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2023.04.07

手塚治虫『火の鳥 異形編』 時の牢獄に囚われた者の癒やしと贖罪の物語

 『火の鳥』のエピソードの中でも、主人公の辿る運命が恐怖と同時に不思議な余韻を残す一編であります。戦国の世に山寺で暮らす一人の尼を斬った若侍。よんどころなく尼の身代わりとなった若侍が辿る恐ろしい運命とは――時の牢獄に囚われた者の癒やしと贖罪の物語が展開します。

 時は室町時代後期、下剋上でのし上がった残虐非道な武将・八木家正の娘ながら、男として育てられた左近介。彼女は鼻の病で余命僅かとなった父をそのまま死なせるため、父を診察し、その病を治す術を持つという八百比丘尼を斬ることを決意し、従僕の可平を連れて山寺に乗り込みます。
 しかし彼女の到来を知っていたような態度を見せる八百比丘尼は、この場所は時間が閉ざされており、死ぬまでここから逃れられないと左近介を嘲笑ったまま、彼に斬られて命を落とすのでした。

 目的を果たして可平とともに帰ろうとするものの、しかしどの道を通っても山から出られず、いつの間にか寺に戻ってしまうことを知る左近介。その矢先、寺に治療を求める病人や怪我人たちの群れが訪れ、左近介はやむなく八百比丘尼に化けて病人の相手をすることになります。
 寺に安置されていた光る羽で撫でることで患者を癒やしていく左近介。外から患者がやって来ることはあっても自分たちは寺から出られなくなった左近介は、いつしか自分が時間を遡り、30年前の世界にいることに気付きます。

 そんな中でも左近介は、やって来る患者の治療に当たり、やがて人間だけでなく異形の魑魅魍魎たちがやって来るのにも等しく応ずることになります。
 そんな暮らしを送る中、左近介の前に現れた火の鳥は、彼女を待ち受ける運命について告げるのですが……


(以下、本作の核心に触れますのでご注意ください)
 応仁の乱の後、天下が麻のように乱れていく時代(大体『どろろ』と同時代でしょうか)を舞台に、不老不死の存在として知られた八百比丘尼伝説を踏まえつつも、大きな変化球を投じてみせたこの異形編。
 本作において不老不死の源といえば当然火の鳥の存在が浮かぶわけですが、そこを避け、別の形で八百比丘尼を成立してみせたのに、まず感心させられます。

 しかし何といっても印象に残るのは、この八百比丘尼=左近介の辿る運命の恐ろしさでしょう。知らぬこととはいえ未来の自分自身を殺し、そしてその未来において過去の自分自身に殺される――自分がその結末を知る(というより結末を生み出した)だけに、一層その運命は救いがなく、残酷なものと感じられます。

 もちろん左近介が八百比丘尼を殺したのは、このまま生かしておけば一層世に害を為すであろう父を治療させないためという理由があったにせよ、一殺多生がはたして許されるのか? と火の鳥に問われれば黙るほかないのが、人間の哀しさであります。
 火の鳥が、数多くの人間に害を与える悪人よりも、それに比べればわずかに道を外したかに見える者に対して容赦がないのはいつものこととはいえ、それにしても無情過ぎると感じますが……


 と思いながら読み終えたところで、小さな矛盾に気付きます。作中で左近介の前に現れた火の鳥はこう語ります。無限に訪れる不幸な者たちを救うことで罪を償えば、三十年に一日だけ寺の外に出ることができると。寺から出られないはずの八百比丘尼が、左近介の父の診察できたのは実にこのためだったのですが――しかしそれでは何故、彼女はそのまま逃げ去らなかったのか、と。

 あるいはそのヒントとなるかもしれないものが、物語の結末にあります。この結末においては冒頭と同じ絵で、同じ展開が――すなわち八百比丘尼が左近介に斬られる姿が描かれるのですが、実はそこでの八百比丘尼の態度に相違点があります。
 それが左近介に対する八百比丘尼の思いやりから生まれたものだとすれば――彼女は自分自身を救うために戻ったのではないか。さらにいえば、火の鳥は彼女が自分自身を救うことを期待したのではないか……

 この恐ろしい時の牢獄が、あるいはやり直しの機会であったとしたら――先に述べた火の鳥が罰を与える対象の選択にも繋がる気がする、と思うのは、いささか楽観的に過ぎるかもしれませんが。


『火の鳥 異形編』(手塚治虫 講談社手塚治虫漫画全集ほか) Amazon

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