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2023年5月

2023.05.31

神永学『殺生伝 一 漆黒の鼓動』 開幕、命を吸う石を巡る争奪戦

 神永学といえば、『心霊探偵八雲』をはじめとするミステリの印象がありますが、『浮雲心霊奇譚』のような時代ものも手がける作家でもあります。そして本作もその一つ――戦国時代を舞台に、九尾の狐の怨念が籠もった殺生石を宿した姫君を中心に繰り広げられる、伝奇アクションであります。

 甲斐の武田晴信の大軍に攻められ、風前の灯火となった笠原家の志賀城――そこからただ二人落ち延びた笠原の姫・咲弥と警護役の紫苑は、山賊に襲われた末にはぐれ、紫苑は二人組の忍び・無名と矢吉に助けられるのでした。
 一方、川に転落した咲弥は、山奥で親代わりの老人・真蔵と共に暮らす少年・一吾に助けられます。咲弥を助けることを誓う一吾ですが、武田家の武将・穴山信友に仕える忍者集団・百足衆が襲いかかります。

 そこに現れた無名たちによって辛くも難を逃れた一吾と咲弥。合流した一行は、咲弥が追われるのは、彼女が生まれながら殺生石――かつて世を騒がせた九尾の狐が変じた石の欠片を宿しているためだと知ることになります。
 武田晴信を操り、持つ者に恐るべき力を与えるという殺生石を狙うのは、晴信の軍師を自称する怪人・山本勘助。彼が放った邪悪な妖魔たちを前に、咲弥たちは絶体絶命に……


 都で悪の限りを尽くした果てに追い詰められた九尾の狐が変じ、周囲に毒気を放って近づく者たちを死に至らしめたという殺生石。その後、玄翁和尚によって打ち砕かれたというこの伝説の魔石を巡る戦いが、本作の軸であります。

 莫大な価値を持つ秘宝を巡り、善魔様々な勢力が入り乱れての争奪戦は、時代伝奇小説の華であり、一つの典型といえるでしょう。その中でも本作がユニークなのは、何といっても秘宝――殺生石の危険極まりない性質によります。
 何しろ、この殺生石を宿す者は、たとえ深手を負ったとしても、周囲の者の命を吸収して回復し、決して死ぬことはありません。ある意味、己を守る最強の盾にして矛、それが殺生石なのです。

 つまり、殺生石を宿す者から、強引にそれを奪うことはできない。しかし宿す者もまた、それをその身から引き剥がすこともできない。そんな何とも皮肉な存在の殺生石と、それを宿した咲弥――本人の意思とは無関係に発動する殺生石に悩み苦しむ姿が痛ましい――の複雑な関係性が、本作の最大の特徴といえるでしょう。


 一方、一吾もまた、秘密を背負った少年であります。生まれたときから両親を知らず、ただ真蔵に育てられてきた一吾。自然の中で伸び伸びと育った明朗な野生児である彼もまた、(咲弥ほどではないようには思えますが)一つの宿命を背負った存在なのです。
 さらには油断のならなさと男らしさを併せ持つ自称上杉の忍び・無名、一吾の育ての親であり実は無名とも面識を持つ真蔵(その正体は何と!)、咲弥を守ることに命をかける美女・紫苑と登場人物も多士済々。敵対する武田側も決して一枚岩ではなく、穴山信友が一種第三勢力的な立ち位置となっているのも面白いところであります。


 正直なところ、物語はまだ始まったばかりといった印象で、主人公たちが追い詰められる展開がほとんどなのが何とも歯がゆいところではあります。
 しかしこのユニークな秘宝争奪戦がどこに落着するのか、そして物語の中心となる少年少女がその中で何を経験し、どのように成長するのか――この先が気になる物語ではあります(もっとも、現時点では第三巻までが刊行されたところで中断しているのですが……)


『殺生伝 一 漆黒の鼓動』(神永学 幻冬舎文庫) Amazon

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2023.05.30

アントンシク『天晴爛漫!』 自動車の創世期と西部開拓の終わりと日本男児と

 2020年に放送された同名のアニメを、キャラクター原案を担当したアントンシクが漫画化した作品であります。思わぬ成り行きでアメリカ大陸に渡り、大陸横断レースに参加することになった日本人青年・天晴と小雨。強敵たちを相手に奮闘する彼らのレースの先に待つものは……

 時はおそらく明治後期、大商人の次男坊ながら家業も手伝わずにカラクリ作りに明け暮れる青年・空乃天晴。彼と旧知の間柄だったためにお目付役を押しつけられた一色小雨は、天晴の出奔を止めようとして、かえってそれに巻き込まれることになります。
 その結果、天晴作の小型蒸気船・天晴号で沖に出てしまい、漂流する二人。辛うじてアメリカ船に救出された二人は、ロサンゼルスに到着したものの、文無しで帰国の当てもありません。折しも自動車の普及を目指す三大自動車会社がアメリカ大陸横断レースを企画、それを知った天晴は、天晴号を改造してレース参加を目指すことになります。

 そんな中で、BNW社の御曹司アルや、レーサー志望の少女・景夏蓮と出会う天晴たち。そして父の仇を探すネイティブアメリカンの少年・ホトトをガイドとして仲間に加えた天晴たちは、ついにレースに参加にこぎ着けます。
 天晴やアル、夏蓮の他に参加するのは、伝説のアウトロー「サウザンドスリー」の一人でありGM社に雇われたディラン、同じくサウザンドスリーの一人でアイアンモーターズに雇われたTJ、更に残る一人である「虐殺のギル」までも……

 開始早々、ギル一味の卑劣な妨害工作によって混乱するレース。しかし実はこのギルは偽物、皆ギルの影に怯えていただけだったのですが――しかしその直後、出場者たちが次々と襲撃を受け、死者も出ることになります。
 思わぬ事態となりながらも、コースを変更して続行することとなったレース。しかし残った選手たちの前に、真のギルが現れ……


 アメリカ大陸横断というのはやはりロマンをかき立てられる題材らしく、現実のレースのみならず、フィクションの世界でも様々に取り上げられる題材であります。

 現実にはマラソンや自転車がほとんどで、自動車レースというのはあまりないようですが、しかしそれだけにフィクションでは扱い甲斐があるということでしょうか。本作は、大陸横断に加えて、自動車創成期、そして西部開拓時代の末期を重ね合わせることで、独特の空気を生み出しているといえるでしょう。
 その象徴が、個性豊かな出場者が駆るワンオフの自動車であり、そしてサウザンドスリーに代表されるアウトローたちといえます。

 しかし本作はこうした様々な要素を、さらに異質な存在――言うまでもなく、日本から裸同然で飛び込んできた、しかも蒸気機関を動力とする自動車を駆る――である天晴(と小雨)を主人公とすることで、不思議なバランス感覚でもって成立させているといえます。


 さて、この漫画版は、冒頭に述べたようにキャラクター原案を担当したアントンシクが描いた作品であります。しかし作者の連載デビューが時代伝奇の『ガゴゼ』、本作の一つ前の連載が時代劇+西部劇の『恋情デスペラード』(さらに前には一種のテクノロジーものである『リンドバーグ』も)であったことを思えば、本作は元作品へのコミット以上に、作者向きの題材という印象もあります。

 実のところ本作は作者のオリジナル作品と言われても納得のできるクオリティで、キャラクターの柔らかい描線と、アクションなどのハードな描写を同時に描ける作者ならではの世界が十分に展開されているという印象があります。
 少なくとも、先に述べたような様々な要素が重なり合う本作を違和感なく成立させてみせる画は、作者ならではといってよいでしょう。

 ちなみに本作は、元作品のキャラクターとストーリーをかなり忠実に踏まえているのですが、大きく異なるのが、ホトトの仇の正体とその最期、そして武術の達人でありながら過去のトラウマで刀を抜けなかった小雨の覚醒のくだりであります。
 元作品ではこの二つは、中盤に一つのエピソードの中で描かれるのですが、本作では終盤に別個に展開。それぞれに好みはあるかと思いますが、前者はその残酷さ・良い意味の(?)悪趣味さにおいて、後者は純粋に盛り上がりという点において、漫画版の方が好きだな、と個人的には思います。

 終盤はレース以上に陰謀との対決がメインとなってしまった感もありますが、それはそれでレースものの王道。全三巻というボリュームも短すぎず長すぎず、よくまとまった佳品という印象であります。


『天晴爛漫!』(アントンシク 角川コミックス・エース全3巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon

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2023.05.29

岡村星『テンタクル』第4巻 武士か人間か 物語は大きな展開の時へ

 幕末の福岡を舞台に、九州独立の企てに巻き込まれた杖術使いの青年・長岡津春の苦闘は続きます。九州独立派の旗印である少女・周子とその弟を巡り、ついに始まった全面衝突。その中で過酷な選択を突きつけられた津春は大きな決断を下し、ここに物語は大きな転回の時を迎えることになります。

 黒船来航の動きにも無策な幕府に絶望した九州諸藩が密かに企てる九州独立計画――前福岡藩主と皇族の女性の間に生まれ、二刀流の達人である周子は、その旗印に選ばれることになります。一方、事情はわからぬまま周子の身の証となる刀を奪う藩命を受けた津春は、周子一党と藩の暗闘に巻き込まれ、その最中で親友と師を失うのでした。
 暗闘の末、会談を持つこととなった大目付と周子一党。しかしその中で独自の動きを見せる藩の隠密・寺内とその妻・十和は周子抹殺を画策するも、その企みを事前に察知した周子たちは機先を制すべく動きだし……


 という緊迫した状況で終わった前巻ですが、この巻の冒頭で描かれるのは、長崎を舞台にした佐賀商人・深川新左の思惑であります。
 いきなりの新キャラの登場に面食らいますが、躁鬱病ぎみの彼は周子一党の企ての後ろ盾となっている様子。見るからに曰くありげな用心棒・ワニとアラオを連れている辺り、只者とは思えません。

 この第三勢力めいた深川の動きも気になりますが、やはりメインとなるのは大目付派と周子一党の激突。大目付がなんとか穏便に収めようとしていたのに対し、寺内は膿を出しきるために周子の命を狙っていたわけですが――周子側も黙って討たれるはずもなく、逆に奇襲を仕掛けることになります。

 何しろ周子は二刀を手にすれば藩有数の使い手。そして彼女の一党もかなりの人数を擁し、もはや勝負は決したかに思われたのですが――しかし彼女にとっての誤算は、十和の存在であります。
 薙刀を手にすれば男も及ばぬ使い手であり、そしてそれ以上に、殺人狂というべき異常の精神を持つ十和。その場のパワーバランスを完全に崩した十和の登場に、周子は自ら迎え撃つことに……


 共に女性ながら、本作最強クラスの使い手である周子と十和。これはもはや頂上決戦というべき大一番ですが、しかしその対決は意外な形で終わることになります。戦いの中に紛れ込んだ周子の幼い弟・仁緒を捕らえ、喉元に刃を走らせる寺内。しかしその刃が決定的な結果を与える前に阻んだのは、意外な人物だったのです。
(そしてその人物の行動の理由も、意外ながらなるほどと納得)

 しかしその結果は、津春の運命にも大きな影響を与えることになります。元々医学を志していた津春にとって、目の前で幼い子供が傷を負ったのを黙っていられるはずがありません。しかしその子供は、大陰謀のもう一人の旗頭となりえる存在であり、仁緒への手当はいわば利敵行為。しかし寺内に非難されても、大目付に殺せと命じられても、津春の決心は……

 武士という生き方を貫くのであれば、津春が取るべき行動は明らかでしょう。しかしそれは本当に武士の生き方なのか。いや、人間の生き方なのか――同時の常識からみれば論外なのかもしれませんが、しかしここで津春が放つ言葉は、人間として大いに納得できるものがあります。
 そしてそれは、かつて侍の世の仕組みの中で敬愛する先輩を討たなければならなかった周子にとって、一つの救いだったのではないか――そのようにも感じさせられます。


 しかし津春が良心に従った、選択の代償は決して小さなものではありません。彼の行動の結果、これまでの敵と味方が一気に入れ替わってしまうような展開は、正直なところ予想だにしていませんでしたが、さて、この先に津春たちを待つものは何なのか。

 周子たちを迎えにやってくるワニたちの動向も含めて、この先も波乱含みであることだけは予想できますが――ラストでは思わぬ場所が登場し、そこでこれまた思わぬ人物が窮地に陥っていたりと、早くも前途多難を予想させる展開であります。


『テンタクル』第4巻(岡村星 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon

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2023.05.28

エリザベス・コーツワース『極楽にいった猫』 涅槃図と猫と優しい奇跡と

 今から100年近く前の1931年に米国人作家が発表し、米国で最も重要な児童文学賞の一つであるニューベリー賞を受賞した作品――むかしむかしの日本を舞台に、涅槃図を描くことになった貧乏な絵師と飼い猫の交流が思わぬ奇跡を呼ぶ、猫好き必読の美しい物語であります。

 むかしむかしの日本に、全く仕事が入らず、貧乏に苦しむ絵師がいました。身の回りの世話をするばあやと二人、かつかつ暮らしを送っていた絵師ですが、ある日ばあやは、一匹の三毛猫をもらってくるのでした。
 その猫に「福」と名付けて飼い始めた絵師ですが、ある日不思議な巡り合わせで、近所の寺の住職から、涅槃図を描くよう依頼されることになります。寺に飾る涅槃図を描けば、名が上がり、生活も楽になる――絵師もばあやも大喜びです。

 涅槃図を描く前に、王子時代から出家、悟りを経て、入滅に至るお釈迦様の生涯を思い描き、まさに精魂込めて絵を描き始めた絵師。お釈迦様を、弟子たちを描いた絵師は、いよいよ動物たちに着手することになります。
 かたつむり、象、馬、白鳥、水牛、犬、猿、虎――お釈迦様の逸話に登場し、入滅の時に駆けつけた動物たちを次々と描いていく絵師。しかし絵師が画を描くのをずっと傍らで見ていた福は、何やら悲しげです。

 そう、涅槃図には猫はいない――気位が高かったせいで、お釈迦様の入滅に立ち会わず、極楽に迎え入れてもらえなかったという猫。いくら福が可愛くても、涅槃図に猫を描くわけにはいかないのです。
 しかし段々と弱っていく福を前に、絵師は覚悟を固めます。そして涅槃図を完成させた絵師を待つものは……


 お釈迦様が入滅する際、菩薩や弟子、そして様々な動物たちが集まり、嘆き悲しむ様を描いた涅槃図。その中に猫がいないというのは、日本人でもご存じない方は少なくないかもしれません(もちろん、猫が描かれた涅槃図もあるのですが)。
 一番よく知られた理由は、お釈迦様に母親が薬を届けようとしたところ、木の枝にひっかかってしまい、それを取ろうとした鼠が猫に追いかけられたために、結局薬が間に合わなかったから――というものですが、その他にもいくつか理由は語られており、いささかすっきりしないところではあります。

 何はともあれ本作は、そんな涅槃図と猫にまつわるある種トリビアルな知識を柱として展開する物語であります。100年近く前の米国人作家がこの涅槃図を題材として選んだことにまず驚かされますが、作中で語られるむかしむかしの日本の姿にも大きな違和感はなく、また、「しっぺい太郎」の逸話なども取り込まれているのにも感心させられます。
(ちなみに本作では、しっぺい太郎に討たれるのは狒々ではなく化け猫となっているのですが――どうもこれは、これは明治時代にしっぺい太郎の物語が海外に紹介された際、猿から猫にリライトされたのに影響を受けているようです)

 しかし何よりも心動かされるのは、作中における猫の、猫と人間の関わりの細やかな描写であります。
 絵師の前に初めて現れた福の姿(それまでは何だかんだで飼うのを渋っていたのに、手のひらを返す絵師が微笑ましい)、そして絵師との日常での穏やかな姿――ふとした拍子に絵師に触れてくる猫、絵師が一心不乱に画を描く横で静かに過ごす猫等々、猫好きであればすぐにその情景が頭に浮かぶことは間違いありません。

 その一方で、猫好きほど、物語が進むに連れて心かき乱されるのもまた事実。どれだけ福が愛らしくとも、絵師が福を愛そうとも、絵師は自分の入魂の作品に、福の姿を描けないのですから。
 そんな悲しみとやるせなさを、本作は容赦ないといってよいような筆致で語ります。
「生き物のなかで、猫だけが、お釈迦さまの御心にかなわなかったんだよ。」
「とても優しく可愛らしいのに、永遠に呪われた生き物なのです」
「ほかの動物は釈迦に受け入れられ、慈悲を受け、極楽にいくことができたのに、猫のまえで極楽へと通じる扉は閉まってしまったのです」と……

 その果てに絵師が下した決断は、いくつもの悲劇を彼にもたらします。しかし――しかしその果てに彼を待っていたものがなんであったか。ラスト五行に示された優しい奇跡は、絵師への、福への、いや全ての猫への救いとして感じられるのです。


 日本語訳も上質で、猫好きであればぜひ一度手に取っていただきたい、優しい童話であります。
(ただ一つだけ贅沢をいえば、本作はぜひ日本人の手になる絵本で読んでみたかった、という気もいたしますが……)


『極楽にいった猫』(エリザベス・コーツワース 清流出版) Amazon

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2023.05.27

田中芳樹『カルパチア綺想曲』 大冒険 古き時代の怪奇と新たな時代の科学と

 SF、ファンタジー、中国歴史ものと、様々なジャンルで活躍してきた作者は、欧州を舞台とした歴史活劇の名手でもあります。本作もその一つ――19世紀末、囚われの身であるハンガリー独立運動の旗手を救うため、カルパチア山脈に向かう英国人たちの冒険を描く一大活劇であります。

 時は1898年、「ロンドン絵入り新聞」の新米記者ジョーと同僚のアランは、久々に帰国した元下院議員でありジョーの父・ジェラードと再会した矢先、とんでもない冒険話に巻き込まれることになります。
 当時、オーストリア・ハンガリー二重帝国に併合されていたハンガリー独立運動で活躍してきたヴルム伯爵――ジェラードとは旧知の仲であるこの人物の子息・アランがロンドンを訪れ、カルパチア山中の要塞に幽閉されているのを救出してほしいと依頼してきたのです。

 二つ返事でこの依頼を引き受けたジェラードですが、口から先に生まれたような人物で、トラブルメーカーの父に、ジョーは憮然とした態度を崩せません。しかし特ダネ目当てにアランと共にこの冒険に参加することになったジョーは、ジェラードが中国から連れ帰った美しい妻・ランファと四人で、ブダペストに向かうことになります。
 そこでイオンや伯爵の同志の資産家・ルカーチ、どこかうさんくさいユダヤ人青年・トレビッチらと共に、伯爵救出計画を練る一行。険阻なカルパチア山脈の中、オーストリア軍が警備する要塞に如何に潜入し、老体の伯爵を連れ出すのか――ジェラードはそこで思わぬ策を披露するのでした。

 しかし、どこからかこの動きを察知した憲兵隊のノイマン中佐は、密かにスパイを送り込み、ジェラードたちの動きを探ります。さらにブダペストの夜には奇怪な獣の影が徘徊、ルカーチ氏の妻の周囲でも不審な事件が相次ぐなど、事態は混迷の度合いを深めます。
 そんな中、ついにカルパチアの要塞に向けて旅立つ一行。しかしその最中、思わぬ裏切りと、意外な真実が明らかになり……


 カルパチアといえば、怪奇小説ファンにはなんといっても、あのドラキュラの城が在った吸血鬼伝説の本場――あるいはヴェルヌの『カルパチアの城』が浮かぶのではないでしょうか。本作はこれらの作品を踏まえつつも(作中ではっきりと言及)、いかにも作者らしいキャラクターたちが活躍する冒険活劇であります。

 何しろ実質主人公格のジェラードは、元下院議員ながら、むしろ山師か冒険家か、と言いたくなるような破天荒な人物。これはこれで一個の快男児ですが、娘(そう、ジョーの本名はジョセフィン、歴とした女性であります)が事あるごとに反抗するのも理解できます。
 一方、彼らに対するオーストリア憲兵隊のノイマン中佐は、切れ者で冷徹な敵役――なのですが、この当時の人間としては破格なことに民族差別などは行わず、決して単純な悪役ではないのが面白い。しかしかといって正々堂々な人物ではなく、そしてどの民族を問わず、人間全てに冷徹なだけ――というのも、実にユニークで、不思議な魅力があります。

 本作はそんな食わせものたちを中心としたキャラクターが入り乱れることになりますが、しかし入り乱れるのはそれだけではありません。ブダペストを騒がせるジェヴォーダンの獣めいた怪物、そしてハンガリーで吸血鬼といえばこの人、な人物の後裔までも登場して、物語はグッと怪奇度を深めていくことになるのですから。
 その一方で、カルパチアに向かう手段には当時の最新の科学の成果(どちらかというとフィクションの成果?)を用いたりと、古き時代の怪奇と新たな時代の科学が取り混ぜられた趣向もまた、この舞台設定ならではというべきでしょう。

 そしてさらに物語は意外な方向に展開していくことになるのですが――特に後半で明かされるある真実には、なるほどちょっと不自然に見えた登場人物の行動にも確かな意味があったのか! と納得で、この辺りのドラマ作りの巧みさはさすがというべきでしょう。

 そして最後の最後まで油断できない大活劇の末に、物語は綺麗にハッピーエンド。一見ライトな手触りでも、中身のしっかり詰まった、娯楽小説のお手本のような作品であります。


『カルパチア綺想曲』(田中芳樹 らいとすたっふ文庫) Amazon

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2023.05.26

東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第10巻 真剣勝負! 幕末に死に損ねた男二人

 正編が終了し、続編にまで突入した「残月剣士伝」もいよいよクライマックスの漫画版『警視庁草紙』。撃剣会を巡る騒動も一応の決着がついたかと思いきや、何と兵四郎と藤田が文字通りの真剣勝負を演じることになります。その決着は、そして剣士たちの物語の行方は……

 撃剣会潰しのため、警視庁の後ろ盾を得た平間重助が始めた「女剣会」。兵四郎の思わぬ助太刀もあり、大盛況となった女剣会ですが、これに対して撃剣会側は、兜割り勝負を警視庁に叩きつけることになります。
 撃剣会側は榊原鍵吉、警視庁側は上田馬之助――それぞれ幕末の大剣客を代表としたこの勝負は、上田の不可解な失敗もあり、見事に榊原が兜割りに成功。撃剣会は勢いを盛り返し、これにしてめでたしめでたし――では収まらないのは兵四郎と藤田であります。

 彰義隊に参加して上野戦争で死に損ねた兵四郎と、芹沢鴨の暗殺を見過ごした後悔を抱え続ける藤田――二人は、それぞれ何かに憑かれたように動き出します。
 そして撃剣会において真剣で勝負をしたいと言い出した兵四郎と、その相手に名乗りを上げた藤田。宿敵同士の二人は、激しく白刃を交えることに……


 というわけで、物語がひとまず決着したかと思われたところで始まった、思わぬ番外戦。これまで幾度か刃を交えてきた兵四郎と藤田が、今度は剣道の防具に真剣という珍しいスタイルで激突することになります。

 しかしこの二人が何故、撃剣会の場で真剣を手にしなければならないのか――これはもう、「当てられた」「憑かれた」としか言いようがない、本人たちもおそらくはっきりとはわかっていないのではないかとしか思えません。
 しかし二人とも、如何に普段は飄々とした顔を見せていても、幕末から抱えていた、死に損ねたことへの蟠りが不意に爆発したというのは、これはこれで「らしい」というべきかもしれません。

 ちなみにこの展開はもちろん(?)漫画版のオリジナル。何だかんだいってもちょっと唐突感は否めないところであり、そしてさすがに藤田をフィーチャーし過ぎではないか、という印象はあります。
 とはいえ、上で触れたように防具をつけての真剣勝負というのはかなり珍しいシチュエーションであり、決着もこの戦いならではのもの。そしてそこに全力でツッコミに入るあの人の言葉もよく、これはこれで楽しめたところではあります。


 さて、思わぬ場外乱闘はあったものの、再び物語は本筋に戻ります。撃剣会の仕掛人というべき加賀四人衆、そして撃剣会に肩入れしてきた謎の雲水二人組が東京を離れるのを期に、彼らを捕らえようとする警視庁と、阻もうとする兵四郎たち。
 ピストルまでも持ち出してきた加治木をはじめとする警視庁側に対し、兵四郎側も思わぬ助っ人を連れて妨害に出るのですが――ここで藤田の前に立ち塞がったのは、謎の雲水の一人。そしてついに素顔を見せたその正体は……

 と、この巻でも終わらなかった「続残月剣士伝」も次巻でいよいよ完結。続くエピソードは、そしてこの作品の向かう先は……


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2023.05.25

金井たつお『天保六花撰 悪いヤツら』 悪党復活 ピカレスクと成長物語と

 大ベテラン・金井たつおによる新釈・天保六花撰というべき物語、これまで全話が単行本にまとめられたことがなかった作品を、コンビニコミックの形で取りまとめたものです。二枚目だけが取り柄の御家人・片岡直次郎が、お数寄屋坊主の河内山宗俊と出会った時、ピカレスクストーリーが始まります。

 御家人の家に生まれながらも侍の世界を嫌い、弟分の暗闇の丑松と遊び暮らす片岡直次郎。ある日、手元不如意になり、恋人の一人である美濃屋のお加代に無心に出かけた彼は、彼女が横恋慕した岩館藩主の息子によって拐われたと知ることになります。
 早速お加代を奪い返そうとする直次郎と丑松ですが、あわや藩士たちに斬り捨てられかける羽目に。そこに現れた容貌魁偉な坊主・河内山宗俊に救われた二人は、お加代を取り返す算段があるという河内山の企ての、片棒を担ぐことに……


 講談、そして何よりも河竹黙阿弥の歌舞伎によって今なお知られる天保六花撰――河内山宗俊・片岡直次郎・三千歳・金子市之丞・暗闇の石松・森田屋清蔵ら六人の悪党。最近では物語の主役になることは少ない印象がありますが、しかし特に河内山は、今でもその存在感は抜群であります。

 本作はそんな天保六花撰を題材に、金井たつおが「コミック乱」誌の2004年6月号から2005年10月号にかけて連載した作品。
 金井たつおといえばその作品は硬軟様々(後者の印象が強いですが)であるものの、時代漫画という印象が薄い作家(工藤かずや原作の『新選組』がありますが)ですが――さすがはというべきか、天保六花撰の物語を換骨奪胎して、自分の物語としている印象であります。

 特に本作の天保六花撰の設定は、随所にアレンジが施されています。宗俊・直次郎・丑松辺りはベースとなる物語から大きくは離れていない印象ですが、特に三千歳は直次郎の恋人ではなく深川の岡場所で妓楼・妖花楼を営む美女という設定なのが大きく異なるところでしょう。
 悪事を働く前に、三千歳が市井の、宗俊が武家の情報を集め、それを元に宗俊が描いた絵図面を、直次郎や丑松たちが実行する――というのが一つのスタイルとなっています。
(また、金子市之丞は宗俊の用心棒を務めるワケありの剣客という設定で、一味のある意味切り札的存在というのも面白い)


 しかしさらに面白いのは、本作が一種の成長物語としての側面を持つことでしょう。
 宗俊と並び本作の主人公である直次郎は、初登場の時点では、いわばジゴロを気取った小悪党という人物。悪党を食い物にする大悪党である宗俊に比べれば、ほんのヒヨッコであり、手足のように利用される存在であります。

 その貫目の違いは、はもちろん彼の人生経験の不足によるものでもありますが、それ以上に覚悟の不足に由来するものといえます。
 しかし物語の中盤、自分の考えの甘さから悪女・紫乃――三千歳のかつての姉貴分であり、今は女子供も皆殺しにする凶賊の頭領――によって、自分を慕う茶屋の娘を殺されたことをきっかけに、直次郎は変わっていくことになります。

 彼が宗俊から学んだ、悪党であるということの意味、そして己が悪党になることへの覚悟。それはそれでどうなのだろうという気もしますが――しかし本作の宗俊が悪党でありつつも外道ではなく、そして自分の行動の結果は全て自分で受け止める覚悟を決めている、一種の大人物であることを思えば、やはりこれも成長というべきでしょう。

 そして自分なりの覚悟を固めた直次郎が、宗俊を利用して自分の仕事を成し遂げてみせるエピソードは、不思議な感動があります。もっとも、宗俊は更にその上を行ってみせるのですが……


 そして本作は終盤、大坂の元締めと呼ばれる西の大悪党であり、紫乃の後ろ盾でもある森田屋清蔵と宗俊たちが対決。宗俊がひとまず勝利を収め、清蔵も宗俊を認める――というところで終わりを迎えることになります。
 つまり本作は、天保六花撰誕生直前で終わってしまうのですが、六花撰の顔見せ自体は済んだわけで、これはこれで一つの幕引きのタイミングなのかもしれません。

 何はともあれ、これまで何故か単行本されてこなかった(冒頭六話のみ、数年前に電子書籍されたのですが、後が続かず)本作が、こうして一つにまとまって読めるというのは、まことにありがたい話であります。


『天保六花撰 悪いヤツら』(金井たつお&桜小路むつみ リイド社SPポケットワイド) Amazon

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2023.05.24

今村翔吾『イクサガミ 地』 迫る宿命の魔剣 そして恐るべき陰謀の正体!

 何者かに集められた武芸の達人たちが繰り広げるデスゲーム・蠱毒を描く『イクサガミ』、待望の第二弾であります。骨肉の争いを繰り広げる京八流の兄妹に迫る恐るべき敵とは。そしてついに明らかになる蠱毒主催者の正体と、その恐るべき目的とは――新たなる達人も加わり、戦いは続きます。

 明治11年、武芸自慢に金十万円を得る機会を与えるという謎の布告に惹かれ、京都・天龍寺に集まったのは292人の男女。そしてそこで始まったのは、京都から東京まで、参加者たちが互いの持つ札を奪い合うというデスゲーム・蠱毒でありました。
 故あって参加した嵯峨愁二郎は、やはり参加者ながら非力な少女・香月双葉を見るに見かねて守ることとなり、不利を承知の二人旅。過去に拾得した秘剣・京八流の技で窮地を切り抜けていく愁二郎ですが、その前に数々の達人たちが立ちふさがります。

 忍びの達人であり、二人に同盟を組もうと持ちかける柘植響陣。幕末から凶剣を振るう狂気の人斬り・貫地谷無骨。水際だった弓の技を見せるアイヌ・カムイコチャ。正義と礼節を重んじる公家剣法の達人・菊臣右京。

 それだけではありません。愁二郎を狙うのは、四蔵、彩八――かつて彼が兄妹のように育った京八流の同門たちであります。
 それぞれが八つの奥義を一つづつ受け継いだ相弟子同士が奥義を奪い合い、最後まで残った者が継承者となる京八流。しかしこの継承戦を愁二郎が放棄して逃げたことで、それは未然に防がれたはずだったのですが……


 と、冒頭からラストまでひたすら達人たちの死闘が繰り広げられた『イクサガミ 天』に続く本作では、冒頭からこの京八流の兄弟たちが激突することになります。

 前巻のラストで双葉を攫い、彼女を人質に、愁二郎を誘い出した継承候補の一人・三助。しかし彼は愁二郎だけでなく、その他の兄妹たちも呼び出していたのです。
 それには理由がありました。愁二郎のような逃亡者を狩るために用意されていた恐るべき剣士――幻刀斎が動きだし、すでに犠牲者が出ていたのであります。しかし時既に遅し、実は蠱毒に参加していた幻刀斎の魔剣が、集まった兄妹たちに襲いかかり……

 蠱毒が縦糸だとすれば、横糸というべき京八流の継承を巡る争い。前巻を見れば、最強の四蔵をはじめ、かつては苦楽を共にした兄妹たちが愁二郎に襲いかかるという展開が予想されましたが――しかし彼らの共通の敵というべき幻刀斎の出現に、一気に流れは変わることになります。
 一人一人がそれぞれの奥義を持ち、愁二郎や四蔵のように複数の奥義を持つ者までいる兄妹ですら及ばぬ幻刀斎。果たしてこの怪物をどうすれば倒すことができるのか――愁二郎たち兄妹の運命も、思わぬ方向に転がっていくことになるのです。


 しかし、その間も蠱毒は続きます。女薙刀使いの秋津楓、異国からやって来た豪剣士・ギルバート(その背負った過去も凄まじく熱い)と、全体の半ばを過ぎてまだまだ新たな強豪が登場し、一体どうなってしまうのか――と思いきや、更にとんでもない展開が繰り広げられることになります。

 蠱毒のルールの裏を探るため、別行動を取っていた響陣が知ってしまった、蠱毒の実行者の正体。それはあまりにも意外かつ強大な(そしてそれだけに納得の)ものであります。
 およそ抗う術などない相手に対し、愁二郎は思わぬ人物を味方に引き入れようとするのですが、それが更なる混沌を招くことに……

 と、詳しいことが書けないのが非常にもどかしいのですが、本作の後半で繰り広げられる展開が、驚愕の一言であることは間違いありません。ここまでくるとデスゲームというより、もはや大仕掛けな伝奇ものというべき展開には、仰天、そして拍手喝采であります。

 かくて蠱毒の参加者や幻刀斎だけでなく、蠱毒の主催者をも敵に回して生き残りを賭けることになった愁二郎と同盟者たち。決して戦うのが彼一人ではないのが救いというべきですが、しかし運命は容赦なくある史実へと物語を誘います。

 四面楚歌というも生ぬるい状況で、それぞれが持てる力を尽くして生き残りを賭ける――全く非力である双葉の存在が、しかし戦いが激化するほどその重みを増していくのにも驚かされます――愁二郎と仲間たち。
 もはやこの国の命運を決するとすらいえる蠱毒の先に彼らを待つものは何か。ついに蠱毒側の切り札も姿を現し、謎は一層深まります。

 さらに、ある意味本作全体が登場予告というべき謎の剣士の存在もあり、まだまだ先の見えない『イクサガミ』。完結編である次巻の刊行が待ち遠しくてなりません。


『イクサガミ 地』(今村翔吾 講談社文庫) Amazon

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2023.05.23

白川紺子『花菱夫妻の退魔帖』 華族から家族へ、「歪み」を乗り越える二人

 既に続編が刊行されたのに今ごろで恐縮ですが、大正時代を舞台に、幽霊を見る力を持つ侯爵令嬢・鈴子と、彼女に求婚してきた男爵・孝冬の二人が、華族と幽霊にまつわる奇怪な事件に挑む連作シリーズの第一弾であります。ある日、鈴子が目撃した幽霊を食う幽霊。その正体とは……

 瀧川侯爵の令嬢ながら、故あって浅草で生まれ育ち、怪談蒐集を趣味としている鈴子。ある日、怪奇現象に悩まされているという室辻子爵夫人の話を聞いていた鈴子は、そこで夫人の人工宝石の指輪に執着を示す芸妓の幽霊を目撃するのですが――しかしその直後、十二単をまとった謎の幽霊が現れ、芸妓の幽霊を呑み込んでしまったではありませんか。
 十二単の幽霊を連れていたのは、神職華族であり、現在は香水商としても知られる花菱男爵家の当主・孝冬――そして鈴子が十二単の幽霊を見たことを知った孝冬は、出会ったばかりにもかかわらず、鈴子に求婚してくるのでした。

 慇懃無礼で捉えどころのない孝冬を薄気味悪く思い、反発するものの、彼女のある過去を持ち出され、婚約を余儀なくされた鈴子。婚礼の準備が進む中、芸妓の幽霊の正体が気になった鈴子はその正体を追うのですが、行く先々で孝冬につきまとわれ……


 ライトノベルやヤングアダルトのジャンルで最近しばしば目にする大正時代を舞台とした作品、そしてこれまた人気の題材である、わけあり結婚もの(と呼んでよいのかしら)である本作。つまりは、大正時代の華族の令嬢が、よくわからないままに意に染まぬ結婚を強いられたと思えば、相手にはとんでもない理由が――というシチュエーションですが、その「とんでもない理由」というのが、本当にとんでもない作品であります。

 淡路島で、伊弉諾尊を祀ってきたという、まことに由緒ある花菱家。しかしある時代の花菱家の巫女が怨霊――淡路の君と化し、以来、花菱家の者は、彼女の食事として、他の霊を与えるという役目を背負っているというのです。そしてそんな花菱家の花嫁となるのは、淡路の君に気に入られた娘であり――それが今度は鈴子だったのです。
 しかし鈴子の方も実は訳ありです。瀧川侯爵の女中であった母親に浅草で育てられた鈴子は、生まれついて幽霊を見る力を持つ力の持ち主。それを活かして千里眼の少女として食っていた過去を持つ鈴子ですが、ある事件が原因で浅草を離れた彼女は、瀧川家で暮らしながら、事件の真相を追っていたのです。

 というわけで本作は、それぞれにわけあり曰く付きの二人が出会う幽霊絡みの物語、全三話で構成されています。
 上に述べた芸妓の幽霊を追った鈴子と孝冬が、彼女が指輪に執着する理由を知る「虚飾のエメラダ」
 孝冬の縁で、かつて街で殺された金山寺味噌売りの幽霊と出会った鈴子が、彼にまつわる悲しみの連鎖を目撃する「花嫁簪」
 孝冬の別荘の近くの屋敷で不審死を遂げた子爵夫人が幽霊となって出没する理由を二人が追う「魔女の灯火」

 いずれのエピソードも、二人が幽霊が出現する理由を解き明かし、幽霊の執着をほどいていくという内容ですが、それはすなわち幽霊にまつわる謎解きということでもあります。事件の内容も個性的であり、一種のホラーミステリとしてもレベルの高い作品といえるでしょう。


 しかし本作が描くのは、幽霊にまつわる謎だけではありません。本作が力を入れて描くものは、その幽霊が現れる場であり原因でもある、華族という世界なのですから。

 本作で力を入れて描かれる華族たちの優雅な姿。それにはまさに「いいご身分で……」と言いたくなってしまうほどですが、しかし本作が描くのはそれに留まりません。
 それは一言で表せば、華族が抱える/生み出す「歪み」。身分に寄りかかった行いの放埒さ、身分に縛られたが故の生き方の不自然さ――そして自分だけでなく、配偶者や子孫をも苦しめるその「歪み」を象徴したものが、本作における幽霊なのであります。

 そしてその「歪み」は、鈴子を、さらには孝冬をも苦しめてきたものでもあります。そんな二人が、幽霊を通じて他者の「歪み」と対峙し、そしてその中で互いの抱えた「歪み」に気付く。その先に描かれる二人の姿――初めて互いを理解し、打算や義務でなく求め合い、結ばれる二人の姿には、思わず胸が(頬も)熱くなります。


 華族から家族へ、「歪み」を乗り越えてタイトル通りの「夫妻」となった二人。しかし二人が正すべき「歪み」は、そして挑むべき謎はいまだ存在し続けます。そんな二人の向かう先は――続編も必見であります。


『花菱夫妻の退魔帖』(白川紺子 光文社キャラクター文庫) Amazon

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2023.05.22

『地獄楽』 第8話「弟子と師」

 島からの脱出口を求めて彷徨う典坐とヌルガイの前に現れた天仙・朱槿。その異常な身体能力と回復力に追い詰められる二人を、士遠が救う。荒んでいた自分を救い、導いてくれた師との再会に喜ぶ典坐だが、三人の前に朱槿が再び現れる。守りたい人を守るため、覚悟を決めた典坐は……

 構成の関係でかなりユルい印象の強かった前回から一転、ひたすらシリアスなドラマが展開することになった今回。そしてその主人公というべきは典坐――山田浅ェ門第十位(考えてみると佐切はともかく、棋聖よりも上なのか……)にして、第5話でヌルガイを救って以来の登場となります。
 第5話では、山の民であるというだけで一族を皆殺しにされ、死罪となったヌルガイの境遇の理不尽さに怒り、絶望に暮れていた彼女を奮起させた典坐。見るからに熱血漢というか陽キャというかパリピ(それは『じごくらく』)という印象の典坐ですが、しかし今回冒頭から描かれるのは、そんな今の姿とは裏腹な、過去の荒んだ姿であります。

 身寄りもなく、江戸の町で殺し以外は何でもやって生きてきたという典坐。一歩間違えたら賊王になっていそうな彼が、今のような姿となった陰は、士遠との絆があったわけですが、ここで描かれる過去エピソードは、原作にはないものの、どこかで見たことがあるようなないような――と思っていれば、何とこれはスピンオフ小説『地獄楽 うたかたの夢』収録のエピソード「桜咲く庭」の内容であります。

 比べてみると細かい部分はだいぶ省かれてはいるものの、エピソードのメインとなる典坐と士遠の出会い、典坐の反発と士遠からの試練、(回想シーンやスピンオフでのいい人ぶりに定評のある)衛善が語る士遠の過去の悔悟――といった部分は全て取り入れられているのがわかります。
 そしてその中でも特にクローズアップされているのは、「可能性」という言葉であります。誰からも期待されず、自分でも諦めていた典坐の可能性。それを見出した士遠の辛抱強い指導により、典坐はその可能性を信じ、前向きに生きることができた――という実に泣かせる師弟の絆ですが、それを描くためにスピンオフ小説を持ってくるというのには、大いに好感が持てます。


 しかしその可能性を全力で叩き潰しに来るのが『地獄楽』という物語であります。士遠がかつて語ったように、心の底から守りたいと思う相手ができた典坐。しかしその相手を守るために、彼はここで自分の可能性を擲つことになります。それは途方もなく残酷な物語ではありますが――しかしそれによって他人の命を、他人の可能性を守り抜いた彼の生き様を笑える者は誰もいないでしょう。(そしてそんな彼の声なき叫びを理解して行動に移す士遠もただ見事)
 そしてこの典坐の姿は、限りある命を燃やして命を繋ごうとする人間の象徴として、『地獄楽』という物語において、この先幾度か振り返られることになるのですが……

 そんな大事な回にもかかわらず、わざわざ小説版からエピソードを引いてきたにもかかわらず、そして声優たちの熱演にもかかわらず、作画をはじめ、アニメーションとして見た場合にあまりにも低調なのは、いかがなものか。
 これまでも作画は、諸手を挙げて素晴らしいとは言い難かったこのアニメ版ですが、今回は特に脱力度が高く(ラストのヌルガイのポカポカとか)、いやもう残念の一言に尽きます。

 折角エンディングも、今回のみの特殊バージョン――今回の過去パートで大きな意味を持ちながら、敢えて本編では描かれなかった(そして小説でのクライマックスである)部分、自分から一本取れば出て行くことを許すという士遠と典坐の勝負の行方をここで初めて描くという心憎い構成だったのが、実に勿体ない……
(しかしこの特殊エンディングも後半はいつも通りだったので、感動的なシーンの後に凄い顔の画眉丸が描かれるのはどうかと思いましたが……)

 それともう一つ、以前から気になっていましたが、本作で「人別」を「じんべつ」と読むのはどうなのか――第11代将軍が斉慶という世界の話だ、というのとはまた別の話なので。


『地獄楽』下巻(バップ Blu-rayソフト) Amazon

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菱川さかく『地獄楽 うたかたの夢』 死罪人と浅ェ門 掬い上げられた一人一人の物語

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2023.05.21

貘九三口造『ABURA』第2巻 孤軍奮闘、一騎当千の二刀流!

 油小路の戦い特化、しかも御陵衛士サイドからという、極めてユニークな新選組漫画(と呼んでよいものか)の第二巻であります。いよいよ始まった御陵衛士と新選組の死闘の中、早くも出た犠牲者。その犠牲を踏まえて、六人の御陵衛士たちは如何に動くのか。そしてあの最強の男がその力を見せることに……

 新選組を離脱した伊東甲子太郎率いる御陵衛士と、新選組が激突した凄惨な内部抗争・油小路事件。本作はその死闘を、ほとんどその死闘のみを描く作品であります。
 新選組に暗殺され、油小路七条の辻に放置された伊東甲子太郎の亡骸。その亡骸を奪取するために向かった七人の御陵衛士は、そこで永倉新八・原田左之助らが指揮する多数の新選組に包囲されることになります。

 ここで全員が命を落とせば、御陵衛士全てが滅ぶ――仲間を死んでも見捨てないために、誰かが生き残ることを決意した七人は、敢えて敵に後ろを見せ、三方に分かれて脱出することになります。
 篠原泰之進・富山弥兵衛は東手、藤堂平助・鈴木三樹三郎・加納道之助は西手、そして服部武雄・毛内有之助は北手――しかし藤堂は永倉の願いも空しく、二人を逃がすために単身突入した末に、最初の犠牲者に……


 という前巻に続くこの巻では、もうほとんどひたすら戦い戦い戦い。前巻では全体の四割程度が過ぎてから戦いが始まったのに対し、この巻では冒頭からラストまでひたすら御陵衛士と新選組の激闘が描かれることになります。
 いや、この巻の冒頭からラストまで、ほとんど一人で新選組を相手に戦い続けていたのは、服部武雄――この巻の表紙を飾る男であります。

 正直なところ、それ以前の活躍の記録がほとんど残っていないだけに、知る人ぞ知る、という感のある服部。しかしこの油小路での戦いにおける孤軍奮闘、そして一騎当千ぶりで、その名を残すことになります。
 前巻では、油小路への急行に慎重であったり、ただ一人鎖帷子をまとったことを周囲から白眼視されたりと、少々浮いたイメージのあった服部。しかしそれがむしろ熟慮の上であったことは、その後の戦いが示す通り。

 他の衛士が軽装で多勢に取り囲まれた際に不利となったのに対して、防御面では大きなアドバンテージを持つ――そして攻撃面では、実戦において二刀流を操るという、ある意味常識はずれの戦法を見せる。そんなまるで「漫画のような」服部の戦いを、本作は緊迫感と迫力溢れる筆致で描き出します。
 はたして現実ではどうだったのか、それは寡聞にして知識がないのですが、しかしそうでもあろう、とこちらに思わせるような描写で以て。


 しかしもちろん服部も生身の人間、限界というものがあります。そして彼と共に戦い、彼によって逃がされた者たちにも、新選組の刃は容赦なく降りかかります。はたしてその状況下で残る者は、残る物は――次巻、完結であります。

 ちなみに本作では出番はわずかな斎藤一ですが、ここで描かれる姿はなかなか印象的。なるほど、これはこれで説得力ある心理でしょう。


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2023.05.20

森岡浩之『夢のまた夢 若武者の誕生』 豊臣家を動かすシステムを描く異色作――?

 『星界の紋章』シリーズで知られるSF作家・森岡浩之が2011年に発表した作品の文庫化であります。秀吉亡き後、英邁な君主に成長した豊臣秀頼に仕える奥小姓の少年を主人公に、豊臣と徳川の決戦となった大坂の陣の始まりと、若武者の誕生を描く物語――なのですが……

 死の床に五大老五奉行に加えて幼い秀頼を呼び、十二カ条の遺言を残して亡くなった豊臣秀吉。その遺言を守って文武に励んだ秀頼は、「上様の御新儀」と呼ばれる様々な新施策を考案する、名君に成長するのでした。

 一方、本作の中心となる少年・神照庚丸は、親の顔も知らぬ孤児ながら、育ての親である浄林和尚の伝手で大坂城に上がり、この秀頼の奥小姓となります。
 「上様の御新儀」に振り回されたり、同輩たちと賑やかに暮らしたりという毎日を送る庚丸ですが、時あたかも豊臣と徳川の対立が深まり、いよいよ手切れも間近という時期であります。

 徳川からは無理難題が突き付けられ、さらに徳川との交渉役である片桐且元の扱いを巡り、豊臣家内部にも不穏の空気が高まります。
 そしてそんな中、ついに元服し、戦に向けた準備に奔走する庚丸。彼は浄林が実は意外な人物の後身であること、そして浄林と自分の父との過去を知ることになります。

 そして浄林らを配下に加え、ついに初陣に出た庚丸は、藤堂高虎の陣に奇襲をかける長宗我部勢の別働隊として、戦場に立つのですが……


 冒頭に触れたとおり、本作は十二年前に『夢のまた夢 決戦!大坂の陣』のタイトルで刊行された作品の文庫化(恥ずかしながら書き下ろしだと思いこんでおりました……)。
 森岡浩之といえばやはり綿密に世界観を構築したSF小説の印象が強く、はじめはこの作者が何故――と感じましたが、なるほど、色々な意味で「らしい」というべき作品であります。

 上に述べたとおり、主に一人の少年の視点に重ねて、大坂の陣の開始までを描く本作ですが、その視点が秀頼の奥小姓――すなわち、当時の豊臣家の、中心に近いけれども高くはない身分というのが、まず本作のユニークな点の一つでしょう。

 これまで大坂の陣における豊臣家を描く際には、まず大抵の場合、そこに集った武将(大将クラス)たち、あるいは秀頼や淀君といった中枢の視点から描かれる作品であったといえます。
 そこで描かれるのは、必然的に徳川との決戦における、大所高所からの物語でした。しかし本作はその視点をずらすことにより、別の過程を――つまり意思決定ではなく、その結果を実現する、システムを詳細に描いていくことになります。

 その代表格が、「陣中張文」と呼ばれる豊臣軍法であります。数は多いものの、様々な立場の、身分の者たちによる寄せ集めの度合い軍を、如何にまとめ、動かしていくか?
 そのための手段としての軍法と、そこに定められた様々なシステム――軍の構成や構成員の識別方法、武装や兵站に至るまでを、本作の後半では微に入り細を穿つ形で描いていくことになります。

 正直なところ、この辺りはあまりに詳細すぎて、物語のテンポを削いでいるきらいもあるのですが、あるいはこれを描くことが本作の目的なのでは――と思っていれば、なんぞ知らん、それが中らずと雖も遠からずであったとは。


 実は本作には、時折(前半の章の最後の文章に)、奇妙な記述が織り交ぜられていることに気付きます。そして読んでいて時折こちらの頭によぎる違和感――はたしてこれが何を意味しているのか?
 というところで、私のようなひねくれた読者は「ははあ、これはアレかコレかのどちらかではないのかな」などと予想してしまうのですが――いやはや、その趣向が、本作のタイトルに繋がるものであったとは、さすがに思いもよりませんでした。

 そしてそこからさらに、ある仕掛けを用意しているのもまた楽しい本作(まさかこちらの受ける印象まで込みだったとは……)。
 直球の歴史小説を期待していた向きにはどうかわかりませんが、変化球が大好きな方であれば大喜びするであろう、何ともユニークな作品であります。


『夢のまた夢 若武者の誕生』(森岡浩之 徳間文庫) Amazon

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2023.05.19

「コミック乱ツインズ」2023年6月号

 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、久々に『軍鶏侍』が登場のほか、特別読切で『口八丁堀』が掲載。表紙は『鬼役』、巻頭カラーは『勘定吟味役異聞』です。今回も、印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 聡四郎が己を裏切った(と思いこんだ)白石と、吉宗の影響力を排除したい詮房の思惑が合致し、伊賀者を紀州屋敷の紅暗殺に差し向けた詮房。直接聡四郎を狙えばよいようなものですが、聡四郎をただ殺すよりも紀州屋敷で暮らす紅を殺した方が、聡四郎と吉宗を反目させ、吉宗の力を削ぐことができる――と、一石二鳥を狙ったものであります。
 さらにいえば、聡四郎を暗殺するにはいささかハードルが高い――と思ったのかもしれませんが、しかし上田作品では基本的にやられ役である伊賀者が、御庭番に勝てるかといえば……

 というわけで、奇襲したつもりが待ち伏せをされ、ダイナミックに叩き斬られた伊賀者たち。伊賀者側も一矢報いたものの、しかしほとんど完敗に近い結果といえるでしょう。(しかも本来業務である大奥の警護の方では、まだ暗殺者を見つけ出せず……)
 そして自分を巡ってそんな死闘が繰り広げられていたとは知らぬ紅は、晴れて聡四郎への輿入れが決まり――と、昨日までハブっていた同僚たちが、突然聡四郎に寄ってくるのは、いつの時代も勤め人というのは変わらぬもので……


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん(重野なおき)
 ついに三村家親狙撃という前代未聞の挙に出ることとなった遠藤兄弟。家親が無駄にナイスガイっぷりを見せる一方で、遠藤兄弟の方は、思わぬ苦難の連続で――と、今回は土肥経平の「備前軍記」の内容がメインとなっているようですが、ホントにこんな面白展開だったの!? といいたくなるような、コントの如き(もちろん本人たちは必死な)事態が進行することになります。

 そんな中で光るのは、火種がなくなった状況からの遠藤弟の文字通り捨て身の機転ですが――さて、今回だけでは終わらなかった暗殺劇の成否は……


『口八丁堀』(鈴木あつむ)
 減らず口の口八丁で知られる例繰方同心・「減らず口之介」こと平津内之助が、過去の判例にまつわる論争を「言の刃仕合」で解決(?)するシリーズ第三弾は、自分の刑を重くしてほしいという、それもわずか六歳の咎人の申し出から始まる物語。
 そもそも何故わずか六歳の子供が罪に問われ、そして刑を重くしてほしいなどと言い出したのか? それはなるほど江戸時代ならではの理由があるわけですが、心情的にはそれを認めたくても――というわけで、今回は権威を笠に着る同じ例繰方同心・人呼んで「世渡りの沢渡」と内之助は対決することになります。

 厳然たる法の論理、しかも前例という権威を前にして、内之助に打つ手はあるのか――切れ味良い逆転劇もさることながら、結局は人情家の内之助の晴れ晴れした顔が印象に残ります。


『カムヤライド』(久正人)
 カムヤライド(モンコ)とアマツ・ノリット(コヤネ)、神薙剣(ヤマトタケル)とアマツ・ミラール(イシコリドメ)――ヤマトからの因縁を抱える二組の決戦もいよいよ終盤。相手に打ち勝つため、己の身が散り果てるのも構わずスーツを脱ぎ捨てた天津神二人との死闘は続きます。
 超音速の激突の果てに推音速狗(オオトバイ)が大破したカムヤライドは、何だかディープストライカーみたいな新モードで爆走するも、それでもまだノリットには及ばず。一方、神薙剣も、ミラールの奧の「手」によってアーマーを失い――と、それぞれ追い込まれていくことになります。

 その窮地からの二人の行動は――この状況でこうくるか、というシチュエーションからの逆転劇にはシビれること間違いなし。そしてシビれるといえば、ヒーローものの華であるマスク割れを見せたカムヤライドが割れたマスクから見るものは/見られるものは――次回必見であります。


 次号は、今号お休みだった『暁の犬』と『真剣にシす』が復活。鶴岡孝雄の特別読み切りも掲載とのことです。


「コミック乱ツインズ」2023年6月号(リイド社) Amazon

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2023.05.18

朝松健『一休どくろ譚・異聞』(その三)

 帰ってきた朝松一休シリーズ、『一休どくろ譚異聞』の紹介の最終回であります。

「井戸底の星空」
 六角家の別邸の庭から出土した石の蛇。それに触れた森は、出土場所に井戸があったと語り、そして自分の目が見えなくなった時のことを思い出すのでした。
 そして奇怪な男の影が出没するという別邸の庭を訪れたものの、そこから十年前の世界に迷い込んでしまった一休。そこで一休は、星空の井戸に出没する化け物を退治しに来たという行者と出会あうのですが……

 奇怪な石の蛇が持ち込まれたのをきっかけに、一休が時を超えた冒険を繰り広げる本作は、目が見えていた頃の幼い森の登場、刻一刻と変貌していく不気味な影の怪、事件の背後の「あの流派」の恐るべき企てと、見所の多いエピソード。
 しかし最も印象に残るのはその結末でしょう。現在の哀しみを変えたいという、一休の祈りにも似た期待の行方は――何ともほろ苦い味が残ります。


「魔仏来迎」
 兄弟子の養叟宗頤から、大徳寺に呼び出された一休が見せられた、鎖で封印された鉛の匣――その中に封じられたのは、六代将軍義教が変じた「魔仏」。封印が解ける明日の夜明けまでにこの匣の中身を葬らなければ、魔仏が解放されると知った一休は、養叟とともにこれを迎え撃つ決意を固めるのですが……

 そして本書においても最大の決戦というべきはこのエピソード。あの万人恐怖の足利義教と「魔仏」の関わりについては長編「一休魔仏行」でも触れられてましたが、その恐るべき後日譚――というより本編ともいうべき物語が本作であります。

 生前の時点で既に魔人ともいうべき存在だった義教が変じた「魔仏」とは? この大敵に挑むに、一休もこれまで犬猿の仲であった養叟宗頤と共同戦線を張ることになります。
 しかし復活した魔仏のまるで●●●●●●●のようなその脅威の描写、そしてその恐るべき正体と畳みかけるような展開には、手に汗握るばかり。しかしその先の、仏教者ならではの魔仏との対峙の仕方には、ただ唸らされるばかりです。


「口寄せの夜」
 今は亡き一休の亡霊が人々を迷わせている一件を解決するため、都一番の行者・異庭星影を訪れた親元。異庭とともに売扇庵に向かった親元は、そこで様々な怪異に遭遇し……

 親元の視点から描かれる本作は、異色作揃いの本作の中でも飛び抜けた作品。何しろ一休も森も既に亡く、その亡霊退治に親元が(どこかで聞いたような名字の術者とともに)乗り出すというのですから……
 死んだくらいでは一休がその活躍を止めないのはご存じの通り(?)ですが、それにしても……。と思いきや、結末は予想通りではあるのですが、朝松作品の妖術師にはお馴染みのあのポーズ(?)を、実に愉快な形で切り返す一休が印象に残ります。


「外法経」
 こちらの記事をご参照下さい。


「朽木の花」
 応仁の乱で京から逃れる最中、森とはぐれ、絶望に沈む一休。野伏に捕らえられ、彼らの命ずるままにとある寺に案内することになった一休は、そこで紹偵岐翁と名乗る壮年の僧と出会うのですが……

 これまでいかなる魔物も悪人にも敢然と立ち向かってきた一休ですが、人間が起こした最も愚かな行為――戦争の前には無力な人間に過ぎません。本作で描かれる、生きる力を全て失って単なる老人となったような一休の姿は、衝撃的としかいいようがありません。
 自らを何もできない朽木と自嘲する一休ですが、しかし――それでも人の心に咲く花は枯れることはありません。小さな一人一人の力、そしてそこに生まれる小さな奇跡の姿は、本書の「終幕」と呼ぶに相応しいでしょう。

 しかし一休の復活、パワフルすぎる……


 というわけで駆け足気味となり恐縮ですが、全十五篇を紹介させていただきました。舞台がほぼ京に限られる点や、物語のフォーマットがある程度固まっている点等、読む前はいささか気になっていたのですが、しかし実際に読んでみれば、ただ奇想に飛んだ、切り口豊かな物語の数々に唸られるばかりでした。(殺人鬼話が多い印象はありますが……)

 もちろん本書に収録された物語は、長い一休の人生の一部であり、まだまだ語られざる物語は多いことでしょう。この先のシリーズにも期待したいところです。


『一休どくろ譚・異聞』(朝松健 行舟文化) Amazon

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2023.05.17

朝松健『一休どくろ譚・異聞』(その二)

 帰ってきた朝松一休、『一休どくろ譚・異聞』の紹介の第二回であります。

「たそかれの宿」
 夜道で姫君を襲い、その顔の皮を剥ぐ殺人鬼・薄香夜叉。しかしようやく侍所が捕らえたその正体は今参局の乳兄妹――うかつに手を出せない相手を罰するため、知恵を貸してほしいと頼まれた一休は、ある悪巧みを……

 殺人鬼をいかに罪に問うか、という内容ながら、その背景に当時の政治状況を強く反映したユニークな本作。
 正直なところ、細川勝元まで巻き込んだ一休の策は痛快であるものの、その時点で、展開的には予想は出来てしまうものが――と思いきや、森の耳を通じてワンクッション置いた上で描かれるクライマックスの迫力は流石というべきでしょう。


「人食い小路」
 侍所頭人・多賀高忠から、奇怪な怪事が頻繁に起こるという人食い小路で自分の妻が姿を消し、彼女が助けを求める夢を見たと聞かされた一休。高忠・森とともに調べに向かった一休ですが、気が付けば奇怪な空間に……

 『血と炎の京』にも登場する「鉞高忠」こと多賀高忠と一休の出会いを描いた本作は、三人が引き摺り込まれた空間の描写の緊迫感溢れる描写が印象に残る一編。
 「たそかれの宿」でも少し触れましたが、特異な感覚を持つ森を間に置くことで、怪異描写に大きなアクセントをつけているのに感心します。

 しかしまあ、同じく鉞高忠が登場する「外法経」との関係は、ちょっと……


「殺生鉤の春霞」
 春霞の立つ晩に出没し、女性たちの喉を掻き切り内臓を抉る殺人鬼の捕縛を、一休に依頼するよう命じられた親元。しかし当の一休は珍しく寝込んでおり、代わりに同行することになった森と共に親元が見たものは……

 作中で鬼の霍乱呼ばわりされるように、一休が故あって(もう少し後の作品参照)ダウンしたために、親元と森が二人で怪異に挑む本作。やはり若い親元ではまだ少々荷が重いか、物語展開的にもかなりシンプルな印象があるのですが――意外な正体を現した殺人鬼に挑む姿は、やはり公儀目付人ならではというべきでしょう。
 しかし、ある意味本作で怪異と同じくらいドキドキさせられるのは、そんな若い親元と森の姿なのですが……(助平爺)


「迷い風」
 親元の友人である石川慶晴から、旅先より奇妙な石像を持ち帰って以来、夢裡に一休を連れてきて欲しいと告げる美女が現れるようになったと聞かされた一休。石川の屋敷に出向いた一休を待っていたものは……

 「白巾」で蜷川家の夕涼みに顔を出していた髭達磨・石川が事件の発端となる本作は、「生きてゐる風」の続編。一休が若い頃の大活劇に比べるとさすがにおとなしいですが、懐かしいアイテムも登場、久々に邪神相手に大立ち回りを演じるのは嬉しいところです。


「むまたま暮色」
 一休が将軍家の紅葉狩りに招かれた留守を守ることになった森に、家主から託された南朝ゆかりの品。しかしそれ以降、奇妙な出来事が次々と起こり、庵にやって来た親元までが不気味な言動を……

 一休がほとんど登場せず、森の「視点」から描かれる珍しい作品。「一休葛籠」でも触れたように、作者が得意とする悪夢めいた体験と、目の見えない森の独特の感覚が相俟って繰り広げられるのは、何とも生理的に厭な物語世界であります。
 そしてそこに火に油を注ぐのは、普段とは別人のような親元のねっとりした責めなのですが――普段が真面目な人間が壊れるとコワいですね(壊れていません)。


「しろがね浄土」
 将軍家の紅葉狩りに招かれたものの、義政のあまりに厭世的な歌に嫌気がさした一休。しかし当の義政の目に映っていた世界と、その未来は……

 というわけで時系列には「むまたま暮色」と同時ながら、こちらも一休ではなく、義政がメインとなる異色作。父を殺され、母や周囲から傀儡として扱われてきた将軍が見た「浄土」とは――様々な作者によって描かれてきた義政ですが、本作は室町伝奇らしい、幻想性と大きな虚しさ・哀しさによって、短くも印象に残る作品となっています。


 次回、最終回に続きます。


『一休どくろ譚・異聞』(朝松健 行舟文化) Amazon

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2023.05.16

朝松健『一休どくろ譚・異聞』(その一)

 朝松一休が帰ってきました。『朽木の花 新編・東山殿御庭』以来、約四年四ヶ月ぶりに刊行された短編集であります。老境にさしかかりつつある一休が、美しき侍女・森とともに数々の怪事件に挑みます。

 動乱の室町時代を生きた快僧・一休宗純――とんち譚で広く知られたこの人物を、作者は明式杖術を操り、室町の闇を討ち祓うヒーロー、権力者も魔物も恐れない反骨と風狂の快僧として甦らせました。
 しばらく中断していたこのシリーズは、「ナイトランド・クォータリー」誌で復活。同誌では、老境に差し掛かり、霊感を持つ盲目の侍女・森とともに二本杉の売扇庵の庵に暮らす一休が、公儀目付人の蜷川親元らから持ち込まれる怪異に挑むというのが、基本スタイルとなります。

 ここでは思い切って、収録作品全十五篇を一篇ずつ紹介したいと思います。

「一休葛籠」
 ある人探しの依頼を受けることとなったものの、気付いてみれば、どこかで見たような老僧と古葛籠を前にしていた一休。その葛籠から現れるのは、かつて彼が対峙した妖たちで……

 「序幕」と付された本作で描かれるのは、作者が得意とする、悪意を感じさせる悪夢めいた世界と、そこに迷い込んだ者の戸惑いであります。その悪夢の中で一休が対峙するのは、かつて彼が苦しめられてきた三つの怪異――というのは、ファンにはニヤリさせられるところですが、しかしそこから物語は思わぬ形で展開していくことになります。

 ある意味、一休譚の(一休と森の物語の)終章ともいうべき物語で描かれるのは、しかし深い安らぎと大きな感動。それを全巻の序幕とする構成も見事というべきでしょう。


「かはほり検校」
 ある夜、「壇ノ浦」を歌う不気味な気配に襲われたところを、一休に救われた旅芸人の森。折しも京では連続する公家の女性たちを狙った連続吸血殺人の調査を依頼された一休は、森と共に魔怪の正体を追うことに……

 冒頭で触れた「ナイトランド・クォータリー」誌掲載第一作である本作は、一休と森の出会いと、親元を交えたシリーズのフォーマットが形成される作品。
 正直なところ、物語としてはかなりシンプル(犯人は明々白々)ではありますが、クライマックスの怪異の描写と、一ひねりあるその正体はさすがというべきでしょう。


「魔経海」
 琉球からの貿易船が兵庫津で座礁、乗員は無数の化物たちに襲われて全滅するという事件が発生。管領らから、琉球王が帝に送った仏像の回収を依頼され、森と親元の三人で現地に向かった一休の前に現れたのは……

 京を舞台とした作品が大半となった本書の中で、数少ない例外が本作。かつて一休が各地で妖と対決したのを彷彿とさせるようなシチュエーションの物語です。
 その頃同様、五十半ばでも健在の明式杖術の冴えも嬉しいですが、注目すべきは船に巣くった魔物の正体でしょう。その正体には、一休ファンであればなるほど! と驚かされるのですが、しかしまさかこの後に……


「白巾」
 蜷川親元の屋敷で行われた「夕涼みの会」に招かれた一休と森。いつしか話題は怪談となり、それをつまらなそうに聞いていた一休は、彼がまだ若い頃に経験した、世にも恐ろしい話を語り始めます・
 小浜で瀕死の武士から、「白巾」と記された袋を美濃に届けてほしいと託された一休。それを追ってきた明の方士・黎尊法と対峙した一休は、圧倒的な力を持つ相手に、ある勝負を持ちかけて……

 若者たちが集っての夕涼みの会という、何とも微笑ましい舞台で始まった怪談話(しれっと「一休髑髏」のいエピソードが混じっているのも楽しい)から、一休の語られざる冒険に繋がっていくという、ユニークな趣向の本作。
 時期的には「ズイ」の後日譚ですが、そこから始まるのは、「世の貧者という貧者に光明をもたらすもの」を賭けての、明の方士――道教の妖術使いとの対決という、長編作品ばりの展開となります。

 もっとも相手は相当に手強く、一休が幾度となく危機に陥る様を、本作は緊迫した筆致で描くのですが――白眉はそこからのオチでしょう。本作の冒頭から描かれていた一休のクソじじいぶりがフルに発揮された、何とも人を喰った物語です。


 次回に続きます(全三回予定)。


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2023.05.15

さいとうちほ『輝夜伝』第12巻 三つの繭と二人の台風の目!?

 いよいよどこに落着するかわからなくなってきたニュータイプかぐや姫物語『輝夜伝』第12巻は、ついに月詠と竹速が結ばれたと思えば月詠は繭の中で眠りにつき、主人公不在の間に各者の思惑が交錯することとなります。相変わらず母天女の艶様が暴走する中、八咫烏の長老も危険な動きを見せ……

 何故か魂だけの状態で復活した末、月詠や火麻呂など様々な人物に憑依して跳梁する月詠の母にして天女である艶。そして月詠は、かつて艶が月に帰るはずの晩、その身を八咫烏たちに封印され、地上に残っていたと知ることになります。
 そして艶の身体を探しに出た竹速・大神・滝口の長は、やたらと押し出しの強い八咫烏の長老・金鵄とともに、比叡山で繭と化したその身体を見つけるのでした。

 そして月詠と竹速がついに結ばれたまさにその時、月詠は身体から大量に放たれた糸が作り出した繭に包み込まれて……


 と、意外な事実の判明・大事件の発生が連続した前巻。何よりも、主人公である月詠が繭の中に入ってしまったのは大変な事態ですが、しかし残された人間たちにとっては、驚いたり嘆いたりする間もありません。
 何しろ、一足先に誕生したかぐや姫の繭、竹速たちが持ち帰った艶の繭、そしてさらに新たに登場した月詠の繭を加えて、いま都には三つもの天女の繭があるという、前代未聞の状態なのですから。

 しかもその天女たちが、それぞれ帝の想い人と、治天の君の想い人、さらに二人の間の娘とくれば、国の行く末にも影響が出かねません。かくて都では、天女を愛する者、守ろうとする者、甦らせようとする者、さらには滅ぼそうとする者と、様々な思惑を秘めた人々が入り乱れることになります。

 そしてその中でも、台風の目となる人物が二人おります。一人は言うまでもなく(?)艶。繭は見つかったものの何故かその中の体に戻れず、未だにごく一部の人間以外には感じられない魂のみで彷徨う彼女ですが、そんな中で新たに見つけた憑依先とは――いやいやいや貴女はそれでいいんですか! とツッコミを入れたくなること必至の相手であります(見境がなさすぎる)。

 しかし新たな体で好きなように都を往く彼女が見聞きするものは、あるいは彼女の心に影響を与えるものかもしれません。少なくともここで描かれる治天は、彼女の目からでなければ映らない姿なのですから……
(それにしても、これだけ自由奔放に振る舞う彼女が、こと天女という運命に対してだけは逆らわず受け入れているのが、ユニークにも感じられるところです)

 そしてもう一人は、前巻から登場した八咫烏の長老・金鵄であります。神代の昔から帝を守る集団であり、そして今の艶の(そして間接的に月詠の)境遇を招いたことが判明した八咫烏。その新長老である金鵄は、長老といってもまだ壮漢、堂々とした風采と押し出しの強さを持つ、まあ色々と面倒臭そうな人物であります。

 しかしそんな彼でも、帝への忠誠心と、長い歴史から受け継がれてきた知識量は本物。繭から出たかぐやを迎えに来るであろう天人を迎え撃つには、可欠の人材であることは間違いありません。
 そして竹速のある言葉をきっかけに、天人迎撃の策を思いついたという金鵄。彼が帝の前で演じたデモンストレーションの中で(ノリノリで)見せた、想像を絶する姿とは……

 いやはや、当初からの登場人物たちがあくまでも深刻なのに対し(凄王はそうでもないか……?)、艶といい金鵄といい、新しい登場人物たちはえらいテンションが高いのですが――しかしもちろん二人とも大真面目であることもまた事実。そしてこの二人の思惑が結びつき、意外な形で天人迎撃策が成ったかに見えたのですが――しかしそこに横やりを入れるのは、やはりというべきか、あの人物であります。

 もちろんそれも愛ゆえではありますが、いよいよ収拾がつかない状況になってきたわけで、そろそろ月詠の復活を期待したいところですが……


『輝夜伝』第12巻(さいとうちほ 小学館フラワーコミックスアルファ) Amazon

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2023.05.14

『地獄楽』 第7話「花と贄」

 村らしきものを発見した画眉丸一行の前に現れた謎の木人と、メイと呼ばれる少女。村に案内された一行は、この島の構造や仙薬の存在、そして島を支配する「天仙」の存在を聞かされる。メイと交流を深める佐切と画眉丸。しかしその頃、弔兵衛と桐馬は天仙の前に手も足も出ず倒されていた……

 前半のクライマックスというべき前回に続き、折り返し地点となった今回は、ついにこの神仙郷の「正体」の一端が判明するとともに、前回ラストに顔を見せたこの島の支配者・「天仙」が本格的に登場し、その底知れぬ力を見せるのですが――しかし原作と構成が変わったこともあってか、何だか妙にふんわかした温泉(入浴?)回となりました。

 登場する島の住人は、前回までとはうって変わって天仙二人と喋る木人、そして謎の幼女という、それなりに言葉が通じる面々となりましたが、言葉が通じるからといって常人と同じではないのは言うまでもありません。ビジュアルからして人外(しかし一つの言葉しか喋れないということはなく、ちゃんと普通に喋る)の木人はもちろんのこと、一番常人に近いビジュアルの天仙が大問題であります。
 美女が二人絡み合ってると思いきや、いきなり甲斐田裕子から諏訪部順一に変わる――いや、性別が変わるという衝撃映像だけでなく(ちなみに天仙は、全員この二人が声を当てるというのに驚き。それぞれ個性的だっただけに、今の今まで全員同じ声という設定を忘れておりました)、そのけた外れの不死性を前に、暴力(を振るわれる)という点では定評のある弔兵衛、そして桐馬は手も足も出ずに叩きのめされ、花化していく者たちで満杯の穴に放り込まれることに……

 という十分に大変な展開なのですが、原作ではこの後にあった本作最大の悲劇というべき展開がカットされている、というよりまず間違いなく順番が変わって後に回されたため、あとはひたすら佐切たちがまったりするという展開になっているのが、妙におかしい。ここまでほとんどユルかった杠と仙汰はともかく、前回見せた強さが嘘のようにユルくだらける――というかほぐれまくる佐切をはじめとして、画眉丸までも何だか歯車が噛み合わないおかしさを見せるのを何と評すべきか。
 そしてその最たるものが、何故かねじり鉢巻を締めてメイを風呂に入れる佐切なのですが――しかしそれが彼女とメイの繋がりを強め、そしてまたそこで描かれたメイの身体にある深い傷跡から、画眉丸と妻の甘々ないや心温まる過去に繋がり、さらにそこからの画眉丸の言葉が、彼とメイを繋ぐという展開は、やはり巧みと感じます。
(それにしても画眉丸の妻の人物像は、能登麻美子声も相まって素晴らしく、あまりの良く出来た人間ぶりに実は画眉丸の脳内嫁なのではとすら――というのはさておき)

 しかしそんな絆が生まれた一方で、妻との甘い生活を思い出してしまった画眉丸は、ここで風呂に入っている場合ではないとコワい表情で思い出し――と、次回からまた殺伐とした展開に戻ることは間違いありません。
(しかしこのペースということは、仮に全編アニメ化されるとすれば、第三期までになるのかしら……)


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公式サイト

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2023.05.13

手代木正太郎『異人の守り手』 幕末の横浜に攘夷を阻む陰の守護者

 これまで様々な形でユニークな時代ものを手掛けてきた手代木正太郎が、ついに本格的な歴史時代小説を発表しました。幕末の横浜を舞台に攘夷を行わんとする者から、外国人や彼らと交流する日本人たちを陰から守る者たち――「異人の守り手」の活躍を描く物語であります。

 既に本業では功成り遂げ、ロマンを求めて世界各地を旅する中、慶応元年の横浜に降りたった実業家のハインリヒ。そこで八か国語を自在に操る奇妙な無宿者・秦漣太郎をガイドとして雇ったハインリヒは、彼を通じて日本の様々な側面に触れる中、当時は外交官しか入ることができなかった江戸に行くことを望み、ついに実現させることになります。

 憧れの江戸を訪れ、いよいよ意気あがるハインリヒは、護衛の武士たちの前でかねてから興味を抱いていた邪馬台国について語るうち、ついつい勢いでその発掘計画をぶち上げてしまうのですが――それが彼の運命を大きく変えてしまうことになります。
 それ以来、何者かの不気味な影に付きまとわれ、怯えるハインリヒ。そしてついに凶刃が彼の身に迫ったその時……


 幕末のある時期、欧米諸国へ唯一開かれた門であった横浜。当然ながらこれまでにない活気に満ちた地となった横浜ですが、それ以外の地では――いや、時にその横浜においても――攘夷を旗印にする者たちによって、外国人を狙った殺人、放火等が行われる状態にありました。
 本作は、そんな外国人、そして(攘夷浪士たちからは同様に敵視される)外国人たちと交流する日本人を守る「異人の守り手」と呼ばれる者たちの活躍を描く、一種の特殊チームものであります。

 登場する守り手は、顔に大きな刀傷を持つ飄々とした無宿人・秦漣太郎をはじめとする四人――ヘボン博士の下で辞書編纂を手伝う心優しき巨漢・岸田吟香、フランス貴族の恋人を持つ洋装の美女・フランスお政、外国人から絵画を学ぶ剣の達人という変わり種・高橋イ之介(イは人偏に台)という、いずれも個性的な面々。
 攘夷主義者たちを時に支援し、時に攘夷を実行する秘密組織「鴉」をはじめとする者たちの凶刃から外国人を守り――ひいては日本と外国の友好関係を守るため、守り手たちは八面六臂の活躍を見せることになります。

 本作はそんな守り手の戦いを描く活劇ではありますが――もっとも、詳しくは伏せますが、単純にボディーガードや襲撃者の撃退だけでなく、意外な形で攘夷を阻止しようと動くのも楽しいところです――歴史時代小説としても、なかなかにユニークで巧みな視点を持つ物語であります。

 何しろ、自由に物語を展開しつつも、おそらくは本作オリジナルである漣太郎を除いて、ほとんどのキャラクターが実在の人物。
 特に守り手メンバーは、岸田吟香はともかく、妖人として知られた人物の恋人であったといわれるフランスお政、画業に邁進しながらも本当に剣の達人だった髙橋イ之介――もちろん本作ならではのアレンジは加えられていますが(特にお政のアレンジは尖っていて実に良いと思います)いずれも後世に名を残す人物であります。

 もちろん上で挙げた第一話に登場するハインリヒも、第二話の中心となるある人物も、そして第三話の主人公といえるサム・パッチも――いずれも実在の人物であり、そんな人物たちが意外な、しかし納得のドラマを繰り広げるのは、これは歴史時代小説の醍醐味といって間違いないでしょう。

 特に印象に残るのはサム・パッチであります。彼は、あのジョン万次郎とともに漂流し、唯一ペリーの黒船で日本に帰還した日本人でありつつも、しかしその後の人生は華やかさとは無縁で、日本を訪れた外国人の従僕で人生を送った人物。
 「心配」という口癖がその通称の由来となったというこの人物を、本作は何もそこまでと言いたくなるほど、小心翼々とした、悲しくなるほどの凡人として描くのですが――そんな彼の生き方が、別の角度から光を当てることによって、全く別の輝きを見せる様には、大きな感動があります。

 思えば本作に登場する外国人や、その周囲の日本人たちは、このサム・パッチのように、善悪とは無縁に、ただその時代の渦に飲まれつつも懸命に生きようとした人々であります。
 守り手と鴉の激突を描きつつも、本作がその中で浮き彫りにするのはこうした人々の姿であり――そしてそれが本作を、優れて歴史時代小説として成立させていると感じます。


 『柳生浪句剣』『王子降臨』『鋼鉄城アイアンキャッスル』など、時代ものへの深い理解を示してきた作者がついに描いた歴史時代小説――ぜひ続編を期待したいと思います。
(しかし第三話の鴉三人組はさすがに……)


『異人の守り手』(手代木正太郎 小学館文庫) Amazon

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2023.05.12

『首ざむらい 世にも快奇な江戸物語』(その二) 不思議でユニークで、普遍的で重い物語

 由原かのんの短編集『首ざむらい』のご紹介、前回の表題作に続き、今回は残る三篇を取り上げます。

「よもぎの心」
 奉公している大名家の家臣・佐倉兵馬から、蓬に花が咲くか尋ねられた花作りの咲兵衛。それが彼と生きている佐倉が出会った最後となるのでした。
 その日、外出した兵馬が戻らず、探しに出かけた咲兵衛は途中の河原で、頭に皿を乗せた裸体が片手に血の滴る短刀を、そしてもう一方の手には肉塊を下げた姿を目撃。そして後にその場所で佐倉が腹を切った姿で発見されるのでした。

 佐倉は自分が見た河童に殺されたと考えた咲兵衛ですが、その後、佐倉の知人だという少年と出会った彼が知った真実は……

 花作りの男の目を通じて、河童による武士殺しという奇怪な事件の顛末を描く本作。はたして佐倉は人の内臓を喰らうという河童に殺されたのか、だとすれば何故殺されたのか――一種の時代ミステリ的趣向を見せる物語は、やがて「被害者」と「加害者」の間にあったある繋がりを描くことで、全く異なる構図を描くことになります。
 不幸な生い立ちの孤独な少年の魂と、周囲の人間たちの触れ合い。その顛末にはひどく苦いものが残りますが、しかし残ったものは悲しみだけではないと願いたくなる、そんな物語です。


「孤蝶の夢」
 武家の親によって甲府の禅寺に入れられた後、転々とした末に今の寺に入った梛丸と、彼と同じ寺で暮らす少女・孤蝶。ある晩、自分たちを虐待してきた和尚が何者かに殺されたことを知った梛丸は、孤蝶を連れて飛び出すのですが――諏訪で行き倒れたところを、阿賀多と名乗る尼僧に拾われるのでした。

 彼女に親切に手当された後、山仕事をしながら「すがり」(地蜂)を追っているという男・海蔵に預けられた梛丸。かつて忍びだったという海蔵の下で修行することとなった梛丸ですが、海蔵は孤蝶と逢ってはならないという条件をつけて……

 親に捨てられ、周囲から虐待される中、妹のような少女と懸命に暮らしてきた少年の辿る運命の変転を描いた本作は、どこか不思議な味わいを残す物語であります。
 本書に収録されているということは――と、展開を先読みしてしまうのですが、それはおそらく半分当たり、半分外れることになるでしょう。人の心の不思議さと、人の命の儚さを感じさせつつも、同時に血よりも濃い人の繋がりの強さが、暖かい余韻を残します。


「ねこまた」
 荒物屋の伊文字屋に用心棒として雇われた牢人・猫矢又四郎。先祖が猫又を退治したという言い伝えのある又四郎に、伊文字屋は娘のお清の飼い猫が猫又になるかもしれないと語ります。
 かつて父のために不幸な事件に巻き込まれて心を閉ざしたお清。自分も父が起こした事件のために苦労してきた又四郎はお清と心を通わせて行くのですが……

 牢人主人公が、用心棒として入った先で奇怪な事件(?)に巻き込まれるという、ある意味一番「時代小説」らしい設定の本作。人の心がわかるという猫に加え、中に入った人間に不思議な影響を及ぼす狸穴なる魔所も登場し、ユニークな物語が展開することになります。

 しかし本作で中心となるのは、むしろ親と子の関係性といえます。それぞれ、自分には与り知らぬ親の行いで苦しみを背負わされることとなった又四郎とお清。そんな二人がどのように親と向き合い、そして複雑な想いを昇華していくのか――奇妙でちょっとユーモラスな物語の中に重いものを描き、それでいて爽やかな後味を残す快作です。


 以上全四篇を紹介いたしましたが、バラエティに富んだ作品の中で共通するのは、陰に陽に描かれる親子の姿であると感じます。

 望んでなくとも生じて自分を縛り、あるいは望んでなくとも自分から離れていく親子の縁。そんなややこしいものといかに向き合い、受け止め、乗り越えるか――本書はちょっと不思議でユニークな物語の中に、そんな普遍的で重いものをさらりと織り込んでみせる、そんな短編集であります。

 しかし一つだけうるさいことを言えば、本書に収録された物語は、これまで紹介したようにかなり重くシビアな部分も多く、「世にも快奇な江戸物語」という副題や、楽しさやユーモアを前面に出した紹介はちょっと――という気もするのですが、まあそれは感じ方ということでしょうか。


『首ざむらい 世にも快奇な江戸物語』(由原かのん 文藝春秋) Amazon

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2023.05.11

『首ざむらい 世にも快奇な江戸物語』(その一) 迷える青年と迷える生首の珍道中!?

 オール讀物新人賞受賞作である表題作をはじめとして、人間とこの世に有り得べからざる者たちとの奇妙な交流を題材とした短編集であります。故あって徳川と豊臣の決戦目前の大坂に向かう青年が出会った首だけの侍。奇妙な道連れとなった二人が大坂で見たものとは……

 本書は上に触れた通り、オール讀物新人賞受賞の「首ざむらい」(初出時は「首侍」)をはじめとして、「よもぎの心」「胡蝶の夢」「ねこまた」の四作品を収録した短編集であります。
 各話に内容上の繋がりはありませんが、いずれももののけめいた存在と人間の関わりを描きつつ、ユニークで、同時に苦く重い、それでいてひどく優しい物語であります。

 どれも味わい深い作品だけに、以下に一篇ずつ紹介していくとしましょう。


「首ざむらい」
 とある理由で伊勢に旅する江戸の湯屋の隠居・池山洞春。その途中、ふとしたことから膳所藩の若君と出会った道春は、若君やその付人らの前で、三十三年前に出会った奇妙な「首」にまつわる物語を語ることになります。

 慶長二十年(1615年)の春――江戸の湯屋で湯女である母と暮らす青年・小弥太は、豊臣方に仕えるといって姿を消した叔父の左太夫を連れ戻して欲しいと母から頼まれることになります。
 早くに父をなくし、女で一つで育てられた小弥太は、左太夫にもずいぶん可愛がってもらったものの、大坂は決して容易く行ける場所ではありません。躊躇う小弥太に、母はとんでもないことを語ります。実は左太夫は小弥太の叔父ではなく、父親なのだと。

 それ以上は左太夫に聞けという母の言葉に背を押されて旅立った小弥太。しかしその途中で同行することとなった行商人に騙されて父の形見の刀を奪われてしまった彼は、そこに突如現れた空飛ぶ生首に出くわすのでした。
 もちろん驚いた小弥太ですが、しかし口は利けないものの、どうやら相手は自分と同年代の武士の子、しかも何だか妙にお調子者(の首)。この首に妙にまとわりつかれた小弥太は、彼と旅することになります。

 四苦八苦の末に首――斎之助と意思疎通できるようになり、彼が化け狐を退治しようとしているうちに意識を失い、気がつけばこんな姿になっていたと聞かされる小弥太。そんなこんなしているうちに大坂に辿り着く二人ですが、そこは既に徳川と豊臣の最後の戦いを目前に、騒然たる状況で……


 というわけで、思わぬ出生の秘密に戸惑う青年と、やんちゃが過ぎた末に体がどこかへ行ってしまった生首という、何とも奇妙な二人によるロードノベルという趣向の本作。
 どちらも十分以上に深刻な状況ですが、それを茶化さずに落ち着いた文章で綴るところに、かえって面白味が生まれています。(特に酒好きの斎之助が酒を飲む――というより吸収するシーンの妙なおかしさよ)

 しかし、人間と生首の珍道中の面白さ以上に――正直なところ、同様のシチュエーションの作品がすでにあるわけで――本作の真骨頂は、大坂に到着してからにあると感じます。
 ついに父であるという叔父と出会った小弥太と、武士として夢見ていた戦場に立つ(?)ことになった斎之助。それぞれが大坂で直面することとなった現実は、決して甘くはない、苦いものでありました。しかしそれと向き合うことによって、二人がそれぞれに成長する姿を本作は描きます。

 それはいわばモラトリアムの終わりというべきもの。そしてそれは形の違いこそあれ、いつの時代にも存在する普遍的な青春の姿であると同時に、武士の時代の一つの終わりの姿であり――そしてそれが本作が時代小説として描かれる意味があると感じます。
 しかしそこにあるのは、決して変わっていくことのもの悲しさではありません。一つの時代は終わっても、武士は形を変えて存在していく――そんな新しい時代を生きてきた武士たちの生き様を優しく肯定してみせる結末には、静かな感動があるのです。


 その他の三篇は、次回ご紹介いたします。


『首ざむらい 世にも快奇な江戸物語』(由原かのん 文藝春秋) Amazon

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2023.05.10

6月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 気が付けば本当にあっという間に春が過ぎてしまいましたが、新刊情報ではもう今年が半分過ぎたことに――というわけで6月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。6月は最近の数ヶ月に比べるとちょっと点数は少なめという印象です。

 というわけで文庫小説ですが、こちらは特に数は少なく、新刊では平谷美樹『貸し物屋お庸謎解き帖 五本の蛇目』と上田秀人『勘定侍 柳生真剣勝負 七 掃討』の二点、あとは明治サブ『腕を失くした璃々栖 弐 明治悪魔祓師異譚』といったところ。
 また、文庫化・復刊の方は宮部みゆき『魂手形 三島屋変調百物語七之続』、夢枕獏『陰陽師 水龍ノ巻』、柴田錬三郎『花の十郎太(仮)』、田中貢太郎『日本怪談実話〈全〉』となります。


 一方、漫画の方では、その『三島屋変調百物語』を『拝み屋横丁顛末記』の宮本福助が漫画化するという豪華顔合わせの第1巻が登場。小説の漫画化といえば、みもり『しゃばけ』は第4巻で完結です。

 またここのところ毎月のように刊行されているのが新選組ものですが、6月は細川忠孝『ツワモノガタリ』第7巻、安田剛士『青のミブロ』第9巻、大羽快『新選組といっしょ』第2巻の三点が登場。『新選組といっしょ』はこれで完結だそうですが……
 その他の作品としては矢野日菜子『風の槍』第3巻、盛田賢司『真剣にシす』第1巻、安達智『あおのたつき』第10巻があります。

 また、海外を舞台とした作品では、藤田和日郎『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』が待望の第4巻と同時に、久我真樹『藤田和日郎 黒博物館 館報 ヴィクトリア朝・闇のアーカイヴ』が発売。
 中国ものでは、鮫島圓『無名の剣 中国幻想選』のほか、田中芳樹の原作(おそらく『奔流』)を栗美あいが漫画化した『白花繚乱 白き少女と天才軍師』第1巻が登場です。

 最後にこれも海外を舞台とした作品ですが谷口ジローコレクション 【第三期】からは『天の鷹』が刊行されます。


 そんなわけで新刊はちょっと少なめの6月であります。



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2023.05.09

『地獄楽』 第6話「心と理」

 突如出現し、源嗣に深手を負わせた死罪人・陸郎太に苦戦する画眉丸。一方、瀕死の自分を気遣う佐切に、源嗣は彼女の信念と強さの源が「中道」であることに気付き、己の刀を託す。そして初めて二人の力を合わせ、陸郎太に挑む画眉丸と佐切。画眉丸の忍法と佐切の剣技は、大巨人を破ることができるか!?

 おそらくこのアニメ化の折り返し地点になる今回は、備前の大巨人こと死罪人・陸郎太との死闘を通じて、佐切の持つ強さの意味と、佐切と画眉丸が初めて二人で戦う姿を描く、『地獄楽』という物語全編を通じても非常に重要な回。
 内容的にはほぼ全編にわたり陸郎太との死闘が描かれるわけですが、これまで登場した島の化物たちを遙かに上回る耐久力と攻撃力を持つ相手を向こうに回し、ダイナミックな戦いが続いていくのと並行して、佐切の中にあった迷いが昇華され、彼女の真の強さが浮かび上がる描写は、実に見応えがあります。

 と書くと、佐切がメインの回に見えますが、アクション面では画眉丸も大奮闘。これまでその持てる実力を一部しか発揮してこなかった(発揮する必要がなかった)彼が、初めてその能力をフルに発揮することになります。
 しかし初めて本気を出した彼が次々と繰り出す忍法も、全く通じない陸郎太――足元の石を凄まじい勢いで蹴り出す雷礫が太い樹を貫通する一方で、それを正面から受けて微動だにしない陸郎太はなかなか印象的なシーン――の力は驚異的で、これまで一人で戦ってきた彼が、初めて人の助けを必要とするという展開は、この陸郎太の怪物ぶりあってこそでもあります。

 そして佐切サイドですが、前回彼女に色々と厳しい言葉をぶつけた源嗣が、そんな彼だからこそ彼女の――彼女自身もはっきりと気付いていなかった――生き方、彼女の信念に気付くという展開が見事で、そこから彼が佐切に自分の魂に等しい刀を託し、「陸郎太を斬れ 山田浅ェ門佐切」と言葉をかけるシーンは大いに盛り上がります。
 そこから、画眉丸のせめて二人がかりなら→山田浅ェ門ならではの剣で初めて陸郎太に一矢報いる佐切→「手を貸して下さい/くれ」は、今回のハイライトであることは間違いありません。

 それにしても、常識外れの肉体を持つ相手に、同じく常識外れの技を持つ画眉丸では凌ぐのがやっとだったのに対し、どんな相手でも物理法則の常識に従う限り斬ることができる山田浅ェ門の剣法が、その効果を発揮するというシチュエーション設定は見事の一言。そしてそんな佐切のお株を奪うように(?)画眉丸も物理法則に則った策で陸郎太の動きを封じるというのも実に痛快であります。
 さらにその上で、佐切が陸郎太を人間として斬る――いや、斬ることで人間に戻すという結末もまた見事で、これもまた、佐切の到達した境地を象徴するというべきでしょう。


 さて、アニメとして見た場合は、ところどころ作画が不安な感じになるのはこれまで同様(と言ってよいものか……)ですが、しかしそれでも動かすべきところを心得た描写は納得できるものがあります。特に完全に覚醒した佐切が真っ向から陸郎太と刀で打ち合い、全ていなしてみせる場面は、同じシーンを一ページの画で見せた原作とは対照的に、一連の激しい動きで見せることで、佐切の強さを説得力を以て描いていたかと思います。
 また、これまであまり本作のBGMは(何故か)心に残っていなかったのですが、今回は盛り上がる場面に合わせて盛り上がる使い方をされていたのも印象に残りました。音といえばもう一つ、戦いの終盤に陸郎太が噎せる声が本当に苦しそうで、これも結末の説得力を増していたかも……

 というわけで佐切が覚醒し、陸郎太戦が決着というところで一区切り、と思いきや、ラストに浅ェ門でも死罪人でも化物でもない人物が二人、やたらと生々しい感じで登場――というところで終わるのも、良い引きだったかと思います。


 しかし杠が仙汰の本性に意味ありげに言及する場面、その後の描写を見る限り実際には意味がなかったわけで、アニメではカットされるかと思いきやそのまま残っていたのはちょっと意外。この時点の杠の疑い深さを示すためかもしれませんが……
(あと、画眉丸が陸郎太相手に効果がなさそうな忍法に×を付けていくのが字で示されるシーンで、何故か忍法飛頭蛮が複数出るのが謎)


関連サイト
公式サイト

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賀来ゆうじ『地獄楽』第2巻 地獄に立つ弱くて強い人間二人

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2023.05.08

芦辺拓『大江戸奇巌城』(その二) 時代伝奇小説というスタイルと機能をフルに活用した快作

 芦辺拓がついに発表した「時代伝奇小説」――『大江戸奇巌城』の紹介の後編であります。スタイルの上だけでなく、本作が時代伝奇小説である点、その魅力を活かしている点、それは……

 ここから先は、本作の内容に踏み込むことになるのをご容赦いただきたいのですが――本作において五人の少女たちが挑むこととなる一団は、歴史上に実在した人物とその思想をベースとして描かれています。
 一言でいえば、この国の在り方に対する誇大妄想と、それと背中合わせの排外思想――それは確かにこの一団を構成する者たちの思想を構成する一部ではあります。しかし本作において描かれるそれは、その引き写しではなく、むしろそれを通じて、現代の我々の周囲においても見受けられるある風潮を描きだしたものといってよいでしょう。

 先に時代伝奇小説のスタイルについて大まかに述べました。しかしそれは時代伝奇小説を構成する要素の――そしてこのジャンルの魅力の――一部に過ぎません。ここで時代伝奇小説の持つ機能と言うべきものに注目すれば、そこには、現実の一種のパロディ、戯画というべきものが、色濃く存在するといえます。

 今目の前にある現実を真っ正面から描くことが難しくとも、戯画というフィルターを通すことで描くことができる。もちろんそれは、フィクションが普遍的に持つ機能であるかもしれません。
 しかし過去の(今ではない)時代を舞台とし、そして時に荒唐無稽とすらいえる設定や登場人物を以て描かれる時代伝奇小説は、本質的にこの戯画を成立させやすい(あるいは内包しやすい)ジャンルであるといえるのです。

 そして本作は、この時代伝奇小説の機能を、フルに活用してみせた物語です。
 作者の作品においては、その内容を通じて、現実に存在する「悪」を、鋭く剔抉するものがしばしば見受けられます。本作もまた、それを――時代伝奇小説という物語形式を通じて、より鮮烈に、そしてそれと同時によりドラマチックに描いたものといってよいでしょう。


 しかし本作の趣向の巧みさは、その戯画としての面白さのみではありません。
 本作の最大の特徴である、主人公が五人の少女であるという点――それはあるいは、作者が「好き」だから、「やってみたかったから」というのが最大の理由なのかもしれませんが、しかし作中においては、この特徴が有機的に物語の内容に結びつくことになります。


 これはぜひ実際の作品に触れていただきたいところですが、彼女たちがこの戯画を通じて描かれる本作の「悪」と対峙する理由、耳にする者によっては危険な誘惑ともなり得るこの「悪」の囁きをはっきりと拒絶できる理由――そのシンプルにして明確な内容には、思わず膝を打つこと請け合いであります。なるほど、それ故に本作の主人公は「彼女たち」でなければならなかったのか――と。

 ちなみに本作の「悪」は、正直なところ、「風刺的」というだけでなく、「滑稽」という意味も含めて、戯画的に描かれているといえます。あるいは、その点に顔を顰める向きもあるかもしれません。
 しかし本作は、そんな連中がここまでになってしまった点にこそ、その恐ろしさがある――言い換えれば、その点において確実に我々の現実に繋がっている――ことを描いていることを忘れてはいけないでしょう。すなわち、「悪」の存在もまた、物語と有機的に結びついているのであります。


 スタイルだけでなく機能の上でも、「時代伝奇小説」という物語形式をフルに活用し、それを物語の内容と、そして最大の特徴である少女主人公たちと有機的に結びつけてみせた本作。
 それは、これまで時代伝奇小説を描くべく腕を撫してきた――そして何よりも、これまで数々のトリッキーな作品を描きつつも、その中で「現実」を描くことに力を注いできた、この作者ならではの快作であることは間違いありません。

 もっとも、細かいことを言ってしまえば、終盤に五人の少女が集結してからは、些か各自の個性が見えにくくなった感があったり、ラストに描かれる主人公たちのその後に選んだ道は、ちょっと悪い意味で直球過ぎるのでは、という気がしないでもありませんが――この辺りはまあ、個人の好みの問題であるかもしれません。

 今はただ、本作に次ぐ新たな作者の時代伝奇小説――作者がかつて予告した『大江戸黒死館』の登場を楽しみに待ちたいと思います。
(と、これは厭なマニア全開の蛇足ですが)


『大江戸奇巌城』(芦辺拓 早川書房) Amazon

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2023.05.07

芦辺拓『大江戸奇巌城』(その一) 五人の少女は大江戸を駆ける

 本格ミステリ界の雄として活躍しつつも、かねてより伝奇時代劇への愛を広言してきた作者が、ついに本格的に「時代伝奇小説」を手掛けました。太平の世を戦乱の炎に包まんとする狂信的な陰謀と対峙するのは、いずれも個性豊かな五人の少女。謎の奇巌城に挑む少女たちの「為れぬ密旨」の行方や如何に!?

 ひょんなことから、九戸南部家に仕える学者である父の代りに、藩内で噂される宝物探しに参加することとなった少女・ちせ。持ち前の頭の回転の早さで暗号を解き、宝物の在処を突き止めたちせですが、宝物を狙う悪漢たちの前に窮地に陥ることに……

 という「ちせが眼鏡をかけた由来」から始まる本作は、第一部「江戸少女奇譚の巻」と第二部「大江戸奇巌城の巻」から構成される物語。第一部はこの第一話を含め、五人のヒロインの活躍が描かれる、銘々伝というべき内容となっています。

 病弱な弟の代りに男装して女人禁制の昌平黌に通う浅茅が、構内で起きた女性殺しに挑む「浅茅が学問吟味を受けた顛末」
 常州藩国家老の屋敷に現れた鬼女を巡り、その正体である「毒娘」アフネスの来歴が語られる「アフネスが毒娘と化した秘密」
 青鴫藩の御家騒動に巻き込まれ、身を寄せた尼寺を刺客に襲われた喜火姫が、意外な反撃をみせる「喜火姫が刺客に襲われた次第」
 喜火姫に仕える別式の野風が旅の途中で迷い込んだ、幽霊のような人々が徘徊する不気味な村の謎を描く「野風が幽霊村に迷い込んだ経緯」

 うち、第一・二・四話はいずれも2019年に刊行されたアンソロジーに収録されたものであり、いずれ発表される巨大な冒険の一部であることはその時点で予告されていたのですが――本書でついに五人が勢揃いし、その巨大な冒険、すなわち第二部「大江戸奇巌城」に挑むことになるのです。


 父の名代で最新の学問知識を学ぶために江戸に出てきたちせ。しかし今一つ成果が得られない中、医学館薬品会を見物しに出かけた彼女は、そこで剥製のはずのオランウータンが動き出すという怪事に巻き込まれることになります。
 しかもこの騒動によって、密かに日本に持ち込まれたというロゼッタストーンが破壊されてしまい、展示会は大混乱。ちせも謎のオランウータンに一度は大事な眼鏡を奪われてしまうのですが、それがきっかけで、かつて助けられた謎の少女たち――喜火姫一党と再会することになります。

 そして彼女たちが、江戸で評判を取る兵学講義の背後に蠢く、謎の一団の陰謀を追っていることを知ったちせは、晴れてその仲間に入ることになります。
 誇大妄想としか思えない思想を柱に暴走する敵を追う少女たち。はたしてその陰謀は何を目的とし、如何にして実行されるのか。その中心に潜む、姿なき首魁は何者なのか。そして「空ろの針」こと「奇巌城」とは一体――「為れぬ密旨(ミッション・インポッシブル)」に挑む少女たちの運命や如何に……


 市井に暮らす主人公たちが、ある日突然奇妙な出来事に遭遇し、それをきっかけに幾多の奇人怪人と怪異が蠢く世界に飛び込み、巨大な謎と陰謀の渦中に巻き込まれていく――いささか大雑把なまとめ方かもしれませんが、これが角田喜久雄や野村胡堂、国枝史郎や吉川英治らが描いてきた、かつての時代伝奇小説の典型です。

 そもそも冒頭に触れたとおり、作者はかねてより伝奇時代劇に対する強い愛情を持ち、作品の随所でそれを露わにしてきました。
 これまでも、並木五瓶らがクトゥルーの邪神と対決する「戯場国邪神封陣」を収録した短編集『からくり灯籠 五瓶劇場』のほか、劇中劇のスタイルを借りて伝奇活劇を描いた『黄金夢幻城殺人事件』、あるいは現代と江戸時代を結ぶ「殺人」を描いた『鶴屋南北の殺人』など――さらにいえば『地底獣国の殺人』『帝都探偵大戦』、そして「太平天国の邪神」なども、一種の伝奇時代劇といってよいのではないかと思います。

 それだけに、本作が作者初の時代伝奇小説といってよいか、個人的には疑問に思わないでもありませんが――しかし、先に述べた通りの直球王道の「時代伝奇小説」を志向したものとしては、本作が初めてのものであることは間違いないでしょう。

 それでは本作は、往年の時代伝奇小説のスタイルに則って描かれただけの――もちろんそこには如何にも作者らしいミステリとしての仕掛けが随所に施されているとはいえ――物語なのでしょうか。
 その答えはもちろん「否」であります。


 その理由とは――長くなりましたので次回に続きます。


『大江戸奇巌城』(芦辺拓 早川書房) Amazon

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2023.05.06

浅井海奈『八百万黒猫速報』第1巻 人間と妖魔のシビアな狭間を駆ける男

 人間と妖魔が衝突し合う明治時代を舞台に、黒猫の妖魔という正体を隠しながら、人間と妖魔の間を繋ごうとする巡査・黒井の戦いを描く物語であります。はたして人間と妖魔は共存できるのか――黒井の苦闘は続きます。

 時は明治30年代、近代化の光が闇に潜んでいた妖魔たちを照らし、人間たちによって取り締まられ、駆逐されていく時代――同僚の勝呂や間部とともに妖魔への対応に当たる巡査・黒井の正体は、実は黒猫の妖魔。
 豆腐小僧を追っていた黒井は、同僚をうまく撒いて豆腐小僧を逃がしたものの、黒猫に変じたところを、情報で食っているという怪しげな男・篠田に見つかり、弱みを握られてしまうことになります。

 自分を記事のネタにしようとする篠田に付きまとわれたまま、とある商家の蔵に現れた妖魔の調査に向かった黒井。店の主人は珍しく妖魔に寛大であったものの、篠田に脅された黒井は、妖魔を追うことに……


 政治体制の変化というだけでなく、社会の在り方や文化までもがきわめて大きな変化を経験することになった明治時代。そしてその変化は、人間の社会におけるものだけではなかった――というのはもちろんフィクションにおける話ですが、明治の世を舞台に、これまでとの在り方を変えることになった人ならざる者を描く物語は少なくありません。

 本作もまたそんな物語の一つですが、しかし人間と人ならざる者、妖魔の間に大きな緊張関係があることが、一つの特色であるといえます。国家権力が人間に対するのと同様に妖魔を取り締まり、裁く――かつてあったような人間と妖魔の距離感が、ネガティブな意味で、なくなってしまった世界が、ここにはあります。

 そして主人公である黒井は、その距離感のなさをポジティブなものに変えるべく奮闘しているといえるかもしれません。妖魔でありながら人間の姿で巡査となり、人間と妖魔の狭間に起こる事件を解決しようとする――それは決して妖魔を利するためではなく、人間と妖魔が共存できる、いや少なくとも互いが傷つけ合うことを避けるためなのですから。

 しかしもちろん、その道は決して容易いものではありません。
 妖魔の力で以て町を炎に包み、万単位の被害者を出す妖女。口から繭を吐く奇病を流行らせる奇怪な妖魔――この第一巻に登場するだけでも、黒井が挑むのは、その強力な力で人を害する存在であり、そして当然のことながらそれに対する人間の恐れと憎しみは、妖魔全体に向かうのですから。

 そんな中で、黒井は同僚にも正体を明かすことができず――いやむしろ正体がバレれば自分が討伐されかねない状況で、孤独な戦いを続けることになります。
 そんな中で唯一彼の正体を知る篠田も、少なくとも第一話の時点では彼を脅し、利用する気満々で、黒井の戦いは前途多難としか言いようがありません。


 ――という本作なのですが、個人的にはこの第一巻の時点では、シビアな人情(妖情?)ものとでもいうべき部分と、一種バトルもの的な部分の食い合わせが今一つという印象であったのが、残念なところではありました。

 むしろある日の黒井の報われぬ奮闘を描いた巻末の番外編の方が、設定とマッチした物語になっているのでは――というのは、これももちろん個人の感覚ではありますが……


『八百万黒猫速報』第1巻(浅井海奈 KADOKAWAハルタコミックス) Amazon

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2023.05.05

立沢克美『イクサガミ』第1巻 サプライズ連発、もう一つのデスゲーム開幕

 明治時代を舞台に、武芸の達人たちが繰り広げるデスゲームを描く今村翔吾の『イクサガミ』――その第二巻も発売目前の物語の漫画版であります。原作を踏まえつつも、登場キャラクターや展開の異なるもう一つの『イクサガミ』の開幕であります。

 時は明治11年、日本各地で掲げられた奇妙な広告――武芸自慢に金十万円を得る機会を与えるというその内容に、京都・天龍寺に集まったのは主人公・嵯峨愁二郎を含む292人の男女。
 そして彼らを前に主催者が語ったのは、参加者たち一人一人が一枚一点の木札を持ち、それを奪い合いながら東京を目指すというデスゲーム〈こどく〉の開催でありました。

 既にゲームは始まり、この天龍寺の関門を出るために必要な点数を集めるべく、殺し合いを始める参加者たち。そんな中で明らかに不釣り合いな少女・香月双葉と出会った愁二郎は、不利を承知で彼女を救うことになります。
 もう一人、天龍寺で知り合った青年・立川孝右衛門を加え、東京を目指すこととなった愁二郎。しかしその晩、彼らが泊まった宿にも敵の手は伸びて……


 まだ幕末の余燼冷めやらぬ中、様々な過去を背負った様々な流派の達人たちが繰り広げる、デスゲーム&ロードノベルというべき『イクサガミ』。原作の方は全三巻予定ですが、この漫画版の第一巻では、原作の冒頭部分が描かれることになります。

 作画を担当する立沢克美は、『ポンチョ』や『バーサス魚紳さん!』などの現代ものをこれまで描いてきた漫画家であり、時代もの、それもアクションはこれが初めてと思われますが――骨太の描線は物語とマッチして違和感はありません。
 登場するキャラクターたちのビジュアルも、むしろ「なるほどこのキャラはこんな姿だったのか」と改めて納得させられるもので、まずは上々の滑り出しと感じます。

 すぐ上で述べたとおり、物語はまだ冒頭部分、開始直後の潰し合いの描写がメインとなっており、この〈こどく〉特有の駆け引き――東京までの各チェックポイントをクリアするのに必要な点数は定められているものの、周囲から狙われるのを承知で多めに稼ぐか、敢えて通過ギリギリを狙うかは、各参加者に委ねられる――はまだあまり描かれてはいません。

 しかしこの異様なルール下で、幕末という時代を引きずった者たちが殺し合うという本作ならではの特色は、この第一巻の時点で明確になっているといえます。
 特にこの巻の後半のクライマックスというべき洛中を舞台にした愁二郎の戦いは、かつて土佐の人斬りであった愁二郎と、幕末からの因縁を引きずる相手との激突という形で、本作のこの側面を象徴しているといえるでしょう。


 しかし、原作読者であれば、別の意味で、おっ? と思わされるのがこの戦い。実はこのシーン、原作とはいささかシチュエーションが異なる――いやそれどころか、戦う相手が異なるのであります。
 つまりは漫画オリジナル展開というわけですが、この敵の漫画映えするギミックも含め、原作をそのままビジュアライズするのではなく、漫画版としての独自性を織り込んでみせるのは、個人的には大歓迎であります。

 さらにこの巻ではもう一つ、「あれ、このキャラはこの時点で既に……」という人物の扱いが、かなり意外なアレンジを加えられており(これはもしかして原作の方でも今後描かれるのかもしれませんが)、原作読者にとってもサプライズがあるのは、大いにありがたい話であります。

 また単行本では、原作者自らによる各キャラの設定紹介という企画があるのも実に嬉しい。物語で大きな位置を占める忍び・柘植響陣の設定にもひっくり返りましたが、個人的には双葉の存在の意味付けにもなるほど! と大いに唸った次第です。


 というわけで、原作未読者にも既読者にも様々な見所のある作品となったこの漫画版『イクサガミ』。もう一つの『イクサガミ』として、原作ともどもこの先の展開を楽しみにしたいと思います。


『イクサガミ』第1巻(立沢克美&今村翔吾 講談社モーニングコミックス) Amazon

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2023.05.04

東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第9巻 「残月剣士伝」完結! そして「続……」へ?

 毎月刊行が続く漫画版『警視庁草紙』、第九巻でも「残月剣士伝」編が続きます。警視庁側の妨害に苦しむ撃剣会が逆襲の一手として警視庁に叩きつけた挑戦状。はたして意外な形で繰り広げられる決闘の行方は……。そして「残月剣士伝」が完結しても、なおも剣士たちの物語は続きます。

 かつての剣客たちの救済のため、榊原鍵吉を中心に始まり、大好評を博することになった剣戟興行「撃剣会」。しかし様々な事情からこれを面白く思わない警視庁は、元新選組の平間重助の献策により、「女剣会」なる怪しからぬ興業をこれにぶつけます。
 なりゆきから兵四郎もこれに助力し、完全に閑古鳥が鳴く有様となった撃剣会。しかしそこに謎の雲水二人組が現れ……

 というわけで、いかにも曰くありげな雲水が登場、一人は鴉を連れているその正体は――まずは置いておくとして、その入れ知恵で撃剣会は、警視庁側に決闘を申し入れることになります。
 といってもいつぞやの騒動の如く、本当の決闘ではありません。撃剣会側は榊原鍵吉を、警視庁側は上田馬之助を代表として行われるのは、兜割り対決――どちらが兜を刀で斬ることができるかという勝負であります。

 公平を期するため、山岡鉄舟が提供した兜を斬ることとなった二人の剣士。観客たちが見守る中で繰り広げられる「決闘」の行方は……


 剣客たちが意地を見せた撃剣会興業が思わぬ波紋を呼び、様々な思惑が絡んで大事になっていったこの「残月剣士伝」も、いよいよこの巻で一つのクライマックスを迎えることとなります。

 ここで描かれる「決闘」についてはほぼ原作通りの展開ではありますが、しかしそこに至るまでのディテールは――挑戦状を巡る撃剣会と警視庁のやり取りはこの漫画版のオリジナル。この部分も十分らしいのですが、榊原・上田・山岡の三剣聖が顔を合わせる場面などは、オリジナルでありつつも、いかにも山風らしさ漂う、意外かつ夢の顔合わせという印象であります。

 さて、決闘の方は思わぬ形で決着し、まずはめでたしめでたし――となったはずですが、物語はまだ続きます。いや、原作でもこの後にエピローグともいうべき展開が待っているのですが、この漫画版の方では、なんと「続・残月剣士伝」と題して、さらに物語は展開していくのです。

 ここでクローズアップされるのは、彰義隊で死に損ねた兵四郎と、芹沢鴨を同じ新選組に殺されて苛立つ藤田と――二人の剣士の過去。
 はたしてこの過去が物語の中でいかに昇華されることになるのか、さすがに藤田はちょっと目立ちすぎでは――という気がしないでもありませんが、しかしこれまでも原作をアレンジしつつも、本作はそれだけのものを描いてきました。

 おそらくこのエピソードも次巻で決着のはず、そこで何が描かれるのかを楽しみにしたいと思います。


『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第9巻(東直輝 講談社モーニングコミックス) Amazon

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2023.05.03

冬野ケイ『神様の用心棒』第1巻 漫画ならではのキャラが楽しいコミカライズ

 2023年4月時点で第五作まで刊行されている霜月りつ『神様の用心棒』がコミカライズされました。箱館戦争で命を落とし、宇佐伎神社の祭神の力で甦った青年・兎月が、神様の用心棒として、神社の氏子たちのために奮闘する姿を描く物語の開幕篇であります。

 箱館戦争から十年、函館山の宇佐伎神社で目覚めた兎月。箱館戦争で旧幕府軍として戦い、そこで命を落としたはずの彼は、目の前に現れたツクヨミ(月読之命)と名乗る子供から、思わぬことを聞かされることになります。
 死の間際にウサギを救い、生まれ変わったらウサギになりたいと願っていた兎月。その願いは聞きとげられ、本社から分霊されたばかりのこの神社の神使として蘇ったというのです。

 あまりに突拍子もない状況に戸惑いを隠せないものの、神社を訪れる氏子――函館の住人たちのために一肌脱ぐこととなった兎月。
 しかし兎月にはさらに重要な役割がありました。それは函館山から降りてくる怪ノモノ、人の負の念が凝った魔を斬ること。生前(?)の愛刀・是光を手に怪ノモノを斬る兎月ですが、その中で彼は失っていた記憶の一部を取り戻し……


 というわけで、原作の第一作『神様の用心棒 うさぎは闇を駆け抜ける』を忠実に漫画化した本作。この第一巻ではその前半を描いていますが、シンプルに見えて一ひねり入った物語展開の面白さはもちろん変わりません。
 絵的には、兎月はもう少し尖ったイメージが個人的にはありましたが(しかしそれだけに後半で見せるバイオレンスフルな姿にちょっとびっくり)、柔らかな描線は物語とよくマッチしていると感じます。

 特にツクヨミは、良い意味で漫画チックなデザインが良いのですが――それ以上に感心したのは、神社から外に出るためにウサギに乗り移った時のツクヨミ(というかウサギ)のデザイン。
 正確には現実の見え方とは異なるわけですが、漫画的にはむしろ正解で、この状態のツクヨミと兎月のやりとりの楽しさは、原作以上に魅力的に感じます。

 そして漫画となってキャラクターがビジュアル化されたとくれば、一番気になるのはみんな大好きの「あの人」ですが――残念ながらこの時点ではまだその姿ははっきりとは見えない状態。
 その姿がはっきりと描かれるのはこの先、物語もクライマックスの時であるはずですが――そこでの描写も期待したいと思います。


 ちなみにこの単行本のおまけページには、ツクヨミによる兎月の「完成図」が描かれているのですが――これはもう必見としか言いようがありません。これもまた、漫画化の恩恵なのかもしれません。


『神様の用心棒』第1巻(冬野ケイ&霜月りつ KADOKAWA 角川コミックス・エース) Amazon

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2023.05.02

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第9巻 ぶっ飛んだ金持ちと真剣に怖い捜神「怪談」

 『捜神記』を題材に、千年を生きた妖狐・廣天と仲間たちが繰り広げるおかしな騒動を描く物語の第九巻は、前巻から引き続いての「捜神怪談編」。都の妖考事部で、青年役人の石良とともに怪奇の事件を追うことになった廣天ですが、その前にぶっ飛んだ大金持ちが現れたことで、何やら雲行きが怪しく……

 道術勝負で優勝したものの、色々あった末にチームメイトの医者と気まずくなり、神木と二人、都に出てきた廣天。そこで都の見回り部が妖絡みの事件に対処する部署・妖考事部を設置することを知った彼女は、在野の有識者という触れ込みで潜り込むことになります。
 しかし妖考事部の所属は、暗がりを異常に嫌う青年・石良のみ。それでも続発する事件を何となく解決してきた廣天たちですが、人が空を飛ぶ事件を解決(?)したかにみえた時、思わぬ出来事が……

 というわけで前巻からスタートした捜神怪談編ですが、この巻の冒頭では、石良の親戚である色々な意味でヤベエ金持ち・石崇が登場。怪事件をなかったことにするために目撃者全ての口を封じる、現場一帯を数日間封鎖する等々、金の力でやりたい放題であります。
 それが全て石良のためらしく、何故彼にそんなに執着するのか、その意味でもヤベエ人物ですが、問題はその石崇の関心(というより石良の周囲の人間のチェック)が、廣天に向かったことでしょう。そしてその調査に当たるエージェントが現れるのですが、それが何と――宋定伯!

 あの見鬼の力を持つ詐欺師スレスレ(というか完全に詐欺師)の少年、神異道術場外乱闘編でのチームメイトであり、廣天と神木が借金返済のためにかけずり回ることになった原因の宋定伯、前々巻ぶりの登場であります。
 ――といっても出番は数ページなのですが、やはり廣天とはこれまで共に様々な騒動に共に首を突っ込んできた間柄だけあって、ナイスフォローを見せてくれるのは実に嬉しいところでしょう。

 ちなみに宋定伯は、実は石崇とは「捜神記」以来の(?)仲。本作での初登場エピソードの原話で、宋定伯の行動に対して石崇が一言コメントするという妙なつながりだったのですが、いずれにせよ同時代人であります。それをこういう形で拾ってくれたのは、心憎い趣向といえるでしょう。


 さて、そんなこんなで思わぬ横やりが入りつつも、妖考事部の仕事は尽きません。
 人々が夜中に道で突然何かを呟きながら地面に突っ伏し、翌朝にはその記憶をなくしているという怪事。突如壁をぶち破って部屋に飛び込み、消えてしまう牛車。窓から何物かの目が覗く小屋。宿屋で人の姿形を真似て現れ、二階に誘う化物……

 いずれ劣らぬ奇妙な事件ばかり、そしてそのディテールも真相も、いかにも中国怪談らしい味わいを持ったものばかりなのですが――しかしその描写がどれも妙に怖い。真剣に怖い。
 本作は基本的にコミカルなテイストの作品ではありますが、しかし思い起こせばこれまで怪異や人ならざる者に対しては、容赦なくその不気味で恐ろしげな姿を描いていたやに思われます。――もちろん、例外は山ほどありますが!

 特にこの捜神怪談編では描写を怖さに全振りしている感があり(特にこの巻冒頭のエピソードの怪異出現シーン!)、「怪談」の名に違わぬ印象であります。


 しかしややこしいといえばややこしいのは、そんな怪異の源である妖たちが、廣天たちとはむしろ近しい存在であることであります。そもそも廣天と神木が妖考事部に首を突っ込んだ理由は、妖を人から守るためなのですが――しかしそんなウラの事情が、ついに廣天を追いつめることになります。

 前巻のラストである妖が遺した不吉な予言。あたかもそれを裏付けるような状況の末に、大変な状況に陥ってしまった廣天の運命は――まあどうにかなるとして、むしろ心配なのは石良の方。
 廣天と引き離され、ただ一人となってしまう彼の運命は、そして何よりも、彼を苦しめる幼少期の不気味な出来事の真実は……

 次巻、捜神怪談編完結であります。


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2023.05.01

上田秀人『辻番奮闘記 五 絡糸』 長崎包囲陣!? 辻番vs牢人再び

 江戸から長崎に舞台は移っても、平戸藩の辻番頭・斎弦ノ丞の奮闘は続きます。長崎奉行に睨まれつつも任をこなさなければならない上に、松平伊豆守から厄介極まりない密命を下された弦ノ丞。いよいよ長崎の状況が不穏の度合いを強める中、弦ノ丞の四面楚歌の戦いは続きます。

 平戸藩松浦家の辻番として、江戸で起きた数々の事件から主家を救い、国元に戻った弦ノ丞。折しも松浦家が長崎警固の助役を命じられることになり、下調べのため長崎に派遣された弦ノ丞ですが――そこで長崎奉行・馬場三左衛門利重に目を付けられ、何と長崎の辻番を押しつけられることになります。
 折しも島原の乱の直後で島原には牢人があふれ、行き場をなくした彼らが長崎に流入、治安が悪化する中で辻番の仕事も増加。しかしそれだけでなく、かつて平戸藩も関わった密貿易事件の背後に土井大炊守の存在がなかったか、松平伊豆守に調査を命じられる羽目に……

 というわけで相変わらず難題山盛りの弦ノ丞。今回も開幕早々、馬場三左衛門から厄介払いとばかりに押し付けられた、当の密貿易事件に関わる書付を巡り、先代もこの件に関わっていた長崎代官・末次平蔵ともども、頭を抱えることになります。
 老中でも最も力を持つ松平伊豆守の命には逆らえない。しかし一歩間違えれば御家の存亡に関わりかねない調査結果を表に出すわけにもいかない――弦ノ丞の悩みは続きます。

 しかし目下の彼の任務はあくまでも長崎辻番であります。松平伊豆守の密命があるといえど、まずは長崎奉行の命をこなせなければ、どんな難癖をつけられるかわかりません。
 そこで弦ノ丞以下長崎辻番たちは、厳罰体制を以て臨むのですが――豈図らんや、状況は既に手遅れとなっていたとは。


 本シリーズの発端でもある島原の乱で主家がお取り潰しとなった、島原と天草の牢人たち。帰農したり他家に移れた者はごくわずか、残りは行く当ても将来の望みもないという状況で、彼らが頼りにするものといえば、容易に想像できるでしょう。
 そう、ただ一つ彼らに残された刀――すなわち暴力によって、長崎に迫る牢人たち。もちろん、松浦家だけでなく、長崎警固役である黒田家・鍋島家が取り締まりを行っているものの、経験と覚悟で勝る牢人たちは、次々と警固役を各個撃破していきます。

 そうなれば、仮に家中の者が討たれたとしても口を噤んでしまうのがこの時代の大名家であります。
 そして密かに追加の人員を長崎に送ろうとしても、既に長崎に通じる峠を押さえた牢人たちによって全てが討たれる始末。さらに討った者たちの衣服を奪い、警固役に扮した牢人たちが――と、長崎奉行所が、そして弦ノ丞たち辻番が知らぬうちに、長崎は牢人たちによって包囲・掌握されることに……

 いやはや、長崎に流入する牢人たちの問題はこれまでの物語でも描かれてきましたが、個々の戦闘力でいえば辻番たちの方が上。そして物語においても、長崎を巡って展開する幕府上層部の争いや、奉行所との関係に苦慮する弦ノ丞=松浦家の姿の方がメインとなってきた感がありました。
 それがここに来て一気に牢人たちの姿が前面に出てきた――それもここまで大掛かりかつサスペンスフルなifを用意してくるとは、予想だにしませんでした。

 いや、考えてみれば本シリーズは、その当初から主持ちの武士と牢人の対立を描く物語であり、その両者――「家」の中の武士と、その「外」にいる牢人の間に立つ存在として辻番を描いてきました。
 だとすればここで再び弦ノ丞たち辻番が牢人たちと対峙することは、むしろ必然というべきなのでしょう。


 そして物語では、本シリーズのもう一つの要素――幕閣同士の、すなわち松平伊豆守と土井大炊頭の暗闘が、いよいよ革新に迫っていくことになります。家康から直接土井大炊頭が受け継いだある品物――それがはたしてこの先物語で如何なる意味を持つのか、そして誰の手に渡るのか。何よりも、それが弦ノ丞と松浦家に与える影響は……

 様々な側面からクライマックスに向かっていく動いていく物語が、どのように落着することになるのか。先が見えないだけに大いに気になるところです。


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