竹良実『辺獄のシュヴェスタ』第1-3巻 人間性を否定する牢獄に挑む「魔女の子」たち
新教と旧教が激しく対立した16世紀ドイツの修道院を舞台に繰り広げられる、復讐とサバイバル、そして友情の物語であります。育ての親を魔女として処刑され、修道院に収容された少女・エラ。洗脳と虐待が横行する修道院で、エラと仲間たちの静かで壮絶な戦いが繰り広げられます。
16世紀半ば、人買いから逃れ、治療師の女性・アンゲーリカに保護されたエラ。慈愛に満ちた彼女の下で成長していくエラですが、クラウストルム修道会の異端審問官が二人のもとを訪れたことから、幸せな日々は終わりを告げます。
アンゲーリカが自分たちに不都合な事実を知ったことから、彼女を魔女裁判にかける修道会。エラを救おうとしたアンゲーリカが、身も心も踏みにじられた末に処刑された様を目の当たりにしたエラは、修道会の総長・エーデルガルトへの復讐を決意するのでした。
そして「魔女の子」が送られる、ドナウ川とライン川の分水嶺に建つクラウストルム修道院に収容されたエラ。この更生施設で優良な成績を収めた者は卒業時に総長に手ずから指輪を手渡されると知ったエラは、その時に総長を殺すと決意するのでした。
しかし修道院で横行していたのは、時に舌や腕を切り落とすほどの刑罰や拷問の数々。そして一見満ち足りた食事の中には、自由な意思を奪っていく一種の幻覚剤が入れられていることを、エラは知ることになります。同様に真実に気付いた少女たちと手を組み、エラはこの地獄を生き延びるための戦いを始めるのですが……
現代のライン川の底から発見された隻眼の「鋼鉄の処女」。その中には「1552年 分水嶺の血の記憶に」というメッセージが――という謎めいた場面から始まる本作。その物語のジャンルとしては復讐ものであり、そしてそれ以上に一種のサバイバルもの・脱獄ものと呼ぶべき作品であります。
復讐のためには従順さを装い、虐待と密告が横行する世界を生き延びなければならない。しかし生き延びるために不可欠な食事には幻覚剤が混ぜられ、口にすれば判断能力を奪われる……
そんな状況下で主人公たるエラがまず為すべきことは食料の調達。しかし内は厳しく監視され、外からは隔絶されたこの地で、どのようにして食料を得るか――物語の前半は、この人間の生にとって最も根源的というべき、「食」を巡る戦いを中心に描かれることになります。
そんな過酷過ぎるサバイバルに挑むエラは、幼い頃からその片鱗が現れていたように、聡明ながら極めて苛烈な心の持ち主。アンゲーリカによって優しさを教えられたものの、彼女の死後は、エラは凄まじいまでの克己心を発揮して復讐に邁進することになります。
そんな激しい心を、物語序盤から
「人が恥を感じるのは自分を愛しているからだ。私は違う。私は私を――復讐の奴隷としか見なさない」
などと数々の名セリフで示す「強い」キャラであるエラ。
しかしそんな彼女でも、この地獄にたった一人で挑むことは不可能であり――彼女の周囲には、人間性を否定するこの牢獄の真実を知り、生き延び、脱出することを望む仲間たちが集まるのです。
ロマの生まれであり強い向上心を持つカーヤ、おっとりして失敗も多いが努力家のヒルデ、当初は一人で脱走しようとしていた毒舌家のテア――さらに後にはもう一人加わりますが、いかにエラが強固な信念を持っていたとしても一人では高すぎる壁を、彼女たちがそれぞれ影響し合い、支え合うことで乗り越えていく姿を本作は描きます。
そしてそれは、先に挙げたセリフのように、人間性を捨て去ってでも復讐を遂げようとするエラの心を、人間の側に留める――神の名の下に非人間的な行いを平然と為す敵と、同じ存在に堕すことを防ぐという点でも、大きな意味を持つのです。
物語の折り返し地点である第三巻のラストで、修道院が下す残酷な処刑の執行吏となったエラ。相手は自分たちを偽りで陥れようとした――そして同様の行為をこれまで幾度となく行ってきた――人間であっても、そして実は相手を救うための行為であったとしても、彼女は物語で初めてといってよいほどの、激しい動揺と迷いを見せることになります。
しかしそんな時でも、エラには彼女を理解する仲間がいる。それがどれほどの救いになるか、言うまでもないでしょう。
物語の冒頭、アンゲーリカがあまりに無惨な最期を遂げる場面から、目を背けたくなるような心身ともに残酷な展開が相次ぐ本作。読み進めるのにも相当なエネルギーが必要となる物語ですが、しかし決して残酷のための残酷ではなく、それを通じることで初めて描けるものもある――そんな名作であります。
『辺獄のシュヴェスタ』(竹良実 小学館ビッグコミックス) 第1巻 Amazon / 第2巻 Amazon / 第3巻 Amazon
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