白井恵理子『賢治と水晶機関車』 賢治世界を生きる少年たちの瑞々しい姿
白井恵理子は『STOP劉備くん!!』を始めとして中国ものを得意とする印象ですが、本作の舞台は日本――それも、あの宮沢賢治の中学校時代を題材に、彼と同級生の少年・銀茂の出会う不思議な事件の数々を描いた、賢治作品のオマージュ的な色彩も強い短篇連作であります。
盛岡中学校に通う賢治を、何かといじめてきた級友たちのリーダー格である少年・銀茂。さすがに気が咎め、夏休みに賢治を誘って岩手山に登ることにした銀茂ですが、当の賢治はおかしなことをいうばかりか、今日は山に入ってはいけない日だなどと言い出すではありませんか。
ムキになって山に入ろうとして、突然の風に吹き飛ばされて沢に落ち、足を折ってしまった銀茂。賢治が助けを呼びに行った間、一人でその場に残されることになった銀茂の前に、二本足で立って人の言葉を喋る犬や山猫が現れて……
賢治が盛岡中学校時代に詠んだ、「藍いろに点などうちし鉛筆を銀茂よわれはなどほしからん」にのみ名前が現れる「銀茂」。どうやら中学校時代の同級生らしいこの人物を、本作はガキ大将基質の、そして直情径行の愛すべき凡人として設定し、物語の狂言回しとして描いています。
作中で何度も銀茂が驚き呆れるように、日頃の言動からして浮世離れして、どこか、いや非常に危なっかしい賢治に振り回される姿はおかしくも微笑ましく――そして思春期の少年ならではの繊細さと大雑把さに、何ともほろ苦い気持ちにさせられます。
そしてそんな瑞々しい少年たちの描写とともに注目すべきは、作中の賢治オマージュの巧みさでしょう。
本作は全三話――先に述べた「銀茂と星鉛筆」、長い間欠席していたのが雨の日に帰ってきた同級生・太市を巡る奇妙な出来事の数々を描く「太市と虹インク」、銀河鉄道に乗りたいと語る療養所で暮らす賢治の幼馴染み・フキ子のために二人が奔走する「賢治と水晶機関車」という構成です。
そしてそこで描かれる奇妙な事件や人物、ガジェットの一つ一つがどれも実に「賢治らしい」。カラスが天を回るうちに東の空に火をおこす「カラス機関」、重曹を入れることで虹を生み出すインク、水晶を燃料にして銀河を行く機関車――どれも賢治の作品を踏まえた、あるいは賢治の作品に登場しても全く違和感のないものばかりです。
そしてそれを語る賢治の、どこか奇妙な論理に彩られた浮世離れした口調がまた、賢治の作品っぽさを強く感じさせるのですが――しかし「賢治らしい」だけで終わらないのもまた、本作の巧みな点でしょう。
先に述べたように、本作は賢治を主人公にしつつも、同時に、銀茂という少年の視点から描かれた物語であります。そんな構成によって、本作は「賢治らしい」世界と現実世界の危うい境界を巧みに相対化しつつ――そしてそれと同時に、「ここではないどこか」に行こうとしても行けない賢治の悲哀をも、同時に浮き彫りにしていくのです。
賢治を主人公にした、あるいは賢治が登場するフィクションは様々ありますが、その中でも独自の――そして濃厚な味わいを感じさせる作品であります。
ちなみに単行本に併録された「信長・お伽草子」は、うつけ者として知られた少年・織田信長と、彼の元に嫁ぐことになった少女・濃姫の物語。山から下りてきて人真似をする山鬼という存在を用いて、信長の繊細な心理と濃姫による救いを描く構成が巧みな短編です。
『賢治と水晶機関車』(白井恵理子 eBookJapan Plus) Amazon
|
|
Tweet |
|
| 固定リンク
