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2022.10.13

上田秀人『勘定侍 柳生真剣勝負 六 欺瞞』 変わらない武家と一年先の武家との対立

 個人的にはいまイチオシの文庫描き下ろし時代小説である『勘定侍 柳生真剣勝負』の最新巻であります。いよいよ柳生宗矩との決裂が決定的なものとなり、本格的に宗矩と敵対する形となった一夜。あの手この手で宗矩を追い詰める一夜に対し、宗矩は直接的な手段に出ようとするのですが……

 大名となった柳生家の財政立て直しのため、江戸に呼び出された宗矩の庶子・淡海屋一夜。さっさと柳生と縁を切るべく、まずは江戸屋敷の改革に着手し、老中・堀田加賀守の嫌がらせも巧みに切り返すのですが――何かと反抗的な一夜と宗矩の対立は深まります。
 怒って柳生家を出た一夜は、加賀守に接近、その一方でさっさと国元の財政を安定させてお役御免になろうと江戸を離れる算段を始めるのですが……

 というわけで、以前から険悪ではあったものの、宗矩の態度があまりといえばあまりなだけに、いよいよ決定的に敵対することになった一夜。
 考えてみれば、上田作品で途中でつく権力者を変えるというのはそこまで珍しいことではないのですが、一夜の場合は追い詰められたわけではなく、あくまでも自分の意思で飛び出し、相手を選んでいるのが頼もしい。後腐れがないように――どころか、念入りに柳生家、というより宗矩に嫌がらせを準備していく様は、もはや痛快というより抱腹絶倒レベルであります

 特に本作の後半で描かれるそれは、堀田加賀守だけでなく、松平伊豆守や家光すら巻き込んで、柳生の庄で「病気療養中」の友矩――宗矩にとってのアキレス腱というべき存在――を巡る仕掛けにまで繋がっていくことになります。
 そこに宗矩自身の疑心暗鬼も相まって、どんどん追い詰められていく様は、普通であればちょっとかわいそうにもなるのですが、何しろ本作の宗矩は、
「大坂で二十年前に作った一夜を母親ともども完全放置、自分が大名になって利用できると思ったら無理やり呼び出して、一門だからとタダ働きさせようとし、功績を挙げても褒めるどころか妨害、その挙げ句に用済みだと始末しようとする」という最低ぶりなのですから、まあ同情不要としかいいようがありません。

 その最低ぶりの末、ついにこれまで一夜との縁で何かと事件に巻き込まれてきた伊賀忍びの素我部一新にも見限られることとなり、それがさらに新たな事態を引き起こすことに……


 と、宗矩のことばかり書いてしまいましたが、本作の宗矩は、ある意味この時代の武士の象徴というべき存在であります。
 戦国の遺風がほぼ消え去り、社会の仕組みが大きく変わっていくこの江戸時代前期。その変化の一つとして、米本位制から貨幣経済へと経済体制が実質的に移行する中で、支配階層たる武士もその影響から逃れるわけにはいかないのですが――本作で幾度も語られるように、その影響を最も大きく受けるにもかかわらず、気付いている者はごくわずかなのであります。

 多くの武士はそれに気付かず、やがて商人たちに実質的に屈していくわけですが、そんな時代の変化と「金の価値」を理解しようともせず、武士としての力をひけらかせば何とかなると考える宗矩は、まさにその変わらない武家の代表なのです。
 そしてその一方で、一夜の江戸の後見役というべき駿河屋総右衛門が評するように、一夜は「一年先の武家」というべき存在であり、この二人が対立するのは、ある意味必然なのかもしれません。

 ちなみに本作の柳生家においては、この変化を正しく理解しているのが十兵衛一人というのが、何ともユニークな点でしょう。本作の十兵衛はそれもあってか、一夜の頼もしい味方として活躍するのが嬉しいところであります(しかしそれでも一夜には説教される)。

 そしてもう一人、一夜とは全く異なる意味で本作のキーパーソンである友矩は、他の人間とは全く異なる立ち位置で、「鬼」とも呼ばれる人物なのですが――そんな彼に対して、一夜のみがある種の理解を示すのも印象に残ります。
 決して算勘のみに長けただけでなく、その生まれの故もあって人の情にも厚い――一夜というキャラクターの魅力を再確認した思いです。


 さて、本作の終盤で十兵衛を警護役に江戸を離れ、柳生に向かうこととなった一夜。この時点で既に騒動を引き起こしているのですが、この先、彼が国元で何を為すのか――彼とは行き違いという形になるヒロイン二人の行方も含めて、まだまだ興味は尽きません。


『勘定侍 柳生真剣勝負 六 欺瞞』(上田秀人 小学館文庫) Amazon

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