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2022年11月

2022.11.30

ちさかあや『あやかし浮世絵導師』第1巻 少年北斎、妖怪と対峙す

 浮世絵師といえば真っ先に名前があがるであろう葛飾北斎――本作はその北斎をはじめとする浮世絵師たちが妖怪たちと人知れず対峙していたという、何とも魅力的な設定の伝奇漫画であります。絵の魅力に取り憑かれた少年・鉄蔵(後の北斎)が知った、父の正体とは、そして自分の秘められた力とは……

 お上御用鏡師・中島伊勢の子としてやがては父の跡を継ぐはずでありながら、絵の魅力に取り憑かれ、日がな一日絵ばかり描いて暮らしている川村鉄蔵。そんな鉄蔵に雷を落としてばかりの父ですが――そんなある晩、奇怪な妖怪・火車が鉄蔵の家を襲います。
 強大な炎を操る火車から鉄蔵を守り、炎に包まれる伊勢――しかし炎の中から現れたその姿は、やはり人ならざる妖怪・雲外鏡だったのであります。

 その力で火車を撃退したかに思われたものの、不意を突かれて倒された雲外鏡。父の死に激高する鉄蔵の力は火車を上回り、今度こそ火車を撃退したものの、彼もまた力尽きて倒れるのでした。
 そして地に伏した鉄蔵の前に現れた鳥山石燕と名乗る絵師は、鉄蔵には「浮世絵導師」になってもらうと語り……


 冒頭に述べたように、浮世絵師の代表格であるだけに、フィクションの世界に登場することも非常に多い北斎。しかしその多くは彼が絵師として歩みだしてからの姿で、少年時代の彼を描くものは、存外に少ないように思えます。
 特に彼の養父・中島伊勢が登場するのは珍しいのですが――まさかその伊勢の正体(厳密には少々異なるのですが)が雲外鏡とは、物語の冒頭から、その意外性に驚かされます。

 いや、驚かされるのはその設定のユニークさだけではありません。何よりもそんな物語を、ものの見事に画として紙面に焼き付けてみせる作者の筆力こそは、本作の最大の驚きであり、魅力といっても過言ではないでしょう。
 特に第一話冒頭、鉄蔵の夢に現れた妖怪たちが富士山に向かうその姿、そして同じく第一話のクライマックスで鉄蔵が放つ、その秘められた力の発露――いずれも見開きで描かれたその強烈なパワーには、目を奪われる、というより心を鷲掴みにされてしまうのであります。

 作者のちさかあやは、『豊穣のヒダルガミ』『豊作でござる! メジロ殿』等、一貫して時代ものを描いてきましたが(にしても同じ「豊」という字を関していてもえらい内容の違い――はいいとして)、やはり絵師といえば『狂斎』。河鍋暁斎の若き日を描いたこの作品は惜しくも未完ですが、画を描くということに並々ならぬ執念を抱く主人公の姿が印象に残る作品です。
 本作の主人公は、奇しくもこの作品で狂斎が複雑な想いを抱く北斎――もちろん芸道ものと伝奇ものと、ジャンルに大きな違いはありますが、浮世絵師の己の画への想いと、その画を漫画の中で描くというこだわりには通じるものがあるように感じます。


 さて、物語の方は、一度拾われた石燕のもとを飛び出した鉄蔵が、百々爺・鎌鼬・山童ら妖怪たちが蠢く結界の森に迷い込むことになります。そして妖怪たちとの対峙の末、絵師としての、そして妖怪たちを画の中に封じる浮世絵導師としての己に鉄蔵は目覚めていくことになるのです。
 この辺りの展開自体は面白いものの(特に山童戦の決着には感心)、何よりも鉄蔵が人の話を聞かずに突っ走るため、基本的な設定があまり語られていないのが、個人的にはスッキリしないところですが――まだまだ物語は序章ということなのでしょう。

 何よりも、冒頭に収録された、この先の展開を予告するような序幕にワンカット登場する他の浮世絵師たちの姿が、バトルものの強豪キャラ的で猛烈に格好良く――全員が本編に登場するかわからないものの、この巻のラストには既に一人登場していることもあり、この先の展開にも大いに期待してしまうのです。
(しかしまだ名前と姿が一致しない中でも、一発でわかってしまう国芳……)


『あやかし浮世絵導師』第1巻(ちさかあや&大志充・酒巻浩史・熊谷純 KADOKAWA電撃コミックスNEXT) Amazon

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2022.11.29

『辺獄のシュヴェスタ』第6巻

 時は16世紀、ドナウ川とライン川の分水嶺に建つ修道院を舞台に繰り広げられてきた、少女たちの生存と復讐の物語もいよいよ最終巻であります。ついに仲間たちに犠牲が出た中、それでも修道会の総長を狙うエラ。彼女と仲間たちの戦いは、やがて欧州の命運を左右することに――果たして復讐の結末は!

 育ての母を魔女狩りで殺され、魔女の子としてクラウストルム修道院に収容されたエラ。修道会の総長・エーデルガルトに復讐を誓う彼女は、洗脳と虐待が横行する修道院の中で、カーヤ、ヒルダ、テア、コルドゥラという仲間を得ることになります。

 力を合わせてサバイバルを繰り広げる五人ですが、コルドゥラは正体が露見し、重大な秘密をエラに伝えた末に、最期を遂げることになります。彼女が伝えた修道会の企て――とある小島を疫病の試験場とする計画を阻止するため、エラたちは水路を伝って、ヒルダを脱出させようとするのですが……


 そんな展開を受けて始まるこの最終巻の冒頭では、仲間の中でも最も大人しく、不器用だったヒルダが、決死の覚悟を固めて挑んだ脱走作戦の顛末が描かれることになります。しかしその結末はあまりに残酷であり――そしてそれは同時に、エラたちの心身にも様々な傷跡を残すことになります。

 そして修道院の処刑人となったエラ、修道会の裏仕事に携わるカーヤ、エラを見守る覚悟を決めたテア――進む道を違えることとなった彼女たちの、修道院での時間は瞬く間に流れ、終わりの時が近付くのですが……


 卒業の際、優秀な成績を修めた者のみがエーデルガルトから直々に贈り物を与えられる――物語の最初から示されたその時に向かって、加速していく物語。エラが運命の瞬間に向けて決意を固める一方で、修道会の計画もついに最終段階を迎えます。

 ヴァチカンの教皇庁図書館と、教会から弾圧される異端の科学者と――表裏二つの知識を一手に収めた科学力で以って、人々に神の奇蹟を見せ、それによって人の意思を統一せんとするエーデルガルト。そしてその企ては、旧教新教を問わず、欧州中に伝染病をばら撒くという悪魔の計画に至ることになります。この企てを阻める者は――いや察知できる者はいるのか!? しかし意外な人物が、修道院の外側で人々を結びつけることに……

 と、この巻の中盤以降――いわば最終章というべき部分は、伏線も感情も、これまで溜めに溜め込んだ一気に解き放つような展開の連続。これまで物語で描かれてきた物事が、そして何より人々の想いが結びつき、決戦に向かって怒涛のごとく突き進んでいきます。

 もちろん、そのうねりの中心にいるのはエラその人です。苦難に苦難を重ね、己の良心をすり減らしながらも、その復讐心を失うことはなかった彼女の情念が籠もった「強い言葉」の数々は、こちらの胸にも深く突き刺さり、否応なく心を沸き立たせてくれます。

 しかしここで最後の戦いを繰り広げるのは彼女だけではありません。彼女の頼もしい仲間たちも(そして彼女と敵対していた者も)それぞれのやり方で、人間の「意思」を奪おうとする者たちと戦うのであり――彼女たちが腕を組んで立ち上がる姿は文字通りの「シスターフッド」というべきでしょう。

 これまでに描かれてきたものが重く辛いものだっただけに、その姿は痛快としか言いようがありません。


 しかし、たとえ修道会がどれだけ邪悪だったとしても、そしてそれに対する怒りが正当であったとしても、エラの行いは、彼女自身が語るとおり、突き詰めれば暴力であります。はたしてそこに修道会とそれを率いるエーデルガルトとどれだけの違いがあるのか――そう問うことも可能でしょう。

 しかしたとえ「正しい」とは言えなくとも、彼女の歩んだ道にある種の尊さがあるのは、彼女が最後の最後の瞬間まで、自分で考えることを止めなかった――すなわち、己の行動の責任を他者に背負わせず、己の意思を貫いたからにほかなりません。

 人の意思を奪おうとする者と、己の意思を貫こうとする者と――その相克の果てにあるのが、この物語の結末なのです。


 冷静に考えてみると、最終巻では一気に二年近い時間が流れており、その間にあったかもしれない様々なドラマが描かれずに終わったのかもしれません。そこにはもしかしたら様々な事情があるかもしれませんが、しかしその加速度が、物語の緊迫感を大きく高めたことも事実でしょう。

 何よりも、あまりにも見事な大団円(冒頭の、現代のライン川から発見された鉄の処女に込められた想い!)――タイトルをきっちり回収した上で迎える、涙が出るほど格好良いラストシーンを目の当たりにすれば、これまでこの物語を読んできて良かったと、心から感じるほかないのであります。

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2022.11.28

真じろう『剣仙鏢局 ケンセンヒョウキョク』第2巻 亡国の王子が知る鏢局の存在意義

 亡国の皇子・セツカと、彼を「運ぶ」ことを依頼された花乱鏢局の戦いを描くファンタジー武侠の第2巻であります。苦闘の末、無事落ち延びることができたセツカ。敵の手中にある許嫁のシラハを救い出すため、鏢局に加わることを望むセツカに対し、鏢局のコクヨウが課した試練とは……

 大国・ジャンの第三皇子として生まれながらも、友人であった小国・レンの皇子・スイレンによって国を滅ぼされ、王家でただ一人生き残ることとなったセツカ。
 スイレンには見逃されたものの、傭兵たちに命を狙われ絶体絶命となったセツカを助けたのはコクヨウ率いる花乱鏢局――凄腕揃いの彼らにより、セツカは「荷物」として護衛されることになります。

 レンの猛将・コウゼン将軍に囚われた鏢局のシュンを助けるため、セツカは覚えたての飛剣と奇策で立ち向かい、辛うじて勝利を収めるのですが……


 そんな冒険の末に、目的地であるショウ国の交易都市・平安にたどり着き、ひとまずの危機は去ったセツカ。しかしセツカはスイレンの下でひとまずは庇護されている婚約者・シラハを救い出すため、自分も鏢師となることを望みます。
 そんなセツカに対して、コクヨウが課したのは、平安から半日ほどの村へ銀子五千両を輸送するという任務。シュン、そして鏢局の女剣士・ホウランとともに村に向かうセツカですが、その荷を狙って盗賊が襲来、しかもその正体は、かつてのジャン国の兵士たちで……

 という、なかなか底意地の悪い物語が展開するこの第二巻。しかし一つの国が滅んだ時に影響を受けるのはその王家だけでないのは当然の話で、旧主に忠義を果たしたために新たな国からは敵扱いされるというのは、これは現実世界の日本でも百五十年ほど前に実際にあった話であります。
 そんな一つの歴史に巻き込まれた者たちに対して、滅ぼされた王に何ができるのか――というのは難しい問いかけではあります。しかし本作はそこに鏢局の任務を絡めて、新たな評価軸を作り出すことで一つの答えを出しているのが――ある意味ずるいといえないこともないのですが――面白いと感じます。

 何よりもここで新キャラのホウランの過去も交えて示される鏢局の存在意義は、セツカだけでなく我々読者にも、鏢局というのもの何たるかを叩き込むものというべきでしょう。
 ホウラン自身はそこまでインパクトのあるキャラではないのですが、しかしクライマックスで見せた「手段」は、それを補ってあまりある、鏢局に務める者としての覚悟を見せるものと感じるのです。


 さて、物語の方はここまでが序章というべきか、この巻のラストで時は一気に三年流れ、フセツと偽名を名乗るセツカも、鏢局の一員として頼もしく成長した姿が描かれることになります。
 その一方で、彼の運命を変えたスイレンは覇王として大陸に君臨――はしておらず、まだまだ統一には程遠い状態。むしろ覇道と王道の間で、自分の理想を如何に実現すべきか
悩んでいるというのが、ちょっと意外性があって面白いところです。
(物語冒頭のあれは単にイキっていただけなのか、という気がしないでもないですが……)

 しかしそんな彼のこの先に影響を与えそうなのが、彼とは協力関係にある、武林から追放された七人の達人――爪甲山の北斗七星。そのリーダーである貪狼星の蛇牙鉄屍は、かつてコクヨウを破ったという因縁もあるのですが、どう見ても善人という柄ではなく、この先スイレンを昏い道に引きずり込んでいくのではないか――そんな印象があります。

 何はともあれ、全く道を違えることとなった二人の少年の道は、まだ思わぬところで絡み合っている様子。はたしてこの先に待つものは――武侠アクションだけでなく、大河ドラマとしても期待してよいのかもしれません。


『剣仙鏢局 ケンセンヒョウキョク』第2巻(真じろう&深見真 スクウェア・エニックスビッグガンガンコミックス) Amazon

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2022.11.27

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第8巻 深い闇を覗き込む「原典」回帰編

 千年を生きたおかしな狐・廣天を狂言回しに『捜神記』の世界を描いてきた『千年狐』も、この巻から新章に突入となります。暗がりを極度に嫌う青年・石良と廣天(あと神木)が覗き込む、都の夜の闇に蠢くものとは……

 都で続発する妖絡みの事件に対して役所に寄せられる住民の苦情――それに対する都の見回り部の長の決断は「お化けなんとかします課(仮)」を設置して対処に当たること。そしてその担当に選ばれたのは、何故か極度に暗がりを嫌う小吏・石良だったのですが――しかしさすがに一人で対応させるわけにもいかないと、民間から登用されたのは、廣天と名乗る、いかにも曰く有りげな美女(?)だったのであります。。
 とりあえず部署名を妖考事部と改めた石良
は、得体の知れぬ廣天とともに、都の闇の中に歩み入ることに……

 というわけでこの巻からスタートするのは、公務員が妖と対峙する、何だか今どきの退魔漫画っぽい(適当)物語――捜神怪談編です。

 前巻まで展開してきた神異道術場外乱闘編の結末において、チームメイトだった宋定伯と医者(というか後者)と決別し、何処かへ旅立つこととなった廣天と神木は、都に出てきたわけですが――そこでまあ妙な成り行きから様々な怪異に遭遇するという趣向であります。
 言うまでもなくこの怪異というのは、本作の原典というべき捜神記に由来するもので、この展開は、廣天たちの目から捜神記の各エピソードを語り直す、原点いや原典回帰とでもいえばよいかもしれません。

 さて、この巻では大きくいって三つの怪異が描かれることになります。興を削ぐことになってはいけませんので、その内容の詳細には触れませんが、原典を踏まえつつ、巧みにアレンジがほどこされているのは、もちろんこれまで同様。
 いや、これまで以上に原型を留める内容となっているだけに、かえってそのアレンジの面白さが際立つと言えるかもしれません。

 もちろんそのアレンジの中には、いかにも本作らしいギャグ要素も含まれております。その中でも、原話では夜道で怪異に遭う類いの物語であったものを、脳天気な若者たちが話半分に怪異見物に行って本物に出会ってしまう――という、いわゆるPOVホラーのノリで描いてみせたエピソードには特に驚かされました。
 いやはや、古典怪談を題材にここまでやるか! とそのセンスに毎度のことながら感心させられてしまうのです。


 しかしこの捜神怪談編は、これまでの本作のノリからは、大きく異なって感じられる部分があります。それは怖さ、暗さ――特に、禍々しさすら感じさせる濃厚な闇の描写の迫力です。
 もちろんこれまでのエピソードの中でも、本作はヒヤリとするような恐ろしさや、禍々しさを感じさせる描写は少なくありませんでした。しかし今回は、その闇の存在を意識的に随所に取り入れ――簡単に言ってしまえば、ホラー漫画としての味わいすら感じさせる描写も少なくないのです。(というか表紙の時点でもうコワい)

 そしてそんな捜神怪談編の象徴というべき存在が、廣天のバディとなる石良であることは間違いないでしょう。はたして如何なる理由か、暗闇を異常に怖れる(暗いところに入ってしまった時の彼の表情がまた凄い)彼の態度、裏返せばそれだけこの時代の闇の濃さと恐ろしさを示すものであって――むしろ本作がこれまでその闇の住人たちを中心に描いたのと、対照的に感じられます。
 ちなみに石良も捜神記の登場人物ですが、彼が登場するエピソードは、現時点ではまだ描かれていません。これがまた相当ケッタイなエピソードなのですが……

 それはさておき、これまでひねりにひねった物語を描いてきた本作だからして、捜神怪談編も、単に怖いあるいは恐ろしいだけで終わるものではないでしょう。そして石良の運命もまた、意外な変転が待つことは間違いありません。
 この先はまさしく暗中模索の物語ですが――しかしそこで石良が、そして我々が出くわすものは、間違いなく一筋縄ではいかない、そしてだからこそ魅力的な物語であることだけは、確信しているところであります。


 ちなみにこの巻のラストでちらりと顔を見せるキャラは実在の人物なのですが、実は前巻まで登場していたアイツにちょっぴり関わりがあります。はたしてこの先、早くも懐かしい存在になってしまった彼らと再会することがあるのか――その辺りも気になるところであります。
(というか杜堪と見回り部の皆さんも、前巻にちょっと顔を出していたり)


『千年狐 干宝「捜神記」より』第8巻(張六郎 KADOKAWA MFコミックスフラッパーシリーズ) Amazon

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2022.11.26

藤田和日郎『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第2巻 あの夜、彼女が夢見た「人間創造」

 英国内で起きた事件の証拠物品を収蔵する黒博物館――その収蔵品にまつわる奇譚を描くシリーズ第三弾の続巻であります。亡夫の父の命で、悪名高い寄宿学校に潜入したメアリーが見たものとは……。そしてこの巻では文学史上名高い、あの夜の様も描かれることになります。

 黒博物館に収蔵された由来不明の赤い靴――ヴィクトリア女王が開催した舞踏会で起きたある事件の現場に残されていたというその靴の由来を、キュレーターに語り始めたメアリー・シェリー。それは、かの『フランケンシュタイン』の作者である彼女が、何と現実に死から蘇った――それも女性の「怪物」と出会った過去にまつわるものだったのであります。
 亡夫の実家で「エルシィ」と名付けた彼女を、淑女として教育することになったメアリー。そんな中、彼女は義父に呼び出され……

 という場面から始まるこの第二巻。ここでメアリーは、見るからに強権的な義父から、息子を相続人として認める条件(の一つ)として、とある寄宿学校の調査を命じられることになります。
 極めて劣悪な環境で子供たちを虐待している疑いがかけられているその学校に、教師として潜入したメアリー。聞きしに勝るその状況に憤りを隠せない彼女ですが、校長の凶悪な三人の息子の暴力により、最悪の状況に……

 これまでメアリー自身を含めて、この時代の女性が置かれた抑圧的な環境を、諸所で描いてきた本作。このエピソードでは、その一つが、よりメアリーに対して直接的に――心身の危険という形で迫ることになります。
 もちろん、メアリーの絶体絶命の危機に、エルシィが駆け付けて――というのは、これはもう当然の展開なのですが、しかし正直なことをいえば、暴力的な男たちの前でメアリーの道理が通じず、エルシィが彼女に代わって相手を叩きのめすという展開は、第一巻にもあるわけで、既視感は否めません。

 もっともこの場面においては、校長にして男たちの母親――この世で女が生きるためには、結婚して男の言うことにただ服従して生きろと生徒たちに叩き込む女性との対決が、クライマックスというべきかもしれません。
 が、ここでもメアリーは相手の「正論」に押されて有効な反論をすることができず、エルシィのストレートな言葉に救われるという展開となるのは、正直なところスッキリしない展開ではあります。

 もちろんこれもこの先のカタルシスへの溜めなのだとは思いますが――まだ物語がどこに向かうのか見えない中で、ストレスが溜まる展開が続くのは、少々厳しいものがあるように感じます。


 さてこの寄宿学校のエピソードはこの巻の半分ほどで、次に語られるのは、「ディオダティ荘の夜」――バイロン卿の別荘・ディオダティ荘に集ったポリドリ、バイロン、そしてメアリー(とその夫)が、無聊の徒然に怪奇談義を交わした夜であります。
 そしてそこからポリドリの(バイロンとのある種の合作である)「吸血鬼」が、何よりもメアリーの「フランケンシュタインの怪物」が生まれたと言われる伝説の夜ですが、本作はそれをまた異なる視点で描くことになります。
(ちなみにここでのバイロンの造形が、どこか『スプリンガルド』のウォルターを思わせる、などと思っていたら……)

 抑圧的だった実家の環境から飛び出し、当代一流の男性たちの傍らで、文化的・芸術的な世界(それがどれほどこの時代の一般的な女性にとって縁遠いものであったかはここまで縷縷述べられてきたわけですが)への憧れに胸ときめかす十代のメアリー。
 その姿は、切実であると同時に、非常に微笑ましいものがありますが――そんな中での各自が怪談を描くというバイロンの提案が、彼女にとっては、この「男性」たちと並ぶ存在になることを、いわば自分が人間であることを証明することを意味していたという視点には、大いに頷かされるものがあります。

 そしてその「人間創造」の企てこそが、彼女の中の「怪物」を形として解き放つものだった、という皮肉にもまた……


 そしてまた物語は視点を変え、この巻の終盤では、彼女の息子・パーシーの姿が描かれることになります。思わぬ(本当に思わぬ!)ゲストの登場を通じて描かれる彼の好漢ぶりもさることながら、メアリーの言によればこの「物語」の(おそらくは重要な)登場人物である彼が、どのような役割を果たすのか――それは「物語」がどこに向かうのかとも直結するのでしょう。

 正直なところ、この第二巻ではそれが見えなくなってきた印象もあるため、今後の展開に期待したいと思います。


『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第2巻(藤田和日郎 講談社モーニングコミックス) Amazon

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「黒博物館 スプリンガルド」 これぞ大人の熱血漫画
「スプリンガルド異聞 マザア・グウス」 天使に変わったバネ足男
藤田和日郎『黒博物館 ゴーストアンドレディ』(その一) 灰色の幽霊と白衣の天使と
藤田和日郎『黒博物館 ゴーストアンドレディ』(その二) 二人のその先に生まれたもの
藤田和日郎『黒博物館 キャンディケイン』 聖夜に博物館を訪れたもの

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2022.11.25

東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第5巻 原作のその先の、美しい結末へ

 元八丁堀同心・千羽兵四郎が、明治の世に起きる様々な奇怪な事件の渦中で、警視庁を向こうに回して活躍する『警視庁草紙』、その漫画版第五巻に収録されているのは、「幻談大名小路」の完結編であります。按摩が誘われた幻の大名屋敷を巡る怪事件に、意外な結末が訪れます。

 ある晩、何者かに襲われていたところを冷や酒かん八に助けられた按摩の宅市。大名小路で殿様と大勢の家臣が集う場に誘われたという彼は、そこで故郷の国家老の息子・奥戸外記が「鶴姫」の行方を詰問されていたのを聞いていたのでした。
 一方、小松川の癲狂院を訪れた警視庁の油戸巡査は、その奥戸外記の縊死体を発見。そして癲狂院には外記の妻であった鶴姫が入院していたというではありませんか。

 そして宅市が担ぎ込まれた半七親分の家を襲撃してきた奇怪な猿面の一党・山猿組を撃退し、彼らが担いでいた駕籠から、鶴姫を奪還した兵四郎は、一党の根城を突き止めるため、幻の大名小路の正体を追うことに……


 既に大火によってこの世から消滅したはずの大名小路に、幻の大名屋敷が忽然と現れる――そんな作中でも屈指の奇怪かつ魅力的な謎を描くこの「幻談大名小路」。しかし物語は、そこからさらに意外な展開をみせることになります。

 宅市が耳にした言葉を手がかりに、内藤新宿を訪れた兵四郎。そこで彼はかつての同役の樋口と、その知人の夏目と出会います。それぞれ娘と息子を連れた二人と益体もない会話を交わしていた兵四郎ですが、夏目の息子・金之助が実は宅市が「大名屋敷」に誘われた姿を目撃していて……

 と、ここで同時代を生きた人物同士の、あるいはあり得たかもしれない出会いを描く本作。これは山風明治ものお馴染みの(というかこれが元祖ではありますが)趣向ですが、それに慣れた原作読者も驚かされる展開がこの先に待ち受けています。
 実は原作ではこのくだりでほとんど物語は終わっているのですが、この漫画版で描かれるのは、その先の物語なのです。

 殺された外記らが政府高官であったことから、事件を追うこととなった加治木警部以下警視庁の面々。今井巡査が山猿組の一人を捕らえたことで、警視庁側も事件の真相を知ることになるのですが――山猿組の側のよんどころない事情を知ったとしても、警視庁としては彼らを見逃すわけにはいきません。
 そして捕らえたその一人を囮に、藤田と今井の元人斬りコンビは山猿組を誘き寄せようとするのですが……

 と、このオリジナル部分の主役となるのは、なんと警視庁側。特に藤田はおいしいところを持っていきまくりで、(この巻の表紙をピンで務めているのも含めて)ちょっと推されすぎでは――という気もいたしますが、大事なのは、彼ら警視庁側が、単純に兵四郎の敵=悪役として描かれているわけではない、ということでしょう。
 ここで警視庁の面々が見せる、むしろ兵四郎側のお株を奪うような活躍は、彼らもまたこの物語の主人公であり――そしてこの時代を生きる人間であることを示すものと感じます。


 正直に申し上げれば、原作でのこのエピソードは、先に述べたように題材としては非常に魅力的ではあったものの、物語としてはかなりあっさり風味。この漫画版では、そこをアクションを中心に思い切りよく補いつつ、警視庁側の存在感を増してみせた構成で、私は大いに気に入っています。
(ただ、原作ではきちんと解き明かされた謎の一つが、こちらでは省略されているような……)

 そして何よりも、こちらも原作ではあっさりしていた結末を、悪夢めいた物語の導入役を務めた宅市を再び起用しつつ、非常に美しく温かい「夢」として再構築してみせたのには、ただやられた! というほかないのです。


 さて、この巻のラストからは新章「開化写真鬼図」がスタート。兵四郎が町で取り押さえた男から、いきなり何事か頼まれて――というまだ本当に冒頭部分ゆえ、これからどう転がっていくかはわかりませんが、ここで描かれる兵四郎の活躍ぶりが実に小気味よく、この先の展開も大いに期待しているところであります。


『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第5巻(東直輝&山田風太郎 講談社モーニングコミックス) Amazon

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2022.11.24

矢野日菜子『風の槍』第1巻 家康第一の臣、その少年時代は

 来年の大河ドラマの主人公ということで、フィクションの世界でも注目度が高まっている徳川家康ですが、その麾下の武将で最も知名度が高いのは(服部半蔵を除けば)本多平八郎忠勝ではないでしょうか。本作はその忠勝を主人公に据えた物語――この第一巻では、彼の幼年期から少年期が描かれます。

 松平竹千代(後の家康)が今川家の人質となり、松平の家臣が今川の下風で苦しめられていた時代――とある合戦で命を落とした本多家の当主・平八郎。その時、彼の息子であり、後に平八郎の名を継ぐ鍋之助は数え二歳――こうして赤ん坊の頃に父を喪った鍋之助は、母の手一つで育てられることになります。

 他の子よりも背は小さいものの、並外れた運動能力と気の強さから、ほんの子供の頃から周囲に一目置かれていた鍋之助。父がいない鍋之助を気遣う周囲の大人たちに大して迷惑そうな顔を見せる鍋之助ですが――しかしその一方で、忠義の果てに命を落とした父の存在は、彼に複雑な想いを抱かせることになります。

 家にあった、死んだ後に霊となって皇帝を悪鬼から守ったという鍾馗を見て、死んで活躍できるものかと反発する鍋之助。やがて、松平家中で父と並ぶ槍の名手だったという血槍九郎こと長坂九郎に槍を学ぶこととなった鍋之助は、どうすれば鍾馗を超えられるか尋ねて……


 冒頭に触れたように、いまや家康第一の臣といえば、即座に名前が挙がるであろう本多忠勝。しかしその一方で、彼の姿はあくまでも家康の家臣として描かれ、忠勝自身の物語が描かれることは少なかったという印象があります。
 その貴重な例外である本作の第一巻では、そんな忠勝の赤子の頃から、十歳で竹千代改め元康の近習として出仕し、そして十三歳で元服、今川家と織田家の合戦の中で初陣に一歩踏み出すまでが描かれます。

 はたして後世に名を残る武将の子供時代とは――大いに気になるところですが、本作の鍋之助は、後世の片鱗を見せつつも、顔も知らぬままこの世を去った父に複雑な想いを抱く、ナイーブな姿が描かれるのが印象に残ります。
 そしてそんな彼が彼なりに悩んだ末にたどり着いたのが、鍾馗を超えるという目標であり、その鍾馗を最初の旗印とした、というドラマは、なかなか興味深く感じます。
(そして興味深いといえば、彼が血槍九郎に槍を学んだという設定には、そうきたか! と感心いたしました)

 本作の忠勝は豪傑というだけではなく、一人の武士として、そして何よりも人として、丁寧にその心の有り様が描かれている――その点に好感が持てるところです。


 もっとも、彼を形作る他の要素に比べると、家康に対する「忠義」の理由が、まだ読んでいてダイレクトに伝わってこないという印象も、個人的にはあります。
 もちろん所々で大器の片鱗を感じさせる家康ですが、彼に対して忠勝が、「そのような立場だから」という以上に忠義を貫く理由を見せることができるか――それはこの後、いよいよ本格的に始まる彼の初陣の中で描かれることになるのかもしれません。


『風の槍』第1巻(矢野日菜子&NUMBER8 小学館裏少年サンデーコミックス) Amazon

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2022.11.23

椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第5巻 怪奇現象と能力者と バラエティに富んだ意外性の世界

 1910年代を舞台に、各地で発生する怪奇現象の背後に潜む能力者を「推薦」する岩元先輩の戦いを描く本作も、早くも第五巻であります。前巻では一冊丸々使って長編エピソードが描かれましたが、この巻ではバラエティに富んだ短編エピソードが描かれます。岩元先輩が各地で出会う怪奇の正体は……

 各地から将来有望な若者たちを集める陸軍のエリート養成機関・栖鳳中学校――その隔離施設は、人知を超えた能力を発揮する者たちばかりを集めた一団。そして各地で発生する怪奇現象の背後に潜む彼ら能力者を、栖鳳中学校に「推薦」する――すなわち、彼らを見出し、必要に応じて取り押さえ、説得し、そして保護するのが、三年生にして学園書記長の岩元先輩の任務であります。

 これまで、能力者を狙って襲来した英国魔女学校を撃退、各地で人々を箱に閉じ込めていた怪人・箱男と対決――といった目覚ましい活躍を、しかし人知れず繰り広げてきた岩元先輩と後輩たちですが、この巻では四+一話の怪事件が描かれることになります。
 しかしその怪事件というのが、本作らしくそれぞれ並みのものではありません。その内容を見てみれば……

 東京監獄で、収監されていた囚人たちが次々と機械人形に変化した末、歯車と化して消滅してしまう「歯車ノ煙」
 日本各地に突如として無数の流星が落下、甚大な被害を出した末に栖鳳中学校にも襲いかかる「同時多発流星事件」
 強力な念写能力を持つ能力者が捉えた、無数の張り紙で覆われ奇怪な男女が中に潜む怪物件を巡る「電波物件ト念写男」
 物々交換で次々に人手に渡ってきた櫛を手にした者につきまとう怪人の呪いを描く「呪物ワラシベ長者」

 いずれも、本作がこういう作品と知らなければ、到底能力者ものと思えないような奇怪な事件揃いであります。

 ことに強烈なのは、巻頭の「歯車ノ煙」でしょう。確かに生身の人間だった者が、突如機械人形としかいいようのない姿に変化した末、寿命が来たもののように分解され、歯車と化して消えてしまう――何とも凄まじい現象ですが、実は今回は他のエピソードとはいささか趣を変え、既に犯人は捕らえられている状態で物語は始まります。
 その奇怪な能力を使って、殺し屋を営んでいたものが、ついに無差別殺人を起こして捕らえられた能力者・神草。監獄での惨劇も彼の周囲で起きたことから、彼の罪状は明らかですが、しかし岩元はそこにある疑いを抱き――と、意外性に富んだ物語が展開していくことになります。


 そう「意外性」――本作の魅力はこの言葉に凝縮しているように思われます。どう考えてもこの世のものならざる怪異としか思えない現象が、生身の人間によって起こされている意外性。そしてその能力者がそのような怪奇現象を起こす――起こさざるを得ない真実が存在するという意外性。
 作中に込められた様々な意外性が、いわゆる能力者ものの中でも、本作が特異な位置を占める原動力となっていると感じます。

 そしてその意外性は、今回また別種の形で示されることになります。たとえば「同時多発流星事件」の背後にあった、あまりにすっとぼけた(ほとんど不条理コメディのような)能力。不気味な都市伝説を思わせる「電波物件ト念写男」で描かれる、ほとんど反則としか言いようのない真実。
 連載初期にこれをやったら怒られそうな内容ばかりですが、しかしここまで様々な意外性を描いてきた本作だからこそ許される意外性、ここにはあります。

 その一方で「呪物ワラシベ長者」の怪奇現象の内容が、どこかで聞いたようなものだったり、あるエピソードでは、本当に復活させる必要があったかしら? というキャラクターが(しかも二人)再登場したりと、個人的にはちょっともったいなく感じるところもあるのですが、本作の無二の魅力の前には、それは小さなものというべきでしょうか。
 怪奇もの・猟奇ものとしてちょっと突き抜けた感のある前巻に比べると大人しめかもしれませんが、それでもその意外性は変わらない――そんな一冊であります。


 ちなみに巻末に収録された「風鈴娘ノ怪」は、とある大橋の上で風鈴を売る奇妙な風体の少女と出会う一編。岩元に対して「あなたには売らない 必要ない」と告げる少女の真意は――結末を見ると本作が番外編とされているのが理解できますが、しかしこの多様性もまた、本作の魅力というべきでしょう。


『岩元先輩ノ推薦』第5巻(椎橋寛 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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2022.11.22

梶川卓郎『信長のシェフ』第33巻 対面! 最後の現代人

 ついに武田家も滅亡し、天下統一に向けて、もはやその勢いは留まるところを知らない信長。しかしそれは同時に、光秀の信長弑逆の時が近づいているということでもあります。光秀の決意も知らぬまま、ただ本能寺の変を避けるために、ただ一つの希望である最後の未来(現代)人・望月を探して織田家を出奔するケンですが……

 松姫、勝頼、信忠そしてケンの想いが入り乱れる中、滅亡に至った武田家。まだまだ中国・四国・関東はあるものの、これで信長が天下統一に王手をかけたことは間違いありません。そしてそんな状況に、密かに決意を固める者が二人存在します。
 一人は光秀――信長の唐入りの意図を聞かされた彼は、それが末代まで信長の名誉を汚すことを悟り、その汚名から信長を救うため、心より敬愛する主を倒すために密かに動き出していたのであります。

 そしてもう一人はケン――本能寺の変という事件の存在を知る彼は、まさか光秀が既に決意を固めているとはつゆ知らず、光秀の名を出さずに信長を待つ運命を回避するため、歴史を変えようと孤軍奮闘の最中。しかし如何にケンでも、歴史を変えるのはあまりにも大きな難題であり、彼一人ではどうにもなりそうにありません。
 そこで彼が希望を賭けたのは、現代からこの時代にタイムスリップした五人のうち、最後の一人・望月の存在。この時代では特異点である自分たちが集まることで歴史が変わるかもしれないと、懸命に望月を探してきたのですが――今まで断片的にしか得られなかった彼の手掛かりが、近衛前久の何気ない言葉から一つに繋がり、ついに望月が土佐にいると突き止めることになります。

 しかし土佐といえば、いまケンが居る甲州、いや普段居る安土からもあまりに遠い土地。そして信長のシェフであるケンが、勝手に土佐に行くわけにもいかず、そして行く理由も考えつきません。この難題に対してケンの出した答えは――出奔!
 ほとんど反逆に等しい行為ですが、それでも止まらない、止まるわけにはいかないケンは、堺から存じ寄りの納屋衆の津田宗及らの手を借りて船に乗ろうとするものの、出奔してきたケンに対して彼らも良い顔をしません。それでも食い下がるケンに、船に乗せる代償として出された条件はなんと……


 というわけで、武田滅亡編とはまた別の形でケンが東奔西走するこの巻(まあ、途中で夏さんとの愛の巣に寄ったりしますが)。歴史的な動きは小さいのですが、料理としては望月の居場所の推理や、上記の堺の納屋衆相手の難題解決など、それなりにらしさは感じられます(特に後者は、料理と組み合わされたほとんどトンチのような答えが楽しい)。

 とはいえ、やはりこの巻のクライマックスは、ケンと望月の対面でしょう。現代においてはケンの先輩であり友人であったという望月。はたして彼はこの時代においてどのように生きてきたのか――その答えは、引っ張った割りにはと思いつつも、しかし確かにこれが一番あり得る道とも感じられます。
 あるいは、信長に出会わなかった、もう一人のケンというべき存在なのかもしれない、とも。

 そして本当のクライマックスはその先にあります。本能寺の変を止める方法がないかケンに尋ねられた望月の答えは……
 わはははは、ここまで引っ張ってこれか! いやようこさんが言っていたとおりなのですが、ここまで渾身の形でくらわされると、さすがにひっくり返るしかありません。

 この先、ケンの進む道は――いや本当にどうするんでしょうね?


『信長のシェフ』第33巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon

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 梶川卓郎『信長のシェフ』第25巻 新たな敵に挑む料理探偵ケ
 
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 梶川卓郎『信長のシェフ』第28巻 石山合戦終結 そして数多くの謎と伏線
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 梶川卓郎『信長のシェフ』第32巻 武田家滅亡 松姫の答え、勝頼の答え

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2022.11.21

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第24巻 項羽転落 覇王の中の人間の顔

 長きにわたり繰り広げられてきた楚漢の戦いにも、いよいよ結末が近づいています。廣武の漢城と楚城で繰り広げられた戦いも終わり、双方撤退を始めたにもかかわらず、張良が献策した追撃の成否は。そして韓信の動きは――いよいよ物語の舞台は、決戦の地・垓下に移ることになります。

 長きにわたり向かい合った二つの城――漢城と楚城に依って繰り広げられた劉邦と項羽の戦い。項羽を引きつけてひたすら守りに徹し、その間に韓信と彭越が後方を攻める――その策を実行する間、劉邦は胸に矢を受け、一方項羽の側は糧食不足に悩まされ、双方消耗を強めていくことになります。
 その結果、和議を結んで撤退することとなった両軍。しかしそんな中、鬼の顔を見せた張良は、追撃を強硬に主張し……

 そんな驚愕の展開で終わった前巻。この策が容れられなければ今後献策はしない――ほとんど脅迫に近いことを張良が言い出したのは、この機を逃せばもう二度と項羽を討つことはできない、という想いの現れだとは思いますが、しかし信義を破っての騙し討ちをやれと言われて、喜んで従う者もいないでしょう。
 悩んだ末に陳平(この人も張良の策の解説役というか、フォロー役が板についてきた感が……)の取りなしを受けて、楚軍を追うとともに、韓信と彭越を呼んで挟み撃ちする形を取ることとした劉邦。しかし韓信も彭越も動こうとはせず、拳を振り上げた劉邦の方が危険な状況になる始末であります。

 彭越はともかく、本作の韓信は野心とは縁遠い好漢のはず。その韓信が何故――というのが、この巻では一つの焦点となっていると言ってよいかもしれません。この辺りは、以前より韓信の周囲で不審な動きを見せていたあの人物が――というのが一つの解釈、というか史実に忠実ではありますが、その言を受けた時の韓信の表情は、ある意味本作独自の、己に自負を持ちつつも、あくまでも生真面目な韓信像を象徴するものと言えるかもしれません。

 もちろんそんな韓信像は、彼を信じる張良の存在あってこそであります。何故初め韓信が動かず、そしてその後彼が動き出したのか。そしてその韓信に想いが通じれば勝てると、張良が喜色を見せたのは何故か――その心の動きは、劉邦に勝利をもたらしたものが、単純な智謀や武勇ではないことを描いているといってよいでしょう。
(そしてもう一人、劉邦の三傑である蕭何が、ここでは顔を見せないのも、またらしい)

 とはいえ、再会の時に完全に目と目で通じ合って完結している張良と韓信も困ったもので、この辺り劉邦も扱いに困るだろうなあ――とは思います。


 何はともあれ、ついに集結することとなった劉邦・韓信・彭越の軍。ここから一気に状況は漢に傾くことになっていくのですが――それは決して漢側の軍勢の数が勝ったからでも、漢が抑えた土地の数が上回ったからでもありません。それは……

 正直なところ、前巻のラストまで接戦を繰り広げていた、いや勢いでは上回っていた項羽が、ここから一気に、まさに崩れていくという表現が相応しい転落の一途を辿るのは意外にも感じられるかもしれません。しかしここで張良が語る項羽の敗因を見ればそれは理解できるものではあります。
(ただし、項羽の狂にして兇とは別の側面が、作中で十分に描かれていたかといえば、それは疑問符がつくのですが……)

 そして何よりも歴史に名高い四面楚歌の場で、項羽が初めて見せたその表情には、覇王と恐れられた彼もまた、一人の人間であったことを示すものでしょう。何よりも、その彼の人間性を支えていた虞美人を想い、彼女と相和して歌う姿には、これまでの彼とは全く異なる想いが表れていることは間違いありません。

 しかし、彼はこのままでは終わりません。終焉のその時まで、彼は再び狂にして兇の覇王足るのか――そしてその先に、張良は、劉邦は、韓信はいかなる顔を見せるのか。

 いよいよ次巻完結であります。


『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第24巻(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2022.11.20

出口真人『前田慶次かぶき旅』第11巻

薩摩から筑前に舞台を移して続く暴れ旅、黒田家の領地に足を踏み入れた慶次の前に現れたのは黒田の「虎」こと後藤又兵衛。いくさ人はいくさ人を知る――たちまち意気投合した慶次と又兵衛ですが、この巻では又兵衛の主君である黒田長政が登場します。が……

 薩摩で大暴れして飛び出した末に、筑前に現れた慶次・権一・宗茂・左近・兵庫の面々。筑前といえば黒田如水ですが、慶次と如水は、かつて海底の黄金百万両を賭けた大博打で激突した――というか如水が一方的にボロ負けした――因縁の間柄であります。

 如水が滅茶苦茶引きずっている一方で、そんなことは気にしない慶次の目的は、黒田の「虎」に会うこと。黒田八虎の一人・後藤又兵衛、そして同じく母里太兵衛――いずれ劣らぬ豪傑たちとの出会いに、慶次もご満悦であります。

 が、この巻の冒頭から登場する二人の主君であり如水の子・黒田長政は、二人とはあまりに異なる器の小さな男。ささいなことでヒステリックに怒鳴り散らし、家臣に当たり散らす――もう絵に描いたような、いくさ人とは対極にある小人物です。

 そんな長政の心をいま占めているのは、十数年前に討った城井鎮房の存在。豊前の戦国大名であり、秀吉の移封の命に逆らって奮戦した末に、長政に討たれた鎮房ですが――その手段が大問題であります。何しろ、和睦の証として鎮房の娘の鶴姫を妻に迎え入れると称して鎮房を招き、その宴席で騙し討ちしたのですから……

 家中でも後味の悪い一件として尾を引くこの騙し討ちですが、実際に手を下した長政にとってはなおさらなのか、ほとんどノイローゼのように引きずり、それを家臣に当たり散らす状態。しかしもとはといえば自業自得、そんな器の小さい人間がふんぞり返っていると聞いて、慶次が黙っていられるはずがありません。

 そして慶次が始めたとんでもないいたずらとは……


 そんなこの巻ですが、裏の主役というべき存在感を見せるのが黒田長政であります。父親や家臣が格好良く描かれている一方で、ここでは一人で悪役を押し付けられることになっているのには、いささか可哀想に感じます。

 私は後藤又兵衛ファンなので、長政がこういう風に描かれるのはまあ納得しますが(するな)、しかし史実からすれば騙し討ちは如水も関わっていたようですし、長政ファンにとっては正直なところ相当不愉快になる描写でしょう。

 とはいえ、ここで慶次が喜々としてやらかすいたずらは、実にしょうもないのですが、だがそれがいい。特にある人物と組んでの仕上げは痛快の一言で、長政には申し訳ないのですが、非常に楽しませていただきました。

(しかしこのエピソードのラスト、何だかいい感じにまとめてましたが、別に長政は改心していないような……)


 さてそんな騒動の果てに次に慶次が向かったのは、細川忠興のもと。忠興といえば、(作中でも取り上げられましたが)奥方絡みで色々と逸話が残っているわけで、この巻はアレな二代目特集か! という気もしますが、さてそんなところにやって来た慶次の理由とは……

 次巻予告を見たところ、なかなか面白い人物が登場するようで、まだまだ慶次もかぶき足りないようであります。

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2022.11.19

「コミック乱ツインズ」2022年12月号(その三)

 「コミック乱ツインズ」誌2022年12月号の紹介の第三回、ラストであります。

『侠客』(落合裕介&池波正太郎)
 前回、ついに父の仇であり、諸悪の根源たる寺沢兵庫頭を見事に討ち取った塚本伊太郎。それから時は流れて八年後、江戸一の口入れ屋・山脇の頭領となった彼が今名乗る名は――幡随院長兵衛! 権兵衛や四郎兵衛、小平ら頼もしい仲間はそのまま、そしてお金とも結ばれて子まで授かり――と順風満帆としかいいようのない長兵衛ですが、しかしその行く先に影を落とすのは、いわゆる町奴と旗本奴の対立であります。

 幕府の、社会の体制が変わりゆく中、勢力を伸ばしていく町人――町奴と、鬱憤を溜めていく武士――旗本奴。そして町奴の頂点というべき長兵衛と、旗本奴の頭領格である水野十郎左衛門。かつては固い友情で結ばれた二人の行く先は――これはもう、伊太郎が長兵衛となった時点で避けようがない運命、というのは結末を知った上での興醒めな見方かもしれませんが、重い気持ちにもなってしまうのです。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 次なるターゲットであるサイ所元常を討つべく動き出した直家。しかし彼の拠る辰ノ口城は難攻不落、攻めあぐねた直家は、元常が男好き(直球)であるのに目をつけて、家中随一の美少年・岡清三郎を送り込むことに……

 というわけで利用できるものであれば何でも利用する直家の次なる策は色仕掛け。ご丁寧に拷問の跡までつけて、直家の元から逃げ出したと清三郎に偽らせ、元常の懐に潜り込むという、これぞまさしく苦肉の策であります。しかしこう、元常が肉の罠に嵌まるのはここからで――と、直球過ぎる描写には鼻白むものがありますが、作者の作品の場合、趣味で失敗する人間の描写はこんな感じではあるなあ、という気もします。
 むしろ意外に映るのは、そんな清三郎の身を案じる直家の姿ですが――さて、その清三郎の運命が気になります。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 蒙古の魔少女・クトゥルンのモンゴリアンデスワーム作戦(英訳)で捕らえられたラジンは、腹心の「名無し」にも裏切られ、囚われの身に。そしてクトゥルンの夫候補の一人に加わえられた名無しは、ラジンの軍勢二万を降らせるように彼女に命じられるのですが……

 と、オッド姫とブブが楽しい旅を続けている間に、風雲急を告げる状況となったモンゴル軍。これまであれだけデカい顔をしていたラジンが、一転人質の身になってしまうのは意外とも哀れともいうべきですが、しかし名無し相手に、ものすんごい怒りの啖呵を切る姿はまだまだ元気そうです。
 その一方でクトゥルン側も彼女が四人+一人の夫候補を競わせているのが裏目に出ることに。はたして事態はどちらに転ぶのか――とりあえず名無しの尻の運命が心配であります。


『カムヤライド』(久正人)
 ついに始まった三大(二大+一?)ヒーローvs五大天津神の全面対決。戦っている三人の方も大変ですが、心配なのは周囲の人々――桁外れの破壊力を持つ上に、周囲の被害など全く気にしない天津神の攻撃は、流れ弾というにはあまりに物騒というほかありません。ヤマトでの被害を思えば、杞憂とは思えない――という状況で、むしろ喜んでいるのはヤマトヒメ。実戦データを集める好機と、あまり作者の作品でも見たことのないようなタッチで邪悪な顔で喜びを見せるのですが……

 しかしそんな外野の思惑など考えているヒマもないのが戦っている者たちであります。引き続きアマツ・ミラールと戦う神薙剣ヤマトタケルは、前回見せたフォームチェンジをさらに進化させ、フィギュアを入れるとフォームチェンジ音声が出るという玩具向けギミックを披露。一方、物語冒頭からの因縁であるウズメと対峙したモンコは、パワーアップの甲斐あってか善戦するものの、しかし敵の思いもよらぬ能力の前に窮地に陥るのですが――そこに現れたのは何と!

 こういうのお好きでしょう? と言わんばかりですが、ああ好きですよ、好きですとも! と言いたくなるような展開であります。そしてここで前回参戦を宣言したあの人を加えれば、五vs五になるわけですが、さて……


 次号2023年1月号は創刊20周年特別記念号ですが、10月号に登場したばかりの盛田賢司『真剣にシす』が連載開始。原案が河端ジュンと西岡拓哉のグループSNE所属の二人とのことですが、乱ツインズでグループSNEのクレジットを見ることになるとは、何だか不思議な感じです。


「コミック乱ツインズ」2022年12月号(リイド社) Amazon

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2022.11.18

「コミック乱ツインズ」2022年12月号(その二)

 号数の上では今年最後の「コミック乱ツインズ」12月号の紹介のその二であります。

『雑兵物語』(やまさき拓味)
 シリーズ連載もいよいよ佳境、戦国時代の名だたる合戦に加わってきた雑兵の捨丸と春の凄春も、いよいよ終わりに近づいている印象があります。
 瀬田橋の戦いで明智軍と戦った末に、自分たちが身を寄せた山岡家の重臣の仇討ちとばかりに光秀に怒りの槍を付けた捨丸。しかしその一方で春は残酷な戦国の世に耐えかねて故郷に帰り――と、前回ではついに二人が離れ離れとなりました。

 しかし結局、秀吉の軍に捕らわれて、あっさり再会した二人は、そこから脱走してすったもんだの末に、柴田勝家の重臣で同郷の加駄馬彦七左衛門(通称駄馬大将)に救われた二人は、その雑兵に加わることになります。が、今度は秀吉と勝家の間で戦が勃発して――というわけで今回描かれるのは賤ヶ岳の戦。
 しかしその勝敗は歴史から見て明らかなわけで、北ノ庄城への撤退戦の中、毎度のことながら見切りをつけて逃げ出そうとする二人ですが、駄馬大将の窮地に、これまた春が仏心を出して……

 と、いつもの春と捨丸らしい展開と思っていれば、ラストで描かれるのは思わぬ地獄絵図。このまま終わっても(ひどく後味が悪いものの)おかしくところですが、いつもは「終」と記されるラストのコマが「続」となっていたのが救いであります。はたして二人の運命は……


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 柳沢吉保の最後の命を受けて、将軍家継暗殺の企てを着々と進める一方で(いやその一環として)聡四郎に対する包囲網をも着実に狭めていく紀文。新井白石から押し付けられた新たな任務である大奥監査を進めようとしていた聡四郎に迫るのは、間部家の武士と伊賀者、そして僧形の暗殺者たち……
 僧形の暗殺者など、ちょっと出ていなかっただけで、そういえばいたなあ――という印象になってしまうほど、いつもながらに周囲は敵ばかりの聡四郎。そんな中、聡四郎はわずかな味方である玄馬と二人、伊賀者たちが隙を窺う中で四人の暗殺者と死闘を繰り広げることになります。刀が相手ならばともかく、鉄の錫杖や鉄の数珠など奇怪な武器を操る敵に苦戦する二人ですが、しかし紀文に託された力が聡四郎を救うというのは何たる皮肉でしょうか。

 その一方で当の紀文は、最後の切り札たる謎の暗殺者・庵を投入するなど、いよいよ持てる力の全てを注ぎこんできた感があります。そんな中、この暗闘の発端というべき人物がついに退場するのですが――しかしそれでもこの企ては止まることはないのであります。


『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎)
 毎回視点を変えて描かれる『仕掛人藤枝梅安』のグルメスピンオフである本作ですが、今回の主人公はなんと田島一之介――白子屋秘蔵の仕掛人である凄腕の剣士である一方で、不気味なほど純粋な顔を見せる美青年であります。色々あって相棒と別れ、ただひとり東海道を行く一之介は、無邪気に騒動を起こしつつ、安倍川もちにチャレンジして……

 そんな『かきすて!』のようなノリの今回ですが、その中で垣間見えるのは、一之介という人間に残ったひどく純な部分の存在であります。
 もちろんそれはある意味彼の危険性の現れではあるのですが、恩人である戸波高栄(実は梅安)に全幅の信頼を寄せ、心の支えにすらしている姿を見ていると、彼がもっと早く梅安と出会ってさえいれば――そんな気持ちにもなるのです。


 ラスト、その三に続きます。


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2022.11.17

「コミック乱ツインズ」2022年12月号(その一)

 号数の上では今年最後となる「コミック乱ツインズ」12月号は、表紙が『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』、巻頭カラーが特別読切『おんな座頭けもの道』。その他にも佳境に入った作品多数の読み応え十分の号です。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介します。

『おんな座頭けもの道』(伊藤黒介)
 前回特別読切として登場して、二度目の登場でいきなり巻頭カラーという破格の待遇で登場した本作。凄腕の武術の使い手である娘座頭の市を主人公とした連作、Webから誌面に再び登場であります。

 渡し船が出るまでと、老武士・鏑木の軒先を借りてのどかな時を過ごす市。武士道に厳然たる鏑木は、しかし、町で茶屋娘に絡んだ米沢ら四人組の不良武士を制止したことから、彼らとの果たし合いを控えていたのであります。そして約定の日、果たし合いの場に向かう四人の前に市が現れて……

 おんな座頭は表の顔、実は金で雇われてその凄腕を振るう市。もちろん今回も雇われて鏑木に近づいたわけですが、さてその目的と雇い主とは――と、今回はシンプルなようでいて、ひねりが加えられた物語が展開することになります。
 ひたすら愚直に武士道を貫こうとする鏑木、その武士道の前に引くに引けなくなっていく米沢、そんな彼に呆れ顔の朋輩三人、鏑木の姿に喝采を送る町人――そんな人々の間を市が駆け抜けた時、何が起きるのか。はたして誰が正しかったのか、どの道が正しかったのか――索漠たる味わいが後を引きます。


『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』(叶精作&天沢彰)
 日本橋の手習い塾の塾長・木下が、絞殺された上に能面を被せられていたという事件の発生を、同心・浅間から聞かされた玄白。友であった木下の死に、一人で密かに調べを始める玄白ですが、木下と知人であったことを隠していた彼に、浅間は不信感を抱きます。
 修験者や巫女が集まる霊山で知られる東北の山陰藩の出身だった木下。彼の死と能面には、その過去が関わっているようなのですが……

 医学のためといいつつ、解剖が趣味のような剣呑なキャラクターとして設定され、ある意味源内以上に印象に残る本作の玄白。有名人であるだけにそれ以上のキャラ付けはないものと思い込んでいましたが、どうやらその過去には複雑なものがありそうです。
 その一方で、今回のエピソードの中心となる能面殺人事件の方は、今回の描写で何となく真相が予想されるのですが、さて……


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 二胴部隊の本拠というべき亀戸の隠れ屋敷を、相良率いる水野家の一隊とともに襲撃し、その中で二胴の使い手を「狼走の太刀」で真っ向から打ち破った佐内。敵の指揮官というべき坂東は取り逃がしたものの、まずは大勝利というべき結果となりましたが――同じ藩の屋敷にカチコミをかけた上、相手派閥の首を取ったとくれば、ただですむはずがないのが藩の政治というものであります(いや、どこでも大問題ですが)。
 一晩明けて、佐内が平然と(将来の義父との関係に微妙に悩みつつ)「もっもっ」と飯を食っている一方で、相良は水野家の重臣たちの集う評定の場に召喚されることに――というわけで、激しい剣の応酬から一転、激しさと一歩間違えれば命取りという点では剣戟と変わらない言葉の戦いが描かれることになります。

 しかし(ダメ)社会人であれば想像するだけでお腹が痛くなりそうなこの場を、上司の援護射撃はあったものの、見事に切り抜けた相良。カチコミの指揮もできれば弁も立つ、これは家中に相良ファンクラブが絶対にある――というのはさておき、当人は同僚から佐内のことを褒められてドヤ顔。そしてその佐内を呼び出した相良は、敵方の切り札であり、佐内の父の仇・川越を斬りに行くと告げ……

 と、今回はほとんど主人公だった相良ですが、こうして見ると本作は佐内と相良のバディものとしても成立しているように見えるのが面白い。まだまだ世慣れぬ剣術バカの佐内と、裏も表も知り抜いたデキる侍の相良と――好対照の二人の存在が、ともすれば陰惨になりかねない物語に、不思議なエネルギーを与えていると感じます。
 まあ相良の方は力が有り余っているのか、またもや佐内を口説きにかかり、佐内に跳ね除けられる――というわちゃわちゃぶりももう毎度のことで楽しいものがありますが、しかしそんな時間はごく一時。いよいよ次回、川越との対峙を見ることができそうです。


 12月号の感想は次回に続きます。(全三回予定)


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2022.11.16

『女房は式神遣い! あらやま神社妖異録』

 女房の名前は咲耶、そして旦那さまの名前は宗高。ごく普通のふたりはごく普通の恋をし、ごく普通の結婚をしました。でもただひとつ違っていたのは女房は式神遣いだったのです――というわけで、江戸の小さな神社を舞台に、凄腕の式神遣いの女房を主人公とした、ユニークな妖怪時代小説であります。

 江戸の日本橋横山町にある、小さいけれども由緒ある荒山神社――その神社を神主の宗高と一年前に互いに惚れ合って結婚した咲耶は、金にうるさく意地悪な義母に手を焼きながらも、幸せな夫婦生活を送っております

 が、実は京の陰陽師・一条家の生まれ、それどころか祖母は人ならざる存在である咲耶は、実は優れた式神遣い。唇をちょっと動かしただけで式神たちが家事をやってくれるほどの腕前の咲耶ですが、要らぬ騒ぎを起こさぬために、そして愛する宗高をそれに巻き込まぬために、彼女は夫にもその力は秘密にしているのです。

 そんな中、この十年ほど寄り付かなかったものが、急に神社にやってきた氏子で大店の主・長左エ門。彼は、最近身の回りに凶事が相次ぐと祈祷を依頼してきたのですが――咲耶は彼の周囲に不気味な黒い影を見るのでした。

 はたして、祈祷は何事もなく終わったにもかかわらず、長左エ門の周囲で起こる奇怪な事件の数々。ついには長左エ門の孫娘に何かが憑いたと聞かされた咲耶が、不在の宗高の代りに向かった先で知った真相とは……


 冒頭の引用のとおり(そして書籍紹介ページを見ると出版社側も隠していないのですが)本作は往年の海外ドラマ『奥さまは魔女』の時代劇版というべき作品であります。

 もっとも、あちらが奥さまの魔法が引き起こす騒動がメインだったのに対し、本作はむしろ咲耶は夫にも式神を遣えることを隠し、その上で周囲で起きる妖絡みの事件に挑むというスタイルで、むしろ妖怪時代小説のバリエーションとなっています。(ちなみに、やはり式神遣いである実母が、咲耶の夫たちを見下しているという点は共通ではあります)

 そんな本作は、上で紹介した第一話「式神遣いの女房」に続き、全五話構成となっています。

 夜ごと涙を流す木彫りの金太郎像を引き取った宗高と咲耶が、その理由を探る「金太郎、泣く」

 荒山神社をはじめ、周囲の神社で次々と起きる天狗連を名乗る賽銭泥棒に二人が挑む「天狗守る社」

 荒山神社の長屋に住むトラブルメーカーの化け猫娘・ミヤの恋と、彼女を狙う心に闇を持った者の姿を描く「曲がり尾の猫」

 ある晩、荒山神社に現れた迷子の座敷童の家を探して咲耶が奔走する「わがんね童子」

 いずれも派手な内容ではありませんが、超がつくほどお人好しで、自分には修行の末に超能力が身についた(実際にはない)と信じる宗高と、そんな夫を支えて陰で活躍する咲耶の姿が楽しく――特に、咲耶には真相がわかっていてもそれを明らかにせずに解決しなければならないのが面白い――また、どのエピソードもグッとくる場面が織り込まれた、人情ものとしてもまずよくできた作品であります。


 もっとも、人情ものの要素が強いからといって、イイ話、良い人間ばかりが描かれるわけでは決してありません。それどころかむしろ作中に登場するのは、心の中の弱さに妖が取り憑いた者、それどころか、妖など憑いていなくとも己の闇に呑まれて、凶行・愚行を繰り返す者も少なくないのです。

 本当に怖いのは人間――などというわけではありませんが、日常の中であっても、良い側にも悪い側にもどちらにも転び得る人間の姿を、非日常的な妖という存在に照らして本作は描き出しているというべきでしょうか。

 そしてそんな人々に対して、たとえ陰でぼんくら呼ばわりされようとも、人間を信じ、善を成そうと努める宗高は、やはり咲耶の夫に相応しい――そう感じられるのです。


 もっとも、一番闇を感じられるのが咲耶の周囲で――咲耶を嫌い事あるごとに当たる義母、咲耶を実家に連れ戻し名家に嫁入りさせようとする実母、宗高に横恋慕して咲耶を敵視する幼馴染の娘といった面々の存在は、なかなかストレスフルであります。

 しかし咲耶の二人の母については、どちらも自分が夫に望んで叶えられなかった世俗的な成功を、自分の子を使って得ようとしているという共通点が興味深い。その点で、ぼんくらと呼ばれる夫を深く愛する咲耶と、二人は対照的な存在といえるかもしれません。

 この先、シリーズが続くことでこの相克が解消されることがあるのか、その点も大いに気になるところです。

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2022.11.15

森山光太郎『火神子 天孫に抗いし者』 古代の激闘、大和vs邪馬台国!?

 現時点では最後の開催となっている第十回朝日時代小説大賞を受賞した、極めてユニークな古代ロマンであります。弥生時代を舞台に、新たな国を作るべく殺戮を繰り広げる大和の「天孫」と、彼に挑む宿命を背負った少女。対照的な二人の存在は、やがて巨大なうねりを起こすことに……

 登美毘古大王が治める長髄の地を突如襲った軍勢。それはまだ二十代の青年・御真木が率いる大和の軍勢――大陸からこの極東のこの島に渡り、「天孫」を名乗る彼は、周囲の国々を全て討伐し、自分自身の国を討ちたてんとする野望を抱いていたのであります。
 御真木と配下の猛攻の前に登美毘古は命を落とし、無惨に蹂躙された長髄。しかし新たに御真木の配下となったかつての登美毘古の腹心・左智彦は真の脅威は登美毘古の娘・翡翠命であると告げるのでした。

 かつては登美毘古に英才教育を施されながらも、今は故あって追放され、隠れ里で師であり、左智彦の父である左慈と暮らす翡翠命。里の人々が御真木への恭順を選ぶ中、彼の狙いを見抜き里に残った彼女は、自分の命で事態が収まるならばと死を覚悟するのですが――父のもう一人の腹心・右滅彦に救い出されることになります。
 彼とともに落ち延びた末、かつて父に大きな恩を受けたという熊襲の九重と西に向かう翡翠命ですが、その心には大きな変化が……


 タイトルから想像できるように、邪馬台国に君臨したといわれる女王卑弥呼を題材とした本作。いまだに謎に包まれただけに、フィクションの世界でも数々の作品の題材となっている卑弥呼と邪馬台国ですが――そこで問題(?)になるのが大和朝廷との関係です。
 邪馬台国=大和朝廷だった、邪馬台国がその後大和朝廷となった、そもそも時代が違うので関係ない――様々なスタンスがある中で、本作で描かれる(正確には本作の先で描かれる)のは、邪馬台国vs大和朝廷――コロンブスの卵的なシチュエーションの妙に、まずは感心させられます。

 しかし本作のユニークな点はそれに留まりません。上記のあらすじでオッと思った方もいるのではないかと思いますが、本作で翡翠命の師となるのは左慈――「三国志」に登場するあの仙人なのです。
 正史においても演義においても曹操との関連で語られる左慈ですが、本作においてはその曹操の命により、ある目的を帯びて息子とともに倭に渡ったという設定。そしてそこで見出したのが翡翠命で――というわけで、史実での邪馬台国と魏の関わりを思えば、豪快ながらなるほどと思わされる設定です。

 そして物語を倭という島国の中だけで終わらせない姿勢は、そのほかにも、翡翠命の宿敵となる御真木――そ粛慎に生まれながらも故郷に見切りをつけ、海を渡ってこの島の覇者たらんとする男の設定にも表れます。
 こちらは懐かしの騎馬民族征服王朝説的ではありますが、そんな御真木が「天孫」を名乗り、初め神武、ついで崇神と名を変えるという設定は(その理由を含め)本作の持つダイナミズムの一つの象徴と言うべきでしょう。


 さて、本作においてはその御真木(とその配下のいわゆる四道将軍)の覇業と、彼に追われる立場となった翡翠命の成長が描かれることとなります。

 幼い頃から文武に優れた才能を発揮し――そして、異常なまでのカリスマを持っていた翡翠命。しかしそれゆえにか、彼女は現実に、そして現実の人間に寄り添うことが難しいという、理性を暴走させたかのような欠点を持つ少女として造形されています。
 しかし己の命に危険が迫り――そして一族の幼い命が無惨に散らされる姿に恐怖を感じたことにより、戦う意思を喪った(一方で命の危機に陥ると暴走モードになる)翡翠命。物語後半では、御真木の配下で残虐無比の丹波道主の侵攻が迫る中、彼女が再起に至るまでの戦いが描かれることになります。

 はっきりと言ってしまえば、本作は大きな物語としていえば、道半ばのところで終わることになります。それはともかく、せめて敵に一撃くらいは食らわせて欲しかったという印象はあります。
 しかし彼女が命を失う恐怖を乗り越えて立ち上がるまでの展開は、納得かつ感動的であり――そしてまたラストで明かされる、左慈が彼女に託したモノの正体にもグッとくるものがあるのは間違いありません。(その一方で、御真木側が「残酷な敵」以上の印象を持ちにくかったのは残念なところです)

 そして何よりも、古代史を自由に、しかし様々な伝承と整合を付けつつダイナミックに描き、そしてその中で覇者をも王者をも超える存在を描こうとする試みは、やはり心躍らせるものがあります。
 続編の「卑弥呼とよばれた少女」も近日中にご紹介いたします。


『火神子 天孫に抗いし者』(森山光太郎 朝日新聞出版) Amazon

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2022.11.14

佐野絵里子『たまゆら童子』 長い歴史の中のかけがえのない瞬間を描く華麗な絵巻

 様々な時と場所に現れる不思議な童子を狂言回しに、平安から鎌倉時代を題材に描くオムニバス漫画であります。美しい絵巻物のような自然を背景に、老若男女、様々な人間が繰り広げる一瞬のドラマを、時におかしく、時にもの悲しく、時に恐ろしく描く名品です。

 「京の都の片すみに人々の信仰を集める小さなお堂があった 霊験あらたかな観音様を祀るそのお堂は如意輪堂と呼ばれ――今日もだれかが願いをかなえにやってくる――」その一人である琵琶の上達を望む青年公達が不思議な童子に導かれ、山中の庵で琵琶をつま弾く老人を垣間見たことから、蠱惑的でしかし恐ろしい経験をする物語「さみだれの琵琶」から始まる本作。
 この如意輪堂から始まるエピソードもいくつかありますが、大半は時代や場所に縛られることなく、老若男女、有名無名、そして貴賤を問わず様々な人間(時に亡霊)と、その前に現れた童子の語らいを中心に、本作は語られていきます。

 数々の物語の中で語られるのは、人間の愛おしさや愚かさ、弱さや強さ、美しさや醜さ――つまりこの世の諸相というべきもの。本作はそれを作者一流の、まさに絵巻物のように流麗な、そして漫画ならではの卓抜な構図の中で、巧みに描き出します。
 こうして描かれる個々のエピソードの中には、有名な古典を題材としたものも少なくありません。しかしそこに縛られることなく自由な解釈を加え、時に正反対の物語として(時に敗者の救済の物語として)成立させるなど、作者自身の物語として成立させているのが、本作の大きな魅力です。

 ちなみに本作は「コミック乱ツインズ」の古くからの――というより最初期からの読者には懐かしいタイトルで、創刊どころかその前身である「増刊コミック乱」の頃から連載されていた作品です。
 本作は約三年半にわたり四十話掲載されましたが、その後刊行された最初の単行本は掲載順ではなく傑作選的な扱いで大いに残念に感じたものです。しかしその数年後に続巻が二冊刊行されて全話収録され、今は電子書籍で読むことができるのは、有り難い限りです。
(単行本には「たまゆらこぼれ話」として、作者による詳細な各話解説が付されているのも素晴らしい)


 さて、そんな本作の中から、お気に入りのエピソードを、と思ったのですが、これがうっかりするとほとんど全話になってしまうので、強いて十話上げてみれば――
 人事不省となった父の平癒を祈る平家の公達が、童子に誘われた先で、厳めしかった父の意外な姿を垣間見る「月夜の牛車」
 スランプの絵師が童子の誘いで鳥獣戯画の世界に紛れ込む、絵巻と漫画の融合が見事な「画境に遊ぶ」
 百人一首の最後の一首に悩む定家の前に、読み人知らずの名歌を詠んだ歌仙の魂魄が現れる「幻の歌仙」
 恋しい男の真意を知るため、人の心の声を聞くことができる虫垂衣を与えられた娘を描き、ラストシーンの解放感が素晴らしい「むしのたれぎぬ」
 旧暦十月、出雲に集った神々が喧嘩友達の翁と媼の縁結びに興じる「神無月のころ」
 かつて弟子とその恋人を無惨に死なせたことを悔いる安珍の師に、童子が安珍の最後の願いを語る「紅蓮の恋炎」
 冬の夜、伴大納言と藤原時平という今ひとつ知名度に欠ける二人の霊が、自分の境遇を嘆く「流行風邪」
 幼い頃から雛の若君に恋し続けた姫君の願いを描く、ラストシーンが美しくも非常に恐ろしい「雛の寝殿」
 実母と乳母の間で引き裂かれる己の身の悲しみを童子に語る「不如帰」
 少年時代の悪源太義平が、京で印地打ちをはじめとする遊びに興じる「遊びをせんとや生まれけむ」

 この中でも特に「不如帰」は、ほぼ全編、頼家が己の不遇を嘆くという内容なのですが、背景となる夜の鎌倉の物寂しい景色(特に彼の心象を物語るような歪んだ土塀など)の壮絶な美しさなど、アートという点では本作の頂点ではないかとすら思わされる一編。個人的には作中ベストと感じます。


 もちろんその他にも、まさしく「珠玉」というのが相応しい物語が詰まった本作。どのページを開いても――どの物語を見ても、その美しい絵と、そこに息づく歴史上の、しかしどこか馴染み深い人々のドラマに、心が揺さぶられます。

 「たまゆら」とは「玉響」――玉がゆらぎ触れ合うかすかな音から転じて、ほんのわずかの一瞬の意。様々な人々の出会いと別れ、生き様や死に様――長い長い歴史に比べれば、ほんのわずかな一瞬に過ぎないかもしれない、しかしかけがえのない瞬間を留め、集めてみせた名品であります。


『たまゆら童子』(佐野絵里子 リイド社SPコミックス全3巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon

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2022.11.13

12月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 いよいよ今年も残すところあとわずか。今年は本当に色々と大変な年でしたが、せめて年内ギリギリまで面白い本を読みたいと心から思います。というわけで、2022年ラスト、12月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 さて文庫小説ですが、ここのところちょっと寂しかったところが、12月はなかなかの分量であります。
 まず最初に気になるのは、スニーカー大賞金賞を受賞した明治サブ『腕を失くした璃々栖 明治悪魔祓師異譚』。カクヨムを見ると色々と穏やかでないタグがついていますが……
 そのほか、相田美紅『呪われ少将の交遊録』が気になるところですが、シリーズものではどちらもレーベル移籍第二弾同士の平谷美樹『貸し物屋お庸謎解き帖 百鬼夜行の宵』と久賀理世『奇譚蒐集家 小泉八雲 終わりなき夜に』が嬉しいところです。

 また、文庫化では谷津矢車『しょったれ半蔵』、天野純希『もののふの国』、木下昌輝『戦国十二刻 始まりのとき』と楽しみな作品が並ぶほか、新装版では宮本昌孝『剣豪将軍義輝 下 流星ノ太刀』、風野真知雄『若さま同心 徳川竜之助 12 双竜伝説』、そして懐かしの岡本綺堂『世界怪談名作集 信号手・借家ほか五篇』『同 北極星号の船長ほか九篇』が復刊されます。


 一方、漫画の方はかなり点数は少ないのが寂しいところではあります。
 しかし作品の方は粒より――さいとうちほ『輝夜伝』第11巻、伊藤勢『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第4巻、たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第7巻、安達智『あおのたつき』第7巻(書籍分)、山崎峰水『くだんのピストル』参、安田剛士『青のミブロ』第6巻と続きが楽しみな作品が並びます。

 そして深谷陽の漫画版『童の神』は第6巻で完結。あのラストシーンがどのように描かれるか楽しみです。


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2022.11.12

羽田豊隆『幕末賭博バルバロイ』第2巻 いきなり激突、ラスボス戦!?

 ギャンブルが世の向かう先を左右する幕末を舞台に、豊臣家の末裔の少年ギャンブラー・豊臣秀と、侍になるべく奮闘する女剣士・大御神甘楽のコンビが大勝負に挑む幕末ギャンブル漫画の続巻です。いきなり大敵と対決することになった二人の勝負の行方は――思いもよらぬ展開の連続であります。

 命を賭けた御前賭博の場で十三代将軍・家定を破り、家定を名乗る少女が支配する江戸時代。父の剣術道場で師範代を務めるほどの腕でありながら、女に生まれたというだけで認められない日々に鬱屈を感じる甘楽は、賭博師を名乗る青年・秀によって、命懸けのギャンブルの世界に引き込まれることになります。
 この時代の日本人の常識を超える知識量で、次々と強敵を破っていく秀の目的は、将軍家打倒。その軍資金を集めるためにペリーの孫娘から大金をふんだくった二人ですが、その前に刺客として坂本龍馬と岡田以蔵が現れ……

 我流の剣を操る以蔵に己の剣で挑む甘楽、龍馬の拳銃相手にギャンブルを仕掛ける秀――剛と柔、巻頭からいきなりこの両者の対決が描かれる第2巻ですが、実はそれは前座にすぎません。
 両者の決着がついたと思われた時、その場に現れた謎の美女――それこそは十四代将軍・家定。沖田総司一人を供に連れて平然と江戸城の外に現れた彼女は、こともあろうに秀が目指していた御前賭博――勝てば即将軍、負ければ即切腹の勝負を、向こうから持ちかけてきたのであります。

 かくてその辺の道端で突如始められることとなったラスボス戦。秀は自分に有利な勝負として「西洋かるた」を取り出しますが、家定はそれを「トランプ」と呼ぶではありませんか。はたしてこの時代にあり得ない「トランプ」という語を平然と用いる家定とは何者か……

 と言いたいところですが、何分本作の世界観が世界観なので、あまり意外な気はしないのが正直なところ。それでも何はともあれこの時代において、家定が色々な意味で明らかに規格外な存在であることは間違いありません。
 秀の得意とするイカサマと賭博に対する知識に対し、その尽くを桁外れの強運――この後に起きることを知っているとしか思えないツキでもって覆していく家定。

 この逆境を打開する術は――秀のパートナーたる甘楽しかない! と思いきやその前に立ちふさがるのは沖田総司。あまりに分の悪い勝負の行方は……


 まあ、この時点で主人公とラスボスが対決したら、その結果は目に見えているわけですが――肝心なのはその結果よりも過程、内容でしょう。しかし本作の場合、内容の上でも、それだけでなく、決着した後の姿もどうにも締まらないのは困ったものであります。
 第1巻の時点で、秀の強さの源がその精神性やテクニックといった賭博師のある意味基礎よりも、「知識」――それも他の人間が持っていない知識に依っている点に違和感と不安を感じていましたが、完全にその点が当たったというべきでしょうか。

 もちろん、この巻で描かれたような展開は、ギャンブルものにおいてはある意味定番ではあります。そしてここからの再起こそが、ギャンブルものの醍醐味の一つであることは間違いありませんが――賭博師としての基礎に不安が感じられる秀が、この先どこまでやれるのか、今は首を傾げざるを得ません。


 さて、再び出直しとなった秀と甘楽の前に現れたのは、謎のくノ一。彼女が語る秀の、豊臣家の秘密とは(何だか早くもその前の家定の言葉と矛盾しているような気がしますが)。一寸先は闇の賭博道、次なる展開は全く読めないまま次巻に続きます。


『幕末賭博バルバロイ』第2巻(羽田豊隆&河本ほむら 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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羽田豊隆『幕末賭博バルバロイ』第1巻 将軍位を目指す大博打の始まり

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2022.11.11

山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 司法解剖には解体新書を』 なるか史上初の司法解剖!?

 いよいよ二桁の大台も目前の『八丁堀のおゆう』シリーズ、第九弾ではおゆうと仲間たちが連続変死事件に挑むことになります。続発する急死者に毒殺を疑いつつも、原因を掴むことができないおゆう。真相究明のためには、もはや司法解剖しかない? 騒動は大槻玄沢も巻き込んで広がっていくことに……

 今日も今日とて、現代の東京と十九世紀前半の江戸で二重生活を送るおゆうこと関口優佳。そんなある日、江戸南町奉行所の定廻り同心・鵜飼伝三郎らと奉行所の内与力・戸山に呼び出された彼女は、元長崎奉行の配下・河村、そして河村と懇意だった唐物商の平戸屋が相次いで急死したことを聞かされ、その調査を内々に命じられるのでした。

 河村が外で会合して帰ってきた晩に亡くなったことから、料亭の線で調査を進めた結果、そこで河村が廻船問屋・玄海屋に会っていたと知る伝三郎とおゆう。しかしその玄海屋では蜻蛉御前を名乗る怪しげな巫女が、不吉な予言を残すではありませんか。
 そしてほどなくして出る新たな死者。相次ぐ不審死に毒殺を疑うおゆうは、現代での知恵袋・宇田川の発案で、日本史上初めての司法解剖に挑戦しようとするのですが……


 相変わらず現代ではコロナ禍が続く(作中では第2波の頃ですが)一方で、一見平和な江戸で相次ぐ不審死事件に挑むという趣向の今回。その焦点となるのは、サブタイトルにもあるように「司法解剖」であります。
 現代では当たり前のように行われる司法解剖ですが、医学がまだまだ未発達な、しかも死体に刃を入れることが一種の禁忌であった江戸時代においては、簡単にできものであることは、言うまでもありません。

 何しろ腑分けには役所の許可が必要――かの杉田玄白たちが、これまたタイトルに出ている解体新書を翻訳するきっかけとなった腑分けも、結構特別なケースだったのですから、ハードルの高さは推して測るべしでしょう。
 しかもこれまでのようにおゆうや宇田川が自分でやるわけにもいかず、では誰が執刀を――と思いきや、そこに杉田玄白の弟子である大槻玄沢が登場して! と、歴史上の有名人登場で、さらに物語は賑やかに展開することになります。


 正直なところ、こうしたデコレーション部分はそれなりに面白いものの、事件そのものは比較的地味という印象が強い本作。また、事件のトリックの方も、思い切りノックスの十戒に抵触しているのが、すっきりしないところでもあります。
(もっともこの点があるからこそ成立する物語ではあるのですが……)

 それでも捕物帖としての面白さ、そして意外なところで表の歴史に繋がっていく歴史ミステリ的な部分の仕掛けは、もう熟練したものを感じさせてくれるものがあります。
 また何よりもキャラクターものとしての魅力――特にいよいよおゆうを挟んでヒートアップしてきた感のある伝三郎と宇田川の存在――も、いつもながらの楽しさがあることは言うまでもありません。

 そしてラストには豪快な爆弾が炸裂するわけですが――さすがに前作クラスのとんでもないものではないにせよ、しれっと飛び出す史実とのリンクにはニッコリさせていただきました。
(とはいえ、さすがにちょっとこれは強引過ぎないかな、という印象は強いのですが……)


『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 司法解剖には解体新書を』(山本巧次 宝島社文庫) Amazon

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2022.11.10

『ゴールデンカムイ』 第四十二話「甘い嘘」

 登別を訪れた鶴見中尉の下から、刺青人皮を奪った有古。実は土方派についていた有古だが、鶴見はそれを見越して有古を二重スパイに仕立てようとしていた。一方、大泊では、鯉登が月島に対して、かつての誘拐騒動が鶴見中尉たちによる狂言だったのではと問い詰めるが……

 入り組んだイヤな話、泣かせる話、再びとてもイヤな話、そして熱いんだか違うんだかな男と男の話と、各陣営で人間関係盛りだくさんの今回。原作第21巻の第207話から第211話の途中までが題材となっています。

 冒頭で描かれるのは、第三十九話で描かれた都丹との戦いの真実。露天風呂で鶴見中尉が鯉登父の尻に手拭いをスパーンという謎のムーブ(ここ、原作でもアニメでも本当に意味がわからない)をしていたと思ったら、実は有古に倒されたはずの都丹が生存、しかもボロボロになって第七師団から追われる有古を助ける……
 そんな急過ぎる展開に戸惑っていたら、そこには土方一派と鶴見一派の、しかも偽物の刺青人皮を間に置いての読み合いが――という展開が、時系列の入れ替えを挟んで描かれるのでややこしい(あまりにもややこしいせいか、アニメでは入れ替えが一つパスされていたほど)。しかしそんなややこしさに巻き込まれた有古こそ被害者であります。

 父がアイヌの黄金を巡るあれこれのなかで殺されたという、ある意味アシリパに匹敵するドラマを背負った有古。それでいて本人のスタンスは作中の他のアイヌとはちょっと異なっていて、アシリパとは違う意味で新しいアイヌという印象もあるのですが――今にして思えば、今回に象徴されるように状況に振り回されてばかりで、もったいないキャラだったなあと感じます。まさか、それこそが当時のアイヌの象徴という意味付けはないとは思いますが……
 何はともあれここは完全に土方側の読み勝ちで、有古と江戸貝くんの偽人皮を持っていかれただけ損の、鶴見には珍しい読み負けのようにも思えるのですが、これまた今にして思えば、菊田への嫌がらせだったのでは――というのは深読みがすぎるかもしれませんが、ここで菊田が塹壕から見た月を引き合いに出して表向き有古の変心を責めつつ、実はそれ以前から×××である己をどう思っていたのか考えると、これはたまらんものがあります。


 さて、次に描かれるのはチカパシと谷垣の別れですが――別れ自体は、前回撮った活動写真の民話の中で仄めかされていたものの、しかしやはり実際に描かれると非常にグッとくるものがあります。ここで弟のように可愛がってきたチカパシを涙ながらに励まし、送り出す谷垣は、屈折したキャラの多い本作においては稀有の真っ直ぐな男(だからこそイジられまくるのですが……)であることだなあ――と改めて感じさせられます。
 しかし残念なのは、谷垣が別れを告げる場面とチカパシが去っていく場面で、原作では上記の民話で谷垣が扮したカムイを思わせる鳥の姿が描かれていたのが、アニメではカットされていたのが何とも……あと、この部分は何とか前回に収めた方がより盛り上がった気もします。


 そして大泊に到着した鯉登が、かつての誘拐事件の真相を糺そうとした末に、月島が答えて語るのが、今回のサブタイトルである「甘い嘘」。たとえ嘘であっても相手の望む答えを用意して、それによって意のままに操る鶴見中尉の恐ろしさを示す言葉ですが、それを語る月島自身が、その「嘘」であることに気付いているのが何とも悲しい。
 そしてそんな月島の真情が現れてしまったのが、あの恐ろしい(アニメの絵はあまり恐ろしくないけれども声の演技は十分恐ろしい)「あなたたちは救われたじゃないですか」という言葉であるわけですが――それでは結局救われていない、しかしそれでも、いやだからこそ鶴見劇場から離れられない月島を救えるのは誰なのか? その辺り、この後の展開を考えると、つくづくよくできているドラマだと感じます。


 そしてそんな不健全な男たちの会話を聞いてしまった白石は、酔った勢い(なのか酔ったふりなのか)で、何だか妙に物分りのいいことばかり言う杉元に食って掛かり――と、こちらは嘘が下手な男同士の正面切ってのぶつかり合いがむしろ気持ちいい。エンディングまでなだれ込んだのは尺の都合だとは思いますが、これはこれで二人の勢い余った感がなくもない――か?

 と、各方面で盛り上がってきたところで次回は――何やら大変な状況らしく、当分先になってしまったのが残念ではあります。


『ゴールデンカムイ』第十巻(NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン Blu-rayソフト) Amazon

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野田サトル『ゴールデンカムイ』第21巻 二人の隔たり、そして二人の新たなる旅立ち

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2022.11.09

松井優征『逃げ上手の若君』第8巻 時行初陣、信濃決戦!

 ついに鎌倉奪還に向け、決起した北条時行と諏訪頼重、諏訪神党――しかしその前に彼らは、諏訪を自分たちの手に取り戻さなくてはなりません。因縁重なる敵たちを相手に、時行が、頼重が、仲間たちが繰り広げる激闘の行方は……。ほとんどもうクライマックスのような盛り上がりの連続です。

 足利の諜報網をくぐり抜け、細心の注意を払い続けて決起の準備を続けてきた頼重と諏訪神党。京で楠木正成から兵法の極意を伝授され、そしてついに対面した足利尊氏にまったく及ばず逃走する――そんないくつもの得難い経験を重ねた時行と逃者党も帰還し、いよいよ彼らの決起の時が訪れます。
 しかし言うまでもなく、鎌倉奪還の前の最初の障害となるのは、信濃守護・小笠原貞宗と、信濃国守・清原信濃守。決して躓くことが許されない戦いが始まることに……

 というわけで、この巻全てを使って描かれるのは、時行+諏訪神党vs信濃国守・守護との全面対決。これまで様々な形で幾度となく激突してきた宿敵たちとの、最終決戦が描かれることになります。

 そしてその激突の始めに描かれるのは、元は凶悪な賊徒であり、今は武士として信濃の地頭となった瘴奸との決着戦です。
 瘴奸は、時行と諏訪神党にとっては初戦こそあと一歩で討つところまでいった相手でありつつも、二度目には戦場での的確な差配によって手痛い打撃を受けた相手。単純な武力のみならず、軍略においても優れたものを持つ瘴奸は、時行にとって、真っ先に潰しておくべき相手であります。

 とはいえ、当然ながら戦場において周到な動きを見せる瘴奸に対して、時行たちが一撃で痛打を浴びせることのできる方法などはたしてあるのか?
 ――と思ったら、あった! 普通であれば絶対に思いつかない、しかし滅茶苦茶諏訪っぽい(偏見)時行の兵法には、瘴奸ならずとも驚愕必至。いきなり冒頭から、とんでもないものを見せられてしまいました。

 しかしそれで瘴奸との戦いが終わったわけではありません。形勢不利と見て離脱せんとするのに追いすがってきた時行と吹雪に対して、瘴奸はその名を捨て、真の名乗りをあげて戦いを挑むことになります。
 外道ではなく一人の武士として、恐るべき力を発揮する瘴奸。以前の技は通じない強豪に対して、時行が用意した秘密兵器とは……

 初登場時は子供を平然と売り飛ばす外道中の外道として、いかにもやられ役的な姿を見せた瘴奸。しかし初戦を生き延びた彼は、物語の中で意外な顔を見せていくことになります。
 その一つが、楠木正成との関係ですが――この決戦を前に描かれる正成との回想は、わずか1ページながら、正成との関係性、瘴奸という名に込められているであろう想い、そして続く名乗りに続いていくこの巻でも屈指の名場面。まさかこのキャラが、ここまで味のある存在となるとは、予想することはできませんでした。何はともあれ、時行の初陣の相手に相応しい人物であったことは、間違いありません。


 さて、時行は幸先よく初戦を飾ったものの、この後登場するのは強豪揃い。しかし勢いづいた逃者党と諏訪神党は、それに屈するはずもありません。

 小笠原貞宗が得意の強弓に対し、これまでの面白変態予言者おじさんっぷりを微塵も感じさせない、まさに神がかった強さを見せる頼重。
 これまで影から諏訪を苦しめてきた尊氏配下の忍び・天狗に対しては、過去に因縁を持つ玄蕃と――誰? とにかく思いもよらぬ(真剣に存在を認識していなかった)キャラクターが意外過ぎる強さを見せて大活躍と、痛快な展開が続きます。

 そして尊氏に文字通りおかしなものを吹き込まれた清原信濃守が繰り出すオーパーツじみたビックリドッキリメカと、時行と諏訪神党の激突を経て、この信濃での戦いは終結することになります。


 しかし、この巻の真のクライマックスは、ある意味これから。ひとまずの目的を果たした諏訪神党の前に、そして生き残った者たちの前に立った時行が口にするのは――それはこの巻のサブタイトルを見れば明らかでしょう。
 ついに秘め隠してきたその存在を明かした時行。その衝撃がいかにして天下を席巻するのか――それは次巻のお楽しみであります。


『逃げ上手の若君』第8巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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2022.11.08

竹良実『辺獄のシュヴェスタ』第4-5巻 人間の意思を貫かんとする者と、神の名の下に奪わんとする者と

 16世紀のドイツを舞台に、親を魔女として処刑された少女たちが非道の修道院を舞台に繰り広げる復讐とサバイバルの物語もいよいよ佳境。冬を越えるために懸命に努力を続けるエラと四人の仲間たちに次々と襲いかかる試練――そしてついに明らかとなる修道会の真の企てとは……

 治療師だった育ての母を魔女として処刑され、ドナウ川とライン川の分水嶺に建つクラウストルム修道院に収容された少女・エラ。修道会の総長・エーデルガルトに復讐することを心に誓ったエラは、やがて強い向上心を持つカーヤ、おっとりしたヒルデ、毒舌家のテアという仲間を得て、激しい虐待が横行する修道院で生き抜くべく、静かな戦いを繰り広げることになります。
 そして二位生の監督生であり、昨年から密かに修道院の中でサバイバルを続けてきたコルドゥラを仲間に加え、さらに生き抜く決意を強くするエラたち。しかしその頃、エーデルガルトと修道会はヴァチカンでその勢力を広げ始め……

 そんな前半の展開を受けて、全6巻のクライマックスに向けていよいよ動き出す第4巻・第5巻。洗脳薬が含まれた修道会の食事を口にせず暮らすため、密かに敷地内の古井戸の底に集い、食料集めを続けてきたエラたちですが、そこにコルドゥラの口から冷然たる事実が突きつけられることになります。
 かつてはエラたち同様、五人の仲間たちとサバイバルを続けていた昨年のコルドゥラ。しかし厳しい冬の環境に備蓄した食料は底を尽いた末、ある者は衰弱死、ある者は自殺、ある者は洗脳食を口にした末に口封じで殺され――彼女を除いて皆悲惨な最期を遂げたというのです。

 この冬を越えるためには、誰か一人が抜けなければならない――その事実を前に、エラは意外な行動に出るのですが……


 虐待や密告、洗脳や処刑が横行する修道院で日夜過酷なサバイバルを繰り広げるエラ。物語前半から描かれてきた彼女たち最大の敵は、食料不足であったといえます。洗脳薬が含まれた修道院の食事を口にせず、如何に生き延びるか――それは人間の最も根源的な活動の一つである食にまつわるものだけに、よりシビアに、そしてよりリアルに響きます。
 そして今回改めてコルドゥラの口から語られる一年前の真実により、その過酷さは改めて浮き彫りになるのですが――それでもなお、歩みを止めずに抗うエラと、彼女と共に歩み、支える仲間たちの姿は、これまで以上に力強い成長を感じさせるのです。

 そして試練を乗り越えた一時の安らぎの中、仲間として触れ合う中で語られるそれぞれの家族の物語。エラとカーヤの親についてはこれまで語られていましたが、印刷所の娘のヒルダ、貴族の娘であったコルドゥラ、小作人の娘のテア――ここで語られるそれぞれの家庭と、親の存在は、彼女たちが魔女でも神でもなく、「人間」の子であることを示すものといえるでしょう。
 そして自分自身の「意思」を持つ人間だからこそ、様々な困難を乗り越え、前に進むことができる――そんな本作のテーゼは、第4巻のラストで襲いかかる最大級の逆境を前に、なおも屈せず強い言葉を残すエラの壮絶なまでの姿に明確に象徴されているのです。

 そんな苦闘の果てに冬を乗り越え、一年進級することとなったエラたち。それは同時に――特に卒業式でエーデルガルトから指輪を得られる五人を目指すエラにとっては――修道院での役目を与えられる、言い換えれば修道院というシステムに組み込まれることを意味します。
 そんな中、監督生ではなく「庭師の鋏」、すなわち処刑人を打診されることになるエラ。しかし悩みつつも、処刑という最も厳然たる行為において己の意思を貫くために、あえて苦難の道を歩もうとする彼女の姿には、むしろ尊さすら感じるのであります。


 しかしその間にも事態は大きく動いていきます。ヴァチカンに食い込み、教皇庁からキリスト教世界の叡智を集めた教皇庁図書館の全面的な閲覧権を得たエーデルガルトの真意――それは自分たちの手に知識を一手に集め、その結果のみを神の恩寵として人々に与えることによって、神の畏れによって人間を従えるという企てだったのであります。

 異端の学者や、修道院の中でその異能を目覚めさせた「見渡す者」たちを使い、エーデルガルトが進める悪魔の計画――途方もない大きな犠牲を払った末にその存在を知ることとなったエラと仲間たちは、その阻止に動き始めるのですが、しかし更なるトラブルが発生し……

 人間の意思を貫かんとする者と、神の名の下にそれを奪わんとする者と――その両者の対決の結末は、最終巻である次巻で描かれることになります。それはまた近日中にご紹介しましょう。


『辺獄のシュヴェスタ』(竹良実 小学館ビッグコミックス) 第4巻 Amazon/ 第5巻 Amazon

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2022.11.07

細川忠孝『ツワモノガタリ』第4巻 迷いながらも己の道を行く者へのエール

 新選組の強者たちが、かつて繰り広げた死闘を語る『ツワモノガタリ』、待望の第四巻のメインとなるのは原田左之助と高杉晋作の異次元対決。水と油の二人が、槍と刀を交わした末に至る境地とは……。そしてまた、この巻では新たな勝負も始まることになります。

 「この国において最強の剣客は誰か?」という問いに答えるため、新選組の強者たちが語る死闘の数々――その三番目に名乗りを挙げたのは、あの原田左之助。上には上がいると剣を断念し、さらなる強さを求めて谷三十郎から種田流槍術を学んだ左之助。しかしそれにも飽き足らず、次に宝蔵院流槍術を学んだ末に、左之助は前代未聞の種田宝蔵院流を名乗ることになります。
 そして新選組として京に出た左之助は、新選組隊士に土方から下された命――長州藩の重要人物を見つけ次第、因縁を吹っかけてでも殺せ――に応えて、町で偶然出会った高杉晋作と決闘するに至るのですが……


 かくて始まった三の段、種田宝蔵院流 原田左之助 対 柳生新陰流 高杉晋作。しかしこの二人、史実での接点は皆無のはずです。
 流派の上でも種田宝蔵院流と柳生新陰流と異なり(これはまあ接点が実はあるのですが)、何よりも得物は槍と刀と異なる点だらけ――言い換えれば二人を結ぶ因縁がないということであって、本作のような格闘漫画スタイルの作品では、大きなハンデにも思われます。――が、この二人の対決が、始まってみれば実に面白いのです。

 後にネゴシエーター、あるいは戦略家として活躍したように、高杉晋作は人の心を読み、動かす才がある一方で、直情径行の左之助は駆け引きが大の苦手であります。
 しかも高杉の柳生新陰流は、後の先を基本とする流派。ということは相手の動きを観察し、如何に動かすかという剣流――あたかも高杉のためにあるかのような剣に対し、左之助はあまりに分の悪い戦いを強いられることになります。

 もちろん剣力という点では、まだまだ高杉より上の人間はいることでしょう。また本来であれば、槍は剣に対して絶対的に有利な武器でもあります。
 しかし、このように左之助にとって高杉は相性の悪すぎる相手。高杉の心理戦が勝つか、左之助の叩き上げ槍法が勝つか――ここに水と油の両者は驚くほどに噛み合い、一進一退の攻防を繰り広げるのです。


 さて、言うまでもなく、ここで描かれる二人の人物像――そしてそれを踏まえた二人の武芸は、本作なりのフィクションなのでしょう。しかし、その人物像は、彼らの史実での行動から、いわば逆算して描かれるものでもあります。
 だからこそここで繰り広げられる二人の決闘は、そしてその中で見せる二人の魂のぶつかり合いには、一種の歴史ものとして違和感がない――大袈裟に言えば、彼らの史実での歩みが、ここでの戦いに象徴されているとすら感じられます。

 そしてその極みというべきが、戦いの中で左之助と彼の属する新選組を、新たな時代を作る同志として迎えようとする高杉に対する、左之助の答えにあります。これぞ左之助、これぞ新選組! と言いたくなるようなその答えには(左之助の過去の行動を知っているとニヤリとできる部分もあって)痺れるばかりであります。

 もちろん、それでも左之助の不利は変わりません。そんな状況の中で彼を突き動かしたものは何か、そしてそんな彼を支える強さの源は何か――それが明らかになる瞬間の感動を何と表すべきでしょうか。それは左之助に対する、いや迷いながらも己の道を行くために不器用な努力を続ける全ての者たちへの最高のエールとして感じられます。

 意外な、しかし最高に「らしい」、そして爽やかな幕切れ――それぞれに見事であったこれまでの三つの勝負の中で、最も印象に残った一戦かもしれません。
(途中から異常に存在感を発揮する、解説役の山﨑烝が、意外な役割を演じるオチも良し)


 そしてこの巻の終盤から始まるのは、四の段――一刀流 斎藤一 対 我流 河上彦斎。ある意味因縁の対決――というのは置いておいて、この巻の段階ではその決闘に至るまでの斎藤の姿が描かれることになります。
 新選組最強と評される剣客の一角である斎藤の意外な素顔と、そこから生まれる彼の剣にまず驚かされるのですが、そんな斎藤が物の怪の類に近いと評する彦斎の剣とは――いよいよ開戦であります。

(ちなみに、この巻では隊士が口を揃えて「新選組最強の剣客」と評する人物の、その力の一端が描かれるのですが――その「最強」っぷりもまた最高。いつかこの人物の勝負も見たいものです)


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2022.11.06

久保田香里『天からの神火』 身分という現実を越え、少年が掴んだ小さな希望

 奈良時代をはじめ、古代を舞台とした良質の児童文学を発表している作者が、奈良時代の坂東の二人の少年を主人公に描く物語です。郡の大領(長官)の子・柚麻呂と、郷の農民の子・早矢太、この二人の身分の差を超えた交流の行方は……

 時は神護景雲元年、所は坂東の新田郡――郡の大領の末っ子である柚麻呂は、学問や武芸に優れた兄たちと違い、何をやってもパッとしない少年。今日も競べ弓で兄たちからからかわれていた柚麻呂は、郷の少年・早矢太の弓の腕前を見せられ、強い憧れを抱くことになります。
 一番上の兄・橘の戸籍調べに同行して、早矢太の家を知った柚麻呂は、早矢太の抱えるある事情を知ったのをきっかけに、彼から弓を習うようになるのでした。

 早矢太の郷に半ば強引に押しかけ、早矢太やその家族と少しずつ親しくなっていく柚麻呂。しかし柚麻呂は、多賀城に向かう兵が郡を通った際に、早矢太の父が兵に取られ、長らく帰ってきていないことを知るのでした。
 そして柚麻呂の軽率な行動が、父の安否を知ろうとした早矢太の機会を奪ってしまったことから、二人の間に生まれてしまった溝。それを埋めるべく、自分にできることを懸命に始めた柚麻呂が知った、自分たちの周囲の現実とは……


 異なる身分に属する者同士の友情を描く物語は、古今東西を問わず無数に存在します。それは、我々がそんな一種のロマンチックな関係を求めてきたのと同時に、身分という枠が、いつの世も普遍的に常に存在していたということでもあるのでしょう。
 本作もまた、役人と農民という異なる(そしてある種の上下関係でもある)身分の少年たちの友情の物語であります。しかしそれと同時に、そしてある意味それ以上に、その身分――というよりその身分に象徴される社会の仕組みを描く物語であります。

 国によって民に様々な形で税が――時に労役や兵役という形で――課せられ、それを各地の役所が集め、国に収める。その仕組み自体は形と内容を変えつつも現代にまで続くものですが、本作で描かれるのは奈良時代という、ある意味その原点に近い時期のものです。
 それだけに、ここで描かれるその仕組みの有様と、そこで早くも生まれる矛盾の存在は、遠い過去のものでありながらも、肌感覚として分かりやすく、我々の時代と地続きなものを感じさせるのです。

 そして本作においてはそれが柚麻呂の目から描かれるのですが――ここで巧みなのは、この仕組みの中で税を集める者と収める者の関係性を、決して単純な上下関係や、ましてや善悪といった枠で捉えないことでしょう。
 物語の後半、父や兄の仕事に興味を持った柚麻呂が目の当たりにした真実――それはこの仕組みの矛盾を示すものであると同時に、それでもなお、この社会のためには不可欠な仕組みを動かすために努力する人々の存在を、そしてそこから生まれる時に身分を超える人々のある種の絆を示すものなのです。


 そしてそれを象徴するのが、柚麻呂と早矢太の関係性であることは言うまでもありません。しかし柚麻呂が何とか身分の隔てを超え、早矢太との友情を結びたい、取り戻したいと願ったとしても、二人をこの仕組みは、厳然として、現実に存在するものなのです。
 そんな現実を、単なる少年一人が変えることができるのか? 普通であればとてもできそうにないその難事に挑む柚麻呂の姿を、本作は丹念に描きます。

 それまで何をやってもうまくいかず、それ以上に何にも興味を持てなかった柚麻呂。それが早矢太という友と出会ったことで、自分の真にやりたいこと、やるべきことを見つけ、そしてその実現に向けて努力する――それはもちろん、児童文学的な理想像にも見えるかもしれません。
 しかし本作は――作者の他の作品同様に――決して綺麗事では済まされない現実を描きつつも、それを乗り越えるために懸命に努力したものだけが手にすることができる、一つの希望を描き出すのです。

 それはとても小さなものであるかもしれません。しかしそれは絵空事ではなく、確かに存在し得るものであると――本作のクライマックスで描かれる出来事は、どうやら史実の上でも起きていたらしい、などと補足するのは野暮かもしれませんが――確かに信じられるのです。

 これまでの作者の作品同様、優れた児童文学であると同時に、優れた歴史小説でもある――そんな佳品であります。


 ちなみに巻末には奈良時代を知るためのブックリストが掲載されているのですが、特に物語編がとてもありがたいもので、こちらも必見です。


『天からの神火』(久保田香里 文研出版文研じゅべにーる) Amazon

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2022.11.05

松浦だるま『太陽と月の鋼』第5巻 新たなる旅へ そしていきなりの博奕勝負!?

 愛する妻の失踪をきっかけに、奇怪な通力使いたちとの戦いに巻き込まれることになった竜土鋼之助の物語も、かつての天狗小僧・高山嘉津間の登場によりターニングポイントを迎えることになります。嘉津間が語る土御門晴雄の過去とは、そして鋼之助の向かうべき先は……

 月を攫い、ある目的に利用せんとする土御門晴雄の配下との死闘の末に倒れたところを、二人組の売卜に助けられた鋼之助と明。そこに現れた売卜の師匠――かつては天狗小僧寅吉と呼ばれた男・高山嘉津間は、鋼之助たちに、自分と晴雄の過去を語ることになります。
 優しく繊細な心を持ち、己の強すぎる通力に振り回されて苦しむかつての晴雄に、その力との向き合い方を教えた嘉津間。しかし長じるにつれて異常な部分を見せ始め、その力を他人に振るうようになった晴雄に危険なものを感じるようになった嘉津間は……

 と、この巻の冒頭で語られるのは、前巻から続く晴雄と嘉津間の因縁の続きであります。幼い頃に「死んだ」晴雄は、晴親の泰山府君の法によって蘇生したというのですが、その時に彼の体に入ったモノとは――何となく予想はつくような気はしますが、殺生石の封印を解こうとするその企みは、いずれにせよこの世に生きる者たちにとって危険過ぎるとしか言いようがありません。

 しかし、ある意味土御門家以上の通力を持つ嘉津間さえも晴雄の恐るべき力には及ばず、晴親たちの助けを得てその場から逃れるのがやっとだったというのですから、晴雄の力の強大さは推して測るべし。果たしてこの先、素人同然の鋼之助に打つ手はあるのか?

 しかしたとえどれほど険しい道であったとしても、愛する月のため、鋼之助に退くという選択肢がないのは言うまでもありません。壺中天に残ってやるべきことがあるという嘉津間に代わり、卜竹を案内役兼師匠(!)として加え、新たに三人の旅路となった鋼之助は、嘉津間の指示で、下総の諏訪明神に飛ぶことになります。
 同行してくれないとはいえ、仲間は増えたしショートカットはしてくれるし、やはり嘉津間の存在は、頼もしいことは間違いありません。何しろ、これまで何が起きているのか全く分からず、ただ翻弄されるばかりの孤独な状況だったのですから……

 などと思っていたら甘かった。何故か飛んだ先で明と卜竹とはぐれた鋼之助が飛び出した先は、破落戸たちのたむろする鉄火場のまっただ中。そこであわや簀巻きにされるところだった鋼之助は、天朸と名乗る妙に人懐っこい男に救われ、成り行きで彼から博打の手ほどきを受けるのですが――やがて天朸の異常性が明らかになっていくことになります。

 異常に賭けに執着し、その一方で己の命を賭けることにも頓着しない。しかしそんな天朸相手の博打に敗れた者の運命は――そう、ここで展開されるのは、意外にもギャンブル編なのであります。
 成り行きから、最も大切な者の命を賭けた博打を天朸と打つことになった鋼之助。博打には全く縁のなかった彼にはあまりにも分の悪い、しかし絶対に負けるわけにはいかない勝負に挑むことになった鋼之助の運命は――いやはや、明でも先の読めないような展開の連続であります。


 ちなみにこの鉄火場、繁蔵というやくざ者や、平田先生もいう用心棒がいたりして、思わずニヤリとさせられるのですが――なるほど本作の舞台はおそらく天保十三年、この先も色々と面白い人物が顔を出してくれるかもしれません。


『太陽と月の鋼』第5巻(松浦だるま 小学館ビッグコミックス) Amazon

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2022.11.04

相田裕『勇気あるものより散れ』第3巻 船上の剣戟! 不死者vs不死者、眷属vs眷属

 不老不死の過酷な運命を背負った少女・シノと、戊辰戦争で死に損ねた会津武士・春安の戦いを描く物語もこれで第3巻。銀座での死闘を、大きな犠牲を払いながらも切り抜けた主従ですが、二人の前に新たな現れたのはシノの姉と兄――不死者同士の戦いはさらに激化することに?

 長きに渡り、幕府に利用されてきた不死の一族「半隠る化野民」の末裔である九皐シノと出会い、その眷属となった鬼生田春安。心が壊れた母を救うため、その命を絶つ力を持つ妖刀・殺生石を求めるシノを助ける春安と仲間たちは、化野民を管轄する太政官図書掛との戦いを余儀なくされることになります。
 ついにはガトリング砲まで持ち出した図書掛と銀座煉瓦街で死闘を繰り広げた末、追い詰められたシノと春安。二人は会津の少年・鉄馬が死を賭して振るった殺生石の力で、辛くもその場を逃れるのですが……

 と、立場的には完全に政府に仇なすテロリスト扱いとなってしまったシノと春安たち。二人は不死の力を持つから良いようなものの、生身の仲間たちは銀座での戦いに傷つき、大打撃を受けた状態であります。
 意外な人物(なるほど、と納得!)の助けで、辛くもその場を逃れたシノと春安は、一旦仲間たちと別れ、川蒸気で深川に向かうのですが――その前に新たな敵が姿を現すことになります。

 それはシノの兄・生松と、その眷属・鵜飼菊滋。見かけは少年ながらも神道無念流の立居合・アマツバメを操る生松と、元・水戸藩士の巨漢である菊滋――その両者と、川蒸気の上で繰り広げられる激闘が、この巻のクライマックスと言ってよいでしょう。

 シノと生松、春安と菊滋――それぞれに剣の達人であり、不死者でもある二組の戦いは、前巻の少数対多数、剣対銃というある意味一方的な戦いに比べると、はるかに実力伯仲した好勝負。
 銀化という一種の強化モードを持つ化野民同士のスピード感に溢れた戦い、共に元武士としての激しい剣戟を見せる眷属同士の戦い――好対照の二組の戦いは、川蒸気というステージの面白さもあり、ここまで見せてくれるのか、と嬉しい驚きを味わいました。この巻というより、これまで本作で描かれてきた戦いの中でも、ベストのものと言ってよいかと思います。


 戦いは二人の姉である煙花とその眷属・壽女の登場で水入りとなり、ひとまずの平穏な時を味わうシノですが――しかし同じ化野民の中でも、シノはもちろんのこと、生松と煙花も微妙にその立場を異にしている様子で、この先どうなるか、予断を許しません。
 菊滋も壽女も主に忠実ではあるものの、好感の持てる常識人と思われるだけに――そしてシノと春安のちょっと微笑ましい心の交流も描かれただけに――少なくとも化野民と眷属同士の争いはこれ以上見たくない、という思いもあるのですが……


 それにしてもこの巻のラストに出てきた巡査さん、やはり明治ものではもはや常連のあの人なのでしょうか。
 いや、名字といい、会津に何やら思い入れがある様子といい、まず確定だと思いますが……


『勇気あるものより散れ』第3巻(相田裕 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon

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2022.11.03

『東西怪奇実話 日本怪奇実話集 亡者会』 明治~昭和の文豪怪談ベスト盤

 2020年に復活した平井呈一の『世界怪奇実話集 屍衣の花嫁』と同時に刊行された、怪奇実話集の日本編であります。明治末期から昭和にかけての文豪たちの怪奇実話作品を集成した、圧巻の一冊であります。

 怪奇小説界の泰斗・平井呈一の伝説の一冊である『世界怪奇実話集 屍衣の花嫁』。本書は、その復活にリスペクトを捧げつつ、日本版を編纂するという意欲的な試みの末に誕生したのが本書であります。怪奇実話、それも文豪・文化人たちによるそれを集めたその充実ぶりは、そのラインナップを紹介するだけで明らかでしょう。

 まず第一部では、明治から昭和にかけての怪奇実話ときたらこの二人、というべき田中貢太郎の「怪談短篇集」全編と、平山蘆江の「妖艶倫落実話」から怪談部分を収録。
 そして第二部では、本書誕生の発端たる、平井呈一ゆかりの人々――小泉八雲・小泉一雄・小泉時・小泉凡・野口米次郎・瀧井孝作・芥川龍之介・佐藤春夫・稲垣足穂の作品・随筆が集められています。
 そして第三部は怪奇実話界に冠たる十人――泉鏡花・喜多村緑郎・小山内薫・岡本綺堂・畑耕一・橘外男・牧逸馬・黒沼健・徳川夢声・長田幹彦による怪奇読み物から構成されています。

 巻頭の田中貢太郎による「冕言」からラストに至るまで、全編これ読みどころという印象で、ベスト盤ともいうべき本書。普段であれば一作ずつ紹介したいところではありますが、何しろこれだけの数がある中ではそうもいかず、以下に特に印象に残ったものを挙げていきたいと思います。


「怪談短篇集」(田中貢太郎)のうち「築地の川獺」
 実質的に本書の巻頭に掲載された本作は、川獺に化かされるという何とも江戸時代の香りただよう内容なのですが――特筆すべきはその怪異の予兆の表現。簡潔な中に悽愴な印象すら漂う表現の見事さは、作者ならではというべきでしょう。
 その他、今となってはまた別の味わいが漂う、哀切な「月光の下」が印象に残ります。

「妖艶倫落実話(抄)」(平山蘆江)から「怪談小文」
 実話といっても当時の芸能ゴシップ集というべき原著から、本書には怪談絡みのエピソードが収録されています。その中でも本作は尾上梅幸(六代目)と将来を約束しながらも、梅幸は結局別の女性と結婚したため、若くして亡くなった女性の物語。怪談としてもさることながら、これを実名で書くのか、という内容に驚かされます。

「如意輪観音の呪い」(小泉凡)
 本書には八雲・一雄・時・凡と四代に渡る作品が収録されていますが、その中でも掉尾を飾る本作は、タイトルのとおり庭に置かれた観音像を巡る直球の怪異譚。その前の「荏原中延のころ(抄)」と、ある意味表裏一体の内容で、平穏な日常の陰の静かな恐怖を味あわせてくれます。

「首くくりの部屋」(佐藤春夫)
「黒猫と女の子」(稲垣足穂)
 こちらは師弟による、同一の物件に対する怪異譚。原話(?)というべき佐藤春夫の「化物屋敷」は『日本怪奇小説傑作集1』に収録されていますが、それとは微妙に角度を変えて描かれる二作品の内容が興味深い。
 特に足穂の作品は、題名に当たる部分の意味不明な味わいが、いかにも「実話」感があって良いのです。

「蒲団」(橘外男)
 おそらく本書に収録された作品の中で、最も有名ではないかと思われる本作は、正直なところ「実話」という印象はなかったのですが――なるほど再読してみると、冒頭と結末で史実に連結しているのに驚かされます。
 しかし、内容的には曰くありげな蒲団を仕入れた古着屋に次々と不気味な出来事が――というシンプルな物語が、結末に至り、ぎゃああああと言いたくなる展開をいきなり見せるのは、さすが作者ならではというべきか。

「雲散霧消した話」(黒沼健)
 世界中の人体消失譚・神隠し譚を集めた作品ですが、その中にラヴクラフトが含まれているという、ラヴクラフト警察が飛んできそうな一編。「アルハザードのランプ」か! とツッコミたくなりますが、かねてから噂に聞いていた、一編を読めただけでも満足です。

「心霊術」(長田幹彦)
 掉尾を飾る本作は、昭和の心霊術ブームの内面を語る貴重な内容――なのですが、そこであっけらかんと語られる心霊現象の凄まじさと、それと同じレベルで語られる超心理現象研究会の生々しい内幕にひっくり返ります。
 特に本作のヒロイン(?)というべき女性霊媒の存在感たるや――いやはや、心霊術の普及の道は険しいと、変なところで感心させられます。


『東西怪奇実話 日本怪奇実話集 亡者会』(東雅夫編 創元推理文庫) Amazon

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2022.11.02

『ゴールデンカムイ』 第四十一話「シネマトグラフ」

 鶴見中尉と合流するまでの間、豊原で待機することとなった一行。そこで狩りをしていた杉元とアシリパは、活動写真を撮影中の二人の男と出会う。アイヌの文化を残すために活動写真が使えないかというアシリパの発案で、アイヌの民話を撮影する一行。そして上映会でアシリパたちが見たものは……

 原作第21巻の第204話から206話を題材とした今回は、第205話の冒頭にあった月島と杉元の会話が最初に移動しているほかは、原作に忠実な内容。アニメとしてのクオリティはまあ普通なのですが、元々のエピソードがおそらく原作ファンならみんな好きな、非常に良くできた内容であるため、やはりアニメで見てもグッとくるものとなっています。

 アクション的には冒頭の杉元&アシリパvsウルヴァリン(しつこい)のみではありますが、メインとなるのはまさかの映画撮影エピソード。各地の文化を撮影して回っている興行主と撮影技師のコンビと出会ったアシリパが、どうすればアイヌの文化を残せるかという、かねてからの悩み(この回の冒頭でもそのことは語られるのですが)の答えになるのでは――と活動写真を撮ることになるという趣向であります。
(ここでクズリから助けた恩を強引に興行主に売りつける杉元がらしいといえばらしい)

 そこでノリノリで監督役を務めるアシリパが、何故か下ネタだらけの民話ばかり題材にした上に、(特に女性役の)配役が妙なおかげで大変なことに――という辺りで、いかにも本作らしいしょうもないギャグ展開になるわけですが、その次に撮ったチカパシを主演にした物語で、来たるべき谷垣とチカパシの別れを予告するかのような展開が巧みであります(そして空からフンドシ一丁で落下する谷垣の衝撃映像で落とすのも、まためちゃくちゃ本作らしい)。

 しかし今回の真骨頂はこの後、アシリパが撮影した活動写真が上映された後で、アシリパを撮影していた撮影技師が気になることがあったと十年以上前に撮ったアイヌの映像を流してみれば、そこに映っていたのは――という展開には、何度見ても唸らされます。

 まあ、ウィルクはこの前に散々見ている(そしてこの後も何度か見ることになる)のでいいとして、ここで映し出されるアシリパの母は、まさに白石が言う通りの「素敵な感じのひとだなぁ」という印象で――しかしこの時代の活動写真なのであくまでも音声がないことが、はっきりと映像の中の世界と現実を切り分けて感じられるのが切ない――とどめに赤ん坊のアシリパが! という展開は、親と子の物語としての本作を、何よりも強く感じさせるものとなっていると感じます。
 そしてとどめに鮮烈な退場をしたばかりのキロランケを映し出すことで、スクリーンの中で今と過去、遠い過去が交錯するという構図にもまた、歴史ものとしての本作が凝縮されているといえるでしょう。

 しかし活動写真の中の母は炎の中に消え、アシリパは物で残すことそのものではなく、残したいという気持ちこそが大事であると悟る一方で、杉元はウィルクの遺したものがアシリパにとって呪いとなっていることに憤り――と、ここで描かれるものが、最後の最後まで物語を引っ張るアシリパと杉元の冒険の目的(とそれと表裏一体の屈託)を浮かび上がらせているのに、今となっては感心させられます。
 基本的にギャグ回と見せかけて、実は――というのは本作にしばしばあるパターンですが、その中でもその落差の大きさと、重要性では屈指のエピソードというべきでしょうか。


 しかしやくたいもないタラレバで本当に恐縮ですが、この上映会の場に鶴見中尉がいたら、大変なことになってましたな――ウィルクの顔と、彼が家族と幸せにしているところなぞ見てしまった日には、(一足早く)鶴見汁が止まらなくなっていたところでした。


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野田サトル『ゴールデンカムイ』第21巻 二人の隔たり、そして二人の新たなる旅立ち

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2022.11.01

十束椿『兎角ノ兄弟』第4巻 大団円 空蝉の真意と兄弟が得たもの

 幼い頃、奇術師・空蝉によって子供の姿のまま不老不死になってしまった兄・志月と、兄を助けるべく奮闘する弟・千兼が、江戸の怪事件を追う時代アクションの最終巻であります。ついに空蝉のもとにたどり着いた二人ですが、空蝉は意外な姿に――はたして真実の行方は如何に?

 幼い頃、四条河原の見世物小屋で不死身の芸を見せる空蝉に対し、無邪気に不老不死を願った千兼を庇ったことで、その力を分け与えられてしまった志月。以来、千兼のみが成長していく中で、曲芸奇術師・兎角奇団として旅を続けた二人は、空蝉を追ううちに次々と怪奇な事件に出会うことになります。
 そんな中、ある目的のために次々と凶行を引き起こす者たちと遭遇した兄弟。そして彼らの正体こそは、空蝉の信奉者=空蝉一座の座員たちだったのです。

 こうしてついに事の発端であった空蝉の存在についにたどり着いた兄弟ですが、しかし空蝉に近づくまでに彼らの前に立ちふさがるのは、現在残った者だけでも五人――いずれも一癖も二癖もありそうな、そして曰くありげな座員たちであります。
 しかし驚くべきことに、実は彼らが信奉する空蝉は、既に意識を失った状態――しかも、心臓から無数の茨のようなものを周囲に放ち、磔のような異様な姿に変貌していたのです。

 さらに座員たちの前に現れた謎の三度笠の男・十月は、己が持つと称する千里眼の力で空蝉を甦らせる方法を知ったと嘯き、座員たちを掌中に収めるのですが……


 というわけで、ついに決戦の刻を迎えるに至った物語。自分たちが普通の人間に戻るために兄弟が奮起するのは当然ですが、しかしそれに対する座員たちにも、それぞれに退けぬ理由、空蝉を慕う理由があることが、ここに至り示されることになります。

 かくて兄弟と座員とが、空蝉を間に挟んで激突する構図となるのですが――そこに第三勢力ともいうべき十月が登場することで、物語に更なる不確定要素が加わるのは、ちょっと面白いところでしょう。
 正直なところ、志月の存在を考えれば、空蝉の昏睡の理由は予想がつきます。しかしそこに兄弟とも座員たちとも異なる目的を持つこの十月が絡むことによって、最後まで物語に一定の緊張感が生まれたといえます。

 そして迎えた結末は――個人的には、怪奇は存在しないという結論にして欲しかったところではありますが、さすがに不死身・不老不死の肉体がある以上、それは難しいのはやむを得ないことなのかもしれません。
(しかし、ラストバトルで勝負を決めたのが、超常の力ではなく――というのは、それはそれである種の怪奇否定というべきか)

 しかし空蝉が求めて得られなかったものを――改めて第一巻を読み直してみると、なるほど千兼のこの言葉が、とちょっとゾクリとさせられるものが――兄弟が最後に手にしたというのは、これはこれで一つのハッピーエンドというべきとも感じます。
 何よりも、ラストの二人の姿を見れば、そう評するべきなのでしょう。『兎角ノ兄弟』、まずは大団円であります。


『兎角ノ兄弟』第4巻(十束椿 スクウェア・エニックスGファンタジーコミックス) Amazon

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