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2022.10.15

武内涼『謀聖 尼子経久伝 青雲の章』 下剋上の快男児、理想を追う

 最近は歴史小説と時代伝奇小説の両輪で活躍している武内涼が、今年注力してきた歴史小説の第一弾であります。「謀聖」の異名を取った尼子経久――出雲の守護代から一度は転落し、しかし再起して後には十一ヶ国太守と呼ばれた風雲児の、秘められた青年時代が描かれます。

 応仁の乱の最中、出雲から上京した尼子経久。出雲守護代・尼子清貞の嫡子であり、京で守護の京極政経に仕えることとなった彼が見たものは、うち続く戦で荒廃しきった京の姿――そしてそれに何ら手を打てぬ幕府、守護とは名ばかりで宴や遊びにうつつをぬかす主をはじめとする武家たちの姿でありました。

 そんな中、貧民たちの村で暮らす三人の孤児、ミノ・ゴンタ・クロマサと知り合い、戦の陰で苦しみ喘ぐ民たちの存在を知る経久。そして愛する女性との出会いと別れ、近江を巡る戦の数々、そして志を同じくする伊勢新九郎との出会い――数多くの経験の中で経久は、この世の腐りの原因が御所を頂点とする武家の世にあると気付き、ある覚悟を決めるのでした。

 そして父の負傷を切っ掛けに出雲に帰還し、そこで民の国を作るため、公然と京極家と対峙する道を歩み始めた経久。民と親しく交わり、次々と新たな政策で国造りを進めていく経久ですが、しかしそこに思わぬ陥穽が……


 東の北条早雲と並び、西国の下剋上のはしりとも言われる尼子経久。しかし毛利元就や宇喜多直家と並び称されるほどの謀将でありつつも――いやそれ故か、これまでフィクションの世界で脚光を浴びることは少なく、せいぜいが大河ドラマ『毛利元就』での緒形拳演じる梟雄の姿が印象に残るところではないでしょうか。
 本作はその経久を、単なる上昇志向や権勢欲などではなく、民を救い、民のための国を作らんとする快男児として、新たな姿を与えた作品であります。

 颯爽たる美男子であり、知勇に優れた豪傑でありつつも、民と親しく交わり、遊惰や私利私欲に溺れる武士たちに激しい憤りを燃やす――本作で描かれる経久は、「謀」とは一見無縁の、男の中の男として描かれます。
 そんな男が、何故下剋上という、武家の道に外れたような道を歩むことになったかを描く本作は、実に文庫で約600ページという大部であり、経久の青年期も波瀾万丈で飽きることがありません。

 特に全体の3/4を過ぎてからの運命の変転など、この大部のクライマックスとして大きく盛り上がりますし、経久が伊勢新九郎と京で意気投合し、「あの場所」で互いの大望を語り合う場面など、伝奇作家としての作者の色合いも強い場面があるのも嬉しいところです。


 もっとも、本作の経久は格好良すぎる、理想的に過ぎると感じる読者もいるかもしれません。確かに、本作の経久は純粋に武将として格好良いだけでなく、民のために生き民のために戦うというある意味この時代の武士にあるまじき存在であって――それだけに違和感を感じる方がいるであろうことは容易に予想がつきます。

 しかし、本作の経久は、意図的に理想的な人物として描かれているのでしょう。人間らしい美徳も、夢も希望も、そして理想も失われた時代――その時代を根底からひっくり返し、人間が人間らしく生きられる世に作り直す。下剋上の先駆けとして、そんな役目を本作の経久は担っているのです。
 そしてそれは、同様の時代を生きる我々にとっても、そうあってほしい理想の姿なのです。

 これまで作者はその歴史小説や時代伝奇小説を通じて、興趣に富んだエンターテイメントを描くと同時に、あるべき人間の姿を希求してきました。本作で描かれる経久の姿は、そのあるべき人間の姿の一つの具現化であり――そして本作はそんな作者の姿勢が、最も色濃く出た作品というべきでしょう。


 本作は、一度は大敗北を喫した経久が、苦難の中で「謀聖」として立ち上がり、再び立ち上がる姿までを描きます。こうして誕生した謀聖が、頼もしい仲間たちとともに、如何にしてその理想を貫くか――この後も「風雲の章」「瑞雲の章」と続くこのシリーズが、果たしてどこにたどり着くのか、いま見逃せない物語の一つであります。


『謀聖 尼子経久伝 青雲の章』(武内涼 講談社文庫) Amazon

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