« 2022年12月 | トップページ | 2023年2月 »

2023年1月

2023.01.31

手塚治虫『火の鳥 ヤマト編』 火の鳥が語る生命と人生の意味

 手塚治虫の『火の鳥』、その時系列順でみた場合に二番目に来る物語であります。ヤマトの王である父に命じられ、クマソの王・タケルを討ちに来たオグナ。彼が火の鳥と出会ったことから、運命は大きく変わっていくことになります。

 四世紀頃の日本――ヤマトに君臨するソガ大王は、自分の壮大な墓を造り上げることと、ヤマトに都合のよい歴史を残すことに血道をあげる毎日。しかしクマソの王・タケルが、事実に基づいた歴史を書き残そうとしていることを知った大王は、王子たちにタケル討伐を命じるのでした。

 その役目を押しつけられたのは、墳墓造営に反発して反対運動に加わった末に、謹慎を言い渡されていた第五王子・オグナ。彼はごくわずかな供のみをつれて真っ正面からタケルの下を訪れ、タケルもオグナを歓待するのでした。
 クマソで時間を過ごす中、タケルの度量の大きさを知るオグナ。さらにこの国に火の鳥がいることを知った彼は、ある目的からその血を得るため、夜毎火の鳥に笛を聴かせるようになります。

 そんな彼に反発しつつも興味を惹かれ、やがて激しい恋に落ちるタケルの娘・カジカ。自分の自身目的と、タケルやカジカに寄せる心との板挟みになり、悩み苦しむオグナに、火の鳥が語りかける言葉とは……


 他の古墳とは大きく異なる姿を持つ石舞台古墳と、ヤマトタケル伝説を題材に展開するこの「ヤマト編」。主人公であるオグナが、やがてヤマトタケルと呼ばれる存在であることは、言うまでもありませんが――しかし本作のヤマトタケル=オグナは、決して伝説に登場するような武張った英雄ではなく、むしろナイーブで理想家肌の青年として描かれます。

 大王である父が自らの墓のために民に負担をかけ、特に殉死という名のいけにえとして墓に民を生き埋めにしようとしていることに、猛反発してきたオグナ。
 古墳がこの時代の――というだけでなく、他の時代にも共通するものではありますが――王の権力を象徴するものであるとすれば、オグナは王子でありながら、その権力を否定する者、大王とは対極に位置する者であると言えるかもしれません。
(ちなみにここで大王にソガという名が与えられているのは、石舞台古墳に埋葬されているのが蘇我馬子という説によるのでしょう)

 そしてオグナが火の鳥を求める理由も、この彼自身の生き方によるものであります。
さらにその方法が、笛を聴かせる――そしてそこで奏でられる曲もまた深い意味を持つのですが――というのは、彼が他の火の鳥を求める者たちと大きく異なる存在であることを、はっきりと象徴しているといえるでしょう。
 そんなオグナが火の鳥に笛を聴かせる場面は、本作の中でも一際印象に残る場面であり――そして火の鳥もまた、そんな彼の想いに応えるように彼に語りかけて道を示し、彼に自分の血を与える場面は、ある意味、「黎明編」の終盤の展開と対照的とも感じます。

 オグナが火の鳥の語りかけた内容をどう受け止めたのか、そして火の鳥の血を誰に与えたのか――それを描く物語の結末は、到底ハッピーエンドと呼べるものではないように感じられるかもしれません(ここで日本書紀のある記述を踏まえた描写を用いるのも凄まじい)。
 しかし、かつて火の鳥が「黎明編」の主人公・ナギに語り、そこで彼が理解することができなかった生命と人生の意味――それをオグナが理解し、自分自身の生を貫いた姿は、ひどく感動的に感じられます。そしてそんな彼に寄り添う者がいたこともまた。


 実のところ、マンガとしての描写としては、ナンセンスなギャグ混じりな部分が非常に多く、それが物語のテンポを悪くしていることは否めません。
 しかしその点はあってなお、『火の鳥』を構成する物語の一編として、そして何よりも人の限りある生の意味を描いた物語として、名作と呼ぶべき作品であることは、間違いありません。


『火の鳥 ヤマト編』(手塚治虫 講談社手塚治虫漫画全集ほか) Amazon

関連記事
手塚治虫『火の鳥 黎明編』 長大な物語の始まりにして一つの帰結

|

2023.01.30

H・R・ハガード『ソロモン王の洞窟』 秘境冒険小説の古典の消えない楽しさ

 秘境冒険小説数ある中で、後世の作品に様々な影響を与えた古典にしてマスターピースであります。アフリカ奥地に眠るというソロモン王の秘宝を求めて旅立った三人のイギリス人。彼らを待ち受けるのは大自然の脅威と知られざる王国、そして……

 長年にわたりアフリカで暮らしてきたハンターにして貿易商のアラン・クォーターメンがある日出会った二人の英国人男性――長大な体躯の貴族ヘンリー・カーティス卿と、伊達者の海軍士官ジョン・グッド大佐。
 数年前に行方不明になった弟のジョージを探しにやってきたカーティス卿は、アランがジョージとアフリカで出会っていたことを知り、同行して欲しいと依頼をします。そして奇しくも彼の弟が探していたソロモン王の秘宝の地図は、現在アランの手にあったのです。

 これまで数百年に渡り語り継がれながらも誰も手にすることなく、探索者たちは悲惨な末路を辿ってきたソロモン王の秘宝。自分もその一人になることを覚悟しながらも、カーティス卿の約束した報酬を息子に残すため、アランは旅に出る決意を固めます。
 準備を進める中、雇ってほしいとやってきた曰く有りげな現地の青年・ウンボパを加え、旅立った一行。途中の焦熱の砂漠では水不足に苦しみ、極寒の山々では凍死の危険に晒され――ついにたどり着いた目的地で、彼らは幻の王国の人々と出会うのですが……


 今では二つの理由――既に未知の土地は地球上にほぼ想定できないこと、そして「文明人」が「未開の地」で財を成すという帝国主義的性格の物語にならざるを得ないこと――から、既に過去のジャンルとなった感もある秘境冒険小説。
 もちろん、この二つの理由を巧みに避けて描かれた作品は幾多あるものの、控えめにいっても現在かなりマイナーなジャンルであることは、誠に残念ながら事実でしょう。

 その一つの証拠とは言いたくありませんが、このジャンルの代表作である本作の翻訳は、最も手に入りやすかった大久保康雄訳の創元推理文庫版も既に絶版。電子書籍で読めるものは何と昭和3年に平林初之輔が訳したもの(のかな遣いを改めたもの)という状況なのですから。
 しかしもちろん、その状況と内容の面白さは関係ありません。そして実は私も昔読んだものは子供向けの訳で、今回初めて完訳を読んだのですが、今読んでみても十分に面白い作品のままであったのは、嬉しい発見でした。

 仲間たちと秘境に向かうことになった主人公が、大自然の障害に悩まされながらもたどり着いた目的地で、二つの勢力の争いに巻き込まれて一方に助太刀して勝利させ、謎を解いて大量の財宝を得て帰る――という、もう秘境冒険小説の、というか古典スペースオペラも含めた大衆エンターテイメントで山のように見てきたパターンの作品である本作。
 そんな作品が今読んでも楽しめるのは、一種の紀行文的味わいのあるリアリティを感じさせる文章(ハガードは実際に南アフリカで官吏として暮らしていた経験アリ)と、そしてもう一つは、物語の語り手として設定された、アラン・クォーターメンのキャラクター造形にあると感じます。

 こうした物語の語り手/主人公として、タフで戦闘的な、一種のヒロイズムを体現した人物という印象があったアラン。しかしそうした要素は彼の仲間二人がそれぞれ担っており、アラン自身の活躍は、実は意外と控えめなキャラクターであります。
 そもそも本作のアランは55歳という結構な年齢で、職業も冒険家などではなく――もちろんハンターとして豊富な経験を持ち、射撃の名手ではありますが――南アフリカで色々やってきた土地の白人名士といった人物。そもそも今回の冒険に参加したのも、老いた自分が息子に遺せるよう、カーティス卿の報酬目当てという理由であります。

 正直なところあまり格好良くないのですが、しかしそれだけにどこか飄々とした、そして第三者的視点は、本作にある種の節度を与え、頼もしい仲間たちとの旅という味わいを強めている――そんな印象があるのは、今回嬉しい発見でありました。(アラン・ムーアの『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』のアランも、そういえばそこまで格好良くはなかった)


 もちろん、秘境に暮らす原住民が、グッドの入れ歯を見て目を回したり、都合の良いタイミングで起きる皆既月食に恐れおののいたり――という部分は無邪気には楽しめませんし(それでもグッドの伊達者ぶりイジりは結構楽しいのですが)、やはり、あくまでも昔の作品という但し書きは必要かもしれません。

 それでもなお、既にジャンル自体が失われた感もある物語が、今読んでも通じる楽しさを持っていたことは、久しぶりに会った友達が全く変わっていなかったのを知ったような嬉しさがあることは間違いないのです。


『ソロモン王の洞窟』(H・R・ハガード 創元推理文庫ほか) 創元推理文庫 Amazon / Kindle版 Amazon

|

2023.01.29

安達智『あおのたつき』第10巻 再び集結廓番衆 そして冥土と浮世を行き来するモノ

 最近では紙の単行本も好評刊行中の『あおのたつき』、電子書籍版はついに十巻の大台に達しました。この巻では、故あって壊れてしまった薄神白狐社の母屋を直すため、吉原の廓番の面々が集結し、何とも賑やかな騒動が始まります。しかしその陰に、不穏な気配が忍び寄ることに……

 山田浅右衛門吉睦に破門された末に生きながら悪霊と化した元弟子との戦いで暴走し、巨大な怪物になりかけた鬼助。あおと楽丸の奮闘で悪霊は祓われ、鬼助も元に戻ったのですが――一見落着と思いきや、薄神がぐったりと弱ってしまったのではありませんか。
 実はこれは鬼助によって母屋の屋根が壊されたためで、母屋を直せば薄神の具合も良くなるはずですが――しかしその費用は十八両。そうそう簡単は出せない金額に驚く一同ですが、そこに駆けつけたのは、何と廓番の面々だったのです。

 喜丸、怒丸、哀ゐ丸、そして恐丸――いずれも以前、楽丸に、そしてあおに修験を行うために現れたちよっとおっかなかった面々ですが、しかし既に修験を乗り越えた今となっては、頼もしい先輩方であることは間違いありません。
 そして彼らそれぞれが特技と個性を発揮して、いかにもらしい姿を見せてくれるのは何とも楽しく――これまで物語の性質的に重く哀しい内容が少なくなかった本作だけに、この明るさや賑やかさは、何とも嬉しく感じられます。

 が、そんな中で一人どんよりしていたのは哀ゐ丸。五人の中で唯一女性の姿を持つ彼女は、楽丸にぞっこん――それだけに同じ女性で、楽丸と行動を共にしているあおの存在には、内心穏やかではいられません。
 以前の修験であおのことを一度は認めておいてこれというのも困ったものですが、しかしだからといってどうできるわけでもなく――というところでフォローに入ったのは何と恐丸!?

 そのフォロー方法もなかなか巧みなのですが、しかし注目すべきはその時の彼の表情。いつもは苦虫を噛み潰したような顔が、ここでは――と、あなたもどれだけ楽丸に甘いのですか、という感じですが、これはこれで微笑ましくも嬉しい展開ではあります。
(しかしここで描かれたあおと楽丸の姿、これはこれでなかなかいい感じなのでは――などというと、また哀ゐ丸が泣いてしまいますが)


 さて、廓番衆、そして氏子たちのおかげで無事母屋も直った薄神白狐社ですが、時期はもうお盆。冥土の吉原においてもひときわ賑やかになる季節で、社でも様々な香具師たちが集まるのですが――そこに不気味な傀儡師・魂迎鳥の文目が現れます。
 死出の山を越え浮世と冥土を行き来すると称し、軽薄な態度を見せる文目ですが、廓番衆たちからは睨まれ、疎まれる存在。そして廓番衆からは安易に近づくなと言われたにもかかわらず、あおは浮世に届け物をすることができるという文目の言葉に引き寄せられてしまうのでした。

 あおが届け物をしたい相手とは、彼女にとって最大の未練である生き別れの妹。しかし彼女が妹への届け物を託す前に、脇から浮世に遺した敵娼に届け物を託したいという男が現れ……

 と、この巻の後半で登場するのは、廓番衆からは白眼視されながらも祓われない(=悪霊の類ではない)という、これまでにない奇妙な立場の文目。そしてその稼業は、冥土の者が浮世に遺した未練を解決するという点では、ある意味廓番衆の役目に近いものがあります。
 (こういうジャンルがあると言ってよいかはわかりませんが)人の心や魂を救う役目を描く物語には、しばしば、似て非なる形でどうようなことを行うライバルが登場する印象がありますが、文目もそれに近い存在と言っていいのかもしれません。

 しかしそれはあくまでも表面上が似ているだけで、その実は全く異なることがやがて明らかになります――それも、非常に恐ろしい形で。その落差は、この巻の前半、神社の修繕のエピソードが、先に触れたように明るく楽しいものであっただけに、強烈なインパクトを持ちます。
 そしてまた、それが真の救いなどではないことは、楽丸の言葉が、これまでの物語が証明しているのですが――しかしわかっていても惹かれてしまうのが人の性であります。

 はたしてこの先もあおがこの誘惑に抗うことができるのか――この巻で仄めかされた、薄神白狐社の本殿に秘蔵されたものの存在を含めて(それはおそらく未だ語られていない楽丸の過去に関わるものではないかと想像しますが)、この先の物語も気になるところです。


『あおのたつき』第10巻(安達智 マンガボックス) Amazon

関連記事
安達智『あおのたつき』第1巻 浮世と冥土の狭間に浮かぶ人の欲と情
安達智『あおのたつき』第2巻 絢爛妖異なアートが描く、吉原という世界と人々の姿
安達智『あおのたつき』第3巻 魂の姿・想いの形と、魂の救い
安達智『あおのたつき』第4巻 意外な新展開!? 登場、廓番衆!
安達智『あおのたつき』第5巻 二人の絆、二人のたつきのその理由
安達智『あおのたつき』第6巻 ついに語られるあおの――濃紫の活計
安達智『あおのたつき』第7巻 廓番衆修験編完結 新たな始まりへ
安達智『あおのたつき』第8巻 遊女になりたい彼女と、彼女に群がる男たちと
安達智『あおのたつき』第9巻 「山田浅右衛門」という存在の業

|

2023.01.28

『REVENGER』 第四話「Ask, and You Shall Receive」

 同じ部屋で暮らすようになったものの、一日端座しているだけの雷蔵に業を煮やし、働き口を周旋する惣二。しかし雷蔵は堅さが抜けずうまくいかない。そんな中、先日の与力・坂田への利便事から、安曇屋とその妾が漏れていたことが判明。妾宅の見張りのため、その前の店番を務める雷蔵だが……

 レギュラーも揃って設定回も一回りしたということか、日常ほんわか回という印象の今回(まあ、人死にはありますが)。Aパートがほぼ惣二と雷蔵の噛み合わないやり取り、というか惣二が一人で空回りしているだけなのですが、まさか主人公が「異常に朴念仁で言動がほとんどギャグのお侍さん」枠になるとは……
 とはいえ、確かに利便事屋はそれ専門では食っていけない――というよりそれだけで食っていたらそれは純粋に殺し屋であるわけで、もう完全に裏街道の住人。そうではなく表の顔、つまり日常との接点を持つことで彼らの中で、あるいは周囲の人々との間に生まれる様々なドラマを描くことが、こうしたスタイルの物語の一つの意義であるとすれば、これは必要な展開であるといってよいのかもしれません。
(まあ、当の惣二が、ほとんど利便事屋頼みで暮らしているんじゃないかという気はしますが……)

 そこで、大して禄を貰っていなかったであろう雷蔵なら何か手に職あるのでは、というのは、意外なようでいかにも時代ものらしくてよい視点ですが、剣術バカを絵に描いたような雷蔵にはそれもなし。もはや雷蔵に売れるものとしたら、鳰の手引で――と惣二の妄想が危険な領域へと突入しそうになりする一方で、前回の利便事が思わぬ形で尾を引くというのも面白い展開であります。

 実は利便事した与力には、彼と組んで甘い汁を吸っていた商人と、悪事を手伝っていた妾がいた――というわけで、結局、前回の漁澤の言は奉行所でのライバルを除くのが目的の限定的なものであった、所詮あんな奴は云々と良い声で立腹するジェラルド嘉納。その嘉納も見るからに信用できず、そして二人の間に挟まってる幽烟もまた胡散臭い――と、地獄のようなトライアングルですが、この辺りはきっと終盤大変なことになるのでしょう。
(しかしジェラルド嘉納の言では、利便事屋は長崎だけでも幽烟たちのチームだけではない、いや長崎以外にも居るということのようですが――日本中で個性豊かな潜伏一神教の皆さんが利便事しているのでしょうか)

 何はともあれ今度こそ片を付けると言っても、大事になるのは地道な下準備。ここで雷蔵は見張り役として、貸本屋の店番になるのですが、しかし今までの様子を見ていれば、大丈夫なのか大いに不安になるところではあります。ここで惣二からの適当にやれという言葉を生真面目に受け止めた雷蔵が、思わぬ成果を出すわけですが――利便事本番の方は、鳰が凧で注意を引いて先生が遠距離射撃で商人を仕留め、妾の方は幽烟の金箔でフィニッシュと、前回出番のなかった面々で決めることになります。幽烟のフィニッシュムーブはあったものの、ちょっと大人しめの利便事だったのは、今回は利便事(だけ)が主題ではないということなのでしょう。

 さて、雷蔵が店番しながら手慰みに描いた絵から明らかになった思わぬ特技とは、異常に写実的な絵の上手さ。正直なところ、全く学ばずにいきなりあれだけ描けるというのは唐突感は否めないのですが、何だかもう今まで振り回されてきた惣二の心境にシンクロしてしまったので、素直に喜ぶことにします。
 が、そこでめでたしめでたしのはずが、妙に険しい顔で雷蔵を見つめていたのは幽烟。途中で何やら不穏なことを口走っていたこともあり、雷蔵に新たな生きる道を持って欲しくないような印象すら受けますが――その辺りは、彼が雷蔵を仲間に引き入れた真の理由に関わってくるのでしょうか。やはり幽烟の真意が、この先の物語の鍵を握っているようですが、さてそこまでどうやって引っ張っていくのか? おそらく1/3まで来たはずの物語も、いよいよ大きく動いていくのでしょうか。


『REVENGER』上巻(松竹 Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
公式サイト

記事
『REVENGER』 第一話「Once Upon a Time in Nagasaki」
『REVENGER』 第二話「Gold Opens Any Door」
『REVENGER』 第三話「Fortune is Fickle and Blind」

|

2023.01.27

霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは星夜に涼む』 函館の短い夏を彩る三つの物語

 漫画版の連載もスタートし、勢いに乗っている『神様の用心棒』、原作はこれで早くも第五弾であります。夏の函館を舞台に、町の人々を守るため、その刃を振るう宇佐伎神社を守る用心棒・兎月――本作では、ちょっと苦い味わいの全三話が収録されています。

 箱館戦争で命を落としたはずが、十年後に目覚めることになった旧幕府軍の青年・兎月。函館山の宇佐伎神社に勧請された月読命の分霊・ツクヨミによって甦らされた彼は、以来、神社の用心棒として、その愛刀で怪ノモノと戦ってきました。
 函館山から昇天するはずの箱館戦争で死んだ者の霊のうち、恨みや無念を抱いた者が変化した怪ノモノ――隙を見ては町に降り、人を害しようとする彼らと戦う中で、兎月とツクヨミは、函館の町の人々と出会い、関係を深めていくことに……

 という基本設定で展開する本シリーズでは、大体一巻で一つの季節が描かれてきましたが、今回の舞台となるのは夏。決して長くはない函館の夏に描かれるのは、三つの物語であります。

 他人と普通に言葉を交わすことができないものの、優れた才能を持つ絵師・藍介。彼が、自分の面倒を何くれとなく見てくれてきた弟子で商家の隠居・おえん殺しの疑いで捕らえられたのを救うため、兎月が奔走する「もの言わぬ絵師」
 見世物小屋で人魚に扮する女芸人・お蔦と知り合う一方、幽霊となってお百度を踏む娘・お栄を成仏させるよう顔見知りの豊川稲荷に依頼された兎月が、お栄の死の思わぬ真実を知ることになる「人魚の遺言」
 函館山から大量に現れた怪ノモノの一匹を町に逃してしまった兎月。その後、町では原因不明の神隠しが相次ぎ、自分の顔見知りも姿を消したことから行方を追う兎月が、悍ましい真相に遭遇する「閉ざされた家」

 元々本シリーズは、兎月と怪ノモノの対決という、妖怪退治的要素の強いエピソードだけでなく、ほのぼのとした味わいの一種のミステリや人情もの、あるいはそれとは正反対の真正面からのホラーなど、様々なスタイルのエピソードが描かれてきました。そのバラエティの豊かさが本シリーズの魅力ですが、その点は本作も変わることはありません。

 人情ミステリというべき第一話、幽霊の無念を晴らすという物語という点ではミステリ的趣向ながら、同時に薄幸の女性の姿を描くドラマである第二話、そして正面切ってのホラーである第三話――特に第三話は、怪異が出現する前兆の場面から既に震え上がるほど怖いのですが、そこから怪異の姿、そして後で明かされる因縁の正体まで、かなり強烈で印象に残る内容となっています。
(と、実は第二話も相当怖いオチなのですが……)

 そんな中でも、各話に共通するのは、生きづらさを抱えた人々、普通の暮らしから外れざるを得なかった人々の姿であり、そこには何とも言えぬほろ苦さがあります。
 しかしそんな人々の姿を見つめ、受け止める(あるいは引導を渡す)のが、既にこの世にはないはずの者である兎月である点から、本作ならではのどこか優しい味わいが生まれていると言えるかもしれません。


 なお、本作には上に紹介した他、幕間として、和菓子屋の未亡人・お葉さんを助けてきたちいさな奇縁を描く「ちいさな人」、兎月とツクヨミ、ドルイドの血を引く貿易商・パーシバルの休日を描く「函館山ピクニック」という、二つのショートエピソードが収録されています。
 どちらもシリーズ当初からのレギュラーたちの姿を描くものとして、重めの話の多かった本作の、よいアクセントになっていると感じます。

 そしてレギュラーといえば、皆さんお待ちかねの「あの方」ですが――今回は兎月の回想の中に登場。いつもながらの格好良さ&微笑ましさですが、なるほどこういう出し方もよいなあと納得であります。


『神様の用心棒 うさぎは星夜に涼む』(霜月りつ マイナビ出版ファン文庫) Amazon

関連記事
霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは闇を駆け抜ける』 甦った町を守る甦った男
霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは玄夜に跳ねる』 兎月が挑む想い、支える想い
霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは梅香に酔う』 兎月とツクヨミの函館の冬
霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは桜と夢を見る』 春の訪れとリトルレディの冒険と

|

2023.01.26

東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第6巻 追い詰められた兵四郎 悪党に転向!?

 元八丁堀同心・千羽兵四と警視庁の面々の虚々実々の知恵比べを描く『警視庁草紙』漫画版も好調のうちに第六巻であります。この巻で展開するのは「開化写真鬼図」――明治の御代に繰り広げられる果たし合い騒動が、思わぬ深刻な(?)事態に発展していくことに……

 新橋で女性――唐人お吉に絡んでいた男を一ひねりした元八丁堀同心郎。しかし熊本の桜井直成と名乗った男は、かえって兵四郎に心服し、果たし合いの介添人を頼んできたのであります。横浜の女郎である小浪の存在がきっかけで、果たし合いをすることになったという桜井ですが――もちろん、果たし合いというからには相手がおります。

 その相手は剣豪・上田馬之助の鏡新明智流道場に通う青年・東条英教――そして馬之助を警視庁の剣法師範に招聘しようと道場を訪れていた警視庁の油戸巡査が、東条の純情にほだされて彼の側の介添人に名乗りを挙げたことから、事態は思わぬ方向に転がっていくことになります。
 何しろこの時代、既に果たし合いはご法度――その果たし合いに巡査が一枚噛もうというのだから既に問題ですが――兵四郎もそれはわかっているだけに、果たし合いの場には宗十郎頭巾をかぶってきたのですが、豈はからんや、それが彼の命に関わりかねない事態を引き起こしてしまうとは。

 というのも、油戸をつけてきた加治木警部が頭巾姿の兵四郎を目撃、それが「人も獣も天地の虫」で自分たちを虚仮にした相手だと気付いてしまったことから立ち会いに乱入――その場は逃れた兵四郎ですが、桜井は警察に捕まってしまったのであります。
 ここで兵四郎の素性を知っている桜井が白状してしまえば一巻の終わり。桜井と入れ替わって一緒に逃げてきた東条とともに、まずは隅のご隠居のところに身を寄せた兵四郎は、桜井を何とか奪還せんとするのですが……


 これまで警視庁をさんざん虚仮にして、格好良いところを独り占めしてきた感もある兵四郎。そしてその虚仮にしてきた理由も、基本的に誰か他人のためであったのですが――しかし今回は発端はさておき、兵四郎は自分が助かるために奔走することになるわけで、これは結構格好悪いものがあります(もっともそれが楽しいのですが)。

 それもそのための手段として、桜井と東条の果たし合いの発端となった小浪と、彼女の今の旦那である陸軍少将・種田政明のとんでもない写真を撮ろうというのですから、もはや悪党というほかありません。
 が、この兵四郎の悪党ぶりのエクスキューズ(?)のために、原作に登場しない五林亭の席亭・青木弥太郎と圓朝を持ってくるのはなかなかユニークな展開ではあります。そしてこの弥太郎が、原作では隅のご隠居が担当した、唐人お吉の真実と現在の小浪の居場所を語る役目を担当するのも、納得できるところではあります。

 しかし残念なのは、原作ではここでご隠居が東条青年を相手に、独自の歴史観、維新観を語るくだりが、ばっさりとカットされていることでしょう。この辺りはご隠居というより完全に山風先生の語りであっただけに――そして語る相手が相手であっただけに、是非とも残しておいて欲しかったところであります。


 さて、なにはともあれ、この章のキーワードである「写真」が登場し、いよいよ兵四郎たちの悪党ぶりも本格的になっていくのですが――さてこの結末がどう描かれるのか。原作ではかなり無茶な話であっただけに、アレンジが欲しいところですが……


 それにしても、藤田が桜井を尋問するとき、頭巾姿の兵四郎を指して「あの鞍馬天狗は誰だ?」という台詞はアリなのかどうか。あの世界に鞍馬天狗がいれば、元新選組が知っていて当然ではありますが(いやそうか?)
 もっとも、原作にはさらに問題な「御免下され、池波正太郎どの」という迷台詞があったわけですが……


『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第6巻(東直輝&山田風太郎 講談社モーニングコミックス) Amazon

関連記事
東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第1巻 漫画として生まれ変わった山風明治もの第1作
東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第2巻 敵たる「警視庁」こそを描く物語
東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第3巻 前代未聞の牢破り作戦、その手段は!?
東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第4巻 天地逆転の悲劇にも屈しない者
東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第5巻 原作のその先の、美しい結末へ

|

2023.01.25

高橋留美子『MAO』第15巻 幽羅子の真実、あの男の存在?

 平安時代からの呪いを巡り、大正時代に集った者たちがいつ果てるともしれぬ戦いを繰り広げる『MAO』、その第15巻では、ついに物語の核心に触れる秘密の数々が描かれます。はたして運命のあの日、一体何が起こったのか。鍵を握るのは、この巻の表紙を飾る人物――?

 呪禁道・御降家の後継者争いに端を発し、不老不死と化した者たちが繰り広げる戦いと、その御降家の負の遺産である呪具を巡る戦い。前巻から引き続き、この巻の冒頭で描かれるのは、その後者――強大な火の呪力を持つ面を巡る戦いであります。
 偶然手に入れたこの面を悪用し、一つの村を支配する男と対峙する摩緒ですが、面の呪力は摩緒すら上回るほど。しかしそこに現れた新御降家の一員・流石は、あっさりと面を圧倒するほどの水の呪力を見せます。

 ここで面白く、かつ恐ろしいのはこの流石、生まれてこの方、流浪の生活を送ってきたために、ただ安定が欲しいという一念で動いていることでしょう。これまで新御降家に加わったのは、復讐や力への渇望といった、負の情念で動いている者たちばかりでしたが、しかし流石にはそんな陰はまったくないのであります。
 ないけれども、金のためであればあっさり人を殺しても何とも思わない――そんなタガの外れようは、やはり新御降家に相応しいのかもしれません。


 この流石との面争奪戦も終わり、続いて描かれるのは、新御降家の側で暗躍していた謎の女性・幽羅子の物語。彼女もまた平安時代から生きる者であり、かつては呪詛に憑かれて無惨な顔となっていたものが、今は摩緒の婚約者であった紗那と同じ顔を持つ存在ですが――その正体が、ついに彼女と、そして意外にも土の術者・夏野から語られます。

 ある日突然、これまで抑えられていた幽羅子の呪力の増大を察知し、その場に急いだ摩緒と菜花。そこで夏野と合流した摩緒は、呪力を暴走させ、「素顔」を晒した幽羅子が、手にしたあるものの力で呪力を抑え、紗那の顔を取り戻すのを目撃することとなります。
 幽羅子が手にしたものとは、そして幽羅子と紗那の関係とは。そして摩緒を長きに渡る放浪に追い立てることとなった、紗那殺しの真相とは――ここで語られる真実の一部は、あるものは予想できたかもしれませんが、しかしその一方で全く予想だにできなかったものでもあります。

 そしてここで摩緒が知るのは意外な人物との関わり――彼にとっては御降家との関わりを抜きにしても兄のような存在であり、紗那の恋人でもあり、そして後継者争いの中で何者かに殺された土の術者・大五が、想像だにしない形で、これまでの因縁に関わっていたという事実であります。
 摩緒と紗那、双方にとって大きなウェイトを占める人物でありながらも、既に故人であり、それだけに本作における重要人物から――ある意味「容疑者」から――外れていた大五。この巻を手にした時、彼が表紙に登場するのを意外に思いましたが、ここまで大きな意味があったとは!

 しかしあくまでも彼は故人――と油断はできません。本作には以前から、猫鬼によって再生され、土の中から甦った男がいるのですから。そしてこの巻の終盤では、この謎の男と猫鬼が起こした騒ぎを追って、摩緒たちが急ぐことになります。そしてそこには幽羅子の操る邪鬼、そして白眉までもが参戦し……

 いやはや、一つの真実が明らかになれば、一つの謎が浮かび上がる――そんな本作の一筋縄ではいかない魅力は、ここでも健在であります。


 なお、この巻では、木の術者・華紋と、かつて彼が生み出した「種」を巡る短編エピソードが収録されています。登場当初は倫理観の薄い優男として危険人物扱いだった華紋ですが、その後の様々な展開を経て、その印象は大きく変わってきました。
 今回のエピソードも、彼の中にある独自の使命感、そして一種の優しさが描かれており、内容的には物語の本筋とはほとんど絡まないものの、そのキャラクター性を大きく深めたものとして、印象に残るものとなっています。


『MAO』第15巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

関連記事
高橋留美子『MAO』第1-2巻 少女が追う現代と大正と結ぶ怪異
高橋留美子『MAO』第3巻 解けゆく菜花の謎と、深まる摩緒の謎
高橋留美子『MAO』第4巻 現代-大正-平安 1000年を結ぶ謎と呪い
高橋留美子『MAO』第5巻 謎が謎呼ぶ三人目と四人目の兄弟子?
高橋留美子『MAO』第6巻 深まりゆくなぞ そして五人目……?
高橋留美子『MAO』第7巻 最後の弟子 そして運命を狂わされた者たちの戦い
高橋留美子『MAO』第8巻 激突する獣たち 菜花大奮闘!
高橋留美子『MAO』第9巻 夏野の過去、幽羅子の過去、菜花のいま
高橋留美子『MAO』第10巻 幽羅子の罠、白眉の目的
高橋留美子『MAO』第11巻 菜花の新たなる力? なおも続く白眉一派との戦い
高橋留美子『MAO』第12巻 菜花のパワーアップ、そして右腕のゆくえ
高橋留美子『MAO』第13巻 彼女の死の謎 彼女の復讐の理由
高橋留美子『MAO』第14巻 摩緒と菜花と三つの事件

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.24

手塚治虫『火の鳥 黎明編』 長大な物語の始まりにして一つの帰結

 今頃で本当に恐縮ですが、そういえば取り上げていなかった――と気づいた『火の鳥』。この大名作を避けて通るとはとんでもない! というわけで、これから少しずつ取り上げていきたいと思います。まずは最初のエピソードであり、3世紀を舞台とした『黎明編』から……

 クマソの村で、重い病に苦しむ姉・ヒナクを持つ少年・ナギ。ヒナクの夫は火の鳥の生き血を求めながらも炎に包まれて命を落とし、彼女は村に流れ着いた医師・グズリによって救われます。それが縁でやがて結ばれたグズリとヒナクですが――実はスパイであったグズリの手引でヤマタイ国の軍勢が襲来し、クマソはナギ一人を残して皆殺しにされるのでした。

 ヤマタイ国の防人の隊長である猿田彦に拾われ、奴隷として連れ帰られるナギ。ナギに火の鳥を狙わせるため弓を仕込む猿田彦と、その猿田彦の命を狙うナギ――二人の間には、いつしか奇妙に親子じみた情愛が生まれることになります。
 しかしナギは女王ヒミコの命を狙って失敗、彼を庇った猿田彦は罰で蜂が一杯の牢に閉じ込められ、瀕死の状態となります。折りよく発生した日食の隙に脱出し、クマソに向かった二人ですが、ヒミコの命で二人を、いや火の鳥を狙う軍勢が押し寄せます。しかしその時、火の鳥の棲む山が大噴火を起こし……


 古代から遠未来まで、遥かな時の流れを舞台に、不老不死を求める人間たちの姿を描いた『火の鳥』。その最初のエピソードが、この『黎明編』であります(『漫画少年』版は? とか『少女クラブ』の三編は? とか言わない)。

 この島にクニが生まれ始めた三世紀を舞台とした本作は、ヤマタイやヒミコといった歴史書に登場する存在だけでなく、イザナギ(ナギの本名はイザ・ナギ)や猿田彦、スサノオといった神話からのネーミングのキャラクターも配置して自由奔放に展開することになります。(実際にヒミコと結びつけて主張されることもある天岩戸神話を思わせる日食のエピソードも登場します)
 物語後半では、江上波夫の騎馬民族征服王朝説を取り入れたと思しき騎馬民族(その王の名はニニギ!)も登場し、国々の興亡とそこに関わる人々の生き死にが描かれていくことになるのです。

 そしてそれを見つめるのが、不老不死の存在たる火の鳥なのですが――火の鳥が見つめる登場人物たちは容赦なく過酷な運命を味わい、赤子であっても次々と命を落としていくことになります。それはまさに決して滅びない、滅んでも復活する火の鳥とは対象的であり、不老不死ではない人間の命の儚さを描く物語の姿勢は、冒頭から一貫しているといえるでしょう。


 しかし物語が描くのは、命の儚さだけではありません。儚いからこそ得られる意味も幸福もある。たとえ儚くても、この広い世界に広がり、命を繋いでいくことができる――そんな命の意味を同時に描く本作は、冒頭にして既に一つの結論を描いていた印象すら受けます。
 特にラストで後者を体現するものとして描かれるキャラクターの姿は、クニという人々を縛る存在を中心に描かれる本作において、大いに象徴的に感じられます。(もっともヤマト編では……)

 その一方で火の鳥から前者を語りかけられながらも理解できなかった者はやがて悲劇的な運命を辿る辺り、やはり無情とも無常ともいうほかありませんが――いずれにせよ、『火の鳥』という長大な物語の始まりにして一つの帰結である本作の凄み、重みを感じた次第です。


 しかし大上段に振りかぶっておいてからキャラ萌え的な視点もいかがなものかと思いますが、本作の天弓彦は、作中の全ての言動が、ニヒル系キャラとして完璧なのではないでしょうか。


『火の鳥 黎明編』(手塚治虫 講談社手塚治虫漫画全集 全2巻ほか) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.23

細川忠孝『ツワモノガタリ』第5巻 激突 一刀流vs我流、現実の剣vs漫画の剣!?

 新選組の強者たちが、様々な流派の達人たちと死闘を繰り広げる『ツワモノガタリ』、その第五巻で描かれるのは四の段――一刀流 斎藤一 対 我流 河上彦斎。「我流」という、現実にはおよそ達人を生み出すはずがないところから恐るべき力を見せる彦斎の剣に、斎藤は如何に挑むのか?

 酒席の座興で、これまで戦った中で最も強い敵は誰かを新選組の面々が語り合うという趣向の本作。その四番目に登場したのは斎藤一であります。
 その経歴には謎が多いものの、その強さについては衆目が一致する斎藤――本作における斎藤は極度の怖がりですが、それを逆に活かした彼は、日頃から全ての危険を想像して暮らすことにより、ついに一刀流の秘奥である先の先の先の境地に至ったのであります。

 そんなある日、突然斎藤の前に現れ、刃を向けてきた彦斎。彦斎が自分を襲う理由(これがまたなかなかユニークなのですが)を知った斎藤が後退を選ぶはずもありませんが――しかし彼は、すぐに彦斎の剣の異様さを嫌というほど知ることになります。
 これまでおよそ剣というものを正式に学んだことのない、まさに我流の彦斎。しかし型の土台がない、「形無し」であるはずの彦斎は、その異常なまでの天稟を発揮し、斎藤を追い詰めるのです。


 これまで、様々な達人と達人同士の対決を通じて、同時に様々な流派と流派の対決を描いてきた本作。死合において勝敗を分けるのは、流派そのものの強弱ではなく、それを操る本人の強弱であることは言うまでもありませんが――しかしそこにおいて、それぞれの流派の特徴と技が大きな意味を持つことを、本作はこれまで描いてきました。

 しかしここで彦斎が振るう剣は、いかなる流派でもない、いかなる流派にもない剣――ある意味本作においては最も描きにくい、そしてそれだけに強弱の予想が全くつかない剣であると言ってもよいでしょう。
 その剣を本作が如何に描くのか――それは型がないからこそ出せる(=描ける)、ある意味実に「漫画的」な奇剣の数々であります。それに対して斎藤が振るうのは、あくまでも「現実的」な剣――その両者の対決は、これまで本作で描かれてきたもの以上に、異種の戦い、いや異次元の戦いなのかもしれません。

 そんなある意味極限の戦いをどのように描いたかが、この巻の見どころであることは言うまでもありませんが、しかし先に述べた通り、勝敗を分けるのは剣を振るう者の強さであります。そしてここで描かれる強さとは、そして勝敗の理由は――これまでに描かれたドラマが見事に活かされたその理由は、三の段同様、それを目の当たりにした我々にとって納得できるものであると同時に、大いに胸を熱くさせてくれるものなのです。

 そしてまた、本作においては、死合の決着と史実との整合性が見どころの一つなのですが、この段の結びもまたお見事、と言うほかありません。


 さて、残る強者たちもわずかとなってきたところで、ついに登場するのは真打・土方歳三。その彼が強く危険視し、絶対に俺が斬ると言い切る相手とは――話題性という点ではこれ以上のものはない、これまた異次元の対決が、いよいよ次巻から始まります。


『ツワモノガタリ』第5巻(細川忠孝&山村竜也 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon


関連記事
細川忠孝『ツワモノガタリ』第1巻 格闘技漫画の手法で描く幕末最強決定戦開始!
細川忠孝『ツワモノガタリ』第2巻
細川忠孝『ツワモノガタリ』第3巻 三番手・原田左之助、種田宝蔵院流の真実!
細川忠孝『ツワモノガタリ』第4巻 迷いながらも己の道を行く者へのエール

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.22

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第12巻 家督問題決着!? そして感じる主人公の成長と時間の経過

 この数巻にわたり新九郎を悩ましてきた、今川家の家督争い。この巻ではその争いが一つの結末を迎えることになりますが、それは新たな争いの始まりにすぎません。そして新九郎の苦労の一方で、関東も京もいよいよ複雑怪奇な状況に……

 今川義忠が暴走の末に横死したことにより始まった今川家の家督争い。新九郎も姉の伊都と甥の龍王丸のために駿河に足を運び、太田道灌に貫目の違いを見せつけられたり、対立する今川新五郎派から襲撃を受けたりと色々あったわけですが――ここで新九郎たちが思いついたのは、義忠の譲状の偽造という思い切った手段であります。
 義忠の花押を新九郎が偽造し、義忠が生前に龍王丸に家督を譲ることとしていた、という譲状の存在を伊都が思い出した、という体で幕府に裁定を求めたのですが、そこに義政が首を突っ込んできて……

 と、この人がやる気をみせると絶対ロクなことにならない義政の登場で、はたしてどうなることかとハラハラさせられた今川家の家督の(というか偽造文書の)行方ですが、大丈夫という伊都の想いが通じたかのように、駿河の所領は安堵されることになります。
 そこにも実は――という裏の理由が幾重にも用意されているのが実に楽しい(特にかなり後で判明するものなど)のですが、しかし全てがそれほどうまくいくはずもありません。

 裁定の内容は、所領は安堵するけれども、龍王丸の守護職補任は保留という、何とも面倒なもの。かくて新九郎は、地元の状況を探り、今後の布石を打つために、名代として再び駿河に向かうのですが――ここで我々が見るのは、以前に比べても大きく成長した新九郎の姿です(まず、名代に名乗りを上げた時の顔つきからして実にいい)。
 義忠の死から既に三年、新五郎が実質的に収める駿河では、様々な勢力分布(ストレートに言えば所領の行方)も変わっているはず。これを受け止めつつ、将来龍王丸が駿河の主に返り咲くために何が必要か――それを考えて、焦らず着実に手を打っていく新九郎の姿は、頼もしいの一言であります。

 ここで巧みなのは、新九郎の――おそらくは将来に繋がっていく――姿が示されるのが、決して突然何かに目覚めたわけでも、ましてや生まれつきにチート的な才能があったわけでもないことが、こちらに伝わってくることでしょう。それは新九郎の今のこの姿が、これまでの彼の経験一つ一つが――すなわち、我々がこれまで読んできた物語のエピソードの一つ一つが――彼の血となり肉となっているということであり、そしてそれがごく自然に納得できるという物語の構成には、改めて感心させられます。

 そして彼の成長といえば、彼が伊勢家においては当主として下のものを従える立場であり、幕府においては後進を指導する立場になったことが、その後も様々なエピソードによって描かれるのも、何とも感慨深く感じられます。いや、一番感慨深いのは、物語開始当時にほんの幼子だったキャラクターの元服という、時間の経過ですが……(このくだりは新九郎と心境が大いにシンクロさせられました)


 しかし、そのように成長した新九郎にとっても、なおも不可解なのは関東の情勢。関東管領に古河公方、そして堀越公方、さらには不屈の長尾景春も加わって混沌とした情勢の中、太田道灌が東奔西走し――と、物語展開を俯瞰した立場で見ているこちらでもややこしいのですから、そうでない新九郎が混乱するのも無理はない話であります。
 しかしそんな中でも、以前から人よりも遥かに才能のある人間にありがちな道灌の上からの物言いが、周囲に反感を招きつつあることが描かれているのが、この後の歴史を知っていると納得なのですが……

 それはさておくとして、今のところ駿河を除けば新九郎にとっては関東はあくまでも他人の庭。むしろ今の彼にとって深刻な問題は、そろそろ真剣に首が回らなくなってきた家中の財政問題なのですが――えっ、なんか言ってることが前と違う!? と言いたくなるようなあるキャラクターの身も蓋もない発言で、次巻に続きます。


『新九郎、奔る!』第12巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックススペシャル) Amazon

関連記事
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第1巻 ややこしい時代と世界を描く「漫画」の力
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第2-3巻 応仁の乱の最中のホームドラマが生み出す「共感」
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第4巻 地方から見る応仁の乱の空間的、時間的広がり
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第5巻 「領主」新九郎、世の理不尽の前に立つ
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第6巻 続く厄介事と地方武士の「リアル」
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第7巻 室町のパンデミックと状況を変えようとする意思
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第8巻 去りゆく人々、そして舞台は東へ
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第9巻 新九郎戦国に立つ!?
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第10巻 舞台は駿河から京へ そして乱の終わり
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第11巻 想い出の女性と家督の魔性

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.21

『REVENGER』 第三話「Fortune is Fickle and Blind」

 街中で商人が阿片密売の疑いで奉行所の与力・坂田に捕らえられる姿を見た雷蔵。一方、遊郭に幽烟を呼び出した同じ与力の漁澤は、その商人から恨噛み小判を託されたと告げる。坂田が自作自演で阿片の摘発を行っていたことを知り、坂田の始末に向かう惣二と雷蔵だが……

 今回冒頭に描かれるのは、鳰に案内されて長崎の街を見物する雷蔵。台詞は一切抜きながら、二人のやり取り、あるいは心中が想像できる見せ方はなかなかに巧みで、舞台背景となる長崎の風景を見せる趣向としても、そしてここで今回のリベンジのきっかけとなる、仏像の中に阿片を仕込んだ廉で奉行所与力・坂田に商人が捕らえられる場面まで見せてしまうのもよく出来ていたと思います。
 しかし江戸時代も後期でたぶん色々と緩くなっていたとはいえ、雷蔵のようなかなり後ろ暗い浪人が居着いて問題にならないのかしら……と思ってみていたら、きっちり問題で――というわけで、今回初登場となる、公式サイトで紹介されている(サブ)レギュラーキャラ最後の一人、漁澤の口からその辺りが触れられることになります。

 この漁澤、坂田と同じく奉行所の与力ながら、いつも遊郭で遊女をはべらして遊び呆けていることからついた渾名が「かいまき与力」。かいまき=掻巻といえば江戸時代の寝具と夜着の中間の、元祖着る毛布のようなモノですが、掻巻のように寝る時にはいつも遊女をまとわりつかせているからでしょうか? 何はともあれ、蓬髪にド派手な衣装と、どう見ても奉行所の人間には見えませんが(正装した時が全く想像できない)、声は子安武人という時点で、曲者ということが想像できます。
 そんな漁澤が幽烟を前に語るのは、やはり色々な意味でいやらしい内容。雷蔵のことは知っているぞと軽く揺さぶりをかけつつ、坂田が邪魔であることを仄めかし、そして冒頭の商人から受け取ったという恨噛み小判――本作におけるリベンジ依頼の証――を託されたものの、俺が持っていても困るけどお前なら何とかできるでしょ、とばかりに幽烟に実質依頼を中継ぎするというくだりは実に面白い。今回の依頼に繋げるのはもちろんのこと、それも含めて、短時間で本作における漁澤の立ち位置を描くのに感心いたします。

 さて、一応裏は利便事屋の方で取るわけですが、冒頭で意味有りげに描かれた山肌の集落――街では生きられないものたちが集まっている場で、あっさりと坂田の悪事の証人を発見。生き証人の口封じもしないという、冷静に考えてみなくとも、びっくりするくらい雑な悪事ですが――まあ、法の下にある表の世界の住人相手には、あれでも大丈夫だったのでしょう。もちろん、利便事屋たち、裏の世界の住人には意味がありませんが……
 というわけで今回のリベンジですが、参加するのは雷蔵と惣二の二人。今回、惣二の部屋に雷蔵も暮らすことになり、雷蔵を毛嫌いする惣二は、どちらがターゲットを多く殺せるか勝負を持ちかける(自分が多かったら雷蔵を追い出す)のですが――今回は潜入任務ということで基本的に絵面は地味なので今一つ盛り上がらない。ただでさえ地味な惣二だけでなく、雷蔵も東忍流かアサシン教団ばりのテクニックでステルスキルを稼いだりすることもあって、カタルシスやインパクトは、これまでに比べるとかなり抑えめな印象は否めません(まあ、これまでが派手過ぎるというのはさておき)

 そもそもこの惣二、利便事屋の他の面子が見るからに常人でなさそうなのに比べると、殺し技もさることながらキャラ的にも一番薄いというか――何だか終盤真っ先に敵に捕まって拷問されて命を落としそうと、非常に失礼な心配をしていたところであります。そして雷蔵の方も、現時点はある意味既に彼自身のドラマは終わってしまった存在(幽烟と鳰の会話を見れば、そうではないことはもちろん察せられますが)。その二人が組んでもなあ――という印象はあります。

 しかし今回改めて考えてみると、肉体的にも精神的にも明らかに異形に近い――そしてそれだけに、逆にかなり類型的に感じられる――鳰が、一度道を踏み外した者はもう二度と戻れないというようなことを言っても、はあそうですかとしかと答えようがないのですが、むしろ惣二のような常人に近いキャラクターの方が、こちらの心にグッサリと刺さることを語ることができるのではないかとも感じます。
 もちろんそれはこちらの勝手な想像ではありますが、今回も仲間たちが疑問を呈する形で触れられた、幽烟が雷蔵を仲間に引き入れた理由――その隠された答えがこの先描かれるのであれば、その中で惣二の存在感も強くなることを期待します。


 そして今回のアバンで描かれた長崎の中で、色々な意味で強烈な異世界感を感じさせていた出島――明らかにイギリスとアメリカ的な旗が掲げられていたのが気になりますが、さてこの先こちらもどのように物語に絡むのでしょうか。


『REVENGER』上巻(松竹 Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
公式サイト

記事
『REVENGER』 第一話「Once Upon a Time in Nagasaki」
『REVENGER』 第二話「Gold Opens Any Door」

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.20

ポーのオーギュスト・デュパンものの設定年を考えてみた話

 昔からフィクションの作品(の出来事)を年表に並べるのが趣味の一つになっていて、サイトまで作っています。この作中年代、明示されているのはいいものの、そうでないものは作中の描写から何とか捻り出すのですが――今日はポーのオーギュスト・デュパンもの三作の設定年について。

 『モルグ街の殺人』と『マリー・ロジェの謎』『盗まれた手紙』の三作に登場する世界初の名探偵オーギュスト・デュパン。このデュパン、作中では『モルグ街の殺人』の冒頭に「一八――年」とあるように、えらいアバウトにしか年代設定は描かれていません。
 デュパンくらいメジャーであれば、とっくの昔に定説はありそうですが(もしあれば喜んで援用させていただくのですが)、「作中の描写は、いずれもそのまま受け取るものとする」「作中で描かれる事物・事件は、史実のそれに対応したものであるとする」というルールの下、無い知恵を捻ってみました。


 さて、冒頭に触れたように『モルグ街の殺人』には年代が明示されていないのですが、それに続く『マリー・ロジェの謎』には、この事件はモルグ街の二年後ということが示されています。もっとも、こちらの作品にも明確な年代は書いていないのですが――マリー・ロジェが失踪したのは6月22日日曜日と明示されています。

 しめた! とばかりに6月22日が日曜日である年を調べてみると、成り立ちそうなのは1806, 1817, 1823, 1828, 1834, 1845……と結構な数なのですが、ここで作品の冒頭に、本作の内容は偶然アメリカで1841年に実際に起きたメアリー・ロジャース殺しとほとんど同じ内容ながら、それを先取りした内容になっている、という記述があります。
 これはまあフェイクで、もちろん実際の事件をモデルに書いたのですが、作中の描写をそのまま受け取るのでそれは無視。だとすれば1845年以降は対象外となります。

 さて、ここで登場人物を見ると、デュパンと語り手以外に三作に共通して登場する、G警視総監という人物がおります。この人物が実在と仮定すると、この時期に姓の頭文字が(名の方を略したりはしないと思うので)Gになるのは、1831年10月から1836年9月まで在任したHenri Gisquetのみ(ちなみにボードレールもこの人物がG警視総監ではと指摘しているとか)。
 ということは『マリー・ロジェの謎』は1834年、そして『モルグ街の殺人』は1832年ということになります。


 さて残る『盗まれた手紙』ですが、前二作よりも後の事件と語られること、そしてG警視総監が登場することから、1834年から1836年9月の間であることになります。これ以上の手掛かりは――手紙を盗んだ犯人が、D大臣と語られることでしょう。

 ここでまたこの人物が実在するとして、この時期に大臣を努めた頭文字Dの人物は以下の四名おります。
Antoine d'Argout(1836 年1 月18日-1836 年9 月6日)
Tanneguy Duchâtel(1834年4月4日- 11月10日、1834年11月18日- 1836年2月22日)
Charles Dupin(1834年11月11日-18日)
Guy-Victor Duperré(1834年11月18日-1836 年 9 月 6 日)

 ところでこのD大臣、物語終盤に、盗んだ手紙で一年半も影響力を行使していたという描写があります。そこで在任期間が(複数の内閣をまたいだとしても)一年半以上続いた人物は、DuchâtelとDuperré。どちらの場合でも、手紙が盗まれた時期は1834年になります(残念ながらデュパンが事件を解決した時期は、1835年と1836年、どちらもあり得るのですが……)

 実はこの案には一つ穴があって、作中ではD大臣は数学者として知られているという描写があるのですが、どちらもどうもこれに当てはまりません(特にDuperréはガチガチの軍人なので)。当てはまるのは幾何学の教授でもあったCharles Dupinですが、この人物は在任期間がたった一週間程度なのが残念です。(仮にこの人物であれば、デュパンvsデュパンとなったのですが……)


 何はともあれ、ここでの結論としては『モルグ街の殺人』は1832年、『マリー・ロジェの謎』が1834年、『盗まれた手紙』の発生が1834年なのですが――いずれにせよ、仮定で固めたド素人の都合の良い考えなので、より明白な答えがあれば、喜んで兜を脱ぎたいと思います。

 それにしても19世紀前半といえば日本では天保年間。デュパンが遠山の金さんや国定忠治、鼠小僧と同時代人だと思うと、洋の東西の遠さを思わないでもありません。

|

2023.01.19

峰守ひろかず『今昔ばけもの奇譚 五代目晴明と五代目頼光、百鬼夜行に挑むこと』 天狗との対峙 そして妖怪という希望

 源頼光から五代目の源頼政と、安倍晴明から五代目の安倍泰親――共に五代目の看板に苦労する二人がバディとなって怪異に挑む物語、待望の続編であります。今日も宇治の警護を続ける頼政のもとに舞い込んだ新たな事件。再び結成されたバディ(いやトリオ?)が、都を騒がす天狗の怪に挑みます。

 時の関白・藤原忠通の命で、宇治の警護を担当することになった若武者・源頼政。左遷同様の命にはじめは腐っていた彼は、やがて宇治で次々に起こる妖怪や怪異のしわざとしか思えぬ事件を、頼政は平等院に籠もっていた少年陰陽師・安倍泰親や、うさんくさい白拍子の玉藻とともに次々と解決していくことになります。
 しかしある理由で上皇に目を付けられた玉藻を救うために一芝居打ち、さらに平等院に収められた鬼の首を巡る真実を知り――と、世の中の様々な姿を垣間見ることとなった頼政。そして玉藻は何処かへ姿を消し、泰親は都に帰り、頼政は一人宇治に残ることに……

 という前作の結末から約半年。今日も宇治を守る頼政は、身分有りげな少年・高平太の訪いを受けることになります。物の怪に憑かれ、その治療にやってきたという高平太ですが、その供についてきたのはなんと泰親で――というわけで、名コンビ復活から物語は再び始まることになります。
 もちろん、この二人がいれば玉藻も――と言うわけで、前作の切なく寂しい別れもなんのその、再び結成されたトリオ(読者としては大歓迎)が、高平太の物の怪治療に挑むことになります。

 が、事態は思わぬ方向に展開していくことになります。高平太の物の怪が、一種の心の病と分析した泰親は、相手を安心させるため、平等院で調伏の儀式を行うのですが――とんでもない出来事が起きたのです。
 なんと儀式の最中に現れ、宝蔵から『雲隠六帖』を奪っていった天狗を名乗る怪人。雲隠六帖――あの源氏物語で光源氏の死を描いたという幻の巻、読んだ者を皆出家させてしまう力を持つという書物が宝蔵に秘蔵されていたというのであります。天狗を追跡する頼政と泰親ですが、やがて事態はさらに混迷を深めることに……


 武士と陰陽師、お人好しと現実主義という、対照的な二人がバディを組むのが実に楽しかった前作。本作も(二人の友情は一層深まったものの)その面白さに変わりはありません。
 そして同時に、いわゆる陰陽師ものではありつつも、怪異というものは基本的に存在しないというスタンスにも変わりはありません。

妖怪や怪異というのは、何者かの企み等、様々な事情で生まれた一種の錯覚あるいは幻――そんな立場から描かれる物語には、いささかトリビアルな部分が多いのも気になるものの、本シリーズならではの楽しさがあります。
 しかし本作を通じての「敵」となる天狗は、二人の眼前で、鳥の面を被った男から、本物の鳥人に姿を変えてみせた怪人。はたして天狗とは本物の魔物なのか。そして雲隠六帖の真実とは――思いもよらぬ展開が待ち受けているのであります。

 本作は、そんな天狗との対決を中心とした全五話の物語。今回は宇治から離れ、熊野から播磨まで舞台は広がっていくのですが、いずれも独自の妖怪・伝説解釈に唸らされます。
 特に安珍・清姫伝説を題材とした第二話など、この題材でそちらに広がっていくのか! と仰天させられること請け合いの一大伝奇。結末に仄めかされるモノの存在も嬉しく、個人的には一番好きなエピソードです。


 さて、そんな楽しさの一方で、本作は各話を――天狗との対峙を通じて、ある種の現実への危機感を描くことになります。それが何であるかはここでは詳しくは触れませんが、特にクライマックスで明かされる、天狗の正体の恐ろしさは、「今」という時代の空気を如実に映したものと言ってよいでしょう。

 しかし、本作はその恐ろしさと同時に、一つの希望を――平和と安寧への希望を、思わぬ形で描き出します。それも本作の中心となる、怪異と妖怪といった存在を以て。
 得体の知れない怪異に、名前と姿を与えた妖怪。その存在が希望を呼ぶというのは奇妙に感じられるかもしれません。しかし本作で描かれるその理由は、妖怪という不合理なものを扱いながらも逆説的に人間の理性を示すものであり――そしてそれはさらに本作の天狗と対照的な存在であることを、結末において明らかにするのです。

(そして本作の主人公二人が――怪異と妖怪たちを討ち祓ってきたはずの二人が――そんな希望の象徴として描かれることに、どこかホッとさせられます)


 できればこの先もこのシリーズが、このシリーズならではの怪異と妖怪が描かれていってほしい――心よりそう思います。


『今昔ばけもの奇譚 五代目晴明と五代目頼光、百鬼夜行に挑むこと』(峰守ひろかず ポプラ文庫ピュアフル) Amazon

関連記事
峰守ひろかず『今昔ばけもの奇譚 五代目晴明と五代目頼光、宇治にて怪事変事に挑むこと』 怪異との対峙の末に彼らが見出すもの

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.18

「コミック乱ツインズ」2023年2月号(その二)

 今年初の「コミック乱ツインズ」である2月号の紹介の後編であります。この号は映画『仕掛人・藤枝梅安』公開目前総力特集号ということは昨日ご紹介しましたが、センターカラーは武村勇治による「かんそう噺」とキャストメッセージが掲載されています。

 「かんそう噺」は分量的には二ページですが、武村勇治によるキャスト陣の絵という、結構なレアなものがある意味見どころ。個人的にあえて映画の情報を入れていなかったので、この役がこのキャストで!? というのを知ることができたのが有り難いところです。映画が楽しみになってきました。

『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎)
 そしてスピンオフ漫画の本作は、映画には登場しない小杉さん――というより小杉さんと師匠の牛堀九万之助、そのまた師匠の浅井為斎回。剣の腕が元で不遇の人生を歩むことになった小杉さんですが、三人で食べた「鴨とねぎのくず煮」、そして師に勧められた「菜の花のからし漬け」に励まされ……
 と、料理は美味しそうだし短いながら良い話なのですが、本編の終盤を思うと複雑な気分になるのは、これは野暮というものでしょう。


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 たぶん父の仇にして最強最後の敵である二胴の兇剣士・川越と真剣勝負の時を迎えた佐内。対二胴の秘剣も及ばぬ相手に佐内は――と、今回は冒頭からほとんど最終回のような盛り上がりであります。そして描かれる佐内と川越の決着は、十数ページにわたり、擬音は二人の足が地に着く音と、血が滴りそして噴き出す音、さらにどちらかが倒れる音のみ。後はセリフも音もなく、絵としての描写だけで死闘を描くという、極まりまくった内容に、読んでいるこちらもただ息を呑むばかりであります。佐内の悽愴な表情も印象的で、素晴らしいものを見せていただきました。

 しかし佐内が川越を斬ってめでたしめでたしとなるはずもなく、「生きてここからは帰れぬぞ!!」と大道寺家老がいかにも悪人っぽいことを言い出したところで、頼りになる相良が控えおろう! と水野忠邦の花押入りの上意書を持ち出したことで事態は収束するのことになります。
 かくて水野家の御家騒動も終息し、佐内は三百両を手に入れ、満枝さんとの新生活も間近――というか相良、この後めちゃくちゃ出世するのでは――と良いことずくめのようで、まだ最終回にならないのがきな臭い。はたして佐内のところに(八百善の弁当を持って)やって来た吉兵衛が語るのは――これで次回は二ヶ月後というのは殺生すぎます。


『カムヤライド』(久正人)
 カムヤライド、オトタチバナ・メタル、神薙剣の三大ヒーロー(?)vs五柱の天津神の激闘は続き、フォームチェンジを続ける神薙剣がアマツ・ミラールを追い込む一方で、カムヤライドはバトルフィールドを自在に変えて襲いかかるアマツ・ダンサントに苦戦し――というところで現れたのは大王の密偵・タケゥチ!?
 というところで前回から続いた本作ですが、これまで随所でその体術の尋常でないところを見せてきたタケゥチの柔術めいた技は、なんとダンサントの腕(の一本)を極めて投げた!! 作者の『ジャバウォッキー1914』屈指の名シーン、チンタオサウルスに一本背負いを決める嘉納治五郎を思い出させる異次元の格好良さであります。

 そして口撃でもやたら巧みなタケゥチがダンサントの戦力を封じて優位に立つ一方で、カムヤライドに襲いかかるのはアマツ・ノリット。ヤマトで死闘を繰り広げた一方で、しかしそれ以降、互いにそれと知らぬ間に因縁を深めてきた二人ですが――モンコの存在がノリットの魂に火を点けた(そこにこれまでの口癖の理由付けに絡めるのが巧い!)のは皮肉としかいいようがありません。これはどう考えても戦いの最中、あるいは終わった時に相手の正体を知ってしまうパターンですが……

 そして残る二柱の天津神を相手に一歩も引かないのはもちろんオトタチバナ・メタル。位置や速度といい、ほとんど異次元から攻撃してくるようなアマツ・シュリクメの鞭攻撃をスーパーアーマー状態で凌ぎ、トドメの必殺技を――というところで衝撃的なシーンが描かれて次回に続きます。
 はたしてこれは一体どうなるのか――しばらく登場していないあの人の仕業のような気もしますが、さて。


 次号は巻頭カラーで最終回の『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』を掲載。また、特別読切で鈴木あつむ『口八丁堀』が再登場のようです。


「コミック乱ツインズ」2023年2月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2023年1月号

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.17

「コミック乱ツインズ」2023年2月号(その一)

 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、珍しく実写の人物が表紙――と思えば、今号は映画『仕掛人・藤枝梅安』公開目前総力特集号。豊川悦司の梅安と、『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』の梅安が表紙を飾ります。また、巻頭カラーは『真剣にシす』です。今回も印象に残った作品を紹介します。

『真剣にシす』(盛田賢司&河端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 というわけで連載第二回で巻頭カラーの本作は、謎の「天下博徒御前仕合」の説明からスタート。神君家康が定めたというこの幕府公認の賭博仕合、あらゆる欲望を思うがままにできる参加博徒は「真剣士」と呼ばれる――とここでタイトル回収でしょうか。そしてこの仕合、各藩が自分の欲望のために代表となる真剣士を抱えている――これは絶対倒幕を企てているやつがいるに違いない(しつこい)――というわけで、いかにも幕府の人間っぽい顔をしていた女・凪も、某藩の使いとのこと。
 しかし真剣士になるには一万両が必要、と何だか怪しげな話ですが、博徒として一万両集められる才と力を見せた上で、真剣士を破れば自分が真剣士になれる――というわけで、まずは一万両を集めるために、夜市と左門次は、強運を以て鳴らす漁師・えびすの源蔵と勝負するため博多へ向かうことに……

 かくして夜市と源蔵が勝負を繰り広げるのですが、その題材は花札のこいこい、ルールは一文(一点)二十五両という、如何にも賭博漫画らしい豪快な勝負であります。もっとも、これまでの勝負に比べると、非常にメジャーなゲームだけに内容はかなりシンプル、勝利の決め手も意外性はないのですが、それでもきっちり一話通して読ませていただきました。
 しかしまだまだ一万両には遠いわけですが……


『ビジャの女王』(森秀樹)
 表紙に誰かの髑髏のアップが描かれた今回、何が登場してもおかしくない作品だけに違和感はありませんが、さて物語の方は、今回も蒙古軍の内部抗争が描かれます。ラジンを捕らえたクトゥルンの配下についたと見せかけた名無しの策で、ラジン軍がクトゥルン軍に奇襲をかけて――というわけで、十ページ近くが大乱戦に割かれることになります(同士討ちを避けるために目印をつけているラジン軍ですが、それでも読んでいてどちらがどちらかわからなくなる戦場の怖さよ)。
 そんな中、再会したラジンと名無しは、互いにニヤリと笑みを浮かべると、ガッチリと男臭い腕相撲スタイルの握手。とりあえず名無しの尻も安心のようです。

 そしてついに勝負はつき、捕らえられたクトゥルンは――ここで表紙の意味がわかりますが、正直配下たちも読者もドン引き。図らずも戦っていた双方が後継者争いを演じたわけですが、あまりにも対照的な過程と結末を迎えたことになります。もっとも、まだ火種を抱えている点は双方同じなわけで、いよいよ再開されるであろう戦いの行方は……


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 権力の魔と化したような柳沢吉保が死んだことにより、逆に一気に状況が動き出した感のある八代将軍争い――という中で、今回から最終章である「流転の果て」がスタート。最終章のおさらいといったところか、レギュラーキャラが登場するたびに、非常に格好良い字体で身分と名前が表示されるのが印象に残ります。
 が、そこでいきなり身分を書いてもらえない永渕啓輔は、徳川吉宗を狙い紀州へ。玉込め役を挑発して誘い出し、早速腕試しですが――さすがに主人公のライバルだけあって、その強さといいセリフ回しの格好良さといい、そこらのキャラでは歯が立ちません。

 そして紀文も柳沢吉里も(それぞれお供の多助と一衛にも紹介が!)それぞれの決意を見せる中、我等が水城聡四郎は――書類仕事に追われていた、というのがいかにも宮仕えの大変さを感じさせますが、もちろんこれは嵐の前の静けさでしょう。相模屋では伝兵衛と袖吉が、そして紀州家上屋敷では紅さんがそれぞれの立場から悩み、戦う中、いよいよ物語の舞台は大奥に向かうようですが……


 長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2023年2月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2023年1月号

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.16

坂ノ睦『明治ココノコ』第4巻 崩れゆく漆黒の楼閣!! そして新たなる架け橋の男!?

 明治の世に現れたニゴリモノ――物の怪の成れの果てと対決する元九尾の狐とその「尾」たちの戦いを描く物語もいよいよ佳境。浅草に出現し、周囲に災厄を撒き散らす漆黒の楼閣での戦いもいよいよ決着することになります。そこで深い傷を負った川路に替わる、人間と物の怪の架け橋になる人物とは……

 かつて恣に暴れ回りながらも天狐に封印され、八本の尾を奪われた九尾の狐。明治の世に封印を解かれ、ビャクと名乗ることになった彼は、尾たちとともに川路利良配下の妖狐邏卒隊として、帝都を騒がす奇怪なニゴリモノと対決することとなります。

 そんな中、浅草に現れた漆黒の楼閣。人間が近づけば狂ったり怪死を遂げ、物の怪が近づけばニゴリモノに変わる――そんな魔塔の中でニゴリモノを生み出しているのが尾の一人・コクであることを知ったビャクは、七人の尾と共に、楼閣に乗り込むのでした。
 天狐の秘薬によって一時的にパワーアップし、楼閣の中を突き進むビャクたち。一人先行してコクと対決したビャクは、一度は追い詰められながらも駆け付けた川路に助けられ、ついにコクを打倒するのですが……

 というわけで、物語当初から対立していたコクとの決着をようやくつけたビャク。しかしコクの陰には真の敵がいました。コクを使嗾してニゴリモノを増やし、ついには彼もニゴリモノに変えようとした謎の怪人――正体不明ながら強大な力を持つこの怪人に挑むビャクと川路ですが、既にここまで来るのがやっとの二人ではあまりに分が悪い戦いであります。

 何故か彼を知っているらしい怪人に(決着がついたのにビャクとコクがまだやり合っている間に)川路は深手を負わされ、圧倒的な力の前にビャクたちも打つ手なしの状態の中、思わぬ救いの手が――というのは定番の展開ではありますが、しかしタイミング的には今までお荷物だったキャラクターが真の力を見せる、というのは納得できるところでしょう。
 そして今一つ力の意味がわからなかったコクの力の真の意味も明かされ、これで八尾全ての力も明らかになった――というところで、もう一本、大事な「尾」のを忘れていた、というのは確かに言われてみればその通りで、なるほどそう来たか、とこれはちょっと意表を突かれました。


 かくて浅草の漆黒の楼閣は滅び(凌雲閣との関係も語られて)、ビャクと八尾の力も全て明らかになり、めでたしめでたしと言いたいところですが、結局あの怪人は姿をくらませたまま。そして怪人に負わされた川路の傷は、天狐でも治せない呪いとなって彼を苦しめます。

 そんな中でも公務で海外出張することになった川路が、自分の不在の間に、人間(の警察)と妖狐邏卒隊の架け橋として、代理を選ぶことになるのですが――その人物とは、前巻でも意味有りげに登場していたあの人物。もう明治ものでは完璧に常連状態なので登場自体は意外ではありませんが、しかし本作ではある理由で、物の怪に対して極度に鈍感になっている、という設定が面白いところであります。
(もっともその理由もすぐに解消されてしまうのですが……)

 どう考えても現実主義者っぽい彼にとっては迷惑この上ない状況ではありますが、しかし任務とあらばきっちり果たすのもこのお人らしい。頼もしい味方を加えることとなった妖狐邏卒隊ですが――しかしナノラズと呼称されることとなった怪人が、川路を放っておくはずもありません。
 横浜から出発する川路たちを守るために集ったビャクと八尾+一ですが(ここで横浜まで汽車に乗る一堂に、真剣な形相で厠は大丈夫か確認する川路が実におかしい)、早くも敵の魔手が迫ります。

 天狐の身にも異変が起きていることが仄めかされる中、いよいよ決戦――次巻最終巻に続きます。


『明治ココノコ』第4巻(坂ノ睦 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス) Amazon

関連記事
坂ノ睦『明治ココノコ』第1巻 明治の物の怪と対峙するもの、その名は……
坂ノ睦『明治ココノコ』第2巻 尾をなくした九尾狐とニゴリモノの間にあるもの
坂ノ睦『明治ココノコ』第3巻 突入、黒き楼閣 激突、黒白の狐

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.15

陳漸『大唐泥犁獄』 探偵は玄奘 驚天動地の大スペクタクルミステリ!?

 玄奘といえば、唐から天竺に苦難の旅を繰り広げて貴重な仏典を持ち帰るという、『西遊記』の題材となった偉業を成し遂げた人物。しかし本作はその玄奘を探偵役に、唐を揺るがす大事件を描いた奇想天外なミステリであります。罪ある人間が死後落とされるという泥犁獄を巡る奇怪な陰謀とは……

 仏道を極めるため、一箇所に留まらず、旅を続けてきた玄奘。彼は、親代わりに自分を育て、そして今は生き別れとなっている兄・長捷の消息を尋ね、従者の天竺人・波羅葉とともに、霍邑県を訪ねることになります。僧として将来を嘱望されながら、師を惨殺して姿を消した長捷――彼は霍邑の前県令・崔ギョクが自殺する直前にも、その前に現れたというのです。
 手がかりを追う玄奘は崔ギョクの妻であり、今は後任の県令・郭宰に嫁した優娘と、その娘・緑蘿に会うのですが、成果はなし。それどころか彼は郭宰の屋敷で二度も命を狙われ、二度目の下手人は、玄奘とは縁もゆかりもないはずの人物だったのです。

 郭宰に迷惑をかけまいと屋敷を離れ、近くの興唐寺を頼った玄奘。崔ギョクが生前建立に尽力したというこの寺がある霍山には、死後に泥犁獄(俗世で大罪を犯した者が落ちる地獄)の判官になったという彼を祀る廟がありました。玄奘はその廟を訪ねた折りに奇怪な光景を目撃した上、三度命を狙われるのですが、ついに正体を現したその犯人はなんと……


 歴史ミステリ、それも有名人探偵ものはこのブログでもしばしば取り上げてきましたが、玄奘が探偵役というのは、かなり珍しいでしょう。しかし傑出した僧として知られる――当然ながら頭の働きも非凡であろう玄奘であれば、なるほど納得できるものがあります。

 しかしそんな玄奘であっても、本作は苦戦必至。何しろ上で紹介した部分は全体の1/4程度。そこまででも「長捷による師殺し」「長捷と会った直後の崔ギョクの自殺」「優娘の体に残された怪しからぬ痕跡」「県令の屋敷の中で再三襲われる玄奘」「判官廟の奇現象」と謎また謎の連続なのですから。
 その後も謎の提示は続くのですが、その果てに玄奘主従が目撃するのは、興唐寺に秘められた巨大な秘密――そしてそれは、皇帝・李世民や側近たちをも巻き込んで、とてつもない方向に進んでいくのです。

 物語後半で描かれるスペクタクル(そう、本作の後半はもはやミステリというより一大スペクタクルに)については、核心に触れてしまうためにここで詳しく述べられないのが残念ですが――そのスケールたるや、本当に唖然とさせられるレベルであります。
 特に終盤、李世民とある人物が繰り広げる○○巡りは、既に読者にはタネはほとんど割れているにもかかわらず、直球で描かれればもう納得せざるを得ない迫力。無茶と言おうが無理と言おうが、既に書かれてしまったものの前には、そんな言葉は力を失います。


 しかし本作はそんな豪腕ぶりを見せつつも、物語として、不思議な整合性を持ちます。その一つが、本作の黒幕・真犯人の「動機」であります。
 何ゆえ、これほどまでにオーバーテクノロジーを用いた(地の文でぬけぬけと「まったくもって、時代を超越しているではないか!」と言っているのがおかしい)大仕掛けを繰り出したのか――その目的は、なるほどこの時代、そしてこの舞台を考えれば、それなりに納得できるものなのですから。そう、いわば歴史ミステリとして成立させる要素が、本作には確かに備わっているのです。

 そしてもう一つ本作の見事な点は、登場人物のほとんど全員が――玄奘の忠僕である波羅葉も、殺人ツンデレ美少女の緑蘿も、ある意味娘以上にヒロインである優娘も、絶対王者であるはずの李世民も、この事件の真の黒幕である人物とその協力者も――誰もが自分自身の意志と目的を持ちながらも、同時に矛盾した心性を抱え、それ故に苦しむ姿を描く点であります。
 それがあるからこそ、どれほど豪快極まりない事件や仕掛けを描こうとも、本作には人間の息吹が感じられるのであり――そしてそれ故に、こうした人々を救うために仏道を歩もうとする玄奘の姿が輝くのです。
(しかしそんな彼も、ある人物に対しては語る言葉を持てず、ただ逃げるしかないという矛盾を抱えるのですが……)


 玄奘を探偵役に据えた、この時代だからこそ成立する歴史ミステリとしての顔。とてつもない大仕掛けが繰り出される豪腕ミステリとしての顔。そして事件に関わる人々の心中を巧みに描くドラマとしての顔――様々な顔を持ちつつも、一つの作品として整合性を持ちつつ成立した、奇跡のような本作。
 本作は玄奘を主人公とした全五巻予定のシリーズの第一弾とのことですが、是非とも第二巻以降も訳していただきたいものです。


『大唐泥犁獄』(陳漸 行舟文化) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.14

松井優征『逃げ上手の若君』第9巻 強襲庇番衆! 鎌倉への道遠し?

 ついに鎌倉奪還に向けて決起し、諏訪奪還に成功した時行と諏訪神党。時行も北条直系の名乗りを上げ、テンションMAXの状態ですが、その前に立ちふさがるのは、鎌倉を預かる足利直義直属の関東庇番衆であります。いずれも一騎当千の変t――いや猛者たちとの、女影原での戦いが始まります。

 信濃守護・小笠原貞宗と、信濃国守・清原信濃守を向こうに回し、鎌倉に向かうための前哨戦にして諏訪奪還のための戦いに見事勝利した時行たち。時行の名乗りを聞き、己の意地に賭けて最後の勝負を挑んできた貞宗も一騎打ち(?)で退け、時行たちは絶好調のまま鎌倉に向かうことになります。

 しかし鎌倉を守る尊氏の弟・直義はさすがの切れ者。京を狙うと称していた時行たちの真の狙いが鎌倉にあると見抜き、直属の配下である関東庇番衆に出陣を命じます。
 関東庇番衆――鎌倉の復興と治安維持を進めるため、足利麾下の優秀な若者達で構成された精鋭たち。そのうち、上野に向かったのは一番組筆頭・渋川義季、二番組筆頭・岩松経家、そして五番組筆頭・石塔範家に、寄騎の斯波孫二郎――いずれも武力あるいは知力に優れ、そして何よりも足利への強い忠誠心が、様々な形の狂気となって表れたヤな連中であります。

 そして北条・諏訪勢と渋川・岩松らの軍は、女影原を舞台に激しく激突することに……


 というわけで、いよいよ本格的に始まった鎌倉奪還のための戦いですが、鎌倉にそうそう簡単にたどり着けるはずもないのは言うまでもありません。かくてこの巻では、女影原での大激闘が繰り広げられることになるのですが――これまで時行たちが戦ってきた信濃勢とはまたレベルの異なる強敵たちが現れることになります。

 何しろ直義が己の麾下とするだけあって、関東庇番衆の筆頭クラスは、いずれも一癖も二癖もある猛者というか変態揃いであります。
 猫耳烏帽子にガングロの岩松経家は戦場で女性たちを略奪するのを楽しみにしている病的な女好き、石塔範家はその反対に女性など目もくれない――と思いきや、鎧に「白拍子天女鶴子ちゃん」なる理想の女の子の絵を鎧に描く、ある意味豪の者。

 そして一見一番まともそうな渋川義季は、自分の理想の武士像を相手に押し付け、ちょっとでも異なるとキレてバフを重ねまくるというとんでもねえ自己強化野郎。その自己強化ぶりたるや、信濃のDT大将こと海野幸康を遥かに上回るのですから、推して図るべしであります。

 そこに卑劣な手段も喜々として使う斯波孫二郎まで加わっての庇番衆を前にしては、(あまりにキャラ的に飛び道具系が多すぎて)時行たちも翻弄されるばかり。前巻の信濃決戦も盛り上がりましたが、戦う相手はいずれも一度戦った相手ということもあって意外性は控えめ(……だったか?)でしたが、今回は初めて見る相手、しかもホームグラウンドである諏訪を離れての戦いに、苦戦必至であります。

 しかしそれでも、奇天烈な戦法と変態度合いでは決して時行たちも負けません。時行と根津弧次郎主従が義季を封じるべく命懸けの追いかけっこを(いつものことながら)始めれば、範家の妄想パワーに亜也子の属性盛り過ぎ乙女パワーが挑みます。
 そして単なる女好きではなく面白殺人奇剣を振るう経家には、諏訪三大将の一人・豪快雑戦闘おじさんこと望月重信と吹雪、雫と巫女の皆さんの連合チームが挑み――と、この時代の合戦てこんなだったのかしら? という疑問も浮かぶ間もない三大バトルが展開するのであります。

 はたして誰がどのように勝って敗れ、誰が生き残って誰が先に行けるのか? 鎌倉への道はまだ遠い中で、先の見えない戦いはまだまだ続きます。


『逃げ上手の若君』第9巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス) Amazon

関連記事
松井優征『逃げ上手の若君』第1巻 変化球にして「らしさ」溢れる南北朝絵巻始まる
松井優征『逃げ上手の若君』第2巻 犬追物勝負! 「この時代ならでは」を少年漫画に
松井優征『逃げ上手の若君』第3巻 炸裂、ひどく残酷で慈悲深い秘太刀!?
松井優征『逃げ上手の若君』第4巻 時行の将器 死にたがりから生きたがりへ!
松井優征『逃げ上手の若君』第5巻 三大将参上! 決戦北信濃
松井優征『逃げ上手の若君』第6巻 新展開、逃者党西へ
松井優征『逃げ上手の若君』第7巻 京での出会い 逃げ上手の軍神!?
松井優征『逃げ上手の若君』第8巻 時行初陣、信濃決戦!

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.13

『REVENGER』 第二話「Gold Opens Any Door」

 養父を斬り、許嫁をも喪い、生きる気力を失った雷蔵。そんな彼に碓水は自分たちが晴らせぬ恨みを晴らす者――利便事屋であると語り、仲間になるよう促す。折しも、自分を騙して苦界に沈めた男への復讐を願って死んだ女郎から、依頼があったことを知った雷蔵は、利便事屋に加わることを決意する……

 前回と合わせて、設定紹介と主人公の利便事屋参入という、作品の基本的な部分が描かれる今回。冒頭で描かれるのは、利便事屋の元締めに当たる見るからに怪しけな神父・ジェラルド嘉納と碓水の会話であります。前回、薩摩の勘定奉行・松峰を始末したいわゆる仕事料を受け取る碓水ですが、嘉納の方はそこに雷蔵が加わっていたことを知っていると露骨に匂わせ、碓水はすっとぼけることになります。

 要するに、自分たちの仲間でもないものが仕事に加わっていたというのは大きなご法度破り、それならば仲間だったということにすればよい(=仲間にしてしまえばよい)というのは、なるほど、主人公が裏稼業に加わる時の、チーム側の理屈としてはよく出来ています。
 この辺り、嘉納と碓水の腹に一物も二物もありそうな面子同士のやり取りを通じて、利便事屋の基本設定(の一つ)を見せつつ、雷蔵のチーム参入のロジックを提示しつつ、嘉納の胡散臭さを見せるというのは、なかなかよく出来ていると感じます。

 そして物語の本筋の方は、自分を裏切って女郎屋に売った男への復讐という、ある意味前回以上に定番の内容ではあるのですが――死んだ後に葬式も出せなくても(つまり来世での安寧を捨てても)依頼料を作ろうとする依頼者側の鬼気迫る姿を、生前のかなり強い台詞も含めて描くことによってなかなかのインパクトを感じさせます。雷蔵が仲間入りする理由として、それなりに納得できる描写というべきでしょうか。
 また、前回触れませんでしたが、雷蔵や標的を含めた関係者を薩摩人にしたことで舞台が長崎から薩摩に移り、物語に不自然さが感じられた――薩摩であれば抜け荷は他所でできるのでは(まあ、どうも本作は阿片を売っている国が出島に来ているようですが)とか、ずいぶん簡単に薩摩に出入りできるなとか――のに比べると、シンプルな分、破綻はかなり小さいと感じられます。

 そして今回雷蔵の仲間入りとともにエピソードの中心になった感があるのは、前回出番がほとんどなかった徹破の描写でしょう。病で死期の近い遊女を親身になって世話をするという慈悲深い医者の顔を見せつつも、利便事屋としては武器や装備を準備する担当であり、それだけでなく実はメチャクチャ肉体派でもあるという、幾つもの顔を持つ彼の存在は、ある意味今回最も印象に残ります。
 いわゆるテクノロジー要員、ギミック要員かと思いきや、実はパワー要員――いざ仕事ではコンポジットボウ(!)を持ち出し、シャツのボタンをぶっちぎってその肉体美を見せつけながら超々遠距離からの狙撃(というかほとんど砲撃)を決めるシーンは、鉄兜と鎧という世紀末な感じで登場した、標的の悪徳商人の若旦那の護衛が一発で川の藻屑となる描写も相まって、強烈なデビュー戦と言えるでしょう。

 一方、覚悟を決めて(もろ肌脱いで刀を取り出すので、お、切腹? と思わせて髭を剃る描写が楽しい。しかし脇差でやればいいのにと思ったら、この人は一本差しだった……)仲間入りした雷蔵の方も、徹破からもらったいわゆるスパイク付きのブーツを使って、大ハッスル――ただでさえ強烈な示現流の突進力をスパイクで強化して、大ジャンプからの大斬り一閃で標的を叩き斬ります。「虎に翼を付けてしまった」は、けだし的を射た表現でしょう。
 そしてもう一人の標的である、若旦那の父親の方は、陰間好きにつけこんで鳰が誘い出したところを碓水が金箔フィニッシュ。碓水の決めポーズである背中の刺青アピールは、宗門絡みの相手でもないのにどうなのかなと前回思いましたが、利便事屋の宗旨を考えれば、神もご照覧あれということなのでしょう。

 何はともあれ、シンプルな内容に派手な殺しのシーンという本作のスタイルができたかのように見えるこの第二話。このスタイルでしばらくいくのか、早々に崩していくのか(まさか最後までこれということはないでしょうから)、ここからがむしろ色々な意味で注目すべきかもしれません。


 それにしても公式サイトでのジェラルド嘉納の解説、「長い禁教と弾圧の中で、その信仰は独自のものに変質してしまっている」「戦国時代に伝来した一神教の信者」という設定は、史実を踏まえつつ、色々とエクスキューズが効いた設定だと感心します。
(まあ、デウス云々とか言っていましたが)


『REVENGER』上巻(松竹 Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
公式サイト

記事
『REVENGER』 第一話「Once Upon a Time in Nagasaki」

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.12

『フランケンシュタインの花嫁』 フランケンシュタイン再来 怪物の成長と伴侶の誕生と

 後世のフランケンシュタインの怪物のイメージを決定づけた、ボリス・カーロフの『フランケンシュタイン』の続編――前作で死んだかと思われたカーロフ演じる怪物が復活、そして新たに生命創造に燃えるプレトリアス博士の存在が、更なる混迷を生み出します。

 村人に追い詰められた末、燃え落ちる風車小屋の中に消えた怪物――しかし滅んだと思われた怪物は地下で生き延びていました。一方、怪物に殺されたと思われていたヘンリー・フランケンシュタインも息を吹き返し、婚約者のエリザベスをはじめ、屋敷の人々には笑顔が戻るのでした。

 そしてヘンリーの傷も癒えた頃、彼を訪ねてきたのは大学時代の恩師・プレトリアス博士。やはり生命創造に取り憑かれた彼は、ヘンリーを自分の研究室に招待するのですが――そこで見せられたのは、瓶の中に詰められたホムンクルスたちだったのです。
 それが自分の理想とかけ離れたものであることを知ったヘンリーは、プレトリアスからの協力要請を断るのでした。(ここでプレトリアスの研究成果を見て、自分のことを棚に上げてドン引きしているヘンリーが可笑しい)

 一方、彷徨う怪物は村人たちに見つかった末に追い詰められ、一度は警察署の牢に捕らえられたもののすぐに脱出、森の中で暮らす盲目の老人の小屋に迷い込みます。盲目ゆえに怪物の姿を怖れない老人から友人として温かくもてなされ、言葉を教わる怪物ですが――そこにも追っ手は現れ、怪物は墓場の地下に迷い込むのでした。
 そこで怪物が出会ったのは、人間創造の素材となる女性の死体を物色するプレトリアス。花嫁を作ってやると語り怪物を味方に引き入れたプレトリアスは、エリザベスを誘拐し、ヘンリーを脅迫して花嫁創造に協力させるのですが……


 前作の続編として、前作のラストシーンの直後から始まる本作。怪物はともかく、その創造主たるヘンリーまでしっかり生きていたのはどうかと思いますが――この辺りは物語の展開上必要でもあり、まあ続編には仕方ないことでしょう。それはさておき、続編には前作に比べてパワーアップした要素がつきものですが、本作におけるその一つは、怪物の成長であります。

 前作では言葉を喋らず、本能の赴くままに暴れるだけであった怪物。しかし本作における怪物は(確かに随所で凶暴に人々を血祭りに上げるのですが)、多勢に無勢で村人たちに簡単に捕らえられたりすることもあってか、怪物的な印象よりも、むしろ孤独の影が強く感じられます。
 それだけに、その孤独が和らげられ、怪物が初めて他者と意思疎通することを学ぶ盲目の隠者のくだりは、短いながらもやはり感動的な場面であり(「怪物も涙を流すのだ!」)――そして同時にこの場面は、怪物が、実は知性と感情を持つ存在であることをも示すのです。


 そして続編としてのもう一つの、そして最も大きな要素が「花嫁」であります。孤独を和らげるために怪物が伴侶を求める気持ちと、死体から生み出した生命をさらに増やそうとするプレトリアス博士と――二人の思惑が結びついた末に、本作のクライマックスでは、ついに「花嫁」が誕生することになるのです。
 実は原作においても怪物は伴侶を求め、フランケンシュタインに創造させようとするものの、拒否されてしまうのですが――本作ではそれが創造されてしまうのが面白いところでしょう。

 実は本作は(おそらくはディオダティ荘で)メアリー・シェリーがバイロンや夫に対して、実は前作には続きがあって――と語った物語という構成の作品であります。そして何よりも面白いのは、このメアリーと花嫁を、同じ女優が演じていることでしょう。もちろんその意図が作中で語られることはないのですが、何とも象徴的に感じられるではありませんか。


 前作の時点で原作からは離れた物語を、さらにかけ離れたようでいて、いつの間にか近づいていたような、不思議な味わいの本作。それ故でしょうか、製作から実に90年近く経っていても、それなりに鑑賞に耐えうる作品であります。


『フランケンシュタインの花嫁』(NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン Blu-rayソフト) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.11

「週刊現代」誌で赤神諒『友よ』の書評を担当しました

 本日発売の「週刊現代」2023年1/14・1/21号の「日本一の書評」欄で、『友よ』(赤神諒 PHP研究所)を紹介いたしました。昨年12/8に発売されたばかりの、長宗我部信親を主人公とした歴史小説です。

 長宗我部といえば、土佐の雄・長宗我部元親、あるいは関ヶ原・大坂の陣で戦った盛親が浮かぶかと思いますが、本作の主人公となるのは、元親の嫡男にして盛親の兄――父から将来を嘱望され、信長からその一字を授けられたという傑物であります。
 しかしながら信親は秀吉の九州平定の際、戸次川の戦いにおいて島津と激突した末に二十二の若さで命を落とし、それ故にか知名度はあまり高くない人物といえます。
(正直なところ、信親を主人公に据えた長編は、本作くらいではないでしょうか)

 本作はその信親の死の直後から始まり、そこから時間を遡って、彼の初陣から戸次川までを描くことになります。そこで描かれる信親は、どこまでも熱く颯爽とした「好漢」と呼ぶに相応しい青年なのですが――と、詳しくは記事をご覧いただければと思います。
(ちなみに本作はある意味大友家最後の戦いである薩摩との戦いを描く物語でもあり、作者の大友サーガの一つでもあります)

 なお、一点だけ補足しますと、本作は戸次川の戦いが描かれるということで、その時に豊臣側の総大将であった仙石秀久が、かなりの分量を割いて描かれることになります。これがまあ、本当に読者としては絶許案件なキャラなのですが――しかし本作においては、主人公のネガというべき存在として描かれている印象があります。
 信親が我々の理想であるとすれば、久秀はある意味で我々の象徴なのではないか――紙幅の関係で書けませんでしたが、そのようなことも感じた次第です。


 何はともあれ、これまで人を信じ、人のあるべき姿を追い求めてきた者たちを描いてきた作者らしい名品を紹介する機会をいただき、私としても大変嬉しいお仕事でした。どうぞよろしくお願いします。


『友よ』(赤神諒 PHP研究所) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.10

和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第8巻 札幌決戦決着 そして新選組に欠けていたもの

 札幌を舞台に、「新選組」の生き残りたちと、劍客兵器部隊将、髏號・雹辺双の激闘を描く「札幌新選組哀歌」編もいよいよクライマックス。御陵衛士の意地を燃やして単身雹辺に挑む阿部十郎の戦いの行方は、ついに放たれる永倉の必殺剣とは。そして戦いの結末は……。そしてその後も波乱は続きます。

 札幌を舞台に、官吏を次々と血祭りに上げていく仮面の部隊将・雹辺双。斎藤と永倉、阿部の三人の追跡の裏をかくように出没してきた末、ついに真正面から虐殺を開始した雹辺に挑む斎藤と永倉、さらに警官隊と北征抜刀隊ですが、斎藤の牙突に眉間を貫かれながらも平然と戦い続ける雹辺の前には一同大苦戦を強いられることになります。
 しかしそこに現れた阿部は、まさかの超至近距離からの射撃&超速弾丸再装填で雹辺の二刀流を封殺、大活躍を見せることに……

 という、阿部十郎史上に残る大激斗で読者のハートも射抜いてしまった阿部の活躍から始まるこの巻。二刀を用いた攻防一体の猛攻に対して、正面から連射&(リボルバーなので六発で弾切れするところに)猛スピードで装填という、コンセントレーション=ワンに目覚めたとしか思えぬ離れ業の名は林檎速射。どんだけ好きなんだよ林檎、というのはさておき、新選組に敗れ、歴史の陰に消えた御陵衛士の意地爆発に、こちらも熱くなります。

 しかし、二刀vs六連射であれば後者が有利なはずの状況を、不可解にもひっくり返す雹辺の刃に傷を負う阿部。そこに、御陵衛士を笑う者は新選組を笑う者だ――とばかりに立ち上がったのは永倉新八! これまでその実力を少しずつ見せてきた新八が、いよいよその必殺剣を見せることになります。
 変わらぬ雹辺の二刀の猛攻に対して、永倉は池田屋で咄嗟にやって以来の(この時点で既におかしい)二刀で当て身→体勢崩し→上空に打ち上げ→一刀両断という問答無用の即死コンボ、「受・崩・殺 龍尾三匹」をいきなり披露! 雹辺真っ二つ!

 いやはや、斎藤があのレベルなのですから、それと並び称される永倉も当然猛者だとは思いましたが、斎藤のシャープな攻めとはまた異なるタイプの恐ろしい強さ。前巻の服部武雄もそうでしたが、史実の要素をいかしつつ、るろ剣ならではの漫画的デフォルメを存分に効かせてみせるのには、納得&拍手であります。

 しかし雹辺もこれでは終わりません。詳しくは述べませんが、いかにも少年漫画らしいハッタリの効いた正体を現した雹辺に対して、永倉や斎藤だけでなく、阿部、栄次や警官隊、抜刀隊まで加わっての最後の戦いが繰り広げられることになります。
 この辺り、本作には珍しい総力戦として、これまで猛者と認められてこなかった者たちが意地を見せる展開は大いに盛り上がるのですが――しかし、いかに劍客兵器の部隊将が相手とはいえ(そして相手が言い出したこととは言え)さすがに一対多数はいかがなものか、と思われるかもしれません。

 しかしここに、ある意味「札幌新選組哀歌」の意味があるといえます。
 斎藤も永倉も、そして阿部も、一人では雹辺には勝てず、力を合わせて初めて勝つことができた。幕末に最強を誇ったはずの新選組が最後に敗れ去ったのは、一人ひとりの力を求め、力を合わせることを忘れたからだった――そのことをこの戦いは理解させてくれたのですから。

 雹辺の強さの描写、一人ひとりのキャラクターの出番、総力戦の盛り上がり――そうした演出が、ドラマのテーマに繋がっていく。小樽もそうでしたが、この札幌でも、見事な漫画を見せていただいた思いです。
(正直なところ、作者は今まさに脂が乗りきっている感すらあります)


 しかし、これはあくまでも一つの勝負の終わりに過ぎません。札幌から引き上げる斎藤の前に現れた函館組の劍客兵器の一人――以前から斎藤に深い怨恨を持つことが示されていた謎の男の正体は、なんとあの十本刀・魚沼宇水の弟弟子・伊差川糸魚!
 琉球武術の使い手ながら兄弟子ともども新潟感のあるネーミング――はともかく、ここに来て宇水関係者というのは実に面白い。小樽・札幌と、敗者の掘り下げが画かれてきただけに、実力の割にあっさり敗れた感のある宇水の再評価がなされるのかどうか、気になるところです。

 ――が、それはまだ先の話。まずは舞台は函館に戻り、剣心たちの前に現れたのはあの山県有朋。劍客兵器の裁定に来たと言いながら、認識不足としか思えない山県の行動が、新たな波乱を呼ぶことになるのですが――物語の初めから登場しつつも、まだその全貌を見せていなかった劍客兵器函館隊がいよいよ本領を発揮することになるのか?
 まだまだクライマックスは続きます。


『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第8巻(和月伸宏&黒碕薫 集英社ジャンプコミックス) Amazon

関連記事
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第1巻 再び始まる物語 帰ってきた流浪人!
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第2巻 劍客兵器の正体と来たるべき「未来」
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第3巻 役者は揃った! そして過去と現在が交錯する戦いへ
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第4巻 尋問試合!? 次なる実検戦闘は何処
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第5巻 雅桐倫倶驚愕の正体! そして物語を貫く「理」の存在
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第6巻 見よ、金の亡者の覚悟と矜持!
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第7巻(その一) 札幌で斎藤・永倉を待つ者、その名は――
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第7巻(その二) いま描かれる明治の「新選組」の姿

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.09

2月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 本当にあっという間に年末年始のお休みも終わり、成人の日の連休というバッファも過ぎて通常営業――まあ今年も例によって毎月の楽しみは、次の月の新刊情報――というわけで、2月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 さて、今年の2月は短い割りには比較的アイテム数が多い印象。まず文庫小説では、皆シリーズものの新刊ですが、霜月りつ『あやかし斬り 千年狐は虚に笑う』をはじめとして、上田秀人『絡糸 辻番奮闘記 5(仮)』、遠藤遼『晴明の事件帖 逆襲の道満と奪われた御璽(仮)』、夏原エヰジ『Cocoon 京都・不死篇 4 嗄』、篠原悠希『霊獣紀 蛟龍の書』下巻といったラインナップが並びます。

 一方、文庫化・復刊の方は(ちょっと珍しいのですが新刊より少ないのですが)、何といっても京極夏彦『遠巷説百物語』が注目。その他、畠中恵『猫君(仮)』、風野真知雄『月の光のために 大奥同心・村雨広の純心』新装版などが並びます。


 そして漫画の方では、個人的に一推しはたみ&富沢義彦『ムザンエ 吉原地獄絵巻』第1巻。このコンビには比較的珍しいハードな内容が気になります。
 その他、どちらも斎藤が活躍中の安田剛士『青のミブロ』第7巻、東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第7巻が楽しみなところです。

 その他、どちらもNUMBER8原作の矢野日菜子『風の槍』第2巻と貘九三口造『ABURA』第1巻、逢坂みえこ『獣医者正宗捕物帳』第4巻などに注目。
 そして海外が舞台の作品は森秀樹『ビジャの女王』第3巻、トマトスープ『天幕のジャードゥーガル』第2巻などがありますが、やはり気になるのは、ついに完結の川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第25巻でしょう。いよいよ大団円であります。


 というわけで、今年もこの調子で新刊情報をまとめていきたいと思います。


このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.08

森川成美『てつほうの鳴る浜』 頼りない少年が元寇に見たもの

 鎌倉時代の文永年間を舞台に、己の人生に悩む少年の運命と、元軍の襲来が交錯する、ユニークかつ内容豊かな児童文学であります。流されるまま博多の商人に、そして水軍の将となった少年・長種の運命は、元軍の襲来によってどのように変わるのか……

 文永七年、御家人の家に生まれながらも武芸や血を見ることを嫌い、そして将来の展望のない武士に嫌気が差して家を飛び出した少年・竹崎長種。父の友人である水軍の大将・鷹島竜玄の船に潜り込んだ長種は、竜玄の紹介で、博多で塩を扱う大商人・鳥飼二郎の下で働くことになります。
 初めは倉庫で働いていたものの、鏡を探しているという奇妙な少女・いとと出会ったことがきっかけで、屋敷を襲った賊を成り行きで退治した長種。彼はその腕を買われ、主の警護役に指名されるのでした。

 実は思わぬ出自の人物であり、元に命を狙われていた鳥飼二郎こと張英。火薬を用いたてつほうという兵器を持つ元軍の襲来を予言する張英の言葉にも半信半疑の長種ですが――やがてさらなる事件に巻き込まれ、いとと共に、張英の下から離れることを余儀なくされることになります。
 運命に翻弄されつつも何とか生き延びてきた長種。しかし彼は、ついに元軍の襲来に直面することになります。その時、彼の選択は……


 日本が国外から大規模な侵略を受けたという、中世の大事件である元寇。当然ながら、フィクションの世界でも様々な形でこれまで描かれてきた元寇ですが、本作はそれを、あの竹崎季長の弟でありながら、武家に馴染めず家を飛び出した少年を通じてという、ユニークな視点から描きます。

 身も蓋もないことをいえば、将来に悩む少年少女というのは、児童文学には非常に多く登場する、定番のキャラクター像でしょう。しかしその中でも、本作の長種は、かなり頼りない印象を受けます。

 武よりも文を好み、武士ではなく商人になりたいと思う――けれども特に当ても伝手もなく、何となく家を飛び出して密航する(一歩間違えれば冒頭で死んでいた)。商人に仕えた後も、成り行きに左右されて役目を変え、その末に命まで危険に晒される……
 そんな長種の姿は、運命に立ち向かうとか運命を変えるといった勇ましい姿勢とは無縁の――それだけに我々には身近に感じられるのも事実ですが――存在に映ります。しかし、そこに本作の見事な点があるのです。

 本作には、一つのキーワードがあります。それは「運を楽しむ」――物語の冒頭、己の運命に不平をいうばかりの長種に対して、竜玄が語った言葉であります。
 我々のなすべきは、運を変えようとすることではなく、運が次に何を運んでくるかを楽しむこと――なるほど、もっともらしく聞こえますが、しかし若い長種ならずとも、ちょっと運天に過ぎるのでは、と思わされる言葉でもあります。

 当然ながらというべきか、この言葉に納得できない長種は、作中で折りに触れてこの言葉を思い出すのですが――運命に流された末に、その運命の不条理の最たるものというべき元寇、すなわち戦争に直面した時、彼は言葉の真の意味を悟ることになるのです。

 運を楽しむということは、単なる運任せでも、諦めて運に流されることでもない。自分には自分の運があることを認め、自分のものとすることだと……
 この「運」はもちろん「運命」と、あるいは「人生」と言い換えてもよいかもしれません。それは決して勇ましくは見えないかもしれませんが――しかし必ずしも己の意に任せない世界に踏み出す時、これほど頼りになる、力を生む言葉はないと理解できます。

 そして本作が、元寇という大事件を描くのに、流されるばかりであった少年を主人公とした意味もまた。


 なお、実は本作には大きなファンタジー的要素があります。それは、鏡の力で未来を見ることができると称し、まるで二百年前のことを知っているかのように語る、いとの存在なのですが――ある意味運から自由な存在に思える彼女の存在は、一見本作には不釣り合いに思えるかもしれません。
 しかし結末にいたり、彼女もまた自分の運を受け止めながらも、それに前向きに向き合ってきた存在であると知れば、彼女もまた、本作に相応しいキャラクターであったと感じます。(彼女が語る二百年(くらい)前の意味には慄然とさせられますが……)


 変化球のように見えて、実は真っ直ぐに的を射貫いてみせた、そして何よりも先行きが不透明な時代に力を与えてくれる――そんな作品であります。


『てつほうの鳴る浜』(森川成美 小学館) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.07

畠中恵『こいごころ』 しゃばけ、久々の純粋な短編集

 『しゃばけ』シリーズ第21弾となる『こいごころ』は、これまでのシリーズ同様に全五編の短編を収録。ただし、最近のシリーズでは毎回、ある程度連作ものとしての要素があったのに対し、今回は(外伝を除いては)久々にほぼ純然たる短編集になっています。以下、今回の収録作について紹介しましょう。

「おくりもの」
 取引先の三野屋から相談を受けた長崎屋。三野屋の子が麻疹にかかっているのに伊和屋に遊びに行き、先方で麻疹をうつしてしまった詫びをしたいというのです。贈り物を考えるため、伊和屋を訪ねた若だんなですが、そこでは主の縁談を巡って揉め事が……

 伊和屋と、伊和屋との縁談が破談になった先の揉め事がメインとなるこのエピソード、そもそも何故破談になったのか、両者の言い分が食い違っているのが問題なのですが――そこで若だんなが見出した真相は、きちんとミステリとして伏線を踏まえつつも、同時に「今」の世情を感じさせるものになっているのが面白いところです。
(ただし、『しゃばけ』でやる必然性は小さめという気もしますが……)


「こいごころ」
 ある晩、若だんなの夢の中に現れた妖狐の老々丸とその弟子・笹丸。笹丸の妖の力が尽きかけていることを心配する老々丸は、若だんなの祖母・おぎんを通じて荼枳尼天の庭に笹丸を預けたいというのです。
 引き受けた若だんなは、広徳寺の寛朝和尚を頼ろうとするのですが、寺では保護していた化け狸が逃げたと騒動になっていて……

 若だんなに頼み事をしてくる妖が少なくない中で、かなり一方的な印象もある今回の老々丸と笹丸。何だかすっきりしない展開に、若だんな以上に長崎屋の妖たちが納得しないのでは――と思いきや、何故か彼らは笹丸に優しいのに、さらに疑問符が浮かびます。
 実は本作は、シリーズでも珍しい○○もの。その辺りは若だんなが一手に引き受けている上に、妖たちの不滅ぶりには慣れていたわけですが――そんなこちらの心に突き刺さるような物語展開は印象に残ります。


「せいぞろい」
 若だんなの誕生日を祝おうと宴会を準備していた長崎屋の妖たち。しかしそこに河童や猫又、天狗たちが加わり、さらに最近江戸で続く押し込みを心配した日限の親分も参加することになって、皆は頭を抱えることに……

 冷静に考えれば時代ものではかなり珍しい気もする(数えでは新年で歳を取るので)誕生日パーティーを題材とした本作は、タイトル通りに江戸近辺の妖など、シリーズのサブレギュラーの多くが登場する賑やかな一編。
 もちろん賑やかなだけでなく、そこに押し込みの奪った金が逆に何者かに奪われるという謎もありますが、そちらの要素はちょっと控えめかもしれません。


「遠方より来たる」
 若だんなの主治医・源信先生が隠居することになり、後任選びが町の話題になるまでになります。源信の弟子たちや、妖医者の火幻など、候補者が五人に絞られた中で、源信の診療所で騒ぎが……

 ある意味、シリーズを陰で支えてきたともいえる若だんなの主治医を巡るエピソードですが、なるほど、薬種問屋の子である若だんなを診る医者というのはハードルが高く、騒ぎになるのも納得です。
 さらに今回は、佐助の過去の因縁も描かれる――と思いきや、こちらは腰砕けなのが残念なところです。


「妖百物語」
 百物語を最後まで語ったところ、本当に怪異が現れたという噂で、百物語の会が大はやりとなった江戸。若だんなと、新たな主治医である火幻たちもそこに招かれるのですが、若だんなたちには、怪異と会うに会えない理由があって……

 これまでありそうでなかった、百物語を題材とした本作、百物語の最後に現れる怪異が怖い、避けたいというのは普通の感覚ですが、ここで描かれる若だんなと長崎屋の妖たちが怪異を避けたい理由は、まさに本シリーズならではのもので、「そうきたか!」と感心したり可笑しかったりであります。
 そしてそこに愚かな連中が絡んで大変なことに――というのは予想がつくところではありますが、そこで出現する怪異の描写は、普段怪異慣れしている若だんなや読者も震え上がるようなもの。あくまでも長崎屋の妖は特別――そんなことを再確認させられます。


 というわけで 全五話、もちろん面白いのですが、連作味がないとちょっと物足りないかな……というのは贅沢でしょうか。


『こいごころ』(畠中恵 新潮社) Amazon

関連記事
 しゃばけ
 「ぬしさまへ」 妖の在りようと人の在りようの狭間で
 「みぃつけた」 愉しく、心和む一冊
 「ねこのばば」 間口が広くて奥も深い、理想的世界
 「おまけのこ」 しゃばけというジャンル
 「うそうそ」 いつまでも訪ね求める道程
 「ちんぷんかん」 生々流転、変化の兆し
 「いっちばん」 変わらぬ世界と変わりゆく世界の間で
 「ころころろ」(その一) 若だんなの光を追いかけて
 「ころころろ」(その二) もう取り戻せない想いを追いかけて
 「ゆんでめて」 消える過去、残る未来
 「やなりいなり」 時々苦い現実の味
 「ひなこまち」 若だんなと五つの人助け
 「たぶんねこ」 若だんなと五つの約束
 『すえずえ』 若だんなと妖怪たちの行く末に
 畠中恵『なりたい』 今の自分ではない何かへ、という願い
 畠中恵『おおあたり』 嬉しくも苦い大当たりの味
 畠中恵『とるとだす』 若だんな、妙薬を求めて奔走す
 畠中恵『むすびつき』(その一) 若だんなの前世・今世・来世
 畠中恵『むすびつき』(その二) 変わるものと変わらぬものの間の願い
 畠中恵『てんげんつう』 妖より怖い人のエゴと若だんなの成長
 畠中恵『いちねんかん』(その一) 若だんな、長崎屋の主人になる!?(ただし一年間限定
 畠中恵『いちねんかん』(その二) あっという間に過ぎ去る一年間の果てに
 畠中恵『もういちど』 二十年目の原点回帰!? 若だんな、もう一度の生

 『えどさがし』(その一) 旅の果てに彼が見出したもの
 『えどさがし』(その二) 旅の先に彼が探すもの
 畠中恵『またあおう』(その一) 久しぶりの「しゃばけ」外伝集登場!
  畠中恵『またあおう』(その二) 後を継いだ者たちの奮闘

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.06

『REVENGER』 第一話「Once Upon a Time in Nagasaki」

 長崎で阿片密売に手を染めていたという許婚の父を上役の命で斬った薩摩藩士・繰馬雷蔵。しかし口封じで殺されかけた雷蔵は、事前に義父に依頼を受けていたよろず屋・碓水幽烟から、勘定奉行の松峰こそが黒幕であったことを知る。幽烟らの手引をする一方で、雷蔵は自ら松峰に復讐の一刀を振るうが……

 必殺テイストの時代劇アニメ、それも藤森雅也に虚淵玄、さらに大樹連司と、アニメ音痴の私でも知っているスタッフが参加している作品として、大いに気になっていた『REVENGER』。その第一話は、主人公の雷蔵を襲う悲劇と、裏稼業チームの仕事の模様を描く、導入編といった印象です。

 雷蔵が鮮やかと言って良いような手並みで初老の武士を――雷蔵の許嫁・ゆいの父である比良田を斬り、比良田が血染めの小判を噛みしめるというアバンから始まる今回。
 葛藤を抱えた雷蔵が国に帰るに帰れず野宿しているところに、周囲の住人から相談されたという何でも屋だという幽烟が顔を見せ、話して気が晴れた雷蔵が帰国しようとしたところで、同じ薩摩藩士たちに襲われて崖から転落――幽烟の仲間である鳰に助けられた雷蔵はこの一件のカラクリを聞かされ、幽烟たちが実は復讐を代行する「利便事屋」であることを知り……

 と、前半で非常にテンポ良く今回の物語構造を見せた上で、後半は雷蔵の手引きで薩摩の松峰屋敷に潜入した利便事屋たちが、それぞれの技で悪を始末していくという展開に集中することになります。
 美少年・鳰のガラスを仕込んだ凧糸による絞殺、博打打ちの惣二(突然CM明けに登場して驚きましたが)の暗器花札と、ある意味シンプルな殺し技が続きますが、蒔絵師という顔も持つ幽烟が、金箔を相手の顔に貼り付けて窒息死させるのは非常に面白い技でしょう。

 そしてそんな幽烟たちを出し抜き、一人松峰を追った雷蔵は、己の剣で相手を斬り捨てた後に、ゆいの下へ急ぐも……


 という第一話の印象を申しあげれば、丁寧に作られた普通の話、というのが正直なところであります。

 確かに時代ものとしてパッと見の違和感は少なく――といっても、主人公のビジュアルの時点で色々とツッコミどころはあるわけですが――先に述べたように非常にテンポ良く物語は展開し、メインというべき殺しのシーンは外連味たっぷりに、しかし破綻するギリギリのところで格好良く見せる。この辺りのセンスは、流石というべきでしょう。(「利便事屋」=REVENGERというのも楽しい)

 ただ、物語としては、「藩内の争いに巻き込まれて濡れ衣を着せられ、藩に居られなくなった主人公が――」というのは、時代ものとしてはあまりによく見かけるパターンで、これも非常にメジャーである「必殺もの」という題材と合わさると、この第一話の時点では、あまり独自性は感じられませんでした。
(結末も十分予想の範囲内、というよりこれ以外ないわけで)

 もちろんこれは、年がら年中その手の話ばかり読んだりしているような中途半端な時代ものマニアの感想。ここまできっちりと必殺したアニメは確かになかったかと思いますし、想定する視聴者層・ファン層には、新鮮であろうことは納得できます。
 要するに今のところはnot for meという印象なのですが、もちろんこの先、本作ならではの独自性が――物語展開の上でも、物語世界の上でも――あることでしょう。自分の不明を恥じるような展開になることを、心から期待しているところです。
(特に一目で異形とわかる長崎の出城(?)や「アンゲリア」なる異国の存在については、本作の時代考証のエクスキューズに使われるだけでないことを祈りたいと思います)


『REVENGER』上巻(松竹 Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
公式サイト

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.05

伊藤勢『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第4巻 一大アクション、藤太対将門!

 伊藤勢版『瀧夜叉姫』も、あまりに濃厚な内容ゆえにもうだいぶ巻が進んでいた印象でしたが、これで四巻目。「現代」で謎の姫の一党の暗躍が続く一方で、この巻のメインとなるのは「過去」――人外の魔人となった将門と、俵藤太の死闘が展開することになります。

 二十年前に平将門の乱に関わった人々が、次々と奇怪な賊や魔物に襲われるという怪事に巻き込まれることとなった晴明と博雅。夜毎、謎の女に釘を打ち込まれるという悪夢に苦しめられている源経基にかけられた呪詛を解いた晴明は、人の悪さ全開で経基から将門のことを聞き出すことになります。
 一方、京で暗躍する異能・異形の土蜘蛛たちの集まる場に飄然と姿を現したのは蘆屋道満。自分を見物人と称する道満は、面白い展開にならねば許さんとばかりに彼らを焚きつけるのですが……

 と、相変わらず本作ならではの、本作でなければ見られないような晴明・博雅・道満像が非常に楽しい(特に、「博雅はよい漢だ」を本作流に描くとこうなるとは! と大笑い)のですが、実はこの「現代」パートは、この巻の冒頭二割程度に留まります。

 以降、この巻で描かれるのは「過去」の物語――俵藤太と平将門の対決の物語であります。
 ただ一人で来れば会うという将門の文に応えて藤太が関東を訪れてみれば、現れたのは(いかにも夢枕獏らしい)器の大きさを感じさせたかつての姿とは全く異なる、姿も心も魔人になったとしか思えぬ将門。さらに闇討ちまでして襲ってくる将門から、将門の愛妾・桔梗の助けで藤太は辛うじて逃れ……

 文章にすればほぼ原作通りではありますが、しかし絵にしてみると、伊藤勢ならではの一大アクションが展開するのが本作。特に将門の本拠(巨大な樹に融合するような形の城塞というセンスも凄まじい)から、文字通り飛び出しての逃走劇のアクション設計の巧みさは、以前描かれた大百足との対決に迫るものがあります。
 そしてその後も、ついに討伐軍として将門軍と対峙した藤太が、奇怪な妖魔と一騎打ちを繰り広げるくだりも――これは本作オリジナルですが――平安時代でファンタジーを描けばこうなる、といわんばかりのインパクトであります。


 そんなわけで、この巻の主人公はほとんど完全に藤太なのですが――考えてみれば「現代」パートでは(当の藤太以外は)アクションできる人間がいないわけで、彼はその分暴れ回っているという印象もあります。
 そして長編の途中で長い過去編が入るのは、これはもう夢枕作品ではお約束なのですが――しかし贅沢にも食い足りなさが残ってしまうのは、これはもう「現代」パートの晴明と博雅コンビが面白すぎるから、としか言いようがありません。

 もっとこの二人のやりとりを見てみたい、本作ならではの二人を見たい。いや、この二人で『陰陽師』ものの短編を読みたい――そんなことを思ってしまう二人の出番はもう少し先でしょうか。
 まだ決着のついていない藤太と将門の戦いの行方もさることながら、そんなことを考えてしまうのであります。


『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第4巻(伊藤勢&夢枕獏 KADOKAWAヒューコミックス) Amazon

関連記事
伊藤勢『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第1巻 原作から思い切り傾いた伝奇的晴明伝
伊藤勢『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第2巻 動と静の対決 そして人が悪い晴明とお人好し博雅の関係性
伊藤勢『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第3巻 現在と過去を行き交う物語

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.04

白井恵理子『賢治と水晶機関車』 賢治世界を生きる少年たちの瑞々しい姿

 白井恵理子は『STOP劉備くん!!』を始めとして中国ものを得意とする印象ですが、本作の舞台は日本――それも、あの宮沢賢治の中学校時代を題材に、彼と同級生の少年・銀茂の出会う不思議な事件の数々を描いた、賢治作品のオマージュ的な色彩も強い短篇連作であります。

 盛岡中学校に通う賢治を、何かといじめてきた級友たちのリーダー格である少年・銀茂。さすがに気が咎め、夏休みに賢治を誘って岩手山に登ることにした銀茂ですが、当の賢治はおかしなことをいうばかりか、今日は山に入ってはいけない日だなどと言い出すではありませんか。
 ムキになって山に入ろうとして、突然の風に吹き飛ばされて沢に落ち、足を折ってしまった銀茂。賢治が助けを呼びに行った間、一人でその場に残されることになった銀茂の前に、二本足で立って人の言葉を喋る犬や山猫が現れて……


 賢治が盛岡中学校時代に詠んだ、「藍いろに点などうちし鉛筆を銀茂よわれはなどほしからん」にのみ名前が現れる「銀茂」。どうやら中学校時代の同級生らしいこの人物を、本作はガキ大将基質の、そして直情径行の愛すべき凡人として設定し、物語の狂言回しとして描いています。
 作中で何度も銀茂が驚き呆れるように、日頃の言動からして浮世離れして、どこか、いや非常に危なっかしい賢治に振り回される姿はおかしくも微笑ましく――そして思春期の少年ならではの繊細さと大雑把さに、何ともほろ苦い気持ちにさせられます。

 そしてそんな瑞々しい少年たちの描写とともに注目すべきは、作中の賢治オマージュの巧みさでしょう。
 本作は全三話――先に述べた「銀茂と星鉛筆」、長い間欠席していたのが雨の日に帰ってきた同級生・太市を巡る奇妙な出来事の数々を描く「太市と虹インク」、銀河鉄道に乗りたいと語る療養所で暮らす賢治の幼馴染み・フキ子のために二人が奔走する「賢治と水晶機関車」という構成です。

 そしてそこで描かれる奇妙な事件や人物、ガジェットの一つ一つがどれも実に「賢治らしい」。カラスが天を回るうちに東の空に火をおこす「カラス機関」、重曹を入れることで虹を生み出すインク、水晶を燃料にして銀河を行く機関車――どれも賢治の作品を踏まえた、あるいは賢治の作品に登場しても全く違和感のないものばかりです。
 そしてそれを語る賢治の、どこか奇妙な論理に彩られた浮世離れした口調がまた、賢治の作品っぽさを強く感じさせるのですが――しかし「賢治らしい」だけで終わらないのもまた、本作の巧みな点でしょう。

 先に述べたように、本作は賢治を主人公にしつつも、同時に、銀茂という少年の視点から描かれた物語であります。そんな構成によって、本作は「賢治らしい」世界と現実世界の危うい境界を巧みに相対化しつつ――そしてそれと同時に、「ここではないどこか」に行こうとしても行けない賢治の悲哀をも、同時に浮き彫りにしていくのです。

 賢治を主人公にした、あるいは賢治が登場するフィクションは様々ありますが、その中でも独自の――そして濃厚な味わいを感じさせる作品であります。


 ちなみに単行本に併録された「信長・お伽草子」は、うつけ者として知られた少年・織田信長と、彼の元に嫁ぐことになった少女・濃姫の物語。山から下りてきて人真似をする山鬼という存在を用いて、信長の繊細な心理と濃姫による救いを描く構成が巧みな短編です。


『賢治と水晶機関車』(白井恵理子 eBookJapan Plus) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.03

「妖異の世界史」更新

 古今東西の史実の出来事と、フィクションで描かれた出来事を列挙した年表サイト「妖異の世界史」を更新しました。今回は『アサシンクリード』シリーズやホラー映画、西部劇、カンフー映画を中心に――と、もはや伝奇時代劇がほとんど関係なくなっていますが、フィクション世界の年表という意味ではかなり内容が広がったかと思います。
 また、自分で見ていてもかなり見にくかったため、サイドバーから各時代・各ページに飛べるようにしました(これが今回一番大きな更新かもしれません……)

 なお、今回データを追加した具体的な作品名は以下のとおりです。

『悪魔城ドラキュラ』シリーズ、『アサシンクリード』シリーズ、『異郷の帆』、『ヴェネツィアの陰の末裔』、『うしおととら』、『失われた世界』『毒ガス帯』、『エイリアンVSプレデター』、『江戸狼奇談』、『大江戸あにまる』、『オリエント急行殺人事件』(1974年版)、『オリエント急行殺人事件』(三谷幸喜版)、『カウボーイ & エイリアン』、『火刑法廷』、『カトリと眠れる石の街』、『からくりサーカス』、『吸血鬼ノスフェラトゥ』、『キング・コング』(2005年版)、『キングコング 髑髏島の巨神』、『幻星神ジャスティライザー』、『ゴーストバスターズ』、『纐纈城綺譚』、『サイレントヒル』シリーズ、『サスペリア』、『シャイニング』、『朱花の恋』、『ジョジョリオン』、『神軍のカデット』、『スタイルズ荘の怪事件』、『スティング』、『SPIRIT』、『捜査官X』、『続・夕陽のガンマン』、『高丘親王航海記』、『ダンス・ウィズ・ウルブズ』、『椿説弓張月』、『ツワモノガタリ』、「トミーとタペンス」シリーズ、『ドラキュラ』(1958年版)、『ドラゴンVS.七人の吸血鬼』、『ドラゴンハート』、『ダルタニャン物語』、『ノートルダム・ド・パリ』、『伯爵と成金』、『博物館の少女 怪異研究事始め』、『はぐれ鴉』、『バック・トゥ・ザ・フューチャー Part3』、『ハムナプトラ』シリーズ、『パラノーマン ブライス・ホローの謎』、『火神子 天孫に抗いし者』、『百鬼夢幻 河鍋暁斎妖怪日誌』、『蒲団』、『フランケンシュタイン』、『フランケンシュタインの花嫁』、『プレデター:ザ・プレイ』、『紅はこべ』、『辺獄のシュヴェスタ』、『辮髪のシャーロック・ホームズ』、『謀聖 尼子経久伝 青雲の章』、『ホムンクルス』、『マジック・ツリーハウス 江戸の大火と伝説の龍』、『真夏の妖雪』、『真昼の決闘』、『ミイラ再生』、『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』、『宮本武蔵の猿』、『名探偵と海の悪魔』、『LOVERS』、『ラストサムライ』、『ワイルドワイルドウエスト』、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズ

|

2023.01.02

赤神諒『はぐれ鴉』 ホワイダニットの時代ミステリにして裏返しの赤神流悲劇

 豊後国竹田で発生した、城代一門二十四名の斬殺事件。本作はそこから唯一生き残り、剣の修行を積んだ青年が、真相を解き明かし、家族の仇を討つべく奔走する異色の時代ミステリであります。事件の下手人にして、今は変わり者のはぐれ鴉と呼ばれる男の正体は。そして事件の背後に潜む真実とは……

 江戸初期の寛文六年、豊後竹田藩城代の一族郎党二十四名が惨殺される事件が発生――唯一その場から逃れた城代の次男は、犯人が剣の達人であり、敬愛する叔父の玉田巧佐衛門の仕業であることを目撃していたのでした。
 それから十四年、山川才次郎と名を変えた彼は、一族の仇を討つため江戸で剣の修行に励み、剣術指南役として、竹田藩に迎えられることになります。

 しかし才次郎を待っていたのは、城下に残る奇妙な物の怪の伝承や呪い歌の数々。戸惑うばかりの才次郎ですが、何よりも彼を戸惑わせるのは、仇である巧佐衛門の現在の様子でした。
 屋敷にも居着かず、地位も金も名誉も望まない変わり者ながら、何故か藩士に慕われ、今は水害を防ぐ堤防を造るため民と一緒に汗を流す――巧佐衛門は「はぐれ鴉」と呼ばれる変わり者として知られていたのです。

 なぜ功佐衛門はこのような姿になったのか、そしてなぜ巧佐衛門は城代一門を容赦なく殺害したのか――才次郎は、江戸で知り合った竹田藩の謎を追う公儀隠密の篤丸とともに、密かに調べを始めることになります。
 そんな中で、巧佐衛門の娘であり剣の達人にして竹田小町と呼ばれる英里と出会い、強く惹かれていく才次郎。そしてついに巧佐衛門と再会した才次郎は、成り行きから彼の堤防造りを手伝ううちに、仇であるはずの相手に好感を抱いていくのですが……


 これまで戦国時代を舞台とした悲劇を得意としてきた赤神諒。本作はそんな作者の作品の中では、新境地に感じられます。何しろ本作は主人公が仇討ちを目指す過程で、何故犠牲者たちが殺されなければならなかったかを追い求める物語――ホワイダニットをテーマとした時代ミステリなのですから。
 そしてユニークなのは物語の設定・趣向だけではありません。舞台となるのは豊後竹田(今の大分県竹田市)ですが、才次郎が見た竹田は、人を食い殺す一ツ眼烏や美女を呪う八尺女などの奇怪な物の怪の伝承ばかりの土地。さらにヒロインである英里が口ずさむ土地の歌の歌詞もおどろおどろしく、いかにも時代伝奇ミステリ的なお膳立てであります。

 実は本作は竹田市とのコラボで生まれた、小説による町おこしを志向した作品なのですが、なるほどこういう方向性のコラボもあり得るのか、と感心させられます。


 しかし物語の後半、「犯人」というべきはぐれ鴉こと巧佐衛門の存在がクローズアップされていくにつれて、物語の色調は変わっていくことになります。

 今は城代という立場でありながら、城内の政治や権力争いには全く興味を示さず、民のために私財を費やす巧佐衛門。そんな功佐衛門を見つめる才次郎の目を通じて徐々に浮かび上がるのは、信念のために全てを擲って己の道を往く男の姿なのです。
 みすぼらしい身なりで暮らし、既に武士の社会で生きることを放棄したような男。そして何よりも、二十四名殺しの下手人――そんな巧佐衛門の背負ったもの、彼の中にある真実を知った時、物語は完全にその構図を変えることになるのです。作中での篤丸のちょっと決まりすぎに思える台詞、「最後の秘密を知った旦那は、はぐれ鴉に絶対惚れる」が、決して間違っていないと思えるほどに……

 先に述べた通り、赤神作品の多くは悲劇――己の信念と、主家との関係や世の在り方の間の板挟みになった者が、それでも人として在るべき道を往く時に生まれる悲劇を、作者は描いてきました。実は本作は、物語の構図を裏返し、巧佐衛門の立場から見てみれば、まさに赤神流悲劇なのであります。


 しかし本作は、決して悲劇のみで終わる物語ではありません。巧佐衛門にまつわる全ての謎を――物語の最後まで残された謎の答えは、それを知った時、激しく胸を突くこと必至なのですが――才次郎が解いた先にあるものは、一つの希望の形なのですから。

 ユニークな時代ミステリにして、歴史の陰の人知れぬ涙を描く悲劇、そして竹田の独特の土地柄を踏まえた町おこし小説と、様々な顔を持つ本作。はぐれ鴉が鮮やかに姿を変えて見せる結末の妙も含めて、作者の新たな代表作と呼ぶに相応しい作品と感じます。

(なお、本作については既にかなり物語の核心に関わる情報がネット上で見受けられますので、これからお手に取られる方は、できるだけ情報を遮断することをおすすめします)


『はぐれ鴉』(赤神諒 集英社) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2023.01.01

あけましておめでとうございます

 本年もよろしくお願いします。
 昨年は文庫解説では上田秀人『辻番奮闘記 四 渦中』と千葉ともこ『震雷の人』文庫版を、雑誌での書評では「週刊現代」で赤神諒『仁王の本願』、「青春と読書」で山本幸久『大江戸あにまる』を、雑誌記事では「おすすめ文庫王国2023」で時代小説のおすすめアンソロジーの紹介を担当させていただきました。本年も引き続き頑張ります。
 このブログの方も、毎日更新を開始してから、今年で18年を迎えることになります。昨年よりももっともっとインプット量を増やし、より充実した作品紹介を心がけますので、どうぞよろしくお願いいたします。

|

« 2022年12月 | トップページ | 2023年2月 »