深谷陽『童の神』第6巻 決戦 そして戦いの先に残る希望の姿
漫画版『童の神』もついに最終巻――京人からは「酒呑童子」と呼ばれ、恐れられながらも理想を求めて戦い続けた桜暁丸の戦いも、ついにクライマックスを迎えることになります。源頼光と四天王との決戦の果てに、桜暁丸と仲間たちを待つものは……
三山連合を破られ、数々の仲間を失いながらも、大江山に籠もり、以前をはるかに上回る力を得た桜暁丸と仲間たち。各地の童たちと結び、朝廷の討伐軍に抗する桜暁丸を、京人は酒呑童子と呼んで恐れるのですが――しかしその一方で、少しずつ融和の兆しが生まれていきます。
そして、ついに大江山に遣わされる帝からの和議の使者。それに応え、桜暁丸たちは京に入ることに……
物語始まって以来、京人から蔑まれ、排除される一方であった童たち。そんな彼らに、ある意味京人の頂点である帝が手を差し伸べる――それはこの上ない融和の形といえるでしょう。しかし、そのために京に入ったとしても、彼らを迎える京人たちの目までが変わるわけではありません。今なお突きつけられる差別の眼差しに対して、桜暁丸は、一つの答えを突きつけることになります。
たとえ激しい分断と差別が存在していたとしても、人は他者とわかり合うことができる。本作ではその希望が、様々な形で描かれてきました。そしてこの場面で描かれる桜暁丸の答え――というよりそれがもたらしたものは、その希望の形の最も激しく、そして美しいものと言ってよいでしょう。
この場面はもちろん原作にも存在するものです。しかし、この漫画版を深谷陽が担当すると知った時、この場面はおそらく原作以上にパワフルで、そしてエモーショナルなものになるに違いない――そんな期待がありました。
そしてここで描かれたその姿は、まさにその期待通りのものでした。熱気の中に様々な人々の笑顔が入り混じり、敵も味方もない世界を生み出す――この瞬間がいつまでも続いて欲しいと願いたくなる、そんな幸福な世界が、ここにはあります。
しかし残念ながら、本作で描かれてきた希望の多くがそうであったように、このか細い希望の糸も、あまりに卑劣な形で――もう一つの京人の頂点によって、断ち切られることになります。
そしてその果てに待ち受けるのは、源頼光と四天王、さらには桜暁丸の恩人である袴垂の兄・藤原保昌までも加わった、朝廷軍の総攻撃。この顔ぶれを見れば、それが御伽草子などに記された酒呑童子退治の物語と重なるものだと想像がつきますが、だとすればその結末もまた……
しかし本作は、原作と同じ結末に向かって突き進みつつも、そこに桜暁丸、いや畝火の欽賀・星魚兄弟や粛慎の虎前といった仲間たちの生命の輝きを、そして魂の叫びを、時に原作以上の鮮やかさで以て描きだします。
(特に碓井貞光に単身挑む欽賀のくだりは、原作から少しだけ変えた言い回しの妙が印象に残ります)
これまでの紹介で幾度も触れましたが、この漫画版は、原作の物語をあくまでも忠実になぞりつつも、特に人物の内面――小説においては地の文などで語られる部分――を描く際に違和感のないアレンジを加えることにより、時に描写を補い、時に深めてきました。
それにより、本作は原作に絵をつけただけのものではなく、一つの独立した漫画として成立しているといえます。そしてそんな漫画としての本作の魅力は、このクライマックスにおいて――戦う者たちの最後の輝きが否応なしに描かれる場面において――これまで以上に強くなっていると感じます。
それはもちろん、桜暁丸と仲間たちの最後の戦いの姿にも当てはまります。そして形だけみれば絶望的な戦いであっても、そこに確かにあるのは、悲壮感よりも希望なのです。
特に、原作のラストでも鮮烈な印象を残した桜暁丸の言葉――それを受け止めての坂田蔵人の反応(漫画オリジナルの描写)は、原作で描かれたものを、もう一歩進めるものであると感じます。
聞くところによれば原作は三部作――つまりこの先に続編・続々編が予定されていることになります。
この漫画版を結末まで読んだことで、この続編――その先の希望を読むことがますます楽しみになりましたし、そしてまた、深谷陽によるその漫画版も見てみたいなどと、気が早いにもほどがあることを考えてしまうのです。
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