白川紺子『花菱夫妻の退魔帖 二』 幽霊と相対した時に彼女が願うもの
第一弾も好評であった大正幽霊奇譚『花菱夫妻の退魔帖』の第二弾であります。晴れて夫婦となった鈴子と孝冬ですが、二人のもとに持ち込まれるのは幽霊にまつわる不可思議な事件ばかり。幽霊を祓うため、幽霊が現れる理由を知るため、二人は華族たちの闇を覗くことになります。
瀧川侯爵と女中の間に生まれ、幼い頃から浅草の貧民窟で暮らしてきた鈴子。ある事件がきっかけで浅草を離れ、瀧川家に引き取られた彼女は、故あって続けていた怪談蒐集の最中、神職華族である花菱男爵家の当主・孝冬と出会い、突然求婚されることになります。
実は幽霊を見る力を持つ鈴子と、幽霊を食う幽霊・淡路の君に先祖代々憑かれている孝冬――それぞれに幽霊と因縁を持つ二人は、共に幽霊にまつわる事件を追ううちに互いの事情を知り、心を通わせることとなります。
そして結ばれた鈴子と孝冬。しかし鈴子には果たさなければならない二つの目的があります。一つは、浅草で自分の親代わりだった三人の人間を殺したと思しき「松印」を持つ華族を探すこと。そしてもう一つは、淡路の君を滅ぼすこと……
というわけで、普通であれば幸せ一杯の新婚生活になるはずが(いや、十分幸せ一杯ではあるのですが)、まだまだ大きな難題を抱えた二人。そしてその傍ら、二人はまたしても様々な幽霊にまつわる事件に遭遇することになります。
かつてお家騒動があった多幡子爵で、夕方になるたびに屋敷に現れては、「返せ!」と凄い剣幕で叫ぶという庶子の幽霊のお祓いを依頼される「黄昏の客人」
新たに雇った小間使いがその前に働いていた屋敷では、手が畳の上を這い回ると聞かされた鈴子がその屋敷で目撃したのは、しかし手だけではなく――という「五月雨心中」
古道具屋で買った蒔絵の硯箱に憑いた、金糸の刺繍が入った着物を着た幽霊を祓いたいという依頼を受け、偶然同じ着物の女性を見かけていた鈴子が、その因縁を追う「金の花咲く」
前作同様、本作には全三話が収録されていますが、あるいは不気味な、あるいはもの悲しい幽霊を描く物語に共通するのは、いずれも華族の女性にまつわるものであることでしょう。
華族の女性本人が幽霊になることもあれば、幽霊(になった人間)に苦しめられるのが華族の女性ということもありますが――しかしいずれにせよ、華族という世界の「歪み」から生まれた幽霊と、その「歪み」に苦しめられる女性という図式は、前作から変わるところはありません。
しかし鈴子はそんな幽霊と相対した時、決して人ならざるものとして恐れるのではなく、かつて生きていた人間の名残と受け止め、その名残が留まる理由を知りたいと願います。
それはその幽霊の、いや人間の生き様を知り、せめて彼女の中に留めることとイコールであり――幽霊を喰らってしまう淡路の君がいる本作においては、その行為は大きな意味を持つといえるでしょう。
そして、それは物語に登場する華族の女性たちへの大いなる救いであることもまた、言うまでもありません。作中で描かれるのは、かなり重く苦しい物語ばかりなのですが、しかし読後感が良い理由の一つは、この点によるものでしょう。
そして読後感が良いもう一つの理由は、もちろん鈴子と孝冬の仲睦まじい夫妻ぶりであります。
孝冬の方は、初登場の時の態度はどこへやら、もう鈴子にデレデレ(前作のラストで「好きになってほしいんんですよ。恋い焦がれてほしいんです」と告げたのは、要するに自分は好きで恋い焦がれているということでしょう)なのですが、鈴子も自分自身のやり方で、孝冬への好意を示していくのがなんとも微笑ましい。
そして二人の間に隠し事――他の作品であればもう少し引っ張って、事態を悪化させそうな――がない、すぐ共有されるというのも、また読み心地を良いものにさせていると感じます。
しかし二人の前には、かつての殺人の謎に加え、まだまだ難題と謎が山積しています。二人が幽霊事件を追う中で幾度かその前に現れる新興宗教・燈火教とその傘下の鴻心霊学会の正体は何なのか。そして鈴子の前にも、意味ありげなことを語る老婦人が現れ……
この先も波乱が予想される物語ですが、それでも夫妻の絆は変わらない、いやより強くなる――それもまた予想できるのです。
『花菱夫妻の退魔帖 二』(白川紺子 光文社キャラクター文庫) Amazon
| 固定リンク
