森山光太郎『火神子 天孫に抗いし者』 古代の激闘、大和vs邪馬台国!?
現時点では最後の開催となっている第十回朝日時代小説大賞を受賞した、極めてユニークな古代ロマンであります。弥生時代を舞台に、新たな国を作るべく殺戮を繰り広げる大和の「天孫」と、彼に挑む宿命を背負った少女。対照的な二人の存在は、やがて巨大なうねりを起こすことに……
登美毘古大王が治める長髄の地を突如襲った軍勢。それはまだ二十代の青年・御真木が率いる大和の軍勢――大陸からこの極東のこの島に渡り、「天孫」を名乗る彼は、周囲の国々を全て討伐し、自分自身の国を討ちたてんとする野望を抱いていたのであります。
御真木と配下の猛攻の前に登美毘古は命を落とし、無惨に蹂躙された長髄。しかし新たに御真木の配下となったかつての登美毘古の腹心・左智彦は真の脅威は登美毘古の娘・翡翠命であると告げるのでした。
かつては登美毘古に英才教育を施されながらも、今は故あって追放され、隠れ里で師であり、左智彦の父である左慈と暮らす翡翠命。里の人々が御真木への恭順を選ぶ中、彼の狙いを見抜き里に残った彼女は、自分の命で事態が収まるならばと死を覚悟するのですが――父のもう一人の腹心・右滅彦に救い出されることになります。
彼とともに落ち延びた末、かつて父に大きな恩を受けたという熊襲の九重と西に向かう翡翠命ですが、その心には大きな変化が……
タイトルから想像できるように、邪馬台国に君臨したといわれる女王卑弥呼を題材とした本作。いまだに謎に包まれただけに、フィクションの世界でも数々の作品の題材となっている卑弥呼と邪馬台国ですが――そこで問題(?)になるのが大和朝廷との関係です。
邪馬台国=大和朝廷だった、邪馬台国がその後大和朝廷となった、そもそも時代が違うので関係ない――様々なスタンスがある中で、本作で描かれる(正確には本作の先で描かれる)のは、邪馬台国vs大和朝廷――コロンブスの卵的なシチュエーションの妙に、まずは感心させられます。
しかし本作のユニークな点はそれに留まりません。上記のあらすじでオッと思った方もいるのではないかと思いますが、本作で翡翠命の師となるのは左慈――「三国志」に登場するあの仙人なのです。
正史においても演義においても曹操との関連で語られる左慈ですが、本作においてはその曹操の命により、ある目的を帯びて息子とともに倭に渡ったという設定。そしてそこで見出したのが翡翠命で――というわけで、史実での邪馬台国と魏の関わりを思えば、豪快ながらなるほどと思わされる設定です。
そして物語を倭という島国の中だけで終わらせない姿勢は、そのほかにも、翡翠命の宿敵となる御真木――そ粛慎に生まれながらも故郷に見切りをつけ、海を渡ってこの島の覇者たらんとする男の設定にも表れます。
こちらは懐かしの騎馬民族征服王朝説的ではありますが、そんな御真木が「天孫」を名乗り、初め神武、ついで崇神と名を変えるという設定は(その理由を含め)本作の持つダイナミズムの一つの象徴と言うべきでしょう。
さて、本作においてはその御真木(とその配下のいわゆる四道将軍)の覇業と、彼に追われる立場となった翡翠命の成長が描かれることとなります。
幼い頃から文武に優れた才能を発揮し――そして、異常なまでのカリスマを持っていた翡翠命。しかしそれゆえにか、彼女は現実に、そして現実の人間に寄り添うことが難しいという、理性を暴走させたかのような欠点を持つ少女として造形されています。
しかし己の命に危険が迫り――そして一族の幼い命が無惨に散らされる姿に恐怖を感じたことにより、戦う意思を喪った(一方で命の危機に陥ると暴走モードになる)翡翠命。物語後半では、御真木の配下で残虐無比の丹波道主の侵攻が迫る中、彼女が再起に至るまでの戦いが描かれることになります。
はっきりと言ってしまえば、本作は大きな物語としていえば、道半ばのところで終わることになります。それはともかく、せめて敵に一撃くらいは食らわせて欲しかったという印象はあります。
しかし彼女が命を失う恐怖を乗り越えて立ち上がるまでの展開は、納得かつ感動的であり――そしてまたラストで明かされる、左慈が彼女に託したモノの正体にもグッとくるものがあるのは間違いありません。(その一方で、御真木側が「残酷な敵」以上の印象を持ちにくかったのは残念なところです)
そして何よりも、古代史を自由に、しかし様々な伝承と整合を付けつつダイナミックに描き、そしてその中で覇者をも王者をも超える存在を描こうとする試みは、やはり心躍らせるものがあります。
続編の「卑弥呼とよばれた少女」も近日中にご紹介いたします。
『火神子 天孫に抗いし者』(森山光太郎 朝日新聞出版) Amazon
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