきでしょうか。


 以上五編、いずれも短編ながら美しく切ない物語が描かれ印象に残るのですが、私が読んだ電子版は、紙の単行本に収録されていた作品が一つ(芹沢鴨を題材とした「鉄の翼」)が未収録だというのは、実に残念であります。
 おそらくは、いや間違いなく、その作品も味わい深い物語であったであろうだけに……

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2022.07.06

鳥羽亮『必殺剣「二胴」』 人斬り剣士が辿り着いた先

 現在クライマックスに突入している高瀬理恵の時代劇画『暁の犬』。その原作小説が、剣豪作家として知られる鳥羽亮による本作であります。刺客としてとある藩の政争に巻き込まれる中で、かつて己の父を斬った謎の剣士との対決に臨む青年。刺客として、剣客として、彼のたどり着く先は……

 父の創始した富田流居合術の道場を営みながらも、口入屋・益子屋からの依頼で、刺客として人を斬るという裏の顔を持つ青年・小野寺佐内。刺客としてある蓑田藩士を斬った佐内ですが、その数日後、この刺客の依頼者であった蓑田藩の用人が、腹を一刀両断された姿で見つかるのでした。
 かつて自分と同様に刺客をしていた父が何者かに斬殺された時と同じ死体の有様に衝撃を受ける佐内。益子屋は、実は佐内の父も蓑田藩からの依頼を受けた際に斬られたことを語り、この謎の剣客殺しの依頼を受けたことを語ります。

 父も自分も、簑田藩を二分する御家騒動に巻き込まれたと悟り、父を斬った剣客に挑む決意を固める佐内。そんな佐内に、蓑田藩徒目付の相良は、藩内に「二胴」という据え物切りの剣が伝わっていると語ります。
 それこそが父を斬った秘剣だと睨む佐内に、その使い手の候補者であり、敵方の剣客である三人の殺害を依頼する相良。佐内は、同じ益子屋に関わりを持つ剣客・根岸大隅とともに、三人を付け狙うのですが……


 はじめはミステリ作家としてスタートし、その後1994年に『三鬼の剣』を書いて時代小説デビューした作者。本作はそれから数年の1996年に発表された、いわば作者の最初期の作品の一つであります。

 物語的には、さる藩の御家騒動に、謎の秘剣が絡み――という、ある意味(発表当時には今のような概念はまだありませんでしたが)文庫書き下ろし時代小説の定番である内容の本作ですが、しかしそこに刺客――金を貰って人を斬るという存在を主人公として投入したことが、本作の特徴の一つといえるでしょうか。
 また、特にこの時期は、剣豪ミステリーというべき作品を発表していただけに、タイトルにある「二胴」を巡る謎――どのような剣なのか、そして誰が使うのか、それを探ることが物語の重要な部分を占めるのも、またユニークな点であります。

 そして――こうした設定を持つ本作は、ある意味必然的に、極めてドライな、一種のハードボイルドの色彩を帯びることになります。
 主人公の佐内は、外見は役者のように優美な姿でありながら、富田流居合の達人であり、これまで幾人もの相手を依頼で斬り捨てて来た刺客。そして酒や女に目をくれることもなく、ただひたすらに己の腕を磨くことに明け暮れる、剣客としての姿を持つ青年でもあります。

 幼い頃から彼の母代わりの気のいい長屋のおかみさんや、彼女の世話で佐内の花嫁候補になった浪人の娘など、ある意味いかにも「らしい」キャラクターも彼の周囲には配置されるのですが、可能な限り彼女たちとは距離を取ろうとする佐内の孤独な姿は、一種求道者的に見えなくもありません。

 しかしあくまでも彼は人斬りであります。本作の中盤で二胴の使い手と思われる剣士に襲撃され、辛うじて逃れた後の刺客仕事での彼の行動は、これはほとんどの読者を唖然とさせるのではないでしょうか。
 およそ主人公であればまず取らないようなこの行動は、しかし刺客としてだけでなく、剣客としての彼の理念に合致するものでもあるのが恐ろしい。男は殺す女は犯すという無頼タイプとは全く異なる形のアンチヒーロー像は、本作ならではのものと感じます。

 そしてそんな彼の姿は、敵味方が次々と倒されていく報復合戦の様相を呈する後半に至り、いよいよ悽愴の度合いを増していくのですが――その果てに彼が辿り着いた先は、ある意味、相応しいものであったと言うべきなのかもしれません。


 さて、冒頭に述べたように、現在『暁の犬』のタイトルで漫画化されている本作ですが、この漫画版においては、依頼主を架空の藩から水野忠邦の唐津藩に変え、そして様々な形で佐内との関わりを増やす形となっているのが興味深いところであります。

 これはもちろん漫画版が完結してみないとわからないことではありますが、もしかすると原作とは同じ物語でありつつも、些か味わいの異なる結末となるのではないか――そんな印象も受けているところです。


『必殺剣「二胴」』(鳥羽亮 祥伝社文庫) Amazon

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2022.07.05

泉田もと『化けて貸します! レンタルショップ八文字屋』 タヌキの商売と少年の第一歩

 江戸時代にはポピュラーな存在であったという損料屋(今でいうレンタルショップ)。本作は、何故か町外れにあるにもかかわらず繁盛する損料屋・八文字屋を舞台とした児童文学であります。この店で奉公することとなった少年・文吾が知った店の秘密とは……

 江戸の中心から少し外れたところにあるにもかかわらず、そこらの店には置いていないような珍しい品物が借りられると評判の損料屋・八文字屋。若い主人の誠太郎、番頭の長兵衛に手代の金太と銀次、奥で働くおかねばあさんとおさきの六人で切り盛りするこの店の繁盛の秘密は――実は働いているのがタヌキだということにありました。
 人間とタヌキの間に生まれた誠太郎を除いて、全員化け上手のタヌキであるこの店では、何と奉公人たちがお客の注文の品に化けて、貸し出されていたのです。

 ところがそんな八文字屋に、人間の子供が奉公に来ることなります。当然反発する八文字屋の面々ですが、世話になった人物の紹介だけに断るわけにもいかず、やむなく自分たちの正体を隠してこの話を受けることになったのです。
 そんなことになっているとも知らず、八文字屋で奉公し始めた少年・文吾ですが……


 住宅事情や火事の多さなどから、現代の我々が想像する以上に利用者が多かったという損料屋。にもかかわらず、いささか馴染みが薄い職業のためか、損料屋が時代ものに登場する頻度はあまり多くないように感じます(いまパッと思いつく時代小説は三つくらいでしょうか)。

 しかし本作は、その損料屋だからこそ成り立つ、極めてユニークなお話であります。何しろタヌキが品物に化けて貸し出されるというのですから、基本的にどんなものでも揃えられます。途中で分福茶釜みたいなことにならないか、ちょっと心配になりますが、そこはプロの技(?)でフォローするのでしょう。これはうまい商売を考えたなあ――と思わず感心してしまいます。

 しかし、本作で描かれるのは、そんなタヌキたちの奮闘だけではありません。むしろ本作の中心となるのは、そうとは知らずそんな店に奉公することになってしまった、ただの人間である文吾の存在です。
 家の貧しさから、親兄妹と引き離され、わずか十一歳で奉公することになった文吾。やがて彼も店の真の姿を知ることになるのですが――しかし彼にとっては奉公を続けることが何よりも大事。店の人々がタヌキなのは二の次というのは、おかしいようで、意外とリアリティがあるように思わされます。

 しかし本作の何よりも巧みな点は、唯一の人間である、すなわち他の者のように化けることができない(正確には誠太郎も化けられないのですが)という文吾の境遇を、新しい世界に第一歩を記した少年の、普遍的な想いと重ねて描くことだと感じます。

 他の奉公人が当たり前のように出来ていることが出来ない――いやそれは出来なくても当然ではあるのですが――それが初めて奉公することになった少年に、どんな想いを抱かせることになるのか。それは、そんな環境に置かれることのない我々にとっても想像に難くはないと思います。
 誰でも、新しい環境で不安を抱いたことはあるでしょう。周囲が当たり前に出来ていることが出来ずに悔しい想いをしたり、無力感に落ち込んだことがあるでしょう。文吾が味わうのは、まさにそんな想いなのです。

 しかし、仕事をしていて、大げさに言えば生きていて味わう想いは、もちろん悔しさや悩みだけではありません。自分の努力で、そして周囲の人々の助けで、きっとそんな悩みを乗り越え、大きな喜びを味わうことができるのだと――本作は同時に描き出すのです。


 さて、物語は後半、八文字屋に横柄な態度で出入りしては問題を起こす大店のドラ息子との対決へと繋がっていくことになります。
 そんな中で短慮な銀次が起こした行動の影響が、思わぬ形で文吾に降りかかることになるのですが――そこで文吾が、文吾だからこそできる手段で(店の人々の助けを得つつも)窮地を乗り越える姿は、本作のクライマックスに相応しく何とも痛快で、そして我がことのように嬉しさを感じてしまうのです。

 本作が刊行されたのは今から五年前と少々前なのですが、ぜひその後の八文字屋と文吾の姿も見てみたい――そう思わされる楽しい作品であります。


『化けて貸します! レンタルショップ八文字屋』(泉田もと 岩崎書店) Amazon

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2022.07.04

堀内厚徳『この剣が月を斬る』第3巻 総司が斬ったもの、宗次郎が取り返したもの

 沖田宗次郎と嶋崎勝太――沖田総司と近藤勇の関係を軸に描かれるこの新選組漫画もこの第三巻でクライマックス。近藤を信じてその背中を追っていた総司が辿り着いた場所は、そしてそこでの総司の決断は――衝撃の展開が待ち受けます。(作品の核心に触れますのでご注意下さい)

 心に闇を抱えながらも、近藤や土方、藤堂平助との出会いによってそこから脱し、近藤を目標に、自分なりの強さを求めるようになった宗次郎。第二巻ではそんな彼が、吉田松陰が見出した人斬り幽霊こと斎藤一に敗れ、そして再起をかけて斎藤が加わる井伊直弼襲撃の一味と対決することとなりました。

 そしてこの巻の冒頭では、宗次郎と斎藤の再戦(ここで宗次郎があの技に開眼する展開がアツい)と、一味は制圧したかに見えたものの、運命の悪戯から結局桜田門外の変が起きる様が描かれることになります。
 それでもきっと歴史に名を残す武士になる、『三国志』で読んだような英雄になると語る近藤を信じ、その背中を追い続けることを、宗次郎は心に誓うことになります。――その最中に一瞬近藤が見せた、憑かれたような瞳にひっかかりを感じつつも。


 さて、ここまでがこの巻の1/3、そしてここから物語は急速にこの巻の――いや全編のクライマックスに突入することになります。

 それから数年、京都で新選組を結成し、池田屋事件でまさに歴史に名を残した近藤たち。しかしそんな中で近藤のかつての明朗さ・豪快さは鳴りを潜め、己の目的のためであれば他者を――同じ隊士たちまで容赦なく犠牲にする、冷徹な暴君の顔を見せるのでした。
 脱走した山南が切腹を命じられ、伊東甲子太郎が騙し討ちに等しい最期を遂げ、それでも近藤の「俺を信じろ」という言葉を信じようとする総司ですが……

 と、ここで描かれる近藤の、いや総司の夢が叶った瞬間から崩壊していく様は、続く油小路での御陵衛士の掃討戦で頂点に達することになります。
 この死闘に名を隠して出撃した総司――彼の目的は、かつての友であった平助を自分の手で斬ること。近藤や土方とは違いある意味対等な同年代の親友だった平助は、本作のヒロインであるすずと共に、宗次郎と微笑ましい少年時代を過ごしてきたのですが……

 しかし近藤の所業に耐えられなくなった末に決別した平助と、総司は容赦なく刃を交えることになります。が、この二人の対決に、その前に江戸に向かっていた平助(史実)に総司が託した、すずへの手紙の中身が重なっていく構成が凄まじい。
 かつての三人の無邪気な姿を思い出し、すずを――いや「みんな」を大好きだったと語り、しかし永遠の別れを告げる総司。そして平助をも斬り、ただ一人となった総司は、ある男に剣を向けることになります。

 その男とは近藤勇――御陵衛士残党によって狙撃され、療養のために大坂に向かう近藤と行動を共にする総司は、その途上に近藤に刃を向けて……


 いやはや、色々な新選組ものを見てきましたが、近藤が悪役であったり善人でない作品はそれなりにあるものの、物語最後の敵として総司の前に立ち塞がるのは、本作だけではないでしょうか。――しかし本作においては、その必然性はあると感じます。

 思えばかつて闇に囚われかけていた宗次郎を救い、刀をただの人殺しの道具にしないことを教えた勝太。しかし時は流れて二人とも名前を変え(それが生き方の変質の象徴となっているのが巧い)、英雄になるという夢に囚われた近藤の中に闇が生まれ……
 と、立場が逆転した中で、総司が近藤を救うために斬ると決意する姿には、本作は初めからここを目指していたのか、と納得させられます。

 そして死闘の果て(ここで生死を問わず友や仲間たち、すずの言葉で奮起する総司の姿はベタではあるもののグッときます)、ついに迎えた決着。その果てに再び互いを「宗次郎」「島崎勝太」と呼ぶ(そして最終回で最後の言葉を交わす)姿には、本作だからこそ描けた二人の絆から生まれる、凄まじいまでの感動があるのです。。


 言うまでもなく、第三巻の途中からの展開はあまりに急であります。しかし結果論ではありますが、それが新選組の、いや近藤と総司の夢の、急速な崩壊感を生んでいるとも感じられます。
 もちろん長く続いていれば描かれていたドラマもあったはずですが――それでも、駆け抜けた先にここでしか描けないものを描ききって終えた本作には、新選組ファンとして深い愛着を感じるのです。唯一無二の、しかし大いに納得できる物語として……


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2022.07.03

岩渕竜子『月の子供は夜踊る』 失われた「性」が語る自分自身であるということ

 十五歳になると「性」を失う民「月読」の姿を、月読だった婚約者を追いかける青年の目と、月読自身の目を通じて描く、不思議な大正ファンタジーであります。月読とは何者なのか、婚約者はどこに消えたのか。月読と「性」の関係とは……

 大企業社長の次男で医学部に通う東郷晴臣は、婚約者だった子爵令嬢・黒川やまとから突然婚約を解消され、子爵家の人々も姿を消したことを知ります。親の決めた婚約とはいえ、やまとと心が通じ合っていたと信じる晴臣は、彼女を探し出そうと誓うのでした。

 そしてやまとが姿を消す前に読んでいた雑誌に、夜になると瞳が虹色に光る子どもたち――月読にまつわる記事を見つけた晴臣。やまとも同じ瞳を持っていたことを思い出した晴臣は、記事を書いた記者・柏木の元に押しかけ、月読のことを訊くのでした。
 瞳が虹色に光るようになると「性」を失い、恋をすることで再び「性」を得るという月読。その身は高く売れるために密猟者に狙われる一方、保護するための施設も存在すると知った晴臣は、やまとが入ったと思われる保護施設を探すことになります。

 一方、保護施設――月読たちが集められる学園に入学したやまとは、そこで様々な月読と元月読の姿を目の当たりにすることに……


 このように本作は、「月読」と呼ばれる人々を巡って、月読の存在とその謎をいわば外側から追っていく晴臣サイドと、内側――月読自身の目から描くやまとサイドの、二つの側面から描かれることになります。

 月読たちがどこに保護されているかを目撃情報から推理し、また、元月読だった人々の足跡を追っていくという展開となる晴臣の側の物語は、一種ミステリタッチの物語が独特の緊迫感を生み出します。
 一方、月読の学園に入ったやまとが目の当たりにする周囲の人々のドラマは、同級生や学園の職員(全員が学園の卒業生)が抱える複雑な――そして同時に純粋な想いを描く、特殊なロマンスというべき物語が展開されることになります。

 そしてこうしたドラマを生み出す原動力となるのは、月読の生態――15歳になると「性」が失われ、19歳になるまでに恋をすることで再び「性」を得る(ただし、同じ「性」を得るとは限らない)――であることは言うまでもありません。
 元々の「性」を取り戻した者だけではなく、「性」を取り戻したものの、元々の性や己の望んだ性になれなかった者、あるいは「性」を失ったまま生涯を終える者――そこにあるのは、「性」を失ったとしても(いやそれだからこそ)、「性」に縛られ、翻弄される人々の姿なのです。

(ちなみに学園で恋をして「性」を得たとしても、学園で知り合った人との再会は禁止される――すなわち決して結ばれることはありません。このルールの存在が、また切ないドラマを生み出すことに……)

 そして、「性」に縛られ、翻弄されるのは、月読だけではありません。例えば、月読を追う最中に晴臣が出会った少女・銀は、親に遊郭に売られるという運命から逃れるために月読になる――「女性」を捨てることを望みます。
 そして次男である晴臣自身も、父親から長男のスペアとみなされ、ある意味銀同様に「いらない子」として扱われてきたのであります。

 それを思えば、本作で描かれるのは、「性」であると同時に、自分が自分であること、自分らしく生きることであるとも言えるのでしょう。
 そして、その「自分」が「性」と密接に結びついていることこそが、そもそもの悩みの根源であることを、本作は痛烈に描き出しているのですが――しかしそれを乗り越える可能性もまたあることを、本作は描いて終わることになります。


 実のところをいえば、晴臣とやまとの物語がある意味始まりを迎えたところで、本作は終わりを迎えることになります。その点は、やはり残念に感じるところではあります。
 しかし上に述べた可能性の存在を示したことで、本作は同時に二人の結末を描いたと考えることもできるのかもしれません。

 「性」とは何か、「自分」とは何か、そして「人間」とは何か――そんなことを考えるよすがとなる佳品です。


 なお本作は大正9年が舞台。この年に設定されているのは、日本では平塚らいてうや市川房枝の新婦人協会が発足し、アメリカでは女性参政権が認められた年だから――と考えてしまうのは、これはやはり牽強付会でしょうか。


『月の子供は夜踊る』(岩渕竜子 小学館ビッグコミックス) Amazon

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2022.07.02

加部鈴子『本能寺の敵 キリサク手裏剣』 少女忍者の手裏剣が本当に切り裂いたもの

 今に至るまで無数の歴史・時代小説の題材となってきた本能寺の変。本作は、明智家に仕える少女忍者の視点から、本能寺の変の真相を描く、ユニークな児童文学であります。はたして本能寺の変の真実とは、そしてそれを起こした本当の敵とは……

 幼い頃に戦乱で親を失い、「オヤジさま」に忍びとして育てられた涼音。今はオヤジさまともども明智家に仕える彼女は、温厚な光秀だけでなく、彼を一心に慕う後妻の淑子や光秀の孫の於長に、安らぎと親しみを感じるのでした。
 そんな彼女の前に現れたのは、子供の頃一緒に修行した忍び仲間の少年・風斗。仲間たちのほとんどが織田軍に殺され、今は家康に仕えているという風斗は、家康が光秀と渡りをつけたがっていると告げるのでした。

 その言葉を踏まえて、接近を始める光秀と家康。しかし涼音は、伊賀の里を滅ぼした信長に恨みを抱き、その首を狙うという風斗の存在に、不安と不信感を抱くことになります。
 そして安土城で家康を接待することになった光秀に同行し、周囲に目を光らせる涼音。彼女の機転で何者かが仕掛けた罠を回避したものの、しかしそれが原因で光秀は信長により、家臣の面前で打擲されるのでした。

 その直後、信長が光秀を呼びつけた場に忍ぶ涼音。そこで彼女が耳にしたのは、信長の思いもよらぬ言葉で……


 冒頭に述べたように、これまで無数に描かれてきた本能寺の変。ということは、その理由もまた、無数に描かれてきたということでもあります。

 その中にはもちろん、光秀が天下取りの野心を抱いたというものもありますが――本作の光秀はそんな野心とは無縁の、温厚で家族と、そして平和を愛する常識人として描かれることになります。
 そんな光秀の姿を、本作は主人公の涼音の目を通じて丹念に描くのですが――では何故そんな光秀が信長を討ったのか。その謎が本作の中心にあることは言うまでもありません。

 しかし本作が描くのはそれだけではありません。その謎をより深め、そして涼音の心を悩ませる存在として、ある意味忍びらしい忍びである風斗が設定されていることが、本作の見事な点と感じます。
 涼音とは幼馴染でありながら、冷笑的な言動を絶やさず、それどころか涼音の周囲で幾度も不審な行動を見せる風斗。はたして彼は敵なのか味方なのか――涼音が正統派の(?)主人公である一方で、出番は比較的限られているものの、どこかダークヒーローめいた彼の存在感が際立ちます。

 そしてまた、光秀と風斗は、涼音を挟んで、ある意味対照的な存在であるとも感じられます。武将と忍び、表と裏、平和と戦争――その両者が交錯するところに、本能寺の変の真実があり、そしてだからこそ、その真実に気付くことができるのは、涼音なのです。


 正直なところ、本作で描かれる本能寺の変の理由自体は、(特に色々な作品を見ている方にとっては)あまり意外ではないかもしれません。そしてその理由と密接に結びつく光秀の存在も、多分に理想的に描かれていると感じるかもしれません。
 しかしそれはすべてそうでなけれなならなかったことが、本作の最終章で明かされる本能寺の敵――いや本当の敵の正体を知った時に理解できます。風斗ではなく、涼音が本作の主人公であった理由もまた。

 本作のサブタイトルは「キリサク手裏剣」であります。これは最終章の一つ前の章題でもありますが、はたして何を切り裂くというのでしょうか。
 その直接の答えは、その最終章の一つ前で描かれるのですが、しかしそれだけではないことに、この最終章で気付かされます。

 手裏剣が本当に切り裂いたものは何だったのか――確かにそれは、涼音が持ってきた絆への、訣別の一撃だったかもしれません。しかしそれは同時に、たとえ小さくとも、彼女が己の強い意思を持って報いた一矢ではなかったのかと感じられます。彼女が知った本当の敵に対しての……
 そしてそれは悲しくも、人間の生というものへの、一つの希望として感じられるのです。


 起伏に富んだ歴史時代小説であると同時に、そこから一歩踏み出した、あるいは一歩距離をおいた視点から、歴史というものを描いてみせた――それは児童文学であるからこそできたアプローチであるかもしれません――本作。
 静かに心に残る佳品であります。


『本能寺の敵 キリサク手裏剣』(加部鈴子 くもん出版) Amazon

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2022.07.01

『翔べ! 必殺うらごろし』 第3話「突然肌に母の顔が浮かび出た」

 母の志乃を手篭めにして連れ去り、父を殺した修験者・弁覚を追う若侍・真之助と出会った一行。先生が念力を使って描いた志乃の似顔絵で、若と正十は酌婦となった志乃を見つけるが、いまだ弁覚と共に居る志乃は、息子を避けて死のうとする志乃。その場に駆けつけた真之助だが、弁覚が現れ……

 冒頭の正十と若のギャグシーン以外、ひたすら重くやるせない展開が続く今回。若侍・真之助とその母・志乃を中心に物語は展開します。

 幼い頃、病で魘される母に「そなたは私を殺す目をしている」などと言われ、父が祈祷に招いた修験者・弁覚が母を手篭めにした上に攫って逃げ、追いかけた父は返り討ちにされるという悲惨過ぎる境遇の真之助。寝ぼけて(?)おねむを母と思い込んだり、線の細いところもありますが、若を女と見抜き、自分と同様に背負っているものがあると理解したりと、意外と切れる若者であります。
 このくだりの若や、子を失った母として母を失った真之助を見守るおばさん、妖術使い相手の戦い方を伝授する先生、ごく自然体にその身を気遣う正十と、それぞれの形で彼に接するレギュラー陣の姿も印象に残ります。

 一方、志乃の方は、弁覚に弄ばれ、嫌悪しつつも彼から離れられず、酌婦として暮らしているという何ともハードな設定。子を想わない母なんて日本に一人もいないよ! と息巻くおばさんの姿が何とも皮肉に感じられますが、もちろん、決して真之助のことを想っていないわけではないところが、また悲劇を生むのわけで……

 そんな二人の運命を狂わせた弁覚は、外道揃いの本作の悪役らしくやっぱりド外道。本当に本作の悪役はカジュアルに非道を働くのに驚かされるのですが、弁覚と二人の弟子も、特に予備動作もなく(?)いきなり賭場荒らし――というより賭場皆殺しをやらかすのが恐ろしい。いや、江戸か地方かはわかりませんが、そもそも歴とした武家の奥方を辱めて連れ去った上に当主を殺すというだけでも、メチャクチャな悪事なわけですが……

 さて、お楽しみの(?)今回の超常現象は、タイトル通りの人(ここではおねむ)の肌に志乃の顔が浮かび出るというもの。と言っても突然ではなく、先生が真之助に志乃の顔を念じさせた上でおねむの肌を見せ、そこに志乃の顔を投影したというものであります。ただし、冒頭で行き倒れかけた真之助の胸に、ひとりでに母の顔がぼんやりと浮かび上がるという描写があるので、先生の念力はあくまでも助力だったのかもしれません。
 ちなみに解説ではこの現象をデルモグラフィー、つまり皮膚紋画症と言っているのですが、実際の皮膚紋画症は、皮膚を擦ると貧血になったり、充血や浮腫ができる症状のことであって、全くオカルティックなものではありません。とはいえ、いわゆる聖痕とか、人肌ではないものの卵の殻に念力で絵を描いたという話はあるので、その辺りがベースとなっているのかもしれませんが……

 何はともあれ、この肌絵のおかげで何とか再会した母子ですが、そこに弁覚が現れて更なる悲劇が始まります。仕込み刀で襲いかかる弁覚に対し、先生との特訓が実ったか、優勢になった真之助ですが――止めをさそうとした時、間が悪く志乃が声をかけたためにできた隙を突かれて真之助は深手を負い、最後の力で放った刀も、その前に出てしまった志乃に刺さり――と予言が成就してしまうのです。(この辺り、意地悪く見れば、志乃が弁覚を守ろうとしたように見えなくもないのが、巧いというか何と言うか……)

 それでも真之助の無念の声を先生が聞き逃すはずはなく、今回のターゲットは弁覚と二人の弟子。おばさんは最初の一人はおばさんは焼き芋で引きつけた上、「いろはの「い」の字は何てえの?」と問いかけ「犬も歩けば棒に当たる、だ」と答えたのに、「違うよぉ、お坊さん。いろはの「い」の字は」――とここで上着を脱ぐとその下から目にも止まらぬ速さで匕首を引き抜き、突き刺して――「命いただきます、の「い」ですよぅ」と嬉しそうに言い放ちます。

 そして彼を探しに来た弁覚ともう一人の弟子には、若と先生がそれぞれ別方向から猛然とダッシュで接近! この二人が交錯するように突っ込んでくるというだけで悪夢のような展開ですが、弟子の方は若が巴投げを食らわしたりぶん殴ったりしてうつ伏せにダウンしたところに、ダイビングフットスタンプで背骨をへし折られます。
 そして先生と弁覚の対決は――一瞬の交差の後に、先生は素手で弁覚の仕込み刀を握り止め、自分は旗竿を叩き込んでフィニッシュ。いつもながら先生の圧勝のようですが、刀を受け止めた先生の手から血が流れたのを見ると、やはり弁覚もかなりの使い手だったということでしょうか……


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