牧野礼『夢見の猫風の犬宮』 猫少女が出会った恐怖と死の先に
平清盛と後白河院の対立が深まる平安時代末期を舞台に、猫と人間の間に生まれた「千足の里」の少女が、奇怪な秘術にまつわる冒険に巻き込まれる怪奇色濃厚な時代ファンタジーであります。最愛の人と死に別れ、奇怪な蠱毒使いに付け狙われる少女を救う者とは……
国つ神から不思議な力を授けられて人間の姿に変じた猫の娘と、人間の男の間に生まれた者たちの子孫が暮らす千足の里。人型の猫に近い姿で生まれ、普通の猫の姿にも人間の姿にもなれる里の住人たちは、外界からの侵入者を防ぐ結界に守られ、平和に暮らしていました。
そんな里の娘・夜斗は、幼馴染であり初恋の人である尾長に求婚され、夢見心地になるのですが――なんの前触れもなく尾長は急死し、夜斗は悲嘆に暮れることになります。
もう一度尾長に逢うため、死んだ者の魂に逢うことができるという呼び返しの祠に向かうことにした夜斗。しかし彼女は里の結界を出たところを、不気味な男に捕らえられてしまいます。男の正体は、蠱毒使いの虫頭――平清盛と後白河院の対立が表面化する中、双方の陣営にすり寄る虫頭は、千足の里の猫を使って、強力な猫鬼を作り出そうとしていたのであります。
猫鬼にする儀式のため、虫頭の弟子の少年・三津丸に殺されかける夜斗。そこで彼女を救ったのは、大句と名乗る目に見えない強力な獣でした。一度は大句によって内裏に匿われる夜斗ですが、なおも付きまとう三津丸から逃れるため、夜斗は封印された大句の本体を解き放つことを決意します。
内裏の封印された扉の先にいた大句の本体――それは先の帝と犬神筋の女性の間に生まれた内親王、犬宮こと狗子内親王だったのです。内裏から逃れた二人ですが、その前に再び虫頭が現れ……
平安時代末期(ラストに鹿ヶ谷の陰謀らしき事件が語られるのでおそらく1177年の出来事)を舞台に展開する本作は、千足の里の猫、犬神、蠱毒使いが入り乱れる、伝奇色・怪奇色濃厚な児童文学であります。
メインとなる千足の里の設定からして非常にユニークですが、そこに犬神と己を一体化させる力を持つ内親王、虫や動物たちを人間の姿に変えて操る蠱毒使いといった存在も加わり、既存の概念にさらに独自色を加えたアイディアの数々に、まず惹きつけられます。
しかしそれと同時に、本作はかなり恐ろしい、そして容赦のない物語であります。もちろんその恐怖の中心に存在するのは、邪悪な蠱毒使いの虫頭なのですが――主人公である夜斗が、猫鬼に作り変えられようとする、そのシチュエーション自体が実に悍ましく、恐ろしく感じられます。
姿は自分であっても、一度殺された上でその魂を作り変えられ、虫頭の言いなりに人を害する猫鬼にされる。幼い頃に虫頭に拾われ、毒を与えられて育てられた末に人間蠱毒と化した三津丸の存在も含めて、「作り変えられる」ことへの恐怖をこれほど生々しく描いた児童文学は珍しいと感じます。
そして本作は同時に、死の匂いが濃厚に感じられる物語でもあります。
そもそも、主人公の許婚・尾長の死から始まり、夜斗は尾長の魂と巡り合うために里を離れるのが物語の発端。そして時に彼女は(猫鬼に作り変えられるくらいならという前提付きとはいえ)死んで尾長と再会することを望みさえするのであります。
(それだけでなく、実はこの物語は一つの死から始まったことが、やがて明かされることになるのですが……)
他者に意思を奪われて言いなりに生きること、時に生よりも死を望んでしまうこと――本作はそんな恐ろしいシチュエーションを描きつつも、しかしその先にある選択肢を描くことになります。
自分の意思を持って他者とともに生きること、死んだ者の想いを背負って生きること――そんな、口にすれば当たり前に見えても、子供が理解するには難しい現実を、本作は異形の物語を通じて巧みに描き出すのです。
あるいはそれは、人間同士が醜く争い、そしてそれが大きく戦乱を広げていく人間の世界とは隔絶した、千足の里という壺中天のような理想郷だからこそ実現することなのかもしれません。しかしそれでも、恐ろしく悍ましい冒険とともに描かれるこの美しい現実は、実現しようと努力するに足るものとして、感じられるのです。
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