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2023.02.23

逢坂みえこ『獣医者正宗捕物帳』第4巻 より自由で芳醇な本歌取りの世界へ

 獣医師にして岡っ引きという変わり種の男・正宗の名推理を描くユニークな時代ミステリ漫画の第四弾であります。古典ミステリから巧みに換骨奪胎して新たな物語を作り出すセンスはもちろんこの巻でも健在、本歌取りの見事さに唸らされる全三話であります。

 江戸がえびす講で賑やかな中、老舗の履物屋・金具堂の跡取り息子・小次郎が誘拐され、身代金五十両が要求という事件が起き、正宗親分が捜査に当たることに。しかしほどなくして帰ってきた小次郎――なんと攫われたのは小次郎ではなく、その遊び友だちでしじみ売りの亀松だったのであります。
 胸を撫で下ろした金具堂の先代夫婦は身代金の支払いを拒否するのですが――しかし若旦那夫婦は小次郎のとばっちりで攫われた亀松のためだと強く言い張り、やむなく先代も支払いを認めることになります。

 そして祭りの雑踏の中、犯人からの指示に従い、若女将の手で宝船に積まれて川に流される五十両。しかし正宗は、身代金の金額の少なさや、妙に子供に優しい脅迫状、そして不安定な受け渡し手段に違和感を持ち……


 冒頭で触れたように、各エピソードで古典ミステリを題材とし、アレンジした物語を描いてきた本作。第3巻までは(クリスティーの作品もあったものの)シャーロック・ホームズ譚を題材としてきたのですが、この巻より本格的にそこから離れて、よりバラエティに富んだ物語が描かれることとなります。

 そのある意味第一弾がこのエピソードですが――さすがに「金具堂の身代金」というサブタイトルを見て仰天しました。そう、今回の題材は、エド・マクベインの87分署シリーズの一つ『キングの身代金』――日本でも黒澤明の『天国と地獄』の原作で知られる作品です。
 「誤って他人の子供が誘拐された誘拐事件」という、ある意味極めてユニークな事件が引き起こすドラマを描くという点では、もちろん本作は変わりません。しかし本作が実に見事なのは、そのキモの部分を江戸時代に移したのに留まらず、さらにそこから――ミステリ的にもドラマ的にも――踏み込んだ物語を描いてみせた点にあります。

 本作に対しても元作品に対しても未読の方の興を削ぐことになりますので、その相違点をここで具体的に語ることができないのがもどかしいところではあります。しかし、本作が原作にないフーダニット――いやそれ以上にホワイダニットの要素を加えることによって、物語に全く予想もしなかった奥行きを与えたことは、ここで強調しておきたいと思います。
 物語の終盤、正宗が辿り着いた真実――ある意味、時代ものならではのその真実を通した時、これまで見えてきた物語の姿が全く違って見えてくるのは、ただ圧巻と言うべきでしょう。そしてその先の人情の姿にも、また心打たれるのです。

 考えてみれば、これまでも題材となる作品を踏まえつつも、その時代劇版で終わることなく、独自の味を――特に人情ものという形で――加えてきた本作。このエピソードは、その巧みな本歌取りの冴えの、一つの極みとすら感じます。


 もちろん、残る二つのエピソードも、元作品を踏まえて巧みなアレンジを効かせた佳品揃いであります。

 正宗の子分・佐助の友人が、初めてのはずなのに何故か見覚えのある山中を探索する中で死体を発見し、それがきっかけで己の恐ろしい記憶に苛まれる「眠れる殺人」
 婚礼を間近に控えた大店の息子が、試供品の饅頭に仕込まれていた毒で死亡。しかしその犯人以前に、標的が本当に彼であったのかという謎が浮かび上がる「毒入り饅頭事件」

 ミステリ好きの方であれば、あらすじとタイトルで、ああこの作品か、とピンと来るかと思いますが、どうしてどうして、こちらも一筋縄ではいかないエピソード揃い。特にこの二話は、さらに別の作品も絡めてみせることで、より複雑な――そして様々な形の人情味が効いた内容となっており、こちらも必見であります。


 時代劇版シャーロック・ホームズから離れ、より自由に、そしてより豊潤な物語世界を構築し始めた本作。この先どのような作品が、どのように本歌取りされるのか――楽しみでなりません。


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