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2023年6月

2023.06.30

藤田和日郎『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第4巻 過去からの刺客と怪物の表情と

 『ゴーストアンドレディ』の舞台化も決まり、絶好調の「黒博物館」シリーズ最新作もクライマックス目前。ダッジモント家の舞踏会に参加することになったメアリーとエルシィですが。そこに〈7人の姉妹〉の一人の凶刃が迫ります。そして明かされる、人造人間エルシィの過酷な運命とは……

 女王暗殺に送り込まれる暗殺者〈7人の姉妹〉を迎え撃つため、その一人の死体と村娘の頭を繋ぎ合わせて作られたという人造人間・エルシィの教育係を任されてしまったメアリー・シェリー。
 エルシィとの数々の騒動を経た彼女は、本番前の予行演習として、ダッジモント家の舞踏会に参加することになります。同行するメアリーの息子・パーシーに想いを寄せるダッジモント家の令嬢の意地悪を辛うじてくぐり抜けたエルシィですが、そんな中で、本当の敵が彼女に忍び寄っていました。

 密かに舞踏会に忍び込んだ〈7人の姉妹〉の一人・〈渇き〉(ジャージダ)。「生前」のエルシィに執着するジャージダは、エルシィが本当に過去の記憶を失っているのか探ろうとするのですが――メアリーの友人・エイダをメアリー本人と間違えたことから、エイダの身に危険が迫ります。
 そんなエイダを救うため、ジャージダと対峙するエルシィ。しかし同じ技〈月動〉を操りながら精度に勝るジャージダの剣に追いつめられて……


 これまで作中で幾度も振るわれてきたエルシィの剣術〈月動〉。地に膝をついた形から回転するという独特のその技は、その絶大な威力で、これまでメアリーたちを救ってきました。しかし今回彼女が対峙するジャージダは、いわば同門(というより「生前」のエルシィから教えを受けた関係)であります。
 これまでエルシィが倒してきた田舎のゴロツキとは次元の違う敵に、エルシィが如何に立ち向かうのか――その戦いは少々意外な展開を辿りますが、その中でエルシィの「記憶」という、この先大きな意味を持つ要素が描かれることになります。

 しかしエルシィは先に述べたとおり、暗殺者の体に村娘の首をすげたもの。剣技は体に染み着いているということはあるかもしれませんが、しかし自分のものではない首を載せた彼女が、過去の記憶を持つものかどうか……
 彼女の正体に対して、エイダがある疑念を抱く一方、メアリーは全く別の悩みを抱くことになります。

 メアリーやエルシィとともに、サー・ティモシー邸に滞在するパーシー。そんな中でパーシーとエルシィは、親密の度合いを深めていく(ように彼女の目には映る)のでした。
 もちろんそれは、年頃の息子を持つ母親ならではの心配かもしれません。しかし身分や人格以前に、余りにややこしい存在であるエルシィが、メアリーの心をかき乱すことになります。

 そんな最中、エルシィの生みの親であるディッペル博士と、メアリーへの依頼主であるダンヴァース大尉との会話を偶然耳にしてしまったメアリー。そこで語られていた、エルシィの肉体に関わる過酷な真実を耳にしたメアリーは……


 望まぬ始まりとはいえ、これまでエルシィの教育係として彼女と触れ合い、そして幾度となく彼女に救われてきたメアリー。エルシィとはそれなり以上の関係を築いてきたメアリーですが、その関係を断ち切るような真実を耳にした時、その顔に浮かんだものは何であったでしょうか。

 それは主人公にあるまじき、そしてある意味極めて人間らしい表情――それは、これまで幾多の作品の中で、人間の最も崇高な姿と同時に、人間の最も醜い部分をも真っ正面から描いてきた作者ならではのものといえるとかもしれません。いや、正直なところ、ここで描かれた数ページは、作者のこれまで描いてきた中で、最も強烈な描写の一つであった――そう言ってもよいように思えます。

 そしてその果てに、自分こそが「怪物」だと自覚した(あるいは思い込んだ)メアリー。ここから彼女は、これまでであれば決して取らなかったであろう行動を取ることになります。
 その行動とは何か、そしてそれが何をもたらすのか――いよいよ次巻、大爆発する彼女の想いと、そして明かされる驚愕の真実は必見であります。


『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第4巻(藤田和日郎 講談社モーニングコミックス) Amazon

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2023.06.29

高木彬光『ミイラ志願』 「志願」の陰の人間心理を描く九つの物語

 高木彬光といえば、本格ミステリの名手である一方で、数多くの時代(伝奇)小説を発表した作家であります。本書はその中でも「志願」というキーワードでまとめられた九編を収録した、ユニークな歴史時代小説集です。

 数々の悪行を重ねた末に捕り手に追いつめられ、即身仏で知られる湯殿山注連寺に逃げ込んだ盗賊・六助。ミイラになりたいという六助の言葉が方便であると見抜きつつも、自分の代に即身仏が現れていなかった住職は、敢えて六助を受け入れ、厳しい修行を科すのでした。
 凶悪な盗賊も怖気を振るうような修行を、それでも足かけ七年重ね、上人として迎えられた六助。地獄から一転、極楽のような応対を受ける六助ですが、周囲は次々と彼に厳しい現実を突きつけます。そしてついに彼がミイラになる日が訪れるのですが……

 本作の冒頭に語られているように、日本において数多くの即身仏(ミイラ)が作り出され、今なお現存する出羽三山。過酷な修行を続け、五穀を断った末に、生きながら土中で入定した即身仏は、人々の信仰の対象となってきました。
 それだけに、ミイラを志願すれば、現世の法に罰せられることがないという本作の描写にも頷けるものがあるのですが、しかしそれに飛びついた六助の辿る無惨な運命を本作は描きます。

 そしてそれと同時に描かれるのは、何としても彼を即身仏にせんとする周囲の者たちの姿であります。それはもちろん、六助の身から出たサビであることは間違いありませんが、しかしその執着に満ちた姿は、即身仏とは対照的なものとして、強烈な印象を残します。
(これで六助が従容と即身仏になれば皮肉で面白いのですが、「現実」はもっと身も蓋もなく……)


 さて、その他の八編も、歴史の、歴史的事件の中の、等身大の人々を描くユニークで残酷な物語となっています。

 光秀によって見いだされた信長の影武者が、信長・光秀・秀吉の間で皮肉な運命を辿る「偽首志願」
 父・今川義元を信長に討たれながらも蹴鞠を愛し、ついには乞食同然の暮らしを送る氏真を描く「乞食志願」
 関ヶ原の戦い前夜、妖怪じみた怪人物が東軍西軍の武将の前に現れ、三成を勝たせんとする「妖怪志願」
 討ち入り直前に脱盟し、後世に不義士として知られることになった高田郡兵衛の「真実」を語る「不義士志願」
 大食い競争にかこつけて、力士上がりの侠客の妻を黒田家の側室に献上せんとする企てが描かれる「飲醤志願」
 明治の世においても罪人の斬首を担当する首斬り浅右衛門の容姿となった青年の意外な真意を描く「首斬り志願」
 高橋お伝と並び称される悪女・雷お新が遺したといわれる刺青の真贋から、女賊の真の姿を浮き彫りにする「女賊志願」
 囲碁のため、国禁を犯して海を渡ろうとした井上幻庵因碩の執念を描く「渡海志願」

 作者の時代(伝奇)小説は、正直なところ作りが粗い作品も少なくないのですが、本書は基本的に水準以上の作品揃いといってよいでしょう。(この時代の微妙な時代××感のあるオチの「妖怪志願」はさておき……)
 ラストに至って一種の完全犯罪ものであったことが明らかになる「首斬り志願」や、作者お得意の刺青ネタから始まる「女賊志願」など、作者らしさが横溢しているともいえます。


 そんな中で個人的にベストは、「乞食志願」と「不義士志願」であります。
 前者の主人公・今川氏真は、父の仇を討とうともせず、蹴鞠にはまって今川家を潰した愚か者――というのが歴史ものでは一般的な評価ですが、本作はそれを踏まえつつも、河原の芸人たちに交じって蹴鞠の技を喜々として披露する氏真の、一種自由人としての姿を描く作品。しかしラストに至って吐露する氏真の想いには、痛烈な皮肉があります。

 また後者は、堀部安兵衛と並び称される勇士でありながら、肉親の義理に縛られた末、討ち入り直前に脱盟した高田郡兵衛の悲劇を描く物語ですが、終盤の畳み掛けるような展開が素晴らしい。有名な×××説を用いつつも、そこからさらに索漠たる結末に至るのが、強く印象に残ります。


 あることを自ら望み、願い出る「志願」。その志願の陰の欲望、願い、企て――様々な人間心理を浮き彫りにしてみせた佳品であります。


『ミイラ志願』(高木彬光 講談社大衆文学館) Amazon

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2023.06.28

鮫島圓『無名の剣 中国幻想選』 武術の達人たちの血の通った物語

 その題材選びの確かさとヴィジュアルの巧みさで人気を博す、鮫島圓の「中国幻想選」シリーズの第三弾であります。今回は王殺しを請け負った無名の剣士の姿を描く表題作をはじめ、闘う者たちの姿を描く物語を中心に、全六編が収録されています。

 楚の国の王を夜ごと悩ます悪夢――それは眉間尺なる刺客の剣が、その身に迫るというものでした。そして多額の賞金がかけられたその刺客に襲いかかる多数の兵士。兵たちを全て片づけたものの、自分も深手を負った刺客は、自分を助け起こした無名の剣士に、その身の上を語ることになります。
 かつて楚王の求めで天下一の剣を作ることとなった刀鍛冶・干将。やがて二本の名剣を作った彼は、そのうち妻の名を取った莫邪を王に献上したものの、そのまま王に殺されてしまうのでした。二人の子である刺客――赤は、残る干将を手に、父の仇を討とうとしたというのです。

 赤の話を聞き、彼の代わりに仇を討とうと告げる無名の剣士王に近づくため干将と赤の首が必要だという剣士の言葉を受け入れ、赤は自らの首を掻き切ります。
 そして赤の首を手に楚王に謁見する剣士。死してなお、生けるような赤の首を滅ぼすためには、大釜で三日三晩煮ることが必要と語る剣士に対し、楚王は……

 『捜神記』の干将莫邪のエピソードを題材としたこの表題作「無名の剣」。その内容の大半は、原典を踏まえたものとなっています。しかし、大きく異なるのは、原典では眉間尺から王殺しを請け負ったほかは、ついぞその正体は不明のままであった剣士の掘り下げを行っている点であります。
 ある出来事をきっかけに、己の名も、生きる理由も、全てを失った剣士。そんな彼が、赤と出会うことで己の命の使い所を見つける――その発端を思えば、ここで彼が見つけた終着点では皮肉とも当然とも感じられますが、歴史に名を残す名剣の伝説を飾るに、ある意味相応しいものと感じられます。

 もう一つ、本作は王が恐れる眉間尺――眉間の間が一尺あったという奇怪な容貌に、一つの解釈を行っているのですが、いささか唐突感はあるものの、ユニークな試みではあります。


 さて、表題作以外には、本書には以下の五篇が収録されています。
 凄まじい槍の腕前を持つ凶暴かつ美しい女賊・母大虫(雌虎)に見込まれてしまった武芸者の悲喜劇「母大虫」
 弾弓の達人が、不気味な僧形の達人から、大悪党になるであろう自分の息子を斃して欲しいという依頼される「僧侠」
 弓術の奥義を巡って勝負を繰り広げる師弟二組の対象的な姿を描く「弓勝負」
 大の男も敵わないほどの武術の腕を持ちながら、自分は怖がりだと語る老達人の若き日の恐怖体験「怖がりの老師」
 一本気な荒くれ者が、借金で妻を売ろうとしている一家を助けたことから、思わぬ報いを受ける「ある男の善行」

 うち「僧侠」「怖がりの老師」は、かつて作者が鮫島円人名義で発表した『蓬莱トリビュート 中国怪奇幻想選』からの再録ですが、それ以外は新作。冒頭に述べた通り、「無名の剣」を含めて、武術の達人を題材とした作品がメインとなっています。
 もちろん、いずれの作品も原典はあるのですが、時にコミカルに、時にヘビーに味付けすることによって、数百年、いや千年以上昔の物語を、現代の我々が読んでも楽しい、そして血の通った作品として成立させているのは、これまで同様の見事さであります。

 ただ一つ、細かい(?)ことを言えば、これまでの『竜王の娘』『狐の掟』は、表題作を中心に、美しく妖しいヒロインたちの存在が強く印象に残ったわけですが、本書はその要素はかなり薄めなのが、いささか残念に感じないでもありません。
 いや、母大虫という強烈なヒロインがもちろんいるのですが……
(しかしこのエピソード、水滸伝ファン的には「母大虫」というよりむしろ、段三娘と王慶のそれを思い出させる――というのは蛇足であります)


『無名の剣 中国幻想選』(鮫島圓 webアクションコミックス) Amazon

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2023.06.27

上田秀人『勘定侍 柳生真剣勝負 七 旅路』 珍道中!? 男と女、二つの旅路

 『勘定侍 柳生真剣勝負』も、気が付けばもう第七弾であります。宗矩と決裂しつつも、兄・十兵衛のために柳生に向かうことになった一夜。本作は「旅路」の通り、一夜と十兵衛の道中が描かれることになります。そしてもう一組――大坂から江戸に一夜を追ってきた永和と佐夜の旅路も……

 大目付から大名に昇格した柳生宗矩が、家中の財政建て直しのために大坂から呼び出した庶子・一夜。しかしはじめは仕方なく宗矩に協力していた一夜も、自分が協力して当然と言わんばかりの態度でこき使う宗矩に愛想を尽かし、老中・堀田正盛と組んだ上で、公然と宗矩に反抗することになります。
 その末に、柳生屋敷を飛び出した一夜の警護役を買って出たのは、柳生家で唯一一夜の才を認め、そして父のやり口に反発した柳生十兵衛であります。一夜もまた、唯一「話せる」存在である十兵衛のため、柳生の郷を富ませるべく江戸を旅立つことに……

 というわけで、ついに宗矩と完全に袂を分かった一夜と、一夜の側についた十兵衛。本作では、この二人の(珍)道中が物語のメインとなります。

 基本的に色々な意味でダメな人間の多い柳生家ですが、そんな中で唯一常識人である十兵衛。いわゆる剣術バカではありますが、それがポジティブな方向に働き、父をはじめとする柳生家のやり方に逆らう姿は、まさに我々のイメージの中にある「柳生十兵衛」その人という印象があります。
 そして基本的には武士嫌い、隙あらばdisってくる一夜も、十兵衛だけは――事あるごとに鍛錬せいと言ってくるのには辟易としつつも――「お兄はん」と心安げな態度を見せることになります。

 立場は全く違えど、互いにその才と人間性を認め、血縁として気を許し合う一夜と十兵衛の姿は何とも微笑ましく、道中での二人の噛み合っているような噛み合っていないようなやりとりには、思わず頬が緩むものがあります。

 しかしこの二人、敵に回してはいけないという点では作中でもトップクラス。十兵衛の剣はもちろんですが、そこに一夜の頭の冴えと相手のペースを狂わせる煽りスキルが組み合わされば、ま無敵というほかありません。
 本作では小田原藩の横目付や箱根関所の番頭の嫌がらせ、道中での食い詰め浪人の襲撃、さらには宗矩の意を受けた伊賀者の待ち伏せなど、数々の妨害があるのですが――これはまさしく相手が悪い。痛快を通り越して、思わず敵の側に同情してしまうほどであります。


 さて、そんな一夜と十兵衛の江戸から柳生への「旅路」が描かれる一方でもう一つ、一夜を巡る二人のヒロインである永和と佐夜が、大坂から江戸に向かう「旅路」が描かれることになります。

 一夜同様根っからの商家の人間であり、一夜の嫁候補である三姉妹の長女として、今は一夜の実家でその商売を手伝う永和。元は柳生の忍びであり、宗矩の命で一夜を籠絡しようとして撥ねつけられ、女のプライドその他もろもろで一夜を狙う佐夜。
 生まれも育ちも全く異なる二人ですが、江戸の一夜を迎えに行く永和の護衛役として佐夜が同行し、呉越同舟、江戸に向かうことになります。

 本来であれば相容れないはずが、商人として卓越したセンスを持つ才女の永和と、美貌の下に卓越した忍びの技を持つ佐夜と――事あるごとに突っつき合いながらも、互いをライバルとして認め合い、信頼しあう姿には不思議な爽やかさと微笑ましさがあります。
 しかし問題は、二人とも一夜が既に江戸を発ち、西に向かっていると知らなかったこと。さらに江戸には船便で来たために、完全にすれ違うことになります。そしてさらに悪いことに、佐夜が柳生家の者に見つかり、宗矩らに狙われることに……

 主人公側がほとんど盤石である分、ヒロイン側に危難が迫ってきた感がありますが、しかしもちろん黙って襲われる二人ではありません。二人がそれぞれの才を活かし、窮地を脱する姿は、こちらも痛快であります。(そしてそんな中でも互いを突っつきあう姿がまたおかしい)


 さて、その一方で、宗矩による会津加藤家潰しの陰謀が進行し、さらに柳生左門の処遇を巡る暗闘がいよいよ抜き差しならない展開となります。
 特に後者は、ちょっとこれはどうなってしまうのだろう、と唖然とする形で終わるのですが――色々な意味で宗矩の運命が気遣われる次巻が、今から楽しみです。


『勘定侍 柳生真剣勝負 七 旅路』(上田秀人 小学館文庫) Amazon

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2023.06.26

宮本福助『三島屋変調百物語』第1巻 「語り」を画で描いた珠玉の漫画版

 『拝み屋横丁顛末記』の宮本福助が、宮部みゆきの『三島屋変調百物語』を描くという、豪華顔合わせによる漫画版第一巻が刊行されました。故あって生家を離れて江戸に出た少女・おちかが、様々な人々が胸に秘めてきた怪異譚を聞く、奇妙な百物語の開幕編であります。

 ある事件がもとで川崎宿の旅籠を離れ、叔父の伊兵衛が営む江戸神田三島町の袋物屋・三島屋に身を寄せることとなったおちか。気を紛らわすように三島屋で奉公人に混じって働いていたおちかですが、ある日急用で出かけることとなった伊兵衛に代わり、来客の相手をすることとなります。
 しかし藤吉と名乗る客が、部屋の外に咲いていた曼珠沙華を見て具合を悪くしたのをきっかけに、おちかは彼が何故曼珠沙華を恐れるようになったか、その過去を聞かされることになります。

 幼い頃、親代わりだった兄・吉蔵を慕っていた藤吉。しかしふとしたことがきっかけで吉蔵は人を殺めて遠島になり、藤吉は涙ながらに見送ることになります。しかしその後、人殺しの弟として辛酸を舐め、吉蔵のことを周囲に隠して生きてきた藤吉は、島から帰ってきた吉蔵に、強い恨みを抱くようになるのでした。
 そして兄に殺された相手の霊に、兄の死を望むようにすらなった藤吉ですが……


 まず、単行本の表紙を見た時点で、美しくももの悲しく、賢明に何かを堪えているようなその表情に、「おちかだ! おちかがいる!」と思わされるほど、完璧なビジュアライズを行っている本作。もちろんおちか以外の登場人物たちも皆イメージ通りで、違和感というものはありません。
 しかしそれと同時に――あるいはそれ以上に感心させられるのは、単純にビジュアライズだけでなく、原作の独特の物語構造を、漫画というスタイルに的確に落とし込んでいる点です。

 本作は「百物語」――すなわち、語り手の「語り」によって進んでいく物語であることはいうまでもありません。しかしそれを漫画にするというのは、実はかなりの困難がつきまといます。
 単に語りの内容を描くだけでは足りず、それを語る人間の姿を並行して描く――小説であれば一人称を用いて描けますが、しかし漫画においてそれを違和感なく描くには、原作の内容を踏まえた上で、慎重な再構成が必要になります。

 そしてそれを本作は、見事に成し遂げています。特に上で紹介した最初のエピソード「曼珠沙華」は、語り手の顔が、表情が大きな意味を持つ物語ですが、その変化を的確に、克明に描く筆には、ただ唸らされるばかりです。そしてクライマックスで描かれる、原作では読者が想像するしかなかった「それ」の凄まじさたるや……

 しかしさらに見事なのは、そこに恐ろしさだけでなく、胸が塞がるような哀しみを――すなわち、その背後にある、どうにもならない人の情を、人の業を、克明に浮き彫りにして見せた点でしょう。
 ここに記すのも恥ずかしながら、初めて読んだ時、私はクライマックスからラストまで、涙が止まりませんでした。もちろん怖いからではなく、そうなってしまった、いやそうならざるを得なかった人々に対する哀しみのために……


 この「曼珠沙華」は、物語(シリーズ)全体で見れば、プロローグというべきエピソードであります。しかしその始まりにおいて、これほど完成度が高いものを見せられては、この先にも期待するほかありません。
 この巻には、続く第二話「凶宅」の冒頭まで収録されていますが、あの恐ろしすぎる、厭すぎる物語をどう描くのか――怖いもの見たさとしか言いようがない気持ちですが、しかしそこに描かれるのが、様々な意味で極上のものであることだけは、間違いないでしょう。


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2023.06.25

『地獄楽』 第12話「傘と墨」

 蓬莱の門に至った佐切・杠・仙汰の前に現れた天仙・ムーダン。人体を弄り回すことを好むムーダンに挑む三人だが、タオを自在に操る相手に苦戦を強いられる。しかし佐切の太刀で傷を負わせられると気付いた三人は、傷だらけになりながらも、連携攻撃でついにムーダンを倒すことに成功するが……

 このアニメ版も残すところついにあと二話、ラスト一話前である今回は、まず間違いなくアニメのラストバトルであろう天仙ムーダン戦に突入。アニメとしてのクオリティも前回までとは雲泥の差で、もっと早くこれが出来ていれば――と言いたくはなるものの、しかし満足のいく内容でありました。

 内容的には、見比べてみると思った以上に省かれた台詞はあるものの(あと、その直前の天仙たちのナイトプールはさすがにカット)原作にほぼ忠実な内容で、一番感想が書きにくいタイプの回ではあるのですが、原作と見比べてみると、特にアクション描写がパワーアップしていると感じます。
 もちろん、原作の時点で見応えのあるアクションだったことは間違いありませんが、四人のキャラクターが入り乱れる情報量が多いバトルであったためか、改めて見てみると意外と一コマ一コマが小さい――それを逆に利用して動きを感じさせているのが巧みなのですが――印象があります。それをこのアニメ版ではアングルを微妙に変えたり、途中の動きを加えることにより、よりダイナミックなものとして描き直しています。

 特に印象的なのはついに本性を見せた杠の忍法粘糸から派生する忍法蜜牢→忍法線斬行のコンビネーションで、その大きく舞うような、それでいて俊敏な動きは、アニメならではというべきでしょう(その直後の、ムーダンの再生をじっくり見せる、良い意味の悪趣味さも印象的)。また、杠に襲いかかる僵尸二人を、自分の羽織を使って絡めとる仙汰のムーブも、漫画以上にわかりやすく、印象に残ります。

 そして激しく動き回るバトルの果てに、仙汰が後ろから押さえつけたムーダンを、佐切が「皮一枚」で斬るという、浅ェ門ならではの静の技で決着をつけるのも見事であります。
(ここはもちろん原作通りなのですが、唯一、「空飛ぶなら気をつけて 僕胖子(デブ)だから」と、散々ムーダンに「胖子」呼ばわりされたのを皮肉る仙汰の台詞がカットされたのは残念)

 そしてこの後、仙汰もまた密かに抱えていた浅ェ門というお役目への葛藤と、そこから生まれた杠への憧れ――それを「少し」としつこく強調しつつ、佐切が共感するのにも納得――が描かれるわけですが、今回のサブタイトルの由来であろう、山積みの生首を蹴飛ばして、降りしきる首を傘回しで弾き飛ばすという、仙汰の中の杠のイメージシーンは、文章にすると「仙ちゃん、いくら杠担の強火オタだからって、相当鬱憤が溜まってたんだな……」と心配になりますが、画にしてみると、確かに不思議な解放感があるのは、これもアニメならではの説得力というべきでしょう。

 その後の絶望的な彼の姿の見せ方もまた、動きと声のあるアニメならではのものなのですが……


 そしてムーダンが巨大な鬼尸解を遂げ、さらなる絶望的な状況となったところで、その絶望を文字通り叩き斬る士恩が、粋男度をさらにアップして登場! という、最高に盛り上がる場面で、次回に続きます。
(そういえば、主人公はこのまま鼻血を出して人事不省のまま、アニメが終わるのでしょうか……)


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公式サイト

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賀来ゆうじ『地獄楽』第5巻 激突、天仙対人間 そして内なる不協和音と外なる異物と

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2023.06.24

細川忠孝『ツワモノガタリ』第7巻 強者たちの剣談の終わり そして本段突入!

 『ツワモノガタリ』五の段、天然理心流 土方歳三 対 北辰一刀流 坂本龍馬の激闘もいよいよ終盤。相容れぬ男二人の激突が、ついに決着します。そしてその先に待つのは本段 池田屋事件――これまで語ってきた強者たちが、多勢を相手に思う存分その技を振るうことになります。

 新選組の強者たちによる剣談もいよいよ佳境、大トリを務めるのは鬼の副長・土方歳三――その相手となるのは維新の雄・坂本龍馬であります。

 しかしこの二人は、その半生はある意味好対照。農民に生まれながら動乱の時代に武士に成り上がった男と、武士に生まれながら明日を夢見て武士を捨てた男――互いに己の持てる技全てをぶつけ合う戦いは、やがてその思想のぶつかり合いともいうべき域に達することになります。
 「武士」として時代に殉ずることを望む土方に、かつての愚直なまでに理想を追っていた自分の姿を見て、龍馬は初めて本気で土方を斬る覚悟を固め……

 と、ここまで来るとむしろ意地のぶつかり合いというところですが、しかし接点がありそうでなかった二人の間に一つの軸を設定することにより、幕末という時代に輝いた二人の姿を対照的なものとして描く構図は面白いと感じます。

 が、肝心の剣術勝負としてはそこまで個性的なものにならなったという印象もあり、なによりも決着がかなり不透明(というより拍子抜け)なものであったのは残念なところです。実在の人物同士の戦いである以上、どうしても史実との整合性は取らざるを得ないのですが――これは士道不覚悟ものでは?(永倉が)


 さて、この土方の語りを以てその夜の酒席はお開きとなり、新選組の強者たちの物語も終わったかに見えたのですが――しかしその数日後、大きな陰謀の存在が発覚することになります。

 風の強い日に京の町に火をつけ、その混乱に乗じて京都守護職を暗殺、帝を拉致する――肥後の宮部鼎蔵、長州の吉田稔麿らによるこの陰謀を察知した新選組は、会津藩の体勢が整わない中、単独で出撃。敵の本拠を探す中、当たりを引き当てた近藤隊は、わずか十名で池田屋に突入する……
 そう、ここから展開する「本段」こそは「池田屋事件」。新選組の絶頂期を飾る戦いであります。

 池田屋事件といえば、いわゆる新選組ものにおいては最大級のクライマックス。本作においてもそれは変わらないのですが、しかし本作の文法――強者同士の激突というスタイルで、池田屋事件を描くことができるのか!? と思わないでもありません。

 もちろん、一対一ではなく、一対多でも強いのが強者。特にこれまでメインとなることがなかった近藤勇は、ついに出番が来たとばかりの暴れっぷりです。
 多勢をものともせず、むしろ俺一人で十分だとばかりにその剣を振るう近藤の姿は――かつて四の段冒頭で描かれたそれをさらにパワーアップさせたように――まさに我々の抱く「近藤勇」のイメージそのままの、豪快というか、むしろ痛快と言いたくなるほどであります。

 その一方で、沖田はやはり喀血して苦戦することになるのですが、ここで彼を支えるのが、あの人物というのもグッとくる流れ。そして一度は戦線離脱した沖田は、同じく戦線離脱しながら戻ってきた男と対峙して――と、やはりこの段でも一対一の対決が、それもかなり意外な顔合わせが始まるところで、この巻は幕となります。

 しかし本当に意外なのはこの後であります。最終巻となる次巻では、近藤勇が彼に相応しい超大物と激突することになるのですから。ラストまで目が離せない強者たちの激闘を楽しみにしたいと思います。


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2023.06.23

廣嶋玲子『妖たちの気ままな日常 妖怪の子、育てます』 賑やかな九編収録の短編集

 児童書版の刊行も快調に進む『妖怪の子、育てます』シリーズの第三弾は、オールスターキャストの短編集。弥助と千吉をはじめとするいつもの面々やちょっと珍しい顔まで、様々なキャラクターたちの賑やかな騒動が楽しめる全九編であります。

 弥助を救う代償に、大妖・千弥が全ての記憶と力を失って赤子に転生してから六年。かつては千弥が幼い弥助の育ての親でしたが、今は弥助が千吉の親代わり――しかし関係は逆転したものの、お互いにベタベタの甘々であることは変わりません。
 弥助は今も妖怪の子預かり屋を続け、そして千吉は弥助を守るために西の天宮の奉行・朔ノ宮に弟子入りし――というのが、この巻までの基本設定であります。

 そして冒頭の「軒先にたたずむもの」は、千吉が修行で家を留守にしている間の弥助を主人公とした物語です。家の外にたたずんでいた顔を隠した娘の妖怪が、人恋しそうな様子なのを見て家に招き入れた弥助。一言も口を利かない彼女に対して、弥助は世間話や自分の身の回りのことを語りかけるのですが――という一編であります。
 個性的な妖怪とその哀しいさだめ、そしてそんな妖怪たちを優しく受け止める弥助と、基本的にはいかにも本シリーズらしい妖怪人情話(?)なのですが、その中でヒヤリとするような人間心理を描く辺りもまた、作者らしいというべきでしょう。


 その一方で、別の意味で作者らしさを強烈に感じさせるのが、「迷子のへちま」であります。長い顔で「へちま」と渾名される貸し道具屋の若旦那・宗太郎が、道で小さな手鏡を拾ったことで迷い込んだ不思議な空間――そこに立つ家の中で、彼は座敷牢に入った少女・おこまと出会うことになります。
 鬼に虐待され、ここに隠れているというおこまを連れ出すと決意した宗太郎。しかし二人の前に、その鬼が現れて……

 ほのぼのとしたタイトルとは裏腹に、ここで描かれるのは、強烈なまでに生々しい児童虐待の姿。ファンタスティックでユーモラスな物語を描く中で、時に胸が苦しくなるほどの悪意の姿を描く作者ですが、本作もその一つといえるでしょう。
 しかし悪意に押し潰されるだけが人間ではありません。本作の宗太郎のように、悪意に抗い、そして苦しむ者を助けようという者の姿もまた、作者は描いてきたのですから。
(本作の後半、宗太郎による一種のカウンセリングというべき語りかけはただ圧巻)

 そしてその先に待つのは――苦いものの、しかしその一方で微笑ましさもある、特に猫好きであればたまらない結末の物語であります。そして猫といえば――若旦那もこの先大変です。


 そのほかにも――
 弥助不在の間に千吉が仲の悪い三兄弟の妖怪を預かる「仲の悪い三兄弟」
 年に一度の夫との蛍狩りが中止になって鬱憤を溜める華蛇・萩乃の姿を描く「蛍狩り」
 玉雪にとんでもない茶飲み仲間ができてしまう「秘密の茶飲み仲間」
 子だくさんに悩む蛙の青兵衛夫婦が引っ越し先を探す「蛙達の家探し」
 冬のあやかし・細雪丸の下で冬を過ごす妖怪・なきの目に映る千吉の姿「冬の訪れ」
 弥助と千吉、久蔵一家が、賑やかに年越しの餅つきに興じる「年末の餅つき」
 朔ノ宮の従者である犬神の鼓丸に隠された意外な秘密「鼓丸の毛」

 お馴染みのキャラクターの日常や意外な素顔などが賑やかに描かれるのは、第一シリーズから通算十三作に及ぶ作品世界の広がりがあってこそ。シリーズファンにはとても楽しい物語が並びます。

 ちなみにその中で驚かされたのは「秘密の茶飲み仲間」。いつも弥助と千吉を陰ながらフォローしてきた彼女が抱える、小さくて大きな秘密は――これはもしかしてもしかするのか!? と思わぬところでニヤニヤさせられました。
(本当にあのキャラの周囲は感情が重い奴ばかりなので、このくらいの方が釣り合いが取れるのでは……)


『妖たちの気ままな日常 妖怪の子、育てます』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon

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廣嶋玲子『妖怪の子預かります 6 猫の姫、狩りをする』 恐ろしくも美しき妖猫姫の活躍
廣嶋玲子『妖怪の子預かります 7 妖怪奉行所の多忙な毎日』 少年たちが見た(妖怪の)大人の世界?
廣嶋玲子『妖怪の子預かります 8 弥助、命を狙われる』 逆襲の女妖、そして千弥の選択の行方
廣嶋玲子『妖怪の子預かります 9 妖たちの祝いの品は』 シリーズファン待望の短編集
廣嶋玲子『妖怪の子預かります 10 千弥の秋、弥助の冬』 大団円 そして「子」は成長して――

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2023.06.22

栗美あい『白花繚乱 白き少女と天才軍師』第1巻

 中国で最も有名な悲恋物語の一つ「梁山伯と祝英台」を大胆にアレンジし、中国の南北朝時代の梁と北魏の激突「鐘離の戦い」と絡めて描いた、田中芳樹の『奔流』の漫画化第一巻であります。「兄」の梁山伯を探す白衣の少年(?)祝英台と、梁の名将・陳慶之の出会いがもたらすものは……

 時は中国の南北朝時代真っ只中の天監五年(506年)、国境で魏の大軍を防ぎ止める梁軍の軍営を訪れて叩き出されたのは、軍に加わっているという兄・梁山伯を探して旅をしてきた祝英台。しかも山賊・胡龍牙一味に目を付けられて襲われていた祝英台は、その場に現れた陳慶之なる青年に助けられることになります。
 この陳慶之、軍の人間と名乗りつつも馬術も武芸も苦手という奇妙な人物。しかし驚くほどの智謀の冴えを持つ彼は、祝英台との連携で山賊一味を一網打尽にし、胡龍牙を捕らえるのでした。

 そこで初めて、陳慶之が梁の武威将軍であると知って驚く祝英台。予州刺史・韋叡やその子・元直とともに、魏の中山王・元英の大軍を迎え撃つ陳慶之に手を貸すことになった祝英台(と胡龍牙)ですが、そこに急報が入ります。
 韋叡と連携して西の河南城を奪取した梁の武将・王茂。しかしそこを中山王の腹心にして最強の武人・楊大眼の軍が急襲、一転窮地に陥ったというのです。

 そしてその知らせの筆跡が、梁山伯のものであると知り、河南城救援を訴える祝英台。しかし中山王の軍は予州からの救援を叩き潰すべく、手ぐすね引いて待ち構えていて……


 学問をするため、男装して家を飛び出した少女・祝英台が、旅の途中で出会った青年・梁山伯と学友となり、想いを深めるもののやがて引き裂かれる――という「梁山伯と祝英台」。冒頭に述べたとおり非常に有名な物語であり、今なお映画やドラマなど、様々なメディアで題材となっている物語です(日本でも皇なつきが漫画化しています)。
 この物語自体は東晋の頃ということで、本作の約百数十年前のこととなりますが、それをこの時代に移し換え、この登場人物たちに絡めるか、とまず驚かされます。

 これはネタバレになってしまうのかもしれませんが、この元の題材と、本作のサブタイトル「白き少女と天才軍師」を見れば、本作の祝英台もまた――なのでしょう。
(作中でもほとんど隠せてないような気もしますが、それはこのような理由によるのかもしれません)

 一方、「天才軍師」に当たると思われる陳慶之の方は、伝説的な戦歴で知られる名将ですが、やはり史実でも武術も武芸も不得手だったというユニークな人物。そして彼の配下は皆白衣をまとっていたという点を、本作の祝英台が白衣をまとっている点に求めるのも、また面白い趣向だと思います。

 その他、韋叡や敵方となる元英と楊大眼(さらにその妻・藩宝珠)も実在の人物ということで、この先、史実とフィクションの合間を本作がどのように縫っていくことになるのか、そしてそこで梁山伯と祝英台がどのような運命を辿ることになるのか、楽しみな本作。少女漫画との親和性も高い内容だけに、この先も期待できそうです。


『白花繚乱 白き少女と天才軍師』第1巻(栗美あい&田中芳樹 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon

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2023.06.21

「コミック乱ツインズ」2023年7月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2023年7月号のご紹介の続きであります。

『猿の剣』(鶴岡孝雄&濱崎徹)
 特別読切の本作は、我流ながら恐るべき天賦の剣の才を持つ元陸尺の男を主人公とした、索漠とした味わいの一編であります。
 その腕で主君に認められ、陸尺から侍に取り立てられることになった矢先、妻が上役に暴行されて殺され、仇を討って出奔した新八。それから二年、死ぬこともできず放浪していた途中、新八は身を寄せ合って生きる姉と弟と出会うことになります。しかし虐められている弟を助けるために、猿の面を被って悪童を脅かしたことがきっかけで、思わぬ悲劇が……

 凄腕ながら悲劇的な過去を背負い、死に場所を求めて放浪する主人公が、不幸な人々を助けるためにその剣を振るう――というのは時代ものの定番の一つですが、しかし本作の場合、不幸になったのが主人公の行動のため、というのが強い独自性であります。
 しかしそもそもの姉弟が虐げられる理由と描写に説得力が感じられないため、よかれと思ってしたことが裏目に出て――という悲劇性があまり感じられないのが残念なところ。身売りすることになった姉を助ける手段がまた泥縄なこともあり、独自の展開がクライマックスの大殺陣のカタルシスに繋がらないのが残念なところです。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 前回、紅暗殺の企てが大失敗に終わり、かえって聡四郎と紅の婚儀が発表されて逆効果になった感のある新井白石。それでも自分のしようとしたことをコロッと忘れて、聡四郎が自分のところに戻る機会を与えようとするというのは、なんて器が大きいんだ!? と勘違いしそうになります。(しかし思い切り無視されて激怒。やはり器が小さかった)

 それはさておき、ついに聡四郎も大奥へ監査に入ることとなり、俄に慌ただしくなった大奥ですが、その機会に、ついに紀文は送り込んだ暗殺者・庵を動かします。それが成功しても失敗しても命を狙われることは間違いない紀文ですが、もとよりこの国に未練はなく、海の向こうに渡ることを決意していて――と、ある意味本作でもっとも自由だった人物らしい身の処し方であります。
 元々商人の力が強い上田作品世界ですが、その中でも裏の主人公というべき存在感だった(というか強い商人キャラの元祖だった)紀文の退場は、物語の終わりが近いことを感じさせます。

 というか紀文五十歳!? この貫禄で……(途方もない敗北感)


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 ついに今回を含めてラスト三話となった本作。前回は相良との別れ(?)が描かれましたが、今回も冒頭で師範代の岡田(この人が怪しい……そんなふうに考えていた時期が私にもありました)、そしておしまさんとも密かに別れを告げ、もはや佐内は完全に生に拘らない境地に達した感があります。作中でも触れられていますが、死人というよりもこれは死生を離れたというべきでしょうか。より高みに達した印象です。

 しかしそんな佐内の心中にあるのは、ある意味それとは最も程遠い、秘剣を打ち破りたいという、剣客としての望み。そしてそれは最後の敵である坂東孫十郎も同様であります。見かけや態度は佐内と正反対に、尾羽打ち枯らしたという言葉を体現したような有様の坂東ですが、彼の望みもまた、これまで配下の二胴を破ってきた佐内の秘剣に打ち勝つこと――家老の庇護を求めず、わざわざ佐内を求めて徘徊していたのもそのためなのでしょう。
 そしてついに相対した宿敵二人。ここで注目すべきは、坂東もまた、父からこの剣を受け継いだと語られることでしょう。実はこのくだりはこの漫画版オリジナルですが、共に親から秘剣を受け継ぎ、表の顔と汚れた裏の顔を持つ者同士、佐内と坂東は表裏の関係にあると描かれたのは、非常に興味深く感じられます。
(しかし、今の佐内と坂東には大きな違いがあるはず――と、それはこれから描かれるのでしょう)

 そして静かな対峙から一転、凄まじい気迫で動き出す両者。比較的小さなコマで静を描き、大ゴマ・見開きで動を描くというのはある意味教科書的演出かもしれませんが、それが作者の端正な絵柄と合わさるとき、ここまで力を持つのか!? と、今更ながらに心揺り動かされます。
 残すはあと二回、そこで何が描かれるのか、一コマたりとて見逃せません。


「コミック乱ツインズ」2023年7月号(リイド社) Amazon

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2023.06.20

「コミック乱ツインズ」2023年7月号(その一)

 「コミック乱ツインズ7月号」は、表紙がそれぞれ単行本第一巻が登場の『そぞろ源内』&『真剣にシす』、巻頭カラーは『不便ですてきな江戸の町』。特別読切で『猿の剣』が掲載されています。今月も、印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『真剣にシす』(盛田賢司&河端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 というわけで一ヶ月間をおいての登場となった本作は、小倉藩の真剣師となった夜市と、長州藩の代表・高杉との「海亀」勝負がスタート。六艘の小舟に模型の銃と鍵をそれぞれ三つずつ、亀型のケースに収めて載せ、交互に小舟を動かして相手の小舟を取り、そこに載っていた箱の中身が銃であれば自分の側の、鍵であれば相手の側のポイントになり、どちらかを三つ先に集めた方が勝ち(そして負けた方は死ぬ)というゲームであります。
 なかなかにややこしいですが、簡単にいえば相手に鍵を押しつけて、自分は銃を取ると勝てるというこのゲーム、しかしもちろん相手のケースの中身はわからないわけで、その読み合いが主体となります。

 しかし高杉の方はこのゲームは経験者であるのに対し、夜市は初めてと、有利不利は明らか(これ、運営に問題あるのでは……)。実際、高杉は経験者でなければ思いつかないような(そんなのあり!? と言いたくなるような)ルールの穴を突いた戦法を見せるのですが――賭け事に関しては天才的なセンスを持つ夜市が何も仕掛けないはずがないわけで、勝負はまだまだわからない状況であります。

 そして今回、夜市の望むもの――というより望む世が語られる一方で、高杉はやはりあの高杉(の縁者)の様子で、その辺りのぶつかり合いもこの先気になるところです。


『かきすて!』(艶々)
 一見田舎から出てきた少女、その実は公儀隠密であるナツの旅は続き、今回の舞台は大津であります。
 ここで絵師を表の顔にしている草からナツが託される予定だったのは、土地の商人たち十三人の行状を調査し、それを密かに描いた十三仏の大津絵。しかしあと一人というところまできて、怪我をしてしまった草から、ナツは代わりに調査を頼まれることになります。かくて強面で知られる最後の一人の行状を調べるため、遊郭に忍んだナツが見たものは……

 大津絵というのは、作中で解説のあるとおり、当時人気のあった大津土産の絵画のこと。元々は仏画から始まったそうですが、今回の題材となる十三仏は、人の初七日から三十三回忌までに対応する十三体の仏様を描いた図で、特に人気があったようです。
 が、今回ナツが目撃したものは、極楽といえばごくらくですが、一緒にしたら罰が当たりそうなとんでもない光景。もともと艶笑譚的色彩の強い本作ですが、今回はその中でも過去一刺激が強かったのではないでしょうか。
(それでも何となくオチでいい話的にまとめるのもまたおかしい)


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 しばらく引っ張ってきた三村家親暗殺も、今回ついに成功。戦国史上初の銃による暗殺者となった遠藤兄弟は、成功した後の方がビビっていたりしましたが、しかしこれまでも描かれてきたように有能な家臣には報酬を惜しまないことが、直家を単なる陰謀家に留めない美点といえるかもしれません。
 一方、これまたしばらく引っ張ってきた三浦貞勝の未亡人・お福の去就は、まだ決着しないようですが……

 などというところで、身も蓋もないヒドいオチ(史実)がつくのも、本作らしいように思えます。


 次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2023年7月号(リイド社) Amazon

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2023.06.19

『地獄楽』 第11話「弱イと強イ」

 瀕死の状態から再生し、増大させたタオで道士を叩き潰す弔兵衛。一方、メイが天仙と同等の存在であると道士から聞かされた画眉丸と巌鉄斎は、メイが何に利用されようとしていたのか知り激怒する。しかし道士のタオに苦戦する画眉丸に、メイが語るタオの引き出し方とは……

 前回がタオの解説編だとすれば、タオの会得編という趣の今回。要するに主人公のパワーアップ回ですが、その中でこの作品世界や画眉丸たちのキャラクター像の掘り下げが行われるのが巧みなところでしょう。

 タイトルの「弱イと強イ」は、その表記から(原作読者は)わかるように、メイの言葉から来ているもの。そして今回描かれるタオの原理を示すものでもあります。強いだけでも弱いだけでもいけない――もっとも、画眉丸も巌鉄斎も、「強イ」一辺倒なキャラではありますが、今回、画眉丸がそこから新たな境地に目覚めることになります。
 が、その目覚めるきっかけが、メイの言葉と、かつての(画眉丸が佐切を半殺しにした時の)佐切の言葉「それ(情)は弱さじゃない 強さの種よ」が重なり合って、というのがグッとくるところ。佐切の言葉自体、この時の画眉丸だけでなく、視聴者の心に強く響いたものであっただけに、それがここで再び活きるのか! と唸らされます。
(しかしその直前の、「力みすぎ」という付知の解説も、身も蓋もないほどわかりやすかったかとは思いますが……)

 しかし今回同時に心に残るのは、その直前、何故道士たちがメイを求めるのか――それを聞かされた時の巌鉄斎と画眉丸の反応であります。巌鉄斎の言葉を借りれば誰もが「超キモチ悪ィ」と感じるそれに対して、ストレートに怒りを示す二人の姿は、視聴者にとって共感できるものであるとともに、そのキャラクターの在り方を示すものであるといえるでしょう。
 特にこれまでもそのキャラクター像が積み重ねられてきた画眉丸だけでなく、単純なバトルマニア的な人物にも見えた巌鉄斎の怒りは、実は彼が一種の好人物であることを強く印象づけてくれるものであり――今更ながら「死罪人」といってもその在り方は様々であることを感じさせてくれます。

 また、今回もう一人の死罪人である弔兵衛についても、その隻眼の理由を描くことで弟への強い情――彼の言葉を借りれば決して「変わらないもの」――を示すのもまた、巧みな描写と感じます。

 しかし弔兵衛といえばむしろ今回残念な印象が強いのは、道士とのバトル描写が――そしてそれはタオの会得描写でもあるのですが――あまりにもパワー不足であったことであります。この後に描かれる画眉丸のそれとは全くベクトルの異なる、本能的で力押し、そしてこの先の彼の変容を予告するものであっただけに、それに見合うアニメとしての力がなかったのは残念としかいいようがありません。
 もっとも、バトル描写という点ではその後の画眉丸・巌鉄斎vs二人の道士もあまり褒められたものではなく(仙術ギキシカイの変化シーンをほとんどカット割りで描いたり)、物語も終盤まで来てこれというのは、色々と不安が残ります。


 さて終盤といえば、本作も残すところおそらくあと二回。このところのペースでいけば、今回のラストに登場したムーダン戦まで描けるように思えますが、さてそうなるとして、この大きな山場をどう見せてくれるのか――最後の大爆発を期待したいところです。


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関連サイト
公式サイト

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賀来ゆうじ『地獄楽』第4巻 画眉丸の、人間たちの再起の時!

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2023.06.18

安田剛士『青のミブロ』第9巻 再び立ち上がる少年と新選組の闇を引き受ける男

 血の立志団の幹部たちを倒し、暴挙を阻んだミブロ。しかし思いもよらなかった犠牲の大きさに、におの心は深く傷つきます。におは再び立ち上がることはできるのか!?
 そして物語は新章に突入、新たな仲間が登場する一方で、あの男の暴走が大変な結果を招くことに……

 武士の世をもたらすために京を火の海にしようとした血の立志団とミブロの全面対決はミブロの完勝。しかしその陰で、大きな犠牲が払われていました。立志団のリーダー・直純の弟にして最強の剣士・陽太郎――真剣勝負の末、近藤が心ならずも斬ることとなった彼の妻・ナギは、大混乱の中で子を産み落としたものの、そのまま力尽きて命を落としたのです。

 血の立志団は壊滅したものの、におたちの努力虚しく、ある意味彼らに巻き込まれた形となった陽太郎の家も、皆命を落とすこととなった――そんな結末を迎えた前巻。
 その直前、ナギと言葉を交わし、皆を救おうとするその考えは理想論に過ぎないと切って落とされていたにおにとって、ナギの死は、図らずも彼女の言葉の正しさを証明したようなものであったといえるでしょう。

 そして残酷な現実を突きつけられ、己の殻に閉じこもってしまったにお。彼を救い出すことができるのは……


 ある意味、この手の物語の常道を敢えて壊すような、前巻の衝撃的なラストを受けて描かれるエピローグともいうべき展開。物語が始まって以来、ただひたすらに前を向いて、明るく正しく突っ走ってきたにおにとっては、あまりにも大きく、深い穴に落ち込んだといえるでしょう。

 しかし、もうにおは一人ではありません。彼一人では抜け出せない穴から、彼を引き上げるべく、それぞれの立場で、ミブロの仲間たちは努力します。例えば、かつての無気力で世を呪うような態度を振り捨てて、におに語りかける太郎。におの想いを受け継ぐかのように、過激浪士に狙われる姉小路公知(!)護衛の任に就くはじめのように……

 もちろんにおたちの言葉が、行為が、全て良い結果をもたらすとは限りません。それでも、理想を掲げ、希望に向けて進むこと――それこそが人としてあるべき、美しき道である。言葉にすれば途方もなく青臭いですが、しかしそれは紛れもない真実でもあります。
 少々意外な――しかし言われてみれば妙に納得できる――人物の言葉は、ストレートなだけに、胸に響くものがあります。

 そして将軍家茂は江戸に帰還することとなった一方で、京に残ることとなったミブロ。そして家茂を見送る彼らの姿は……
 そもそもの立志団との戦いが始まるきっかけとなったにおと家茂の出会い。そのまた出会いのきっかけとなったものを回収しつつ、このエピローグで鮮やかに披露してみせる――惚れ惚れするような結末であります。
(そしてそれまで疲れたような瞳だった家茂が、におたちの姿を見て、それまでと全く異なる表情を見せるのもまた泣かせる)

 きっと誰にもわかるはず――沖田のラストのモノローグも見事に決まり、まずは第一部大団円、といったところでしょうか。


 さて、元々本作は、大正の世に老いた永倉が子どもたちにミブロの(中の少年三人の)ことを語るというスタイルで始まりましたが、ここで再び永倉が登場。ここで永倉は「新選組の闇を全て引き受けて敗れていった男の話」を始めることになります。

 はたしてそれは誰か? それを語る前に、家茂の見送りで大坂に来たにおと近藤は、そこで何やら不審な青年を見つけ、誰何するのですが――この青年がなんと山﨑烝。そして実は彼の実家が、悪徳与力の内山彦次郎に目を付けられていて――と、なるほどここでこう繋げてくるか、という展開であります。
 思えば本作は、これまで史実(実際の新選組にまつわる事件)とのリンクはかなり少なかったのですが、ここに来て――と思えば、この巻のラストでは、あの大事件が発生することとなります。そう、大坂での力士との乱闘事件が。

 芹沢鴨が力士に暴行を加えたことにより始まったといわれるこの事件ですが、本作で描かれるその発端は、なるほどこうくるか、というもの。本作における芹沢は、確かに強面で暴力的ながら、どこか筋の通った人物として描かれてきましたが、ここでの展開はこの鴨像を踏まえたものといえるでしょう。


 しかしもちろん、だからといって芹沢の行動が不問に付されるはずがありません。この先、永倉が語る「敗れていった男」であろう芹沢がどのような運命を辿るのか――目が離せません。


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2023.06.17

大羽快『新選組といっしょ』第2巻 これにて完結!? ポンコツ新選組伝

 『殿といっしょ』の大羽快が、今度は幕末のヒーローを題材とした『新選組といっしょ』の第二巻です。ついに江戸を離れて京に向かうことになった試衛館の面々ですが、芹沢鴨のあまりの天狗っぷりに近藤はビビるばかり。果たして近藤たちを待つものは――えっ、最終回!?

 かまってちゃんで見栄っ張りだけど、すぐにスネて投げやりになる、かなりアレな近藤勇。彼が道場主を務める試衛館に集まるのも、イケメンなのに近藤が好きすぎてポンコツな土方、ゆるふわ毒舌系で集中力に欠けすぎる沖田、解説役の(そして脱走癖がある)山南、異常に汗かきのドジっ子藤堂、記録マニアでデカい声の永倉と、基本寝ている原田――と、いずれ劣らぬ個性的な、というかポンコツな面々であります。
(そしてそんな中で忘れがちな、唯一の常識人でツッコミ役の源さん)

 講武所教授になりそびれてスネまくる近藤にやる気を出させる(&人の金で旅行する)ため、浪士組の募集に応募した試衛館の面々。しかし浪士組の発案者・清河八郎は誰がどう見ても胡散臭いし、芹沢鴨は自分より天狗な奴に問答無用で鉄拳を振るうバイオレンスすぎる奴――というわけで、前途は多難であります。

 そしてこの巻でようやく京に旅立った浪士組ですが、しかし、目立てば芹沢に制裁されるとビビりまくる近藤は、考えに考えた末に、芹沢の威を借りまくるという最低すぎる対処法を発案。これで芹沢も怖くないし、自分たちもイイ目を見れる! と喜ぶ近藤ですが、しかし宿割りで肝心の芹沢の宿を忘れていて……

 というわけで、この巻前半のある意味クライマックスは、京に向かう浪士組のイベントといえばこれ! というべき(そうか?)本庄宿篝火事件。ただでさえ漫画みたいな事件を、本作ではどう描くかといえば――いや、ここまで最低だとある意味清々しい。
 この事件を芹沢一派と近藤一派の最初の衝突と見て、その勝敗を軸に描く語り口も、この(近藤側の)ポンコツっぷりをさらに際立たせていて、爆笑させていただきました。


 そしてあまりに予想通り過ぎて本当に策士なのか怪しい清河によるどんでん返し、そしてそれに対して進路に迷った末に松平容保に拾われ(乗せられ)て、京に残り、壬生浪士組を結成することになった近藤と芹沢。
 しかしここでも近藤側のポンコツぶりがフルに発揮され――って、近藤がキレイな近藤に!? というサプライズ(?)もあり、京でも相変わらずドタバタ騒動が繰り広げられます。

 そしてその果てに、周囲のあらぬ心配をよそに新たな組織名が決まり――と、タイトルを回収したところで、本作は完結となります。


 ……えっ、ここで終わり!? せめて(多くの新選組漫画の終わりどころである)芹沢の最期までは――という気持ちは強いのですが、本当に終わりは終わり。この先まだまだギャグ漫画映えしそうなエピソードもキャラも多く、本当に残念ではあります。

 今にして思えば、もう少し早く物語が歴史に沿って動き出してもよかったかな、とは思いますが、ここで言っても仕方ないでしょう。。
 少なくとも、本作の近藤の――段々微妙にリアルに感じられてきた――ポンコツっぷりは、新撰組漫画史上に残るものであったことは、記憶に留めておいてほしいと思います。
(いや、真剣に褒めております)


『新選組といっしょ』第2巻(大羽快 双葉社アクションコミックス) Amazon

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2023.06.16

白川紺子『花菱夫妻の退魔帖 二』 幽霊と相対した時に彼女が願うもの

 第一弾も好評であった大正幽霊奇譚『花菱夫妻の退魔帖』の第二弾であります。晴れて夫婦となった鈴子と孝冬ですが、二人のもとに持ち込まれるのは幽霊にまつわる不可思議な事件ばかり。幽霊を祓うため、幽霊が現れる理由を知るため、二人は華族たちの闇を覗くことになります。

 瀧川侯爵と女中の間に生まれ、幼い頃から浅草の貧民窟で暮らしてきた鈴子。ある事件がきっかけで浅草を離れ、瀧川家に引き取られた彼女は、故あって続けていた怪談蒐集の最中、神職華族である花菱男爵家の当主・孝冬と出会い、突然求婚されることになります。
 実は幽霊を見る力を持つ鈴子と、幽霊を食う幽霊・淡路の君に先祖代々憑かれている孝冬――それぞれに幽霊と因縁を持つ二人は、共に幽霊にまつわる事件を追ううちに互いの事情を知り、心を通わせることとなります。

 そして結ばれた鈴子と孝冬。しかし鈴子には果たさなければならない二つの目的があります。一つは、浅草で自分の親代わりだった三人の人間を殺したと思しき「松印」を持つ華族を探すこと。そしてもう一つは、淡路の君を滅ぼすこと……


 というわけで、普通であれば幸せ一杯の新婚生活になるはずが(いや、十分幸せ一杯ではあるのですが)、まだまだ大きな難題を抱えた二人。そしてその傍ら、二人はまたしても様々な幽霊にまつわる事件に遭遇することになります。

 かつてお家騒動があった多幡子爵で、夕方になるたびに屋敷に現れては、「返せ!」と凄い剣幕で叫ぶという庶子の幽霊のお祓いを依頼される「黄昏の客人」
 新たに雇った小間使いがその前に働いていた屋敷では、手が畳の上を這い回ると聞かされた鈴子がその屋敷で目撃したのは、しかし手だけではなく――という「五月雨心中」
 古道具屋で買った蒔絵の硯箱に憑いた、金糸の刺繍が入った着物を着た幽霊を祓いたいという依頼を受け、偶然同じ着物の女性を見かけていた鈴子が、その因縁を追う「金の花咲く」

 前作同様、本作には全三話が収録されていますが、あるいは不気味な、あるいはもの悲しい幽霊を描く物語に共通するのは、いずれも華族の女性にまつわるものであることでしょう。
 華族の女性本人が幽霊になることもあれば、幽霊(になった人間)に苦しめられるのが華族の女性ということもありますが――しかしいずれにせよ、華族という世界の「歪み」から生まれた幽霊と、その「歪み」に苦しめられる女性という図式は、前作から変わるところはありません。

 しかし鈴子はそんな幽霊と相対した時、決して人ならざるものとして恐れるのではなく、かつて生きていた人間の名残と受け止め、その名残が留まる理由を知りたいと願います。
 それはその幽霊の、いや人間の生き様を知り、せめて彼女の中に留めることとイコールであり――幽霊を喰らってしまう淡路の君がいる本作においては、その行為は大きな意味を持つといえるでしょう。

 そして、それは物語に登場する華族の女性たちへの大いなる救いであることもまた、言うまでもありません。作中で描かれるのは、かなり重く苦しい物語ばかりなのですが、しかし読後感が良い理由の一つは、この点によるものでしょう。


 そして読後感が良いもう一つの理由は、もちろん鈴子と孝冬の仲睦まじい夫妻ぶりであります。
 孝冬の方は、初登場の時の態度はどこへやら、もう鈴子にデレデレ(前作のラストで「好きになってほしいんんですよ。恋い焦がれてほしいんです」と告げたのは、要するに自分は好きで恋い焦がれているということでしょう)なのですが、鈴子も自分自身のやり方で、孝冬への好意を示していくのがなんとも微笑ましい。

 そして二人の間に隠し事――他の作品であればもう少し引っ張って、事態を悪化させそうな――がない、すぐ共有されるというのも、また読み心地を良いものにさせていると感じます。


 しかし二人の前には、かつての殺人の謎に加え、まだまだ難題と謎が山積しています。二人が幽霊事件を追う中で幾度かその前に現れる新興宗教・燈火教とその傘下の鴻心霊学会の正体は何なのか。そして鈴子の前にも、意味ありげなことを語る老婦人が現れ……

 この先も波乱が予想される物語ですが、それでも夫妻の絆は変わらない、いやより強くなる――それもまた予想できるのです。


『花菱夫妻の退魔帖 二』(白川紺子 光文社キャラクター文庫) Amazon

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2023.06.15

上田秀人『隠密鑑定秘禄 一 退き口』 最下級の幕臣、江戸城の秘奥に潜入!?

 今なお次々と新作を生み出している上田秀人の最新シリーズの一つが本作であります。徳川家斉の密命を受け、大名・幕臣の人事考課を行うことになった小人目付・射貫大伍。しかし異例の大抜擢のためには命懸けの適性試験が、そしてそれが思わぬ争いを招くことに……

 第十代将軍・家治が亡くなり、将軍位に就くことになった家斉。しかし幕府の権力は、田沼意次を追放した松平定信が掌握し、家斉個人に忠誠を誓う者はほとんどいない状況にありました。
 そんな中、将軍のみが入ることを許される御用の間の書棚で、「土芥寇讎記」なる書物を発見した家斉。何者かが二百数十名以上の大名を事細かに調べ上げた後、徳川綱吉が評価を書き加えたその書物が大名の人物考課表だと考えた家斉は、同様の調査を行うことを決意するのでした。

 かくて唯一の腹心である小笠原若狭守に対し、調査役を見つけるよう命じる家斉ですが、御広敷伊賀者は老中の走狗となり、御庭番には既に往年の実力はない状況。そんな中でふとしたことから若狭守が目を付けたのは、小人目付の射貫大伍でした。
 思いも寄らぬ声がけに戸惑ったものの、逃しては一生ない出世の機会と、これに飛びついた大伍。しかし若狭守からは、腕試しの試験として、御用の間に潜入するよう命じられるのでした。

 江戸城中奥の先にある御用の間に潜入するのはさすがに難題中の難題。しかし江戸城の抜け穴が御用の間の近くにあることを知った大伍は、知人の黒鍬者に衣装を借りて山里曲輪に潜入、見事に試練を突破するのですが……


 小人目付――目付の下役として、変事が起きた場合の対応や牢屋敷の見回り、そして目付と共に(あるいは目付に代わって)遠国御用を務めたという幕臣。しかし幕臣とはいえその禄は十五俵一人扶持、当然お目見え以下の、最低ランクのであります。
 しかし遠国御用ということは、隠密という性格もあるわけで、この伊賀者とも御庭番とも異なる立場の隠密に着目したのは、これまで様々な幕府の役職を主人公としてきた作者ならではでしょう。

 そしてもう一つ、本作の核となるのが「土芥寇讎記」というのも面白い。実在の書物ですが、しかしこれまで時代ものの題材となったことはほとんどなかったかと思います。
 さらにそこに将軍就任直後の家斉の権力基盤の弱さを結びつけ、大伍に人物考課の極秘ミッションを行わせるというアイディアは、やはりお見事というほかないでしょう。

 しかし、本作はそのプロローグということで、ミッションそのものへの着手はまだこれから。メインとなるのは、大伍の腕を見極めるための試験――そしてそこに登場するのが、本作のタイトルとなっている「退き口」であります。
 江戸城奥深くに潜入する――それもこれまで聞いたこともないような場所に――という不可能ミッションを達成するため、江戸城の退き口、すなわち非常時の抜け道を逆に辿ろうとする大伍。しかしそれが思わぬところに飛び火してしまい、敵を増やしてしまうのですから、この先が思いやられます。
(にしても、伊賀者も黒鍬者も、自分の縄張りに入った者は容赦なく殺害&証拠隠滅に走る剣呑過ぎる……)

 そしてそれがさらに、大伍が抜擢された原因でもある幕府内の権力争いに繋がり、家斉vs定信の構図に、さらに復権を図る田沼意次まで食い込んできて――と、早くも三つ巴の様相。そのおかげでラストには大伍に新たな命が――と、本来のミッションに入る前に前途多難であります。

 はたしてこの先、大伍の運命は――それはわかりませんが、無理難題を押しつける上司と、四面楚歌の状況に振り回されまくることだけは確かなのであります。


 ちなみに家斉というと、どうも中年以降のイメージが勝手にあるのですが、本作の家斉は十四、五歳。イメージとのギャップに驚かされます。


『隠密鑑定秘禄 一 退き口』(上田秀人 徳間文庫) Amazon

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2023.06.14

みもり『しゃばけ』第4巻 この世に在りたいという想い(しゃばけ)の対決

 『しゃばけ』シリーズ第一作の漫画版も、ついにこの第四巻にて完結となります。若だんなの周囲の人々を巻き込んだ奇怪な連続殺人犯――ようやくその正体に目星をつけ、これ以上の凶行を防ぐべく追う若だんなですが、その最中に意外な真実を知ることになります。己の存在を賭けた追跡の結末は……

 ある晩、凄惨な殺人の現場を目撃して以来、奇怪な連続殺人に巻き込まれることとなった若だんな。一度は長崎屋にまで押し入った犯人は捕らえられ、事件は解決したかに見えたものの、その後も別々の人間による殺人が続くことになります。
 その犯人が人間ではなく、人間に次々と取り憑く妖ではないかと気付いた若だんな。はたして、最初の犯人に殺された大工が持っていた墨壺が、付喪神になる目前で傷ついていたことがわかったのですか……


 犯人同士に全く関係がないにもかかわらず、薬をよこせなどと同じようなことを口走り、薬種屋の関係者を、いや若だんなの周囲の人間を狙うという奇怪な連続殺人。その犯人は、付喪神のなりそこないであった――というのは、まさに本作ならではの趣向ですが、しかし犯人がわかったとしても、まだ最大の謎が残っています。
 それは、何故付喪神のなりそこないが薬を探すのか、そしてその薬とは何なのかということ。いわばホワイダニットの部分ですが――折しも長崎屋に訊ねてきた力ある妖・見越の入道の口から、意外な真実が語られたことにより、その謎も解けることになります。

 その真実とは――これはシリーズ読者にとってはもはや常識というべき内容ですが、シリーズ第一作の時点では、まだ若だんなも知らない事実であったというのは、いささか感慨深く感じられます。
 ――などという外側の話はともかく、それは若だんなにとっては自分という人間の在り方が全く変わってしまうような事実であります。そしてそれだけでなく、その事実が今回の殺人事件と直結し、そしてそれ故に事件を解決できなければ、若だんなの身に大変なことが――と、ここに来て若だんなが事件に挑む理由をもう一つ、それもとてつもなく重いものを加えてくるのは、巧みとしか言いようがありません。

 かくて若だんなとなりそこない、それぞれの存在を、そしてそれぞれのこの世に在りたいという想い――すなわち「しゃばけ」をぶつけ合うクライマックスは、シリーズでも有数の派手な展開となりますが、それを描くのに、漫画というメディアは、やはり適していると感じます。


 もちろん、漫画としての魅力はこのクライマックスだけではありません。この漫画版に描かれるキャラクターは、若だんなや仁吉に佐助、そしてその他の面々ももちろん、全く違和感なく、そしてただそこに居て、話しているだけで何だか楽しい――そんな作品であったかと思います。
(何故か鳴家や犬神の佐助等、もふもふ度が高めなのがちょっとおもしろい)

 第一巻の刊行からほぼ五年、思った以上に長い期間がかかりましたが、綺麗に完結したこの漫画版。またいずれ、この組み合わせで――と期待したくなる作品でした。


『しゃばけ』第4巻(みもり&畠中恵 新潮社バンチコミックス) Amazon

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2023.06.13

三好昌子『室町妖異伝 あやかしの絵師奇譚』 人の負の心が生み出した地獄絵図の中で

 応仁の乱前夜を舞台に、この世ならざるものを感じ、交感する力を持つ絵師・土佐光信を主人公とした『幽玄の絵師 百鬼遊行絵巻』の続編であります。ついに応仁の乱が始まり、地獄と化した京の中で筆を振るう光信は、妻のため、友のため、再びこの世ならざるものたちと向き合うことになります。

 幕府のお抱え絵師として、足利義政の命を受けて筆を振るう土佐光信。幼い頃からこの世ならざるものたちの存在を感じ、意思を交わしていた光信は、時にその能力故に妖が絡む事件に巻き込まれ、そして時にその能力によって窮地を逃れることになります。
 そんな中、義政という人物の複雑な内面に触れることになる光信。大名同士を争わせることによってその力を削ぎ、将軍家を再興しようとする義政には、妖童子なる妖物が取り憑くことに……

 本作は、このような結末を迎えた『幽玄の絵師 百鬼遊行絵巻』の完全な続編であり、設定や登場人物も、前作を完全に引き継いだ形となります。そんな本作が前作と大きく異なる点は、舞台となる時期――前作は応仁の乱の前夜というべき時期であったのに対して、本作では乱が始まり、その恐るべき惨禍が広がっていく様が描かれます。
 前作ラストで義政についた謎の妖物・妖童子――人の中の悪を、混沌を好むかのようなこの妖物に力を与えられた義政により、乱は加速度的に状況を悪化させていくことなります。一方、一族を郊外に避難させた光信は、避難を拒否した妻の小萩とともに室町御所に残り、引き続き義政に仕えるのでした。

 そんな背景で展開する本作は、三つのエピソードで構成されています。
 御所の御縫所で働いていた小萩が、寅若(後の義尚)呪殺を企てたという疑いをかけられ、御所に住まう妖・つづれと親友の箕面忠時の力を借りて、光信が真犯人を探すことになる「妖天」
 戦が激化する中、後花園上皇から仏画を依頼されて悩む光信。そんな中、乱戦の中で忠時が消息を断ち、懸命に忠時を捜した光信が再会した彼は、まるで別人のように変貌していて――という「慟天」
 足利義視に招かれ、不思議な神獣が現れた夢の解釈を求められた光信が、それをきっかけに義視を御所から逃す手助けをすることになり、そしてついに義政の中の妖童子の正体を知る「炎天」

 将軍の御座所である室町御所に居りながら、御所の内部の暗闘に巻き込まれ、あるいは親しい者たちを守るために、御所の外の世界に足を踏み入れる光信の姿が、いずれのエピソードでも描かれることになります。

 しかし御所の外は死屍累々、その死体からも物を奪う者たちが横行する、まさしく地獄絵図。そしてそこでは、夜毎体中を白く塗って念仏踊りをする千万衆が練り歩き、そして死体の上には無数の火蛾が飛び交うという、何とも混沌とした状況にあります。
 さらに光信の目には、京の上の空に生じる不気味なひび割れが映ります。あたかも地の混乱と同調するように空のひび割れは広がっていく――そんな黙示録的ですらある世界の中を、光信は奔走するのです。


 しかし本作において光信に勝るとも劣らぬウェイトで描かれるのは、本作の表紙に描かれた二人――忠時とつづれであります。身分は武士でありながら争いを厭い、一時は作事方についていた光信の親友・忠時。そして本作から登場するつづれは、御所のあちらこちらに出没する針の妖物なのです。

 身分どころか、人と妖という大きな隔たりがあるものの、光信をそれぞれの立場から助け、それぞれのやり方でこの地獄絵図に抗おうとする二人。そんな二人の姿は、人も妖も同じ天地の住人として当然のように存在する、本作の物語世界の象徴と感じます。
(そして同時にこの二人は、この時代を生きた――そしてあらゆる時代を生きる――声なき声の代表としても感じられます)

 しかし本作で描かれる事件は、いずれも妖の存在が関わってはいるものの、実はそれを引き起こしたのは人の負の心であるといえます。そしてその最たるものが応仁の乱であることはいうまでもありません。
 その一方で、本作のクライマックスにおいては、光信とこの二人、そしてこれまで物語に登場した様々な人間・妖が、それぞれの立場を(時に怨讐を超えて)手を取り合う姿もまた、描かれることになります。それはこのやりきれない「現実」に対する、一つの希望の姿といえるのではないでしょうか。

 しかしまだまだ乱は、そしてその先の混沌は続きます。そんな中において、光信の物語は、妖の存在を通じて人の世の姿を切り取ってきました。この先の彼の物語にも、期待したいところです。


『室町妖異伝 あやかしの絵師奇譚』(三好昌子 新潮文庫) Amazon

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2023.06.12

松井優征『逃げ上手の若君』第11巻 鎌倉目前 大将同士が語るもの

 いよいよ『逃げ上手の若君』も大きなクライマックスを迎えることになりました。関東庇番衆を次々と打ち破り、ついに鎌倉を目前とした時行。しかし北条軍の前には、大将である足利直義自らが姿を現すことになります。時行と直義の対峙の行方は、そして鎌倉奪還は成るのか……!?

 鎌倉奪還に向け、進撃を続ける時行と北条軍。関東庇番衆の精鋭のうち、渋川・岩松・石塔を激闘の末に女影原で打ち破った時行たちは、次いで小手指ヶ原で足利の大軍と大会戦を繰り広げることになります。
 そしてその中で一際派手に暴れまわるのは、曲者揃いの庇番衆の中でも一際異彩を放つ今川範満。馬の顔を被り、馬を喰らい、馬に乗る、うまだいすき過ぎるド変態であります。そして人馬一体となって戦場を駆け巡る今川を阻むため、時行は競馬勝負を仕掛けて……

 というわけで前巻終盤には、吹雪の策が見事に当たり、時行ならではの逃げ馬戦法で今川打倒まであと一歩――となったところまで描かれましたが、ここで今川の奧の手が描かれることになります。いや、描かれるのは奧の手だけではありません。昔は普通の武将だった今川が、「こんな」になってしまったのは何故か――その秘められた過去の物語もまた、ここで描かれるのです。

 内容としてはイイ話、わかる話なのですが、それで今がこれか!? というのはさておき、そこから炸裂する奥の手とは、そしてそれを如何に時行が乗り越えるのか――この小手指ヶ原の戦のクライマックスに相応しい結末であったかと思います。


 しかし思ったよりは早く小手指ヶ原の戦も決着し、ついに鎌倉まで間近に迫った時行たち。それを迎え撃つは大将・足利直義――いよいよ決戦であります。

 が、直義といえば武家としてよりもむしろ政治家としての印象が強い人物、少なくともこの時点では武功の方もほとんど記憶にありません。しかしこの漫画であれだけの庇番衆を率いていたのですから、きっと直義も――という期待が、意外な形でひっくり返されるのが、本作らしいところであります。
 しかし強さ=戦闘力ではないのも、また本作。なんと単騎で北条の本陣に向かってきた直義は、時行に対して言葉で戦を仕掛けて――すなわち、この戦の大義を問うてきたのですから。


 いかに昔の戦が互いに名乗りを挙げてから始められたものとはいえ、さすがに議論・討論をしたということはないでしょう。それをここでやってみせたのは、もちろん直義のキャラ立てということもありますが、時行以外の眼から見た時に、この戦がどう映るか、如何なる意味を持つかを問い直す意味があるのではないでしょうか。

 そして武士として、大人としての正論を掲げる直義にとってすれば、勝敗は明らかに見えます。しかしそこからの時行の反論は、本作の時行の、そして彼に従う者たちの行動原理を描くものとして――そしてそれは、この『逃げ上手の若君』という物語そのものを貫く原理でもあります――また見事というべきでしょう。

 そしてここで示された行動原理は、戦の成り行きそのものを変えていくことになります。何だかんだで老獪な直義の策により劣勢に立たされる中、逆転の使命を帯びて動きだす「北条軍の秘密兵器」(またこの人物がこうした位置づけに描かれるのも本作の巧みさでしょう)。
 彼の行動とその結果は、まさにこの行動原理の延長線上にあるものなのですから。


 そしてついに悲願を成し遂げ、鎌倉に足を踏み入れた時行。そこで時行が見たものは……
 いきなり個人的な話で恐縮ですが、私は鎌倉という土地が好きで、ちょこちょこと足を運んでいました。ここでその見慣れた景色が思わぬ形で再現され、時行の視点と、そして時行の想いと重なったのには、意外なほどの感動がありました。

 などと個人的な感傷は置いておいて、ついに連載開始以来の目的を達成した時行。しかしもちろん、それで全てが終わったわけではありません。ここから逆襲に転じるであろう足利軍を如何に迎え撃つか――ある意味、ここからの戦いが本番であります。


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2023.06.11

『地獄楽』 第10話「陰と陽」

 鬼尸解した天仙に追い詰められ、メイの助けで辛うじて逃れた画眉丸は、巌鉄斎と付知と遭遇し、打倒天仙のため共闘を申し出る。そして、メイから天仙の力の源である「タオ」の存在を聞く画眉丸たち。その頃、士遠とヌルガイ、弔兵衛と桐馬も、天仙への復仇を誓っていたが……

 このアニメ版も今回を入れてあと四話と、終盤に差し掛かりましたが、今回は少し展開がペースアップした印象。前回は最強の敵である天仙についてのエピソードでしたが、今回の中心となるのは、その力の源であり、本作の世界観そのものを貫く「氣(タオ)」の存在であります。
 現在、主人公(死罪人&浅ェ門)側は、画眉丸&メイ+巌鉄斎&付知、佐切&杠&仙汰&ほうこ、士遠&ヌルガイ、弔兵衛&桐馬の四組に分かれた状況ですが、奇しくも(と言ってよいのかどうか)それぞれの立場から、タオというものに迫っていくことになります。

 自身が強大なタオの使い手(タオを使うと肉体的に成長するというのが、わかったようなわからないような面白さがある)ではあるものの、言葉が拙くそれをうまく伝えられないメイ。ある意味知識の伝授という点では最も適任である(けれども、聞く側が実際に経験していないのであまり伝わらない)ほうこ。実は最初から目覚めてました、というのはどうかと思うけれども、説明上手でイケメンな先生という立ち位置が違和感なさ過ぎる士遠。そして一度タオを前に完膚なきまでに打ちのめされ、今また叩き潰されようとしている弔兵衛。
 それぞれ断片的に知識を聞く・得る側は大変だとは思いますが、視聴者的にはそれぞれを総合できるのが面白い。特に、メイとほうこと内容的には同じことを言っているのに、滅茶苦茶わかりやすい先生の解説。
(解説といえば、伝奇もののそれっぽい設定に対する皮肉な自己言及にも聞こえる仙汰の解説も面白かったのですが、如何せん状況打開に関係ないので、マニアの早口に聞こえてしまうのが何とも)

 しかし天仙側も手をこまねいているはずもなく、配下の人型(しかし顔だけ異形なのが嫌悪感を感じさせる)道士を放ち――というのが終盤の展開で、ここでほとんどやられ(てパワーアップして復活する)役担当の弔兵衛が致命傷を負わされて、今回は引きとなります。
 冒頭に述べたように、残り三回となると、この道士戦が実質ラストバトルかもしれないという気もしますが(その後の画眉丸vs○○○までは入らないか?)、今回はアクションは雑魚怪物相手がほとんどだったので、次回の大バトルに期待したいと思います。


 しかしバトルといえば今回残念だったのは、冒頭の画眉丸と巌鉄斎の対峙シーン。互いにお互いに襲いかかった結果を過激な脳内シミュレーションしてみせる、その剣呑な内容が面白かったのですが、かなりの部分カットされたのは勿体ないところでした。

 もう一つ、全く関係ない話ですがアニメの士遠がやたらと優男に見えるような気がしていたのですが、顔に走る縦横の傷が短めだからなのかも――と今更ながらに気付きました。ある意味、三白眼じゃないヌルガイ以上に印象的かもしれません。


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公式サイト

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賀来ゆうじ『地獄楽』第4巻 画眉丸の、人間たちの再起の時!

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2023.06.10

7月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 今年も後半戦に突入する7月の新刊情報が公開されました。残念ながら7月も新刊の点数は今ひとつ――ではありますが、しかし見逃せない作品が幾つもあります。というわけで、7月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 まず文庫新刊で気になるのは、タイトルの時点で「えっ?」となる瀬川貴次『ばけもの厭う中将(仮)』。一体中将に何が起こったというのか……
 そして7月からのアニメ放送に合わせてきっと来ると思っていた青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス』第4巻も必読でしょう。

 そのほかの新作では泉ゆたか『幽霊長屋、お貸しします(仮)』、上田秀人『高家表裏譚 7 婚姻』が気になるところです。
 一方、文庫化では、セカンドシーズン突入で盛り上がるシリーズ第7弾、神永学『火車の残花 浮雲心霊奇譚(仮)』に注目。その他、木下昌輝『応仁悪童伝』、畠中恵『あしたの華姫』、岡田秀文『首イラズ 華族捜査局長・周防院円香』が登場です。

 さらにジェイムズ・ラヴグローヴのホームズ×クトゥルーもの第2弾、『シャーロック・ホームズとミスカトニックの怪』も楽しみなところです。


 一方、漫画の方では、何といっても一番の注目作は永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第23巻。連載が長いこと休止していたこともあり、非常に気になっていたのですが、このたびめでたく復活であります。
 また、新登場ではモコ『化け絵 石燕妖怪噺』第1巻が気になるところです。そして同じく新登場のコミカライズ、山田リューセイ『REVENGER』第1巻は、発売日が平松伸二『大江戸ブラック・エンジェルズ』第4巻と同日なのですが、これは偶然ですよね――?

 また、久正人『カムヤライド』第9巻、立沢克美『イクサガミ』第2巻も大いに楽しみなところ。その他、梶川卓郎『信長のシェフ』第35巻、出口真人『前田慶次かぶき旅』第13巻、小山ゆう『颯汰の国』第15巻、東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第11巻、森秀樹『ビジャの女王』第4巻も注目です。

 そのほか、真じろうのファンタジー武侠『剣仙ヒョウ局 ケンセンヒョウキョク』第3巻は完結巻とのこと。


 というわけで、新刊は少ないですが楽しみは多い7月です。



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2023.06.09

神永学『浮雲心霊奇譚 赤眼の理』 幕末の心霊探偵、初のお目見え

 神永学といえばやはりまず浮かぶのは『心霊探偵八雲』ですが、赤い眼の心霊探偵は一人ではありません。幕末の江戸を舞台に、憑きもの落としとして知られる赤い両眼の男・浮雲――現在第八作まで刊行されている時代ホラーミステリシリーズの第一弾であります。

 夜道で幽霊に出くわして以来、奇妙な行動を取る姉に心を痛め、出入りの薬売りから聞かされた憑きもの落としの名人のもとを訪れた絵師志望の青年・八十八。しかし彼の前に現れたのは、墨で眼を描いた赤い布で両眼を隠した怪しげな男・浮雲でした。
 毒舌に皮肉家、守銭奴の上に手癖は悪く、始終酒を呑んでいる浮雲に呆れる八十八ですが、他に頼れる者もなく、憑きもの落としを依頼することになります。

 しかし浮雲の憑きもの落としは些か独特――法力や呪文で幽霊を祓うのではなく、綿密な調査と推理により、幽霊を現世に縛り付けているものを見つけ出し、それから解き放つというものでした。
 かくて浮雲とともに調べを始めた八十八は、小夜が幽霊に取り憑かれた場所で、かつて絵師が臨月の妻を殺して自殺し、妻の腹の中の赤子が行方不明になっていたという凄惨な事件が起きていたと知ることになります。。

 どうやら姉に憑いているのが殺された絵師の妻らしいと知る八十八ですが、浮雲が解き明かす過去の事件の真実とは……


 という第一話「赤眼の理」から始まる本シリーズ。上に述べたとおり、浮雲の憑きもの落としの手段は力づくではなく、理に沿ったもの――一種の特殊設定ミステリというべきスタイルの物語です。

 そしてここで登場する幽霊は、(この先のエピソードの中でも触れられていきますが)あくまでもそれ自体には物理的な力はない一方で、人に取り憑くことによってその人間の体を操ることができるというのも面白いところであります。
 さらに、事件を引き起こしているのは幽霊だけではなく、背後には生きた人間の影が――というように、死者と生者の絡み合いの中で事件の真相が浮き彫りになっていく、というのが本シリーズの面白さといえるでしょう。
(特に本作では、この第一話がその観点からは最も完成度が高いと感じます)

 さてこの第一話では、浮雲と八十八の主人公コンビが描かれることになりますが、続く第二話、第三話において、シリーズのレギュラーとなるキャラクターが次々と登場することになります。

 とある武家屋敷に入っていく女の幽霊を目撃した八十八が、その幽霊が現れるようになって以来、屋敷の嫡男・新太郎が床に臥し、眠り続けているという事件に巻き込まれる「恋慕の理」では、新太郎の妹で剣術を得意とするヒロイン・伊織が登場。
 そして「呪詛の理」では、伊織の家の隣の屋敷で掛け軸の中から武士の幽霊が現れて女中を斬るという怪事件が発生。その掛け軸の、血刀を手にして四つの生首をぶら下げた異様な武士の絵を見た途端、浮雲はこの件には関わるなと八十八に言い捨て――と、画によって他者に呪詛をかける妖人・狩野遊山が出現することになります。

 さらに忘れてはいけないのは、八十八に浮雲のことを教えた石田散薬の薬売り――その名は土方歳三! 浮雲とはどうやら腐れ縁らしく、彼の頼みで様々な調べに当たる土方ですが、物腰は柔らかながら矢鱈と腕が立ち、八十八の目から見るとどうにも得体の知れない人物――この土方の内面が明らかになるのは、シリーズのだいぶ先――という設定も、なかなか面白いところであります。


 そしてこの土方の存在からわかるように、本シリーズは幕末、というより江戸時代末期が舞台となります。ただし本シリーズは時に幕末ならではの事件を描きつつも、細かい歴史描写は薄い点に、違和感を感じる向きもあるかもしれません。
 この辺りは、本作を通じて初めて時代ものに触れる読者を想定しての描写かもしれませんが、それと同時に、あくまでも物語が八十八――あくまでも平凡な江戸の庶民の一人――の視点から描かれている点も留意すべきなのでしょう。
(個人的には、この「普通の人目線」というのも貴重だと感じます)


 何はともあれ、浮雲と八十八――赤い眼の憑きもの落としと、絵師志望の普通の青年の奇妙なコンビによる物語はここに始まりました。続く物語については、また近いうちにご紹介いたしましょう。


『浮雲心霊奇譚 赤眼の理』(神永学 集英社文庫) Amazon

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2023.06.08

白井恵理子『黒の李氷・夜話』第1巻 悲恋譚の始まり 不老不死の少年と輪廻転生の少女

 『STOP! 劉備くん』の白井恵理子の代表作の一つ――永きに渡る中国の歴史に幾度も顔を出す不老不死の少年・李氷と、数知れぬ転生を経て彼と出会い、悲恋を繰り返す永遠の恋人の姿を描く、連作シリーズであります。この第1巻においては、夏・後漢末期・唐を舞台とした物語が描かれます。

 紀元前17世紀、老師の碁の相手に飽きて、下界に降りた少年・李氷。そこで地縛霊の妹嬉によって底なし沼に引き摺り込まれた彼は、沼から出ることと引き換えに、彼女を反魂の術で甦らせるのでした。
 そのまま一眠りして起きてみたら五年経っていた李氷。そして彼が知ったのは、夏の帝桀の王妃に迎えられた妹嬉が帝を操って暴政を行い、自分以外の美女を次々と血祭りに上げているという事実でした。妹を殺され、夏に攻め上がる男装の美女・成湯に惹かれ、彼女に助太刀することとなった李氷が見た、夏の真実とは……


 その歴史の長さや複雑さによるものでしょうか――中国の歴史を舞台に、不老不死の存在が様々な時代に顔を出し、歴史上の事件に関るという物語は、色々と見かけるように思います。本作もその一つ、トリックスターめいた少年・李氷が中国の様々な時代に姿を現し、様々な怪事に巻き込まれることになります。

 本作の第一巻には、上記の「夏朝幻想」のほか、二話を収録しています。
 「通魔鬼」では、後漢末期に姿を見せた李氷が、新興宗教である五斗米道の教母とその娘・張魯と対面。李氷すら感心するほど綺麗な気を持つ教母が抱えた悲しみと、心中の魔を知ることになります。
 そして「冬虫夏草」は、唐の太宗が死の床にある中、相次いで死体が甦るという現象が発生、長安に現れた李氷が、太宗に仕える魏徴と共に真相を追うという物語であります。

 このいずれのエピソードも、題材選びの面白さもさることながら、そこからの物語展開の妙やひねりの加え方が実に魅力的。特に第一話のちょっと意外すぎる真相には仰天すること請け合いであります。
 そしてまた、そこで描かれる人間の心の動きに対して、善悪というものを超越した皮肉な視線を向ける李氷の存在は、歴史の意外な裏側を描く物語に似合っていると感じます。


 しかし同時に本作は、そんな李氷の運命的な、そして悲劇的な恋を描き続けることになります。

 成湯、張魯、魏徴――いずれも歴史上の人物ですが、本作においては全て女性、それも皆同じ顔を持つのです。李氷のような存在であればともかく、数百年、いや時には千数百年離れた時代に、同じ姿の人間が生きている――第三話に登場した玄奘は、李氷に問われてこれを輪廻転生と語ります。

 しかし出会うたびに、一度は惹かれ合い、近づきながら、結局はすれ違い、時に憎まれて終わることになる二人の関係は、まさしく悲恋というべきでしょう。
 先に述べたように、人間の心には無頓着で、時に悪魔めいた顔を見せる李氷が、「セイちゃん」にだけはごく普通の少年めいた顔を見せるのも面白く――と言っては申し訳ないのですが――次はどの時代でどのような形で二人が出会うのか、そしてこの恋がいつか実ることがあるのか、興味を惹かれます。

 しかし問題は、何故セイちゃんが輪廻転生を続けて様々な時代に生まれるか、ですが――その途轍もない真相が描かれる続巻についても、いずれご紹介したいと思います。


『黒の李氷・夜話』第1巻(白井恵理子 eBookJapan Plus) Amazon

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2023.06.07

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第11巻 終わりの始まり そして鷹は……

 将軍家茂の三度目の上洛に従い、大坂に向かった伊庭八郎。奥詰衆としての勤めに励む八郎ですが、その間も状況は刻一刻と緊迫の度合いを強めていくことになります。そしてその果てに八郎を待つ、大いなる悲しみとは……

 再度の長州征討に向けて上洛した家茂に従い、大坂に向かった八郎たち。将軍の親衛隊である奥詰衆として精勤する八郎ですが、大坂生活の間に、町娘を守った弟の義蔵が亡くなるという大きな悲しみを味わうことになります。
 そんな中でも務めは続き、文字通り終生の友人となる人見勝太郎と出会い、そしてまた下の者にも細やかな心遣いを見せる家茂との触れ合いに、八郎は胸を熱くするのでした。

 こうした八郎の大坂での暮らしを描く一方で、本作は江戸の鎌吉を通じて、当時の庶民の視点からも物語を描くことになります。(そして同時に、家族を失った八郎の妹・礼子の悲しみとそこから凜と立ち上がる姿を見せるのも素晴らしい)
 しかし、大坂でも江戸でも、一見緩やかな時間が流れているようでいて、事態は刻一刻と変化し、もはや後戻りできぬ道へ進んでいます。

 この時期、坂本龍馬の奔走によって薩長同盟が成立したわけですが、歴史ものではほとんどの場合、この動きは薩長の側、あるいは龍馬の側の視点で描かれることとなります。しかしそれを幕府側から見るとこうなるか――と思わされる描写も、本作ならではでしょう。
 特に突然歴史の表舞台に顔を出した龍馬の得体の知れなさを八郎たちが語り合うくだりなどは、なるほど言われてみれば、と感心させられます。


 そしていよいよ幕府の、そしてこの物語の終わりの始まりの予兆というべきものが、二つ描かれることになります。一つは将軍家茂の身に生じた異変、そしてもう一つは第二次長州征討として。
 この非常時において幕府を支え、文字通り東奔西走していた家茂が突如胸の異変から倒れる。そして戦力的には楽勝と思われていた第二次長州征討が、惨憺たる展開となる――どちらも、これまで辛うじて堪えてきたものが、一気に崩れていく引き金というべき出来事であります。

 もちろん、それは八郎の身にも大きな影響を与えることになります。長州での劣勢に対して、江戸から行動を共にしてきた親友・中根と本山が、急遽大坂から出陣することになります。また何よりも、最も敬愛する、そしてその身近に仕える家茂の異変が、八郎の心をかき乱さないはずがありません。

 ――そして、ついに「その日」が訪れることになります。非番でも落ち着いて休んでいられず、朝から講武所の稽古場に向かった八郎。そこで彼に、いや彼と同様の想いの奧詰衆に伝えられた言葉――「鷹は飛び立った」。
それが何を意味するか言うまでもないでしょう。
 雨が降りしきる中、その音に紛れて男泣きに泣く男たち――その中にはもちろん八郎も……


 もうこちらも男泣きするほかないエモーショナルな展開ですが、しかし本当に辛いのはこれからであります。

 これまで信じた全てが崩れ去っていく中、八郎の向かう道は――想像するのも辛いことではありますが、しかし最後まで見届けるのが、ここまで見てきたものの務めでしょう。


『MUJIN 無尽』第11巻(岡田屋鉄蔵 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon

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2023.06.06

和泉桂『陰陽師一行、平安京であやかし回収いたします』 おかしなトリオ、山海経に挑む

 陰陽師が親友とコンビを組んで事件を解決するのは定番ですが、本作は「陰陽師一行」のとおり(?)、コンビ+1が活躍する物語。「山海経」から抜け出した唐渡りの化生を捕らえるため、商人の佐波と陰陽師の時行、検非違使の知道のトリオが平安京を奔走します。

 顔見知りの検非違使・藤原知道から頼まれ、唐から「山海経」なる巻物を取り寄せた佐波。しかし決して中を覗いてはならぬと言われたにもかかわらず、知道に唆されて佐波が巻物を開いたところ、中から眩い光が!
 気を取り直して中を見てみれば、そこに描かれていたはずの絵が消えていたのに気付いた佐波。実はこの巻物は知道の幼馴染みで変わり者の陰陽師・安倍時行からの頼まれ物だったのですが――時行に届けてみれば、巻物の中に描かれていた数々の化生が逃げ出したと聞かされることになります。

 そしてその直後から、佐波が店を出す葛葉小路の周辺では、人を喰う牛の化生が出没。責任を感じた佐波は、時行そして知道とともに、巻物に戻すべく化生を追うことに……


 というわけで、まさにタイトル通り、巻物から逃げ出したあやかしを回収するために奮闘する佐波たちの姿を描く、全三話+一の連作集である本作。

 冒頭に触れた通り、陰陽師ものの大半は、変わり者の陰陽師とその親友(大抵武官)のコンビが主役を務めている印象で、本作もその例外ではないのですが――そこに佐波が加わることで、物語に大きな個性が生まれていると感じます。
 元船乗りの父と生き別れ、一人で唐の小物を商う佐波。父の知人である闇市の顔役に助けられ、何とか暮らす佐波は、ある秘密(読者にはすぐ明かされるのですが)を抱え、時にそれに悩んだりもするのですが――しかし逞しくも明るく暮らし、そして困っている人間を見過ごせないという、なかなか気持ちの良いキャラクターであります。

 そしてそんな佐波を助ける(時に巻き込む)時行と知道の幼馴染みコンビもなかなか楽しい造形です。
 腕は良いが引きこもりで人嫌いの美形(しかも左大臣の庶子)の時行。藤原北家の出ながら、佐波とも分け隔てなく接し、そして武芸の腕は抜群なのにえらく臆病な知道――それぞれ定番からちょっと外れた二人と、生まれも育ちも全く異なる佐波のやり取りだけでも十分な楽しさがあります。
(時行だけが佐波の「秘密」に気付いているところから生じるアレコレもまた楽しい)

 しかしそれと同時に、陰陽師もの、妖怪退治ものとしての面白さもまた見逃せません。何しろ作中で描かれる怪異はこの国のものでないだけに(?)なかなかに個性的で、一筋縄ではいかないものばかりなのですから。
 上で述べた人を襲う牛の化生はまだストレートなところで、近づいた者が何故か首を吊りたくなる樹や、いるだけで周囲にいなごが増えるもふもふ、そして羽を水に溶かして飲むと願いが叶うという「瑞鳥」――何となく正体の想像がつくものもありますが、ほとんどは初耳のものであったり、あるいは大きく捻りが効いていたりと、油断ができません。

 山海経という題材自体は決して珍しいものではありませんが、それをこう料理できるのか、と感心した次第です。


 ただ一つ残念というか勿体ないのは、どうやら出生に何か秘密があるらしい佐波の謎が、本作の時点では明かされずに終わっている点であります。まだまだ全てのあやかしの回収には先が長いこともあり、ぜひ続編を読みたいものではあります。
(同人誌で番外編が発表されているようですが……)


『陰陽師一行、平安京であやかし回収いたします』(和泉桂 二見サラ文庫) Amazon

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2023.06.05

『地獄楽』 第9話「神と人」

 妻と再会するため、佐切たちを置き去りにして、ただ一人島の中心に向かう画眉丸。ついに蓬莱の門にたどり着いた画眉丸だが、その前に天仙・朱槿が現れる。死力を尽くした戦い末、ついに画眉丸は朱槿を叩き潰したかに見えたが、朱槿は巨大な怪物に変化して襲いかかる……

 あまりに辛かった前回から放送の都合により一週間空いて、何となくよかったような気がする今回。前回、前々回と死罪人&浅ェ門相手に猛威を振るってきた天仙たちですが、今回ついに主人公と激突、知らなければかなり驚く展開が待ち受けます。そしてそれと合わせて、天仙たちが勢揃いし、そして木人ほうこの口から天仙の顔ぶれと名前が説明され――と、天仙に関する情報が一気に集約された感があります。

 そんな今回において、やはりメインとなるのは画眉丸と天仙・朱槿の激突。朱槿自体は前回も登場し、視聴者のヘイトを一身に受けましたが、今回は連投ということになります。しかしまことに申し訳ない表現ながら、典坐に比較して戦闘力そして耐久力という点では遙かに上回る画眉丸であれば――と思えば、そのとおり、画眉丸は朱槿と互角以上の戦いを繰り広げることになります。
 この辺りのアクション描写は今回の見所の一つで、超スピードで動き回りながらの格闘戦をきっちり見せてくれるわけですが、その中で二人の――というより人間と天仙の戦い方の違いが見えてくるのはやはり面白いところであります。

 様々な処刑に耐えきったり、体から火を吹き出したりと超人的な能力を見せても、あくまでも画眉丸は人間。それに対して朱槿は、燃やされても体の一部を破壊されても(この天仙特有の不気味な再生描写は何度見ても印象的)再生し、そして攻撃面でも不可視の飛び道具を放ってくるという、明らかに人間以外の能力を見せるのですから。

 しかしここで接近戦に持ち込んで手数で叩き潰そうという画眉丸も、メンタル面では十分に人外級ですが(しかしここまではまあ、前回典坐も近いことをやったわけですが)、ここから朱槿が鬼尸解――要するに怪獣化するインパクトたるや、見ているこちらも仰天ましたが、対峙する画眉丸はなおさらでしょう。
 と思いきや、わりあい普通に真っ正面から殴りに行くのはさすがにどうかと思いますが――さすがの愛妻パワーも尽きるレベルだったのですから、やはり天仙恐るべし、と言うほかないでしょう。
(しかし鬼尸解の直前、体中の傷口から花が咲き乱れるというビジュアルをカラーで見ることができたのはアニメならではの描写で良かったのですが、全身を初めて見せるシーンはもう少しサイズ感を考えて欲しかった気が)

 そして今回はこの死闘に加えて、脅威の甲斐田裕子と諏訪部順一だらけの天仙お茶会、そしてほうこが語る七人の天仙の陣容と、冒頭に述べたとおり最初から最後まで天仙だらけのエピソード。この辺り(特にほうこの話は)、原作とは描かれるタイミングが異なるのですが、しかしそれをここでまとめた構成は、正解と感じます。
 その一方で前回、前々回の天仙被害者たちもそれぞれに立ち上がる姿が描かれ、確かにこれは蓮が危惧するとおり、やはりかなり厄介では――というところで、一番厄介なヤツがダイナミックな感じの決意を固めたところに、久々に登場の巌鉄斎と付知が登場。またデスゲームっぽくなったところで次回に引きます。


『地獄楽』下巻(バップ Blu-rayソフト) Amazon

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公式サイト

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2023.06.04

松本救助&あかほりさとる『めんへら侍』第4巻 浪士討ち入り! 八方塞がりの末の天下泰平

 めんへら侍・鷹松左門の楽しいんだか苦しいんだか楽しいんだかわからないドタバタ騒動もこれにて終幕であります。浅野と吉良、双方に助力する事になった上に、女難男難が続く左門。あちこち板挟みになった末、ついに赤穂浪士の討ち入りにまで参加する羽目になった左門の行く末や如何に!?

 松の廊下で浅野内匠頭の裾を踏んづけたばかりに、浅野家と吉良家の遺恨を勃発させることになってしまった左門。堀部安兵衛から強引に迫られて討ち入りの助太刀をすることになったと思えば、吉良上野介には松の廊下の件をちらつかされて助っ人をすると約束し――と板挟みであります。
 しかも加賀前田家の龍姫が輿入れしてきたと思えば吉原の胡蝶太夫が側室になり、その上に密かに彼を慕うくノ一の不忍いや沙月とも結ばれた左門。それだけでなく、何故か吉良左兵衛義周ともデキてしまって……

 というわけで、これまでの行いのツケが一気に回り、八方塞がりになってしまった左門。浅野と吉良の方はさすがにツラすぎますが、艶福の方はまあ――という気も一瞬しましたが、しかし安らぎの場であるはずの家で、ほとんどノルマのごとくイタすことになるというのは、まさに身の置き所がないと言うべきでしょう。

 しかしそんな状況でも、なんとか義周(この人もまあ、身の置き所がない理由の一つですが……)だけは助けたいと奔走する左門ですが、もはや打つ手なし。そして何と「寺坂吉右衛門」として討ち入りに参加する羽目になった左門の運命は……


 というわけで、ほぼ一巻丸々かけて赤穂浪士の討ち入り前後が描かれるこの最終巻。

 浅野と吉良の二股という前代未聞の状況、そして男女(含む男男)関係は四股という状態となってしまった左門ですが――これが普通の(?)主人公であれば、この状況を調子よく切り抜けられるかもしれません。しかし、ここでことごとくぶつかりまくって大ダメージというのが、左門ならではというところでしょう。

 とはいえ、そんな左門の有様を笑っていると、ヒヤリとさせられるのが本作の怖いところでもあります。赤穂浪士の討ち入りを、ほとんど座視する――いや、煽っているかにすら見える幕府。その真意は、これを最後の「戦」として、力を振るう場を求める武士たちの、そして閉塞した日常を送る町人たちの不満の捌け口とすることにありました。
 このような視点自体は本作が初めてではないはずですが、しかし左門のような人物を主人公とする物語で描くことで、大きなインパクトを持ちます。

 「戦」には必ず犠牲者がいる。そしてたとえ力を持った者でも、他者を傷つけることを望まないものがいる――当たり前ではありますが、それは常人を上回る力を持ちながらも右往左往するしかない左門の目を通じて描かれることにより、より鮮烈に感じられるのです。
(それでいて討ち入りを非難するお蜜に対して、武士の立場から左門が思わず反論してしまうくだりも皮肉でいい)


 その一方で、すっきりしない点も残るのもまた事実。やはり左門は「めんへら」とは違うのでは――というのは最初からずっと言っているので恐縮ですが、この違和感は最後まで残りました。
 あるいは左門の現代人的自我が、この時代では「めんへら」に映るというのであれば、それはそれで凄いのですが――それも少し違うように感じられます。
(もう一つ、左門が綱吉や父から武人扱いされるのも、この「めんへら」との絡みからは違和感がないわけではありません)

 とはいえ、全ての矛盾も皮肉もひとまず飲み込んで、平和の尊さを描くという結末の後味は悪くありません。左門のプライベートのことは全く解決しない――意中の相手だったお蜜には結局相手にされない――というオチもある意味納得で、まずは天下泰平、大団円というべきでしょう。

 番外編については、誰得としか言えませんが……
(そもそも左兵衛はこの結末でいいのか――いや、なんか本人は楽しそうですが)


『めんへら侍』第4巻(松本救助&あかほりさとる 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon

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2023.06.03

相田裕『勇気あるものより散れ』第4巻 化野民の想いと人間の想い、そして新たな剣士

 明治初期を舞台に、不老不死の運命を背負った「半隠る化野民」と、その眷属に選ばれた人間たちが繰り広げるドラマもこれで第四巻。姿を消した妖刀・殺生石を探すシノと春安は、これまで戦ってきた相手と、思わぬ成り行きで手を組むことになります。そしてそこに加わる人物こそは……

 心が壊れた母・三千歳を生から解き放つため、化野民を殺す力を持つ妖刀・殺生石を奪った九皐シノと、彼女の眷属・鬼生田春安。逃避行を繰り広げてきた二人が、シノの兄・生松と、その眷属・鵜飼菊滋と繰り広げた激闘は、二人の姉である煙花の登場で水入りとなりました。
 そして前巻ラストでは、煙花から母を殺そうとした理由を問われたシノが、三千歳自らが死を望んでいたという事実を語ったところで終わりましたが――この巻の冒頭で描かれるのは、その詳細であります。

 これまで、化野民を一人でも多く生むために幕府の命で多くの男たちと交わり、その末に心を壊したこと、そしてシノがそんな姿を見るに見かねて行動していることが語られた三千歳。しかしここで描かれるのは、彼女自身も死を望み――しかしそれを果たせずにいた、その壮絶な真実のドラマであります。

 ペリー来航の際に黒船への切り込みを計画するも、故あって果たせなかったシノたち兄妹。それが幕府による化野民の庇護に影響すると考えた三千歳は、自ら望んで多くの相手と交わることになります。
 そこまでしても子を成すことができず、衰弱していく三千歳を見守るしかないシノ。そして彼女は、母の相手となった男から、意外な事実を聞くことに……

 これまで、一方的に幕府に利用された末に、心を壊した犠牲者として描かれてきた三千歳。それは事実でもありますが、しかしここで語られるのは、そんな彼女もまた、一族を生き延びさせるために覚悟を決めてきたという真実であります。
 しかしそれだけではありません。その陰で彼女が押し殺していたのは、人間としての心――誰かを慕わしいと思う、ごく当たり前の心であったことも描かれるのです。そしてその想いを叶える手段は一つしかないことも。

 そしてまた驚かされるのは、化野民と交わった男は、その後切腹させられるという事実であります。命がけであったのは、犠牲を払っていたのは化野民だけでなかった――これもまた、物語への見方を変えるものであるといえるでしょう。
(しかしこの辺りを所管するのが「懸想奉行」というのは凄いネーミング……)
 もちろん、化野民を幕府が、国が利用してきたことには変わりはありませんが、しかし……


 そしてその間も事態は進行していきます。シノと春安が隠した殺生石「華陽」を奪った生松と菊滋――彼らは三千歳の身柄ともう一本の殺生石「妲己」の引き渡しを求めて、政府高官へのテロを始めたのであります。
 これに対処することになったのは、政府で化野民の管理を担当してきた図書掛の山之内ですが、彼はかつて春安を逃した会津出身の山川浩(大蔵)に協力を要請。それに応えて山川が推薦した男とは――藤田五郎!

 と、もはや明治伝奇ではお馴染みの巡査さんですが、しかし彼の仲人も務めた山川浩がこうした事態に推薦するのはむしろ当然と言うべきでしょう。そして本作の藤田は、この巻の表紙を飾っているとおり目つき悪めのメガネ着用、そして大変な愛妻家と、刺さる人には刺さる造形であります。
 ――というのはさておき、かつての敵である薩摩人の山之内とコンビを組むことになった藤田は、撃剣興行で路銀を稼いでいた春安とシノを発見、眷属である春安と互角以上の戦いを見せるのですから、これはもう流石というべきでしょう。

 共に目的は生松が手にする殺生石ながら、その立場は正反対の両者の戦いの行方は――これは読んでのお楽しみですが、ここでも、登場人物がそれぞれ自分の信念の下に行動し、それが単純に善悪や優劣を決められない、本作ならではのドラマが描かれることになります。
(個人的には、ここで明らかになる、春安と山之内の思わぬ因縁に痺れました)

 伝奇活劇であると同時に、幕末と明治を股にかけた群像劇という色彩を強める本作。もはや登場人物の誰一人欠けて欲しくないとすら思えるほどですが――やはりそれは甘い期待でしょうか。


『勇気あるものより散れ』第4巻(相田裕 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon

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2023.06.02

重野なおき『信長の忍び』第20巻 真っ向勝負 二人vs十一人! そしてでっかいフラグ

 記念すべき第20巻、そしてついに運命の年の前年にまで到達した『信長の忍び』。武田との決戦が近付く中、その前に信長が倒さんとする敵は伊賀――千鳥と助蔵の故郷であります。伊賀攻めから外された二人が心に決めた決意とは――二人の最大の戦いが始まります。が、その前にとんでもないことが……!?

 長きに渡った石山合戦も終結し、ついに中部・近畿をほぼ平定した信長。残る大敵は甲斐の武田ですが、決戦に向けて信長は冷徹な布石を打つことに――といっても、実際の戦いはもう少し先ではあります。
 ひとまずは覇者の余裕で、豪華絢爛な馬揃えを開催、そのマネージャーを任された光秀はまた色々とすり減る思いをしたり、ちらっとヤバいことを考えたりしますが、それが結実するのも、もちろんまだ先の話です。

 それではこの巻のメインはといえば、それは伊賀との再戦であります。前巻、信雄のほとんど暴走に等しい行動がきっかけで激突した織田と伊賀ですが、伊賀の忍術上手十一人をはじめとするゲリラ戦術によって織田はほぼ完敗。伊賀からの撤退を余儀なくされた織田軍ですが、もちろんこれで双方終わるはずもありません。

 まさに信長が伊賀攻めを決断したその場で、手裏剣で信長を襲撃する楯岡道順。さらに、千鳥が道順を追う間に、変装の名人である上野ノ左が潜入するのですが――常人には見抜けぬその変装を見抜き、迎え撃った人物が!
 そう、それはもう一人の信長の忍び・助蔵――って凄いな助ちゃん!?

 もちろんこれは前哨戦に過ぎません。三千の伊賀に対して総勢四万の兵で攻め入ることを決した信長――しかし信長は、千鳥は今後の戦に不要と告げ、伊賀攻めへの従軍を拒否したではありませんか。

 もちろんそこにあるのは、既に天下は目前のこの時期に、腹心中の腹心である千鳥を勝てる戦で無駄死にさせまいという、信長の思いやりではあります。
 しかし普段の戦であればともかく、自分の旧知の者たちが、信長を苦しめる状況を、あの千鳥がそれを見ていられるはずもありません。かくて千鳥(と助蔵)は、信長の命に反して、語られる事のない戦いへ……


 というわけでこの巻の後半で描かれるのは、百地丹波と忍術上手十一人に挑む千鳥と助蔵の戦い。兵と兵との戦いは武将たちに任せる。しかし忍びとの戦いは――というわけで、伊賀の切り札であり中枢を叩き潰すべく、二人は乗り込んだのです。

 しかし二人の前に立ちはだかるのは、人心撹乱の達人・大炊孫太夫、樹上から襲いかかる下柘植ノ木猿・小猿、無感情な殺人剣士・新堂小太郎、剛力自慢の棒術使い・甲山太郎四郎・太郎左衛門、刀盗みの山田八右衛門――忍術上手の達人揃いであります。

 それにしても驚かされるのは、本当にここで多くのページを費やして描かれるのが、忍者同士の真っ向勝負であることです。
 本作は『信長の忍び』ではありますが、あくまでも中心となるのは武将たちの歴史――史実の世界。もちろん、これまでも望月千代女との戦いなどありましたが、例外という印象がありました。

 忍術上手十一人も、天正伊賀の乱の合間に(合戦のついでに)その行く末が描かれるものと思いきや――まさかここまで真っ正面からの忍者バトルが描かれるとは。まったく、うれしい驚きです。
(しかもそれぞれの戦いを四コマギャグの連続で描くという離れ業!)


 しかし真の驚きは、二人の戦いが始まる直前にありました。もはや生きて帰れるかわからぬ戦いに向かう前に、自らの思いの丈を伝える助蔵。それに対する千鳥の答えは……

 えええええ、そうなるの!? と驚くのも失礼かもしれませんが、このタイミングでこの展開とは正直意外なところではあります。
 というよりもはやこれはどう考えてもでっかいフラグなのでは――と助蔵の安否が気遣われますが(しかもご丁寧にもう一段フラグが)、これでますます、この戦いの結末への関心が高まります。

 この巻のラストでは、助蔵とはぐれた千鳥の前には因縁の(?)城戸弥左衛門が登場。忍術名人の中でも屈指の強豪を相手に千鳥の戦いは――と、忍者バトルモードのまま続きます。


『信長の忍び』第20巻(重野なおき 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon

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 重野なおき『信長の忍び』第12巻 開戦、長篠の戦 信長の忍びvs勝頼の忍び
 重野なおき『信長の忍び』第13巻 決戦、長篠に戦う女たちと散る男たち
 重野なおき『信長の忍び』第14巻 受難続きの光秀を待つもの
 重野なおき『信長の忍び』第15巻 「負け」続きの信長に迫る者
 重野なおき『信長の忍び』第16巻 信長を見つめてきた二人の別れ道
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 重野なおき『信長の忍び』第18巻 村重謀叛に揺れる人々と、千鳥自身の戦いの始まりと
 重野なおき『信長の忍び』第19巻 伊賀と村重と本願寺と

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2023.06.01

重野なおき『雑兵めし物語』第2巻 グルメと歴史と――ラブコメと!?

 この5月29日には重野なおきの歴史四コマが三社三冊同時発売されましたが、本作もその一つ。前巻同様、戦国時代まっただ中の信濃を舞台に、歴史の陰で、しかし懸命に生きた雑兵(と同居人)の生き様が、食を通じて描かれます。そして今回、舞台は信濃を離れて越後にちょっとだけ移ったりも……

 天文十七年(1548年)、武田晴信と小笠原長時の塩尻峠の戦いで、身を寄せた小笠原方が敗北して必死に落ち延びる雑兵の作兵衛と豆助。その途中作兵衛は、武田軍の攻撃で家族を失った武家の姫・つるを拾うことになります。
 もはや行く宛もないつるを見捨てるわけにもいかず、使用人の名目で家に住まわせた作兵衛。実は滅茶苦茶くいしんぼうだった彼女に手を焼きつつ、作兵衛は日々の暮らし(主に食事)に励むことに……

 というわけで、作者の他の歴史四コマと異なり、ほとんど歴史に絡まない(もちろん、舞台となる信濃の歴史には少し絡みますが)本作。当時の戦国武将は武将で生き残りに色々と大変でしたが、少なくとも衣食住に苦労はなさそうなあちらとは異なり、少しでも気を抜けばあの世行きのハードな生活が、基本コミカルに、そして時に生々しく描かれることになります。

 特に本作の主人公である作兵衛(と豆助)は、専業の雑兵。普段農業に従事し、何かあったら雑兵へ――というのではなく、普段は村の用心棒や仕事の手伝いをして暮らしているのですが、非正規雇用だけに色々と厳しい状況にあります。
 言うまでもなく当時は戦が日常の世界ですが、それでも四六時中戦をしているわけではありません。しかし戦がなければ作兵衛のような男は――いや、「専業」ではない村の人々も――干上がってしまうのです。

 この巻の裏表紙には「戦が無くて滅んだ村があるって噂だが…あれ本当かもな…」という作兵衛の言葉が引用されていますが、この時代の農民にとって、戦はただただ迷惑、というだけでなく、益になっているというのは、やるせない話ではありますが、事実なのでしょう。
(その他にも、山境を冒した隣村と戦になりかけたと思ったら、やな形で手打ちになったりと、リアルさ満点……)

 しかしもちろん、人間何とかして喰わなくてはなりません。幸いというべきか大の料理好きである作兵衛は、野にあるものも様々に利用してサバイバルすることになります。
 どじょうの味噌汁、おやき、ヘビの串焼き、なまずのかまぼこ――味の想像がつくものもあれば、想像を絶するものもありますが、しかしいかにもグルメ漫画のキャラっぽい(?)つるのリアクションもあって、何となく伝わってくるのが楽しいところです。


 さて、冒頭に述べたとおり、本作は信濃を舞台としつつ、この巻では越後を舞台としたエピソードがあります。
 塩を買うため、顔なじみのなんでも屋の依頼を受けて、越後に塩の買い付けに向かうことになった作兵衛・豆助・つる。普段は山に囲まれた土地で暮らしている彼らが海を見てのリアクションは、お約束といえばお約束ですが、実にほほえましいものがあります。

 しかしこの時代の越後といえば――そう、上杉謙信、いや長尾景虎。もちろん作兵衛たちが積極的に関わるわけではないのですが、思わぬ成り行きから鬼小島弥太郎と共に登場した景虎はさすが戦闘のプロというべき強さであります。
 ある意味クロスオーバーで、ニヤリとさせられるゲスト出演ですが、そこで雑兵と武将の格の違いを見せるのは、前巻の馬場信春同様、本作の巧みなところでしょう。
(ちなみに作兵衛の地元の小笠原氏から、山家昌治が登場するのにはちょっとびっくり)


 グルメものとして、歴史ものとして、変わることなく魅力的な本作。しかしこの巻では、新たな魅力が前面に出ることになります。それはラブコメ――!
 先に述べた通り、つるを使用人として、一つ屋根の下で暮らしている作兵衛。二人の関係は、あくまでもそれだけ、のはずなのですが――しかしこの巻では折りに触れてお互いを意識しまくる姿が何とも初々しいというか微笑ましいというか早く結婚しろというか……
(と思ったら別の作品でもっとすごいのが来るとは!)

 楽しいのは、それが同じものを食べる、一つの食卓を囲むというところから生まれている関係性であることでしょう。本来出会うはずのない二人が、食を通じて結びつく――実に本作に相応しいと感じます。
 とはいえ、二人が素直になるのは当分先になりそうで、それまではやきもきさせられることになりそうです。もちろん、それもまた良しであります。


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