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2022年9月

2022.09.30

『プレデター:ザ・プレイ』(その一) 三百年前の激突、プレデターvsコマンチ族!

 狩猟を目的に来襲現れる地球外生命体・プレデターと人間の死闘を描いてきた『プレデター』シリーズにおいて、映像では初めて第一作よりも前――それも今から三百年前の北米を舞台に描かれる物語であります。コマンチ族の娘とプレデター、全く立場を違える戦士二人の激突の行方は……

 1719年、北米中西部の大自然の中で生きるコマンチ族――その一人であるナルは、女性としての薬草集めの役割に飽き足らず、兄のタアベのように狩りに出ることを望む毎日。縄付きの斧投げの練習に励んできたナルは、ついに仲間を襲ったクーガー狩りに同行を許されることになります。
 しかし兄からチャンスを与えられたものの狩りには失敗――クーガーを仕留めた兄が英雄扱いされるのに対し、複雑な想いを抱くナル。しかし狩りの途中に皮を剥がれた蛇を目撃したことから、何か得体の知れぬモノがいることを予感し、狩りを決意するのでした。

 愛犬のサリイのみを連れて狩りに出たナルは、途中で皮を剥がれた無数のバッファローを目撃。さらに巨大な熊を見つけてこれを狩ろうとしたものの、全く及ばず窮地に陥るのですが――その時突如現れた姿なき影が熊に真っ向から戦いを挑み、激闘の末にこれを叩きのめしたではありませんか。
 川に流されてその場を逃れたナルは、集落から迎えにやってきた戦士たちと出会ったものの、彼らはナルの言葉を笑うばかり。しかしその一人の身に、赤い三つの光点が……


 地球を侵略するためでも、地球人を餌などに利用しようというのでもなく、ただ地球を狩り場と見做し、襲来する宇宙の狩人「プレデター」。ヒューマノイドではあるものの、人間とはかけ離れた容姿を持つプレデターは、しかし高度な知性を持ち、「狩り」に当たっては独自のルールと美学を持つ、ユニークな存在でもあります。
 これまで1987年の第一作以来、これまで四作、『エイリアン』シリーズとのクロスオーバーを含めればこれまで六作製作されてきたシリーズは、その非常に独特で(そして使い勝手の良い)プレデターの設定もあってか、漫画等のスピンオフでは、様々な時代と場所で出現した姿が描かれてきました。

 しかし本作は映画――いうなれば本編では初めての過去を舞台とする作品。しかもプレデターと戦うのはネイティブアメリカンだというのだから大いにそそられます。
 何しろシリーズの第一作では、ネイティブアメリカンの兵士・ビリーが銃火器を捨て、戦化粧を施して山刀片手にプレデターにただ一人挑む(そして瞬殺される)という名場面があっただけに、そのリベンジも期待したくなるところであります。

 そして本作はその期待を十二分に満たしてくれる作品でした。プレデター側の武装が、これまでに比べると少々原始的で火力的にかなり抑えめになっているのはご愛敬かもしれませんが、しかしそれだけに伝わってくるプリミティブな殺意が実にナマナマしい。
 金属の矢(しかも誘導式)をメイン武器に、リストブレイドやスピアといった常連武器、さらには縁が刃物にもなるシールド――どちらかと言えば接近戦寄りの装備ですが、それで人間のみならず周囲の生物を片っ端からなぎ倒していく姿には、それだからこその恐ろしさがあります。

 しかし弓矢や斧を使わせれば、コマンチ族も負けてはいません。特にナルの兄・タアベが中盤で見せる(ナルの援護があったとはいえ)一対一で繰り広げるほぼ互角のバトルは、ビリーの時の溜飲が下がった――というのは言いすぎかもしれませんが、まさしく本作ならではのバトルであることは間違いないでしょう。
(その直前に、あの名台詞が登場するのもニッコリ)


 しかし――と、自分でも驚くほど語りに熱が入ってしまい、長くなったので次回に続きます。


『プレデター:ザ・プレイ』 Disney+

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2022.09.29

とみ新蔵『神風連の乱』 武士の時代のエピローグに

 とみ新蔵の剣術歴史漫画『剣術抄』の第五弾『剣術抄 彦斎と象山』からの派生作品、であり後日譚――『士乱 彦斎と象山』のタイトルで雑誌連載された作品が単行本化されました。タイトルの通り、熊本の神風連の乱を描く歴史劇画であります。

 『彦斎と象山』のラストシーン、斬首された河上彦斎の遺品が熊本新開大神宮に届けられた場面から、そのまま始まる本作。彦斎を敬愛し、行動を共にしてきた敬神党の面々は、大神宮の宮司である太田黒伴雄を中心に結束し、彦斎の遺志を継ぐことを誓うのですが――しかし彼らに襲いかかるのは、新政府の急速な近代化・欧化政策の荒波でした。

 幕末では攘夷を掲げてきた者たちが、いざ自分たちが功成り名を遂げた後には、西欧列強に追いつき追い越せと欧化に血道を上げる。そして富国強兵の名のもとに徴兵令が、それとは表裏の形で断髪令・廃刀令が進められる――こうして様々な形で武士という存在が抹消され、敬神党の面々も、時代錯誤な連中として周囲から嘲弄を受けることになります。
 さらに、自分たちの奉じる古神道とは似て非なる、天皇を祀り上げる国家神道を創り上げ、ついには台湾に出兵を行う明治政府に対して高まる敬神党の不満。それは太田黒に宇気比(神託)が下ったことでついに爆発し、太田黒らを中心とした170余名は、熊本鎮台、県令宅等を襲撃するのですが……


 歴史の教科書においては、「不平士族の乱の一つ」の一言で済まされがちな神風連の乱。(まことに申し訳ない言い方ですが)首謀者が下野した閣僚というわけでもなく、またほぼ即日に鎮圧されたことから、この時期に集中した不平士族の乱の中では、正直なところ、名前だけが知られている印象があります。
 恥ずかしながら私もこの乱については知識をほとんど持っていなかったのですが、本作はその他の不平士族の乱とは異なる特徴を、丹念に描いています。

 もともと乱を起こした敬神党(「神風連」は周囲の戯称)は、前作登場した宮部鼎蔵や彦斎の所属した肥後勤皇党のいわば分派――その名からわかるように神道を中心とした集団であります。
 尊王攘夷の旗印の下、日本古来の神道を奉じてきた彼らにとって、明治維新は自分たちの理想実現の時かと思われたものの――その実態は、上に述べたように、欧化政策や新たな神道・国家神道による統制と、自分たちの想いとはかけ離れたもの。

 そこに、「武士」という存在を形づくる髷や帯刀を否定する政策が重なり――と、本作の描写のみで全て理解した気になるのは早計ですが、この点だけでも、他の乱とは異なるものがあることは明らかかと思います。

 そんな本作のクライマックスは、言うまでもなく敬神党の決起ですが――鎧兜に身を固めた太田黒以下、在りし日の「武士」の姿で彼らが討ち入る先が、平民たちから組織された「兵隊」という点は、非常に象徴的と感じたところです。(その兵隊たちが、太田黒の姿に「戦国時代の、亡霊が出た!」「呪いだ――ッ!」と逃げ惑うのも含めて)

 そして彼らの乱は史実通りの結末を迎えます。正直なところ彼らの主張には、現代の我々が心から頷けるわけではありません。しかし彼らが何を考えていたのか、そして何故決起したのか、決起せざるを得なかったのかということは、記憶に留めておく必要がある――そう感じます。


 さて、そんなある意味武士の時代のエピローグというべき本作ですが、そのまたエピローグにおいて、前作の主人公である彦斎と象山が顔を見せることになります。といっても二人は言うまでもなく故人なのですが――涅槃で雲の上から地上を見下ろしているという、何とも唐突で人を食った描写は、実に作者らしいといえるでしょう。

 特に象山は、結末で簡単に触れられる秋月の乱と私学校党の乱(西南戦争)に対して「ハァ~~西郷くんもしつこく戦いおった……」「敬神党も私学校も、時代の潮流へ逆らった阿呆な連中と言えよう」と、身も蓋もない発言を連発。
 その果てに、彼らのことはもう知らんとばかりに、この先のサイエンスの進歩を無条件に喜び、人類の叡智に無制限な希望を象山が抱く姿が描かれます。

 それはそれで象山らしいとして、それでは自分の想いを受け継いだものたちが命を落とすのを目の当たりにした彦斎の態度は――大いに意外とも、あるいはこれはこれでらしいというべきものを見せることになります。
 思えば前作の結末において、ある種達観した姿を見せていた彦斎。涅槃でも俗っ気の抜けない象山と、全てから解き放たれた感のある彦斎――はからずも神風連の乱を挟んで、ここでも二人の対照的な在り方が示された感があります。


『神風連の乱』(とみ新蔵 リイド社SPコミックス) Amazon

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2022.09.28

宮部みゆき『きたきた捕物帖 二 子宝船』(その二) 毒殺魔との対峙、そして物語が真に目指すもの?

 『きたきた捕物帖』第二弾、『子宝船』後半の紹介であります。一家惨殺の悲劇に対し、怒りに下手人を追う北一。しかし北一の前には、思いもよらぬ壁が立ち塞がることになります。そして北一が知ることとなった千吉親分の真意とは……

 さて、第一話「子宝船」に続くのは、第二話「おでこの中身」と第三話「人魚の毒」――この二話は、同じ事件を扱う実質的に前後編の形で描かれることになります。

 いつもと変わらぬ平凡な日の始まりと思っていたその朝、北一が目の当たりにした惨劇。北一も顔見知りだった、弁当屋・桃井――慎ましくも幸せに、懸命に暮らしてきた一家三人が、物言わぬ骸となって見つかったのです。
 第一発見者となったものの、あまりに悲惨な現場を見ていられず外に出た北一は、そこで現場を窺う奇妙な女を目撃し――その女が姿を消す際に、首筋に銀杏の絵柄の彫り物があるのを目に焼き付けるのでした。

 そして検屍の手練れである与力・栗山から、これが一家心中ではなく、何者かに毒を飲まされた殺人であると聞かされた北一。さらにその場に女の足跡があったと聞かされた北一は、あの銀杏の女の影を追うことになります。
 そして過去に同様の事件が起きているのではと思い立った北一は、政五郎親分の元手下だった人物に話を聞きに行くことに……

 と、第二話のサブタイトルの時点で明らかではありますが、ここで『ぼんくら』で政五郎親分とともに活躍した「おでこ」その人が登場することになります。今は立派な大人になって町奉行所文書係の助手を務めているおでこですが、その記憶力はさらに磨きがかかり、人間図書館というべき記録量で北一を助けてくれるのは嬉しい限りです。

 そしてなおも銀杏の女を追う北一は、文庫作りの仲間たちと作った人相書きをあちこちに配った末、ついに手がかりを掴むことになります。人相書きを見て木更津湊からやって来た八州廻りの岡っ引き・半次郎。彼が北一に語る、恐るべき怪物の物語とは……


 これまで本シリーズで描かれてきたのは、人の世の陰の部分――「子宝船」でも描かれたように、どんな人間でもなにかの拍子に芽吹かせるような、小さな、そしてどこか物悲しさややりきれなさを感じさせる人の悪意が描かれてきました。
 しかしこの二話で毒殺魔を追う北一が対峙するのは、人の心の闇の部分――真っ当な人であれば持ち得ないような、怪物めいた魂の存在なのです。はたして、普通の人間の悪意ですら理解するのに苦労するような北一に、そのような怪物を相手にすることができるのでしょうか? 

 しかし、実は本作において、北一はもう一つの、ある意味毒殺犯よりも遙かに恐ろしい相手と対峙することとなります。
 それはこの時代の捕り物のシステム――脛に傷持つ者がほとんどである岡っ引きという怪しげな存在と、物証などとはほとんど無縁の自白偏重の取り調べという、法や論理とは無縁の捜査という、この時代に主流だった捕り物の在り方が、彼の前に立ち塞がるのです。

 これまで培われてきたこのシステムの前には、栗山与力のような物証主義や、それを受けて地道に捜査を行う北一は、異端者にすぎません。どれだけ彼らが正義を訴えても、それが通ると限らないのです。そんな中で、どうすれば正義を貫くことができるのか。弱者を救うことができるのか?
 ここで鋭く突きつけられるのは、そんな疑問であります。そしてそれは、このシリーズの発端――自分が死んだ時には十手を返上するという言葉を遺した千吉親分の真意に、実は繋がるものであったと、第三話において明かされるのです。

 先に第一話の紹介で、私は本作が岡っ引きの在り方を問い直し、捕物帖を「再構築」するものではないかと述べました。しかしここで描かれるのは、それを踏まえた上で、従来の捕物帖の在り方を根底から揺るがし、新たな形を描こうとする試みなのです。
 ある種、捕物帖の「脱構築」というべきものを、本シリーズは目指しているのではないか――そんな思いを抱かされました。


 懸命に生きる青年の成長物語、奇妙な謎や怪異を描く時代ミステリ、これまで作者が描いてきたキャラクターたちのクロスオーバー――そんな様々な魅力を持つ「捕物帖」である本作、本シリーズ。そこにさらに、上に述べたような恐るべき意図が込められているとしたら――それは作者の集大成というべきものになるのではないでしょうか。

 「捕物帖」として、はたしてこの先に何を描こうとしているのか――これまで以上に、シリーズのこの先が楽しみで仕方ないのであります。


『きたきた捕物帖 二 子宝船』(宮部みゆき PHP研究所) Amazon

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2022.09.27

宮部みゆき『きたきた捕物帖 二 子宝船』(その一) 消えた弁天と、岡っ引きの在り方

 北一と喜多次のバディが怪事件に挑む宮部みゆきの『きたきた捕物帖』、待望の第二弾であります。文庫売りとして少しずつ前に歩み始めた北一が、またも巻き込まれた奇妙な事件。喜多次をはじめとする周囲の人々の力を借りながら、少しずつ真相に迫っていく北一が学ぶのは……

 十手を返上すると言い残して亡くなった深川の名岡っ引き・千吉親分。千吉の子分の末席にいた北一も岡っ引きとは無縁になったはずですが、親分の表家業だった文庫の振り売りをするうちに、次々と奇妙な事件に巻き込まれることになります。
 千吉親分のおかみさん・松葉、長屋の差配人の富勘、とある武士の用人・新兵衛、そして正体不明の風呂屋の釜焚き・喜多次といった周囲の人々に助けられて(時々助けて)、奔走する千吉。そんな日々の中、ついに彼は文庫売りとして一本立ちすることに……

 という内容の前作を踏まえて展開する本作は、全三話(実質二話)構成。表題作の第一話「子宝船」では、その文庫がきっかけで、北一はまたも事件に巻き込まれることになります。

 新製品として赤ん坊の出産祝いの品を考えていた北一が、顔馴染みの貸本屋・治兵衛から聞かされた奇妙な話――それは、子宝に恵まれると有難がられていた、酒屋の伊勢屋が描いた七福神の絵をもらった家で生まれた赤子が次々と亡くなり、七福神の絵から弁天様が消えていたというものでした。
 伊勢屋に絵をもらった家の者たちが押しかけて大騒ぎになる中、その絵を納めて祀るための文庫を作ってほしいという富勘の依頼を受けた北一。仲間たちと大急ぎで文庫を作って伊勢屋に届けた北一ですが、それだけでは騒動は収まりそうにありません。そんな中に現れた人物は……


 子授けに御利益があるという宝船の絵から弁天様が消え、赤子が命を落とすという不気味な出来事。はたしてそれは怪異なのか、事件なのか? ――外側からの視点でいうのもいかがなものかと思いますが、この『きたきた捕物帖』はどちらの場合もあり得るだけに、読者としては大いに悩まされます。

 しかしどちらであったとしても、そして誰が悪いのだとしても、その場を、いやその後も何事もなく収めなければなりません。そしてそれは北一ではあまりに荷が重い――と思っていたところに登場するのは、なんと『ぼんくら』シリーズで活躍したあの人!
 もともと富勘や治兵衛が『桜ほうさら』の登場人物であるように、他の作品とクロスオーバーしている本シリーズですが、なるほど、岡っ引きの先達として登場するには文句なしの人物です。

 冒頭から述べてきたように、本作いや本シリーズの北一は、周囲の人々にしばしば助けられているキャラクターであります。何しろ彼はまだまだ年若く、千吉親分の下に寄宿していたとはいえ一番の下っ端――岡っ引きとしてどころか、「社会人」としてもまだまだ駆け出しの若者なのですから。
 本シリーズはそんな北一の成長物語としての側面が強いわけですが、彼を支える周囲の人々は、彼にとってのいわばメンターであり――特にこの「子宝船」では、岡っ引きとしての北一のメンターが本格的に登場したともいえるでしょう。

 そして伊勢屋の騒動が一旦収まった後も、その真相を追っていく中で、北一はそのメンターから岡っ引きとしての手法と、そして何よりも岡っ引きの役割を知ることになります。
 事件を推理・解決するばかりが全てではなく、むしろ事件に――いや、ほとんどの場合、事件とも呼べないような揉め事に――関わった人々の想いを宥め、収めるという役割を。
(だとすれば、岡っ引きが対峙するのが、事件であっても怪異であっても、その意味では何ら差はないといえるのかもしれません)

 この「子宝船」は、そんな岡っ引きの在り方を北一を通じて丹念に問い直し、描いて見せた物語といえます。そしてそこで目指しているのは、「捕物帖」というジャンルの再構築でもあるのではないか――読みながらそう感じました。


 が、本書の後半では、その印象が誤りであったことに気付かされることになります。その後半――第二話「おでこの中身」と第三話「人魚の毒」についてはまた明日。


『きたきた捕物帖 二 子宝船』(宮部みゆき PHP研究所) Amazon

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2022.09.26

橋本純『百鬼夢幻 河鍋暁斎妖怪日誌』 鬼眼の絵師が見た失われていく時代と妖怪

 つい先日、続編にあたる『妖幽夢幻 河鍋暁斎妖霊日誌』が刊行された、副題通り河鍋暁斎を主人公とした伝奇小説を、1995年の初刊以来久々に手に取りました。幕末から明治にかけて、この世ならざるものを見る眼を持った暁斎と妖怪たちの交流を描く連作であります。

 何かと江戸に騒然とした空気が漂う元治元年(1864)、そんな世の中の動きとは無関係に、毎日のように山積みの仕事を放り出しては町中をほっつき歩く河鍋狂斎(暁斎)。
 今日は日頃世話になっている大店の輿入れの祝いに、自分の絵を持って向かった狂斎ですが、そこで突然庭の写生を始めた狂斎の絵には、河童が描かれていたのでした。

 その帰りに絵に話しかけた狂斎と、それに応えた絵の中の河童。実は幼い頃から妖怪などこの世ならざるものを見る力・鬼眼を持っていた狂斎は、子供の頃に弟子入りした狩野派の師の下で、描いたものの魂を絵に封じる魂抜きの術を学んでいたのです。
 絵から出してやった河童と意気投合し、妖怪たちの「生態」を知ることとなった狂斎は、最近自分の目に見える物の怪たちの数がめっきり減ってしまった理由を、河童に問うのですが……


 反骨精神、そしてユーモアに富んだ狂画や風刺画をはじめとして、数多くの作品を残した河鍋暁斎。時にユーモラスに、時に写実的に描かれたその作品はまさに唯一無二のものとして今なお愛されるとともに、幼い頃に川を流れてきた生首を写生したなど、数々の奇行でも知られる人物であります。

 本作は、その暁斎亡き後の彼の弟子・コンデルの姿を描く序章に続き、時を遡って描かれるこの第一章「かはたらう」から始まります。本作の暁斎像――好奇心旺盛でお節介焼きの酔狂人、しかし絵については人よりも何倍も打ち込み、そして何よりも妖怪たちと江戸の姿をこよなく愛する――は、既にこの時点で確立しているといえます。
 そんな暁斎は、上で述べたように鬼眼を持ち、妖怪を封じる魂抜きの術を会得しているのですが――そ能力で悪い妖怪と戦う、などということは全くなく、己の好奇心と妖怪愛・江戸愛の赴くまま、様々な妖怪たちに出会い、騒動に巻き込まれるのであります。

 北斎のパトロンだった高井鴻山から龍の絵を依頼されて悩む狂斎が、狢に頼んで江戸の地下に眠る龍を目撃する「りゆうじん」(1864)
 仮名垣魯文と共に上野の山に登った狂斎が、上野戦争で命を落とした敵味方の亡霊たちと出会い危機に陥る「ばうれい」(1868)
 友人たちと陸蒸気見物に出かけた暁斎が、そこで目撃した、陸蒸気にしがみついた見たこともない妖怪の正体を追う「をかじょうき」(1872)
 弟子のコンデルが自分と同じ眼を持つことを知った暁斎が、二人で出かけた川越で、妖怪たちが旅立っていく姿を目の当たりにする「おにび」(1881)
 病床の暁斎に妖怪たちが別れを告げに訪れるエピローグ「たびだち」(1889)

 サブタイトルの後に、カッコ書きで作中年代を書きましたが、本作の舞台となるのは、江戸という町が存在した頃から、その名が東京に変わって文明開化の波が押し寄せ――それすらも落ち着いて日本が近代国家として歩み始めた時代。まさに江戸から明治、近世から近代へと移り変わった時代であります。

 本作は暁斎の後半生と妖怪たちの交流を描く物語ですが、しかしその背景で、いや時に前面で描かれるのは、この時代の移り変わりと、その中で失われていく古きもの――江戸や妖怪たちに象徴されるものたちへの哀惜の念にほかなりません。
 もちろん後世の我々にとって、暁斎が抱くその想いはあくまでも想像するしかないものではあるのですが――しかし、本作のような作品を愛する人間としては、ただただ共感するのみなのです。

 ユニークな妖怪時代小説(の先駆け)であり、実は今なお数少ない暁斎を中心とした時代小説、そして何よりも失われていく時代への哀悼の物語として、再読してもなお、その魅力を失わない作品であります。


 ちなみに今回手にした電子書籍版では、書き下ろし短編「まなざし(百鬼夢幻 余話)」が収録されています。

 明治のある日に暁斎が出会った、社を失った奇妙な神狐・桶次郎との終生に渡る交流を描く本作は、桶次郎のその奇妙なキャラクターと生態(?)が印象に残りますが、何よりも暁斎の語られざる物語が随所で仄めかされているのが気になります。
 どうやら本作は『妖幽夢幻』やさらに続く物語に繋がっていく内容とのことで、今後の更なる暁斎の物語に、期待は高まるのです。


『百鬼夢幻 河鍋暁斎妖怪日誌』(橋本純 書苑新社) Amazon

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2022.09.25

東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第4巻 天地逆転の悲劇にも屈しない者

 元八丁堀同心・千羽兵四郎と仲間たちが、警視庁の鼻を明かすために様々な怪事件に挑む/怪事件を起こす漫画版『警視庁草紙』、快調に巻を重ねて第四巻であります。この巻では伝馬町の牢に繋がれた女たちを救うために兵四郎が奔走する「人も獣も天地の虫」がついに完結、続くエピソードが始まります。

 警視庁の地獄(私娼)狩りで捕らえられた元幕臣の娘たちを救いだすため、元旗本にして大悪党の青木弥太郎の手を借り、地獄狩りの中心人物である松岡警部に美人局を仕掛けた兵四郎。
 策は見事に成功し、松岡を脅して伝馬町の牢に入り込んだ兵四郎ですが、既に異常を察知した警視庁は既に網を張り、松岡はその場で処断されるのでした。

 追い詰められた兵四郎は、警視庁の面々に対し、突然「高杉晋作と坂本龍馬の二人の無念を晴らすためにここへ来た」と語り、「おうのとお竜 二人の愛した女は今どこにいる」と加治木警部に問うのですが……


 そんな意表を突いた場面から始まるこの巻ですが、さて兵四郎の言う二人――高杉晋作の愛人であり彼の最期を看取ったおうのと、坂本竜馬の妻であり寺田屋で彼の窮地を救ったお竜はどこにいるのか?
 それは話の流れを見ればいうまでもないでしょう。兵四郎はここでこのエピソードのタイトルである「人も獣も天地の虫」――坂本龍馬が言ったという言葉を引き、二人のみならず、牢に入れられた女たちは全て男たちの犠牲者であるとして、即時釈放を要求したのであります。

 ――と、原作を読んだときもこの展開には愕然とさせられましたが、ここで画として描かれるとそのインパクトはさらに絶大。特にこのエピソードの冒頭から登場していた今井信郎――彼が何を行ったとされるか、幕末史好きには言うまでもないでしょう――の姿は、強く印象に残ります。
 そして兵四郎の火を吹くような告発は、それはそのまま原作者の想いと捉えて良いのではないか――改めてそう感じるのです。

 さて、ここからの怒濤の展開には、ただただ目を奪われるばかりなのですが――本作はその結末において、実は原作にはない場面を入れています。
 事件が一段落して兵四郎と隅の御隠居が、愛した女性たちの今の姿を亡き龍馬と晋作が見たとしたら――と慮る。それは原作でもあるのですが、そこに重ねて描かれるものは――決して天地逆転の悲劇にも屈しない者の姿を描いたラストの見開きは、これはこれで一つの山風イズムを感じるのです。


 そしてこの巻から新たに始まるエピソードは、「幻談大名小路」――何者かに襲われていた按摩・宅市を、冷や酒かん八が助けたのをきっかけに、兵四郎たちが悪夢めいた事件に巻き込まれることになります。

 雨の中を流していた時、「お主の眼を潰した男に復讐したくはないか」と声をかけられた宅市。その声についていった宅市は、大名小路で、大勢の家臣と笛・太鼓を奏でる女たちがお殿様を囲む場に誘われるのでした。
 そしてそこにいたのはもう一人、宅市の故郷の国家老の息子・奥戸外記――彼の眼を潰した男。「鶴姫」はどこかと殿様に問われるも答えぬ外記に、宅市は積年の恨みを晴らせと促されるのでした。

 そこから無我夢中のまま、気が付けば大名屋敷はどこへやら、何者かに口封じされかけていたところを、宅市はかん八に救われたのですが――しかし大名小路は銀座の大火で既に焼失したはず。そして宅市の口を封じんと、彼を匿った半七の家を、猿面と蓑をつけた奇怪な一団が襲撃してきたのであります。
 一方その頃、同じ長屋の「葦原将軍」を入院させるために小松川の癲狂院を訪れた油戸巡査は、そこで口に紙を押し込まれた奥戸外記の縊死体を発見することに……


 はたしてどこからが虚でどこからが実なのか、盲人の口を通じて語られた怪談めいた物語が、兵四郎、そして警視庁に現実のものとして襲いかかるこのエピソード。まだこの巻の時点では、双方が追う真実は五里霧中の状態ですが、宅市の耳に聞こえた不気味な情景を描き出す画の面白さに感心いたします。

 実はこのエピソード、この時点で原作に比べてかなりアレンジが加えられ、派手な展開になっているのですが、さてこの先どのように物語が描かれることになるのか。ここはそのアレンジ具合に注目したいと思います。
(冒頭であの「文豪」の「夢」を描いた作品を引用しているのは、ある意味ギリギリ感がありますが……)


『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第4巻(東直輝&山田風太郎 講談社モーニングコミックス) Amazon

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2022.09.24

細川忠孝『ツワモノガタリ』第3巻 三番手・原田左之助、種田宝蔵院流の真実!

 新選組の強者たちが強敵たちとの戦いを語りあう、決闘特化型の新選組漫画も、二の段 藤堂平助対田中新兵衛がいよいよクライマックス。そして続く三の段は、何と原田左之助vs高杉晋作であります。左之助の槍術の由来とは、高杉の剣術の腕前とは……

 屯所での宴会の中で出た「この国において最強の剣客は誰か?」という話題に答えるため、新選組の強者たちが語る死闘を一番ずつ描いていく本作。その一の段では沖田総司が芹沢鴨との死闘を語りましたが、続いて語るのは藤堂平助、相手は田中新兵衛――幕末の四大人斬りの一人であります。

 心酔する武市半平太にとって障害である壬生狼を斬らんとする新兵衛と、その襲撃を突如受けた平助。かくて、防御ごと叩き潰す剛剣の薬丸自顕流の新兵衛と、合理的かつ洗練された技を的確な判断で放つ北辰一刀流の平助――水と油ながら、ともに人斬りに心理的制限を持たぬ者同士の対決が繰り広げられることになります。
 前巻の段階では、蜻蛉の構えから繰り出される常識外れの新兵衛の剛剣に苦戦していた平助ですが、この巻の冒頭では互いの剣の激突により、双方の刀が折れるというアクシデントが発生。どちらが有利とも言い難い状況で藤堂が繰り出した剣技は……

 いやはや、一歩間違えると曲芸めいた技ながら、しかしその技のロジックと、そこに秘められた藤堂の天才性を描いてみせるのは、格闘漫画の技法で剣戟を描く本作ならでは、というべきでしょう。そしてその平助の天才の前に、なおも己の心の強さを押し通してみせた新兵衛もまた見事と言うほかありません。

 そして個人的に一番気になっていた結末ですが――新兵衛最後の人斬りというべき姉小路公知暗殺に繋げてみせたのは、ある意味予想通りでしたがやはり面白い趣向であります。この暗殺、新兵衛が斬ったと言われるわりには姉小路が即死していなかったりと不審なところもあるのですが、平助との激闘の後であれば納得でしょう。
(と思ったらどう見ても一撃必殺しているし、何よりも姉小路殺しに向かう展開が、いくら新兵衛でも唐突に見えるのですが……)


 そしてこの巻のメインとなるのは、表紙を飾る原田左之助であります。長州の剣を知りたいという土方のリクエストに応えて身を乗り出した左之助が語るのは、なんと大物中の大物・高杉晋作との対決であります。

 しかし高杉といえば奇兵隊、奇兵隊といえば近代戦術という印象ですが――本作の(いや史実でも)高杉は柳生新陰流免許皆伝。そしてこの巻で描かれる、生前の師・吉田松陰を守って柳生新陰流を振るう高杉の姿は、(やっぱり本作でも)エキセントリックな高杉に似合わぬ流麗なものであります。
 そこに柳生新陰流という剣流の特徴を見出すのが実に本作らしいところですが、いずれにせよ、高杉が本作に登場するに足る強者であることは間違いありません。

 さて対する左之助ですが、この巻のかなりの部分を割いて描かれるのは、彼が槍術――「種田宝蔵院流」の達人となるまでの物語であります。
 かつて江戸の練兵館で恐るべき達人(その名を桂小五郎)の剣を目撃し、剣の道を断念するに至った左之助。そんな彼の前に現れたのは、巨漢三人をものともせず叩きのめす槍術の遣い手・谷三十郎だったのです。

 槍を極めれば相手がどんなに強い剣士でも勝てるという三十郎の言葉に、槍術の道に進む左之助ですが、やがて種田流に飽き足らず、宝蔵院流の門を叩くことに……

 と、上で左之助の流派をカッコ付きで記しましたが、それはそんな流派は存在しないためにほかなりません。それでは何故)左之助は「種田宝蔵院流」を名乗ったのか――ここで描かれるその理由は、ある意味極めて直球なのですが、しかし「それでこそ左之助!」と言いたくなる、小気味よさすら感じさせられるものであります。
 そもそも左之助といえば、直情径行で明朗快活、豪快な快男児というイメージがあります。二の段に登場した平助のキャラはかなり変化球でしたが、ここで描かれる左之助は、まさにイメージ通りの裏表のない好漢――そんな好漢の修業時代の物語に、大いに胸ときめかせていただきました。


 さて、この巻ではそんな二人の男のこれまで歩んできた道程を描き、種田宝蔵院流 原田左之助 対 柳生新陰流 高杉晋作の決闘が始まるところで次巻に続くことになります。
 ある意味これまでで最も結末が読めないこの一番、予想できるのは、それぞれ存分に「らしさ」を見せてくれるであろうことのみであり――そして今はそれを見ることが楽しみでなりません。


『ツワモノガタリ』第3巻(細川忠孝&山村竜也 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon

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2022.09.23

「青春と読書」2022年10月号で山本幸久『大江戸あにまる』の紹介記事を担当しました

 『大江戸あにまる』(山本幸久 集英社文庫)の紹介記事が「青春と読書」2022年10月号に掲載されました。タイトルのとおり、江戸を舞台に動物たちを巡る騒動を描く時代小説なのですが――しかし登場する動物たちがどれも並みではない、何ともユニークな作者初の時代小説です。

 かつては若君時代の藩主の御伽役として兄弟のように過ごしたものの、今は代々の江戸留守居役手添仮取次御徒士頭見習という、凄いような凄くない役職に就いている青年・木暮幸之進。御伽役時代を懐かしく思い出しながらも平凡な毎日を送る彼は、国元から江戸に留学してきた少年・乾福助の付き添いとして、本草学マニアが集まる物産会合に顔を出すことになります。

 そこでかつて若君と共に見物に行った駱駝が再び江戸に来ていると聞き、懐旧の想いに駆られる幸之進ですが、会合の帰り、道端に傷だらけで倒れていた男――国定村の忠次郎を拾って下屋敷に匿ったことで、思わぬ騒動に巻き込まれることに……


 そんな第一話から始まる本作は、駱駝以降も、豆鹿・羊・山鮫(ワニ)・猩猩(オランウータン)と、およそ時代小説ではあまりお目にかからないような、本来であれば江戸にいないはずの動物たちを中心に起きる騒動を描くことになります。
 その騒動に巻き込まれ、何とか収めようと奔走するのはもちろん幸之進ですが、彼は困っている人を見過ごせない好人物ながら、いつもうまくいかずに痛い目に遭ってばかり。福助や、途中から登場する藩主の奥方で男装の剣士でもある小桜らの手を借りて奮闘するものの、やっぱり大変な目に――というのが、本作の基本パターンであります。

 冒頭で触れたとおり、本作は作者の初の時代小説ですが、これまで作者が発表してきたのは、現代を舞台に、ごく普通の人々が自分の仕事に懸命に打ち込む姿を、時にユーモラスに、時に感動的に描く作品が中心でした。
 その点からすると、普通の人である幸之進が奮闘する本作もその時代小説版といえるかもしれませんが――しかし本作には、上で触れた国定忠治をはじめ、平手造酒、勝麟太郞、鳥居耀蔵などなど、実在の人物、歴史上の有名人が次々と登場することになります。

 幸之進は、動物たちだけでなくこの有名人たちにも散々振り回されることになるのですが、そんな非日常的な状況で自分のベストを尽くそうとする彼の姿に、大笑いしてそして時にグッとくるのは、やはり作者ならではというべきでしょうか。
 そして実はそんな動物たちも有名人たちも、それぞれに抱える「私はどうしてここにいるのだろう」という一種哲学的な想いに対して、幸之進の姿を通じて描くその答えには、胸が熱くなるのです。


 というわけで動物と有名人と普通の人が織りなす愛すべき作品である本作ですが、終盤ではちょっと驚くような伝奇的なアイディアが投入されてきたりと、伝奇時代小説ファンとしても油断できない作品であります。

 さらに、それまで登場人物たちの「今」を楽しく賑やかに描いてきたの最終章では、上記の想いを通じて、一転して歴史の重みを描いてみせるなど(まさか鳥居様に泣かされるとは……)、これが初とは思えない時代小説としての切れ味を見せてくれる本作。
 紹介記事を書いたからということは全く抜きにしても、自信を持ってお勧めできる快作であります。


『大江戸あにまる』(山本幸久 集英社文庫) Amazon

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2022.09.22

富安陽子『博物館の少女 怪異研究事始め』 少女の成長と過去からの怪異と

 明治時代、思わぬ運命から上野の博物館で働くことになった少女が、博物館の古蔵に収められた奇妙な曰く因縁を持つ「黒手匣」を巡る事件に巻き込まれる、YA小説の快作であります。長崎の隠れキリシタンにまつわるという黒手匣の秘密とは……

 明治16年、大阪で古物商を営んでいた父と母を相次いで喪い、ただ一人、母の親戚を頼って東京を訪れた少女・花岡イカル。厳格な親戚の下で窮屈な日々を送るイカルですが、自分の遠縁に当たる河鍋暁斎の娘・トヨと出会ったことがきっかけで、上野の博物館を訪ねることにおなります。
 博物館の見事な収蔵品の数々に目を奪われるイカルは、トヨの付き添いで館長の田中と対面するのですが――かつて父の店を訪れ、幼いイカルとも出会っていた田中に目利きの才を認められた彼女は、博物館の古蔵の管理をしている老人・織田賢司、通称「トノサマ」の手伝いをすることになったのです。

 折しも数日前、古蔵に何者かが押し入ったことから、中の品と目録の照合を任せられ、「黒手匣」なる収蔵品が行方不明になっていることに気付いたイカル。長崎から寄贈された曰く付きの品だというその箱を、政府のお雇い外国人が探していたと聞かされたイカルは、トノサマや織田家の奉公人・アキラとともに、その行方を探すことになるのでした。
 その中で不老不死をもたらすという噂まである黒手匣。その奇怪な由緒を知ったトノサマとイカルは、手がかりを追って神田の教会を訪ねるのですが……


 妖怪や異界を題材とした作品を数多く発表してきた児童小説のベテラン・富安陽子。その作者が描く本作は、文明開化の時代、上野の「博物館」(後の東京国立博物館)を舞台に、自分の生き方を探す少女の成長小説であると同時に、この世ならざる奇怪なアイテムを巡る、伝奇ホラーとしての性格を色濃く持つ作品であります。

 何しろ、主人公であるイカルが働くこととなった古蔵というのが、元々は上野戦争で焼け落ちた寛永寺の学問所の蔵という設定。しかもその学問所が、怪異研究を専門としていたというのですから、思わずニッコリしてしまいます。
 そんな由来もあって、博物館で行き場のない品が収められ、口さがない連中からはガラクタ蔵などと呼ばれているその蔵から盗まれたと思しい「黒手匣」の謎を本作は追うことになりますが――途中で語られるその曰く因縁がまた凄まじい。

 隠れキリシタンというある種の「現実」から、一瞬にして有り得べからざる世界に放り込まれるようなその過去の物語には、理不尽な怪談を聞かされたような不気味な味わいがあり――そこに直結していくクライマックスの展開もまた、思わぬ異界を覗き込んだような内容に、唖然とさせられます。
 この辺り、実はある有名な伝奇作品のエピソードを感じさせるものがあるのですが、そこに日本人なら誰もが知っている別の物語を絡めることにより、奇妙な現実感を感じさせるのも巧みとしか言いようがありません。


 さて、思わず本作の伝奇性の方に力を入れて紹介してしまいましたが、本作は先に述べたように、明治という新たな日常を生きる少女の物語であります。そして描かれる怪異が意表を突いたものである一方で、物語の大部分を占めるその日常は、史実を踏まえつつ、静かに、そして丹念に描かれているのに好感が持てます。

 そんな本作の姿勢に繋がるのが、主だった登場人物の多くが、実在の人物であることでしょう。河鍋暁斎の娘であるトヨ(後の河鍋暁翠)、信長の末裔であるトノサマこと織田賢司(織田信愛)、博物館館長の田中芳男に先代館長の町田久成、さらには神田教会の修道士・本宿賢郎――実に彼ら一人ひとりが本当に明治を生きた人々なのです。

 そんな中でも特に面白く感じるのが、(これは作中では明記されないのですが)元高家の旗本であり上野戦争にも参加したトノサマ、蕃書調所に仕えていた田中、島津家一門だった町田という、博物館に奉職する人々の出自であります。かつての敵味方が関係なく、新たな日本の文化的礎を作るために努力する姿自体、実に興味深いるのですが――そう考えると、近世から近代に至る時代、そして未来のために過去を収蔵する博物館という場所を舞台に、新たな世代であるイカルの物語が描かれることに、大きな意味があると感じます。

 そんな本作においては、怪異もまた、受け継がれる、あるいは忘れ去られていく過去の一つとして受け止めるべきものなのでしょう。


 少女の成長小説として、一種の歴史小説として、そして伝奇ホラーとして、独自の輝きを放つ本作。ぜひとも事始め以降の物語も読みたいものです。


『博物館の少女 怪異研究事始め』(富安陽子 偕成社) Amazon

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2022.09.21

士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第7巻 人が他者と触れ合い、結びつくことで生まれるもの

 大長編としての手法で『どろろ』を描く『どろろと百鬼丸伝』も順調に巻を重ね、これで第7巻。数多くのキャラクターが集結した木曽路での戦いを終え、どろろと百鬼丸は、そして多宝丸は、再びそれぞれの道を歩き始めることになります。百鬼丸が遭遇した新たな死霊の正体とは……

 木曽路での戦いの末、ひとまず和解した百鬼丸と多宝丸。しかしそこに白馬鬼と化したミドロ号に乗って現れた醍醐景光によって、どろろは再会したばかりの父・火袋を眼前で喪うことになります。
 怒りに燃える百鬼丸と多宝丸は、それぞれの力を振り絞って景光に挑んだものの、既に人外の魔人と化した景光には及ばず、むしろ景光は息子たちの成長を喜ぶようにその場を去るのでした。


 そんな前巻の展開を受け、百鬼丸と多宝丸はそれぞれに力を求め、これまで出会った人々に一旦の別れを告げて再び旅に出ることになります。
 もっとも、百鬼丸の傍らにはどろろがいることは言うまでもありません。この巻の前半で描かれるのは、そんな二人が出会った新たなる死霊との対決を描く「古寺の入道の伝」であります。

 川の中に仕掛けられた、蜘蛛の巣のような奇怪な罠に触れた手が離れなくなってしまったどろろ。罠を仕掛けた相手を倒せば解けるはずと、どろろを残して探しに行った先の荒れ果てた山寺で、百鬼丸は四化入道と名乗る
僧と出会うことになります。
 見るからに常人とは思えぬ奇怪な風貌の四化入道ですが、やはりその正体は死霊。攫われたどろろを助け、自らの体の一部を取り戻すために入道に挑む百鬼丸ですが、そこに現れたのは……

 原作でも登場した僧形の妖怪・四化入道――戦略的に意味がある山に砦を建てようとした景光に逆らったため、生き埋めにされた僧が、妖怪となって生まれ変わったという奇怪な出自を持つ存在であります。
 本作でもそれの設定は基本的に変わるものではないのですが(いや、さらに奇怪な内容に変わっていると言うべきかもしれませんが)、しかし大きく異なるのは、その先の展開であります。

 その内容についてここでは詳しくは述べませんが、それはこれまでに本作で、そして他の『どろろ』において描かれてきた人間と人間ならざるものの関係に、また新しい視点を与えるものといえるでしょう。
 四化入道が持っていた百鬼丸の体の一部も、それが体の一部か? という気がしないでもないのですが、しかしそれが入道の正体を知ったどろろの、そして百鬼丸の選択に繋がる結末は、決して悪くはありません。


 そしてこの巻の後半「背負いしものの伝」では、ついにどろろが文字通り背負ってきた秘密が明かされることになります。
 一種の義賊であった父・火袋が、庶民の蜂起のために溜め込んでいた黄金――その黄金の在処が記された地図の存在を、百鬼丸に明かすどろろ。本当に心から頼れる人にだけ見せなさいと、今際の際の母が言い残した地図を見せたどろろが百鬼丸に願ったものと、それに対する百鬼丸の答えは……

 本書は一度登場したキャラクターが、他のバージョンの『どろろ』のようにそのエピソード限りで退場することなく、その後も引き続き登場して、どろろと百鬼丸の旅に関わっていく姿が描かれることになります。
 そこで描かれるのは、人が他者と触れ合い、結びつくことで生まれるもの――決してネガティブではないものの存在であり、それこそが、極めてドライな味わいの強い他の『どろろ』と比しての、本作の特徴のようにも感じられます。

 本書の前半の四化入道の物語だけでなく、このどろろの背負った地図のくだりもまた、そんな本作ならではの内容であると感じられるのですが――さて、そんな本作ならではのキャラクターとなった多宝丸にも、新たな他者との出会いが描かれることになります。

 景光に対抗できる力――百鬼丸にあって自分にない魂念力を得るために、琵琶法師と行動を共にしようとする多宝丸。そんな彼を琵琶法師が誘った先で待っていたのは、意外な存在だったのです。
 はたしてこの出会いが、彼に対して、そして物語に対してどのような意味を持つのかはまだわかりませんが――その一方でこの巻のラストで百鬼丸たちの前に現れた、奇怪な存在を見れば、百鬼丸と多宝丸の道は意外と早く交わるのではないか、という印象も受けます。

 その印象が正しいかどうかはさておき、いよいよ盛り上がるであろう大長編の向かう先に期待です。


『どろろと百鬼丸伝』第7巻(士貴智志&手塚治虫 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon

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士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第4巻 彼女のもう一つの顔、もう一つの結末
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2022.09.20

平岩弓枝『椿説弓張月』『私家本 椿説弓張月』 抄訳とリライトと、二人の英雄像

 『南総里見八犬伝』に並ぶ曲亭馬琴の代表作『椿説弓張月』を、馬琴をこよなく愛する平岩弓枝が甦らせた二つの作品であります。抄訳とリライトと、スタイルはそれぞれ異なるものの、海を超えて大活躍を繰り広げる源為朝を描いた原典の魅力を伝える名品です。

 源義家の曾孫であり、強弓で知られた源為朝は、九州を平らげたことから、またの名を鎮西八郎と名乗った剛勇無双の武将。保元の乱では父とともに崇徳上皇側につくも敗れて伊豆大島に流され、そこでかの地を平らげた末に討伐を受けて逝ったという、ある意味この時代の武士を体現したような人物です。

 『鎮西八郎為朝外伝 椿説弓張月』は、この源為朝の事績と伝説を踏まえ、馬琴がその奇想を縦横無尽に活かして描いた読本――前編・後編・続編・拾遺・残編と全五編二十九冊六十八回の長編であります。そのうち前編・後編は、上に述べた為朝の史実を軍記物語「保元物語」を踏まえて展開します。
 信西入道に疎まれて都を離れ、九州に下った為朝は、終生の忠臣となる豪傑・八町礫紀平治や妻となる白縫姫と出会った末に、やがて彼らを残して、保元の乱に参戦。敗れた末に伊豆大島に流され、そこで佞人の讒訴で追い詰められた末、周囲の人々の犠牲で生き延びて、白縫たちと再会することになります。

 一方、続編以降は琉球王国史「中山世鑑」等に見られる、生存した為朝が琉球に渡り、その子が琉球王家の始祖となったという伝説を踏まえた物語であります。
 まず語られるのは、為朝が琉球に現れるまでの物語――暗愚な時の王・尚寧王が、かつて禁断の蛟塚を暴いたことで妖僧・曚雲が出現、曚雲や奸臣たちに操られた王は王位継承者である寧王女や忠臣たちを退けた末、命を落とすことになります。

 一方、為朝は清盛を討つために一族郎党で船出したものの嵐で遭難、白縫の入水と魔界の崇徳上皇の加護で生き延び、琉球に漂着。そして白縫の魂が憑いた寧王女と為朝は、彼女や忠臣たちとともに反撃を開始、曚雲らを討って琉球を平定し、自らは崇徳上皇に迎えられて去る――という結末であります。


 さて、江戸で大好評を博したこの『椿説弓張月』ですが、しかし『南総里見八犬伝』に比べ、現在ではなかなかアクセスしにくい作品となっています。もちろん活字本は岩波文庫等で刊行されていますが、現代語訳やリライトが非常に少ない状況にあるのです。

 そんな中で数少ない、今でも容易に手が入るものが、平岩弓枝による『現代語訳・日本の古典 椿説弓張月』(その後、学研M文庫から『椿説弓張月』として刊行)と、『私家本 椿説弓張月』の二点であります。
 前者は原典の抄訳本、後者はリライトというべき内容で、いずれも一巻本のためダイジェスト味は強い――特に作者が「続編」の琉球王国の御家騒動のくだりに一番愛着を持っているためか、それ以外の部分、特に終盤が慌ただしい――ものの、まず『椿説弓張月』の何たるかを知るには十分な内容と感じます。

 しかしこの二作、並べて読んでみると、そのアプローチから生じる人物描写――特に為朝のキャラクター像の違いには非常に興味深いものがあります。元々読本は、現代の小説に比べると人物の内面描写については控え目であって、それは『現代語訳』においても受け継がれているといえます。それに対し、『私家本』は、作者によるキャラクターの掘り下げがはっきりと施されているのです。
 そんな中での為朝の人物像の違いを表せば、前者の為朝は行く先々の強敵を打ち砕く「豪傑」、後者は流転を続ける悲運の「英雄」と呼べるかもしれません。もちろん物語の本筋は同一ながら、これだけ印象が異なるというのが面白いところですが、後者は為朝を死に場所を喪った英雄として描いている点が、その大きな理由ではないかと感じます。

 元々原典では、史実における為朝の人生のハイライトというべき保元の乱の描写がかなりあっさりした扱いとなっています。『私家本』ではその印象がさらに強い(というより為朝は直前に父によって後事を託されて逃がされる)のですが、さらに敬愛する崇徳上皇に殉ずることができず苦しむ――と、こちらの為朝は、武士としての華々しい見せ場を奪われた人物として描かれるのです。
 それが(これは原典でも描かれているのですが)ラストの為朝の奇妙な「殉死」に繋がっていくのには大いに納得させられるのですが――考えてみれば琉球での為朝は「神人」とも呼ばれることになります。それは妻の白縫とはまた別の形で、既にこの世から離れた存在として描かれているということなのかもしれません。


 もちろんこれはこちらの深読みかもしれませんが――いずれにせよ名作を、名手の手で比較的手軽に読むことができるのは、まことに有り難いことであるのは、間違いありません。


『椿説弓張月』(平岩弓枝 学研M文庫) Amazon

『私家本 椿説弓張月』(平岩弓枝 新潮文庫) Amazon

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2022.09.19

わらいなく『ZINGNIZE』第8巻 死闘決着! そして新たなる敵の魔手

 不死身の魔人、いや不死身の怪物と化した風魔小太郎と三甚内の対決もついに決着。封印を解いた高坂甚内の超忍法の前に、ついに最後の刻を迎えた小太郎の胸中に去来するものは、そして高坂甚内の前に現れるのは……

 ついに集結した高坂・鳶沢・庄司の三甚内の死力を尽くした攻撃に、徐々に追い詰められていく風魔小太郎。しかし自分に不死身の力を与えていた返魂樹と完全に一体化した小太郎は、山よりも巨大な、もはや怪獣としか言いようのない存在に成り果てるのでした。
 これに対して、ついに七十二の五右衛門忍法のうち「ぬばたま」の封印を解く高坂甚内。マイクロブラックホール斬ともいうべきこの超忍法の前に、さしもの小太郎の巨体も崩壊し……

 という超絶決戦もほぼ決着し、あれだけ怖れていた死を待つだけとなった小太郎。彼の心に去来するのは、戦の中で自分の名を残せなかったことの悔恨――いや自分の名が、存在が忘れ去られることの恐怖でありました。
 そしてそれに対する高坂甚内の答えは、これは定番といえばそうかもしれませんが、しかしこの戦いを締めくくるには相応しいものと感じます。そんな高坂甚内の想いを受けて、ついに消え去る小太郎――常に己の心のままに、自由に生きたいと願いつつも、何かに縛られ続けていた男の最期であります。


 と、物語冒頭から高坂甚内の前に立ち塞がってきた最強最大の敵が消え、もはや物語はエピローグモード、戦いの中でかなりいい感じになった甚内とお菊さんが結ばれてめでたしめでたし……

 というにはまだページ数が残りすぎている、と厭な予感がしてきたところに現れたのは、小幡道牛(勘兵衛)であります。
 これまで風魔小太郎の傍らにありながらも常に不穏な動きを見せ、特に高坂甚内に、彼の五右衛門忍法に異常な執着を見せていた道牛。その彼が、高坂を待つお菊の前に現れ、彼女を捕らえて……

 本作のヒロインでありつつも、いや、本作という伝奇バイオレンス漫画のヒロインであるからこそ、これまで幾度となく大変な目に遭わされてきたお菊。そんな彼女も、紆余曲折を経てようやく幸せを手に入れることができる――というその目前で、最大の不幸が襲うことになります
 正直なところ、この辺りの展開は非常に辛い、というより――特に道牛がお菊に術をかけるシーンなどは――胸糞なのですが、もちろんこれで高坂甚内が怒らないはずがありません。

 ヤンデレっぷりを全開する(いや本当にあの言い草はひどすぎて逆に笑ってしまう)道牛に対して高坂甚内も怒り全開、これでもかとボッコボコにして――と思いきや、ここで恐るべき力を発揮する道牛。と思いきやさらに……


 ここにきて新たなプレイヤーが現れ、いよいよますます混沌としていく物語。次巻からは京に舞台を移しての第二部がスタートとのことですが、はたして風魔小太郎のインパクトを超える敵が登場するのか? その点も含めて、何が飛び出すかわからない物語に期待したいと思います。


『ZINGNIZE』第8巻(わらいなく 徳間書店リュウコミックス) Amazon

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2022.09.18

廣嶋玲子『千吉と双子、修業をする 妖怪の子、育てます』 本領発揮、西の天宮の奉行・朔ノ宮

 『妖怪の子預かります』シリーズの第二部である『妖怪の子、育てます』待望の続編であります。今回はタイトル通り、千吉と天音・銀音の姉妹が、妖怪奉行所・西の天宮の奉行・朔ノ宮の下で術の修行に入ることになります。しかし、当然千吉が大人しくしているはずもなく……

 強大な呪いから弥助を救うために禁忌の術を使い、その代償として全ての記憶と力を失って赤子に転生した大妖・千弥。弥助はその赤子に千吉と名付け、妖怪の子預かり屋を営む傍ら育てることに――という基本設定で展開する、『妖怪の子、育てます』シリーズ。
 『妖怪の子預かります』では、保護者である千弥が弥助をベタベタの甘々に育てましたが、それは弥助と千吉になって立場が逆転しても変わらず、弥助が千吉を可愛がる以上に、千吉は弥助に甘えまくるという、もう大変な状態であります。

 そんな千吉ですが、前作では弥助の大家の久蔵と化蛇族の姫の双子の娘・天音と銀音とともに奇怪な神にまつわる事件に巻き込まれることになりました。そこであわやという目に遭ったことから自分の無力さを痛感した千吉が、弥助を守るための力が欲しい――と頼ったのは、西の天宮の奉行・朔ノ宮であります。
 天音・銀音と共に首尾よく弟子入りを許された千吉ですが、しかしいざ修行が始まってみれば朔ノ宮の身の回りの世話や、彼女に仕える四連――の暇つぶしの付き合いばかり。一向に術を教えてもらえず、ようやく教えてもらったのも珍妙な術一つなのです。

 しかも弥助に子を預けた化け獺が、約束していた期間内に戻らず、弥助が子の世話にかかりっきり。ついにイライラを爆発させた千吉は、双子とともに化け獺を探しに出かけたのですが……


 というわけで千吉たちが修行するエピソードがメインとなる本作ですが、千吉と並んでもう一人の主役というべき存在が、朔ノ宮であります。『妖怪の子、育てます』から登場した彼女がいかなる妖で、どのような役目を背負っているのか、今回掘り下げられることになるのです。
 そもそも妖怪奉行所・東の地宮の対になる西の天宮の奉行というだけでも大いに気になるところですが、東の奉行――千吉の前世とは縁浅からぬ、というより滅茶苦茶因縁が深すぎる――月夜公とは犬猿の仲、いや犬狐の仲で、顔を合わすと凄まじい喧嘩にしかならないというのが実に愉快です。

 そしてその月夜公が、孤高であるからこそある意味わかりやすい(特に千弥絡み)であるのに対して、朔ノ宮の方は一見フレンドリーながらどこか底知れないものを感じさせるという、ある意味対極の存在であるのもまた面白い。
 そんな朔ノ宮の存在感が、色々な意味でまだまだ子供な千吉に対する大人の存在として、本作においては強く前面に出ていた印象があります。

 そんな朔ノ宮を前にしては千吉も分が悪すぎるのですが、クライマックスで描かれるある危機――そこに至るまでの重く黒い展開がまた作者らしい――においてみせた活躍は、それまでの抑えたものがあった分、何とも爽快に感じられます。


 ちなみに本書には表題作の他、朔ノ宮と月夜公の初対面を描く「馴れ初め」と、千吉と双子が留守にしている間の弥助と久蔵の姿を描く「親達の夜更かし」の二つの短編が収録されているのですが、特に前者が強烈な印象を残します。
 先に述べたように、顔を合わせれば壮絶なことになる朔ノ宮と月夜公ですが、その背後に秘められたある想いとは……。月夜公は何だかんだで周囲の妖に恵まれている、というか月夜公の回りはなんでこんなに感情が重い奴ばかりなんだ――と天を仰ぎたくなる一編であります。

 何はともあれ、本書で一気に存在感を増した朔ノ宮の存在もあり、これからの展開も楽しみなシリーズです。


『千吉と双子、修業をする 妖怪の子、育てます』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon

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2022.09.17

「コミック乱ツインズ」2022年10月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」10月号の紹介の続きであります。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 オッド姫とブブはほぼお休みで、モンゴル側のドラマが描かれる今回。いよいよ本格的に登場したラジンの従妹・クトゥルンの動向は――と思いきや、冒頭から(というより今回のサブタイトルですが)「オルゴイホルホイ」というワードが目に飛び込みます。見間違いかと思いましたが、間違いなくこれは、UMAファンみんな大好きなモンゴリアンデスワーム! 確かにモンゴルですが、『戦国自衛隊』にヴェロキラプトルを出した作者だけにまさか!? と思ってしまいますが――さすがににそれはなくてちょっと残念(?)

 それはさておき、自分の肉体と地位(将来性)をエサに、四人の男たちを手元に置き、コマとして操るクトゥルン。まだ未熟ながらもカリスマで周囲を惹きつけ、その力を束ねるオッド姫とは正反対のキャラクターですが、それだけに何をしでかすかわからないところがあります。そしてそんな彼女の作戦によって、物語は大きな動きの予兆を見せるのですが――何はともあれ、ラジンは本当に総身に知恵が回りかねていたのだなあと、ある意味感心いたします(そして前回ほのめかされて今回明かされた名無しの正体も面白い)


『列士満』(松本次郎)
 最終回の今回は箱館戦争――というわけで、脱走したり集結したりしながら、ついに北の果てまで流れ着いたらしいスエキチ。相方である百姓のダイスケと、最後まで何故かずっと眼鏡が割れてた上官殿も健在で、「列士満」として戦線に加わるのですが――入れ札でリーダーを決めるという共和国の制度に無邪気に感心するダイスケの夢を、一発の砲弾が打ち砕くことになります。

 箱館戦争ということで戦いの結末は明らかではありますが、それでも生き延びた「列士満」――武士未満の者たちを待つ運命は、悲しく辛い、というよりひたすら虚しいもの。「一将功成りて万骨枯る」というよりも、一つの時代の陰で隠され、捨て去られた者たちの物語に相応しい結末というべきでしょうか。とはいえ、そうしたドラマだったからこそ、もっと時間をかけて彼らの姿を描いて欲しかったという印象は強くあり、その点は非常に勿体なかったと感じます。


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 相良たちによる城代派の隠れ屋敷(二胴剣士養成所)襲撃に助太刀し、見事二胴剣士を相手に、正面から勝利してみせた佐内。しかし戦いはまだ終わらず、この襲撃の大きな目的である城代の腹心・坂東孫十郎が裏口から逃亡しようとしていたのですが――しかし裏口にはあの渋くて頼りになるイケオジ体術使いの立木野伝蔵さんが備えていた! 護衛の剣士を軽々と片付け、残る剣術の腕は目録程度という坂東孫十郎など軽い軽いと思いきや――思惑通りにはなかなか運ばないというのは、実戦の仕方のないところでしょうか?

 何はともあれ、二胴打倒の切り口を与えてくれた立木野さんと久々に顔を合わせ、礼をいう佐内ですが、自分の知らない会話のことを知りたがる相良と突き放す佐内の姿がなかなか愉快です(これを見ていた相良夢男子たちの妄想も捗るのでは……)。
 そして道場に戻り、今日の立合いを思い返しながら、宿敵・川越を相手にイメトレする佐内。これまでは自分が無残に屍を晒すばかりだった佐内ですが、今度は見事に自分の勝利をイメージ、ドヤ顔で剣技に名前までつけちゃう佐内がかわいい――というのはさておき、このシーンの作画は迫力だけでなく美しさも感じさせるもので、ある意味今回のクライマックスと言えるかもしれません。


『真剣にシす』(盛田賢司)
 本誌初登場の作者による特別読切は、博奕が大流行した天保時代に、博奕狂いの医師・夜市と、相棒(?)の初老の剣士・左門次のコンビを主人公としたギャンブルもの。盛り場で女性に絡む三下を叩き潰した二人は、その三下の親分であり、天下一の博徒と称する袁蔵の賭場に乗り込んで、「ちょぼいち」勝負を挑むことに……
 という内容の本作、ベテランだけあって、画も展開も破綻なく描かれるのはさすがと感じます。とはいえ正直なところ博奕の仕掛け自体はあまり珍しいものではなく、それだけに夜市も本領を全て発揮したという印象ではないのが、少々勿体ないところです。

 ちなみに本作のオチですが――作者の作品で、どこかの藩から妙な誘いがあったらそれは逃げるよなあ、とちょっとおかしくなりました


 次号は『不便ですてきな江戸の町』(はしもとみつお)、『かきすて!』(艶々)、『風雲ピヨもっこす』(森本サンゴ)、『玉転師』(有賀照人)が掲載されるとのことです。


「コミック乱ツインズ」2022年10月号(リイド社) Amazon

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2022.09.16

「コミック乱ツインズ」2022年10月号(その一)

 「コミック乱ツインズ」10月号は、表紙が
『侠客』で巻頭カラーが『勘定吟味役異聞』、『真剣にシす』(盛田賢司)と『口八丁堀』(鈴木あつむ)の特別読切二本立てであります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 養女という名の吉宗の人質になってしまった紅に対して、腹を決めて奪還に動き出した聡四郎。しかしさすがに殴り込むわけにもいかず――と思いきや、むしろある意味滅茶苦茶正攻法なのが面白いところであります。
 といっても、この手を使ったが最後、(原作のその後の展開が示すように――というのは禁句か)吉宗の手駒になることは避けられないわけで、その意味でも聡四郎の覚悟が感じられます。

 そんな聡四郎主従にちょっかいを出すのは、紀文配下から焚きつけられた間部越前守家中のモブ侍たちですが――一番強そうな二人が何となくフハッとした顔つきなことから察せられるように(?)、刺客としてはものの役には立てません。それでも嫌がらせの役には立つわけで、はたしてそれが今後どのように影響を与えるのか――何ともイヤな予感がしてきました。


『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』(叶精作&天沢彰)
 源内が探偵役を務める怪奇ムード濃厚な本作、二番目のエピソードは、化猫ならぬ「呪い犬」。友人の同心からの紹介で呉服問屋・増井屋の番頭からの依頼を受け、源内が店に伝わる呪い犬の因縁の真偽に挑むことになります。

 この呪い犬、かつて店の嫡男が目を付けた娘を拉致監禁して乱暴の限りを尽くし、死に至らしめた末、彼女が可愛がっていた犬に祟られて死んだという、何となく既視感のある因縁なのですが――いま店に婿養子の話が出た途端、その呪いを口にする虚無僧が現れ、ということで俄にきな臭くなってきた、という展開であります。
 もちろん呪いの存在など否定する源内と玄白。今回、随所で描かれる伏線らしきものを見るに、真相は明らかに感じられますが――はたして次回後編でその印象をひっくり返してくれますかどうか?

 ちなみに妹を守るためにDV親父を殺そうとしていたという本作の源内の過去もなかなか壮絶で、今後こちらも物語に関わってくるということでしょうか。


『口八丁堀』(鈴木あつむ)
 今回同時掲載の『よりそうゴハン』の作者による変形の法廷ものというべきでしょうか、何ともユニークな特別読切であります。
 北町奉行所例繰方の減らず口之介こと平津内之介のもとに乗り込んできた、定町廻りの郷原。呉服屋で盗みを働いた男へのお裁きについて、内之介がお奉行に出した伺いに――つまり判決に不満を抱く郷原と内之介の間で、判例を定めた御定書百箇条の判例を巡り激しいバトルが繰り広げられることになります。

 バトルといっても要するに舌戦ではあるのですが、それを(見物人の同僚の目を通じて)剣と剣の攻防に喩えて描くのが、なかなか楽しい本作。しかしそれ以上に面白いのは「売られた喧嘩を衝動買い」する偏屈な内之介のキャラクターで、実際にいたら(というかいそう)面倒そうな人物ながら、裁きについてはむしろ人情派というギャップも印象に残ります。
(「…貴殿は今大変なことを言っちゃったぞ?!」「拙者口にはいささか覚えがござるぞ!」など、台詞回しも妙に楽しい)

 題材・描写的になかなか量産は難しそうな内容ですが、これは是非シリーズ化していただきたい作品であります(しかし『よりそうゴハン』とのあまりのギャップに仰天)。


 次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2022年10月号(リイド社) Amazon

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2022.09.15

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第11巻 想い出の女性と家督の魔性

 奔り続けた末に新たな厄介事を背負い、まだまだ奔る新九郎。今川家の家督争いに加えて、元々の領地である荏原の経営でも頭の痛い日々を送る新九郎ですが、その荏原で、ある人物と再会することになります。そしてそこでの経験が、今川家の家督争いにも思わぬ影響を与えることに……

 今川義忠の横死がきっかけで始まった家督争いの結果、姉の伊都と甥の龍王丸を連れて京に戻ることになった新九郎。龍王丸の家督相続のため、幕府に働きかけを行う運動する新九郎ら伊勢家ですが、龍王丸が駿河を離れていることもあり、はかばかしくない状況が続きます。
 そんな中でさらに面倒なことに、領地である東荏原は凶作で年貢も思うように収められそうにない状態。しかも領地経営を任せていた家臣の一人が病で寝込み――というわけで、ようやく将軍義尚の御供衆に選ばれたばかりにも関わらず、新九郎は荏原に向かうことになるのでした。

 そこで荏原経営では大先達である(そして兄の仇でもある)伯父・盛景を訪ねる新九郎ですが、そこで出会ったのは初恋の人――というより初めての女性であり、今は従兄の盛頼の妻・つる。そして彼女が連れてきた息子の顔は……


 と、ヒエッとなるような展開が冒頭に用意されているこの巻ですが、このつるを通じて浮き彫りにされるのは、家督というものの――時に人を迷わせ、狂わせる魔力めいた――重みであります。
 いや、それはある意味、この物語の冒頭から今に至るまで、ずっと描かれ続けていたものであります。そして何よりも、今も今川家の家督という形で、新九郎を悩ませているものであることは間違いありません。

 しかしそれがむしろ実感として新九郎に伝わるのが、自分の息子(そしてもしかしたらそれは新九郎の――でもあるかもしれないのですが)に那須家の家督を継がせようとするつるの姿を目の当たりにして――というのは、これはこれで何ともリアルな感覚のように思えます。

 ちなみにつるの夫である盛頼の方は、この場面では京にいて登場しないのですが――この巻の後半に、本当に満を持して登場することになります。それも、こんなにこの人がありがたく見えたことはない! という頼もしさで。
 この盛頼、以前からそれっぽいところがありましたが、新九郎のちょっと悪いお兄さんという感じの立ち位置で、個人的に本作でもお気に入りのキャラの一人であります(もう一人のお気に入りの多米権兵衛も、この巻でついに新九郎に仕官。要所要所で相変わらず渋い活躍を見せてくれるのがたまりません)。


 さてこの巻では、以前つると新九郎が距離を縮めるきっかけとなった、源頼朝直筆だという那須与一への下文がついに登場するのですが――それが思わぬ形で、今川家の家督争いに影響することになります。
(そしてそれは、もう一つ別の方面にも影響するようですが、それはまだしばらく先なのでしょう)

 しかしこの家督争いの裁定権を握るのは、将軍位を退いて大御所になったとはいえ、今なお権力を握り続ける義政。そしてこの人が動くと、ほとんどの場合碌な事にならないのですが――さて、何とも困った理由でようやくやる気を出した義政の行動が、ここでは吉と出るか凶と出るか。
 次巻の内容が早くも、そして非常に気になってしまうのです。


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2022.09.14

風野真知雄『那須与一の馬 奇剣三社流 望月竜之進』 竜之進を待つ過去と未来

 同時に三人を相手にすることを想定した超実戦流剣術(?)三社流の創始者であり諸国流浪の剣豪・望月竜之進が、各地で事件に巻き込まれてはその剣と頭脳の冴えを見せるユニークな連作の第三弾であります。今回はこれまでの有名人+動物だけでなく、地名+動物のエピソードも収録されています。

 23自ら生み出した三社流の洗練と普及のため、今日も今日とてさすらいを続ける竜之進。その竜之進も四十を迎え、いわば人生も峠に近づいたといえます。本書も、過去に竹書房文庫から刊行された『厄介引き受け人 望月竜之進 二天一流の猿』の収録作、最近の「小説宝石」掲載作、そして書き下ろしがミックスされたものですが、その内容も、少しずつ彼の年齢を感じさせたものとなっています。

 冒頭に収録された「両国橋の狐」は、やはり剣士だった亡き父とは同門であり、今は江戸の大道場主となった大友巌左衛門の招きを受け、両国橋が出来たばかりの江戸に戻ってきた竜之進を描く物語であります。
 師範代として大友の弟子たちを鍛える竜之進ですが、やがて彼の耳に入ってきたのは、両国橋に侍の刀を奪う狐が現れるという噂。しかも奪われるのは決まって大友の道場生ばかりというではありませんか。

 大友と共に夜の両国橋に向かった竜之進ですが、そこで出会ったのは父と大友の師の娘・美紗。かつて竜之進の父と大友を含む四人の高弟は、師の跡を継ぎ、美紗を娶るため、面を付けて立ち会ったという過去があったのです。
 しかしその直後、師は狐面をつけた男に斬られたというのですが――実はその立ち会いの晩、父が狐面をつけて出かけていくのを目撃していた竜之進。はたして本当に父が師を斬ったのか、そしていま両国橋を騒がす狐との関係は……

 そんな本作は、四十を迎え、そろそろこの先の人生を考える、いや考えなければならなくなった竜之進が、剣の道では成功者というべき大友との出会いを通じて、父の過去に向き合い、その中で自分の未来に想いを馳せるといういささか複雑な構成の物語であります。
 これまでも漂白の人生の中で、幾度かこのままでよいのか、と自問自答してきた――しかし楽天的なこともあってあまり深く考えてこなかった竜之進に突きつけられる剣士たち、いやその周囲の人間を含めた過去と未来の姿。そこにはユーモアと並んで作者が得意とするペーソスが色濃く感じられるのです。
(それにしても「そんな暮らしが松の木から脂が出るようにいやになってくる……」という表現はよく考えつくものだと感心します)

 また、表題作の「那須与一の馬」は、それよりも時期を少し遡った鎌倉と江戸を舞台として、自らを那須与一の生まれ変わりと称する流鏑馬名人の博労・又蔵と出会った竜之進が、その後、江戸で起きた弓による通り魔事件に巻き込まれるという一編。
 物語的には少し慌ただしいところも感じられるものの、冒頭で武芸の腕前は最弱ながら、口と頭がやたら回る弟子とともに竜之進が見せた三社流の珍妙な稽古が、まったく思わぬ形で再び登場するのには抱腹絶倒させられました。
(ちなみに又蔵の母は静御前を称する女性なのですが、後述のとおり、本書には別の静御前モチーフの話があるのが何とも……)


 本書ではこの二話が特に印象に残るところですが、正直に申し上げれば、残る三話は、こちらに比べるとちょっと――という感触があります。

 箱根路に出没しては駕籠かきを助けるという、奇妙な幽霊の正体を竜之進が追う「箱根路の蛍」。前巻の「左甚五郎のガマ」の(後日譚の)後、再び栗橋の宿を訪れた竜之進が、薄幸の女性・静が、地元の池に棲む巨亀に人身御供に出されるのに関わる「静御前の亀」。聞こえぬ耳の代わりに鋭い眼を持つ隠居と知り合った竜之進が、その力を借りて東照宮を巡る悪事を暴く「東照宮の象」……

 いずれも物語のシチュエーション自体は非常に面白く、そこで見せる竜之進の活躍も痛快ではあるのですが、どのエピソードもちょっと強引に感じられる部分があるのが気にかかったところです。
(特に「箱根路の蛍」の結末と、「東照宮の象」の悪役の行動――特に後者の無茶苦茶さには仰天させられました)。


 冒頭に触れた通り、これまで歴史上の有名人+動物だったタイトルが、地名+動物となっている部分もあり(もっともそれは、本書で最も発表が古い「両国橋の狐」の時点でそうなのですが)、果たしてこの先の竜之進の人生の、シリーズそのものの行方が、いささか気になってしまうところではあります。


『那須与一の馬 奇剣三社流 望月竜之進』(風野真知雄 光文社文庫) Amazon

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「厄介引き受け人望月竜之進 二天一流の猿」 手堅い面白さの連作集

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2022.09.13

有谷実『楊家将奇譚』第1巻 女子高生、伝説の将たちと出会う

 十世紀末、宋と遼の戦いで活躍した伝説の一族・楊家将。本作はその楊家将の世界に、現代の女子高生が転生したことで始まる歴史ロマンであります。突然、異なる時代、異なる場所の激しい戦いの真っ只中に飛び込んでしまった少女の前に現れた者は……

 北海道の牧場で祖父に育てられたものの、祖父を失い、今は東京の高校に通う少女・鳥羽鈴。家族もなく、周囲からも浮いた存在である鈴は、ある日学校からの帰りに、突如龍のような雷に打たれることになります。
 そして彼女が目が覚めてみれば、そこは炎の中――その場に居合わせた一人の青年に辛くも救い出された鈴ですが、その青年ともう一人の武将に、騎馬の兵たちが襲いかかります。

 凄まじい強さで敵兵を蹴散らしていく二人ですが、物陰から青年を狙う弓に気付き、思わず得意の弓で相手を射る鈴。鈴の助けもあり、兵を撃退した青年たちですが、鈴はその場で意識を失ってしまうのでした。
 そして砦で意識を取り戻した鈴に対して、楊四郎と名乗り、兄・楊延平と弟・六郎とともにこの砦・雁門関を守っていると語るのでした。ところが六郎は、彼女こそがかつて五台山の老師が予言した仙女だと主張して……


 宋の国境を守り、遼との戦いで幾多の武功を挙げた楊家将――名将・楊業とその子供たち、楊一族の物語は、中国では『楊家将演義』として親しまれ、京劇や映画、ドラマなど様々な形で描かれてきました。
 残念ながら日本では、『楊家将演義』自体が2015年になってようやく訳されたほどで、日本で書かれた小説も北方謙三の『楊家将』とその続編くらいという状況ですが――そんな中で本作が登場したのには、嬉しい驚きがありました。

 本作が刊行されたフロースコミックは、簡単に言ってしまえば、女性向けのファンタジー――というより異世界転生もの漫画のレーベル。本作の場合は異世界転生というよりタイムスリップ(いや、実は異世界という可能性もありますがそれはさておき)、約千年前の宋に放り出されてしまった鈴の目から、楊家将たちの姿が描かれることになります。

 さて、その楊家将ですが、本作に登場するのは、これがなかなかに個性的な面々。本作で楊家将側の中心となるのは、どうやら四男の延朗のようですが、彼は正当派の(?)長髪美形ながら、感情を表に出さない――というより無愛想な青年であります。
 そして如何にも長男といった延平にちょっと無邪気な印象の六郎(延昭)、さらにタラシっぽい美形の二郎(延定)、直情径行の熱血漢・五郎(延徳)と、まだ全員は登場していないのですが、現時点でもそれぞれタイプの異なる美形揃いというのは、華やかでよいと思います。

 そんな中で、鈴が――牧場育ちで馬に乗れるのと弓道が特技であるとはいえ――受け容れられる理由の一つに、彼女が一族の武運を左右するという予言の仙女(らしい)というのも、いかにもレーベルっぽさを感じさせる要素ではあります。とはいえ、その予言をしたのが、五台山の老師というのであれば、これはもうこちらとしては納得せざるを得ません。

 しかし今のところ彼女には仙女らしいところは特になし。それでも楊家の人々が彼女を家族同様に受け容れるのが、仙女云々以前に、困っている人を助けるのに見返りなど必要ないという一種の侠気によるのが、何とも嬉しいところであります。
 そして、この世界では「余所者」である鈴の存在に、元々は北漢からの降将であり宋にとっては「余所者」である楊家将を重ね合わせる――そしてそんな共通点が鈴と四郎の心を近づける――という構図も、まことに巧みと感心しました。


 さて、この第一巻では、四郎とともに東京開封府に向かった鈴が、楊業とその妻・シャ賽花らと対面する一方、楊一族の存在を激しく敵視する遼の簫太后と耶律休哥の姿(どちらも本作らしい格好良さで実にイイ)も登場。いよいよ物語が本格的に動き出すであろう第二巻からの展開が楽しみであります。
(特に四郎は、『楊家将演義』では複雑な運命を辿る人物であるだけに……)


『楊家将奇譚』第1巻(有谷実&井上実也 KADOKAWAフロースコミック) Amazon

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2022.09.12

特集「陰陽師」の世界(その二) アプローチ様々の実り多き特集

 「オール讀物」2022年8月号の特集「陰陽師の世界」掲載作品の紹介の続きであります。今回はトリビュート作品を紹介します。

「博雅、鳥辺野で葉二を奏でること」(谷津矢車)
 鳥辺野での墓荒らしから始まり、検非違使の集団をただ一人で壊滅させた童姿の妖――その妖の真の狙いが博雅の左腕であったことから、晴明と博雅はこの妖に挑むことになります。そして妖との対峙の末、二人が知ったその目的と正体とは……

 本作も原典の世界観をベースとした作品ですが、原典とはまた異なる印象を与えるのは、物語の組み立てから描写に至るまで(まず間違いなく意識して)異なるアプローチを取っているからでしょう。
 そのアプローチとは、細部まで描くこと――博雅の過去の設定や、晴明と博雅の周囲にあるもの/目の当たりにするものといった情景描写まで、原典においては一種の省略で成り立っていたものを克明に描くことにより、本作は同じ中身でありつつも、別の味わいを生み出しているのです

 その最たるものが、原典にしばしば登場する「呪」の概念ですが――原典で博雅が頭を捻って終わるその先まで踏み込んで描き、かつそれが物語そのものの骨格に関わってくるのが印象に残ります。(しかもオチまで……)


「突き飛ばし法師 播磨国妖綺譚」(上田早夕里)
 室町時代の播磨を舞台に、蘆屋道満の子孫で、道満が遺した式神・あきつ鬼を使役する僧の呂秀と、その兄で薬師の律秀の法師陰陽師兄弟が、土地で起きる様々な事件を解決するシリーズの最新作であります。
 山中の川で砂鉄を集め、鉄造りに励む農人たちと次々と突き飛ばす奇怪な法師が現れたと相談を受けた兄弟は、あきつ鬼とともに山に向かうのですが……

 蘆屋道満という共通項はあるものの、元々『陰陽師』とは全く別の世界観である本作。しかし、妖を人ならざるものとして排斥するのではなく、共に生きる者としてその言葉に耳を傾け、解決を目指す呂秀には、「あちらの」道満も、にんまりとして肩をポンと叩いてくれるのではないかと思います。
(その一方で、シリーズ読者には大いに気になる引きも用意されているのが嬉しいのです)


「遠輪廻」(武川佑)
 内裏を探して京に出没するという鬼――「恋しきをさらぬ顔して忍ぶれば」と上の句を口にのぼらせるという鬼の噂を耳にした信長から、その調べを命じられた兵部(細川)藤孝。鬼ならば、と陰陽師の助力を求めた藤孝は、賀茂家の末裔でありながらキリシタンになったという在昌と出会うのでした。在昌の手を借りて鬼を呼び出した藤孝は、光秀や里村紹巴とともに、連歌を始めることに……

 更に時は流れ、戦国時代を舞台とする本作の主人公は、武家でありながらも古今伝授を受けたことで知られる細川藤孝。そしてキリシタン陰陽師という伝奇的な経歴でありながら実在の人物である賀茂(勘解由小路)在昌がその相棒を務めるのですから、面白くならないはずがありません。
 そして二人が挑むのは、博雅がポカをやったことでも有名な天徳の歌合にも縁があるらしい歌詠みの鬼。初遭遇時に鬼に対して下の句を返したものの「へたくそ」呼ばわりされた藤孝が雪辱を期して挑む連歌は、そのシチュエーションの面白さもさることながら、その中に織り込まれた世界に圧倒されます。

 しかし本作の真にユニークな点は、藤孝と在昌が一見全く異なる立場のようでいて、戦乱の時代にあって、なおも人がこれまで積み上げてきたもの――文化を受け継ぎ、後世に繋げていこうと奮闘する存在であることでしょう。作者の作品では、戦の中にあって戦だけに囚われず、自分自身の、人としての営みを求め戦う人々の姿が描かれてきましたが、藤孝と在昌もその一人であることは間違いありません。
 この二人が「行くか」「行こう」と事件に挑む物語をこの先も読みたいものです。


 残る二作のうち、「アイリよ銃をとれ 令和忍法帖」(青柳碧人)は、作者のシリーズ連載の第三話、現代に生きる忍者の活躍ぶりがユニークですが、特集としての要素は敵が陰陽師の末裔というくらいでしょうか。
 「ただのろうもの」(三津田信三)は、かつて執筆依頼のため夢枕獏を訪ねた「僕」が同席した男から聞いた、呪いにまつわる怪異譚という内容ですが――晴明の陰陽師がいない現代、いや仮にいたとしても救えない人の行いにゾッとさせられるのです。


 以上、本家+トリビュート六編、アプローチは本当に様々ですが、実り多い特集であったことは間違いありません。


「オール讀物」2022年8月号(文藝春秋) Amazon

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2022.09.11

特集「陰陽師」の世界(その一) 本家+トリビュートの豪華な世界

 二ヶ月遅れの紹介で非常に恐縮なのですが、「オール讀物」2022年8月号には、夢枕獏の『陰陽師』三十五周年で特集「陰陽師の世界」が掲載されました。シリーズ最新作はもちろんのこと、六人の作家によるトリビュート作品が掲載されたこの特集、ここでは本家+トリビュート作品を紹介いたします。

「殺生石」(夢枕獏)
 未知国のとある森に現れた蘆屋道満。植物も動物も人間も、様々なものが不気味に歪み、奇怪な姿に変貌している森を飄然と進む道満は、やがて背後に巨大な方形の石がある家に辿り着くのでした。
 その家に一人暮らすのは、雛にも稀な妖艶な美女――道満に対して様々な誘惑を仕掛けるその美女の正体は……

 記念すべき特集に掲載された作品でありつつも(?)蘆屋道満が主人公を務める、ちょっと捻った内容の本作。タイトルである程度の内容は察せられるのですが、しかし気になってしまうのは時代設定であります。

 そもそも「殺生石」の由来となった「物語」は平安時代末期が舞台、何しろ晴明の子孫が活躍する内容です。もちろん、他の物語世界に平然と足を踏み入れ、どうやら相当長生きするらしい道満のこと、いつの時代にいてもおかしくはない――と思っていたら、何と本作ではあの「物語」は文徳天皇の御代、つまり平安時代前期に起きたことになっているので、なるほど平仄は取れます。

 と、そんなマニアの拘りはさておき、融通無碍に展開するこの物語では、なんと道満の友人として玄能の名も挙がるのですが、ここでは妖の方がはるかに上手だったようで――しかし、その妖も道満では相手が悪い。何ともすっとぼけた、かつとんでもない結末には、驚きつつもにんまりさせられます。

 しかし本作冒頭の、殺生石の毒にやられた森の描写には(そして殺生石の姿も)、どこか既視感があると思っていましたが、「構想10年」という惹句に納得してしまうのは、深読みが過ぎるでしょうか。


「耳穴の虫」(蝉谷めぐ実)
 ここからはトリビュート作品、トップバッターは『化け者心中』で鮮烈なデビューを飾った蝉谷めぐ実ですが、これがいきなり場外ホームランクラスの快作です。

 幼い頃に右耳に尺取虫が入り込んで以来、異常に鋭敏な聴覚を持つに至った小稲。そんな彼女が女房として仕える紀家の姫に、何者かが夜毎声をかけてくるようになったのです。
 「めめか」「くちか」「みみか」と姫に問いかけ、応えるとその部位が天井から降ってくる――そんな怪事が続き、ついに姫の親は安倍晴明を招くことになります。

 晴明どころか博雅まで現れ、恐懼する紀家の人々。そんな中、小稲がその耳で聞き取った晴明の姿とは……

 様々に趣向が凝らされたトリビュートの中でも、本作はおそらくは原典と同じ世界観の物語。しかし本作は「依頼者」の側から物語を描くことで、これまでとは全く異なる、しかしやはり懐かしく好もしいあの世界を描き出します。
 なるほど世の人々から見れば、晴明はあくまでも地下人である一方で、博雅は皇族。そんな二人が連れ立って歩いているだけで奇妙なのに、二人きりの時には晴明が博雅を呼び捨てに――と、ここで小稲の聴覚が物をいうわけですが、しかし二人を「聴いて」いるうちに、やがて彼女が現代のオタクがいうところの「尊い」感情に打たれる様は、おかしかったり納得させられたり……

 しかし本作はそうした楽しさだけでなく、人と妖の間の――人と尋常の人ならざる者の間の距離感の存在をも、巧みに抉り出します。それはもちろん原典でも様々な形で描かれてきたものではありますが、しかし小稲という、自身も尋常の人ならざる者の、それも耳を通すことで、それはより鋭く浮き彫りにされるのです。
 そしてそれが、それぞれに尋常ではない晴明と博雅という存在、そして二人の関係性にまで及ぶに至り、着眼点(着耳点?)とその描写の巧みさに、ほとんど愕然とさせられるのです。

 ところが本作の凄まじい点は、それだけに終わりません。この物語の結末で描かれるある場面――それは正直なところ、トリビュートの域を超えてしまった、ある意味描いてはいけないものであるかもしれません。しかしそれは逆に本作だからこそ描けるものであり――そしてやはりその様は「尊い」としか言いようがないのであります。


 残る作品は次回紹介いたします。


「オール讀物」2022年8月号(文藝春秋) Amazon

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2022.09.10

10月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 暦の上ではもう秋のはずなのにとにかく暑い毎日。しかし今月を入れて今年も残り1/3、来月になれば残り1/4! と時間の流れの速さに滅入ります。そんな時間の流れに逆らって(?)、せめて時代ものを楽しみたい! というわけで、10月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 といいつつ、特に文庫小説はかなり数が少ない10月。その中でも新刊で最も注目したいのは上田秀人『勘定侍 柳生真剣勝負 6 欺瞞』でしょうか。その他、新刊では神楽坂淳『妖怪犯科帳 あやかし長屋 2』もあります。

 一方、文庫化・復刊等では、日下三蔵編『山田風太郎時代小説コレクション 天の巻 元禄おさめの方』(宝島社文庫)が登場。日下氏の山風作品集はあちこちから出ているのでちょっと混乱します……
 また、二度目の(?)新装版となるのは宮本昌孝『剣豪将軍義輝 上 鳳雛ノ太刀』(徳間文庫)。また、佐々木譲『北辰群盗録』、小島環『泣き娘(仮)』も気になるところです。


 一方、漫画の方も特に新登場はなく、シリーズものの新巻がそれなりの数並びます。
 楠桂『鬼切丸伝』第16巻、琥狗ハヤテ『ヤヌス~鬼の一族~』第2巻、十束椿『兎角ノ兄弟』第4巻、かどたひろし&上田秀人『勘定吟味役異聞』第12巻、松浦だるま『太陽と月の鋼』第5巻、安田剛士『青のミブロ』第5巻、滝川廉治&陶延リュウほか『無限の住人~幕末ノ章~』第7巻、青木朋『天上恋歌 ~金の皇女と火の薬師~』第6巻などに注目です。

 また、高橋留美子『MAO』第14巻と椎名高志『~異伝・絵本草子~ 半妖の夜叉姫』第3巻が同時刊行ですが――これは9月の予定にあったものの延期ですね……

 もう一つ、個人的に楽しみにしていた伊田チヨ子『ベルと紫太郎』の続巻が、第2巻・第3巻まとめて発売されるのも嬉しいところです。


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2022.09.09

十束椿『兎角ノ兄弟』第2巻・第3巻 兄弟の戦い、いよいよ核心へ?

 幼い頃の奇怪な出会いによって、少年のまま不老不死となってしまった兄と、彼を追い抜いて大きくなった弟の旅芸人コンビが、江戸で起きる様々な怪異の真相を追うユニークな時代アクションの第2巻・第3巻であります。

 幼い頃、四条河原の見世物小屋で奇術師・空蝉一座と出会った志月と千兼の兄弟。不死身の肉体を持つかのような空蝉から、その力を分け与えられてしまった志月は、それ以来年を取らず、如何なる傷も瞬く間に再生する身体となってしまうのでした。
 姿を消した空蝉一座を追い、自分たちも旅芸人となり、曲芸奇術師・兎角奇団として日本中を巡る兄弟は、江戸で怪異の仕業としか思えない様々な事件に出会うことに……

 という設定で展開する本作ですが、この第2巻・第3巻でも、怪奇な事件は続きます。見た者の命を奪うという呪いの絵、何かに憑かれたように言動が変化した少女、胸から菊の花を生やした連続殺人、鬼火とともに現れ犠牲者の身体の一部を奪う通り魔――二人はそんな事件の真相を追い、裏に潜む悪を討つことになります。

 基本的には本作においては、本物の怪奇は志月(と空蝉)の肉体のみというスタンスであり、必然的に怪奇の背後の謎を兄弟が暴いていく――という形になるわけですが、今回収録されたほとんどのエピソードでは、そこにきっちりアクションの見せ場も盛り込まれているのが嬉しいところです。
(個人的には、事件の内容的には一番地味だった、変貌した少女の事件でのアクションの織り込み方に感心しました)


 ただ――非常に厳しいことを言ってしまえば、ミステリ的に見た場合には、本作はかなり粗が目立つ、というのが正直なところではあります。

 たとえば菊花の連続殺人は、いかに医学や捜査法が未発達な江戸時代でもすぐに真相はわかりそうなものですし――また、事件の背後に見え隠れする女が、遊郭から逃げてきたような態であるにも関わらず、匿っている側が全く衣装等を変えようともせず、出歩くのを許しているのはどうにも不自然で……
(そうでなければならない必然性はないでもないのですが、見せ方はあったのでは)

 と、普段であればこのような指摘はしないのですが、謎解きの興味も魅力の一つの作品だけに、その集中力を削ぐような描写の粗さは非常に勿体ないと感じます。


 しかし物語は、第3巻からいよいよ核心に迫る展開となります。志月を不老不死の肉体に変えた空蝉――ついに彼がその姿を現したかと思えば、その姿は想像もしなかった形に変貌し、その謎が、物語を引っ張っていくことになるのです。
 そして登場する空蝉一座も、いずれも一癖も二癖もありそうな異能の面々――というわけで、伝奇度が一気にアップ。それだけに兄弟はこれまでとは比べものにならない苦闘を強いられることになります。

 この強敵たちとの戦いの行方は、空蝉の変貌の理由は、そして志月の肉体は元に戻るのか――全ては来月刊行される第四巻、最終巻にて明かされることでしょう。それを楽しみにしたいと思います。


『兎角ノ兄弟』(十束椿 スクウェア・エニックスGファンタジーコミックス) 第2巻 / 第3巻 Amazon


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2022.09.08

響ワタル『琉球のユウナ』第8巻 真の王の誕生 そしてユウナたちの選んだ道

 十五世紀の琉球王国を舞台に、赤髪の少女・ユウナと第二尚氏の伝説の王・尚真王(真加戸)が繰り広げる愛と戦いを描いてきた本作も、いよいよこの第八巻にて完結であります。真加戸の父によるクーデターの真実は、第一尚氏の生き残り・ティダに付き従う白澤の真意は――いよいよ大団円です。

 真加戸と、第一尚氏復興を狙うティダの間で繰り広げられてきた戦いの中、自分の母が第一尚氏の血を引く祝女だったと知り、自ら身を引いてティダと行動を共にするユウナ。
 一方、真加戸は首里城に現れたマジムンと対決する中で、自らの封印された過去――今はティダの側近的存在である白澤が、第一尚氏最後の王でありティダの父・尚徳王を害する姿を目撃したことを思い出すのでした。

 そして真加戸の妹・音智殿茂金の心の翳りにつけこんで操り、これまで真加戸が集めてきた「太陽の依り代の勾玉」のうち、五つまでも手中に収めた白澤。残る勾玉の内一つがある久高島に渡ったティダ一派ですが、そこでユウナが出会ったティダの弟・黄金子は不審な動きを見せて……


 という展開を受けて始まるこの最終巻は、大団円に向けて、怒涛のごとく突き進んでいくことになります。
 人間の歴史を密かに見守ってきた神マヤー(かわいい)がユウナに見せた白澤の真の狙いとは何か。七つの勾玉のうち、最後の一つはどこにあるのか。心を過去の悔恨に囚われた音智殿茂金は救われるのか。真加戸とティダの対決の行方は、そしてユウナと真加戸の愛は……

 と、これまで物語を構成してきた様々な要素が、一気に結末に向かい動き出す様はひたすら壮観。登場人物も、ユウナと真加戸、ティダ、白澤だけでなく、これまでユウナたちと関わってきたキャラクターの多くが久高島に集うのですから、物語が盛り上がらないはずがありません。
 正直なところ、ちょっぴり早足の印象もありますが、しかし物には勢いも必要です。意外な真実の発露とともに動き出すクライマックスには、このくらいのペースが相応しいように思います。

 しかしこの意外な真実、つまり白澤の真意と、真加戸の父である金丸のクーデターの理由ですが――それ自体は伝奇的に非常に面白いものの(何故第一尚氏が皆殺しされなければならなかったかなど)、穿った見方をすれば、架空の人物(?)である白澤に責任をおっかぶせて、血にまみれた歴史を漂白したように見えるかもしれません。

 確かにそれは完全には否定はできないのですが、しかし真加戸がこの巻で真の王と呼ぶべき存在になったのは、白澤の所業によって父のクーデターにある意味正当性が与えられたからではありません。
 真加戸にとっては、父の所業は疑問でこそあれ既に変えられない過去であり――彼にとってそれ以上の「罪」であった偽りの信託で王位に就いたことと合わせ、全てに正面から向き合い背負う覚悟を決めたからこそ、彼は真の王となったのですから。


 そして真加戸が、ティダが、もちろんユウナが、新たな人生の一ページを迎えたところで、本作は終わりを告げます。それはある意味、物語が終わり、歴史が始まったといえるでしょう。それは、ユウナたちが運命に流された結果ではなく、自分自身の意思で歩むべき道を選んだということによる結果であり――本作にまことに相応しい結末、まさしく大団円です。

 そしてもう一つ、巻末に収録された単行本のおまけ漫画の舞台となる時と場所が――これはやられた! というほかありません。脱帽であります。


『琉球のユウナ』第8巻(響ワタル 白泉社花とゆめコミックス) Amazon

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 響ワタル『琉球のユウナ』第5巻 二転三転、真加戸vs北山国
 響ワタル『琉球のユウナ』第6巻 衝撃のルーツ! 引き裂かれたふたり
 響ワタル『琉球のユウナ』第7巻 決戦目前 ユウナの覚悟、真加戸の記憶

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2022.09.07

戸部新十郎『日本剣豪譚 江戸編』 剣法の隆盛期から絶頂、そして

 戸部新十郎の『日本剣豪譚』、戦国編に続く江戸編です。泰平の世において兵法が「術」から「芸」へ、そして「道」へと高められていく隆盛期から、やがて停滞期に至る様が、代表的な剣豪十名を通じて描かれます。

 剣豪・兵法者たちを主人公とした作品を数多く発表し、自身も無外流を修めていた作者が、戦国から明治に至るまでの剣豪たちの姿を通じて、兵法の歴史を描く本シリーズ。第一弾である『戦国編』においては、兵法が個々人の「術」から、体系化された「芸」として確立するまでが描かれました。
 それに続くこの『江戸編』では、その先――天下泰平となり、戦場がなくなった時代において、兵法が「芸」からやがて一つの「道」となる過程が描かれます。

 その過程を、本書は以下の十人の剣豪+αを通じて描きます。
 林崎甚助――神無想林崎流
 樋口又七郎定次――馬庭念流
 富田越後守重政――富田流
 針ケ谷夕雲――無住心剣流
 松山主水――二階堂流
 柳生蓮也斎――柳生新陰流
 荒木又右衛門――新陰流
 寛永御前試合
 堀部安兵衛――堀内流
 辻月丹――無外流
 平山行蔵――真貫流

 今回も納得の顔ぶれ、いずれも綺羅星のような面々――いずれも剣術に興味のある方、あるいは剣豪小説のファンであれば、必ずその名を耳にしたことがある大剣豪と呼ぶべき面々でしょう。そして本書においても、前作同様そんな剣豪たちの姿を小説と史伝とエッセイを織り交ぜたようなスタイルで描いていくことになります。

 さて、その中で林崎甚助から柳生蓮也斎に至るまでの六人を通じて描かれるのは、戦国時代に誕生した兵法が、隆盛を極めていく姿であります。それは兵法の洗練であると同時に、多様化と言ってもよいでしょう。
 先に述べたとおり、戦がなくなり、幕府がその体制を固めていく江戸時代前期。皮肉にも戦がなくなったことで術技を練る余裕を得た兵法者たちは、先人たちの生み出した兵法を受け継ぎ、それぞれに個性的な形で継承・発展していったのであります。

 そしてその次に置かれたのが、本書においては異色の章である「寛永御前試合」であります。講談などでお馴染みのこの御前試合は、この時代に生きた剣豪たちが集結して技を競う、いわば夢のオールスター戦ですが――本書はその実像を丹念に検証していきます。
 その結果、それが(ベースとなった史実が存在することを示しつつも)虚構に過ぎないことが示されるのですが――しかし面白いのは、その虚構が語られた、そして残された理由に、兵法が絶頂にあったことを挙げている点でしょう。いわばこの寛永御前試合は、虚構としてそんな時代を象徴化した存在である――本書はそう述べるのです。

 また興味深いのは、この章の前後で語られる、荒木又右衛門と堀部安兵衛であります。実はこの二人は本書の中でも例外ともいうべき存在――一流を生み出したわけではなく、その技を修めた一人に過ぎません。
 しかし二人は、この時代では貴重な「戦い」を経験した剣豪という共通点があります。鍵屋の辻の決闘、高田馬場の決闘――どちらも講談では景気の良い人数を斬ったと語られるその実像を丹念に描きつつも、同時に語るのは、実際に兵法で人を斬った、斬らざるを得なかった者たちの姿。それもまた、この時代の剣豪の一つの在り方なのでしょう。

 そしてラストの辻月丹と平山行蔵は、この隆盛期を過ぎた後の時代に生きた剣豪たち――いわば停滞期の剣豪として語られることになります。
 停滞というのはいささか厳しい表現のようにも思えます。しかし江戸時代中期から後期にかけて、兵法が「道」になる――儒教や仏教を取り入れることで精神面の修養に力を入れ、そしてそしてそれがいわゆる「道場剣法」に繋がっていったことを思えば、それも頷けるものでしょう。そしてそんな時代において、それぞれの理想とする兵法像を確立し、貫いた二人の姿は、やはり剣豪の名に値すると感じるのです。


 剣豪それぞれの列伝でありつつも、それを通じて兵法の歴史を浮かび上がらせてみせるというユニークな試みの本シリーズ、続く武芸復興期を描く「幕末編」も、いずれ紹介したいと思います。

(ちなみに本書は小説度(?)は低めですが、作者の作品でお馴染みの「富田重政」の章で、重政が新陰流の韜(しない)を手にして「人の身をいたわりつつ、兵法修行に励む新陰流とは、そも何物であろう」「わが敵は、新陰流じゃと思え」というくだりと、この章の結末の描写は、実に作者の作品らしくシビれたところです)


『日本剣豪譚 江戸編』(戸部新十郎 光文社文庫) Amazon


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2022.09.06

久世番子『ぬばたまは往生しない』第1巻 尼姫の理想と青年僧の現実と

 平安時代、美しい黒髪を持つ中納言の姫君でありながらも尼になろうとする「ぬばたま姫」と、彼女に振り回される美男僧・白顕のコンビ(?)が巻き込まれる/巻き起こす騒動を描く、コミカルな平安漫画であります。

 若くして文殊菩薩の化身と呼ばれ、美男なのも相まって、都の貴族から講話や加持祈祷の依頼が引きも切らない白顕。今日も物の怪に憑かれたという藤中納言の姫君の祈祷に赴くことになった白顕ですが――その彼の前に現れたのは、常識外れの型破りな姫君でした。
 黒々として艶やかな髪の美しさから「ぬばたま姫」と呼ばれ、求婚者が引きも切らない姫君。しかし彼女は御簾の陰に隠れたりなどせず、白顕の前に顔を見せて「自分を尼にしてくださいませ」と言い放つではありませんか。

 密かに心に思う相手がいるにもかかわらず、親に縁談を決められてしまったという姫をなだめるため、その相手を探す白顕。しかし見つけ出した相手はあちこちの女性に通うとんでもない好色漢――いやそれどころか、彼こそが彼女の婚約者だったのです。
 実はそんな相手と結婚させられるような身の上を厭い、尼となって俗世から自由の身となりたいと願っていた姫。そんな彼女の想いを聞かされて「尼になっても救われはしない」と言い放つ白顕ですが、姫は自分で自分の髪をバッサリと切り落とし……


 そんな第一話から始まる本作で描かれるのは、まだ受戒されていない形の上とはいえ尼姿になったぬばたま姫と、彼女に振り回されつつ様々な事件に遭遇することになる白顕の姿であります。

 この時代、貴族の姫君といえば御簾の陰に隠れて素顔は見せず、ただ髪や着物の裾のみを外に出す――というのが常識。しかしぬばたま姫は堂々と顔を見せるだけでなく、そのあだ名の由来となった髪をばっさりと切ってしまうのですから、これは白顕ならずとも唖然呆然とするのは当然でしょう。
 そもそも出家するというのは、これまでの俗世の縁を断ちきり、ある意味それまでとは別人として、無縁の身になるということ。凡人であれば、それはどれほど心細いことか――と思ってしまいますが、姫の場合は、むしろ家を捨て去り、自由な身の上になるための出家であります。そのためであれば
髪など惜しくない、ということなのでしょう。

 冷静に考えればこれはかなり無茶な理屈であり、白顕の言うことの方が世間的に(いや仏門的に?)見れば正しいのかもしれません。しかし今などよりも遙かに女性に自由がなかった時代に、真っ向から異議を唱えるように髪を裁ち切ってみせる姫の姿には、「この手があったか!」という驚きと同時に、「よくぞやってくれました!」と言いたくなるような痛快さすら感じます。


 そんな彼女の行動を事あるごとに否定する白顕ですが、しかし彼もまた、仏道に専心したいと願いつつも、寺の補修の資金集めという、極めて世俗的な理由で加持祈祷に駆けずり回らされている身の上であります。そしてまた、悩める人を救おうとしても、白顕の現実主義ではどうしても超えられない壁があります。

 ある種の現実主義に立ちながらも、その現実に苦しめられる白顕と、現実を乗り越えるために理想主義で突っ走る姫。そんな対象的な二人が一種のバディとなって、悩める人々を救っていくという姿は、いかにもコメディらしいドタバタ騒動ではあるのですが、しかしどこか仏道に適っているのではないか――そんなことすら考えさせられます。

 そしてそんな騒動の中で、二人の心の距離が少しずつ縮まっていく――それは同時に、それぞれの現実と理想が近づいていくということでもあるでしょう――姿に、何とも言えぬ微笑ましさと心地よさを感じるのです。


 とはいえ、白顕が姫に振り回されているという状況までもが変わるわけではありません。しかもこの巻のラストでは、何だか別の意味で姫に振り回される予兆まで見えてきました。なかなか往生しそうにない姫の快進撃と、彼女に往生させられる白顕の悩みは、まだまだ続きそうであります。


『ぬばたまは往生しない』第1巻(久世番子 白泉社花とゆめコミックススペシャル) Amazon

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2022.09.05

田中芳樹『纐纈城綺譚』 虚構と史実の間を行く中華伝奇活劇の快作

 今から27年前に発表された、日本人作家による中国ものととしては、もはやスタンダードと呼ぶべき中華伝奇活劇の快作であります。唐の時代、人の生き血を絞る纐纈城――その悪魔の城に挑む好漢・豪傑たちの活躍や如何!?

 唐の宣宗の時代、長安を訪れて揚州からやってきた二人組・李延枢と辛トウ。市場で暗赤色の布を見つけ、店の者を問い詰めようとする二人ですが、そこに一人の剣士が割って入ったことで、取り逃がしてしまうのでした。
 その剣士・李績に対して、二人は自分たちが長安にやってきた理由を語ります。二年前、会昌の廃仏で長安を逃れた日本人留学僧・円仁が迷い込み、辛くも逃げ出した城・纐纈城。そこでは、捕らえた人の生き血を絞って布を染めており、その布がこの長安が売られているのだと……

 そして纐纈城から長安に入り込んだ敵の手の者から、様々な形で襲撃を受ける三人。故あって宣宗の腹心・王式と顔見知りである李績は、彼を通じて纐纈城の脅威を訴え、その壊滅に動き出すことになります。
 王式が使う孤児・徐珍や西域の言葉に詳しい美女・宗緑雲とともに、長安に食い込んだ纐纈城の関係者を追う李績たち。しかし纐纈城の魔手は宮中にまで及び、宣宗の身にも危機が……


 『宇治拾遺物語』の「慈覚大師 纐纈城に入り行く事」に登場する纐纈城――時代伝奇ものにおいては国枝史郎の『神州纐纈城』で知られ、その後も様々な作品に影響を与えた、人の生き血を絞る魔城であります。本作はその原典である円仁(慈覚大師)の物語の後日譚――円仁が逃れた後、纐纈城が滅ぼされるまでを描く一大活劇です。

 辛くも虎口を逃れた円仁から纐纈城の存在を知った江湖の武侠・辛トウが、友人の李延枢とともに長安を訪れたことから始まるこの物語は、人の生き血を絞る城という悪夢めいた存在を描きつつも、片足を史実にしっかりと置いて、展開していくことになります。
(ちなみに『宇治拾遺物語』の纐纈城の方も、会昌の廃仏という史実をきっかけに展開する物語であります)

 何しろ、主人公側の登場人物はほとんどが実在の人物――その後の歴史に名を残した人物。そして主な舞台となる長安も、彼らの姿を通じて、安史の乱から百年経ち、華やかな中でもゆっくりと滅びに向かいつつある斜陽の時代の姿が、丹念に浮き彫りにされているのです。

 それに対して纐纈城の方は、原典を踏まえつつも、その姿を幾層倍も邪悪かつ悍ましくパワーアップ。この城を支配する、果たして幾年生きているのかもわからぬ城主など、人の生き血を絞るどころか、文字通り人の血肉を喰らう怪物として描かれているのであります。
(それでいて、長安の人々の間に纐纈城の手の者が食い込んでいくメカニズムなどは、妙に現実的なのが恐ろしい)

 物語のクライマックスは、もちろん本作のヒーローたる李績たちが纐纈城に乗り込み、この全き邪悪というべき纐纈城主と激突するのですが――そこに至るまでに様々な趣向で繰り広げられるアクションの面白さ、実在でありつつも本作ならではのキャラクターとして描かれる登場人物たちの魅力、そしてそこに巧みに絡み合わされた史実によるアクセントと、どこをとっても見事な時代伝奇活劇というほかありません。

 しかし、物語は結末において虚構の世界から現実に、すなわち史実に回帰することになります。結末で語られる主人公たちの後の姿――それは確かに本作で活躍した彼らの姿に重なるものではあります。しかし同時にそこから伝わってくるのは、明確な善というものが存在しない、そして善が勝利するとは限らない、現実の歴史の無情/無常なのです。


 虚構と史実の間を行きつ戻りつしつつ、エンターテインメントとして、異形の歴史ものとして、豊かな味わいを生み出している本作。初読以来本当に久々に読み返しましたが、やはり名作と言うべき作品であります。

(ちなみに史実といえば、この約十年後に刊行される『天竺熱風録』で描かれた王玄策の故事が作中で語られているのが、ちょっと面白いところではあります)


『纐纈城綺譚』(田中芳樹 らいとすたっふ) Amazon

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2022.09.04

瀬川貴次『怪談男爵 籠手川晴行 2』 ちょっとおかしなキャラたちと真剣に怖い怪異と

 瀬川貴次が大正時代を舞台に描く、ちょっとコミカルで、しかし非常に怖い連作怪異譚、待望の第二弾の登場であります。好奇心旺盛な青年男爵・籠手川晴行と、親友の帝大生・室静栄、そして三流新聞記者の諏訪虎之助のトリオが、次々と起きる怪異に騒々しく挑みます。

 姉が裕福な貿易商に嫁いだお陰で、働きもせず悠々自適の生活を送る美青年・籠手川晴行。好奇心と義侠心は人一倍ある彼は、次から次へと奇妙な事件に首を突っ込んでは、幼馴染で貧乏子爵家の跡取りの静栄を悩ませる毎日であります。
 そんな中、本当の怪異に出くわした二人は、何故かそれ以降も怪異に次々遭遇――怪奇譚を記事にしようとする虎之助に「怪談男爵」と渾名されることになった晴行は、いよいよ(?)怪奇の事件に巻き込まれることに……

 そんな本シリーズですが、本作では、陽気で能天気ですらある晴行と生真面目で甘党の静栄のコンビに、ある意味常人で恋に悩む虎之助が加わり、さらに賑やかな状態になります。
 三人の溜まり場である甘味処でわちゃわちゃやっている姿は何とも微笑ましいのですが、しかし彼らが巻き込まれるのは、基本的に純度100%の怪異――よその時代の怪異を愛する貴族が知ったら、じっとりと羨ましがること間違いなしなのであります。

 それはさておき、本作は短編・中編・ショートエピソード織り交ぜての、以下の全5話構成であります。
 市電に乗っていた静江が、かつて七五三に行く際に市電に轢かれて亡くなった童女の亡霊と再三にわたり出くわす「死電に乗る童女」
 花盛りの上野に現れた日本刀の辻斬りに、成り行きで警察の留置場に入れられた晴行と意外な人物が挑む「辻斬り桜」
 高校時代の同級生から、かつて自分が書生を務めていた彫刻家の様子を見てきて欲しいと頼まれた静江たちが目撃する狂気と恐怖「黒いアトリエ」
 外国人青年から晴行の姪が交際を申し込まれたのと、英国の霊媒が交霊会で被害者を呼び出した殺人事件が思わぬ形で交錯する「帝都の殺人鬼」
 取材に出かけた虎之助たち三人が泊まった旅館はどうやら曰く付きの部屋で――という「怪談ブン屋 諏訪虎之助 因縁部屋」

 いずれも三人の(というか晴行の)おかげで賑やかに、ちょっとコミカルに物語は展開していくのですが、しかし決して誤解してほしくないのは、物語自体は――そしてその中心にある怪異は、真剣そのもの、というよりかなり重く、洒落にならないものが大半であるということであります。
 キャラは賑やかでちょっとおかしいけれども、怪異は真面目で真剣に怖い――作者がホラーを書く際の基本姿勢は、本作においてももちろん健在なのです。

 たとえば「黒いアトリエ」は、若い男と密通していたという妻が駆け落ちか姿を消して以来、人が変わったように周囲から他人を遠ざけた彫刻家が――という、いわゆる「狂気の芸術家」ものでありますす。
 正直なところ展開は予想できる部分も大きいのですが、タイトルの黒いアトリエ――それまではごく普通の建物を通、外側も内側も黒く塗りつぶしたアトリエというのは、それだけでインパクト十分。しかし真の恐怖は、予想していたところから予想を遙かに超えた形で出現する怪異の存在であって――えっ、何!? 何なのこれは!? と理性が理解を拒む恐怖は、本作でも随一のものでしょう。


 そしてそんな本作、いや本シリーズでユニークなのは、主人公たる「怪談男爵」晴行が、実は怪異に立ち向かう手段がほとんどないことでしょう。親譲りの武術の達人という設定ではあるものの――そして今回、それで大活躍するエピソードもあるものの――あくまでも彼はごく普通の人間に過ぎないのであります。
 しかしそれでも、決して物語の中で晴行に無力感はない――それどころか、やはり彼の存在が事件を解決していると感じさせられる、その巧みな塩梅のキャラ描写は、これも作者ならではのものと、今更ながらに感心させられるのです。

 キャラものとしての楽しさと、ホラーとしての恐ろしさが、実に理想的な形で融合した本作。三人の周囲に色々と個性的な人物が登場してきたこともあり、今後の展開も大いに楽しみな作品であります。


『怪談男爵 籠手川晴行 2』(瀬川貴次 集英社オレンジ文庫) Amazon

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2022.09.03

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第10巻 日常的で非日常的な状況の中で

 単行本も二桁に達した『MUJIN 無尽』ですが、この巻で描かれる物語は嵐の前の静けさ――というより、表面では見えなくても、その下で激しく荒れ狂っている印象があります。再度の長州征討に向けた三度目の将軍上洛に従い、大坂に向かった伊庭家の男たちを待つものは……

 いよいよ幕末の嵐が訪れる――などという実感はないまま、縁談を押し付けてくる親戚連に辟易として家を飛び出すなど、それなりに青春を謳歌していた八郎。しかし長州再征に向けた将軍家茂の三度目の上洛に従い、奥詰衆として彼も大坂に向かうことになります。
 いや八郎だけでなく、九代目軍兵衛や、八郎の弟である武司と義蔵も上洛することとなった伊庭家。江戸に残された礼子はもちろんのこと、鎌吉も気を揉むことになります。

 しかもそれ以降、江戸にはほとんど音沙汰なし。はたしてその頃、京・大坂では何が、と思えば――表面上は何も起きていない状態ながら、水面下では激しく「政治」が行われていたのであります。
 何しろ、その頃に京・大坂で行われていたのは、長州への出陣どころか、消極的な西国諸藩を動かすために勅許を得るという調整と、その最中に、開港を目的に帝と将軍と直接交渉すべく大坂に向かってくる四国連合艦隊への対応という非常事態。そんな状況が、いやそんな状況だからこそ、下々に伝わってくるはずもありません。

 そしてその間近にいても動きようがないのが、上洛に加わった幕府の軍兵たち。伊庭家の人間は気の緩みとは無縁ですが、先の見えない長期滞在に夏の暑さ、疫病の流行で、幕府側は士気が低下していくことに……


 そんな状況を、京・大坂の八郎たち、京・大坂の上つ方の人々、そして江戸の人々の三つの立場から描くこの巻。派手な剣戟が描かれるわけでもなく、戦闘が起きるわけでもない、その意味では静かな巻なのですが――しかし、そんな中、八郎と伊庭家の人々に思いもよらぬ悲劇が降りかかることになります。

 ある意味平和だった日常の中で突然起きた非日常的な出来事であると同時に、国を二分する戦争が起きかねないという非日常的な状況に比べれば日常的と言えるかもしれない悲劇。
 あまりに突然で、八郎たちはもちろんのこと、読んでいるこちらもどう受け止めればよいのかわからなくなる――そんな出来事が、ここで描かれることになります。

 しかしその一方で、この悲劇に対して不思議なリアリティを感じるのは、我々もまた、身近な人をいつ突然に失うかわからないという、そんな日常的で非日常的な状況を生きているからかもしれない――そう感じます。


 しかし、そんな八郎たちの状況とは無関係に、歴史は動き続けます。家茂の健康状態に不安が残る中、ただ一人、家茂以外にこの状況が如何に危機的な状況であるかを知る男――一橋慶喜が動いたことによって最悪の状況は避けられたものの、幕府と朝廷、そして諸藩の予断を許さない状況は続くのです。
 いよいよ物語が結末に向けて少しずつ動き始めた感もある中、八郎だけでなく、上つ方の人々の動きも、これまで以上に気になるところであります。

 ちなみにこの巻の冒頭とラストで極めて印象的な姿を見せる慶喜は、柔和で自分よりもまず周囲の者のことを気遣う家茂とはあまりにも対称的な、頭の回転が早すぎ、周囲に気を遣わずわが道を行くという人物として描かれます。
 なるほど、その後の歴史を見れば大いに頷ける人物像なのですが――しかし冒頭で受けた、あまり好もしくない慶喜の印象が、ラストに至り大きく変わるという構成は実に巧みで、この先の彼のドラマにも、期待したいと思います。


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2022.09.02

松本救助&あかほりさとる『めんへら侍』第2巻 押さえるべきは押さえた、実は真っ当な時代劇(コメディ)!?

 時は元禄、自意識過剰で被害妄想、情緒不安定のめんへら侍こと鷹松左門の周囲で起きる騒動を描く時代漫画の第2巻であります。本人はただ普通に暮らしているつもりが、堀部安兵衛やら徳川綱吉やらに絡まれる左門。その一方で、お蜜への想いはなかなか通じず……

 十万石の格式である筆頭旗本・鷹松家の嫡男ながら、いくさびとバカの父のもとから逃げ出して貧乏長屋に暮らす左門。最推しの茶屋娘・お蜜に想いを寄せる一方で、自分は加賀前田家の龍姫や吉原の胡蝶太夫から想いを寄せられる左門ですが――持ち前の被害妄想をはじめとする面倒くさい性格山盛りのために自爆してばかりの毎日であります。

 そんな左門が引き起こしたり、巻き込まれたりする騒動を描く本作ですが、第2巻の冒頭では、左門があの堀部安兵衛に迫られることになります。
 吉原で胡蝶に横恋慕した侍を叩きのめした(?)左門を見て、好敵手と勝手に思い込み、決闘を申し込んできた安兵衛。当然ながら相手にせず逃げ回る左門は、勢いでお蜜に告白したものの、江戸で二番目に好きと言われ、一番じゃない――とどん底状態に。

 やけになって安兵衛の求めに応じ、怒り任せに安兵衛を圧倒する左門ですが、その最中に火事が起き、安兵衛に引っ張られて人命救助に巻き込まれ、そこでまたも暴走することに……

 と、人の都合も考えずに決闘を迫る安兵衛に、失恋(?)の痛手で突っ走る左門(そして自分が戦いたいがばかりに左門に負けろと言い出す親父)と、見事に人の話を聞いてない奴ばかりで転がっていくこのエピソード。
 冷静に考えると本作は人の話を聞かない連中揃いですが、ここではその中でも瞬発力と知名度では屈指の安兵衛が出てきたことで、いい感じで物語が(カラ)回りした印象があります。特にラストでの左門の「俺をけなせ」(とその次のページのリアクション)は実に彼らしく、爆笑させていただきました。


 しかしそれで終わらず、この騒動に謎のくノ一・不忍が絡んでいたことがわかって――という引きから始まる次のエピソードでは、左門と弟で養子に出た老中・松平甲斐守の過去エピソードが展開。まだ真っ直ぐだった頃の左門と甲斐守の互いを思いやる心にグッと来たと思えば、甲斐守にまつわる伝奇的な設定が飛び出したりと油断できません。
 そしてその次は江戸城からお忍びで抜け出してきた綱吉(本作の綱吉は滅茶苦茶江戸っ子なのですが、確かに言われてみれば綱吉は江戸生まれの江戸育ちでした)に初午の江戸に引っ張り出された左門が、何故か凧合戦をするハメになって……

 と、息を継ぐ間もなく転がっていく本作ですが、しかし基本設定を飲み込んでから読んでみると、実は驚くほど真っ当な時代劇(コメディ)であることに気付かされます。
 そしてそれは、「めんへら」のように崩すところは崩す一方で、時代劇として押さえるべきところは押さえる――つまりは大きな嘘はついても小さな嘘はつかない(というかこの時代を扱う際に描くと面白い史実は取り込む)という姿勢にほかなりません。この辺り、なるほどベテランの技だ――と、恥ずかしながら感心した次第です。

 とはいえ、このレベルでめんへら呼ばわりだと、リアクションの大きなラブコメの主人公は大抵そうなってしまうのでは――とまだ拘ってしまうのですが……

(それはさておき、ラストのエピソードでさらっと綱吉が口にするものすごい言葉にまた爆笑)


 さて、この巻のラストでは、物語は元禄十四年三月十四日に至るのですが――そこで何が起きるか、言うまでもないでしょう。はたしてそこに左門がいかに絡み、絡まれることになるのか――何だか先が楽しみになってきたところであります。


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2022.09.01

朝里樹「玉藻前アンソロジー 殺之巻」 王道から後日譚までの決定版!

 わが国での知名度はかなり高いにも関わらず、その実像については必ずしも知られているとは言い難い大妖姫・玉藻前。本書は、その玉藻前の姿を描いた数々の作品の現代語訳を収録したアンソロジーであります。

 この宇宙開闢と同時に誕生し、永き時を経て形を成した白面金毛九尾の狐。人々を殺し尽くしこの世を魔界にせんと、中国、印度、そして日本で傾国の美姫に変じ、日本では玉藻前と名乗ったこの大妖怪は、これまで中世から現代にいたるまで、様々なフィクションの題材となってきました。
 本書はその玉藻前を題材とした古典のうち、現代訳の機会に恵まれなかった作品を集めた、実にありがたい一冊。編者は最近、古今東西虚実含めた怪異伝承収集で八面六臂の活躍を見せている朝里樹ですが、まえがきで玉藻前を「憧れであり、理想の妖怪」と宣言している筋金入りのタマモァーだけあって、その愛情と本気度がうかがえます。

 そんな本書に収録されている作品は、
『絵本三国妖婦伝』(読本)
『玉藻の草子』(御伽草子)
『糸車九尾狐』(合巻)
『那須記』(戦記物語)
『殺生石』(謡曲)
と、それぞれ成立した時代やスタイルの異なるもので、それだけで玉藻前というキャラクターの人気が窺えます。
 また、そのほか、玉藻前と関連する事物に言及した関連資料として『おくの細道』『下学集』『臥雲日件録』『甲子夜話』から収録。さらにエッセイや附録で主要人物相関図までと、実に盛りだくさんであります。
(収録作品には詳細に注がついているのも嬉しい)


 さて、その中でも本書の約六割を占め、実質メインと言ってもよいのが『絵本三国妖婦伝』。19世紀初頭に高井蘭山によって記された本作は、宇宙開闢から始まり、玄翁和尚による殺生石破壊(教化)に終わるという長編なのですが――注目すべきは、語られるのが玉藻前の物語、すなわち日本の物語のみではないことでしょう。
 そう、タイトルのとおり、本作の舞台は三国――すなわち中国・印度・日本であり、妖狐が日本に現れるまで、三度姿を変じて国を騒がした物語から語り起こされているのであります。

 その中でも殷王朝を滅ぼした妲己については、これはある意味『封神演義』で有名になりましたが、印度の摩カツ国の華陽夫人、再び中国の周の褒ジについては詳細に取り上げられることは少ない印象で、こうしてその物語が収録されたのは実に嬉しいところであります。
 もちろん、日本での玉藻前の暴れっぷりも詳細に描かれ、まず玉藻前、というより九尾の狐については本作を読んでおけば間違いなし、という印象です。


 しかし個人的にそれ以上に嬉しかったのは、山東京伝の『糸車九尾狐』。これがなんと、九尾の狐が那須で討たれて殺生石と化してから、玄翁和尚の手で教化されるまでの間を埋める物語――しかもそこに安達ヶ原の鬼婆(や鶴の恩返し)のエッセンスも加えたというのだからたまりません。

 内容としては、殺生石と化してもその怨念は残っていた九尾の狐が、蝮婆なる老女に取り憑き、自分を那須で討った三浦義明の子孫である三浦安村に祟るというのが物語の発端。この安村は三浦泰村のもじりで、実際に義明の三代後の子孫である泰村は、鎌倉中期にいわゆる宝治合戦で滅んでいますが――その史実を巧みに物語に絡めているのが嬉しいところであります。

 メインとなるのは、安村の子や忠臣たちが、お家復興のために艱難辛苦に耐える姿で、これはある意味定番の展開ではありますが、九尾の狐の物語のある意味ミッシングリンクに宝治合戦と安達ヶ原の鬼婆を絡めるというのは、これはやはり京伝ならでは――と大いに唸らされた次第です。


 というわけで王道の作品から、意表をついた後日譚まで、様々収録された本作。「殺之巻」というタイトルからして、これは――という感じですが、やはりどうやら全3巻構成らしく、続巻の方も大いに楽しみにしているところです。


「玉藻前アンソロジー 殺之巻」(朝里樹編著 文学通信) Amazon

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