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2022年12月

2022.12.31

2022年の歴史・時代小説ベスト3

 今年最後の更新ということで、2022年の歴史・時代小説の私的ベストを三作品挙げたいと思います。その三作品とは以下のとおり――
『仁王の本願』(赤神諒 KADOKAWA)
『戴天』(千葉ともこ 文藝春秋)
『孤剣の涯て』(木下昌輝 文藝春秋)
(『仁王の本願』は厳密には昨年の作品ですが、12月末発売ということでここで扱います)

 『仁王の本願』は、戦国時代後期の加賀を舞台に、朝倉・上杉・織田と戦いを続けた本願寺の杉浦玄任を主人公とした物語。一向一揆によって「百姓ノ持チタル国」となった加賀ですが、舞台となる時代はまさに内憂外患――強大な戦国武将たちだけでなく、腐敗しきった加賀の支配層と文字通り命懸けで戦い続けた玄任の姿が描かれます。

 作者の作品は、戦国時代を舞台とした「悲劇」が多くを占めます。しかしそれは決して悲しく辛いだけの物語ではなく、一つの信念を貫くためにすべてを賭けた者たちを描く物語であります。この世には苦難がどれほどあろうとも守るべき正しき道がある、一生を費やしても追い求めるに足る理想がある――そんな信念を。
 これこそ私がこの作者の作品をこよなく愛する所以ですが、今年は『はぐれ鴉』『友よ』と名品が続いた中で特に本作をここで挙げるのは、この要素が特に強いためであります。

 加賀一向一揆の理想を守るために内外の権力と対峙する玄任の姿を通じて、「民主主義」の脆さと儚さを、そして同時に大切さと力強さを描く本作。物語に込められた祈りにも似た希望に、強く心を打たれました。


 また『戴天』は、私が文庫版の解説を担当させていただいた『震雷の人』の姉妹編ともいうべき物語。同じく安史の乱を舞台としながらも、主に地方の視点から乱を描いた『震雷の人』に対し、本作は乱の起きる前の時点から、長安を中心に物語が展開していくことになります。
 男の証を喪った元軍人、楊貴妃の婢、若き仏僧という個性豊かな三人の主人公から描かれていくドラマチックな物語の面白さはもちろんのこと、本作で特に印象に残るのは、彼らの「敵」である、玄宗皇帝に重用された実在の宦官である辺令誠の存在でしょう。

 人間の心を壊し、意思を奪っていく「権力」の恐ろしさ、悍ましさの象徴というべき絶対権力者・辺令誠――しかし彼もまた、かつては主人公たちと同様に、権力に虐げられた者であることを本作は描きます。
 本作は、そんな辺令誠の姿を描いた上で、彼と主人公たちの辿る道の違いを描くことで、人間が権力に抗う術を、その一つの希望を描きます。「英雄とは、戴いた天に臆せず胸を張って生きる者」――その英雄たちを描く物語は、同時に我々一人ひとりが如何にあるべきかを強く訴えかけるのです。


 一方、『孤剣の涯て』は、大坂の陣を舞台に、徳川家康を狙った奇怪な「五霊鬼の呪い」を巡る事件に巻き込まれた宮本武蔵が、怪人・宇喜多左京(坂崎出羽守)らを向こうに回し、呪いの真相に迫る物語です。
 内容的にストレートな伝奇ものであり、そして『敵の名は、宮本武蔵』や『宇喜多の楽土』のキャラクターたちが登場する一種のスターシステム(というより後日談)的賑やかさがまず印象に残りますが――本作は、実は直接的な内容以上に、「呪い」との戦いを描く物語であります。

 それぞれの出演作において、呪われた――呪いによって怪物に変えられた存在であった武蔵と左京。その呪いの結末はそれぞれに大きく異なる二人が対峙する呪いは、これまで描かれたものとは比べものにならない強さを持ちます。
 「呪い」とは決して超自然的なものではなく、言葉や行動によって他者の意思を支配し、(かけられた者にとって悪い方向に)規定するもの――作者が描いてきた「呪い」との対決の総決算という印象もある本作は、その「呪い」が我々と無関係ではないこと、そしてそれを乗り越える可能性を描くのです。


 以上三作品、あえて順位をつけませんが、いずれの作品にも共通するのは、人間の生を歪める権力の存在とそれとの対峙、そしてそれを乗り越える希望の存在を描く物語であることはおわかりいただけるかと思います。
 本年は始まった時からは想像もつかぬほどの激動の、そして事態は刻一刻悪化していく一年であったと感じます。そしてそれはこの先も続くものでしょう。そんな現実を、過去のある時代と場所に照らして描きつつ、「それでも」と言ってみせる――今回挙げた作品は、いずれもそんな作品であります。

 確たる、変えられない現実に対して「それでも」と言ってのける――それは(時代)伝奇が持つ本来強い力であります。来年も、そんな「それでも」と謳い上げる物語を期待したいと思います。


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2022.12.30

『どろろ』 第2話「百鬼丸の巻・その二」

 芋虫のような姿で川に流されたところを医者に拾われ、体中を補うパーツを与えられた百鬼丸。謎の声から四十八の魔神のことを聞かされた百鬼丸は、医者のもとを旅立ち、琵琶法師の導きで孤児たちの暮らす寺を訪れる。そこでみおという少女の存在に安らぎを感じる百鬼丸だったが……

 百鬼丸がいきなり目玉を落としてみせるという、トラウマになりそうな場面で終わった前回を受け、百鬼丸がしつこいどろろに過去を語るという構成の今回。内容的には原作の百鬼丸の巻の後半と、法師の巻の大半が該当することになります。

 第一話の冒頭、四十八の体に奪われて芋虫のようになった赤子が流された場面から引き続き、医者に拾われた赤子は、作り物ながら体の各所を与えられ――というのは、一見原作そのままですが、しかし原作で描かれたように赤子がテレパシーや超感覚を持つという描写はないので、何だか医者がもの凄いオーバーテクノロジーを持つように見える――というのはご愛嬌。
 しかし原作では百鬼丸を狙って現れる無数の妖怪に辟易し(たこともあり)、医者が百鬼丸を旅に出したという設定だったのが、このアニメ版では、百鬼丸が何者かに四十八の魔神の存在を聞かされ――この場面自体は原作にもあるものの、順番は旅立った後なので――自分の体を取り戻すために旅立つというのはナイスアレンジでしょう。
(しかし、女性患者に化けて医者を襲った妖怪の描写は原作よりも遥かに恐ろしく、これだけでも小さい子にはトラウマになりそう……)

 そして旅立った百鬼丸は曰くありげな琵琶法師(アニメではかなりガタイが良いのが目を引きます)と出会い、自分の無力さを悟った末にみおたちの暮らす山寺へ――という辺りは、これまた原作通りなのですが、原作ではほとんど少年なのに比べ、似蛭いやニヒルな青年という線でデザインされているアニメ版の百鬼丸で、自分は何もできないと絶望するのは、いささか違和感を感じないでもありません。
 このアニメ版の百鬼丸のデザインは、様々な『どろろ』の中でも個人的には一番違和感なく感じられるものですが、それが却ってこういうこともあるのだな、と変なところで感心させられます。

 それはさておき、この先は皆の心に強烈な印象を残すみおのエピソード(ちなみに犬のノタは、みおたちに飼われていたという設定)。ある意味最大の曇り要素である「みんなにたべさせるために雑兵の陣屋へいって……」のくだりはカットされていますが、しかしだからといって結末は変わりません。みおと孤児たちを殺され、怒りに燃える百鬼丸が足軽たちを皆殺しにする中、周囲の炎にみおの姿がオーバーラップし――というのはアニメ的な表現と思ってみていたら、そのみおの姿が、紙を切るようにバラバラに切られて散っていくという演出には感心しました。

 それにしても、百鬼丸は、「現在」の時間軸では前回泥のような死霊を倒すシーンがあるものの、「過去」の時間軸では、前述の患者に化けた妖怪を除けば、初めて斬った相手が血も涙もない連中とはいえ人間たちというのは、冷静に考えてみると凄まじい話ではあります。
 もちろんこの構成も原作通り(ただし妖怪との対決場面はアニメの方が少ない)であるわけで、やはり色々な意味で凄い作品であるなあ――と再確認した次第です。そしてこれはやはり子供には辛いわいとも……


 と、今回は足軽たちを斬って呆然と立ち尽くす百鬼丸で終わり。「現在」に戻って法師の巻のラストまでやらないの!? と、前回同様、妙なところで終わるのにもどかしさを感じるのでした。


『どろろ Complete BOX』(コロムビアミュージックエンタテインメント DVDソフト) Amazon

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2022.12.29

たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第7巻 死闘の中の「対馬」と呉越同舟

 『アンゴルモア 元寇合戦記』の博多での戦いもいよいよクライマックス。総攻撃を開始した蒙古軍を息浜で迎え撃つ日本武士団ですが、その間に博多に敵軍の上陸を許すことになります。対馬の再来を思わせる阿鼻叫喚の様相の最中、朽井迅三郎の胸中によぎる想いは……

 時ならぬ大風を「神風(テングリの風)」として総攻撃を開始した蒙古軍二万を迎え撃つ日本武士団四千。彼らの激闘は息浜を舞台に展開、蒙古の騎馬兵を相手に一歩も退かぬ迅三郎の活躍もあり、日本武士団は互角の戦いを繰り広げたかに見えたのですが――その最中、蒙古軍の別働隊が博多の西の河岸に上陸し、戦況は一気に蒙古側に傾くことになります。

 他の軍同様、やむなく撤退することとなった迅三郎たちですが、その途中に彼の目に入ったのが、対馬出身者の集落。自分の命を第一に考えれば構ってはいられないところですが、その時彼の心によぎったのは、あの壮絶かつ悲惨な対馬での戦い、いやその戦いで命を落とした者たちの姿で……


 物語の冒頭から、鎌倉武士のある意味典型として描かれてきた迅三郎。巨大な敵にも恐れず窮地にあっても怯まず、勇猛かつ冷徹な戦士として敵を屠る迅三郎ですが、しかし決して人の心を持たない男などではないこともまた、これまで描かれてきました。
 そしてこの巻の冒頭で描かれるのは、そんな迅三郎においてもいささか珍しく感じられる心の揺れ――蒙古軍に追われる中に「対馬」と接したことで、対馬での地獄を思い出した姿であります。

 言い換えれば、対馬の戦いが、彼ほどの豪の者であってもトラウマとなるほどであったということですが――しかしそれでも戦いを終えない、戦い続けるのが彼のスタイルであることも間違いありません。
 そしてそんな彼の姿勢が、ある意味「対馬」の申し子と呼ぶべき人物を救う姿は、絶望が続く物語の中でも、小さな、しかし決して軽くはない希望として感じられます。


 しかしそれでもまだ戦場が続いていることもまた事実。やたらとヒロインぶりをアピールしようとしている感のある天草太夫大蔵太子率いる天草勢の加勢はあったものの、まだまだ――いやこれまで以上に窮地は続きます。

 しかしそこで思わぬ助けとなったのが、この巻の表紙を飾った蒙古軍の義経流使い・両蔵の存在。詳しい展開は伏せますが、思わぬ形で呉越同舟、海を隔てて分かれた同門が出会ったことで――そして義経流ならではの特性が相俟って――戦場の流れが大きく変わることになるのであります。
 さらに、これまた思わぬところで頼りになるアイツも加わり、死地を逃れた迅三郎と仲間たち。しかし日本側の敗勢は変わることなく、博多の町は炎に包まれることに……

 守るべき地、依るべき地を喪った者たちの運命は、そしてそれを二度に渡り味わうこととなった迅三郎の行動は――いよいよ博多編もクライマックスであります。


『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第7巻(たかぎ七彦 カドカワコミックス・エース) Amazon

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2022.12.28

やまざき貴子『LEGAの13』第1巻 絢爛豪華なヴェネチア伝奇の開幕編

16世紀後半のヴェネチアを舞台に、錬金術師(?)の美青年の奇妙な冒険を描く絢爛華麗な西洋伝奇の開幕編であります。あらゆるものを黄金に変えるという賢者の石を求める青年・レガーレが出会うという4人の人物とは、そして彼が辿る数奇な運命の行方は……

 ヴェネチアで、「ストレーガ」(魔法使い)の異名を持つ薬師の父の下で見習いとして働きながら、錬金術の研究をしてきた青年レガーレ・サルヴィアティ。夜毎に盛り場で浮名を流す彼は、ある晩、占い師から「人生を変える4人の人に出会い、数奇な運命をたどる」と予言されることになります。

 ほどなくして、父が「魔女」の疑いで獄に繋がれて裁判を待つ身となったレガーレは、人々の信頼厚いコルヴォロ神父にすがるのですが――実は神父のもう一つの顔は、ヴェネチアの大使を名乗って夜毎豪遊する青年・コルヴォ。そのコルヴォの密告で錬金術の研究が露見したレガーレは、父の代りに獄に繋がれたものの、罪に問われる代りに元首の下に監禁され、黄金作りの研究を命じられるのでした。

 かくして自由を奪われてしまったレガーレですが、陰謀や奇妙な企みが渦巻くヴェネチア、様々な事件に巻き込まれることに……


 LEGAというのは合金の意――黄金になり得る合金の材料である12の鉱物に加えて、もう一つ存在するという13番目の鉱物(?)賢者の石がタイトルの由来であります。

 本作はその賢者の石を求めるレガーレの繰り広げる冒険物語――というと少し(大いに?)語弊があります。基本的にレガーレは享楽主義の遊び人、決まった相手のいないのをイイことに夜毎お相手を取っ替え引っ替え遊び歩いているような、見ようによっては呑気な青年であります。
 錬金術研究が災いして元首に捕らえられ、基本的に居室と研究室から出ることを禁じられた後も、しかしマイペースは相変わらず――元首の催促もどこ吹く風のレガーレの大物ぶりが、先の見えない迷宮めいた物語のムードを、奇妙に明るいものとしています。


 この第一巻は、そんなレガーレが辿る数奇な運命の序章というべき内容ですが、前後編三話の連作というスタイルで描かれます。

 レガーレが囚われの身となるまでを描く第一話「浮かれた神父」に続いて描かれるのは、コルヴォの企みで女装して出かけた謝肉祭(カルネヴァーレ)でレガーレが出会った美青年は実は美女、しかも思わぬ正体の人物で――という第二話「きっつい女」。
 そして元首に引っ張り出されて芸術家たちのサロンに顔を出したレガーレの学生時代の友人の再会と、フィレンツェの人間ばかりを狙う毒殺魔を描く第三話「堕・天使」。
 どのエピソードも、先に述べたようなレガーレをはじめとする、どこか呑気で、しかしそれぞれに秘密や陰を抱えたキャラクターたちの姿が印象に残ります。

 しかしある意味それ以上に印象に残るのは、物語の中で描かれるヴェネチアという街――そしてそこに生きる人々、集う人々を精緻に描いた画と、そこに込められた情報量であります。
 写実的なタッチとはまた異なる、しかし細部に至るまで描き込まれた画が甦らせるのは、絢爛豪華で生命力に溢れ、それと同時にその中に薄暗く危険な闇を隠し持った物語世界。特に第二話に描かれたカルネヴァーレはその最たるものですが――その画と情報量にはただただ圧倒されます。
(ちなみに電子書籍で読むのであれば、できるだけ画面の大きな、解像度の高い端末をおすすめします)

 そんな物語世界とレガーレの運命が行き着く先はどこなのか――長くて短い全六巻、残る巻も今後ご紹介していきたいと思います。


『LEGAの13』第1巻(やまざき貴子 小学館フラワーコミックスα) Amazon

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2022.12.27

有田くもい『あやし神解き縁起』 土地神道真と見習い陰陽師の親子の絆

 菅原道真といえば、死後は怨霊になったり天神になったと伝えられることもあって、平安ファンタジーではかなりの頻度で登場する人物であります。しかし本作は極度に子煩悩の天神・道真と、彼に育てられた半鬼の陰陽師見習いの少年が活躍する、第7回角川文庫キャラクター小説大賞・奨励賞受賞作であります。

 太宰府で亡くなった直後、女神・瀬織津姫の命によって太宰府周辺を担当する土地神となった菅原道真。神として忙しい日々を送る道真は、故あって人と鬼の間に生まれた半鬼の赤子を育てることとなります。
 人や神には有害な瘴気を持つ半鬼の赤子のワンオペ育児に道真が悪戦苦闘して十数年――その赤子は檜垣行夜という名で立派に成長し、道真の方はといえば、完璧に親バカで行夜にデレデレ状態になっていたのであります。

 養父の力になるために陰陽師を志し、京の陰陽寮に入った行夜と、彼を心配するあまり、人に化けてついてきた道真。かの大陰陽師・安倍晴明の息子たちである吉平と吉昌兄弟に何かと振り回されながらも、陰陽師として少しずつ成長していく行夜ですが、道真が自分に隠れて不審な動きをしているのに気づくことに……


 優れた学者にして政治家として宇多天皇に重用され、右大臣にまで上り詰めながらも、藤原時平によって謀反の罪に問われ、大宰府に左遷され、無念の死を遂げた道真。
 その魂は死後怨霊となって、時平をはじめとして自分を陥れた者たちに祟ったり清涼殿に雷を落としたりしたことで恐れられ末
、天満大自在天神として祀られて今では学問の神として崇められる――死後もそんな波乱の人生(?)を歩んだ人物であります。

 しかし本作の道真は、息子にくっついて上京し、堂々と本名を名乗って(周囲もまさかかの菅公その人だとは思わないのが愉快)陰陽寮に出入りする、なんとも人を食った、そして陽性の人物――いや神様として描かれているのに驚かされます。
 それもそのはずというべきか、本作の道真は怨霊になっておらず、もちろん時平たちに祟ってもいないという設定。祟りについては、ある意味死後も冤罪をかけられたようなものですが――なにはともあれ、伝説に残る姿と、本作の行夜にデレデレの姿とのギャップの面白さは、本作の魅力の一つであることは間違いありません。


 しかし本作の主人公は、あくまでも行夜であります。
 曰く付きの力と生まれの見習い陰陽師が、安倍晴明の息子たちに振り回されつつも奮闘する、という設定は何となく既視感がありますが――本作の場合、養父の道真の過干渉を疎ましく思いつつも、しかし血よりも濃い絆で結ばれた「親子」として暮らし、それが物語を引っ張っていくという構造が、本作の大きな独自性として生きています。
(その一方で実の両親ともそれなりに繋がりがあるのが、奇妙にリアリティを感じるところでもあります)

 正直なところ、物語の前半では行夜はまだまだ未熟なところが目立ち、むしろ道真の方が主役らしく見えるのですが――しかしそんな経験を踏まえて、未熟な自分を乗り越え、成長しようとする行夜の姿は、好もしく感じられます。
 そしてその真っ直ぐさが、終盤、ある意味自分と表裏一体の存在との対決において、際立つという――ここに来て一気に「人間的」弱さを見せるという、これまた妙にリアルな道真の存在もあって――構成も、なかなかに読ませるところであります。


 物語としては綺麗に一区切りがついているところではありますが――脇を固める安倍晴明親子のキャラクターも楽しく――まだまだこの先を描ける、描いてほしい作品であります。


『あやし神解き縁起』(有田くもい 角川文庫) Amazon

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2022.12.26

平谷美樹『貸し物屋お庸謎解き帖 百鬼夜行の宵』 賑やかな味わいの中の少女の限界と成長

 だいわ文庫で帰ってきた貸し物屋お庸の第二作、通算第六作の登場です。「無いものはない」が謳い文句の貸し物屋(レンタルショップ)湊屋の両国出店を預かる、口は悪いがおせっかいで情に厚いお庸が今日も様々な事件に挑む連作短篇集であります。

 かつて両親を賊に殺され、自分も背中に深手を負わされたお庸。その仇討の手を江戸有数の貸し物屋・湊屋の主人・清五郎に「借り」たお庸は、その代金を働いて返すため
手代の松之助とともに湊屋の両国出店を任されることになります。
 以来、清五郎や店の人々、そして幼い頃に亡くなった姉の霊に見守られながらも、バイタリティと情の厚さ全開でお庸は大奮闘。基本的には依頼を受ければ何でも貸し出すものの、それが悪事や胡乱なことに使われては堪らない――と下調べや追跡を行う中で知った様々な事情を丸く収めるため、今日もお庸は奔走するのであります。


 そんな基本設定で、レーベルを移しながらも展開してきた本シリーズですが、本書においてもこれまで同様のスタイルで、全六話が収録されています。

 正月に凧の骨だけを貸してほしいという少年の依頼の裏にあった切ない願いを描く「凧、凧揚がれ」
 縁起がいいという貸家の仲介を依頼されて下見にでかけたお庸が、思いもよらぬ恐怖体験をする羽目になる「貸家と散り桜」
 余興に僧の衣装を借りたいという男たちの依頼がとんでもない方向に展開、大混乱を収めるためにお庸が奔走する「百鬼夜行の宵」
 やりたい放題で町の人々を苦しめてきた大店のドラ息子たちが、お庸への復讐のために仕掛けた罠の顛末「貸し物卒塔婆」
 富士講で急に必要になったと十人分の布団を借りていった男・信輔の依頼の真相を知り、お庸が迷う「信輔と十人」
 以前からお庸に目をつけていた神坂家からの花嫁衣装の貸し出しの依頼の裏をかくべく、お庸と仲間たちが挑む「雪と綿帽子」

 どれも作者らしいミステリ味と人情、そしてキャラの面白さに、時に怪談味まで入って、賑やかな味わいの一冊であります。
(お庸の姉の設定からもわかるように、同じだいわ文庫の『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末』と異なり、怪異が前面に出てくるエピソードも少なくないのが、本作の特徴と言えるでしょう)

 少々驚かされるのは全六話という分量で、だいたい文庫書き下ろし時代小説のパターンとしては全四話が相場のところ、六話では各話の内容が薄くなったりするのでは――と余計な心配をしてしまいましたが、それは全くの杞憂。これはシリーズの基本設定を踏まえて、省略すべきところは省略し、膨らませるべきところは膨らませる物語描写の巧みさによるものでしょう。


 そんな本書においてはどのエピソードも面白いのですが、個人的に強く印象に残ったのは、「信輔と十人」であります。

 貸し物の背後に、依頼人の説明とは異なる裏の事情が――というのは本シリーズでは定番の展開ではありますが、しかし本作の場合、それがある程度早い段階で描かれる(読者には明示されないけれども、お庸や清五郎は気付く)のが、本作のユニークな点。
 ではそれ以降の物語で描かれるのは、といえば、それはお庸の迷いと悩み――基本的に貸し物絡みで人の悩みや問題を知れば、時に商売そっちのけで力も貸すのがお庸という少女ですが、しかし本作では簡単にそうできないという事情があります。

 それでも手を貸すべきか、貸すことができるのか。手を貸せないとすればどうすれば良いのか――「無いものはない」貸し物屋でも貸せないものを描く本作は、しかしお庸の敗北などではなく、彼女が己の限界を知り、他者の想いを慮ることを学んでいることを描く物語として、重要な意味を持つと感じます。
(その一つ前の「貸し物卒塔婆」でも、ある意味お庸の限界は描かれるのですが、本作はそれを自覚する点でより重い内容といえます)

 そしてその姿は、恬淡と己の為すべきことを為そうとする姿が印象的な、ゲストキャラの信輔と表裏一体と言えるかもしれません。


 さて、ラストの「雪と綿帽子」では、何やらお庸に含むところがあるらしく、以前からちょっかいをかけてきていた神坂家が登場。その企みを(最初は悩み恥じらいながらも)砕くお庸の姿も痛快ですが、やはり物語
はこのままでは済まない印象があります。
 清五郎が言うように、大体の事情はこちらも何となく予想はつくのですが、いずれにせよこの先の展開も楽しみにしたいと思います。


『貸し物屋お庸謎解き帖 百鬼夜行の宵』(平谷美樹 大和書房だいわ文庫) Amazon

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2022.12.25

久賀理世『奇譚蒐集家 小泉八雲 終わりなき夜に』 怪奇のWhyとWhoの先の青春像

 英国ものの名手である作者が、パトリック・ハーン――少年時代の小泉八雲を主人公に描くシリーズ待望の続巻であります。北イングランドの神学校で日々を送るパトリックと相棒のオーランドの周囲で起きる奇怪な事件の数々。その謎を追う二人が見た真実とは……

 貴族の私生児であったことから、厄介払いのため北イングランドの神学校に放り込まれた「おれ」ことオーランド。そこでこの世ならぬ世界に触れる力を持ち、奇譚を収集する少年パトリック・ハーンと知り合い、行動を共にすることになったオーランドは、様々な怪異と出会い、解決に奔走することに……
 という本シリーズも講談社タイガで刊行された二巻、そして講談社文庫に移行しての前作そして本作と、通算四巻目になりました。前作は長編でしたが、本作は全四話構成の短篇連作スタイルとなっています。

 同級生のクレイグから受けた、いつの間にか教室の生徒が一人増えているという相談が、クレイグ自身にまつわる事情に絡んでいく「そこにいるもの」
 焼却するよう遺言されたものを弁護士が貰い受けたドールハウスから人形の一つが消え、オーランドの元に現れたことをきっかけに、オーランドそして同級生のシリルが怪異に見舞われる「終わりなき夜に」
 パトリックとオーランド、クレイグ、シリルが無聊を慰めるためにそれぞれ一話ずつ怪談を語る「四重奏には用心を」
 腹違いの次兄・ヴィンセントから、友人が悪霊に憑かれたと相談を受けたオーランドが、パトリックとともに意外な真相を知る「愛しきものに捧ぐ」

 これまでも英国の文化風俗を織り込んだ物語を発表してきた作者ですが、19世紀後半を舞台とした本作も、この時代にならではの風物を巧みに用いると同時に、どこか英国の古典怪談を思わせる独特の格調を漂わせています(特に「四重奏には用心を」は、気のおけない友人同士が冬の夜に語る怪談話というシチュエーションからしてたまりません)。
 物語に触れている間、北イングランドの寒々とした景色を、目の当たりにしているかのように感じさせてくれるのは、ひとえに作者の筆の巧みさによるものでしょう。

 しかし本作の巧みな点は、直球の怪異譚を描くというよりも、そこに様々な謎の存在を配置し、一種のミステリとして成立させていることでしょう。
 何故その怪異が現れたのか? 怪異の正体は何者なのか? 怪異譚のホワイダニット、フーダニットとでもいうべき謎に、主役コンビが挑み、結果としてそれが怪異を鎮め、祓うこととなる――これまでのシリーズでも共通する構造は、本作でも健在であります。


 そしてこれもまた、シリーズ共通の要素ですが、一種の青春小説としての味わいも、本作はこれまで以上に感じさせてくれます。

 母の死をきっかけにこれまでの生活全てが一変し、音楽で身を立てたいという将来の夢も奪われて、神学校に押し込められたオーランド。そんな彼の鬱屈は、やはり複雑な家庭環境を持ち、そして一見それにも負けず己の道を行くパトリックという友人が出来たことで、和らいでいるようにも感じられたのですが――しかし決してなくなったわけではないことが、本作では随所で描かれます。

 パトリック以外の級友との距離感、自分から将来を奪った者たちの一人(に見える)腹違いの次兄の登場といった出来事の一つ一つに悩まされるオーランド。周囲の人々との間にある(自分で作った)見えない壁、自分の将来への諦念に似た悩み――それはオーランド自身のものであると同時に、我々も覚えがあるような青春の苦しみであるだけに、ビビットに伝わってくるものがあります。

 しかしそんな想いは、時に怪異をも招くことになります。本作の表題作である「終わりなき夜に」は、ドールハウスから消えた一体の人形が、何故かオーランドの楽器ケースに入り込んでいたことから始まる怪異譚ですが――無関係なはずの人形が、何故彼に近づいてきたのか。そして人形は何者なのか。
 その謎を解いた時、それがオーランドにとって決して他人事ではないことが明らかになるのであり――だからこそ彼だから救える、彼でなければ救えないものとして、強い感動を生み出すのです。

 そしてそれは同時に、彼にもまた、手を差し伸べる誰かの存在があることを意味します。そう、パトリックのように……


 英国怪談にしてミステリ、そして青春小説――この三つの味わいが複雑に、そして密接に絡み合って成立している本シリーズの、本作の味わいは、唯一無二のものというべきでしょう。本作の結末ではある異変が描かれますが、その影響も含めて、この先の物語も楽しみです。


『奇譚蒐集家 小泉八雲 終わりなき夜に』(久賀理世 講談社文庫) Amazon

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2022.12.24

『どろろ』 第1話「百鬼丸の巻・その一」

 天下獲りのため魔像に祈った醍醐景光の赤子が、その代償に身体の四十八箇所を奪われて、川に流されて十五年――こそ泥のどろろが袋叩きにあっているところに現れた青年・百鬼丸は、そこに出現した不気味な死霊を、両手に仕込まれた刀であっさりと倒す。その刀に魅せられるどろろだが……

 これまで様々な形で語り直されてきた『どろろ』――手塚治虫の原作とならんで、その原点の一つというべき1969年のモノクロアニメ版の第一話であります。

 醍醐景光が自分の野望の生贄として自分の子供の身体を四十八体の魔像に捧げ、身体の各所を欠落した子供が川に流される冒頭、野伏せりたちを両手の刃で切り捨てる百鬼丸、へまをして破落戸たちに袋叩きにあうどろろとそこに襲いかかる不定形の死霊、橋を切って落として死霊を倒す百鬼丸と、その姿に憧れてつきまとうことになるどろろ……

 第一話の内容は、内容的には原作の冒頭に忠実であり、これまで様々なリメイク版でもほぼ同様の内容で描かれてきたものであります。それだけに既視感は否めないのですが――しかし今の目で見ても、そのクオリティの高さには驚かされます。

 冒頭のお堂の場面からして、雨の降りしきる中、蝋燭の灯りに照らされた魔像たちの――無言ながらの、いやそれだからこその――恐ろしさと、それに語りかける景光の狂気(野太さだけでなく、甲高い声まで交えて語る納谷悟朗の名演!)と圧倒されるばかり。
 それ以降も、原作よりもだいぶ大人っぽい姿の百鬼丸が、ほぼ無言のうちに野伏りたちを容赦なく斬殺(こちらを見てから原作を読み返すと、百鬼丸があまりに子供っぽくて驚きます)する場面から、蠅のたかる行き倒れの描写や、施しを請う僧に罵声を浴びせたどろろが食料を盗んで戻ってくると既に死んでいる場面など、舞台となる戦国という時代の空気を、いやというほど感じさせる殺伐とした描写が続きます。
(どろろが刀屋から刀を盗もうとする初登場シーンで、店主と客の会話から武器の需要が大きいことを見せるのも実にうまい)

 マスコット的なキャラの犬のノタ(烏帽子をかぶってるのがかわいい)の登場も最小限、主題歌の「どろろの歌」の「ほげほげたらたらほげたらぽん」の脳天気なフレーズがむしろ違和感を感じさせる(しかしバックはむしろ旗を立てた一揆)ほど。時期的に既にカラーがメインの時代に、あえてモノクロ作品というのも、作品の「カラー」にはまっているとしか言いようがありません。

 そんなわけで、とにかく凄いもの、きちんとしたものを作ってやろうというスタッフの意気込みが強烈に感じられる第一話なのですが――しかし正直なところ、これを観て当時の子供たちが喜んだかというと、むしろ怖がって困ったろうなあ、と思えるのが正直なところであります。
 スタッフが気合いを入れれば入れるほど、(スポンサーが想定している)視聴者層がついていけなくなり、ついには路線変更――アニメや特撮でその後も幾度も繰り返されてきた悲劇の予感を、本作も感じさせます(いや、予感じゃないんですが)。

 繰り返すように内容は原作通りなのですが、原作の時点で既に暗すぎるという声があったものを、さらにパワーアップしてみせれば、それはある意味当然の帰結かもしれません。もちろん現代の私のような人間が観るには、最高の作品であり、それだけに――その後の(物語外の)展開もあいまって――いまだに『どろろ』という作品の名前を遺す結果となっているのだろうな、と感じられるのもまた事実であります。


 しかしこれも原作通りとはいえ、百鬼丸が目玉を落としてみせた場面でヒキ――というのはインパクトがありすぎて、文字通りに引きます……


『どろろ Complete BOX』(コロムビアミュージックエンタテインメント DVDソフト) Amazon

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2022.12.23

スチュアート・タートン『名探偵と海の悪魔』(その二) 探偵たちにとっての「探偵」の意味

 十七世紀、バタヴィアからオランダに向かう帆船で次々と起きる怪奇の事件に挑む探偵助手と総督夫人の奮闘を描く『名探偵と海の悪魔』の紹介、後編であります。名探偵の助手・アレントともに探偵役を務めるヒロイン・サラの人物像とは、そして二人にとって探偵という存在とは……

 バタヴィア総督夫人として、恵まれた生活を送っていたはずのサラ。しかしその実態は、総督から心身ともに虐待に等しい扱いを受ける毎日――それでも娘を守るため屈辱に耐えて生きる彼女は、この航海で決して命を落とすわけにはいかない事情を持った身でもあります。
 かくて自分の身を、いや自分の大切な者たちの身を守るために、彼女が元々持っている聡明な頭脳を発揮し、「探偵」として艦隊に迫る危機を避けるべく動き出すサラ。彼女は総督夫人という立場を利用して、アレントとはまた異なる方向とやり方で、謎に挑むことになります。

 アレントとサラという、立場も能力も全く異なる二人の「探偵」が――時に周囲の人々の助けを得て――一人ではとても立ち向かえないような怪事件に挑むというスタイルも、本作の特徴と言ってよいでしょう。


 しかし本作において、「探偵」という立場は、単に謎を解き、犯人を捕らえる役目という以上の意味を持つことが、やがて明らかになっていくことになります。

 実は名家に生まれながらも、それに飽き足らず生家を飛び出し、自分自身の力を試すために傭兵の世界に飛び込んだアレント。しかしそこで彼が見たものは、結局はより立場の弱いものが権力を持つ者の走狗とされ、弊履のごとく使い捨てられる世界だったのであります。
 しかし「探偵」にとって――探偵が解き明かす真実にとっては、社会的な身分も財産の多寡も、肉体的な強さも弱さも関係ありません。真実の前では全ては平等であり、そして探偵によって罪あるものはその罪を暴かれるのですから。

 そしてサラにとっても――かつては自由な精神を持ち、明るい未来を心に描いていた少女だったものが、今は権力者の悪意に寄って籠の鳥にも劣る立場となってしまった彼女にとっても、「探偵」は特別な意味があります。
 たとえ肉体は囚われても、その心の中には自由がある。そして彼女が「探偵」として真実を求めるための推理を巡らすということは、彼女が一個の人間として、その自由を行使していることに等しいのですから。

 つまり本作において(少なくとも本作の「探偵」役にとっては)「探偵」とは、人間の理性と尊厳の象徴――人間が単なる動物とは異なる善き魂を持つとともに、それぞれに平等で尊重されるべき一個の自由な魂を持つ存在であることを、証明する役割を持つのであります。

 ――と言い切るのは、もちろん牽強付会にすぎるかも知れません。しかし物語の中で明かされるトム翁の力と正体、そしてそれがザーンダム号にもたらした悍ましい影響をを――さらにそれが招いた終盤の展開を思えば、探偵とこの悪魔が対照的な存在、あるいは表裏一体の存在であると言い表してよいのではないか、と感じます。

(もっとも、そんな二人の「探偵」の信念は、やはり時代を数百年先取りした、この時代においてはあまりにも異端であるという印象は否めないのですが――それが二人が主人公たる所以、というのは身も蓋もない話でしょうか)


 もっとも、この「探偵」観を突き詰めていくと、このオチはありなのか!? という気もしないでもありません(いやむしろそれで正しい――というのはちょっと語りすぎか)。

 しかしこの人を食ったような結末も含めて、本作が最初から最後まで、徹頭徹尾こちらを驚かせ、楽しませてくれる(そして人によってはには色々と考え込ませてくれる)作品であることは間違いありません。
 そして――さすがに続編は難しいかとは思うものの、本作の登場人物たちのその後を見てみたい物語であることもまた、間違いないのであります。


『名探偵と海の悪魔』(スチュアート・タートン 文藝春秋) Amazon

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2022.12.22

スチュアート・タートン『名探偵と海の悪魔』(その一) 動く密室の怪事件に挑む探偵……?

 十七世紀、バタヴィアからオランダへ向かう帆船を舞台に次々と発生する奇怪な事件を描く、海洋冒険小説、そして怪奇小説テイスト濃厚な本格ミステリの快作であります。悪魔から呪われた船を救うことができるのは誰か? 獄中の名探偵に代わってその助手と、聡明な総督夫人が謎に挑むのですが……

 オランダ本国に帰還するバタヴィア総督ヤン・ハーンをはじめ、数多くの人々が乗船する帆船・ザーンダム号をはじめとする七隻から成る艦隊。しかし艦隊が出港直前の港に現れた、血染めの包帯で顔を覆った病者は、この船は呪われている、乗客は破滅を迎えるだろうと予言し――その直後、炎に包まれるのでした。
 この病者を救おうとしたのは、乗船準備のためにその場に居合わせた名探偵サミー・ピップスの助手・アレントと、総督夫人のサラ。しかし既に手遅れの上に、二人は病者は舌を切り取られていたと知ることになります。

 喋れるはずのない男が告げた不吉な予言を重く見て、船の出港を止めようとするアレントとサラ。しかし総督は二人の言葉を無視し、ザーンダム号は出航するのですが――開かれた帆に描かれていたのは、奇怪な目の紋様。それこそは、かつて欧州を席巻した末にようやく退治されたと言われる悪魔「トム翁」の印であり、そしてそれはアレントとも浅からぬ因縁があったのであります。

 その後も船内にはトム翁の印が次々と現れ、さらに死んだはずの病者が船内を跳梁、存在しないはずの第八の船の灯りがザーンダム号を追うなど、続発する有り得べからざる怪異。この怪異の謎を解き、合理的な解決を導くことができるのは、名探偵ピップスのみですが――しかし彼は総督によって罪に問われ、独房に囚われの身の状態なのです。
 身動きの取れないピップスに代わって事件の謎を追うアレントとサラですが、二人をあざ笑うように怪異は続き、やがて決定的なカタストロフィーが訪れることに……


 ミステリとしては定番の趣向の一つであるクローズド・サークル――外界と隔絶され、人間の出入りがない閉鎖空間で起きる事件を描く物語は古今東西で描かれ、その中でも客船というのは、動く密室として一つの定番といえるでしょう。
 しかも本作の場合、ピップスとアレント、サラのほかにも、傲岸不遜で冷酷な総督と影のように従う家令、歴戦の護衛隊長、伊達者の船長にアル中の主任商務員、更にはサラの娘の天才少女、総督の美貌の愛妾、老魔女狩り人とその女弟子、さらに一癖も二癖もある船員たちと、その密室に集う者たちも多士済々、何が起きても不思議ではありません。

 本作はそんな客船を舞台としつつ、背景となる時代は航海術がいまだ発展途中の(つまり何が起きてもおかしくない)十七世紀――そして何よりも、その船上で起きる事件の数々が、怪奇小説のそれといっても違和感のないような強烈なものの連続という、大きな独自性があります。
 この時代ならではの舞台背景で発生する怪奇な事件を描く――本作はいわば時代怪奇ミステリとでもいうべき、贅沢な一作です。


 しかし本作のユニークな点はそれだけに留まりません。何しろ本作は邦題に「名探偵」と冠し、作中にもその名探偵が登場しながらも、先に述べたとおり、実際の探偵役はその助手が務めるのですから。
 本作の名探偵ピップスは、一言で表現してしまえば、十七世紀のホームズとでも言うべきキャラクターであります。頭脳明晰にして卓越した観察眼と推理力を持ち、数々の難事件を解決――そしてその事件の内容は、元兵士で彼の相棒にして友人、そして崇拝者であるアレントによって文章化され、世界中でその名は知られているという人物なのです。

 しかし、総督の依頼でバタヴィアを訪れ、見事事件を解決したにもかかわらず、その総督によって囚われの身になってしまったピップス。かくて本作では、ピップスの助言を受けつつアレントが「探偵」の一人となるのですが、かつて傭兵として各地の戦場を渡り歩いた不死身の男の捜査は、名探偵というよりハードボイルド気味になってしまいます。
 荒くれ者――というよりほとんど表社会では生きられない犯罪者ばかりの船員たち、そして荒っぽさでは彼らに勝るとも劣らないマスケット銃兵たちを向こうに回し、アレントが文字通り奮戦する姿は、舞台や題材とのギャップもあって、強い印象を残します。(もっとも彼は、実は決してそれだけの男ではないのですが……)


 しかし本作の「探偵」は一人ではありません。もう一人、総督夫人のサラは、ある意味アレント以上に印象的な人物像なのですが――長くなりましたので、申し訳ありませんが次回に続きます。


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2022.12.21

西公平『九国のジュウシ』 恐るべき野生児が見た岩屋城の戦い

 戦国時代でも有数の寡戦となった岩屋城の戦い――高橋紹運率いる700余名が、島津軍5万を向こうに回して壮絶な戦いを繰り広げた籠城戦。その秘話を描く何ともユニークな漫画であります。紹運の前に現れた凄まじい戦闘力を持つ野生児・十四郎が、この戦いで見たものは……

 戦国時代末期の九国(九州)制覇を目指す島津に対して、最後まで戦いを繰り広げた末、豊臣秀吉に助けを求めた大友家。しかし救援が到着するのは四ヶ月後。それまでの時間を稼ぐため、大友家にこの人ありと知られた名将・高橋紹運は岩屋城に籠もることを選ぶのでした。
 高橋軍763人に対して、対する島津軍は5万人――絶望的な戦力差の中で、紹運の傍らにあってなおも生き延びると言い放つ少年・十四郎がいました。

 遡ること七年前、岩屋城で噂となっていた獣のような動きの子供――合戦場に現れ、軽々と兵たちの攻撃を躱しては、切り落とした相手の手足や、死体の臓腑を拾い集めるその子供に、強く興味を惹かれた紹運。
 そして子供が、山中の洞窟で共に暮らす巨大な狼を母上と呼び、人肉を与えていたことを知る紹運は、子供を追ってきた山賊の矢から「母上」を庇ったことをきっかけに、子供――十四郎を戦場に伴い……


 岩屋城の戦いを題材としつつも、物語の中でこの戦いが描かれるのは、冒頭と最終巻(第三巻)の後半部分――それ以外の部分で描かれるのは、この野生の化身のような十四郎と、紹運をはじめとする人々の関わりであります。

 至近で振るわれる刀を躱し、自分めがけて放たれる矢を掴み取る。刀のひと振りで、人の首や手足を軽々と叩き斬る――およそ常人を遥かに超えた身体能力を持つ十四郎ですが、彼が真に常人と異なる点は、その精神性にあります。
 上に述べたように母狼に育てられ、そして老いて狩りが出来なくなった母狼のために合戦場で人肉を集め、食わせるという凄まじい生活を、ごく平然と送っていた十四郎。
(実は彼の親については、さらにドン引きものの過去があったことが明らかになるのですが……)

 しかし時は血で血を洗う戦国乱世。そんな剣呑な人間でも、強ければ喉から手が出るほど欲しい――という紹運も十分どうかしているというのはさておき、そんな十四郎と、紹運や彼の子・千熊丸(後の立花宗茂)たちの交流は、彼ら自身を、そして彼らの周囲の状況を変えていきます。

 それは、十四郎との共同生活の中でその才能を開花させていく千熊丸のように、急激なものであることもあります(その変化に戸惑うギン千代が可笑しい)。あるいは本人も気付かぬうちに、ゆっくりと変わっていく十四郎のような場合もありますが――いずれにせよここで描かれるのは、人は人との触れ合いの中で、初めて人として成長することができるという「真実」であります。


 そんなドラマを時にシリアスに、時にコミカルに(というか大半コミカルに、でしょうか)積み重ねた末に、岩屋城の戦いに突入する本作。
 そこで描かれるのは寡戦にして籠城戦という極限状況ですが、しかしそこに不思議な温かみのようなものを感じさせるのは、そこに人と人との――そしてその中には十四郎も含まれるのですが――確かな繋がりがあるからなのでしょう。

 そしてこの戦いのある事実と、十四郎の名に一つの符合を見出す時――そこには不思議な感動が生まれるのです。


 正直に申し上げれば、先に述べたシリアスとコミカルの落差など、どんな顔をして読めばよいのかわからなくなってしまう時も多いのですが――しかしそんな点も含めて唯一無二の、そして不思議な魅力を持つ戦国漫画であります。


『九国のジュウシ』(西公平 KADOKAWA HARTA COMIX全3巻) 第1巻 Amazon / 第2巻 Amazon / 第3巻 Amazon

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2022.12.20

さいとうちほ『輝夜伝』第11巻 愛の炎燃え上がる親世代!?

 謎また謎の天女伝『輝夜伝』第11巻は、自らの娘・月詠を操るかのような母天女・艶の恐ろしくも美しい姿を描いた表紙が印象的な一冊。内容の方も、周囲を振り回す天女の本領を(さらに)発揮という印象ですが、さてその艶様の過去には何があったのか――様々な謎が解き明かされる巻です。

 月詠の母の形見だという数珠に宿り、そしてしばしば月詠自身に取り憑いて出現するようになった母天女。己の身を使って周囲の男たちを誘惑せんとする母にほとほと手を焼く月詠ですが、ついにその身が治天のものになろうとした時、現れた母天女の姿に治天は涙を浮かべたではありませんか。
 そう、月詠の母こそは、遠い昔に治天と愛し合った天女・艶その人。そして月詠の父は治天だと告げる艶ですが――しかし月詠が生まれたのはわずか十年前(!)。治天のこれまでを考えれば、およそ平仄が合いません。

 かくて治天の命を受け、月詠の出生の秘密と艶復活の謎を探ることとなった竹速、大神、滝口の長が知った、あまりに意外な真実とは……


 月詠の母が復活(?)してから意表を突いた展開が続く本作ですが、ここに来てついに描かれるのは、月詠出生の秘密。治天がかつて愛し、今なおその面影を求めるのが月詠の母・艶というのは、まず予想通りではありましたが(しかし知らぬとはいえ娘に手を出そうとした治天……)、しかしだとしても治天と艶の愛は、数十年は昔の出来事のはずであります。
 それがわずか十年前――完全に忘れていましたが、「血の十五夜」が月詠が生まれて五年後、そして現在はそこからさらに五年後という設定でした――に生まれた月詠の両親というのは、いくらなんでも矛盾があると、誰でも気付きます。

 それを解決する答えは――これが何と、その矛盾だけでなく、月に帰ったはずの艶が何故まだ地上にいるのか、そしてこれまで何処にいたのかも同時に答えるものであったのには驚かされます。そしてそれが、「血の十五夜」の真実にも繋がるものであると知ればなおさらに。
 もちろんこの辺りは物語の核心、骨格であるだけに、当初から用意されていた答えだとは思いますが――謎めいていた物語の全景が、一ピースが嵌っただけで大きく見えてくるその様は、感動的ですらあります。

 そして最初は完璧に治天のことを忘れ「年寄りはいやじゃ」「若い男子がいい」と、さすがの治天も可哀想になるようなことを言っていた艶も、さすがに事ここに至れば彼のことを思い出し、感動の再会となるわけですが――しかし忘れてはいけないのは、彼女はまだ肉体を失った状態であるという事実(月詠に嫌がられたため、何故か火麻呂に宿ることになったのがオカシイ)。

 それではその肉体は――と思えば、これが意外とあっさり見つかったものの、どうやらまだ一波乱ありそうな様子であります。はたして艶様の完全復活は成し遂げられるのか、治天との間に再び愛の炎は燃え盛るのか……


 と、完全に子供たちを食ってしまった感のある親世代ですが、子供は子供で悩ましい状況。猛烈に複雑な出生とはいえ、月詠にも天女の血が流れる以上、彼女もそのままではやがて月に帰る運命にあります。
 それに抗う手段は今の所ただ一つ、死から甦ったことで色々と復活したらしい竹速も、それに大変乗り気で、さあついに――と思いきや、運命はまだまだ二人の間に大きな試練を用意しているようです。

 親世代のみならず、子世代の運命は……

 と言いたいところですが、正直なところ子世代の方にあまり感情移入できないのは、「相手は実年齢十歳の、自分の妹として育ててきた子なんだけど、竹速……」という身も蓋もないことを考えてしまうためであります。
 この辺り、個人的には大神の方を応援してきたこともありますが、ちょっと、いやだいぶ複雑な感じであります。
(いや本当に個人的な感想ですが……)


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2022.12.19

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第18章の5「むつとの別れ・上 八卦置き」 第18章の6「むつとの別れ・下 宇曾利山」

 盲目の美少女修法師・百夜と様々な妖の対決を描いてきた『百夜・百鬼夜行抄』――その中でも異色の第十八章もいよいよ終盤。神になる運命を背負わされた少女・むつを導くための旅にも、ついに終わりの時が訪れます。が、百夜とむつ一行の前に、あまりに意外な人物が……

「むつとの別れ・上 八卦置き」
 百夜らとの旅の最中で起きた様々な事件の影響もあり、いよいよ神に近づいていくむつ。そんな中、八戸藩に入った一行は、未来の出来事を確実に当てて、米問屋や材木屋に大儲けさせていると評判の八卦置き(八卦占い師)・当来軒道導の噂を聞くことになります。

 その当来軒が助けを必要としているかもしれないというむつの言葉に、調べを始める百夜たち。百夜にとっても得体の知れぬ気配を感じさせる正体不明の存在である当来軒は、しかしむつの言葉を聞き、百夜たちの元を訪れてくるのでした。
 そして彼が語る身の上の、あまりに意外な内容とは……

 むつを津軽に連れていくために旅してきた
百夜たちの旅ですが、本作の舞台は八戸といよいよ終盤。そこで左吉が聞き込んできた八卦置きの話は、確かに奇妙ではあるものの、もはや異界の存在に近づきつつあるともいえるむつが関わるには、いささか小粒の事件では? などと思っていたら――いやはや、まさかこうくるとは!

 これはもう内容について明かすわけにはいかないのがもどかしいのですが、ある程度の規模の当来(未来)であれば確実に当てるという当来軒の正体とは何と――これまで付喪神から亡魂、不死者に神仏と様々な存在は登場してきた本シリーズですが、この展開はさすがに予想できませんでした。
 もちろんそれでいて、むつとの関連性にはある種の説得力があるのですが――この辺り、ある意味、作者の経歴を見れば納得、といえるかもしれません。とにかく、この章も終盤に来て、先の見えない展開であります。


「むつとの別れ・下 宇曾利山」
 当来軒を加え、宇曾利山――恐山の麓に到着した一行。ここでむつとともに、百夜と当来軒は真冬の恐山に登ることになります。
 むつの導くままに山頂の宇曾利湖を目指すうち、いつしか隠世と現世の間の山道を行く百夜と当来軒。しかしその背後を、謎の一団が追いかけていて……

 ついにサブタイトルの通りむつとの別れが描かれることとなる本作の舞台は、日本三大霊場の一つ・恐山――なるほど、隠世と現世の境目が薄くなる地は、結末の舞台にふさわしいと感じられます。
 そこに何のために百夜はともかく、むつと当来軒が訪れたのか、そしてそこで何が起きるのか――それはまさに物語の核心に迫るため書けませんが、なるほどそういうことになるのか、という展開ではあります。

 正直なところ、作中で使われている言葉を借りれば「呆気ない」ものではあります。この辺り、当来軒の存在がなければさらにその印象は強まっていたはずで、そのためにも彼の登場があったのか――という気がしないでもないですが、しかしこの結末以外ないのもまた確かでしょう。


 この章では完全に百夜を食っていた感もあり、なかなか扱いが難しいキャラではあったむつ。しかし別れともなれば、やはり百夜ならずとも寂寥を感じます。
 そして(ラストに来て真の目的を明かした)ある人物の言葉を聞いていると、また別の寂寥も感じられます。人はまだそのレベルにしかないのか、と……

 作者の初期作品を連想する、というのは言いすぎかもしれませんが、様々なことを考えさせられる十八章でした。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 「むつとの別れ・上 八卦置き」 Amazon / 「むつとの別れ・下 宇曾利山」 Amazon

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 ファー「冬の蝶」/中村茉莉子「花桐」 バラエティに富んだ漫画版『百夜・百鬼夜行帖』

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2022.12.18

安田剛士『青のミブロ』第6巻 ダメな大人の金策騒動と近藤の心中

 武士の世の復活を目指す「血の立志団」から将軍家茂を守り抜き、意気上がるミブロ。その勢いで揃いの羽織を作ろうとしたものの、先立つものが――というわけで、この巻では、それぞれに金策に奔る面々が描かれることになります。しかし血の立志団も再び暗躍を開始、ついに全面対決の時が……

 将軍を暗殺し、戦乱の時代に戻すことで武士が武士らしく生きられる世を作ろうとする凶剣士・京八直純ら血の立志団から、辛うじて菊千代こと徳川家茂を守り抜いたにお。将軍を守り抜いたという大殊勲に意気上がるミブロの面々は、元々の目的であった揃いの羽織作りにいよいよ乗り出すのですが――その価、なんと二百五十両!
 その日暮らしのミブロたちにすぐに出せるはずもない金額ですが、しかしテンションの上がった状態の彼らは、金策に奔走することに……

 ということで、この巻の冒頭で描かれるのは、それぞれのやり方で金を稼ごうとする隊士たちの姿。なのですが、これがまあ、実に彼ららしいというか何というか――道場破りに走る奴、刀を質に入れたり博打に賭ける奴はまだマシな方で、近藤や沖田たちに至っては、もはや何を考えているのかというレベル。(しかし一番おかしいのは、いつの間にか女刀鍛冶からイイ話な感じで刀をもらってる土方だと思う)
 しかしギャグパートの時の本作らしく、隊士たちがテンポ良くテンション高く突っ走る姿は最高に楽しい。正直なところ、ずっとこのままこれらがわちゃわちゃやっているところを見たい程であります。

 それはさておきその結果は――本当にダメな大人だなこいつら! としかいいようがないのですが、そこできっちり動いていたのがあの二人、というのもまたらしいオチであったかと思います。


 さて、そんな中で主人公であるにおはといえば、この騒動の中で、とある剣術道場主の奥方であるナギと出会うことになります。マイペースというかぼんやりさんというか、不思議な空気を漂わせるこの女性に、独特の強さを感じたにおは、さっそく近藤やはじめと一緒にこの道場を訪ねるのですが――この道場主・陽太郎が意外な使い手。
 同い年で共に道場主、そして剣術マニア同士、さっそく意気投合した近藤と陽太郎は竹刀を交えるのですが――その実力派ほとんど互角! 力の近藤と手数の陽太郎、勝るとも劣らない実力者同士の仕合は、熱戦ながらスポーツマンシップ溢れる好勝負となります。

 そしてその中で合わせて描かれるのは、これまで時々良いことをいうけど基本面白天然兄貴だった近藤の心中であります。
 本作はにおたち少年サイドが主人公であり、近藤や土方といった元々の浪士組(新選組)の面々は、ある意味「おなじみ」のキャラクターとして存在している印象なのですが――もちろん、その内面が存在しないはずはありません。

 ここで陽太郎との対決を通じて描かれた近藤のキャラクターは、なるほどこれはいい近藤、と言いたくなるような、器の大きさを感じさせる好漢なのが嬉しいところであります。


 が、陽太郎が強いのも道理と言うべきか――彼の道場は京八流。そう、陽太郎はあの直純の弟にして、直純が武神とまで呼ぶ男だったのであります。
 そして陽太郎を巻き込んで、ついに本格的に決起する血の立志団。八人の幹部――「鈍心」「扇動」「武士」「猟犬」「鈴蘭」「寡黙」「夜叉」「花火師」による、京都を大火に包まんとする企てを大胆不敵にも予告してきた直純に対し、ミブロは隊を分けて阻止に向かうことに……

 ミブロを潰し、家茂を殺せば再び戦国の世に――という直純の理屈自体は相変わらずさっぱりわかりませんが、しかし敵の幹部連とミブロの面々の全面対決というのは、少年漫画的に盛り上がる展開であることは間違いありません。
 そしてその一番勝負を買って出たのは、いささか意外な人物――いきなり大将戦というべき展開になったところで、物語は次巻に続きます。


『青のミブロ』第6巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2022.12.17

バロネス・オルツィ『紅はこべ』 伝奇小説にして恋愛小説 彼女の揺れ動く心の行方

 18世紀末、フランス革命により貴族たちが次々とギロチンに送り込まれる中、次々と貴族たちを奪還、イギリスに亡命させる謎の一団「紅はこべ」――バロネス・オルツィによる古典的名作であります。紅はこべと、彼らを追うフランスの密偵の間に挟まれたヒロインの運命は……

 1789年、フランス革命後のロベスピエールらの恐怖政治により、貴族たちが次々とギロチンにかけられていた頃――大胆不敵にも予告状を送りつけた上で、厳重な警備をものともせず、処刑を目前とした貴族を奪還し、イギリスに亡命させる謎の一団「紅はこべ」。 今日もまんまと警備を出し抜いてトゥルネー伯爵夫人とその子供たちをパリから脱出させると、イギリスに送り届けた紅はこべですが――しかし紅はこべを捕らえることを目的として渡英した革命政府の全権大使・ショーヴランは、紅はこべの一員である貴族たちを捕らえ、紅はこべを一網打尽とすべく、陰険な罠を張り巡らせることになります。

 そしてその標的となったのは、コメディ・フランセーズの元人気女優であり、今は英国きっての伊達男・パーシー・ブレイクニー準男爵の夫人・マルグリート。最愛の兄・アルマンが、フランスの共和派でありつつつも紅はこべに協力している証拠を握られた彼女は、ショーヴランにスパイ行為を強要されることになります。兄か紅はこべか、迫られたマルグリートの選択は……


 貴族たちに容赦なくギロチンの刃を振るう革命政府に対し、一片の義侠心から貴族たちを救い、イギリスへと脱出させてのける謎のヒーロー――そんな本作の基本設定を聞けば、一大活劇が繰り広げられると思うのが自然でしょう。
 しかしその実、本作の実質的な主人公は紅はこべではなくマルグリート――そして物語の内容も、むしろ彼女の揺れ動く内面を描くものであるといえば、未読の方は驚くかもしれません。

 かつては欧州一の才女と呼ばれ、パリで一流の文化人たちが集うサロンの中心人物であったマルグリート。イギリス有数の資産家であり皇太子の友人でもあるパーシー・ブレイクニー卿と結ばれ、イギリスに渡った彼女は、英国一満たされた女性になったはずですが――しかしその実、二人の間には深い溝が存在していたのです。
 初めは確かに愛情で結ばれていたはずが、彼女の不用意な発言で、ある貴族がギロチンに送られたことを知って以来、よそよそしくなってしまったパーシー。マルグリートの方も、「救いがたき鈍物」などと呼ばれるパーシーの俗物ぶりを軽蔑するようになり、表向きには仲睦まじい二人の仲は、その実冷え切っていたのであります。

 そんな中で突然、親代わりに自分を育ててくれた兄と、その活躍に喝采を送っていた紅はこべを天秤にかけることを迫られたマルグリート。悩み苦しんだ末に、彼女は自分の中に残っていたパーシーへの愛に気づき、彼に助けを求めようとするのですが、しかし二人の絆を取り戻すには、あまりに時間が過ぎていて……

 そう、本作の前半で描かれるのは、むしろ恋愛小説と見紛う物語であります。しかし、そんなマルグリートの懊悩が、物語の後半にトゥルネー伯爵を救うべくフランスに渡った紅はこべの活躍と重なり合った時――そこで描かれるのは、彼女の愛と魂の鮮やかな復活なのであります。
(以下、物語の核心に触れますのでご注意ください)


 紅はこべの首領の正体が何者か――それはこの手の「仮面のヒーローもの」の常道からすれば言うまでもないでしょう。その意味では本作には意外性はないかもしれません。
 しかし悩んだ末に、兄のために犠牲にしようとした相手が、自分にとっては――すれ違いと(大人ならば誰しもなにがしか覚えのあるような)意地の張り合いによってその愛を失いかけていたものの――最愛の人だった、という皮肉かつ残酷な展開は、ストレートな活劇以上にエモーショナルなドラマを生み出します。

 物語の後半は、自らの過ちを悟った彼女が賢明に紅はこべの首領を救うべく奮闘する姿が描かれます。実はそれは、結果だけみれば徒労でしかないのですが――しかしそれにもにもかかわらず、いやだからこそその試みは彼女の愛を、いや彼女と彼の間の愛を甦らせ、燃え上がらせる力を持つこと、本作は説得力を持って描き出すのです。

 伝奇小説にして恋愛小説――二重の意味でのロマンスの名品である本作。それを可能としたのは作者が女性だから、というのは短絡的に過ぎるかと思いますが、この意外で、しかし複雑で豊饒な味わいは、本作独自のものであることは間違いありません。その意味では今なお古びることのない名作であります。


『紅はこべ』(バロネス・オルツィ 創元推理文庫) Amazon

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2022.12.16

糸なつみ『君は謎解きのマシェリ』 事件の先の生きづらさに挑む凸凹コンビ

 昭和初期の銀座を舞台に、日本初の女性探偵とイケメン御曹司のコンビが、様々な生きづらさを抱える人々を救う連作シリーズであります。今も昔も変わらぬ人々の悩みを前に、凸凹コンビの活躍は……

 銀座の探偵事務所で、日本初の女性探偵として働く星野美津子。何かと色眼鏡で見られ、理不尽な批判すらぶつけられながらも日々奮闘してきた美津子は、ある日行きつけの喫茶店の店員・朔から、調査の依頼を受けることになります。
 大雨の日、店の入口に片方だけ落ちていた、ダイヤの飾りの付いた女性ものの靴の持ち主を探してほしい――その依頼を引き受けてすぐ、プレゼント用に買ったその靴を落としたという男性が現れたものの、不審を覚えた美津子。彼女は、なりゆきから行動を共にすることになった朔を連れ、真相を追うことに……

 本作はこの「ガラスの靴」を皮切りに、探偵である美津子と、助手兼ボディーガードを買って出た朔の凸凹コンビが、事件に挑む姿が描かれることになります。
 同じなのになぜか落款が異なる二枚の絵のオリジナル探し、ライバルが自殺したトップ女優のボディーガード、天才少年をリーダーとした電話詐欺集団の追跡、結婚を目前とした令嬢の初恋の人探し――明らかな犯罪から市井の奇妙な出来事まで(基本的は後者がほとんどですが)、探偵社に寄せられる依頼は様々。当然ながら、その依頼にまつわる人間模様も様々であります。

 そしてそこに(程度の差こそあれ)共通するのは「生きづらさ」――そう、本作で描かれる事件の根底にあるのは、老若男女を問わず、人が生きる上で抱える悩みや苦しみ。美津子と朔は、表面的な事件の依頼を解決するだけでなく、その根底にある生きづらさを解決する、理解する――本作で描かれるのは、そんな物語なのです。


 もちろん、生きづらさを抱えるのは、事件の依頼者・関係者だけではありません。その事件に挑む美津子自身、探偵というただでさえ難しい仕事に従事する上に、先に触れたように、女性というだけで世間の壁にぶつかるぶ毎日であります。
 そして実は社会勉強中の銀座の大百貨店の御曹司という、恵まれすぎた環境に苦労などなさそうな朔もまた、彼の兄が記憶喪失となった出来事をきっかけに、実は家庭の中で大きな難題を抱えていることが、描かれるのです。

 自分が悩んでいるからこそ、人の悩みに答えられるなどという、単純なことではないかもしれません。しかし自分と同じように悩む人、苦しむ人がいることを理解し、寄り添うことができる――美津子も朔もそんな人間であることは間違いありません。そしてそんな二人を主人公にしているからこそ、本作には温かい空気が漂います。


 正直なことをいえば、本作は基本的には社会性の強い人情噺というべき内容であって、ミステリという点では物足りない部分はあります(第一話、第二話が一番ミステリ味は濃いかもしれません)。

 また、頑張る年上女性にわんこ状態のイケメン御曹司というシチュエーションも、ある意味直球すぎる気がしないでもありませんが――しかし本作の場合は、むしろそれこそが狙いなのですから、そこは見事に狙いを的中させて作品を成立させているというべきでしょう。

 いずれにせよ、本作に描かれた――時代を超えて共通するような――生きづらさの数々を包み込むような物語に、しばしばグッと来てしまうのは事実なのであります。


『君は謎解きのマシェリ』(糸なつみ 双葉社アクションコミックス 第1-3巻) Amazon

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2022.12.15

「コミック乱ツインズ」2023年1月号

 号数の上では早くも新年の「コミック乱ツインズ」誌の表紙&巻頭カラーは『鬼役』。『真剣にシす』(盛田賢司)が連載開始となり、『懊悩寺おつとめ日鑑』が特別読切で掲載されています。以下、これまで同様、特に印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 いよいよ決戦――敵方の家老・拝郷邸に、吉兵衛・井口、そして佐内と、たった四人で乗り込む相良。敵の最終兵器というべき川越を討つため、いま問題になっている大道寺家老襲撃ではなく、昔の人斬りを蒸し返して持ち出して、挑発する厭らしさであります。そしてまんまと挑発に乗っていきりたつ川越に対峙する佐内に対して、今度は拝郷の方がセクハラ煽りをかけるのですが――もはや「いつもの」感のある内容には動じません。というかセクハラの首魁を横において動じるはずもないのですが――あっ、もしかしてこのためのセクハラだったのか!?(錯覚です)

 何はともあれ、たった四人で乗り込んできたこともあり(井口さん、何となく巻き込まれ感あると思ったら、ただ一人、冷や汗かいてるのがおかしい)、ついに川越と一対一の立ち会いに持ち込む佐内。ついにこの時が来た! という感じですが、しかしさすがに量産型と違い、川越は強い! 二胴特攻の太刀を躱され、一転窮地に立たされた佐内の耳に届いたのは――と、最終回一話前のようなテンションで次回に続きます。

(しかしセクハラ煽りに「とうに慣れっ子」は誤植かな? と思いつつ、なんか似合う佐内……)


『侠客』(落合裕介&池波正太郎)
 伊太郎の仇討ちから数年、伊太郎改め長兵衛たち町奴と、水野十郎左衛門たち旗本奴は、二人の友情など無関係に対立を深め――というわけで、今回前半に描かれるのは、長兵衛と十郎左、かつての親友同士の対峙。思い出の幡随院で余人を交えず語らう二人ですが――十郎左に長兵衛の言葉はもはや届きません。
 武士の子でありながらも武士を捨てた長兵衛と、どこまでも武士として生きるしかない十郎左――二人の道が決定的に違ってしまったことを告げるように「長兵衛となったおぬしとはもう笑い合うことはできぬ 命を大事にせよ伊太郎」と去っていく十郎左……

 しかしこの後も町奴と旗本奴の対立は深まり、芝居小屋でついに両者がにらみ合うことになりますが、「ここで死んでも本望だ」と覚悟を決めた長兵衛の前には、日頃「武士の精神」を広言する連中も、(問題になると家が潰れちゃうので)すごすご引き下がるほかなく――とはいえ、このままで済むとは思えません。仇討ちが序章でしかなかったような盛り上がりを見せる中、物語は歴史上の大事件に突入するのですが……


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 権力の魔に取り憑かれたような柳沢吉保が逝った後も、彼らに操られるように戦いは続きます。聡四郎・玄馬主従と僧形の暗殺者たちとの戦いは続き、さらにそこに伊賀者までもが襲撃。そんなことをしている間に、黒鍬者の陽動でできた隙に最強の暗殺者が――と、事態は吉保が望み、紀文が描いた通りに着々と進んでいくことになります。

 そんな中、柳沢吉保の子・吉里もついに覚悟を決めて「権力者」の顔で動き出し、配下の忍びに命じて非情の粛清を――と、どこまで続く血まみれの権力闘争。そんな中で一官吏・一剣士でしかない聡四郎に何ができるのか? 舞台はいよいよ大奥に移ります。


『真剣にシす』(盛田賢司&
 以前読切で掲載された本作が、早くも連載開始であります。賭博ブームが最高潮の天保年間に、医師で博打ぐるいの葛の葉の夜市は、相棒の初老の剣士・榊左門次とともに、江戸を離れて街道の賭場を次々と荒らす日々。そんな夜市に賭場を荒らされた親分・殺鼠の丁五郎は、それぞれ三つずつのサイコロを振って大小を賭ける、「鷹か鼠か」で勝負を挑んでくる――というのが今回の物語です。
 第一話ということもあって、展開自体はシンプルですが、メインとなる「鷹か鼠か」のルールを活かしたイカサマの仕組みはなかなか面白く、この調子でメインとなるゲームとトリックが有機的に結びついた展開が描かれるのであれば――夜市の異常な賭博狂キャラもこれから本領発揮でしょうし――なかなか面白い作品になるのではないかと思います。

 そして物語は、読切版で一度スルーされた「天下博徒御前試合」になるようですが――幕府主催とはいえ、裏がありそうで心配です(しつこい)


 次号は、今回お休みの『カムヤライド』『ビジャの女王』も帰ってくるとのこと。


「コミック乱ツインズ」2023年1月号(リイド社) Amazon

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「コミック乱ツインズ」2022年12月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年12月号(その三)

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2022.12.14

深谷陽『童の神』第6巻 決戦 そして戦いの先に残る希望の姿

 漫画版『童の神』もついに最終巻――京人からは「酒呑童子」と呼ばれ、恐れられながらも理想を求めて戦い続けた桜暁丸の戦いも、ついにクライマックスを迎えることになります。源頼光と四天王との決戦の果てに、桜暁丸と仲間たちを待つものは……

 三山連合を破られ、数々の仲間を失いながらも、大江山に籠もり、以前をはるかに上回る力を得た桜暁丸と仲間たち。各地の童たちと結び、朝廷の討伐軍に抗する桜暁丸を、京人は酒呑童子と呼んで恐れるのですが――しかしその一方で、少しずつ融和の兆しが生まれていきます。
 そして、ついに大江山に遣わされる帝からの和議の使者。それに応え、桜暁丸たちは京に入ることに……

 物語始まって以来、京人から蔑まれ、排除される一方であった童たち。そんな彼らに、ある意味京人の頂点である帝が手を差し伸べる――それはこの上ない融和の形といえるでしょう。しかし、そのために京に入ったとしても、彼らを迎える京人たちの目までが変わるわけではありません。今なお突きつけられる差別の眼差しに対して、桜暁丸は、一つの答えを突きつけることになります。
 たとえ激しい分断と差別が存在していたとしても、人は他者とわかり合うことができる。本作ではその希望が、様々な形で描かれてきました。そしてこの場面で描かれる桜暁丸の答え――というよりそれがもたらしたものは、その希望の形の最も激しく、そして美しいものと言ってよいでしょう。

 この場面はもちろん原作にも存在するものです。しかし、この漫画版を深谷陽が担当すると知った時、この場面はおそらく原作以上にパワフルで、そしてエモーショナルなものになるに違いない――そんな期待がありました。
 そしてここで描かれたその姿は、まさにその期待通りのものでした。熱気の中に様々な人々の笑顔が入り混じり、敵も味方もない世界を生み出す――この瞬間がいつまでも続いて欲しいと願いたくなる、そんな幸福な世界が、ここにはあります。


 しかし残念ながら、本作で描かれてきた希望の多くがそうであったように、このか細い希望の糸も、あまりに卑劣な形で――もう一つの京人の頂点によって、断ち切られることになります。
 そしてその果てに待ち受けるのは、源頼光と四天王、さらには桜暁丸の恩人である袴垂の兄・藤原保昌までも加わった、朝廷軍の総攻撃。この顔ぶれを見れば、それが御伽草子などに記された酒呑童子退治の物語と重なるものだと想像がつきますが、だとすればその結末もまた……

 しかし本作は、原作と同じ結末に向かって突き進みつつも、そこに桜暁丸、いや畝火の欽賀・星魚兄弟や粛慎の虎前といった仲間たちの生命の輝きを、そして魂の叫びを、時に原作以上の鮮やかさで以て描きだします。
(特に碓井貞光に単身挑む欽賀のくだりは、原作から少しだけ変えた言い回しの妙が印象に残ります)

 これまでの紹介で幾度も触れましたが、この漫画版は、原作の物語をあくまでも忠実になぞりつつも、特に人物の内面――小説においては地の文などで語られる部分――を描く際に違和感のないアレンジを加えることにより、時に描写を補い、時に深めてきました。
 それにより、本作は原作に絵をつけただけのものではなく、一つの独立した漫画として成立しているといえます。そしてそんな漫画としての本作の魅力は、このクライマックスにおいて――戦う者たちの最後の輝きが否応なしに描かれる場面において――これまで以上に強くなっていると感じます。

 それはもちろん、桜暁丸と仲間たちの最後の戦いの姿にも当てはまります。そして形だけみれば絶望的な戦いであっても、そこに確かにあるのは、悲壮感よりも希望なのです。
 特に、原作のラストでも鮮烈な印象を残した桜暁丸の言葉――それを受け止めての坂田蔵人の反応(漫画オリジナルの描写)は、原作で描かれたものを、もう一歩進めるものであると感じます。


 聞くところによれば原作は三部作――つまりこの先に続編・続々編が予定されていることになります。
 この漫画版を結末まで読んだことで、この続編――その先の希望を読むことがますます楽しみになりましたし、そしてまた、深谷陽によるその漫画版も見てみたいなどと、気が早いにもほどがあることを考えてしまうのです。


>『童の神』第6巻(深谷陽&今村翔吾 双葉社アクションコミックス) Amazon

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深谷陽『童の神』第5巻 金時が生み出したもの、たどり着いた場所

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今村翔吾『童の神』(その二) 反逆と希望の物語の果てに

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2022.12.13

堀川アサコ『悪い麗人 帝都マユズミ探偵研究所』 更に刺激的、更に仰天の昭和ノワール

 道楽探偵を営む伯爵の次男坊と、なりゆきからその助手になった成金のドラ息子のコンビが、昭和初期の東京を舞台に怪事件を追う『帝都マユズミ探偵研究所』、待望の続編であります。相変わらず事件に次々と巻き込まれる二人ですが、以前起きた事件の波紋はさらに広がり……

 手段を選ばずのし上がってきた父を殺した疑いで警察に捕らえられた末、兄に命を狙われる羽目になった不良青年・牧野心太郎。報酬を取らずに探偵を請け負うという伯爵家の次男坊・黛望に助けられた彼は、なりゆきから住み込みの助手を務めることになります。
 折しも帝都では、法の目を逃れた極悪人を奇怪な形で惨殺する「黒影法師」なる存在が跳梁。行く先々でその犯行と出くわした二人は、やがてその正体が各界のセレブの勉強会だという「楔の会」だと知ることに……

 そんな前作『伯爵と成金』に続く本作は、全四話構成の連作スタイルの物語であります。

 冒頭の「棘とげの家」は、黛の書斎の蝋管蓄音機に、葬儀が行われたばかりの老婦人の声で、彼女自身の生前の罪を告発せよという依頼が吹き込まれていたことから始まるエピソード。
 依頼の時点でホワイダニットとでも言うべき奇怪な始まりですが、調査の中で明らかになっていく、依頼者(?)回りの三角関係は、何とも奇妙かつ不気味ですらある一方で、どこか物悲しい空気を醸し出します。そして明かされる真相には、どこか奇妙な洒落っ気すらあって――ある意味本作の中では最もミステリ味が強い一編かもしれません。


 と、大人しめの滑り出しに安心(?)してみれば、それ以降のエピソードはいずれも強烈な内容揃い。
 女性を陵辱・暴行するだけでなく殺人までもが行われる〈ムービー〉の製作者を突き止めるという依頼の最中、心太郎に思わぬ危機が迫る「何か報いましょう」
 アングラ情報誌・モダン通法に連載されている不気味な南方体験談の語り手探しと、犠牲者の顔を食いちぎるという猟奇殺人が不気味な交錯を見せる「ラバさん」
 前作で数々の悪事を働いた末に廃人となった黛の旧友・浦川。その兄の縁談を阻む、謎の恋人探しが意外な方向に発展していく「肉の恋」
 美女を生贄にするスナッフムービー、男を喰い殺す南洋の魔女の因縁、男を虜にする魔性の美少年、町中に出現する巨大な肉塊――昭和初期という舞台に相応しくというべきか、今回は釣瓶打ちされるエログロナンセンスに圧倒されます。

 前作でも、一見華やかな世界の陰に、途方もなくドロドロとした、危険で不気味なものが広がる世界が描かれましたが、今回はそんな猥雑で薄暗い世界が、さらに刺激的になったというべきでしょうか。
 そしてその中を、華族と成金という、近いようで決して交わらない身分の(しかしそこからそれぞれはみ出した)青年たちが行く――そんな昭和ノワール世界は、本作でも健在であります。

 しかし前作同様のスタイルと思っていると思わぬ不意打ちを食らうのが本作の怖いところで、特に「ラバさん」「肉の恋」の後半二編は、こんな方向に行くとは!? と思わず悲鳴を上げたくなるような展開が待ち受けます。
 この戦前の怪奇ミステリ調の内容には、生真面目な方は怒るかもしれませんが――こちらは驚きはしたものの、もちろん大歓迎なのであります。


 そしてもう一つ、本作において見逃せないのは、物語の節々で描かれる、前作とのリンク――前作で積み残された謎、あるいは前作の陰に隠されていた秘密の数々であります。

 特に「何か報いましょう」では、前作のラストですっきりしないまま残されていた謎がついに明かされることになりますが――もちろんそれで一件落着、とはならず、そこからさらに謎が生まれるというのが本作らしいところでしょう。
 また、「ラバさん」では本シリーズのキーアイテムというべきものに、想像を絶する不気味な因縁があることが明かされ、そして「肉の恋」ではさらに不穏な事件が――というわけで、もちろん本作の中で一通りの結末はついているものの、シリーズとしてはまだまだこの先が待ち受けている、と言ってよいでしょう。

 個人的には、マユズミ探偵研究所と対になるのであろう楔の会=黒影法師の存在が、本作ではほとんど前面に出てこない印象だったのが気になるところですが――ラストの展開を考えれば、これは嵐の前の静けさでしょう。
 この先二人を待っているであろう波乱の数々が、今から楽しみなのです。


『悪い麗人 帝都マユズミ探偵研究所』(堀川アサコ 新潮文庫nex) Amazon

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2022.12.12

川端新『神軍のカデット』 二・二六秘話 「眷属」と悩める将校生徒たち

 昭和十一年二月二十六日――この日に起きたクーデターの陰で激突した「眷属憑き」の軍人たち――人知を超えた力を持つ眷属を従えた彼らの少年時代を描く異色の伝奇コミックであります。陸軍幼年学校に通う将校生徒(カデット)たちが経験する、過酷な運命とは……

 いわゆる二・二六事件と呼ばれるクーデター――そこに参加した青年将校およそ千五百名の中心であり、「黒龍様の神託者」と呼ばれる男・橘英治。そしてその橘を止める役目を与えられたのは、大狼の「眷属」を従えた有賀仁少尉――激しくぶつかり合う二人の因縁はその十一年前の陸軍幼年学校に始まり……

 という意味深なプロローグに始まり、十一年前に遡っての有賀と橘の出会いから、物語は語られることになります。
 シベリアで命を落とした父のように立派な軍人になることを夢見て、陸軍幼年学校に入学した有賀。新生活に力も入る有賀ですが、そんな彼の目に入ったのは、人並み外れた風貌と、しかしそれと裏腹に飄々と軽い態度を見せる三年生・橘でありました。

 日露戦争の英雄である橘少将の息子であり、優れた能力を持ちながらも、軍人を好まず、周囲から浮いた態度の橘。彼に何かと反発する有賀は、橘を制裁しようとする三年生たちの企てに巻き込まれることになります。
 しかし揉み合う中で橘が腕に巻いたお守りが千切れた時、にわかに天がかき曇り、三年生たちに落ちる雷。その混乱の中で、有賀は橘を守るような巨大な黒い龍を目撃するのでした。

 しかし、そして常人には見えない存在に守られているのは橘だけでなく、有賀も巨大な狼に守られていたのであります。それぞれ十二支の獣に擬えられる姿を持ち、憑いた人間のあるいは命を守り、あるいは命を受けて超常的な力を発揮する眷属。橘と有賀の他にも、幼年学校には狐の眷属を持つ竹、虎の眷属を持つ目崎が集まっていたのです。

 その眷属の力を兵器として使うため、幼年学校に梟の眷属を持つ吉良少佐を送り込む陸軍大臣・猪垣。しかし憲兵司令官である橘少将は、猪垣の動きに反発し、これに抗する動きを見せることになります。
 さらに巷では猪垣と結び、眷属憑きを増やさんとする宗教団体・豊天会が怪しげな動きを見せるなど、少年たちを翻弄する眷属を巡る大人たちの思惑。そして橘を思わぬ悲劇が襲うことに……


 二・二六事件の背後には、超常の力を持つ存在が――という場面で始まる本作。その背景となるのは、陸軍による眷属の軍事利用ですが――軍部によるオカルトの軍事利用や、それを用いた特殊部隊という題材自体は、決して珍しいものではないかもしれません。
 しかし本作の場合、眷属を操るのが十代前半の将校生徒(カデット)という点が最大の特徴といえるでしょう。

 陸軍幼年学校という、ある意味純粋培養の環境ではあるものの、当然ながらこの年代らしく、様々なことで揺れる少年の心。そんなある意味不安定な少年たちが、常人を遥かに超えた力を持つ――そこから生まれるドラマは、この時代・この部隊と相まって、いわゆる能力者ものや特殊部隊もの、昭和伝奇というジャンルの枠を踏まえつつも、本作ならではの繊細で切ない味わいを与えることに成功しているといえます。

 また、彼らがいわば軍人であって軍人でない微妙な立場にいるということによって、軍人ものであればどうしても直面する、任務と人間性の板挟みという側面を――もちろん全てではないまでも――回避しているのは、これはうまいなあと感じたところであります。
 もっともこれは本作が幼年学校編で終わっているためであって、これから描かれるものであったのかもしれないとは思います。というよりも、物語それぞれを構成する要素が、そこまで有機的に結びついたという印象がないうちに、物語が完結してしまったという印象があるのは、何とももったいないと感じます。

 もちろん、第四巻のクライマックス――度重なる悲劇に心を閉ざし、黒龍と過剰に同調した橘を元に戻すため、有賀が、誰かを守りたいという彼自身の願いのために力を発揮するという展開は、本作の一つの到達点として納得できます。
 しかしそこから(ある意味その繰り返しのような形である)冒頭にどのように繋がるのか――というのは、やはり純粋に気になってしまうところではあります。はたしてこの先、それを目にすることができるかどうか、それはわかりませんが……

(それにしても妙に艶っぽい姿を見せる幼年学校の緒方軍医、あの作品の主人公だったとは……)


『神軍のカデット』(川端新 小学館ビッグコミックス 全4巻) 第1巻 Amazon / 第2巻 Amazon / 第3巻 Amazon / 第4巻 Amazon

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2022.12.11

2023年1月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 いつの間にか驚くほど寒くなり、季節の移り変わりを肌で感じる今日この頃――というか年の変わるのも目前であります。なかなか元気が出ない今日この頃ですが、せめて新刊を読んで元気を出そう、というわけで、2023年1月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 さて1月の文庫小説ですが、何といっても嬉しいのは、峰守ひろかず『今昔ばけもの奇譚』の続編、『五代目晴明と五代目頼光、百鬼夜行に挑むこと』の登場。またあのコンビ(トリオ?)に会えるかと思うととても嬉しいです。その他、篠原悠希の五胡十六国もの第二弾『霊獣紀 蛟龍の書』上巻などがあります。
 また、講談社文庫のアンソロジー『どうした、家康』は、ビーンボールみたいなタイトルですが、いかにも講談社らしい楽しい一冊だと思います。

 また、復刊・文庫化では、実はバリバリの伝奇ものである葉室麟『刀伊入寇 藤原隆家の闘い』、本編に続いて新装版の宮本昌孝『義輝異聞 将軍の星』、その他にも夢枕獏&村上豊『陰陽師 鼻の上人』、新美健『満洲コンフィデンシャル』、風野真知雄『若さま同心 徳川竜之助 13 最後の剣』新装版(続の新装版は出るか?)、『サーカスから来た執達吏』の夕木春央の大正ミステリ『絞首商會』があります。

 なお、講談社文庫の『風雲 戦国アンソロジー』は、『戦国の教科書』の小説部分のみ収録の一冊とのことで、うーん……


 一方、漫画の方は少々数は少ないですが、楽しみにしていた作品の新巻が並びます。
 阿部十郎史上に残る阿部十郎の激ファイトの行方が気になる和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第8巻、いよいよ名乗りを上げた時行の真の戦いが始まる松井優征『逃げ上手の若君』第9巻、公文書偽造に手を染めた新九郎の去就が心配なゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第12巻、そして因縁の対決、斎藤一と河上彦斎が激突する細川忠孝『ツワモノガタリ』第5巻、さらに絶好調の漫画版、東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第6巻――早く新巻が読みたい作品ばかりです。

 そのほか、荒木俊明『粛清新選組』第1巻、坂ノ睦『明治ココノコ』第4巻、高橋留美子『MAO』第15巻なども楽しみなところであります。


 ――と、漫画の方が実はかなり少ない気もいたしますが、少数精鋭ということで、年明け早々を楽しみにしております。


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2022.12.10

東曜太郎『カトリと眠れる石の街』 二人の少女が挑む怪奇伝奇な冒険

 19世紀後半のエディンバラを舞台に二人の少女が冒険を繰り広げる、伝奇色も強い児童文学の快作であります。街に蔓延する謎の眠り病の原因を突き止めるため、カトリとリズ――生まれも育ちも違う二人の少女が、街に隠された秘密に挑みます。

 スコットランドの都市・エディンバラ――新市街と旧市街に分かれたこの街の旧市街で、同級生たちから一目置かれるカトリ。金物屋の養女である彼女は、病で寝付いた父に代り、母の仕事を手伝って、既に大人顔負けの腕前を見せる少女であります。

 そんなある日、新市街に住むほとんど初対面の少女・リズから、父がかかった奇妙な病気のことを調べるため、旧市街のドクターに紹介してほしいと頼まれたカトリ。リズの父は、ある晩突然眠りに倒れ、以来魂を奪われたように、一日中うつらうつらとして暮らしているというのです。
 そんな眠り病が旧市街で流行っているという噂を知ったリズが、ドクターから患者の情報を記した手帳を盗み出すのを、成り行きから手伝うことになったカトリですが――その晩、彼女の父も眠り病に倒れたことから、他人事ではなくなります。

 かくて、眠り病の患者が、いつ、どこで、どのように発生しているのか調べるために奔走するカトリとリズ。やがて眠り病と、旧市街の地下にはかつてひどい伝染病が流行った際に埋め立てられた街が眠っているという伝説との関連に気付いたカトリは、この伝説の真実を調べようとするのですが……


 第62回講談社児童文学新人賞佳作受賞作として非常に評判の高かった本作。あらすじから伝奇の匂いを嗅ぎ取り手に取りましたが、なるほど、受賞もむべなるかなの快作であります。

 主人公のカトリは、いつもスカートの上に男物のジャケットを羽織ったスタイル(ポケットがたくさんついているから、という理由は象徴的)で街を闊歩する少女。その水タイルで颯爽と現れ、いじめっ子を一睨みで退散させるという初登場シーンから印象的ですが、もちろん強さだけでなく、度胸や機転も人一倍、金物屋として大人顔負けの腕前を持つというのは、実に格好良いキャラクターであります。

 それではその相棒というべきリズ――新市街に住む法律家の娘で、馬車で移動し、寄宿学校に通うお嬢様――が、対照的におとなしい優等生かといえば、そうではないのも巧みなところであります。
 おとなしいどころか、作中でむしろ果断な行動を見せるのはこちらの方だったり(これは読了した方向けの感想ですが、クライマックスでの行動は「そっち!?」とひっくり返りました)、ちょっとコミュ障的な部分もあったりして、別の意味でカトリと対照的なのが面白い。そんな二人が互いを補い合い、引っ張り合いながら、冒険を駆け抜けていくのが、何とも魅力的です。

 そしてその冒険の内容も、フィジカルなものだけでなく、推理や分析といった側面も含まれるのが、また楽しいところでしょう。一切が謎の眠り病に対して、まずそのデータを集め(その手法はまあ、実にフィジカルですが)、そこから眠り病発生の条件や法則を分析し、次の被害を食い止めようとする――そんなミステリ的趣向も濃厚なのも、本作の特徴であります。


 これだけでも本来の対象年齢層の読者は(もちろん私も)夢中になってしまうところですが、しかし本作の最大の――大人の読者も惹かれるであろう――魅力は、その怪奇味・伝奇味にあるといえます。

 19世紀のエディンバラで密かに、しかし着実に広がっていく謎の眠り病、というだけでもゾクゾクくるところですが、そのエディンバラでは中世にやはり謎の伝染病が流行し、街を埋め立てることでその被害を食い止めた――そんな不気味な伝説が絡んでくるのですからたまりません。(このエディンバラ旧市街の、狭いエリアで増改築を繰り返したため、上下に広がった町並みという舞台設定も素晴らしい)

 そしてやがて明らかになっていく、中世の事件の真相は――いやはや、ここに来て物語は一気に伝奇ホラー度がアップ。やがて明かされる眠り病の正体にも思わぬSF味があったりして、もう好きな人間には堪えられない展開なのであります。


 そんな怪奇伝奇な冒険を繰り広げる中で、少しずつ自分の中の可能性に気付き、カトリが新たな一歩を踏み出すという結末も素晴らしい。まだまだカトリの、いやカトリとリズの冒険を読みたい――そう思わされること必至の物語であります。


『カトリと眠れる石の街』(東曜太郎 講談社) Amazon

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2022.12.09

「おすすめ文庫王国2023」で時代小説アンソロジーを紹介しました

 本日発売の「おすすめ文庫王国2023」のおすすめアンソロジーコーナーで、時代小説篇を担当させていただきました。現在刊行されている歴史時代小説のアンソロジーの中で、おすすめのものを何冊か(何シリーズか)紹介させていただいております。

 毎年12月はベストテンシーズンですが、本の雑誌増刊として刊行されている「おすすめ文庫王国」は、タイトルどおり対象を文庫に絞り、オールジャンル&ジャンル別のベストテンを中心とした一冊であります。
 本の雑誌が選ぶ2022年度文庫ベストテン、そして10ジャンルに及ぶ各ジャンルのベストの発表(もちろん時代小説のベストもあります)といったベストテン企画のほか、様々な文庫に関連した企画記事があるのですが――その中の一つが、おすすめアンソロジーのコーナーです。

 エンターテインメント、SF、そして時代小説というわけで、今回はこの時代小説のおすすめアンソロジーを担当させていただきました。
 ベストテンは2022年度刊行が対象ですが、アンソロジーの方は現在刊行されているものが対象ということで、少し範囲は広いものの、基本的には刊行が最近のものを中心に選ばせていただきました。

 もちろんその内容はここでは伏せますが、歴史時代小説ファンの方のみがご覧になるわけではないことも考えて、比較的鉄板に近いチョイスになっている(――かな?)と思います。
 なお、他のジャンルには決してない、このジャンルならではの観点からもチョイスできたのは、我ながら良かったと思います。


 というわけでぜひ書店でお手にとってご覧いただきたいのですが、執筆者云々というのを除いても、本書は本好き、文庫好きであれば楽しめる一冊であることは間違いありません(今更言うまでもないお話ではありますが……)。

 特に今年の企画記事「平凡社ライブラリーは文庫なのか」と「消えた文庫レーベル」は実に面白く――前者は、皆さんご存知の文庫本よりちょっと大きなあのレーベルの歴史を紐解く内容、後者は消えたレーベルに限らず文庫全般の歴史のおさらいといった内容で、楽しませていただきました。


 何はともあれ、三田主水としては今年締めくくりのお仕事となった「おすすめ文庫王国2023」、よろしくお願いします。


「おすすめ文庫王国2023」(本の雑誌社) Amazon

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2022.12.08

山崎峰水『くだんのピストル』参 以蔵と晋作 垣間見えた青年たちの「顔」

 周囲の人間の心を読み取る力を持つ少年・くだんが、擬人化された犬だらけの幕末を生きるユニークな時代漫画の第3巻であります。この巻では、前巻でピストールに魅せられた二人の青年――岡田以蔵と高杉晋作の運命が思わぬところで交錯、そして再び龍馬も登場することになります。

 くだんが諸国を流浪する最中も、桜田門外の変、コロリの流行、攘夷意識の高まりと、刻一刻と移り変わっていく時代の情勢。
 そんな中、山中で剣術修行中に獣に襲われた際に山の民が使う銃の力を見せつけられた岡田以蔵、剣術修行中に立ち会った佐藤一(斎藤一)に惨敗したことで象山の塾での経験を思い出した高杉晋作――二人の青年は、それぞれに時代が刀からピストール(銃)に移り変わっていることを思い知り、銃に魅せられていくことになります。

 そんな中、水戸の脱藩浪士たちが、品川の東禅寺で英国公使オールコックを襲撃することを察知し、謎のすたすた坊主とともに、その見物に出かけたくだん。その後、くだんは、襲撃騒ぎに巻き込まれていた以蔵、そして品川で遊び呆けている晋作と再会。三人は、交流を深めることになるのですが……

 というわけで、この巻の前半でクローズアップされる、くだんと以蔵、晋作の三人。くだんは狂言回しとしても、以蔵と晋作というのは――前巻の段階で物語の中心になっていたとはいえ――意外な取り合わせに思えます。
 しかし彼らの生まれや身分というものを置いてみれば、二人ともめぐるましく変わる時代において、己の向かう先に悩み、一種の閉塞感を抱いている青年という点で――そしてこれはいつの時代も共通する青年像ですが――変わることがないといえるでしょう。

 そしてそんな二人の、ある意味裸の交流の中に垣間見えた二人の「顔」――これが描かれる場面は、ある意味不意打ち的でもあっただけにひどく感動的で、個人的にはこの巻のクライマックスといってよいほどにも感じられます。
 しかしだからこそ、彼らが自分たちの立場を思い出し、その青年の「顔」が再び隠れてしまった時の、彼らも結局己を取り巻くものから自由になれないのだという寂寥感は――それを読んでいる自分たちもまたそうだからこそ――強く胸に刺さります。


 さて、元の自分たちに戻るといっても、エリートである晋作と、半ば文字通り武市半平太の走狗である以蔵では、立場が大きく異なります。物語の中盤では視点が土佐に移り、以蔵の悩みはいよいよ高まることになります。

 というのも本作の以蔵は、まだ人を斬っていない。その気になれば斬るくらいの精神を(かつては)持っていたものの、銃の前に武士たちが文字通り犬死していく姿を目にした後では、「人斬り」という称号は、彼にとっては重荷でしかないのであります。
 しかし武市の命は絶対――というジレンマを、くだんが豪快に解決してしまうのにはひっくり返りましたが、さてこのまま人斬り以蔵は人を斬らないのか、はたまた斬ってしまうのか、大いに気になるところです。

 そして大いに気になるといえば、久々に顔を見せた感もある龍馬の動向ですが――土佐藩において武市の勤王党と、吉田東洋ら藩首脳の間で二重スパイとなった彼は、むしろ自覚的に状況を引っ掻き回し、そしてそれを楽しむ存在として描かれることとなります。
 それはかつて彼がその顔を見せたような「世の外側の人間」とはまた異なる、世の内側で混沌を楽しむ、たちの悪い人間という印象で、悲しく感じられるのですが――なるほどこの後登場するトーマス・グラバーとの関わりも含めて、確かに龍馬にはそういうところがあっても不思議はない、と思えてしまうのは、純真な以蔵たちの姿を見ていたからでしょうか。

(にしても、グラバーの龍馬評が「ロキのようだ」というのが面白い。さしずめ漢字で書いたら龍鬼――いやそれはさておき)


 さて、若者たちが再びそれぞれの道を歩む中で――夷人の先輩というべき謎のすたすた坊主とも別れ――上海に渡ろうとするくだん。はたしてその試みは成功するのか、成功したとして、そこで何が描かれるのか。
 これまで世の外側から世を見てきた少年が、さらに世の外側に踏み出した時に何を見ることになるのか――これは大いに気になるところです。


『くだんのピストル』参(山崎峰水&大塚英志 KADOKAWA角川コミックス・エース) Amazon

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2022.12.07

Kinono『蘭人異聞録 濱田彌兵衛事件』 台湾の民、日本とオランダの間を駆け抜ける

 日本で言えば江戸時代初期の17世紀前半、日本とオランダ、そして台湾が関わった紛争――台湾では本作の副題「濱田彌兵衛事件」、日本では「タイオワン事件」として知られる事件を、台湾の原住民族・シラヤ族の青年の視点から描いた、ユニークな作品です。

 1627年、台南のシラヤ族の村・新港社で暮らす青年・ダライの心をかき乱すのは、オランダや日本といったよそ者の存在――よそ者が来て以来、自分たちの暮らしが変わってしまったと苛立つダライですが、今日も育ての親の長老・ディカは、日本からの使者・濱田彌兵衛を迎え入れて会談の真っ最中であります。
 近年急速に勢力を伸ばし、日本側の生糸の差し押さえなど強引な動きに出るオランダ。その動きに対抗すべく、高砂国(台湾)の民を将軍家光に謁見させんとする彌兵衛の招きで、ダライはディカやその娘・アーシャら新港社の人々と海を渡り、江戸を訪れることになります。
 しかしそこで待ち受けていたのは、オランダの台湾長官ピーテル・ヌイツによる妨害でありました。将軍謁見がなかなか認められないまま江戸に留められる中、ダライは密かに抜け出して江戸城を訪れるのですが――そこで彼は新港社に住み着いたオランダ人青年・フィリップメイとともに、謎の老人と出会うことになります。

 その出会いもあって、何とか将軍との対面を果たしたダライたち。しかしなおも妨害をせんとするヌイツは、ついに強硬手段に出ることになります。ヌイツのもとに捕らわれたアーシャを救出するため、敵地に潜入するダライですが……


 冒頭に述べたように、台湾を巡る日本とオランダの紛争事件でありながら、現代に知られているとは言い難い濱田彌兵衛事件=タイオワン事件。本作はその事件(の前半というべきか)を、台湾の漫画家が描いた、ユニークな作品です。
 何よりもユニークなのは――そしてある意味当然とも言えますが――本作は、日本でもオランダでもなく、台湾の原住民の一青年・ダライの視点から描かれている点でしょう。それも、大のよそ者嫌いと設定することで、どちらかの勢力に基本的に与することない、フラットな立場であるところに、個人的には好感が持てます。

 そして物語の方も、基本的には史実をなぞりつつも、ダライたちシラヤ族の人々のバイタリティ溢れる姿を――それこそ二つの勢力の間を、自由にしたたかに躍動する姿を――描くのが面白い。物語の後半は大半がアクションということもあり、彼らの活躍に引っ張られて、一気に駆け抜けた印象があります。
(ちなみに絵柄の方も、日本人にも親しみやすいものであります)

 忍者が登場したり、江戸城で謎の老人が登場したりとちょっと限界突破した部分もありますが、これは漫画としてご愛嬌でしょう。


 ただ個人的に違和感を感じてしまったのは、書店サイト等に掲載された謳い文句で――「これぞ日本と台湾との協力の原点!」や「迫りくる列強の支配に台湾と日本で一矢報いた」というのは、まあ大きく外れてはいないですが、作品の内容を正確に捉えているかといえば、首を傾げたくなるところではあります。

 本作で描かれる戦いは、日本とオランダがそれぞれやる気満々(作中では末次平蔵の方も、オランダ側に対して刺客を送り込んでいたという設定)だったところに台湾側が巻き込まれた形ではありますし、ダライと手を携え、友情的なものを結ぶのは、むしろ良心的なオランダ人という位置づけのフィリップメイ――と、まあ宣伝文句にあれこれ言うのは野暮かもしれませんが、私はむしろ宣伝文句に警戒してしまったクチなので、その辺りはもったいなく感じたところではあります。


 ちなみにこのタイオワン事件、個人的にはむしろその後、末次平蔵と平戸藩主の松浦隆信が、将軍家光のオランダへの返書を偽造して問題に発展する――しかし何故か有耶無耶のうちに終息してしまう――の方が印象に残っているのですが、それはもう政治の領域の話として、本作からは離れた世界と思うべきでしょうか。

 個人的にも、ダライとフィリップメイのその後の冒険の方を見てみたい――そんな気持ちがあります。


『蘭人異聞録 濱田彌兵衛事件』(Kinono PICK UP PRESS) Amazon

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2022.12.06

上田朔也『ヴェネツィアの陰の末裔』(その二) 自律した個人としての魔術師の道

 16世紀中頃のヴェネツィアの陰で活躍する魔術師たちの姿を描く『ヴェネツィアの陰の末裔』の紹介の後編であります。当時のヨーロッパの政治情勢を背景とした伝奇もの、伝説のウェルギリウスの呪文書を巡る魔術師同士の戦いを二つの軸としつつ、本作にはもう一つの軸があるのですが……

 そう、本作にはもう一つ、その両者を結び――そしてある意味ミクロな意味で展開するするもう一つの軸があります。それは主人公・ベネデットの秘められた記憶――いや彼自身の生を巡る物語であります。
 父と思しき男の死体と、瀕死の母が自分に何かを語り掛ける――そんなショッキングな光景しか、幼い頃の記憶を持たないベネデット。さらにその時に受けたと思しい、頬の醜い傷跡、この時代では排除され狩り立てるられる対象である魔術の素質――それらはいずれも彼にとっては忌まわしきものであり、そしてそれは、今の彼自身の生もまた、はたして価値あるものなのかどうか、という鬱屈した想いに繋がっているのです。

 しかし本作で起きる先に述べた事件の数々は、同時にそんな彼の過去に密接に結びつき、それをきっかけに彼自身の生を見つめ直すことになります。いわば本作は、歴史のマクロな動きと同時に、一人の多感な青年の魂の軌跡を描く物語でもあるのです。


 そしてそんな物語構造を考えた時、魔術師という存在も、その直接的な意味とはまた異なる意味を持ちます。

 本作に登場する魔術師たちは、いずれも超常的な力を持つ存在であります。しかしそれはあくまでも人知によって操られるもの――どれほどこの世の則を超えたように見えても、それ独自の理を持ち、そしてそれを用いる者の才能に左右されるのです。
 その意味では本作で描かれる魔術は一種の技術であり、そしてそれを操る魔術師は、技術者――この時代の様々な工業や美術を生み出した者たち同様、自分自身の手で何かを生み出す術を持つ者といえるのです。

 とはいえベネデットたち魔術師は、他の技術者に比べて、遙かに寄る辺なき立場であるといえます。
 作中で様々な形で語られるように、この時代は、皇帝や王であっても神に、教会に依って立つことが求められた(ある意味最後の)時代でありました。そんな中にあって、魔術師はまさに神に背を向けた(向けられた)存在であり、依って立つところがない身であります。

 しかしそれは同時に、彼ら魔術師が、この時代を支配する神の論理に縛られず、自立した、自律する個人として生きていることを――たとえそれが自ら望んだものではなかったとしても――意味しているともいえます。
 その意味では、本作の魔術師たちは、人間解放の一つの象徴であり――そしてベネデットが繰り広げる、己が何者であるかを知るための苦闘は、その解放のための道程なのです。
(その意味では、終盤で明かされる敵の正体は、そんなベネデットとはまさに対照的な存在であると納得できます)


 スケールの大きな歴史伝奇であるとともに、一人の青年が自己を確立する過程を描く物語でもあるという、様々な魅力を持つ本作。

 そんな物語の中で活躍するベネデットとリザベッタのコンビのほか、ベネデットの周囲の人々――敵か味方か底を見せぬセラフィーニ、同僚で名門貴族の出身にして変人発明家のイルデブランド、かつての師で今は貴族相手の幻影師として働くバルダードといった面々も面白く、キャラクター小説としても楽しませていただきました。

 願わくば、ベネデットたちのこの先の物語を――歴史の陰で己自身の生を力強く生きた魔術師の物語を読みたいものです。


『ヴェネツィアの陰の末裔』(上田朔也 創元推理文庫) Amazon

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2022.12.05

上田朔也『ヴェネツィアの陰の末裔』(その一) ヴェネツィアの史実を巡る魔術師たちの戦い

 周囲の様々な勢力の思惑の中でしたたかに生き残りを模索する16世紀中頃のヴェネツィアで、巨大な陰謀に巻き込まれた「魔術師」たちの姿を描く、伝奇ものにして極めてユニークなスパイものというべき物語――第5回創元ファンタジイ新人賞佳作作品であります。

 様々な勢力の思惑が複雑に絡み合うイタリア半島で、独自の勢力を維持すべく様々な権謀術数を巡らせるヴェネツィア――その中で、己の持つ魔力を武器に諜報活動を行う魔術師たち。
 その一人であるベネデットは、両親が自分の目の前で命を落としたという以外の幼い頃の記憶を失い、孤児院で暮らした過去を持つ青年。そこで魔力を発現し、魔術師を育成する〈学院〉に拾われた彼は、孤児院での幼馴染で護衛剣士となったリザベッタとともにヴェネツィアの繁栄の陰で、人知れず裏の仕事を担ってきたのであります。

 そんなある日情報が入ってきた、異国の魔術師による元首暗殺計画。魔術師たちの束ねであり、外道錬金術師の異名を取るセラフィーニの命の下、密かに警護に入るベネデットたちですが――しかし彼が陽動にかかった隙に仲間の魔術師の一人が敵に捕らわれ、無残な最期を遂げることになるのでした。
 次々と挑発と襲撃を繰り返す敵の正体が、フランス王の使節を隠れ蓑に、ヴェネツィアに潜入した謎の女魔術師であると突き止めたベネデットとリザベッタ。しかもその魔術師が、かつてリザベッタの故郷の村を焼いた張本人であったことから、二人は敵の本拠となっている屋敷への潜入を志願します。

 しかしその屋敷でベネデットが見たものは、彼の数少ない記憶に残った風景と重なるもの。混乱する彼をあざ笑うように仕掛けられた罠にかかったベネデットは、上層部からの尋問を逃れ、敵の企みを阻むため、セラフィーニの指示で危険な任務に挑むことに……


 魔術師が活躍するファンタジー小説はそれこそ無数に存在します。しかし本作はファンタジー世界ではなく、16世紀のヨーロッパを舞台に、かつてローマ帝国やキリスト教勢力によって弾圧された魔術師が密かにその知識を伝え、美と混沌の都・ヴェネツィアで後継者たちが生きていた――という、非常に魅力的な設定で繰り広げられる物語であります。

 それも、ヴェネツィアで彼らが担う役目は、いわば裏仕事、陰の役目――決して表に出ない、それだからこそ重要なミッションに挑むという、いわばスパイものとしての側面が強いのですから驚かされます。
 魔術師の素養のある者を密かに育成する〈学院〉、魔術師とは文字通り死命を共にする契約者・護衛剣士、そして魔術師と護衛剣士が持つ魔力が込められた腕輪(一人六つまで、様々な魔力を事前に込めておくことで呪文の詠唱なしで魔力の使用が可能)――そんなどこかキャッチーな設定も相俟って、本作はいわゆる魔術師ものの中でも、異彩を放つ作品となっています。

 もちろん、本作の魅力はそれだけに留まりません。本作ならではの魅力の一つは、魔術師たちのスパイ戦の背景となる、複雑怪奇な欧州情勢にあります。神聖ローマ帝国、フランス、ヴァチカン、そしてオスマン・トルコ――当時の欧州は、様々な勢力の合従連衡によって成り立っていた、ある意味戦国時代のような状態にあったことはご存知でしょう。
 表向き様々な勢力と均衡状態にあるヴェネツィアにおいて――いやそんなヴェネツィアだからこそ――その水面下で激しく繰り広げられる暗闘の数々を描く本作の物語は、そのそのまま縮図いうべきものなのです。
(正直なところ、西洋史をある程度把握していないと厳しい部分もありますが、本作はそれだけ史実を踏まえて展開しているということでもあるでしょう)

 そう、本作はファンタジーというよりもむしろ伝奇的な側面の強い物語。ヴェネツィアを巡る史実の陰で戦う古の魔術師の末裔たち――本作はその姿を描く歴史伝奇というべき作品なのです。

 しかし本作は同時に、「表の」マクロな歴史だけでなく、「裏の」マクロな歴史を描くものでもあります。かつてガリアが古代ローマに滅ぼされた時、偉大な詩人ウェルギリウスによって記された呪文書――本作は、絶大な魔力を秘めるというその呪文書を巡る暗闘の物語でもあります。
 はたしてそのウェルギリウスの呪文書には何が記されているのか。そしてそれはどこに、誰が隠し持ち――そして何故この時代に至るまで秘匿されてきたのか? 本作の表の軸が欧州諸国の政治的暗闘であるとすれば、裏の軸はこの呪文書を巡る魔術的暗闘――そういってよいかもしれません。


 いや、その二つだけではありません。本作にはもう一つの軸があるのですが――長くなりましたので次回に続きます。


『ヴェネツィアの陰の末裔』(上田朔也 創元推理文庫) Amazon

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2022.12.04

碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第7巻 散りゆく綺羅星 さらば土方

 ついにこの物語にも終わりの時がやってきました。新政府軍の総攻撃を前に、最後の戦いの覚悟を決めた旧幕府の脱走軍。しかしあらゆる方面から迫る新政府軍の猛攻は、確実に彼らを追い詰めていきます。はたしてそんな中、土方の戦いの行方は――『星のとりで』完結であります。

 新政府軍の総攻撃が翌日という状況で、武蔵野楼に集い、それぞれの形で別れの盃を交わす脱走軍の面々。そんな中で土方は、相馬主殿に対して最後の命を下すことになります。これまで新選組において、土方に対して複雑な感情を抱きながらも、付き従ってきた相馬の答えとは……

 そして翌日、予想を遥かに上回る規模で始まる総攻撃。もはや五稜郭の他、依るべき陣も砦もごくわずかという状況で、四方八方から、さらに函館湾の深くから攻撃を仕掛けてくる中では、もはや風前の灯であります。
 その中で、蟻通が、古屋が、伊庭が、春日が、中島が――綺羅星たちが次々と堕ちていく中、それでも新選組とともに戦い抜こうとした土方は……


 こうして物語は、始まったその瞬間から定められていた結末を迎えることになります。当然のことながら、こちらもそれを覚悟の上で読んでいたのですが――しかしいざその時が訪れてみれば、やはり辛いとしかいいようがありません。
 もう少し希望はないものか、一矢報いることはできないものか――無理とわかりつつも思わず祈ってしまうのは、これはここまで追いかけてきた読者であれば無理もない話でしょう。
(そんな中で、弁天台場のタニシ取りの場面は数少ない微笑ましい場面でホッとさせられます)

 そして、土方の運命は――これもまた史実をご存知の方であれば言うまでもないことではあるのですが、しかし「それ」を見せるタイミングが非常に巧みで、こうきたか! と感心いたしました。
 そしてそこで描かれた彼の姿は、すでに前巻のラストで幽明の境を踏み越えた感のあった土方に相応しい――そんな印象があります。


 しかし、物語はまだ終わりません。戦いを締めくくることができるのは、戦いの中で散った者ではなく、生き残った者――そんなことを思わせる形で、物語はこの戦いの結末までを、そしてその先を描いて終わることになります。

 希望に満ちた明日ある少年たちの姿を描くことから始まり、次いでその明日の夢に向かって奮闘する大人たち、そしてその夢のために最後の最後まで戦い抜いた土方を描いてきた本作。
 そしてそこで描かれた戦いの終わりが、五稜郭に最後に残った少年である田村銀之助の言葉がきっかけとなるというのは、これは美しい結末と言ってもよいのではないでしょうか。
(そしてその言葉をある意味逆説的に受け止めて大人としての態度を示すのが、大鳥というのもまたいい)

 もちろん、そこにあるのは美しいものだけでは決してありません。単行本に付されたあとがきのページ(ここまでで一つの作品というべきでしょうか)を見れば、その先に待っていたものも、決して平坦な道程ではないことがわかります。
 特に相馬のその後には、やはり何とも苦い気持ちにならざるを得ないのですが――これは物語として、これ以上付け加えるべきでないものであることは理解できます。

 歴史ものとして見た場合、やはり敵側の視点がほとんどない、ある意味非常に主観的な物語であることが気にならないではありません。しかし、土方や新選組だけでなく、旧幕府軍に――それも本当に様々な身分・出自の面々に脚光を当て、それぞれの立場から描いた(そしてそれがまさにコンセプトであって、主観的なのは当然なのですが)本作は、やはり貴重であり、そして非常に魅力的に感じます。

 幕末に輝いた綺羅星たちの束の間の夢と誠を描いた『星のとりで』、これにて大団円であります。


 なお、この最終巻と同時に電子書籍で刊行された番外篇「親子鶴」は、本編でも断片的に触れられた、新政府軍に捕らえられた近藤勇の死の間際を描いた掌編であります。
 正体が暴かれて尋問を受ける間、豊田市右衛門宅に留められた近藤と、彼のもとに訪れて一緒に折り紙を折る少女の束の間の交流を描く――そんな本作で、本編では描かれることのなかった作者のもう一つの作風に近い内容で、切ない印象を残します。


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碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第5巻 終わりの始まり そして別れの時
碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第6巻 総攻撃前夜 物語は将星の下へ

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2022.12.03

小林久三『真夏の妖雪』(その三) 長英脱獄 真夏の雪が象徴するもの

 小林久三の時代歴史社会ミステリ短編集というべき『真夏の妖雪』の紹介のラストであります。今回は掉尾を飾る表題作を紹介します。

「真夏の妖雪」
 天保十五年七月、江戸で破牢した高野長英が城下に潜入したとの噂に、非常警戒網が引かれた下総古河藩。岡っ引きの蝮の銀次もそれに駆り出されるのですが――その最中に彼も跡継ぎで息子の直吉が、何者かに殺害されたとの報が入ります。
 その懐には真夏だというのに雪があったという、異様な状況に疑問を持ちつつも、息子の仇討ちに異常な執念を燃やす銀次。彼は町に出没する黒ずくめの渡世人に疑いの目を向け、鳥居耀蔵の密偵ではないかと疑うのですが、事態は意外な進展を見せることになります。

 そんな中、「雪」など初めからなかったかのように口を噤む目撃者たち。その一方、親の代から銀次に十手を預けている町廻り同心・間中新八郎は、上役からある命令を受け……

 巻末の表題作は、本書の四分の一を占める中編――冒頭に引用された下総古河藩土井家の家老・鷹見泉石の日誌(おそらくこの部分は創作だと思われますが)にあるとおり、高野長英の脱獄を背景に、それがきっかけで引き起こされた奇妙な殺人事件の顛末が描かれることになります。

 時代小説でも様々に題材となっているこの長英の脱獄ですが、その影響は、単に一囚人の脱獄という治安上・法秩序上の問題に限られません。思想犯というべき扱いであった長英の脱獄は、一種の政治的な事案――長英ら蘭学者を憎んでいた鳥居耀蔵、そしてその後ろ盾である水野忠邦の不興を買うことを恐れた諸藩の動きが、本作の背景にはあります。
 そしてそれ故に銀次の探索も、藩の内側に作られた壁にぶち当たることになることになるのですが――その点も含めて、本作もまた、一種の社会派というべき作品というべきでしょう。

 しかし本作のユニークな点は、物語の中心となるのが岡っ引きの銀次という点でしょう。蝮の仇名を持つように、執念深く陰険で暴力的という、ある意味史実の上の岡っ引き像に忠実な人物(そしてその息子の直吉も、タイプこそ違えやはり同様の人物)として描かれる銀次は、とても本作のような物語の中心となるには相応しくないような人物であります。
 しかし結末に至り、そんな明らかに読者の感情移入を拒む彼の存在が本作には必要であったことが、理解できるようになるのです。

 歴史には偉人というべき人物は確かにいます。しかしその命は、本当に他者よりも価値あるものなのか。偉人ではない者、周囲から爪弾きにされるような者の命は、価値ないものとして打ち捨てられるしかないのか――本当は既に答えが出ているのかもしれないこの問いかけに対して、本作は悲痛な異議申し立てを行っているといえるでしょう。
 そしてもう一つ、本作の鍵となる真夏の雪の存在もまた(物語背景と合致したものであるのはもちろんのこと)、歴史における「価値あるもの」というものを逆説的に象徴している――そう感じさせられます。

 三度笠の男絡みのエピソードなど、ちょっと時代ものを意識するあまり浮いてしまった感はあるのですが(いくら何でもちょっと強すぎるでしょう……)、しかしそうした点を差し引いても、表題作に相応しい時代社会ミステリの佳品であることは、間違いありません。


 以上六編、正直なところ読んでいて気が重くなるような作品ばかりではあるのですが、しかしこうした作品が描かれるべき意味があったことは――いや、今に至ってもあることは間違いありません。この時期に手に取ったのは偶然ですが、読む価値のあった、そして社会派ミステリというものの意義を考えさせられた一冊です。


『真夏の妖雪』(小林久三 講談社文庫) Amazon

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2022.12.02

小林久三『真夏の妖雪』(その二) 残酷な時代の流れに取り残された者の視点

 小林久三の歴史ミステリ短編集『真夏の妖雪』、後半の作品の紹介であります。前半はいずれも明治・大正を舞台とした作品でしたが、ラスト二編は江戸時代が舞台となります。

「雪の花火」
 京都で起きた殺人事件で警察に捕らえられた被害者の妾・葉子。犯行を認めた葉子ですが、密かに彼女に想いを寄せる高等遊民・本木は、犯行時刻に彼女を別の場所で目撃していたことから、無実を信じて独自に調査を始めることになります。
 そんな中、葉子の弟が、犯行現場近くで京電(路面電車)の先走りを務めていることを知った本木。弟の犯行を疑う本木ですが、電車の運転手から事件当日のある事実を聞き……

 本書の中では直接史実に絡むわけでもなく、小品に近い印象のある本作。殺人事件のトリックも大掛かりなものではないのですが、しかしこの時代ならではの、ちょっと現代人ではすぐには思いつかないものとして、印象に残ります。
 しかし直接ではないものの、本作においては、物語の背景として描かれる日露戦争の旅順攻防戦が、ラストで思わぬ形で本筋と結びつくことになります。葉子には一方的に想いを寄せるだけで、実際には一度も言葉を交わしていない本木のように、そんな本作の構図からは、この国における決して交わることのない二つの世界――一種の分断の形が感じとれるのです。


「「解体新書」異聞」
 古河で漢方医を営む迂斎のもとに担ぎ込まれた怪我人――それはかつて彼の弟子であり、娘と通じながらも裏切って蘭学医に鞍替えした男・順平でした。迂斎の凋落の原因を作り、娘を心身ともに傷つけた順平に殺意を向ける迂斎ですが――しかし彼が目を離したわずかな間に、順平は忽然と姿を消してしまったのであります。
 そして翌日、離れた場所で、何者かに引き裂かれたような無惨な姿で見つかった順平。その現場で迂斎は、解剖図である『解屍篇』を著した藩医・河口信任と出会うのですが……

 冒頭に述べたとおり、ここから二編は江戸時代を舞台とした時代ものとなります。その一編である本作のタイトルには「解体新書」の文字がありますが、物語の視点はある意味その反対側――漢方医学側から描かれることになります。

 基本的に蘭方医学を題材とした物語の場合、漢方医学は、それと敵対するもの、旧態依然・頑迷固陋な存在という描写がほとんどであり、それは本作の主人公というべき迂斎においても同様ではあります。しかし本作で迂斎を通じて描かれるのは、現代の我々が見落としている視点――当時においてはそれがむしろ自然であり、当然であった視点からの物語なのです。

 彼自身には責任のない時代の流れに押し流され、取り残された迂斎。本作で描かれる事件は、そんな残酷な時代の趨勢の、一つの象徴ともいえます。
 そんな物語の結末で語られる迂斎の姿――それは、冒頭にその著述が引用されている河口信任の作中の(いささか極端な)言動と対比した時、決して異常でも非難されるべきものではなかったことが、その時代の先に生きる我々にも理解できることでしょう。

 そんな本作ですが、ミステリのトリックとしては、本書で最も凝った部類に入るかもしれません。
 迂斎が真実に気づくきっかけも巧みなのですが、最も印象に残るのは、被害者の死体が何故そのような姿となったか、という点でしょう。冷静に考えればヒントはあるのですが、しかし物語の展開と結びついて示されるその答えには、やはり脱帽です。


 想定外に長くなってしまいました。ラストの表題作「真夏の妖雪」の紹介は、次回といたします。


『真夏の妖雪』(小林久三 講談社文庫) Amazon

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2022.12.01

小林久三『真夏の妖雪』(その一) 明治・大正が舞台の社会派ミステリ!?

 映画人であり、社会派を中心としたミステリ作家であった小林久三は、歴史もの・時代ものも少なからず手がけています。全六編を収録した本書は、その多くが社会派歴史ミステリというべき、ユニークな短編集です。以下、一作品ずつ内容を紹介しましょう。

「焼跡の兄妹」
 関東大震災で、奉公していた亀戸駅前の店が全滅し、ただ一人生き残って町を彷徨していた志乃に声をかけてきた見知らぬ青年。自分はお前の兄だというその青年・正之の、優しくも有無を言わせぬ態度に、志乃は言われるままに彼の家に伴われることになります。
 正之の母、そして姉と名乗る女性たちとともに奇妙な同居生活を始めた志乃。正之の正体とは、そしてその目的とははたして……

 身寄りをなくした少女が、町で声をかけられた見知らぬ青年の妹にされてしまうという、奇妙な味の短篇のような本作。しかし物語の背景となっていた時と場所が前面に出てくるにつれて、それは非情で理不尽な、しかし現実の物語へと転じていくことになります。
 登場人物たちの間に生まれかけていた、緩やかな感情の繋がりを全て断ち切るような、あまりに残酷な結末には言葉を失うのですが――しかし昨今の報道を見るにつけ、我々の生きる時代は、確かにこの延長線上にあると感じさせられるのです。


「海軍某重大事件」
 大正三年二月のある日発見された若い男の水死体。上司の武見警部とともに捜査を開始した滝上巡査は、死体の身元がタクシー運転手であり、彼が数日前から客に妙な疑いをかけられたと塞ぎ込んでいたことを知ります。
 馴染み客であったとある商会の重役を乗せた後、男が大金等の入った風呂敷包みを車内に忘れたと騒いだものの車の中に品物はなく、運転手が疑われることとなった――疑いを気に病んだ運転手の自殺とも思われた事件ですが、その客は昨今世間を騒がしている海軍収賄事件の関係者と知った滝上たちは……

 若い巡査と定年間際のベテラン警部が、市井のささいなものと思われた事件から、一大疑獄事件に繋がる糸を見つけ、核心に迫っていく――驚くほどに昭和の社会派ミステリ的な設定と展開の本作ですが、舞台となるのはもちろん大正時代であり、題材となるのも、この時代に興味がある方であれば、すぐに気づく史実であります。

 言ってみれば本作は、社会派ミステリと歴史ミステリの融合――というより前者のスタイルに後者を当てはめたものと言えますが、しかし違和感がまったくないのは、今(当時)も昔も、そして令和の今も、このような事件が絶えることがないからなのでしょう。
 ミステリ的にはシンプルな内容ですが、そこにもう一人人物を絡めることで、事件の構図を複雑かつやりきれないものに変えているのも巧みであります。

 それにしても、海軍の力を弱め陸軍の暴走を招く遠因となったという説もある事件を描いた作品のタイトルが、その暴走の一つの極みを指す言葉のもじりというのは、皮肉というべきか……
 もう一つ、この時代のタクシー運転手が高給取りで、滝上巡査が特権階級という感慨を抱く場面は、本筋とはあまり関係ないものの、印象に残ります。


「血の絆」
 明治三十四年、明治天皇の行幸の下で行われる秋季陸軍大演習を前にして、前年からの赤痢の流行を食い止めるべく奔走していた宮城県警。その検疫部の二宮警部は、県内巡回の途中に通りがかった村はずれの小屋で、駐在の巡査が何者かに殺されたのを発見するのでした。
 隔離病舎として作られた粗末なものながら、小屋には内側から閂がかけられ、犯人の出入りの痕跡はない――いわば密室殺人に頭を悩ます二宮警部。誰がどうやって、そして何故巡査を殺したのか――警部がたどり着いた「真犯人」とは……

 自治体を挙げての一大イベントの目前に発生した疫病の流行とそれに翻弄される人々――と、はからずも本書の中でも特にいま我々に深く刺さる作品となってしまった本作。
 疫病を食い止めようと奔走する専門家と、知識と理解の不足から結果としてそれを妨げる庶民という構図は、ある意味古今東西のパンデミックものの定番かもしれませんが、本作の場合はそれが特に残酷な結果を招くことになります。

 ハウダニットはかなりシンプルながら、ホワイダニットという点では極めて重く、やりきれないものを残すのは、それが現実にも容易に起こりかねないものだと、我々が実感しているからでしょう。時を越えて強烈な現実性を持ってしまった作品であります。


 後半三作品は次回紹介いたします。


『真夏の妖雪』(小林久三 講談社文庫) Amazon

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