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2023年4月

2023.04.30

『地獄楽』 第5話「侍と女」

 蟲たちの毒に倒れた佐切に対して、厳しい言葉をぶつけ、帰還を促す源嗣。悩みに沈む佐切だが、画眉丸はそんな彼女に意外な言葉をかける。一方、ヌルガイを連れて島から脱出せんとする典坐は、船の墓場に迷い込み、怪物の襲撃を受ける。絶望に暮れるヌルガイに対して典坐は……

 前回ラストに毒で昏倒した佐切と、典坐・ヌルガイ組、その両者を中心に描かれる今回のエピソード。典坐とヌルガイは、初登場以来ようやくスポットの当たったコンビですが、これまたそれぞれに個性的というか、背負ったものがあるキャラクターとして描かれます。

 作中ではこれまで「死罪人」としてひとくくりにまとめられ、第2話での選別過程もあって、非常に凶悪で戦闘能力も高い人間たちという印象がありますが、もちろん彼らもそれぞれに異なる人間であることは言うまでもありません。その中でもヌルガイは、自身で何ら罪を犯していない――幕府の側から、生きていること自体が罪と決めつけられ、自分以外の同族を全て殺されたという悲劇的な存在であります。
 そしてそのパートナーである山田浅ェ門典坐は、それぞれ重いというか個性的というか――どちらかといえば静あるいは陰のイメージがあった浅ェ門たちの中では珍しい陽キャ。その一方で、たとえ幕府が決めたことであっても、間違っていることは間違っていると自分の頭で判断し、行動することができる好青年であります。

 対照的な二人が、窮地において協力し合うというのは定番のシチュエーションですが、ここではむしろヌルガイがこれまでの運命の変転に膝を屈しかけたところに、典坐が直感と直球で己の想いをぶつけ、ヌルガイを立ち上がらせる展開なのが印象的であります(「それならやる事ァ一つでしょう」は、後から振り返ってみると非常にグッとくる台詞であります)。
 本作は群像劇でありつつも、それと並行して個々の浅ェ門と死罪人のパートナー関係が物語を構成する単位となっている感がありますが、この典坐・ヌルガイは、ある意味他の面子に先駆けて、「生き延びる」という目的において対等に結びついたパートナーになったかと感じます。

 しかしヌルガイ、明らかに原作初登場時よりも可愛く描かれているのはご愛敬というか何というか……


 そして前回いきなり昏倒した佐切。これまでもひたすら悩み、迷ってきた感のある彼女ですが、今回は同じ浅ェ門の兄弟子・源嗣から、決定的な言葉をぶつけられることになります。
 「お主は侍である前に山田家の娘だ」「女の限界だ」「女には荷が重い」「お主は女だ」「女には役割があるのは当然の事だろう」「女子供は場違いだ」
 これでもかという、女性であることに対する「呪いの言葉」――ここでは肉体も精神性も見るからにマッチョな源嗣の口からぶつけられることで、強烈なインパクトがありますが、しかし第2話で描かれたように、これはこれまでも様々な形で佐切を悩ませてきたものであります。そんな呪いの言葉から逃れるために浅ェ門になったとしても、なおもその言葉は――この地獄と極楽のような異郷でもなお――自分に迫ってくる。そんな佐切の心中は、察するに余りあります。
(しかし源嗣、妹には何と言っていたのか大いに気になるところですが……)

 しかしそんな佐切にとっての救いとなったのが、やはりパートナーである画眉丸であります。第1話で彼に死を覚悟させたほどの佐切の強さは、あれは錯覚だったのか――と最近の展開だけみると失礼にも思ってしまいそうになりますが、彼女の強さを画眉丸自身が語るのですから、それは間違いないのでしょう。そしてその言葉に背を押されるように佐切は源嗣に対して――というクライマックスには、一種の爽快感があります。

 思えば今回のヌルガイも佐切も、己ではどうにもならないものに振り回され、壁にぶつかって苦しんできた人間。そんな二人が、それぞれにパートナーからの直感的な言葉によって自らの足で立ち、望む道を歩もうとする――そしてその想いは、彼女たちだけでなく、今この島に足を踏み入れた者たち皆に共通のものであることを示すことで、この物語の一つの方向性を示しているように感じられるのも興味深いところであります。


 しかし、ようやく佐切が一歩を踏み出した直後、ラストで描かれる新たな悲劇。早くも佐切の向かう道が試されることになりますが……


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賀来ゆうじ『地獄楽』第2巻 地獄に立つ弱くて強い人間二人

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2023.04.29

楠桂『鬼切丸伝』第17巻 深すぎる愛が生み出した鬼たちの姿

 本伝と連載期間ではほぼ並び、単行本の巻数もあと少しで並ぶ『鬼切丸伝』第17巻の登場です。いつ終わるとも知れぬ旅を続ける鬼切丸の少年が今回出会うのは、深すぎる愛が生み出した鬼たちの姿であります。

 この世で唯一鬼を斬ることができる神器名剣・鬼切丸を振るう少年を描く連作シリーズである本作では、これまで様々な時代、様々な場所で鬼切丸を振るう少年を姿を描いてきました。そんな中でもこの巻では、なかなかユニークな趣向のエピソードが全3話5回構成で描かれます。

 まず冒頭の前後編「伽婢子鬼縁結び帯」は、戦国時代を舞台に、奇怪な男女三人の縁を描いた物語であります。越前の元武士の子であり、父同士の縁で、隣家の二人娘の姉・お朝と幼い頃に許婚となった平次。しかし彼は信長の侵攻を恐れた両親と共に、お朝を残して敦賀を離れることになります。
 それから五年、両親が相次いで奇怪な死を遂げ、身寄りをなくした平次は敦賀に帰るのですが――既にお朝もまた、同様に死を遂げていたのであります。

 彼女の親の厚意で共に暮らすことになった平次ですが、ある夜彼の下に忍んできたのはお朝の妹・お夕。強引に迫る彼女と契りを結んだ彼は、やがて二人で敦賀を出奔するのですが――それから一年、敦賀に戻り、お夕の親に結婚の許しを請うことにした平次。そこで彼が知った奇怪な真実とは……

 と、サブタイトルのとおり、浅井了意の仮名草子「伽婢子」から、巻之二「真紅撃帯」をベースとした本作。物語の大半(上で紹介した部分)は、奇怪な恋愛譚というべき原典をほぼ踏まえているのですが、最初に敦賀に戻る平次の前に鬼切丸の少年が現れる時点で、物語は不穏の度を高めます。
 お朝が平次に贈った縁結びの真紅の打帯。しかし彼の行く先々に現れるそれは、むしろ不吉な影として、彼にまとわりつくことになります。はたしてそれは誰の想いを込めたものであったのか――鬼切丸の物語としてはシンプルではありますが、結末の皮肉な味わいが印象に残ります。


 続く「偕老同穴鬼契りの章」は、仲睦まじい老夫婦の妻が倒れ、共にこの先も一緒にいるために、壁の中に埋めてくれと言い残して逝ったことから始まる怪異譚。
 毎晩必ず声をかけると言ったその通りに、毎晩壁の中から声をかけてくる妻にやがて恐怖を抱く夫ですが、それだけでなく……

 という本作のベースは、おそらく『まんが日本昔ばなし』で「爺さん、おるかい」として放送された民話(今となっては「ヒップホップババア」の方が有名ですが……)ではないかと思われます。しかし恐ろしくももの悲しかった原典を、鬼を絡めることでまた別の恐怖を生み出している(埋めた壁から――という辺りの怖さは本作の独壇場かと)といえます。
 それでいてどこか不思議な安らぎが漂う幻想的な結末もまた、見事な一編であります。


 そしてラストの「千姫鬼事件の章」「千姫鬼乱行の章」は、サブタイトルからわかるように、豊臣秀頼の妻であった千姫の数奇な運命を巡る物語であります。

 地獄絵図と化した大坂城から千姫を救い出したものの、その際に見殺しにした侍女たちに祟られて鬼のような面貌と化した坂崎出羽守が、結婚の約束を違えた千姫に本物の鬼と化して襲いかかる「千姫鬼事件の章」。
 本多忠刻に嫁いだものの、子も夫も奇怪な死を遂げ、死のうとしても死ねぬ呪いをかけられた千姫が、吉田御殿で乱行に走る「千姫鬼乱行の章」――その美貌故に苦しむ千姫の姿が二話に渡り描かれることになります。

 巷説である吉田御殿を、真っ正面から取り上げるのか――正直なところ意外に思いきや、そこに本作ならではの意外な意味づけを与える展開も面白いこのエピソード。
 また坂崎出羽守も、如何にも鬼になりそうな(失礼!)人物ではありますが、彼が死した後に明かされるその真情と役割など、定番を踏まえつつも、鬼を絡めることでそこから大きく踏み出してみせる本作ならではの味わいがあります。


 それにしてもこの巻で鬼に襲われるのは基本的に本人に非がない者ばかりなのですが、そんな人々に対する鬼切丸の少年の態度はいささか辛辣に過ぎるのではないか――とも感じるられます。しかしつまるところ他人の色恋沙汰に、そこに鬼が絡むというだけで出張らなくてはならないと思えば、なるほど少年にも同情させられる――というのは蛇足かもしれませんが。
(坂崎出羽守との対決の際、思わず自分の行為に疑いを抱いてしまうという珍しい姿を見せられればなおさら……)


『鬼切丸伝』第17巻(楠桂 リイド社SPコミックス) Amazon


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2023.04.28

霜月りつ『あやかし斬り 千年狐は虚に笑う』 人の心と情が生んだあやかしと、あやかしの持つ心と情と

 『神様の用心棒』シリーズも快調な霜月りつが、江戸時代を舞台に描く良質の妖怪時代小説の第二弾であります。生真面目な蘭方医の青年と、千年を生きる妖狐――奇妙なバディが対峙するのは、人の心と情から生まれたあやかしたち。力だけでは倒せない哀しい存在に、はたして二人はいかに挑むのか?

 ある日・武家の蘭方医・武居多聞の前に現れた美貌の薬売り・青。驚くほど良く効く薬を持つ青の正体は実は妖狐――それも九尾の狐の九本目の尾だと知る多聞ですが、青と種族を超えた友情を結ぶことになります。
 かつて同じ尾たちに殺された人間の娘の魂を求め、妖怪たちを狩り続ける(そしてその妖怪から薬を作る)青と、彼からあやかしを斬る力を持つ銀の小太刀を託された多聞。二人は、人間の持つ様々な心や情と結びついて生まれるあやかしに対峙していくことに……

 という基本設定の本作ですが、第一話の舞台はなんと大奥。なるほど、様々な怪談が伝わり、そして何よりも人の負の念という点ではとてつもないものが潜んでいそうな場所ではありますが――しかし一介の蘭方医である多聞にはちと縁遠いのでは、と思いきや、そこは前作での出来事を絡めてきっかけを作ってみせるのが、まず楽しいところです。

 さて、その事件とは、大奥で自害した女中・久万の幽霊が出没し、さらに黒い蛇のようなものに襲われて顔を傷つけられる者が続発しているというもの。さらにそこには、半年前から顔に瘡が出来て臥せっている御中﨟・於瑠衣の存在が関わっているようなのですが――多聞は妖怪のことにも詳しい「女」蘭方医として、青とともに大奥に向かうことに……!
 と、男性主人公の女性読者向けライト文芸で後宮が登場する作品の定番とも言われる(というか私が言った)女装潜入展開が描かれるこのエピソード。その辺りのわちゃわちゃが何とも楽しいわけですが、一方で、先に挙げた三つの出来事から考えれば、いかにも大奥らしい陰惨な怪談の構図が浮かびます。

 しかしそこから物語は、一ひねりも二ひねりも加えてみせます。怪異だけでも、人間の怨念だけでもない――その両者が結びつくことで生まれるあやかしの存在を描くのは前作から変わらぬ本シリーズの特色なのですから。
 女装大奥潜入というキャッチーな展開を描きつつも、きっちりシリーズの魅力を活かしてみせる内容に感心させられるのです。


 そして、描かれた雀が命を得て飛び立ったという掛け軸が多聞の手に渡ったことで起きた悲劇を描く掌編である第二話に続き、第三話では、また別の形で本作らしい物語が描かれることになります。

 多聞の親友であり、青の正体も知る定町廻り同心・板橋厚仁から持ち込まれた事件――何者かに殺されて離れた場所に捨てられたと思しき女性・おまきの検屍を行った多聞。
 女手一つで幼い子供を育てていたおまきは、かつて大店の娘・おりんの世話役であり、おりんが嫁に出たのを期に店を辞めたというのですが――その結びつきは今も強いのか、おまきの死におりんは大きく取り乱すのでした。

 一方、厚仁と売り言葉に買い言葉で事件の調査に当たることになった青は、おりんの袖の付着物を手掛かりに、彼女が死の直前に、ある料理屋にいたことを突き止めるのですが……

 と、あらすじだけ見れば怪異の要素はない謎解きもの、人情もののように見える物語ですが――そこから多聞と青が挑むべきあやかしの登場を描く展開の妙に驚かされるこのエピソード。しかしその意外性も、根っ子となる部分が確たるものとしてあるからこそでしょう。
 悲劇的な事件の、そして怪異の源にある人の情――その姿をドラマチックに描きつつ、結末で涙と笑顔を同時に誘う佳品です。


 そして最後の第四話では、青にとっては仇である他の九尾の一人が登場。しかしその配下に捕らえられた多聞が頼まれたのは何と――と、シリーズの縦糸というべき青の過去にまつわる物語が展開します。
 こちらはストレートな伝奇活劇――と思わせて、これまた一ひねりも二ひねりも効いた物語ですが、ここでもキーワードとなるのは「心」「情」の存在。人の心と情が生み出したあやかしを描く物語が、あやかしの持つ心と情を描く――そんな構図の逆転から、不思議な感動が生まれるエピソードです。


 というわけで、シリーズ第二弾にして、きっちりと独自のスタイルを固め、そこから生まれる魅力的な物語を幾つも描いてみせた本作。これほどのものを見せられたら、当然第三弾も――と期待してしまうのです。


『あやかし斬り 千年狐は虚に笑う』(霜月りつ 小学館文庫キャラブン!) Amazon

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2023.04.27

士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第8巻 人間と死霊と異邦人 相容れぬ存在の間に

 再び自分の身体の一部を取り戻す決意を新たにした百鬼丸と、自分の背負ったものを彼に語ったどろろの旅は続きます。二人が迷い込んだ先は、不気味な瞳を持つ男・鯖目が治める村。そして鯖目と共に村に睨みを効かす美女・舞姫の正体とは……

 木曽路での戦いの末に、そこで出会った人々、再会した人々と別れ、再び旅立ったどろろと百鬼丸。その途中、百鬼丸は、どろろの背中に黄金の在処を記した地図が彫られていることを知り、どろろと共にその黄金を探すこととなります。

 そんなわけで、今まで同じ二人で、しかし新たな意味を加えた旅を続けるどろろと百鬼丸が迷い込んだ先で出会ったのは、奇怪な尼僧の幽霊と、巨大な赤子の妖怪。そして妖怪に導かれるように二人が足を踏み入れたのは、巨大な三本杉が聳える里――そこで二人は、武装した百姓たちと、彼らを煽動する、どこか人間離れした同じ顔の女たちと出会うことになります。

 そこに現れたのは、死んだ魚のような目をした領主・鯖江と、人間離れした美貌の妻・舞姫。二人を前にした百鬼丸は、自分の身体の一部がここにあると悟り、鯖目の誘いを受けて屋敷に乗り込むのですが……


(ここから先、本作と『どろろ』の内容に踏み込みますのでご注意下さい)

 というわけで原典である『どろろ』の「鯖目の巻」「地獄変の巻」をベースにした内容の「鯖目の伝」を収録したこの第八巻。これまで同様に原典の内容を、そして時に細かい台詞回しまで踏まえつつも、しかし展開に新たなアレンジを加えた物語が、ここでも描かれることになります。

 不気味な男・鯖目と、人間離れしたその妻(原典での「マイマイオンバ」が、「舞姫」とアレンジされているのが面白いですし、その先にもう一ひねりあるのもいい)との対決を描くという点は原典とは同じですが――しかし百鬼丸の身体を持つ者が異なるのが、ここでの最大の相違点といえるでしょう。
 そしてその後の展開も、それを踏まえてさらに新たな物語が描かれることになります。

 実はこの点は、百鬼丸の身体を奪った妖怪にもかかわらず、宇宙から来た(まあありえないことではないのかもしれませんが)という、原典でのある種の矛盾をクリアしているというのが、特に面白いところでしょう。
 もっともそれによって、原典にあった異類婚姻譚のもの悲しさがなくなっているのは痛し痒しですが――いずれにせよ、ここである種の役割分担を行ったことで、物語の見え方が変わってきたのは間違いがないところではあります。
(その辺りは、別のキャラクターでフォローされているといえなくもないのですが)

 またそれに合わせて、原典ではえらく容赦がなかった――この辺りはその先のエピソードと合わせて、リーダーとしての素質を描いていたという気もしますが――どろろが、ここでは全く異なる優しさを見せることになるのも、好感が持てます。


 しかしあくまでも人間は人間、死霊や異邦人とは、基本的に相容れぬ存在であります。はたしてこの先に待ち受けている結末は――それは次の巻で描かれることとなります。


『どろろと百鬼丸伝』第8巻(士貴智志&手塚治虫 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon

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2023.04.26

陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第8巻 「不死力」という呪いを解くために

 佐々木只三郎率いる幕府の刺客団・挽斃連の襲撃を受け、手足を失う大ダメージを負いながらも辛くも只三郎を倒した万次。しかし共に戦った御庭番は、それが只三郎の父・源八だと告げます。源八の存在の陰に恐るべき真実を悟った綾目歩蘭は、ある覚悟を固め――そして本作最大の悲劇が描かれます。

 高杉晋作の挙兵で思わぬ役割を果たした後、京から脱出した桂小五郎を迎えに行った万次。そこで彼は、以前対峙した挽斃連と、本格的に激突することになります。
 小太刀日本一と謳われる只三郎から桂たちを守るため、片手と両足を奪われた万次ですが、勝海舟配下の御庭番たちに助けられ、奇策を以て反撃。身を削るような戦いの末に辛うじて只三郎を倒した万次ですが、それを目の当たりにした御庭番・應榮は、相手が只三郎ではなくその父・源八だと語り……

 と、不可解な謎を残して終わった前巻ですが、この巻の冒頭で明らかになったのは、源八が不死力付与実験の被検体であったという事実。その割には万次との戦いの中では別に不死力を見せることもなかった源八ですが、既にかなりの年齢にもかかわらず、只三郎を名乗ることが出来るほどの外見である点に、その力の一端が表れているということでしょう。

 しかし問題はそんなことではなく、源八の存在を歩蘭が――不死力を分析し、人体に適用することにおいては第一人者である彼女が知らなかったことにあります。以前登場した鴨壱號のことも含めて、江戸城内で、自分の関与しない実験が行われている――不死力解明に取り憑かれながらも、しかし先祖に比べれば遙かに良識的な彼女にとって、それは耐えきれない事実であります。

 かくて彼女が應榮とともに向かうのは、江戸城地下の実験場。そこに秘匿され、血仙蟲を今なお生み出す万次の右腕(『無限の住人』の最終決戦の地・那珂湊で失われたやつ)を滅ぼさんとする歩蘭ですが……


 前巻では肉人の伝説まで引いて語られた万次の右腕にまつわる不気味な「事実」。この幕末編でこれまで描かれてきた不死力にまつわる諸々の出来事は、この右腕が祟ったものであった――という展開は、伝奇ものとしては面白いところではあります。しかし本作は本伝よりも遥かに歴史ものとしての色彩が強い作品であり、違和感は少なくないところではあります。
 それはそもそも、万次の不死力は、万次が死なない剣士であることを示す上でのガジェットに過ぎなかったのでは――という個人的な印象に引きずられているのが大きいのですが……

 それはさておくとして、ここで歩蘭が見せた覚悟は、これまで長きに渡り様々な人々に影響を与えてきた、不死力という呪いを解くためには不可欠なものであります。そしてそれはやはり讃えるべきものでもあることは、間違いありません。その代償はあまりに大きなものではあったにせよ……
(それこそ、沙村広明の別の作品かと思うほどに)

 しかしその呪いによって命を繋いだ者がいるのもまた事実ではあります。本作の沖田総司はその一人ですが、しかしその力が既に失われたことを知った時、彼が何を想うのか? その一端が、この巻のラストで描かれることになります。
 そしてこの先、彼の刃はどこに向かうのか――それはまだわかりませんが、彼にとって、周囲にとって幸いにはならないことだけはわかります。


 ほとんど万次の与り知らぬところで歴史が流れているのはある意味当然とはいえ、(この巻で何となく約一年の時間が流れてしまった点も含めて)正直なところスッキリしないものはありますが、この巻の終盤で描かれた薩長同盟以降、幕末の歴史がさらに激動の度合いを強めることは言うまでもありません。
 そんな中で万次が何を見ることになるのか、最後まで付き合いたいと思います。


『無限の住人 幕末ノ章』第8巻(陶延リュウ&滝川廉治&沙村広明 講談社アフタヌーンコミックス) Amazon

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2023.04.25

『地獄楽』 第4話「地獄と極楽」

 激突の末に和解に至った画眉丸と佐切だが、その前に奇怪な蟲と、神仏ともつかぬ異様な姿の巨人が襲いかかる。窮地に陥る二人だが、その前に死罪人の杠と、二人の浅ェ門が現れる。一方、死罪人の弔兵衛と、実はその弟の浅ェ門桐馬もまた、化物たちに遭遇することになるが……

 前回の記事で、(原作にはなかった)各話タイトルが「○○と△△」というのは、作品タイトルが「地獄と極楽」だからなのかなあ、などと書いたら、いきなりそのものズバリが来た今回。普通だったら最終回近くに来るような気もしますが、しかし今回の内容は、極楽に見えた神仙郷がその牙を剥き出し、地獄のような顔を見せるという意味では、適切なタイトルではあります。

 さて、その地獄を象徴するのが、顔や指など人体のパーツが備わった蟲たち、そして神や仏のグロテスクな戯画のような巨人たちといった、異様な化物たち。これまでは異様ではあるものの美しくはあった、様々な花が咲き乱れる世界の中で、いきなり登場したこの化物たちの姿はインパクト十分――ではあるのですが、ちょっと作画にパワーが足りない状態で描かれると、原作での異物感と生々しさの絶妙なバランスが薄れて、単に現実感のない連中に見えてしまうのがどうにも残念ではあります(単純に、妙にカラフルなのが違和感があるだけかもしれませんが……)

 さて、そんな怪物たちが登場する一方で、前回描かれたデスゲーム要素も健在――といっても今回描かれるのはは参加者たちの殺し合いではなく、それぞれの死罪人たちのキャラクター紹介。前回顔は見せたものの過去が描かれてなかった民谷巌鉄斎、杠、亜左弔兵衛の過去が描かれ、死罪人といっても(当たり前ではありますが)色々といるのね、ということをわからせてくれます。

 その中でも今回の後半の主役ともいうべき弔兵衛は、凶悪な盗賊団の首領であり、これまでの回でも容赦なく他の死罪人を手にかけてきたという、ある意味一番わかりやすく死罪人なキャラクターであります。弟の桐馬はまだ常人の感性を多分に残している印象ですが、弔兵衛の方は、生物なら殺せるな! と一人でダイナミックな感じに大暴れ。そんなヤツでも、弟には非常に優しいという一種のアンバランスさも印象的であります。
 そんな弔兵衛たちに対して、化物たちがいきなり「殺しは罪です」「虫にも命があるんだよ」と喋り始めるシーンは、これは声がついたからこそのインパクトで、桐馬がここが地獄なのかとオロオロするのも無理はないのですが、それに対して逆ギレ気味に化物を皆殺しにする姿もある意味爽快で、俺が地獄だ! と言わんばかりの姿は、今後の台風の目になることが十分予想できます。
(しかし弔兵衛、あのデザインであの髪の色だと、一番アニメっぽいキャラクターだったのだな、と今更ながらに確認)

 その一方、杠はその実力をほとんど全く見せず、話術で画眉丸を翻弄――できていないのが可笑しいですが、いずれにせよ全く信用できない同盟者という、これもデスゲームではお馴染みの立ち位置で存在感をみせつけます。

 そんなわけで死罪人たちがキャラをアピールする一方で、佐切は化物との対峙で神経をすり減らした――というだけではないのですがいきなりダウン。これではまるで第一話が強さのピークだったような扱いですが、さて……


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2023.04.24

細川忠孝『ツワモノガタリ』第6巻 真打ち登場、激突する風雲児二人!

 新選組の強者たちによる、かつて対峙した様々な強敵たちとの戦いの物語にも、いよいよ終わりが近づいてきました。その結びの五の段で登場するのは土方歳三、そして対するは坂本龍馬――互いに相容れない風雲児二人の激闘が始まります。

 ある晩行われた酒席で新選組の面々が語る、これまで戦った中で最も強い敵は誰か、という剣談。ここまでに沖田・藤堂・原田・斎藤が登場した後に、いよいよ語ることになったのは、土方歳三であります。

 土方といえば言うまでもなく鬼の副長。これまでも物語の随所で、隊士たちに睨みを効かせる姿が描かれました。その土方がいよいよ出陣となりますが――さて、本当に土方は強かったのか? という、ある意味核心を突いたところから物語が始まります。
 その答えは――シンプルかつ説得力十分なもの。その答えを踏まえて、近藤とも沖田とも違う、彼ならではの天然理心流を存分に振るう姿は、真打ち登場といったところでしょうか。


 一方、その相手となる坂本龍馬ですが――むしろ、本当に強かったのか、という問いは、彼にこそ相応しいようんも思えます。
 もちろん龍馬が北辰一刀流を修めたことは良く知られていますが、何しろ彼には、あまり実戦で剣を振るって戦うというイメージはない――というより、むしろスミス&ウェッソンの印象が強いのですから。

 そんな龍馬が土方と互角に戦えるのか? 戦えるのだ! と、力強く言い切るのが本作。しかも北辰一刀流の剣だけでなく、小栗流和兵法の柔まで修めていた龍馬は、いわば総合格闘術の使い手であります。
 一方、天然理心流の方も、剣だけでなく格闘術も含まれる総合格闘術。つまりこの一戦、天然理心流対北辰一刀流ではなく、総合格闘術対総合格闘術の対決――というわけで、解説役の永倉新八が興奮するのは無理もありません。


 そして二人の激闘が繰り広げられるのと並行して語られるのは、二人の剣士のこれまでの生き様であります。

 バラガキとして奔放に暮らしながら、天然理心流という居場所を得て、武士よりも武士らしい武士として新選組を今の位置まで引き上げた土方。型にはまらぬ生き方の末に、戦いよりも貿易を選び、武士をはじめとする身分のない国という未来を描く龍馬。
 どこまでも相容れない生き方を背負った二人の対決は、そのまま二人の思想の対決と言ってもよいかもしれません。

 が、ここで描かれた二人の姿は、これまでに様々な作品で描かれてきた土方像、龍馬像を敷衍したものに留まっているのが、個人的には残念に感じました。
 これまで様々な隊士像、様々な剣士像を描いてきた本作だけに、この二人もこれまでになかったようなものを求めていたのですが――ここでは新味が感じられなかったというのが正直なところであります。

 また、クライマックスで土方が語る武士論も、どこからその意見が出てきたのか今ひとつわからないように思えます(似たようなことを言っている原田は、そこまでに描かれた人物像と相まって説得力があったのですが)。
 この辺りのすっきりしない印象が、二人の戦いにも影響してくるように感じられます。


 と、厳しいことを言いつつも、ラストで土方が語る「本望」は無茶苦茶すぎてむしろ痛快に感じられるのも事実ではあります。
 さて、このままこの先、土方の武士道が龍馬の未来を打ち砕くのか――そしてこの戦いの後、『ツワモノガタリ』では何が語られるのか。次巻に期待したいと思います。


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2023.04.23

椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第4巻 史実とのリンク? 思いもよらぬ大物ゲスト登場!?

 『MAO』第16巻と同時発売の『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第3巻は、キャラクターや設定こそアニメとほぼ同じものの、アニメの設定を押さえつつも、全く新たな物語を描いていくことになります。四凶を全て倒した夜叉姫たちが出会ったのは、なんととんでもない大物で……

 行方不明の両親を求め、西国に旅立ったとわ・せつな・もろはの三人。駿河で化け狸の子・竹千代、そして堺に向かうという理玖とりおんと行動を共にすることになった三人は、四凶の残る二人と対決、激闘の末にこれを下すのでした。
 そして意気揚々と旅を続ける一行は、尾張に差し掛かるのですが――ここで彼女たちを襲ったのは、陸だというのに巨大な蛸入道。しかもこの蛸入道がさる姫君を攫ったと知った一行は、姫君を警護していた武士とともに、蛸入道を追うことになります。その武士の名は――木下藤吉郎!


 というわけで、とんでもない大物(になる前ですが……)が登場したこの巻。椎名作品で秀吉というのは何とも懐かしい――というのはさておき、この藤吉郎、実はかつて犬夜叉や弥勒とも行動を共にしたことがあるというのですからさらに驚かされます。
 『犬夜叉』も『半妖の夜叉姫』も、原作では正史とのリンクはほとんど描かれず、歴史上に実在した人物も同様でした。しかしそこはスピンオフ作品のコミカライズ版だから――かどうかはわかりませんが、これは嬉しいサプライズであることは間違いありません。

 そして巧みなのは、この藤吉郎のかつての冒険を通じて、その後の(時期的にはもろはが生まれる直前の)犬夜叉と弥勒の姿を描いていることでしょう。今回登場するのはこの二人のみ、結婚してまもない男二人が折に触れて見せる姿は何とも興味深いものがあります。
 そして何よりも、作中でも彼らが語っているように、かつては「あんな」だった連中がここまで大人になったことに、何とも感慨深くなるのであります。
(それと同時に、敵妖怪の行動を通して「親」という存在を描いてみせるのがまた巧い!)

 そしてもう一つ楽しいのは、ここで登場する姫が愛矢姫であることでしょう。元々アニメの登場人物である愛矢姫は、そちらでは正直なところ物語の本筋に絡まない割りに悪目立ちするキャラで、どうかなあ――という印象しかなかったのですが、このエピソードでの役割はなかなか巧みなものであったといえます。
 何よりも助け出された後のリアクションが非常に愉快で、まず今回は得なゲスト出演であったといえるでしょう。


 しかし、愉快なばかりではいられないのが夜叉姫たちの旅であります。これまで夜叉姫たちに麒麟丸配下の四凶が倒され、そして自分が放った蛸入道を退けられ、怒り心頭に達したのは、麒麟丸の姉・是露――アニメでも大敵として立ちふさがった彼女が、本格的に動き出すことになります。

 この是露の周到な罠に追いつめられ、窮地に陥った一行。夜叉姫たちが動きを封じられ、理玖もまた深手を負った中、立ち上がったのは――ここでこう動くか! というキャラクターなのも嬉しい。アニメの方では正直なところ扱いが難しいキャラであった印象がありますが、ここでの活躍は短いながらも文句ありません。
 そしてその存在が同時に、今の是露に欠けているものを示すという展開も、また見事というべきでしょう。

 さて、この是露がかつてに比べて悪い方向に変わってしまった存在である一方で、良い方向に変わっていったのが殺生丸であります。この巻の終盤では、彼の些細な、しかし大きな変化と――そしてその変化の源というべき、りんに向けた愛の姿が描かれることになります。
 アニメとして本作が発表された時、ある意味最も反響を呼んだのは、とわとせつなの両親が、殺生丸とりんであること――というよりこの二人が結ばれたことであったと感じます。それではその二人がどのようにして結ばれることとなったのか、さらにそれに至るまでの殺生丸の変化を、本作は描いていくことになります。

 そしてその変化は、おそらくは彼の父も辿った道。この巻のラストでは、その父と麒麟丸が、妖霊星に挑む姿が描かれます。アニメでも非常に大きな役割を果たした妖霊星ですが、はたしてこの漫画版ではいかなる存在として描かれるのか――?
 少なくともビジュアルの点では非常に良い感じであるだけに、こちらも期待したいと思います。


『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第4巻(椎名高志&高橋留美子ほか 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第3巻 夢の胡蝶 その真実

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2023.04.22

高橋留美子『MAO』第16巻 本当の始まりはここから? 復活した最初の男

 謎が謎呼ぶ平安ー大正伝奇『MAO』も、いよいよ核心に迫る展開を見せていきます。バラバラとなった体を繋ぎ合わせ、土中から復活した土の術者・大五。いまだ意識を取り戻さぬ彼を巡り、摩緒と白眉、そして猫鬼がぶつかり合います。

 すべての始まりともいうべき紗那の死の真相(?)について、幽羅子そして夏野の口から聞かされることとなった摩緒。それは、御降家の後継者候補となった大五が何者かに殺されたことによって世を儚んだ、自殺にも等しいものでした。
 しかしそのきっかけとなった大五が、これまで夏野が集めてきた体のパーツを、そして猫鬼が現代から持ち帰った腕を繋ぎ合わせることで復活――しかしその意識は戻らぬまま、あてどなくさまようことになります。

 その存在を知り、邪鬼を放って滅ぼそうとする幽羅子、そして同様にその命を奪わんとする白眉。そこに摩緒と菜花も駆けつけ、思いも寄らぬ戦いが繰り広げられることに……

 という展開から始まったこの第16巻。これまで、一つの謎が解ければまた次の、より大きな謎が描かれることとなった本作ですが、今回の展開は、その最たるものというべきでしょう。
 御降家の後継者争い――五人の術者の殺し合いの始まりに、いやそれが始まる前に殺された大五。ある意味この争いの最初の犠牲者である彼が、何とも奇怪な形で甦ったのですから。

 はたして誰が、何のために、そしてどうやって甦らせたのか? それが全くわからないまま、これまでこの大正の世で激突してきた摩緒と白眉の間に挟まる形で、戦いが展開することになります。

 いや、そこにはもう一つの思惑が絡んでいます。それは猫鬼――明らかに大五の存在を知り、そして彼を復活させるために最後の手を下した猫鬼は、しかし大五を捕らえ、滅しようとする白眉の側を助けたではありませんか。
 自分が復活させた者を、滅ぼさんとした者に与える――あまりに不可解ではありますが、しかしこの猫鬼のある台詞が、そのヒントであることは間違いないでしょう。

 もしかすると、ここからが本当の始まりではないか――そう思わせるこの台詞には、「そう来たか!」と膝を打ちたくなりましたが、さてその予感が本当に正しいのか? それはもちろん、まだわからないのですが……


 そしてこの巻の後半では、摩緒たちは町で頻発する不審なボヤ騒動に巻き込まれることになります。
 火の気がないようなところにも火がつき、そしてその近辺で火事場泥棒が現れる。妖怪の仕業のようでいて、どうにも違和感のあるこの一件の陰には、一人の少女と、彼女を追う者たちの存在がありました。

 一年前の大震災で両親と生き別れ、こそ泥に育てられた少女。生まれながらに不思議な力を持つ彼女を狙うのは、火を操る術者の集団――と、火を操る術者といえば百火ですが、事件の背後の火の術者の存在を知り、摩緒に同行することとなった彼は、そこで思わぬ因縁に直面することになるのです。

 これまで本作では、白眉との因縁を除けば、コメディリリーフ的な印象の強かった百火。それは(いかにもある種の高橋キャラらしい)勢い任せでどこか抜けている、彼のキャラクターに因るところが大きいのですが――彼もまた、平安の世から生き続ける、そして決して元の時代には戻れない不死者の一人であることが、このエピソードからは痛いほど伝わります。

 内容的には物語の本筋には直接関わらないエピソードではありますが、しかし百火という人物を改めて掘り下げるとともに、御降家の呪いが今なお形を変えて生き続けていることを語る――そんなエピソードであります。


『MAO』第16巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2023.04.21

安田剛士『青のミブロ』第8巻 「敵」たちが抱えたもの、背負ったもの

 京の町に火を放とうとする血の立志団とミブロとの全面対決も、いよいよこの巻でクライマックスを迎えます。立志団の幹部たちも、残るは首領格の京八直純とその弟・陽太郎のみ。そしてその一方で、陽太郎の妻・ナギもまた、自分の戦いに挑むことになります。それを目の当たりにしたにおは……

 武士の世をもたらすため、京を火の海にして大混乱をもたらそうとするテロ集団・血の立志団の挑戦を受けたミブロ。その戦場に選ばれた七つの橋の上で、ミブロと立志団は激しくぶつかり合うことになります。
 永倉が、原田が、土方が、はじめが、それぞれの想いを胸に立志団の幹部格を阻み、残すは芹沢と京八直純、近藤と陽太郎のみとなりました(何となくまだ戦っていない敵がいたような気もしますが……)。

 しかし兄弟である直純と陽太郎の強さは別格であります。かつて将軍家茂を暗殺せんと立ちはだかり、土方と互角以上の戦いを見せた直純はもちろんのこと、その直純をして自分以上と言わしめたのが陽太郎なのですから。
 かつて自分の道場で竹刀を取って近藤と対決し、三本勝負とはいえ彼を破ったほどの腕を持つ陽太郎。その陽太郎と近藤が、再度対決することとなります。

 血の立志団の中では最強でありながら、しかしあぶれ者ばかりのメンバーの中では例外的に正道を歩む陽太郎。その彼が何故直純の企てに加わったのか――そんな疑問はあるものの、いざ真剣を以て向き合えば、後はただ命を賭けて戦うのみであります。
 そしてその戦いの行方は――彼が抱えてきたもの、そして背負ってきたものを描く(しかし近藤には伝わらない)結末には、ただもの悲しさが残ります。


 そして近藤と陽太郎に、共に道場主であり、一心に剣を極めんとする好青年という共通点があるとすれば、これまでの人生で流浪を重ね、剣を己の意を叶える力とする無頼漢という点で共通点を持つのが、芹沢と直純であります。

 本作においては、強烈な強面ではあるものの、どこか茶目っ気を持ち、におに対しても一定の理解を示す芹沢。しかし直純に対しては、かなり手厳しく、上から目線で言葉をぶつけることになります。あるいはそれもまた芹沢らしいといえばらしいのですが、しかしそんな芹沢の中に苛立ちを見たとき、その厳しさの理由が理解できるように思えます。

 上で述べたとおり、ある種の共通点を持つ芹沢と直純。今は京を守る者と襲う者と立場は全く異なるものの、芹沢ほどの男が、直純の胸の中にあるものを悟れないはずがありません。あるいは自分自身であったかもしれない男との対決とその結末――それは、今後の彼の運命にも影響を与えるのではないか。そんな予感があります。

 そしてまた、直純の(これも芹沢には伝わらない)過去を知る時、正直なところこれまで微妙に感じられてきた「血の立志団」という名前に込められた意味が、胸に刺さるのであります。


 そしてミブロと立志団との戦いはほぼ終結し、京は守られたのですが――しかしそれと平行して、いやその後も続く戦いがあります。それは陽太郎の妻・ナギが子を残すための戦い――産気づいた彼女は、この混乱の中で、子を産むために懸命の努力を続けるのです。

 におとは町で偶然に知り合い、親しくなったナギ。その彼女とにおが敵同士として対面することになったのは悲劇というほかありませんが――しかしナギはにおが差し出す手を払いのけ、普段の天然めいた顔とは全く異なる姿を見せることになります。
 直純のテロリズムを、そして陽太郎がそれを扶けることを認め、理解するかのように語るナギ。それに対するにおの言葉を理想論と切って捨てる――その姿は強烈なエゴに満ちたものに見えるかもしれません。

 しかし夫と義兄同様、彼女にも抱えてきたものが、背負ってきたものがあります。そして戦うべき理由もまた。そしてその戦いを、図らずもにおをはじめとするミブロも助けることになるのですが……

 その果てに待つものは何であったか。におも、いや読者も驚愕したその結末を受けて、この次の巻に何が描かれるのか、必見であります。


『青のミブロ』第8巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2023.04.20

鶴淵けんじ『峠鬼』第6巻 離ればなれの三人 そして鬼と人と神を結ぶ「呪」

 壬申の乱直前の時期を舞台に、神と鬼と人の関係を描いてきた本作もいよいよ佳境に突入したという印象であります。月夜見命の力で一言主の下に向かったはずが、とんでもない事態となってしまった役小角・妙・善。三人がそれぞれ知った恐るべき真実の一端とは……

 葛城山から姿を消し、「地球で一番高い山」――月にいる一言主に会うため、出雲の深山で月夜見命と対面した三人。そして月夜見命の神宝の力で月に跳んだ三人ですが、しかし月の一言主の前に現れたのは善のみ、小角は近江に現れ、そして妙は小角の師である三世上人の前に現れることに……
 そんなあまりに意外な展開から続くこの第六巻。前巻のラストでは、小角はやむなく三種の神器を吉野の東宮――すなわち大海人皇子のもとに届けることとなりましたが、善と妙は、さらに驚くべき経験をし、意外な真実を知ることになります。

 まず月に現れた善ですが――彼にとっても一言主と会い、願いを叶えてもらうことが目的であったことを思えば、彼女と出会えたこと自体は、その目的の一端を果たしたといえるかもしれません。
 しかし、鬼から人間に戻りたいというその願いへの一言主の答えは意外なもの。いかなる願いも一言で叶えるはずの一言主がなぜ――その疑問は、その後の一言主の意外な姿によりさらに深まることになります。

 一言主に今語れるのは、鬼の存在は、人と神と――そして「呪」に関わるものであることのみ。そして神でも語れないその真実を語ることができるのは、人に非ざる人、神ならず神に伍する者なのであります。それは……


 一方、かつては葛城山で激突した仙人・三世上人の前に出てしまった妙。彼女は相手が自分のことを覚えていないのをいいことに、小角と再会するか細い手蔓として、三世上人に弟子入りすることになります。

 ある目的で諸国を巡っているらしい三世上人ですが、その途上での姿は、かつて小角の試練のためだけに善の村を地獄と化し、鬼を生み出した所業とは同一人とは思えません。混乱する妙ですが、やがて彼が人間の善悪の感情とは無縁――というより、人間を路傍の石程度にしか認識していないのを悟ることになります。
 そんな相手と奇妙な(途中のあるシーンはさすがに度肝を抜かれましたが)旅を続ける中で、妙は彼から、「呪」の何たるかを聞かされることになります。そしてもう一つ、妙は過去のある経験から気付くことになります。三世上人の「正体」を……


 これまで(基本的に)離れることなく旅してきたものが、思わぬ形でバラバラとなってしまった三人。この巻では、三人がそれぞれの形で、それぞれに物語の核心に迫っていくことになります。
 その内容については、あまりに核心ゆえにここでは書けないのがもどかしいところですが――しかしこれだけは書けます。そのそれぞれに関わるものが、すなわち物語の根幹がを成すのが、「呪」であるということを。そしてそこに密接に関わるのが、三世上人であるということを。

 思えばこの巻はその事実を、物語の構造と重ね合わせたものといえるのかもしれませんが――さて、再び集った三人の情報を突き合わせた時、浮かび上がるあまりにも巨大な企みを何と評すべきでしょうか。
 そしてそれが壬申の乱という人の歴史における一つの事件と重ね合わせる時、物語がどのような経過を、結末を辿るのか――今はまだ、全く予想すらできないのです。


 が、そんなちょっと気の早い思いを完全に吹き飛ばすのが、ラストに収められた「幕間」の内容です。
 出雲に集った国津神たちの前に現れた天津神たち。天津神たちは、ある目的のために人界に一柱の神を送り込もうとしていると語るのですが――その人選いや神選を任された大国主が選んだ者とは?

 ええええええっ、確かにその選択はわからないでもないものの、この状況でこの方が出陣しますか!? と度肝を抜かれること請け合い。もはやこの先、大波乱しか待ち受けていない、としか言いようがない展開ですが、それだけに期待はいよいよ高まってしまうのです。


『峠鬼』第6巻(鶴淵けんじ KADOKAWAハルタコミックス) Amazon

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2023.04.19

「コミック乱ツインズ」2023年5月号(その三)

 「コミック乱ツインズ」の最新号、2023年5月号の紹介のラストであります。

『凛九郎』(玉彦)
 特別描き下ろしで登場したチャプター2は、前回、妻の形見の馬を殺された報復に悪代官一家を皆殺しにした元御庭番・凜九郎がさらなる修羅の世界に巻き込まれる姿が描かれます。
 愛刀の行平修羅刻を手に江戸に現れ、刀職人の義弟・義親に預けた凜九郎。しかし義親は何者かに斬られて行平は奪われ、激怒した凜九郎は、自分をも襲ってきた一団を相手に大立ち回りを演じるのですが――その陰にいたのはかつての古巣・御庭番。はたして御庭番の狙いは……

 「舐めていたおっさんが……」パターンであった前作とは異なり、今回は最初から正体が明らかになった中で凜九郎が繰り広げる戦いを描く本作。舞台は江戸、そして相手もプロということで、より派手な戦いが繰り広げられることになります。
 その一方で明かされる凜九郎の思わぬ素性(?)にも驚かされますが、何よりも凜九郎以上に印象に残るのは今回の黒幕の存在感。策を得々を語った後の妙に潔い最期など、不思議な味がありました。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 地味に強敵である三村家親に対し、日本史上初の鉄砲による暗殺を狙う直家。そしてその大任は、鉄砲の名手であり、家親の顔を知る遠藤又次郎・喜三郎兄弟に委ねられることに――というわけで、今回のメインとなるのはこの遠藤兄弟。直家が主人公の作品は数あれど、遠藤兄弟のメイン回があるのは、間違いなく本作くらいのものでしょう。

 しかし鉄砲による暗殺は下準備が大事というのは、ジャッカルの昔から変わらない事実。なかなか機会を掴めずに遠藤兄弟が焦る一方で、家親は進撃を開始してしまいます。ここで見た目と言動で損しているけど実はいい奴の家親がやたらとおかしいのですが……
 遠藤兄弟だけでなく、その周囲の様々な思惑が絡み合う中、いよいよ次回暗殺決行でしょうか。


『カムヤライド』(久正人)
 タケゥチとノツチ、二人の助っ人(?)の助けによって、三対三にまで持ち込んだモンコ・ヤマトタケル・オトタチバナ。一対一であれば天津神が相手でも互角以上に戦ってみせる三人ですが、しかし天津神側もその実力は伊達ではなく――というわけで、いよいよ今回、その反撃が始まることになります。

 異形の相手の攻撃を生身で、体術のみで完封するという、伝奇ものファンの大好物のムーブを見せてきたタケゥチですが、しかしその技を覚えて逆襲に転じるアマツ・ダンサント。技が同じであれば力で勝る方が勝つのは道理ですが――ここでこれまた皆大好きムーブを決めてみせるタケゥチは、あんな顔と態度でバトル漫画の定石を心得た、まことに心憎いヤツと言わざるを得ません。

 その一方で、カムヤライドと天薙剣にそれぞれ追い詰められたアマツ・ノリットとミラールは、それぞれ真の姿のそのまた先の姿を――と、天津神たちすら恐れる、思わぬ事態が発生。
 文字通り捨て身となった二人のうち、今回のメインとなるのはアマツ・ノリット。まさかまさに今戦っている相手とも知らず、かつてモンコにかけられた言葉に奮起したノリットと、その覚悟を真っ向から受けて立つモンコの戦いは、音速を超えた決戦に……

 はたしてこの戦いがどのような結末を迎えるのか――今回のラストを見るに、またもや地獄の予感がしますが、さて。


 次号は表紙が『鬼役』で巻頭カラーが『勘定吟味役異聞』。特別読切で『口八丁堀』が三度登場であります。また、『文明開化めし』は最終回です(三吉が社長にまでなるとは――ある意味一番意外なラストかもしれません)


「コミック乱ツインズ」2023年5月号(リイド社) Amazon

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2023.04.18

「コミック乱ツインズ」2023年5月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2023年5月号の紹介、その二であります。

『玉転師』(有賀照人&富沢義彦)
 玉(女性)を転がして金を儲け、同時に相手の女性を幸せにする/望みを叶える東豪・お芳・十郎の玉転師の活躍を描くシリーズ、今回の舞台は吉原。なるほど、一番舞台になりそうな場所ではありますが、しかし一筋縄ではいかない物語が展開することになります。

 以前、東豪に世話されて、万亀楼で花魁となった白菊。しかし万亀楼は代替わりで主人が因業な男となり、白菊も横暴な町方同心・可児を客とすることとなります。そんな彼女を案じる十郎ですが、しかし彼女をまた「転がす」にも、一度は身請けする必要があります。
 そんなことをしても金にならないと東豪が冷たい態度を取る一方、キワモノの枕絵ばかり描く女浮世絵師・千絵にまとわりつかれて弱るお芳。他の誰にも描けない絵を描こうとする千絵に対して、東豪は……

 と、今回のゲストヒロインは二人。それも花魁と絵師と、女性であるほかは一見全く接点のない二人ですが――こう来たか、と驚かされる一石二鳥の手管が飛び出します。もっともそれも、可児の存在あってのことですが――容疑者が責め問いにかけられる姿に目をギラつかせてゾクゾクしている姿が、こう転がるか! とひっくり返りました。
 しかし千絵にとってこれで良いのか、という気もしますが、まあ楽しそうなので良いのかな――と、『ムザンエ』を読んだ後だと心配になったりもします。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 この号の発売と合わせて電子書籍も解禁となった本作(Kindle版の本誌でもようやく読める……)。前回、紀州に潜入した永渕は、柳沢吉保の遺命で吉宗を狙うも失敗、自分を罰しようともしない吉宗に、貫目の違いを思い知らされることになります。
 一方江戸城内での不穏な動きに対して、間部詮房が、何とか家継を守ろうとしますが――その一方で、聡四郎が自分の思い通りに動かぬことに苛立つ新井白石は、紅が吉宗の養女になった=聡四郎が吉宗に付いたと思いこみ、本作でこれまで描かれた中でも最高、いや最低のゲス極まりない表情を見せることに……

 かくて紅抹殺を決意した白石に詮房も乗り、詮房の命で紅を狙う伊賀組。しかし紅が吉宗の養女であるということは、当然ながら玉込め役に守られているということでもあって――というわけで、、次代の将軍位をねらう動きがいよいよ激化する中で、紅が思わぬとばっちりを受けることになります。
 とばっちりを受けた方ももちろんのこと、それで動かされる忍びたちもいい面の皮ですが、まあそれは上田作品ではいつものこと。今のところほとんど無敵の玉込め役を相手に、伊賀組の安否が気づかわれます。


『ビジャの女王』森秀樹
 いきなり冒頭から「冬人夏草」なるものの存在が四ページかけて語られるものの、詳細が秘されているので一体本編とどんな関係があるのか全くわからない――という大胆なオープニングとなった今回。メインとなるのは、ついにこの戦いに勝つために「攻」に出たインド墨者たちの姿であります。
 忘れかけていましたがラジンの父・フレグの軍に潜入していたインド墨者五人はある事(詳細は秘す)でフレグを怒らせて同士討ちを演じさせ、そしてラジン軍の中の墨者四人も、何やら活動を開始。そしてブブもまた、かつてのオッド姫との旅の記憶を元に、「攻」を始めることに……

 と、やっぱり墨者が一人だけではないと心強いなあ、と以前(って約千四百年前ですが)の時に比べると安心して見ていられるわけですが、しかしもちろんこの先、墨者たちの策通りに行くかはわかりません。オッド姫と遊女屋の女主人の間に生まれた不思議な関係性ともども、今後が気になるところです。


 次回、5月号紹介の最終回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2023年5月号(リイド社) Amazon

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2023.04.17

「コミック乱ツインズ」2023年5月号(その一)

 「コミック乱ツインズ」最新号は、『鬼役』&『勘定吟味役異聞』の二大旗本ヒーローが表紙。巻頭カラーは『鬼役』、特別読切は『玉転師』『凛九郎』であります。今回も、印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 二本松派の真の切り札であり、父を斬った二胴の遣い手が、坂東孫十郎であったと悟った佐内。しかし既に覚悟が決まりまくった佐内は、剣客として正面から坂東に挑む決意を固めるのですが、その前に相良が――という引きとなった前回ですが、今回のメインとなるのはその相良と佐内の二人の姿であります。

 妙に思い詰めた表情の相良は、いつぞやの船宿に佐内を誘って、思いを遂げんと――などという余裕はなく、前回の益子屋同様、「狗」と組んで坂東を倒せと促すも、もちろん佐内はあくまでも二人だけで決着をつけると、淡々と、しかし力強く答えます。その上で、自分が敗れたら愛刀の国包をやると言う佐内に、思わず激した相良。そんな相良に、佐内は「好きにしていいぞ」と告げるのですが……!
 と、ついに来るもの(?)が来たか! と滅茶苦茶ハラハラさせられた今回。まあ佐内がこんなことを言い出した裏には、ある意味相良には非常に失礼な理由があるのですが、しかしそれでもそこには佐内と相良の間の一種の絆があることは間違いありません。

 前回、佐内は散っていった刺客たちを仲間として受け止めているように語りましたが、しかし距離の近さという点では、相良の右に出る者はいないでしょう。もちろん、相良が物理的にグイグイ来ていたから――というのは冗談として、二人はこれまで、金で繋がれた間柄とは思えぬ、素顔でのやりとりを重ねてきましたといえるでしょう。
 そのある意味頂点が今回といるかもしれませんが、いずれにせよ、そこにあるのは、これまで剣と旨いものにしか興味を示さなかったような佐内とはまた異なる顔、己の身を委ねる(意味深)ことができる「相棒」を見つけた青年の顔と言えるのではないでしょうか。
(この辺り、直球のBL(衆道?)というよりむしろ変形のブロマンスという印象があります)

 人を斬ることと剣を極めること、父の仇を取ること――重なり合いながらもそれぞれ異なる三つの目的を追う中で、それとは無縁にも見える「仲間」や「相棒」を、おっと忘れるところでしたが「愛する人」を得た佐内。しかしそんな積み重ねも、一瞬として失ってしまうのが剣客の生であります。
 はたして彼が歩む先に何があるのか――もう毎回最終回目前のようなテンションですが、いよいよ次回決戦でしょうか。ここでまた再来月というのがあまりにも殺生ですが……

 それはさておき、別の方向に覚悟を決めた佐内の小悪魔っぷりは、これまで散々彼を翻弄してきた相良が逆に焦るほど。怖いですね、剣客の覚悟……(たぶん違う)


『真剣にシす』(盛田賢司&河端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 前回、小倉藩の真剣士を下し、晴れて藩の真剣士となった夜市。この時代の小倉藩主は小笠原忠固――作中で語られるように、幕閣入りを目指して要所に働きかけた末に、その負担がもとで藩内で御家騒動・白黒騒動が起こったという、うまくいかなかった場合の水野忠邦のような大名であります。
 水野家の方は秘剣を用いた殺し合いがあったりしましたが、こちらは天下博徒御前試合で敗れたのが騒動の遠因――というのが面白いところですが、さてそんなこんなで力が弱まった小倉藩にちょっかいをかけてきた長州藩と、漁場を賭けての争いが今回の勝負であります。

 長州側の真剣士は高杉晴豊――何となく高杉晋作チックなビジュアルの人物ですが、そういえば晋作の祖父の名は春豊。もしかしたらモデルなのかもしれません――そして勝負の種目は「海亀」なるゲーム。それも一種の海戦ゲームであります。
 プレーヤーは穴の空いた小舟に三つの鍵穴がついた鎖で繋がれ、前と左右、三艘の小舟で沈まないように支えられている状態。そしてその他六艘の小舟に載せた箱の中に、それぞれ鍵を三つ、銃のミニチュアを三つのどれかを入れ、両者一コマずつ舟を進めていくことになります。そこで相手のコマに入ったら相手の宝箱を開けて、銃が出たら相手を支える小舟を攻撃OK、鍵が出たら自分の鎖の鍵を外すことができる――文章で書くとまたえらいややこしいですが、今回はこのルール解説でほぼ終わりとなります。

 勝負は次号からですが、やはりお互いの命を賭けての勝負というのはギャンブル漫画の花。一体どういう戦いになるかわからないだけに、期待が高まります。


 次回に続きます(全三回予定)。


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2023.04.16

『地獄楽』 第3話「弱さと強さ」

 ついに神仙郷に上陸した佐切と画眉丸。しかしそこで画眉丸を襲ったのは、同じ死罪人・いがみの慶雲だった。慶雲を全くものともせず倒す画眉丸だが、時をほぼ同じくして、死罪人と死罪人、死罪人と浅ェ門たちの戦いが始まっていた。そして佐切にも画眉丸が襲いかかる。佐切を圧倒する画眉丸だが……

 冒頭から想像以上に時間を割いて、石隠れの長の不死身ぶりが描かれた今回。まあそれはこう、アレだったわけですがそれはさておき、ここで冒頭から描かれてきた画眉丸と佐切の物語に、一つの着地点が描かれることになります。

 石隠れ最強と恐れられてきた画眉丸は言うまでもなく、その画眉丸に死を覚悟させたほどの剣技を持つ佐切。しかしその佐切の中にある、人を斬ることへの迷いという弱さが、前回描かれました。その迷いは、人を殺すことの覚悟を決め、その業を背負うという画眉丸の姿を目の当たりにしたことで、抜け出る道が見えたかに思われたのですが――しかしもちろん、そうそう簡単に迷いが晴れるはずもありません。
 そしてその迷いは、今回の後半、追加組としての石隠れ衆の派遣を知り、早期決着のために佐切排除を決意した画眉丸との対決の中で、頂点を迎えることになります。
(それにしても今見返して見ると、こんな早い時点で追加組の登場が想定されていたのかと感心。もちろんあの顔ぶれまでは決まっていなかったとは思いますが……)

 先に述べた通り、かつては画眉丸に死を感じさせた佐切ですが、しかし画眉丸の過去を知り、その内面の一部に触れた今となっては、彼に向ける刃も躊躇いに揺れます。その果てに画眉丸に圧倒され、死を目前とした佐切ですが――しかし躊躇いを抱えていたのは画眉丸もまた同様であります。
 全く別々の人間でありつつも、それぞれに「情」を抱え躊躇いを抱く――そんな共通項を持つ二人。人と人との感情の結び付きの中で最も強いものが恋愛感情だとすれば、それが存在しない男女ペアというのは、ドラマ的になかなか描きにくいものかと思いますが、(画眉丸に妻がいるとはいえ)それをこの共通点を描くことで成立させてみせたのは、本作の巧みさであることを、再確認させられます。

 そしてその関係性――というよりそこに至る二人の心の揺れを、二人の表情――特に目の動きを描くことで浮かび上がらせてみせたのは、これはアニメならではのアドバンテージをきっちりと活かせてみたせものとして、素直に感心させられました。冒頭で描かれる島の美しさと異様さも印象に残りましたが、今回のこの点に、このアニメ版の意味を見た――というのは言いすぎですが、正直な思いでもあります。
(というかモブがいなくなって、いきなり色々な意味で解像度が上がった印象が……)


 と、画眉丸と佐切のことばかり書いてしまいましたが、今回は「デスゲーム」としての物語のスタートでもあります。今回だけで死罪人が四名だけでなく、浅ェ門も一名リタイアしたのは結構なハイペースですが、しかしそれもこの「ゲームのルール」の過酷さの表れというべきでしょうか。特にこういう時のある意味定石とはいえ、浅ェ門側の最初の死者については、初めてこの物語に触れた方は相当驚いたのでは――と、原作初読時のことを思い出します。

 しかしこの島で待ち受ける死は、決して人間同士がもたらすものだけではないことがこの回のラストに描かれることになります。いよいよその牙を剥き出しにした島との対決の行方は――ここまでで原作の第1巻まで、ここからが本番であります。

(にしても原作での、巌鉄斎と付知がアレした? と思わされたイメージシーンがカットされていたのは、まあ当然の判断なのでしょう)

関連サイト
公式サイト

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2023.04.15

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第13巻 ついに借財ゼロ、三冠王返上!?

 今川家の家督争いも一息つき、まずは平穏な暮らしに戻った――と思いきや、借財という大敵と対峙することとなった新九郎。このままでは伊勢家解散という危機を前にして、果たして新九郎に打つ手はあるのか……

 今川義忠の横死に始まる今川家の家督争いに巻き込まれ、京と駿河を往復することになった新九郎。義忠の譲状の偽造という捨て身の手段が功を奏し、ひとまず駿河の所領は甥の龍王丸に安堵されることになります。
 しかし駿河にかまけている間に――というだけではありませんが、気が付いてみれば、ただでさえ厳しかった伊勢備前守家の財政は火の車。身命を賭して新九郎のために働くと言っていた、元服したばかりの弟・弥次郎も、こんな借銭まみれの家など継ぎたくない、外に養子に出ると言い出し……

 と、物語当初からホームドラマ的色彩が欠かせなかった本作ですが、ここに来てその伊勢家に非常に重い展開が――と思いきや、弥次郎は弥次郎で、ちゃんと家と新九郎のことを考えていたというオチがつくわけですが、それでももちろん、借財が消えるわけではありません。
 少しずつ返済して、抵当を取り戻したとしても、よその借金の利息に消え――と、地獄のような自転車操業であるところに、曲がりなりにも人の上に立つ家である以上は、被官の面倒も見なければなりません。こんな状況では、いつまで経っても浮かぶ瀬がないのですが――しかし手段が一つあったのです。

 それは徳政――いや、徳政というとどうしても徳政一揆の印象が強くありますが、ここでいう徳政とは分一徳政。簡単にいえば、債務の一定割合を分一銭として幕府に収めれば、収めた側の権利が認められる――つまり債務者の方が分一銭を収めれば、債務放棄できるという制度であります。
 こんな制度があったら経済政策が滅茶苦茶になるのでは――と心配になりますが、まあ室町だから、で済んでしまうのが恐ろしい話。それはさておき、現代の自己破産に比べれば後に残る影響は小さい(たぶん)とはいえ、やはりこの制度を使うには心理的障壁は高い。悩みに悩んだ末、新九郎は……

 と、新九郎の悩みには色々と身につまされるわけですが――新九郎個人の、あるいは伊勢家のホームドラマとして物語を描きつつも、この当時の中央武士(という言葉はありませんが、地方武士の対義語として……)の生活を浮き彫りにしてみせるという、本作の歴史ものとしての巧みさには相変わらず感心させられます。
 特にここで、領地経営に力を入れ「利息で食う男」伊勢盛頼を、新九郎と対置してみせる点も含めて……


 しかし、仮に借財がなくなったとしても、新九郎が無位・無冠・無役の三冠王である限り、入ってくるものがありません。が、ここでついに新九郎が三冠王を返上することになります。
 縁あって、義尚の奉公衆、それも色々と実入りが大きい申次(いわば秘書官)に加わることとなった新九郎。しかしかつては無邪気な少年であった義尚も、今は父や母との軋轢に悩み――と書くと微笑ましくも感じられますが、しかしこの親子の場合、そのまま幕府の政策に繋がり兼ねない争いなのが、ややこしいところです。

 折しも関東ではようやく義政と古河公方・足利成氏の和睦が成立。しかしその陰では堀越公方・足利政知が複雑な顔を見せ、そして今後の布石として新九郎が打った策が、太田道灌に思わぬ影響を――と、相変わらず関東情勢は複雑怪奇であります。
 そして新九郎の方は、小笠原真清の娘・ぬいとフラグが立っているような全然立っていないような微妙な状況が続きます。

 ついに借財をなくし、三冠王を返上したものの、この先もまだまだ新九郎の苦労は続きそうであります。


『新九郎、奔る!』第13巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックススペシャル) Amazon

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2023.04.14

田中啓文『十手笛おみく捕物帳』 パワフル娘と愉快な仲間たちの捕物帳 はじまりはじまり

 時代小説においてもほとんどオンリーワンの個性的な作品を発表し続けている田中啓文の新シリーズは捕物帳。といってももちろんただの捕物帳であるはずもなく、不思議な十手笛を持つ飴売りの少女が、亡き父の跡を継いで目明しとして怪奇の事件に挑む愉快痛快な物語であります。

 大坂で病身の母と暮らすみくは、客寄せに笛を吹き鳴らして町を歩く飴売りの少女。腕利きの目明かしであった彼女の父・宇佐七は、数年前に何者かに殺されたのですが――ある日みくは、父と目明し同士親友だった高津の壇吉親方から、父の死に繋がる手掛かりが見つかったと知らされます。
 下手人探しに執念を燃やす親方につきあわされるみくですが、ある晩、親方も宇佐七と同様の死体となって見つかるのでした。

 死体が見つかった場所の近辺では、見る見る間に大きくなっていくという妖怪・見越し入道の噂が囁かれ、そして父や親方と同様に謎めいた死を遂げた人間が他にも数多くいることを知るみく。
 見越し入道の正体を暴き、父の死の真相を知るべく奔走するみくが手にするのは、先祖代々伝わる仏像の中から出てきた十手笛――しかしその笛には、想像を絶する秘密が……


 そんな本作の第一話「見越し入道の秘密」は、あらすじだけ見るとかなりシリアスに感じられますが、実際に読んでみればこれはもう、まさしく田中啓文ワールドであります。

 開幕早々、地の文なしで物語が進むほど、ポンポンとテンポの良い会話が続く中で描かれるのは、パワフルで調子が良く、偉ぶる奴らが大嫌いで人情に厚い、大坂の人々の姿。
 そして登場する主人公・みくは、そんな人々の中でも一際抜きんで賑やかでパワフルな少女――何しろ、普段の生業が笛を吹きながらの飴売りで、お客にはリクエストされた曲を何でも吹いてみせるというのですから、普段からぴーひゃらと実に賑やかなのであります。(ちなみに本作の各話タイトルの前には「ぴーひゃら その○」とつくのが楽しい)

 そんな彼女が手にするのは十手笛――何やら聞き慣れなませんが、その名のとおり十手型の笛という格好良いアイテム。笛吹きの飴売りで十手持ちのみくのためにあるような代物であります(しかしその真の力は――後述)
 ここまでくればもうキャラは一人で立ったようなもの。あとは元気と正義感の塊のような――それでいて決して優等生のヒーローではなく、成長途中で泥臭いみくの活躍に声援を送るのみであります。


 しかし、如何に賑やかで陽気な物語に見えても、起きる事件なものであることもまた、間違いありません。そんな中で、駆け出しの年若い目明し一人で何ができるのか――いや、一人ではありません。みくには愉快な仲間が、頼もしい味方が幾人もいるのですから。
 父の手下であったお調子者のおっと清八とちょかの喜六のコンビ、町奉行所のちょっと心配になるくらいの老同心(しかし……)の江面可児之進、謎解き好きだけど見当違いばかりの楽隠居・甚兵衛。そして彼女の母・ぬいも、実はかつて宇佐七の知恵袋であり、安楽椅子探偵ばりの推理でみくを助けるのです。

 しかし中でも最強の味方は、謎のイケメン酒飲み精霊(本当)・垣内光左衛門であります。なんと仏像の中に収められていた十手笛に封印されていた彼は、みくの家に伝わる秘曲を吹けば出現、文字通り人知を超えた力で彼女を助けてくれるのです。
 まあ、二百秒間という、光の国から来たみたいな活動制限はあるのですが、それでもぎりぎりまで頑張ったみくにとっては頼もしい助けであることは間違いありません。

 何はともあれ、この人間以外も含めた個性的な面子とみくの、これまたテンポの良いやり取りは、本作ならではの魅力であります。


 さて、続く第二話「未来から来た娘」では、天から降って来たまるで「うつろ舟の女」のような球から現れた――それも未来を予知する力を持つ娘が登場。記憶喪失の彼女を狙って、何やら怪しげな連中も動き出し、みくの周囲にも危険が迫ります。
 はたして娘の予知能力は本物なのか、彼女は何故珠から現れたのか。そして彼女の正体は一体――謎解きもさることながら、その先で明らかになる、何とも悲しく切ない真実と、それを包み込むような優しい結末が印象に残ります。


 さて、賑やかで陽気で、奇妙な謎満載で、そして人情の隠し味もしっかり用意された本作はシリーズの開幕編であります。この先、みくが目明かしとしてどのように成長していくのか、そして謎多き垣内光左衛門の正体は――この先も、作者ならではの物語世界を期待できそうです。


『十手笛おみく捕物帳』(田中啓文 集英社文庫) Amazon

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2023.04.13

松井優征『逃げ上手の若君』第10巻 小手指ヶ原に馬頭の変態と人造武士を見た!?

 ついに単行本も二桁の大台に達し、おまけにアニメ化まで決定した『逃げ上手の若君』ですが、物語の方は逃げているヒマもない決戦の連続。足利直義直属の関東庇番衆を相手に繰り広げる女影原の戦いは続きます。そしてそれを乗り越えたとしても、更なる変態が待ち受ける小手指ヶ原の戦いが……

 北条直系の名乗りを挙げ、ついに鎌倉奪還に向けて動き出した時行。しかし足利方が手をこまねいているはずもなく、その前に関東庇番衆の精鋭が立ち塞がります。
 渋川義季、岩松経家、石塔範家、斯波孫二郎――それぞれ並々ならぬ武と個性を持つ彼らの前に苦戦を強いられる時行と諏訪神党。大混戦となった戦場で、はたして時行たちは庇番衆を倒し、鎌倉に駒を進めることができるのか……

 というわけで、女性の掠奪が生きがいの殺人奇剣使い・岩松とは望月重信と吹雪や雫たちが、心の中のリトル鶴子に萌える石塔には亜也子が、そして己の理想の武士道から外れる者を許さぬ渋川には時行と弧次郎が――それぞれ死闘・激闘を繰り広げてきましたが、それもこの巻の前半で決着することになります。

 その決着の模様についてここで詳しくは述べませんが、自分たちの持てる力を出し尽くした時行たち以上に「らしさ」を見せ、そして堂々と散っていった庇番衆に、敵ながら天晴――と言いたくなってしまうような内容であったことは間違いありません。
(特に言動はアレなのに無駄に誇らしげな石塔……)

 そしてそれと同時に、物語始まって以来の強敵を打倒した弧次郎と彼を讃える時行の姿に、そしてそこで語られる「ある真実」にグッと来てしまうのも、また事実。変態とギャグが乱舞すると同時に、熱いバトルとドラマが展開する――本作の魅力を再確認した次第です。


 が、ここまででこの巻の約半分、そして鎌倉への道もまだ半ばです。ようやく時行挙兵の報が京に届き、それを聞いた者たちが十人十色の反応を示す一方で、鎌倉から出撃するのは庇番衆第二陣――今川範満、上杉憲顕、そして雪辱を期す斯波孫二郎と、将の数こそ第一陣よりも少ないですが、しかし兵の数は驚くほどの大軍であります。

 そして時行たちと激突する場は小手指ヶ原――これまでの戦場と異なり、開けた平原で繰り広げられるのは、多数対多数の会戦。しかし兵の数で劣っていたとしても、士気の点では時行側が劣るものではないと思いきや、そこにとんでもないヤツが現れます。
 それは今川範満――馬の仮面(?)で素顔を隠した、曲者揃いの庇番衆の中でもビジュアルの時点でヤバさしか感じない変態が、ついに本領を発揮であります。

 戦況など一切構わず、騎乗で戦場を凄まじい速度で縦横無尽に走り抜け、当たるを幸い薙ぎ倒す――およそ合戦の常識からかけ離れた行動を見せる今川の爆走に、北条方はもうドン引き。しかも将を射んと欲すれば先ず――と馬の方を倒したとしても、周到に用意された替え馬に乗り換えて復活するのだからたちが悪い。
(そして妙な説得力で栄養補給。うまだいすき)

 さらにそこで様々なドーピングと改造手術によって生み出した人造武士を率いた上杉の兵が突入、戦場は庇番衆側の優位に……


 この窮地を覆すことができるのは誰か? それはここに来てそれなりに意外な出自が明らかになったあるキャラクターだったのですが、彼が繰り出した策こそ驚くべし。馬には馬を、速度には速度を、そして追いかける相手には逃げを――ここで繰り広げられるは小手指ヶ原ダービー、はたして命を賭けた競馬はどちらの勝利に終わるのか?

 今川も、そして上杉もまだまだその底を見せない状況で、物語は続きます。


『逃げ上手の若君』第10巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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2023.04.12

菱川さかく『地獄楽 波間の追憶』 決戦目前、それぞれが振り返る過去の物語

 アニメ化にタイミングを合わせて刊行された『地獄楽』スピンオフ小説の第二弾であります。前作同様、今回も四人のキャラクター――付知、杠、シジャ、殊現を主人公とした四話が収録されています。

 死罪人と山田浅ェ門、そして神仙たちの死闘が続く中、幕府に派遣された追加組が島に近づく――本書は、そんな決戦目前の段階に各話の主人公が自分の過去を振り返るという構成となっています。

「矛盾する命」
 町に出かけた際に、火事で人死にが出たと知り、死体検分に向かった付知。そこで被害者が寝煙草で焼け死んだと推理する同心・沢村と出会った付知は、沢村の「所詮、死体に群がるごくつぶし共」という言葉に反発し、その推理の誤りを指摘していくことに……

 山田浅ェ門の中でも、屈指の科学的思考の持ち主である付知。本作はそんな付知を主人公とした、一種のミステリ。焼死体に残された痕跡から一つ一つ矛盾を発見し、真相を解き明かしていく彼の姿はまるで科学捜査官で、さすがは当時おそらく最も死体を分析していた立場ならではというべきでしょうか。
 また本作は彼が佐切と仙汰と共に町に出かけた時の物語なのですが、普段はごく普通の若者同士として仲良く過ごす浅ェ門たちの姿が印象に残ります。冒頭で触れた時間軸では、その一人が亡くなった直後だけに……


「暗闇に咲く花」
 両親を失い、妹の小夜と二人暮らしていたかつての杠。不治の病に侵された小夜の薬代のために忍びとなった彼女は、そこで才能を発揮したものの、小夜の病は日に日に重くなっていきます。特効薬を手にし、花火が見たいという妹の願いを叶えるため、次々と任務に挑む中、心身をすり減らしていく杠。その果てに彼女が知った真実とは……

 画眉丸ら石隠れ衆とは異なる流派の出身であり、そしてその過去のほとんどは本編では謎だった杠。ここでは佐切の問いに答える形で、その過去が語られることになります。
 ここで杠を待つ運命については早くに予想できるところですが、しかしそれを受けてなお妹の願いを叶え、そして自分自身の一歩を踏み出す姿は、本編で常に飄々としていた彼女の真の強さを描いて印象に残ります。

 そして彼女が佐切に何かとまとわり付く理由も察せられるとともに、本編で仙汰にかけた言葉の裏の真情が理解できるのもグッとくるところです。


「愛の道行」
 幼い頃から憧れてきた画眉丸が、結婚を期に次第に変化していくのが心に暗くのしかかっていたシジャ。そんな矢先、任務で出かけた先で心中者の死体を見たシジャは、死を以て貫く愛があることを知り……

 作中屈指のアレなキャラとして終盤をかき回した石隠れ衆のシジャ。その原動力である画眉丸に寄せる想いが募っていく様が、心中――曽根崎心中に重ねて描かれます。
 その勝手に盛り上がり、突き抜けていく姿は、シジャらしいとしか言いようがないのですが――その一方で、こうならざるを得なかった石隠れ衆の非人間性も強く感じさせます。その象徴となりながら、人間として再生した画眉丸のある種の異常さもまた……
(それにしても本編では本当に虚しい退場となった雲霧がもう少し生きていたらどうなったのか……)


「刀に映るもの」
 何者かに両親を殺され、山田家に引き取られた殊現。兄弟子の衛善をはじめ、周囲から暖かく迎えられる殊現ですが、彼は下手人への復讐の念に憑かれるばかり。
 そんな中、町で一家殺しが相続いていることを知った殊現は、一門に隠れて下手人を探し、ついに相手の居所を掴むのですが……

 シジャと並んで大暴走した殊現の入門当初を描いた本作は、同時に衛善の姿を描く物語でもあります。山田浅ェ門第一位でありながら、本編では速攻で散った衛善ですが、なるほど人格という点では確かに彼が一位と納得させられることは間違いありません。
 特に殊現の刀を巡るエピソードは、実に泣かせるのですが――結局、追加組に参加する以前からアレだった殊現はどこで間違ったのか……(冷静に考えると浅ェ門に対するヤバいイメージはほとんど全て彼によるわけで)


 というわけで前作同様、本編の設定や描写を踏まえつつも、落ち穂拾いという印象を与えることなく、本編の中にあっても違和感ない物語を描いてみせた本書。
 ここまで来たら、描かれていないキャラクターを主人公にした第三弾を是非――と思います。(特に、殊現のエピソードを読めば気にならざるを得ない十禾など……)


『地獄楽 波間の追憶』(菱川さかく&賀来ゆうじ 集英社JUMP j BOOKS) Amazon

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2023.04.11

「鬼滅の刃」刀鍛冶の里編 第一話「誰かの夢」

 113年ぶりの上弦の敗北に、残る上弦を無限城に集め叱責する鬼舞辻無惨。一方、遊郭での死闘から二ヶ月ぶりに目覚めた炭治郎は、研ぎに出した刀を受け取るため、刀鍛冶の里を訪れる。そこで恋柱・甘露寺蜜璃や同期の玄弥と出会った炭治郎は、さらに霞柱・時透無一郎の姿を見かけるが……

 気がつけば遊郭編の放送から一年と二ヶ月が経っていたアニメ版の『鬼滅の刃』ですが、ついに刀鍛冶の里編の放送がスタートしました。遊郭編同様に第一話は通常の倍のボリューム、原作第12巻の第98話から第102話の冒頭までが映像化されております。

 この第一話、劇場公開されたこともあって、映像のクオリティは驚くほど高く、特に全体の1/3程度を占める無限城での上弦終結のシーンの気合の入りようは、尋常ではありません。無数の空間が錯綜・歪曲し、いずれが上でいずれが下か、どこからどこに繋がるかわからない、迷宮の城――その城の内部を縦横無尽に動き回るカメラワークで描いた映像は、まさに無限というに相応しいと感じます。

 そこに集うのは最強の鬼たち、壱から伍までの五人の上弦の鬼――既に参の猗窩座、そして弐の童磨は登場していたものの、残る三人は新登場、そして一気に五人勢揃いというのは、やはりテンションが大いに上がります。
 そのキャストについては既に明らかになってはいたものの、やはり上弦に相応しい力の入った声優揃い。特に、相変わらず格好良くも、いつもより低めの声の置鮎龍太郎の黒死牟、ベテランの引き出しの多さを感じさせられた(そしてこれからさらに感じさせられることでしょう)古川登志夫の半天狗は、この先の活躍が大いに楽しみになります。

 しかし映像になって、声がついて改めて感じるのは、猗窩座はビジュアル・性格ともにあれで上弦の中では最もマトモだったのだなあ、ということですが……(もっともこれは、他の面子からイジられまくったためかもしれませんが)


 さて、それ以降は炭治郎サイドに物語が移り、炭治郎の二ヶ月ぶりの目覚めと仲間たちの喜び、そして刀鍛冶の里への旅(?)と、そこでの蜜璃、玄弥との出会い――と物語は展開していきますが、この辺りは鬼滅の各章の冒頭らしく、ユルくも明るい物語展開が素直に楽しい。相変わらずの違和感を感じるほど原作に忠実なギャグ演出も、一年ぶりとあれば懐かしく感じます。
(単行本のおまけページの要素を相変わらず律儀に拾うのもまた)

 さて、鬼に上弦あれば鬼殺隊に柱ありというわけで、刀鍛冶の里編の目玉(の一人)が恋柱・甘露寺蜜璃。なんというか、初登場から入浴シーンというのが(原作通りとはいえ)ナニですが、鬼殺隊への参加理由なども含め、一歩間違えると非常に――となってしまうところが、明るく朗らかな娘さんとして好感度が高いキャラになっていたのは、これも原作通りとはいえ、声によるところが大きかったかと思います。
(しかし炭治郎が零れ出そうなものをブロックするシーンが、微妙に良い動きだったのには笑いますが、今どきあの効果音ある?)

 さて、個人的にはアニメ化した際の細かい差異が気になる――というか楽しみなのですが、例によって基本的には原作そのままのアニメ版鬼滅。そんな中で今回一番印象に残った差異は、蜜璃のトコトンヤレ節がなくなったことでありました。作中では珍しく時代を感じさせる(といってもあの時代では相当な懐メロのはずですが……)場面だけに残念ではありますが――おかげで蜜璃は恥ずかしい秘密を自白することになりましたし。

 というのはさておき、今回はもう一つ、最後の最後でオリジナルの展開があります。それはもう一人の柱・霞柱の時透無一郎が、刀鍛治の少年・小鉄を問い詰める場面で、小鉄の背後に絡繰人形が立っていることであります。
 ここでこの人形が登場するのは冷静に考えるとちょっとおかしくはあるのですが、黒死牟と、炭治郎の夢の中に現れた剣士、そしてこの絡繰人形が一話のうちに登場することには大きな意味があるわけで、これはこれで大いにアリというべきでしょう。


 そしてラストに流れるのはおそらく本来のOP。鬼滅では初の男性ボーカル入りの曲ではありますが、これはこれで良いと思います。映像ももちろん格好良いのですが、しかし炭治郎と両柱の次に活躍した玄弥の出番が少ないのが……
(それにしても玄弥が蜜璃を無視した理由も拾ってもらえるとよいですね)


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2023.04.10

『地獄楽』 第2話「選別と選択」

 山田浅ェ門当主の家に生まれ、自ら剣の道を選んだ佐切だが、その心には人を斬ることの恐れと迷いがあった。将軍を前にした死罪人たちの選別の場で、数々の極悪人たちを前に自問自答する佐切だが、その一人であるはずの画眉丸は、意外なことを口にする。それを耳にした佐切は……

 前回は(モブを除けば)画眉丸と佐切のみで終始しましたが、台詞の有無を除けば、メインどころはほぼ全員登場した今回。しかし物語は佐切視点で、彼女の内心の葛藤が中心に据えられることになります。

 前回はいかにも鉄の女然とした態度で画眉丸の前に現れ、彼をして死を予感させるほどの剣技を見せた佐切ですが、しかしその実、人を斬る=人を殺すことへの恐れと迷いに揺れていた彼女の心。
 浅ェ門の名を持つ者の中でも、彼女は門弟ではなく、当主の娘という立場にあったのですが――だから剣を学ばされたというわけではなく(ちなみに歴史上の「山田浅右衛門」は、実子が継いだ例はむしろ少なく、弟子の中から後継者が選ばれておりました)、血塗られた家業から目を背けず、真っ向から世間の目に挑むためだった、というのは、彼女の心の持ちようを感じさせる設定でしょう。しかしそれと人を斬って平然としていられるかはもちろん別であります。

 そんな思いの中で、死んで当然の極悪人であれば悩むことなく斬れるのではないか、と島に向かう候補者である死罪人の群れを前に思う佐切ですが、それでもやはり迷うものは迷う。しかも自分の担当であり、罪状だけ見ればまさに死んで当然の画眉丸自身が、「人を殺して何も感じないわけがない」などと言い出すのですから、彼女の複雑な心中が思いやられます。
 この辺りはもちろん結婚して以降の画眉丸の変化だとは思いますが、しかし将軍自らがけしかけての「選別」という名の死罪人同士の殺し合いの中で無関係でいられるはずもなく、他の死罪人たちの標的に。しかしほとんどやれやれ系のようなノリで殺しを厭いながらも、殺る時は容赦なく殺る画眉丸の姿に、佐切は自分に足りないものを悟って……

 と、今回のラストで死罪人代表(?)の十名が選ばれるわけですが、そちらはあくまでも顔見せレベルであって、やはり印象に残るのはもう一人の主人公である佐切が抱えた迷いであるというのは、こうして見るとなかなか面白い構成と感じます(そしてそれが必要不可欠なものであったことは、この先の物語で明らかになっていくわけですが……)。


 と、ここから先はほとんど蛇足ですが、漫画がアニメになって、原作の時点で気付かなかったことに気付くことがありますが、佐切の装束――紅白の水引っぽくて微妙にめでたく見える(しかし彼女にはよく似合う)浅ェ門としての装束は、別に佐切専用ではなく、基本的に浅ェ門共通のものであったと今頃気付きました。
 原作ではこの装束の浅ェ門たちがカラーで勢揃いした場面はほとんどなかったこともあり、またこの先コスチュームチェンジもあるために忘れていましたが、全員紅白の装束というのは、なかなかインパクトがあるものです。

 また、この回のラストで十名の死罪人が二つ名込みで読み上げられますが、アニメで見ると、幕府の役人の行動としてはかなり不自然に感じられるのが面白いといえば面白い。原作で読んだ時は別に気にならなかったのですが、声がついてみると違和感を感じるというのは、ちょっと興味深いところです。

 そして最後に厳しいことを書けば――前回もモブの作画がいまいちでしたが、それは今回も同様。しかし今回はそのモブ同士の乱闘シーンが多いため、観ていてかなり辛いものがあったというのが正直なところです(もう一つ、これも原作通りなのですがやはり作画の関係もあって非常に違和感があった、唐突に感涙する役人)。
 その分、ラストの画眉丸の大殺人いや大殺陣は見応えがあり、作画はメリハリなのだとは理解しつつも、やはりもうちょっとどうにかしてほしいと、心から思います。特に乱闘シーンは……


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2023.04.09

5月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 ゴールデンウィーク明けとなる5月は、一週間分日数が少ないせいか、発行点数がいささか少ないのですが、文庫小説を中心になかなか頑張っている印象。とういうわけで5月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 その文庫小説で何といっても真っ先に目を惹くのは田中啓文『誰が千姫を殺したか 蛇身探偵豊臣秀頼』。インパクト満点の副題だけでなく、内容の方も相当個性的なことは間違いないでしょう。
 また三好昌子『室町妖異伝 あやかしの絵師奇譚』は、同じ新潮文庫で先に刊行された『幽玄の絵師 百鬼遊行絵巻』との関係が気になります。

 また、白川紺子『花菱夫妻の退魔帖』第2巻(仮)を筆頭に、明治・大正・昭和ものも、柊一葉『帝都の隠し巫女』、香月沙耶『八咫烏の花嫁 王家をめぐる金色の髪』、真堂樹『帝都妖怪ロマンチカ 犬神が甘噛み(仮)』と多数登場。その中でも高橋由太『贄の白無垢 あやかしが慕う、陰陽師家の乙女の幸せ』は、宝島社文庫でオサキ持ちが登場と、ある意味原点回帰なだけに気になります。

 その他シリーズものの新刊では、上田秀人『惣目付臨検仕る 5 外患(仮)』、夏原エヰジ『Cocoon 京都・不死篇 5 巡』が、文庫化・復刊では輪渡颯介『攫い鬼 怪談飯屋古狸』が刊行されます。
 そしてもう一つ注目は古泉迦十の中世イスラムミステリ『火蛾』。電子書籍でも刊行されていますが、ノベルス版から実に23年を経ての文庫化は、話題性十分でしょう。


 一方、漫画の方はかなり数が少ないのですが、その中で気を吐くのが、それぞれ別々の出版社から同日発売される重野なおきの歴史四コマ『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』第1巻、『雑兵めし物語』第2巻、『信長の忍び』第20巻の三冊。3月の二冊同時刊行に続いて絶好調であります。

 そのほか、シリーズものの新刊はさいとうちほ『輝夜伝』第12巻、岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第11巻、貘九三口造『ABURA』第2巻、東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第10巻、相田裕『勇気あるものより散れ』第4巻と、幕末・明治ものが多め。
 そして個人的に非常に嬉しいのは技来静也『拳奴死闘伝セスタス』第11巻。2年ぶりでも刊行間隔が結構短いな、と思ってしまうのは錯覚ですが……



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2023.04.08

賀来ゆうじ『地獄楽 勿怪の森』 二重に「らしい」後日談

 アニメ化、小説第二弾刊行と最近ファンには嬉しい展開が続いていた『地獄楽』ですが、まさかの新作短編の発表であります。短編といっても77ページの大ボリューム、描かれるのは本編終了後の画眉丸の姿――と大いに気になるところですが、内容のとんでもなさもまた本作らしい作品です。

 アキの住む村の外れの森に住み着いた白髪のよそ者。村の和尚から聞いた、最近解放された奇怪な島帰りの罪人ではないかと考えたアキをはじめとする子供たちは、村を守るためにこの男を殺そうと決意するのですが――振り降ろされた鍬が体に刺さっても平然としている男は、「ワシを殺したければ殺していい ただし一回殺すごとに野菜の作り方を教えてくれ」と告げるのでした。

 かくて始まった白髪の男とアキたちの奇妙な交流――大岩を落とされても、首を締められても、水中に沈められても平然としている男に、野菜の作り方を教える中、いつしか男とアキたちは友達のような関係になっていくのでした。
 そんなある日、アキを家まで送る途中に、村の大人たちが流行病で倒れて身動き取れなくなっていることを知る白髪の男。そしてその前に現れた和尚に招かれて寺を訪れた彼が語るのは……


 というわけで、本編終了後、ようやく平穏を手に入れた画眉丸が巻き込まれた出来事を描く本作。

 内容的には「舐めてた世捨て人が実は殺人マシンでした」ものなのですが――そこに子供ならではの残酷な無邪気さ・生真面目さと、忍びとして異常な生活を送ってきた画眉丸の「常識」が妙な形で噛み合ってしまったおかげで、えらくブラックな笑いを生み出しているのが『地獄楽』らしいというべきでしょうか。
 しかし、画眉丸の相変わらずの底知れぬ戦闘力を描きつつも、子供たちとの物騒な触れ合いの中で彼が人間として再生していく様を描てみせるドラマ部分もまた、実に『地獄楽』らしいと感じます。
(そしてまた、さらりと本編の総集編的語りも入れているのが心憎い)

 何はともあれ、物語が終わったその後を覗き見るのは野暮だと言われようとも、やはり好きだった作品のその後を(本編の幸せな結末を崩すことなく)見ることができるというのは嬉しいもの。
 画眉丸のその後が描かれたからには、ぜひ佐切のその後も――と思ってしまうのは、これは野暮というより欲張りではありますが、ファンとしての正直な気持ちであります。


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2023.04.07

手塚治虫『火の鳥 異形編』 時の牢獄に囚われた者の癒やしと贖罪の物語

 『火の鳥』のエピソードの中でも、主人公の辿る運命が恐怖と同時に不思議な余韻を残す一編であります。戦国の世に山寺で暮らす一人の尼を斬った若侍。よんどころなく尼の身代わりとなった若侍が辿る恐ろしい運命とは――時の牢獄に囚われた者の癒やしと贖罪の物語が展開します。

 時は室町時代後期、下剋上でのし上がった残虐非道な武将・八木家正の娘ながら、男として育てられた左近介。彼女は鼻の病で余命僅かとなった父をそのまま死なせるため、父を診察し、その病を治す術を持つという八百比丘尼を斬ることを決意し、従僕の可平を連れて山寺に乗り込みます。
 しかし彼女の到来を知っていたような態度を見せる八百比丘尼は、この場所は時間が閉ざされており、死ぬまでここから逃れられないと左近介を嘲笑ったまま、彼に斬られて命を落とすのでした。

 目的を果たして可平とともに帰ろうとするものの、しかしどの道を通っても山から出られず、いつの間にか寺に戻ってしまうことを知る左近介。その矢先、寺に治療を求める病人や怪我人たちの群れが訪れ、左近介はやむなく八百比丘尼に化けて病人の相手をすることになります。
 寺に安置されていた光る羽で撫でることで患者を癒やしていく左近介。外から患者がやって来ることはあっても自分たちは寺から出られなくなった左近介は、いつしか自分が時間を遡り、30年前の世界にいることに気付きます。

 そんな中でも左近介は、やって来る患者の治療に当たり、やがて人間だけでなく異形の魑魅魍魎たちがやって来るのにも等しく応ずることになります。
 そんな暮らしを送る中、左近介の前に現れた火の鳥は、彼女を待ち受ける運命について告げるのですが……


(以下、本作の核心に触れますのでご注意ください)
 応仁の乱の後、天下が麻のように乱れていく時代(大体『どろろ』と同時代でしょうか)を舞台に、不老不死の存在として知られた八百比丘尼伝説を踏まえつつも、大きな変化球を投じてみせたこの異形編。
 本作において不老不死の源といえば当然火の鳥の存在が浮かぶわけですが、そこを避け、別の形で八百比丘尼を成立してみせたのに、まず感心させられます。

 しかし何といっても印象に残るのは、この八百比丘尼=左近介の辿る運命の恐ろしさでしょう。知らぬこととはいえ未来の自分自身を殺し、そしてその未来において過去の自分自身に殺される――自分がその結末を知る(というより結末を生み出した)だけに、一層その運命は救いがなく、残酷なものと感じられます。

 もちろん左近介が八百比丘尼を殺したのは、このまま生かしておけば一層世に害を為すであろう父を治療させないためという理由があったにせよ、一殺多生がはたして許されるのか? と火の鳥に問われれば黙るほかないのが、人間の哀しさであります。
 火の鳥が、数多くの人間に害を与える悪人よりも、それに比べればわずかに道を外したかに見える者に対して容赦がないのはいつものこととはいえ、それにしても無情過ぎると感じますが……


 と思いながら読み終えたところで、小さな矛盾に気付きます。作中で左近介の前に現れた火の鳥はこう語ります。無限に訪れる不幸な者たちを救うことで罪を償えば、三十年に一日だけ寺の外に出ることができると。寺から出られないはずの八百比丘尼が、左近介の父の診察できたのは実にこのためだったのですが――しかしそれでは何故、彼女はそのまま逃げ去らなかったのか、と。

 あるいはそのヒントとなるかもしれないものが、物語の結末にあります。この結末においては冒頭と同じ絵で、同じ展開が――すなわち八百比丘尼が左近介に斬られる姿が描かれるのですが、実はそこでの八百比丘尼の態度に相違点があります。
 それが左近介に対する八百比丘尼の思いやりから生まれたものだとすれば――彼女は自分自身を救うために戻ったのではないか。さらにいえば、火の鳥は彼女が自分自身を救うことを期待したのではないか……

 この恐ろしい時の牢獄が、あるいはやり直しの機会であったとしたら――先に述べた火の鳥が罰を与える対象の選択にも繋がる気がする、と思うのは、いささか楽観的に過ぎるかもしれませんが。


『火の鳥 異形編』(手塚治虫 講談社手塚治虫漫画全集ほか) Amazon

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2023.04.06

柿本みずほ『狐小僧、江戸を守る』 対立する人間と妖怪の間に立つ新ヒーロー!

 妖怪が明確に人間の敵と認識され、取り締まられる江戸で、人間も妖怪も守るために戦うヒーロー「狐小僧」の戦いを描く妖怪時代小説であります。様々な事件の陰に存在する妖怪たちと、その妖怪たちを取り締まる孔雀組――その間に立つ狐小僧の戦いの行方は……

 幕府が怨霊怪異改方、通称・孔雀組を組織し、妖怪と妖怪に味方する人間を厳しく取り締まる江戸に、夜な夜な出没する狐面の男。人に仇なす妖怪から人間を守るだけでなく、孔雀組から妖怪を守るこの狐面を、世の人々は狐小僧と呼び、喝采を送るのでした。

 そんな中、上野の禅寺で住職の天暁と暮らす十四歳の少年・弥六は、見目は良いが人の倍は食べる力持ちの少年。日頃は寝坊してばかりで天暁に文句ばかり言われている弥六ですが、彼こそは狐小僧の正体――かつて幕府と盟約を結んでいた大妖怪・白仙と人間の女の間に生まれた半妖の子だったのです。
 七年前、妖怪たちとともに江戸を襲撃した末に姿を消し、孔雀組が設立されるきっかけとなった白仙。しかし弥六は人間と妖怪の共存を目指し、烏天狗の黒鉄をお供に、夜毎江戸の安寧のために戦っていたのであります。

 そんな弥六の周囲で次々と起こる妖怪絡みの事件。弥六は孔雀組や火盗改と対峙しつつも、事件解決のため奔走することに……


 妖怪が絡む事件を解決するため、妖怪の力を持つ/妖怪に抗する力を持つ主人公が活躍する――これはいわゆる妖怪時代小説では定番のスタイルの一つであります。本作もそれを踏まえた作品ですが、しかしそのある意味ドライでシビアな世界観において、他の作品と決定的に異なるといえるでしょう。

 妖怪時代小説での人間と妖怪は、ほとんどの場合、緩やかな共存関係にあるといってよいでしょう。人間が妖怪の存在を知らず、あるいは知っていても積極的に近づきも排除もしない――言ってみれば現実世界のそれを敷衍した関係であります。
 しかし本作においては、七年前の白仙の乱をきっかけに、(それまで盟約を結んで共存していた)人間と妖怪が決定的に対立し、人間が妖怪たちを積極的に取り締まり、退治しているという、大きなIFの世界観となっているのです。

 ここで妖怪を取り締まる孔雀組は、いわば火盗改の対妖怪版といえるかもしれません。しかし火盗改が犯罪者を容赦なく取り締まる組織である一方で、孔雀組はたとえ害はなくとも妖怪であるというだけで退治するだけでなく、妖怪と関わりのある人間も容赦なく責め問いにかけるという、恐ろしい一種の秘密警察として描かれます。
 ある意味、この世界観を象徴する存在であり、狐小僧の最大の敵といっても過言ではありません。


 しかしもちろん、狐小僧が戦う相手は、孔雀組だけではなく、人に害なす妖怪、妖怪を利用する人間といった江戸の平和を乱す者たちです。しかしそれと同時に、平和を望む人間と妖怪を守り、両者の架け橋となることもまた――いやこれこそが彼の本当の役目といえるでしょう。
 本作に収録されている以下のエピソードは、いずれもそんな彼の活躍を描くものであります。

 布切れを飲み込んだ姿で亡くなった若い武士が見つかり、さらに妖怪のその弟が妖怪に襲われた事件を描く「白うねり」
 禅寺の僧ばかりが何者かに襲われ、肩に強い打撃を受けるという事件の中で、天暁の意外な過去が明らかになる「蟹坊主」
 弥六の顔見知りの火盗改・鷹之助が恋した女性・お七の周囲で怪火が連続し、姿を消してしまったお七を追った弥六が知る真実「飛縁魔」
 夜ごと狐小僧の偽物が出現し町の人々を襲う事件が発生、狐小僧の名が地に落ちた中で、弥六の幼馴染み・まつまでもが孔雀組に捕らえられてしまう「化け狐」

 いずれもサブタイトルの妖怪たちは比較的メジャーなものばかりですが、彼らが人間たちと関わり合うことで生まれるドラマはどれも個性的で、本作独自のものばかりといえるでしょう。
 特に本作で妖怪ごとの行動原理として描かれる「よすが」の概念はユニークで、よすが故に事件を起こし、事件に巻き込まれる妖怪たちを如何にして救うかが、本作の重要な要素となっているのも印象に残るところです。


 こうして江戸の平和を守り、人間と妖怪の架け橋となるために戦い続ける狐小僧。しかし彼の戦いは、まだ終わりを告げたわけではありません。
 この先、彼がその役目を果たし、妖怪と人間が再びわかり合える日は来るのか。そして七年前の白仙の乱の真実は――この先の物語にも期待したいと思います。


『狐小僧、江戸を守る』(柿本みずほ 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon

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2023.04.05

松浦だるま『太陽と月の鋼』第6巻 悲しみの過去を断つ刃

 奪われた愛する妻・月を追う中で、通力使いを束ねる土御門家晴雄の奇怪な企てと対峙することとなった竜土鋼之助の苦闘はなおも続きます。前巻で彼の前に立ちふさがったのは、異常なまでの運の強さを持つ博打打ち・天朸。彼との賭博勝負で、月の命を賭けることとなった鋼之助ですが……

 通力使いとの戦いで疲弊した末に、かつて天狗小僧と呼ばれた男・高山嘉津間に助けられた鋼之助。嘉津間の口から、土御門晴雄にまつわる奇怪な物語を聞かされた鋼之助は、それでも月を救うため、明、そして卜竹の三人で、下総の諏訪明神に「飛び」ます。
 そこで鉄火場に飛び込んでしまったところを、天朸と名乗る博打打ちに助けられた鋼之助ですが――しかし実は彼こそは土御門家配下十二天将が一人「うさぎ目の天朸」。この天朸と月の居処の情報を賭けて勝負することになった鋼之助ですが、負ければ月の命が奪われることに……


 嘉津間と晴雄を過去を巡る奇怪な物語の次は、この天朸とのギャンブル勝負が描かれる本作。まったく何が待ち受けているのか予想もつかない物語ですが、ここで強く印象に残るのが、天朸のキャラクターであることは間違いありません。
 己のサイコロの出目を自在に操るという、博打においてはほとんど無敵の力を持ちながらも、それに倦み、むしろ自分の敗北を望んでいるかに見える天朸。この巻では全体の約半分をかけて、彼の背負った壮絶な悲しみの過去の物語が描かれることになります。

 かつて天保の飢饉の最中、なすすべもなく飢えに苦しむこととなった天朸の村。そして万策尽きた時、村長は一つの提案をすることになります。村のものに数字を割り振り、月に一度賽を振って出た目の者が死ぬ――あまりに無情で残酷ながら、しかし村人たちに受け入れられたこの方法により、村人たちは命を繋ぎ、天朸たちの食卓も少しずつ豊かになっていきます。
 しかしこのやり方に反発し、密かに妻と天朸たち以外の子を逃した天朸の父。その結果、天朸は恐るべき真実を知ることに……

 天保の飢饉を題材とした物語は様々にありますが、その中でも屈指の無惨で悍ましい物語であるこの天朸の過去編。(ある意味こうした物語の定番ゆえに)この「博打」の正体も、天朸の家族を待つ運命も途中で予想がついてしまうのですが――それだけに絶対その予想が外れてほしいと心から願ってしまうのは、これはやはり限られたページ数の中でも天朸に感情移入させてしまう、描写の妙としか言いようがないでしょう。
 一読鉛を飲み込んだような気分になること請け合いのエピソードであります。


 しかし、たとえ相手がどれだけ悲惨な過去を背負おうとも、どれだけ強力な力を持とうとも、鋼之助には決して負けられない理由があります。
 その末に立ち上がった鋼之助が放った一撃は、そしてその結果は――直前までここまで重い話を描いておいて、それでもなお、いやそれを踏まえてこそ、ここまで能力バトルものとして盛り上がる展開と結末を用意するか! と驚かされる、と言ってよいでしょう。

 そして勝負の結末を受けて、笹川繁蔵(!)が語る言葉もまた泣かせるのですが――しかしやはり気になるのは、ここで鋼之助が発揮した通力の正体でしょう。
 これまで「触れた金属を曲げてしまう」という、なんとも締まらない能力に見えた彼の通力。しかしこれまでの戦いの中で、彼の通力が、彼の刃がそれに留まらない、凄まじい力を持つことが仄めかされてきたわけですが――今回描かれたのは、これまでのそれともまた異なるものであります。

 はたしてその力の正体は何なのか? 唯一それを知ると思しいのは月ですが、これまた謎だらけである彼女の正体の一端が、ここで描かれることとなります。
 何となく予想しつつも、しかし絵で見るとやはり驚かされる彼女の正体の全貌は、そして彼女が鋼之助を愛する理由は何なのか――それらがまだ見えぬ中、ついに! と言いたくなるような場面を描いて、この巻は終わることになります。

 もちろんこれもまた、予想もつかないようなさらなる物語へと繋がっていくことは間違いないのですが……


『太陽と月の鋼』第6巻(松浦だるま 小学館ビッグコミックス) Amazon

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2023.04.04

重野なおき『真田魂』第4巻 真田と共に生きた武将たち そして父子の、兄弟の別れへ

 重野なおきが真田家の人々を描く『真田魂』第四巻は、秀吉の小田原討伐から天下統一、そしてさらに時は流れて関ヶ原前夜まで。小田原では共に戦った真田父子にも、ついに道を違える日が訪れます。既に戦国時代もほぼ終わった今、それでも戦いを求める信繁の向かう先は……

 次から次へと依る先を変えた末に、上田合戦で徳川軍を散々に打ち破り、その後秀吉に臣従することとなった真田家。一時の平穏を得たかに見えた真田家ですが、しかし豊臣家と北条家の間の緊張が高まり、北条と領を接する真田家はその影響を直接受けることになります。
 外交交渉が続けられる中、北条の将・猪俣邦憲が暴走して真田家の名胡桃城を奪取したことにより、ついに開戦に至る豊臣と北条。そして豊臣方の二十万の大群の中には、昌幸・信幸・信繁の姿が……


 というわけで前巻の展開を受けてついに始まった秀吉の北条討伐。大枠でいえば、ほとんど豊臣方の圧勝で終わった感のある戦ですが、本作的にはこの戦は、真田父子三人が轡を並べて戦った初めての、そして最後の戦いとなります。
 もはや歴戦の将である昌幸はともかくとして、バトルマニアにも関わらずこれまで戦いの機会に恵まれなかった信繁にとっては待望の初陣。碓氷峠で初陣を飾った信繁の喜びようたるや――いかにも漫画的表現には思わず吹き出しますが、なるほどその気持ちは理解できます。

 そしてこの小田原討伐は、豊臣方がほぼ総力を結集しただけあって、綺羅星のような顔ぶれが集うわけですが、作者の歴史四コマの読者としては、何とも感慨深いものがあります。
 この巻の冒頭では、特別編と銘打って、真田家の面々と(単行本が同時発売となった)黒田官兵衛が共演することになりますが、伊達政宗と片倉景綱が顔を見せ、そして何よりも秀吉・家康・利家と、作者の歴史四コマのファンには何とも懐かしい顔ぶれが並ぶことになります。

 当然ながらというべきか、それぞれの登場作と同じ顔・同じ姿で登場(この巻のだいぶ後に顔を出す宇喜多秀家も父親似)する様は、ちょっとしたクロスオーバー感があり、彼らがほぼ同じ時代に生きていたことを、今更ながらに感じさせてくれるのです。


 しかし、時は流れ続けます。ついに天下を統一した秀吉も老いさらばえた末に没し、やはり老いた利家も退場。残った家康も、かつての姿からすれば、重ねた齢を感じさせます。そしてその家康が、天下に向けて動き出したことから、次なる波乱が生まれることになります。
 言うまでもなくそれは家康と三成の対立から始まった関ヶ原の戦ですが――それが真田家に及ぼした影響は、ある意味他の家に対するものよりも大きかったといえるでしょう。

 家康嫌いの昌幸、秀吉に恩顧を受けた信繁、本多忠勝の娘・稲姫を正室とし徳川に近い信幸――その三人がそれぞれ石田方と徳川方に分かれ、相争う。まさに骨肉相食むというべきその状況は、客観的に見れば悲劇というほかないかもしれません。
 しかしそれでもそれぞれの道で「真田魂」を貫こう、と誓い合う姿は、これまでの波乱万丈というも生ぬるい、戦国の大波を掻い潜ってきた彼らならではの、不思議な爽やかさが感じられます。

(というか、敵になった次の瞬間から、親子だろうか兄弟だろうが油断も隙もあったものではなさすぎるので悲壮感を感じるヒマもない……)

 そして彼らが――というより昌幸と信繁がその不屈の魂の輝きを見せる時もすぐそこ。次巻は第二次上田合戦からスタートとなります。


『真田魂』第4巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon

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2023.04.03

久正人『カムヤライド』第8巻 激突! 日本最古の球技 そしてヒーローvs天津神

 日本最古の変身ヒーローを描く本作もいよいよ佳境に突入、第三のヒーロー(?)である神薙剣の登場に、ついに五人の天津神が動き出し、大決戦の時が――という前に、何故か始まる日本最古の球技試合。その名も「殖す葬る(ブエスボウル)」――色々と大波乱の一冊であります。

 伊勢でヤマトヒメから、ヤマト王家そして自分自身の呪われた過去を知ることになったヤマトタケル。200年前の天孫降臨をきっかけとする神々の跳梁に抗するため、初代大王は天孫の肉体を使った巨人・ヤマトオオクニタマを作り出し――そして神々に抗するため、ヤマトタケルはかつてその巨人の肉を食べさせられていたのであります。
 その結果自分が引き起こし、心の中に封印した惨劇の記憶をヤマトヒメから呼び起こされ、自分自身の人格を失い、神殺しの兵器・神薙剣として覚醒したヤマトタケル。神薙剣のパワー源である国津神を得るため、彼らはモンコを追うことになります。

 その一方で、自分たちが追うニ=ギがヤマトタケルと一体になったことを知った天津神たちも、彼を追って……


 そんな決線秒読みの緊迫した状況の中、師匠のノツチに乗せられた末、メキシコの小さな田舎町――じゃなかった菟田の土地の所有権を巡る「殖す葬る(ブエスボウル)」勝負に臨むことになったモンコ。
 「殖す葬る」――黄泉の国におけるイザナギとイザナミの神話を模したその競技は、要するに投げられた球を棒で打って走り、三つの地点を巡って戻れば点が入るという、その、まあ、どこかで見たような球技で……

 というわけで始まった野球勝負(ぶっちゃけた)。特撮ものではスポーツやら旅行やら時代劇やら、本筋と離れたイベント回というのがまま見られますが、まさかここで野球回とは――と、雑誌掲載時に毎回愕然としたことを思い出します。いややはりこれは単行本でまとめて読んでも、これまでの展開とは別のベクトルで凄まじいインパクトとしか言いようがありません。

 そんな読者の想いはさておき、ノツチそしてトレホ親方と弟子たちと共に試合に臨むモンコですが、相手はギターケースにロケット弾仕込んでそうな三人組に加えて、大王の密偵タケゥチ、そしてコヤネことアマツ・ノリットというとんでもないメンバー。モンコは後ろ二人の正体を知らない、そしてコヤネはモンコの正体も知らないという、微妙に緊迫した状況であります。
 そんな試合がただですむはずもなく、初めは野次が飛ぶくらいの平和なやきうであったはずのものが、トレホ親方のとんでもない秘密が暴露されたり、推音速狗(オオトバイ)が乱入したり、はては国津神まで雪崩込んできて……


 と、最後ので何とか話の流れはもとに戻り、国津神を挟んで対峙する(ここでお互いの正体を知らぬまま変身する二人というシチュエーションが心憎い!)カムヤライドとアマツ・ノリット。
 そこに神薙剣が現れ、さらに残る四人の国津神も出現、そしてもう一人のヒーロー、オトタチバナメタルも駆けつけ――ここに集った三人のヒーローと五人の大怪人!

 ここからのノリット以外の四人連続見開きの天津神変身シーンも圧巻ですが、この戦いに巻き込まれた人々を守るため、ついに並び立ったカムヤライドとオトタチバナメタル、二大ヒーローの姿にはこれが見たかった! とこちらのテンションも最高潮。
 さらに神薙剣も、国津神を取り込んで日本最古のフォームチェンジを披露と、これでもかと盛り上がるシーンの釣瓶打ちであります。

 しかし敵は国津神を生み出す天津神、しかもアマツ・ミラールはヤマトでの復仇に燃え、そしてノリットは野球対決を経てついに本気を出し――と、パワーアップした状態。いやそれ以前に敵は五人、味方は(神薙剣もカウントするとして)三人と、単純に二人もの戦力差があります。
 はたしてこの状態でモンコたちに勝ち目はあるのか? 思わぬ助っ人の登場にまだまだバトルが激化する予感を漂わせつつ、次巻に続きます。


 ちなみにこの巻の裏表紙で、思わぬ形で本作の作中年代らしきものがわかって年表マニア的には大歓喜――なのですが、これは西暦何年なのだろう、という大変な問題に踏み込むことに……


『カムヤライド』第8巻(久正人 リイド社SPコミックス) Amazon

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2023.04.02

『地獄楽』 第1話「死罪人と執行人」

 数々の死罪に処されながらも超人的な肉体で生き延びる元・石隠れ衆の忍「がらんの画眉丸」。しかし画眉丸の前に現れた打ち首執行人・山田浅ェ門佐切は、一切を投げたような彼が妻を愛し、そのために生き延びようとしていると指摘する。そして佐切は、画眉丸に無罪放免となる方法があると語るが……

 原作の連載完結と同時にアニメ化が発表されてから早二年、ようやくアニメ版『地獄楽』の放送がスタートされました。このブログでも『地獄楽』は連載開始時から注目し、原作はもちろんのこと、関連書籍も追いかけてきましたが、当然アニメ版も楽しみにしておりました。

 そして放送されたこの第一話は、原作の第一話のほぼ忠実なアニメ化というべき内容。いかにも本作らしい毒々しいまでにカラフルなオープニング(しかしこのOPや事前情報を見るに、第一期は追加組到着の辺りまでなのだろうな……)も印象的でしたが、やはりアニメで改めて見ても、この第一話の構成には感心させられます。
 打ち首をはじめとして様々な処刑方法でも尽く生き残る画眉丸の姿と、彼が無気力に語る自分の壮絶な来歴。そしてそんな彼が初めて命の危機を覚える佐切との対峙と、打ち首執行人だからこそ佐切が見抜いた彼の嘘、そしてそこから彼の本当の感情の爆発と、死罪人による神仙郷の探索(デスゲーム)という物語の骨格の提示――と、次から次へとこちらの目を奪うような事実・展開を繋げつつ、クライマックスの盛り上がりの中で、画眉丸の目的と物語のゴールを連結させて見せるというのは、やはり巧みとしか言いようがありません。

 正直なところ、先に述べた通りアニメの方はこの原作に忠実であって、そういう意味ではサプライズはないのですが、原作での佐切の
「ちなみに奥様はまだ石隠れの里にいます」
という台詞が
「私がこちらに向かう際、奥様はまだ石隠れの里にいると聞きました」
と変わっているのにはニヤリとさせられましたし、画眉丸が初めて見せた忍法の炎が、いかにも作者のカラー原稿的な色合いだったのには素直に感心したり――と、細部に神経を配っている点は好感が持てます。

 あとは今回はまだ鉄面皮だった佐切が素の感情を出すとき、どのような声となるのかが気になるところですが、そちらの方も期待したいと思います。


 ただ、モブのお役人さまたちの作画だけ異常に浮いていたのだけは、こう――メリハリというものはあるのだと思いますが、ちょっと作品への没入を妨げるレベルだった気が……
(あまりユルくなると『じごくらく』になってしまうのでは)


関連サイト
公式サイト

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2023.04.01

霜島けい『生目の神さま 九十九字ふしぎ屋 商い中』 印籠の中の目玉!? 小さな祈りが生んだ呪いと救い

 深川で曰く付きの品ばかりを取り扱う九十九字屋を舞台に繰り広げられる不思議な騒動を描いてきた本作もこれで「九」作目。るいの周囲で起きる不審な出来事の原因は何か、ある朝、九十九字屋に届けられた印籠の中に入っていた目玉とは――不可思議でいてどこか切ない二つの物語が描かれます。

 前向きなのが取り柄の霊感少女・るいと、皮肉屋で無愛想な店主の冬吾が切り盛りし、るいの父親で今は「ぬりかべ」の作蔵と猫の妖のナツがたむろする九十九字屋。そこでいつもと変わらぬ日々を過ごするいですが、冬吾の兄・周音のもとを訪ねたことがきっかけで、騒動が始まります。

 前作の「鬼の壺」で、冬吾を助けてくれた周音に礼をいうために訪ねたるい。そこでるいの背後を見て複雑な表情を見せた周音は、るいに貰い物だという匂い袋を渡したのです。
 この袋を周音に渡したのが誰か興味津々のるいですが、冬吾は渋い顔。ついに冬吾に匂い袋を取り上げられ、使いに出されたるいですが、何故か後から冬吾がついてくるではありませんか。

 冬吾が何を考えているのか訝しむるいですが、その後も、外出先で悪霊に出くわすなどおかしなことが続きます。どうやら一連の出来事は冬吾に恨みを抱く何者かが、るいを彼の弱味と見て狙っていたらしいのですが――そのきっかけは数年前に冬吾が客から引き取った「福石」にあるようで……

 と、るいの周囲で周音や冬吾が不審な言動を見せたり、悪霊に脅かされたりと不穏な空気が漂う――ようでいて、るいが完全に勘違いしたり、全く相手にしていなかったりするのが何ともおかしい本作。
 特に悪霊と出くわした時のリアクションはるいならではで、「なんだ、あの娘は……?」と言いたくなるのもよくわかります。

 さて、物語自体は、冒頭に福石にまつわる過去の出来事が語られるだけに、冬吾を恨んでいるのが何者かはすぐに予想はつきます。しかし、その人物が何故その福石なるものを持っていたのか、そして利用していたかを語る時、物語は全く別の顔を見せることになります。
 全てを語ることは避けますが、自分たちには全く責任のない災厄に巻き込まれた者のやり場のない想いを描き出すとき、ユーモラスな妖怪小説だったこの物語は、我々自身の――我々の暮らす世界で起きている出来事を描く物語へと変貌を遂げるのです。

 るいを取り巻く人間関係にニコニコさせられていたと思えば、突然に「刺さる」人情ものとしての顔を見せる――名手の技と感心させられます。


 さて、後半に収録されている表題作「生目の神さま」は、ある朝、九十九字屋の店先に印籠が置かれていたことから始まる物語です。
 るいが何の気なしに印籠の中を覗いてみれば、そこに入っていたのは二つの目玉。どうやらこの印籠の持ち主は、冬吾も昔から知る按摩・寿安のもののようなのですが――奇妙なのは寿安自身も、誰が何を届けるのか知らなかったことであります。

 それだけでなく、先代の頃から九十九字屋に出入りしていたにもかかわらず、寿安の見かけはどう見ても三十前後。しかしあやかしではなく普通の人間である寿安は何者なのか――その疑問に応えるように、寿安は自分の目玉にまつわる奇妙極まりない物語を語り始めます。
 そしてそれを語り終えた時、寿安は明日一日るいの手を借りたいと言い出して……

 ある意味タイトル通りというべきか、目玉にまつわる奇譚である本作。生目の神さまというと、悪七兵衛景清ゆかりの生目神社が浮かびますが、本作で描かれる「神さま」は、どこか身近で暖かく、そしてそれだけに生々しく恐ろしい存在であります。
 そんな存在に対して小さな魂が祈った結果は――見方を変えれば紛うことなき怪談であり、恐るべき呪いの物語でありつつも、しかしそれを人の想いが、人の優しさが一つの救いに変えていく様に心打たれます。

 クライマックスで描かれる美しい奇縁と、その先の優しい結末。本作もまた、実にこのシリーズらしい物語であります。


 それにしても本書に収録された二話に共通するのは、るいと冬吾のあまりの鈍さですが――いやはや、この二人の近くにいると、どれだけニヤニヤさせられたりやきもきさせられることか。ナツさんをはじめ、周囲の気持ちも想像できるというものです。


『生目の神さま 九十九字ふしぎ屋 商い中』(霜島けい 光文社文庫) Amazon

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