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2023年3月

2023.03.31

藤田和日郎『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第3巻 奇妙な即席コンビと、新たな奇人の登場と

 フランケンシュタインの怪物の生みの親であるメアリー・シェリーが、実際に怪物娘・エルシィを教育することになるという奇想天外な物語の第三巻であります。厳格な義父とともに外出したところを追い剥ぎたちの襲撃を受けたメアリー。彼女たちを救うのは、エルシィともう一人……

 かつて『フランケンシュタイン』を著し、今は大学生の一人息子のために懸命に生きるメアリーに近衛兵から舞い込んだ依頼――それはコサックの暗殺集団の一人の肉体と、田舎娘の頭を繋いだという、まさにフランケンシュタインの怪物そのままの怪物娘・エルシィを、舞踏会に出席できるよう教育することでした。
 折り合いの悪い亡夫の父、サー・ティモシーの屋敷の一角を借りて、エルシィの教育に当たるメアリー。しかしかつての肉体はともかく、頭の方は淑女とは程遠いエルシィの教育には悪戦苦闘するばかりであります。

 そんなある日、サー・ティモシーとともに馬車で外出したメアリーですが、馬車を襲撃してきたのはハイウェイマン(追い剥ぎ)の群れ。二人の危機を察知して駆けつけたのはエルシィと――メアリーの息子・パーシー。スピードと技のエルシィと、頑丈さと力のパーシー、対照的な二人は奇妙な即席コンビを結成、敵を蹴散らして、馬車に向かうのですが……

 というわけでこの巻の前半で描かれるのは、エルシィそして前巻の終盤に登場したパーシーによる大活劇。エルシィのアクションはもちろんのこと、パーシーの思わぬ奮闘ぶり(さすがバネ足ジャック相手に一歩も退かなかった男)は実に痛快、これで強権的なサー・ティモシーの態度も少しずつではありますが和らいで――というのも定番ではありますが、それまでメアリーが可哀想なほどに萎縮していただけに、スッキリしたのは間違いありません。

 特にパーシーの紳士ぶり、好青年ぶりはちょっと類を見ないほどで、基本的に登場する男たちがほとんどゲスか強圧的だった本作においては、奇跡的な存在とすらいえます。もう一歩間違えれば母の存在を食いかねないほどの存在感で、この後のエルシィのダンス修行でもその好青年ぶりは変わらず、この先の活躍にも期待が高まります。

 しかしその一方で、物語の本筋の方も、遂に動き出すことになります。そもそもの物語の始まりである、奇怪な女暗殺者集団〈7人の姉妹〉。その隊長であり、今はエルシィの身体となっている〈諦め〉が欠員となったいま、補充の一人〈渇き〉が独断で動き出したのであります。
 〈諦め〉に対して憧れに似た想いを抱いていたことが窺える〈渇き〉の目に、エルシィがどのように映っているかは想像に難くありませんが――これまでのゴロツキやならず者相手には無敵であったエルシィには初めての強敵というべきでしょう。(そしてここでまたもやスペシャルゲストが……)


 さて、メアリーとエルシィを中心にその輪を広げてきた登場人物たちの運命は、ダッジモント家の屋敷で行われる舞踏会にて交錯することとなるようですが――この巻ではまだそこまでは至りません。しかしその前にもう一人、新たな、そしてとんでもない大物が、物語に登場することになります。
 その名はラヴレス伯爵夫人ことエイダ・ラヴレス! かのバイロン卿の娘にして数学者、そして階差機関の生みの親の一人というべき女性であります。(史実でもメアリーの親友であった彼女の存在を忘れていたのは我ながら不覚でした)

 馬車の中でも階差機関をいじっているという、いきなりインパクトのある登場をしてのけただけでなく、その後の言動もエキセントリックな奇人である彼女もまた、この物語の登場人物に相応しい存在であることは間違いありませんが――同時に彼女は、メアリーのある意味対極の存在として、ある現実を突きつけることになります。

 それはメアリーに欠けていたものであると同時に、彼女のある種の甘さを剔抉するもの。そのあまりに容赦ない態度には、もう少し手加減しても――と思わず気の毒になってしまうのですが、しかしそれが真実であることもまた否めません。
 エルシィの舞踏会修行での、「貴婦人しぐさ」教授など、ギャグとして面白かったと同時に、はたしてメアリー自身がこうした価値観を内面化させるような教育をしてよいのか、と疑問符がつくものだっただけに……


 さて、結局今回もメアリーは曇り顔になってしまったわけですが、はたしてこの先、彼女が晴れ晴れと自分自身の価値を認めることができるのか。いやその前に、波乱の予感しかない舞踏会で何が起こるのか。
 どうやらそれなりに長い作品となりそうなだけに、こちらも腰を据えて見届ける必要がありそうです。


『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第3巻(藤田和日郎 講談社モーニングコミックス)  Amazon

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2023.03.30

東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第8巻 兵四郎先生、女剣会に関わる!?

 毎月単行本発売で嬉しくもちょっと心配になる漫画版『警視庁草紙』、第八巻は前巻から始まった「残月剣士伝」編が思わぬ方向に展開していくことになります。そして後半には、落合芳幾と月岡芳年を主人公とした外伝「異聞・浮世絵草子」が収録されております。

 明治の世に入り、かつての剣客たちが無聊をかこつ中、榊原鍵吉を中心に始まった剣戟興行「撃剣会」。本物の迫力に大いに人気を博したこの撃剣会ですが、川路大警視の下、精鋭たちを集めた警視隊を組織せんとしている警視庁にとっては目の上のたんこぶであります。
 そんな中、藤田巡査の前に現れたのは、かつて芹沢鴨の取り巻きであった平間重助。警視庁に取り入ろうとする彼は、撃剣会潰しの秘策があると言うのですが……

 そんなわけで思わぬところで警視庁が動き出すこととなった激剣会興行ですが、ここで平間が出したアイディアとは、ライバル興行を作りだすこと――それも、撃剣会が男と男がぶつかり合う戦いの場だとすれば、こちらは美女と美女がぶつかり合うお色気の場「女剣会」。
 実にしょうもない流派名を名乗った美女たちがぶつかり合い、ダウンしてはあられもない姿を見せる――よくぞまあこんなことをと思いますが、これが世の助平男どもを中心に、大人気を博すことになります。

 しかしまことに意外なことに、兵四郎はこの女剣会に深く関わっていくことになります。実はここに出場する女武芸者たちは、いずれも旧幕臣の縁者たち。そしてその中に、かつて講武所で共に汗を流した友の妹がいることを知った兵四郎は、彼女たちの武芸教師となることに……


 と、兵四郎や藤田の回想などが多く含まれていたものの、基本的に原作を踏まえて描かれてきたこの「残月剣士伝」は、ここで大きなオリジナル展開を見せるわけですが――なるほど、原作ではほとんど傍観者であった兵四郎を、この形で絡ませてくるか! と驚きつつも納得の展開であります。
(一応原作でも、女剣会には元武士の縁者も含まれているらしい、という設定ではありましたが)

 そういえばその昔、七人の女人に武芸を仕込んだお侍さんもいたなあ、と何となく微笑ましい気分になりますが、しかし問題は、この女剣会の背後では、警視庁が糸を引いていること。それに気づかずに武芸指南を買って出てしまうのも兵四郎らしいといえばらしいところですが、しかし彼にとっては心穏やかではないことは間違いありません。
 一方、女剣会に押されて閑古鳥が鳴く撃剣会の側には、曰く有りげな二人の雲水が出現。明らかにただものではない二人のうち一人は、鴉を連れていて……


 と、盛り上がってきたところですが、この巻では本編は全体の半分辺りまでの収録。後半は、三菱一号館美術館で二月から開催中の「芳幾・芳年――国芳門下の2大ライバル 」展とタイアップしての外伝「異聞・浮世絵草子 芳幾と芳年」全三話が収録されています。
 今なお人気の高い歌川国芳の弟子として、江戸から明治に時代が移り変わる中、数々の作品を残した落合芳幾と月岡芳年――ある意味対象的な二人の生き様が描かれることになります。

 物語の始まりは上野戦争の終結直後――友たちの後を追って駆けつけたものの、既にその場にいるのは無惨な負傷者たちと死者たちのみであった兵四郎。そこで彼は、一心不乱に絵筆を走らせる芳年と出会うことになります。
 既に師の国芳亡く、時代が大きく移り変わる中で、自分の道を求めてもがく芳年。それは兄弟子でありライバルである芳幾も変わりません。芳幾が錦絵新聞といった新たなメディアに挑戦する一方で、芳年は西洋画の衝撃に打ちのめされ、廃人同様に……

 『警視庁草紙』本編の登場人物は冒頭等の兵四郎と、途中で登場する加治木と油戸のみ。内容的にも伝奇ではなく伝記であって、芳年と芳幾の評伝的印象が強くあります。
 もちろん、だからといってつまらないというわけではなく、ケレン味十分の展開に乗せて、明治という大きな時代の動きの陰で懸命に生きる者たちの姿を描くのは、なるほど『警視庁草紙』の流れを汲むといってもよいのかもしれません。

 とはいえ、(これはもう本当に仕方ないのですが)個人的には西南戦争の先の時代を描くのはちょっとな――と感じるのですが、それはまあ原作読者の勝手な感慨ではあります。


『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第8巻(東直輝 講談社モーニングコミックス) Amazon

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東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第8巻 兵四郎先生、女剣会に関わる!?

 毎月単行本発売で嬉しくもちょっと心配になる漫画版『警視庁草紙』、第八巻は前巻から始まった「残月剣士伝」編が思わぬ方向に展開していくことになります。そして後半には、落合芳幾と月岡芳年を主人公とした外伝「異聞・浮世絵草子」が収録されております。

 明治の世に入り、かつての剣客たちが無聊をかこつ中、榊原鍵吉を中心に始まった剣戟興行「撃剣会」。本物の迫力に大いに人気を博したこの撃剣会ですが、川路大警視の下、精鋭たちを集めた警視隊を組織せんとしている警視庁にとっては目の上のたんこぶであります。
 そんな中、藤田巡査の前に現れたのは、かつて芹沢鴨の取り巻きであった平間重助。警視庁に取り入ろうとする彼は、撃剣会潰しの秘策があると言うのですが……

 そんなわけで思わぬところで警視庁が動き出すこととなった激剣会興行ですが、ここで平間が出したアイディアとは、ライバル興行を作りだすこと――それも、撃剣会が男と男がぶつかり合う戦いの場だとすれば、こちらは美女と美女がぶつかり合うお色気の場「女剣会」。
 実にしょうもない流派名を名乗った美女たちがぶつかり合い、ダウンしてはあられもない姿を見せる――よくぞまあこんなことをと思いますが、これが世の助平男どもを中心に、大人気を博すことになります。

 しかしまことに意外なことに、兵四郎はこの女剣会に深く関わっていくことになります。実はここに出場する女武芸者たちは、いずれも旧幕臣の縁者たち。そしてその中に、かつて講武所で共に汗を流した友の妹がいることを知った兵四郎は、彼女たちの武芸教師となることに……


 と、兵四郎や藤田の回想などが多く含まれていたものの、基本的に原作を踏まえて描かれてきたこの「残月剣士伝」は、ここで大きなオリジナル展開を見せるわけですが――なるほど、原作ではほとんど傍観者であった兵四郎を、この形で絡ませてくるか! と驚きつつも納得の展開であります。
(一応原作でも、女剣会には元武士の縁者も含まれているらしい、という設定ではありましたが)

 そういえばその昔、七人の女人に武芸を仕込んだお侍さんもいたなあ、と何となく微笑ましい気分になりますが、しかし問題は、この女剣会の背後では、警視庁が糸を引いていること。それに気づかずに武芸指南を買って出てしまうのも兵四郎らしいといえばらしいところですが、しかし彼にとっては心穏やかではないことは間違いありません。
 一方、女剣会に押されて閑古鳥が鳴く撃剣会の側には、曰く有りげな二人の雲水が出現。明らかにただものではない二人のうち一人は、鴉を連れていて……


 と、盛り上がってきたところですが、この巻では本編は全体の半分辺りまでの収録。後半は、三菱一号館美術館で二月から開催中の「芳幾・芳年――国芳門下の2大ライバル 」展とタイアップしての外伝「異聞・浮世絵草子 芳幾と芳年」全三話が収録されています。
 今なお人気の高い歌川国芳の弟子として、江戸から明治に時代が移り変わる中、数々の作品を残した落合芳幾と月岡芳年――ある意味対象的な二人の生き様が描かれることになります。

 物語の始まりは上野戦争の終結直後――友たちの後を追って駆けつけたものの、既にその場にいるのは無惨な負傷者たちと死者たちのみであった兵四郎。そこで彼は、一心不乱に絵筆を走らせる芳年と出会うことになります。
 既に師の国芳亡く、時代が大きく移り変わる中で、自分の道を求めてもがく芳年。それは兄弟子でありライバルである芳幾も変わりません。芳幾が錦絵新聞といった新たなメディアに挑戦する一方で、芳年は西洋画の衝撃に打ちのめされ、廃人同様に……

 『警視庁草紙』本編の登場人物は冒頭等の兵四郎と、途中で登場する加治木と油戸のみ。内容的にも伝奇ではなく伝記であって、芳年と芳幾の評伝的印象が強くあります。
 もちろん、だからといってつまらないというわけではなく、ケレン味十分の展開に乗せて、明治という大きな時代の動きの陰で懸命に生きる者たちの姿を描くのは、なるほど『警視庁草紙』の流れを汲むといってもよいのかもしれません。

 とはいえ、(これはもう本当に仕方ないのですが)個人的には西南戦争の先の時代を描くのはちょっとな――と感じるのですが、それはまあ原作読者の勝手な感慨ではあります。


『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第8巻() Amazon

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2023.03.29

椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第6巻 内臓なき毒男と彼らの愛の物語

 怪奇現象の陰に潜む能力者たちを、陸軍のエリート養成学校・栖鳳中学校に「推薦」する岩元先輩の戦いを描く本作、この巻で描かれるのは奇怪な「毒男」との対決であります。女学院で噂される奇怪な毒男――内臓を持たないというこの怪人の真偽とは、そして岩元との因縁とは……

 聖導女学院で発生した集団食中毒事件に駆り出された岩元や奥秋ら、栖鳳中学の面々。わざわざ彼らが出動するということは、この事件の陰には、能力者の存在があるということにほかなりませんが――彼らが追うのは、この数年、各地の女学校で発生している同様の事件を引き起こすという「毒男」だったのであります。

 その名の通り毒を操る能力者であり、かつて軍の施設で解剖され、内臓を失いながらも蘇生して脱走したといわれる毒男。少女の血を求めるといわれるこの毒男が女学校に潜入し、被害を広めていると睨んだ岩元たちですが、毒男の決め手である内臓の有無を確認するためには、服の下を確かめなければいけません。
 さすがに女学生の服の下を確認するわけにもいきませんが、岩元には何としても毒男を見つけたいという理由がありました。そしてそんな中、岩元は同性をも惹きつける妖しげな美少女・瑠璃と出会うのですが……


 これまで、一話完結の短編エピソードと、一巻丸ごと使っての長編エピソードが入り混じってきた本作ですが、この巻はその後者のスタイルとなります。

 第四巻の箱男に続き今回は毒男と、怪奇人間シリーズという印象もありますが、今回の毒男は、かつて軍の実験で内臓を奪われた者が徘徊しているという、何とも不気味な、都市伝説めいた存在。しかし奇妙なのはその被害が女学校ばかりで起きているということであって――そこから、毒男が少女の姿で入り込んでいるのでは? と、倒錯的なシチュエーションに繋がっていくのが、実に本作らしいと感じます。

 そして岩元の前に「容疑者」というべき少女・瑠璃が出現、どう見ても彼女が毒男としか思えないと思いきや、調査が進むにつれて意外な、そして奇怪な真実が判明し――と、物語が進むほどに、逆に事態が混迷の度合いを深めていくのも実に面白い。
 特に終盤で描かれる一種のどんでん返しにはギョッとさせられるのですが、それがまた、物語に新たな色彩を変えていくのには唸らされます。


 こうして描かれる物語は、毒男自身の過去を語るものでもあります。そう、今までのエピソードと同様に、岩元自身は狂言回しであり、登場する能力者――ここでは毒男こそがこの巻の物語の主人公であることが、やがて明らかになっていくのです。

 体内で毒物を生み出す家系に生まれ、その能力故に己の毒で己を蝕み、命を落とした毒男。しかし軍の施設で解剖されたことがきっかけで蘇生、脱走した彼は、逃げ込んだ先である人物と出会うことになります。
 孤独であった彼にとって、初めての存在であるその人物との出会いが、彼に、そして物語に何をもたらしたのか――それは伏せますが、ここで描かれた奇怪な愛の姿は、やがて結末に至りもう一段昇華され、さらなる愛の物語へと変貌を遂げることになるのです。

 能力者は人間なのか、怪物なのか? それは本作の初めから幾度となく描かれてきた問いですが、その最も痛切な答えが、ここにはあるといえるでしょう。

 そして、作中でその問いに最も答えを求めてきた人物である岩元と毒男の間には、実は一つの因縁があることが示されます。いや、それはむしろ、岩元がこの「先輩」に対して一方的に感じているものなのですが――だからこそ彼が毒男を追い、そして彼らを救おうとする想いには説得力があります。
 その果てに彼が見たものは、大いなる悲劇であると同時に、一種の救いではなかったのか――そんなことを感じた次第です。


 時に奇想天外な能力バトルを描く一方で、耽美的な怪奇の世界を、そして能力者たちの背負う孤独を描いてきた本作ですが、この巻はその魅力が、特に色濃く出ているといってよいでしょう。
 はたして次なる巻ではどのようなスタイルで、どのような能力者の物語が描かれるのか――期待して待つとしましょう。


『岩元先輩ノ推薦』第6巻(椎橋寛 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第5巻 怪奇現象と能力者と バラエティに富んだ意外性の世界

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2023.03.28

青池保子『ケルン市警オド』 中世ドイツの刑事ドラマ!? 『修道士ファルコ』スピンオフ

 『修道士ファルコ』で主人公の頼もしい兄弟として活躍した修道士オドの過去、俗世での姿を描くスピンオフ作品であります。14世紀のドイツ有数の大都市ケルンで法と秩序を守る警吏、オドことオドアケル・ショルツが数々の難事件に挑む中で、様々な人間模様を目撃することになります。

 豪商・都市貴族・富裕層からなる市参事会が運営する自由都市であり、3万人の住民が暮らすケルンの秩序維持のために置かれた市警――警視とその下に置かれた警吏たち。主人公オドは、法律家の父の跡を継ぐべく大学で学んだものの、現場での活動を選んで警吏になった青年であります。

 正義感が強く真面目で勤勉、若きエースと目されるオドですが、相手の身分や地位に関係なく発揮されるその正義感は、時に市長や警視の悩みの種ともなります。
 今日も、モグリの娼家に市の有力者の息子たちが客となっていた証拠を掴んだオドを現場から引き離すため、行方不明になった大商人の使用人探しを命じた警視。不承不承任務に就いたオドは、ボンとの境にある山奥の僧院に向かうのですか、そこで思わぬ窮地に陥ることに……


 『修道士ファルコ』では、施療院で働くファルコの先輩修道士として登場、警吏という前歴を活かし、昔取った杵柄で謎解きや荒事の際に活躍したオド。本作で描かれるのは、その出家前に、彼がケルンで出会った数々の事件であります。

 今のところ第六巻まで刊行されている本作ですが、基本的に単行本一冊で(三・四巻のみ二冊で一話)一つの事件を描く連作スタイルです。上で挙げた第一巻の後にも、
・少年の死体に事件性を感じて捜査するオドが、横暴な古参貴族の庭の奥にトリカブトの群生を発見、それが思わぬ悲劇に発展していく第二巻
・大貿易商の邸宅で、血縁者の連続殺人事件が発生。かつてクサンテンの町で船火事で亡くなったとされる当主の長男の復讐が囁かれる中、調査に向かったオドと少年楽士に危機が迫る第三・四巻
・七年前の迷宮入りの強盗殺人・美女に騙されて身ぐるみ剥がされた医者・浮浪者を標的とした連続殺人という三つの事件が交錯する第五巻
・先代亡き後、後妻一族に乗っ取られようとしている名門貴族の当主が失踪、かつて一門ゆかりの「赤い橋の館」で起きたという事件にオドが挑む第六巻
 と、様々な事件が描かれることになります。

 基本的にはいずれの事件も、ミステリ、あるいは一種の刑事ドラマというべき内容ですが、それぞれがこの時代、この舞台ならではのものとなっているのが、やはり本作ならではの魅力というべきでしょう。
 特に科学捜査というものなどない時代、オドが当時の知識層である修道僧の薬草等の知識を借りて、事件を分析、謎に迫っていくのに感心させられます(中でも第二巻の殺人のトリックは見事といえるでしょう)。

 また、あらすじを見ればわかるように、本作では特に貴族の家中で起きる事件が多く描かれることになります。その事件の内容はもちろんのこと、本来であれば市警が立ち入ることが困難な舞台で、いかにオドが正義を貫くか――その点も大いに気になるところであります。

 そして、これはまだ作中で明確にはなっていないところではありますが、例えば先に触れた修道士から薬草の知識を学ぶ点は、彼のその後の姿を思わせるものがありますし、法の正義だけでは裁けない事件の存在が、彼の心境に影響を与えてことは間違いないでしょう。
 特にある事件において哀しい復讐鬼と対峙した後の彼の述懐――「ならば君の代わりに私が神に許しを願ってやるよ」「君の魂が救われるように神に祈ろう」「神に祈るだけが私に出来る事だ――」は、後の彼が何を想って神に祈っているのかを窺わせるように感じられます。


 と、そんなシリアスな面も存分にありつつ、随所に散りばめられたユーモアや、オドを取り巻く個性的なキャラクター(特に好奇心旺盛なカイ修道士、随所でオドを助ける物乞いの元締め・物乞い番長の存在が楽しい)など、硬軟取り混ぜた内容の面白さはさすがに作者ならではというべきでしょう。

 約六年間で単行本六冊と、決してペースが早いわけではなく、またその間は『修道士ファルコ』が中断されているのが気になるところではありますが――しかしいずれにせよ、まだまだオドの活躍に触れていたいというのも、正直なところであります。


『ケルン市警オド』(青池保子 秋田書店プリンセス・コミックス 第1-6巻) Amazon

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2023.03.27

赤名修『賊軍 土方歳三』第8巻 蝦夷共和国編突入! 爆弾を背負った土方!?

 表紙の土方の姿を見れば、もうここまで来てしまったのか――という思いも強くある『賊軍 土方歳三』、おそらくは最終章であろう蝦夷共和国編に突入であります。友も仲間も主も失った末に、蝦夷に辿り着いた土方ら旧幕府軍。そこで新たな国を作るという榎本武揚の大志に賭ける土方ですが……

 松平容保、そして現藩主・喜徳の下で会津を守るため戦い続けた土方と新選組ですが、沖田の病状が悪化し、斎藤は行方不明となり、次々と仲間を失った末に、会津藩はついに落城。その後も仙台藩の脱落により奥羽越列藩同盟は崩壊、輪王寺宮を京に戻したことにより、東北王朝も夢と消えることになります。
 そんな中で唯一の希望というべき、榎本武揚の艦隊と合流した土方たち旧幕府軍は蝦夷地に向かうことになるのですが……

 というわけで、ついにこの物語も終盤にさしかかった感がありますが、この巻からはついに土方たちの蝦夷での戦いが始まることになります。しかしその前に土方は新選組解散を宣言。それは春日左衛門が原田左之助の伝言を土方に伝え、そして市村(=沖田)の合流もあって、結局復活することになったのですが――ここでとんでもない爆弾が爆発することになります。

 ここのところ史実通りの展開が続き、比較的大人しめの印象があった本作。しかしここで描かれた土方の姿は、意外極まりない――というより、新選組ものはこれまで色々と読んできましたが、土方がこうなった作品は初めてでは!? という印象すらあります。
 もちろんこの事態が土方にいかなる影響を与えるのか、現時点ではまだわかりませんが――しかしこれで土方も後がなくなったのは間違いないでしょう。

 史実を踏まえつつも、その隙間を縫って次々と意外な物語を展開してきた本作ですが、復帰したとはいえまだこの先がどうなるかわからない市村ともども、その隙間が気になってしまうのは間違いありません。


 さて、「蝦夷共和国」樹立に向けて和戦両様の構えを取りつつ、五稜郭に向けて二手に分かれて進軍することとなった旧幕府軍。土方は進軍しつつ新選組の少年兵たちを鍛えようとするのですが――その前に現れたのは、ある意味蝦夷地名物となった感もある、あの生物であります。

 これに対して実地訓練とばかりに少年兵たちを戦いに向かわせる土方ですが、さすがにこれは無茶なのでは――と思いきや、彼らを鍛えたのはかの山本八重だった、という展開も面白い(そして八重が気弱な少年に課した訓練がこれまた愉快)。
 さっそく史実の隙間を縫ってみせた展開にニヤリとさせられた次第です。


 そしてついに箱館を占領した旧幕府軍ですが、ここで土方は長かった髪をばっさり落とし、この巻の表紙にもなっている、あのスタイルとなります。
 実はこのシーンは、本作の冒頭でも描かれていたものですが――実はここまで長い回想であったともいうべき物語は、いよいよここから未知の領域に踏み込んでいくといえるでしょう。

 いま第一巻を読み返してみると、地理的空間だけでなく、物語の空気感まで含めて、随分遠くまで来たという印象ですが――さて、土方も爆弾を抱えた中、この先の蝦夷共和国、この先の箱館戦争がどのように描かれることでしょうか。
 史実の隙間の意外史に、この先も期待したいと思います。
(とりあえず黒田清隆のビジュアルは意外ですが――確かにこの体で酒乱になったら随分と恐ろしいことでしょう)


『賊軍 土方歳三』第8巻(赤名修 講談社イブニングKC) Amazon

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2023.03.26

青木朋『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第7巻 決戦燕京! 主役はオリブ!?

 金の皇女アイラの主人公に、金・宋・遼が複雑な相剋関係にある時代を描いてきた本作ですが、いよいよ本格的に戦いの時がやってきました。遼の鉄林軍に大敗した宋軍の代りに、燕京攻略に向かう金軍。金の決死隊を率いる二太子・オリブと鉄林軍の指揮官・ユドゥの因縁の対決の行方は……

 父である金皇帝・アグダが病に倒れたとの報に、急遽帰国することになったアイラ。しかしアイラが祖母が倒れたと口実にしたため、彼女の「婚約者」である康王も見舞いのために金を訪れることになります。

 しかも童貫に逆らったために命の危険に晒された白凜之を、康王が自分の通詞として救ったため、康王と白凜之もアイラとともに金に行くという微妙な流れに。
 そして康王も加えて狩りが行われる中、倒れたアグダを白凜之が介抱した一方、康王は沼に落ちた子供を自ら助けて、それぞれ好感度上昇して……

 
 という今後の人間関係的に気になる展開は色々とありますが、しかしそれを(ひとまず)吹き飛ばしてしまうのが宋と遼の戦の行方であります。
 白凜之たちが開発した秘密兵器・地龍を奪い、自分たちで利用せんとした童貫。しかし全く使いこなすことができずに遼の鉄林軍に惨敗、その失敗を糊塗するために、金に共同で遼の首都・燕京攻めを求めてきたのです。

 本来であれば燕京攻略は宋の担当であり、自分たちが都合が悪くなれば手を借りようとする童貫のやり口に金の人々が怒るのも全く以て当然の話。しかし金にとっても遼は打倒すべき敵――ならばと、オリブとウジュを中心とした金軍は燕京に急行することになります。
 しかし燕京を守る鉄林軍の将・ユドゥにはオリブと(そしてアイラと)ある因縁が……


 宋・金・遼の三国が存在する描きつつも、主人公が金の姫、相手役(?)が宋の人間ということもあり、これまで敵役という扱いのみであった遼。というより、これまで脇役ばかりで名前のついたキャラがほとんど居なかったわけですが、この巻でようやく遼皇帝とその配下の将・ユドゥが登場することになります。

 しかし遼皇帝は、本作においても屈指の悪人――というより××野郎。そして途中で差し挟まれる十年前の物語では、この皇帝によって、アイラの身に危機が迫ることになります。
 ここで彼女を助けるべく、危険を顧みず遼皇帝の宿営地に潜入したオリブですが、その前にユドゥが現れ――と、この二人に実は十年越しの因縁があったことが語られた後で描かれるこの戦い、盛り上がらないわけがありません。

 実のところ、この巻の後半はほとんどオリブが主人公の印象があります。愛する妹のため、そして祖国のために、自ら先頭に立って死地に飛び込む――そんな姿を描かれたら、残念ながら白凜之も康王も、そしてアイラ自身も及ばないとしか言いようがないでしょう。

 そしてこの巻のクライマックスである燕京攻略戦は、宋の内応策を逆手にとって誘き寄せ、袋の鼠と追い詰めた遼に対して、オリブがまさかの形で参戦。そしてそれを迎え撃つのが遼を背負って立つユドゥというシチュエーションなのですから、否応なしに読んでいるこちらのテンションも上がります。
 そして戦いの結末も、真に大切なもののために戦う勇者には金も遼もない――と言いたくなるような爽快なもので、本作でここまで熱い戦いが描かれるとは、と実に嬉しい驚きを味わった次第です。


 しかし、熱い心を持った男たちが心を通わす一方で、ゲスいヤツはどこまでもゲスい――というわけで、とことんどうしようもない行動を取った奴を描いてこの巻は終わりますが、ある意味これが終わりの始まりというべきでしょう。

 遼と金・宋の戦いはほぼ終わりましたが、さて、金と宋の関係は――本作も、ここからがクライマックスなのかもしれません。


『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第7巻(青木朋 秋田書店ボニータコミックス) Amazon

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2023.03.25

『REVENGER』 第十二話「The Sun Always Rises」

 阿片の隠し場所である灯台に突入した雷蔵・徹破・惣二は、傷つきながらも貞の一味を退け、阿片の始末に成功する。一方、鳰とともにお宍戸の屋敷に踏み込んだ幽烟は、宍戸の甘言も相手にせず利便事を成就する。そしてそれぞれこれまでの日常に戻った中、絵師として唯の絵を描き続ける雷蔵だが……

 前回のある意味最大のどんでん返しを受けて幽烟が雷蔵に拘る理由も明らかになり、残るは宍戸一味との決着となった今回。全員揃って利便事に殴り込み――と思いきや、雷蔵・徹破・惣二と、幽烟・鳰の二手に分かれたチームは、それぞれ隠し場所と思しき灯台と宍戸屋敷で、敵の護衛たちと壮絶な戦いを繰り広げることになります。

 造形的に対になるような相手との対決(一人だけそうでない人物がいましたが、それは後で意味を持つので……)、利便事においても静のイメージが強かった幽烟の新技連発の暴れっぷりなど、最終回のかなりの部分を割いて描かれたこの決戦。ラストに相応しい外連味あふれる戦いを堪能させていただきましたが、終わってみれば結局は宍戸も貞も、悪役のための悪役のような存在であり、それに相応しい最期を遂げたのはある意味残念ですが――むしろ、本作で雷蔵たちが真に対峙すべきものは別にあったというべきでしょうか。

 何故なら、たとえ宍戸を、貞を倒し、阿片を始末して平穏な日常に戻ったとしても――そして絵師・碓心という新たな人生を歩み始めても、いまだ雷蔵の絵の中の唯は笑顔を見せようとしないのですから。そしてそんなある日、かつて幽烟と初めて出会った橋の下で足を止めた雷蔵は……


 こうしてラストに相応しい大殺陣が描かれ、物語が大団円を迎えた後で、本作はさらに一つの結末を描いて終わることになります。
 その結末は、正直なところ意外とは言い難い印象ではありますし(あのキャラが残った時点で、もうこれしかない――というかブランドイメージというか)、ある種の予定調和という印象はあります。それでもそれは、ひどくもの悲しくも美しいものであったことは間違いありません。

 前回語られた、唯からの雷蔵への利便事の依頼。存在も――ましてや幽烟たちによって強引に達成された扱いとなったことも雷蔵は知る由もないその依頼は、しかし「利便事屋」の手によって正しく行われることになります。それを因果応報というべきかはわかりませんが、しかし雷蔵にとって、それが一つの救いとなってしまったこそが、本作の最後の、そして最大の悲劇と感じられます。

 髭を剃るのも忘れて画に打ち込み、しかしそれでもなお画の中の唯は笑わない――それは鳰が見透かしたように、たとえ新たな生を歩み始めたとしても彼の内面は変わらない、彼が自分自身を許すことができていないということにほかなりません。
 だとしたら彼の向かうべき先は――そう考えれば、この結末は必然ではあるものの、それしかなかったことに、ひどく索漠たる想いを抱かざるを得ません。


 主人公の魂の遍歴を描きつつ、それと重ね合わせることにより、人が金を取って人の恨みを晴らす、いわゆる必殺ものというジャンルの意味と在り方を問いかけ直してみせた本作。その試みは非常に好もしく感じられますが、しかし同時に、もう一つの道を見せてほしかったという思いも強くあります。

 人を殺めた者が、きっかけ一つで新たな生を歩めるのは甘すぎる。人を殺めた者には、生の道を断つしか救いがないのは辛すぎる。そんな人間でもその先の生を歩む、生を歩める答えは本当にないのか――それはもちろん、この作品の目指したところから踏み出してしまうのだとは思いますが、美しい予定調和のその先を描いてほしかった、という気持ちは確かにあるのです。
 もちろんその時点で、見事にクリエイターの思う壺なのだとは思いますが、それはそれで気持ちの良いものであります。


 しかし最後に野暮を一つ言えば、脇差(というか短刀)をああいう形で使うのであれば、普段から二本差しさせておくべきではなかったのか? というのは強く感じます。
 一種の省略かと思っていたところに、あのラストの扱いは、ちょっと不思議ですらあります。


『REVENGER』下巻(松竹 Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
公式サイト

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『REVENGER』 第七話「Rosy Pitfall」
『REVENGER』 第八話「Two of a Trade Never Agree」
『REVENGER』 第九話「Mutual Understanding」
『REVENGER』 第十話「Nowhere to Run」
『REVENGER』 第十一話「The Die is Cast」

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2023.03.24

輪渡颯介『怨返し 古道具屋 皆塵堂』 非情の取り立て屋の遺産の正体!?

 曰く付きの品ばかり集まる深川の古道具屋・皆塵堂を舞台に奇人変人たちが面白コワい騒動を繰り広げる『古道具屋 皆塵堂』シリーズ、通算第十作、復活第三作は、とある旅籠に残された主の遺品を巡る物語。幽霊が憑いた品の数々の由来を調べるため、江戸にやって来た若者の奮闘の行方は……

 越ヶ谷宿の旅籠の先代の主・与兵衛が蔵に厳重にしまっていた遺品の数々を見せられることとなった甥の藤七。しかし若い頃は江戸で借金の取り立て屋「すっぽんの桑次郎」と呼ばれていたという与兵衛が残したのは、太刀・大工道具・煙草入れ・印籠・簪・丸太(?)というバラバラなものばかり――しかも品の幾つかには幽霊が憑いていたのであります。
 そんな思わぬ叔父の過去を知らされた藤七は、どうやら取り立てに関係するらしい遺品の数々を、僅かな手がかりをもとに元の持ち主に返すために江戸に向かうことになります。

 しかし江戸に着いて早々に刀ばかり奪う浪人に襲われて刀を奪われ、川に落ちた藤七が目覚めてみればそこは皆塵堂――話を聞いたいつもの面々の助けで、遺品の持ち主を探す藤七ですが、厳しくも優しかった叔父が非情な取り立て屋だったと信じられない彼は複雑な心境で……


 というわけで、毎回幽霊騒動に巻き込まれた若者が面白くも酷い目に遭う姿が描かれてきた本シリーズですが、今回の主人公は、両親を早く失い、親代わりの叔父に育てられて旅籠で働く苦労人の藤七。子供の頃から、分からないことや不思議に思ったことを人に訊いて回っていたことから「知りたがりの藤七」と呼ばれているほかは、至って常識人の青年であります。

 しかし常識人ほど酷い目に遭うのがこのシリーズのお約束。昼間も構わず場所も構わず(ちょっと今回登場するシチュエーションは珍しいのでは)幽霊に脅かされたり、刀ばかりを狙う「刀狩りの男」と出くわしたり――というだけでなく、「知りたがり」が災いして清左衛門の木材トークを延々と聞かされたり、相変わらずマイペースの巳之助に振り回されたりと、藤七は災難続きであります。
 しかし藤七にとって、災難よりも気になるのは、本当に与兵衛が非情の取り立て屋だったのか、そしてそんな彼が何故後生大事に奇妙な品の数々を残していたか、という謎。本作の中心は、幽霊の存在よりもむしろ、この謎解きにあるといえます。

 正直なところ、遺品全てに幽霊が憑いているわけではないということもあり、コワさという点ではこれまでの作品に一歩譲るところはあります。また、与兵衛の真実もある程度は予想がついてしまうのですが――それでもやはり本作が楽しいのは、藤七と他のキャラクターたちの賑やかなやり取りにあることは間違いないでしょう。
 特に助っ人に駆り出された前作の主人公・茂蔵や、絶対再登場すると思った死にたがりの若旦那など、限られた出番でもやたらと可笑しいのはさすがというほかありません。


 ちなみに、あまりにも霊能力が強力すぎて毎回存在自体が禁じ手の太一郎ですが、今回は思わぬというか、ある当然の理由でなかなか登場しないのも可笑しい。この手があったか……(?)と感心であります。


『怨返し 古道具屋 皆塵堂』(輪渡颯介 講談社文庫) Amazon

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2023.03.23

出口真人『前田慶次かぶき旅』第12巻 偲び語り、武人・細川ガラシャ!?

 まだまだ続く前田慶次郎のかぶき旅、前巻では筑前の黒田家で大暴れしましたが、今度の舞台は豊前の細川家――惚れた女に会いに来たという慶次ですが、その相手は、あの細川ガラシャ!? その一方で、いよいよ慶次を危険視する家康の刺客・伊賀の影組が暗躍を開始し、豊前の地は一触即発の状態に……

 薩摩から筑前に足を踏み入れ、後藤又兵衛と意気投合した慶次。そこで慶次は、又兵衛の主でありながら器が小さくヒステリックな黒田長政に、城井鎮房の怨霊騒動を仕掛けて散々怖がらせた末に、鎮房の娘・鶴姫の「仇討ち」に力を貸すのでした。

 そんな大暴れの次に慶次一行が向かったのは、今は細川家の領土である豊前――細川家の今の当主は忠興、「天下一の短気者」と呼ばれる人物であります。
 そして慶次が豊前を訪れた理由こそ、その忠興の妻であり、先の関ヶ原の戦の際に壮絶に散った玉、またの名を細川ガラシャに「会う」ためだというのですが……


 というわけで、後藤又兵衛との対比で小人物に描かれた感のある黒田長政の次に登場したのは、誇張抜きで史実の上でも色々とマズい感のある細川忠興。
 作中でもその器の小さな暴君ぶりたるや、慶次の制裁待ったなし、という印象ですが――この巻は(まだ)そこまで至らず、むしろガラシャの存在がクローズアップされた、というよりこの巻の主人公はガラシャとすら言ってよいように思えます。

 あの明智光秀の娘であり、忠興に嫁いだ後にキリスト教に入信、関ヶ原の戦では西軍の人質となるのをよしとせず、屋敷に立て籠もって壮絶な最期を遂げたというガラシャ。忠興がアレなこともあり、その夫婦仲は決して良くはなかったと言われるガラシャですが――本作はそのガラシャを、他の作品とは一風変わった形で描きます。
 そう、本作におけるガラシャを一言でいえば「武人」。あのいくさ人の代名詞のような慶次が、武人として敬意を表し、偲ぶのですから、その凄まじさを思うべしでしょう。

 もちろん、ガラシャがその心ばえだけでなく、実力の上でも武人に描かれるのが本作であります。何しろ、死の直前に屋敷に殺到した西軍の軍勢を前にして、薙刀を振るっての無双ぶり。そしてその死が語られた後も、木刀で勝負を挑んできた忠興を一撃で昏倒させる、結婚前には父・光秀を上回る鉄砲の腕で信長を驚かせるという豪傑ぶりであります。
 しかしそれだけでなく、死の直前に家老の小笠原少斎(この人もかなりのいくさ人)に「おなごであるがなんとも惜しゅうござったな」と言われて、「いいえ おなごも楽しゅうありました」と笑顔で答える姿など、見事というほかありません。

 そしてそんなガラシャに密かに想いを寄せていた忠興の弟・興元に、「武士なれば恋の至極は忍ぶ恋かと存ずる」と告げる慶次もまた実に良く、まさかガラシャを題材にしてこのように爽快な物語になるとは――と感じいった次第です。


 しかし、やはり慶次の行くところ、いくさが付きまといます。九州の大名たち、そしてキリシタン勢力が団結することを恐れた家康と本多正信は、かねてより危険視していた慶次抹殺を決断――家康直轄の伊賀の忍び集団「伊賀の影組」の鬼鴉が動き出すことになります。
 そしてこの何となく懐かしいビジュアルの鬼鴉が目をつけたのが忠興。その術中に陥った忠興は、慶次を中津城に招くのですが――そこにあるのが死の罠であることは言うまでもありません。待ち受ける疋田陰流の剣士たち、そして忍びたち――しかしこれに怖じる慶次ではないことも、もちろん言うまでもないでしょう。

 むしろこれはどう考えても合法的に(?)忠興に鉄拳制裁を食らわすチャンス。この巻では全く良いところがなかった忠興の、今後の運命が心配であります。


『前田慶次かぶき旅』第12巻(出口真人&原哲夫・堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon

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2023.03.22

木野麻貴子『妖怪めし』第2巻 妖怪たちを満たし癒やす料理と、一ひねり効いた物語の冴え

 妖怪時代漫画+グルメという、ありそうでなかった作品『妖怪めし』の第二巻であります。ある目的のために諸国をさすらう旅の飯屋兄弟の前に立ち塞がる謎の怪物・不浄の王。不浄の王によって暴走した妖怪たちを満たし、癒やす二人の奮闘は続きます。

 子供のような体にひょっとこのような顔つきの兄・兵徳と、色の変わった前髪で怪力の弟・忌火の兄弟――かつて母が殺された場で謎の骨仮面の男と遭遇し、異形の体に変えられてしまったという過去を持つ二人は、仇と思しきこの男を探す旅の最中。
 その途中、妖怪たちが起こす事件に巻き込まれた二人は、得意の料理で妖怪たちの胃を満たし、心を癒やしていくことになります。

 そんな中、各地で妖怪たちを暴走させている異形の存在・不浄の王と出会った二人は、自分に呪いをかけた男に通じるものを感じて……


 というわけで、妖怪を料理するのではなく、妖怪に料理する兄弟を描く本作。二人の旅の目的は母の仇討ちと自分たちにかけられた呪いを解くことですが、その仇との繋がりがあると思しい不浄の王の情報を得るため、彼に暴走させられた妖怪たちを餌付けする――という、ある意味身も蓋もない目的の二人の奮闘が、この巻では描かれることになります。

 が、兄弟と妖怪たちの対峙は、いずれも一ひねりが加えられたエピソードなのが実に面白いところです。
 たとえばこの巻の冒頭のエピソードは、ガタロー(河童)のガタにまつわる物語。最近人間や馬を襲うようになったガタと出くわし、冬の川に落ちた兄弟は、薬師の堤と出会うことになります。兄弟がガタを捕まえようとする一方で、堤がかつて赤子の頃の自分を人質に両親を殺し、河童の秘伝薬を奪ったと告げるガタ。はたして兄弟は堤の薬草保管庫でガタの言葉を裏付けるものを見つけるのですが……

 人に危害を及ぼしていた妖怪に実はよんどころない事情があった、あるいは妖怪の側の方が被害者だったというのは、妖怪ものでしばしばあるシチュエーションであります。特に単純に退治して終わり、とはならない本作の場合、妖怪側の事情にも力を入れて描かれるため、こうしたケースが多いようにも思えてしまいますが――しかしそれだけに終わらないのが本作の面白さです。
 このガタのエピソードも、次から次へと状況が一転二転し、そしてようやく語られた真実を伝えるために兄弟の料理が、という展開が印象に残ります。

 もちろんそれだけでなく、人間の側が本当に悪いエピソードもあるのですが――いずれにせよ、単純にパターン化されていない物語が展開されるのは大歓迎であります。

 そして、本作の最大の特長である料理が実に美味しそうというのは、もちろんのことであります。料理を食べた妖怪のリアクションが、ほとんどグルメ漫画のそれというのはちょっと――という気もしますが、例えばこの巻に収録の「食わず女房」のエピソードのように、料理を食べること自体が物語で重要な意味を持つ物語もあり、料理で妖怪を満たし、癒やすことの意味が、様々な形で描かれているのに好感が持てます。


 そして物語の軸である骨仮面の男ですが――真相はある程度予想できるものの、さて本作の場合、それが本当にその通りになるのか、まだまだ予断を許さないところであります。(あと、意外と抜けているのがちょっとおかしい)

 この先、骨仮面の男、そして不浄の王にまつわるいかなる物語が描かれるのか、そしてそこでいかなる料理が振る舞われるのか――各回のエピソード同様、大きな物語の方も気になるところです。


『妖怪めし』第2巻(木野麻貴子&木下昌美 (監修) マッグガーデンコミックスBeat'sシリーズ)  Amazon

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2023.03.21

梶川卓郎『信長のシェフ』第34巻 ついにわかった犯人と動機!? ケンと光秀の攻防始まる

 いよいよ運命の時が近づく中、歴史を変えるために織田家を離れてまで、最後の未来(現代)人・望月を探したケン。ついに土佐で望月と再会したものの、あまりに意外な結果に終わり、安土に戻ろうとするケンですが、様々な障害が待ち受けます。その一方で、光秀は着実に策を進めていくことに……

 本能寺の変の時が刻一刻と近付く中、歴史を変えるため、不安定要因である自分たち未来人の最後の一人、望月を探すケン。ついには織田家を半出奔状態になってまで、望月がいる土佐までやって来たケンですが、当の望月は歴史には滅茶苦茶疎かった――という、ギャグみたいなオチにケンも愕然、仕方なく安土に帰ろうとするも、今度は船がない! という二重にどうしようもない状態からこの巻は始まります。

 仕方なく望月の下に戻ってみれば、ケンがあげた菓子がもとで村の子供たち二人が大喧嘩、そこに親まで、いや領主である一条兼定まで出てきて――と、この非常事態に一体何が始まったのか、と思いますが、ここで久々に「名誉を汚されたら殺す」というヘル中世ぶりを垣間見たケンは、それを切っ掛けに、ようやく光秀が本能寺の変を起こすに至る思考回路を理解するのでした。
 信長のことは誰よりも慮っている忠臣であり、この時代の常識人、そしてやはり名誉を命よりも重んじる光秀。一方、普段から非常識なことばかりしているので、周囲から理解されなくても慣れっこになってしまっている信長。この二人の間に生じた文字通り致命的な誤解を解けるのは、自分しかいない! とケンは決意を新たにすることになります。

 しかし結局は一料理人に過ぎないケンが、智謀に優れ、一大軍団を擁する光秀を自分の力のみで止めることができるはずもありません。そこでケンが頼った相手とは……


 と、前巻から始まった堂々巡りが一体どこに落着するのかハラハラさせられましたが、ケンがようやく光秀の真意に気付いたことで、一気に動き出した感のある物語。
 しかし「犯人」と「動機」がわかったとして、「犯行」そのものを止められるかは別問題であります。タイムスリップした人間が、歴史上の悲劇を避けるために奔走するというのは、これはもうタイムスリップものの定番中の定番ですが、ある意味本作もその基本に立ち戻った感があります。

 ケンの側のアドバンテージは、料理の腕を除けば、史実を知っているという点のみ。それを如何に利用していくかという一方で、光秀も己の策を現実のものとするために、二重三重の備えを――という、一種の攻防戦が始まるのも面白いところです。
 一方の光秀の方にもまだ心に迷いがあったものの、あたかも彼を助けるするかのように、彼にとって有利な偶然が発生、ついに彼は「あの歌」を詠むことに……


 そんなケンにとってはいまだに圧倒的に不利な状況ですが、そんな中でもしかして不確定要因になるのが望月の存在であります。

 なんだかんだでケンの後を追いかけて、ある意味彼以上の冒険をする羽目になった望月。はたして彼が現代でケンの父から預けられた謎の品が意味を持つのか、あるいはケンが忘れていった特大の鍋が!?
 と、本当に彼が役に立つかはまだまだ謎ですが、さすがに意味がないことはないと思いたい。そんな望月の動向にも期待したいと思います。


『信長のシェフ』第34巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon

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 梶川卓郎『信長のシェフ』第32巻 武田家滅亡 松姫の答え、勝頼の答え
 梶川卓郎『信長のシェフ』第33巻 対面! 最後の現代人

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2023.03.20

「コミック乱ツインズ」2023年4月号(その三)

 「コミック乱ツインズ」4月号の紹介のラストです。今回は、本誌らしい個性的な作品が並びます。

『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 強敵・三村家親を討つため、鉄砲の利用を考える直家。まあ直家なので利用=暗殺ですが、しかし鉄砲による暗殺、すなわち狙撃というのはこの時代に前代未聞、そう簡単にいくはずもありません。その手段を探す中、直家は家親に討たれた三浦貞勝の妻・お福と何となく接近して……

 というわけで、家親との戦いよりも最近クローズアップされているお福の存在。まあ結果はわかっているわけですが(身も蓋もない)、あまりにも良く出来た女性という感のあるお福が直家とくっつくのに、いかに説得力を持たせられるか、気になるところです。
 というのはともかく、いよいよ始まる日本史上初の狙撃作戦、はたしてその成り行きと結末は……


『真剣にシす』(盛田賢司&河端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 ついに小倉小笠原家の真剣士の座を賭けた御前試合にまで漕ぎ着けた夜市。相手は現・真剣士であり小倉藩士の青柳忠兵衛、そして勝負の内容は大蛇酒なる賭博――八岐大蛇の首を模したらしい八つの札を四枚ずつ持って、それぞれそのうちの何枚かを手に握り、合計数を予想して、外した方はその合計数だけ酒を飲む(どちらも外した場合は四杯ずつ飲む)。そして先に潰れた方が負けというルールであります。
 これまでは圧倒的な実力で勝利を収めてきた夜市ですが、しかしさすがに一藩を代表する真剣士だけに、今回は互角の勝負が繰り広げられます。

 この大蛇酒、おそらくオリジナルのゲームだと思いますが、それぞれ何杯飲めば確実にダウンするというのがわかっている状況で、そこに向かっての潰しあいというのが面白いところ。ある意味「あと何cc血を抜かれると死ぬ」のパターンなわけですが、この大蛇酒の場合、一ゲームに負けた時のペナルティの分量が、自分がどれだけベットしたかによってコントロールできるのが、ギャンブルとしてよくできていると感じます。
 そして夜市が、このルールのギリギリを攻めながらも、自分だけが有利だけになる知識でもなければイカサマでもなく、賭博師としての覚悟と、その存在すら利用した心理戦で勝負を決するのにはグッと来るのです。


『なんとショーザン』(金平守人&富沢義彦)
 本誌では現在『玉転師』(来月も掲載)の原作を担当している富沢義彦の新作は、タイトルのとおり佐久間象山を主人公にしたテンポのよい幕末コメディです。
 1851年、江戸木挽町の五月塾に一癖も二癖もある若者たちを集める象山は、松前藩の依頼で大砲を作るも大失敗。しかし全く反省しない象山に松前藩士たちは怒り心頭、五月塾に押し掛けてきて――というお話であります。

 象山が大砲製作に失敗し、本人はこの失敗が次の成功の糧となるとかなんとか嘯いてケロッとしていたとか、世間からは笑いものになって狂歌で茶化されたというのは有名な話ですが、この史実を忠実に(?)描いているはずなのに何故か無性におかしいのは、金平守人の、どこかすっとぼけた画の個性でしょうか。
 それでいて、クライマックスに象山の弟子たち+αが次々と名乗りを上げるシーンがやたら格好良く、痛快ですらあるのも面白いところ。そしてそこから何故かイイ話に落ち着いてしまうという、良い意味で落ち着きのない展開が楽しい一作であります。
(しかしいかにも意味有りげに登場しながら名前が登場しなかった人物、ビジュアル的にこの先で象山の弟子になるあの人物かしら……)


 次号は表紙が『勘定吟味役異聞』、巻頭カラーが『鬼役』。先程触れたとおり特別読切で『玉転師』、そして『凛九郎』が登場です。(『凛九郎』は前作のラストからどう繋げていくのかしら……)


「コミック乱ツインズ」2023年4月号(リイド社) Amazon

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「コミック乱ツインズ」2023年3月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2023年3月号(その二)

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2023.03.19

「コミック乱ツインズ」2023年4月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」4月号の紹介、その二であります。今回は骨太の作品が並びました。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 いよいよ激化する一方の次代の将軍位を巡る暗闘ですが、その戦いが繰り広げられるのは江戸だけではありません。今回の舞台となるのは紀州――柳沢吉保の最後の命を受けて吉宗暗殺に向かった徒目付・永渕啓輔が、何と今回の主人公というべき役割を果たすことになります。

 剣においては水城聡四郎の好敵手である永渕ですが、さすがは隠密の任務も担当する徒目付らしく、江戸からの小間物屋というスタイルで紀州の城下町に潜入。商人宿に泊まり込んで、商品を売り歩くという名目で歩き回るというのは、遠国御用の定番という印象ですが――しかし計算外(?)は今の紀州は吉宗の倹約政策で品が売れないことであります。
 「しまったなぁ……」という芝居が、いつものクールな彼らしくなくて実に新鮮ですが、もちろんそれで引き下がるはずもありません。今度は吉宗の菩提寺に手を伸ばした永渕ですが、誤算だったのは吉宗が下々の世情に通じていること、そして異様にフットワークが軽かったことであります。

 まだ心の準備が出来ていなかったところで吉宗と対面してしまった永渕の行動とその結果は――仮に心の準備ができていたとしても同じ結果となったのではないかと思わされますが、やはりここは将軍を窺う人間として、吉宗の貫目勝ちというべきでしょうか。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 ようやくオッド姫とブブが帰ってきたと思えば、ヤヴェ王子の暴走に揺れていたビジャ。ここにジィと大隊長ゾフィはそれぞれヤヴェ殺しという決意を固め、そしてついにジィに先んじてゾフィがヤヴェを手に掛け……
 ということで、蒙古側だけでなくビジャ側でも血が流されることとなった後継者争い。しかし大きく異なるのは、ビジャの側には墨家がいることでしょう。大逆の罪をひっかぶって命を絶ったゾフィに対し、ブブが見せた行動とは――あっ、これ『墨攻』で見た気がする! というのはさておき、残酷でプリミティブなようでいて人の情の通ったブブの行いには、古代から変わらぬ墨家の姿を見た思いがします。

 そしてその行為は、意外な人物の心を動かすことになります。以前から、ある意味典型的な小才子の奸物のようでいて、奇妙に人間味のあるところを見せていたこの人物ですが、さてここから本格的に変わっていくのか――それはまだわかりませんが、彼の良心を信じてみたい気もいたします。


『侠客』(落合裕介&池波正太郎)
 ついに最終回を迎えた本作、水野十郎左衛門に呼び出され、長兵衛は彼の屋敷に向かうことになります。十郎左衛門も長兵衛も、それぞれに和解の道を探しての対面ですが、しかし旗本奴たちが長兵衛をただで帰すはずもなく……

 というわけで、結局運命は変わることなく「湯殿の長兵衛」で終わることとなった本作ですが、しかし長兵衛の預かり知らぬところで行われたというのが、一つの救いとも皮肉ともいうべきでしょうか。命が失われていく長兵衛を抱き留めて、「伊太郎っ」とかつての名を呼ぶ十郎左衛門の姿は、何とも刺さるものがありますが――それ以上に衝撃的なのは、後日談で語られる彼の切腹時の姿でしょう。
 これがあの快男児か、と愕然とさせられるその姿からは、その後に彼の抱えた絶望と――武士を捨てた、いや捨てることができた長兵衛が、しかし十郎左衛門よりも旗本奴の誰よりも、「武士らしい」潔い死に様を遂げた、運命の残酷さ、皮肉さを感じさせられます。

 しかしもちろんそれだけでなく、長兵衛の生涯に見出すべきは、如何にして人が人として生きるべきか、という上での一つの希望なのでしょう。『侠客』、大団円であります。


 次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2023年4月号(リイド社) Amazon

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2023.03.18

「コミック乱ツインズ」2023年4月号(その一)

 「コミック乱ツインズ」4月号の表紙&巻頭カラーは、単行本第5巻が発売された『暁の犬』。鮮やか艶やかな色彩が目に映えます。また特別読切は『なんとショーザン』です。今回も、印象に残った作品を一つずつ取り上げていきます。

『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 というわけで本誌の表紙は殺伐としながらも華麗な佐内が飾りましたが、作品の方の表紙は意外な人物。こちらはぜひ実物を見ていただきたいのですが、色々な意味で対象的な
画であります。

 さて、物語の方は、父の仇を討ち、大金を手に入れ、素敵なお嫁さんまで迎える(予定)と、剣豪ものの主人公としては最良のゴールとなった――かに見えた佐内の心に生じたある恐ろしい疑念が描かれることになります。それは、川越が実は父の仇ではなかったのではないか、という疑い――仮にそうだとすれば、佐内の戦いはもちろんのこと、相良たちの勝利となったはずの水野家の御家騒動の行方もわからなくなります。
 そしてその疑いが真実であったことを示すように、新たな犠牲者が出ることとなります。そしてその下手人は……

 これまでの暗闘の中で次々と仲間たちが散っていき、ついに最後に残る一人となった佐内。益子屋は、水野家の「狗」たちと組んで戦うように促すのですが、「狼」である佐内がそれを認めるはずもありません。既に覚悟は決まっている彼は、先に逝った仲間たちそして父と共に、最後まで自分の斗いを見届けてくれと益子屋に告げます。そしてもう一つ、もし自分が死んだら満枝には自分の事は忘れろと……
 しかし佐内はもう一人、自分にはかけがえのない仲間がいることを忘れています。その一人――思いつめたような表情の相良が佐内に向き合ったところで、物語は次回に続きます。

 と、最終回前話のようなテンションの今回でしたが――これは完結後に改めて述べるつもりですが、本作はこれまで原作の展開を踏まえ、見事にビジュアライズしながらも、原作になかったある色彩(いや相良のことではなく――と言いたいところですが、彼のアレもその一つと感じます)を加えてきました。その本作ならではの要素が、今回は特に強く感じられたように思います。
 そしてその要素が本作をどのような結末に導くのか――楽しみでなりません。


『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)
 前回は賤ヶ岳の戦が描かれ、同郷の武士・駄馬大将の縁で、柴田勝家の側で戦うことになった捨丸と春。が、勝家の陣が劣勢になる中で駄馬大将は敵の軍勢に呑まれ、そしてそれを助けに向かった春も――と、どう見ても春は(もちろん駄馬大将も)死んだろ、という構図だったのですが、今回の冒頭では捨丸が駆けつけて二人をあっさり救出。まあそれはよかった……

 というわけで、二人の戦いも、勝家軍と秀吉軍の戦いもまだ続きます。しかし勝家の側は賤ヶ岳で敗れて北庄城に籠もるしかない状況、そんな中で捨丸と春は、茶々・初・江の遊び相手のような役目に就くのですが――しかしついに落城の時が訪れます。そして駄馬大将から「心から信頼できる二人の同胞」(これまでの二人の生き方を思うと、ここまで信頼されるようになったのが何とも感慨深い)として、三人を守って落ち延びることになります。
 が、秀吉に降るのを良しとしない茶々が暴走するのを追いかけた捨丸は、ただ一人彼女を守って壮絶な戦いを繰り広げることに。そして茶々を守りきった捨丸ですが、しかし――と、今度こそマズそうな展開ですが、物語は続きます。

 しかし表紙のこれまでのあらすじページに過去の二人の戦歴が掲載されているのですが、思ったより勝っているな……


『かきすて!』(艶々)
 めでたく単行本第1巻発売となった本作、今回の舞台は桑名であります。公儀隠密見習い的な立ち位置ながら、あまり気にせず今日もマイペースに旅を続けるおハルは、旅の男たちから「はまぐり」が名物だと聞かされ、食べに行こうとするのですが……

 と、もう本作のカラー的にこれだけでオチは予想がつくのですが、本当に「それ」だけで終盤まで押していく勢いというかノリがスゴい。冷静に考えれば悪趣味なオチではありますが、一見それをそれと感じさせないのは、やはり絵柄の力でしょう。


 次回に続きます(全三回予定)。


「コミック乱ツインズ」2023年4月号(リイド社) Amazon

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2023.03.17

『REVENGER』 第十一話「The Die is Cast」

 雷蔵を囮にして、宍戸一派への反撃の機会を狙う幽烟たち。一方、修道女の言葉に疑念を募らせていた惣二は、そもそもの発端となった薩摩での利便事について幽烟に問う。意外なその答えに納得できず、さらに葛藤を深める惣二。そんな中、ついに敵の根城が判明し、利便事屋たちは決戦に向かう……

 決戦を目前として、物語を貫く大きな謎であった幽烟が雷蔵に拘る理由が語られることとなった今回。しかしそれだけではなく、物語の構図が全く変わるようなある「真実」が語られることになります。

 雷蔵が自分を囮として貞一派の襲撃を誘き出そうとし、鳰と徹破がこれに協力していた一方で、一人行動を別にしていた惣二。前回ラストで、幽烟が雷蔵に拘る理由を探れと修道女に言われたから――というよりも、自分自身もその理由が気になっていたからでしょう、彼なりに色々と調べたらしく惣二は幽烟に問います。
 そもそも阿片と関わる切っ掛けになった比良田厳信の依頼は如何なる流れで受けたのか。雷蔵が手にしている唯の形見の簪は幽烟が拵えたものではないのか。薩摩での利便事の後に鳴らした鐘は誰のためだったのか……

 実は比良田の娘・唯の婚礼祝いの簪を依頼された縁で利便事のことを比良田に語っていた幽烟。そして比良田が雷蔵に斬られた後、幽烟は唯に簪を届けるために薩摩まで足を運んでいたのですが――そこで彼が語ったことがが悲劇の発端でした。そう、まさか婚約者同士であったなどと知る由もなく、幽烟は比良田を斬ったのが雷蔵だと唯に告げてしまったのであります。その言葉に絶望、いや激昂した唯は、凄まじい表情で小判を――それこそ食い千切らんばかりの力で恨噛み、雷蔵への利便事を依頼したのです。
 そして雷蔵に接近し、彼もまた犠牲者であったことを知った幽烟。しかしその事実を語ろうとした相手である唯は自ら命を絶ち、幽烟の手に残ったのは彼女の恨噛み小判のみ。もはや依頼を取り消すこともできず、かといって雷蔵に利便事するわけにもいかない――これまでの幽烟の雷蔵に対する態度は、この誰が悪いわけでもない、あまりにも残酷で皮肉な運命から来たものだったのです。

 だからといって、惣二がはいそうですかと納得できるはずもないのもまた当然のこと。あくまでも利便事は利便事――逆恨みによるものもあったかもしれない。標的も後悔していたかもしれない。改心していたかもしれない。絵師として第二の人生を歩む者もいたかもしれない。しかし――だからといっていちいちその事情を斟酌していては利便事は成り立たない。利便事屋として「軽い」印象だった惣二が、ある意味一番利便事屋としての自分に拘ることになったのは――そして利便事屋のリーダーである幽烟が、利便事屋であることに背を向けたように見えるのは、これもある種の皮肉というべきでしょうか。
 しかし、利便事屋を動かすのが金だけでなく、人の無念の想いであるのならば――雷蔵の無念の想いを、彼に新たな生を歩ませることで晴らすことは、必ずしも利便事屋の道に背くものではないのかもしれません。すくなくともそれは、幽烟が背負う神の教えに適うものと感じます。阿片を蔓延させて他国を攻め込ませ、その混乱の中で神の国を打ち立てようとするよりも遥かに……

 そしてその間にも自体は動いていきます。雷蔵が自分を囮として貞一派の狙撃手を引きつけている間に、鳰と徹破が阿片が隠されていると思しき箇所を探索し、ついに敵の本拠らしき灯台を発見するのですが――さて、利便事屋たちが全ての決着をつけに向かう中に惣二は加わるのか。雷蔵への利便事は――その答えは言うまでもないでしょう。
 いよいよ次回、決着であります。


 と、ラストに向けた盛り上がりに触れておしまい、としたいところですが、やはり懺悔しなくてはなりません。僕は第一回の紹介の中で「普通の話」「あまりによく見かけるパターン」「あまり独自性は感じられません」と書きました。
 しかし「藩内の争いに巻き込まれて濡れ衣を着せられ、藩に居られなくなった主人公が――」という定番のパターンの、その陰で美しく儚く犠牲になった女性という、これまた定番と思い込んでいたシチュエーションをひっくり返すことにより、表に見えていた構図が全く別のものに変わり、さらにそれが物語を引っ張っていくのが、「普通」であるはずもありません。この見事な仕掛けには、ただただ脱帽するしかありません。

 こちらの思い込みを恥ずかしく思うと共に、それに対して見事に利便事してくれたのが嬉しくて仕方がない――それが今の正直な気持ちであります。
 

 それにしてもアンゲリアの異端者という言葉から見るに、修道女の正体は……(やっぱりここは素直に英国にしていた方が面白かったと思うんですが)


『REVENGER』下巻(松竹 Blu-rayソフト) Amazon

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『REVENGER』 第七話「Rosy Pitfall」
『REVENGER』 第八話「Two of a Trade Never Agree」
『REVENGER』 第九話「Mutual Understanding」
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2023.03.16

わらいなく『ZINGNIZE』第9巻 時は流れた! 第二章開幕 台風の目の名は阿国

 ついに不死身の怪物・風魔小太郎を倒した三甚内。しかし菊は小幡勘兵衛の術中にはまって長安を襲撃、そして高坂は服部半蔵との戦いの末に姿を消し――そして時は流れて三年後、『ZINGNIZE』第二部の開幕であります。はたして高坂を、菊を待つものは――新たな戦いが始まります。

 超忍法「ぬばたま」によって風魔小太郎を倒した末、ようやく菊と結ばれるかに見えた高坂甚内。しかし勘兵衛の術により、菊は彼の思うままに動く傀儡と化し、大久保長安を襲うのでした。
 彼女が父とも慕う長安を襲わせたことに激怒する高坂ですが、勘兵衛はなんとぬばたまで反撃。しかしそこに現れた服部半蔵によって勘兵衛は瞬殺され、そして続いて高坂と半蔵の死闘が……

 そして意識を取り戻した菊が見たものは、勘兵衛によって落とされた高坂の足首だった、という衝撃的な幕切れとなった前巻ですが、この巻はその三年後、1607年を舞台とすることになります。
 関ヶ原の戦以降、いよいよその力を増す徳川家ですが、大坂の豊臣家との関係は、いまだ表面上は平静を保ったもの。しかし水面下では激しい暗闘が繰り広げられていたわけですが――問題は、前巻の終盤に勘兵衛の口より、高坂が大坂の間者であると明らかになったことであります。

 この時期に、徳川幕府の財務大臣というべき大久保長安の近くにいた男が、大坂方だった――当然幕閣の間で問題にならないはずもありません。喧々諤々の議論(ここで本多正信が、自分が過去に一向一揆に走った例を挙げて長安の行動を説明するのが実に面白い)は、家康が長安の側に立って収まったものの、このままで済むはずもありません。
 かくて高坂の首には多額の賞金がかけられ、それを目当てに動き出したのは八組の猛者たち――何だか相変わらずとんでもないデザインの奴もいますが、いずれも一癖も二癖もありそうな面々であります。

 その一方で、長安より京に現れたという高坂の行方を探すように命じられた菊と、何故か彼女と同行を命じられた庄司甚内。京に上がって早々、高坂と出くわす二人ですが、その傍らには一人の妖艶な美女が……


 というわけで始まった第二章。強敵の戦いの中で主人公が行方不明となって――という場面から数年後、はたして主人公の行方は!? というのは大いに盛り上がる展開ですが、ここであっさりスカしてみせるのは、本作ならではのセンスというべきでしょうか。
 この巻は巻末に番外編が収録された関係で本編が少なめということもあり、まだ物語はほとんど進んでいないという印象も強いのですが――その分、物語を一気に掻っ攫った感があるのは、高坂と行動を共にしていた美女・出雲阿国。そう、あの阿国であります。

 しかも本作の阿国は、庄司とも顔見知りである上に(これはまあわかる)、何と菊の師匠という設定。その天衣無縫の言動と新たなエロ要員ぶりに、読者も振り回されるばかりなのですが――もちろん本作に登場するからには、只者であるはずもありません。
 高坂と自分の出会いを盲亀浮木に喩え、菊に対して高坂は自分のものと宣言する阿国。高坂と菊の今後も気になりますが、それすらも吹き飛ばす台風の目が出現した印象です。


 そしてこの巻の巻末に前後編で収録されている番外編は、この阿国を主人公とする「山姥」。時に山中で大鹿を喰らい(猟師たちも別の意味で喰らい)、時に越前で結城秀康の前に現れ――神出鬼没、謎めいた存在である阿国が、能の山姥に擬えて描かれることになります。

 父・家康に疎まれるほど醜い顔だったとも、梅毒で鼻が欠けていたとも言われる顔を仮面で隠した結城秀康の素顔が、実は――というのもいいのですが、そんな秀康を受け止め、癒やす阿国の姿が印象に残るこのエピソード。
 能の山姥は、単純な鬼女とは言い難い謎めいた存在ですが、阿国もまた、幾重にも隠された顔があることを感じさせる物語であります。


『ZINGNIZE』第9巻(わらいなく 徳間書店リュウコミックス) Amazon

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2023.03.15

日向真幸来『神殺しの丘』 古き神々の死と再生、そして人間たちの再生の物語

 4世紀末のブリテン島を舞台に、キリスト教国となったローマ帝国から逃れてきた青年楽師・カノンを主人公に描く優れたファンタジーであります。ローマ人の残した妖神の呪いに苦しむケルトの人々のため、古の女神を甦らせることとなったカノン。冬至の夜に繰り広げられる秘祭の行方は……

 テオドシウス一世により、ローマ帝国の国教がキリスト教となった392年――かつてはその美声でローマ中に知られ、女神パラース・アテナの花婿と呼ばれた美青年楽師・カノンは、人々の迫害から逃れるため、神殿の秘宝である琴を手にあてどない逃亡の旅を余儀なくされることになります。
 流れ流れて辺境のブリテン島に漂着したカノン。彼は、その地に暮らすケルト人の巫女・ミネルヴァに救われ、ある頼みごとをされるのでした。

 かつて島を侵略したローマ人が崇めていた女神・ポルキス。しかしヴァイキングを恐れてローマ人が島から撤退した後、土地の人々が神殿を破却し、怒ったポルキスの呪いによって、大地は荒れ果て、人々は苦しんでいたのであります。
 土地の人々が崇める女神アンナを目覚めさせ、大地の活力を再生させる冬長の祭り――ミネルヴァは、そこで自分とともに巫覡を務め、神霊を起こす役割を、大巫女の予言の通りブリテン島に現れたカノンに託そうとしたのです。

 その依頼を引き受け、追っ手から逃れるため、神事に向けて身を清めるために、神聖なる森に分け入ったカノンとミネルヴァ。そして環状列石の丘に残されたアンナの神殿に足を踏み入れたカノンは、土地を再生させるために、アンナの娘とも言われる女神ブリージットを新たな女神として祀ることを思いつきます。
 さらに、家族全員をポルキスの呪いで失ったミネルヴァの妹分の巫女・アイラ、カノンを追ってきたローマの司政官に裏切られて置き去りにされた剣闘奴隷・ステファノも仲間に加わり、祭りの準備は着々と進んでいくのでした。

 そして冬至の夜、ついに始まった冬長の祭り。しかし思わぬ事態が発生し……


 かつてはローマ帝国に弾圧されたキリスト教が、紆余曲折の末に国教となった4世紀末。この時代は、ローマでそれまで崇められてきたギリシア・ローマの神々が一転邪神として弾圧の対象とされることとなり、そして辺境のブリテン島においては、ケルト人の崇める神々がローマの神々に追いやられ、さらにまたキリスト教によって弾圧された――いわば古き女神たちが、新しき父なる神に駆逐されていく時代にあったといえます。

 しかし、如何に辺境に、そして歴史の陰に追いやられたとはいえ、まだ命脈を保つ古の神々は、決して形而上的な存在ではありません。時に様々な魔術的な力を、あるいは時に物理的な力を人々に振るう――本作で描かれるのはそんな神々であります。
 本作はカノンという神と交感する力を持つ天才楽師の存在を通じて、その古の神々の姿を、そして神々を奉じる人間と、それを取り巻く自然の姿を描き出します。

 もちろんそれがどれだけ「現実」を踏まえているものなのか、知るすべはありません。しかし読者の目には、作中に登場する神々も人間も自然も、確かにこの時代に息づいたもの、「生きている」ものとして、感じられることは間違いありません。
 それは作者の巧みな描写力によるものであることは間違いありませんが――しかし本作に不思議な生命力を与えているのは、これが神だけでなく、人間たちの再生の物語でもあるからだと感じます。

 カノンだけでなく、ミネルヴァもステファノもアンナも――本作のメインキャラクターたちは、皆それぞれに壮絶な過去を背負っています。そんな人々が神の再生の祭りに向けて力を尽くす中で、己を見つめ直し、そして新たな一歩を踏み出す――その向かう先はそれぞれですが、そこには確かに、神々にも負けない人間の生命力の輝きがあると感じられます。


 もちろん、本作で描かれる人間の姿は、決してポジティブなものばかりではありません。それどころか、己よりも弱い者に対して躊躇うことなく力を振るう者たち――まさにカノンたちを苦しめてきたのはこうした者たちなのですが――の姿が幾度となく描かれることになります。
 しかしそんな理不尽を乗り越えて生きる人々こそが、それぞれの神話を語り、受け継いできたのだと、本作は教えてくれます。

 古き神々の物語であり、そして今に至るまで生き続ける人間の物語でもある――題材のユニークさと内容の豊かさが心に残る作品であります。


『神殺しの丘』(日向真幸来 アドレナライズ) Amazon

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2023.03.14

町田とし子『紅灯のハンタマルヤ』第3巻 フェートン号事件と吸血鬼の蜂起 太夫最後の戦い?

 19世紀初頭の長崎を舞台に、怪異の血を引く三人の禿とともに怪異を討つ長崎奉行所の怪異改役の戦いを描く時代伝奇アクションの最終巻であります。クライマックスに至り物語は史実と大きくリンク、フェートン号事件で長崎が騒然とする中、密かに長崎に潜伏していた吸血鬼たちが一斉蜂起することに……

 江戸時代で唯一異国に開かれた街・長崎で、人を害する怪異退治を任とする長崎奉行所の怪異改役・相模壮次郎。表の顔は丸山遊郭の花魁、実は強大な吸血鬼の王である菊花太夫と、それぞれ怪異の血を引く雛あられ・清・こもれびの三人の禿と協力し、これまで彼は戦い続けてきました。
 そんな中、壮次郎は長崎の中にかなりの数のキリシタンが潜伏している一方で、怪異たちもまた潜伏していることを知ることになります。上司からは見てみぬふりをするように促される壮次郎ですが――ある事件の勃発により、彼らはその事実を否応なしに直視させられることになります。

 その事件とはフェートン号事件――イギリスの軍艦・フェートン号が長崎湾に侵入、敵対する立場にあったオランダ商館員二人を捕らえ、日本に食料等を要求した出来事です。
 フェートン号の行動に対して、日本側では鍋島藩が長崎警護の兵を減らしていたために、規定の十分の一の兵力しかない状況でこれに十分に対応できず――という、後の異国船打払令にも繋がっていく、江戸時代の外交史上に残る大事件ですが――しかし本作においては、全く別の意味を持つのです。

 外国船の侵入に対して、全く打つ手を持たない幕府――いや人間たちに対して、市中に潜伏していた吸血鬼たちが蜂起。菊花太夫を王として戴き、長崎に吸血鬼の国を作らんと動き出したのであります。そしてその手は既に長崎奉行所にも及び、奉行も既に吸血鬼に殺され、すり替わられていたのです。
 もちろん、これまで人間と怪異の共存に心を砕いてきた菊花太夫が吸血鬼たちの求めを肯うはずがなく、たちまち始まる激しい死闘。その一方で、奉行所で戦う壮次郎を助けに行こうとする禿たちに対しても、菊花太夫はこれを実力で制止しようとするのでした。

 長崎の市内で、そして奉行所内で繰り広げられる怪異と怪異、人間と怪異の死闘において、はたして生き残るのは誰なのか。そしてそこに何が残されるのか……


 これまで、江戸時代の長崎という特殊な土地を物語の背景とし、前巻では浦上崩れという史実を過去において描いた本作ですが、この巻ではフェートン号事件という史実の真っ只中で物語が展開することになります。

 この事件と並行して、長崎の存亡に関わる戦いが、というのは、まさにクライマックスに相応しい展開。前巻で描かれた潜伏キリシタン、そして潜伏怪異というべき者たちの存在が、ここで活きてくるかと驚かされます。
 その一方で、この戦いの中で、菊花太夫の過去も語られることになります。大いに伝奇的なその内容にも目を奪われますが、しかしここで印象に残るのは、彼女がこれほどまでに人間と怪異の共存に拘る理由と、その理由故に、彼女が同胞を失っていく――彼女自身の手でその命を奪っていく――という、強烈な皮肉であります。

 これまでも、人間と怪異の共存のためであれば、時に禿の記憶を、いや命さえも奪うことを躊躇わなかった太夫。ここで描かれた戦いは、その太夫の姿が行き着くところまで行き着いたものではあります。
 その一方で、太夫に逆らい、傷を負ってまで壮次郎を救わんとする禿たちの姿は、そんな太夫の生き方とは対照的といえるかもしれません。しかし太夫と禿たちと、一体どちらが正しいかったのか――壮次郎と禿たちを待つ未来が希望に満ちたものとばかりは、これまでの物語を見ても容易に想像できるところではあります。

 しかし、それでもなお、それぞれの想いを矯めることなく、そしてその想い故に多様な出自の者たちが支え合い、理解し合おうとすることができるかもしれない――そう願うこと、信じることは、決して悪いことでも誤ったことでもないのでしょう。美しすぎる理想かもしれませんが、本作の結末からは、そんなことを感じさせられるのです。


 ちなみに、完結に当たり冒頭から読み返してみると、本作には細かいところで色々な伏線があると気付かされます。この巻で明かされる壮次郎の出自には相当驚かされましたが、しかしある意味第一話での描写も伏線であったか、と感心させられたところです。
 ただ、×××の人間が長崎奉行所の同心になるのはちょっと苦しいように思いますが――ここは彼の出自故に抜擢されたと思うべきでしょうか。
(第二巻のおまけページにあったように、この時期に江戸から同心が来る自体が一種のファンタジーだとすればなおさら……)


『紅灯のハンタマルヤ』第3巻(町田とし子 講談社シリウスKC) Amazon

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2023.03.13

手塚治虫『火の鳥 乱世編』 手塚版平家物語 源平に分かれた恋人たち

 『火の鳥』第9部は乱世編――平安時代末期、源平合戦を背景に繰り広げられる、権力と火の鳥に取り憑かれた者たちの争い。そしてその争いに巻き込まれ、源氏と平氏に別れることになった若き恋人同士の弁太とおぶうの運命は――手塚版『平家物語』というべき物語が展開します。

 平家が権力の絶頂にあった時代――都に薪売りに行った際に櫛を拾い、恋人のおぶうに持って帰ったマタギの弁太。しかしその櫛が、平家と対立する藤原成親の持ち物であったことから関与を疑われ、弁太とおぶうの親は殺された末に、おぶうも侍たちに捕らえられることになります。
 おぶうを追って都に向かい、侍相手を次々襲って恐れられるようになった弁太は、やがて都の浮浪児たちと知り合い、彼らが神サマと呼ぶ人物(実は『鳳凰編』の我王)、そして少年時代の源義経と出会うのでした。

 一方、おぶうはその美貌に目をつけた平宗盛の妻の策で殿中の女官にされ、さらに清盛の侍女となることになります。清盛はおぶうの優しくも飾らない気性に安らぎをおぼえ、そしておぶうの方も、絶対的な権力者である清盛の中の孤独と恐れに触れ、次第に彼を慕うようになるのでした。
 しかし一門の未来を案じ、死を恐れる清盛は、その血を飲んだものを不老不死にするという火焔鳥を求めて暴走、宋から火焔鳥を取り寄せたものの、孔雀に過ぎなかったその鳥の血を飲んだ直後に、おぶうの腕の中で清盛は息絶えることになります。

 清盛の死により没落していく平氏と、ついに決起した木曾義仲や源頼朝たち源氏の間で始まる激しい戦。鞍馬山以来義経と行動を共にしてきた弁太も、義経に引きずられるままに戦に加わり、その一方で吹の方と呼ばれるようになったおぶうは、自ら望んで平氏の人々と行動を共にすることになります。
 そして壇ノ浦の戦いの最中、ついに再会した二人は……


 鹿ヶ谷の陰謀の少し前から始まり、義経の最期まで――ほぼ『平家物語』のそれと対応した内容を描く本作。絶頂からの平氏の没落と、源氏の逆襲という激動の時代――本作は限られた紙幅で、巧みに平家物語を、そしてその背景となる史実を再構築していきます。

 その狂言回しというべき存在が、弁太とおぶうの二人であることは言うまでもありません。都の近くの山で平和に暮らす恋人同士であった二人が、数奇な運命に飲み込まれた末に源氏と平氏、その双方の中心近くに存在することになり、両者の興亡をつぶさに目撃する――本作はそんな構成の物語です。
 それは、先に名を挙げた人々を中心に語られる源平合戦の物語に対する一種のアンチテーゼであり、そしてこれまでの過去サイドの『火の鳥』に共通する、反権力の、庶民の視点から歴史を語る姿勢でであることは言うまでもないでしょう。

 しかし、弁太――その名と行動からわかるように、彼が弁慶のモデルとなるのですが――が、ひたすら状況に流され、ほとんど人間的に成長しないまま義経に引っ張り回される一方で、おぶうの方は自分の考えを持ち、やがて平氏を引っ張っていく存在にまでなっていくのが、何とも興味深い。この辺りの男女関係の描写にもまた、『火の鳥』らしさを感じるところです。
(もっとも、どんどん「武士」としての素顔を見せていく義経に対し、弁太が反発しつつも口だけで結局従うのはフラストレーションが溜まるところですが――だからといってラストで溜飲が下がるわけでもなく)


 そして火の鳥ですが、実は本作においてはエピローグに至るまで登場せず、作中で中心となるのは紛い物――清盛が宋の商人から火焔鳥だと掴まされたただの孔雀であります。しかしその紛い物に清盛が惑わされただけでなく、義仲もこれを求めて暴走し、頼朝もこのために疑心暗鬼に陥り――ただ義経のみが火焔鳥など知らず暴れていたというのも、実に皮肉というべきでしょう。

 しかしエピローグにおいて、この義経と清盛は、真の火の鳥と見えることになります。それも、ひどく皮肉で恐ろしく、物悲しい形で。これまた火の鳥の真価(?)を発揮したと言いたくなる結末であり、そして源平合戦に対する作者の一つの評価を示すものとも感じます。

 ただ、冷静に考えてみると清盛と義経は直接対決どころか出会ってもおらず、ましてや――というわけで、何となく対比関係として釈然としてしないものが残るのも事実(義朝ならまだわかるのですが……)
 先に挙げた弁太の態度もあり、どこかスッキリしない読後感が残るのはこの辺りに起因する――というわけではないかもしれませんが、個人的には、面白いと思いつつも無条件で評価しにくい部分も残るエピソードであります。


『火の鳥 乱世編』(手塚治虫 講談社手塚治虫漫画全集ほか) 第7巻 Amazon / 第8巻 Amazon

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2023.03.12

4月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 来月発売予定の文庫小説と漫画新刊の中の時代伝奇もの(とその周辺作品)の紹介、4月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 4月の文庫小説は少々少な目なのが残念ですが、しかしもちろん気になる新刊がいくつかあります。
 まず完全新作では翁まひろ『菊乃、黄泉より参る! よみがえり少女と天下の降魔師』がありますが、もう一つ気になるのは森岡浩之が大坂の陣を描く『夢のまた夢 若武者の誕生』。
 また、シリーズものの新刊では、五十嵐佳子『女房は式神遣い!』第3巻、上田秀人『武商繚乱記 2 悪貨』があります。

 一方、文庫化・復刊の方では、天野純希『乱都』と木下昌輝『まむし三代記』に注目。そのほか風野真知雄『江戸城仰天 大奥同心・村雨広の純心』新装版、あさのあつこ『星に祈る おいち不思議がたり(仮)』があります。また夢枕獏『大江戸火龍改』は、あとがきがそのままなのかも気になるところであります。


 さて、漫画の方は、小説の漫画化作品が三つほど登場。今村翔吾原作の『イクサガミ』(原作の続きは……)、霜月りつ原作の『神様の用心棒』、神楽坂淳原作の『妖怪犯科帳 嫁は猫又』と、いずれも第1巻が刊行されます。

 一方、シリーズものの新刊もかなりの豊作です。今回も舞台となる時代順に並べると――
鶴淵けんじ『峠鬼』第6巻、松井優征『逃げ上手の若君』第10巻、ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第13巻、士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第8巻、かどたひろし『勘定吟味役異聞』第13巻、安達智『あおのたつき』第9巻、安田剛士『青のミブロ』第8巻、細川忠孝『ツワモノガタリ』第6巻、
陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第8巻ときて、絶好調の東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第9巻、椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第4巻と同時刊行の高橋留美子『MAO』第16巻まであります。

 そのほか、海外を舞台とした作品では張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第9巻があります。


 4月も退屈している暇は全くなさそうで、何よりです。


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2023.03.11

『REVENGER』 第十話「Nowhere to Run」

 漁澤から、宍戸が劉殺しの黒幕であり、大量の阿片を手中に収めていることを聞かされる幽烟。さらに礼拝堂でジェラルド嘉納と対面する碓氷だが、全ては神の思し召しとはぐらかされる。一方、待つしかない現状に苛立ち鉄火場に顔を出した惣二の前に、壺振りに扮した修道女が現れるが、その真意は……

 前回礼拝堂と手切れになった上に、礼拝堂は宍戸と組んだことで幽烟たちの素性は筒抜けのはずですが、それを密告したりということもなく、せいぜい住処を狙撃したりする程度(狙撃されるのは大問題です)で、ラスト前の嵐の前の静けさといった印象の今回。

 そんな中で一番動きを見せたのは、今まで比較的静かな存在だった幽烟というのが面白いところではあります。もっとも、売れっ子の蒔絵師という表の顔を持ち、奉行所の漁澤とも礼拝堂のジェラルド嘉納とも繋がりがあるとくれば、ここは彼が動くしかないわけですが――冒頭では漁澤とダーツをしながら(推論が段々真実に近づいていくのにつれて、ダーツも的の真ん中に近づいていく演出が楽しい)、劉殺しと阿片騒動の黒幕が宍戸であることを知る幽烟。
 さらに幽烟は当の宍戸の下で行われた茶会に参加して宍戸と直接対面、芸術論を戦わせる態で、宍戸の人となりを窺う――というより彼のある種の異常性を確かめることになります。そしてさらには礼拝堂のジェラルド嘉納に、劉の利便事の件で報告を行い――と、これは惣二でなくとも大丈夫なのか心配になりますが、こちらは冒頭の漁澤との会話がいつもと違い相当ストレートだったのに対して、慎重な腹の探り合いという印象。その中で、同じ教徒とはいいつつも二人の考え方の違いが少しずつ浮き彫りになっていく印象ですが――ジェラルドの「全ては神の思し召し」カードは強力すぎて、何も言えなくなってしまうのが何とも……

 さて、幽烟が動く一方で、徹破はどっしり構え、鳰はマイペース、雷蔵は因縁ともいえる阿片との対決に燃えるも、その後に潔く腹を斬るのか、絵師という第二の人生を歩むのか悩み――しかし絵の中の唯が笑えるようになるのだろうかというのは、まあどう考えてもラストのフラグですが――と、それぞれ固まっている中で、一人フラフラ動き出したのは惣二。
 冒頭で狙撃されたから家を出たというのに、憂さ晴らしに鉄火場に出かけていくというのは軽挙妄動としかいいようがなく、まあ惣二らしいというべきですが、こういう時は大体敵の罠にハマって酷いことになるのが定番では――と思いきや、その敵の一人である修道女が女壺振りになって出てくるとはさすがに思いませんでした。

 そして惣二に勝負を挑むかと思いきや、むしろどう考えてもイカサマしているとしか思えない(というかしてました)勢いで惣二を勝たせ――とここまででも想定外ですが、さらに不気味な成り行きに鉄火場を飛び出した惣二の前に、宗教の壁を超えた謎の狐巫女コスで現れて翻弄と、大ハッスルであります。(それなのに役名は「修道女」のまま……)
 実は惣二に大勝ちさせたのは報酬の前払い、そして彼には幽烟がなぜ雷蔵にあそこまで拘るのか探れ、と命じる修道女。なるほどそれは視聴者にとっても残された最大の謎、それが明らかになるのはむしろ歓迎ですが、惣二にとってはそれは幽烟への裏切りになります。はたしてただ一人行き場を失っている感のある惣二の選択は、そして幽烟の真意は――いよいよ残すところあと二話でしょうか。


 しかし今回ジェラルドと一緒に出てこなかった修道女、最後にジェラルドから尻尾切りされて終わりそうな予感……


『REVENGER』下巻(松竹 Blu-rayソフト) Amazon

関連サイト
公式サイト

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『REVENGER』 第一話「Once Upon a Time in Nagasaki」
『REVENGER』 第二話「Gold Opens Any Door」
『REVENGER』 第三話「Fortune is Fickle and Blind」
『REVENGER』 第四話「Ask, and You Shall Receive」
『REVENGER』 第五話「Love Never Dies」
『REVENGER』 第六話「Adversary Advent」
『REVENGER』 第七話「Rosy Pitfall」
『REVENGER』 第八話「Two of a Trade Never Agree」
『REVENGER』 第九話「Mutual Understanding」

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2023.03.10

大島幸也『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』第2巻 運命の再会――からの思わぬすれ違い!?

 山本風碧の『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』を大島幸也がコミカライズした漫画版第2巻であります。性別を偽り、陰陽寮に入るという夢を叶えた小夜が出会ったのは、かつてその運命を占った千尋。決して正体を明かしてはならない男装ですが、千尋は妙に小夜を気に入ってしまい……

 幼い頃から夜空の星を見ることに魅せられ、昼は居眠りばかりの大納言家の姫・小夜。その才を見抜いた宿曜師・賀茂信明の計らいで、忌子と言われる親王・千尋の星を観ることになるのでした。
 それから四年、自分の行き先を決めようとする親に反発する小夜に対して信明が提案したのは、彼女と瓜二つながら病弱な自分の息子と、小夜との入れ替わり。これを受け容れて陰陽寮に入ることになった小夜は、睡眠不足で昏倒しかかったところを、通りすがりの貴族に保護されるのですが、その相手は何と……


 というわけで、予想通りというべきか何というべきか、小夜が出会った貴族の正体は、四年前に出会った千尋その人。しかし今の彼女は、信明の息子に扮している以上、小夜の名乗りを上げるわけにはいきません。
 しかもややこしいことに今の千尋は中務省の長官――つまり陰陽寮を管轄する立場であります。何故か(?)小夜を気に入った千尋の命で、星を観るようにしばしば呼び出される小夜ですが、千尋はいまだに凶相の皇子として父である帝からも疎まれ、周囲からも白い目で見られる存在。おかげで小夜もまた、周囲から浮いた存在になってしまうのでした。

 その上、千尋が何かと過剰なスキンシップを求めてくるため、千尋と小夜はだ、男色の疑いをかけられることに――!


 いやはや、物語的には原作と変わらないはずですが、絵が――それもなかなかに端正な絵がついた時の破壊力たるや、想像以上のものがある本作。一体どんな顔をして読めばよいのか、困ってしまいます。
 いやいや、普通の男は男同士でそんなことはせんだろ、とツッコミたくもなってしまうのですが、実は千尋の方はしっかり気付いていて――と、意外と千尋はグイグイいくタイプなのに対して、小夜がてんでニブチン(こればかりは千尋が可哀想なくらいに……)で、と思わぬすれ違いが生じるのが、何とも愉快であります。

 しかしそれはそれで、小夜が男装して何をしているのか、千尋が訝しく思わないはずがありません。しかも小夜の「親」として近くにいる信明は、年齢こそだいぶ上とはいえ、かなりのイケメン。一方、信明にとっては小夜はまだまだ息子の身代わりでいてくれなければ困るわけで――かくて小夜を間に挟んで、千尋と信明が火花を散らすことに……


 というわけで、何となく小夜と千尋がいちゃいちゃしている(いや、千尋が一方的に空回りしていたのか……)のをずっと見せられていた気もするこの巻ですが、そんな中でも物語はクライマックスに向かっていきます。
 小夜は自分の未来を掴むことができるのか、千尋の想いは小夜に通じるのか、そして腹に一物ありそうな信明の真意は……

 まず間違いなく最終巻となるであろう次巻に期待であります。


『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』第2巻(大島幸也&山本風碧ほか KADOKAWA BRIDGE COMICS) Amazon

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山本風碧『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』 自分が自分らしく生きるための冒険

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2023.03.09

相田美紅『呪われ少将の交遊録』 「陰陽師もの」の定番を外れた苦さの先にある感動

 時は平安、愛する人を無惨な形で喪ったことから「呪われ少将」なる有り難くないあだ名を付けられてしまった青年貴族が、凄腕ながら人間嫌いの呪術師とともに、奇怪な事件に挑む本作――かなり重く、苦い味わいの物語ながら、その先に不思議な感動がある、ユニークな陰陽師ものであります。

 お人好しで生真面目なことと、琴の腕が取り柄の青年貴族・清河尚成。そんな彼は右近衛府の少将への昇進話が持ち上がり、さらに勝ち気で美しい女性・鶴姫との結婚まで決まり、幸せの絶頂だったのですが――その直後に、彼の屋敷では奇怪な出来事が続き、さらに鶴姫が何者かによって見るも無惨な最期を遂げることになります。
 その後も周囲で奇怪な影が出没し、次第に正気を失っていく尚成。その果てに屋敷の中から何処から消えてしまった尚成を救うため、彼の大叔母は、都一の呪術師・福治に解決を依頼するのでした。

 宮中の顧客も多いものの、経歴は一切不明、気に入らない依頼は決して受けないという福治。それでも依頼を引き受けてたちどころに尚成の行方を突き止める福治ですが、彼が露わにした尚成を攫ったものの正体は……


 お人好しの貴族と、偏屈者の陰陽師(本作の場合は在野の呪術師ですが)のコンビというのは、これはもう陰陽師ものの定番というべきでしょう。しかもタイトルに「交遊録」がついているのを見れば、なにやら楽しげな雰囲気が感じられます。

 が、本作は上で紹介した第一話「水晶」の時点で、凄まじくヘビーな内容。婚約者を惨殺され、昇進を横取りされ、周囲に裏切られ、自分も狂いかけた上に何者かに囚われる――大げさに言ってしまえば、尚成を襲う運命は、復讐もののバイオレンス小説の導入のようであります。
 一方で本作においてヒーロー役であるはずの呪術師・福治も、人嫌いで報酬にうるさく、そして(これが重要なところですが)尚成にやたらと冷淡――と、こちらの抱いていた陰陽師もののイメージとは、かなり異なる物語と人物配置に驚かされます。

 そして続く第二話「金華の夜」は、さる貴族の姫君が、昏睡状態のまま、腹だけが大きくなっていく怪事の顛末が描かれます。
 第一話で福治に助けられたものの、「呪われ少将」と言われるようになってしまい、その評判(?)を聞いてきた姫君の父に請われて姫君のことを調べる羽目になった尚成。そこで彼は、ごく普通の家族に見える人々の中に、どこか違和感を感じるのですが――クライマックスに露わになるその真実にも、かなりのインパクトがあります。


 しかし、こちらの思いこみから離れて見れば、本作は物語展開など、かなり捻りの入った、よくできた物語であることがわかります。
 例えば第一話で尚成を攫った存在や、第二話で姫君を妊娠させた者の正体は、予想がつく方も多いと思うのですが――しかしその真相は、そしてそこから展開される物語は、こちらの予想を超えて意外な方向に展開し、それが物語に切ない色彩を与えていくのであります。(まさしく「鬼神に横道無し」と言いたくなるような……)

 そしてその本作ならではの構成・展開の妙が強く感じられるのは、第三話「真澄鏡」でしょう。
 見る者の欲望を幻想として映し出す魔鏡・魔棲鏡――福治のもとから盗み出されたこの鏡による騒動は、一度は福治によってあっさり解決することになります。しかしその直後に鏡の魔が逃げ出したことで、さらなる犠牲者が続出、そして福治までもが姿を消してしまい……

 という展開の中で描かれるのは、福治の意外極まりない正体(これは本当に仰天)と、彼が秘めた過去の想いであります。そしてそれと同時に、福治のために立ち上がる尚成の姿もまた、描かれるのですが――それはこれまでのエピソードで尚成が見たもの、経験した哀しみがあるからこそ、という展開には、やられた! と膝を打った次第です。


 やはり「交遊録」というタイトルには疑問が残りますし、そもそも第二話でしか「呪われ少将」と呼ばれていないのも気になるところではあります。それでも、本作だからこそ描ける尖った味わいが印象に残る、得難い作品であることは間違いありません。


『呪われ少将の交遊録』(相田美紅 ポプラ文庫) Amazon

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2023.03.08

横山起也『編み物ざむらい』 特技はメリヤス編み!? 生きづらさを解きほぐし、編み直す侍

 編み物作家として活躍する作者の初時代小説は、江戸を舞台に、メリヤス編みが取り柄の青年武士・感九郎が奮闘する極めてユニークな物語であります。故あって主家と生家を追われた感九郎が出会ったのは、悪党相手に「仕組み」を仕掛ける奇妙な男女たち。彼らの仲間に引き込まれた感九郎が見たものは……

 武家の間でも評判の高い蘭方医・久世の不正を知り、告発しようとしたものの、逆に主家・凸橋家から召し放たれた上、父親からも勘当されてしまった黒瀬感九郎。内職の編み物道具のみを手に、行く当てもなくさまよっていた彼は、御前と呼ばれる年齢不詳の美女と、大男の手妻師・寿之丞(ジュノ)という奇妙な二人に出会い、成り行きから彼女たちの暮らす屋敷を訪れることになります。

 そこでさらに御前の仲間である女性戯作者の小霧(コキリ)と出会った感九郎は、メリヤスを編めることを知られ、強引に彼女たちが進める「仕組み」――幕閣に食い込もうとしている前科持ちの商人の正体を暴くという企ての片棒を担がされることになります。
 コキリ発案の奇想天外な策に編み物で協力し、首尾良く「仕組み」を成功せた感九郎。しかし標的の用心棒に命を狙われ、窮地に陥ったその時……


 『編み物ざむらい』というタイトルを見た時、大抵の方は、なるほど、編み物を特技とする侍が、その特技で人助けをする一種のお仕事小説だと思うのではないでしょうか。

 私も初めはそう思っていたのですが――何とその実、本作はそれぞれ特技を持ったメンバーがチームで悪を懲らしめるという物語。それもいわゆる必殺ものというより、コンゲームやケイパーもの的な趣向の強い物語なのであります。
 衆人の前で標的が隠している入れ墨を露わにする、滅多に姿を見せない標的が身につけた鍵を奪う――そんなミッションを、個性豊かなメンバーが力を合わせて達成していく。そんな中に、主人公である感九郎も加わることになるのですが、さて編み物が何の役に立つのか? 一見無関係なように見えて、役に立つどころかミッションの鍵になるという意外性が、本作の面白さの一つでしょう。


 しかし、本作はそうした痛快な活劇とはまた異なる側面を持つ物語でもあります。それは一種の生きづらさを抱えた人々の物語とでもいうべきでしょうか――時にエキセントリックにすら見える個性的な登場人物たちが心に抱えたもの、あるいは心を縛るものを、物語は随所で描いていくことになります。
 そしてそれは、感九郎も例外ではありません。幼い頃から厳格な父により「侍として正しく生きること」を厳しく求められてきた感九郎。その結果、彼にとっての行動原理は「正しさ」となり、それが彼を時にお人好しに、時に四角四面に見せ――そして彼が放逐されるきっかけとなっているのであります。

 しかしそれは同時に、彼の中に満たされない想いを生み出すことになります。彼自身「穴」と呼ぶその虚無は、彼の心の中に、常に黒々と存在しているのです。そしてそんな彼自身の「穴」と――あるいは他の人々が自分を閉じこめている「檻」と、彼は「仕組み」の中で直面していくことになります。そこで彼は何を見るのか、そして彼に何ができるのか……

 と、そこからの展開は実は「こうくるの!?」と相当に意表をついたものとなります。この展開を事前に予想できる読者はまずいないと思うのですが――しかしそこに感九郎の特技である編み物を絡めることで、本作には不思議な説得力が生まれています。
 そこで描かれるのは、いわばもう一つの「編み物」――彼自身や他人が抱えた「生きづらさ」を解きほぐすこと、そしてそれを新たな形に編み直すこと。その果てに感九郎が自分を縛る「正しさ」と、もう一人の自分が潜む「穴」の存在を受け止め、それを解きほぐして新たな自分を編み上げていく姿は、感動的ですらあります。


 物語として、粗削りに見える部分もあります。特に、不可能ミッションものという点で見ると、かなり勢い任せの展開には物足りなさもあります。また、上で述べたもう一つの「編み物」も、一歩間違えれば、物語を破綻させかねないものにも感じられます。
 しかし本作は、そうした部分も含めて、全体としてみればある意味奇跡的なバランスでまとまり、そして極めて個性的で、そして不思議な魅力を織りなしている物語でもあります。

 それを作者が編み物作家だから、とまとめてしまうのは「うまいこと言った」類の言葉遊びになってしまうかもしれませんが、そんな気持ちにもなる――唯一無二の、奇妙でそして魅力的な作品であります。


『編み物ざむらい』(横山起也 角川文庫) Amazon

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2023.03.07

やまざき貴子『LEGAの13』第2-3巻 窮地!? ヴェネチアの政治の闇に巻き込まれたレガーレ

 16世紀末のヴェネチアで、数奇な運命を辿ることとなった薬師見習いの美青年・レガーレを描く西洋伝奇の続巻であります。元首の下に監禁され、錬金術に励む羽目になったレガーレですが、懲りることなくあちこちに首を突っ込んでは騒動に巻き込まれる毎日。しかしやがて事態は不穏の度合いを深めて……

 薬師を営む父・ゲオルグの下で薬師見習いを務めつつも密かに錬金術の研究を行っていたレガーレ。しかしある日突然に父が魔女の疑いで捕らえられ、その身代わりとして時の元首パスクアーレ・チコーニャの下に監禁され、黄金作りの研究をすることになります。
 しかし根が快楽主義のレガーレは、そんな環境でも真面目に研究せず、マイペースに暮らすばかり。神父や大使など複数の顔を持つ謎の青年・コルヴォ、レガーレや一部の人間にしか見えない霊体の少女・クラリーチェなど個性的な人々に囲まれつつ、元首の娘アルフォンシーナと恋に落ちたり、メディチ家を狙う陰謀に巻き込まれたりと、数々の騒動に首を突っ込み……

 という設定で展開する物語の第2巻は、独立した3つのエピソードで構成されています。
 レガーレの仕事部屋の床下に隠された通路の先の牢獄に捕らえられていた海賊が、アルジェの海賊とある貴婦人の出会いを語る「レヴァンテの海賊」
 かつてレガーレと瓜二つの女性の肖像画に一目惚れしたという旅芸人一座の少年・ピエロとの出会いと、元首の密偵を務める一座の頭領を巡る騒動が描かれる「謳う道化師」
 宮殿から抜け出したレガーレが借金をしたトルコの商人・クリストバルと、娼婦になるためにヴェネチアにやって来た彼の妹の複雑な愛の形を描く「異郷の賢人」

 いずれも、東西の文化の交点として様々な人々が行き交い、華麗な芸術や文化が花開く一方で、政治の世界では複雑怪奇な陰謀が繰り広げられたこの時代のヴェネチアならではの物語が、ある意味狂言回しであるレガーレの目を通じて描かれていくことになります。
 そのバラエティ豊かな個々のエピソードの内容もさることながら(個人的には、何とも力強くも美しい姫君と海賊の物語「レヴァンテの海賊」が好きです)、その一方で、コルヴォの正体の一端が明らかになったり、レガーレの出自の秘密が匂わされたりと、少しずつ大きな物語が展開していくのも、たまらないものがあります。


 そして第3巻に至り、レガーレとその周囲の物語も、一気に新たな展開を迎えることになります。

 最愛の女性であるアルフォンシーナが縁談から逃れるために入ったジュデッカ島の尼僧院で、懺悔を聞く司祭たちが怪しからぬ振る舞いをしていることを知ったレガーレ。調査に当たるコルヴォの手引きで同行し、尼僧に化ける羽目になった彼は、そこで司祭が彼の顔を見て、恐怖の表情とともに「ベアトリーチェ様」と呟くのを聞くことになります。

 そしてすったもんだの末に、アルフォンシーナの助けでレガーレはヴェネチアに戻ったものの、脱獄がバレて屋根裏の牢獄に放り込まれることに。そこで退屈しのぎの占いで、元首に悪い目が出ていることを知るレガーレですが、その通りに、ペルシアの大使となっていた元首の次男が罠に嵌められて捕らえられ、元首もその座を追われることになるのでした。
 そして次なる元首グリマーニに黄金を作るよう強いられるレガーレは、若い芸術家を周囲に集めるその妻・カテリーナの下に置かれて……

 レガーレにとっては牢獄の主にして庇護者のような存在であり、これまでそれなりに好き勝手を黙認していたパスクアーレ。彼の失脚により、レガーレは一気に囚われ人としての立場に置かれることになり、窮地に立たされることになります。

 コルヴォは国外の任務に出て、ピエロも城外に追放、フィレンツェに向かったという父も音信不通。いつも身近にいたクラリーチェも姿を消し、味方となる人物を全て失った上に、心身共に痛めつけられるレガーレ。
 しかしそれでも楽天家にして鼻っ柱の強い彼は、脱出の策を巡らし――と、それがうまく行くかは伏せるとして、これまで遠景にあった政治の世界の暗闘が一気に彼の運命と重なり合い、その中で翻弄されながらも、これまで通りに自分自身を貫くレガーレの姿は、大いに魅力的であります。

 そしてそれと同時に、パスクアーレと息子を襲う悲劇、女帝の如きカテリーナの秘めた内面など、周囲の人間ドラマもまた見事な本作(特に前者は、読んでいるこちらも強烈に感情を揺さぶられる名エピソードであります)。
 いよいよ物語は後半戦、レガーレの運命の行方は、そして彼の背負った秘密とは――物語の続きは、またいずれご紹介いたします。


『LEGAの13』(やまざき貴子 小学館フラワーコミックスα) 第2巻 Amazon / 第3巻 Amazon

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2023.03.06

つるみ犬丸『大奥の陰陽師』 魔術師と占術師の狭間に立つ少女の奮闘記

 江戸城内の女の城・大奥――そ時の将軍吉宗の命を受け、そこで起きる怪事件の真実を暴く少女陰陽師・雲雀の活躍を描く物語であります。先祖代々伝わる妖狐の式神・葛忌とともに、大奥で起きる怪異の正体を暴くべく奔走する雲雀。しかし事態は思わぬ方向に進み、将軍吉宗を狙う刺客の存在が……

 時は享保、安倍晴明の血を引き、代々伝わる妖狐の式神・葛忌を使役する雲雀は、気弱な父が細々と営む占い師を手伝い、陰陽小町と呼ばれる娘。そんなある日、大岡越前守に呼び出された彼女は、一つの密命を受けることになります。
 江戸城内でありながら、他と隔絶された大奥。そこで起きる一見怪異の仕業に見えるような事件の数々を解決し、歪みを正す――そんな一種の隠密役を務めてほしい。思わぬ命ながら、敬愛する吉宗のため、そして苦しい家計を助けるため、雲雀は二つ返事で引き受けるのでした。

 そして大奥の老女・津岡の部屋子となった雲雀は、得意の占いを生かして周囲の悩みを解決しつつ、 様々な事件――世話役の見ている前で忽然と消えてしまった猫、津岡の部屋に生み捨てられていた赤ん坊といった事件が、大事になる前に未然に防いでいくことになります。
 しかし、大奥の開かずの間で目撃されたという幽霊を調べていた彼女は、そこで何者かが実際に潜んでいた痕跡を発見。はたして侵入者は、死なない男と異名を取る伝説の忍び・尾張の佐吉なのか? 御庭番たちとともに対処に当たる雲雀ですが、彼女の前には、思わぬ陥穽が待ち受けていて……


 先祖代々からの口の悪い式神を従え、大奥で起きる様々な事件を解決していく陰陽小町――本作は、そんな設定から受ける破天荒なイメージとは少々異なり、丹念に描かれた伝奇時代小説という印象があります。

 その理由は、大奥という特殊な場にまつわる――そしてメディアワークス文庫というレーベルの読者層にはなじみの薄いであろう――様々な史実を描きつつ、それを物語の中に有機的に取り入れ、ストーリーに直結し・動かす要素として描いている点がまずあります。
(さらにいえば、吉宗にまつわるある史実が、終盤の仕掛けとして機能するのも巧い)
 しかしそれ以上に、「大奥の陰陽師」と呼ばれる彼女の設定に加えられた捻りが、大きく作用していると感じます。

 「陰陽師」という語を――特にフィクションの世界で――見た時、我々の頭には、ほぼ「魔術師」と等しいイメージで受け止められるのではないかと思います。
 しかし史実の「陰陽師」は、むしろ「占術師」――一種の技術者として天文暦法や占術に通じた存在であり、そして江戸時代には市井の占い師が、土御門家の鑑札を受けて陰陽師として活動していたのです。
(ちなみに作中では色々あって雲雀の父は鑑札を受けられず、それが雲雀の大奥勤めの理由の一つなのも面白いところです)

 そして本作の雲雀は、まさにこのイメージの二重性を体現する存在といえるでしょう。何しろ彼女は、吉宗や津岡を含む周囲から腕利きの占い師兼カウンセラーとして見られている一方で、その実、葛忌による超常的な能力を持つ存在なのですから。
 そもそも吉宗の狙いは、大奥で起きる様々な事件が、「怪異」の名の下に包み隠され、有耶無耶にされてしまうのを防ぐこと。いわば「怪異」の正体を暴くことだったのですが――市井にいた頃からそれを得意としてきた彼女が、実は「怪異」と共にある存在という構造が、実に魅力的に感じられます。

 そしてそれを雲雀が周囲に伏せていることから、物語に一種の特殊探偵もの的な味わいが生まれているのも巧みと感じます。葛忌の持つ、場所や物の過去を見る能力――事件解決には強力な切り札となりえるその力は、決して表には出せるものではなく、雲雀はあくまでも他者に通じるロジックで、事件を解き明かし直さなくてはならないのですから。
 また彼女は、葛忌を憑依させることで超人的な肉体能力を発揮できるのですが、その事実も同様に隠さざるを得ず、それが終盤、逆に彼女を窮地に追い込むのも実に見事です。


 そして本作は、雲雀の成長小説としての要素も色濃く持ちます。過去にある事件で母を喪ったことに深い後悔の念を抱き、母の残した「人に優しく」という言葉の下に生きてきた雲雀。本作はそんな彼女が「陰陽師」として人の悩みに接し、他者と触れあう中で、その言葉の真の意味を悟っていく物語でもあるのです。

 時代ものとして、陰陽師ものとして、成長物語として――作中での「陰陽師」の意味のように様々な顔を持ち、それがいずれも魅力的な本作。かつて時代ものがしばしば刊行されていた、レーベル初期の作品を思わせる快作であります。


『大奥の陰陽師』(つるみ犬丸 KADOKAWAメディアワークス文庫) Amazon

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2023.03.05

泉田もと『旅のお供はしゃれこうべ』 二人で一人前の凸凹コンビの旅の終わりに

 古物商の跡取り息子と、喋るしゃれこうべという奇妙なコンビの珍道中と不思議な友情を描く、第14回ジュニア冒険小説大賞受賞作であります。父の使いで旅に出て思わぬ窮地に陥った惣一郎が出会ったしゃれこうべの助左。助左とともに江戸に向かうことになった惣一郎の運命は……

 古物商の大店・大黒屋の跡取り息子の惣一郎は、厳格でやり手の父のやり方についていけないものを感じつつも、努力の日々。そんな中、父の使いで窯元から茶碗を受け取りに行くこととなった惣一郎ですが、帰りにお供の奉公人・市蔵が茶碗と有り金全てを持ち逃げしてしまうのでした。
 途方に暮れて山道をさまよううちに、急斜面から転がり落ちてしまった惣一郎。そこで彼は、何者かに声をかけられることになります。その声の主は――しゃれこうべ!?

 生前は軽業芸人の子供だったというしゃれこうべ・助佐。しかしひどい親方のもとから逃げる途中に崖から落ちて死んだ彼のしゃれこうべは山に棲む妖狐・十六夜に拾われ、狐の相棒となって人を化かすうちに喋れるようになったというのです。しかしある時十六夜が姿を消してしまい、山の中で放置されて退屈していたという助佐。
 その彼にけしかけられ、市蔵から茶碗を取り戻すことにした惣一郎ですが、市蔵が逃げたであろう江戸は遠く、路銀もありません。そこで助佐は、話をするしゃれこうべの自分を使って見世物をやれと言い出したではありませんか。

 かくて世にも珍しい「野ざらし語り」を始めた二人。慣れない見世物で路銀を稼ぎながらの珍道中の行方は……


 言葉を喋り、道行く者に語りかける髑髏というのは妙に人の心を引きつけるのか、日本霊異記の「髑髏の目から竹の子を抜いて、不思議なしるしが現れた話」に代表される「歌い骸骨」の説話など、古今東西様々あります。だいぶ内容は離れますが、落語の「野ざらし」も、この髑髏への親しみ(?)によるものかもしれません。
 もっとも、「歌い骸骨」は自分を殺した者を告発するという恐ろしい話(自分を助けてくれた者には恩返ししてくれますが)なのですが――同じ喋る髑髏でも、本作の助佐はえらく感情豊かでカラッとした気性の、どこまでも陽性のキャラクターです。

 本作はそんな助佐と、大店の跡取りではあるものの、ごく普通の少年である惣一郎という凸凹コンビの道中が中心となる物語であります。人は良く知識も豊富であるものの、自分に自信が持てない惣一郎と、威勢は良く世知にも長けるものの、自分一人では動くことができない助佐――二人は、互いで補い合って一人前といえます。
 そんな二人が、ない知恵となけなしの勇気を振り絞って奮闘する様は、何とも微笑ましく、そして思わず応援したくなるものがあります。しかし江戸にたどり着いたとしても、広い江戸でどうやって市蔵を見つけるのか――と思えば、その手段もなるほど! と言いたくなるもので、何とも痛快です。


 しかし本作は、比較的早い段階で目的を果たし、惣一郎は家に帰り着くことになります。いささか意外にも感じますが、その先は、二人の旅の本当の終わりというべき物語が展開することになります。

 そしてそこで描かれるのは、惣一郎が新たな一歩を踏み出す姿――すぐには現状を変えられないかもしれない、そもそも変え方もまだわからない。それでも自分の意思で一歩踏み出す彼の姿は、尊いものというべきでしょう。
 そしてまた、もう一人の主人公である助佐の物語が落着する先も、なるほどと納得できるものであります。

 少々あっさり目の印象もありますが、奇妙な時代人情譚にして良質の成長物語である本作は、多くの名作を生み出してきたジュニア冒険小説大賞ならではの作品といってよいかと思います。


『旅のお供はしゃれこうべ』(泉田もと 岩崎書店) Amazon

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2023.03.04

『REVENGER』 第九話「Mutual Understanding」

 狙撃により倒れた劉を匿った雷蔵たちは、劉が清国の命で、日本に持ち込まれたアンゲリアの阿片の行方を追っていると知る。しかし貞たちによって劉の配下は壊滅し、新たな刺客との戦いの中、劉も力尽きる。志半ばに散った劉の恨みを託された雷蔵だが、礼拝堂は黒幕と結び、幽烟たちの敵に回り……

 突然の銃声に劉が倒れ――という引きから続く今回、さすがに劉は一命を取り留め、彼の口から阿片にまつわる諸々の真実が語られることになります。そしてその背後に潜む黒幕の正体もまた。

 どうやら劉は敵ではないと察したこともあり劉を担いで徹破たちのもとへ劉を担ぎ込んだ雷蔵。既に劉の素性を知っている幽烟たちにもはや隠すまでもなく、劉は真実を語ることになります。アンゲリアから流れ込んだ大量の阿片によって多大な被害を受けた清国。その状況を憂いた欽差大臣・林則徐の厳しい取り締まりにより、アンゲリアは大量の阿片を周辺諸国に分散し――劉は林則徐の密命を受け、長崎にも流れ込んだその阿片を処分しようとしていたのであります。

 長崎に入り込んだ阿片を葬り去りたいというのは劉も利便事屋も(というより雷蔵も)同じ立場、両者は手を組めるはず――と言いたいところですが、劉から見れば利便事屋は単なる殺し屋。特に祖国を守るための主命を受け、武人としての誇りを胸に抱き続ける彼から見れば、もはや仕えるべき主を持たず、利便事屋に身を落とした雷蔵は、唾棄すべき存在なのでしょう。
 そしてさらに、阿片が遠因である唯の死を引きずる雷蔵の想いを、くだらぬ感傷と吐き捨てる劉ですが――それを淡々と受け止め、「そなたの言い分はもっともだ」と答えてみせる雷蔵の姿には、それだけに彼の背負うものの深さと彼の強さが感じられ、個人的には彼に初めて共感できたように思います。

 しかしそうしている間にも敵の魔手は唐人街に迫り、劉の部下たちは壊滅。そしてその騒ぎを調べに行った雷蔵が離れた間に、劉が刺客に襲撃され、さしもの劉にも力尽きる時が訪れます。主命を果たせず、無念に慟哭する劉――しかし彼の無念にはもう一つ、妹を廃人とした阿片に、その阿片を弄ぶ者たちに一矢報いることができなかったことがありました。そう、雷蔵を感傷的と切り捨てつつも、実は劉の中にあった想いは雷蔵と同じもの、二人はある意味表裏一体の関係であったといえるかもしれません。
 そしてそれを知った雷蔵の答えは――「ならば託せ! その恨み、我らに託せ!」ここに真の恨噛みが行われ、その恨みは雷蔵に、雷蔵たち利便事屋に託されたのであります。

 しかしその一方で、雷蔵たちもまた、敵の包囲網の中に追い詰められていくこととなります。徹破の悪い予想は当たり、礼拝堂は彼らのチームは無関係と言い切り、そして阿片を手に入れていた黒幕である長崎会所の宍戸により、貞に雷蔵たちへの利便事の依頼がなされることに……


 というわけで劉たち唐人街は退場し、雷蔵・幽烟たちのチームvs長崎会所の宍戸・遍路の貞たちのチームという構図に収斂することとなった物語。ここで敵側と結んだ礼拝堂の真意がまだ見えませんが――ジェラルド嘉納ではなくシスターのみが宍戸と話しているのが気になります――いずれにせよ礼拝堂が今は敵に回った、いや幽烟チームが利便事屋ではないとまで言い切ったことは、この先彼らに大きな影響を及ぼすことは間違いありません。
 特に、どこまで礼拝堂を信用しているか怪しい幽烟や、自分なりの考えを持っているであろう徹破、幽烟が掟のようになっている鳰はともかく、掟の存在によりかかり、何も考えずに利便事をこなしていた(ある意味それは物語冒頭の雷蔵の姿に重なるわけですが)惣二が、それゆえに最も考えることを余儀なくされるというのは、何とも皮肉な構図です。

 さて、今後のことはともかく、今回一番盛り上がったのは、劉の恨噛みのくだりであることは間違いありませんが、それはライバルが壮絶に退場したからというだけでなく、その無念の想いを主人公が受け継いだ――それも利便事という物語の根幹と有機的に結びつく形で描かれたからであることは、言うまでもないでしょう。
 そしてここで描かれているのは、いわゆる必殺ものにつきまとう命題――彼らと金で人を殺す殺し屋とを、あるいは市井から悪党を成敗するヴィジランテとを分かつものは何か、という問いかけの答えであると感じます。もちろん、それが明示的に描かれているわけではありませんが――劉の死を間に置いて、雷蔵と、外道利便事屋とでもいうべき遍路の貞の姿を見比べた時に、それは浮かび上がっていると感じられるのです。

 あるいはその答えが、物語の結末において雷蔵の新たな生の意味と重なり合うのであれば、かなり満足の行くものとなるように思えるのですが――さすがにそれは気が早すぎるというものでしょうか。


『REVENGER』下巻(松竹 Blu-rayソフト) Amazon

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2023.03.03

矢野日菜子『風の槍』第2巻 平八郎、槍を交えぬ初陣での活躍

 徳川家康に仕えた最強の武将・本多平八郎忠勝を主人公に据えた時代漫画の第二巻であります。ついに初陣を飾った平八郎ですが、その役割は兵糧を運ぶ荷駄隊の警護。その向かう先は最前線、そして戦う相手は織田軍――しかしその先に、予想もしなかった大波乱が待ち受けます。

 自分がまだ赤子の頃に命を落とした父の跡を継ぎ、本多家を背負うことになった平八郎。幼い頃から並外れた力を見せる彼は、槍の名手・血槍九郎こと長坂九郎から槍を学び、頭角を現していくことになります。
 父のように命を落とすことなく、生きて忠義を貫くことを目指す平八郎は、松平元康の近習となり、今川家と織田家の合戦で初陣を迎えることに……

 というわけで、ついに描かれる平八郎の初陣ですが、その場は、今川家と織田家がぶつかり合う最前線。しかも松平家に課せられたのは、敵の砦に囲まれた大高城に兵糧を運ぶという任務であります。そこで兵糧を運ぶ荷駄隊の警護を任された平八郎ですが、警護も何も、敵陣を突破しなくては先に進むこともできません。
 この難題を如何に果たすか? というところで、本作では大いに頼りになる元康の謀が冴え、大高城の前を塞ぐ丸根砦の兵を減らすことに成功。一方、平八郎の方も、ある事実に気付いたことから、敵の斥候に気付き――と、その力を発揮することになります。

 ちなみにこの丸根砦を守る佐久間盛重は、顔の真ん中に見るも無惨な刀傷の残る猛将。しかしその刀傷そのもの以上に、その傷を自ら広げたというエピソード自体が強烈な印象を残すのですが――(史実とはいえ)あっという間に退場してしまうのが惜しいところ。
 あるいはこの己で己を傷つけた盛重の存在は、生涯傷一つ受けなかったという平八郎とは、ある意味対照的存在と言うべきなのかもしれません。

 閑話休題、兵糧輸送の任を達成し、丸根砦も陥とした松平軍ですが、その先に何が待っているのか――知らない方はいないでしょう。そう、織田信長が桶狭間の今川義元に奇襲を仕掛け、その首を取った、戦国史に残る大逆転劇であります。
 しかし織田の大逆転ということは、今川方に属する松平にとっては一転窮地ということ。織田に追われ、落ち武者狩りの農民に追われ――逃亡者となった松平軍の窮地に、平八郎は「風」を感じて……


 と、本作のタイトルの一部であり、キーワードである「風」を織り込みつつも、物語は展開していくことになります。

 剛勇をもって知られる平八郎ながら、その初陣では敵と槍を交える場もなかった――しかしそんな中でも平八郎の活躍を描き、同時に史実の流れを丁寧に追ってみせるのには、好感が持てます。
 とはいえ、ここでの平八郎はかなり優等生に見えてしまうのも事実で、鍾馗を超えると息巻いていた前巻での姿に比べると、いささかおとなしく見えてしまうのが、残念に感じられまるところです。
(さらに厳しいことをいえば、本作ならではの味わいが薄いとも……)

 もっとも、この巻のラストで待ち受ける相手は、お行儀のよさなど通じない破天荒な相手――織田信長であります。今川と手を切り、織田と手を結ぼうとする元康ですが、はたして信長側の対応はどうなのか。そもそも、信長の下にたどり着くまでに無事ではすまない雰囲気ですが、そこでいよいよ平八郎が本領を発揮するのか……
 そろそろ平八郎の一暴れを見たいところでもあります。


 なお、少なくともこれまでのところでは最前線で戦う(ことを目指す)武人として描かれ、政治的な動きやその結果とは距離をおいている平八郎ですが――しかし今川との手切れによって、かつて彼もよく見知った家臣の家族が処刑されたとを知るくだりは、彼が大きな動きとは無縁ではいられないことを示すものとして、印象に残ります。


『風の槍』第2巻(矢野日菜子&NUMBER8 小学館裏少年サンデーコミックス) Amazon

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2023.03.02

手塚治虫『火の鳥 羽衣編』 舞台の上で繰り広げられる異色のエピソード

 『火の鳥』の中でも、実験的な手法とその内容から、異色作というべき「羽衣編」。平安時代中期を舞台に、羽衣伝説を題材とした哀切な物語が展開します。孤独な男の前に現れた美しい布を身に着けた美女の正体とは……

 ある日、三保の松原の松の木にかけられた美しい布を見つけ、自分のものにした漁師のズク。その前に現れたおときと名乗る美女は、自分は遠い空の上の国から旅をしてきた人間であり、その布は大切なものなので返して欲しいと訴えるのでした。
 お上に虐められ通しの辛い毎日、おときが一時でも一緒に暮らしてくれれば幸せになれるかもしれないと頼み込むズク。その願いにおときが応えて三年、仲睦まじく暮らした二人の間には子供も生まれるのですが、そこに藤原秀郷に仕える侍が現れます。

 平将門の乱鎮圧のため、ズクを兵として連れて行くという侍に対し、おときはズクを見逃してもらう代わりにと、あの布を差し出すのですが……


 日本各地に、いや世界各地に残る天女の羽衣伝説。言うまでもなく本作はその伝説を題材とした物語ですが――まず目を奪われるのは、その表現のスタイルであります。
 本作では冒頭とラストに、能舞台(ラストカットでは人形浄瑠璃が意識されているようですが)を思わせる舞台と観客の姿が描かれ、本編はあたかもその舞台上で演じられているように、同じ背景――鏡板に描かれたものを思わせる松と、ズクの暮らす陋屋の前で、最初から最後まで描かれるのです。

 この辺りは、羽衣伝説の舞台として有名な能の「羽衣」を意識――舞台がこの能と同じ三保の松原という点も含めて――してのものだと思われますが、漁師が天女の舞に感じ入ってすぐに羽衣を返す能と異なり、本作では他の伝説と同様、漁師と天女の間には子供が生まれることになります。
 その一方で、伝説では夫の留守中に羽衣を見つけた天女が、それを身に着けてさっさと故郷に帰ってしまうのに対して、本作では終盤に大きな違いが――本作ならではの物語が描かれることになります。
(この先、作品の核心に触れます)


 実は、絶望的な戦争が続く未来の人間であり、火の鳥の導きでこの時代に逃れてきたおとき。天女の羽衣は未来の衣類であり、それがこの時代に残っては、歴史が変わってしまう――そんな悩みを抱えつつも、愛するようになったズクのために、彼女は羽衣を差し出すのであります。
 しかしズクは羽衣を取り返しに行ったまま戻らず、そして絶望したおときは、羽衣以上のパラドックスである自分の子を手に掛けようとするも……

 時代が異なるとはいえ、同じ人と人との間に生まれた愛と絆の姿と、それが人の手に寄って断ち切られ、失われていく姿を描いた本作。火の鳥の存在は言葉で語られるのみながら、そこで描かれる人間の卑小さと尊さは、やはり『火の鳥』ならではでしょうか。


 ……と言いつつも、やはり色々と違和感のある本作。この辺りはかなり有名なお話ではありますが、初出ではおときは核戦争の犠牲者で、放射能障害に関する表現があったために後の版で修正が入ったとか、本作は『望郷編』のプロローグ的位置づけだったのが色々あってナシになってしまったとか――外側の事情で色々あった末に、他のエピソードと接点のない、内容的な異色作になってしまった作品といえるかもしれません。

 個人的には、将門の領地なのに三保の松原? とか、平良望が亡くなって最大でも三年しか経ってないのにもう秀郷の討伐軍が? とか、年表マニア以外には本当にどうでも良いことが気になるのですが、この辺りも修正の副作用のようではあります。


 ちなみに本作は、かつて京都の駅ビルの中にあった手塚治虫ワールドでの上映用にアニメ化されています(現在は動画配信サイトで視聴可能)。手法的には普通のアニメになっていますが、内容の方も原作とは大幅に変更され、山賊のズクが不思議な少女の導きでトキと出会い、その不思議な衣を奪うも、やがてトキの優しさにほだされて一緒に暮らすようになり――という物語となっています。
 ズクが猿田彦顔ということもあり、羽衣編というより鳳凰編の我王と速魚のくだりのリプライズという印象もありますが、トキとズクの、いかにも『火の鳥』らしい因縁など、原作と別物と思えばそれなりに楽しめる作品であります。

 しかし個人的には猿田彦顔のズクの子供の名前が「ナギ」というのにグッと来たのですが、この子、エンディングでは……(本当にどうしてこうなったのか)


『火の鳥 羽衣編』(手塚治虫 講談社手塚治虫漫画全集ほか) Amazon

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2023.03.01

たみ『ムザンエ 吉原地獄絵巻』第1巻 吉原の底の底で女絵師が燃やす復讐の炎

 これまで数々の時代漫画を発表してきたたみ&富沢義彦の新作は、これまでの作品とはうって変わったタッチの、ヘビーでダークな復讐劇――「吉原地獄絵巻」のサブタイトルに相応しい物語であります。吉原の底の底で絵を描く女・鉄。彼女が心に秘めた強い怒りの向かう先は……

 時は1813年、江戸の吉原――その中でも行き場のない異国の女郎を責め苛むのを売り物にする異人楼で、新入りの若い衆・四郎が出会った女・鉄。彼女は女郎の子として生まれながらも、絵の巧みさから客を取らずに絵で食っている風変わりな女でした。
 その翌日、鉄が絵を描いていた女郎・ヒナギクが喉を切り裂かれた無惨な姿で発見され、下手人として疑われる鉄。前日行動を共にしていた四郎の証言で責め問いは避けられた鉄ですが、やがて異人楼の女郎が再び奇怪な死を遂げることになります。

 鉄がかつて棲んでいた離れに描いた、無惨な絵図――彼女がまだ幼い頃に、客の余興で彼女の母と姉が焼き殺された有様を描き記した絵。そこに描かれた者たちが次々と死んでいくのは、鉄が手を下しているのか? やがて四郎が知る真相とは……


 華やかな光と漆黒の闇が入り交じった歓楽街・吉原――その吉原を舞台とした物語は古今無数にありますが、その中でも本作の異人楼ほど、陰惨かつ無惨な舞台はないのではないでしょうか。
 身請けされるはずもない、足抜けする先もない、そんな異人の女郎が集められ、客の望むままにショーとして弄ばれる――本作はそんな異人楼で生まれ、愛する者たちを殺された女・鉄と、まだ駆け出しの若い衆・四郎を中心に描かれる、時代サイコサスペンスとでもいうべき作品であります。

 本作の作画者であるたみは、原作者の富沢義彦とは長年コンビを組む間柄。時代ものだけでも『さんばか』『クロボーズ』『ブレイガール』等がありますが――基本的には明るく健康的な「お色気」を描いてきた(『クロボーズ』はまた異なりますが)印象があります。

 しかし本作は「明るく健康的」とはむしろ正反対の作風――登場人物のほとんどは悪人か異常者かその両方という世界で展開される物語は、復讐という、本質的には何のプラスにならない――マイナスを埋め戻すことはあっても――行為のやり切れなさを、生々しく描き出します。
 それでいて、読んでいられなくなる寸前で踏みとどまっているのは、作画者の持つ本質的に華やかでコケティッシュな絵柄によるとも思えますが――それ以上に、「黒い炎」とでも形容したくなるような鉄の持つ異様な生命力・気迫が、物語に不思議な勢いを与えていると感じられます。

(もっとも、過去編で復讐の対象となる描写が欠けているように見える者がいたり、何故このタイミングで物語が動き出したかがわかりにくかったりと、ちょっと引っかかるところも、なきにしもあらずなのですが……)


 そしてまた見逃せないのは、どれだけ大きく飛躍したようにみえても、きっちりと史実に絡めた物語を描いてみせる、原作者の富沢義彦らしい、仕掛けの数々であります。

 表の世界から大きく離れた場を舞台とする本作ではそれは難しいのでは――と思いきや、この巻のラスト二話で怒濤の勢いで描かれる史実とのリンクは、そうきたか! とテンションが上がりっぱなし。
 そして最後の最後に明かされた本当の仇の正体とは――いやはや、この先、どうすれば復讐を果たすことができるのかと、大いに気になるばかりであります。

 是非ともこの続きを読みたい――より大掛かりで壮絶なものになるであろう鉄の復讐行の結末を見届けたいと、心より思います(個人的には、設定年代と黒幕の没年にかなり差があるのが気になるところですが……)


 なお、本書の巻末には本作のパイロット版でもある短編「辰女 浮世絵人情絵巻」を収録。本作の主人公像は、今にして思うと明るい鉄、あり得たかもしれないもう一人の鉄という感もあり、これはこれで興味深いものがあります。


『ムザンエ 吉原地獄絵巻』第1巻(たみ&富沢義彦 日本文芸社ニチブンコミックス) Amazon

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