うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 九章 逢魔刻の影』 犬士流転 道節の中の迷いと弱さ
『異界譚里見八犬伝』、待望の新章は、先日ご紹介した八章と同時発売。ついに一族の仇である扇谷定正に襲いかかった道節の復讐行の行方は、そしてはからずもそこに巻き込まれた四犬士の運命は――犬士たちの流転は続きます。
信乃・荘助・現八・小文吾の四犬士が道節が荒芽山に向かっている一方で、親と一族の仇を討つため、扇谷定正一党を付け狙う道節。信乃や荘助との出会いにより、己が犬士の一人であると知りつつ、その宿命に背を向ける道節は、配下の栞と二人、ついに定正に襲いかかるのですが……
しかし、道節が討った定正は影武者、さらに道節にも匹敵する異能の力を持つ城之戸姫が、彼の前に立ち塞がります。不利と見てその場を逃れた道節たちですが、しかし太田道灌の制止にもかかわらず、功を焦った兵たちが後を追い、さらにその後を追う城之戸姫も。
そうとは知らずに丁度その辺りにさしかかった四犬士+力二の妻・曳手は、その兵たちに道節の仲間と勘違いされた末、乱戦の中で散り散りとなってしまうのですが……
原典の南総里見八犬伝の中でも、犬士たちの運命を大きく変えることになる荒芽山のくだり。本作における荒芽山を巡る戦いは――正確にはまだ荒芽山に着いていないのですが――原典よりもある意味さらに過酷な形で、犬士たちに襲いかかることになります。
前章ラストに登場した扇谷一党を討つためにその力を振るったものの、事破れて逃亡する道節と、完全に彼のとばっちりという形で、散り散りバラバラになった四犬士。配下がいるとはいえ一匹狼気質の道節はともかく、ようやく自分にとって宿命の兄弟と巡り合い、前章では和気藹々と旅を楽しんだ四人にとって、この変転はあまりに過酷なものといえます。
この突然の別離で特に大きな衝撃を受けたのは、大塚村壊滅の痛手を――すなわち荘助以外の家族や知人たちを全て失って天涯孤独になったという事実を、仲間たちとの旅の中で辛うじて抑えていた信乃でしょう。
しかもこの章で信乃がさらに直面させられるのは、肉体の痛みだけではなく心の痛み、この物語でここまで描くの!? と言いたくなるほどの、人間の愚かしさ、醜さなのですから……
そして信乃以外にも――力を失って体を休める中で、玉梓に肉体を奪われて彷徨う力二の衝撃的な姿を目撃した荘助、精神的に相当に不安定な状態である(やたらと多弁なのでこの人の登場シーンのみ吹き出しが増えるのが妙なリアリティ)曳手を連れて行動することになった小文吾と、いずれもそれぞれに様々な形で重荷を背負わされることになります。
唯一、現八だけはいつもとあまり調子は変わらない(これはこれで本当に彼らしい)のですが、彼にも原典ファンにはおや? と思わされるような人物との出会いがと、何やら嵐の予感があります。
しかしそんな中でも、ある意味最も過酷な運命に直面するのが道節であることは間違いありません。これまで修羅と化して戦ってきた道節ではありますが、しかしその企てが破れた末に彼が垣間見せるのは、心中に抱えてきた迷いと弱さなのです。
これまでに登場した犬士の中では、ほとんどただ一人、明確な目的を持って戦ってきた道節。しかし年若くして練馬氏の残党を率い、復讐のために戦い続けることが、彼にとって重荷でないはずがありません。
そしてこの章のラスト、仇の一人と遂に対峙し、倒した後に道節が吐く言葉は、ほとんど自己否定に等しいものなのですが――しかしそれこそは、彼の偽らざる想いが溢れ出たものなのでしょう。
しかし、その言葉の通りだとすれば、彼は決して勝者たり得ないことになるのですが……
道節も、信乃も、他の犬士たちも――心に傷と重荷を背負いながら、それでも前に歩み続けます。その先に何があるのか、わからないままで。あまりに重い展開となったこの章ですが、その先に何があるのか――我々もそれを知るために、物語を追い続けるしかないのです。
ちなみにこの章冒頭のイメージカットでは、本編未登場の残り二人の犬士の姿が――ほんのわずかではありますが、これがまた、早く彼らに会いたいと思わされる姿であります。
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