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2023.07.26

ジェイムズ・ラヴグローヴ『シャーロック・ホームズとミスカトニックの怪』(その一)

 シャーロック・ホームズとクトゥルーという禁断の取り合わせを描く「クトゥルー・ケースブック」シリーズ、待望の第二弾です。前作から十五年、邪神たちと戦いを繰り広げるホームズたちの前に現れるのは、ルルイエ語を理解する奇怪な精神病患者。その正体を追う二人が知った、戦慄の真実とは……

 クトゥルー神話の邪神たちの存在を知ったホームズとワトスンが、人知れぬ戦いを始めてから十五年。今日もロンドンの地下鉄で危険な怪物を命懸けで倒した二人は、同じく邪神と戦う仲間であるグレグスンから、王立ベスレム病院に入院した精神病患者が、独房の壁や床に奇妙な文字を描いていると聞き、早速訪ねることになります。
 はたして、左半面に惨たらしい傷を負い、左手首のないその患者が、ルルイエ語で「ルルイログ」なる言葉を記しているのを目の当たりにしたホームズ。彼は患者のしゃべり方や手の特徴から、ボストンの上流階級出身の科学者であると推理し、それを手がかりに、患者の身元調査を始めるのでした。

 その結果、ボストン近くのミスカトニック大学の科学者、ナサニエル・ホウェイトリーが、ロンドンにいることを突き止めたホームズですが、ホウェイトリーは先週から消息不明。その一方で、かつてホウェイトリーが行ったミスカトニック川上流の探検で、同行した学者、ザカライア・コンロイが、先住民によって一生残る傷を負わされていたと知るのでした。

 あの患者こそコンロイではないかと考える二人ですが、その矢先、コンロイは病院から何者かに連れ去られて姿を消すことになります。あらゆる手立てを用いてコンロイを追った二人は、ついに彼が連れ去られたと思しき地に踏み込むのですが……


 前作『シャーロック・ホームズとシャドウェルの影』で、人知を超えた邪神が虎視眈々とこの世界を狙い、それを手助けする邪悪な人間や怪物たちが存在すると知ったホームズとワトスン。以来、邪神ハンターとして活動することになった二人は、肉体と精神を危険に晒す戦いを続けることとなりました。
 そして我々がよく知るシャーロック・ホームズの物語は、実はこの戦いの真実を隠すため、ワトスンが創作したものであった――という、一種のコペルニクス的転回が、本シリーズの基本設定であります。

 結局ワトスンによるホームズ物語は大ヒット、その収入が(探偵活動はほとんど行っていないので)実質無収入のホームズを助けている――と、作中ではなんとも皮肉な状況ですが、その葛藤からホームズが作中の自分を「殺す」ことを強く希望し、『最後の事件』が執筆されたという設定の本作。
 いわば大空白時代を舞台とした物語ですが、しかし「現実」にはホームズは「生き」ているという、ホームズパスティーシュの中でもかなりユニークな状況にあります。

 さて、そんな状況下で展開する本作は、始まりの物語であった前作を遥かに上回る量の聖典パロディが、序文の時点からふんだんに盛り込まれた作品となっています。
 カドガン・ウェスト青年は誰に殺されたのか。アグラの秘宝の恐るべき正体とは。あの魔犬との戦いの行方は。ホームズが瀕死となった理由とは。そしてベーカー街イレギュラーズの真の姿とは。なるほど、お馴染みの事件や事物も、神話的に解釈するとこうなるのか、と驚くばかりであります。もちろん生真面目なファンは怒り出すかもしれませんが、そこまでやってこその本作でしょう。
(ただ、個人的にはメアリー夫人の××はやり過ぎかと……)

 そんな、時にエキセントリックなまでの題材を投じつつも、おっと思わされるのは、ホームズとワトスンの微妙な関係性でしょう。
 先に触れた通り、終わりなき戦いに倦み、経済的にワトスンの世話になっていることに忸怩たる思いを抱くホームズ。作家としての自分の活動がもたらした結果に責任を感じつつも、ホームズの態度にも釈然としないものを感じるワトスン――ここで描かれる二人の姿は、もちろん本作ならではのものでありながらも、しかし聖典で描かれるそれを、より先鋭化した、まさにパロディだから描ける本質というものを感じさせます。


 さて、ここまで聖典と比較した本作について触れてきましたが、本作には前作にはない――そしてこれもホームズものならではの――大きな特徴があります。

 その特徴とは――長くなりますので、次回に続きます。


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