西公平『九国のジュウシ』 恐るべき野生児が見た岩屋城の戦い
戦国時代でも有数の寡戦となった岩屋城の戦い――高橋紹運率いる700余名が、島津軍5万を向こうに回して壮絶な戦いを繰り広げた籠城戦。その秘話を描く何ともユニークな漫画であります。紹運の前に現れた凄まじい戦闘力を持つ野生児・十四郎が、この戦いで見たものは……
戦国時代末期の九国(九州)制覇を目指す島津に対して、最後まで戦いを繰り広げた末、豊臣秀吉に助けを求めた大友家。しかし救援が到着するのは四ヶ月後。それまでの時間を稼ぐため、大友家にこの人ありと知られた名将・高橋紹運は岩屋城に籠もることを選ぶのでした。
高橋軍763人に対して、対する島津軍は5万人――絶望的な戦力差の中で、紹運の傍らにあってなおも生き延びると言い放つ少年・十四郎がいました。
遡ること七年前、岩屋城で噂となっていた獣のような動きの子供――合戦場に現れ、軽々と兵たちの攻撃を躱しては、切り落とした相手の手足や、死体の臓腑を拾い集めるその子供に、強く興味を惹かれた紹運。
そして子供が、山中の洞窟で共に暮らす巨大な狼を母上と呼び、人肉を与えていたことを知る紹運は、子供を追ってきた山賊の矢から「母上」を庇ったことをきっかけに、子供――十四郎を戦場に伴い……
岩屋城の戦いを題材としつつも、物語の中でこの戦いが描かれるのは、冒頭と最終巻(第三巻)の後半部分――それ以外の部分で描かれるのは、この野生の化身のような十四郎と、紹運をはじめとする人々の関わりであります。
至近で振るわれる刀を躱し、自分めがけて放たれる矢を掴み取る。刀のひと振りで、人の首や手足を軽々と叩き斬る――およそ常人を遥かに超えた身体能力を持つ十四郎ですが、彼が真に常人と異なる点は、その精神性にあります。
上に述べたように母狼に育てられ、そして老いて狩りが出来なくなった母狼のために合戦場で人肉を集め、食わせるという凄まじい生活を、ごく平然と送っていた十四郎。
(実は彼の親については、さらにドン引きものの過去があったことが明らかになるのですが……)
しかし時は血で血を洗う戦国乱世。そんな剣呑な人間でも、強ければ喉から手が出るほど欲しい――という紹運も十分どうかしているというのはさておき、そんな十四郎と、紹運や彼の子・千熊丸(後の立花宗茂)たちの交流は、彼ら自身を、そして彼らの周囲の状況を変えていきます。
それは、十四郎との共同生活の中でその才能を開花させていく千熊丸のように、急激なものであることもあります(その変化に戸惑うギン千代が可笑しい)。あるいは本人も気付かぬうちに、ゆっくりと変わっていく十四郎のような場合もありますが――いずれにせよここで描かれるのは、人は人との触れ合いの中で、初めて人として成長することができるという「真実」であります。
そんなドラマを時にシリアスに、時にコミカルに(というか大半コミカルに、でしょうか)積み重ねた末に、岩屋城の戦いに突入する本作。
そこで描かれるのは寡戦にして籠城戦という極限状況ですが、しかしそこに不思議な温かみのようなものを感じさせるのは、そこに人と人との――そしてその中には十四郎も含まれるのですが――確かな繋がりがあるからなのでしょう。
そしてこの戦いのある事実と、十四郎の名に一つの符合を見出す時――そこには不思議な感動が生まれるのです。
正直に申し上げれば、先に述べたシリアスとコミカルの落差など、どんな顔をして読めばよいのかわからなくなってしまう時も多いのですが――しかしそんな点も含めて唯一無二の、そして不思議な魅力を持つ戦国漫画であります。
『九国のジュウシ』(西公平 KADOKAWA HARTA COMIX全3巻) 第1巻 Amazon / 第2巻 Amazon / 第3巻 Amazon
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