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2023.07.12

神永学『浮雲心霊奇譚 妖刀の理』

 今月、シリーズ第七弾『火車の残花』の文庫版が発売される『浮雲心霊奇譚』の第二弾のご紹介であります。赤眼の憑きもの落としが今回挑むのは、妖刀が引き起こした惨劇をはじめとする三つの事件。事件の陰に存在する幽霊――死者の想いを、幕末の心霊探偵が解き明かします。

 姉が幽霊に取り憑かれたのをきっかけに、顔見知りの薬屋・土方歳三の紹介で、腕利きと評判の憑きもの落としである浮雲と知り合った絵師志望の青年・八十八。守銭奴で皮肉屋で毒舌家の浮雲に振り回される八十八ですが、赤い布の下に隠された赤い両眼で幽霊を見るというその力は本物であると、身を以て知ることになります。
 幽霊をこの世に縛り付けているものを推理し、解き放っていく浮雲と共に、八十八は様々な人の心の裏と表を見ることに……

 という本シリーズですが、既に前作でこの基本設定と、浮雲&八十八に土方、伊織や玉藻といったメインのキャラクターたちは紹介されていることもあり、この巻からはより自由に、さらに入り組んだ物語が展開していくことになります。

 夜道で兄と辻斬りに遭遇した際に、異様な殺気をまとった老人の幽霊と出会った伊織。さらにその幽霊が兄に取り憑いたらしい――という彼女の依頼で、浮雲と八十八が続発する辻斬りを追う「辻斬の理」
 とある廃墟近くの沼に現れる幽霊を見た者は祟り殺されるという噂が流れる中、幽霊を見てしまった男からの依頼を断った浮雲。彼の代わりに幽霊の正体を追う八十八が窮地に陥る「禍根の理」
 妖刀・村正を手にした男による無差別殺人の場に居合わせた八十八が、事件を仕掛けた狩野遊山と対面、危険な誘惑を受ける「妖刀の理」

 いずれのエピソードも、有名な古典怪談をモチーフとしつつも、幽霊の存在を手がかりにして生きている人間の企てを暴くという、特殊設定ミステリとして成立しているのが本作のユニークな点でしょう。

 その中でも表題作の「妖刀の理」は、八十八のキャラクターを掘り下げたエピソードとして印象に残ります。
 老舗呉服屋の息子であながらも、絵師を目指す八十八。各エピソードのラストでは、彼が事件にまつわる絵を描くというのが定番ですが、今回はその八十八が、絵師としての壁につきあたることなります。

 知人の絵師・町田天明に自分の作品を見てもらったものの、絵に心が入っていないと断じられ、落ち込む八十八。その矢先に村正による無差別殺人が発生し、そちらに注意を引かれた八十八ですが――八十八の絵と村正の殺人は、意外なところで繋がることとなります。
 その仕掛人となるのが、シリーズを通じての敵役である狩野遊山。その姓から察せられるように元は狩野派の絵師でありながらも、今は呪術師として人を呪い殺すことを生業とする怪人であります。

 しかしこの遊山、呪い殺すといっても直接人の息の根を止めたり寿命を縮めたりするわけではありません。彼の手法は、標的の近くに居る者の心を言葉巧みに誘導して操り、自らは手を下す事なく標的を殺す――そんな一種の間接殺人を得意とする男であります。
 かねてより浮雲と、そして土方とも因縁を持つという遊山。絵師でもある遊山と一対一で対峙することによって、八十八は否応なしに自分の内面を見つめさせられることになるのです。

 この八十八は、浮雲や土方、玉藻に比べれば、圧倒的に一般人寄り――というより、読者目線に立ったキャラクターであります。しかし、そんなある意味ニュートラルな立場である彼も、物語を構成する欠かせない登場人物であることが、このエピソードでは浮き彫りになっているといえるでしょう。
 そして遊山との対峙を通じて、これまで慇懃ながら何やら得体の知れない人物として描かれてきた土方の、心に秘めたものが描かれるのですが――この辺りはむしろ、シリーズがある程度進んだ今振り返ってみると、なるほど、と感じさせられます。
(物語のラスト、村正を回収した土方を心配する八十八に対して、浮雲が問題ないと答えた時の、「土方の心はすでに……」という台詞もまた、不穏でイイ)


 前巻同様、時代ものとして見るともう少し踏み込んでよいのでは、という部分はあるものの、特殊設定ミステリとしての完成度はさすがは、と思わされる本作。
 もちろん「辻斬の理」では、おや? と思わされる名前の人物が登場するなど、歴史好きであればさらに楽しめる作品であることは言うまでもありません。


『浮雲心霊奇譚 妖刀の理』(神永学 集英社文庫) Amazon

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