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2022.07.15

山田正紀『開城賭博』(その二)

 山田正紀の歴史・時代テーマ短編集の紹介の続きであります。

「恋と、うどんの、本能寺」
 本能寺の変を専門とする准教授の元に、本能寺の変が原因で両親が離婚しそうだと悩みを打ち明けてきたゼミ生。聞けば「饂飩本能寺始末」なる書物に、謀反の直前に光秀がうどんを食べたと書かれているのですが――彼の父方に伝わる版では讃岐うどんを、母方では三河うどんを食べたと書かれていて……

 本書の中では唯一現代(といってもメインの舞台は昭和末期なのですが)を舞台とした本作。しかもその内容は、「うどん版のロミオとジュリエット」――讃岐うどん店の跡継ぎと三河うどん店の跡継ぎの大恋愛という、何ともすっとぼけたものであります。
 物語が進むにつれ段々何の話かわからなくなっていく一編ですが、しかし大きな権力を持った者への小さな抵抗が描かれる辺り、やはり作者の作品という気もいたします。落とし噺のようなオチも微笑ましいです。


「独立馬喰隊、西へ」
 御嶽山に少年少女たちだけで籠もる「独立馬喰隊」――武田信玄の馬廻組の流れを汲む風組のもとに現れた、関東代官所からの使者。改修中の江戸城の土台とするための、御嶽山の神木の輸送の依頼を受ける風組ですが、しかし道中には長安と対立する本多正信が妨害を行う可能性がある――そう聞かされた上で、リーダーのジローは、あえてこの仕事を引き受けることを決めるのでした。

 八王子からの「石灰往還」上を、一路江戸まで突っ走る風組の面々。しかし途中の村には、これも少年少女ばかりの江戸の盗賊団「花桜」の罠が待ち受けていて……

 本書で唯一の書き下ろしである本作は、ほぼ本書の四割を占める中編――そして序盤からラストに至るまで、ほとんど走りっぱなしという一大アクション編であります。
 妨害が予想される危険な旅路を往くという、一種の不可能ミッションものの味わいも強い本作ですが、まず印象的なのは、その危険を知りつつも、いやむしろそれを求めてミッションに挑むジローの姿でしょう。

 舞台となるのは、関白秀吉の命で、徳川家康が江戸に入ることになった頃――戦国時代がほぼ終わりに近づいた時代であります。
 そんな中で、父親たちが仕えたかつての主家は滅び、その腕を戦場で振るう機会ももはやないジローたち。彼らが、自分たちの分身ともいうべき軍馬を思うままに戦場で走らせる最後の機会――それがこのミッションなのです。(そしてジローのライバルとなる「花桜」の頭領・十郎太も、形は少々違えど、同様の鬱屈を抱えた存在として描かれます)

 しかし、時代に取り残された者たちが最後の輝きを見せるために戦いに臨む――というのは、これはどう考えても危険なフラグ。というより、『風の七人』など、山田正紀の作品ではまま見られたあのシチュエーションであります。
 その予感が現実となるように展開していく後半の戦いには大いに熱くなりながらも、胸、というより胃が痛くなります。

 そしてその戦いの果てにあるものは――それは是非その目で見ていただきたいのですが、作者から読者への、一つのエールのようにも感じられる結末が印象に残ります。


「咸臨丸ベット・ディテクティブ」
 咸臨丸でアメリカに向かう航海の開始早々、船酔いでダウンしてしまった勝麟太郎(海舟)。船酔いだけでなく、心まで完全に折られた勝は、船室に完全に引きこもってしまうのでした。
 その勝を立ち直らせる命を密かに受け、船室に通うようになったジョン万次郎。しかし彼は、そのたびに勝から怪談話をせがまれることになります。万次郎が語る怪談に対し、勝が解き明かすその真相とは……

 冒頭の表題作で主役を務めた勝海舟が再び中心となる本作は、彼が海舟になる前の麟太郎時代の物語。しかも千夜一夜物語よろしくジョン万次郎が語る怪談に対して、タイトル通り勝がいながらにしてその真相を合理的に突き止めてしまうというのが、何ともユニークなシチュエーションです。

 短編の中に三つのエピソードが収録されているため、個々の内容はあっさり目ですが、その先の結末が何とも爽快で、本作のラストに置かれているのも納得の作品です。
(ただし、オチはちょっと苦しいかな……)


 というわけで作者らしさを存分に楽しませていただいた全六編ですが、あとがきによれば、まだまだ時代もの短編のアイディアは尽きない(タイトルまで記載!)模様。これはぜひ「次」も期待したいところであります。

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