柿本みずほ『狐小僧、江戸を守る』 対立する人間と妖怪の間に立つ新ヒーロー!
妖怪が明確に人間の敵と認識され、取り締まられる江戸で、人間も妖怪も守るために戦うヒーロー「狐小僧」の戦いを描く妖怪時代小説であります。様々な事件の陰に存在する妖怪たちと、その妖怪たちを取り締まる孔雀組――その間に立つ狐小僧の戦いの行方は……
幕府が怨霊怪異改方、通称・孔雀組を組織し、妖怪と妖怪に味方する人間を厳しく取り締まる江戸に、夜な夜な出没する狐面の男。人に仇なす妖怪から人間を守るだけでなく、孔雀組から妖怪を守るこの狐面を、世の人々は狐小僧と呼び、喝采を送るのでした。
そんな中、上野の禅寺で住職の天暁と暮らす十四歳の少年・弥六は、見目は良いが人の倍は食べる力持ちの少年。日頃は寝坊してばかりで天暁に文句ばかり言われている弥六ですが、彼こそは狐小僧の正体――かつて幕府と盟約を結んでいた大妖怪・白仙と人間の女の間に生まれた半妖の子だったのです。
七年前、妖怪たちとともに江戸を襲撃した末に姿を消し、孔雀組が設立されるきっかけとなった白仙。しかし弥六は人間と妖怪の共存を目指し、烏天狗の黒鉄をお供に、夜毎江戸の安寧のために戦っていたのであります。
そんな弥六の周囲で次々と起こる妖怪絡みの事件。弥六は孔雀組や火盗改と対峙しつつも、事件解決のため奔走することに……
妖怪が絡む事件を解決するため、妖怪の力を持つ/妖怪に抗する力を持つ主人公が活躍する――これはいわゆる妖怪時代小説では定番のスタイルの一つであります。本作もそれを踏まえた作品ですが、しかしそのある意味ドライでシビアな世界観において、他の作品と決定的に異なるといえるでしょう。
妖怪時代小説での人間と妖怪は、ほとんどの場合、緩やかな共存関係にあるといってよいでしょう。人間が妖怪の存在を知らず、あるいは知っていても積極的に近づきも排除もしない――言ってみれば現実世界のそれを敷衍した関係であります。
しかし本作においては、七年前の白仙の乱をきっかけに、(それまで盟約を結んで共存していた)人間と妖怪が決定的に対立し、人間が妖怪たちを積極的に取り締まり、退治しているという、大きなIFの世界観となっているのです。
ここで妖怪を取り締まる孔雀組は、いわば火盗改の対妖怪版といえるかもしれません。しかし火盗改が犯罪者を容赦なく取り締まる組織である一方で、孔雀組はたとえ害はなくとも妖怪であるというだけで退治するだけでなく、妖怪と関わりのある人間も容赦なく責め問いにかけるという、恐ろしい一種の秘密警察として描かれます。
ある意味、この世界観を象徴する存在であり、狐小僧の最大の敵といっても過言ではありません。
しかしもちろん、狐小僧が戦う相手は、孔雀組だけではなく、人に害なす妖怪、妖怪を利用する人間といった江戸の平和を乱す者たちです。しかしそれと同時に、平和を望む人間と妖怪を守り、両者の架け橋となることもまた――いやこれこそが彼の本当の役目といえるでしょう。
本作に収録されている以下のエピソードは、いずれもそんな彼の活躍を描くものであります。
布切れを飲み込んだ姿で亡くなった若い武士が見つかり、さらに妖怪のその弟が妖怪に襲われた事件を描く「白うねり」
禅寺の僧ばかりが何者かに襲われ、肩に強い打撃を受けるという事件の中で、天暁の意外な過去が明らかになる「蟹坊主」
弥六の顔見知りの火盗改・鷹之助が恋した女性・お七の周囲で怪火が連続し、姿を消してしまったお七を追った弥六が知る真実「飛縁魔」
夜ごと狐小僧の偽物が出現し町の人々を襲う事件が発生、狐小僧の名が地に落ちた中で、弥六の幼馴染み・まつまでもが孔雀組に捕らえられてしまう「化け狐」
いずれもサブタイトルの妖怪たちは比較的メジャーなものばかりですが、彼らが人間たちと関わり合うことで生まれるドラマはどれも個性的で、本作独自のものばかりといえるでしょう。
特に本作で妖怪ごとの行動原理として描かれる「よすが」の概念はユニークで、よすが故に事件を起こし、事件に巻き込まれる妖怪たちを如何にして救うかが、本作の重要な要素となっているのも印象に残るところです。
こうして江戸の平和を守り、人間と妖怪の架け橋となるために戦い続ける狐小僧。しかし彼の戦いは、まだ終わりを告げたわけではありません。
この先、彼がその役目を果たし、妖怪と人間が再びわかり合える日は来るのか。そして七年前の白仙の乱の真実は――この先の物語にも期待したいと思います。
『狐小僧、江戸を守る』(柿本みずほ 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
| 固定リンク
