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2022.11.14

佐野絵里子『たまゆら童子』 長い歴史の中のかけがえのない瞬間を描く華麗な絵巻

 様々な時と場所に現れる不思議な童子を狂言回しに、平安から鎌倉時代を題材に描くオムニバス漫画であります。美しい絵巻物のような自然を背景に、老若男女、様々な人間が繰り広げる一瞬のドラマを、時におかしく、時にもの悲しく、時に恐ろしく描く名品です。

 「京の都の片すみに人々の信仰を集める小さなお堂があった 霊験あらたかな観音様を祀るそのお堂は如意輪堂と呼ばれ――今日もだれかが願いをかなえにやってくる――」その一人である琵琶の上達を望む青年公達が不思議な童子に導かれ、山中の庵で琵琶をつま弾く老人を垣間見たことから、蠱惑的でしかし恐ろしい経験をする物語「さみだれの琵琶」から始まる本作。
 この如意輪堂から始まるエピソードもいくつかありますが、大半は時代や場所に縛られることなく、老若男女、有名無名、そして貴賤を問わず様々な人間(時に亡霊)と、その前に現れた童子の語らいを中心に、本作は語られていきます。

 数々の物語の中で語られるのは、人間の愛おしさや愚かさ、弱さや強さ、美しさや醜さ――つまりこの世の諸相というべきもの。本作はそれを作者一流の、まさに絵巻物のように流麗な、そして漫画ならではの卓抜な構図の中で、巧みに描き出します。
 こうして描かれる個々のエピソードの中には、有名な古典を題材としたものも少なくありません。しかしそこに縛られることなく自由な解釈を加え、時に正反対の物語として(時に敗者の救済の物語として)成立させるなど、作者自身の物語として成立させているのが、本作の大きな魅力です。

 ちなみに本作は「コミック乱ツインズ」の古くからの――というより最初期からの読者には懐かしいタイトルで、創刊どころかその前身である「増刊コミック乱」の頃から連載されていた作品です。
 本作は約三年半にわたり四十話掲載されましたが、その後刊行された最初の単行本は掲載順ではなく傑作選的な扱いで大いに残念に感じたものです。しかしその数年後に続巻が二冊刊行されて全話収録され、今は電子書籍で読むことができるのは、有り難い限りです。
(単行本には「たまゆらこぼれ話」として、作者による詳細な各話解説が付されているのも素晴らしい)


 さて、そんな本作の中から、お気に入りのエピソードを、と思ったのですが、これがうっかりするとほとんど全話になってしまうので、強いて十話上げてみれば――
 人事不省となった父の平癒を祈る平家の公達が、童子に誘われた先で、厳めしかった父の意外な姿を垣間見る「月夜の牛車」
 スランプの絵師が童子の誘いで鳥獣戯画の世界に紛れ込む、絵巻と漫画の融合が見事な「画境に遊ぶ」
 百人一首の最後の一首に悩む定家の前に、読み人知らずの名歌を詠んだ歌仙の魂魄が現れる「幻の歌仙」
 恋しい男の真意を知るため、人の心の声を聞くことができる虫垂衣を与えられた娘を描き、ラストシーンの解放感が素晴らしい「むしのたれぎぬ」
 旧暦十月、出雲に集った神々が喧嘩友達の翁と媼の縁結びに興じる「神無月のころ」
 かつて弟子とその恋人を無惨に死なせたことを悔いる安珍の師に、童子が安珍の最後の願いを語る「紅蓮の恋炎」
 冬の夜、伴大納言と藤原時平という今ひとつ知名度に欠ける二人の霊が、自分の境遇を嘆く「流行風邪」
 幼い頃から雛の若君に恋し続けた姫君の願いを描く、ラストシーンが美しくも非常に恐ろしい「雛の寝殿」
 実母と乳母の間で引き裂かれる己の身の悲しみを童子に語る「不如帰」
 少年時代の悪源太義平が、京で印地打ちをはじめとする遊びに興じる「遊びをせんとや生まれけむ」

 この中でも特に「不如帰」は、ほぼ全編、頼家が己の不遇を嘆くという内容なのですが、背景となる夜の鎌倉の物寂しい景色(特に彼の心象を物語るような歪んだ土塀など)の壮絶な美しさなど、アートという点では本作の頂点ではないかとすら思わされる一編。個人的には作中ベストと感じます。


 もちろんその他にも、まさしく「珠玉」というのが相応しい物語が詰まった本作。どのページを開いても――どの物語を見ても、その美しい絵と、そこに息づく歴史上の、しかしどこか馴染み深い人々のドラマに、心が揺さぶられます。

 「たまゆら」とは「玉響」――玉がゆらぎ触れ合うかすかな音から転じて、ほんのわずかの一瞬の意。様々な人々の出会いと別れ、生き様や死に様――長い長い歴史に比べれば、ほんのわずかな一瞬に過ぎないかもしれない、しかしかけがえのない瞬間を留め、集めてみせた名品であります。


『たまゆら童子』(佐野絵里子 リイド社SPコミックス全3巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon

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