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2022年10月

2022.10.31

うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 九章 逢魔刻の影』 犬士流転 道節の中の迷いと弱さ

 『異界譚里見八犬伝』、待望の新章は、先日ご紹介した八章と同時発売。ついに一族の仇である扇谷定正に襲いかかった道節の復讐行の行方は、そしてはからずもそこに巻き込まれた四犬士の運命は――犬士たちの流転は続きます。

 信乃・荘助・現八・小文吾の四犬士が道節が荒芽山に向かっている一方で、親と一族の仇を討つため、扇谷定正一党を付け狙う道節。信乃や荘助との出会いにより、己が犬士の一人であると知りつつ、その宿命に背を向ける道節は、配下の栞と二人、ついに定正に襲いかかるのですが……

 しかし、道節が討った定正は影武者、さらに道節にも匹敵する異能の力を持つ城之戸姫が、彼の前に立ち塞がります。不利と見てその場を逃れた道節たちですが、しかし太田道灌の制止にもかかわらず、功を焦った兵たちが後を追い、さらにその後を追う城之戸姫も。
 そうとは知らずに丁度その辺りにさしかかった四犬士+力二の妻・曳手は、その兵たちに道節の仲間と勘違いされた末、乱戦の中で散り散りとなってしまうのですが……


 原典の南総里見八犬伝の中でも、犬士たちの運命を大きく変えることになる荒芽山のくだり。本作における荒芽山を巡る戦いは――正確にはまだ荒芽山に着いていないのですが――原典よりもある意味さらに過酷な形で、犬士たちに襲いかかることになります。

 前章ラストに登場した扇谷一党を討つためにその力を振るったものの、事破れて逃亡する道節と、完全に彼のとばっちりという形で、散り散りバラバラになった四犬士。配下がいるとはいえ一匹狼気質の道節はともかく、ようやく自分にとって宿命の兄弟と巡り合い、前章では和気藹々と旅を楽しんだ四人にとって、この変転はあまりに過酷なものといえます。

 この突然の別離で特に大きな衝撃を受けたのは、大塚村壊滅の痛手を――すなわち荘助以外の家族や知人たちを全て失って天涯孤独になったという事実を、仲間たちとの旅の中で辛うじて抑えていた信乃でしょう。
 しかもこの章で信乃がさらに直面させられるのは、肉体の痛みだけではなく心の痛み、この物語でここまで描くの!? と言いたくなるほどの、人間の愚かしさ、醜さなのですから……

 そして信乃以外にも――力を失って体を休める中で、玉梓に肉体を奪われて彷徨う力二の衝撃的な姿を目撃した荘助、精神的に相当に不安定な状態である(やたらと多弁なのでこの人の登場シーンのみ吹き出しが増えるのが妙なリアリティ)曳手を連れて行動することになった小文吾と、いずれもそれぞれに様々な形で重荷を背負わされることになります。
 唯一、現八だけはいつもとあまり調子は変わらない(これはこれで本当に彼らしい)のですが、彼にも原典ファンにはおや? と思わされるような人物との出会いがと、何やら嵐の予感があります。


 しかしそんな中でも、ある意味最も過酷な運命に直面するのが道節であることは間違いありません。これまで修羅と化して戦ってきた道節ではありますが、しかしその企てが破れた末に彼が垣間見せるのは、心中に抱えてきた迷いと弱さなのです。
 これまでに登場した犬士の中では、ほとんどただ一人、明確な目的を持って戦ってきた道節。しかし年若くして練馬氏の残党を率い、復讐のために戦い続けることが、彼にとって重荷でないはずがありません。

 そしてこの章のラスト、仇の一人と遂に対峙し、倒した後に道節が吐く言葉は、ほとんど自己否定に等しいものなのですが――しかしそれこそは、彼の偽らざる想いが溢れ出たものなのでしょう。
 しかし、その言葉の通りだとすれば、彼は決して勝者たり得ないことになるのですが……


 道節も、信乃も、他の犬士たちも――心に傷と重荷を背負いながら、それでも前に歩み続けます。その先に何があるのか、わからないままで。あまりに重い展開となったこの章ですが、その先に何があるのか――我々もそれを知るために、物語を追い続けるしかないのです。


 ちなみにこの章冒頭のイメージカットでは、本編未登場の残り二人の犬士の姿が――ほんのわずかではありますが、これがまた、早く彼らに会いたいと思わされる姿であります。


『異界譚里見八犬伝 九章 逢魔刻の影』(うちはら香乃 ナンバーナイン) Amazon

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2022.10.30

楠桂『鬼切丸伝』第16巻 人と鬼、怨念と呪いの三つの物語

 様々な時と場所をさすらい、鬼を斬る鬼切丸の少年を描く連作シリーズ、最新巻では藤代御前、飯降山、累ヶ淵と、それぞれ個性的な物語が描かれることとなります。時と場所を変えて繰り返される、人と鬼、男と女、怨念と呪いの物語の姿は……

 戦国時代末期に津軽を統一・支配した津軽為信。土地の藤代家の美しい妻・藤代御前に懸想した為信は、彼女を奪うためにその夫を殺し、側室になるよう迫るものの、御前はこれを拒否した上に家中を挙げて徹底抗戦の構えを見せることになります。しかし奮戦虚しく藤代氏は滅亡、御前も怨念の言葉を残して惨死し、以後、津軽氏にも様々な呪いが……
 という藤代御前伝説を題材とした前後編の『藤代御前鬼伝承』。このエピソードでは基本的に伝説の内容を踏まえつつ、鬼と呪いの物語が展開していくことになります。

 その美しさから人を魅了するだけでなく、やがて鬼を招くと鬼切丸の少年から予言される藤代御前。その言葉は的中し、御前を守って戦う侍たちは鬼と化し、さらに無惨な死(本当にちょっと驚くくらい無惨)を遂げた御前も鬼に――という前編。
 そして後編では為信の晩年、藤代御前の墓が掘り起こされ、それ以来為信の城では美しい鬼女が徘徊し、襲われる人間が続出するという事件が描かれます。

 このエピソードでまず印象に残るのは為信のあまりの暴虐ぶりで――あまりの乱行に、これは御前が鬼になっても無理はないと思わされるのですが、しかしある意味純粋ですらある為信の想いが、後編では意外な形で彼に祟ることになります。
 前後編という構成ではあるのですが、実はそれぞれで描かれる「鬼」の姿は大きく異なる今回のエピソード。はたして鬼となったのは誰で、祟り呪われたのは誰であったか――後編で大きく物語の構図が変わるのが印象的な物語です。


 そして続く『飯降山鬼咄』は、福井県の飯降山に伝わる民話――というより一部世代にとっては『漫画日本昔ばなし』のトラウマ回(いがらしみきお担当!)でお馴染み――を題材にするという、意表を突いたエピソードであります。

 御仏の奇跡を信じて修行に励む三人の尼僧の前に、毎日一回、三個降ってくる握り飯。しかし握り飯を奪い合い、尼僧が一人また一人と殺されていくにつれ、握り飯もまたその数を減らしていき――という飯降山の物語。
 それが本作においては、握り飯の数が減っていくだけでなく、殺された尼僧が食べたように、握り飯とその周囲に血がべったりとついて――と、ビジュアル的にもより凄まじい方向に転がっていくことになります。

 その果てに現れる鬼とは――この部分はいささか直球ではありますが、しかし死んだ尼僧が予言する御仏の奇跡の正体は、なかなかに皮肉が効いたものだったかと思います。


 そしてラストの『鬼景累ヶ淵』前後編は、言うまでもなくあの累ヶ淵の因縁譚(『真景累ヶ淵』というよりも『死霊解脱物語聞書』)を題材とした物語です。

 下総国羽生村の百姓・与右衛門の後妻・すぎの醜い連れ子・助が殺され、その後に生まれた子・累は、助と生き写しの姿。そして累もまた、婿に迎えた男・谷五郎に殺され、谷五郎の後妻たちも次々と怪死、最後に生まれた娘には累の怨霊が取り憑いて、さらに――という、書いていて重い気分になってくるほど怨念が累なる原典ですが、本作では、助も累も鬼のようないびつな容姿と評される娘として描かれます。

 それでは累が鬼に? と思ってしまうわけですが、そこは捻りに捻った展開になるのが本作ならではというべきか。愛と表裏一体の怨念が鬼を招き――という物語は、本作を怨霊譚のみに終わらせず、その背後にあるある種の純愛を描く物語として描くのに驚かされます。
 しかしその先に待つのもまた、という、ある種の身も蓋もなさを感じさせる結末も強烈で、「とかく女は鬼と成る」という言葉はストレートすぎるようにも感じますが――しかしこのエピソードが、女性だからこそ生まれた鬼を描いた物語であることは間違いないことでしょう。


『鬼切丸伝』第16巻(楠桂 リイド社SPコミックス) Amazon

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 『鬼切丸伝』年表・改

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2022.10.29

陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第7巻

 幕末の世で次々と事件と戦いに巻き込まれる万次の物語、長州編ともいうべき物語は、早くも風雲急を告げる展開に突入。佐々木只三郎率いる謎の戦闘集団・挽斃連の襲撃に手足を失った万次の運命は、そして血仙蟲にまつわる驚くべき真実とは……

 逸番隊との戦いを切り抜け、中岡慎太郎の依頼で長州に向かった万次。そこで万次は、(何故か)尸良そっくりの高杉晋作と対面、彼が率いる長州の勤皇派の決起に同行することになります。
 その最中、挽斃連を名乗る謎の刺客の襲撃に深手を受けた高杉の影武者となった万次は、何とか決起を成功させ……

 と、思わぬ歴史の一ページに立ち会うことになった万次。そんな中、高杉のもとに桂小五郎の手紙が届いたことから、万次は用心棒として、幾松とともに桂を迎えに行くことになります。
 京からなりふり構わず脱出し、名を変え姿を変えて潜伏していた桂。しかし万次に出迎えられてその生活も終わり――と思われたとこに、佐々木只三郎と、彼が率いる挽斃連の一人、僧形の錫杖遣い・五黄が立ちふさがることになります。

 ただでさえ並々ならぬ腕前の二人(佐々木が小太刀日本一と桂から聞かされた「なんでお前と一緒にいると日本で一番強ェような奴がいつも出てくんだよ!?」という台詞には苦笑)を向こうに回し、桂と幾松を逃がすために一人残る万次。片手と両足を奪われるという大ダメージを受けた万次は、川に飛び込んで辛うじてその場から逃れる羽目に。
 その万次を助けたのは、蘭学少女・綾目歩蘭と、彼女と行動を共にする御庭番の女忍たちだったのですが――そこで万次が聞かされた綾目の過去と、今また自分が幕府から狙われる理由とは?


 これまでは万次が歴史上の事件に絡み、戦う姿が描かれてきた本作。しかしこの巻では、ほとんど全巻に渡り、万次自身が狙われ、戦いに巻き込まれることになります。
 その理由は何か――といっても万次個人が狙われる理由は、それはもう彼の不老不死目当て以外にないのですが、しかし本編であれだけ長々と不死力を解明しようとして、しかも盛大に失敗したことを思えば、正直なところまた? という印象が大きいところです。

 しかし、この幕末において幕府が再び万次の肉体に注目し始めた理由、いや、そもそも幕府が不老不死の肉体に注目する理由が、ここで明かされることになります。この二つの理由は、実に厭な形で繋がっているのですが――特に後者は、ある意味非常にメジャーな題材をここで持ってくるか!? という意外なもので驚かされます。
 何はともあれ、先に述べた通り、これまで歴史の中で翻弄される感のあった万次が、ここで物語の中心(の一つ)になるのはなかなか面白いのですが、はたして今回はどのように落ちをつけるのか――気になるところではあります。


 と、不死力解明編がトラウマになっている人間の偏見を抜きにしてみれば、この巻で繰り広げられるバトルは、実に本作らしい凄絶かつ起伏に富んだものであることは間違いありません。
 特に奪われた万次の手足を巡る御庭番衆vs挽斃連の五黄+スナイドル銃の狙撃手のバトルは、超人的な技を持ちつつも、あくまでも肉体は常人同士の激突ならではの緊迫感が横溢。その一方では万次が文字通りのハンディキャップマッチを強いられ――と、バトル面ではかなりの満足度でありました。

 しかし、ラストで明かされる「佐々木只三郎」の真実にはいかなる意味が秘められているのか(前巻では弟の源四郎らしきキャラが登場していましたが……)。そもそも彼と共に動くのが何故見廻組ではなく挽斃連なのかということ含めて、気になる点ではあります。


 そしてもう一人、御庭番衆のリーダー格の應榮の祖父とは……(まあ予想はつくのですが)

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2022.10.28

安田剛士『青のミブロ』第5巻 におと菊千代の絆 そして「彼」は何者なのか

 隊服を作るための里帰りのはずが、とんでもない大騒動が始まってしまった『青のミブロ』。思わぬ成り行きから菊千代(徳川家茂)をテロ集団から守ることになったミブロですが、におはただ一人、敵の首魁・直純をから菊千代を守ることになります。絶望的な実力差のある相手に対してにおは……

 ミブロ(壬生浪士組)で揃いの羽織を作ることになり、並々ならぬデザインセンスを持つばあちゃんに会うため、実家の団子屋に帰ったにお。同行することになった太郎とはじめともども、団子屋を手伝うことになったにおですが、そこに手傷を負った少年・菊千代が飛び込んできたことから、事態は意外な方向に展開していくことになります。

 実は菊千代の正体は、将軍家茂その人。長大な刀を操る凶漢・直純率いるテロ集団・血の立志団に追われ、供ともはぐれた家茂を二条城に返すため、三人+におたちを迎えにやってきた土方・沖田・藤堂は、思わぬ戦いを余儀なくされることになります。
 しかしにおの発案した囮作戦でうまく敵を分断できたと思いきや、一転、最後に残ったにおと菊千代の前に直純が現れるという最悪の展開に。正面から立ち向かっては絶対敵わない相手に、におは……


 というわけで、ネーミングセンスと思想はどうかと思いますが、その実力は本物の直純と対峙することとなったにお。度胸の良さと真面目さから、少しずつ腕を上げてきたにおですが、しかしミブロの幹部連に比べれば、まさしく大人と子供の差であります。
 それでも決して退くわけにはいかないのは、菊千代を守るため――彼が将軍だからではなく、将軍に相応しい広い心を持つ人間だから、におは己の全てを賭けることになります。

 相撲ではあるまいし、真剣勝負で彼の我武者羅さが通用するのか――と思ったところで飛び出す戦法は、八方破れながら、なるほどある意味最も確実なもの。しかしそれでも奇策は奇策でしかなく、におにはダメージが溜まっていく上に、におを案じた菊千代が帰ってきてしまい……


 と、そんな万事休すのところに救い主が! という展開はある意味お約束ではありますが、しかしやはり子供たちが自分の信念を貫き、持てる力を全て振り絞ってギリギリまで踏ん張ったところに、大人が後を引き取るというのは、これは素直に燃える展開であります。
 新選組でも一二を争う実力者であるこの人が来たからにはもう安心、武人タイプのようでいて妙に口数の多い直純の言葉にも、短く的確に切り返す姿には惚れ惚れするのですが(特に誰にも信じてもらえないと言いつつ、自分が戦う理由を語る辺り)――何だか途中から雲行きが怪しくなり、同レベルというより子供の喧嘩になってしまうのはどうしたものか?

 この辺りのギャグも入ったキャラのやりとりは、本作ならではの味わいであることは間違いありませんし、よく考えなくともこの人も実は大人という年齢ではないのですが、ちょっと勿体ないというか……
 結局血の立志団との対決はまだまだ続くようで、本作はしばらくオリジナルの敵と戦うことになるようです。


 何はともあれ危機を乗り越えて絆を深めたにおと菊千代。物怖じしないにおと拘らない菊千代のやりとりは実に微笑ましいのですが、いつまでも共にいられるわけではありません。
 思わぬ形で時代の川(?)を目の当たりにした(かもしれない)におですが、今はまだか細い彼の前のそれが、はたして如何なる流れを経て、どこにたどり着くのか――まだまだ先は全くわかりません。

 わからないといえば、この巻のラストでは、揃いの羽織の代金のために、ミブロの面々が金策に――それもいかにもらしいやり方で――奔走することになりますが、その中で、はじめが訪ねた先で呼びかけられた名前は一体……
 はじめ、あるいは斎藤一を名乗りつつも、我々の知る斎藤一とは少々異なる姿で登場していた彼。本作ならではのアレンジかと思っていましたが、そもそも彼は何者なのか? 当然と思っていた前提を覆されたわけで、この先の展開が気にならないはずがないのです。


『青のミブロ』第5巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2022.10.27

琥狗ハヤテ『ヤヌス 鬼の一族』第2巻 人と犬の絆が極まったところに生まれたもの

 『ねこまた。』の琥狗ハヤテが、ガラリとムードを変えて描く戦国連作の第二弾が刊行されました。戦国時代を舞台に、歴史の陰に生きた鬼一一族の姿を描く連作、この巻では太田資正の下で犬の訓練士として仕えた鬼一山楽と狼犬・青風の絆を描く「狗の章」が収録されています。

 永禄年間、常陸国の松山城と岩付城を治めていた太田資正。馬同様に犬を育て、戦に用いた資正に犬の訓練士として仕える鬼一山楽は、ある晩、難産の末黒い犬・青風を取り上げることになります。
 同じ時に生まれた兄弟たちの中で、一匹だけ先祖返りしたように狼の性質を見せる青風。他の犬とは全く異なる力を発揮する青風を周囲が敬遠する中、ただ一人山楽だけは、青風に心を込めて接するのでした。

 そんな中、松山城と岩付城でそれぞれ育てていた犬を総取り替えるという命を下した資正。それは犬の帰巣本能を利用して、二つの城の間の伝令として使おうとするものでした。
 そしてほどなくして勃発した北条家との戦の中で、資正の策は実行に移されることとなったのですが――しかし北条家に仕える風魔の忍びにより、犬たちは次々と討ち取られていくことになります。

 この状況に対し、山楽は青風を伝令に使うことを提言、青風は見事にその期待に応えるのですが……


 鬼一法眼の子孫という言い伝えを持つ鬼一の一族。第一巻「人の章」に登場した今川義元に仕えた男・鬼一左文字は堂々たる体格を持つ武士でしたが、この「狗の章」に登場する山楽は、犬を育てるのを得意とするものの、ごく普通の若者として描かれます。

 そして左文字が今川義元に仕えたように、山楽が仕えるのは太田資正(三楽斎)――正直なところ知名度はあまりありませんが、信長以前から秀吉の時代に至るまで、名門・太田家(資正はかの太田道灌の曾孫)の末裔として、北条家と戦い続けた武将です。
 そしてその資正の名を後世に残すこととなったのが、いわゆる「三楽犬の入替え」――二つの城の間で犬を入れ替えることで伝令として用いたという逸話であります。もちろん本作の物語が、この逸話に基づくものであることは言うまでもありません。

 しかし本作においては犬の入れ替えは風魔の前に功を奏さず、それまで狼犬として白眼視されていた青風のみが伝令の役目を全うすることになるのですが――しかし本作は、山楽と青風の活躍を描いて大団円とする物語ではありません。
 常の犬を遥かに上回る能力を持つ青風をしても、なお極限に近い走りを要求される風魔との戦い。その戦いが青風に与えた影響を知った山楽は、自ら青風を支えようとするのですが、それがもたらした結末は……

 「人の章」における義元と左文字が濃やかな君臣の交わりを見せたのと同様、人と犬の間を越えて心を通わせ、互いを支える山楽と青風。本作はそんな一人と一匹の姿を、丹念な描写で――たとえ犬を飼ったことがなくとも、自分が犬と親しく接した経験があると錯覚させるほどの描写で――描き出します。

 だからこそ本作の山楽と青風の描写には、力強い温もりを感じさせるのですが――しかし同時にだからこそ、それが壊れかけた時の痛みは、激しく鋭いものとして感じられるのです。物語の終盤、山楽が気付いた青風の異変――そこに込められた痛み・苦しみが、ほとんどダイレクトに伝わってくるほどに……


 本作は犬を題材とした優れた時代活劇であります(風魔との戦いなど、白土三平の忍犬シジマものを連想させるほどに!)。しかしそれと同時に、優れた人と犬の物語であり――そしてその両者の間の絆を描く物語であります。
 その絆が極まったところに生まれた存在――それを何と評すべきかはわかりません。あるいはシンプルに「鬼」と呼ぶべきなのかもしれませんが、だとしたら「鬼」とは何なのか? そんなことを考えさせられる物語であります。

 そしてその答えを知るためにも、果たして第三章ではどのような絆が、どのような鬼が描かれるのか――それを早く知りたいと、心から思うのです。


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2022.10.26

『ゴールデンカムイ』 第四十話「ボンボン」

 14歳の頃、鹿児島で鶴見中尉と出会い、本気で自分を叱り、話を聞いてくれる彼に心を許した鯉登。そして2年後の函館で、海軍兵学校の受験を控えた16歳の鯉登は、何者かに誘拐されてしまう。対応のため鯉登邸に派遣されてきたこれが開戦間近のロシアによるものだと判断するが……

 今回は一話丸々鯉登の過去編―― 単行本第20巻の第197-200話のアニメ化であります。今回だけ観るといきなり過去エピソードが始まりますが、第三期のラストで尾形から「バルチョーナク」という言葉をぶつけられた鯉登が、かつて同じ言葉をぶつけられた過去から、前回ラストにその意味を月島に確認し、その時のことを思い出し――という流れになります。
(アニメでエピソード順が入れ替わったのでこの辺ややこしい)

 さて、今回の見所は、14歳・16歳の鯉登の声の演技(ラストに薩摩弁がワヤになるところも含めて――はもちろんですが、個人的にはまだまともだった(?)頃の鶴見中尉の颯爽たる姿と感じます。
 父の期待に応えていない=要らない子供だと感じていた少年時代の鯉登にとって、腫れ物のように扱われていた「ボンボン」であった自分に正面から向き合い、一人の人間として接してくれたのですから、それがどれだけ嬉しかったことか。もうそれだけでノックアウト状態のところに、激しいバトルを繰り広げて誘拐された自分を(何故かノースリーブのステージ衣装で)助けに来てくれたわけで、もちろんこれも全ては鶴見劇場ではありますが、これは確かにインパクトは絶大であります。

 そんな鯉登視点でなくとも、鯉登邸に現れるなりいかにも防諜のプロ的な指示を飛ばし、その後も的確な指示を連発。そして敵の追跡になれば、大ハッスルの鯉登父と一緒に三輪車での激しいチェイスを演じ――しかもそれが大塚芳忠ボイスで迫ってくるわけですから、そんな鶴見劇場を多感な少年が見せられたら、それは確かにその後の人生を左右されるというのも頷けます。
(あと、コーナリングの体重移動中の鶴見中尉にウィンクされたご婦人の安否も気遣われます)

 しかし今回、全てのカラクリを知った後で――しかもアニメとして観た場合に強く印象に残るのは、誘拐犯たちの存在でした。鶴見がロシアかも言っているうちにいつの間にかロシアの人間(確かにロシア語も話していましたが)になっていたこの犯人たちの正体については言うまでもありませんが、声がついてみると、ほんの僅かな発声でも、改めて「中の人」の存在が感じられるのが面白い。

 そして何よりも動きがついたことで「あっ、こういう描写があったか!」と驚かされたのは、電話で父から国のためにお前は助けないと言われた鯉登に対して、覆面の一人がそっと背に手を当てた場面であります。この覆面の正体はその後の「バルチョーナク」でわかるわけですが、何を思って鯉登の背中に触れたのか――見ようによっては慰めているようにもとれるその動きを見せた彼の心中を考えるだけで、たまらないものがあるではありませんか。
(しかしその直後にあんな風に頭突きを食らったら、そりゃあ「バルチョーナク」って銃を突きつけたくもなるのはわかります)

 そしてこの場面で、すれ違っていた鯉登父子の想いが交錯し、そして結びつくという展開はやはり見事で、鯉登の過去編というだけでなく、本作において大きな要素となる親と子(父と子)の関係性を描く物語の一つとして、印象に残るものであったと思います。


 何はともあれ、鶴見劇場の甘い嘘にまんまとハマり、鶴見シンパとなった鯉登父子。彼らの運命はこの先描かれるわけですが――しかしこの時のほんのわずかな一言のおかげで、鯉登が変わっていくきっかけとなったのも皮肉と言えば皮肉としかいいようがありません。今回のクライマックスの舞台が五稜郭であったのも含めて、運命というものの存在を感じてしまうエピソードでもあります。


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2022.10.25

『逆襲天の橋立』 岩見重太郎再び! 悪に挑む豪傑二人

 東映時代劇YouTubeで先日配信された『怪獣蛇九魔の猛襲』に続く、里見浩太朗が岩見重太郎を演じる二部作の後編『逆襲天の橋立』であります。父の仇・広瀬軍蔵を追って旅をする重太郎が巻き込まれた、丹後宮津中村家の御家騒動。その中に仇の影を見て取った重太郎は、後藤又兵衛らとともに激闘に挑みます。

 狒々を操る妖賊・蛇九魔と結び、筑前小早川家を乗っ取らんとした一味を壊滅させたものの、その一人・広瀬軍蔵に父を殺され、逃げられた岩見重太郎。敵討ちのために旅立った彼は、大坂で一組の男女が大野治長の家臣らに打擲されている場に遭遇し、割って入るのでした。
 と、そこに踊りこんできたのは、黒田家を退身して豊臣秀頼に仕える後藤又兵衛。二人の豪傑は一歩も退かず互角の戦いを繰り広げたものの、すぐに争いの誤解も解けて、たちまちのうちに胸襟を開くのでした。

 そして男女――丹後宮津中村家の家老・石垣三左衛門と娘のぬいから、主の式部少輔に取り入った広田伝蔵なる男が、徳川方と気脈を通じているのを、秀頼に直訴しに来たと聞かされた重太郎と又兵衛。やがて重太郎は、伝蔵こそが憎き広瀬軍蔵であると知ることになります。

 石垣親子や、大坂で知り合ったおかしな浪人・山坂伴内、旅の女芸人・小万一座、そして又兵衛とともに、宮津城下に乗り込む重太郎。しかしそこでは、軍蔵と結んだ山賊・大蛇丸一味が夜な夜な狼藉を繰り広げた末、その罪を重太郎になすりつけていたのであります。
 又兵衛や伴内とともに大蛇丸一味を粉砕した重太郎。しかしやはり軍蔵を追ってきた重太郎の許婚・園絵が軍蔵に一味に捕らえられ、重太郎は絶体絶命の窮地に陥ることになるのでした。

 そして中村家で毎年恒例の、天の橋立での源平合戦を模した演習の場に、必殺の罠を張って待つ軍蔵。はたして重太郎の運命は……


 講談で重太郎が繰り広げる冒険活劇のうち、狒々退治と並ぶ――そしてそれ以上のクライマックスである、天の橋立での仇討ち。前作にあたる『怪獣蛇九魔の猛襲』ではこの狒々退治が描かれましたが、本作ではタイトル通り、天の橋立での仇討が描かれることになります。
 キャスト的には、前作に登場したキャラクターで続投するのは重太郎と園絵、そして軍蔵のみ(ただし……後述)で、それ以外は一新。冒頭には(味のある絵で)前作のダイジェストも語られ、まず独立した作品として楽しめるものとなっています。

 さて、天の橋立の仇討ちといえば、重太郎が軍蔵の擁する無数の軍勢を相手にすることになるわけですが、しかし一人だけではさすがに分が悪い――と、講談では彼に助太刀するのが後藤又兵衛と塙団右衛門の二大豪傑。
 重太郎も合わせて三大ヒーローの大暴れを期待したところですが、本作では後藤又兵衛と、後は山坂伴内というオリジナルキャラクターなのは少々残念――ではありますが、60分強という短時間では、重太郎と並ぶ豪傑を二人描くのは難しいという判断なのかもしれません。

 そして本作でその又兵衛を演じるのは品川隆二。シュッとした中にも豪快さ、そして茶目っ気が感じられて、実に良い豪傑ぶりであります。(特に大坂場内で、重太郎を取り押さえずに大野治長を張り倒し、さらにどやどややってきた侍たちが治長に追い打ちをかけるシーンは爆笑)。
 しかしその品川隆二は前作では長屋の面白浪人枠だっただけに(そして本作のそれは別の役者が伴内というキャラでやっているので)いささか混乱するところですが……


 正直なことをいえば、一種の怪獣(というかゴリラ)時代劇としての楽しさがあった前作に比べると、よくも悪くも普通の時代劇になっている本作。しかし一時間強という限られた時間内で非常にテンポよく物語が進むため、気楽に観られる作品であることは間違いありません。
 重太郎のもう一つの冒険である大蛇退治を、山賊大蛇丸との対決という形でアレンジしているのも心憎く、講談ヒーローの映像化として、楽しませていただきました。

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2022.10.24

青木朋『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第6巻 舞台は金へ 三人の微妙な関係の行方は

 これまで金の皇女アイラの宋での恋と冒険を描いてきた本作も、この巻で舞台を大きく変えることとなります。新たな舞台は金――病気見舞いの使節として金を訪れることとなった康王ですが、その傍らには何故か白凛之が。はたして三人の微妙な関係の行方は……

 金からの親善大使として宋を訪れ、花火職人の白凛之に一目惚れしたり(そして迷惑がられたり)、親の決めた「婚約者」である康王とともに宋朝廷内の権力争いに巻き込まれたりと、様々な活躍(?)を見せてきたアイラ。
 しかし彼女の父である金国皇帝が倒れたという報に、彼女は帰国を余儀なくされることになります。もっとも、宋と金、遼が複雑な関係にある現状で、皇帝が倒れたなどとは明かせるはずもなく、祖母が倒れたと偽ったアイラ。しかしそこで康王が見舞いの使節として金に向かうことになって……

 というわけで物語の舞台は金に移るのですが、しかし本来であればその流れに入れるはずがないのは白凛之であります。そもそも火薬を用いた新兵器を開発した彼は、実戦でその新兵器を用いるべく、対遼戦線に向かうはずだったのですが――そこで事態をややこしくさせたのが、あの童貫なのです。
 宦官でありながら猛将として知られる童貫は、白凛之が忠誠を誓う皇太子とは敵対する立場。そこで利をチラつかせて白凛之を味方に引き入れようとする童貫ですが、白凛之がそれに応じるはずもなく……

 と、ビジュアル的にはなかなか迫力あるのですが、やはり本作でも××野郎だった童貫。彼の腐りきった陰謀により窮地に陥った白凛之を救ったのは、何と康王で――と、アイラを挟んで何となく微妙な間柄であった二人が、ここに運命の悪戯で共に金に向かうことになります。
 しかし宋の人間にとって、金はとてつもない異郷。そこで出会う様々なことに戸惑いながらも適応しようとする康王ですが、思いもよらぬ事実を知ることに……


 というわけで、宋を訪れた金国人であったアイラの、ある意味カルチャーギャップを描く物語であった本作は、ここに至りその構図を逆転させ、今度は宋国人である康王の目から、金の姿が描かれることになります。
 実際問題として宋に比べて金を描いた作品は少ないこともあり、我々読者にとっても馴染みの薄い地である金。そんなわけで本作で描かれるその金の姿には、驚かされたり感心したり――と、康王と同様の感慨を抱くことになるのが、なかなか楽しいところであります。

 しかしそんな中でもやはり物語のアクセントとなるのは、やはり白凛之の存在でしょう。アイラと康王が婚約者の間柄であるとすれば、本来彼の入る余地はありませんし、そもそも金の皇女と宋の一技術者では、残念ながら身分の壁があります(あとお兄ちゃんがコワいですがそれはさておき)。
 元々生真面目な白凛之にとっては、アイラの存在は迷惑の一言、敬遠すべき存在であったはずですが――しかし白凛之の真意の一端が、ここで初めて描かれることになります。決して明かすわけにはいかない真意が……

 そして康王にとっても何となく気になる存在となってきたアイラですが、しかし金で知ったある事実が、彼の心をかき乱します。さらにアイラの父である金国皇帝も、思わぬ形で白凛之と縁が生まれて……


 と、物語的にはちょっとアイラは後ろに下がって、康王と白凛之、二人の男性を中心に動いた感のあるこの巻の物語。この先、三人の関係性がどのように動いていくのかはわかりませんが、舞台の変化が、物語にも大きな変化を生んだことは間違いないでしょう。
 そして舞台といえば、この巻のラストで描かれた――まことに申し訳ありませんが、ざまあみろ、と言いたくなるような――ある事態によって、さらに舞台が変わることになるかもしれません。

 そしてそれが物語に、三人にどのように影響するのか? いよいよ先が見えない、それだけに楽しみな物語であります。


『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第6巻(青木朋 秋田書店ボニータコミックス) Amazon

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2022.10.23

戸部新十郎『日本剣豪譚 幕末編』 社会と人々の動きと剣術道場

 日本の兵法の歴史を、それを創始し、形作り、用いた剣豪たちの視点から
まとめた『日本剣豪譚』の幕末編であります。一度は停滞しながらも、空前の隆盛を迎えることとなった幕末期の兵法。歴史の動きとも深く結びついたその内容は……

 これまで戦国編・江戸編と語られてきた『日本剣豪譚』。兵法が個々人の「術」から、体系化された「芸」として成立した戦国時代、そして「芸」から一つの「道」として洗練されたものの、それゆえに停滞することとなった江戸時代前期――それを受けた本書は、江戸時代後期から幕末にかけての剣豪と兵法を描きます。

 本書に収録されたのは以下の面々――いずれもこの時期の兵法界を代表し、あるいは象徴する剣豪たちであります。
 白井亨――中西派一刀流
 千葉周作――北辰一刀流
 斎藤弥九郎――神道無念流
 伊庭一門――心形刀流
 男谷精一郎――直心影流
 大石武楽と島田見山
 近藤勇――天然理心流
 河上彦斎
 桂小五郎と坂本竜馬

 ここでまず注目すべきは、先に述べたように、一度は停滞期に陥った兵法界の復活ともいうべき流れでしょう。兵法が洗練されていく過程で、いきおいその中で精神性が重視され、それが実践/実戦の度合いを低める。そしてそこに太平の世という状況が重なる……
 そんな中で一旦は停滞したものが、再び――いやそれ以上の隆盛を迎えたのは、もちろん一つには、個々の剣士、個々の道場の努力があることは間違いありません。

 己の身体や才能、あるいは兵法そのものを疑いつつも刻苦勉励を続けた白井亨。兵法のスポーツ化を肯定し、明確な兵法を樹立した千葉周作。流派を超え、剣術仲間が一丸となることを志向した末に男谷精一郎――これらの剣豪たちの努力が、兵法に新たな火を灯し、隆盛に導いたのであります。

 その一方で――太平の世が兵法の停滞を招いた如く――この時代ならではの社会の動きが、兵法を、剣豪を動かしたのもまた事実であります。
 経済構造の変化(貨幣経済の発展)により、武士と武士でないものの間の差が縮まるとともに、地方から江戸への志向が高まった結果、武士階級への参加を目指す層が地方から江戸に集まる――それこそが江戸後期の兵法復興の原動力の一つであるとする本作の主張は、けだし慧眼というべきでしょう。

 またその流れとともに、江戸の各流派の道場が現代でいう「大学」的存在として、各地から江戸に集まった若者たちが広い知見に触れ、交流を深める場となった――そしてそれがいわゆる志士を排出することとなったという指摘も、桂小五郎や坂本龍馬が江戸に剣術留学し、そこで優れた腕前を見せたという史実を考えれば、大いに頷けるものがあります。


 その一方で本書は、新選組興亡記という側面の強い近藤勇の章に、実に四割以上を割いて描くことになります。正直なところ、いかに人気者の新選組であっても、全体とのバランスからすると分量を割きすぎの印象は否めませんが、しかし新選組が剣術集団として最も実戦に参加したことは間違いない事実ではあります。

 また、近藤だけでなく土方などは、まさに先に述べた武士階級の参加を目指して兵法を修めた者たちであると同時に、彼らが芹沢らと異なる点として、故郷との濃いつながりを持っていたというのも、興味深い視点であります。
(この章の次に位置する河上彦斎との対比もまた、それに通じるものがあるといえるでしょう)


 ちなみに本書の掉尾を飾る「桂小五郎と坂本竜馬」では、安政五年に桃井春蔵の士学館道場で行われた小五郎と竜馬の対決がクライマックスとして描かれることとなります。
 実にドラマチックなこの一戦、実はフィクションであるという説が濃厚ですが――しかしそうであっても、維新の竜虎の道が剣を通じて交錯したことを踏まえて「幻であっても、維新の〝詩的真実〟として眺めたい」という作者の言葉にも、大いに納得してしまうところであります。


『日本剣豪譚 幕末編』(戸部新十郎 光文社文庫) Amazon

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2022.10.22

うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 八章 決意の朝に』 信乃の孤独、浜路の孤独

 発行元も変わり、電子書籍の構成もちょっと変わってリスタートした『異界譚里見八犬伝』、待望の八章であります。荘助を刑場から救い出して脱出した信乃・現八・小文吾。荒芽山に向かう四犬士の旅の模様は、そして神界に囚われた浜路の運命は……

 讒言によって牢に繋がれ、激しい拷問を受ける荘助を助けるために駆けつけた信乃・現八・小文吾。たとえ邪悪とはいえ相手が人間、しかしそれぞれの戦う理由を胸に秘めた犬士たちに敵はなく、見事重囲を破って脱出に成功するのでした。
 しかし四人を脱出させるためにただ一人残った力二は、謎の少女と行動を共にする玉梓の襲撃を受け、絶体絶命の危機に……

 そんな非常に激しい展開の前章に対して、この章は比較的静かな内容が展開していくこととなります。
 もう一人の犬士である道節を求めて荒芽山へと歩みを進める四人ですが、追っ手からは逃れてひとまず安心。時に思う存分朝寝をし、時に妙義山に登って景観に胸を躍らせ、時に風呂場で牡丹の痣を見せあい(ここでの小文吾の初恋の人話が妙に可笑しい)、時に枕投げに興じ――特に本作の信乃は年齢が低めに設定されていますが、その歳相応の姿と、彼とともにわちゃわちゃ騒ぐ他の面子の姿は、何とも微笑ましく、かつホッとさせられるものがあります。

 さらに新コスチュームも登場し、確かにテンションは上がるのですが――しかし決してこの旅は楽しいものだけのものではありません。
 少年たちの微笑ましい一幕にも思えた荘助の声変わりに際して、あるいは奇瑞ともいうべき(しかしその陰には――これは後述)浜路の守り刀との再会において――その中に浮かび上がるのは、信乃と荘助には既に帰るべき場所も、彼らを知る者もいないという、厳然たる事実なのですから。

 孤独と漂泊が宿命のようについて回る犬士たちの中で、物語開始時には故郷と家族があった本作の信乃(ちなみに原典では同様に故郷と家族のあった小文吾も、本作においてはより苛烈な形でそれらを失ったことが語られています)。
 そんな信乃にとって、同じ旅でも(たとえ失敗に終わったとしても)村雨を携えての古河への旅とは明確に異なり、この旅は犬士として踏み出す一種の通過儀礼というべきものなのかもしれません。

 もちろん信乃には荘助が、犬士たちがいます。それでも彼はこの旅路の先で、孤独と向き合っていかなければならない――犬士たちの賑やかな旅の姿は、そのことを逆説的に示しているようにすら感じられるのです。


 しかし本作においてはもう一人、信乃のことを理解し、想いを寄せる者がいます。それこそが浜路――本作においては玉梓が大塚村を襲撃した際に、辛うじて伏姫と八房に救われ、神々の隠れ里に身を寄せることとなった浜路ですが、しかし彼女もある意味孤独な存在であります。
 というのも本作の神々は、人間の規格を超える玉梓や犬士たちの存在を扱いかねて押し付け合う一方で、浜路のような普通の人間を見下すような、「有り難い」とは言い難い存在。突然そんな神々の間に放り出されて、それでも奇想天外な手段で奮闘する浜路ですが、決して恵まれた環境とは言い難いでしょう。

 そして信乃が、荘助が孤独な旅に踏み出した姿を目の当たりにしつつも、何もできない、してやれないという身が、どれだけもどかしいか言うまでもありません。この章ではある人物の助けで、そんな浜路と信乃の運命が一瞬交錯するのですが――しかしそれはほとんどすれ違いに等しいものであります。
 本当に二人が再会する時――それはまだ先になるはずですが、その中で二人の孤独が少しでも癒やされることを願います。


 さて、この章のラストでは、ついに道節と練馬城残党にとっては怨敵である扇谷定正とその家臣たちが登場。個人的には太田助友と河鯉孝嗣の姿に胸躍るところですが、もう一人、意外な名のキャラクターが……
 原典に同名の人物がいるものの、間違いなく異なるこのキャラの行方は――これまた気になる展開であります。


『異界譚里見八犬伝 八章 決意の朝に』(うちはら香乃 ナンバーナイン) Amazon

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2022.10.21

椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第3巻 夢の胡蝶 その真実

 『MAO』第14巻と同時発売となった『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第3巻は、アニメの設定を押さえつつも、独自の展開をみせていくことになります。西国に旅立った三人の夜叉姫と、四凶の残る二人との対決の行方は――あのイケメンもいよいよ本格的に物語に絡みます。

 弥勒と珊瑚、そして鋼牙が篭もる結界の山で、四凶の饕餮と檮コツらと激突し、親世代の力を借りつつも見事に勝利したとわ・せつな・もろはの三人。夜叉姫恐るべし、の念を雑魚妖怪たちに植え付けるという弥勒たちの狙い通りその名は轟き、三人はいよいよ西国に歩みを進めることになります。

 その前にもろはの借金問題でわちゃわちゃしていた三人の前に現れたのは、寿里庵を名乗るイケメン(まさか本作でも登場するとは)――と思いきや、その正体は化け狸の子・竹千代。
 彼の口から四凶の一・渾沌が駿河国に潜むと聞いた三人は、かつて自分たちが育った屋敷を襲撃し、離れ離れになるきっかけを作った(そして竹千代には賞金稼ぎだった父の仇である)渾沌と対決するため、まず駿河に向かうことを決意するのでした。

 そこで大枚の代金で堺への護衛を頼む二人連れの客が現れたのを渡りに舟とばかりに、西国へと旅立つ一行。しかしこの客が理玖とりおんなのですから、その旅路が平穏とは到底思えず……


 と、ここに来て竹千代(あと屍屋)、理玖、りおんが登場し、TVのレギュラーキャラはほぼ揃った感のある本作。どのキャラもアニメとは微妙に設定や登場タイミング(特にアニメでは後半から登場だったりおん)が変わっているのが楽しいところであります。

 しかしその中で、現時点で最も立ち位置が変わった印象があるのは理玖でしょう。真意を隠したままでとわに接近し、戦いに誘うという点では同じですが、アニメでは当初は是露側にいたものが、本作ではむしろ殺生丸と行動を共にしていた(第1巻の時点で犬夜叉とかごめが姿を隠す際に迎えに来ていたのが彼だった)というのが、大いに気になるところです。

 そしてその理玖の警告という名の挑発によって、夜叉姫たちを迎え撃つことになるのが、残る四凶の二人・渾沌と窮奇。渾沌が得意の奇門遁甲の陣を使ってまずとわを分断するのに対し、せつなは姉を救うために死地に飛び込むのですが――ここで描かれるせつなの回想/精神世界が、この巻のある意味クライマックスといえるでしょう。

 かつて、自分の中の妖怪の血を恐れると同時に、己の弱さにコンプレックスを抱いていたせつな。その想いは、常に自分を守ろうとするもろはへの感謝と、守られるしかない自分のはがゆさと繋がっていたのですが――ある日、そんなせつなの前に現れたある人物が、彼女に示したものこそが、夢の胡蝶だったのであります。
 喜びや悲しみなどの感情を奪う代わりに、心の迷いを弱めるという夢の胡蝶を受け入れたせつな。そして今、その時のことを思い出したせつなは……

 第2巻では夢の胡蝶に憑かれたせつなを救うため、もろはが蛾の妖怪と戦ったことがきっかけで莫大な借金を負ったことが語られましたが――ここでせつなはせつなで、もろはのように強くなるために夢の胡蝶を受け入れていたという事実が明かされ、何というか実に感情の重い関係だったことが明らかになります。

 もっとも、アニメの方では当初から行動を共にしつつも、比較的距離感が感じられた二人の間に、これほど強い結びつきがあったというのは、やはり嬉しい描写ではあります。
(ちなみにアニメの夢の胡蝶は眠りと夢を奪うという設定だったのが、こちらは喜びなどの感情を奪うという違いも興味深い)

 そしてまた面白いのは、この夢の胡蝶を与えたのがあのお方だったということですが――何のかんの言いつつ気が向いた時に助けてくれるのは相変わらず、というより、やはり自分の××ゆえでしょうか。これまで琥珀が夢の胡蝶に対策を取ってこなかったのも、与えたのがこの方だったから、というのもまた納得の理由であります。


 さて、そんな過去を乗り越え、姉と、そしてもろはと力を合わせて強敵を打ち破ったせつな。しかし力尽きて窮地に陥ったところに絶妙のタイミングで登場したキャラクターが、一つのメッセージを残します。是露にまつわるこのメッセージの意味するところは果たして……
 『犬夜叉』からの読者であれば誰もが共感するであろう言葉で幕となる本作。次なる展開が楽しみでなりません。


『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第3巻(椎名高志&高橋留美子ほか 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2022.10.20

高橋留美子『MAO』第14巻 摩緒と菜花と三つの事件

 『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第3巻と同時発売の『MAO』第14巻では、摩緒の本業(?)にまつわる3つの事件が描かれることになります。その中で少しずつ近づいていく摩緒と菜花との関係、新御降家との(思わぬ)対決の行方は……

 平安時代に端を発する御降家の後継者を巡る呪いと、大正時代に御降家を復興せんとする者たちとの戦い。その中心にいる摩緒と菜花ですが、今回は摩緒の表の顔というべき陰陽師や医者の立場から、怪異な事件に関わっていくことになります。
 そしてこの巻の冒頭に描かれるのは、前巻ラストからスタートした廃屋の祟りにまつわる事件。無数の浮遊霊が集まる廃屋を祓うために乗り込んだ摩緒と菜花、乙弥ですが、その前に祟りの中心と呼ぶべき古井戸から奇怪な妖が現れ――ということで、思わぬ難敵に摩緒は直面することになります。

 というのも、祟りを祓うためには井戸の中の水神を取り戻す必要がありますが、そこはいわば水と一体化した妖の巣穴、しかも妖の方はどんどん増殖する上に、元が水だけに斬っても斬っても復活してしまう――そんな状況で一か八かの賭けに出た摩緒を助けるために、菜花は再び妖刀・地血丸を抜くことになります。

 奇怪な曰く因縁の末に菜花の手に収まった地血丸ですが、元々は人々の血を啜る妖刀。今は菜花の手で絶大な力を発揮するとはいえ、その代償に菜花の血を吸い取っていく――というまさに諸刃の剣だったのですが、数度に渡って展開してきた菜花と地血丸の「対決」に、今回ついに終止符が打たれた感があります。

 そして戦い終わり、菜花を労うと称してほとんどデート状態となった摩緒ですが――菜花の方は以前からでしたが、摩緒の方も確かに菜花に惹かれている様子であります。
 しかし両片思いはある意味ラブコメの――いや高橋漫画の王道ですが、摩緒の場合は高橋主人公の中でも屈指のクール系男子。いや、クール系というよりは、ほぼ九百年という長きに渡り、しかも(乙弥を除けば)一人で生きてきたであろう摩緒の心が、普通の青年並みの心の動きを見せるのは、まだまだ先になることでしょう。

 それは時間が解決するのか、それとも――ある意味呪いの謎解き以上に、先は長いかもしれません。


 そして続いて摩緒と菜花が挑むのは、とある屋敷の主にかけられた呪いであります。この呪い、式神を用いた金の気のもの――とくればまず頭に浮かぶのは、新御降家に与する傀儡の針の使い手・かがりですが、その正体は当たらずとも遠からず――何故ならば、その呪いの主はかがりの姉・綾女なのですから。

 しかし姉と妹ではかなり態度が異なり、あっさりと摩緒に呪いを返されても、既にもらうものはもらったとビジネスライクな綾女に対して、自分の実力を見せるチャンスとばかりに、菜花そして摩緒に襲いかかるかがり。しかし以前は傀儡の針で摩緒を操りましたが、それはあくまでも不意打ちという状況であればこそ、かがりと摩緒との一対一の対決の行方は……

 蓮次・双馬・芽生と、それぞれに重い事情を背負った新御降家の面々ですが、その中で一人、周囲と異なるある種の軽さを感じさせるかがり(もう一人、流石も異常に軽いのですが、まだ登場したばかりということもあってちょっと保留)。今回その家庭事情が明らかになったわけですが、なるほどこういう状況であのようなキャラになったのか、とある意味理解できるところではあります。

 しかし彼女の事情と性格を考えれば、新御降家に近づくことは、明らかに彼女を不幸に近づけていると感じさせられます。
 平安組のように呪いに縛られているわけはでない大正組は、それだけに新御降家に加わる理由もそれぞれ。だからこそ、その行動の行方が気にかかるのですが――その一人としてかがりがどのような運命を辿るのか。正直なところ感情移入できるキャラではありませんが、とはいっても不幸なことにはならないでほしい――そんな気分であります。


 そしてこの巻のラストでは、新たな呪具を巡る惨劇が勃発。呪具に挑む摩緒ですが、その場には新御降家の流石の姿も現れて――と、これまた先が読めません。
 この巻では御降家の呪いを巡る大きな物語の展開はなかっただけに、そろそろそちらの方の動きも期待したいところですが……


『MAO』第14巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2022.10.19

『ゴールデンカムイ』 第三十九話「硫黄のにおい」

 日露戦争の傷を登別温泉で癒やしていた菊田特務曹長と有古一等卒の前に現れた宇佐美と二階堂。有古が目撃したという奇妙な服を着た男を探す菊田だが、その正体は土方一派の都丹庵士だった。夜の闇、硫黄の煙の中、鍾乳洞と、自分に有利な地で戦いを挑む都丹を追う菊田たちだが……

 原作20巻の第192~195話を題材とした今回は、待望の菊田&有古コンビの初登場回。第3期に登場しなかったのでどうなることかと思いましたが、ついに今回アニメデビューであります。
 といってもこれまで毎回、OPのラストで何故か裸体を晒していた二人ですが、よく考えてみれば初登場シーンからしてこの二人は全裸だった――というわけで、いきなり冒頭から登別温泉でこの二人+宇佐美&二階堂の裸体が乱舞することになります。
(しかしこのシーン、漫画ではそんなに違和感はなかったですが、アニメだとコロコロ態度や体勢が変わる宇佐美に違和感が大きい――こういう奴といえばそうなのですが)

 さて、今回はこの四人と、土方一派の盲目ガンマン・都丹庵士と仲間の盗賊団の対決が描かれることになります。硫黄山での強制労働で失明した都丹と仲間たちですが、今回同じ硫黄のにおい漂う登別温泉での戦いは、ある種の因縁の対決として盛り上がる……

 と言いたいところですが、原作を読んでいた時は、いきなり登場した鶴見一派の補充メンバーvs以前杉元たちと戦って手の内は見えている都丹というマッチメイクに、あまり盛り上がらなかったというのが正直なところではありました。
 もっともその後、菊田も有古も重要な登場人物として大いに見せ場があり、個人的にもお気に入りのキャラとなったこともあって、今回は楽しみに観ることができました。

 そして虚心坦懐に観てみると、やはり光るのは、宇佐美と二階堂という変態ツートップとは対称的な、菊田と有古の、渋い戦士としての魅力であります。
 暗中での戦いを想定して、事前に眼帯で片目を隠しておいて闇に目を慣れさせる(この場面、相手の目を眩ませるため、自分には無用の灯をつけておく都丹
の戦法と好一対なのが面白い)、鍾乳洞での戦いで都丹の「正体」を見破るなど、鋭い観察眼と臨機応変な戦闘能力を持つ菊田。あの八甲田山雪中行軍の遭難者捜索に駆り出された過去を持ち、大自然の中でその能力を発揮する有古……

 まあ今にして思えば、有古のこの能力はもっと活かす場面があって欲しかったという気はしますが、二人ともデビュー戦としてはなかなかの滑り出しであったかと思います。
(完璧に忘れていましたが、後に菊田のトレードマークとなるスカーフは、この時の戦いで都丹から「鹵獲」したものでしたね……)
 また個人的に驚かされたのは、菊田役の堀内賢雄が、いつもの演技とは全く異なる、しかし菊田の渋さ・老獪さ・人当たりの良さが全て入り混じった見事な演技を見せてくれたことですが――都丹の水島裕もそうですが、プロの凄さというものを改めて叩き込まれた思いです。


 さて、ラストには以前カットされたおばあちゃんの口噛み団子のエピソードが挿入されましたが(原作ではここで味噌がない! という流れで杉元が味噌を買いに行くのですが、アニメでは順番が逆に……)、描写の流れと次回タイトルを見るに、次回は鯉登の過去編になるのでしょう。
 もう原作からのザッピングがすごくて、そもそもアニメでどのエピソードをやっていないのかわからなくなってきました……(順番的には今回の後でおかしくはないのですが)


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2022.10.18

「コミック乱ツインズ」2022年11月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2022年11月号の紹介の後編であります。

『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎)
 『仕掛人・藤枝梅安』スピンオフ、今回の主役は梅安その人。治療費が滞っている患者から差し入れられた栗から、梅安が恩人である悦堂先生との出会いを思い出し――という展開で、色々な意味で今の面影はまったくない少年時代の梅安が描かれます。
 ここで印象に残るのは、やはり悦堂が梅安に語る、「恩は他人に「着せるもの」ではなく、己が「着るもの」だ」という言葉。こうした温かみが、梅安の心が完全に暗黒に沈まないように引き止めているのでしょう。(そして子供の頃から食に饒舌な梅安がちょっと可笑しい)


『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』(叶精作&天沢彰)
 平賀源内が怪異の仕業としか思えぬ怪事件に挑む本作、今回は第2話「呪い犬」の後編。かつて跡取りが町娘に非道の限りを尽くし、その飼い犬に祟り殺されて以来、犬に祟られた呉服屋を舞台に、再び祟りの影が……
 というわけで前編ラストでは当代の主が怪死を遂げたのですが、その犯人については、まず予想通り(というよりほかにいない)だったものの、その背後に存在する思わぬ因縁の連鎖が描かれることになります。

 肝心の呪いの存在については、源内の解説にはあまり頷けないものの、もしかすると知らないのは犯人だけだったのではないか――といいたくなるような因縁と秘密が入り混じった人間関係は、それ自体が呪いの姿として感じられます。そしてもう一つ、前回描かれた源内の父の死が今回の事件に重ね合わされるようにクローズアップされる展開も、なかなか面白いところでした。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 浦上家での地位を確立しつつも、宗景からの離反を決意し、己の勢力を広げようとする直家の次のターゲットは、西備前の龍ノ口城を守るサイ所元常。しかしこの元常が猛将の上に龍ノ口城も堅固な山城で、寄せ手の大将となったなお家の弟・忠家も苦戦を強いられます。
 そこで元常の弱点を突くこととした直家ですが、この元常、実は「男好き」で……

 と、作者の歴史四コマを全て読んでいるわけではないですが、もしかすると初めての気がする男色ネタの登場。しかしここで描かれる元常のキャラクターがかなりステロタイプというか、デフォルメするのが基本の四コマでもちょっと――という気がしないでもありません。
 このエピソード自体が架空という説もありますが、はたしてこの辺りをどう膨らませるか、色々な意味で気になります。


『カムヤライド』(久正人)
 脅威の五人連続変身を見せて神薙剣=ヤマトタケルに襲いかかる天津神たち。その周囲の被害を顧みない猛攻から仲間たちを守るために奮戦するカムヤライド=モンコですが、人の盾になりながらの戦いは分が悪すぎて――というところに盾といえばこの人! なオトタチバナ・メタルが駆け付けるという実に燃えるシーンで続いた前回。
 仲間たちを逃せばもう後顧の憂いはなし、とばかりに戦闘態勢に移行するモンコとオトタチバナ、二大ヒーローの揃い踏みは最高に燃える名シーンであります。これが見たかった!

 一方、ヤマトタケルの方には、かつてヤマトで彼に痛撃を食らわされたアマツ・ミラールが、その時の借りを返さんと猛攻。凄まじいエネルギーを斧の形に凝縮して襲いかかるミラールに、さすがの神薙剣も追い詰められて――と思いきや、ここでまさかのフォームチェンジ!? 神薙剣もやはりヒーローというべきなのか、ちょっと判断に迷うパワーアップ方法ですが、頼もしいことは間違いありません。

 そして勇躍戦場に臨む二大ヒーローの前には、残る四人の天津神が――というピンチに対して、救援に立ち上がるのはあの人物。しかしこの人、大怪我を負っているはずでは――と心配になりつつ、盛り上がりっぱなしのまま次回に続きます。


 次号の巻頭カラーは何と再登場の伊藤黒介『おんな座頭 けもの道』。破格の扱いに、期待の大きさが窺えます。もちろん私も大いに期待しているところです。


「コミック乱ツインズ」2022年11月号(リイド社) Amazon

「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その三)
「コミック乱ツインズ」2022年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その二)
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「コミック乱ツインズ」2022年6月号(その一)
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「コミック乱ツインズ」2022年10月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年10月号(その二)

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2022.10.17

「コミック乱ツインズ」2022年11月号(その一)

 号数の上では今年も残すところあと2号となった「コミック乱ツインズ」、11月号の表紙は単行本第12巻が発売されたばかりの『勘定吟味役異聞』、巻頭カラーは『鬼役』です。特別読切の『玉転師』も掲載の今号、いつものように一話ずつ印象に残った作品を紹介します。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 愛する紅さんを取り返すため、吉宗の懐に飛び込むべく、腹心の玉込め役頭・川村の元に向かった聡四郎。そこで、殿がそんなセコいことをするかと一笑に付されてしまうのですが(そうだよなあ、吉宗の好みはもっとこう――というのは『御広敷用人 大奥記録』をご覧を)、そんなことを言いつつ、やはり聡四郎を煙幕代わりに使うために紅さんを利用しようとしていたのですから、やっぱり権力者は信用できません。

 その権力者といえば、ついに力尽きようとする柳沢吉保は、自分の長子にして綱吉の遺児でもある吉里を将軍位につけるため、紀文と永渕啓輔それぞれに言葉を遺します。ここまでくるとほとんど、いや完全に妄執ではありますが、しかし歴史に名を残す人物はそれなりの重みがあるということでしょうか。言葉をかけられた二人も、それぞれに覚悟を決めた様子であります。
 一方、その紀文の配下に操られて、聡四郎の妨害工作を請け負っていた間部家の家臣・末木が、完全に深みに嵌って完全に身動きが取れなくなっていく様が恐ろしい。権力も怖いが金も怖い、というのは上田作品の基本原則ですが、ここまで丹念にド詰めされるとかける言葉もありません。

 そして聡四郎の方には新たな任務(という名の無茶ぶり)が――というところで次号に続きます。


『玉転師』(有賀照人&富沢義彦)
 特別読切ではあるものの、順調に回を重ねてきた印象の本作、今回は貧しくも美しく、誇り高い寺子屋の女師匠に、稲城東豪のライバル女衒・栗栖十針の手が伸びて――という展開であります。
 借金で首が回らなくなった相手を、借金と引き換えに大店のバカ息子に嫁入りさせるという、絵に描いたようなあくどい仕掛けですが、この師匠は十郎にとっては恩人であり憧れの人。何とか救おうにも、既に身売り同然のところで、いかにして状況をひっくり返すのか――というところで、玉転師の出番となります。

 なるほど、玉を磨いて高く売るのが玉転師とくれば、こういう手があったか――という、「正義の味方」ではできないような、ある意味ダーティーな手段ではあるのですが、それが成功したのかしないのか、何とも皮肉でほろ苦い展開が印象に残ります。
 印象に残るといえば、墨絵的な絵柄の中で、ぼかしを使いつつ、ギリギリまで描線を省略するタッチも(ちょっと省略し過ぎでは、とドキドキさせられつつ)実にユニークだったと思います。そしてもう一つ印象的といえば、栗栖十針のビジュアルと名前! お天道様の下を歩けなさそうな感じですが、普通に人間ではあるようです。

 ――最後にお詫びですが、私今回まで、十郎は女の子だとばかり思っていました! いや、富澤時代劇では、男まさりの女の子は定番なので――というのは言い訳で、いやはやお恥ずかしい次第です。


『侠客』(落合裕介&池波正太郎)
 いよいよクライマックスの本作、様々な人々の助けを得て恨み重なる寺沢兵庫頭を襲う伊太郎。そこに不思議な因縁で、彼とは宿敵の間柄のはずの笹又高之助も助太刀に加わり――と、ついに伊太郎は兵庫頭を追い詰めることになります。そして怒りの刃を振りかざす伊太郎ですが……
 と、ここで史実の壁が立ちはだかるかと思いきや、意外とあっさり(?)決まってしまったのにはちょっとビックリ。兵庫頭はあまりにも救いようのない悪役ぶりで、ちょっとなあ――と思ってきましたが、ある意味、それゆえの結末というべきでしょうか。

 しかし伊太郎と水野十郎左衛門の友情も爽やかに描かれ、これで全てが丸く収まったように見えますが、そこからあの史実にどのように繋がるのか――これまでの展開以上に気になります。


 次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2022年11月号(リイド社) Amazon

「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その一)
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「コミック乱ツインズ」2022年10月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年10月号(その二)

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2022.10.16

『忍たま乱太郎』スペシャルウィークのインパクト

 今年で実に放送30周年を迎えた『忍たま乱太郎』ですが、10/10の週はスペシャルウィークというべき一週間――「思い出」をテーマに原作者である尼子騒兵衛がプロットを担当、しかも作品でも人気の高い6年生の過去を描く回が中心という、大盤振る舞いの一週間でした。

 というわけで、放送前からファンの間では相当に話題となっていたこの一週間。正直なところ、最初にこの報を聞いたときには、過去エピソードとはいってもセリフで処理されたり、さわりだけなのでは――などとひねくれたことを思ってしまったのですが、原作者監修の下で設定された、6年生が1年生だった時のキャラクターデザインを見せられてしまったら、これはもう真顔にならざるを得ません。

 そんなわけで私も楽しみにしていたところでしたが、さてその内容はといえば――
 自他に厳しく、いかなる時も鍛錬を怠らない潮江文次郎が、実は一番他人に甘いと、立花仙蔵が二人の過去を語る「鍛練のはじまりの段」
 最近、自分を避けるそぶりを見せる浜守一郎に対し、食満留三郎がかつて一人で籠城していた守一郎の過去を慮る「籠城の記憶の段」
 忍術学園を訪ねたカメ子が中在家長次とともに図書室の掃除をする中で、長次が無口になったわけを知る「無口なわけの段」
 今日も今日とて善法寺伊作の不運に巻き込まれた食満留三郎が、これも自分の勝負の一つと二人の思い出を語る「同室の思い出の段」
 山田先生一家と初めて出会った際に利吉に手当をされたことを思い出した土井先生を通じて、二人の過去の交流が描かれる「思い出した手当ての段」

 いずれのエピソードも、個々のキャラクターの現在の性格や得意武器などについて、過去を描くことで掘り下げるという内容で、これまで設定上はあったものや、想像はされていたけれども描かれていなかったものが明らかになるという、キャラのファンにはたまらないものでしたが――これはある意味想像通りといえば想像通りだったかもしれません。

 しかし想像していなかったのは、各話に共通するコンセプトとして、「お兄ちゃん」というキーワードが設定されていたことであります。
 各話のメインとなるキャラに対して、あるいはメインとなるキャラが、自分と縁の深い相手に「お兄ちゃん」と呼びかける――言葉で書けばなるほど、という印象ではありますが、実際に声がついてドラマの中で描かれると、その破壊力は絶大としかいいようがありません。

 特に、「鍛練のはじまりの段」で、長髪美形の火薬使いというある意味一番忍者ものの忍者らしい仙蔵の口から――あるいは「思い出した手当ての段」で、フリーの忍者として既に忍たまたちの大先輩として活躍している利吉の口から、それぞれ発せられる「お兄ちゃん」は凄まじいインパクトで、公式がここまでやっていいのか!? と私も驚いたくらいですから、ファンの方は悶絶していたのでは――と余計な心配をしてしまったほどでした。


 しかしこの『忍たま乱太郎』という作品は、考えてみれば基本的に時間の流れがない――それこそ30年間、乱太郎たちが1年生を続けている――世界で展開する物語であります。
 そんな世界において、はたして如何にキャラクターの「過去」というものを描くか――という時に、憧れの対象として、乗り越えるべき相手として、あるいは頼りになる存在として、自分の先を行く「お兄ちゃん」という存在をフックとすることは、なるほど納得できるように感じます。

 今回のプロットを担当するにあたり、原作者のコメントを拝見すると「彼らは、なぜ、その武器を得意武器としているのか、とか、今のその性格はどこからきているのか、と。そこで、共通のコンセプトを『お兄ちゃん』に据えて考えてみることにしました。すると、自然と見えてきました。彼らの『今』が。」と述べているのは、まさにこのことであったかと納得した次第です。


 ちなみにこれはまったく蛇足ではありますが、我が家の小さい住人がこの週のエピソードを観ていて、その日のうちに四回もリピートをせがまれたのは「思い出した手当ての段」。これはさすがは初恋泥棒コンビというべきか……?


関連サイト
公式サイト

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2022.10.15

武内涼『謀聖 尼子経久伝 青雲の章』 下剋上の快男児、理想を追う

 最近は歴史小説と時代伝奇小説の両輪で活躍している武内涼が、今年注力してきた歴史小説の第一弾であります。「謀聖」の異名を取った尼子経久――出雲の守護代から一度は転落し、しかし再起して後には十一ヶ国太守と呼ばれた風雲児の、秘められた青年時代が描かれます。

 応仁の乱の最中、出雲から上京した尼子経久。出雲守護代・尼子清貞の嫡子であり、京で守護の京極政経に仕えることとなった彼が見たものは、うち続く戦で荒廃しきった京の姿――そしてそれに何ら手を打てぬ幕府、守護とは名ばかりで宴や遊びにうつつをぬかす主をはじめとする武家たちの姿でありました。

 そんな中、貧民たちの村で暮らす三人の孤児、ミノ・ゴンタ・クロマサと知り合い、戦の陰で苦しみ喘ぐ民たちの存在を知る経久。そして愛する女性との出会いと別れ、近江を巡る戦の数々、そして志を同じくする伊勢新九郎との出会い――数多くの経験の中で経久は、この世の腐りの原因が御所を頂点とする武家の世にあると気付き、ある覚悟を決めるのでした。

 そして父の負傷を切っ掛けに出雲に帰還し、そこで民の国を作るため、公然と京極家と対峙する道を歩み始めた経久。民と親しく交わり、次々と新たな政策で国造りを進めていく経久ですが、しかしそこに思わぬ陥穽が……


 東の北条早雲と並び、西国の下剋上のはしりとも言われる尼子経久。しかし毛利元就や宇喜多直家と並び称されるほどの謀将でありつつも――いやそれ故か、これまでフィクションの世界で脚光を浴びることは少なく、せいぜいが大河ドラマ『毛利元就』での緒形拳演じる梟雄の姿が印象に残るところではないでしょうか。
 本作はその経久を、単なる上昇志向や権勢欲などではなく、民を救い、民のための国を作らんとする快男児として、新たな姿を与えた作品であります。

 颯爽たる美男子であり、知勇に優れた豪傑でありつつも、民と親しく交わり、遊惰や私利私欲に溺れる武士たちに激しい憤りを燃やす――本作で描かれる経久は、「謀」とは一見無縁の、男の中の男として描かれます。
 そんな男が、何故下剋上という、武家の道に外れたような道を歩むことになったかを描く本作は、実に文庫で約600ページという大部であり、経久の青年期も波瀾万丈で飽きることがありません。

 特に全体の3/4を過ぎてからの運命の変転など、この大部のクライマックスとして大きく盛り上がりますし、経久が伊勢新九郎と京で意気投合し、「あの場所」で互いの大望を語り合う場面など、伝奇作家としての作者の色合いも強い場面があるのも嬉しいところです。


 もっとも、本作の経久は格好良すぎる、理想的に過ぎると感じる読者もいるかもしれません。確かに、本作の経久は純粋に武将として格好良いだけでなく、民のために生き民のために戦うというある意味この時代の武士にあるまじき存在であって――それだけに違和感を感じる方がいるであろうことは容易に予想がつきます。

 しかし、本作の経久は、意図的に理想的な人物として描かれているのでしょう。人間らしい美徳も、夢も希望も、そして理想も失われた時代――その時代を根底からひっくり返し、人間が人間らしく生きられる世に作り直す。下剋上の先駆けとして、そんな役目を本作の経久は担っているのです。
 そしてそれは、同様の時代を生きる我々にとっても、そうあってほしい理想の姿なのです。

 これまで作者はその歴史小説や時代伝奇小説を通じて、興趣に富んだエンターテイメントを描くと同時に、あるべき人間の姿を希求してきました。本作で描かれる経久の姿は、そのあるべき人間の姿の一つの具現化であり――そして本作はそんな作者の姿勢が、最も色濃く出た作品というべきでしょう。


 本作は、一度は大敗北を喫した経久が、苦難の中で「謀聖」として立ち上がり、再び立ち上がる姿までを描きます。こうして誕生した謀聖が、頼もしい仲間たちとともに、如何にしてその理想を貫くか――この後も「風雲の章」「瑞雲の章」と続くこのシリーズが、果たしてどこにたどり着くのか、いま見逃せない物語の一つであります。


『謀聖 尼子経久伝 青雲の章』(武内涼 講談社文庫) Amazon

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2022.10.14

今井秀和『世にもふしぎな化け猫騒動』 猫の怪異の変遷を語る一冊

 古今東西で人に身近な存在である猫。それだけに様々な記録や文学作品にも登場する猫ですが、その中で古代以来、江戸時代に至るまでの猫の怪異にまつわる記録を集めた一冊であります。

 本書のタイトルにあるように、猫の怪異の筆頭といえば化け猫。しかし猫の怪異はそれだけではありません。本書は序説的な扱いで、猫怪談のエッセンスとして「しゃべる猫」にまつわる『耳袋』などの記述を取り上げた後、古代・中世の猫、江戸期の猫と、時代を追って猫の怪異像の変遷を追っていくことになります。

 しかしまず驚かされるのは、『古事記』『日本書紀』『万葉集』といったいわゆる上古の文献には猫の――猫の怪異ではなく猫そのものの――記述がないという事実。猫が文献に登場する初出は『日本霊異記』の、父親が猫に生まれ変わって食べ物を食べに来たという記事だった、という時点で興味をそそられるものがあります。

 そして平安時代の貴族の飼い猫にまつわる文学作品と並行して、平安末期の『本朝世紀』においてついに(?)登場するのは人を食う猫の怪。そして鎌倉時代になってようやく「猫又」の語が現れ、そして人を害するだけでなく人に化ける猫の怪――いわゆる「化け猫」が登場するのは江戸時代になってから、というのが、簡単に言えば本書で語られる猫の怪異の変遷であります。

 本書はその変遷を、『今昔物語集』や『徒然草』、あるいは冒頭に触れた『耳袋』や『甲子夜話』といった著名な書物だけでなく、実に様々な記録・文学作品にまで求めています。その中には『源氏物語』や江戸時代の実録物あるいは黄表紙といったフィクションまで含まれますが、しかしそれも現実社会において猫が、猫の怪異がどのように受容されていたかの表れとして、重要な判断材料というべきでしょう。

 もちろん、そうした変遷の面白さだけでなく、猫の怪異集として見た場合の、個々のエピソードのユニークさ、そしてバラエティも言うまでもありません。
 小鳥を捕らえそこねて「残念なり」と言ってしまった『耳袋』のしゃべる猫、『北越雪譜』に語られた火車と化して人の死体を奪う猫といったメジャーどころ(?)だけでなく、子猫に化けて焼きおにぎりをもらって逃げる大猫や、美少年に化けて長崎の丸山遊郭で豪遊した猫といった、あまり類話がなさそうなものも実に面白い。

 また、いわゆる鍋島の化け猫騒動とはだいぶ異なった展開――竜造寺の怨念云々が登場しない(しかし大量の死人が出る)――をみせる『肥前佐賀二尾実記』、そして殺された飼い主の死体に猫が取り憑き、芸者に化けた自分の妻(もちろん猫)とともに「本人」として仇討ちに挑む曲亭馬琴の『猫奴牝忠義合奏』などの変わり種が、概略とはいえ読めるのは、これは大いに儲けものであります。


 しかし本書の最大の魅力は、その解説にあると感じます。各章だけでなく、各話ごとに付された詳細な解説――それによって本書は、各話の内容だけに留まらず、そこに至る文化的・社会的背景にまで踏み込み、その怪異が何故生まれたのか、何故語られたのか、といった点にまで導き出すのです。そしてそれが、先に述べた「変遷」に繋がっていくことは言うまでもありません。

 また、原典を収録した書籍一覧のみならず、参考文献リストの中には猫小説のアンソロジーまで挙げられており、より深い世界にまで踏み込んでいくガイドブックとしての役割を果たしているのも素晴らしい。この辺りは、角川ソフィア文庫というレーベルならではと感じます。


 最後に、私が本書の中で一番好きなエピソードを挙げておきましょう。それは江戸時代の『谷の響』に収められた猫がしゃべる話――風が強く吹く冬の晩、猫が「へろへろと」やってきて「さぞ寂しくおられましょう」と喋ったというものです。
 飼い主はこの猫に対してキッと睨みつけて近くに寄ってこいと言ったところ、(身の危険を感じたものか)猫はどこかに言ってしまったということですが――いやはやこんなに可愛い猫ちゃんを邪険にするなんて、というのは、これは既に猫に取り憑かれた下僕の発送でしょうか。


『世にもふしぎな化け猫騒動』(今井秀和 角川ソフィア文庫) Amazon

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2022.10.13

上田秀人『勘定侍 柳生真剣勝負 六 欺瞞』 変わらない武家と一年先の武家との対立

 個人的にはいまイチオシの文庫描き下ろし時代小説である『勘定侍 柳生真剣勝負』の最新巻であります。いよいよ柳生宗矩との決裂が決定的なものとなり、本格的に宗矩と敵対する形となった一夜。あの手この手で宗矩を追い詰める一夜に対し、宗矩は直接的な手段に出ようとするのですが……

 大名となった柳生家の財政立て直しのため、江戸に呼び出された宗矩の庶子・淡海屋一夜。さっさと柳生と縁を切るべく、まずは江戸屋敷の改革に着手し、老中・堀田加賀守の嫌がらせも巧みに切り返すのですが――何かと反抗的な一夜と宗矩の対立は深まります。
 怒って柳生家を出た一夜は、加賀守に接近、その一方でさっさと国元の財政を安定させてお役御免になろうと江戸を離れる算段を始めるのですが……

 というわけで、以前から険悪ではあったものの、宗矩の態度があまりといえばあまりなだけに、いよいよ決定的に敵対することになった一夜。
 考えてみれば、上田作品で途中でつく権力者を変えるというのはそこまで珍しいことではないのですが、一夜の場合は追い詰められたわけではなく、あくまでも自分の意思で飛び出し、相手を選んでいるのが頼もしい。後腐れがないように――どころか、念入りに柳生家、というより宗矩に嫌がらせを準備していく様は、もはや痛快というより抱腹絶倒レベルであります

 特に本作の後半で描かれるそれは、堀田加賀守だけでなく、松平伊豆守や家光すら巻き込んで、柳生の庄で「病気療養中」の友矩――宗矩にとってのアキレス腱というべき存在――を巡る仕掛けにまで繋がっていくことになります。
 そこに宗矩自身の疑心暗鬼も相まって、どんどん追い詰められていく様は、普通であればちょっとかわいそうにもなるのですが、何しろ本作の宗矩は、
「大坂で二十年前に作った一夜を母親ともども完全放置、自分が大名になって利用できると思ったら無理やり呼び出して、一門だからとタダ働きさせようとし、功績を挙げても褒めるどころか妨害、その挙げ句に用済みだと始末しようとする」という最低ぶりなのですから、まあ同情不要としかいいようがありません。

 その最低ぶりの末、ついにこれまで一夜との縁で何かと事件に巻き込まれてきた伊賀忍びの素我部一新にも見限られることとなり、それがさらに新たな事態を引き起こすことに……


 と、宗矩のことばかり書いてしまいましたが、本作の宗矩は、ある意味この時代の武士の象徴というべき存在であります。
 戦国の遺風がほぼ消え去り、社会の仕組みが大きく変わっていくこの江戸時代前期。その変化の一つとして、米本位制から貨幣経済へと経済体制が実質的に移行する中で、支配階層たる武士もその影響から逃れるわけにはいかないのですが――本作で幾度も語られるように、その影響を最も大きく受けるにもかかわらず、気付いている者はごくわずかなのであります。

 多くの武士はそれに気付かず、やがて商人たちに実質的に屈していくわけですが、そんな時代の変化と「金の価値」を理解しようともせず、武士としての力をひけらかせば何とかなると考える宗矩は、まさにその変わらない武家の代表なのです。
 そしてその一方で、一夜の江戸の後見役というべき駿河屋総右衛門が評するように、一夜は「一年先の武家」というべき存在であり、この二人が対立するのは、ある意味必然なのかもしれません。

 ちなみに本作の柳生家においては、この変化を正しく理解しているのが十兵衛一人というのが、何ともユニークな点でしょう。本作の十兵衛はそれもあってか、一夜の頼もしい味方として活躍するのが嬉しいところであります(しかしそれでも一夜には説教される)。

 そしてもう一人、一夜とは全く異なる意味で本作のキーパーソンである友矩は、他の人間とは全く異なる立ち位置で、「鬼」とも呼ばれる人物なのですが――そんな彼に対して、一夜のみがある種の理解を示すのも印象に残ります。
 決して算勘のみに長けただけでなく、その生まれの故もあって人の情にも厚い――一夜というキャラクターの魅力を再確認した思いです。


 さて、本作の終盤で十兵衛を警護役に江戸を離れ、柳生に向かうこととなった一夜。この時点で既に騒動を引き起こしているのですが、この先、彼が国元で何を為すのか――彼とは行き違いという形になるヒロイン二人の行方も含めて、まだまだ興味は尽きません。


『勘定侍 柳生真剣勝負 六 欺瞞』(上田秀人 小学館文庫) Amazon

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2022.10.12

『ゴールデンカムイ』 第三十八話「繭」

 刺青囚人・関谷の毒によって仮死状態にされ、地中に埋められた土方と牛山。土方を探す門倉とキラウシの元に関谷の脅迫状が届き、二人は懸命に対策を練る。一方、覚醒した牛山は朦朧としたまま這い出し、いじめられっ子の少年・チヨタロウと仲良く(?)なるが……

 前回の後半から引き続き、土方チームと関谷和一郎の対決が描かれる今回。戦闘力は大してないものの、その毒の知識と話術でもって土方と牛山を罠にかけ、仮死状態に追い込むという恐るべき敵であります。
 もっともこの関谷、決して相手をすぐには殺さず、人質として生き残るチャンスを与えるという、奇怪なルールを課す男。「試練」と称する彼の独特の行動にはその過去が影響しているのですが……

 と、関谷(あと土方)が一人でシリアスな一方で、いきなり始まるのはゴールデンカムイならではのすっとぼけたギャグ展開。関谷の目が届かぬうちに覚醒して監禁場所から抜け出したものの、意識朦朧としてほとんどフランケンシュタインの怪物状態の牛山は、前回も登場した金持ちのボンボン・チヨタロウと出会い、彼だけの「怪人」として交流する(というか餌付けされる)ことに……
 という、いい話なんだか何なんだかわからない展開が、関谷を追う門倉とキラウシの姿と並行して描かれる展開に、こちらの感情はわけのわからない形で揺さぶられることになります。

 この辺り(に限らず今回の内容)は原作と全く同様ではあるのですが、声と動きが付くとインパクトがあるもので、特にこのパートはチヨタロウを演じる小林由美子のいい芝居のおかげで、本筋ではないはずなのに、妙に印象に残るものとなっていたかと思います。
(ただ、チヨタロウをいじめる悪ガキに、牛山がガチバイオレンスを喰らわせる場面がマイルドな感じになっていたのは残念――ギャグかと思ったら唐突に通常営業になる落差がよかったのに)

 その一方で門倉とキラウシの凸凹コンビも必死に関谷を追うわけですが、用心深い関谷に対して、門倉がキラウシから借りたマキリをヒドい場所に隠して――というギャグ、原作の有古関連のエピソードを読んだ後だと、ことさらヒドいものに感じられるのが楽しいというか何というか。
 その一方で、クライマックスの関谷との対決は、そんな門倉も単なるふざけたおっさんではなく、土方に賭ける想いは真剣であることを描いて印象深い場面ではあります。しかしその一方で、凶/強運の持ち主である門倉はともかく、土方までももの凄い引きの良さを発揮して自力で解毒していたという展開は、「度胸と経験で運命を引き寄せた」と言われても、ジョジョの「凄み」ではあるまいし――という印象は原作の時から変わりません。

 が、立木文彦のナレーションで断言されると何となく納得してしまうのもまた確かなのですが――これがアニメの力でしょうか。(違います)

 ちなみに関谷が毒殺魔となったのは、幼い娘を全く理不尽に失ったのをきっかけに、神の存在を疑うようになったためであると語られますが、原作ではこの直後のエピソードで、あの長谷川さんの悲劇が描かれることになります。この『ゴールデンカムイ』という物語では、親と子というモチーフが様々に変奏して描かれることになりますが、この関谷のエピソードもその一つであったかと、今更ながらに気付かされた次第です。
 まあ、このアニメ版ではエピソード順が変わってしまったわけですが……


 そしてエピソード順が変わったといえば、次回のサブタイトルは「硫黄のにおい」――原作では同じサブタイトルの回が第20巻に収録されていますが、そうだとすれば、OPでは一足先に裸体を晒していた菊田と有古が、ついにアニメ本編デビューするということなのでしょう。冷静に考えれば、本編でもいきなり全裸で登場だったのか、あの二人……


『ゴールデンカムイ』第十巻(NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン Blu-rayソフト) Amazon

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2022.10.11

有谷実『楊家将奇譚』第2巻 勢揃い七兄弟 そして鈴に迫る危機

 現代の女子高生・鈴がなんと『楊家将演義』を思わせる世界にタイムスリップ(?)して楊家将たちと出会うという異色の歴史ロマンの続巻であります。楊家の七兄弟全員と出会い、宋での生活にもすっかり馴染んだ鈴。しかしその周囲に遼の魔手が迫ります。

 孤独な高校生活を送っていたある日、雷に打たれて十世紀末の宋にタイムスリップ(あるいは転生)した女子高生・鳥羽鈴。いきなり宋と遼の戦いの中に投げ出された彼女は楊家の四男・四郎に助けられることになります。
 運命を左右するという仙女が現れるという予言が楊家にあったことから、鈴はその仙女ではないかと楊家に迎えられて……

 というわけで、東京開封府の楊家で過ごすこととなった鈴。仙女云々は抜きにして、人情に厚く、また侠気溢れる楊家の人々は、両親を早くに亡くして祖父の手一つで育てられた彼女にとって、早くも家族のような温もりを感じられる存在となった様子であります。
 さて、その楊家には七男二女がいるわけですが、第一巻の段階では五男二女までが登場。そして残る二人も、この巻の冒頭で登場することになります。

 その残る二人とは、三郎(延輝)と七郎(延嗣)――兄弟でも屈指の筋骨隆々たる体躯を持ちながらも、異常なまでに女性が苦手な三郎と、馬をこよなく愛し、馬と会話できると称する七郎。どちらも楊家の兄弟らしく(?)美形ですが、それぞれに個性派です。
 特に牧場育ちで馬に慣れている鈴にとって、七郎は馬トークができる貴重な相手。さっそく屋敷の厩に連れて行ってもらって――と、そこで官給の馬の状態が良くない(女真経由で馬が輸入できなくなっている)ことを鈴が知ることになるのは、この時代の情勢を側面から感じさせる、なかなかうまい展開だと思います。

 そしてそれだけでなく、その問題を解決するために鈴が現代の知識を活用しようとしたり(まだこの巻では成果は出ていませんが……)、現代から持ち込んだ弓の性能もあってか周囲も驚く遠矢の腕前を見せたりと、いかにも「転生もの」っぽい場面があるのも楽しいところであります。


 しかし彼女を、いや楊家を巡る状況は、決して楽しいばかりではありません。
 遼との戦いで並外れた武功を見せても、異国の降将であるために、宋の重臣たちからはよそ者扱いを受ける楊家(ここで楊家のフォローに入るのが、『楊家将演義』でもお馴染みの太宗の甥・八王(趙徳芳)なのが嬉しい)。一方、楊家を最大の敵と見定めた遼も、楊家軍の中に間者を送り込み、ついには鈴を誘拐するという挙に出ることになります。

 これに対して彼女を救うべく奔走するのは四郎。これまで何かと鈴には厳し目の対応だった四郎ですが、彼女の宋での初対面の相手であるなど、何かと縁のある人物であります。しかし彼とて無敵ではありません。鈴を庇いつつ、数に勝る敵との戦いの中で傷を負った四郎の運命や如何に!?

 と、いいところで終わるこの巻ですが、四郎たちの戦いと並行して、鈴の存在や遼の動きに関する様々な伏線が配されているのも気になるところであります。
 特に意識を失っていた鈴が夢(?)の中で呼ぶ名――あれは『楊家将演義』では大きな意味を持つものであるだけに、色々と想像を掻き立てるものがあります。その名を呼ぶ鈴の正体(前世?)は、そしてこちらも色々と曰くのあるらしい遼の簫太后との関わりは――と。

 もちろんそれはまだまだ想像の域を出ないものであります。はたしてこの物語が『楊家将演義』をなぞるのか、はたまた別のルートを行くことになるのか、楽しみにしたいと思います。


 ちなみにこの巻で勢揃いした楊家の七兄弟にはとんでもないサービスシーン(?)があるのですが、そのオチには吹き出しました。オイシいキャラだな、三郎……


『楊家将奇譚』第2巻(有谷実&井上実也 KADOKAWAフロースコミック) Amazon

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2022.10.10

岡村星『テンタクル』第3巻 激突目前、それぞれの「志」

 黒船来航と九州独立を巡る陰謀に巻き込まれた杖術使いの青年・津春を主人公とする時代漫画の第3巻であります。津春だけでなく、事件に関わるそれぞれがそれぞれの志を持って臨む中、ついに相容れぬ者たち同士の激突が……

 福岡藩の側用人邸から奪われた刀を取り戻す討ち手に選ばれて任を果たしたものの、その刀に秘められた秘密を知ったことから、親友と恩師を喪うこととなった杖術使いの医学生・津春。
 二人の仇を討つため、陰謀の解明と一味の打倒に燃える津春ですが、首謀者でありかつて刀を巡って津春と対峙した少女・周子は、前藩主の娘であるとともに皇族の血を引く存在でありました。

 アメリカ船の来航が来年に迫ったとの情報が飛び交う中、九州の防備を諸藩に任せきり、何もしようとしない幕府に失望した諸藩による九州独立計画の盟主である周子。彼女に対して、大目付をはじめとする福岡藩の対応は……


 と、いよいよ陰謀の形が見えてきたところで始まる第3巻の前半では、津春の物語から離れ、の過去が語られることになります。
 離縁された皇族の姫の連れ子であり、その母が隠居した福岡藩の前藩主と結ばれたことで、その養女となった周子。その縁で二刀流の道場に通うことになった彼女は、そこで恐るべき天稟を示すことになります。

 しかし彼女の通う道場は下士の子弟が通う道場であり、上士の子弟が通う道場との試合では、常に負けを強いられていたことが悲劇を招きます。
 上士の子弟たちに絡まれた際に、彼らをあっさり叩きのめした周子。数年後、その時の遺恨と、周子の挑発がきっかけで、周子の道場の先輩・練造に真剣勝負を挑む上士の子弟三人。彼らを斬ってしまい、切腹を申し付けられながらも拒否して逃亡した練造に対し、周子は自分が討ち手に名乗りを上げ……

 上で述べたとおり、敵方の中心人物であり、九州独立の盟主である周子。前藩主の娘であり、皇族の血を引くという彼女の「設定」はこれまで語られてきましたが、ここで初めて、彼女の過去が――それ以上に内面が描かれることとなります。

 その生まれ故に、そしてその天才ともいうべき剣の腕故に、この時代、この場所において、ある意味例外的に自由な存在であった周子。しかし彼女の周囲の武士たちはそうではないことを、尊敬する練造の理不尽な運命を通じて、彼女は痛感したのであります。
 そしてその後、アメリカ船の来航という歴史のうねりに触れたことで、その武士たちの盟主に祭り上げられた周子。しかし彼女の真意は……


 仇討ちのために、周子たち一党の打倒を決意した津春。何とか一党の決起を抑え、穏便に収めようとする大目付。それだけでなく、何かと不穏な動きを見せる藩の隠密・寺内は、藩の存続のために周子の抹殺を狙い――と、味方の側だけでも様々な思惑が存在します。
 本作はその思惑を「志」と呼びますが、はたして誰の志が正しいのか――簡単には答えの出ない状況であることは言うまでもありません。

 しかし事態に猶予はありません。周子憎しの念から、大目付の意向に反しても寺内と行動を共にしようとする津春。しかし既にその動きを察知していた周子は――いよいよ志同士の激突は目前、クライマックスも間近ということでしょうか。


ちなみにこの巻の表紙を飾った、本作一の狂人キャラである十和――寺内の妻は、この巻では何と味方側として登場。寺内が津春と行動を共にしているのですから当然ではあるのですが、初登場時の狂いっぷりを見ると意外というか何というか……
(彼女と再会した時の、主人公にあるまじき津春のビビりっぷりもむべなるかな)

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2022.10.09

『ゴールデンカムイ』第三十七話「あばよロシア」

 再び行動を共にすることになった杉元とアシリパ(あと白石)。ロシア領を後にして敷香の町に立ち寄った一行だが、そこに何者かの狙撃が始まる。一方、阿寒湖付近に潜伏する刺青囚人・関谷を追う土方と牛山が消息を絶ち、門倉とキラウシが捜索に出ることに……

 原作も完結したし、そういえばこれまで紹介していなかった――というわけで、唐突ではありますがアニメ版『ゴールデンカムイ』の紹介であります。今回は第4期の第1話、通算第37話になりますが、第3期でその大半が描かれた樺太編を受け、舞台は北海道に向かうことになります。
 その前に第4期のOPですが、杉元が歩み、走る姿に各陣営の姿が重なり――というのはある意味定番ではありますが、途中の白石・谷垣・牛山のダンス(?)、炎の中で悪鬼のように暴れ回る土方・牛山・永倉、そして謎の全裸ポーズを決める菊田・有古・坊太郎と、格好良さとオカシさがないまぜになった映像は実にらしいと思います(特に最後)。


 さて、今回の前半は原作の第21巻の第201話から第203話――第3期のラストからストレートに続く展開ですが、ここで(再)登場するのは頭巾ちゃんことヴァシリ。尾形を追ってやって来たはいいけれども、問答無用で白石の足を打ち抜き、他の面子を釘付けにするも、杉元の急襲に遭い――と、原作通りの展開となります。
 ここでヴァシリのモノローグが結構入るのですが、原作も後の方になるとフンフン言っている印象が強く、ヴァシリが(内心とはいえ)喋った!? と違和感ありましたが、これは原作通りの描写です(忘れていました)。

 原作通りといえば、鯉登の鏡や、白石と雀などのギャグ描写もそのままなのですが、漫画でヒトコマで描かれるのと、アニメで声と動きで描かれるのでは、やはり後者は話の流れを切るなあ――というのはこれは本作に限った話ではないのですが。
 もう一つアニメならではといえば、尾形の行動が話題になる時、野生の山猫の姿が映されるオリジナルの演出は、直球ではありますが印象的ではありました。


 さてそして後半ですが――ここで少々驚いたことに、原作18巻で登場した関谷和一郎戦がスタート。つまり(原作に比べれば)遡っての物語展開になりますが、元々樺太編の合間に土方チームが刺青囚人と戦うエピソードは独立性が高かったわけで、杉元たちが北海道に帰ってきて再び土方たちに合流する前であれば、少々タイミングをずらしても大丈夫なのだな、と思わぬところで感心させられました。

 とはいえ、わざわざここでその独立性の高い関谷のエピソードを入れなくとも――いや、原作に忠実な方がよいのかもしれませんが、既にオミットされたキャラがもいるわけで――という気が正直なところするのですが、考えてみれば関谷も、今回(原作第18巻の第171話終盤と第172話に相当)既に描かれたように、頭脳戦だけで土方と牛山を無力化した強豪ではあるわけで、印象的なキャラではあります。
 しかしそれ以上にここで関谷のエピソードが入ったのは、もしかして門倉の凶運っぷりがはっきり描かれたからでは、という気もします。密かに接近した関谷がキラウシに渡した毒入りのシシャモが――という何度見てもオカシイ場面はもちろんのこと、関谷の凶悪さを語っていたのに、結局門倉のトンチキぶりに繋がるくだりなど、原作通りなのですがやはり何度見ても愉快で、その後最終的に物語の核心まで迫ることとなった彼の豪運伝説(?)はここから始まっていたのだなあ――と、今から思うとちょっと感慨深いところでもあります。


 そしてEDは、「北海道金神新聞」なる新聞の紙面を模して、各陣営のキャラ紹介――といっては怒られそうな内容なのがよく見るとわかるのも楽しい――が次々と映されるという趣向。「コンセプトデザイン」として原作者がクレジットされているのを見るに、これはかなり原作者の意向が入っているように思いますが、いずれにせよぜひグッズ化してほしい楽しさであります。

 しかしこの紙面を見ると、やはり第4期はサッポロビール工場決戦まで描かれるようですが、果たして話数は足りるのかしら――と思わないでもありません。


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2022.10.08

11月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 暑さ寒さも彼岸までといいつつ暑さが少しオーバーランした感もありますが、しかしようやく秋であります。秋になったと思えばもう年末は目の前――というわけで今年の新刊情報もあと2回、11月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 さて、この数ヶ月似たような状況にありますが、文庫小説はけっこう寂しめな状況にあります。
 新刊では山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 司法解剖には解体新書を』、高橋由太『うちのにゃんこは妖怪です 百鬼夜行とバケモノの子ども』、夏原エヰジ『Cocoon 京都・不死篇 3 愁』、そして上田秀人『高家表裏譚 6 陰戦』といったところでしょうか。

 一方、復刊・文庫化では、まず気になるのが山田風太郎『八犬伝』上下巻。何故いま――というのが第一印象ですが、装幀がどうなるのか、気になるところです。また、山風ではその他に、『山田風太郎時代小説コレクション 地の巻 南無殺生三万人』も刊行されます。
 その他、気になるところでは宮本昌孝『剣豪将軍義輝 中 孤雲ノ太刀』〈新装版〉、瀬川貴次『暗夜鬼譚 狐火恋慕(仮)』、畠中恵『いちねんかん』、そして葉室麟ほかの『決戦!忠臣蔵』があります。


 さて、漫画の方はかなりの豊作。新登場はちさかあや『あやかし浮世絵導師』第1巻くらいかと思いますが、そのほかにシリーズものの続巻がかなりの数並びます。
 例によって舞台となる時代順に並べれば――灰原薬『応天の門』第16巻、松井優征『逃げ上手の若君』第8巻、梶川卓郎『信長のシェフ』第33巻、出口真人『前田慶次 かぶき旅』第11巻、永井豪とダイナミックプロ『柳生裸真剣』第3巻、羽田豊隆『幕末賭博バルバロイ』第2巻、細川忠孝『ツワモノガタリ』第4巻、東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第5巻、椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第5巻といったところ。

 そのほか、海外を舞台とした作品では川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第24巻、張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第8巻、藤田和日郎『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第2巻が楽しみです。
 また、原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第20巻は、最終巻となります。


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2022.10.07

多岐川恭『異郷の帆』 「この美しい地獄のような国」での殺人と逃避

 ミステリ、そして時代小説を数多く発表してきた多岐川恭の代表作の一つというべき、時代ミステリの名編であります。元禄時代、長崎の出島で起きたオランダ商館員殺し。そこに巻き込まれた小通詞の青年が見た、出島にまつわる数々の人間模様、そして事件の真相とは……

 元禄4年(1691)、長崎出島の小通詞(長である大通詞の補佐役)である浦恒助は、オランダ船の入港と積荷降ろしの最終日、無事に作業が終わったことを祝う宴席の後に、商館のヘトル(次席商館長)であるファン・ウェルフが、自室で殺されているのを発見することになります。
 胸を一突きされて殺されていたヘトル。しかし出島では、立ち入りの際に刃物は全て没収され、オランダ人の持つ刃物は存在しない状態。そして浦たち日本人の持つ刀にも、犯行に使われた形跡は存在しなかった――すなわち凶器なき殺人だったのであります。

 事件を独自に調べ始めるうち、ヘトルが、好色かつ守銭奴で商館の同僚たちからは嫌われていたことを知る浦。さらに彼は、同僚の富野佐吉や西山久兵衞、乙名の儀右衛門が養育するオランダ人と遊女の娘・お幸の姿が、犯行時間近くにヘトルの部屋の近くで目撃されていたことをも知ることになります。

 露悪的で転び伴天連のポルトガル人という全く境遇の異なる相手ながら何故か憎めない西山や、密かに想いを寄せる美しいお幸が事件に関わっていたかもしれないことに驚きと疑念を抱く浦。
 ところがそこに新たな殺人が発生、またしても二人がその現場に関わっていたのです。そんな中でもお幸への想いを募らせていく浦ですが、彼にも何者かの魔手が迫り……


 このブログでも幾度か触れましたが、長崎の出島という場所は、江戸時代にほぼ唯一海外に開かれていた門という性格から、様々なフィクションの題材となってきました。その出島を舞台とする本作は、まず何よりも、出島を巨大な密室として捉えてみせたことに、ミステリとしての面白さがあることは間違いありません。

 出入りが制限されていることはもちろんとして、凶器となる刃物の持ち込みも困難。そんな状況下で如何にして殺人を行い、そして凶器を消したのか……
 実のところトリック自体はそこまで珍しいものではないかもしれません。しかし出島という唯一無二の舞台がカムフラージュとなって、意外性を生み出しているのが巧みなところでしょう。
(もっとも本作の場合、その真犯人がさらに意外で仰天させられたのですが……)

 しかし本作の魅力は、そのミステリ性だけではありません。本作を読んでまず印象に残るのは、登場する人々の陰影に富んだ人物像ではないでしょうか。
 海を越えてからやって来て、ほぼ出島の中のみで生きるオランダ人。そのオランダ人のいわば現地妻として侍る遊女。彼らの間に生まれ、日本に残された娘。転んで日本名を与えられ、日本人妻を娶った元伴天連。彼ら彼女たちの存在は、文字にしてみれば、特に時代小説ファンにはお馴染みかもしれません。

 しかしそれが本作においてそれぞれの名を与えられ、そしてそれぞれの長崎での描かれた時、そこに存在するのは、紛れもなくこの時代、この場所で生きる人間の姿――小さな喜びと大きな屈託を抱え、それでも生きていかなければならない、生身の人間の姿なのであります。 この点こそ、本作が優れた時代小説として成立している所以といってよいでしょう。

 そして、主人公たる浦のキャラクターもまた、誰よりも鮮烈に印象に残ります。代々の小通詞の役を継ぎ、周囲がある者はオランダ人から学問を学び、またある者はその立場を利用して利殖に励む中、そのどちらにも興味を示さず、それでいて今の状況に鬱屈したものを抱く……
 そんな彼の姿は、身勝手ではあるかもしれませんが、しかしそんな漠然とした閉塞感――今の環境に不満を持ちながらも、しかし自分にそれを本質的に変える力がないことに気付いてしまった時に覚える感情は、誰もが(もちろん私も)覚えがあるのではないでしょうか。そして作中においても、その想いを抱くのは、決して浦のみではないのです。

 ミステリとして、時代小説としてそれぞれに優れたものを持ちつつ、さらにそれを超えた普遍性を持つ――それは、この主人公をはじめとする人物造形にこそよるものでしょう。


 物語の終盤、ある人物の口から語られる「この美しい地獄のような国」という言葉。実にこの物語で描かれる悲劇・惨劇を生み出した根源にあるものから、逃れられる者はいるのか――本作が描くものは、発表から約60年を経ても、なお古びることはありません。


『異郷の帆』(多岐川恭 アドレナライズほか) Amazon

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2022.10.06

竹良実『辺獄のシュヴェスタ』第1-3巻 人間性を否定する牢獄に挑む「魔女の子」たち

 新教と旧教が激しく対立した16世紀ドイツの修道院を舞台に繰り広げられる、復讐とサバイバル、そして友情の物語であります。育ての親を魔女として処刑され、修道院に収容された少女・エラ。洗脳と虐待が横行する修道院で、エラと仲間たちの静かで壮絶な戦いが繰り広げられます。

 16世紀半ば、人買いから逃れ、治療師の女性・アンゲーリカに保護されたエラ。慈愛に満ちた彼女の下で成長していくエラですが、クラウストルム修道会の異端審問官が二人のもとを訪れたことから、幸せな日々は終わりを告げます。
 アンゲーリカが自分たちに不都合な事実を知ったことから、彼女を魔女裁判にかける修道会。エラを救おうとしたアンゲーリカが、身も心も踏みにじられた末に処刑された様を目の当たりにしたエラは、修道会の総長・エーデルガルトへの復讐を決意するのでした。

 そして「魔女の子」が送られる、ドナウ川とライン川の分水嶺に建つクラウストルム修道院に収容されたエラ。この更生施設で優良な成績を収めた者は卒業時に総長に手ずから指輪を手渡されると知ったエラは、その時に総長を殺すと決意するのでした。
 しかし修道院で横行していたのは、時に舌や腕を切り落とすほどの刑罰や拷問の数々。そして一見満ち足りた食事の中には、自由な意思を奪っていく一種の幻覚剤が入れられていることを、エラは知ることになります。同様に真実に気付いた少女たちと手を組み、エラはこの地獄を生き延びるための戦いを始めるのですが……


 現代のライン川の底から発見された隻眼の「鋼鉄の処女」。その中には「1552年 分水嶺の血の記憶に」というメッセージが――という謎めいた場面から始まる本作。その物語のジャンルとしては復讐ものであり、そしてそれ以上に一種のサバイバルもの・脱獄ものと呼ぶべき作品であります。

 復讐のためには従順さを装い、虐待と密告が横行する世界を生き延びなければならない。しかし生き延びるために不可欠な食事には幻覚剤が混ぜられ、口にすれば判断能力を奪われる……
 そんな状況下で主人公たるエラがまず為すべきことは食料の調達。しかし内は厳しく監視され、外からは隔絶されたこの地で、どのようにして食料を得るか――物語の前半は、この人間の生にとって最も根源的というべき、「食」を巡る戦いを中心に描かれることになります。

 そんな過酷過ぎるサバイバルに挑むエラは、幼い頃からその片鱗が現れていたように、聡明ながら極めて苛烈な心の持ち主。アンゲーリカによって優しさを教えられたものの、彼女の死後は、エラは凄まじいまでの克己心を発揮して復讐に邁進することになります。

 そんな激しい心を、物語序盤から
「人が恥を感じるのは自分を愛しているからだ。私は違う。私は私を――復讐の奴隷としか見なさない」
などと数々の名セリフで示す「強い」キャラであるエラ。
 しかしそんな彼女でも、この地獄にたった一人で挑むことは不可能であり――彼女の周囲には、人間性を否定するこの牢獄の真実を知り、生き延び、脱出することを望む仲間たちが集まるのです。

 ロマの生まれであり強い向上心を持つカーヤ、おっとりして失敗も多いが努力家のヒルデ、当初は一人で脱走しようとしていた毒舌家のテア――さらに後にはもう一人加わりますが、いかにエラが強固な信念を持っていたとしても一人では高すぎる壁を、彼女たちがそれぞれ影響し合い、支え合うことで乗り越えていく姿を本作は描きます。
 そしてそれは、先に挙げたセリフのように、人間性を捨て去ってでも復讐を遂げようとするエラの心を、人間の側に留める――神の名の下に非人間的な行いを平然と為す敵と、同じ存在に堕すことを防ぐという点でも、大きな意味を持つのです。

 物語の折り返し地点である第三巻のラストで、修道院が下す残酷な処刑の執行吏となったエラ。相手は自分たちを偽りで陥れようとした――そして同様の行為をこれまで幾度となく行ってきた――人間であっても、そして実は相手を救うための行為であったとしても、彼女は物語で初めてといってよいほどの、激しい動揺と迷いを見せることになります。
 しかしそんな時でも、エラには彼女を理解する仲間がいる。それがどれほどの救いになるか、言うまでもないでしょう。


 物語の冒頭、アンゲーリカがあまりに無惨な最期を遂げる場面から、目を背けたくなるような心身ともに残酷な展開が相次ぐ本作。読み進めるのにも相当なエネルギーが必要となる物語ですが、しかし決して残酷のための残酷ではなく、それを通じることで初めて描けるものもある――そんな名作であります。

『辺獄のシュヴェスタ』(竹良実 小学館ビッグコミックス) 第1巻 Amazon / 第2巻 Amazon / 第3巻 Amazon

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2022.10.05

『怪獣蛇九魔の猛襲』 激突、岩見重太郎vs怪物狒々&仮面の妖賊!

 かなりレアな作品の配信もある東映時代劇YouTubeでいきなり配信されたこの作品――タイトルだけでは絶対わかりませんが、岩見重太郎の狒々退治を題材とした大活劇であります。大狒々を操り人々を苦しめる妖賊・蛇九魔(ジャグマ)に挑む岩見重太郎の活躍や如何に!?

 小早川隆景の治める筑前に出没し、人々を苦しめる妖賊・蛇九魔。狙った家には白羽の矢を打ち込み、恐るべき怪力の狒々と、奇怪な仮面の一団でもって蹂躙するこの賊に対して、小早川家の忠臣・岩見重左衛門が討伐奉行に命じられることになります。
 しかしそれは重左衛門を除き、お家乗っ取りを謀る家老・結城帯刀の陰謀――蛇九魔討伐に出陣した重左衛門は、帯刀の一味である剣術指南役・広瀬軍蔵に足を引っ張られたこともあって失敗し、閉門を申しつけられるのでした。

 そんな中に帰ってきたのが豪傑・岩見重太郎――父に勘当され諸国武者修行に出ていた彼は、密かに市井の長屋に身を潜めて蛇九魔の一党を追い、長屋の仲間たちとともに、蛇九魔との対決を決意するのでした。
 罠をはって蛇九魔を誘き寄せ、激闘を繰り広げたものの、惜しいところで取り逃がしてしまった重太郎。さらに最愛の女性・園絵を狒々に攫われてしまった重太郎は、僅かな手掛かりで敵の跡を追い、意外な本拠にたどり着きます。

 しかし時同じくして帯刀一味が蜂起、隆景や重左衛門の運命は風前の灯火に……


 残念ながら現代ではすっかり知名度が低くなってしまいましたが、講談などでは定番のヒーローであった岩見重太郎。その重太郎の物語といえば、狒々退治と天橋立での仇討ちが二大イベントになるのですが、本作はそのうち狒々退治を、奸臣によるお家乗っ取りの陰謀と搦めて描くユニークな作品です。

 講談などで重太郎が対決する狒々は、山中に潜み、狙った家に文字通り白羽の矢を立てて生贄を求めるという、妖怪とも神ともいえるような存在です。
 しかし本作の狒々は、密かに奸臣と結んで跳梁する仮面の怪人・蛇九魔に操られて暴れまわる怪物。人里離れた場所に現れるのではなく、町中に殴り込んでくる狒々というのはなかなか斬新かつインパクト十分であります。
(その一方で、生贄に扮した重太郎が狒々をおびき出して――という講談などで定番のくだりが、ちょっとアレンジされた形で再現されているのも楽しい)

 その狒々のビジュアルは白いゴリラという印象で、強さ的にも重太郎と素手でやり合って結構押されるというレベル(これはまあ、重太郎がスゴい)で、タイトルの怪獣=狒々というわりには少々おとなしめではあります。
 しかし時代劇ではお馴染みの、奸臣によるお家乗っ取りに狒々が乱入してくるという場面だけでも本作の価値はある――というのは言いすぎですが、基本的には尽くこちらの予想通りに展開する物語の中で、狒々が異次元のインパクトを生み出しているのは間違いありません。

 もっとも、予想通りといいつつも、蛇九魔が小早川家を狙う理由にはちょっと伝奇的な因縁がありますし(史実からすると逆恨み感がありますが……)、重太郎の仲間が、俺たちの町は俺たちが守る! とばかりに立ち上がった長屋の連中というのも、大いに楽しいところであります。

 ちなみに(書くのが遅れましたが)本作で岩見重太郎を演じるのは里見浩太朗。デビューしてからわずか4年という時期だけに線の細さはありますが、豪傑というより若き暴れん坊(幼馴染とのヒロインとの健康なイチャイチャぶりが楽しい)といった印象の、本作の重太郎にはよく似合います。
 また、長屋の住人の一人で、宝蔵院流の槍術が自慢の浪人・早水進介も、イケメンながらお調子者で楽しいキャラなのですが、どこかで見た顔だなあ――と思ったら品川隆二だったのには納得であります。


 さて、物語の方は重太郎が奸臣と蛇九魔を倒して大団円――と言いたいところですが、乱戦の中で父・重左衛門が広瀬軍蔵の手にかかり、重太郎が仇討ちに旅立つという結末を迎えます。実は本作には続編の『逆襲天橋立』があるとのことで、言うまでもなく、これは先に述べた重太郎のもう一つの冒険・天橋立の仇討ちが題材なのでしょう。
 本作に続き、『逆襲天橋立』も東映時代劇YouTubeで配信されるとのことで、こちらも楽しみにしているところです。

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2022.10.04

蔵西&司馬遼太郎『ペルシャの幻術師』 幻と破滅、そして解放の物語

 司馬遼太郎のデビュー短編『ペルシャの幻術師』を、これまでチベット文化を題材とした漫画・イラストを手掛けてきた蔵西が漫画化した作品であります。ペルシャ高原の町を舞台に繰り広げられる一人の女と二人の男の奇怪な愛の物語の行方は……(物語の結末に触れますのでご注意下さい)

 1253年夏、ペルシャ高原の町・メナム――一月前にモンゴル帝国の襲来により四千人の民が虐殺されたこの町は、ペルシャ攻略を推し進める若き皇族、大鷹汗ボルトルの支配下にありました。これまで侵略してきた先を容赦なく滅ぼしてきたボルトルですが、彼がその矛先を緩めたのは、この町で絶世の美女・ナンを見初めたからに他なりません。
 蒙古軍の襲来の中で父を喪って天涯孤独となり、ボルトルの妃として宮殿に迎えられたナン。文化の香りの感じられないボルトルに強い嫌悪感を感じながらも彼を拒否するでもなく、しかし受け容れるでもない――ボルトルの純情に支えられた危うい形で、彼女は日々を漫然と送るのでした。

 そんなある日、雑踏で誰にも気付かれずに蒙古兵を殺した奇怪な男・アッサムを目撃するナル。彼が幻術師であり、何者からかボルトルの暗殺を依頼されていると知るナルですが――アッサムは宮殿に入り込んでわざと捕らえられボルトルと対面することになります。
 大胆にも、ボルトルの面前で暗殺を宣言するアッサム。自分を殺す機会がありながら、あえてその場から逃れたアッサムに、ボルトルは十日以内に自分を暗殺できぬ場合は、メナムの全住民を殺すと宣言するのでした。

 ボルトルを前にしても傲然たる態度を崩さぬアッサムに興味を抱き、密かにその棲家を訪れるナル。そこでアッサムに奇怪な術をかけられた彼女は、甘美な幻影の中の快楽に溺れるのですが……


 短編である原作を、全二巻という分量で漫画化した本作。それだけに本作は原作の内容を踏まえつつ、原作以上に丹念に13世紀のペルシャ文化圏の姿を浮かび上がらせるとともに、原作ではある意味さらりと描かれた「ペルシャの幻術師」の術の世界を、詳細に、そして幻想的に描くことになります。

 初登場シーン、ナル以外の誰にもわからぬ形で奇怪な呪圏を生み出し、蒙古兵を殺害する。ボルトルの眼前で無数の蒙古兵の前から姿を消し、次の瞬間ボルトルの胸に矢を突きつける。奇怪な芳香の精が遊ぶ幻影の花園にナルを誘い、翻弄する。そして夜毎ボルトルの宮殿に奇怪な幻影を送り込み、ボルトルを狂気に陥らせる……
 そんなアッサムの幻術が生み出すこの世ならざる世界を、本作は巧みに画に留め、現実と幻覚の境界線を彷徨うナルの姿を――そして彼女に魅せられたボルトル、そしてアッサム自身の姿をも印象的に浮かび上がらせます。


 さて、本作は原作同様に、そんな一人の美女に魅せられて破滅していく二人の男の姿を、世界史上の幻の一ページとして描く作品であることは間違いありません。しかし本作と原作を読み比べた時に明確な違いとして気付くのは、本作が同時に、ナルの解放の物語として描かれている点であります。

 先に触れたように、ボルトルのいわば駕籠の中の鳥である身を、半ば甘んじて受け入れているナル。それは彼女がそれ以外の行き場所を知らぬ――いや生き方を知らぬからにほかなりません。
 しかし、アッサムの生み出した甘美な幻夢の中で誘惑され、翻弄される彼女は、やがて変化し、ついには主客逆転して相手を翻弄するまでになります。そしてそんな幻の彼女の姿は、やがて現実のものとなっていくのです。

 そんな彼女の変化とそれが向かう先はは、本作のクライマックスでアッサムが語る、原作にない言葉の中にはっきりと浮かび上がることになります。
「そなた自身が望んで…そなたが起こしたことだ…」
「行け…行くのだ 思いのままに――」「…そなたを生きろ」
といった言葉に。

 物語の結末、「その後」の蒙古、「その後」のアッサムを描く内容は、本作と原作で異なるものではありません。しかし本作は、原作でわずか一行で済まされた「その後」のナルの姿を遠景として重ね合わせることで、本作が彼女が己を縛るもの、縛っていたと考えていたものから解放される物語であったことを示すのです。
(それは原作と異なり、アッサムの宝石を彼女が受け継いだと思しき描写にも象徴されているといえるでしょう)

 二人の男の間で翻弄されるばかりだった彼女が、一人己の足で立ってみせる――その姿には、本作が今日描かれる意味が込められていると感じるのです。


『ペルシャの幻術師』(蔵西&司馬遼太郎 文藝春秋 全2巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon

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2022.10.03

平松伸二『大江戸ブラック・エンジェルズ』第3巻 黒き絶望! 雪士、最大の危機と悲劇

 浮世絵師・写楽苦こと雪士と仲間たちにさらにあの松田が加わった江戸の黒い天使たち。しかし彼らの周囲の外道たちの悪事も止むことがありません。そしてついに雪士に最大の危機と悲劇が訪れることに……

 これまで幾人もの法で裁けぬ悪人を闇に葬ってきた雪士と鷹屋一党。そこに葛飾村から出てきた浮世絵師志望の大男・松田も仲間に加わり、黒い天使たちはますますパワーアップすることになります。

 一方、雪士のもう一つの顔である浮世絵師・写楽苦の美人画が、その斬新さからたちまち売れっ子に――という状況を踏まえて展開するのが冒頭の「日の本一の男」。常識はずれの写楽苦の絵に反発する浮世絵師・鬼多川歌摩羅は、弟子や用心棒に写楽苦を襲わせるのですが――その「写楽苦」と弟子たちが勝手に勘違いしたのが松田だったことから、(襲った側が)大変なことに……

 と、松田が絵師というのはまだ慣れないのですが、この回をはじめとして、雪士に勝手にライバル意識を抱き、憎まれ口を叩きつつ助けに入るというのが本作の松田のスタンスらしく、それはそれでなかなか良い立ち位置ではないかと感じます。


 そして続く前後編「黒き忠臣蔵」は、雪士が写楽苦として事件に巻き込まれることになります。仮名手本忠臣蔵が評判を集める一方で、江戸で侍を狙った辻斬りが横行する中、塩谷判官を演じる中村菊右衛門に興味を抱きいた雪士。
 鷹屋の引き合わせで菊右衛門を描くことになった雪士は、菊右衛門の狂気を引き出した絵を描くものの、本人を激昂させることなりなります。そして楽屋を飛び出した菊右衛門はその先で……

 と、いうのが前編ですが、後編は忠臣蔵に拍手喝采する江戸の人々に一方的に敵意を燃やし、外道働きの後に「誅臣愚楽」の札を残すという三河の盗賊が登場。その盗賊が、自分の仕置きまでも己の仕業のように振る舞ったことに雪士が怒り――と、同じ忠臣蔵を題材としつつも、前後編で異なる物語が展開するのがユニークなところです。

 前編での雪士の仕置きの影響で、それまでパッとしなかった大星由良助役の役者が奮起して役柄のように昼行灯を返上したり、吉良の領国だった三河の盗賊が忠臣蔵に恨みを持ったり――と、ちょっとしたひねりも面白い前後編であります。


 そしてラストの「絶望の檻」は、前話の仕置きが原因で、雪士が絶体絶命の状況に追いこまれることになります。
 前話で辻斬りに襲われていたところを、雪士に助けられた夜鷹。しかし写楽苦こそが殺しの下手人と睨んだ北町奉行所同心・絶蛛望ノ介は、彼女が写楽苦の素顔を見ているに違いないと強引に捕らえ、さらに雪士こそが写楽苦と決めつけ、彼を捕らえるのでした。
 そして雪士と夜鷹に凄惨な拷問を加える望ノ介。石抱きの拷問に必死に耐える雪士ですが、その眼前で望ノ介は夜鷹に無残極まる責め問いを加え……

 と、拷問による自白で下手人を挙げてきた外道同心の手に落ちた雪士を描くこの前後編。本来は拷問にも条件と手続きがありますが、この望ノ介は奉行のお気に入りであるのをよいことに、やりたい放題――その外道ぶりたるや、「ドッ…ドッド外道があアアァ~~~~ッ!!」と、雪士が最上級の表現で(?)怒るほどであります。

 しかし更なる絶望が雪士を待ち受けます。さすがにこれはいくらなんでも――と絶句するしかない胸糞の極みな拷問の末、それでも雪士を守り通して彼の目の前で失われる命。そこで雪士が見せた表情は……
 これまで雪士、いやその原点である雪藤のことを長きに渡り見てきましたが、(もちろんその全てをチェックしたわけではないものの)ここまで絶望と悲しみの表情を見せたことはないのではないか――そう言いたくなるその表情は、正直なところ直視し難いとしか言いようがありません。

 もちろん、そのままで終わる雪士たちではないのですが――最近ある種マイルドになっていた作品に、とんでもない一撃を与えていったエピソードというべきでしょうか。

 ちなみにこの巻の「黒き忠臣蔵」から、火盗改の長官・冴島法眼が登場。望ノ介の非道ぶりに激怒して、町奉行に真正面からねじ込む硬骨漢であり、面子よりも民の安寧こそを望む真っ当な人物なのですが――しかしその一方で黒い天使たちもまた殺人者として断じる、雪士たちとは相容れない存在であります。
 剣の方も、松田が投げつけた丸太を正面から真っ二つにする腕前で、こちらの方が松田っぽいのでは――というのはさておき、今後の動向が気になるキャラクターであります。


『大江戸ブラック・エンジェルズ』第3巻(平松伸二 リイド社SPコミックス) Amazon

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2022.10.02

宮乃崎桜子『黄金の花咲く 龍神郷』 悲恋譚 坂上田村麻呂と龍神の巫女

 平安時代初期、征夷大将軍に任じられた坂上田村麻呂が行った蝦夷征討を題材に描かれる時代ファンタジーであります。龍神を身に宿した少女と山の神、土地の青年たちと田村麻呂が織りなす、哀しいドラマの行き着く先は……

 最初の蝦夷討伐から数年後、征夷大将軍に任ぜられ、再度の遠征を命じられた坂上田村麻呂――彼は帝から直々に、遠征の真の目的を聞かされることになります。蝦夷の民が崇める龍神は、実はかつて高天原から追放された邪神であり、天孫を自認する帝としては、許しておくわけにはいかないのだと……
 そのような現実離れした理由での戦に納得がいかぬまま、再び東北に赴いた田村麻呂。彼はそこで銀髪の美しい少女・ユーリャと、彼女と共に暮らす少年・イコル、そしてユーリャに想いを寄せる蝦夷の若長・アテリーと知り合うことになります。

 一目逢ったその日から、互いに強く惹かれ合う田村麻呂とユーリャ。しかし実はユーリャこそは龍神に仕える巫女――赤子の頃に生贄として捧げられ、龍神を身に宿すことで命を与えられた存在であり、さらにイコルはかつて田村麻呂に両親を殺された「山の神」の子だったのであります。
 決して相容れない仲に苦しむ田村麻呂とユーリャ。さらに、蝦夷に理解を示す田村麻呂に反発した部下たちが、イコルが兵を殺したことをきっかけに攻撃を開始し、もはや全面的な戦いは避けられない情勢になるのでした。

 そんな中、アテリーはある策を田村麻呂に提案するのですが……


 歴史の教科書には必ずといってよいほど取り上げられる坂上田村麻呂の蝦夷討伐と、様々なフィクションの題材となってきたアテルイの物語。それほど題材となってきた理由は、この戦が明らかに一方的なものであり、そして降伏したアテルイが、田村麻呂の請願があったにもかかわらず都で斬首されたという悲劇性があるのでしょう。
 本作はその悲劇を踏まえつつ、アテルイ(本作ではアテリー)を脇に据えて、田村麻呂と龍神の巫女の少女の悲恋を描く物語です。

 それにしても悲劇、悲恋――本作の物語と人物配置を見れば、本作を評するにそれ以外の言葉はないと感じます。
 そもそも坂上田村麻呂とアテリーという時点で敵同士であるわけですが、それに加えて田村麻呂はイコルの親の仇。そして何よりも、ユーリャは田村麻呂が帝から滅ぼすよう厳命を受けた龍神の巫女――それも既に龍神と一体化し、龍神の存在がなければ命を維持できない存在なのですから。

 ちなみに本作に登場する龍神は、男神である天照大御神の妻の一人が、嫉妬に狂った末に高天原を妹と共に追放され、妹は八岐大蛇に、姉は九頭龍になったという独自の神話解釈によるもの。かつて日本武尊に討伐されたものの、人には滅ぼせない存在ゆえに、北に逃れたという設定が印象に残ります。
 しかしその狂気も既に去り、死を望んでも死ぬこともできない九頭龍。今はユーリャと共に北に生きるものたちを見守ることが望みだったものが、帝の執念にも似た命により討伐を受けることになった――という、こちらもあまりに哀しい存在であります。

 さらに、サーリャやアテリーと接することで蝦夷と呼ばれる人々が自分たちと変わらぬ人間であることを理解している田村麻呂を除いて、ほとんどの都の人間が蝦夷を対等な存在とみなしていない――その事実が、さらに事態を取り返しのつかないものとしていくのです。


 と、どうあがいても悲劇しかない物語ではあるのですが、しかし本作が描くのは、そんな悲劇を前に絶望するのではなく、自分たちに出来ることを――愛する人々のために、文字通り命を賭けてまで行おうとする人の強さであります。
 その試みがうまくいくとは限らない。何度試みても裏切られるかもしれない。それでも――それでもよりよい未来のために戦い続ける。そんな人々を描く本作は、確かに悲劇ではあるものの、決して読後感は悪くありません。

 ちなみに本作の田村麻呂は、都人としては例外的に蝦夷に理解の深い人物ではあるのですが、しかし結局は都人ゆえか状況判断が甘く、そのために悲劇を生むという人物として描かれています。
 しかし、そんな超人的な英雄ではない、欠点もある人間として描かれる田村麻呂像は、やはり悩み苦しみながらも前に進もうとする人々を描く、本作に相応しいものであると感じられます。
(とはいえ、都に妻子がいるにもかかわらずユーリャに求愛するのは、悪い意味で都人的ではあるのですが……)


『黄金の花咲く 龍神郷』(宮乃崎桜子 講談社X文庫) Amazon

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2022.10.01

『プレデター:ザ・プレイ』(その二) 狩りと成長、そしてプレデターという存在の魅力

 『プレデター』シリーズ最新作、1719年の北米大陸を舞台に、コマンチ族の娘とプレデターが死闘を繰り広げる『プレデター:ザ・プレイ』の紹介の後編であります。本作で人間とプレデターの戦いを通じて描かれるものとは……

 コマンチ族の戦士と、プレデターの激突を描く本作。しかし本作は、正面切っての力と力だけのぶつかり合いを描くものではありません。本作の主人公であるナル――戦闘の才能はあるけれども、まだまだ経験と(特に肉体的に)力不足である彼女が、自分よりも遙かに勝るプレデターに対して、己の持てるもの全てを振り絞って戦いを挑む姿こそが、本作の真骨頂であります。

 その中では、シリーズでも初の女性主人公という側面が、やはりクローズアップされることになります。
 そしてそれは、作中で幾度も描かれるように、ナルが一族の男たちから狩りに加わることを禁じられ、時には見下される姿を通じて、ネガティブに描かれているのが、まず印象に残ることは間違いありません。

 しかしその一方で本作が描くものは、単純なジェンダー批判というものではないとも感じます。ナルが女性だからこそ培うこととなったスキルが、プレデターとの戦いにおいて大きな意味を持つくだりなどは特に象徴的ですが、本作は彼女が女性性を捨てる、あるいは乗り越えていくだけの物語ではないと感じます。
 本作は彼女がそれまでの人生で手に入れたものや与えられたものと、自分がなりたかったものを、プレデターとの戦いの中で統合して、新しい自分自身になる物語――一つの成長劇なのですから。

 狩りが大人への通過儀礼という文化は古今東西に存在しています。(そもそもプレデターからして、わざわざ通過儀礼のためにエイリアンを狩りに地球に来ていたたわけでわけですが、それはさておき)そしてその中で主人公が成長していく姿を描く物語も、数多くあります。
 本作がそんな「狩り」の物語であることは言うまでもありません。もっともそれは、本来ならば狩人であるプレデターにとっては獲物(プレイ)でしかないナルが――物語序盤で彼女に対して兄が、「獲物もお前を狩る」と語ったように――逆襲に転じて狩る側に回り、成長していく姿を描く物語であります。

 本作はアクション映画、モンスター映画として実に痛快な作品ではありますが、その背骨として、こうした一種のテーマ性があることは間違いないでしょう。


 実は本作を見ながら、ずっとプレデターの魅力を――それこそエイリアンに並ぶムービーモンスターとなった理由を――考えていました。思うにそれはやはり、プレデターの持つ一種のフェアプレイ精神と、そこから生まれる隙――といってはおかしければ、対等な戦いのチャンスがもたらす、ゲーム性にあるのでしょう。

 もちろん全てのプレデターがそれに当てはまるわけではありません。そもそもあれだけハイテク装備を持ち込んでフェアプレイもないもんだ、という気もいたします(プレデターの隙は、むしろその優位性からくるもの、といった方が適切なのかもしれません)。
 その辺りは――本作では、異なるものといして描かれてはいたものの――本作にもう一つの敵役(そしてやられ役)として登場する、欧州からやってきたハンターたちの姿と重なる部分があるといえるかもしれません。

 しかし本作は人間側のテクノロジーの未発達な過去――それも大自然(本作で描かれるそれは、実に印象的に美しいのですが)を舞台とすることによって、そしてその中で人間と良い意味で互角の死闘を演じることによって、そんなプレデターの魅力を、改めて鮮明に描いてみせたとも感じられます。


 もう一つ過去といえば、絶対絡んでくるであろうと思われたアレが、期待通りにきっちり絡んでくるのが嬉しいところなのですが――しかしこの辺り、ラストまで見ると、アレ? と首を傾げる点でもあります。
 そこはエンドクレジットでヒントらしきものがあるわけですが――これがホラー映画のラストによくあるフリで終わらないよう、本作に続く物語にも、期待したくなってしまうのです。


『プレデター:ザ・プレイ』 Disney+

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