鮫島圓『無名の剣 中国幻想選』 武術の達人たちの血の通った物語
その題材選びの確かさとヴィジュアルの巧みさで人気を博す、鮫島圓の「中国幻想選」シリーズの第三弾であります。今回は王殺しを請け負った無名の剣士の姿を描く表題作をはじめ、闘う者たちの姿を描く物語を中心に、全六編が収録されています。
楚の国の王を夜ごと悩ます悪夢――それは眉間尺なる刺客の剣が、その身に迫るというものでした。そして多額の賞金がかけられたその刺客に襲いかかる多数の兵士。兵たちを全て片づけたものの、自分も深手を負った刺客は、自分を助け起こした無名の剣士に、その身の上を語ることになります。
かつて楚王の求めで天下一の剣を作ることとなった刀鍛冶・干将。やがて二本の名剣を作った彼は、そのうち妻の名を取った莫邪を王に献上したものの、そのまま王に殺されてしまうのでした。二人の子である刺客――赤は、残る干将を手に、父の仇を討とうとしたというのです。
赤の話を聞き、彼の代わりに仇を討とうと告げる無名の剣士王に近づくため干将と赤の首が必要だという剣士の言葉を受け入れ、赤は自らの首を掻き切ります。
そして赤の首を手に楚王に謁見する剣士。死してなお、生けるような赤の首を滅ぼすためには、大釜で三日三晩煮ることが必要と語る剣士に対し、楚王は……
『捜神記』の干将莫邪のエピソードを題材としたこの表題作「無名の剣」。その内容の大半は、原典を踏まえたものとなっています。しかし、大きく異なるのは、原典では眉間尺から王殺しを請け負ったほかは、ついぞその正体は不明のままであった剣士の掘り下げを行っている点であります。
ある出来事をきっかけに、己の名も、生きる理由も、全てを失った剣士。そんな彼が、赤と出会うことで己の命の使い所を見つける――その発端を思えば、ここで彼が見つけた終着点では皮肉とも当然とも感じられますが、歴史に名を残す名剣の伝説を飾るに、ある意味相応しいものと感じられます。
もう一つ、本作は王が恐れる眉間尺――眉間の間が一尺あったという奇怪な容貌に、一つの解釈を行っているのですが、いささか唐突感はあるものの、ユニークな試みではあります。
さて、表題作以外には、本書には以下の五篇が収録されています。
凄まじい槍の腕前を持つ凶暴かつ美しい女賊・母大虫(雌虎)に見込まれてしまった武芸者の悲喜劇「母大虫」
弾弓の達人が、不気味な僧形の達人から、大悪党になるであろう自分の息子を斃して欲しいという依頼される「僧侠」
弓術の奥義を巡って勝負を繰り広げる師弟二組の対象的な姿を描く「弓勝負」
大の男も敵わないほどの武術の腕を持ちながら、自分は怖がりだと語る老達人の若き日の恐怖体験「怖がりの老師」
一本気な荒くれ者が、借金で妻を売ろうとしている一家を助けたことから、思わぬ報いを受ける「ある男の善行」
うち「僧侠」「怖がりの老師」は、かつて作者が鮫島円人名義で発表した『蓬莱トリビュート 中国怪奇幻想選』からの再録ですが、それ以外は新作。冒頭に述べた通り、「無名の剣」を含めて、武術の達人を題材とした作品がメインとなっています。
もちろん、いずれの作品も原典はあるのですが、時にコミカルに、時にヘビーに味付けすることによって、数百年、いや千年以上昔の物語を、現代の我々が読んでも楽しい、そして血の通った作品として成立させているのは、これまで同様の見事さであります。
ただ一つ、細かい(?)ことを言えば、これまでの『竜王の娘』『狐の掟』は、表題作を中心に、美しく妖しいヒロインたちの存在が強く印象に残ったわけですが、本書はその要素はかなり薄めなのが、いささか残念に感じないでもありません。
いや、母大虫という強烈なヒロインがもちろんいるのですが……
(しかしこのエピソード、水滸伝ファン的には「母大虫」というよりむしろ、段三娘と王慶のそれを思い出させる――というのは蛇足であります)
『無名の剣 中国幻想選』(鮫島圓 webアクションコミックス) Amazon
関連記事
鮫島圓『狐の掟 中国幻想選』 帰ってきた人間と人間以外の愛の物語
鮫島圓『竜王の娘 中国幻想選』 唐代から現代に繋がるボーイミーツガール
| 固定リンク
