菱川さかく『地獄楽 波間の追憶』 決戦目前、それぞれが振り返る過去の物語
アニメ化にタイミングを合わせて刊行された『地獄楽』スピンオフ小説の第二弾であります。前作同様、今回も四人のキャラクター――付知、杠、シジャ、殊現を主人公とした四話が収録されています。
死罪人と山田浅ェ門、そして神仙たちの死闘が続く中、幕府に派遣された追加組が島に近づく――本書は、そんな決戦目前の段階に各話の主人公が自分の過去を振り返るという構成となっています。
「矛盾する命」
町に出かけた際に、火事で人死にが出たと知り、死体検分に向かった付知。そこで被害者が寝煙草で焼け死んだと推理する同心・沢村と出会った付知は、沢村の「所詮、死体に群がるごくつぶし共」という言葉に反発し、その推理の誤りを指摘していくことに……
山田浅ェ門の中でも、屈指の科学的思考の持ち主である付知。本作はそんな付知を主人公とした、一種のミステリ。焼死体に残された痕跡から一つ一つ矛盾を発見し、真相を解き明かしていく彼の姿はまるで科学捜査官で、さすがは当時おそらく最も死体を分析していた立場ならではというべきでしょうか。
また本作は彼が佐切と仙汰と共に町に出かけた時の物語なのですが、普段はごく普通の若者同士として仲良く過ごす浅ェ門たちの姿が印象に残ります。冒頭で触れた時間軸では、その一人が亡くなった直後だけに……
「暗闇に咲く花」
両親を失い、妹の小夜と二人暮らしていたかつての杠。不治の病に侵された小夜の薬代のために忍びとなった彼女は、そこで才能を発揮したものの、小夜の病は日に日に重くなっていきます。特効薬を手にし、花火が見たいという妹の願いを叶えるため、次々と任務に挑む中、心身をすり減らしていく杠。その果てに彼女が知った真実とは……
画眉丸ら石隠れ衆とは異なる流派の出身であり、そしてその過去のほとんどは本編では謎だった杠。ここでは佐切の問いに答える形で、その過去が語られることになります。
ここで杠を待つ運命については早くに予想できるところですが、しかしそれを受けてなお妹の願いを叶え、そして自分自身の一歩を踏み出す姿は、本編で常に飄々としていた彼女の真の強さを描いて印象に残ります。
そして彼女が佐切に何かとまとわり付く理由も察せられるとともに、本編で仙汰にかけた言葉の裏の真情が理解できるのもグッとくるところです。
「愛の道行」
幼い頃から憧れてきた画眉丸が、結婚を期に次第に変化していくのが心に暗くのしかかっていたシジャ。そんな矢先、任務で出かけた先で心中者の死体を見たシジャは、死を以て貫く愛があることを知り……
作中屈指のアレなキャラとして終盤をかき回した石隠れ衆のシジャ。その原動力である画眉丸に寄せる想いが募っていく様が、心中――曽根崎心中に重ねて描かれます。
その勝手に盛り上がり、突き抜けていく姿は、シジャらしいとしか言いようがないのですが――その一方で、こうならざるを得なかった石隠れ衆の非人間性も強く感じさせます。その象徴となりながら、人間として再生した画眉丸のある種の異常さもまた……
(それにしても本編では本当に虚しい退場となった雲霧がもう少し生きていたらどうなったのか……)
「刀に映るもの」
何者かに両親を殺され、山田家に引き取られた殊現。兄弟子の衛善をはじめ、周囲から暖かく迎えられる殊現ですが、彼は下手人への復讐の念に憑かれるばかり。
そんな中、町で一家殺しが相続いていることを知った殊現は、一門に隠れて下手人を探し、ついに相手の居所を掴むのですが……
シジャと並んで大暴走した殊現の入門当初を描いた本作は、同時に衛善の姿を描く物語でもあります。山田浅ェ門第一位でありながら、本編では速攻で散った衛善ですが、なるほど人格という点では確かに彼が一位と納得させられることは間違いありません。
特に殊現の刀を巡るエピソードは、実に泣かせるのですが――結局、追加組に参加する以前からアレだった殊現はどこで間違ったのか……(冷静に考えると浅ェ門に対するヤバいイメージはほとんど全て彼によるわけで)
というわけで前作同様、本編の設定や描写を踏まえつつも、落ち穂拾いという印象を与えることなく、本編の中にあっても違和感ない物語を描いてみせた本書。
ここまで来たら、描かれていないキャラクターを主人公にした第三弾を是非――と思います。(特に、殊現のエピソードを読めば気にならざるを得ない十禾など……)
『地獄楽 波間の追憶』(菱川さかく&賀来ゆうじ 集英社JUMP j BOOKS) Amazon
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