川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第25巻 覇王最後の死闘、そして物語は歴史へ
ついに兇王に最期の刻が訪れることとなりました。『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』も、いよいよこの巻をもって完結であります。四面楚歌によってついに心が折れた項羽。しかしもはや喪うものもなくなった項羽の最後の大暴れが始まります。それを阻むことができる者は、ただ一人……
廣武での戦いを辛うじて休戦に持ち込みながら、それを破って背後から襲うというなりふり構わぬ策を始めとして、張良の謀、そして韓信の策によって、一気に形勢は漢に傾いた戦い。そしてついに集結した劉邦・韓信・彭越の軍は一気呵成に決戦を挑みますが、決着をつけたのは、兵の数や勢いではなく、項羽の故地である楚が、劉邦の手に落ちたという事実でした。
その証拠ともいうべき「四面楚歌」によってついに心折れ、目に泪を浮かべて虞や虞や若を奈何せんと歌う項羽ですが――しかし虞美人を逃がし、もはや喪うものが何一つなくなった男ほど恐ろしいものはいません。
かくて項羽が繰り広げるのは、ナレーションが「項羽の武についての記述はにわかには信じがたい・・」と書いてしまうほどの大暴れ。従う兵はわずか二十六人、馬も捨てて己の足で戦場を駆ける項羽ですが、殺しも殺したり数百人――まさしく無双としか言いようがない鬼神のような暴れっぷりであります。
そして人を捨てた鬼に挑めるのは、やはり人でないもののみ。そう、ここで項羽を止めるためにその前に立ったのは四凶たる窮奇――これまで幾度か激突してきた二人が、ここで最後の戦いを繰り広げることになります。
ここで描かれるのは、もはや謀も策も及ばない、純粋な武と武の激突――そしてそれを描かせても右に出る者がいないのが作者であります。実に数十ページにわたって繰り広げられる二人の戦いは、本作で描かれた戦いの総決算というべき内容だけに、まさしく息をつく間もない激闘というべき死闘なのであります。
そして覇王が去り、残されたのは人間たち――最終回では劉邦や張良のその後が描かれることになりますが、こちらは意外なことにというべきか、その描写はごく最小限に留まります。
もちろんこれは、史実において張良は戦いが終わってほとんど間をおかずに引退に近い状態となっただけに、やむを得ないことではあるでしょう。また、(作者があとがきで記すように)特に劉邦亡き後の漢が、あまりに凄惨な状況となったためでもあるかもしれません。
そして物語は、張良の、そして彼の戦いと常に共にあった者の最期を描いて終わることになります。作中で、ある意味一番謎めいた存在であったこの人物ははたして何者だったのか?
それを語る窮奇の言葉には、グッとくるものがありますが――なるほどそれは、この戦いを繰り広げたのが、あくまでも人間たちであったことを語る、本作の結末にまこと相応しいものであったとも感じます。
結末は寂しくはありますが、物語が歴史になるというのはこういうことなのでしょう。『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』、ここに大団円であります。
しかしあとがきを読むまで見落としていましたが、眉の辺りとか父親そっくりな彼は、疑うなといっても無理が……
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