青池保子『修道士ファルコ』 風変わりな修道士を主人公に描く中世僧院の姿
欧州を舞台とした作品を得意とする青池保子が、代表作の『アルカサル 王城』と同じ世界の修道院を舞台に描く、ユニークかつコミカルな中世漫画であります。かつては凄腕の騎士だった修道士・ファルコと、修道院の仲間たちが、次々と起きる事件に挑みます。
14世紀後半のカスティリア王国――無聊をかこっていた国王ドン・ペドロは、国内の修道院に、かつて騎士であった修道士・ファルコがいると知り、強く興味を持ちます。さっそく押しかけた王に挑まれ、ファルコはやむなく剣を手にすることに……
『アルカサル 王城』の主人公であるドン・ペドロをゲストに迎えての第1話から始まる本作は、かつて「ナバーラの鷹」と異名を取りながらも、血生臭い前半生を悔いて修道士となったファルコの活躍を描く物語であります。この第1話はあくまでもプロローグ的な扱いで、物語はこの後にファルコが身を寄せた、ドイツのリリエンタール修道院を中心に展開することになります。
このファルコ、前歴が騎士ということで非常に腕っぷしが立つというのも特徴ですが、しかしそれ以上に異彩を放つ(?)のはそのビジュアル。この時代の修道士は、頭頂部のみを剃った「トンスラ」という髪型が基本ですが、ファルコは何故かトンスラにしていない、いやすることを許されていないのです。
実は彼の頭頂部には、ある形の痣があり、これが修道院の風紀を乱しかねないから――というスゴい理由なのですが、いずれにせよ、一見修道士に見えない、そして剣の達人であるという点から、彼が修道院外で起きる(しかし修道院が絡む)事件解決に駆り出される――というのが物語の基本となります。
さて、本作はそんなファルコを主人公とする物語ですが、彼以外の修道院の人々も、実に個性的かつ魅力的であります。
ケルンの市警という前歴を持つオド、美意識過剰な変人芸術家のアルヌルフ、傲慢で道を一度は道を誤った秀才・アルヌルフ、潔癖症で小鳥の心臓と呼ばれる気弱な院長、一見功利的ながら清濁併せ呑む器量人の副院長――さらに近くの老人ばかりの聖アンナ尼僧院の面々も含めて、多士済済であります。
特に、やはり腕っぷしが強く、その前歴から高い捜査能力を持つオドは、ファルコとはしばしば共に行動する名コンビ(互い「霊的な会話をしよう」と言いつつ、前歴を引きずってしまうのはお約束)。後に、彼が修道士になる前の物語『ケルン市警オド』が発表されるほどの人気キャラであります。
さて、本作はこうした面々が賑やかに繰り広げる(というか巻き込まれるというか)騒動を描く物語ですが――その楽しさもさることながら、本作の最大の魅力は、作中で描かれる中世の修道院ならではの事物と、それを巧みに生かした物語展開であります。
たとえば第2話のメインとなるのは、修道院の聖遺物の存在――聖人の遺体の一部を崇拝する聖遺物は、リリエンタール修道院にも存在するのですが、それは実はケルンの大聖堂から盗んできたもの。一見とんでもない話ですが、ふさわしい扱いがされていないものを保護したという理屈で当時は「神聖盗掠(フルタ・サクラ)」と呼ばれ、正当化されていたというのに驚かされます。
物語の方では、その聖遺物、聖女サウラの指の骨がさらによその僧院に盗まれ、ファルコとオドが追跡するも、思いもよらぬとんでもない事態になっていくのですが……(いや、本当にこれはよく考えついたと思います)
これ以降もの世話をさせる貴族の存在や、修道院の最良の収入源であるブドウ酒、神学を修めるために神学校に入ったはずの学生たちの堕落、あるいは苦境にある僧院を救おうとしない守護聖人に対する「辱めの儀式」など――実に様々な題材を、物語に有機的に結びつけ、ユニークなストーリーを生み出してみせるのには感心させられます。
しかし本作は、こうした事物を物語の題材として用いるだけではありません。
現時点で最後の、そして最長である「湖上の城大量殺人事件」編――長らく争ってきた二つの家の和解の機会であったはずの婚礼の場で大量殺人が行われ、殺された側が報復に相手の家を皆殺しにしたという、ある意味実に中世的な物語の結末で描かれるもの……
それは聖人の奇蹟でも法の裁きでもなく、人の心が生んだ赦しの姿であり――それもまた、本作だからこそ描くことができるものであると、強く印象に残るのです。
2015年以降連載は中断(その後に前述の『ケルン市警オド』を連載)していますが、是非また、本作ならではの、中世修道院ならではのユニークな物語を読みたいものです。
『修道士ファルコ』(青池保子 秋田書店プリンセス・コミックス第1-5巻) Amazon
| 固定リンク
