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2023.06.12

松井優征『逃げ上手の若君』第11巻 鎌倉目前 大将同士が語るもの

 いよいよ『逃げ上手の若君』も大きなクライマックスを迎えることになりました。関東庇番衆を次々と打ち破り、ついに鎌倉を目前とした時行。しかし北条軍の前には、大将である足利直義自らが姿を現すことになります。時行と直義の対峙の行方は、そして鎌倉奪還は成るのか……!?

 鎌倉奪還に向け、進撃を続ける時行と北条軍。関東庇番衆の精鋭のうち、渋川・岩松・石塔を激闘の末に女影原で打ち破った時行たちは、次いで小手指ヶ原で足利の大軍と大会戦を繰り広げることになります。
 そしてその中で一際派手に暴れまわるのは、曲者揃いの庇番衆の中でも一際異彩を放つ今川範満。馬の顔を被り、馬を喰らい、馬に乗る、うまだいすき過ぎるド変態であります。そして人馬一体となって戦場を駆け巡る今川を阻むため、時行は競馬勝負を仕掛けて……

 というわけで前巻終盤には、吹雪の策が見事に当たり、時行ならではの逃げ馬戦法で今川打倒まであと一歩――となったところまで描かれましたが、ここで今川の奧の手が描かれることになります。いや、描かれるのは奧の手だけではありません。昔は普通の武将だった今川が、「こんな」になってしまったのは何故か――その秘められた過去の物語もまた、ここで描かれるのです。

 内容としてはイイ話、わかる話なのですが、それで今がこれか!? というのはさておき、そこから炸裂する奥の手とは、そしてそれを如何に時行が乗り越えるのか――この小手指ヶ原の戦のクライマックスに相応しい結末であったかと思います。


 しかし思ったよりは早く小手指ヶ原の戦も決着し、ついに鎌倉まで間近に迫った時行たち。それを迎え撃つは大将・足利直義――いよいよ決戦であります。

 が、直義といえば武家としてよりもむしろ政治家としての印象が強い人物、少なくともこの時点では武功の方もほとんど記憶にありません。しかしこの漫画であれだけの庇番衆を率いていたのですから、きっと直義も――という期待が、意外な形でひっくり返されるのが、本作らしいところであります。
 しかし強さ=戦闘力ではないのも、また本作。なんと単騎で北条の本陣に向かってきた直義は、時行に対して言葉で戦を仕掛けて――すなわち、この戦の大義を問うてきたのですから。


 いかに昔の戦が互いに名乗りを挙げてから始められたものとはいえ、さすがに議論・討論をしたということはないでしょう。それをここでやってみせたのは、もちろん直義のキャラ立てということもありますが、時行以外の眼から見た時に、この戦がどう映るか、如何なる意味を持つかを問い直す意味があるのではないでしょうか。

 そして武士として、大人としての正論を掲げる直義にとってすれば、勝敗は明らかに見えます。しかしそこからの時行の反論は、本作の時行の、そして彼に従う者たちの行動原理を描くものとして――そしてそれは、この『逃げ上手の若君』という物語そのものを貫く原理でもあります――また見事というべきでしょう。

 そしてここで示された行動原理は、戦の成り行きそのものを変えていくことになります。何だかんだで老獪な直義の策により劣勢に立たされる中、逆転の使命を帯びて動きだす「北条軍の秘密兵器」(またこの人物がこうした位置づけに描かれるのも本作の巧みさでしょう)。
 彼の行動とその結果は、まさにこの行動原理の延長線上にあるものなのですから。


 そしてついに悲願を成し遂げ、鎌倉に足を踏み入れた時行。そこで時行が見たものは……
 いきなり個人的な話で恐縮ですが、私は鎌倉という土地が好きで、ちょこちょこと足を運んでいました。ここでその見慣れた景色が思わぬ形で再現され、時行の視点と、そして時行の想いと重なったのには、意外なほどの感動がありました。

 などと個人的な感傷は置いておいて、ついに連載開始以来の目的を達成した時行。しかしもちろん、それで全てが終わったわけではありません。ここから逆襲に転じるであろう足利軍を如何に迎え撃つか――ある意味、ここからの戦いが本番であります。


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