« 安田剛士『青のミブロ』第7巻 七つの橋の決戦 そしてミブロたちの原点 | トップページ | ジェイムズ・ラヴグローヴ『シャーロック・ホームズとシャドウェルの影』 名探偵、ロンドンに邪神の影を追う »

2023.02.21

高橋葉介『帝都物語』 夢と幻の名手が描くもう一つの帝都

 1989年に映画『帝都大戦』公開に合わせて描き下ろし刊行された、高橋葉介による漫画版『帝都物語』――原作の「魔王篇」「戦争篇」をベースとした作品であります。魔人・加藤保憲が去った帝都に、新たな異国の魔人の姿が……

 戦争の影が忍び寄り、不穏の度を高める帝都。大蔵省の大臣秘書官・辰宮洋一郎の妹・由佳理の娘である雪子は、かつて加藤保憲に立ち向かった末に敗れ、満洲に連れ去られた義母・恵子の幻影から、由佳理を守ってあげてという言葉をかけられることになります。

 折しも幾度となく奇怪な発作を起こし、苦しんでいた由佳理。その原因は、由佳理の中にある平将門の分霊を封印しようとする北一輝の祈祷にありました。
 北が若手将校たちによる蜂起成功に向けて暗躍する一方で、甘粕正彦を配下とするメソジスト協会の怪人・トマーゾが潜み、奇怪な陰謀を巡らせる帝都。しかし満州の加藤は帝都の状況を嘲笑い、静観の構えを見せます。

 そして二・二六事件が勃発するも北らの計画は失敗――やがて戦争が本格化し、そして日本の敗色が濃厚となる中、観阿彌光凰は武蔵野の鉄塔から呪念を増幅してルーズベルト呪殺を計画することになります。
 しかしトマーゾはこれを妨害し、さらに将来自分の敵に回ると予知した加藤を排除するため、恵子殺害を画策するのですが――それが加藤の怒りに火を点けることになります。

 ついに帝都に帰還した加藤と、トマーゾ――激突する二人の魔人の結末は……


 冒頭に述べた通り、映画『帝都大戦』の公開に合わせて刊行された本作。映画の方は原作をかなりアレンジした内容となっていましたが(あれはあれで好きです)、本作は原作をかなりの程度忠実に漫画化していると言ってよいかと思います。

 もちろん単行本一冊ということもあって分量的には少なく、内容的にはそれなりに取捨選択されていることは言うまでもありませんが、本筋はキープされている――というより、「魔王篇」より前の原作の設定・ストーリーを完全に踏まえているために、辰宮兄妹と雪子、加藤と恵子の人間関係がいきなり承前で始まるため、この辺りは本作から読んだ方はかなり戸惑うかもしれません。

 それでも本作が魅力的に感じられるのは、原作の衒学的ベクトルとはまた異なる形で帝都を描いてきた作者の筆による帝都の姿によるところはもちろんあるでしょう。しかし何より加藤と恵子の愛憎入り乱れた関係の描写の巧みさによるところが大きいと感じます。

 加藤に戦いを挑みながらも敗れた末、心身ともに征服され、行動を共にすることになった恵子。しかしその関係は、その表面的なものとは大きく異なるものであることが、二人の姿から浮かびあがります。
 加藤にとっては戦利品であり、責め苛む対象であるはずの恵子。しかしここで描かれる二人の姿は、いつしか心の通じ合った男女のそれであり――むしろ荒ぶる加藤の姿は、恵子の懐の内にあるようにすら感じられます。

 そんな二人の関係性――というより恵子の「菩薩」と喩えられる存在感――はもちろん原作でも描かれたものですが、ほんのわずかな描写から、いわば二人の超人の中の人間臭い部分を浮き彫りにしてみせる筆は、これは高橋葉介ならではというほかありません。
 そしてそれがクライマックスのトマーゾに挑む加藤の、いやそれが決着した後の加藤の、ある意味極めて意外な、それだからこそ不思議な感動のあるシーンに繋がるのは、見事というべきでしょう。


 さて、高橋葉介で帝都といえば、どうしても浮かぶのは「彼」ですが――本作においては冒頭と第二部冒頭、そしてラストと、ごくわずかの出番でありながら、印象的な姿を見せることになります(特に冒頭では雪子、第二部では恵子の前に現れ、語りかけるのが彼らしい)。
 思えば彼も帝都に現れる夢か幻のような(それでいて妙に人間臭い)存在。本作での「彼」は「帝都の小悪魔」と呼ばれるようですが、まさに言い得て妙かもしれません。

(ちなみに本作では馬賊の少女・明鈴が登場するのですが、これはまあ扱い的にスターシステムと考えてよいでしょう)


『帝都物語』(高橋葉介 朝日ソノラマほか) Amazon

|

« 安田剛士『青のミブロ』第7巻 七つの橋の決戦 そしてミブロたちの原点 | トップページ | ジェイムズ・ラヴグローヴ『シャーロック・ホームズとシャドウェルの影』 名探偵、ロンドンに邪神の影を追う »