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2022.07.22

逢坂みえこ『獣医者正宗捕物帳』第3巻 新たな名作パロディ登場?

 本業は獣医者ながら、その卓抜した観察眼と推理力で岡っ引きも務める正宗。彼が挑む事件の数々を描く連作ミステリ漫画の第3巻であります。これまではシャーロック・ホームズが題材となってきましたが、この巻では他の名作も題材となることになります。

 花火の晩、若旦那以下店の者が全員が外出した呉服屋で、ただ一人残っていた大奥様が何者かに額を殴られて人事不省となってしまった――その事件の調べに当たることになった正宗は、大奥様が正面から殴られていることに注目することになります。
 そして犯行現場の部屋に置かれていた鳥かごの中の鸚哥が弱っているのに気づき、連れ帰って治療に当たるのですが――この鸚哥が若旦那の声でただならぬことを喋るのを聞いた正宗は、犯人をあぶり出すために一計を案じて……

 という本書の最初のエピソード「もの言う証人」。言うまでもなくタイトルが指すのは、作中で登場する鸚哥のことですが――現場の音声を記憶しているという、この時代から考えれば破格の証拠のようでいて、しかし事件の核心に関するものを必ずしも覚えているとは限らないという不安定さが、何とも面白いところです。
(そのために今回正宗はかなり無茶な手を使うことに……)

 しかしこのエピソードで強烈に印象に残るのは、事件の舞台となった呉服屋の大奥様と若旦那の歪な親子関係でしょう。息子を溺愛しつつも、それだからこそ息子に支配力を行使しようとする母と、その母から独立しようとしながらも諦めに似た依存関係にある息子と――そんな母子の構図が、事件の解決とともに恐ろしい形に変化する結末には、何ともゾッとさせられました。
 トリック的にはちょっと苦しい気もしますが、人間描写の巧みさが印象に残る一編です。

 なお、今回どうしても元になるホームズ譚が思い浮かばない――と思いきや、題材となっているのはアガサ・クリスティーの『もの言えぬ証人』(ともう一編)とのこと。全てホームズ譚がベースとならなかったのはちょっと残念な気もしますが、ここはよりバラエティに富んだ内容がこの先期待できると思うべきでしょうか。


 また、続く「川楠屋の失踪」は、美しい盲目の女性に入れ込んでいた川楠屋の隠居が、ある晩忽然と姿を消してしまった事件に、正宗の子分の佐助が挑む一編。
 佐助の奮闘で川楠屋の行方は(読者には)すぐに判明したものの、今度は佐助が――というところで正宗の出陣となるわけですが、いつも冷静な彼が珍しく感情を爆発させた姿が印象に残ります。

 なお本作の題材はホームズ譚――サブタイトルを見ればわかる方はすぐにわかると思いますので詳細は伏せますが、原典で何とも不気味な印象を残した犯人が、本作ではまた別の意味で印象に残る人物像にアレンジされているのが目を引きます。


 そしてこの巻のラストの「入院患獣」は、正宗が獣医者として新設した入院病棟(という名の長屋の一部屋)の最初の患者として現れたのが、牛憑きの男だった――という奇想天外な幕開けのエピソード。
 どう考えても胡散臭いこの牛憑きの男ですが、何故わざわざ正宗のところに入院してきたのか? 人当たりのよい佐助を通じて男を探ろうとする正宗ですが、今度は犬憑きを称する男が現れて、入院病棟を荒らし……

 と、タイトルから明白なようにホームズ譚の「入院患者」を題材とした本作ですが、内容的にはかなりアレンジされた奇妙な人情話となっているのが面白いところ。「もの言う証人」で登場して以来、正宗の家で佐助に世話されている鸚哥の蘭丸をはじめ、鳥たちの存在が物語のアクセントとなっているのも印象的です。


 というわけで今回からホームズ譚以外が題材となったり、これまでシリーズのもう一つの特徴であった現代の風俗のパロディが抑え気味という点はあるものの、物語としての面白さは変わらないこの第3巻。
 第1巻から第2巻まで3年間隔となったのに対し、今回はほぼ1年での刊行となったのも嬉しいところで、この先も楽しみにしたいと思います。


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