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2023年2月

2023.02.28

田中芳樹『ラインの虜囚』 目指すは生きていたナポレオン!? 少女と三人の豪傑の冒険譚

 SF、ファンタジー、歴史と様々なジャンルで活躍する田中芳樹は、西洋伝奇の名手でもあります。本作は講談社ミステリーランドで発表されたYAの快作――1830年の欧州を舞台に、カナダから来た少女と頼もしき三人の仲間が、ライン河畔の謎の塔にまつわる冒険を繰り広げます。

 パリの伯爵家から出奔した父と、カナダの先住民の母の間に生まれた少女・コリンヌ。父亡き後、祖父ブリクール伯爵に呼ばれてパリに向かった彼女は、伯爵から孫と認めるための試練を課されることになります。
 ライン河の東岸に立つ「双角獣の塔」――その中に、死んだはずのナポレオンが幽閉されているという噂の真偽を確かめろという伯爵。コリンヌは、父の名誉のために、その奇妙な試練に挑戦することになります。

 彼女を助けるのは、パリで知り合った三人の個性的な仲間――借金取りと編集者に追われる自称天才作家アレクサンドル・デュマ、三つの国でお尋ね者となっている海賊紳士ジャン・ラフィット。そして元軍人らしい謎の酔いどれ剣士モントラシェ。
 義侠心から彼女を助けることになった三人とともにラインに向かうコリンヌですが、一行の前には、パリの裏社会を支配する「暁の四人組」が幾度となく立ち塞がります。

 四人組の妨害を切り抜け、コリンヌたちはラインにたどり着けるのか。プロイセン軍が守る塔に幽閉された仮面の男の正体とは、そして試練の先に何が待つのか――コリンヌと三人の仲間の冒険は続きます。


 近世から近代が移り変わっていく激動の時代であった19世紀前半――本作はその変革の立役者の一人であり、ある意味本作の中心ともいうべきナポレオンの死から9年後を舞台に描かれる、胸躍る冒険活劇であります。
 そもそも、セントヘレナ島で死んだはずのナポレオンが、ライン河のほとりの古塔に幽閉されているらしい――という発端からしてもちろんワクワクさせられますが、さらにたまらないのは主人公の仲間たちの顔ぶれであります。

 何しろ真っ先に登場するのが若き日の大デュマ――もちろん本作ならではのアレンジが加えられているはずですが、しかしその能天気で豪快な姿は、様々な逸話に残るデュマそのものでありますー何よりも、(それなりにしょうもない事情はあるとはいえ)出会ったばかりの見ず知らずの少女のために冒険行に乗り出すその侠気は、実に「らしい」と嬉しくなります。
 そして次に加わるのはジャン・ラフィット――フランス生まれで新大陸で海賊として大暴れしただけでなく、米英戦争ではアメリカに協力してイギリス軍に被害を与えた快男児。義賊であったとか莫大な財宝を隠したといった伝説を持ち、実はディズニーランドの「カリブの海賊」の題材にもなっている大物であります。

 そしてもう一人、モントラシェは――これは偽名でその正体は終盤まで不明ながら、フランスの将軍であったデュマの父のことを知り、それどころか生前のナポレオンのことまで知っているという、いかにも曰く有りげな人物。その正体はなんと――これまた西洋伝奇活劇好きにはたまらない人物で、こう来たか! と大いに驚かされること請け合いであります。

 ちなみに本作を通しての敵である「暁の四人組」は、あの『レ・ミゼラブル』のキャラクター――というわけで虚実入り混じった登場人物たちが縦横無尽に暴れまわる様は、これはもう伝奇小説の興趣横溢というほかありません。


 さて、そんな三人に支えられるコリンヌ自身は、まだ何者でもない十六歳の少女に過ぎません。しかし彼女は同時に、単に助けられ守られるだけの存在などではなく、自分の意思をはっきり持って突き進んでいく勇敢な少女であり、その姿には素直に好感が持てます。
 そしてそんな少女を、騎士として紳士として――いやむしろ父のごとく兄のごとく三人の豪傑が支える、その関係性自体が、ひどく感動的に感じられます。冒険する者に男女の違いなどなく――そこにあるのは未来の自分を振り仰ぐ若者と、かつての自分を見守り導く壮者の姿があるのみのですから。

 そしてだからこそ、結末で語られる四人の後日談が――特にコリンヌのそれが、強く胸に響くのであります。


 豪傑たちが活躍する痛快な西洋伝奇であると同時に、歴史の中に確かな自分の足跡を残した者たちの姿を描く歴史物語でもある――名手ならではの佳品であります。


『ラインの虜囚』(田中芳樹 講談社文庫) Amazon

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2023.02.27

青池保子『修道士ファルコ』 風変わりな修道士を主人公に描く中世僧院の姿

  欧州を舞台とした作品を得意とする青池保子が、代表作の『アルカサル 王城』と同じ世界の修道院を舞台に描く、ユニークかつコミカルな中世漫画であります。かつては凄腕の騎士だった修道士・ファルコと、修道院の仲間たちが、次々と起きる事件に挑みます。

 14世紀後半のカスティリア王国――無聊をかこっていた国王ドン・ペドロは、国内の修道院に、かつて騎士であった修道士・ファルコがいると知り、強く興味を持ちます。さっそく押しかけた王に挑まれ、ファルコはやむなく剣を手にすることに……
 『アルカサル 王城』の主人公であるドン・ペドロをゲストに迎えての第1話から始まる本作は、かつて「ナバーラの鷹」と異名を取りながらも、血生臭い前半生を悔いて修道士となったファルコの活躍を描く物語であります。この第1話はあくまでもプロローグ的な扱いで、物語はこの後にファルコが身を寄せた、ドイツのリリエンタール修道院を中心に展開することになります。

 このファルコ、前歴が騎士ということで非常に腕っぷしが立つというのも特徴ですが、しかしそれ以上に異彩を放つ(?)のはそのビジュアル。この時代の修道士は、頭頂部のみを剃った「トンスラ」という髪型が基本ですが、ファルコは何故かトンスラにしていない、いやすることを許されていないのです。
 実は彼の頭頂部には、ある形の痣があり、これが修道院の風紀を乱しかねないから――というスゴい理由なのですが、いずれにせよ、一見修道士に見えない、そして剣の達人であるという点から、彼が修道院外で起きる(しかし修道院が絡む)事件解決に駆り出される――というのが物語の基本となります。


 さて、本作はそんなファルコを主人公とする物語ですが、彼以外の修道院の人々も、実に個性的かつ魅力的であります。

 ケルンの市警という前歴を持つオド、美意識過剰な変人芸術家のアルヌルフ、傲慢で道を一度は道を誤った秀才・アルヌルフ、潔癖症で小鳥の心臓と呼ばれる気弱な院長、一見功利的ながら清濁併せ呑む器量人の副院長――さらに近くの老人ばかりの聖アンナ尼僧院の面々も含めて、多士済済であります。
 特に、やはり腕っぷしが強く、その前歴から高い捜査能力を持つオドは、ファルコとはしばしば共に行動する名コンビ(互い「霊的な会話をしよう」と言いつつ、前歴を引きずってしまうのはお約束)。後に、彼が修道士になる前の物語『ケルン市警オド』が発表されるほどの人気キャラであります。

 さて、本作はこうした面々が賑やかに繰り広げる(というか巻き込まれるというか)騒動を描く物語ですが――その楽しさもさることながら、本作の最大の魅力は、作中で描かれる中世の修道院ならではの事物と、それを巧みに生かした物語展開であります。

 たとえば第2話のメインとなるのは、修道院の聖遺物の存在――聖人の遺体の一部を崇拝する聖遺物は、リリエンタール修道院にも存在するのですが、それは実はケルンの大聖堂から盗んできたもの。一見とんでもない話ですが、ふさわしい扱いがされていないものを保護したという理屈で当時は「神聖盗掠(フルタ・サクラ)」と呼ばれ、正当化されていたというのに驚かされます。
 物語の方では、その聖遺物、聖女サウラの指の骨がさらによその僧院に盗まれ、ファルコとオドが追跡するも、思いもよらぬとんでもない事態になっていくのですが……(いや、本当にこれはよく考えついたと思います)

 これ以降もの世話をさせる貴族の存在や、修道院の最良の収入源であるブドウ酒、神学を修めるために神学校に入ったはずの学生たちの堕落、あるいは苦境にある僧院を救おうとしない守護聖人に対する「辱めの儀式」など――実に様々な題材を、物語に有機的に結びつけ、ユニークなストーリーを生み出してみせるのには感心させられます。


 しかし本作は、こうした事物を物語の題材として用いるだけではありません。

 現時点で最後の、そして最長である「湖上の城大量殺人事件」編――長らく争ってきた二つの家の和解の機会であったはずの婚礼の場で大量殺人が行われ、殺された側が報復に相手の家を皆殺しにしたという、ある意味実に中世的な物語の結末で描かれるもの……
 それは聖人の奇蹟でも法の裁きでもなく、人の心が生んだ赦しの姿であり――それもまた、本作だからこそ描くことができるものであると、強く印象に残るのです。


 2015年以降連載は中断(その後に前述の『ケルン市警オド』を連載)していますが、是非また、本作ならではの、中世修道院ならではのユニークな物語を読みたいものです。


『修道士ファルコ』(青池保子 秋田書店プリンセス・コミックス第1-5巻) Amazon

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2023.02.26

年表サイト「妖異の世界史」を更新しました

 古今東西の史実の出来事と、フィクションで描かれた出来事、歴史上の人物の生没年を集めた年表サイト「妖異の世界史」を更新しました。今回は作品の追加のほか、作品名から年表に飛ぶことができる索引ページを作成しています。

 最近は本を読んでいても作中年代が気になって仕方ないという末期症状ですが、明確になっていなくとも、作中の描写から少しずつ年代を手繰っていくのも楽しいものです。なお、現時点で掲載作品数は千百数十となっています。

 今回の追加作品は以下の通りです。(年代順)
『卑弥呼とよばれた少女』、『火の鳥 黎明編』、『大唐泥犁獄』、『火の鳥 鳳凰編』、『楊家将演義』、『桃花源奇譚』、『夢見の猫 風の犬宮』、『コカチン 草原の姫、海原をゆく』、『修道士ファルコ』、『オトラント城奇譚』、『太陽の子エステバン』、『アサシンクリード クロニクル チャイナ』、『影武者』、『銀河忍法帖』、『忍法封印いま破る』、『黒いチューリップ』、『忍法双頭の鷲』、『乾いて候』、『お役者文七捕物暦 蜘蛛の巣屋敷』、『スカラムーシュ』、『ラインの虜囚』、『モルグ街の殺人』、『マリー・ロジェの謎』、『盗まれた手紙』、『アサシンクリード クロニクル インド』、『秘戯書争奪』、『お庭番地球を回る』、『気球に乗って五週間』、『いちげき』、『龍神村木偶茶屋』、『ソロモン王の洞窟』、『シャーロック・ホームズとシャドウェルの影』、『幻燈辻馬車』、『二人の女王』、『白髪鬼』、『幽霊塔』(黒岩涙香版)、『悪魔の発明』、『黄色い下宿人』、『坊ちゃんの時代』、『ワイルドバンチ』、『幽霊塔』(江戸川乱歩版)、『アサシンクリード クロニクル ロシア』、『絞首商會』

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2023.02.25

『REVENGER』 第八話「Two of a Trade Never Agree」

 絵師として一歩を踏み出しながらも、己の過去の所業に葛藤を抱いたままの雷蔵。そんな中、礼拝堂から唐人街の劉に対して利便事の依頼が入るが、明らかに異質な依頼に幽烟たちは戸惑う。真実を探るべく唐人街に潜入した雷蔵は、三度劉と対峙するが、そこに新たな利便事屋の銃弾が放たれ……

 ここに来て一気に終盤に向けて物語が加速し始めた感のある今回は、利便事屋・奉行所・唐人街・長崎会所と錯綜していた勢力関係が、新たなキャラクターの登場で、さらに入り組んだ姿を見せることになります。

 これまで本作の中核にあったのは礼拝堂→幽烟たちのチームという関係ですが、利便事の元締めというべき礼拝堂のジェラルド嘉納からの今回の依頼(というより指令)は、ターゲットが唐人街の劉というのはともかく、示されたのが噛み跡のない大判。利便事屋にとっては声なき依頼状である「恨噛み」がない小判が、果たして依頼の証となるのか――というより誰が依頼人なのか? 幽烟の当然の疑問に対する嘉納の答えは、島原の乱の無念がどうこうと、明らかに答えになっていない異常なもの。小判ではなく大判だからと呑気に喜ぶ惣二(さすが、幽烟が業の話をしている時に徹破と鳰は名前が挙がったのに、一人スルーされた奴)以外のメンバーにとっては、利便事屋の掟の根幹を揺るがす異常事態であります。

 しかしこれだけであれば、まだ何かの間違い(?)といえなくもありませんが、前回から不穏な動きを見せている長崎会所の宍戸が、遍路の貞なる新たな利便事屋に依頼をする場に、礼拝堂で嘉納の傍らに常に控えているシスターがいたのですから穏やかではありません。しかもこの依頼、恨噛み小判といいつつ、実にふざけた形で噛まれた小判がやり取りされるのですが――普段あれだけ掟については口煩い礼拝堂の人間が、これを看過するとは……

 さて、そんな一気に視聴者と幽烟チームが混乱しそうな状況になってきたのと並行して描かれるのは、新たな生に一歩踏み出そうとする中で葛藤する雷蔵の姿であります。己の作品として今は亡き「唯」の姿を描き、彼女の名を書き加えては悩んでいたところを、少し加えて幽烟の姓・碓水の「碓」の字に変え、そしてそこにもう一文字加えて「碓心」という雅号とすることで乗り越えた(?)雷蔵。
 そんな彼に対して、自分が以前使っていた庵を使うように勧める幽烟。絵師・碓心として踏み出せば、これまでの繰馬雷蔵という存在は消える――そう語る幽烟を、例によってわちゃわちゃツッコむ鳰と徹破ですが、いずれにせよ、今の状況の中で一番戸惑っているのが雷蔵であることは間違いありません。

 そんな中、何となく町の飲み屋に入った雷蔵は、そこで相席となった僧に、殺生の罪が許されることはあるかと尋ねるのですが――この僧が、遍路の貞なのだから話はややこしい(もちろん、貞の方は知っていて近づいたのでしょうが)。命は生きるだけで他の命を糧にしている、というのはまだ僧侶っぽい考えですが、そこからだから殺生はこの世の理、銭のやり取りも銭で相手の人生の時間の一部(を使った仕事)を得ていると思えば殺生と変わらない――と、聞きようによっては殺生を、金で命をやり取りすることを正当化するようなことを言い出すのですから、雷蔵が憤然としないはずもありません。
 この辺り、貞の思想と同時に、利便事屋(というよりもはや殺し屋ですが)という生業のある側面を切り取っているのが、面白いといえば面白いのですが……

 さて、図らずも今回のターゲットとなった劉ですが、前回林則徐に当てた手紙は幽烟たちの手に渡り、やはりこれまでの劉の行動は、阿片で金儲けするためではなかったらしい――という結論にたどり着くことになります。そしてそれとほぼ同時に、三度目の激突を始めた雷蔵と劉も、お互いを誤解していたことにようやく気付くのですが――そこに放たれる一発の弾丸。
 貞の仲間が放った狙撃弾が狙った相手はどちらか!? と思えばそれは劉。てっきり宍戸の言動を見ていれば、貞の標的は雷蔵たちの方かと思いましたが――もっとも、劉を殺ったのが雷蔵たちと思わせて、中華街と雷蔵たちを共倒れに追い込む策かもしれず、まだ真の狙いはわかりません。それ以前に劉もこれで退場とも思えませんが……

 物語も2/3を過ぎて、いよいよクライマックス突入という印象であります。


『REVENGER』中巻(松竹 Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
公式サイト

記事
『REVENGER』 第一話「Once Upon a Time in Nagasaki」
『REVENGER』 第二話「Gold Opens Any Door」
『REVENGER』 第三話「Fortune is Fickle and Blind」
『REVENGER』 第四話「Ask, and You Shall Receive」
『REVENGER』 第五話「Love Never Dies」
『REVENGER』 第六話「Adversary Advent」
『REVENGER』 第七話「Rosy Pitfall」

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2023.02.24

東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第7巻 剣なき時代の剣士たちの物語、開幕

 なんと四ヶ月連続刊行となるらしい漫画版『警視庁草紙』、絶好調の第七巻であります。この巻では「開化写真鬼図」編が完結、そして大作「残月剣士伝」がスタートすることになります。明治の世に生き残ってしまった剣士たち――彼らの向かう先は何処か?

 果たし合いの介添人を引き受けたものの、果たし合いの当事者の一人・桜井が警視庁に捕らえられたことで、思わぬところから正体露見の危機に陥ることとなった千羽兵四郎。桜井が自分のことを白状する前に、何とか奪還しなければ焦る兵四郎に、隅のご隠居はとんでもない策を吹き込むことになります。

 その策に従い、桜井たちの果たし合いの原因である女郎の小浪と、彼女を落籍せた陸軍少将・種田政明の、こ、交合写真を撮って警視庁を脅すことになった兵四郎。覆面の曲者となり、種田と小浪、そして写真家の(これは実はグルの)下岡蓮杖を脅して、ついに撮影と相成ったのですが……
 しかしこれは客観的に見れば、どうにも非道い策ではあります。なにしろ警視庁を脅すというのはさておき、その手段というのが、無関係とは言い切れないものの、とはいえとばっちりに近い女性を辱めることで成立するものなのですから。

 そんなわけで読んでいるこちらも、スッキリしないものを抱えていたのですが――いやはやここでは、そんなこちらの、いや兵四郎たちの思惑をよそに、この非道い出来事の全てを受け止めて見せる、途方もない小浪の、いや女性の力というべきものが描かれることになります。
 もちろんこれは一つの都合の良いフィクションかもしれません。しかし山風作品ではしばしば描かれるこのシチュエーションを、このような形で画にするとはと、舌を巻いた次第です。

 そこからご隠居が東条青年を相手に、独自の歴史観・維新観を語り(前巻の段階で、原作にあったのにカットされたと散々ブーたれたら、場所は変わったもののしっかりと描かれました。すみません)、そして兵四郎の策が当たったものの、思わぬそしてとんでもない結果を招き――と、実に本作らしい形で終わりを迎えることとなったこのエピソード。
 さらに漫画版オリジナルのエンディングとして、写真に映る自分の姿に複雑な想いを抱く兵四郎の姿を描いた上で、それを受け止めるお蝶と二人のラストカットに、目頭が熱くなるのです。


 そしていよいよスタートするのは、剣なき時代を生きる剣士たちの物語「残月剣士伝」であります。

 かつて各道場で名を馳せた剣士たちが客を前に勝負を繰り広げる「撃剣会」興行。狭いところに人が密集して治安にも影響が出かねない――というだけでなく、巡査としてかつての剣士たちを集めている警視庁としては、名剣士たちを集めるこの興行は、ライバルというべき存在であります。
 しかもその元締めは、あの龍馬を斬った男・今井信郎が恐れる彼の師にして直心影流皆伝の最後の剣客・榊原鍵吉――これまたおいそれと手を出すのも難しい相手であります。

 しかしこの撃剣会をプロデュースしているのは、榊原道場にたむろっている中でも特に怪しげな、加賀からやってきた四人組。しかもこの四人組、警視庁の巡査たちを前に恐れるどころか平然と挑発してのける怖いもの知らずの連中です。
 そんなイキってる若い衆に対して、どうにも重たいのは幕末世代であります。かつての講武所の友たち(名字!)と、彼らとの別れを思い出して悄然たる気持ちになる兵四郎。自分の昔の名前を呼ぶ人間と対面すれば、それが会いたくもない相手で、昔の厭な記憶を甦らせてしまう藤田……


 この巻の時点では物語はまだ動き出したばかりですが、ここまで述べたように、新旧の、そして敵味方の剣士の想いが様々に絡み合い、いつ爆発してもおかしくない状況であります。
 そして、藤田の前に現れたある人物の発案で、いよいよ警視庁も撃剣会潰しに動き出すのですが――さてその手段とは、そしてその結果とは。警視庁側、というより藤田の掘り下げも多いこの漫画版だけに、どこに物語が転がっていくのか、次巻も見逃せません。


『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第7巻(東直輝 講談社モーニングコミックス) Amazon

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2023.02.23

逢坂みえこ『獣医者正宗捕物帳』第4巻 より自由で芳醇な本歌取りの世界へ

 獣医師にして岡っ引きという変わり種の男・正宗の名推理を描くユニークな時代ミステリ漫画の第四弾であります。古典ミステリから巧みに換骨奪胎して新たな物語を作り出すセンスはもちろんこの巻でも健在、本歌取りの見事さに唸らされる全三話であります。

 江戸がえびす講で賑やかな中、老舗の履物屋・金具堂の跡取り息子・小次郎が誘拐され、身代金五十両が要求という事件が起き、正宗親分が捜査に当たることに。しかしほどなくして帰ってきた小次郎――なんと攫われたのは小次郎ではなく、その遊び友だちでしじみ売りの亀松だったのであります。
 胸を撫で下ろした金具堂の先代夫婦は身代金の支払いを拒否するのですが――しかし若旦那夫婦は小次郎のとばっちりで攫われた亀松のためだと強く言い張り、やむなく先代も支払いを認めることになります。

 そして祭りの雑踏の中、犯人からの指示に従い、若女将の手で宝船に積まれて川に流される五十両。しかし正宗は、身代金の金額の少なさや、妙に子供に優しい脅迫状、そして不安定な受け渡し手段に違和感を持ち……


 冒頭で触れたように、各エピソードで古典ミステリを題材とし、アレンジした物語を描いてきた本作。第3巻までは(クリスティーの作品もあったものの)シャーロック・ホームズ譚を題材としてきたのですが、この巻より本格的にそこから離れて、よりバラエティに富んだ物語が描かれることとなります。

 そのある意味第一弾がこのエピソードですが――さすがに「金具堂の身代金」というサブタイトルを見て仰天しました。そう、今回の題材は、エド・マクベインの87分署シリーズの一つ『キングの身代金』――日本でも黒澤明の『天国と地獄』の原作で知られる作品です。
 「誤って他人の子供が誘拐された誘拐事件」という、ある意味極めてユニークな事件が引き起こすドラマを描くという点では、もちろん本作は変わりません。しかし本作が実に見事なのは、そのキモの部分を江戸時代に移したのに留まらず、さらにそこから――ミステリ的にもドラマ的にも――踏み込んだ物語を描いてみせた点にあります。

 本作に対しても元作品に対しても未読の方の興を削ぐことになりますので、その相違点をここで具体的に語ることができないのがもどかしいところではあります。しかし、本作が原作にないフーダニット――いやそれ以上にホワイダニットの要素を加えることによって、物語に全く予想もしなかった奥行きを与えたことは、ここで強調しておきたいと思います。
 物語の終盤、正宗が辿り着いた真実――ある意味、時代ものならではのその真実を通した時、これまで見えてきた物語の姿が全く違って見えてくるのは、ただ圧巻と言うべきでしょう。そしてその先の人情の姿にも、また心打たれるのです。

 考えてみれば、これまでも題材となる作品を踏まえつつも、その時代劇版で終わることなく、独自の味を――特に人情ものという形で――加えてきた本作。このエピソードは、その巧みな本歌取りの冴えの、一つの極みとすら感じます。


 もちろん、残る二つのエピソードも、元作品を踏まえて巧みなアレンジを効かせた佳品揃いであります。

 正宗の子分・佐助の友人が、初めてのはずなのに何故か見覚えのある山中を探索する中で死体を発見し、それがきっかけで己の恐ろしい記憶に苛まれる「眠れる殺人」
 婚礼を間近に控えた大店の息子が、試供品の饅頭に仕込まれていた毒で死亡。しかしその犯人以前に、標的が本当に彼であったのかという謎が浮かび上がる「毒入り饅頭事件」

 ミステリ好きの方であれば、あらすじとタイトルで、ああこの作品か、とピンと来るかと思いますが、どうしてどうして、こちらも一筋縄ではいかないエピソード揃い。特にこの二話は、さらに別の作品も絡めてみせることで、より複雑な――そして様々な形の人情味が効いた内容となっており、こちらも必見であります。


 時代劇版シャーロック・ホームズから離れ、より自由に、そしてより豊潤な物語世界を構築し始めた本作。この先どのような作品が、どのように本歌取りされるのか――楽しみでなりません。


『獣医者正宗捕物帳』第4巻(逢坂みえこ 小学館フラワーコミックスアルファ) Amazon

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2023.02.22

ジェイムズ・ラヴグローヴ『シャーロック・ホームズとシャドウェルの影』 名探偵、ロンドンに邪神の影を追う

 様々な物語世界とクロスオーバーし、今なお広がっていくクトゥルー神話。その邪神の影に、あの名探偵が挑みます。シャーロック・ホームズとワトスンの出会いの陰にはクトゥルー神話の邪神が存在し、その後の彼らの人生まで変えてしまった――そんな大胆極まりない構図で描かれる野心作であります。

 アフガニスタンでのある事件がもとで、心身に深い傷を負ってロンドンに帰ってきたワトスン。彼は憂さ晴らしに出かけた怪しげな酒場で元同僚のスタンフォードが起こした騒動に巻き込まれたところを、只者ではない動きの老人、いや老人に扮した人物――シャーロック・ホームズに助けられるのでした。
 ホームズとワトスンは、逃げたスタンフォードを追いかけたものの、既にその場から姿を消した後。実はスタンフォードは、ホームズによればシャドウェル地区で過去数ヶ月の新月の晩に発見された、異様に痩せ細った死体に関わっている疑いが濃厚だというのです。

 スタンフォードの背後に、英国で成功した中国人であり、そして裏の顔では阿片窟を営むグンフェン・シュウがいると睨み、阿片窟で騒動を起こして挑発するホームズ。はたしてベーカー街に現れたグンフェン・シュウは、しかし彼がスタンフォードを使って新型麻薬の人体実験を行っているというホームズの推理を一笑に付すのでした。
 真実を知りたければ一人でついてこいというグンフェン・シュウの言葉に乗り、何処かへ誘われたホームズ。そこで奇怪な麻薬と魔術でトリップした彼が見たのは、人知の及ばぬ太古にこの地球を支配し、そして宇宙の遙か彼方で今なお蠢く邪神たちの影だったのです。

 そしてやつれ果ててベーカー街に帰ってきたホームズを前に、ワトスンも語り始めます。かつてアフガニスタンで彼が経験した、悍ましい出来事を……


 ワトスンの未発表原稿が見つかった――という、ホームズ・パスティーシュの語り起こしとしては定番中の定番を用いながらも、その出所にH・P・ラヴクラフトが関わっているという、冒頭から実にそそられる仕掛けの本作。
 しかも本作は単純に語られざる事件というのではなく、実は我々が良く知るホームズ譚自体が一種のフェイクであり――それは彼らが真に戦っていた敵の存在を社会から隠すためであった、という大胆極まりない基本設定の物語なのであります。

 その敵の正体が、クトゥルー神話の邪神とその信奉者たちであるのは言うまでもありません。クトゥルー神話とホームズ、その双方を愛する者であれば一度は夢見た、そしてこれまで様々な作品で描かれた――しかしその数は両者の知名度からすれば意外なほどに少なく感じられる――取り合わせを本作は真っ正面から描いて見せます。
 ホームズとワトスン、それぞれの形で禁断の知識と存在に触れていた二人が運命的に出会い、コンビを組んで挑む事件は、その内容や舞台設定、キャラクター描写など諸々の点で違和感なし。展開はどんどん派手になっていきながらも、「らしさ」を失わない物語を、存分に堪能させていただきました。


 ただ――これはもちろん個人的な好みではあるかもしれませんが――もう少しホームズには、推理で邪神たちに挑んで欲しかった、というのも正直なところではあります。特に終盤は、真の黒幕の手の上で踊らされていた感もあり、たとえ相手が非論理の極みのような怪物であっても、人間の論理で謎を解き、挑んで欲しかったと、心から思います。
 そのため、ホームズの長編パスティーシュにはしばしばある(ような気がする)クライマックスで推理よりもアクション主体の物語となってしまった――いう印象も否めず、その辺りは特にホームズファンにとってはもの足りない面もあるかもしれません。
(もう一つ、個人的には神話知識を陽に書きすぎという印象もあるのですが、これこそ好みの問題でしょう)

 とはいえ、やはり邪神ハンター・ホームズという題材は、極めて魅力的であることはいうまでもありません。
 そして冒頭から予告されているように、本作が三部作――三十年間の間にホームズとワトスンが繰り広げた邪神との戦いを描くものである以上、残る二作にも強く心惹かれていることは、間違いないところであります。
(あの人物も、当然あの程度で退場はしないでしょうから……)


『シャーロック・ホームズとシャドウェルの影』(ジェイムズ・ラヴグローヴ ハヤカワ文庫FT) Amazon

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2023.02.21

高橋葉介『帝都物語』 夢と幻の名手が描くもう一つの帝都

 1989年に映画『帝都大戦』公開に合わせて描き下ろし刊行された、高橋葉介による漫画版『帝都物語』――原作の「魔王篇」「戦争篇」をベースとした作品であります。魔人・加藤保憲が去った帝都に、新たな異国の魔人の姿が……

 戦争の影が忍び寄り、不穏の度を高める帝都。大蔵省の大臣秘書官・辰宮洋一郎の妹・由佳理の娘である雪子は、かつて加藤保憲に立ち向かった末に敗れ、満洲に連れ去られた義母・恵子の幻影から、由佳理を守ってあげてという言葉をかけられることになります。

 折しも幾度となく奇怪な発作を起こし、苦しんでいた由佳理。その原因は、由佳理の中にある平将門の分霊を封印しようとする北一輝の祈祷にありました。
 北が若手将校たちによる蜂起成功に向けて暗躍する一方で、甘粕正彦を配下とするメソジスト協会の怪人・トマーゾが潜み、奇怪な陰謀を巡らせる帝都。しかし満州の加藤は帝都の状況を嘲笑い、静観の構えを見せます。

 そして二・二六事件が勃発するも北らの計画は失敗――やがて戦争が本格化し、そして日本の敗色が濃厚となる中、観阿彌光凰は武蔵野の鉄塔から呪念を増幅してルーズベルト呪殺を計画することになります。
 しかしトマーゾはこれを妨害し、さらに将来自分の敵に回ると予知した加藤を排除するため、恵子殺害を画策するのですが――それが加藤の怒りに火を点けることになります。

 ついに帝都に帰還した加藤と、トマーゾ――激突する二人の魔人の結末は……


 冒頭に述べた通り、映画『帝都大戦』の公開に合わせて刊行された本作。映画の方は原作をかなりアレンジした内容となっていましたが(あれはあれで好きです)、本作は原作をかなりの程度忠実に漫画化していると言ってよいかと思います。

 もちろん単行本一冊ということもあって分量的には少なく、内容的にはそれなりに取捨選択されていることは言うまでもありませんが、本筋はキープされている――というより、「魔王篇」より前の原作の設定・ストーリーを完全に踏まえているために、辰宮兄妹と雪子、加藤と恵子の人間関係がいきなり承前で始まるため、この辺りは本作から読んだ方はかなり戸惑うかもしれません。

 それでも本作が魅力的に感じられるのは、原作の衒学的ベクトルとはまた異なる形で帝都を描いてきた作者の筆による帝都の姿によるところはもちろんあるでしょう。しかし何より加藤と恵子の愛憎入り乱れた関係の描写の巧みさによるところが大きいと感じます。

 加藤に戦いを挑みながらも敗れた末、心身ともに征服され、行動を共にすることになった恵子。しかしその関係は、その表面的なものとは大きく異なるものであることが、二人の姿から浮かびあがります。
 加藤にとっては戦利品であり、責め苛む対象であるはずの恵子。しかしここで描かれる二人の姿は、いつしか心の通じ合った男女のそれであり――むしろ荒ぶる加藤の姿は、恵子の懐の内にあるようにすら感じられます。

 そんな二人の関係性――というより恵子の「菩薩」と喩えられる存在感――はもちろん原作でも描かれたものですが、ほんのわずかな描写から、いわば二人の超人の中の人間臭い部分を浮き彫りにしてみせる筆は、これは高橋葉介ならではというほかありません。
 そしてそれがクライマックスのトマーゾに挑む加藤の、いやそれが決着した後の加藤の、ある意味極めて意外な、それだからこそ不思議な感動のあるシーンに繋がるのは、見事というべきでしょう。


 さて、高橋葉介で帝都といえば、どうしても浮かぶのは「彼」ですが――本作においては冒頭と第二部冒頭、そしてラストと、ごくわずかの出番でありながら、印象的な姿を見せることになります(特に冒頭では雪子、第二部では恵子の前に現れ、語りかけるのが彼らしい)。
 思えば彼も帝都に現れる夢か幻のような(それでいて妙に人間臭い)存在。本作での「彼」は「帝都の小悪魔」と呼ばれるようですが、まさに言い得て妙かもしれません。

(ちなみに本作では馬賊の少女・明鈴が登場するのですが、これはまあ扱い的にスターシステムと考えてよいでしょう)


『帝都物語』(高橋葉介 朝日ソノラマほか) Amazon

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2023.02.20

安田剛士『青のミブロ』第7巻 七つの橋の決戦 そしてミブロたちの原点

 武士の世を目指すテロ集団・血の立志団が京の町に火をかけんとするのを、こちらも総力を挙げて阻止せんとするミブロ。七つの橋を舞台に、ミブロと立志団の強者たちの激突が始まります。その中で描かれる、ミブロたちの原点とは……

 徳川幕府を倒し、世を戦国乱世とせんとする血の立志団を阻むため、戦ってきたにおとミブロたち。しかしついに決起した立志団は、「今宵亥の刻 鴨川にかかる七つの橋を落とし 京の町に火をかける」とミブロに挑戦状を叩きつけるのでした。
 この暴挙を阻むため、七つの橋、そして立志団の本拠である剣術道場・京八館に急ぐミブロの面々。しかしその前に、立志団の八人の幹部が立ち塞がり……

 というわけで、ついに始まったミブロvs立志団の全面対決。七つ+一つのステージに八人の敵という、少年漫画の王道を行くような展開に胸躍りますが、この巻では各ステージでの戦いの模様が描かれます。

 その先陣を切って二条大橋で大立ち回りを演じるのは、ある意味納得の永倉・原田コンビ。いつもながらのテンションの高さで突っ走る二人ですが、しかし揃いの羽織を作る金策の最中、博打で身ぐるみ剥がされて両刀なくした(脇差は総司たちに借りましたが)二人はまともに戦うことができるのか?
 といっても新選組ファンであればその辺りを心配する方はいないような気もしますが、もちろん二人は期待通りに桁外れの力を発揮して、立志団の幹部を二人まで撃破。そしてここで印象に残るのは、原田の無茶苦茶な強さもさることながら、永倉の内面であります。

 本作の永倉は、月代も剃らず、口ひげを生やすという、ある意味ミブロで一、二を争う武士らしくないビジュアル。しかしここで描かれるのは、彼の出自に絡めたその理由であり――それはそれでアリなのか、というのはさておき――なるほど、確かにその感覚はあるかもしれない、と思わされるのです。。


 そして続く四条大橋で待つ立志団の幹部・「扇動」と激突するのは土方。志士としての自分、というより志士としての人脈を誇る「扇動」に反発しつつも、土方は徐々に押されていくことになります。そしてその中で彼の脳裏によぎるのは、かつての試衛館での近藤や沖田との日々と、その中で彼が自得した自分の在り方なのであります。

 正直なところ、新選組ものにおいては、かなりの割合で野望――といって悪ければ風雲の志を抱く姿が描かれる土方。そしてその原動力となるのは、武士ではない自分たちが武士になるという、成り上がりの想いだったりするのですが、本作の土方はむしろそれとは正反対のキャラクターなのが面白い。
 以前、直純と対峙した際に、恩返しのために戦っていると語った姿も印象的でしたが、ここで志士としての自分の姿を大きく見せることに腐心する「扇動」との対峙の中で描かれる土方像は、かなり意外に感じられます。

 しかしだからこそ本作の土方には独自の魅力があり、そりゃあこの戦いでは完全に一観客になっていた野口も感動するわ――と納得の展開であります(己の姓に絡めたような言葉も心憎い)。


 そしてこの巻でもう一番描かれるのは、松原橋でのはじめの戦いであります。その敵となるのは、立志団のメンバーらしからぬ華美な装いの青年「鈴蘭」。その術中にまんまと嵌められたはじめもまた、自分の原点であり目標である存在のことを思い出すことになります。その名は斎藤一……!
 本作において、その存在自体が一つの疑問符であったはじめ。斎藤はじめを名乗っているものの、しかしはじめはあまりに若すぎる。そして顔見知りらしい裏稼業の元締めめいた人物が彼を呼ぶ「二代目」という言葉からすれば、「初代」が登場するのはむしろ当然なのですが――それでははじめは何故その名を名乗るのか。そして初代はどうしたのか?

 ここで描かれる不器用な暗殺者と、天涯孤独の子供の交流は、定番の組み合わせという感もありますが、そこに「強さとは何か」「何のための強さか」という問いを絡めてドラマを動かすのが本作流。なるほど、だからこそはじめは――と、これまでの彼の言動と、そこに生まれた変化の理由を感じさせる物語展開には、胸が熱くならざるを得ません。
(ここではじめが決して無敵ではない、そうそう上手くいくばかりではない、というのを描き、そして彼がそれを受け容れる結びも、また実に旨いと感じます)


 さて、橋上での戦いが続く一方で、におと近藤たちは、敵の本拠たる京八館に向かいます。そこで待つのは、かつて道場での立ち会いで近藤と意気投合した好青年・陽太郎――これまた濃く熱いドラマが展開される予感であります。


『青のミブロ』第7巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2023.02.19

『REVENGER』 第七話「Rosy Pitfall」

 阿片漬けにした見目好い若者を陰間にして僧侶に充てがう尼寺・法円寺。知らずにこの寺を訪れた僧・清空は、陰間の一人・市之丞から身の上を聞かされるが、市之丞は恨噛み小判を遺し廃人となってしまう。法円寺の尼たちを始末していく利便事屋だが、首魁の慧玉を追う雷蔵の前に劉が立ち塞がる……

 前回から、長崎に流れ込んだ阿片を巡る物語が動き始めましたが、今回はその影響の一つを描く、極めて胸糞悪いエピソード。長崎に遊学してきた若侍などを阿片漬けにした上で陰間に仕立て上げ、尼寺で陰間接待、さらに客の中からも見目好い者を阿片漬けにして陰間に――という悪魔の永久機関であります。
 しかし永久機関の部分を除いて(いや、これが今回の一番の発明だと思いますが)、性別を逆転すれば、まあ昔のバイオレンス度の高い時代劇では見かけられたような話だとは思うものの、さすがにそれを今そのまま、しかも一応地上波でも放送されるアニメでやるのはさすがに難しいのかな――という印象はありますが、それをこういう形で実現させてみせたのには感心いたします。いや、スタッフにどうしても陰間を題材にしたい方がいたのかもしれませんが……

 さて、今回のゲストキャラクターである生真面目な青年僧・清空と、彼にあてがわれた陰間の市之丞に焦点を当てて描かれた物語は、その市之丞が噛んだ小判によって利便事屋の物語へと移っていきますが、今回は標的が基本的には(いかに邪悪とはいえ)普通の尼ということもあって、鳰と幽烟が相手を追い詰めていく様は、ほとんどホラーテイスト。しかしさすがに素早く寺から逃走した敵の首魁・慧玉(お前のような尼さんがいるか、と言いたくなるようなエロ衣装には苦笑)を派手なアクションで追いかけた雷蔵の前に、前回から登場の劉大人が立ち塞がったことで、また物語は大きく動くことになります。

 阿片の行方を知っているとお互いに思い込んで激突する雷蔵と劉ですが、「縮地」の法を用いる劉の前にはさしもの雷蔵も押される一方。やはりこの二人はライバル、あるいは雷蔵にとって劉は超えるべき壁ということになるのかな、と思いますが――しかし注目すべきは、これより前のシーンで、劉が欽差大臣・林則徐に、報告書らしきものを書いていた場面でしょう。
 林則徐といえば、言うまでもなく清国を侵食する阿片に対して断固たる手段で応じた(そしてそれが阿片戦争の発端となった)人物。いかに微妙にパラレルっぽい世界観とはいえ、ここで阿片絡みでわざわざ林則徐の名を出すということは、やはり史実に近い流れにあるのだと思われますし、だとすればその人物に報告を(しかも唐人街の顔役でなく、林則徐の部下らしき形で)劉が送っているということの意味は、決して小さくないでしょう。
(まあ、個人的にはこれで作中年代がある程度特定できたのに大コーフンしたわけですが)

 雷蔵たちは(視聴者も)完全に劉たち唐人街が阿片を動かしていると考えていましたが、むしろ逆に劉がそれに敵対する立場だとすれば――そして一方でその劉と手を組んでいる様子の長崎会所の宍戸は、わざわざ長崎奉行の前で坂田が利便事屋に殺されたことを仄めかし、奉行所が利便事屋に対して動かざるを得ないように仕向けてくるという展開で、いよいよ物語の構造はややこしくなってきた感があります。
 ここで宍戸と二人きりになった漁澤が、これまで秘め隠していた刃を文字通りギラリと抜き放って宍戸に凄む(でも竹光なのが彼らしい)シーンは、これはこれで見たいものを見せてくれた! という気分ではありますが――しかし阿片を巡り様々な勢力が入り組んできた中で、次回からはまた重要な新キャラが登場する様子で、果たして利便事屋の側はそのドラマを受け止めることができるのか、というか利便事屋の側にそれに対抗できるだけのドラマがあるのか、ちょっと心配ではあります。


 しかし個人的に今回いただけなかったのは漁澤、奉行所ではあの髪型をどうにかしてくれると思っていたのに、そのままだなんて――無茶は承知ですが、それでもここは何とか無理矢理頑張って欲しかっただけに、非常に残念でなりません。浪人が月代剃ってないのと役人が剃ってないのは全く意味が異なるわけで……
 
 あと、ラストは僧衣を脱いだ清空が白粉に女物の着物で――というオチでなくて心からホッとしました。


『REVENGER』中巻(松竹 Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
公式サイト

記事
『REVENGER』 第一話「Once Upon a Time in Nagasaki」
『REVENGER』 第二話「Gold Opens Any Door」
『REVENGER』 第三話「Fortune is Fickle and Blind」
『REVENGER』 第四話「Ask, and You Shall Receive」
『REVENGER』 第五話「Love Never Dies」
『REVENGER』 第六話「Adversary Advent」

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2023.02.18

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第25巻 覇王最後の死闘、そして物語は歴史へ

 ついに兇王に最期の刻が訪れることとなりました。『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』も、いよいよこの巻をもって完結であります。四面楚歌によってついに心が折れた項羽。しかしもはや喪うものもなくなった項羽の最後の大暴れが始まります。それを阻むことができる者は、ただ一人……

 廣武での戦いを辛うじて休戦に持ち込みながら、それを破って背後から襲うというなりふり構わぬ策を始めとして、張良の謀、そして韓信の策によって、一気に形勢は漢に傾いた戦い。そしてついに集結した劉邦・韓信・彭越の軍は一気呵成に決戦を挑みますが、決着をつけたのは、兵の数や勢いではなく、項羽の故地である楚が、劉邦の手に落ちたという事実でした。
 その証拠ともいうべき「四面楚歌」によってついに心折れ、目に泪を浮かべて虞や虞や若を奈何せんと歌う項羽ですが――しかし虞美人を逃がし、もはや喪うものが何一つなくなった男ほど恐ろしいものはいません。

 かくて項羽が繰り広げるのは、ナレーションが「項羽の武についての記述はにわかには信じがたい・・」と書いてしまうほどの大暴れ。従う兵はわずか二十六人、馬も捨てて己の足で戦場を駆ける項羽ですが、殺しも殺したり数百人――まさしく無双としか言いようがない鬼神のような暴れっぷりであります。
 そして人を捨てた鬼に挑めるのは、やはり人でないもののみ。そう、ここで項羽を止めるためにその前に立ったのは四凶たる窮奇――これまで幾度か激突してきた二人が、ここで最後の戦いを繰り広げることになります。

 ここで描かれるのは、もはや謀も策も及ばない、純粋な武と武の激突――そしてそれを描かせても右に出る者がいないのが作者であります。実に数十ページにわたって繰り広げられる二人の戦いは、本作で描かれた戦いの総決算というべき内容だけに、まさしく息をつく間もない激闘というべき死闘なのであります。


 そして覇王が去り、残されたのは人間たち――最終回では劉邦や張良のその後が描かれることになりますが、こちらは意外なことにというべきか、その描写はごく最小限に留まります。
 もちろんこれは、史実において張良は戦いが終わってほとんど間をおかずに引退に近い状態となっただけに、やむを得ないことではあるでしょう。また、(作者があとがきで記すように)特に劉邦亡き後の漢が、あまりに凄惨な状況となったためでもあるかもしれません。

 そして物語は、張良の、そして彼の戦いと常に共にあった者の最期を描いて終わることになります。作中で、ある意味一番謎めいた存在であったこの人物ははたして何者だったのか?
 それを語る窮奇の言葉には、グッとくるものがありますが――なるほどそれは、この戦いを繰り広げたのが、あくまでも人間たちであったことを語る、本作の結末にまこと相応しいものであったとも感じます。

 結末は寂しくはありますが、物語が歴史になるというのはこういうことなのでしょう。『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』、ここに大団円であります。


 しかしあとがきを読むまで見落としていましたが、眉の辺りとか父親そっくりな彼は、疑うなといっても無理が……


『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第25巻(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2023.02.17

牧野礼『夢見の猫風の犬宮』 猫少女が出会った恐怖と死の先に

 平清盛と後白河院の対立が深まる平安時代末期を舞台に、猫と人間の間に生まれた「千足の里」の少女が、奇怪な秘術にまつわる冒険に巻き込まれる怪奇色濃厚な時代ファンタジーであります。最愛の人と死に別れ、奇怪な蠱毒使いに付け狙われる少女を救う者とは……

 国つ神から不思議な力を授けられて人間の姿に変じた猫の娘と、人間の男の間に生まれた者たちの子孫が暮らす千足の里。人型の猫に近い姿で生まれ、普通の猫の姿にも人間の姿にもなれる里の住人たちは、外界からの侵入者を防ぐ結界に守られ、平和に暮らしていました。
 そんな里の娘・夜斗は、幼馴染であり初恋の人である尾長に求婚され、夢見心地になるのですが――なんの前触れもなく尾長は急死し、夜斗は悲嘆に暮れることになります。

 もう一度尾長に逢うため、死んだ者の魂に逢うことができるという呼び返しの祠に向かうことにした夜斗。しかし彼女は里の結界を出たところを、不気味な男に捕らえられてしまいます。男の正体は、蠱毒使いの虫頭――平清盛と後白河院の対立が表面化する中、双方の陣営にすり寄る虫頭は、千足の里の猫を使って、強力な猫鬼を作り出そうとしていたのであります。

 猫鬼にする儀式のため、虫頭の弟子の少年・三津丸に殺されかける夜斗。そこで彼女を救ったのは、大句と名乗る目に見えない強力な獣でした。一度は大句によって内裏に匿われる夜斗ですが、なおも付きまとう三津丸から逃れるため、夜斗は封印された大句の本体を解き放つことを決意します。
 内裏の封印された扉の先にいた大句の本体――それは先の帝と犬神筋の女性の間に生まれた内親王、犬宮こと狗子内親王だったのです。内裏から逃れた二人ですが、その前に再び虫頭が現れ……


 平安時代末期(ラストに鹿ヶ谷の陰謀らしき事件が語られるのでおそらく1177年の出来事)を舞台に展開する本作は、千足の里の猫、犬神、蠱毒使いが入り乱れる、伝奇色・怪奇色濃厚な児童文学であります。
 メインとなる千足の里の設定からして非常にユニークですが、そこに犬神と己を一体化させる力を持つ内親王、虫や動物たちを人間の姿に変えて操る蠱毒使いといった存在も加わり、既存の概念にさらに独自色を加えたアイディアの数々に、まず惹きつけられます。

 しかしそれと同時に、本作はかなり恐ろしい、そして容赦のない物語であります。もちろんその恐怖の中心に存在するのは、邪悪な蠱毒使いの虫頭なのですが――主人公である夜斗が、猫鬼に作り変えられようとする、そのシチュエーション自体が実に悍ましく、恐ろしく感じられます。
 姿は自分であっても、一度殺された上でその魂を作り変えられ、虫頭の言いなりに人を害する猫鬼にされる。幼い頃に虫頭に拾われ、毒を与えられて育てられた末に人間蠱毒と化した三津丸の存在も含めて、「作り変えられる」ことへの恐怖をこれほど生々しく描いた児童文学は珍しいと感じます。

 そして本作は同時に、死の匂いが濃厚に感じられる物語でもあります。
 そもそも、主人公の許婚・尾長の死から始まり、夜斗は尾長の魂と巡り合うために里を離れるのが物語の発端。そして時に彼女は(猫鬼に作り変えられるくらいならという前提付きとはいえ)死んで尾長と再会することを望みさえするのであります。
(それだけでなく、実はこの物語は一つの死から始まったことが、やがて明かされることになるのですが……)


 他者に意思を奪われて言いなりに生きること、時に生よりも死を望んでしまうこと――本作はそんな恐ろしいシチュエーションを描きつつも、しかしその先にある選択肢を描くことになります。
 自分の意思を持って他者とともに生きること、死んだ者の想いを背負って生きること――そんな、口にすれば当たり前に見えても、子供が理解するには難しい現実を、本作は異形の物語を通じて巧みに描き出すのです。

 あるいはそれは、人間同士が醜く争い、そしてそれが大きく戦乱を広げていく人間の世界とは隔絶した、千足の里という壺中天のような理想郷だからこそ実現することなのかもしれません。しかしそれでも、恐ろしく悍ましい冒険とともに描かれるこの美しい現実は、実現しようと努力するに足るものとして、感じられるのです。


『夢見の猫風の犬宮』(牧野礼 くもん出版) Amazon

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2023.02.16

「コミック乱ツインズ」2023年3月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2023年3月号の紹介の後編であります。


『真剣にシす』(盛田賢司&河端ジュンほか)
 「天下博徒御前試合」に出場する権利を持つ真剣士を目指して、博多にやってきた葛の葉の夜市と左門次。前回はえびすの源蔵にこいこいで快勝した夜市の前に現れたのは、真剣士候補の鶏師峰助――というわけで今回の勝負は闘鶏。なのですがメインとなるのは、夜市の相棒・左門次の無双の暴れっぷりの方であります。

 正々堂々勝負するようなことを言っておきながら、寝込みを襲ってきた峰助の刺客十数名を単身迎え撃つ左文次。それも刀だけでなく、竹竿やら材木やら鎌といった、その辺に転がっていたものまで武器として用い、環境全てを味方につけて迎え撃つ――いやむしろ襲いかかるという恐ろしさであります。
 これまでもその凄まじい剣の腕が仄めかされてきた左文次ですが、しかし今回はその強さが剣に限らない――というより普通の武士のそれとは思えない内容であることが示され、前歴は御庭番か何かか!? と思わされるほど。しかしノッてくると常人では理解できないレベルの凄みを出してくる辺りは、夜市と良いコンビだと思わされます。

 そしてその夜市の勝負の方は――そんな手ありか、というえげつなさすぎる(軍鶏侍激怒必至の)手段で決着。さていよいよ真の真剣士と対面することになりますが……


『口八丁堀』(鈴木あつむ)
 その知識と減らず口で相手を論破していく北町奉行所の例繰方同心、減らず口之介――いや平津内之介の活躍(?)を描く読み切りが、好評に応えてか早くも再登場であります。
 今回内之介が舌鋒鋭く切り結ぶのは、今日から見習い与力となった若者・趙田。年番方与力の子であり、先輩たちにほとんど重箱の隅を楊枝でほじくるような質問を繰り返しては、答えられないと勝ち誇るという、どうにも鼻持ちならない相手に対して、内之介が立ち向かうことになります。

 前回同様、「言の刃仕合」と称して、論戦を剣術試合に模して描くのが実に楽しいのですが、今回の趙田は刀というより鎖鎌を使うような、様々なジャンルについて多方向から不意打ちのように攻めてくる難敵。しかし最大の問題点は、見習いから先輩への質問という形式上、内之介は一方的に攻められるしかない、反撃できないという事実であります。
 あまりに不利なこの勝負、如何に収めるのか――と思いきや、これがこの特殊なシチュエーションを逆手に取った、見事な逆転ぶりに感心させられました。

 勤め人ならではの何とも苦しい立場を描くオチも効いています。


『カムヤライド』(久正人)
 脇から参戦したタケゥチがアマツ・ダンサントを抑え、カムヤライドがアマツ・ノリットを推音速狗(オオトバイ)で迎え撃つ一方で、スーパーアーマー状態でアマツ・シュリクメの鞭を耐えるオトタチバナ・メタルが攻勢に転じ――と思ったところで、脇から飛び出したアマツ・ビズの巨大な尻尾の刃が、オトタチバナを両断……!?
 という衝撃的なヒキとなった前回ですが、あまりに無惨な展開に驚いていれば、それに続くのはさらなる衝撃というか何というか――まあ、これは予想通りの展開にニッコリであります。

 これで数の上では互角になり、いよいよテンション上がる人間サイド。オトタチバナがいかにも彼女らしい無茶なやり方でシュリクメを追い詰める中、カムヤライドは本気になったアマツ・ノリットが放つ超音速弾を推音速狗で完封。そしてそこから一大痛撃を――と、この辺りは本当に画で見てほしい壮絶バトルの連続、特にフィニッシュ(?)の格好良さは必見であります。
 いよいよクライマックスが見えてきた五対五バトルですが、このままモンコたちは押し切ることができるのか……?


 次号は表紙&巻頭カラーに、待ってましたの『暁の犬』、『雑兵物語 明日はどっちへ』や『かきすて』も掲載です。そして気になるのは特別読切『なんとショーザン』。金平守人&富沢義彦という、何が飛び出してくるかわからないコンビの新作に期待です。


「コミック乱ツインズ」2023年3月号(リイド社) Amazon

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2023.02.15

「コミック乱ツインズ」2023年3月号(その一)

 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、池波正太郎生誕100年ということで、表紙は最終回直前の『侠客』、巻頭カラーは今回最終回の『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』。特別読切で『口八丁堀』が再登場です。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎)
 先月号で紹介の映画『仕掛人・藤枝梅安』も公開され、盛り上がる中で最終回を迎えることとなった本作、そのラストの主人公は、やはり梅安と彦次郎のコンビであります。白子屋との決戦のため、死を覚悟して大坂に旅立った二人――ですが、最後の旅になるであろう東海道をのんびりと、旨いものを食べまくりながら旅する姿が描かれます。

 大磯・島田・新居・桑名・坂下・三条大橋とこれでもかと旨そうな名物の連続で来て、ラストは枚方宿で迎えることになるのですが――ここで二人の「最後の晩餐」の内容にはグッとくること間違いなし。どんな贅沢なもの、名物を食べたとしても、何よりも気が置けない友との想いの籠もった食事に勝るものはない――無心に飯をかっ込む二人の澄んだ目が印象に残る結末であります。

 梅安――というか池波作品といえば食も大事な要素であることはもちろんですが、それを中心に据えてショートエピソードを設定するというのはなかなか難しい試み。それをきっちりと結末まで描いてみせたのに感服いたします。


『侠客』(落合裕介&池波正太郎)
 明暦の大火の復興で、いよいよ町奴の立場が強まる中、双方に人死にが出て引くに引けない関係となってしまった町奴と旗本奴。奇しくもそのそれぞれを束ねることになった幡随院長兵衛と水野十郎左衛門は、、もはやかつてのように語り合うことはできず――という中で、やむを得ず、長兵衛と正面から対峙することを決めた十郎左衛門。
 「塚本伊太郎」へ「水野百助」から送られた書状に記されていたのは、久しぶりに酒を酌み交わしたいという言葉だったのですが――これで手打ちになったと喜ぶ町奴側に対して、旗本奴は、いや十郎左衛門以外の面々にはある思惑が……

 というところで思わぬ過去を背負った男が現れ、因縁というものを感じさせられる今回。はたして長兵衛の、十郎左衛門の想いは無に帰すのか――「湯殿の長兵衛」とはまた異なる結末を迎えるであろうこの物語は、いよいよ次回最終回であります。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 大奥の監察という、本来業務に沿っているような沿っていないような仕事で初残業(それでも午後六時!)となった聡四郎。帰りに紅のいない相模屋を訪れて夕飯を食べる聡四郎ですが、その中で袖吉から、今の上様は誰のお子様なんでしょうねえと言われ、何か言い訳しながら(後でバレたら大変ですからね)単身吉原へ向います。
 そこで吉原惣名主の西田屋に、女は子供の父親が誰かわかるものかと訪ねる聡四郎ですが、遊女が答えたその内容は……

 と、初めての仕事に悩む聡四郎が描かれる今回、そんな時に頼りになるのは、そう、無手斎先生――というわけで道場を訪れた聡四郎と玄馬に、無手斎の衝撃の告白が! というのはさておき、ここでの無手斎のアドバイスは、真剣にビジネスの上でも役に立つと思うので必見です。

 ちなみに今回も格好良いキャラ名表示はあるのですが、それを見るまで玄馬が前回出なかったのを忘れていました……


『ビジャの女王』(森秀樹)
 ラジンの地位を脅かしたクトゥルンは、名無しの機転に敗れて無惨にも火あぶりに――というわけで悲惨な結末となったモンゴルの王位争いでしたが、今回描かれるのはビジャの王位争い。王の証を求めての二人きりの旅から帰還したオッド姫とブブですが、しかし帰ってみればいきなり宮殿が燃えているという衝撃展開であります。
 実はこれはボンクラのヤヴェ王子が自棄を起こして火をつけたもの。あまりの状況に悩むオッド姫を前にして、「ジイ」とゾフィ隊長はある覚悟を……

 という展開も気になりますが、ある意味それ以上に気になるのは、第二のインド墨者・モズが語る、ブブにまつわるある事実。はたしてこれがこの先物語にどう絡むのか、いささかどころでなく気になります。


長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2023年3月号(リイド社) Amazon

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2023.02.14

貘九三口造『ABURA』第1巻 仲間のため 油小路に七人の御陵衛士立つ

 すぐに思いつくだけでも現在連載されている新選組漫画は4,5作品はあり、新選組の変わらぬ人気ぶりを感じます。そしてそんな新選組漫画の中に、特にユニークな作品が加わりました。『ABURA』というタイトルから察せられるとおり、あの油小路事件を題材とした物語であります。

 油小路事件――薩摩藩の動向調査と御陵の警護を名目に新選組から離脱した御陵衛士が、京都油小路で新選組に襲撃を受けた、新選組最後の内部抗争などとも言われる事件であります。新選組から「離脱」した以上、「内部」と言ってよいか微妙な気もしますが、しかし数ヶ月前まで新選組の同志であった者同士が殺し合ったという事実に違いはありません。

 近藤勇との会談に単身赴いた帰りの御陵衛士の長・伊東甲子太郎を新選組が暗殺、その亡骸を油小路七条の辻に放置して御陵衛士たちを誘き寄せ、現れた七人の御陵衛士に集団で襲いかかった――幕末ファン、新選組ファンであればほとんど常識の内容かと思いますが、本作はその伊東甲子太郎の死からスタートするという、本当に油小路事件のみを題材とした、実に潔い構成の作品です。
 もちろん、途中で登場人物の挿話を描く際に過去の出来事も描かれるのですが、短編作品以外で油小路事件のみを描くというのは、非常に思い切った――そして何とも興味を惹く試みであります。


 さて、その本作は、御陵衛士サイドの視点から描かれることになります。この視点から見れば(いやまあ大体第三者から見ても)伊東甲子太郎を闇討ちしたのはともかく、その亡骸を晒しものにするというのはあまりな行い。そんな状況に我慢できるはずもなく、その夜凶報を受け取った七人の御陵衛士は、そこが死地であることを承知で油小路に駆けつけ――というわけで、この七人が本作のまず主人公格と言ってよいでしょう。

 その七人とは――
 藤堂平助
 服部武雄
 鈴木三樹三郎
 毛内有之助
 加納道之助
 富山弥兵衛
 篠原泰之進
 有名な人物もいればそうでない人物もいるわけですが、本作の七人は、いずれも一芸に秀でたツワモノ揃いという設定。その姿を見れば『ABURA』というより『ABURA7』と呼びたくなります。

 そしてこの巻でメインとなるのは表紙を飾る藤堂平助。個人的には藤堂はご落胤説の影響か、細身の青年というイメージを勝手に持っていため、正直なところ初めは表紙が藤堂と思い至らなかったのですが――額に傷持つ熱血キャラというのも、なるほど「さきがけ先生」的には正しいのかも、と納得であります。

 そして作中でも藤堂は仲間のために先陣を切って突っ込むキャラクターとして、実に少年漫画的な活躍を見せることになります。さらにそこには永倉との友情が絡み――と、実に彼が主人公でもおかしくはないのですが、しかし残酷な史実からは逃れられないことを、本作は容赦なく描くのです。
(それにしてもいかに御陵衛士視点とはいえ、三浦常三郎はあまりに損な描写では――彼を追い込んだのが新選組のシステムそのものだったという皮肉は理解しますが)


 さて、御陵衛士が圧倒的劣勢の中で、一人強烈な存在感を放つのは服部武雄。あの有名な、一人で鎖帷子を着込んで出陣したという、彼の実戦派(というかこれは他の面子が慌てすぎでは……)エピソードもきっちり描かれますが、彼の二刀流の本領発揮はいよいよこれからであります。

 題材的にあまり長い作品にはならないとは思われることもあり、この服部の戦いが最大のクライマックスではないか――そんな予感がしますが、ビジュアルの迫力も問題なしの本作で服部がどのように描かれるのか、次巻が楽しみであります。


『ABURA』第1巻(貘九三口造&NUMBER8 小学館裏少年サンデーコミックス) Amazon

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2023.02.13

佐和みずえ『コカチン 草原の姫、海原をゆく』 モンゴルの少女、まだ見ぬ砂漠の国へ

 元の皇帝フビライの娘として生まれながらも、遠くイル・ハン国の王に嫁することになり、マルコ・ポーロとともに西に向かったというコカチン姫。本作はこの実在の人物の旅を題材とした冒険ファンタジーであります。草原から海原を越え、砂漠の地へ向かう少女の、運命の冒険が始まります。

 当時世界一の帝国であったフビライ・ハンが溺愛し、その勇猛ぶりから男なら皇太子間違いなしと言われたコカチン姫。しかし、フビライの娘を妻にしようというイル・ハン国のアルグン王が送った使者に見初められたことから、彼女の運命は大きく動き出します。

 大きく年の離れたアルグン王との結婚は気に染まぬものの、皇帝に二言はないとイル・ハン国に送り出されることとなったコカチン。当時フビライに仕えており、故郷に帰るというマルコ・ポーロとともに船旅で遠くイル・ハン国に向かうこととになった彼女は、向かう先で様々な危機に襲われることになります。
 泉州からの航路では海賊の襲撃を受け、真蝋国では深い眠りについたジャヤバルマン王を助けるよう求められ、獅子国では子供を拐う人面鳥身の鬼女と対決し、ハルジー国では王女に憑いた何者かの魂と対面、そしてホルムズからタブリーズまでの砂漠では悪魔の風に巻き込まれる……
 
 数々の冒険に、持ち前の勇気と機転で挑むコカチンを何くれとなく助けるのは、あのアルグン王の使者である青年・パルム。初めは彼の言動に反発していたコカチンですが、旅が続くにつれて……


 冒頭に述べたとおり、実在の人物であり、マルコ・ポーロとともに旅をしたことで一部に知られる――恥ずかしながら存じ上げなかったのですが、幻の名作『マルコ・ポーロの冒険』にも登場していたとのこと――コカチン(コケジンとも)姫を主人公とした本作。

 (作中でも語られているとおり)和蕃公主という言葉があるように、中国の皇帝の娘が、政略結婚で異民族の王に嫁がされる例というのは数々あり、コカチンも(相手は一応同族ではありますが)その一人といえるでしょう。しかしどんな大義名分があろうとも、今の目で見れば、やはり一人の女性を道具同然に扱うというのはとんでもない話ではあります。
 史実のコカチン姫も、ある意味本作よりも遙かに苦難の人生を送ったようですが――本作は、史実の根幹は変えないものの、コカチンをバイタリティと好奇心溢れる少女として造形することで、爽やかな印象を与える児童文学とすることに成功しています。


 とはいえ、正直なところ、ある意味コカチンは完成された人格であるため、成長物語という点ではちょっともの足りない点はあるかもしれません。しかしその代わりというべきか、コカチンの内面は、パルムとの関係性という点で、変化していことになります。

 何かと自分の行動に口を挟み、そして自分の窮地には必ず助け船を出す――コカチンにとっては何とも癪に障る存在であるパルム。そもそも彼が推薦したおかげでコカチンははるばる旅をする羽目になったわけですから、楽しかろうはずもありません。
 しかしそんなパルムという人物のことを、旅の中で、少しずつ彼女は理解していくことになります。

 そこにあるのは、美しい相互理解の姿ではあるのですが、しかしコカチンはパルムの主である王に嫁ぐ身。それでは――と、物語の結末についてはここでは述べませんが、おそらくほとんどの読者が予想し、期待していた形で終わるのは、歓迎すべきものであることは間違いありません。
 驚くのはこの結末も決してご都合主義ではなく、史実をベースとしていることですが――とはいえ、結びの言葉の半分がフィクションであることは、美しいファンタジーとして理解すべきものなのでしょう。


 ちなみに本作の表紙と挿絵を担当しているのは、児童文学やYAのイラストで活躍しているトミイマサコですが、これが必見の一言。緋色(オレンジ?)を主体とした表紙も素晴らしいのですが、各章の扉絵もまた印象的で、本書の魅力の一つとなっていることは間違いありません。


『コカチン 草原の姫、海原をゆく』(佐和みずえ 静山社) Amazon

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2023.02.12

3月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 1月はもの凄い勢いで終わり、2月もあっという間に過ぎてしまって、もう年度末になるのではないか――と社会人は怯えているところですが、忙しいときほど物語に触れたいところであります。今年度最後、どんな作品に出会うことができるのか楽しみな、3月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 さて、3月は文庫も漫画もかなり点数が多い印象ですが、まず何といっても注目は霜島けい『ぬりかべ消ゆ 九十九字ふしぎ屋商い中(仮)』、輪渡颯介『怨返し 古道具屋 皆塵堂』の好評シリーズ最新作の二点。また、新作では手代木正太郎『異人の守り手』、藍川竜樹『鬼愛づる姫の謎解き絵巻 小野篁の娘と死に戻りの公達』が気になるところです。

 その他、文庫化・復刊では風野真知雄『消えた将軍 大奥同心・村雨広の純心』新装版、篠原悠希『蒼天の王土』がありますが、なんといっても見逃せないのは『妖異幻怪 陰陽師・安倍晴明トリビュート』。こちらは「オール讀物」2022年8月号の特集(+α)の文庫化ですが、蝉谷めぐ実をはじめ、豪華すぎるメンバーの作品は必読です。

 そしてもう一つ、個人的に注目しているのは、毛利志生子『宋代鬼談 中華幻想検死録』。同じ作者の『宋代鬼談 梨生が子猫を助けようとして水鬼と出会うこと』は、以前集英社コバルト文庫から出ていましたが、こちらは一体――大いに気になります。


 一方、漫画の方はシリーズものの新刊が大量に登場。例によって舞台となる時代順に並べますと――

久正人『カムヤライド』第8巻(時代ものではないですが『ミラーマン2D』第3巻も同時発売)、大島幸也『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』第2巻、灰原薬『応天の門』第17巻、重野なおき『軍師 黒田官兵衛伝』第6巻&『真田魂』第4巻、梶川卓郎『信長のシェフ』第34巻、出口真人『前田慶次 かぶき旅』第12巻、わらいなく『ZINGNIZE』第9巻、木野麻貴子『妖怪めし』第2巻、高瀬理恵『暁の犬』第5巻、松浦だるま『太陽と月の鋼』第6巻、町田とし子『紅灯のハンタマルヤ』第3巻、赤名修『賊軍 土方歳三』第8巻、東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第8巻、椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第6巻

 さらに海外が舞台の作品として青木朋『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第7巻、藤田和日郎『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第3巻とくれば大変な充実ぶりであります。

 何かと慌ただしい3月ですが、本を読む時間は空けておきましょう。


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2023.02.11

森山光太郎『卑弥呼とよばれた少女』 迫る火の神の子vs天孫、決戦の刻!

 邪馬台vs大和、卑弥呼vs天孫というシチュエーションの妙に驚かされた『火神子 天孫に抗いし者』の続編であります。大和の脅威に対抗するために倭(九州)に向かい、国々をまとめんとする翡翠命。しかし彼女の前に、倭最強の敵が立ち塞がります。

 大陸から倭国に渡り、その統一のために諸国に侵略を開始した大和の王・御真木によって、父と一族、民の全てを失った長髄の姫・翡翠命。一度は死を恐れ、戦う心を失った翡翠命ですが、恐れながら懸命に努力するある少女の姿に奮起――高島宮で繰り広げられた大和との死闘の最中にその力を覚醒させ、死地からの脱出に辛くも成功することに……
 という場面で終わった『火神子』の続編である本作では、なおも続く大和の攻勢に抗うため、倭(九州)に渡り、この地の統一を目指す翡翠命の姿が描かれることになります。

 二十年前、その力を謳われた王・帥升が命を落としてから、小国同士が争いを続ける倭。その中で耶馬台と投馬を瞬く間に手にし、帥升の忠臣だった老将・弓上尊を配下に加えた翡翠命ですが、敵は南北に存在します。
 東から迫る大和と結び攻勢を強める北の四国もさることながら、しかし最大の脅威は南の隼人――そして隼人を率いるのは、かつて高島宮で翡翠命たちと共に戦いながらも、翡翠命の強さに魅せられ、彼女を倒すために王となった無双の武人・菊地彦であります。剣を交えれば翡翠命以外では到底及ばない豪勇を示す菊地彦ですが、しかし彼は戦いの中で翡翠命の中の変化に気付き、翡翠命も己の中の、ある心に苦しむことになります。

 そんな中、北国を平定し、中国四国を殲滅して迫る大和軍。そして翡翠命の幼馴染であり、師・左慈の息子でありながら大和に降り、その覇業を助けてきた左智彦が御真木に授ける策とは……


 前作が卑弥呼(本作においては「火神子」)誕生編だとすれば、躍進編とでもいうべき内容の本作。敵対する者と弱者は一切許さない大和の覇者・御真木を阻むべく、覇者と王者双方の資質を持つ翡翠命がついに立つことになります。

 しかしそのためには小国が群立する倭を統一せねばならず、しかも大和が他の地域を統一して倭に到達するまでにそれを成し遂げなければならない――そんなタイムリミットがある中で、翡翠命の苦闘は続きます。
 そんな中で最大の敵になるのが、隼人の王・菊地彦ですが――前作のクライマックスで翡翠命たちと共に戦った間柄だけに、ここで敵対するのか! と驚きましたが、なるほど、菊地彦=クコチヒコであるとすれば、それは必然というべきかもしれません。

 そんなわけで、本作のほぼ全編を通じて、弥生時代の国盗り合戦という、これまでの作品ではほとんど見られなかったような合戦模様が描かれることになるのですが――正直なところ(こういうことはあまり書かないのですが)、自分語りと男臭い会話で進んでいく物語描写は、どうにも既視感があり、今ひとつ乗れなかったというのが正直なところではあります。

 しかしそんなマッチョな世界の中で、異彩を放つのが翡翠命の存在であることは言うまでもありません。
 前作では一族の幼子の処刑を目の当たりにしたことで死の恐怖に取り憑かれ、一時は完全に戦う心を喪った翡翠命。今は死の恐怖は残しつつも、戦う心は完全に取り戻したのですが――しかしその心の中では、裏切りという行為への激しい怒りがくすぶっていたのであります。そしてその怒りは、火の神の子を自称する彼女にとっては命取りとなる「人間らしさ」というべきものとして描かれます。

 しかしそもそも彼女の中に裏切りの怒りを植え付けたのは、左智彦の存在なのですが――その彼のある行動が、本作の後半では描かれることになります。
 正直なところ、彼の行動理由については、前作の時点で皆予想していたかとは思いますが、しかしここで見せる彼の想い、いや心意気は、それでもなお実に熱く、そして本作ならではのものとして響きます。


 そんな左智彦の一世一代の見せ場から菊地彦との決戦になだれ込み、ひとまず本作は結末を迎えることになります。倭国の命運を左右する一大決戦はもはや目前、をおそらくは次回作で決着するはずのこの戦い――「火の神の子」翡翠命と「天孫」御真木の戦いはどのように決着がつくのか、そして「史実」とはどのような整合性を見せるのか?
 その結末を目にする時を今から心待ちにしています。


『卑弥呼とよばれた少女』(森山光太郎 朝日新聞出版) Amazon

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2023.02.10

『REVENGER』 第六話「Adversary Advent」

 町を歩いているところに何者かの襲撃を受けた雷蔵。折しも漁澤に呼び出された幽烟は、唐人街の者たちが松峰殺しの下手人を捜していると聞かされる。自ら唐人街に乗り込んだ末に劉大人なる人物に捕らえられ、激しい拷問を受けながらも情報を得ようとする雷蔵。一方、幽烟たちも雷蔵救出に動き出し……

 物語の方もそろそろ折り返し地点ですが、はたして大きな動きを見せることとなった今回。その動きのきっかけとは何かと思いきや、第一話で描かれ、雷蔵が利便事屋に加わることとなった阿片にまつわる事件が、まだ解決していなかった――という展開であります。
 以前店番をした絵草紙屋からは絵の才能を激賞され、惣二とは何となくいいムードとなり、少しずつ前に光が見えてきた雷蔵ですが、しかしそこに謎の刺客が――それもかなりの腕利きが襲来。一方、かいまき与力・漁澤に呼び出された幽烟の方は、相変わらずあからさまに匂わせてくる漁澤から、唐人街が不穏な動きを見せていることを教えられた上、長崎会所との関係もあって奉行所は動きが取れないから誰か情報を探ってくれるといいなー――と押しつけられ、と相変わらずテンポ良く進んでいきます。

 しかし正攻法ではとても唐人街の探りは無理――というわけで、チェスト唐人街と乗り込んでいった雷蔵の前に現れたのは、いかにも黒社会の大物/達人っぽい空気を漂わせる男・劉。俄然原作者のホームグラウンドという感じですが、文字通り目にも留まらぬ早さで雷蔵を昏倒させ、キャストも平川大輔と、この先の強敵になることは間違いないでしょう(公式サイトのキャラ紹介にも載ったし……)
 そしてもう一人、別の意味で強敵になるであろう男も登場します。こちらは劉と結んでいるらしい長崎会所の幹部・宍戸――まだ若い優男ですが、庭の池にピラニア(たぶん)を飼っている危険な香りのする奴、キャストも岡本信彦となかなかであります(公式サイトの(以下略))

 と、ここで漁澤の口にも上った長崎会所ですが、簡単に言ってしまえば、長崎での海外貿易をほとんど一手に取り仕切る商人の集まり。幕府には運上金を収め、また形としては長崎奉行の下にあるものの、まあその財力だけでなく権力の大きさたるや、推して測るべしであります。ちなみに史実では、長崎貿易に乗り込んできた薩摩と微妙な関係にあったわけですが――本作においても、やはり阿片を巡って微妙な関係にある模様であります。
 そして今回雷蔵が襲撃を受けたのも、冒頭に述べたとおり阿片のため。第一話で雷蔵に利便事された薩摩藩の勘定奉行・松峰が、唐人街から買い付けた大量の阿片――それの行方がいまだわからないために、雷蔵が捕らえられ、拷問されることになった、という寸法であります。

 さて、敵の正体も、事の次第もわかれば、あとは利便事のみ――とならないのが今回の面白いところ。つまり今回は誰からも利便事を求められていないわけで、掟から殺しをするわけにはいかない――というのは、なるほど納得の縛りではあります(ある意味、前回鳰が語っていたような立場に利便事屋自体が置かれているというのもなかなか面白い)。
 とはいえ、雷蔵から自分たちに累が及びかねない――というわけで雷蔵救出作戦がスタート。梁山泊水泳部みたいに舟を襲う徹破(まさに水を得た海賊)、殺さない程度に金箔責めにしたりと意外と器用な幽烟、そしてドタバタしながら相手の首を絞める不器用な惣二――彼らに助けられた雷蔵がもたらした情報から、利便事屋たちは自分たちが長崎を巡る巨大な力の狭間に置かれたのを気付くことに……


 と、時代ものとしてみると結構な大事ながら、時代アニメとしてみると結構地味な展開となってきましたが、同じ裏社会の住人でも、大きくその行動原理の異なる者同士の激突という展開は盛り上がるものがあります。特に唐人街は劉大人をはじめ、強敵には事欠かない印象で、後半戦に向けての盛り上がりに期待したいと思います。


 しかし今ごろになって感心しましたが、この世界にはオランダは存在しているのですね。ということはアンゲリアという国はやはり……


『REVENGER』中巻(松竹 Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
公式サイト

記事
『REVENGER』 第一話「Once Upon a Time in Nagasaki」
『REVENGER』 第二話「Gold Opens Any Door」
『REVENGER』 第三話「Fortune is Fickle and Blind」
『REVENGER』 第四話「Ask, and You Shall Receive」
『REVENGER』 第五話「Love Never Dies」

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2023.02.09

手塚治虫『火の鳥 鳳凰編』 大仏建立を背景に描く、輪廻する命と人の生の意味

 『火の鳥』の中でも、時代順でいえば過去から三番目に当たる物語であります。奈良時代、仏教が政治と結びついていく中で対照的な人生を歩む二人の仏師。彼らの前に現れる火の鳥は何を語るのか――大仏開眼をクライマックスに、数奇な生命の物語が描かれます。

 生まれてすぐに事故に遭い、片目と片腕、そして父親を失った我王。人を殺し、物を奪うことを何とも思わぬ男に育った我王は、ある時出会った仏師の茜丸の利き腕を些細な理由で傷つけ、仏師としての生命の危機に追い込むのでした。
 やがて速魚という美しい娘を強奪同然に自分のものとし、盗賊団の頭目として荒んだ暮らしを送る我王。そんな中、鼻の出来物に苦しむようになった我王は、それが速魚の仕業と思い込んで彼女を斬るのですが――後で真実を知り絶望することに。そして捕らえられ、死罪を宣告された我王は、高僧・良弁に命を救われ、その弟子として諸国を巡る中、仏師としての才能を開花させるのでした。

 一方、利き腕が使えなくなりながらも、もう片方の腕でさらに優れた作品を作るようになった茜丸は、橘諸兄から三年以内に鳳凰の像を造るように命じられ、できなければ殺されることになります。クマソの伝承から火の鳥が棲むという九州に向かうも、ついに出会うことはできず、処刑されることになった茜丸ですが――吉備真備に救われ、その手引きで訪れた正倉院で不思議な夢を見た末に火の鳥と対面することになります。

 ついに火の鳥を像にすることに成功し、真備の後ろ盾で大仏建立の責任者を任せられた茜丸。一方、政治の道具となった仏教に絶望して即身仏となった良弁との別れを経験した我王は、悲しみの中で生命の意味を悟るのでした。
 そして真備から諸兄に庇護者を替えた茜丸は、大仏殿の鬼瓦作りで、我王と勝負することになります。諸国を巡って見た人の世の理不尽への怒りを背負う我王と、権力者の下で栄達を極めた茜丸、二人の対決の行方は……


 放佚無慙に生きる異形の男と、ひたむきに芸術に打ち込む青年という、全く対照的な、しかし共に優れた仏師の才能を持つ二人を主人公として展開するこの鳳凰編。それぞれに過酷な人生を送った末に己の仏像を作ることに目覚め、それを極めんとする二人の姿を描く本作は、政治と仏教が結びついた一つの象徴というべき大仏建立を背景に、一種の芸道もの、仏教ものといった趣すらあります。

 そんな中で、火の鳥は、これまでの(過去を舞台とした)物語とは異なる立ち位置を見せることになります。これまでの物語では、様々な形で火の鳥に不老不死を求める者が登場しましたが、本作における火の鳥は、不老不死というよりも、死んだ後も復活して新たな生を得る、いわば輪廻転生の象徴として描かれるのです。
 これまでも、一度死んで炎の中から甦る姿が描かれた火の鳥。そして輪廻転生という概念自体も、我王の前世や来世であるキャラクターたちを通じて描かれてきたわけですが――それがここで大きなウェイトを持って感じられるのは、やはり本作が仏教というものを、物語の中心に据えているからなのでしょう。

 ある意味、仏教の根本ともいえる輪廻の思想に立てば、ほとんど全ての生き物は、火の鳥同様に死んだ後も新たな生を受け、生き続けることになります。本作において茜丸と我王は、それぞれの立場から火の鳥に触れ、そしてこの事実を悟るのですが――しかしその果てに知らされる運命の残酷さには、思わず言葉を失うものがあります。
(特に茜丸の運命を見た時にはさすがにこの××鳥! という想いが……)

 それでもなお人は生きるべきなのか、その中で何を為すべきなのか――その答えの一端は、業を一身に背負ってもなお生き続ける我王の姿にあるのでしょう。
 世の不条理に怒りを燃やし続け、あまりに悲劇的な生の現実を見届けた上で、なお「だがおれは死にませんぞ」と言い切る我王。その姿はあまりに苛烈ではありますが、そこには輪廻してなおも生き続ける火の鳥とはまた異なる、限られた人間としての生を生きる者ならではの輝きがあると感じられるのですから……


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2023.02.08

夕木春央『絞首商會』 探偵は泥棒、犯人は秘密結社の後継人!?

 新作の『方舟』が話題の夕木春央のデビュー作――第60回メフィスト賞を受賞した、何ともユニークな大正ミステリであります。自分の屋敷で不可解な状況で殺害された血液学研究の大家。背後には世界的な無政府主義結社が存在するというこの事件に挑むのは、かつてこの屋敷に盗みに入った泥棒!?

 大正のある朝、自分の屋敷の敷地内で刺殺体が発見された血液学研究の大家・村山鼓堂博士。どこか別の場所で刺殺されたと思しく、所持していた鞄の中はべっとりと血で濡れ、中に入っていたはずの書類は一枚を残して失われている――そんな不可解な状況に、警察も首をひねるばかりであります。
 同じ屋敷に暮らしていた水上女史と、近所に住む博士の友人である宇津木・白城・生島の四人は、数ヶ月前に亡くなった博士の親戚で屋敷の元の持ち主である村山梶太郎博士の書斎に手がかりがあるのではと考え、調べ始めるのですが――そこで大変な手紙を発見することになります。

 世界中で頻発する無政府主義者のテロの背後にいるという秘密結社・絞首商會――梶太郎博士はそのメンバーであり、そしてかつて結社に加わっていた鼓堂博士は、結社を告発しようとしていたというのです。
 結社は梶太郎博士に鼓堂博士の口を封じさせようとしていたものの、既に病で余命幾ばくもなかった梶太郎博士は、自分の身近な人物を後継人に任命、その使命を託していたというではありませんか。そして集まった四人は梶太郎博士にとっても身近な人物――つまり、四人の中に鼓堂博士殺害犯がいる! 

 おいそれと警察にも訴え出るわけにはいかないこの状況で水上女史は、ある人物に犯人探しを委ねることになります。それは泥棒――それもかつて村上邸から大金を盗んだ泥棒・蓮野であります。
 別件で逮捕され、今は更生(?)したとはいえ、彼に探偵の真似事をする謂れはないはずですが――かつて彼が村山邸から盗んだ金が実は絞首商會の軍資金であり、その恨みで結社が彼の命を狙っているとわかったため、やむなく事件解決に臨むことになります。

 かくて、探偵役として事件解決に乗り出した蓮野と、友人の画家・井口。しかし容疑者四人はそれぞれに怪しいところがあるにもかかわらず、妙に事件解決に熱心で……


 東京で起きた殺人事件の背後に、世界的な秘密結社が潜み、しかも事件に挑むのは元泥棒という、何とも奇怪な内容の本作。しかもこの元泥棒の蓮野、帝大出身の美青年という身の上ながら、生来の人嫌いが昂じて定職を捨てて泥棒になったというのですから、これは確かにメフィスト賞向けのキャラクター(?)といえるかもしれません。

 そして彼以外の登場人物も、容疑者の四名をはじめ、平凡に見えてどこか奇妙な部分を持つ曲者揃い。物語は様々な人物の視点から描かれますが、その大半を占める「私」――蓮野の友人である井口も、その立ち位置から来るイメージに反して、結構はっちゃけた活躍をするのが油断できません。
 奇怪な事件に奇妙な人々――そんな変化球揃いの本作は、後半まで謎また謎の連続。はたして誰が絞首商會の後継人なのか、そして鼓堂博士の死を巡る不可解な状況の意味は――五里霧中に思われた謎が、驚きと共に一気に解き明かされる結末には、良質の本格ミステリならではの爽快感があります。

 しかしこの物語そのものと並んで目を惹くのは、物語の中で、「探偵」という存在の意味が問いかけられる点であります。
 探偵小説という言葉があるように、ミステリにおいて探偵がいるのはある意味当然に感じられます。しかし作中で蓮野たちが語るように、本来であれば犯罪捜査は警察が行うべきもの。探偵という存在は、本来不要といえば不要なのであります。

 だとすれば、不要なはずの探偵は、いかなる時に必要となるのか。そしていかなる時に存在を許されるのか。そしてその役割はなんなのか? 本作のもう一つのキーワードと結びついた時にある人物が語る答えには、大いに驚かされるのですが――はたしてそれが真実なのか、そこにも捻りがあるのが、また本作の油断できないところであります。


 ユニークでどこかすっとぼけた味わいの大正ミステリであると同時に、探偵という存在を、探偵が活躍するミステリというものを掘り下げてみせた本作。ジャンルというものに自覚的な作品が少なくない、やはりメフィスト賞に相応しい作品というべきでしょうか。

 なお、本作は、作者の次の作品である『サーカスから来た執達吏』とは世界観を同じにする作品らしく、本作では井口のパトロンとして曲者ぶりを見せた晴海商事の社長が、こちらにも顔を見せています。
 物語的には直接の繋がりはないのですが、ニヤリとさせられるサービスであります。


『絞首商會』(夕木春央 講談社文庫) Amazon

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2023.02.07

山田風太郎『室町少年倶楽部』 変わりゆく人々が描く室町魔界図絵

 最近はかなり一般的になってきた室町時代――というより応仁の乱ですが、室町伝奇の先駆者が描けばこうなります。無邪気な足利将軍家の後継者と幼馴染の少女、理想に燃える少年管領、少年たちを見守る娘――幼い頃の微笑ましい一ページが無惨に変貌していく様を描く、恐るべき物語であります。

 時は1445年、次代の将軍である足利三春丸は、御所の庭で日野家の姫・富子や弟で僧になった義尋と無邪気に遊ぶまだ十歳の少年。そんな彼をお忍びで町に連れ出した十六歳の少年管領・細川勝元は、懸命に働いている町人や百姓の姿を三春丸に見せ、彼らの幸せのために、二人でよい政治をしようと誓い合うのでした。

 一方、三春丸の侍女のお今は、二人が御所を抜け出したのを心配して追ってきたのですが――以前、彼女に恥をかかされたイセイセこと伊勢伊勢守貞親の遠縁の少年・伊勢新九郎が唆したならず者たちに襲われることになります。
 彼女を救わんとする三春丸と勝元ですが、年若い二人では力及ばず、窮地に陥った時に通りかかったのは、豪傑・山名宗全の一党。たちまちならず者たちを蹴散らした宗全と、三春丸、勝元は意気投合して明るい笑い声を響かせるのでした。


 と、まさに往年の「少年倶楽部」に掲載された少年向け時代小説のように、ですます調で明朗快活な物語が冒頭から展開していくのに驚かされる本作。しかしこれは「人間・序ノ章」と題された序章――続く「人間・破ノ章」では(普通の文体となって)その四年後から物語は始まり、最終章である「人間・狂ノ章」に雪崩込んでいくことになります。

 三春丸(足利義政)、日野富子、細川勝元、山名宗全、義尋、お今(今参局)、伊勢新九郎――この物語に、この序章に登場するのは、お今と伊勢新九郎を除けば、いずれも応仁の乱のA級戦犯というべき面々。破ノ章以降は、この一つの時代を終わらせ、未曾有の戦乱の時代を招いた乱に向けて物語は進んでいくことになります。
 そこで描かれるのは、基本的に史実に沿った内容ですが――しかしそれを描くのが山田風太郎なのですから、その
切れ味は言うまでもありません。人間の営みの愚かしさ、残酷さ、そして皮肉さ――それを容赦なく盛り込んで描かれる物語は、全く笑い事ではないにもかかわらず、時に奇妙な喜劇性すら感じさせるのです(特に宗全周りのエピソードは基本的にどこか可笑しい)。

 しかし本作が強烈な印象を残すのは、言うまでもなくその序章――「少年倶楽部」の部分があるからこそであることは、いうまでもありません。
 作中で「「人がいかに変わるものか」という主題で、花の御所をめぐる一群の人をえらんで観察している」と語る作者。なるほど、我々読者も作中の登場人物のような経験をすることはまずないかとは思いますが、しかし作中で勝元の胸をよぎる「ああ、人は変わるものだ。……」という慨嘆に似た想いを抱いたことがない方は少ないでしょう。

 そんな苦い想いを通じて、本作は我々の心の中と、複雑怪奇な室町の魔界図絵を接続させてみせるのですが――それだけでなく、物語の中心人物である義政をして、「みなのやっていることは、何もかも子供の遊びのように見えるがな」「やっていることに何の意味もない。やったことも何もあとに残らない、という点でな」と言わせてしまう凄まじさには息を呑みます。
 そしてそこからさらに、乱の最中に義政が行った、あの悪名高い行動の理由に繋げてみせるのを何と評すべきでしょうか。

 作者の作品の中では一見地味なようでいて、凄まじい毒を秘めた作品であります。


 なお、文春文庫の同名書では、ほかに『室町の大予言』を併録しています。こちらは、これまた悪名高い足利義教が誕生するくじ引きの場面から始まり、鍋かぶり日親が語る「大予言」をなぞるように展開する、悪夢のような「万人恐怖」の世界を描く物語であります。

 実は本作、義教の描写におや? と思っていれば、すぐに気付かされるように、ある因縁を通じて、彼を後世のある人物・ある大事件に重ねてみせるという趣向の作品。山田風太郎には同様の趣向の作品が幾つかありますが、それらと同様、よくぞここまで――という二重写しの世界に驚かされる物語です。

 が、正直なところそれだけに結末が読めてしまう(いや、こちらも歴史上の大事件に繋がるのは明白なのですが)のが残念なところではあります。特にオチに当たる部分はちょっと予想がついてしまう、というよりここから逆算したのではと思ってしまった――というのは、これはひねくれた読者の感想ではありますが……


『室町少年倶楽部』(山田風太郎 文春文庫ほか) Amazon

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2023.02.06

井上祐美子『新装版 桃花源奇譚 1 開封暗夜陣』 名作中華伝奇、堂々の復活!

 実に初版は1992年(30年前!)に刊行された中華伝奇活劇の名編の新装版、その第一巻であります。北宋初期、不老不死の伝説で知られる秘境・桃花源を巡り、訳ありの貴公子と旅芸人の少女、白面の秀才らが繰り広げる大冒険の開幕編です。

 宋第三代皇帝・真宗の時代――繁栄を謳歌する都・開封で、軽業を披露する旅芸人一座の少女・陶宝春は、酔漢に絡まれたところを、不良ながら気品ある少年・白戴星と、科挙に(わざと)落ちた青年・包希仁に助けられることになります。
 生き別れの母を探し、旅芸人が知るというその手がかりを求めて宝春の一座を訪れた戴星。しかしそこを凄腕の盗賊で荒事師の殷玉堂が襲撃し、巻き込まれる形で宝春の祖父が命を落とすのですが――その遺体は戴星らの目の前で跡形もなく消えたではありませんか!

 玉堂は撃退したものの、なおも迫る追手から身を隠すため、とある出来事から縁を得た開封一の名妓・何史鳳のもとに逃げ込んだ三人。しかしそこに現れた奇怪な妖術使い・崔秋先によって、戴星と宝春は思わぬ場に迷い込むことになります。
 不老不死の秘密が眠るという仙境・桃花源の謎を巡る争いと、皇帝が病弱なのをよいことに権勢を恣にする皇后一派の暗躍。そのまっただ中に巻き込まれた三人の運命は……


 冒頭に述べたように、本作は実に三十年前に発表された作品であります。私も初出時に大喜びして読んだのですが、今読み直してみても全く古びることのない、痛快極まりない作品であると再確認させられました。

 タイトルに冠された桃花源――日本では桃源郷として知られる仙境を巡り展開する物語は、その題材に相応しいファンタジックな要素だけでなく、巧みに史実を、実在の人物を絡めて展開していきます。
 そもそも、何よりも三人の主人公の一人、皮肉屋で鉄面皮な書生の名が包希仁と明かされた時には、こう来るか! ともうニッコリ。主人公の中にはもう一人、実在の人物として彼以上の大物がいるわけですが、しかし中華エンターテイメントのキャラクターとして、彼以上の大物はなかなかいない――それでいて日本の作品ではなかなか登場しない――だけに、その題材選びの確かさに唸らされます。

 そしてこの三人の主人公の出会いから始まり、流れるように次から次へと事件が起き、それが事態を複雑にしながら物語世界を広げていく――エンターテイメントとして当たり前といえば当たり前かもしれませんが、しかしそれをほとんど一昼夜の物語として描いてしまうのは、尋常な筆の冴えではないでしょう。
 特に本作はそのサブタイトルの通り、開封の夜を舞台に、その暗闇の中で繰り広げられる陰謀と闘争を巧みに張り巡らせて展開する物語であります。全四巻の導入編ということもあって、本作ではキャラクター紹介、設定紹介がそれなりの割合を占めるのですが、しかしそれが不自然であったり退屈であったりすることはなく、むしろ物語の原動力として有機的に結びついていくのに、(こうして再読してみると)改めて驚かされた次第です。


 さて、この第一巻の終盤では戴星の正体が敵味方に明かされ、そして桃花源探しと皇位継承争いの両方に関わっているらしい戴星の母の行方の手がかりが――と、実に気を持たせるうまいところで後を引くことになります。
 はたして戴星の、宝春の、希仁の運命や如何に――続く第二巻も、近いうちにご紹介できればと思います。


『新装版 桃花源奇譚 1 開封暗夜陣』(井上祐美子 中公文庫) Amazon

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2023.02.05

『REVENGER』 第五話「Love Never Dies」

 長崎の祭りの日にやってきた旅芸人・堂庵一座に、山の貧民街の子供が攫われた。かつて一座にいた鳰は、一座に忍び込んで子供たちと会い、恨噛み小判を持ち帰る。雷蔵たちが利便事を仕掛ける中、一人堂庵の前に現れる鳰。鳰に魅入られていた堂庵は、鳰に挑発されるまま、その首に手をかけるが……

 鳰メインの今回は、見世物小屋の一座が、町とは隔絶した地域(婉曲な表現)の子供たちを攫うという、色々と危険球スレスレの内容。利便事屋のメンバーの中でも一番アウトローに近い存在として描かれてきた鳰ですが、かつてはこの一座に買われ、行動を共にしていたという過去が語られることになります。
 この一座の主であり、今回子供を攫った末に利便事を仕掛けられるのは、赤鼻のおじさんピエロといった趣の芸人・堂庵。かつて手放した鳰に未練タラタラ、その後も鳰の面影を追い続けていると思しい、色々な意味で危険人物ですが――演じるのがイケボ声優の大先達である速水奨であるだけに、単純な変態ではなく、どこかやるせない人間味を感じさせられるのが見事であります。

 物語の方は、この堂庵一座が、惣二と雷蔵の下宿先の少女・花の友達である山の子供たちを攫ったことで動き出しますが、作中での描写から察せられるように、姿を消しても(「町」の人間は)わざわざ探そうとしない立場の子供を攫っていくというのが何とも厭らしく、救いがない印象を受けます。もっとも、こうした法の庇護が及ばない者の救いとして、利便事屋が立つというのは、納得のいく構図でしょう。
 が、今回のエピソードはそれほど単純ではないのもまた事実です。何故なら、今回の依頼主は確かに攫われた子供たちではあるものの、彼らが噛んだ小判は元々、鳰が持ってきたもの。子供たちのもとに小判を持っていき、依頼を焚き付け(といっても選択肢は一応与えてはいるのですが)、そしてその小判を受け取ったのも、全て鳰と、ほとんど自作自演であります。確かに犠牲者はいる――それどころか鳰自身が犠牲者ではあるのですが、だからこそ今回のようなやり方は、私怨を晴らすためのものと解されても仕方ないのではないか?

 と、ジェラルド辺りは言い出しそうな気がしますが、とりあえずその辺りはスルーされて利便事スタート。今回は冒頭から、火吹き男・ナイフ使い・怪力男と、いかにも利便事屋チームと真っ向激突しそうな一座の面々が登場して楽しみにしていたのですが、その期待は裏切られることなく、雷蔵&惣二vs火吹きダルマ&ナイフ使い、徹破vs怪力男のバトルが繰り広げられることになります。
 水を得た海賊のように諸肌脱いで手四つの勝負を繰り広げた末に、あっさりジャイアントスイングで決める徹破も愉快でしたが、バトル的に面白かったのは雷蔵&惣二チーム。さしもの雷蔵の大ジャンプ猿叫アタックも、火焔放射には手が出せず、飛び道具対決の方もほとんど互角で勝負が動かず――というところで、巧みに相手をチェンジして敵のリズムを狂わせ、まとめて葬る辺りの、「いつの間にか呼吸が合ってる」感は、なかなか良い味を出していました。
(というか、時代劇で火焔放射はそこまでレアではない気もしますが、×××を切られて――という火焔放射定番の倒され方をしたのは初めて観ました)

 とはいえ今回のクライマックスは、やはりなんといっても鳰と堂庵の対峙でしょう。堂庵の前に美しく着飾って現れ、自分を我が物にしてみたければやってみろ――と、自分を殺すように挑発する鳰と、その細首に手をかける堂庵。しかし堂庵は手を下せず、逆に鳰に殺されることを恍惚と受け容れる――と、文章にすれば変態同士の殺し愛ですが、しかし先に述べた通り速水奨の名演もあって、もはや純愛という言葉すら浮かぶのが凄まじい。確かに「不滅の愛」であります。(というよりサブタイトル的には、むしろどこぞの怪人なみのいじましさかもしれませんが……)

 そして後になって今回の利便事の裏を知り、驚く惣二と、それでも鳰には人として生きてほしい、と語る幽烟で〆となる今回ですが――今回の鳰は今までで一番人間臭かった、と個人的には感じます。前半、堂庵が帰ってきたことを知り、優位に進めていたハタ合戦で鳰が敗れるシーンがありましたが、それ以上にすぐ上で述べた堂庵とのくだりは、一見異常ではあるものの、これまでで最も、鳰の生の感情・生の想いが出ていたのではないか――というのはこれはこちらの勝手な感情移入ではあるのですが。

 それにしても今回までの幽烟の言葉も思い出すに、本作においては「人間」「人間性」というのが一つのキーなのかな、というのがここまでの印象ではあります。その意味では、鳰以上に人間味が感じられない幽烟の真意が、やはりこの先の物語を左右するように思えるのですが……


『REVENGER』中巻(松竹 Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
公式サイト

記事
『REVENGER』 第一話「Once Upon a Time in Nagasaki」
『REVENGER』 第二話「Gold Opens Any Door」
『REVENGER』 第三話「Fortune is Fickle and Blind」
『REVENGER』 第四話「Ask, and You Shall Receive」

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2023.02.04

松本救助&あかほりさとる『めんへら侍』第3巻 急展開、忠臣蔵の世界へ!?

 情緒不安定で自意識過剰のめんへら侍・鷹松左門が繰り広げるドタバタ騒動もいよいよ佳境。思わぬやらかしから松の廊下の刃傷沙汰を引き起こし、浅野と吉良、双方の板挟みとなってしまった左門。さらに周囲の美女たちとの関係も大変な状況に突入してしまった彼の向かう先は……

 旗本筆頭・鷹松家の嫡男であり、剣の腕も並々ならぬものをもつ左門。しかしその難がありすぎる性格故に自爆しまくり、周囲に騒動を巻き起こしては自己嫌悪に沈む日々であります。
 そんな彼のことを面白がり、何かとイジり倒すのは時の将軍・徳川綱吉。実は祭り好きで左門や周囲に無理を言ってはお忍びで町に繰り出す綱吉が、上野の桜を見たいと言い出したことから、大変な悲喜劇が引き起こされることになります。

 折しもその日は勅使饗応の日、儀式は終わり、一足先に城を抜け出した綱吉を追って必死に駆ける左門が向かった先は松の廊下――そこを通りかかった浅野内匠頭の長袴の裾を左門が踏んでしまったことから内匠頭は転倒。それを後ろを歩いていた吉良上野介のせいだと思い込んだ彼は、以前にも吉良に同様の目に遭わされた(と思いきや、それも左門の仕業だったのですが)と怒り爆発、刃傷沙汰に及ぶことに……

 後になってその顛末を知り、自己嫌悪に沈むとともに、必死に無関係を装おうとする左門。しかし以前から勝手に友情をぶつけてくる堀部安兵衛に強引に迫られ、罪悪感もあって、討ち入りの際には助太刀をすると約束する羽目になってしまいます。
 ところが今度は吉良上野介に呼び出され、松の廊下の原因が自分にあると知っているとちらつかされた末に、左門は吉良方の助っ人につくことを約束させられてしまうのでした。

 さらに自分の周囲も討ち入りを待ち望むのを目の当たりにして、ますます追い込まれた彼は、現実逃避の果てにかねてから嫁入りを迫られていた加賀前田家の龍姫と朝チュンすることに。さらに女難は重なり、左門はいよいよ抜き差しならない状況に追い込まれることに……


 これまでもその性格から数々のやらかしを重ね、そのたびに自己嫌悪に呻吟してきた左門。しかしこれまでのそれは、ここで描かれるものの序章に過ぎなかった――という印象すらあるこの巻の展開。
 それもそのはず、左門は史上名高い赤穂事件――すなわち忠臣蔵の世界に飛び込んでいく、というより彼のおかげで事件が引き起こされることになるのですから、自業自得というか、罪深すぎるというべきか……

 しかし単に自身が発端になっただけでなく、そこからさらに身から出たサビで、浅野と吉良の板挟みに遭うという展開は実に面白く、かつ忠臣蔵数ある中でもなかなか見られないような展開で、大いに楽しませていただきました。

 その一方で、これまで作品に登場してきたタイプの違う四人の美女のうち、ついに三人までと――というのは、これはまあ原作者らしいとしかいいようがない展開ですが、ここまで来ると可笑しいというか、しかし同情する気も失せるというか……
 正直なところ、当初から左門は「めんへら」なのか? という思いを抱えてきましたが、いよいよ普通のダメ人間なのでは――という気もいたします。

 そんな中で、左門にとっては本来唯一無二のヒロインだったはずの茶屋の看板娘・お蜜の作中でのウェイトが下がってしまったのが気になりますが――むしろ彼女にとっての「一番」にまつわるアレコレの方がインパクト絶大――さてこの先、彼女の位置づけはどうなるのか。
 それが左門の運命をも左右するような気もするのですが……


 しかし驚かされたのはこの巻のラストでのまさしく急展開。あまりの展開ゆえに夢オチか最終回を疑ってしまったほどですが、もちろんそういうこともなく、物語は終盤に突入した感があります。
 正直なところ、まだまだ色々と描けたのではないかと思いますが、それは言っても仕方がない(この巻から電子書籍オンリーになったこともあり……)。次巻迎えるであろうクライマックスを見届けたいと思います。


『めんへら侍』第3巻(松本救助&あかほりさとる 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon

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2023.02.03

和夏弘雨『粛清新選組』第1巻 粛清を通じて描く、唯一無二の新選組

 『戦国ケンタウロス』『龍馬のグルメ』の荒木俊明原作、『火葬場のない町に鐘が鳴る時』の和夏弘雨作画というコンビの本作は、新選組の監察方を中心とした、非常にユニークな粛清テーマの新選組漫画。山崎烝と林信太郎の監察方二人が、士道不覚悟の隊士たちを炙り出していく姿が描かれます。

 若くして直心影流免許皆伝という看板を引っさげて、池田屋事件後の新選組に入隊した青年・吉田寅之助。その剣の腕で自信満々だった彼は、しかし実戦では全くその腕を活かせず、焦りが募っていくことになります。
 やがて監察方の林信太郎から、「臆病」を理由にすれば除隊することも可能と通告される寅之助ですが、受け容れることができるはずもありません。そこで信太郎は、町人を一人辻斬りできれば隊士として認める、責任は隊が持つと寅之助に告げるのですが……


 幕末に侍として最後の華を咲かせた集団として知られる一方で、隊務での死者よりも、粛清による死者の方が多かったなどとも言われる新選組。本作はそのタイトル通り、この新選組の負の側面に焦点を当てた作品であります。

 主人公、あるいは狂言回しは、山崎烝と林信太郎。新選組の監察方といえばこの人、という山崎はともかく、あまりフィクションで登場(活躍)した記憶のない林がメインというのはなかなか珍しいのですが、作中では林は一般人の範疇――強烈なのはむしろ山崎の方であります。
 スキンヘッドに目をひん剥いたリアルスケキヨ的ビジュアルに、人情があるのかないのかわからない態度といい、容姿といい言動といい尋常ではない山崎は、それだからこそ本作の中心人物にふさわしいと感じます。

 さて、本作では各話のタイトルに冠されているのは、そんな山崎と林による粛清の対象となった隊士の名前のなですが、目次を見て驚かされるのはその顔ぶれです。

 永倉らと近藤を弾劾する建白書を提出した中で唯一腹を切った葛山武八郎や美男五人衆の一人・楠小十郎、後は名前は浮かばなくとも、間男に斬られて近所に助けを求めたからという粛清理由は記憶に残る田内知はまだましな方。
 上で紹介した吉田寅之助、施山多喜人と石川三郎、酒井兵庫、御蔵伊勢武と荒木田左馬之助とくると、すぐに誰が誰だかわかる方の方が珍しいのではないでしょうか。さらには大石鍬次郎や吉村貫一郎の名まで――と来ると「えっ!?」と思わされますが、この辺りの変化球ぶりが本作の真骨頂なのであります。

 本作の基本スタイルは、ある隊士に目をつけた山崎と林が調査を行い、その人物を洗い出した上で粛清を行う――というものではあるのですが、しかしその通りに展開するエピソードはむしろわずかに過ぎません。
 隊士をその立場に追い込んだ者に山崎が復讐する、粛清の断が下された者を(故あって)救おうとする――あるいは調査の結果、粛清の必要なしという結論に至るエピソードもあり、展開といい結末といい、まったく油断できないのです。

 個人的に特に印象に残ったのは、大石鍬次郎と葛山武八郎の二人であります。前者は、後世の異名と大きく異なり、実戦で人を斬れずに悩む大石の心の傷を描くエピソードですが、大石ならやりかねないと思わせる描写の存在に、やられた! と驚かされる一編。
 一方葛山の方は、上で述べたとおり近藤弾劾の建白書を会津藩に提出した者たちが集められ、誰が切腹すべきかを挙げさせられるという、一種の心理ゲーム的展開が描かれるのですが――元僧侶という葛山の前身を踏まえた末の皮肉な結末に唸らされるのです。


 正直なところ、掲載誌ゆえか、何もそこまで、とドン引きするようなエロ絡みのバイオレンス描写があったり、内容にどこまで合っているかわからないホラー的なビジュアルなど、万人にお勧めし難い部分はあります。
 このように、題材(と山崎)のインパクトだけでなく、ストーリー展開や人物描写の妙できっちりと魅せてくれる、そして他では決して読むことができない唯一無二の新選組ものであることは間違いありません。

 題材的に長期展開は難しいのではないかと思いますが、この先誰が、どのように描かれるのか、展開が非常に気になる作品です。


『粛清新選組』第1巻(和夏弘雨&荒木俊明 日本文芸社ニチブンコミックス) Amazon

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2023.02.02

『アサシン クリード クロニクル チャイナ』 女性アサシン、明朝に翔る

 現在、おそらくは世界屈指の(時代)伝奇ゲームである『アサシンクリード』シリーズの中でも外伝的作品である『アサシンクリードクロニクル』三部作――そのうち、中国編であります。16世紀、明の嘉靖帝の時代を舞台に、国を裏から支配する八虎に挑む女性アサシン、シャオ・ユンの戦いが描かれます。

 超古代文明の遺産を巡り、有史以来激しい暗闘を繰り広げてきたアサシン教団とテンプル騎士団。現代にまで続くその戦いの姿は、これまで正編だけで十作以上製作されている『アサシンクリード』シリーズで描かれてきました。
 本作はその中では(ゲームシステム的に)外伝的な位置づけではあるものの、「正史」の中の物語――『アサシンクリードⅡ』以降三作品の主人公を務めたエツィオの弟子であるシャオ・ユンの物語であります。
(作品としてはもう7年も前の発売ですが、実は今までプレイしていなかったので今回取り上げる次第)


 16世紀、明の嘉靖帝(世宗)が旧来の政治勢力を一掃した背後に暗躍した宦官集団・八虎――実はテンプル教団の一員である彼らにより、中国のアサシン教団は壊滅。残るはマスターであるワン・ヤンミンと、シャオ・ユンという状態まで追い詰められるのでした。
 そんな状況で、イタリアまで逃れたシャオ・ユンは、エツィオから超古代文明の遺産である「箱」を授けられ、それを餌に八虎を誘い出し、彼らの壊滅に挑むことになります。

 敵味方数多くの犠牲を出す中、一人、また一人と八虎を追い詰めていくシャオ・ユン。しかし八虎の首領チャン・ヨンは、明侵略を狙うアルタン・ハーンと結び、その軍勢を導き入れようとしていたのであります。はたしてシャオ・ユンは復讐を果たし、モンゴルの脅威から祖国を守ることができるのか……


 というストーリーの本作ですが、ゲームシステムとしては、3Dのいわゆるオープンワールドゲームである正編とは大きく異なり、2.5Dの面クリア型というスタイルの作品。と言えばゲーム性は全く変わっているように聞こえますが、シリーズの象徴ともいえるイーグルダイブをはじめ、アサシンの特徴的なアクションは2Dで再現され、シリーズをプレイしている人間であれば、なるほどと感心させられる落とし込み方となっています。また、ちょっとくすんだ墨絵風のグラフィックも非常に印象的で、作品世界を巧みに作り上げていると感じます。

 もちろん、面クリア型となったことで世界の広がりというものはなくなり、サブゲーム的な要素も全くない状況。さらに、正編のアサシンたちに比べるとシャオ・ユンは悲しいくらい打たれ弱い上、基本的に敵に発見されるとクリア時のスコアがガクンと落ちるため、ひたすら逃げ隠れしながらプレイするスタイルとなるのは、アサシンとはいえ、正直なところストレスが溜まります。
(基本的には正編では発見→暴れて逃げる というヘボアサシンだったので……)


 しかしそれ以上に困ってしまうのは、上で紹介したように、全ての人名がカタカナ表記となっている点であります。本シリーズは主人公以外は登場キャラのかなりの割合を実在の人物が占め、それは本作も例外ではないのですが――カタカナだと誰のことか本当にわからない。ワン・ヤンミンがあの王陽明だと気付くまで、しばらくかかってしまいました。

 もっとも、本作は誰が誰かわかったとしても、題材的にかなりマイナーな印象が強いというのが正直なところです。そもそも明朝の皇帝でも、治世はかなり長いものの、あまり面白い事件があったわけではない嘉靖帝の時代が舞台というのが結構謎ですが、これはエツィオの生涯に合わせたものでしょうか(クライマックスのモンゴル侵攻も、本格的なものはもっと後なわけで)。
 また、いかにも悪の集団っぽい八虎も、歴史上はかなりマイナーな上に、この時代は嘉靖帝の手により権力の座からすべり落ちていたわけで、ちょっと迫力に欠けます。もっとも本作では、嘉靖帝を傀儡にして、裏で権力を握っていたという、いかにも「らしい」設定なのですが……

 そんなわけで、内容的にかなり地味な上に、ゲームとしても爽快感は今ひとつ――という本作。4面に一度くらい、パルクール中心のステージがあって、緩急を付けているのはわかるのですが、やはり外伝は外伝という印象は残ります。


 ちなみに本作は倉田三ノ路によって漫画化されているのですが、こちらはゲームにない(シリーズ名物の)現代パートがあり、この部分もなかなか面白いので、こちらもいずれ紹介したいと思います。


『アサシン クリード クロニクル チャイナ』(UBIソフト PCソフトほか) Amazon

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2023.02.01

栗城祥子『平賀源内の猫』 第10話「紅毛談と解体新書」

 平賀源内と赤毛の少女・文緒、そして帯電体質の猫・エレキテルのトリオが活躍する時代漫画『平賀源内の猫』――現在はwebコミックとして発表中の本作、待望の最新エピソードが(新たな、美しい表紙で)発売されました。今回は誰もが知るあの書物がいよいよ登場することになるのですが……

 不幸な過去を背負っていた文緒も、源内の家に住み込みで働くうちに江戸の暮らしにも慣れ、源内やエレキテルとの賑やかで楽しい毎日の中でずいぶんと元気になった様子。前話では、彼女の出生に何やら秘密があるらしいことが描かれましたが、今回はそちらからひとまず離れて、日本の医学史上に残る出来事が描かれることになります。

 それは「ターヘル・アナトミア」の翻訳――源内の蘭学仲間としてこれまで物語にしばしば登場してきた杉田玄白・前野良沢・中川淳庵の面々が懸命に訳してきた「解体新書」が、ついに完成したのであります。
 玄白や淳庵とともに、我がことのように喜ぶ源内ですが、一人良沢のみは、訳文に不満があると渋い顔。それどころか、最近大名や豪商と交わりがある玄白を俗物と非難、解体新書から外すとまで言い出したのですが……


 作中で源内が語るように、この国の医学を大きく変えることとなった解体新書。しかしある意味始まりといえる、小塚原での腑分けの時から行動を共にしてきはずの玄白・良沢・淳庵の全員の名が、翻訳者として記されているわけではないのも史実であります。
 その理由として、玄白と良沢の間で何らかの意見の違いがあったのではないか? というのはこれまでもフィクションの題材となってきましたが、本作においても、それが描かれることになります。いや描かれるのですが、それ実は――という、本作らしい捻りが加わったドラマが展開することになります。

 その真相が明らかになるきっかけが、今回冒頭から何やら妙な動きを見せていたエレキテルの「遊び」で――というのも巧みなのですが、もう一つ感心させられるのは、そこに後藤梨春の『紅毛談』が絡められていることでしょう。
 梨春が江戸参府のオランダ人から聞き書きしたオランダの風物を記したという『紅毛談』。作中で語られるようにエレキテルにも言及しており、日本最初の電気に言及した文献と言われていますが、幕府によって禁書とされた書物でもあります。その理由は諸説あるようですが――と、それを物語に絡めてくるのに驚かされます。

 本作は以前から、他の作品ではなかなかお目にかかれないような史実を作中に、それも有機的に取り込み、時代ものとして厚みのある物語を描いてきました。私はまさにその点に強く惹かれるのですが、その期待は今回も裏切られることはなかったといえるでしょう。
(そして、本当に思わぬ形で明かされる良沢の真意がまた泣かせるのです)


 ラストにはちょっと気になる語りがあり、この先の展開がいよいよ気になる本作。次のエピソードが早くも楽しみになります。


『平賀源内の猫』 第10話「紅毛談と解体新書」(栗城祥子 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon

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