今井秀和『世にもふしぎな化け猫騒動』 猫の怪異の変遷を語る一冊
古今東西で人に身近な存在である猫。それだけに様々な記録や文学作品にも登場する猫ですが、その中で古代以来、江戸時代に至るまでの猫の怪異にまつわる記録を集めた一冊であります。
本書のタイトルにあるように、猫の怪異の筆頭といえば化け猫。しかし猫の怪異はそれだけではありません。本書は序説的な扱いで、猫怪談のエッセンスとして「しゃべる猫」にまつわる『耳袋』などの記述を取り上げた後、古代・中世の猫、江戸期の猫と、時代を追って猫の怪異像の変遷を追っていくことになります。
しかしまず驚かされるのは、『古事記』『日本書紀』『万葉集』といったいわゆる上古の文献には猫の――猫の怪異ではなく猫そのものの――記述がないという事実。猫が文献に登場する初出は『日本霊異記』の、父親が猫に生まれ変わって食べ物を食べに来たという記事だった、という時点で興味をそそられるものがあります。
そして平安時代の貴族の飼い猫にまつわる文学作品と並行して、平安末期の『本朝世紀』においてついに(?)登場するのは人を食う猫の怪。そして鎌倉時代になってようやく「猫又」の語が現れ、そして人を害するだけでなく人に化ける猫の怪――いわゆる「化け猫」が登場するのは江戸時代になってから、というのが、簡単に言えば本書で語られる猫の怪異の変遷であります。
本書はその変遷を、『今昔物語集』や『徒然草』、あるいは冒頭に触れた『耳袋』や『甲子夜話』といった著名な書物だけでなく、実に様々な記録・文学作品にまで求めています。その中には『源氏物語』や江戸時代の実録物あるいは黄表紙といったフィクションまで含まれますが、しかしそれも現実社会において猫が、猫の怪異がどのように受容されていたかの表れとして、重要な判断材料というべきでしょう。
もちろん、そうした変遷の面白さだけでなく、猫の怪異集として見た場合の、個々のエピソードのユニークさ、そしてバラエティも言うまでもありません。
小鳥を捕らえそこねて「残念なり」と言ってしまった『耳袋』のしゃべる猫、『北越雪譜』に語られた火車と化して人の死体を奪う猫といったメジャーどころ(?)だけでなく、子猫に化けて焼きおにぎりをもらって逃げる大猫や、美少年に化けて長崎の丸山遊郭で豪遊した猫といった、あまり類話がなさそうなものも実に面白い。
また、いわゆる鍋島の化け猫騒動とはだいぶ異なった展開――竜造寺の怨念云々が登場しない(しかし大量の死人が出る)――をみせる『肥前佐賀二尾実記』、そして殺された飼い主の死体に猫が取り憑き、芸者に化けた自分の妻(もちろん猫)とともに「本人」として仇討ちに挑む曲亭馬琴の『猫奴牝忠義合奏』などの変わり種が、概略とはいえ読めるのは、これは大いに儲けものであります。
しかし本書の最大の魅力は、その解説にあると感じます。各章だけでなく、各話ごとに付された詳細な解説――それによって本書は、各話の内容だけに留まらず、そこに至る文化的・社会的背景にまで踏み込み、その怪異が何故生まれたのか、何故語られたのか、といった点にまで導き出すのです。そしてそれが、先に述べた「変遷」に繋がっていくことは言うまでもありません。
また、原典を収録した書籍一覧のみならず、参考文献リストの中には猫小説のアンソロジーまで挙げられており、より深い世界にまで踏み込んでいくガイドブックとしての役割を果たしているのも素晴らしい。この辺りは、角川ソフィア文庫というレーベルならではと感じます。
最後に、私が本書の中で一番好きなエピソードを挙げておきましょう。それは江戸時代の『谷の響』に収められた猫がしゃべる話――風が強く吹く冬の晩、猫が「へろへろと」やってきて「さぞ寂しくおられましょう」と喋ったというものです。
飼い主はこの猫に対してキッと睨みつけて近くに寄ってこいと言ったところ、(身の危険を感じたものか)猫はどこかに言ってしまったということですが――いやはやこんなに可愛い猫ちゃんを邪険にするなんて、というのは、これは既に猫に取り憑かれた下僕の発送でしょうか。
『世にもふしぎな化け猫騒動』(今井秀和 角川ソフィア文庫) Amazon
|
|
Tweet |
|
| 固定リンク
