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2022.12.12

川端新『神軍のカデット』 二・二六秘話 「眷属」と悩める将校生徒たち

 昭和十一年二月二十六日――この日に起きたクーデターの陰で激突した「眷属憑き」の軍人たち――人知を超えた力を持つ眷属を従えた彼らの少年時代を描く異色の伝奇コミックであります。陸軍幼年学校に通う将校生徒(カデット)たちが経験する、過酷な運命とは……

 いわゆる二・二六事件と呼ばれるクーデター――そこに参加した青年将校およそ千五百名の中心であり、「黒龍様の神託者」と呼ばれる男・橘英治。そしてその橘を止める役目を与えられたのは、大狼の「眷属」を従えた有賀仁少尉――激しくぶつかり合う二人の因縁はその十一年前の陸軍幼年学校に始まり……

 という意味深なプロローグに始まり、十一年前に遡っての有賀と橘の出会いから、物語は語られることになります。
 シベリアで命を落とした父のように立派な軍人になることを夢見て、陸軍幼年学校に入学した有賀。新生活に力も入る有賀ですが、そんな彼の目に入ったのは、人並み外れた風貌と、しかしそれと裏腹に飄々と軽い態度を見せる三年生・橘でありました。

 日露戦争の英雄である橘少将の息子であり、優れた能力を持ちながらも、軍人を好まず、周囲から浮いた態度の橘。彼に何かと反発する有賀は、橘を制裁しようとする三年生たちの企てに巻き込まれることになります。
 しかし揉み合う中で橘が腕に巻いたお守りが千切れた時、にわかに天がかき曇り、三年生たちに落ちる雷。その混乱の中で、有賀は橘を守るような巨大な黒い龍を目撃するのでした。

 しかし、そして常人には見えない存在に守られているのは橘だけでなく、有賀も巨大な狼に守られていたのであります。それぞれ十二支の獣に擬えられる姿を持ち、憑いた人間のあるいは命を守り、あるいは命を受けて超常的な力を発揮する眷属。橘と有賀の他にも、幼年学校には狐の眷属を持つ竹、虎の眷属を持つ目崎が集まっていたのです。

 その眷属の力を兵器として使うため、幼年学校に梟の眷属を持つ吉良少佐を送り込む陸軍大臣・猪垣。しかし憲兵司令官である橘少将は、猪垣の動きに反発し、これに抗する動きを見せることになります。
 さらに巷では猪垣と結び、眷属憑きを増やさんとする宗教団体・豊天会が怪しげな動きを見せるなど、少年たちを翻弄する眷属を巡る大人たちの思惑。そして橘を思わぬ悲劇が襲うことに……


 二・二六事件の背後には、超常の力を持つ存在が――という場面で始まる本作。その背景となるのは、陸軍による眷属の軍事利用ですが――軍部によるオカルトの軍事利用や、それを用いた特殊部隊という題材自体は、決して珍しいものではないかもしれません。
 しかし本作の場合、眷属を操るのが十代前半の将校生徒(カデット)という点が最大の特徴といえるでしょう。

 陸軍幼年学校という、ある意味純粋培養の環境ではあるものの、当然ながらこの年代らしく、様々なことで揺れる少年の心。そんなある意味不安定な少年たちが、常人を遥かに超えた力を持つ――そこから生まれるドラマは、この時代・この部隊と相まって、いわゆる能力者ものや特殊部隊もの、昭和伝奇というジャンルの枠を踏まえつつも、本作ならではの繊細で切ない味わいを与えることに成功しているといえます。

 また、彼らがいわば軍人であって軍人でない微妙な立場にいるということによって、軍人ものであればどうしても直面する、任務と人間性の板挟みという側面を――もちろん全てではないまでも――回避しているのは、これはうまいなあと感じたところであります。
 もっともこれは本作が幼年学校編で終わっているためであって、これから描かれるものであったのかもしれないとは思います。というよりも、物語それぞれを構成する要素が、そこまで有機的に結びついたという印象がないうちに、物語が完結してしまったという印象があるのは、何とももったいないと感じます。

 もちろん、第四巻のクライマックス――度重なる悲劇に心を閉ざし、黒龍と過剰に同調した橘を元に戻すため、有賀が、誰かを守りたいという彼自身の願いのために力を発揮するという展開は、本作の一つの到達点として納得できます。
 しかしそこから(ある意味その繰り返しのような形である)冒頭にどのように繋がるのか――というのは、やはり純粋に気になってしまうところではあります。はたしてこの先、それを目にすることができるかどうか、それはわかりませんが……

(それにしても妙に艶っぽい姿を見せる幼年学校の緒方軍医、あの作品の主人公だったとは……)


『神軍のカデット』(川端新 小学館ビッグコミックス 全4巻) 第1巻 Amazon / 第2巻 Amazon / 第3巻 Amazon / 第4巻 Amazon

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